IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本光電工業株式会社の特許一覧 ▶ 学校法人東京女子医科大学の特許一覧

<>
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図1
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図2
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図3
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図4
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図5
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図6
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図7
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図8
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図9
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図10
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図11
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図12
  • 特許-肝細胞構造体及びその製造方法 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-23
(45)【発行日】2024-01-31
(54)【発明の名称】肝細胞構造体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20240124BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20240124BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20240124BHJP
【FI】
C12N5/07
C12N5/071
C12N5/0775
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019044725
(22)【出願日】2019-03-12
(65)【公開番号】P2020145944
(43)【公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-03-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第47回医用高分子シンポジウム 講演要旨集 第7頁~8頁(発行所:公益社団法人高分子学会 発行日:平成30年7月6日) [刊行物等] 高分子学会 医用高分子研究会 第47回医用高分子シンポジウム(開催日:平成30年7月19日)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 医療分野研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム 研究課題名:「積層化細胞シートを用いた創薬試験用立体組織モデル」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000230962
【氏名又は名称】日本光電工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】高 博韜
(72)【発明者】
【氏名】加川 友己
(72)【発明者】
【氏名】小川 徹也
(72)【発明者】
【氏名】久保 寛嗣
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
(72)【発明者】
【氏名】坂口 勝久
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/187380(WO,A1)
【文献】特開2017-119641(JP,A)
【文献】特開2017-163912(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0129207(US,A1)
【文献】国際公開第2016/210163(WO,A1)
【文献】J. Pathol.,2011年07月,Vol.224, No.3,pp.401-410
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞と、非肝細胞である接着細胞とを含む凝集体を含み、
前記肝細胞が、風船様肝細胞を含むことを特徴とする、肝細胞構造体であって、
前記接着細胞が、霊長類線維芽細胞、または間葉系幹細胞であり、
前記凝集体は、培養基材から剥離された細胞シートが収縮して形成されたシート状の凝集体であって前記凝集体は、剥離される前の前記細胞シートと比較して、剥離された後の凝集体が1/4以下の面積まで収縮しており、
前記肝細胞の周囲が前記接着細胞によって囲まれている、肝細胞構造体。
【請求項2】
正常肝細胞と比較して、細胞あたりのソニックヘッジホッグ(SHH)タンパク質の発現が高い、請求項1記載の肝細胞構造体。
【請求項3】
Mallory-Denk体を含む、請求項1又は2に記載の肝細胞構造体。
【請求項4】
前記肝細胞が、初代肝細胞である、請求項1~のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
【請求項5】
前記肝細胞構造体が、α-SMAを発現している、請求項1~のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
【請求項6】
前記肝細胞:前記接着細胞の比が、10:1~1:10である、請求項1~のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
【請求項7】
肝細胞構造体の製造方法であって、
(i)肝細胞と非肝細胞である接着細胞とを含む細胞群を凝集させて、凝集体を形成する工程;および、
(ii)前記凝集体を、培養する工程、
を含む、方法であって、
前記接着細胞が、霊長類線維芽細胞、または間葉系幹細胞であり、
前記工程(i)が、
(i-1)第1培養基材の上に肝細胞を播種して、培養する工程;
(i-2)前記肝細胞が播種された前記第1培養基材の上に、前記接着細胞を播種し、培養する工程;および
(i-3)前記第1培養基材から前記肝細胞と前記接着細胞とを含む前記細胞群を剥離して、前記凝集体を形成する工程、を含む、方法。
【請求項8】
前記肝細胞が、初代肝細胞である、請求項に記載の方法。
【請求項9】
前記工程(ii)が、前記凝集体を第2培養基材の上に接着させて、培養する工程である、請求項又はに記載の方法。
【請求項10】
前記工程(i)において、前記肝細胞:前記接着細胞の比が、10:1~1:10である、請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
請求項10のいずれか1項に記載の方法によって作製される肝細胞構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝細胞構造体に関する。また、本発明は肝細胞構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓は、糖新生、グリコーゲン貯蔵、脂質代謝、血漿タンパク質の産生や、ビリルビン代謝、ホルモン代謝、ビタミン代謝、薬物代謝及びアルコール代謝等といった代謝機能を担う重要な臓器として知られている。
【0003】
日本において、生活習慣の欧米化に伴い、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を罹患する患者数が増加している。NASHは肝硬変や肝がんに進行する重大な疾患であるが、現在のところ、有効性のある特異的な治療法は見出されていない。そのため、NASHを抜本的に治療する方法や薬剤を開発するための研究が世界中で実施されている。
【0004】
NASHの新規治療法を開発するために、薬効評価に有用な「培養皿上でNASHを模倣する系」が必要であり、その開発も行われている。NASH生検細胞で見られる特徴の一部を有する肝細胞を作製するいくつかの技術が知られており、例えば、非特許文献1には、マイクロパターン技術を用いた共培養システムが開示されている。また、非特許文献2には、三次元灌流細胞培養システムが開示されている。また、非特許文献3には、生理的血流状態を模倣したヒト肝システムが開示されている。
【0005】
