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特許7424817筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具ならびに水性インキ製品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具ならびに水性インキ製品
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/17 20140101AFI20240123BHJP
   B43K 7/01 20060101ALI20240123BHJP
   B43K 8/00 20060101ALI20240123BHJP
   B43K 5/00 20060101ALI20240123BHJP
【FI】
C09D11/17
B43K7/01
B43K8/00
B43K5/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019231367
(22)【出願日】2019-12-23
(65)【公開番号】P2021098811
(43)【公開日】2021-07-01
【審査請求日】2022-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】303022891
【氏名又は名称】株式会社パイロットコーポレーション
(72)【発明者】
【氏名】西川 知明
【審査官】橋本 栄和
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-106168(JP,A)
【文献】特開2018-193545(JP,A)
【文献】特開2018-168249(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0170745(US,A1)
【文献】国際公開第2019/073874(WO,A1)
【文献】特開2011-231270(JP,A)
【文献】特開2008-069355(JP,A)
【文献】特開2012-017361(JP,A)
【文献】特開2020-063363(JP,A)
【文献】特開2008-074887(JP,A)
【文献】特開2009-191135(JP,A)
【文献】特開2009-006485(JP,A)
【文献】国際公開第2014/115726(WO,A1)
【文献】特開2010-023328(JP,A)
【文献】特許第6443607(JP,B2)
【文献】特開2008-013704(JP,A)
【文献】特開2009-155460(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 11/17
B43K 7/01
B43K 8/00
B43K 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水と、着色剤と、抗菌性物質と、2-フェノキシエタノールとを含む筆記具用水性インキ組成物であって、前記抗菌性物質が、3-メチル-1,3-ブタンジオールであり、筆記具用水性インキ組成物の総質量に対する前記抗菌性物質の総添加量が、1,000~100,000ppmであり、3-メチル-1,3-ブタンジオールと2-フェノキシエタノールの添加量比が、3-メチル-1,3-ブタンジオールを基準として、質量比で、1:2~1:0.5であることを特徴とする、筆記具用水性インキ組成物。
【請求項2】
前記抗菌性物質として、イソチアゾリン系抗菌性物質を2種以上選択して含んでなることを特徴とする、請求項1に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項3】
前記着色剤が、自己分散型カーボンブラックであることを特徴とする、請求項1または2に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項4】
請求項1ないしのいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物を充填してなる筆記具。
【請求項5】
請求項に記載の筆記具が、櫛歯状のインキ保留部を有するインキ流量調節体を配置してなることを特徴とする、筆記具。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物をインキ保管容器に収容してなる水性インキ製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筆記具用水性インキ組成物、およびそれを用いた筆記具、ならびに水性インキ製品に関する。さらに詳しくは、抗菌性能、顔料の分散安定性、安全性に優れた筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具、並びに水性インキ製品に関する。
【背景技術】
【0002】
筆記具用水性インキ組成物(以下、場合により「水性インキ組成物」または「インキ組成物」と表す)は、一般に水を主溶剤として含んでなるため、細菌、黴、または酵母などの微生物が繁殖しやすい。微生物が繁殖するとインキ組成物の腐敗などが起こり、粘度などインキ組成物の物性に変化が生じたり、インキ組成物中に析出物や凝集物などの異物が発生したり、インキ組成物の変色を起こすなど、インキ組成物としての機能が損なわれることがあった。そこで、抗菌性物質をインキ組成物に添加し、微生物などの繁殖を抑制することが盛んに行われている(特許文献1、2および3参照)。
しかしながら、インキ組成物に同一の抗菌性物質を使用し続けた場合、抗菌性物質に耐性を持つ微生物(以下、耐性菌という)が発生して繁殖する可能性があり、保存安定性の改良に余地があった。
【0003】
耐性菌の繁殖という問題に対して、インクジェット用インク組成物や、ボールペン用インキ組成物に、2種類以上の抗菌性物質を含有させ、保存安定性を改良することが検討されている(特許文献4および5参照)。
