(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】水溶性多糖類の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08B 37/06 20060101AFI20240123BHJP
【FI】
C08B37/06
(21)【出願番号】P 2021555114
(86)(22)【出願日】2020-11-05
(86)【国際出願番号】 JP2020041429
(87)【国際公開番号】W WO2021090898
(87)【国際公開日】2021-05-14
【審査請求日】2023-10-31
(31)【優先権主張番号】P 2019203572
(32)【優先日】2019-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019211881
(32)【優先日】2019-11-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000231981
【氏名又は名称】日本甜菜製糖株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097825
【氏名又は名称】松本 久紀
(72)【発明者】
【氏名】阿部 達也
(72)【発明者】
【氏名】名倉 泰三
【審査官】小森 潔
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第103483465(CN,A)
【文献】特開2011ー225745(JP,A)
【文献】特開2005-241239(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0325869(US,A1)
【文献】Food Chemistry,2014年07月24日,Vol.168, No.1,pages 302 to 310,doi:10.1016/j.foodchem.2014.07.078
【文献】Transactions of the ASAE,2000年,Vol.43, No.3,pages 685 to 689,doi:10.13031/2013.2750
【文献】International Agrophysics,2010年,Vol.24, No.2,pages 195 to 204,http://www.international-agrophysics.org/Applications-of-superheated-steam-for-the-drying-of-food-products,106372,0,2.html
【文献】Journal of Food Engineering,2018年,Vol.218,pages 44 to 49,doi:10.1016/j.jfoodeng.2017.09.001
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
150~180℃、0.12~0.40MPaの過熱蒸気で、30秒~45分乾燥処理し、水分量12%以下に乾燥したビートパルプを目開き2.0mmの篩を通過する粒度に調整した粉砕物を原料に用いて、水に懸濁して70~100℃、pH3.0~5.0、常圧の条件で抽出すること、を特徴とする水溶性多糖類の製造方法。
【請求項2】
原料として用いられる請求項1に記載のビートパルプが、目開き2.0mmの篩を通過する粒度に調整されて、24時間20℃の水に懸濁されたときに、水溶性多糖類量が原料乾物あたり10重量%以上抽出されるものであること、を特徴とする請求項1に記載の水溶性多糖類の製造方法。
【請求項3】
目開き0.84mmの篩を通過する粒度のビートパルプを原料として用いること、を特徴とする請求項1~2のいずれか1項に記載の水溶性多糖類の製造方法。
【請求項4】
0.25~0.27MPaの過熱蒸気で乾燥したビートパルプを原料として用いること、を特徴とする
請求項1~3のいずれか1項に記載の水溶性多糖類の製造方法。
【請求項5】
下記のA工程からC工程を含むこと、を特徴とする水溶性多糖類の製造方法。
A工程:ビートパルプを、150~180℃、
0.12~0.40MPaの過熱蒸気で、30秒~45分乾燥処理し、水分量12%以下に乾燥する工程、
B工程:A工程で得られたビートパルプを目開き0.84~2.0mmの篩を通過する粒度に粉砕する工程、
C工程:B工程で得られたビートパルプを水に懸濁して70~100℃、pH3.0~5.0、常圧の条件で抽出する工程。
【請求項6】
150~180℃、0.25~0.27MPaの過熱蒸気で、30秒~45分乾燥処理し、水分量12%以下に乾燥したビートパルプを原料として用いて、目開き2.0mmの篩を通過する粒度に粉砕し、100℃以上140℃以下の熱水で抽出することを特徴とし、下記式(1)で示される反応過酷度を指標として、該反応過酷度が150を越えない範囲下で抽出を行うことを特徴とする、水溶性多糖類の着色抑制方法。
反応過酷度=反応時間[min]×exp{(反応温度[℃]-100)/14.75}・・・式(1)
【請求項7】
150~180℃、0.25~0.27MPaの過熱蒸気で、30秒~45分乾燥処理し、水分量12%以下に乾燥したビートパルプを原料として用いて、目開き2.0mmの篩を通過する粒度に粉砕し、100℃以上140℃以下の熱水で抽出することを特徴とし、下記式(1)で示される反応過酷度を指標として、該反応過酷度が150を越えない範囲下で抽出を行うことを特徴とする、水溶性多糖類の過分解の抑制方法。
反応過酷度=反応時間[min]×exp{(反応温度[℃]-100)/14.75}・・・式(1)
【請求項8】
プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分が総固形分に対して65%以上となり、かつ、下記の(a)~(c)要件の少なくとも1を満足することを特徴とする請求項1
~5のいずれか1項に記載の水溶性多糖類の製造方法。
(a)プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分のうち、相対分子量1万~10万の固形分の比率が40%以上、
(b)メチルエステル化度が60%以上かつアセチル化度が50%以上、
(c)分画分子量1万~2万で透析処理をして低分子を除去したものについて、構成糖の中性糖/酸性糖比(w/w)が0.6~1.5。
【請求項9】
プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分が総固形分に対して65%以上となり、かつ、下記の(a)~(c)要件を満足することを特徴とする請求項1
~5のいずれか1項に記載の水溶性多糖類の製造方法。
(a)プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分のうち、相対分子量1万~10万の固形分の比率が40%以上、
(b)メチルエステル化度が60%以上かつアセチル化度が50%以上、
(c)分画分子量1万~2万で透析処理をして低分子を除去したものについて、構成糖の中性糖/酸性糖比(w/w)が0.6~1.5。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性多糖類の製造方法、特にペクチンの抽出方法に関するものである。詳細には、甜菜(別名、砂糖大根、シュガービート、または単にビートと呼ばれる)から糖分を抽出した後の残渣であるビートパルプの内、あらかじめ過熱蒸気で乾燥したもの(過熱蒸気乾燥パルプ)を原料に用いる方法であって、この過熱蒸気乾燥パルプから簡便な方法により高収率で水溶性多糖類(主成分としてペクチンを含む)を抽出する方法であり、この水溶性多糖類は相対分子量1万~10万の分子を豊富に含むことが特徴である。また、抽出時に酸を加える必要がないため、ペクチン分子中の酸性糖主鎖の修飾基であるメチルエステル基やアセチル基、中性糖側鎖の加水分解が抑制され、メチルエステル化度およびアセチル化度が高く、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含む水溶性多糖類が得られることを特徴とする水溶性多糖類の抽出法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、食品分野においては、消費者の健康志向や、嗜好の多様化、ニーズの変化等に応えるため、新たな食感や健康機能性などを付与した食品の開発が求められており、また天然の原材料へのニーズが高まっている。これに応えるものとして、食品ハイドロコロイドが挙げられる。食品ハイドロコロイドは、粘性、ゲル化性、分散性、乳化性などを有し、食品の製造過程で少量添加することにより、そのテクスチャー(食感)や見た目を改良し、機能性を付与することができる。食品ハイドロコロイドには、多糖類や蛋白質などの素材が知られている。多糖類の内、ペクチンは、ゼリーやジャム等のゲル化や、酸性乳飲料の乳蛋白質の分散安定化などの用途で広く用いられている。
【0003】
ペクチンは、すべての高等植物の細胞壁や中葉組織に普遍的に存在しているが、その量と質は各植物体の種類や部位で著しく異なっている。従来、ペクチンの抽出原料には、ペクチン含量の高い柑橘果皮や、リンゴ絞り粕、ビートパルプなどが用いられている。
