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特許7425442ガス吸収分光システムおよびガス吸収分光方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-23
(45)【発行日】2024-01-31
(54)【発明の名称】ガス吸収分光システムおよびガス吸収分光方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3504 20140101AFI20240124BHJP
   G01N 21/39 20060101ALI20240124BHJP
【FI】
G01N21/3504
G01N21/39
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020105963
(22)【出願日】2020-06-19
(65)【公開番号】P2022000620
(43)【公開日】2022-01-04
【審査請求日】2023-01-04
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】390037327
【氏名又は名称】積水メディカル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】富田 英生
(72)【発明者】
【氏名】ゾンネンシャイン フォルカ
(72)【発明者】
【氏名】寺林 稜平
(72)【発明者】
【氏名】吉田 賢二
(72)【発明者】
【氏名】二宮 真一
(72)【発明者】
【氏名】立野 亮
(72)【発明者】
【氏名】真野 和音
(72)【発明者】
【氏名】神谷 直浩
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-234810(JP,A)
【文献】特表2014-516405(JP,A)
【文献】特開2017-147428(JP,A)
【文献】国際公開第2020/105714(WO,A1)
【文献】特開2006-138751(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0156718(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0306713(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2008/0111993(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/61
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を求めるためのガス吸収分光システムであって、
前記セルの内部において光が互いの間で反射するように配置された第1および第2のミラーを含む共振器と、
前記共振器に照射するためのレーザ光を発し、前記レーザ光の発振周波数を可変に構成された光源と、
前記第1のミラーと前記第2のミラーとの間の距離を変更することで、前記共振器内で光が共振する複数のモード周波数をシフトさせることが可能に構成された駆動装置と、
前記共振器から取り出された光を検出する検出器と、
前記検出器から検出信号を受けながら、前記複数のモード周波数がシフトするように前記駆動装置を制御する制御装置と
前記目的成分の濃度を算出する演算装置とを備え、
前記制御装置は、前記複数のモード周波数のうちの隣合う2つのモード周波数が前記レーザ光の周波数に順に一致するように、前記駆動装置を制御し、
前記演算装置は、前記隣合う2つのモード周波数のうちの一方と前記レーザ光の周波数とが一致する場合に前記検出信号から算出される前記目的成分による光の減衰率と、前記隣合う2つのモード周波数のうちの他方と前記レーザ光の周波数とが一致する場合に前記検出信号から算出される前記目的成分による光の減衰率とを足し合わせる、ガス吸収分光システム。
【請求項2】
前記複数のモード周波数のシフト量は、前記隣合う2つのモード周波数の間隔である自由スペクトル間隔(FSR:Free Spectral Range)の2倍よりも小さい、請求項1に記載のガス吸収分光システム。
【請求項3】
前記第1のミラーと前記第2のミラーとの間の距離の変更に伴い、前記自由スペクトル間隔は増減し、
前記複数のモード周波数のシフト量は、前記自由スペクトル間隔の最小値の2倍よりも小さい、請求項2に記載のガス吸収分光システム。
【請求項4】
前記制御装置は、前記第1のミラーと前記第2のミラーとが互いに非同期で変位するように、前記駆動装置を制御する、請求項1~3のいずれか1項に記載のガス吸収分光システム。
【請求項5】
前記駆動装置は、
前記第1のミラーを変位させる第1のアクチュエータと、
前記第2のミラーを変位させる第2のアクチュエータとを含み、
前記制御装置は、前記第1のミラーの変位量と前記第2のミラーの変位量とが等しく、かつ、前記第1のミラーの変位周波数と前記第2のミラーの変位周波数とが等しいように、前記第1のミラーと前記第2のミラーとを同期走査する、請求項1~のいずれか1項に記載のガス吸収分光システム。
【請求項6】
前記第1および第2のアクチュエータの各々は、ピエゾ素子であり、
前記制御装置は、前記第1および第2のミラーを連続的に走査する、請求項に記載のガス吸収分光システム。
【請求項7】
前記共振器は、第3のミラーをさらに含み、
前記第3のミラーと前記第2のミラーとの間の距離は、前記第1のミラーと前記第2のミラーとの間の距離と等しく、
前記駆動装置は、前記第2のミラーを変位させるアクチュエータを含み、
前記制御装置は、前記第1および第3のミラーを固定しつつ前記第2のミラーを変位させる、請求項1~のいずれか1項に記載のガス吸収分光システム。
【請求項8】
前記アクチュエータは、ピエゾ素子であり、
前記制御装置は、前記第2のミラーを連続的に変位させる、請求項に記載のガス吸収分光システム。
【請求項9】
前記光源は、量子カスケードレーザである、請求項1~のいずれか1項に記載のガス吸収分光システム。