しかしながら、特許文献4および5において開示されるインキ組成物は、耐性菌に対する抗菌性能や、大腸菌、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、カンジダアルビカンス、コウジカビ(黒カビ)への抗菌性能が十分ではなく、改良の余地があった。
【0004】
また、インキ瓶などの開閉口を備えるインキ保管容器にインキ組成物が収容されている場合や、万年筆などの櫛歯状のインキ保留部を有するインキ流量調節体を備える筆記具にこのようなインキ組成物を用いた場合、上記のような問題が発生する可能性は特に高い。
例えば、インキ保管容器に収容されていた従来のインキ組成物を万年筆で利用した場合、抗菌性能が十分ではないため、インキ供給機構に、微生物の繁殖などに起因する析出物や凝集物などの異物が生じてしまい、インキ組成物を供給する流路が狭くなることがある。この結果、インキの供給量が少なくなり、筆跡がかすれるなど、筆記性に影響が出る可能性がある。さらに、異物の量が増加したり凝集物などが大きくなると、インキを供給する流路が異物などにより塞がれ、インキを供給することができなくなり、筆記不能となる可能性がある。また、異物の発生量が少ないインキ組成物であっても、万年筆などのインキを繰返し充填して使用する筆記具に用いた場合、使用開始時は筆記性が良好であるが、充填と使用を繰り返すことにより、インキを供給する流路に異物が徐々に堆積し、筆記性への影響が大きくなっていく。さらに充填と使用を繰り返すと、該流路への異物の堆積がさらに進行し、流路が塞がれ、やはり筆記不能となる可能性がある。
【0005】
さらに、インキ組成物が保管容器に収容されており、該容器から水性インキ組成物を分取して筆記具に充填して使用する場合など、インキ組成物自体が、外気に触れる機会が多いと、微生物が混入する機会も多くなる。この結果、耐性菌を含む微生物が異常繁殖してしまう傾向が強く、抗菌性物質の添加量によっては、抗菌性能が十分に発揮されないという課題や、着色剤の分散安定性が低下するという課題を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-196745号公報
【文献】特開2015-010124号公報
【文献】特開2015-010125号公報
【文献】特開2000-226545号公報
【文献】特開2003-155430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、顔料の分散安定性が良好で、抗菌性能に優れるなど、インキの保存安定性に優れた筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具、ならびに水性インキ製品を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、筆記具用水性インキ組成物に、着色剤と、炭素数が4~10のアルカンジオールを含有する水性インキ組成物とすることなどにより上記課題が解決された。
すなわち、本発明は、
「1.水と、着色剤と、抗菌性物質とを含む筆記具用水性インキ組成物であって、前記抗菌性物質が、炭素数が4~10のアルカンジオールであり、筆記具用水性インキ組成物の総質量に対する前記抗菌性物質の総添加量が、1,000~100,000ppmであることを特徴とする、筆記具用水性インキ組成物。
2.前記着色剤が、自己分散型カーボンブラックであることを特徴とする、第1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
3.前記抗菌性物質が、イソチアゾリン系抗菌性物質をさらに含んでなることを特徴とする、第1項~第2項のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
4.第1項~第3項のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物を充填してなる筆記具。
5.第1項~第3項のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物をインキ保管容器に収容してなる水性インキ製品。」である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、顔料の分散安定性が良好で、高い抗菌性能を有し、保存安定性に優れた筆記具用水性インキ組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本明細書において、配合を示す「部」、「%」、「比」などは特に断らない限り質量基準であり、含有量とは、水性インキ組成物の質量を基準としたときの構成成分の質量%である。
【0011】
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、水と、着色剤と、抗菌性物質と、を含んでなるものであって、前記抗菌性物質が、炭素数が4~10のアルカンジオールであり、筆記具用水性インキ組成物の総質量に対する前記抗菌性物質の総添加量が、1,000~100,000ppmであることを一つの特徴とする。
【0012】
<着色剤>
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、着色剤を含んでなる。
着色剤としては、通常、筆記具用水性インキ組成物に用いる顔料、染料を使用することができる。
【0013】
顔料としては、水性媒体に分散可能であれば特に制限されるものではない。例えば、無機顔料、有機顔料、加工顔料などが挙げられるが、具体的にはカーボンブラック、アニリンブラック、群青、黄鉛、酸化チタン、酸化鉄、フタロシアニン系、アゾ系、キナクリドン系、キノフタロン系、スレン系、トリフェニルメタン系、ペリノン系、ペリレン系、ジオキサジン系、アルミ顔料、パール顔料、蛍光顔料、蓄光顔料などが挙げられる。その他、着色樹脂粒子体として顔料を媒体中に分散させてなる着色体を公知のマイクロカプセル化法などにより樹脂壁膜形成物質からなる殻体に内包又は固溶化させたマイクロカプセル顔料を用いても良い。また、顔料は、予め界面活性剤や樹脂を用いて微細に安定的に水媒体中に分散された水分散顔料製品などを用いてもよい。