【0004】
一般に、ビートパルプにはペクチンの構成糖として乾物当たり約20%の酸性糖(主にガラクツロン酸)、約20%のアラビノース、および約5%のガラクトースが含まれ、酸性糖の修飾基として約2%のメチルエステル基および約4%のアセチル基が含まれる。またアラビノースやガラクトースに結合するフェルラ酸が約1%含まれる。よって、ビートパルプの約50%がペクチンの構成成分である(非特許文献1)
【0005】
植物中のペクチンの基本構造は、D-ガラクツロン酸がα-1,4グリコシド結合したホモガラクツロン酸を主鎖骨格とする。この主鎖中にはD-ガラクツロン酸とL-ラムノースが交互に結合したラムノガラクツロナンが部分的に存在する。この主鎖中のラムノース残基には、中性糖であるL-アラビノースや、D-ガラクトース、D-キシロースからなる側鎖が結合している。また主鎖のガラクツロン酸の6番目炭素、3番目炭素(一部2番目炭素)は、それぞれ部分的にメチルエステル化、アセチル化されている。
【0006】
ペクチンはメチルエステル(メトキシル)含量により、ゲル化の特性が異なることが知られている。全ガラクツロン酸(全カルボキシル基)中に占めるガラクツロン酸メチルエステルの割合をエステル化またはメチルエステル化度(DE)と呼び、DEが50%より高いものはHMペクチン、50%以下のものは、LMペクチンに分類される。HMペクチン水溶液のゲル化には、糖と酸が必要であり、LMペクチンのゲル化には、カルシウム塩等の二価カチオンの添加が必須である、などDEによりゲル化特性が異なる。
【0007】
ビート根中のペクチンは、HMペクチンに属するが、糖や酸を添加してもゲル化性は低い。これはビートペクチンのアセチル基含量や側鎖の割合が柑橘などの他のペクチンよりも高いため、と考えられている。また中性糖側鎖にフェルラ酸が結合していることもビートペクチンの構造的特徴である。
【0008】
ペクチンの抽出原料に用いる植物(柑橘類や、リンゴ、ビート)は、畑で収穫された後、植物体が新鮮なうちに果汁の製造や砂糖製造に使用されるため、その残渣(柑橘果皮、リンゴ絞り粕、ビートパルプ)は一斉に発生する。またそれら残渣は腐敗しやすいため、利用に当たっては長期間の保存や運搬が可能なように、通常は乾燥処理される。
【0009】
柑橘果皮や、リンゴ絞り粕、ビートパルプからペクチンを抽出する方法としては、水を抽出溶媒に用いて酸性条件下で加熱する方法が一般的である。その酸抽出条件としては、塩酸や硝酸、硫酸などの鉱酸を添加してpH1.0以上3.0未満とし、50~90℃で3~12時間加熱処理するのが一般的である。この工程により植物組織からペクチンが溶出し、固液分離により不溶性残渣を取り除くと、ペクチン含有水溶液が得られる。
【0010】
ペクチンを精製する方法としてはアルコール沈殿法が一般的であり、ペクチンを沈殿回収し、原料にあらかじめ含まれる低分子、または抽出時に発生する低分子等を除去して精製される。
【0011】
一般に、酸性条件で加熱するとペクチンの分解も起こるので、経時的なペクチン収率はいずれ頭打ちとなり、減少に転ずる。乾燥ビートパルプからペクチンを抽出する時の酸性加熱条件とビートペクチン収率(%、乾燥原料あたり)については、非特許文献2において、pH1.0~1.5、85~95℃、2~5時間の抽出条件で、最大収率23.2%と報告されている。また、非特許文献3において、pH1.5、85℃、4時間の抽出条件で、最大収率は約17%であることが報告されている。一般に、乾燥原料あたり約50%のペクチン構成成分が含まれていることを考慮すると、この収率は決して高くはない。
【0012】
前述のとおり、酸性条件で加熱する抽出方法では、ペクチン主鎖のガラクツロン酸のメチルエステル基やアセチル基、中性糖側鎖の加水分解が起こる。そのため酸・加熱抽出条件は、抽出されたペクチンの構造、物性に大きく影響する。一般的にpHが低いほど、比較的低温・短時間でペクチンを収率良く抽出することができるが、中性糖側鎖の残存率や、メチルエステル化度およびアセチル化度は低下する。反対に中性に近いpH(pH3~5)では、中性糖側鎖の残存率が高く、メチルエステル化度およびアセチル化度が高いペクチンが得られるが、収率が悪く、収率を上げるためには100℃以上の高温条件や、100℃以下の場合は長時間の抽出が必要である。ゆえに、望ましい品質のペクチンが収率良く得られるように、抽出の温度や時間、pHなど製造条件は、注意深く制御する必要がある。
【0013】
またペクチン原料である植物体を水に懸濁して、酸を加えて所定のpHに調整するためには、大量の酸を必要とする。例えばビートパルプ懸濁液をpH2.0に調整するためには、ビートパルプ乾物重あたり約3%重量の濃硫酸を必要とし、pH1.5に調整するには、約5%重量の濃硫酸が必要となる。このようにして調製した強酸性のペクチン水溶液から、エタノール沈殿法やMFろ過や限外ろ過法などでペクチンを回収した後には、大量の酸性液が排出されるので、最終的にアルカリで中和処理する必要がある。このため酸抽出法は、酸とアルカリの薬剤使用量が、コスト面と環境面において負担が大きいという課題がある。
【0014】
このようにペクチンの酸抽出法には、装置は簡便であるものの、ペクチン収量は制限され、ペクチンの一部が分解する点での品質面の制約、大量の酸とアルカリを必要とする点でのコストと環境に対する技術的課題がある。
【0015】
これに対して、酸を使用しない抽出法として、特許文献1では、未乾燥処理のビートパルプから90℃、1時間で温水抽出する技術が開示されている。特許文献2では、ペクチン収量の向上を目的としてベンジルトリメチルアンモニウムクロライドなどのカチオン界面活性剤を水に添加することを必須条件として乾燥ビートパルプから抽出する方法が開示されている。しかしながら酸を使用しない方法では、ペクチンの収率は満足のいくレベルでなく、またカチオン界面活性剤の使用は食品製造用途に適さない。
【0016】
一方、物理的な作用を併用するペクチン抽出の改良法が提案されている。例えば、原料リンゴ絞り粕をあらかじめ押出(エクストリュージョン)前処理を行ってから酸抽出する、あるいは酸抽出時に超音波パルスを与える処理が、ペクチンの分解を減少させ、ペクチン収量の増加や、抽出時間を短縮できる方法として提案されている。また、抽出時の加温方法として、マイクロ波による加熱方法や蒸気注入加熱を用いたフラッシュ抽出法が、ペクチンの収量や品質に好ましい効果を与えることが報告されている。しかしながら、いずれも特別な装置を必要とするため、装置導入の初期コストが増大し、また装置のメンテナンス費用が継続的な負担となる。
【0017】
これらの技術背景において、植物組織、特にビートパルプからペクチンを抽出する方法に関して言及すると、高収率でペクチンを回収するためには、抽出時のpHや温度が過酷となるため、ペクチン分子中のメチルエステル基やアセチル基、中性糖側鎖の加水分解が避けられなかった。換言すると、メチルエステル化度およびアセチル化度が高く、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含む、ペクチンを主成分とする水溶性多糖類を取得する技術に関して簡便な構造の抽出装置を用いて、高収率で、且つコストが安価な方法は知られていなかった。そして、そのアプローチとして、ビートパルプの乾燥方法による原料の状態・性質の違いに着目した取り組みはなされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【文献】特許第2542462号公報
【文献】特公昭63-9521号公報
【文献】特許第5900792号
【文献】特許第5805390号
【非特許文献】
【0019】
【文献】L. Saulnier and J. F. Thibault, J. Sci. Food and Agric., 79, 396-402 (1999)
【文献】F. Michel et al ; Extraction and characterization oF pectins from sugar BEET PULP, J. Food Sci., 50, 1499-1500 (1985)
【文献】R. Sun et al; Extraction and physico-chemical characterization of pectins from sugar BEET PULP, Polymer journal, 30(8), 971-977(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、ビートパルプから水溶性多糖類(主成分としてペクチンを含む)を抽出することにおいて、温和な温度とpHの抽出条件にも関わらず高い収率を達成することが可能であり、その結果ペクチンの脱メチルエステル化、脱アセチル化が抑制され、また中性糖側鎖の過分解が抑制される新たなペクチン抽出法を提供することを目的とする。従来は抽出効率が悪く非実用的とされて用いられることがなかった温和な抽出条件が採用できることから、ペクチンの組成は従来になく特異なものであり、特別な機能性・物理的性質を有することが期待される。加えて、抽出時の中性糖側鎖の過分解を抑制することで、特段精製せずとも固形分あたりの水溶性多糖類純度が高く、高収量と高純度を両立できる抽出法を提供することを目標とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するため、本発明者らは、各方面から検討を行った結果、原料の重要性に着目するに至り、更に鋭意研究した結果、甜菜から糖分抽出した後の残渣を圧搾(脱水)したパルプ(圧搾パルプ)を、一定条件下で過熱蒸気により乾燥させたパルプを、さらに粉砕処理してから抽出原料として用いることで、ペクチンの抽出工程において、酸を使用することなく、また高温とせずとも、比較的短時間に高収率でペクチンを抽出できること、またこの方法で得られるペクチンは従来になく、メチルエステル化度およびアセチル化度高く、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含み、相対分子量1万~10万の分子を豊富に含むペクチン抽出液が得られる効果を有することを見出した。加えて、特段精製せずとも固形分あたりの水溶性多糖類純度が高い抽出物が得られ、高収量と高純度を両立できることを見出し、本発明を完成した。