【請求項10】
セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を共振器を用いて求めるためのガス吸収分光方法であって、
前記共振器は、前記セルの内部において光が互いの間で反射するように配置された第1および第2のミラーを含み、
前記ガス吸収分光方法は、
発振周波数を可変に構成された光源からのレーザ光を前記共振器に照射するステップと、
前記共振器から取り出された光の検出信号を受けるステップと、
前記受けるステップの実行中に、前記第1のミラーと前記第2のミラーとの間の距離を変更することで、前記共振器内で光が共振する複数のモード周波数をシフトさせるステップと
前記目的成分の濃度をコンピュータにより算出するステップとを含み、
前記シフトさせるステップは、前記複数のモード周波数のうちの隣合う2つのモード周波数が前記レーザ光の周波数に順に一致するように、前記複数のモード周波数をシフトさせるステップであり、
前記算出するステップは、前記隣合う2つのモード周波数のうちの一方と前記レーザ光の周波数とが一致する場合に前記検出信号から算出される前記目的成分による光の減衰率と、前記隣合う2つのモード周波数のうちの他方と前記レーザ光の周波数とが一致する場合に前記検出信号から算出される前記目的成分による光の減衰率とを足し合わせるステップを含む、ガス吸収分光方法。
【請求項11】
前記複数のモード周波数のシフト量は、前記隣合う2つのモード周波数の間隔である自由スペクトル間隔の2倍よりも小さい、請求項10に記載のガス吸収分光方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ガス吸収分光システムおよびガス吸収分光方法に関し、より特定的には、セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を求めるためのガス吸収分光システムおよびガス吸収分光方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガス吸収分光法の一種であるキャビティリングダウン吸収分光法(CRDS:Cavity Ring-Down absorption Spectroscopy)が知られている。キャビティリングダウン吸収分光法とは、ガスによる光吸収のための実効光路長を共振器(キャビティ)を用いて長くすることにより、当該ガスに含まれる目的成分の濃度を高感度に求める分光手法である。キャビティリングダウン吸収分光法は、たとえば国際公開第2018/001590号(特許文献1)に開示されているように、炭素同位体の分析などの分野に応用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2018/001590号
【非特許文献】
【0004】
【文献】"Adjacent-resonance etalon cancellation in ring-down spectroscopy", Bradley M. Gibson, Optics Letters Vol. 43, Issue 14, pp. 3257-3260 (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
キャビティリングダウン吸収分光法においては一般に、光共振器を構成するミラーの表面(おもてめん)以外でも光の反射が起こる。たとえば、ミラーの内部においてミラーの表面と裏面との間で反射が起こり得る。また、光路上に設置された様々な光学部品(ビームスプリッタなど)または機器(検出器など)と、ミラーの表面との間でも反射が起こり得る。その結果、吸収スペクトルのベースラインにノイズが重畳し、分光精度が低下する可能性がある。このような現象を「エタロン効果」(または寄生エタロン効果)と称する。分光精度向上のためにはエタロン効果を抑制することが望ましい。
【0006】
本開示は上記課題を解決するためになされたものであり、本開示の目的は、セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を求めるためのガス吸収分光におけるエタロン効果を抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の第1の態様に係るガス吸収分光システムは、セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を求めるためのシステムである。ガス吸収分光システムは、共振器と、光源と、駆動装置と、検出器と、制御装置とを備える。共振器は、セルの内部において光が互いの間で反射するように配置された第1および第2のミラーを含む。光源は、共振器に照射するためのレーザ光を発し、レーザ光の発振周波数を可変に構成されている。駆動装置は、第1のミラーと第2のミラーとの間の距離を変更することで、共振器内で光が共振する複数のモード周波数をシフトさせることが可能に構成されている。検出器は、共振器から取り出された光を検出する。制御装置は、検出器から検出信号を受けながら、複数のモード周波数がシフトするように駆動装置を制御する。制御装置は、複数のモード周波数のうちの隣合う2つのモード周波数がレーザ光の周波数に順に一致するように、駆動装置を制御する。
【0008】
本開示の第2の態様に係るガス吸収分光方法は、セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を共振器を用いて求めるための方法である。共振器は、セルの内部において光が互いの間で反射するように配置された第1および第2のミラーを含む。ガス吸収分光方法は、第1~第3のステップを含む。第1のステップは、発振周波数を可変に構成された光源からのレーザ光を共振器に照射するステップである。第2のステップは、共振器から取り出された光の検出信号を受けるステップである。第3のステップは、上記受けるステップ(第2のステップ)の実行中に、第1のミラーと第2のミラーとの間の距離を変更することで、共振器内で光が共振する複数のモード周波数をシフトさせるステップである。上記シフトさせるステップ(第3のステップ)は、複数のモード周波数のうちの隣合う2つのモード周波数がレーザ光の周波数に順に一致するように、複数のモード周波数をシフトさせるステップである。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を求めるためのガス吸収分光においてエタロン効果を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本開示の実施の形態1に係るガス吸収分光システムの全体構成を概略的に示すブロック図である。