染料としては、溶媒に溶解可能であれば特に制限されるものではない。例えば、直接染料、酸性染料、塩基性染料、含金染料、および各種造塩タイプ染料等が採用可能である。
これらの顔料および染料は、単独又は2種以上混合して使用してもかまわない。
【0014】
これらの着色剤の中でも、筆跡の耐水性、耐光性に優れることから、顔料が好ましく、特に、筆跡の濃度や耐水性に優れることから、自己分散型カーボンブラックが好ましい。
自己分散型カーボンブラックとは、分散剤を用いることなく、水性媒体中に分散することが可能となるカーボンブラックをいい、例えば、カーボンブラックに物理的処理または化学的処理を施すことで、カーボンブラックの表面に親水性の官能基などを有するものをいう。自己分散型カーボンブラックは分散剤などの成分を含まないため、強制分散型のカーボンブラック分散体と比較し良好な発色が得られる。また、再分散性に優れるため、筆記具の筆記先端やインキ流量調節体などにインキ組成物が固着してしまった際にも容易に洗浄が可能である。
【0015】
前記物理的処理としては、例えば、真空プラズマ処理などが挙げられ、前記化学的処理としては、例えば、水中で酸化剤により酸化する湿式酸化法や、p-アミノ安息香酸を顔料表面に結合させることによりフェニル基を介してカルボキシル基を結合させる方法などが挙げられる。
【0016】
本発明に用いることができる自己分散型カーボンブラックとしては特に限定されず、例えば、市販品では、オリヱント化学工業株式会社製のマイクロジェットシリーズ、キャボット社製のCAB-O-JETシリーズ、東海カーボン株式会社製のAqua-Blackシリーズ、冨士色素株式会社製のFuji-JET Blackシリーズなどが挙げられる。
【0017】
これらの自己分散型カーボンブラックは、アニオン性、カチオン性などの自己分散型カーボンブラックが挙げられるが、後述する抗菌性物質である炭素数が4~10のアルカンジオールを添加しても分散安定性に影響が出にくいことから、アニオン性の自己分散型カーボンブラックを用いることが好ましい。また、自己分散型カーボンブラックは、それぞれ、単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。但し、2種以上を混合して用いる際には、カーボンブラックの分散安定性に影響を与えない様に、そのイオン性が同じであることが好ましく、表面の親水基が同じであることがより好ましい。
【0018】
水性インキ組成物における自己分散型カーボンブラックの含有量は、水性インキ組成物の総質量を基準として、1~20質量%であることが好ましく、1~10質量%であることがより好ましく、さらには、1~5質量%であることが好ましい。自己分散型カーボンブラックの含有量が前記範囲内であると、筆記先端へのインキ追従性能の低下を防止できるとともに、発色が良好な筆跡を得ることができる。
【0019】
<抗菌性物質>
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、抗菌性物質として、炭素数が4~10のアルカンジオールを用いる。炭素数が4~10のアルカンジオールは、従来の抗菌性物質よりも安全性が高いものである。
【0020】
炭素数が4~10のアルカンジオールとしては、アルキル基が直鎖や分岐のいずれのものも用いることができ、2つの水酸基が置換する炭素原子もいずれの位置のものであってもよい。
具体的には、1,2-ブタンジオール、1,3ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2,3ブタンジオール、イソペンタンジオール、1,2-ペンタンジオール、1、3-ペンタンジオール、1,4-ペンタンジオール、1,5-ペンタンジオール、3-メチル-1,3-ブタンジオール、2,4-ペンタンジオール、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール、1,2-ヘキサンジオール、1,3-ヘキサンジオール、1,4-ヘキサンジオール、1,5-ヘキサンジオール、1,6-ヘキサンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、2,5-ヘキサンジオール、1,2-ヘプタンジオール、1,3-ヘプタンジオール、1,4-ヘプタンジオール、1,5-ヘプタンジオール、1,6-ヘプタンジオール、1,7-ヘプタンジオール、1,2-オクタンジオール、1,8-オクタンジオール、2-エチル-1,3-ヘキサンジオール、2,5-ジメチル-2,5-ヘキサンジオール、1,2-ノナンジオール、1,9-ノナンジオール、2-ブチル-2-エチル-1,3-プロパンジオール、1,2-デカンジオール、1,10-デカンジオールなどを挙げることができる。
これらの中でも、抗菌性能の高さ、臭い、配合のし易さなどの観点から、炭素数が5~8のアルカンジオールが好ましく、炭素数が5のアルカンジオールがより好ましい。特に、3-メチル-1,3-ブタンジオールは、抗菌性能が高く、着色剤の分散安定性や、水性インキ組成物の抗菌性能や、筆跡のにじみや裏抜け等の筆記性能性に対して、良好であるため好ましい。
これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0021】