【0022】
すなわち、本発明の実施形態を例示すると次の通りである。
(1)過熱蒸気乾燥によって得られた乾燥ビートパルプを原料として用いて、60~140℃で抽出すること、を特徴とする水溶性多糖類の製造方法。
(2)原料として用いられる(1)に記載のビートパルプが、目開き2.0mmの篩を通過する粒度に調整されて、24時間20℃の水に懸濁されたときに、水溶性多糖類量が原料乾物あたり10重量%以上抽出されるものであること、を特徴とする(1)に記載の水溶性多糖類の製造方法。
(3)目開き2.0mmの篩を通過する粒度のビートパルプを原料として用いること、を特徴とする(1)~(2)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(4)目開き0.84mmの篩を通過する粒度のビートパルプを原料として用いること、を特徴とする(1)~(2)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(5)過熱蒸気乾燥が、0.12~0.40MPa、110℃~200℃の条件下で行われること、を特徴とする(1)~(4)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(6)過熱蒸気乾燥が、処理時間45分以内、好ましくは1~15分であること、を特徴とする(1)~(5)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(7)抽出条件が、pH3.0~5.0であること、を特徴とする(1)~(6)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(8)抽出条件が、70~100℃であること、を特徴とする(1)~(7)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(9)得られる水溶性多糖類を含む抽出物の組成について、プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分が総固形分に対して65%以上となることを特徴とする、(7)~(8)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(10)得られる水溶性多糖類について、プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分のうち、相対分子量1万~10万の固形分の比率が40%以上であることを特徴とする、(7)~(8)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(11)得られる水溶性多糖類のメチルエステル化度が60%以上かつアセチル化度が50%以上である、(7)~(8)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(12)得られる水溶性多糖類を分画分子量1万~2万で透析処理をして低分子を除去したものについて、構成糖の中性糖/酸性糖比(w/w)が0.6~1.5である、(7)~(8)のいずれかひとつに記載の水溶性多糖類の製造方法。
(13)110~200℃、0.12~0.40MPaの過熱蒸気で乾燥したビートパルプを原料として用いて、目開き0.84~2.0mmの篩を通過する粒度に粉砕し、60~140℃、pH3.0~5.0の条件で抽出すること、を特徴とする水溶性多糖類の製造方法。
(14)過熱蒸気乾燥装置により、110~200℃、0.12~0.40MPaの過熱蒸気で乾燥することにより得られたビートパルプを原料として用いて、目開き0.84~2.0mmの篩を通過する粒度に粉砕し、60~140℃、pH3.0~5.0の条件で抽出すること、を特徴とする水溶性多糖類の製造方法。
(15)下記のA工程からC工程を含むこと、を特徴とする水溶性多糖類の製造方法。
A工程:ビートパルプを、110℃~200℃、0.12~0.40MPaで過熱蒸気によって乾燥する工程、
B工程:A工程で得られたビートパルプを目開き0.84~2.0mmの篩を通過する粒度に粉砕する工程、
C工程:B工程で得られたビートパルプを60~140℃、pH3.0~5.0の条件で抽出する工程。
(16)過熱蒸気乾燥によって得られた乾燥ビートパルプを原料として用い、100℃を超える熱水で抽出することを特徴とし、下記式(1)で示される反応過酷度を指標として、反応を制御することによって水溶性多糖類の過分解及び着色を抑制しながら水溶性多糖類を製造する方法。
反応過酷度=反応時間[min]×exp{(反応温度[℃]-100)/14.75}・・・式(1)
(17)過熱蒸気乾燥によって得られた乾燥ビートパルプを原料として用い、140℃以下の熱水で抽出することを特徴とし、該反応過酷度が150を越えない範囲下で抽出を行うこと、を特徴とする(16)に記載の方法。
(18)プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分が総固形分に対して65%以上となり、かつ、下記の(a)~(c)要件の少なくとも1を満足することを特徴とするビート由来の水溶性多糖類。
(a)プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分のうち、相対分子量1万~10万の固形分の比率が40%以上、
(b)メチルエステル化度が60%以上かつアセチル化度が50%以上、
(c)分画分子量1万~2万で透析処理をして低分子を除去したものについて、構成糖の中性糖/酸性糖比(w/w)が0.6~1.5。
(19)プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分が総固形分に対して65%以上となり、かつ、下記の(a)~(c)要件を満足することを特徴とするビート由来の水溶性多糖類。
(a)プルランを標準物質とするゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分のうち、相対分子量1万~10万の固形分の比率が40%以上、
(b)メチルエステル化度が60%以上かつアセチル化度が50%以上、
(c)分画分子量1万~2万で透析処理をして低分子を除去したものについて、構成糖の中性糖/酸性糖比(w/w)が0.6~1.5。
【発明の効果】
【0023】
これまでペクチンを高収率で抽出するためには、pH3.0未満の酸性条件、また高温の条件で抽出することが一般的であったが、本発明によれば、特段鉱酸を添加する必要はなく、温水抽出により短時間のうちに多量のペクチンを主として含む水溶性多糖類を取得することが可能となる。また、相対分子量1万~10万の分子を豊富に含む特徴的な水溶性多糖類を取得することが可能となる。
【0024】
そして、抽出時のpHが3.0~5.0と温和なため、メチルエステル化度およびアセチル化度が高く、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含む、ペクチンを主とする水溶性多糖類の取得が可能となる。さらには、抽出時のペクチンの過分解が抑制されるため、特段精製せずとも固形分あたりの水溶性多糖類純度が高い抽出物が得られ、高収量と高純度を両立できる。温和な抽出条件から設備等も簡易なもので済み、これらはコストダウンに大きく寄与する。鉱酸の取扱いが不要となることは、労働作業環境や自然環境に対しても安心・安全性が高まる、という利点がある。
【0025】
また、上記のように、本発明にて得られる水溶性多糖類の組成は特異なものであり、新たな生理活性(食品加工特性)も期待される。本発明によれば、これが取得できることも顕著な効果である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】乾燥方法の異なるビートパルプを用いて、pH未調整(pH4~5)、様々な温度・時間で抽出した時の、乾燥原料あたりの分子量2千以上の固形分収量(重量%)を分子量区分(2千~1万、1万~10万、および10万以上)ごとに示したグラフである。また、抽出された総固形分に対する分子量2千以上の固形分比率、および分子量2千以上の固形分に対する分子量区分(1万~10万)比率、および色価を示したグラフである。