図2】モード周波数を説明するための概念図である。
図3】エタロン効果を説明するための図である。
図4】実施の形態1におけるミラーの走査手法を示すタイムチャートである。
図5】ミラーの走査に伴うモード周波数のシフトの様子を説明するための概念図である。
図6】ミラーの走査が反射光に与える影響を説明するための図である。
図7】吸収スペクトルにおける誤差の低減を説明するための図である。
図8】モード周波数のシフト幅の設定手法を説明するための第1の図である。
図9】モード周波数のシフト幅の設定手法を説明するための第2の図である。
図10】実施の形態1におけるガス吸収分光測定を示すフローチャートである。
図11】実施の形態1の変形例に係るガス吸収分光システムの全体構成を概略的に示すブロック図である。
図12】実施の形態2に係るガス吸収分光システムの全体構成を概略的に示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付して、その説明は繰り返さない。
【0012】
[実施の形態1]
<システム構成>
図1は、本開示の実施の形態1に係るガス吸収分光システムの全体構成を概略的に示すブロック図である。図1を参照して、ガス吸収分光システム100は、測定対象であるガス(サンプルガス)に含まれる目的成分による光吸収をキャビティリングダウン吸収分光法により測定する分光システムである。ガス吸収分光システム100は、レーザ光源1と、光スイッチ2と、セル3と、共振器4と、ミラー駆動装置5と、検出器6と、コントローラ7とを備える。
【0013】
レーザ光源1は、共振器4に照射するためのレーザ光を発する。レーザ光源1は、コントローラ7からの指令に従ってレーザ光の発振周波数を可変に構成されている。より具体的には、本実施の形態において、レーザ光源1は、量子カスケードレーザ(QCL:Quantum Cascade Laser)11と、レーザドライバ12とを含む。QCL11は、中赤外(たとえば波長5μm程度)のレーザ光を発する。レーザドライバ12は、コントローラ7からの指令に従ってQCL11に駆動電流を供給する。QCL11への駆動電流を変更することにより、QCL11の発振周波数を変化させることができる。発振周波数の変化幅は、波長に換算して、たとえば5~7nm程度である。
【0014】
光スイッチ2は、レーザ光源1と共振器4との間に設けられている。光スイッチ2は、コントローラ7からの指令に従って、レーザ光源1から共振器4へのレーザ光の照射と遮断とを切り替える。光スイッチ2としては、たとえば音響光学変調器(AOM:Acousto-Optic Modulator)を採用できる。光スイッチ2は、レーザ光源1からのレーザ光のパワーが共振器4内に十分に蓄積された後に、共振器4に照射されるレーザ光を遮断する。
【0015】
セル3は、サンプルガスを密閉可能な容器であり、たとえば筒状形状を有する。セル3には、測定開始前にサンプルガスを導入するための導入管31と、測定終了後にサンプルガスを排出するための排出管32とが接続されている。導入管31には導入バルブ33が設けられている。排出管32には排出バルブ34が設けられている。導入バルブ33および排出バルブ34の開閉もコントローラ7により制御可能である。
【0016】
共振器4は、光スイッチ2と検出器6との間に設けられている。実施の形態1において、共振器4はファブリペロー型の光共振器である。より詳細には、共振器4は、一対のミラー41,42を含む。ミラー41,42は、セル3の内部において光が互いの間で反射するように対向して配置されている。各ミラー41,42には、共振器4の外部に漏れ出す光が極めて微弱になるように高反射率(たとえば99.98%程度)のものを採用することが好ましい。
【0017】
実施の形態1において、共振器4の共振器長は、ミラー41とミラー42とを結ぶ方向(光軸方向)におけるミラー41とミラー42との間の距離である。以下、この共振器長をL1で表す。共振器長L1は、たとえば数十cm(この例では約30cm)である。
【0018】
図1に示す例では、ミラー41,42は、いずれも凹面鏡である。しかし、両方のミラー41,42が凹面鏡であることは必須ではない。ミラー41,42のうちの少なくとも一方が凹面鏡であればよい。たとえば、ミラー41,42のうちの一方が凹面鏡であり、他方が平面鏡であってもよい。
【0019】
ミラー駆動装置5は、コントローラ7からの指令に従って、共振器4を構成するミラー41,42を駆動する。本実施の形態では、ミラー駆動装置5は、一対のミラー41,42に対応するように設けられた一対のアクチュエータを含む。この例では、各アクチュエータは、光を通過させるための穴がドーナツ状に形成されたピエゾ素子(圧電素子)である。ピエゾ素子51は、ミラー41を光軸方向に変位させる。ピエゾ素子52も同様に、ミラー42を光軸方向に変位させる。
【0020】
ピエゾ素子51,52の制御については後に詳細に説明するが、ピエゾ素子51への印加電圧を線形に変化させると、ミラー41は線形に変位する。したがって、ミラー41を三角波形状に変位させる(後述)には、ピエゾ素子51に三角波形状の印加電圧を与えてやればよい。ピエゾ素子52についても同様である。
【0021】
検出器6は、フォトダイオードまたはイメージセンサなどの光検出器である。検出器6は、ミラー42から取り出された微弱な透過光を検出し、その検出結果を示す信号(検出信号)をコントローラ7に出力する。
【0022】