しかしながら、これらの技術によって培養されたヒト肝細胞は、NASH等の肝疾患患者から生検によって得られた肝細胞の特徴(例えば、脂肪滴の沈着、炎症性細胞の浸潤、肝細胞の風船様変性、Mallory-Denk体の出現、肝細胞周辺の線維化等)の「一部」しか再現できず、十分なNASHモデルとは言いがたい。また、これらの技術を実施するためには、特殊な加工技術、器具または装置等が必要であり、システムも複雑となり、コストが増大するという課題があった。また、作業手順も複雑であり、再現性にも課題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Davidson M.D.,et al.,Microengineered cultures containing human hepatic stellate cells and hepatocytes for drug development.Integr.Biol.(Camb).2017 Aug.14;9(8):662-677
【文献】Kostrzewski T.,et al.,Three-dimensional perfused human in vitro model of non-alcoholic fatty liver disease.World J.Gastroenterol.2017 Jan 14;23(2):204-215
【文献】Feaver R.E.,et al.,Development of an in vitro human liver system for interrogating nonalcoholic steatohepatitis.JCI Insight.2016 Dec 8;1(20):e90954.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、肝疾患モデル、特に、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を模倣する肝細胞構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて研究開発を行ってきた。その結果、驚くべきことに、肝細胞と霊長類線維芽細胞とを含むシート状の細胞群を剥離して収縮した細胞シートを得て、当該収縮した細胞シートを培養することによって、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を模倣する肝細胞構造体が得られることを見出した。すなわち、本発明は以下の内容が含まれる。
【0009】
[1] 肝細胞と、非肝細胞である接着細胞とを含む凝集体を含み、
前記肝細胞が、風船様肝細胞を含むことを特徴とする、肝細胞構造体。
[2] 前記接着細胞が、線維芽細胞または間葉系幹細胞である、[1]に記載の肝細胞構造体。
[3] 前記接着細胞が、霊長類線維芽細胞である、[1]~[2]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
[4] 前記接着細胞が、真皮由来の霊長類線維芽細胞である、[1]~[3]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
[5] 前記凝集体が、細胞シートである、[1]~[4]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
[6] 正常肝細胞と比較して、細胞あたりのソニックヘッジホッグ(SHH)タンパク質の発現が高い、[1]~[5]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
[7] Mallory-Denk体を含む、[1]~[6]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
[8] 前記肝細胞が、初代肝細胞である、[1]~[7]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
[9] 前記肝細胞構造体が、α-SMAを発現している、[1]~[8]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
[10] 前記肝細胞:前記接着細胞の比が、10:1~1:10である、[1]~[9]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
[11] 前記肝細胞:前記接着細胞の比が、1:1~1:10である、[1]~[10]のいずれか1項に記載の肝細胞構造体。
【0010】
[12] 肝細胞構造体の製造方法であって、
(i)肝細胞と非肝細胞である接着細胞とを含む細胞群を凝集させて、凝集体を形成する工程;および、
(ii)前記凝集体を、培養する工程、
を含む、方法。
[13] 前記接着細胞が、線維芽細胞または間葉系幹細胞ある、[12]に記載の方法。
[14] 前記接着細胞が、霊長類線維芽細胞である、[12]~[13]のいずれか1項に記載の方法。
[15] 前記肝細胞が、初代肝細胞である、[12]~[14]のいずれか1項に記載の方法。
[16] 前記工程(i)が、
(i-1)第1培養基材の上に肝細胞を播種して、培養する工程;
(i-2)前記肝細胞が播種された前記第1培養基材の上に、前記接着細胞を播種し、培養する工程;および
(i-3)前記第1培養基材から前記肝細胞と前記接着細胞とを含む前記細胞群を剥離して、前記凝集体を形成する工程、
を含む、[12]~[15]のいずれか1項に記載の方法。
[17] 前記工程(ii)が、前記凝集体を第2培養基材の上に接着させて、培養する工程である、[12]~[16]のいずれか1項に記載の方法。
[18] 前記工程(i)において、前記肝細胞:前記接着細胞の比が、10:1~1:10である、[12]~[17]のいずれか1項に記載の方法。
[19] 前記肝細胞:前記接着細胞の比が、1:1~1:10である、[12]~[18]のいずれか1項に記載の方法。
[20] 前記方法で用いられる培地が、1mM~100mMのグルコースを含有する培地である、[12]~[19]のいずれか1項に記載の方法。
[21] 前記方法で用いられる培地が、0.1μM~10μMのインスリンを含有する培地である、[12]~[20]のいずれか1項に記載の方法。
[22] 前記第1培養基材が、刺激応答性培養基材である、[16]に記載の方法。
[23] 前記第1培養基材が、温度応答性培養基材である、[16]に記載の方法。
[24] 前記第1培養基材が、細胞接着性成分でコートされている、[16]及び[22]~[23]のいずれか1項に記載の方法。
【0011】
[25] [12]~[24]のいずれか1項に記載の方法によって作製される肝細胞構造体。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来のように、特殊な加工技術、器具または装置等を必要とせず、肝疾患、特に、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の肝細胞の特徴を模倣する肝細胞構造体を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、肝細胞構造体(初代ヒト肝細胞/線維芽細胞共培養細胞シート)を作製する方法の概略を示す。
図2図2はコンフルエントの単層の細胞を温度応答性培養皿の表面から剥離して得られた収縮した細胞シートの形態を示す。(a)初代ヒト肝細胞(PHH)/正常ヒト真皮線維芽細胞(NHDF)細胞シートの剥離と収縮についてのタイムラプス像。(b)PHH/NHDF細胞シート(左)とPHH/3T3-J2細胞シート(右)の写真。(c)細胞シートの面積を示すグラフ。全データは、少なくとも3つの値についての平均±SDとして表されている。**p<0.01。
図3図3はPHH/NHDF細胞シートとPHH/3T3-J2細胞シートの形態を示す図である。(a)1日及び4日培養後のPHH/NHDF細胞シートとPHH/3T3-J2細胞シートの位相差顕微鏡写真。(b)Day1,Day4及びDay11におけるPHH/NHDF細胞シートとPHH/3T3-J2細胞シートのヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色像。Day4及びDay11におけるPHH/NHDF細胞シートにおいて、細胞質が青白く染色された顕著に肥大化した肝細胞(丸で囲まれた細胞)が観察された。PHH/3T3-J2細胞シートの肝細胞は正常であった。バーは100μmを示す。
図4図4は、PHH/NHDF細胞シートにおける肥大化した肝細胞を定量した結果を示す。(a)E-カドヘリン/DAPI染色した像に対して免疫蛍光染色した結果、肝細胞の境界が明瞭に示された。緑:E-カドヘリン、青:DAPI(核)。バーは100μmを示す。(b)細胞シート中のPHHのそれぞれの断面積の測定を、Image Jソフトウェアを用いて、3つの独立した実験にて実施した。各実験において25個以上の細胞を測定した。**p<0.01。
図5図5は、PHH/NHDF共培養細胞シートの肥大化した肝細胞が風船様肝細胞(Day11)であることを示している。(a)CK8/18について免疫組織化学(IHC)染色したPHH/NHDF細胞シートの切片において、肥大化肝細胞では褐色の細胞質ケラチン染色が消失していた。一方、PHH/3T3-J2細胞シートのIHC染色切片において、肝細胞は、細胞質ケラチンが一様に褐色に染色されており、正常であった。バーは100μmを示す。(b)CK8/18の免疫蛍光染色により、不規則な形態のCK8/18陽性細胞質含有物が、肥大化肝細胞の核の近傍に位置していることが明らかとなった。それは、Mallory-Denk体(矢頭)の存在を裏付けている。バーは20μmを示している。(c)ナイルレッドで染色した後のPHH/NHDF細胞シートでは、大量の脂肪滴の蓄積が検出された。一方で、PHH/3T3-J2細胞シートでは、限定した量の脂質しか観察されなかった。バーは100μmを示している。