従来の抗菌性物質である、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オンなどの抗菌性物質は、着色剤として特に自己分散型カーボンブラックを用いた際に抗菌効果が低下する傾向にある。これは、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オンなどの抗菌性物質が自己分散型カーボンブラックに吸着されることにより、ビヒクルの抗菌性能が低下し、インキ組成物本来の抗菌性能が得られにくくなるためと考えられる。
【0022】
しかしながら、炭素数が4~10のアルカンジオールは、従来の抗菌性物質と比較して安全性が高いため、インキ中により多く添加することが可能となることから、自己分散型カーボンブラックに吸着されてもなお、ビヒクルの抗菌性能を低下させることなく、インキ本来の抗菌性能を維持できるためと考えられる。
また、炭素数が4~10のアルカンジオールは、イソチアゾリン系抗菌性物質などの抗菌性物質を併用した場合においても、自己分散型カーボンブラックの分散安定性を損なうことがなく、抗菌性能に相乗効果を与えることができるので好ましい。より抗菌性能を考慮すれば、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オンなどのイソチアゾリン系抗菌性物質の中から1種以上選択して、炭素数が4~10のアルカンジオールと併用して用いることが好ましく、より抗菌性能や後述する耐性菌性能を考慮すれば、イソチアゾリン系抗菌性物質を2種以上選択することが好ましく、より考慮すれば、イソチアゾリン系抗菌性物質を3種以上選択することが好ましい。
【0023】
本発明に用いる炭素数が4~10のアルカンジオールは、筆記具のインキタンク内の移動性、すなわち、インキ反転性を低下させることがない。従来の抗菌性物質は、十分な抗菌性能が得られるだけの量をインキ組成物に添加すると、インキ反転性が低下するおそれがあったが、本発明に用いる炭素数が4~10のアルカンジオールは、抗菌性能とインキ反転性能とを両立させることができるため、好ましい。
【0024】
本発明による筆記具用水性インキ組成物を好適に用いることができる筆記具として、インキ流量を調節する適宜のインキ流量調節体を介してペン先が軸筒端部に取り付けられ、前記軸筒内に水性インキ組成物を収容するインキタンクが備えられた構造の筆記具などが挙げられる。
この種の筆記具は、横置きの状態やペン先が上向きの状態から、筆記するためにペン先を下向きの状態にした際に、インキタンクに収容された水性インキ組成物が、インキタンクの内壁を伝ってペン先方向へ流下することで、筆記が可能となる。(この水性インキ組成物の移動性をインキ反転性と称する。)
インキタンクを含む筆記具の多くの部品は樹脂で構成されることが多く、それらは疎水性であるため、水性インキ組成物の濡れ性が不足すると、筆記具のペン先を下向きの状態にしても、表面張力による抗力のため水性インキ組成物は流下せずに、元の位置に留まってしまう。この状態では、ペン先まで水性インキ組成物が供給されず、筆跡がかすれたり、筆記できなくなることがあった。
しかしながら、本発明に用いる炭素数が4~10のアルカンジオールは、十分な抗菌性能が得られる量を水性インキ組成物に添加しても、水性インキ組成物のインキタンクに対する濡れ性に影響を及ぼさないので、水性インキ組成物のインキタンク内におけるインキ反転性が低下せず、筆記具を横置きの状態やペン先が上向きの状態から、筆記するためにペン先を下向きの状態にした際にも、水性インキ組成物がインキタンク内で元の位置に留まらず、ペン先方向へインキを円滑に流下させることができる。
【0025】
本発明の筆記具用水性インキ組成物に用いる炭素数が4~10のアルカンジオールの添加量としては、水性インキ組成物の総質量を基準として、1,000~100,000ppmであることが好ましい。より好ましくは、1,000~50,000ppmである。この範囲より少ないと、抗菌性能が若干劣る傾向や、着色剤として顔料を用いた場合に、顔料の分散安定性が低下する傾向が見られ、この範囲より多いと、インキ反転性や、筆跡のにじみや裏抜け等の筆記性能に対して影響を及ぼす恐れがある。前記範囲にあると、抗菌性能が十分に得られ、顔料の分散安定性に対しても効果的に働き、インキ反転性や、筆跡のにじみや裏抜け等の筆記性能に対しても影響が少なく、かつ十分な安全性を確保することができるので、好ましい。
【0026】
本発明の筆記具用水性インキ組成物に用いる炭素数が4~10のアルカンジオールの添加量としては、着色剤を基準として、質量比で、1:3~1:0.03であることが好ましく、1:1~1:0.1であることがより好ましい。この範囲にあると、着色剤の分散安定性や、水性インキ組成物の抗菌性能や、筆跡のにじみや裏抜け等の筆記性能に対して、良好であるため好ましい。
【0027】
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、インキ組成物の性能を損なわない範囲で、さらにイソチアゾリン系抗菌性物質を用いることが好ましい。
具体的には、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、4,5-ジクロロ-2-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オンなどが挙げられる。
炭素数が4~10のアルカンジオールとイソチアゾリン系抗菌性物質を併用すると、着色剤として顔料を用いた場合に、顔料の分散安定性を損なうことなく、抗菌性能に相乗効果を与え、分散安定性と抗菌性能を維持しつつ、抗菌性物質の総量を少なくすることが可能となり、より皮膚刺激性等の安全性に優れた水性インキ組成物となるため、好ましい。
特に、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オンは、アルカリ性でも抗菌性物質が分解してしまうことがなく、耐熱性が良く、エイムズ試験が陰性であり、皮膚刺激性が弱く、無臭のインキ組成物を得ることができるので好ましい。
また、複数のイソチアゾリン系抗菌性物質を併用すると、各々の耐性菌に対する抗菌性能に加えて、他方の耐性菌に対する抗菌性能が強化されるので、より好ましい。