【
図2】棚乾燥パルプ(常圧105℃、熱風循環乾燥)と過熱蒸気乾燥パルプを原料として用いて、pH未調整(pH4~5)、様々な温度・時間で抽出した場合における、抽出物の分子量分布を示したグラフである。
【
図3】乾燥方法の異なるビートパルプを用いて、様々なpHにて、90℃で2時間または6時間抽出した時の、乾燥原料あたりの分子量2千以上の固形分収量(重量%)を分子量区分(2千~1万、1万~10万、および10万以上)ごとに示したグラフである。また、抽出された総固形分に対する分子量2千以上の固形分比率、および分子量2千以上の固形分に対する分子量区分(1万~10万)比率を示したグラフである。
【
図4】棚乾燥パルプを原料として用いて、pH1.5、90℃、2時間で抽出したもの、過熱蒸気乾燥パルプを原料として用いて、pH未調整(pH4~5)、90℃、6時間抽出したもの、および市販のビート由来ペクチンの分子量分布を示したグラフである。
【
図5】棚乾燥パルプと過熱蒸気乾燥パルプを原料として用いて、様々なpHに調整し、90℃、6時間の抽出条件で得た抽出物について、分画分子量1.4万の透析膜による透析前後の構成糖収量{酸性糖、アラビノース、ガラクトース、その他(ラムノース、キシロース、マンノースおよびフコース)、但しショ糖および遊離単糖を除く}、およびその他成分収量を示したグラフである。
【
図6】棚乾燥パルプと過熱蒸気乾燥パルプを原料として用いて、様々なpHに調整し、90℃、6時間の抽出条件で得た抽出物を分画分子量1.4万で透析したもの、および市販のビート由来ペクチンについて、酸性糖に対する結合型酢酸のモル比(アセチル化度)および酸性糖に対する結合型メタノールのモル比(メチルエステル化度)を示したものである。
【
図7】粉砕した過熱蒸気乾燥パルプの原料粒度の違いによる、水中で膨潤させたパルプ体積(水中沈定体積)を比較したグラフである。
【
図8】様々な粒度に粉砕した過熱蒸気乾燥パルプを原料として用いて、90℃で抽出した場合における固形分収量の経時的変化を比較したグラフである。
【
図9】過熱蒸気乾燥パルプを原料として、様々な温度、時間で抽出した時の、水溶性多糖類収量の経時変化を示したグラフである。水溶性多糖類はショ糖及び遊離単糖を除く構成糖、結合型酢酸、結合型メタノールおよびフェルラ酸の合計である。
【
図10】過熱蒸気乾燥パルプを原料として、90℃、6時間または160℃、10分間の抽出条件での各抽出物の分子量分布を示しており、検出強度を2種の検出器(RI検出器及びUV検出器(325nm))を用いて測定したグラフである。
【
図11】過熱蒸気乾燥パルプを原料として、100℃を超える温度範囲において、5分、10分または20分間抽出した時の反応過酷度に対する水溶性多糖類の収量の変化を示したグラフである。水溶性多糖類はショ糖及び遊離単糖を除く構成糖、結合型酢酸、結合型メタノールおよびフェルラ酸の合計である。
【
図12】過熱蒸気乾燥パルプを原料として、100℃を超える温度範囲において、5分、10分または20分間抽出した時の反応過酷度に対する抽出物の重量平均分子量の変化を示したグラフである。
【
図13】過熱蒸気乾燥パルプを原料として、100℃を超える温度範囲において、5分、10分または20分間抽出した時の反応過酷度に対する抽出物の色価の変化を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明について、詳しく説明する。
【0028】
本発明は、過熱蒸気乾燥パルプを原料に用いて、140℃以下の液温でペクチンを主成分とする水溶性多糖類を抽出する好適条件を特定したことを特徴とするものである。技術的な特徴は、a)原料の選択と、b)その好適な抽出条件の特定にあり、それらが有機的に組み合わされた結果、従来採用されている酸抽出法と比べて、温和なpH(3.0~5.0)であるにも関わらず、予想外に抽出効率が良好であり、抽出されるペクチンの中性糖側鎖の過分解、及び脱メチルエステル化、脱アセチル化が抑制される点にある。
【0029】
この結果として、特段精製せずとも固形分あたりの水溶性多糖類純度が高い抽出物が得られ、高収量と高純度が両立される。また、メチルエステル化度およびアセチル化度が高く、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含む、ペクチンを主成分とする水溶性多糖類の取得が可能となる。また、得られる水溶性多糖類は、相対分子量1万~10万の分子を豊富に含む特徴がある。すなわち、ペクチンの抽出効率の向上と、特異的な組成の水溶性多糖類の取得という技術的効果を併せ持つことを特徴とする。
【0030】
本発明は、上記のうち、a)特別な原料である過熱蒸気乾燥パルプに着眼した意義が大きく、b)一般的なビートパルプ(ドラム乾燥パルプ)や未乾燥の圧搾パルプを原料とした場合に比べて、酸の添加を必要とせず、また温和な抽出条件にも関わらずペクチンを主に含む水溶性多糖類の収量が増大し、ペクチンの中性糖側鎖の過分解、及び脱メチルエステル化、脱アセチル化が抑制される点にある等の著しい効果を奏するものである。
【0031】
甜菜から砂糖を製造する工程において、工場に運ばれた甜菜の根部は洗浄されて、コセットと呼ばれるスティック状小片に裁断された後、60~70℃の温水と混合されて糖分が抽出される。糖分抽出後の残渣であるビートパルプ(水分量:90~91重量%)は、圧搾・脱水され(本願では、これを「圧搾パルプ」と称す。通常、水分量:72重量%以下)、乾燥工程を経て乾燥ビートパルプとなり、主に飼料用途で使用される。ビートパルプの乾燥は、腐敗を防止し、品質を安定化させるために必要不可欠である。
【0032】
従来ビートパルプの乾燥は、650~1,000℃程度の熱風で乾燥するドラム型乾燥法が用いられてきた。一方、近年は省エネルギー化と二酸化炭素排出の減少を目的に、110~200℃程度の過熱蒸気で乾燥する過熱蒸気乾燥法が実用化されている。しかしながら甜菜が広く作付され、甜菜を原料とする製糖工場が多く立地するヨーロッパや北米地域において、過熱蒸気乾燥機が導入された製糖工場は未だ20程度であり、製糖工場の全体の数の1割に満たず、主流は未だドラム型乾燥機である。
【0033】
本願発明者らは、コストや環境の負荷となる鉱酸を特段添加することなく、簡便な方法でペクチンを含む水溶性多糖類を高収率で得ることを目的に、また従来の酸加熱抽出法ではなし得ない、メチルエステル化度およびアセチル化度が高く、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含む、ペクチンを主とする水溶性多糖類の取得を可能とする技術を開発すべく鋭意検討した結果、ビートパルプの乾燥方法に着目し、過熱蒸気乾燥パルプを原料として用いてペクチンを含む水溶性多糖類を抽出する場合に著効を奏する原料粒度と温度抽出条件を見出し、解決した。
【0034】
過熱蒸気乾燥法は、蒸気圧力が0.12~0.4MPa、好ましくは0.25~0.27MPaであって、蒸気温度が110~200℃、好ましくは130~185℃、更に好ましくは150~180℃である過熱蒸気により圧搾パルプを乾燥させるものであり(本願では、この方法で得られた乾燥ビートパルプを「過熱蒸気乾燥パルプ」という)、過熱蒸気乾燥機出口のパルプ水分量が、17%以下、好ましくは15%以下、さらに好ましくは12%以下に乾燥させると良い。完全に乾燥した過熱蒸気乾燥パルプも本発明に使用することは可能であるが、乾燥機出口から排出された過熱蒸気乾燥パルプは、多少水分が残っていても大気下で自然に放湿し、大凡5%前後の水分量に平衡化する。従って通常5%までほぼ完全にパルプを乾燥させることは、エネルギーコスト的に望ましくはないが、本発明では過熱蒸気乾燥機出口のパルプ水分量として、0~17%、好ましくは5~15%、さらに好ましくは8~12%の過熱蒸気乾燥パルプを用いることができる。本願の効果は、過熱蒸気乾燥法による乾燥ビートパルプのみで得られる。未乾燥の圧搾パルプやドラム乾燥パルプ等の他の乾燥法で作られたパルプでは、所期の目的である温和なpH(pH3.0~5.0)と温度条件(100℃以下)ではペクチンを効率よく抽出することは達成できない。
【0035】
ここで、甜菜を原料とする製糖工場において、用いられるビートパルプの乾燥機の方式について説明する。
ドラム型乾燥機(drum drier)は、高温の燃焼ガスにより乾燥する方式であり、燃焼炉と円筒形の乾燥ドラムで構成される。燃焼炉の中で燃料が一次空気とともに燃焼し、発生した650~1,000℃の燃焼ガスが、乾燥ドラム内に送られる。圧搾パルプは、ゆっくりと回転する乾燥ドラム内に投入され、特殊な機構により出口側へ送り出されながら高温の燃焼ガスによって乾燥される。乾燥パルプは、出口のサイクロンにより排気ガスと分離される。
【0036】