図6図6は、PHH/NHDF共培養細胞シートのSHH分泌及び筋線維芽細胞活性化の増加を示している。(a)SHHリガンドの測定は、2つのロットのPHH(Hu8200_A ×2 + Hu1652×1)を用いて、3つの独立した実験で実施した。各実験において、3以上のサンプルを測定した。Day4におけるPHH/3T3-J2細胞シートと比較して、PHH/NHDF細胞シートのSHH産生は、有意に増加していた。**p<0.01、*p<0.05。(b)α-SMA(赤)を免疫蛍光染色した切片から、α-SMA陽性NHDFが風船様肝細胞の周りに存在していることが明らかとなった。それは筋線維芽細胞が活性化していることを示している。バーは100μmを示している。
図7図7は、PHH/NHDF細胞シートとPHH/3T3-J2細胞シートの肝臓特異的機能を示している。アルブミン(a)及び尿素(b)の測定は、1つのロットのPHH(Hu8200_A)を用いた3つの独立した実験によって実施した。各実験において、3以上の反復試験サンプルを測定した。(c)CYP1A2及びCYP3A4を含むCYP酵素活性は、PHH/3T3-J2細胞シートよりも、PHH/NHDF細胞シートにおいて有意に低かった。CYP活性の測定は、2つのロットのPHH(Hu8200_A ×2 + Hu1652×1)を用いて、3つの独立した実験で実施した。それぞれの実験において、3以上のサンプルを測定した。**p<0.01、*p<0.05。
図8図8は、PHHとNHDFの共培養比率が、肝細胞のダメージ及び変性の程度に影響を及ぼすことを示している。(a)SHH産生は、PHH:NHDF=4:1の共培養と比較して、PHH:NHDF=1:4では3.5倍、PHH:NHDF=1:2では1.6倍上昇した。全てのデータは、3回以上の値の平均±SDで表している。**p<0.01。(b)肝細胞のサイズは、PHH:NHDF=1:2及び1:4よりも、4:1の共培養の方が小さかった。バーは100μmを示している。
図9図9はPHH/脂肪由来間葉系幹細胞(ADSC)シートと、PHH/NHDF細胞シートの形態を示す図である。(a)PHH/脂肪由来間葉系幹細胞(ADSC)シート(剥離後28日目)の位相差顕微鏡写真。(b)(a)の拡大図。(c)PHH/NHDF細胞シート(剥離後28日目)の位相差顕微鏡写真。(d)(c)の拡大図。いずれも、脂肪滴の蓄積が確認された。
図10図10は、mitomycin C処理による肝細胞の風船様変化に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。(a)mitomycin C(6μg/mL)で2.5時間処理したNHDF、または(b)無処理のNHDFを用いて作製したマウス肝細胞/NHDF細胞シート(Day8)のヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色像。mitomycin C処理によって、肝細胞の風船様変化が抑制された。バーは100μmを示す。
図11図11は、オベチコール酸(OCA)またはメトホルミンがマウス肝細胞の風船様変化に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。(a)オベチコール酸(10μM)、または(b)メトホルミン(500μM)をDay1で添加したマウス肝細胞/NHDF細胞シート(Day8)のヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色像。オベチコール酸(OCA)およびメトホルミンの添加によって、肝細胞の風船様変化が抑制された。バーは100μmを示す。
図12図12は、オベチコール酸(OCA)またはメトホルミンがヒト肝細胞の風船様変化に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。(a)オベチコール酸(10μM)、または(b)メトホルミン(500μM)をDay1で添加したPHH/NHDF細胞シートの、それぞれDay11およびDay4におけるヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色像。オベチコール酸(OCA)、メトホルミンそれぞれの添加によって、肝細胞の風船様変化が抑制された。バーは100μmを示す。
図13図13は、グルコース濃度およびインスリン濃度がヒト肝細胞の風船様変化に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。(a)低グルコース濃度(5.6mM)+低インスリン濃度(1nM)、または(b)高グルコース濃度(25mM)+高インスリン濃度(1μM)で培養したPHH/NHDF細胞シート(Day4)のヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色像。低グルコース濃度(5.6mM)+低インスリン濃度(1nM)の培地で培養することにより、肝細胞の風船様変化がある程度抑制された。バーは100μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、発明の実施の形態を通じて本発明を説明するが、以下の実施形態は特許請求の範囲にかかる発明を限定するものではなく、また実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。なお、以下の「肝細胞構造体」、「肝細胞構造体の製造方法」及び「肝疾患を治療または予防するための因子を評価する方法」において説明されている事項は、相互に適用され得る。
【0015】
<<肝細胞構造体>>
本発明は、肝細胞と、非肝細胞である接着細胞とを含む凝集体を含み、前記肝細胞が、風船様肝細胞を含むことを特徴とする、肝細胞構造体を提供する。また、本発明は、後述の肝細胞構造体の製造方法によって得られる肝細胞構造体も提供する。
【0016】
本明細書において、「凝集体」とは、肝細胞と、非肝細胞である接着細胞とを含み、培養基材の上に播種された細胞群よりも、単位体積あたりの細胞密度が高い細胞群をいう。一実施形態において、本発明にかかる凝集体は、培養基材に細胞を播種し、コンフルエントまたはサブコンフルエントとなった細胞群を剥離し、当該細胞群が有する収縮作用によって収縮した細胞群(例えば、細胞シート)であり得る。また、他の実施態様において、本発明にかかる凝集体は、細胞が接着しない基材(例えば、ペトリ皿など)に細胞を播種し、前記基材の底面に向かって遠心力を作用させながら培養することによって得られる細胞凝集体であってもよい(例えば、特許第5407343号参照)。
【0017】
一実施態様において、本発明に含まれる凝集体は、「収縮した細胞シート」であってもよい。本明細書において、「収縮した細胞シート」とは、刺激応答性培養基材の上に播種された細胞群を、刺激応答性培養基材から剥離し、細胞群が自発的に収縮することによって得られる細胞シートをいう。一実施態様において、本発明に含まれる「収縮した細胞シート」は、刺激応答性培養基材の上に播種された状態の細胞群の面積と比較して、1/4以下、より好ましくは1/5以下、さらに好ましくは1/6以下、最も好ましくは1/8以下の面積まで収縮したものがよい。細胞シートの収縮率が大きいと、細胞が密集した細胞シートが得られ、NASHで観察される肝細胞の特徴が顕著に再現される。
【0018】
本明細書において、「肝細胞」とは、肝臓を構成する主要な細胞であって、タンパク質の合成と貯蔵、炭水化物の変換、コレステロール、胆汁酸、リン脂質の合成並びに物質の解毒、編成、排出に関与する細胞であり、「肝実質細胞」ともいう。
【0019】
本発明に用いられる「肝細胞」は、肝臓又はその一部から単離される細胞であってもよく、初代肝細胞、肝前駆細胞、肝幹細胞又は不死化した肝細胞であってもよく、ES細胞、iPS細胞又はMuse細胞などの多能性幹細胞から分化誘導して得られる肝細胞であってもよいが、初代肝細胞であることが好ましい。
【0020】
本発明に用いられる「肝細胞」は、哺乳動物由来(例えば、ヒト、ヒト以外の霊長類、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモット等)、ウサギ、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、ネコ、ヤギ、ヒツジ等)、より好ましくは、霊長類由来、特に好ましくはヒトの肝細胞である。本発明の肝細胞構造体に含まれる肝細胞の数は、細胞の状態、動物種、細胞種、共培養される接着細胞の数などによって異なるが、例えば、肝細胞構造体構築時に使用する細胞シートを作製する際の播種密度は、0.3×104~10×106個/cm2であってもよく、0.5×104~8×106個/cm2であってもよく、0.7×104~5×106個/cm2であってもよく、1.0×10~1.0×10個/cmであってもよく、5.0×10~5.0×10個/cmであってもよい。
【0021】