【0028】
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、炭素数が4~10のアルカンジオールとイソチアゾリン系抗菌性物質を併用しても良いが、その添加量比としては、炭素数が4~10のアルカンジオールを基準として、質量比で、1:0.1~1:0.0001であることが好ましく、1:0.1~1:0.001であることがより好ましく、1:0.05~1:0.001であることがさらに好ましい。この範囲にあると、着色剤の分散安定性や、水性インキ組成物の抗菌性能に対して、良好であるため好ましい。
【0029】
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、炭素数が4~10のアルカンジオールと2-フェノキシエタノールを併用することができる。
炭素数が4~10のアルカンジオールと2-フェノキシエタノールを併用すると、着色剤として顔料を用いた場合に、顔料の分散安定性を損なうことなく、抗菌性能に相乗効果を与え、分散安定性、抗菌性能を維持しつつ、抗菌性物質の総量を少なくすることが可能となり、より皮膚刺激性等の安全性に優れた水性インキ組成物となるため、好ましい。
【0030】
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、炭素数が4~10のアルカンジオールと2-フェノキシエタノールを併用しても良いが、その添加量比としては、炭素数が4~10のアルカンジオールを基準として、質量比で、1:10~1:0.1であることが好ましく、1:2~1:0.5であることがより好ましい。この範囲にあると、着色剤の分散安定性や、水性インキ組成物の抗菌性能に対して、良好であるため好ましい。
【0031】
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、インキ組成物の性能を損なわない範囲で、炭素数が4~10のアルカンジオールと、イソチアゾリン系抗菌性物質と、2-フェノキシエタノールとを併用してもよい。
炭素数が4~10のアルカンジオールと、イソチアゾリン系抗菌性物質と、2-フェノキシエタノールを併用すると、抗菌性能に相乗効果を与え、着色剤の分散安定性や、抗菌性能を維持しつつ、より皮膚刺激性等の安全性に優れた水性インキ組成物となるため、好ましい。
【0032】
<水>
水としては、特に制限はなく、例えば、水道水、イオン交換水、限外ろ過水または蒸留水などを用いることができる。
【0033】
<その他の成分>
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、濡れ剤、水溶性有機溶剤、pH調整剤、保湿剤、防錆剤などの各種添加剤を含むことができる。
【0034】
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、筆記具に用いる際にインキ流量調節体の濡れ性を向上させるために、各種濡れ剤を用いることができる。濡れ剤としては、特に限定されないがポリエーテルアミンを用いることが好ましい。ポリエーテルアミンは、着色剤として自己分散型カーボンブラックを用いた場合に、自己分散型カーボンブラックの分散安定性の向上と、インキ流量調節体に対する濡れ性を適度に保つことができる。
【0035】
また、前記ポリエーテルアミンは、インキ流量調節体に対する濡れ性を適度に保つことができるため、インキ流量調節体の機能を十分に得ることができ、筆記具を横置きの状態やペン先が上向きの状態から、筆記するためにペン先を下向きの状態にした際にも、筆記先端方向へインキ組成物を円滑に流下させることができ、筆記先端からのインキ吐出性を良好に維持することが可能となり、また、インキ流量調節体に余剰なインキがスムーズに流入するため、インキのボタ落ち現象を抑制することができる。さらに、ポリエーテルアミンを用いた筆記具用水性インキ組成物は、筆記具に内蔵して筆記した際に、紙面への浸透性が高くなって筆跡がにじんでしまったり、裏抜けしてしまったりすることがなく、良好な筆跡を得ることができる。
【0036】
本発明に用いることができるポリエーテルアミンのHLB値は、10~20であることが好ましい。これは、ポリエーテルアミンのHLB値が10以上であると、水に完全に溶解し、着色剤として自己分散型カーボンブラックを用いた場合に、自己分散型カーボンブラックと凝集物を作ることがないので、インキ組成物中での分散安定性に影響を及ぼすことがない為である。
【0037】
また、前記ポリエーテルアミンの平均酸化エチレン付加モル数(EO数)は、10~35であることが好ましく、13~30であることがより好ましい。前記ポリエーテルアミンの平均酸化エチレン付加モル数(EO数)が上記数値の範囲内であれば、水への溶解性が高いため、ポリエーテルアミンの効果を安定して得ることができる。
【0038】
前記ポリエーテルアミンとしては、ポリオキシエチレンステアリルアミン、ポリオキシエチレン(20)アルキル(C14-C18)アミン、ポリオキシエチレン牛脂アルキルアミン、ポリオキシエチレンアルキルアミンエーテル、ポリオキシエチレンラウリルアミン、ポリオキシエチレンアルキル(ヤシ)アミンなどが挙げられる。
【0039】
筆記具用水性インキ組成物における前記ポリエーテルアミンの含有量は、水性インキ組成物の総質量を基準として、0.1~2.0質量%であることが好ましく、0.5~1.0質量%であることがより好ましい。
【0040】