過熱蒸気乾燥機(drier using superheated steam)の基本的概念は、圧力密閉容器内で過熱蒸気により圧搾パルプを乾燥するものである。ベルト式乾燥(Belt driers)タイプやSvensk Energyteknikタイプ、流動床乾燥タイプが開発され、実用化されている。ベルト式ドライヤーは、圧力容器内のベルト上の圧搾パルプが搬送されながら過熱蒸気で乾燥される方式である。Svensk Energyteknikタイプは、過熱蒸気が循環するチューブ内に圧搾パルプを投入し、チューブ内を移動しながら乾燥されるものである(参考文献:Sugar technology :Beet and cane sugar manufacture, Verlag Dr.Albert Bartens KG編,Bartens,1998,Berlin.)。流動床乾燥タイプは、最も普及が進む乾燥機である。乾燥機の圧力容器内には、室(セル)に区分けされた流動床が配置され、インペラによって上方に循環する過熱蒸気が流動床内のパルプと接触し乾燥させる構造である。水分を含む湿った圧搾パルプはロータリバルブによりスクリューコンベアに供給されて圧力容器内の一番目のセルに運ばれ、過熱蒸気の流れにより流動しながら各セルを移動し乾燥されていく。最後のセルに到達するとスクリューコンベアとロータリバルブを通って水分10%程度の乾燥パルプとして排出される。ビートパルプに含まれていた水分から発生した余分な蒸気は、圧力容器から取り出され、製糖工程の糖液の濃縮(効用缶)の熱源に使用され、製糖工場の省エネルギー化に寄与する(取り出される乾燥機内の蒸気圧力の一例として、3.7bar=0.37MPa、乾燥機内の蒸気圧は糖液濃縮用の効用缶コンデンサによって制御される)。乾燥機内の蒸気の一部は、熱交換器を通って再加熱され所定温度の過熱蒸気として、乾燥機内を循環することでビートパルプの乾燥が進められる。流動床乾燥機では、乾燥中のパルプは流動床内で常に撹拌されるため、パルプの粒子サイズが様々であっても、均一に乾燥が進むことが特徴である。(参考文献:Sugar industry 142,693-698(2017))。
【0037】
本発明は、ビートパルプを過熱蒸気乾燥することにより、ペクチンを主として含む水溶性多糖類の抽出が容易になるという原理を新たに見出し、この新原理に基づき、過熱蒸気乾燥パルプを原料として新たに用いることで、温和なpHと温度条件下に関わらず水溶性多糖類を高収率で抽出することを可能とするものである。また、このようにして得られる水溶性多糖類は相対分子量1万~10万の分子を豊富に含むことを特徴する。抽出時に特段鉱酸の添加や高温に加熱する必要はなく、低コストで環境負荷の少ない抽出技術を提供するものである。またさらには、抽出時に酸を加える必要がないため、ペクチン分子中のメチルエステル基やアセチル基、中性糖側鎖の加水分解が抑制され、メチルエステル化度およびアセチル化度が高く、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含む水溶性多糖類の取得を特徴とするものである。抽出時のペクチンの過分解が抑制されるため、特段精製せずとも固形分あたりの水溶性多糖類純度が高い抽出物が得られ、高収量と高純度が両立される。
【0038】
以上を換言すれば、本発明は、過熱蒸気乾燥パルプを原料として新たに用いることによって、温和な条件にも関わらずペクチンを高収率でかつペクチン分子中のメチルエステル基やアセチル基、中性糖側鎖の加水分解を抑制して高純度に抽出取得できる点を特徴とするものであり、このような技術的特徴は従来知られておらず、本発明が最先である。
【0039】
上述の通り、過熱蒸気乾燥法とドラム乾燥法は、乾燥の温度条件や原理が大きく異なる。ビートパルプから水溶性多糖類を抽出する方法は下述の文献が示す通り広く知られているが、それらの文献技術では抽出に用いられる乾燥ビートパルプの乾燥方式については示されていない。以下、先行技術との比較を記載する。
【0040】
特許文献1(特許第2542462号)では、過熱蒸気乾燥パルプではなく圧搾パルプを原料として用い、これを温和な条件で抽出処理している。この場合、例えば、90℃、1時間という抽出処理では固形分収量が約15%程度、この内の多くはパルプに残留するショ糖であるため水溶性多糖類収率は数%程度しか得られないことが推測される。これに対して本願発明によれば、過熱蒸気乾燥パルプを原料として使用しているため、後述するように、室温下で水溶性多糖類収率が20%超と(表3等)、極めて顕著な効果が奏されている。
【0041】
特許文献2(特公昭63-9521号)では、ビートパルプ乾燥物を用いて80℃で抽出処理している。ここでは、植物体組織を膨潤させ、ペクチンの抽出液への溶出を促進し、抽出率を向上させるために、特定のカチオン系界面活性剤の添加を必須としており、本発明とは抽出方法が相違している。また、収量面について、酸性糖収量(ペクチンの主鎖を構成する成分)を比較すると、本願発明では9.0~15.0重量%であるのに対して(表5等)、文献技術はその半分程度しかない。したがって、収量向上という発明の目的は一致しているものの、抽出方法と効果の面からみても両者はまったく相違している。
【0042】
特許文献3(特許第5900792号)では、乾燥ビートパルプ粉砕物であるビートファイバーを原料として用いてペクチンを構成するフェルラ酸結合型糖質を製造する技術が示されている。この技術は、密閉容器内で液密状態にあるビートファイバー懸濁液を160℃以上で加熱し、飽和蒸気圧以上の圧力となった液体状態にある水の触媒反応(水熱反応と呼ばれる)によって、ペクチンを分解し、遊離するフェルラ酸結合型糖質であるオリゴ糖を取得する技術であり、目的生成物が異なる。温和な抽出条件でペクチンを主成分とする水溶性多糖類を取得できる本発明とは、発明の目的及び技術上の意義が全く相違すると言える。
【0043】
一方、特許文献4(特許第5805390号)では、乾燥ビートパルプ粉砕物であるビートファイバーを約180℃の過熱蒸気で1時間加熱処理することによって、アラビノースまで過分解する技術が示されている。このように過酷な条件下では、ペクチンが過分解されてしまうため、そもそもペクチンを得ることはできない。本願発明では、湿潤状態にあるビートパルプを過熱蒸気処理して乾燥し、乾燥過程で過分解を抑制しながらペクチンを可溶化させるものであり、両者はそもそも発明の目的及び技術上の意義の相違が明白である。すなわち、ビートパルプを過熱蒸気乾燥することによりペクチンを含む水溶性多糖類の抽出が容易になる知見について、文献技術では言及されていない。
【0044】
本発明においては、原料として過熱蒸気乾燥パルプを使用する。過熱蒸気乾燥パルプは、上記した乾燥システムにしたがい、過熱蒸気乾燥装置により、温度110~200℃、好ましくは130~185℃、更に好ましくは150~180℃、圧力は0.12~0.4MPa、好ましくは0.25~0.27MPaの過熱蒸気で圧搾パルプを乾燥させることによって得られる。過熱蒸気乾燥パルプの水分量については、過熱蒸気乾燥機出口のパルプ水分量が、17%以下、好ましくは15%以下、さらに好ましくは12%以下に乾燥させると良く、これによって、ビートパルプの腐敗を防ぎ品質の安定化が図られる。乾燥機出口から排出された過熱蒸気乾燥パルプは、多少水分が残っていても大気下で自然に放湿し、大凡5%前後の水分量に平衡化することから、本発明の過熱蒸気乾燥機出口のパルプ水分量は、0~17%、好ましくは5~15%、さらに好ましくは8~12%である。過熱蒸気乾燥機の乾燥能力(時間あたり水分蒸発量)は、乾燥機のタイプも影響するが、工場ボイラーから乾燥機に供給される蒸気圧と乾燥機容器内圧力(圧力は製糖に使用する濃縮用効用缶のコンデンサで制御され決定される)と、乾燥機のサイズで決まる。また乾燥処理時間は、乾燥能力に対する圧搾パルプの供給量、さらには圧搾パルプの状態(粒子の大きさ、水分量等)の要因が相互に関連するため、一概に設定できないが、通常、45分以内、好ましくは1~15分であることが想定される範囲である。なお、本発明の効果は、ビートパルプの過熱蒸気乾燥時間の影響を受けるものではないが、乾燥時間は30秒~45分、好ましくは45秒~30分、さらに好ましくは1~15分の範囲である。
【0045】
過熱蒸気乾燥パルプを用いてペクチンを主成分とする水溶性多糖類の抽出処理を行う時、本パルプは非常に吸水性が高く、流動性が乏しくなると抽出処理作業が困難となるため、加水量を増やす必要がある。結果として抽出液が薄くなり、後の濃縮工程で不利になる。本パルプは粒度が大きいほど吸水して膨みやすく流動性が低い。また十分に流動性を与えても粒度が大きいと抽出に時間を要し効率が悪い。そのため抽出に用いるパルプは、粒度調整を行うのが好ましい。例えば目開き2.0mm(好ましくは0.84mm)の篩を通過する、換言すれば9メッシュパス(好ましくは20メッシュパス)の粒度とするのが好適である。
【0046】
このようにして粒度を調整した乾燥パルプは、抽出処理に付すが、その際の加水量はパルプ懸濁液の流動性が得られる最少量を目標に決定すれば良く、固形分濃度で3~15重量%程度となる。
【0047】
抽出温度は、60~140℃であるが、好ましくは70~100℃、更に好ましくは80~90℃となる。過熱蒸気乾燥されたビートパルプを用いると、特段酸を加えることなく、100℃以下の温和な条件下においても比較的短時間(例えば6時間以下)で高い収量のペクチン抽出液が得られる。その結果として、脱メチルエステル化や脱アセチル化、ペクチンの中性糖側鎖(アラビノースが主成分)の過分解を抑制することができる。加圧容器を用いて100℃を超える温度範囲において抽出することにより、上記同様にペクチンの品質変化を抑制しつつ、さらに短時間で高い収量が得られる。ただし、水溶性多糖類の過分解・着色の進行を防ぐために抽出温度ムラをなくし、抽出温度・時間をより精密に制御しなければならない。また、150℃以上の高い温度で、10分間以上抽出する場合は、原料ビートパルプを過熱蒸気乾燥することによる、ペクチン収量の向上等の効果は発揮されない。