本明細書において、「非肝細胞である接着細胞」とは、生存、増殖、物質産生のために適切な足場に自身を接着させる細胞であって、足場依存性細胞ともいわれる細胞であり、肝細胞以外の細胞をいう。例えば、上皮細胞、間質細胞、内皮細胞、粘膜細胞、線維芽細胞、間葉系幹細胞、多能性幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞、生殖幹細胞またはこれらの株化細胞などを含むが、これらに限定されない。
【0022】
一実施態様において、本発明で用いられる接着細胞は、細胞外マトリックス(ECM)の産生量が高い細胞であることが好ましい。細胞外マトリックスとしては、例えば、コラーゲン、プロテオグリカン(例えば、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、およびデルマタン硫酸プロテオグリカン)、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、ラミニン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、またはフィブリリンなどが挙げられ、本発明で用いられる接着細胞は、上記いずれかの細胞外マトリックスの産生量が、例えば、3T3-J2株より高い細胞(例えば、霊長類線維芽細胞、間葉系幹細胞など)を用いることができる。細胞外マトリックスの産生量は、公知の方法(例えば、定量的PCR法(qPCR)、ウエスタンブロット法、フローサイトメーター法(FACS)、ELISA法、免疫蛍光染色法、免疫組織化学法など)を用いることによって測定することができる。
【0023】
また、一実施態様において、本発明で用いられる接着細胞は、足場から剥離された場合に収縮率が高い細胞であることが好ましい。本明細書において、「収縮率が高い細胞」とは、例えば、任意の培養基材(好ましくは、刺激応答性培養基材)に播種してコンフルエントまたはサブコンフルエントになるまで培養して剥離した場合、剥離前の面積と、剥離後の面積との比から算出することができる。一実施態様において、本発明で用いられる接着細胞は、例えば、3T3-J2株より収縮率が高い細胞(例えば、霊長類線維芽細胞、間葉系幹細胞など)を用いることができる。
【0024】
本明細書において、「線維芽細胞」とは、結合組織を構成する主要な細胞であり、膠原線維(例えば、コラーゲン等)、弾性線維(エラスチン、マイクロフィブリル等)、細網繊維、基質(例えば、グルコサミノグリカン)及びフィブロネクチン等を産生することが知られている。一実施態様において、本発明の肝細胞構造体は、霊長類(ヒト及びヒト以外の霊長類)線維芽細胞を含み、好ましくはヒト線維芽細胞を含む。また、一実施態様において、本発明の肝細胞構造体に含まれる線維芽細胞は、真皮由来の線維芽細胞であることが好ましい。
【0025】
本明細書において、「間葉系幹細胞」とは、未分化な細胞で、脂肪細胞、軟骨細胞、骨細胞、筋芽細胞、線維芽細胞、ストローマ細胞、及び/又は腱細胞等のさまざまな間葉系の細胞へ分化する能力を持ち、且つ自己複製の能力を持つ細胞をいう。間葉系幹細胞は、生体内においては、骨髄、脂肪組織、臍帯血、歯髄、滑膜、胎盤等の組織から単離される細胞であって、公知の方法を用いて単離することができる。
【0026】
例えば、骨髄由来間葉系幹細胞は、骨髄から採取した骨髄液を、密度勾配遠心法にて血球系細胞を分離し、プラスチック培養皿に播種し、37℃、5%CO環境で培養することで、接着する細胞として単離することが可能である。
【0027】
脂肪組織由来間葉系幹細胞(脂肪組織由来幹細胞ともいう)(ADSC)は、例えば、採取した脂肪組織を細分化し、コラゲナーゼタイプIIで消化し、培地を加えて遠心分離し、沈殿した細胞を基礎培地で洗浄し、セルストレーナー等のメッシュにてろ過し、プラスチック培養皿に播種し、37℃、5%CO環境で培養することで、接着する細胞として単離することができる。その他の組織由来の間葉系幹細胞を単離する方法については、公知の方法を用いればよく、限定されない。
【0028】
本発明者らは、本発明の肝細胞構造体が、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の肝細胞が有する特徴(例えば脂肪滴の沈着、Mallory-Denk体の形成、風船様変性等)を示すことを見出した。このような複数のNASHの特徴を示すインビトロで用いられる肝細胞構造体はこれまで開発されていない。そのため、本発明の肝細胞構造体は、NASHを抜本的に治療する方法や薬剤を開発(例えば、薬剤スクリーニング)するために有用である。また、本発明の肝細胞構造体は、肝疾患モデル動物を作製するために用いられてもよく、例えば、非ヒト哺乳動物(例えば、ヒト以外の霊長類、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモット等)、ウサギ、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、ネコ、ヤギ、ヒツジ等)に本発明の肝細胞構造体を移植することによって肝疾患モデル動物を作製することができる。
【0029】
本発明の肝細胞構造体に含まれる接着細胞の数は、細胞の状態、動物種、細胞種、共培養される肝細胞の数などによって異なるが、例えば、肝細胞との共培養細胞シートを作製する際の播種密度は、0.3×104~10×106個/cm2であってもよく、0.5×104~8×106個/cm2であってもよく、0.7×104~5×106個/cm2であってもよく、1.0×10~1.0×10個/cmであってもよく、5.0×10~5.0×10個/cmであってもよい。
【0030】
一実施形態において、本発明の肝細胞構造体を作製する際に用いられる肝細胞:接着細胞の比は、例えば、10:1~1:10の範囲であってもよく、好ましくは、5:1~1:10の範囲、より好ましくは1:1~1:10の範囲である。
【0031】
本明細書において、「風船様肝細胞」とは、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に罹患した患者の肝臓を生検した場合に見られる肝細胞の外見的特徴の一つであり、正常な肝細胞と比較して、風船のように膨らんだ肝細胞をいう。本発明の肝細胞構造体は、NASHで観察される風船様肝細胞を含んでいる。
【0032】
本明細書において、「Mallory-Denk体」とは、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や肝細胞癌患者組織に確認されるユビキチン化タンパク質、中間径フィラメントであるケラチン8および18、p62等が不定形の構造物として蓄積した好酸性細胞質内封入体をいう。一実施態様において、本発明の肝細胞構造体に含まれる肝細胞は、NASHで観察されるMallory-Denk体を含んでいる。Mallory-Denk体は、公知の方法によって可視化できるが、例えば、ケラチン8および18に対する抗体を用いた染色によって可視化することができる。
【0033】
一実施態様において、本発明の肝細胞構造体は、細胞あたりのソニックヘッジホッグタンパク質(以下、「SHH」という。)の発現量が高いことを特徴としている。SHHは、ヘッジホッグシグナル伝達経路に関与するヘッジホッグホモログの一つとして当業者にとって周知の因子であり、例えば、これらに限定されないが、ヒトSHH遺伝子の核酸配列(mRNA)およびアミノ酸配列は、GenBankデータベース及びGenPeptデータベースにおいて受入番号NM_000193およびNM_001310462、ならびにNP_000184およびNP_001297391として提供されている。すなわち、「SHH」の配列は、用いられる細胞の生物種に応じて、例えば、GenBankデータベース及びGenPeptデータベースから当業者であれば入手可能であり、それらの配列及びその変異体の配列も、本願発明のSHHの範囲に含まれる。SHHは、肝臓において、肝星細胞に対するパラクライン性のプロ線維形成因子(pro-fibrogenic factor)として作用し、それによって、筋線維芽細胞活性化を誘導し、線維化を引き起こすと考えられている。本発明の肝細胞構造体は、SHHの発現量が正常肝細胞と比較して有意に高く、これはNASH由来の肝細胞の特徴を再現している。SHHの発現量は、公知の方法によって測定することができ、例えば、定量的PCR法(qPCR)、ウエスタンブロット法、フローサイトメーター法(FACS)、ELISA法、免疫蛍光染色法、免疫組織化学法など、周知の技術を用いて実施することができる。
【0034】
一実施態様において、本発明の肝細胞構造体は、筋線維芽細胞の活性化マーカーであるα-SMA(ACTA2/smooth muscle actinともいう。)を発現している。例えば、これらに限定されないが、ヒトα-SMA遺伝子の核酸配列(mRNA)およびアミノ酸配列は、GenBankデータベース及びGenPeptデータベースにおいて受入番号NM_001141945、NM_001613およびNM_001320855、ならびにNP_001135417、NP_001307784およびNP_001604として提供されている。すなわち、「α-SMA」の配列は、用いられる細胞の生物種に応じて、例えば、GenBankデータベース及びGenPeptデータベースから当業者であれば入手可能であり、それらの配列及びその変異体の配列も、本願発明のα-SMAの範囲に含まれる。本発明の肝細胞構造体において、α-SMAは、特に風船様肝細胞の周辺の線維芽細胞において陽性となり、これもNASH由来の肝組織の特徴を再現している。α-SMAの発現は、公知の方法によって測定することができ、例えば、定量的PCR法(qPCR)、ウエスタンブロット法、フローサイトメーター法(FACS)、ELISA法、免疫蛍光染色法、免疫組織化学法など、周知の技術を用いて実施することができる。