水溶性有機溶剤としては、(i)エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、またはグリセリンなどのグリコール類、(ii)メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、イソプロパノール、イソブタノール、t-ブタノール、プロパギルアルコール、アリルアルコール、3-メチル-1-ブチン-3-オール、エチレングリコールモノメチルエーテルアセタートやその他の高級アルコールなどのアルコール類、および(iii)エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、3-メトキシブタノール、または3-メトキシ-3-メチルブタノールなどのグリコールエーテル類などが挙げられる。これらの水溶性有機溶剤は単独又は2種以上混合して使用してもかまわない。
【0041】
水溶性有機溶剤の中でも、水と水に溶解可能な水溶性有機溶剤からなる混合溶媒を用いることが好ましく、これは、着色剤として自己分散型カーボンブラックを用いた場合に、自己分散型カーボンブラックと、炭素数が4~10のアルカンジオールをインキ中において安定化させ、耐ドライアップ性能の効果を得られやすいためである。
さらに、耐ドライアップ性能の向上を考慮すると、前記水溶性有機溶剤の中でも、グリコール類を選択して用いることが好ましい。これは、前記グリコール類を用いることで、グリコール類の吸湿効果をインキ組成物に付与することができるためであり、より耐ドライアップ性能の向上を考慮すれば、多価アルコールを用いることが好ましく、多価アルコール溶剤の中でも、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリンの中から1種以上を選択して用いることが好ましい。
着色剤として、自己分散型カーボンブラックのような顔料を用いた場合、ペン先を大気中に放置した際に生じるドライアップ時の書き出し性能が劣りやすいため、効果的であり、さらに、ノック式、スライド式、回転繰り出し式などの出没式筆記具では、ペン先が定常的に大気中に放置されるため、チップ先端部が乾燥して、書き出し時にカスレなどが生じやすいため効果的であり、好ましい。
【0042】
水溶性有機溶剤の添加量は、インキの安定性や、筆跡のトギレやカスレが改善された良好な筆跡が得られることや、耐ドライアップ性能の向上を考慮すると、水性インキ組成物に対して0.1~10質量%であることが好ましく、0.1~7質量%であることがより好ましい。
【0043】
pH調整剤としては、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの塩基性無機化合物、酢酸ナトリウム、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンなどの塩基性有機化合物、乳酸およびクエン酸などが挙げられ、水性インキ組成物の経時安定性を考慮すれば、塩基性有機化合物を用いることが好ましく、より考慮すれば、弱塩基性であるトリエタノールアミンを用いることが好ましい。これらのpH調整剤は単独又は2種以上混合して使用してもかまわない。
pH調整剤の含有量は、水性インキ組成物の総質量を基準として、0.1~10質量%であることが好ましく、0.1~5質量%であることがより好ましい。
【0044】
保湿剤としては、前記水溶性有機溶剤の他に尿素、ソルビット、N,N,N-トリアルキルアミノ酸などが挙げられる。特に、N,N,N-トリアルキルアミノ酸は、他の保湿剤に比べ、乾燥時の水分保持力が極めて高いため、好ましい。保湿剤の添加量は、水性インキ組成物に対して、0.1~10質量%であることが好ましく、0.1~5質量%であることがより好ましい。
【0045】
前記N,N,N-トリアルキルアミノ酸は、下記式(1)で表せるものである。

【化1】
【0046】
~Rとしては、直鎖又は分岐鎖のアルキル基を広く用いることができる。すなわち、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基などが例示される。なおR~Rは同一であっても異なっていてもよい。具体的には、n=1のトリメチルグリシン、トリエチルグリシン、トリプロピルグリシン、トリイソプロピルグリシン、n=2のトリメチル-β-アラニン、n=3のトリメチル-γ-アミノ酪酸などが挙げられる。耐ドライアップ性能の向上や水性インキ組成物の保存安定性の向上などを考慮すると、トリメチルグリシンを選択して用いることが好ましい。
【0047】
防錆剤としては、ベンゾトリアゾールおよびその誘導体、トリルトリアゾール、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、チオ硫酸ナトリウム、サポニン、またはジアルキルチオ尿素などが挙げられる。
【0048】
キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(GEDTA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、ジヒドロキシエチルグリシン(DHEG)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA)及びそれらのアルカリ金属塩、アンモニウム塩又はアミン塩などの塩が挙げられる。
【0049】
本発明の筆記具用水性インキ組成物を充填してなる筆記具のうち、たとえば、万年筆のように、櫛歯状のインキ保留部を有するインキ流量調節体を備える筆記具は、使用者が繰返しインキを補充して使用することができ、補充インキはガラス瓶などのインキ収容器に収容されることがある。ガラス瓶は安価で成形が容易で、さらに所望の強度が得られやすいという反面、特に廉価で汎用性の高いソーダ石灰ガラスなどを用いた場合には、水性インキ組成物を長期間収容していると、水性インキ組成物中にガラス中のアルカリ成分が溶出する可能性が高く、この溶出したアルカリ成分と水性インキ組成物の成分が反応して、析出物が形成される可能性がある。従って、本発明に用いられる水性インキ組成物においては、ガラス製のインキ収容器から溶出するアルカリ成分を補足し、該アルカリ成分が水性インキ組成物中の成分と反応して水に不溶な析出物などが発生することを防ぎ、発生した析出物などによりインキ流路が塞がれて、筆跡がかすれたり、筆記不能になることを抑制することができる前記キレート剤を含んでなることが好ましい。