【0048】
100℃以上の抽出条件において求められる精密な制御に、ビートパルプ懸濁液(スラリー)が受けた熱及び時間の履歴をエネルギー値に換算した指標(本願では、反応過酷度と称す)を用いることができる。反応過酷度を厳密に制御することによって、水溶性多糖類の過分解、着色の抑制を図ることができる。本発明においては、下記式1で表される反応過酷度を300以下にすることが好ましく、150以下にすることがより好ましい。なお、特に希望するのであれば、140℃を超える過酷な温度条件下においても、反応過酷度が300を超えない範囲下で20分未満の極短時間での抽出も可能である。各温度及び各反応時間における反応過酷度は表1の通りである。
(式1)
反応過酷度=反応時間[min]×exp{(反応温度[℃]-100)/14.75}
【0049】
【0050】
抽出(反応)pHとしては2.0以上が好ましく、脱メチルエステル化、脱アセチル化を抑制し、主にアラビノースで構成される中性糖側鎖の過分解を抑制するためにはpH3.0以上にて抽出を行うことが好ましい。また、pH5.0を超えるとペクチンは一般的に不安定化するため、pH3.0~5.0にて行うことがより好ましい。ビートパルプを水に懸濁して抽出作業を行う時、ビートパルプが圧搾パルプ、ドラム乾燥パルプ、あるいは本願発明の過熱蒸気乾燥パルプのいずれであっても、通常懸濁液のpHは3.0~5.0の範囲となるため、特段pH調整は必要でない。ビートパルプ懸濁液がこのように弱酸性(pH3.0~5.0)を示すのは、ペクチン主鎖のガラクツロン酸自体が酸性を示すことに加えて、ガラクツロン酸を修飾するアセチル基の一部が脱エステル化し酢酸が遊離するためであり、さらには原料の圧搾パルプ自体に含まれる有機酸のためである。
【0051】
抽出(反応)時間については格別の限定はなく、ペクチンが高収量で得られるまで反応を継続すればよい。反応温度、pH条件等によって反応時間は違ってくるが、通常、5分~24時間、好ましくは1~6時間である。なお、短時間の抽出を狙って100℃以上の抽出温度を選択する場合は、反応過酷度が300以下、好ましくは150以下となるよう精密に制御する必要がある。
【0052】
抽出時の圧力については、特別に加圧する必要はなく、常圧で抽出を行うことができ、このような条件で抽出を実施できることが本発明の重要な特徴のひとつである。ただ、既に述べたように、100℃を超える場合は大気圧以上とする。
【0053】
このようにして抽出処理(又は反応)することによって、ペクチンを主成分とする水溶性多糖類を下記の収率で得ることができる。
【0054】
(1)原料乾物あたりの固形分収量は30~60重量%、水溶性多糖類収量は20~45重量%
(2)原料乾物あたりの酸性糖収量は9.0~15.0重量%
(3)原料乾物あたりの、遊離単糖およびショ糖を除く中性糖の収量は10~25.0重量%
(4)原料乾物あたりの結合型酢酸収量:1.0~5.0重量%
(5)原料乾物あたりの結合型メタノール収量:1.0~3.0重量%
(6)原料乾物あたりのフェルラ酸収量:0.2~1.0重量%
【0055】
本法によって得られる水溶性多糖類は、抽出条件に依存するが、次の通りである。
【0056】
(1)プルランを標準物質としてゲルろ過HPLCにて測定した相対分子量2千以上の固形分が総固形分に対して65%以上である
(2)プルランを標準物質としてゲルろ過HPLCにより測定した相対分子量2千以上の固形分のうち、相対分子量1万~10万の固形分の比率が40%以上である
(3)構成糖(遊離単糖及びショ糖を除く)の40~50%が酸性糖、35~50%がアラビノース、5~15%がガラクトース、1~5%がラムノース
(4)分画分子量1万~2万の透析処理にて低分子を除去した水溶性多糖類画分の構成糖の中性糖/酸性糖比(w/w)が0.6~1.5である
(5)アセチル化度50%以上、メチルエステル化度60%以上
(6)水溶性多糖類あたりのフェルラ酸含量0.5~1.5重量%
【0057】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではなく、本発明の技術的思想内においてこれらの様々な変形が可能である。
【実施例1】
【0058】
原料の乾燥方法の違いが、pH未調整時(pH4~5)、水溶性多糖類の抽出に与える影響を調べた。
【0059】
(実験1:各乾燥方法における水分の比較)
甜菜から砂糖を製造する工程における糖分抽出後の残渣であるビートパルプ(水分量:90~91重量%)について、圧搾(脱水)して圧搾パルプを得た。圧搾パルプをそれぞれ、バッチ型棚乾燥機(常圧105℃、熱風循環式)、連続型ドラム乾燥機(700~800℃)及び連続型流動床過熱蒸気乾燥機(150~170℃、内圧0.25MPa)で乾燥した。各乾燥機おける圧搾パルプの乾燥滞留時間は、排出される乾燥パルプの水分が5~10%程度になるよう調整した。各乾燥パルプをミルで破砕後、60メッシュパス(目開き0.25mm通過物)に調整した。各乾燥パルプそれぞれの水分は表2の通りである。
【0060】
【0061】
(実験2:各乾燥パルプを抽出原料とした場合の分子量別固形分収量の比較)
各乾燥パルプに脱塩水を添加し(固形分終濃度6%)、室温(20~25℃)または、90℃で6時間振盪抽出した。また、各乾燥パルプに脱塩水を添加し(固形分終濃度12%)、データロガーに接続したK熱電対を挿入したスクリューキャップ式のステンレス管(35mL容)にて、140、150、または160℃のオイルバス上でそれぞれ反応過酷度150、300、または600に達するまで約10分間加熱し、すぐさま水冷した。いずれの抽出においてもpHは特に調整せず、抽出前の各懸濁液のpHは4.0~5.0であった。
【0062】
上記をそれぞれ珪藻土ろ過して上清を全量回収した。回収したろ液中の固形分含量、固形分の分子量分布、ICUMSA色価を次の方法にて測定した。
・固形分含量:レフブリックス計にて測定した。
・固形分の分子量分布:下記条件でゲルろ過HPLCにて測定した。
・ICUMSA色価:0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液中(pH7.0)において、420nmでの吸光度を紫外可視分光光度計で測定し、ICUMSA色価に換算した。
【0063】
[ゲルろ過HPLC]
・ガードカラム:TSKgel guard columun PWXL Φ6.0 mm×4cm 東ソー
・カラム: TSKgel GMPWXL Φ7.8 mm×30cm東ソー
・溶離液: 0.1M 硝酸ナトリウム水溶液
・流速: 0.4 mL/min
・温度: 40℃
・分析時間: 60 min
・注入量: 20 μL
・検出: RI
・標準物質: プルランShodex standard P-82、グルコース(較正曲線:一次式近似)
・前処理: 凍結乾燥後、溶離液に溶解させ、0.45μMセルロースアセテートメンブランろ過
【0064】
結果を
図1および
図2に示した。後述するとおり、
図1の積み上げグラフで示した分子量2千以上の固形分は主に水溶性多糖類で構成されている。室温にて6時間、90℃にて6時間、および140℃にて10分間(反応過酷度150)の3条件では、いずれにおいても過熱蒸気乾燥パルプにて分子量2千以上の固形分収量が高く、特に室温にて6時間の抽出条件において、原料の乾燥方法による差が顕著であった。この結果より、過熱蒸気乾燥パルプでは、ペクチンを含む多糖類がすでに可溶化されやすい状態に変化していることが推察された。また、過熱蒸気乾燥パルプにおいては、分子量2千以上の固形分収量が高く、かつ過分解による分子量2千未満の発生が小さいため、
図1に折れ線グラフで示した総固形分に対する分子量2千以上の固形分比率が上記の3抽出条件すべてにおいて70%を超えており、特段精製せずとも水溶性多糖純度の高い抽出物が得られることが分かった。
【0065】
一方、150℃、10分(反応過酷度300)以上の過酷な抽出条件では、原料パルプの乾燥方法の違いによる収量や分子量分布に大きな差はなく、過分解により、固形分に対する分子量2千以上の固形分比率は70%を下回った。着色も150℃、10分以上の抽出条件において大きく進行し、特に160℃、10分(反応過酷度600)において顕著であった(
図1および
図2)。これより、150℃、10分(反応過酷度300)を超える条件については、ペクチンを高収率で得るために原料の過熱蒸気乾燥は特段必要なく、また、過分解、着色が進行しているため本発明の要求を満たすものではなかった。
【0066】
棚乾燥パルプを原料とした場合は140℃、10分(反応過酷度150)以上、過熱蒸気乾燥パルプを原料とした場合はすべての抽出条件で、
図1に折れ線グラフで示した分子量2千以上の固形分に対する中程度(1万~10万)の分子量区分の比率が40%を超えて高く、中程度の分子量の多糖類を豊富に含む特徴的な水溶性多糖類が得られた。過熱蒸気乾燥パルプを原料とした場合は、この特徴的な分子量分布の水溶性多糖類を、温和な温度条件にて高収量で得られることが分かった。
【0067】