【0035】
一実施態様において、本発明の肝細胞構造体は、上記の細胞の他の細胞を含んでもよく、例えば、肝星細胞、周皮細胞、内皮細胞もしくは平滑筋細胞、又はそれらの組み合わせを含んでもよい。
【0036】
<<肝細胞構造体の製造方法>>
本発明は、肝細胞構造体の製造方法であって、
(i)肝細胞と非肝細胞である接着細胞とを含む細胞群を凝集させて、凝集体を形成する工程;および、
(ii)前記凝集体を、培養する工程、
を含む、方法を提供する。工程(1)によって得られる凝集体を、工程(2)によって培養することにより、肝細胞と、非肝細胞である接着細胞とを含む凝集体を含み、前記肝細胞が風船様肝細胞を含むことを特徴とする、肝細胞構造体を作製することができる。
【0037】
一実施態様において、工程(i)は、例えば、細胞が接着しない基材(例えば、ペトリ皿など)に肝細胞と非肝細胞である接着細胞とを播種し、前記基材の底面に向かって遠心力を作用させながら培養する工程、を含むものであってもよい(例えば、特許第5407343号参照)。
【0038】
一実施態様において、工程(i)は、例えば、以下:
(i-1)第1培養基材の上に肝細胞を播種して、培養する工程;
(i-2)前記肝細胞が播種された前記第1培養基材の上に、前記接着細胞を播種し、培養する工程;および
(i-3)前記第1培養基材から前記肝細胞と前記接着細胞とを含む前記細胞群を剥離して、前記凝集体を形成する工程、
を含んでもよい。この場合、第1培養基材は、例えば「刺激応答性培養基材」であってもよい。
【0039】
本明細書において、「刺激応答性培養基材」とは、温度、pH、光、電気等の刺激によって分子構造を変化させる高分子が被覆された細胞培養基材をいう。刺激応答性培養基材の上に任意の細胞を播種し、細胞がコンフルエントまたはサブコンフルエントになるまで培養した後、温度、pH、光、電気等の刺激の条件を変えて刺激応答性培養基材を変化させることで、細胞同士の接着状態は維持しつつ、刺激応答性培養基材から細胞群をシート状に剥離させ、凝集体を得ることができる。凝集体を、より早く剥離させるために、刺激応答性培養基材を軽くたたいたり、揺らしたりする方法や、ピペットを用いて培地を撹拌する方法、ピンセットを用いる方法等を、単独又は併用して用いてもよい。
【0040】
本明細書において、刺激応答性培養基材に被覆されている「刺激応答性高分子」は、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-ビニルフェロセン)共重合体、γ線照射したポリ(ビニルメチルエーテル)(PVME)、ポリ(オキシエチレン)、核酸などの生体物質を高分子に組み込んだ樹脂、及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋し作製したゲルなどが挙げられるがそれらに限定されない。
【0041】
一実施態様において、第1培養基材として用いられ得る刺激応答性培養基材は、例えば温度応答性培養基材であってもよい。本明細書において、「温度応答性培養基材」とは、温度応答性高分子が被覆された細胞培養基材をいう。本明細書において「温度応答性高分子」は、刺激応答性高分子の1つであり、温度に応答して、その形状及び/又は性質を変化させる高分子をいう。温度応答性高分子としては、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-ビニルフェロセン)共重合体、γ線照射したポリ(ビニルメチルエーテル)及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋し作製したゲルなどが挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-メチルメタクリレート)共重合体、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アクリル酸ナトリウム)共重合体及び上記高分子に対して架橋剤によって架橋したものが挙げられるが、それらに限定されない。
【0042】
一実施態様において、第1培養基材に被覆されている温度応答性高分子としては、例えば、水に対する上限臨界溶液温度(UCST:Upper Critical Solution Temperature)又は下限臨界溶液温度(LCST:Lower Critical Solution Temperature)が0~80℃であるものが挙げられるがそれらに限定されない。本明細書において、臨界溶液温度とは、高分子の形状及び/又は性質を変化させる閾値の温度をいう。本発明の一実施態様において、第1培養基材は、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)が、少なくともその培養面の一部に被覆された温度応答性培養基材であってもよい。
【0043】
ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)は32℃に下限臨界溶液温度(LCST)を有する高分子であり、遊離状態であれば、水中で32℃以上の温度で脱水和を起こし、凝集して白濁する。逆に32℃未満の温度ではPIPAAmは水和し、水に溶解した状態となる。本発明の一実施態様で用いられ得る温度応答性培養基材は、PIPAAmがシャーレなどの培養基材に被覆されて固定されたものである。したがって、32℃以上の温度であれば、培養表面のPIPAAmが脱水和し、培養基材表面が疎水性となる。逆に、32℃未満の温度では、培養基材表面のPIPAAmは水和し、培養基材表面が親水性となる。疎水性の培養基材表面には細胞が付着して増殖することができ、また、親水性の培養基材表面は細胞が付着しにくい表面である。そのため、温度応答性培養基材を32℃未満に冷却すると、細胞が培養基材表面から非侵襲的に剥離される。
【0044】
一実施態様において、工程(ii)は、前記凝集体を第2培養基材の上に接着させて、培養する工程である。凝集体を第2培養基材の上に接着させて培養することにより、肝細胞が風船様肝細胞となることが促進される。本明細書において、「第2培養基材」とは、接着細胞を接着させて培養可能な基材であれば特に限定されないが、例えば、ディッシュ、マルチプレート、フラスコ、又は平膜状の基材などを用いることができる。
【0045】
一実施態様において、本発明に用いられる培養基材(第1培養基材および/または第2培養基材)は、細胞接着性成分でコートされていてもよい。本明細書において、「細胞接着性成分」とは、細胞外基質成分(例えば、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、テネイシン、フィブリノーゲン、オステオポンチン、プロテオグリカンなど)、或いは、キトサンゲル、コラーゲンゲル、ゼラチン、ペプチドゲル、ラミニンゲル及びフィブリンゲル、並びにそれらの混合物からなる群から選択されるものをいう。これらのうち、キトサンゲル、コラーゲンゲル、ゼラチン、ペプチドゲル及びラミニンゲルは、例えば温度、pH及び/又は塩濃度を変更することによりゲル化される。フィブリンゲルは、モノマーであるフィブリノーゲンが酵素であるトロンビンと作用することによりゲル化される。本発明に用いられる細胞接着性成分は、好ましくはコラーゲンある。本明細書において、ラーゲンとは、例えば、タイプI、タイプII、タイプIII、タイプIV、タイプV、タイプVI、タイプVII、タイプVIII、タイプIX、タイプX、タイプXI、タイプXV、タイプXVII、もしくはタイプXVIIIのコラーゲン又はアテロコラーゲン、あるいはその組み合わせである。ラーゲンは、例えば、哺乳動物由来(例えば、霊長類(ヒト及びヒト以外の霊長類を含む)、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモット等)、ウサギ、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、ネコ、ヤギ、ヒツジ等)であってもよく、哺乳動物のコラーゲン遺伝子を基に、遺伝子工学的に得られたものであってもよい。
【0046】
一実施態様において、工程(i)で用いられる「肝細胞」:「非肝細胞である接着細胞」の比は、細胞の状態、動物種、または細胞種などによって異なるが、例えば、10:1~1:10であってもよく、好ましくは、5:1~1:10の範囲、より好ましくは1:1~1:10の範囲である。一実施態様において、播種される「肝細胞」の細胞数は、細胞の状態、動物種、細胞種、共培養される「非肝細胞である接着細胞」の数などによって異なるが、例えば、0.3×104~10×106個/cm2であってもよく、0.5×104~8×106個/cm2であってもよく、0.7×104~5×106個/cm2であってもよく、1.0×10~1.0×10個/cmであってもよく、5.0×10~5.0×10個/cmであってもよい。一実施態様において、播種される「非肝細胞である接着細胞」の細胞数は、細胞の状態、動物種、細胞種、共培養される肝細胞の数などによって異なるが、例えば、0.3×104~10×106個/cm2であってもよく、0.5×104~8×106個/cm2であってもよく、0.7×104~5×106個/cm2であってもよく、1.0×10~1.0×10個/cmであってもよく、5.0×10~5.0×10個/cmであってもよい。