コントローラ7は、CPU(Central Processing Unit)またはFPGA(Field-Programmable Gate Array)などのプロセッサ71と、ROM(Read Only Memory)およびRAM(Random Access Memory)などのメモリ72と、入出力ポート(図示せず)とを含む。コントローラ7は、ガス吸収分光システム100を構成する各機器を制御する。より具体的には、コントローラ7は、レーザ光の発振周波数を走査するための指令をレーザドライバ12に出力したり、レーザ光を遮断するための指令を光スイッチ2に出力したりする。コントローラ7は、サンプルガスをセル3に導入するための指令を導入バルブ33に出力したり、サンプルガスをセル3から排出するための指令を排出バルブ34に出力したりする。コントローラ7は、ミラー41,42を変位させるための電圧をピエゾ素子51,52に印加する。また、コントローラ7は、サンプルガスに含まれる目的成分の濃度(絶対濃度)を検出器6からの検出信号に基づいて算出するための各種データ処理を実行する。
【0023】
なお、コントローラ7は、本開示に係る「制御装置」および「演算装置」に相当する。ただし、コントローラ7は、機能毎に2以上のユニットに分割して構成されていてもよい。たとえば、コントローラ7は、各機器を制御するユニットと、各種データ処理を実行するユニットとに分割されていてもよい。
【0024】
<測定原理>
ガス吸収分光システム100におけるキャビティリングダウン吸収分光法による測定原理について簡単に説明する。一般に、共振器には、共振器に照射される光の周波数が特定の周波数である場合に共振が生じるとの共振条件が存在する。以下、共振器4に照射されるレーザ光の周波数と「レーザ周波数」と呼ぶ。共振器4により共振が生じ得る光の周波数を「モード周波数」と呼ぶ。
【0025】
図2は、モード周波数を説明するための概念図である。図2に示すように、モード周波数は所定の周波数間隔で存在する。以下、複数のモード周波数のうちの隣合う2つのモード周波数の間隔を「自由スペクトル間隔」(FSR:Free Spectral Range)と称する。
【0026】
レーザ周波数がいずれかのモード周波数と一致しない場合には、共振器4内に光のパワーは蓄えられない。一方、レーザ周波数がいずれかのモード周波数と一致すると、共振器4内に光のパワーが蓄えられる。
【0027】
レーザ光のパワーが共振器4内に十分に蓄積された後、共振器4に照射されるレーザ光を光スイッチ2により急峻に遮断する。そうすると、遮断直前に共振器4内に蓄えられていた光は、ミラー41とミラー42との間を多数回(通常、数千~数万回)往復する。この光は、ミラー41,42の間を往復するうちにサンプルガス中の目的成分による吸収によって徐々に減衰する。その際に、ミラー42から漏れ出る透過光の減衰を検出器6によって検出する。キャビティリングダウン吸収分光法では、光がサンプルガスを通過する距離(実行光路長)を共振器4を用いて長くすることで、目的成分による光吸収が極めて僅かであっても、その光吸収を検出できる。
【0028】
コントローラ7は、検出器6からの検出信号に基づいて光の減衰の時定数を求める。この時定数は「リングダウン時間」と呼ばれる。詳細は後述するが、リングダウン時間から、そのときのレーザ周波数における目的成分の吸収係数αを算出できる。レーザ周波数を走査して同様の測定を繰り返すことにより、目的成分の吸収スペクトルを作成することも可能である。さらに、吸収係数αから目的成分の濃度を算出できる。
【0029】
<エタロン効果>
一般に、キャビティリングダウン吸収分光法においては、共振器を構成するミラーの表面(おもてめん)以外の間でも光の反射が起こることで「エタロン効果」が生じ得る。
【0030】
図3は、エタロン効果を説明するための図である。図3には1つの例示として、実施の形態1に係るガス吸収分光システム100のうちエタロン効果に関連し得る箇所を抜き出して図示している。
【0031】
図3を参照して、たとえば、ミラー41の表面と裏面との間で反射が起こり得る。ミラー42の表面と裏面との間でも反射が起こり得る。また、ミラー41の表面と光スイッチ2の前面との間でも反射が起こり得る。さらに、ミラー42の表面と検出器6の光検出面との間でも反射が起こり得る。このように様々な箇所で発生した反射光は、共振器4内で迷光となる。その結果、吸収スペクトルのベースラインにノイズが重畳し、ガス吸収分光システム100の分光精度が低下する可能性がある。
【0032】
<ミラー走査>
本実施の形態においては、コントローラ7がピエゾ素子51,52を制御することでミラー41,42を変位させ、それにより共振器長L1を変化させることが可能である。コントローラ7は、以下に説明するように、共振器長L1が所定量だけ変化するようにミラー41,42を走査する。
【0033】
図4は、実施の形態1におけるミラー41,42の走査手法を示すタイムチャートである。図4において、横軸は経過時間を表す。縦軸は上から順に、ミラー41の変位量、ミラー42の変位量、および、ミラー41とミラー42との間の距離(=共振器長L1)の変化量を表す。
【0034】
図4を参照して、実施の形態1では、ミラー41とミラー42とを互いに同期させて走査する(同期走査)。すなわち、ミラー41の変位周波数とミラー42の変位周波数とは等しい。ミラー41の変位量(絶対値)とミラー42の変位量(絶対値)とは等しい。ミラー41の変位方向とミラー42の変位方向とは逆向きである。
【0035】
この例では、三角波形状に各ミラー41,42を変位させる。より詳細には、たとえば時刻t0から時刻t1までの期間、ミラー41は、ミラー42から遠ざかる方向(図1では左方向)に一定速度で変位する。もう一方のミラー42も、ミラー41から遠ざかる方向(右方向)に同じ速度で変位する。その後の時刻t1から時刻t2までの期間、ミラー41は、ミラー42に近付く方向(右方向)に一定速度で変位する。ミラー42は、ミラー41に近付く方向(左方向)に同じ速度で変位する。
【0036】