アルカリ成分を十分に補足できること、また、水性インキ組成物のキレート剤の配合前後の物性や性能に変化を与えにくいことなどを考慮すると、前記キレート剤の中でも、アミノカルボン酸およびその塩を用いることが好ましく、より考慮すれば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびその塩を用いることが好ましい。
【0050】
着色剤として、自己分散型カーボンブラックのような顔料を用いた場合、分散剤を用いることなく顔料分散を安定化する効果が得られるため、インキ粘度を低粘度に調整した場合においても、顔料の沈降を抑制できることから、低粘度インキにおいて特に効果的である。
そのため、筆記具用水性インキ組成物の粘度は、B型回転粘度計を用いて、回転数60rpm、20℃で測定したインキ粘度が、50mPa・s以下であることが好ましく、1.0~10mPa・sであることがより好ましい。この範囲より大きいと、特に櫛歯状のインキ保留部を有するインキ流量調節体を備える筆記具に用いた際に、筆記先端へインキが安定して供給されず、筆跡がかすれたり、筆記不能になる恐れがある。より好ましくは、1.0~3.0mPa・sであり、さらに好ましくは、1.0~2.0mPa・sである。インキ粘度が前記範囲内であれば、ペン芯をインキ流量調節体として配置されてなる筆記具に用いた際に、安定して筆記先端へインキが供給され、良好な筆跡が得られるなど、インキ追従性能を向上させることができるためである。
【0051】
本発明におけるインキ粘度は、B型回転粘度計(機種:BLII、ローター:BLアダプタ、東機産業株式会社製)により、JIS Z 8803:2011に従って、測定することができる。
【0052】
本発明による筆記具用水性インキ組成物の20℃における表面張力は、30~70mN/mであることが好ましく、35~65mN/mであることがより好ましい。水性インキ組成物の表面張力が、上記数値の範囲内であれば、櫛歯状のインキ保留部を有するインキ流量調節体を備える筆記具に用いた際、前記インキ流量調節体に対する濡れ性を適度に保つことができる。従って、インキ貯蔵部の内圧が上昇した際にも、溢出したインキがペン芯内のインキ保留部に円滑に入るため、筆記先端からのインキのボタ落ちを効果的に抑制することが可能となる。さらに、筆記面に対する濡れ性も、適切に保たれることから、得られる筆跡がにじんだり、筆跡の乾燥が進まず、こすれて筆跡が汚れてしまうことを防ぐことができる。なお、表面張力は、表面張力計測器(機種:DY-200、協和界面科学株式会社製、20℃環境下、白金プレート、垂直平板法)により測定して求められる。
【0053】
<インキ組成物の製造方法>
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、従来知られている任意の方法により製造することができる。具体的には、前記各成分を必要量配合し、プロペラ攪拌、ホモディスパー、ホモミキサー、遊星式攪拌機などの各種攪拌機やビーズミルなどの各種分散機などにて混合し、製造することができる。
【0054】
<筆記具>
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、繊維チップ、フェルトチップ、プラスチックチップまたはボールペンチップなどをペン先としたマーキングペンやボールペン、金属製のペン先を用いた万年筆などの筆記具に用いることができる。
【0055】
本発明の筆記具は、水性インキ組成物を直に充填する構成のものであってもよく、水性インキ組成物を充填することのできるインキ収容体またはインキ吸蔵体を備えるものであってもよい。
【0056】
本発明の筆記具におけるペン先の出没機構は、特に限定されず、ペン先を覆うキャップを備えたキャップ式、ノック式、回転式およびスライド式などが挙げられる。また、軸筒内にペン先を収容可能な出没式であってもよい。
【0057】
また、筆記具におけるインキ供給機構についても特に限定されるものではなく、例えば、(1)繊維束などからなるインキ誘導芯をインキ流量調節部材として備え、水性インキ組成物をペン先に供給する機構、(2)溝歯状のインキ保留部を有する流量調節部材を備え、これを介在させ、水性インキ組成物をペン先に供給する機構、(3)弁機構によるインキ流量調節部材を備え、水性インキ組成物をペン先に供給する機構、および、(4)ペン先を具備したインキ収容体または軸筒より、水性インキ組成物を直接、ペン先に供給する機構などを挙げることができる。
【0058】
本発明に用いる筆記具は、筆記先端とインキ貯蔵部を有し、前記筆記先端と前記インキ貯蔵部の間に、インキ貯蔵部から筆記先端にインキを供給でき、インキ貯蔵部の内圧上昇に伴い溢出したインキを一時的に保持する櫛歯状のインキ保留部を有するインキ流量調節体を配置した筆記具を用いることが好ましい。前記櫛歯状のインキ保留部を有するインキ流量調節体は、インキ貯蔵部から水性インキ組成物を筆記先端に供給し、かつ、インキ貯蔵部の内圧上昇に伴って溢出した水性インキ組成物を一時的に保持することが可能である。前記筆記具の具体的例としては、万年筆、ボールペン、カリグラフィー用ペンなどが挙げられる。
【0059】
その他の実施形態において、筆記具は、マーキングペンであり、ペン先は、特に限定されず、例えば、繊維チップ、フェルトチップまたはプラスチックチップなどであってよく、さらに、その形状は、砲弾型、チゼル型または筆ペン型などであってよい。
【0060】
その他の実施形態において、筆記具は、ボールペンであり、インキ逆流防止体を備えたボールペンであることが好ましい。
【0061】
<水性インキ製品>
本発明の筆記具用水性インキ製品は、インキ組成物をインキ保管容器に収容した水性インキ製品に用いることができる。特に、インキ保管容器がインキを分取するための開閉口を有し、インキ保管容器から分取されたインキ組成物が、櫛歯状のインキ保留部を有するインキ流量調節体を有する筆記具に充填され使用される、水性インキ製品に用いることが好ましい。