【0047】
一実施態様において、播種する「非肝細胞である接着細胞」は、第1細胞培養基材から剥離される前の肝細胞と「非肝細胞である接着細胞」とを含む細胞群の面積と比較して、剥離された後の凝集体が1/4以下、より好ましくは1/5以下、さらに好ましくは1/6以下、最も好ましくは1/8以下の面積まで収縮させる密度で播種することが好ましい。凝集体の収縮率が大きいと、細胞がより密集した凝集体が得られ、NASHで観察される肝細胞の特徴を顕著に再現することができる。
【0048】
本発明の方法において用いられる培地は、肝細胞を培養可能な公知の培地を用いればよく、例えば、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、基礎培地(MEM)、ノックアウト-DMEM(KO-DMEM)、グラスゴー基本培地(G-MEM)、イーグル基礎培地(BME)、DMEM/ハムF12、Advanced DMEM/ハムF12、イスコフ改変ダルベッコ培地および基礎培地(MEM)、ハムF-10、ハムF-12、199培地、ならびにRPMI1640培地などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0049】
好ましい培地は、インスリンおよびトランスフェリンが添加された高グルコースの培地である。また、培地には、血清(例えば、ウシ胎児血清)が添加されていてもよく、無血清培養であってもよい。一実施態様において、本発明に用いられる高グルコース含有培地とは、1mM~100mM、好ましくは5mM~80mM、より好ましくは10mM~50mM、例えば、約25mMのグルコースを含有する培地である。また、本発明に用いられる培地は、0.1μM~10μMのインスリン、好ましくは0.5μM~5μM、例えば約1μMのインスリンを含有する。培地が高グルコースおよび/またはインスリンを含有することにより、NASHで観察される肝細胞の特徴をより効率的に再現することができる。
【0050】
一実施態様において、工程(i-1)の培養時間は、肝細胞が第1培養基材に十分接着する時間であればよく、特に限定されないが、例えば3時間~72時間、好ましくは6時間~48時間、より好ましくは12時間~36時間、例えば約24時間である。
【0051】
一実施態様において、工程(i-2)の培養時間は、「非肝細胞である接着細胞」が第1培養基材に十分接着し、コンフルエントまたはサブコンフルエントとなり、細胞シートを形成可能となる時間であればよく、特に限定されないが、例えば24時間~120時間、好ましくは36時間~96時間、より好ましくは24時間~84時間、例えば約72時間である。
【0052】
一実施態様において、工程(ii)の培養時間は、凝集体に含まれる肝細胞が、NASHで観察される肝細胞の特徴、例えば、風船様変性、Mallory-Denk体の蓄積、脂肪滴の沈着、肝細胞周辺の線維化、α―SMA陽性細胞の出現等の特徴が観察される程度培養すればよく、特に限定されないが、例えば3日、4日、5日、6日、7日、8日、9日、10日、11日、12日、13日、14日、15日、または15日以上培養してもよい。
【0053】
<<肝疾患を治療または予防するための因子を評価する方法>>
本発明の肝細胞構造体、または本発明の方法によって得られる肝細胞構造体は、肝疾患を治療または予防するための因子を評価する方法に用いることができる。例えば、一実施態様において、本発明の方法は、
(1)肝細胞構造体に、候補因子を適用し、培養する工程、
(2)前記肝細胞構造体において、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の肝細胞が有する特徴(例えば脂肪滴の沈着、Mallory-Denk体の形成、風船様変性等)を指標として、前記候補因子の治療または予防効果を評価する工程、
を含んでいる。
【0054】
一実施態様において、工程(1)で適用する候補因子は、肝細胞構造体に適用(例えば、培地に添加)してもよく、上記の肝細胞構造体の製造方法の任意の工程で適応(例えば、培地に添加)してもよい。
【0055】
一実施形態において、工程(2)の非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の肝細胞が有する特徴(例えば脂肪滴の沈着、Mallory-Denk体の形成、風船様変性等)は、公知の染色方法(例えば、以下に限定されないが、ヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色、ナイルレッド染色、ケラチンの免疫組織化学染色もしくは免疫蛍光染色など)を用いて肝細胞構造体を染色後、任意の顕微鏡を用いることによって評価することができる。
【0056】
一実施態様において、候補因子は、例えば、低分子化合物、ペプチド、核酸、タンパク質、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒトなど)の細胞、組織抽出物又は細胞培養上清、植物由来の化合物又は抽出物(例えば、生薬エキス、生薬由来の化合物)、及び微生物由来の化合物若しくは抽出物又は培養産物などであってもよい。
【実施例
【0057】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を限定することを意図するものではない。
【0058】
<実施例1>
1.実験材料と方法
1-1.細胞
正常ヒト真皮線維芽細胞(NHDF;Lonza,Basel,Switzerland)は、10%ウシ胎児血清(FBS;ThermoFisher Scientific)及び1%ペニシリン-ストレプトマイシン(Corning)を添加した高グルコースDulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM, Corning,NY,US)で維持し、37℃、5%COの加湿雰囲気下で培養した。NHDFは、プレコンフルエントの段階で、トリプシンを用いて継代した。3継代目~7継代目までのNHDFを共培養実験に用いた。
【0059】
マウス3T3-J2線維芽細胞(Kerafast,Boston,MA,US)は、10%ウシ胎児血清(GE Healthcare,Little Chalfont,UK)及び1%ペニシリン-ストレプトマイシン(Corning)を添加した高グルコースDMEMで維持し、37℃、5%COの加湿雰囲気下で培養した。NHDFは、プレコンフルエントの段階で、トリプシンを用いて継代した。3継代目~5継代目までの細胞を共培養実験に用いた。
【0060】
初代ヒト肝細胞(PHH)(Lot:Hu8200A及びHu1652)はThermoFisher Scientificより購入した。サプライヤーによって提供された説明書に基づいて、PHHを融解し、トリパンブルーを用いてバイアビリティーを評価した。2ロットのバイアビリティーは、90%以上であった。
【0061】
1-2.初代ヒト肝細胞/線維芽細胞の共培養
温度応答性細胞培養用24ウェルプレート(UpCell(登録商標);CellSeed,Tokyo,Japan)を100μg/mLのrat tail collagen I solution(Corning)で一晩コーティングした。その後、UpCell(登録商標)24ウェルプレートをリン酸緩衝食塩水(PBS)で2回洗浄した。
【0062】
図1に示すように、PHHを1×10個/ウェルにて、コラーゲンコートUpCell(登録商標)24ウェルプレートに播種した(Day -4)。肝細胞は、0.1μMのdexamethasone(Sigma Aldrich,St.Louis,MO)、1% ITS premix(インスリン/ヒトトランスフェリン/亜セレン酸及びリノール酸;Corning)、0.2μM グルカゴン(Sigma Aldrich)、10%FBS及び1%ペニシリン-ストレプトマイシンを添加した高グルコース(25mM)DMEMを用いて、37℃、5%COの加湿雰囲気下で培養した。
【0063】
PHHを一晩培養後(Day -3)、線維芽細胞(3T3-J2又はNHDF)を、2×10個/ウェルにて、肝細胞を培養中の培地に播種し、共培養させた。培地はday0まで毎日交換した。
【0064】
1-3.肝細胞構造体の作製
Day0において、UpCell(登録商標)プレート上のPHH/線維芽細胞の共培養物を20℃で30分間インキュベートして、浮遊させた細胞シートとして剥離した。剥離したコンフルエントの単層の細胞シートは、迅速に収縮して、多層構造を有する収縮した厚い細胞シートへと変形した(図1参照)。
【0065】
この浮遊させた細胞シートを、10mLピペットを用いて、コラーゲンIコート35mmポリスチレン細胞培養皿(IWAKI、Tokyo、Japan)へ移した。その後、培地を吸い取り、培地を入れない状態にて37℃でインキュベートし、コラーゲンコート表面へ接着させた。10分後、1mLの肝細胞培地(5%FBS)を細胞培養皿に添加した。培地は、Day11まで毎日交換した。位相差顕微鏡(Nikon、Tokyo、Japan)を用いて細胞シートを観察し、撮像した。