以上まとめると、過熱蒸気乾燥パルプを抽出原料とすることで、他の乾燥パルプと比較して、140℃、10分(反応過酷度150)を下回る条件にて、分子量2千以上の水溶性多糖類を高収量で、過分解することなく得られ、また抽出物の着色も抑えられることがわかった。また、得られる分子量2千以上の水溶性多糖類は分子量が1万~10万の中程度の分子を豊富に含むことが特徴であった。
【0068】
(実験3:各乾燥パルプを抽出原料とした場合の成分別収量の比較)
実験2で得られた抽出液について水溶性多糖類の構成糖収量、遊離単糖収量、結合型または遊離の酢酸及びメタノール収量、フェルラ酸収量、ショ糖収量を次の方法にて測定した。
・酸性糖収量:ガラクツロン酸を標準物質として3,5-ジメチルフェノール法にて測定した。
・酸性糖以外の構成糖収量および遊離単糖収量:2N硫酸条件下で100℃、4時間加水分解後に遊離する糖収量(酸性糖以外の構成糖収量)及び加水分解前の遊離単糖収量(各中性単糖、ガラクツロン酸、グルクロン酸)を下記HPAEC-PAD分析条件にて測定した。なお、糖の記載名称は次のように略した。Ara(アラビノース)、Gal(ガラクトース)、Rhm(ラムノース)、Man(マンノース)、Xyl(キシロース)、Fuc(フコース)
・ショ糖収量:下記HPLC分析条件1にて測定した。
・酢酸及びメタノール収量:0.4N水酸化ナトリウムを含む50体積%イソプロパノール水溶液中で室温下2時間加水分解後(または前)に、下記HPLC分析条件2にて測定し、結合型のものとあらかじめ遊離していたものをそれぞれ下記の様に区別して定量した。
結合型=加水分解後-加水分解前、遊離型=加水分解前
なお、メタノールは表中にMeOHと記載した。
・フェルラ酸収量:0.1Mグリシン―水酸化ナトリウム緩衝液中(pH 10)における波長375 nmのモル吸光係数を31430L/mol・cmとして、分光光度計にて測定した。
【0069】
[HPAEC-PAD分析条件]
・ガードカラム:CarboPac PA1 GuardΦ4.0 mm×5 cm Dionex
・カラム:CarboPac PA1Φ4.0 mm×25 cm Dionex
・溶離液:水酸化ナトリウム20 mM一定
酢酸ナトリウム0 mM(0-12 min)、0→20 mM(12-25 min)、200 mM(25-28 min)、200→500 mM(28-28.5 min)、500 mM(28.5-33.5 min)、500→0 mM(33.5-34 min)、0 mM(34-43 min)
・流速:1.0 mL/min
・ポストカラム注入:0.3M 水酸化ナトリウム水溶液(0.5 mL/min)
・注入量:5 μL
・検出:Int PAD(AgCl電極)
・内部標準物質:D-リボース
・前処理:飽和水酸化バリウム水溶液で中和後、1900×gで6分間遠心分離し、その上清を0.45μMセルロースアセテートメンブランろ過
[HPLC測定条件1]
・カラム:CK02A Φ20 mm×25 cm 三菱化学
・ガードカラム:CK02AG Φ8.0mm×1 cm三菱化学
・移動相:超純水
・流速:1.0 mL/min
・温度:80℃
・注入量:20 μL
・分析時間:80分
・検出:RI
・定量方法:総面積に対する各ピークの面積%により定量
・前処理:0.45μMセルロースアセテートメンブランろ過
[HPLC分析条件2]
・ガードカラム:SUGAR SH-G Φ6.0 mm×5 cm Shodex
・カラム:SUGAR SH1011 Φ8.0 mm×30 cm Shodex
・移動相:5 mM 硫酸水溶液
・流速:0.6 mL/min
・温度:60℃
・注入量:20 μL
・検出:示差屈折計(RI)
・外部標準検量線法
・前処理:12000×gで10分間遠心分離し、その上清を0.45μMセルロースアセテートメンブランろ過
【0070】
結果を表3に示す。なお、この表に記載する水溶性多糖類収量は、構成糖、結合型酢酸、結合型メタノール及びフェルラ酸の合計により算定した。この値は、分子量2千以上の固形分収量の値と大凡一致し、過熱蒸気乾燥パルプにおいて、高収量で水溶性多糖類が得られることが確認された。
【0071】
【実施例2】
【0072】
抽出時のpHを変えた場合において、原料の乾燥方法の違いが、水溶性多糖類の抽出に与える影響を調べた。
【0073】
(実験1:各乾燥パルプを原料に用いて、抽出時のpHを変えた場合における抽出物の固形分収量、重量平均分子量、色価の比較)
実施例1、実験1の各乾燥パルプに脱塩水および10%硫酸を添加して各pHに調整し(固形分終濃度6%)、90℃で2時間または6時間振盪抽出した。上記をそれぞれ珪藻土ろ過して上清を全量回収した。回収したろ液中の固形分含量、固形分の分子量分布、ICUMSA色価を実施例1、実験2と同様の方法で測定した。ただし、添加した硫酸由来の固形分を差し引いて補正し、分子量分布からも硫酸由来のピークを除去した。
【0074】
結果を
図3および
図4に示した。過熱蒸気乾燥以外の乾燥法により調製したパルプにおいては、抽出時のpHが低いほど分子量2千以上の固形分収量が大きく増加したが、過熱蒸気乾燥パルプの場合は、いずれのpH領域でも高い固形分収量が得られ、硫酸を添加しなくとも、水溶性多糖類が抽出されやすいことが分かった。一方いずれの乾燥原料を用いた場合も、pHが低いほど抽出と同時に過分解が発生し、抽出された総固形分に対する分子量2千以上の固形分比率が小さくなり、特にpH2以下で顕著であった。
【0075】
分子量区分ごとの収量に着目すると、過熱蒸気乾燥以外の乾燥法により調製したパルプを原料とした場合の、硫酸添加による酸性条件で得た抽出物では、分子量10万以上の比率が大きく、分子量2千以上の固形分に対する中程度(1万~10万)の分子量区分の比率は40%を下回った。一方、過熱蒸気乾燥パルプの抽出物(pH未調整またはpH3)では、分子量2千以上の固形分に対する分子量区分(1万~10万)比率が40%を超えて高く、中程度の分子を豊富に含んでいた。
図4より、棚乾燥パルプをpH1.5の酸性条件で抽出した抽出物の分子量分布は、分子量10万以上に分布ピークがあり、市販ビートペクチン(CPKelco製、銘柄:BETA BI-J)と近似していた。これらは過熱蒸気乾燥パルプからpH無調整(pH4~5)で抽出した水溶性多糖類の分子量分布と大きく異なった。
【0076】
(実験2:各乾燥原料から調製した酸抽出物を透析処理し、多糖成分を回収した時の構成糖別収量の比較)
実施例2、実験1の抽出液を再生セルロース透析膜(分画分子量1.4万)に内封し、外液を脱塩水として定期的に交換しながら数日間透析処理をした。透析後の内液を全量回収し、凍結乾燥して実施例1、実験3と同様の方法で構成糖含量を測定した。
【0077】
結果を
図5に示した。原料および抽出条件が異なるいずれの抽出物に関しても、透析により、多くが低分子成分であるその他成分が除去された。多糖類成分の構成糖に関しては、酸性糖、ガラクトースおよびその他中性糖の各収量は透析前後で変化しなかった。構成糖のアラビノースは抽出時のpHが低いほど透析後に減少したことから、抽出時に過分解したことが分かった。特にpH2以下で顕著であり、中性糖/酸性糖比は0.6を下回って大きく減少した。棚乾燥パルプを原料とした場合も、pH3~5の抽出条件では、中性糖/酸性糖比の大きい多糖が抽出されたが、その収量は低く、過熱蒸気乾燥パルプを原料とした場合にのみ、高収量でかつ、中性糖/酸性糖比の大きい多糖類が得られた。換言すると、過熱蒸気乾燥パルプを抽出原料とし、pH3~5で抽出することで、水溶性多糖類を高収量で、かつアラビノースを主として構成される多糖類を過分解させることなく得られ、結果として中性糖/酸性糖比の大きい水溶性多糖類が得られることがわかった。過分解がないため抽出物には低分子が少なく、水溶性多糖類の割合い(純度)が高いことも特徴である。
【0078】
(実験3:各乾燥原料から調製した酸抽出物を透析処理し、多糖成分を回収した時のメチルエステル化度およびアセチル化度の比較)
続いて、実施例2、実験2で透析により回収して多糖成分に関して、実施例1、実験3と同様の方法で酸性糖含量および酢酸、メタノール含量を測定し、酸性糖に対する酢酸のモル比(アセチル化度)および酸性糖に対するメタノールのモル比(メチルエステル化度)を算出した。
【0079】
結果を
図6に示す。いずれの乾燥パルプを原料とした場合も、抽出時のpHが低いほどアセチル化度およびメチルエステル化度が低下した。棚乾燥パルプを原料とした場合も、pH3~5で抽出することで、アセチル化度およびメチルエステル化度の高い多糖が抽出されたが、その収量は低く、過熱蒸気乾燥パルプを原料とした場合にのみ、高収量でかつ、アセチル化度およびメチルエステル化度の高い多糖類が得られた。換言すると、過熱蒸気乾燥パルプを抽出原料とし、pH3~5で抽出することで、水溶性多糖類を高収量で、かつ、アセチル化度およびメチルエステル化度の高い状態で得られることが分かった。
【0080】