【0062】
本発明に用いるインキ保管容器には、通常のインキ保管用や詰め替え用インキに使用されているインキ保管容器を用いることができる。具体的には、ガラス製のインキ瓶や、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレートなど樹脂製の容器などが挙げられる。
【実施例
【0063】
下記の配合組成および方法により、筆記具用水性インキ組成物を得た。
(実施例1)
自己分散型カーボンブラック1 15.0質量%
(商品名:Fuji Jet Black-20、冨士色素株式会社製、イオン性:アニオン カーボンブラック20%水分散体)
3-メチル-1,3ブタンジオール 3.0質量%(30,000ppm相当量)
トリエタノールアミン(pH調整剤) 1.0質量%
1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン 0.0045質量%(45ppm相当量)
2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン 0.0045質量%(45ppm相当量)
イオン交換水 残部
イオン交換水に抗菌性物質、pH調整剤を添加し、プロペラ攪拌により混合してベース液を得た。その後、ベース液に自己分散型カーボンブラックを添加し、プロペラ攪拌により混合して、筆記具用水性インキ組成物を得た。得られた筆記具用水性インキ組成物の粘度を、JIS Z 8803:2011に従って、B型回転粘度計(機種:BLII、ローター:BLアダプタ、東機産業株式会社製、サンプル量20ml)により測定した。具体的には、20℃、回転速度60rpmにおけるインキ粘度は1.60mPa・sであった。また、得られた水性インキ組成物の表面張力を、表面張力計測器(機種:DY-200、協和界面科学株式会社製、20℃環境下、白金プレート、垂直平板法)により測定したところ、57.8mN/mであった。
【0064】
(実施例2~4、比較例1)
イオン交換水に抗菌性物質、水溶性有機溶剤(ジエチレングリコール)、pH調整剤を添加し、プロペラ攪拌により混合してベース液を得ると共に、インキ組成物の配合を(表1)に示した配合とした以外は、実施例1と同じ方法にて、実施例2~4、比較例1の筆記具用水性インキ組成物を得た。
【0065】
【表1】
自己分散型カーボンブラック1:商品名:Fuji Jet Black-20 冨士色素株式会社製、イオン性:アニオン カーボンブラック20%水分散体
【0066】
(分散安定性試験)
実施例1~4、比較例1の筆記具用水性インキ組成物を、30mlスクリュー管に充填し、4週間室温にて放置し、スクリュー管の上部と底部のインキ組成物を顕微鏡にて観察した。
A:上部、底部とも、顔料が均一に分散しており、分散安定性が良好であった。
B:わずかに顔料の凝集がみられ、底部に比べ、上部の顔料が少なくなっていた。
C:顔料の凝集物がみられ、底部に比べ、上部の顔料が少なくなっており、均一な分散が得られていなかった。
【0067】
(抗菌性能試験)
実施例1~4、比較例1の筆記具用水性インキ組成物中に、アスペルギルスsp.(BIT耐性菌)を1mlあたり約1.0×10個になるように接種し、3日間放置後の各インキ組成物を試験インキとした。この各試験インキをポテトデキストロース寒天培地による混釈平板法にて28℃で7日間培養し、検出した菌数から抗菌性能を評価した。
A:検出した菌数が、1×10cfu/ml未満である。
B:検出した菌数が、1×10cfu/ml以上1×10cfu/ml未満である。
C:検出した菌数が、1×10cfu/ml以上1×10cfu/ml未満である。
D:検出した菌数が、1×10cfu/ml以上である。
【0068】
(安全性評価)
実施例1~4、比較例1の筆記具用水性インキ組成物の安全性を、以下の評価基準に従い評価した。
A:イソチアゾリン系抗菌性物質の添加量が、100ppm未満である。
B:イソチアゾリン系抗菌性物質の添加量が、100ppm以上500ppm未満である。
C:イソチアゾリン系抗菌性物質の添加量が、500ppm以上である。
【0069】
(筆記性能試験)
実施例1~4、比較例1の筆記具用水性インキ組成物をポリエチレン製のインキカートリッジに注入し、株式会社パイロットコーポレーション製万年筆(商品名:カスタム74、ペン種M)に装着し、筆記用紙Aに筆記を行った。その際の筆跡を目視により観察した。
A:筆跡ににじみや裏抜けもなく、良好な筆跡が得られた。
B:筆跡ににじみや裏抜けが生じた。
C:筆跡に激しいにじみや裏抜けが生じた。
【0070】

(インキタンク内インキ反転性試験)
前記筆記性能試験に用いた万年筆を、ペン先が上向きの状態にして、充填されたインキタンク内の水性インキ組成物をペン先側からペン先の反対側にすべて落とした。この後、ペン先を静かに下向きの状態にした際、インキタンク内で水性インキ組成物がペン先側に流下する様子を目視にて確認し、下記基準に従ってインキタンク内のインキ反転性能を評価した。
A:水性インキ組成物が、10秒以内にインキタンクのペン先側にすべて流下した。
B:水性インキ組成物が、10秒以内にインキタンクのペン先側に大部分が流下したが、一部流下せず、インキタンク内の壁面などに残っていた。
C:水性インキ組成物が、10秒経過してもインキタンクのペン先側にすべて流下しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、万年筆、ボールペン、筆ペン、カリグラフィーペン、各種マーカー類など、各種筆記具に用いることができる。特に、保存安定性および安全性の向上が図られていることから、万年筆やつけペンなどの、インキが外気に触れることが多い筆記具用のインキ組成物として好適に用いることができる。