【0066】
1-4.免疫組織化学(IHC)染色
所定の時間で、細胞シートサンプルを予め温めておいたPBSを用いて2回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドを用いて室温で1時間固定した。固定した細胞シートをパラフィンに包埋し、4μm切片へとスライスし、ヘマトキシリン-エオシン(HE)を用いた標準的な組織学染色用に脱パラフィン化した。サイトケラチン8+18(CK8/18)の免疫染色用に、切片を、抗原回復のためのDako proteinase K(Agilent,Santa Clara,CA,US)で処理し、Dako REAL peroxidase-blocking solution(Agilent)中でインキュベートし、内在性のペルオキシダーゼ活性を消失させ、その後、Blocking One Histo(Nacalai Tesque,Kyoto,Japan)中でブロックした。その後、切片を25倍希釈したマウス抗ヒトCK8/18抗体(Abcam、Cambridge,UK)を添加してインキュベートし、続いてhorseradish peroxideコンジュゲート ロバ抗マウスIgG H&L(Abacam)を添加してインキュベートした。切片をDako Liquid DAB+ Substrate Chromogen System(Agilent)で染色し、核はヘマトキシリンで染色した。最後に、切片をマウントし、乾燥させ、光学顕微鏡(Nikon)で撮像した。
【0067】
1-5.免疫蛍光染色
簡単に述べると、パラフィン包埋切片を、以下の一次抗体を添加してインキュベートした:E-カドヘリン(Abcam)、α-smooth muscle actin(α-SMA)(Abcam)、及びCK8/18(Abcam)。染色用の二次抗体として、Alexa Fluor 488ヤギ抗ウサギ抗体及びAlexa Fluor 594ヤギ抗マウス抗体を用いた。細胞核は、4’,6-diamidino-2-phenylindole(DAPI)で染色した。最後に、切片をマウントし、乾燥させ、共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM;Olympus,Tokyo,Japan)又は蛍光顕微鏡(Nikon)を用いて撮像した。
【0068】
E-カドヘリン/DAPI染色像では、Image JソフトウェアによるPHH毎の断面の定量化のために、DAPI染色陽性のPHHを選択した。測定は、3つの独立した実験で実施した。各実験において、25個以上の細胞を測定した。
【0069】
1-6.ナイルレッド染色
細胞質の脂肪滴の染色のために、Day11の固定した細胞シートサンプルを2回PBSで洗浄し、1μg/mLのナイルレッド(Sigma Aldrich)を添加して、30分間インキュベートした。その後、免疫蛍光標識された脂肪滴を、CLSM(Olympus)を用いて撮像した。
【0070】
1-7.酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)解析
所定の時間において、24時間の細胞培養上清を回収し、アッセイを行うまで-30℃で保存した。肝細胞からのアルブミンの分泌を、ヒトアルブミンELISA定量キット(Bethyl Laboratories,Montogomery,TX,US)で検出した。培養した肝細胞による尿素合成をcolorimetric assay kit(BioChain,Newark,CA,US)を用いて定量した。肝細胞が産生するSHHリガンドの量を、ヒトSHH ELISAキット(Abcam)で定量した。測定は、3つの独立した実験で実施した。それぞれの実験でおいて、3以上の反復試験サンプルを用いた。
【0071】
1-8.シトクロムP450(CYP)酵素活性
簡単に述べると、細胞シートサンプルをPBSで洗浄し、その後、100μMのフェナセチン(PHE;Sigma Aldrich)及び50μMのミダゾラム(MDZ;Sigma Aldrich)(それぞれ、CYP1A2とCYP3A4の基質)を含む新鮮培地に置き換えた。細胞シート中のPHHは、2つのCYP基質を吸収して代謝し、その代謝産物を培地中に放出した。10分間のインキュベーション後、20μLの細胞培養上清を回収した。細胞培養上清中には、PHEとMDZの代謝産物、すなわち、アセトアミノフェンおよびヒドロキシミダゾラムを含んでいる。2つの代謝産物は、API5000 LC/MS/MS System(AB applied biosystems,Foster City,CA,US)で測定した。CYP基質の特異的な代謝産物への生体内変換率は、CYP酵素活性の指標として使用した。CYP活性の測定は、2つのロットのPHH(Hu8200_A ×2 + Hu1652×1)を用いて、3つの独立した実験で実施した。それぞれの実験において、3以上の反復試験サンプルを用いた。
【0072】
1-9.統計解析
それぞれの実験において、少なくとも3つ反復試験サンプル由来の値を得た。実験の全てを、PHHの2つのロットを用いて、3又は4回繰り返して行った。データは、平均±標準偏差(SD)で表した。2つの群の有意差は、Student’s t-testで検定した。3つの所定の時点における、PHH毎の断面の有意差は、分散分析(ANOVA)を用いて検定し、その後、IBM SPSS Statistics 25ソフトウェアを使用してDunnett’s post hoc testを行った。p<0.05の値を、統計的に有意であるものと見なした。
【0073】
2.結果
2-1.初代ヒト肝細胞(PHH)/線維芽細胞の共培養細胞シートの形態
【0074】
PHHと線維芽細胞の二次元(2D)共培養物を、浮遊する細胞シートとして回収後、下の培養皿からの制限力が消失したために、浮遊する細胞シートは迅速かつ対称的に収縮した(面積は減少したが、肥厚した)(図2(a))。この収縮力は、剥離するプロセス中のインタクトな細胞シートにおける細胞骨格の変化により起こったものである。伸びた細胞は密集し、収縮力が生じ、3D多層化アセンブリを形成した。収縮の程度は、細胞の収縮能力に依存した。図2(C)に示されるように、PHH/NHDF細胞シートの面積は約24mmであり、剥離前の元の面積(190mm)のわずか1/8であった。一方で、PHH/3T3-J2細胞シートの面積は49mmであり、PHH/NHDF細胞シートよりも2倍大きいものであった(図2(b)、(c))。発明者らは、これは恐らくNHDFの強力な収縮能力に起因するものであると考えた。
【0075】
位相差顕微鏡は、細胞が共に収縮して多くの小さな凝集塊を形成した、PHH/NHDF細胞シートの非常に収縮した構造を明らかにした(図3(a)左上)。驚くことに、凝集塊は、4日間の培養後、肥大化しているようであった(図3(a)左下)。一方で、細胞凝集塊は、PHH/3T3-J2細胞シートでは観察されなかった。実際、PHH/3T3-J2細胞シート中のPHHは、4日間の培養後、非常に健常な形態であって、明瞭に境界を画定する細胞境界を有する立方体形状であった(図3(a)右下)。
【0076】
HE染色により、PHH/NHDF共培養細胞シートは細胞密度が高い構造であり、PHHが、密集したNHDFによって密集化されていることが明らかとなった(図3(b)左)。位相差顕微鏡による観察から、PHHは、Day4とDay11において、細胞質が青白く染色された顕著な細胞の肥大化が認められ、一方でPHH/3T3-J2細胞シートでは、Day4とDay11において、細胞質がエオシン染色陽性の扁平なPHHとなっていたことが明らかとなった(図3(b)右)。
【0077】
E-カドヘリンの免疫蛍光染色によって、PHHの明確な細胞-細胞境界を示し(図4(a))、それにより、各PHHの断面積を定量化した。PHH/NHDF細胞シートのDay1のものと比較して、Day4では、各PHHの断面積が2倍増加しており、Day11では3倍も増加していることが観察された(図4(b))。しかしながら、健常なPHH/3T3-J2細胞シートのPHHのサイズは、11日間の培養期間中、有意に変化しなかった(図4(b))。
【0078】
2-2.PHH/NHDF共培養細胞シート中の肥大化した肝細胞は、風船様肝細胞(ballooned hepatocytes)であった。
【0079】
肥大化肝細胞の細胞質は、エオシン染色陰性であるので、それらは風船様肝細胞である可能性がある。この仮説を支持するために、CK8/18の免疫組織化学染色を実施した。予想通り、PHH/NHDF細胞シート中の肥大化肝細胞は、細胞質ケラチン染色の障害、減少又は消失が観察され、一方でPHH/3T3-J2細胞シートの正常サイズの肝細胞では、CK8/18の免疫染色の実質的な減少又は消失は見られなかった(図5(a))。
【0080】
さらに、CK8/18の免疫蛍光染色によって、不規則な形態のCK8/18陽性細胞質含有物が、肥大化肝細胞の核の近くに位置していることが示され(図5(b))、それは、Mallory-Denk体(MDB)の存在を裏付けている。一般に、MDBは、非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis;NASH)の組織学的特徴と考えられており、細胞骨格障害及び関連する風船様変性の結果、それらを形成する。