ただし、ミラー41,42の変位速度が一定である(すなわち、ミラー41,42の変位量が時間的に線形に増加・減少する)ことは必須ではない。ミラー41,42が連続的に変位するのであれば、ミラー41,42の変位速度が途中で変更されてもよい。たとえば、ミラー41,42の変位量が曲線状に増加・減少してもよい。また、コントローラ7は、ミラー41,42が互いに非同期で変位するように制御してもよい(非同期走査)。
【0037】
このように両方のミラー41,42を変位させた場合、共振器長L1は、ミラー41の変位量とミラー42の変位量とを足し合わせた分だけ変化する。ミラー41,42の変位量は、共振器長L1がレーザ光の波長λ程度変化するように定められている。より詳細には、共振器長L1の変化量ΔL1は、レーザ光の半波長(λ/2)よりも大きく、かつ、レーザ光の波長λよりも小さい。この例では、共振器長L1の変化量ΔL1は、レーザ光の波長λよりも僅かに(2%程度)小さい。
【0038】
そうすると、ミラー41,42を走査する半周期の間に共振器4の共振条件が2回成立することになる。時刻t1と時刻t2との期間を例に説明すると、時刻taにおいて、共振器長L1がレーザ光の半波長(λ/2)のn倍(nは自然数)になり、1回目の共振条件が成立する。さらに、時刻tbにおいて、共振器長L1がレーザ光の半波長(λ/2)の(n+1)倍になり、2回目の共振条件が成立する。
【0039】
<モード周波数のシフト>
2回の共振条件をレーザ光の波長に代えて共振器4のモード周波数を用いて説明することもできる。共振器長L1の変化量ΔL1を前述のように設定することで、共振器4に照射されるレーザ光の周波数(レーザ周波数)νと共振器4のモード周波数とが下記条件を満たす。
【0040】
図5は、ミラー41,42の走査に伴うモード周波数のシフトの様子を説明するための概念図である。図5を参照して、この例では説明の便宜上、共振器4が5つのモード周波数ν1~ν5を有するとする。
【0041】
ミラー41,42の走査開始時刻t0において、レーザ周波数νは、モード周波数ν2とモード周波数ν3との間に位置している。時刻t0から時刻t1までの期間、ミラー41,42を互いに遠ざかる方向に変位させる(共振器長L1を増加させる)。そうすると、モード周波数ν1~ν5は低周波シフトする。
【0042】
時刻taにおいて、レーザ周波数νとモード周波数ν3とが一致する。そのため、レーザ光のパワーが共振器4内に蓄えられ、前述の測定原理に従って、光の減衰を表す検出信号が検出器6から取得される。その後、時刻tbにおいて、レーザ周波数νとモード周波数ν4とが一致する。この場合にも光の減衰を表す検出信号が検出器6から取得される。
【0043】
続く時刻t1から時刻t2までの期間、ミラー41,42を互いに近付く方向に変位させる(共振器長L1を減少させる)。そうすると、モード周波数ν1~ν5は高周波シフトする。この間、時刻tcにおいて、レーザ周波数νとモード周波数ν4とが一致することで光の減衰を表す検出信号が取得される。さらに、時刻tdにおいて、レーザ周波数νとモード周波数ν3とが一致することで光の減衰を表す検出信号が取得される。
【0044】
このように、コントローラ7は、検出器6からの検出信号を受けながら、ミラー41,42を変位させることでモード周波数ν1~ν5を低周波または高周波数シフトさせる。ミラー41,42の変位は、検出器6からの検出信号を受けている期間中にだけでなく、それ以外の期間中(検出器6からの検出信号を受けていない期間)にも続けられる。
【0045】
レーザ周波数νとモード周波数ν3(またはν4)とが一致する位置にミラー41,42の変位量をピンポイントで制御することをことも考えられる。しかしながら、レーザ周波数νは、レーザ光源1の状態にもよるが、ある程度ランダムに変化し得る。また、共振器4の環境温度または共振器4に加わる振動等の影響により、共振器長L1は時間的にドリフトし得る。したがって、レーザ周波数νとモード周波数ν3とが厳密に一致するようにミラー41,42の変位量を制御することは難易度が高い。
【0046】
一方、本実施の形態においては、図3にて説明したようにミラー41,42を連続的に変位させる。より詳細に説明すると、ステッピングモータには制御可能な最小のステップ幅が存在するのに対し、ピエゾ素子51,52を用いると、連続的な電圧を印加することでミラー41,42を連続的に変位させることができる。そうすると、ミラー41,42を走査している間にレーザ周波数νとモード周波数ν3とが一致する状態が必然的に生じる。このように、本実施の形態によれば、より簡易な制御で共振器4の共振条件を成立させることができる。
【0047】
なお、キャビティリングダウン吸収分光法において、サンプルガス中の目的成分による典型的な光吸収はマイクロ秒オーダーで起こる。これに対し、ミラー41,42の各々の変位量は数μm程度(この例では4μm)であり、ミラー41,42の変位周波数は数十Hz~数百Hz程度(この例では100Hz,200Hzなど)である。このことから、目的成分による光吸収が起こる短時間にミラー41,42が変位する量はナノメートル以下(ピコメートルオーダー)であることが見積もられる。したがって、検出器6からの検出信号において光の減衰が観測されている期間、ミラー41,42は静止していると見なすことができる。
【0048】
<エタロン効果の抑制>
続いて、ミラー41,42の走査によりエタロン効果が抑制される理由について説明する。ガス吸収分光システム100においては、まず、レーザ周波数νを初期値に設定し、検出器6から検出信号を取得しながらミラー41,42を変位させる。次に、レーザ周波数νを変更し、同様の測定を実施する。その後も所定範囲(「走査周波数域」とも記載する)内でのレーザ周波数νの走査が完了するまで同様の測定を繰り返す。
【0049】
各レーザ周波数νでの検出器6からの検出信号には、そのレーザ周波数νでのサンプルガス中の目的成分による光吸収に伴って光が減衰する様子が反映されている。そのため、検出信号に基づいて、目的成分による光の減衰率β[単位:s-1]を算出できる。減衰率βは下記式(1)のように表される。
β-β=σNc+Δβ ・・・(1)
【0050】