以上実施例1および実施例2をまとめると、ビートパルプからペクチンを主とする水溶性多糖類を抽出する場合において、過熱蒸気乾燥パルプを抽出原料として用いることで、従来抽出効率の悪いpH3~5の条件を採用することが可能となり、中性糖、特にアラビノースで構成される多糖類の分解や酸性糖の修飾基(アセチル基およびメチルエステル基)の分解が抑制される結果、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含み、メチルエステル化度およびアセチル化度の高い水溶性多糖類が高収率で得られた。また、相対分子量1万~10万の中程度の分子を豊富に含む特徴的な水溶性多糖類を取得することが可能であった。加えて、抽出時の水溶性多糖類の過分解、特にアラビノースで構成される多糖類の過分解を抑制することで、特段精製せずとも固形分あたりの純度が高い水溶性多糖類が得られ、高収量と高純度を両立できた。
【実施例3】
【0081】
過熱蒸気乾燥パルプを原料とした場合の原料粒度が、抽出工程に与える影響を調べた。
【0082】
(実験1:過熱蒸気乾燥パルプの粒度と吸水性の関係)
粉砕した過熱蒸気乾燥パルプを篩分けし、内径4cm、250mL容のメスシリンダーに乾物として10g量り取り、脱塩水を加え、一晩静置して水中で膨潤させたパルプ体積(水中沈定体積)を測定した。
【0083】
結果を
図7に示す。乾燥パルプは粒度が大きいほど吸水して膨張した。吸水性が大きいと、流動性を与えるために加水量を増やす必要があり、その結果として後の濃縮工程で不利となるが、20メッシュパス(目開き0.84mm)、より好ましくは30メッシュパス(目開き0.50mm)に調整することで、膨潤性を抑えられることが確認された。
【0084】
(実験2:過熱蒸気乾燥パルプの粒度と固形分収量の関係)
粉砕して篩分けした過熱蒸気乾燥パルプに、過剰量の脱塩水を添加し(固形分終濃度3重量%)、90℃で振盪抽出して上清の固形分含量をレフブリックス計で測定した。
【0085】
結果を
図8に示す。未粉砕パルプと比較して、粉砕処理により9メッシュパス(目開き2.0mm)、より好ましくは20メッシュパス(目開き0.84mm)の粒度に調整することで、効率良く(短時間に高収量の)固形分を抽出できることが確認された。
【実施例4】
【0086】
過熱蒸気乾燥パルプを原料として用いる時の、抽出条件(温度、時間)を検討した。
(実験1:過熱蒸気乾燥パルプを原料とした場合の、分子量別固形分収量、重量平均分子量、ICUMSA色価)
粉砕した過熱蒸気乾燥パルプ(100メッシュパス:目開き:0.15mm)に脱塩水を添加し(固形分終濃度12%)、90℃以下で振盪抽出したもの、または実施例1、実験2と同様にK熱電対を挿入したスクリューキャップ式のステンレス管内にて140℃、150または160℃で約10分間加熱したものを珪藻土ろ過して上清を全量回収した。
【0087】
各種の抽出温度、抽出時間におけるそれぞれの、分子量別固形分収量、重量平均分子量、ICUMSA色価を実施例1、実験2の方法にて測定した。
【0088】
結果を表4に示す。150℃、10分以上(反応過酷度300以上)の過酷な条件下では過分解が進行して低分子化し、総固形分に対する分子量2千以上の固形分比率が70%を下回るとともに、着色が大きくなることが確認された。
【0089】
【0090】
(実験2:過熱蒸気乾燥パルプを原料とした場合の成分別収量、水溶性多糖類の構成糖組成、アセチル化度、メチルエステル化度およびフェルラ酸含量)
実施例4、実験1で回収したろ液について、各種の抽出温度、抽出時間におけるそれぞれの、水溶性多糖類の構成糖収量、遊離単糖収量、結合型または遊離の酢酸及びメタノール収量、フェルラ酸収量、ショ糖収量を実施例1、実験3の方法にて測定した。
【0091】
結果を表5に示す。また、表5から抜粋した水溶性多糖類収量を
図9に示す。水溶性多糖類をより短時間で収率良く抽出するためには、70℃以上、より好ましくは80℃以上、さらに好ましくは90℃以上が必要であった。150℃、10分以上(反応過酷度300以上)の過酷な条件では、酸性糖が過分解しており、また水溶性多糖類収量が分子量2千以上の固形分収量を超えて見かけ上大きくなっていた。表4に示すとおり、150℃、10分以上(反応過酷度300以上)の過酷な条件では分子量2千未満の固形分収量が増加しており、多糖類が低分子化してオリゴ糖化していることが推察され、このオリゴ糖由来の構成糖が分析上水溶性多糖類に含まれているためと考えられる。
【0092】
【0093】
表5の各収量を基づいて、水溶性多糖類の構成糖組成(重量%)及び中性糖/酸性糖比を算出した結果を表6に示す。150℃、10分以上(反応過酷度300以上)の過酷な条件において、見かけ上中性糖/酸性糖比が大きくなっているが、150℃、10分以上では酸性糖が過分解していること、透析により多糖成分のみを回収して測定した結果ではなく、水溶性多糖類以外のオリゴ糖も構成糖に含まれているためであると考えられる。市販ビートペクチン(CPKelco製、銘柄:BETA BI-J)と比較すると、本発明によって得られるペクチンを主とする水溶性多糖類の組成は、構成糖としてのアラビノース含量が非常に大きく、中性糖/酸性糖比も高く、極めて特異なものである。
【0094】
【0095】
表5の各収量に基づいて、酸性糖に対する結合型酢酸のモル比(アセチル化度)、酸性糖に対する結合型メタノールのモル比(メチルエステル化度)、及びフェルラ酸の水溶性多糖類当たりの重量%を算出した結果を表7に示す。市販ビートペクチン(CPKelco製、銘柄:BETA BI-J)と比較すると、本発明によって得られるペクチンを主とする水溶性多糖類のアセチル化度およびメチルエステル化度は高く、特異なものである。
【0096】
【0097】
(実験3:過熱蒸気乾燥パルプを原料として抽出した水溶性多糖類のフェルラ酸結合状態の確認)
実施例4、実験2で回収したろ液について、実施例1、実験2に記載のゲルろ過HPLC条件(検出器:RI及びUV325nm)にて分子量分布を測定した。
【0098】
結果を
図10に示す。フェルラ酸極大吸収波長付近であるUV325nmで測定したフェルラ酸結合糖の分子量分布とRI検出器で測定した固形分の分子量分布について、90℃、6時間抽出の場合は相対分子量2千を超える範囲で概ね一致しており、フェルラ酸は主に水溶性多糖類に結合した状態で存在することが確認された。160℃、10分においても、フェルラ酸の大部分がオリゴ糖または多糖と結合しているものと考えられたが、90℃、6時間と比較すると大きく低分子化していた。
【0099】
(実験4:過熱蒸気乾燥パルプを原料として100℃以上で抽出した場合における反応過酷度と、水溶性多糖類収量、重量平均分子量及びICUMSA色価との関係)
100℃を超える温度範囲において、表1の通り反応時間約5分、10分または20分一定で、反応温度をかえて所定の反応過酷度で抽出した。そして、水溶性多糖類収量、重量平均分子量、ICUMSA色価を実施例1、実験2及び実験3の方法にて測定した。
【0100】
結果を
図11、
図12及び
図13に示す。反応時間の差異にかかわらず、水溶性多糖収量、重量平均分子量及び色価は概ね反応過酷度に従うことが確認され、反応過酷度を指標とし、反応を厳密に制御することによって、水溶性多糖類の過分解、着色の抑制を図ることができることが示された。
【0101】
以上総括すると、本発明によれば、従来の酸処理、水熱処理、高温高圧処理といった方法に比して温和な抽出条件(温度、pH)にして簡易な方法(特別な薬剤や装置を必要としない)により、水溶性多糖類(主にペクチンである)を比較的短時間に高収率で得ることができる。また本発明によって得られる水溶性多糖類の特徴は、その構成糖として含まれるアラビノースを主とする中性糖側鎖の過分解が抑制されるともに、脱メチルエステル化および脱アセチル化が抑制されるため、メチルエステル化度およびアセチル化度が高く、構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を豊富に含むことである。また、その相対分子量にも特徴があり、1万~10万の中程度の分子を豊富に含む水溶性多糖類が得られる。加えて、特段精製せずとも固形分あたりの純度が高い水溶性多糖類が得られ、高収量と高純度を両立できる。
【0102】
本発明を要約すれば次の通りである。
【0103】
本発明は、ビートパルプから水溶性多糖類(主にペクチンである)を抽出するときに、温和な抽出条件(温度、pH条件)で、しかも特別な薬剤や装置を使用することなく、ペクチンを主とする水溶性多糖類を高収率に、かつ、その構成糖としてアラビノースを主とする中性糖を多く含有した状態で、また高メチルエステル化度および高アセチル化度で得ることを目的とする。
【0104】
そして、甜菜から砂糖を製造する工程において副生するビートパルプの内、過熱蒸気乾燥したパルプを原料として用いることで、上記の温和な抽出条件で所望するペクチンを含む水溶性多糖類を比較的短時間に高収率で抽出する製造法を提供する。
【0105】
さらに言えば、温和な抽出条件(温度、pH)で、しかも特別な薬剤や装置を使用することなく、水溶性多糖類(主にペクチンである)を高収率で得るとともに、多糖類の分解(低分子化、脱エステル化)と抽出液の着色を抑制することを目的とする。
【0106】
そして、甜菜から砂糖を製造する工程において副生するビートパルプの内、過熱蒸気乾燥されたパルプを粒度調製して原料に用いることで、温和な抽出条件で水溶性多糖類(主にペクチン)を短時間に高収率で得ることが可能となり、また水溶性多糖類の低分子化と抽出液の着色の抑制が可能となる。