【0081】
MDBに加え、Day11において、ナイルレッドで染色した後のPHH/NHDF細胞シート中では、脂肪滴の大量の蓄積が観察され、一方で、PHH/3T3-J2細胞シートでは、限定した量の脂質しか観察されなかった(図5(c))。
【0082】
これらの結果から、PHH/NHDF細胞シートの肥大化した肝細胞は、バルーン化PHHであることが示唆された。
【0083】
2-3.PHH/NHDF共培養細胞シートにおけるソニックヘッジホッグ(SHH)の分泌増加、及び筋線維芽細胞活性化
【0084】
SHHリガンド産生と、肝細胞のバルーニング化及び線維化との関連性が報告されている(Guy C.D.,et al.,Hepatology.2012 Jun;55(6):1711-1721;Rangwala F.,et al.,J.Pathol.2011,Jul;224(3):401-410.)。風船様肝細胞によって産生されるSHHリガンドは、肝星細胞に対するパラクライン プロ線維形成因子(pro-fibrogenic factor)として作用し、それによって、筋線維芽細胞活性化を誘導し、線維化を引き起こす。
【0085】
本発明のインビトロモデルにおいて、発明者らは、Day4において、PHH/3T3-J2細胞シートと比較して、PHH/NHDF細胞シートにおいてSHH産生が有意に上昇したことを見出した(Hu1652では1.4倍、Hu8200_Aでは2.0倍)(図6(a))。これらの結果は、PHH/NHDF細胞シートにおける筋線維芽細胞活性化に対応しており、α-SMA(筋線維芽細胞マーカー)陽性NHDFが、肥大化した肝細胞の周りに観察された(図6(b))。一方で、PHH/3T3-J2細胞シートでは、α-SMAが全体的に存在していなかった。これらの発見は、本発明のモデルが、バルーン化した肝細胞の典型的な特徴を反映しているだけでなく、ヒトNASHで見られる筋線維芽細胞活性化をも示すことを示唆している。
【0086】
2-4.PHH/線維芽細胞共培養細胞シートにおける肝細胞機能
【0087】
図7(a)で示されるように、Day4又はDay10であってもアルブミン産生は、PHH/NHDF細胞シートとPHH/3T3-J2細胞シートの間では有意差がなかった。この結果は、PHH/NHDF細胞シートの風船様肝細胞は、異常細胞であるだけでなく、依然として合成機能を維持できていたことを示唆していた。
【0088】
尿素産生に関し、Day4におけるPHH/NHDF細胞シートとPHH/3T3-J2細胞シートとの間には、有意差がなかったが、Day10においては、PHH/3T3-J2細胞シートは、PHH/NHDF細胞シートに比べて2.6倍上昇していた(図7(b))。低酸素分圧において、尿素産生が減少することが報告されているため(Bhatia S.N.,et al.,J.Cell Eng.1996,1,125)、発明者らは、Day10におけるPHH/NHDF細胞シートの相対的な低尿素産生は、PHH/3T3-J2細胞シートと比較して肥厚化したPHH/NHDF細胞シートの酸素欠乏が関連しているのではないかと考えられる(図3(b))。
【0089】
しかしながら、CYP1A2及びCYP3A4を含むCYP酵素活性は、PHH/3T3-J2細胞シートよりも、PHH/NHDF細胞シートにおいて有意に低かった(図7(c))。これらの発見は、CYP1A2及びCYP3A4活性が病態の進行と共に減少したことを示した以前のNAFLD患者由来の臨床サンプルを用いた研究結果に沿うものであった(Fisher C.D.,et al.,Drug Metab.Dispos.2009,37(10),2087-94)。
【0090】
2-5.PHHとNHDFの共培養比率
PHHとNHDFの共培養比率が、肝細胞のダメージ及び変性の程度に影響を及ぼすかどうかを調べた(図8)。その結果、SHH産生は、PHH:NHDF=4:1の共培養と比較して、PHH:NHDF=1:4では3.5倍、PHH:NHDF=1:2では1.6倍上昇することが明らかとなった(図8(a))。肝細胞のサイズは、PHH:NHDF=1:2及び1:4よりも、4:1の共培養の方が小さくなることが明らかとなった(図8(b))。
【0091】
<実施例2>
1.実験材料と方法
1-1.細胞
脂肪由来間葉系幹細胞(ADSC;LONZA)は、10%ウシ胎児血清(FBS;ThermoFisher Scientific)及び1%ペニシリン-ストレプトマイシン(Corning)を添加した高グルコースDulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM;Corning,NY,US)で維持し、37℃、5%COの加湿雰囲気下で培養した。ADSCは、プレコンフルエントの段階で、トリプシンを用いて継代した。3継代目の細胞を共培養実験に用いた。
【0092】
また、実施例1で使用したNHDFを用いた。
【0093】
1-2.PHH/ADSCの共培養、および肝細胞構造体の作製
上記、NHDFの代わりにADSCを用いること以外、実施例1と同様の方法により、初代ヒト肝細胞/ADSCの共培養、及び肝細胞構造体の作製を行った。ただし、ADSCは1×10個/ウェルで播種した。
【0094】
2.結果
図9はPHH/ADSC共培養細胞シート(aおよびb)、およびPHH/NHDF共培養細胞シート(cおよびd)の、剥離後28日目の位相差顕微鏡写真を示す。PHH/ADSC共培養細胞シート(aおよびb)とPHH/NHDF共培養細胞シート(cおよびd)のいずれも、NASHの特徴である脂肪滴の蓄積が確認された。
【0095】
<実施例3>
1.実験材料と方法
1-1.細胞
初代マウス肝細胞(PMH)はマウス肝臓から、改変2ステップコラゲナーゼ灌流法により単離し、45%percoll密度勾配遠心法で純化した。PMHの生存率は90%であった。
【0096】
NHDFは、実施例1で使用したNHDFを用いた。
【0097】
1-2.初代マウス肝細胞(PMH)/NHDFの共培養、および肝細胞構造体の作製
上記、PHHの代わりにPMHを用いること以外、実施例1と同様の方法により、初代マウス肝細胞(PMH)/NHDFの共培養、及び肝細胞構造体の作製を行った。NHDFとして、PMHと共培養する前にmitomycin C(6μg/mL)で2.5時間処理したNHDFまたは無処理のNHDFを用いた(図10)。
【0098】
2.結果
mitomycin Cは、細胞の増殖を抑制する効果を有する。mitomycin C処理によって、肝細胞の風船様変化が抑制されることが明らかとなった(図10(a)参照)。
【0099】
<実施例4>
1-1.細胞
初代マウス肝細胞(PMH)は実施例3と同様の方法により取得した。
【0100】
NHDFは、実施例1で使用したNHDFを用いた。
【0101】
1-2.初代マウス肝細胞(PMH)/NHDFの共培養、および肝細胞構造体の作製
上記、PHHの代わりにPMHを用いること以外、実施例1と同様の方法により、初代マウス肝細胞(PMH)/NHDFの共培養、及び肝細胞構造体の作製を行った。
【0102】
NASHの治療薬として開発されているオベチコール酸(10μM)(フナコシ、カタログ#AG-CR1-3560-M025)または2型糖尿病の治療薬であるメタフォミン(500μM)(シグマ、カタログ#PHR1084-500MG)を上記肝細胞構造体にDay1で添加し、8日間培養を行った。
【0103】
2.結果
オベチコール酸(OCA)およびメトホルミンの添加によって、肝細胞の風船様変化が抑制された(図11参照)。
【0104】
<実施例5>
1.実験材料と方法
1-1.細胞
PHHおよびNHDFは、実施例1で使用したPHHおよびNHDFを用いた。
【0105】
1-2.PHH/NHDFの共培養、および肝細胞構造体の作製
上記実施例1と同様の方法により、初代ヒト肝細胞(PHH)/NHDFの共培養、及び肝細胞構造体の作製を行った。
【0106】
実施例4と同様、オベチコール酸(10μM)(フナコシ)またはメタフォミン(500μM)(シグマ)を上記肝細胞構造体にDay1で添加し、4~11日間培養を行った。
【0107】
2.結果
オベチコール酸(OCA)、メトホルミンそれぞれの添加によって、肝細胞の風船様変化が抑制された(図12参照)。
【0108】
<実施例6>
1.実験材料と方法
1-1.細胞
PHHおよびNHDFは、実施例1で使用したPHHおよびNHDFを用いた。
【0109】
1-2.PHH/NHDFの共培養、および肝細胞構造体の作製
上記実施例1と同様の方法により、初代ヒト肝細胞(PHH)/NHDFの共培養、及び肝細胞構造体の作製を行った。
【0110】
低グルコース濃度(5.6mM)+低インスリン濃度(1nM)、または高グルコース濃度(25mM)+高インスリン濃度(1μM)の条件に調製した培地を用いて、上記肝細胞構造体を4日間培養した。
【0111】
2.結果
低グルコース濃度(5.6mM)+低インスリン濃度(1nM)の培地で培養することにより、ヒト肝細胞の風船様変化がある程度抑制されることが明らかとなった(図13参照)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13