式(1)において、セル3内に充満するサンプルガス中の目的成分による光の減衰率をβで表す。セル3内に光吸収物質が存在しない状態(バックグラウンド測定時)における光の減衰率をβで表す。σは目的成分の吸収断面積であって、既知の値である。Nは目的成分の数密度(最終的に求めようとしているパラメータ)である。cは光速である。
【0051】
誤差Δβは、減衰率βのばらつきを表し、正値も負値も取り得る。図3にて説明したような様々な反射光に起因するエタロン効果は、誤差Δβ(の絶対値)の増加を引き起こす種々の要因のうちの1つである。
【0052】
図6は、ミラー41,42の走査が反射光に与える影響を説明するための図である。図6を参照して、共振器4のモード周波数ν3とモード周波数ν4との間の差は、レーザ光の半波長(λ/2)に相当する。そのため、ミラー41と光スイッチ2との間で発生する反射光を例に説明すると、レーザ周波数νとモード周波数ν3とが一致している場合と、レーザ周波数νとモード周波数ν4とが一致している場合とでは、当該反射光の位相が180°だけずれている。このように、ミラー41,42を走査することで、振幅が等しく、かつ、位相が180°ずれた2通りの反射光を発生させることができる。
【0053】
ここでは特定の箇所で発生する反射光を例に説明したが、図3にて説明したように、エタロン効果の元となる反射光は様々な箇所で発生し得る。そこで、本実施の形態では両方のミラー41,42を走査する。これにより、各箇所において、振幅が等しく位相が逆である2通りの共振パターンが得られる。つまり、ミラー41と光スイッチ2との間で発生する反射光に限らず、たとえばミラー42と検出器6との間で発生する反射光に関しても、等振幅・逆位相の2通りの共振パターンを得ることができる。
【0054】
図7は、吸収スペクトルにおける誤差の低減を説明するための図である。図7において、横軸はレーザ周波数νを表す。横軸をレーザ光の波数に読み替えることも可能である。縦軸は減衰率βである。
【0055】
レーザ周波数νを走査すると、レーザ周波数ν毎に、2つのモード周波数(ν3,ν4など)に対応して2通りの検出信号が取得される。これら2通りの検出信号からは2通りの減衰率βが算出される。図7では、一方の減衰率βを実線で示し、他方の減衰率βを破線で示している。
【0056】
図6にて説明したように、実線で示す減衰率βは、ある位相の反射光から生じるエタロン効果に起因する誤差を含む。これに対し、破線で示す減衰率βは、上記位相とは逆位相の反射光から生じるエタロン効果に起因する誤差を含む。レーザ周波数ν毎に実線で示す減衰率βと破線で示す減衰率βとを足し合わせると、エタロン効果に起因する誤差が打ち消し合う。その結果、誤差Δβが低減されるので、減衰率βの算出精度が向上する。よって、ガス吸収分光システム100の分光精度を向上させることができる。
【0057】
<モード周波数のシフト幅の設定>
ミラー41,42を連続的に走査する場合、共振器4の共振条件が時々刻々と変化する。次に、共振条件の変化を考慮した共振器長L1の変化量ΔL1(言い換えると、モード周波数のシフト幅)の設定手法について説明する。
【0058】
図8は、モード周波数のシフト幅の設定手法を説明するための第1の図である。図8を参照して、前述のように、ミラー41,42の走査中に共振条件が2回成立するようにするためには、共振器長L1の変化量ΔL1をレーザ光の半波長(λ/2)よりも大きく、かつ、波長λよりも小さく設定すればよい。このことは、モード周波数のシフト幅をFSRの1倍超かつ2倍未満に設定することに相当する。そうすることで、図8に示す例では、モード周波数が低周波シフトする場合、レーザ周波数νが2つのモード周波数ν3,ν4に順に一致する。一方で、レーザ周波数νがモード周波数ν5に一致することはない。
【0059】
仮に、低周波シフトに伴ってレーザ周波数νが3つのモード周波数ν3~ν5に順に一致した場合、同位相の2つの共振パターンと、逆位相の1つの共振パターンとが生じる。この場合、エタロン効果に起因する誤差が打ち消し合わずに残ってしまう。そのため、レーザ周波数νが3つのモード周波数ν3~ν5と一致することは避けることが望ましい。
【0060】
FSRと共振器長L1との間には下記式(2)に示す関係がある。なお、共振器長L1の変化に伴いFSRも変化し得るが、FSRの変化量は通常は無視できるレベルである。
FSR=c/2L1 ・・・(2)
【0061】
式(2)より、共振器長L1が長いほどFSRが小さいことが理解される。したがって、レーザ周波数νが3つのモード周波数に一致する可能性は、共振器長L1が最長になり、FSRが最小になった場合に最も高いと言える。
【0062】
そこで、本実施の形態においては、モード周波数のシフト幅は、FSRが最小値である場合のFSRの1倍超かつ2倍未満に設定される。これにより、ミラー41,42の走査に伴ってFSRが増減してもレーザ周波数νが3つのモード周波数に一致しないことを担保できる。
【0063】
続いて、モード周波数のシフト幅について説明する。レーザ周波数νを走査周波数域内で走査する場合、レーザ周波数νを変更する度にモード周波数のシフト幅を変更することも考えられる。しかし、本実施の形態では、レーザ周波数νに拘わらずモード周波数のシフト幅を固定する。
【0064】
図9は、モード周波数のシフト幅の設定手法を説明するための第2の図である。図9を参照して、モード周波数のシフト幅は、FSRの1倍超かつ2倍未満の範囲内でも特に、FSRの2倍に近い値(2倍から微小量だけ小さな値)に設定することが好ましい。この例では、モード周波数のシフト幅は、FSRの1.96倍に設定される。
【0065】
図9に示す例では、レーザ周波数を次第に上昇させていった結果、レーザ周波数がν’に設定されている。モード周波数の低周波シフト前であるが、レーザ周波数ν’は、モード周波数ν3よりも僅かに高い。この場合、モード周波数を低周波シフトさせてもレーザ周波数ν’がモード周波数ν3に一致することはない。しかしながら、モード周波数のシフト幅をFSRの2倍に近い値に設定しておくことで、レーザ周波数ν’がモード周波数ν4と一致した後に、さらにモード周波数ν5に一致する。このように、モード周波数のシフト幅をFSRの2倍に近い値に設定することで、より確実に、レーザ周波数νを2つのモード周波数に一致させることができる。
【0066】
<測定フロー>
図10は、実施の形態1におけるガス吸収分光測定を示すフローチャートである。このフローチャートは、所定条件の成立時(たとえば測定者が図示しない測定開始ボタンを押した場合)にメインルーチンから呼び出されて実行される。各ステップは、コントローラ7によるソフトウェア処理により実現されるが、コントローラ7内に作製されたハードウェア(電気回路)により実現されてもよい。以下、ステップを「S」と略す。
【0067】
図10を参照して、S1において、コントローラ7は、サンプルガス中の目的成分の種類を特定するための情報を受け付ける。たとえば、測定者がキーボードまたはマウスなどの入力機器(図示せず)を操作することで目的成分の種類を入力できる。
【0068】
サンプルガス中の目的成分の種類に応じて、レーザ周波数νを走査周波数域が目的成分による吸収ピーク付近に予め定められている。さらに、目的成分の種類毎に、ミラー41,42の走査条件(ミラー41,42の変位量および変位周波数)が定められている。このような事前に定められた測定条件はコントローラ7内のメモリ72に格納されている。
【0069】
S2において、コントローラ7は、目的成分に応じたレーザ光の走査周波数域をメモリ72から読み出す。また、コントローラ7は、目的成分を応じたミラー41,42の走査条件をメモリ72から読み出す。
【0070】
S3において、コントローラ7は、排出バルブ34が閉鎖された状態で導入バルブ33を開放することで、サンプルガスをセル3に導入する。セル3には、セル3の内圧を測定する圧力センサ(図示せず)が設けられている。圧力センサにより測定された内圧が所定値に達すると、コントローラ7は、導入バルブ33を閉鎖する。これにより、セル3内がサンプルガスにより充満する。
【0071】
S4において、コントローラ7は、レーザ光源1におけるレーザ光の発振周波数(レーザ周波数)νを設定する。より詳細には、レーザ周波数νと、そのレーザ周波数νでQCL11を発振させるために必要なQCL11への駆動電流との間の対応関係が予め求められている。この対応関係を参照することで、コントローラ7は、所望のレーザ周波数νに対応する駆動電流を出力させるための指令をレーザドライバ12に出力する。
【0072】
S5において、コントローラ7は、S2にて読み出した変位量および変位周波数でミラー41,42を走査するようにピエゾ素子51,52を制御しながら、S4にて設定したレーザ周波数νのレーザ光をサンプルガスに照射するようにレーザドライバ12を制御する。この間、コントローラ7は、光スイッチ2に所定のタイミングでレーザ光を遮断させる。コントローラ7は、レーザ光を遮断する直前から所定の時間が経過するまでの間、検出器6からの検出信号を受信して、光の減衰の様子を表すデータを収集する。そして、コントローラ7は、収集したデータに基づいて、上記レーザ周波数νにおけるサンプルガスのリングダウン時間τを算出する。
【0073】
S6において、コントローラ7は、目的成分に応じて定められた走査周波数域でのレーザ周波数νの走査が完了したかどうかを判定する。レーザ周波数νの走査が完了していない場合(S6においてNO)、コントローラ7はレーザ周波数νを所定の走査幅Δνだけインクリメントし(S7)、処理をS4に戻す。なお、レーザ周波数νの走査態様は特に限定されない。インクリメントに代えてデクリメントしてもよいし、走査幅Δνも固定幅でなくてもよい。
【0074】
レーザ周波数の走査が完了すると(S6においてYES)、コントローラ7は処理をS8に進める。S8において、コントローラ7は、S5にて測定した各レーザ周波数νでのリングダウン時間τに基づいて、サンプルガスの吸収スペクトルを作成する。より詳細には、コントローラ7は、レーザ周波数ν毎に、下記式(3)に従って吸収係数αを算出する。
α=1/c{(1/τ)-(1/τ)} ・・・(3)
【0075】
式(3)では、サンプルガスがセル3内に充満した状態でのリングダウン時間をτで表す。サンプルガスがセル3に導入されていない状態(たとえば真空状態)でのリングダウン時間をτで表す。各レーザ周波数νにおけるリングダウン時間τの値は既知である。したがって、上記式(2)を用いることで、レーザ周波数ν毎に、リングダウン時間τから吸収係数αを算出できる。
【0076】
目的成分の吸収係数αと吸収断面積σと数密度Nとの間の関係は下記式(4)のように表される。したがって、減衰率βを表す上記式(1)は、吸収係数αを用いて下記式(5)のように変形される。
α=σN ・・・(4)
β-β=cα+Δβ ・・・(5)
【0077】
式(2)に従って算出した吸収係数αをレーザ周波数νの順に並べる。これにより、横軸をレーザ周波数ν(波数であってもよい)とし、縦軸を減衰率βまたは(β-β)とするサンプルガスの吸収スペクトルを作成できる。
【0078】
S9において、コントローラ7は、サンプルガス中の目的成分の絶対濃度(数密度N)を上記式(3)に従って算出する。たとえば、吸収スペクトルのカーブフィッティングによりピーク周波数を求め、そのピーク周波数における吸収係数αから数密度Nを算出できる。
【0079】
S10において、コントローラ7は、排出バルブ34を開放し、排出バルブ34の後段に設置された真空ポンプ(図示せず)を用いてセル3内のサンプルガスを排出する。これにより一連の処理が終了する。その後、コントローラ7は処理をメインルーチンに戻す。
【0080】
以上のように、実施の形態1においては、ミラー41,42にそれぞれ設けられたピエゾ素子51,52を制御することで、共振器長L1をレーザ光の波長λだけ変化させる。これにより、複数のモード周波数がシフトし、そのうちの隣接する2つのモード周波数(図5ではモード周波数ν3,ν4)がレーザ周波数νと順に一致する。一方のモード周波数がレーザ周波数νと一致した場合と、もう一方のモード周波数がレーザ周波数νと一致した場合とでは、エタロン効果を引き起こす反射光毎に、振幅が等しく、かつ、位相が180°だけずれた共振パターンが生じている。したがって、上記2つのモード周波数での測定結果(減衰率β)を足し合わせることで、誤差(Δβ)に含まれるエタロン効果由来の成分が相殺される。よって、実施の形態1によれば、エタロン効果を抑制できる。
【0081】
なお、実施の形態1では、ミラー41,42が同期制御されると説明した(図4参照)。しかし、ミラー41の変位とミラー42の変位とが完全に同期していなくてもよいし、非同期であってもよい。また、ミラー41,42の同期制御に一定程度の誤差が生じていてもエタロン効果を抑制可能である。
【0082】
[実施の形態1の変形例]
図11は、実施の形態1の変形例に係るガス吸収分光システムの全体構成を概略的に示すブロック図である。図11を参照して、ガス吸収分光システム101は、ミラー41を変位させるためのピエゾ素子51が設けられていない点において、実施の形態1に係るガス吸収分光システム100(図1参照)と異なる。つまり、ガス吸収分光システム101は、ミラー42のみを変位させる。この場合のミラー42の変位量は、実施の形態1におけるミラー41の変位量(=λ/2)とミラー42の変位量(=λ/2)との合計(=λ)になるように定められる。
【0083】
このように、共振器長L1を変化させることが可能であれば、両方のミラー41,42を変位させることは必須ではない。ただし、より効果的にエタロン効果を抑制する観点からは、ミラー41,42のうちの一方のみを変位させるよりも両方のミラー41,42を変位させる方が望ましい。本変形例のようにミラー42を変位させる一方でミラー41は固定されたままである場合、ミラー42で生じる反射光に由来するエタロン効果は抑制できるものの、ミラー41で生じる反射光に由来するエタロン効果は抑制されずに残るためである。実施の形態1のように両方のミラー41,42を変位させることで、ミラー42で生じる反射光に由来するエタロン効果に限らず、ミラー41で生じる反射光に由来するエタロン効果も抑制できる。
【0084】
[実施の形態2]
実施の形態1では、2枚のミラー41,42を含むファブリペロー型の共振器4を用いる構成について説明した。実施の形態2においては、3枚のミラーを含むリング型の光共振器を採用する構成について説明する。
【0085】
図12は、実施の形態2に係るガス吸収分光システムの全体構成を概略的に示すブロック図である。図12を参照して、ガス吸収分光システム200は、共振器4に代えて共振器8を備える点において、実施の形態1に係るガス吸収分光システム100(図1参照)と異なる。なお、図12では、図面が煩雑になるのを避けるため、セル3に設けられる、サンプルガスの導入/排出機構の図示を省略している。
【0086】
共振器8は、セル3の内部に配置された3枚のミラー81~83を含む。共振器8に照射されたレーザ光は、ミラー81-ミラー82-ミラー83-ミラー81-ミラー82-ミラー83-・・・と順に反射を繰り返す。ミラー81,82は平面鏡である。ミラー83は凹面鏡である。ミラー81とミラー82との間の距離と、ミラー83とミラー82との間の距離とは等しい。この距離を「共振器長L2」と記載する。
【0087】
ミラー83にはピエゾ素子9が設けられている。ピエゾ素子9は、コントローラ7からの指令に従ってミラー83を変位させる。これにより、共振器長L2を変化させることが可能である。実施の形態2におけるミラー83の変位量は、共振器8全体での共振器長L2の変化量がレーザ光の波長λになるように、実施の形態1におけるミラー41,42の変位量(=λ/2)と等しく定められる。なお、ピエゾ素子9にはドーナツ状の穴は設けられていない。
【0088】
ガス吸収分光システム200の上記以外の構成は、実施の形態1に係るガス吸収分光システム100の対応する構成と同等である。また、実施の形態2におけるガス吸収分光方法も実施の形態1における方法(図10参照)と同等である。そのため、詳細な説明は繰り返さない。
【0089】
なお、ミラー81は、本開示に係る「第1のミラー」に相当する。ミラー82は、本開示に係る「第3のミラー」に相当する。ミラー83は、本開示に係る「第2のミラー」に相当する。
【0090】
実施の形態2においても、ミラー83に設けられたピエゾ素子9を制御することで、共振器長L2をレーザ光の波長λ程度変化させる。これにより、モード周波数がシフトし、モード周波数のうちの隣接する2つのモード周波数がレーザ周波数νと順に一致する。これにより、実施の形態1と同様に、エタロン効果を引き起こす反射光毎に、振幅が等しく、位相が逆の共振パターンが生じる。その結果、誤差Δβに含まれるエタロン効果由来の成分が相殺される。よって、実施の形態2によっても、エタロン効果を抑制できる。
【0091】
<付記>
本実施形態は以下のような開示を含むことが当業者により理解されるであろう。
【0092】
本開示のある局面に従うガス吸収分光システムは、セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を求めるためのシステムである。ガス吸収分光システムは、共振器と、光源と、駆動装置と、検出器と、制御装置とを備える。共振器は、セルの内部において光が互いの間で反射するように配置された第1および第2のミラーを含む。光源は、共振器に照射するためのレーザ光を発し、周波数を可変に構成されている。駆動装置は、第1のミラーと第2のミラーとの間の距離を変更することで、共振器内で光が共振する複数のモード周波数をシフトさせることが可能に構成されている。検出器は、共振器から取り出された光を検出する。制御装置は、検出器から検出信号を受けながら、複数のモード周波数がシフトするように駆動装置を制御する。制御装置は、複数のモード周波数のうちの隣合う2つのモード周波数がレーザ光の周波数に順に一致するように、駆動装置を制御する。
【0093】
複数のモード周波数のシフト量は、隣合う2つのモード周波数の間隔である自由スペクトル間隔(FSR)の2倍よりも小さい。
【0094】
第1のミラーと第2のミラーとの間の距離の変更に伴い、自由スペクトル間隔は増減する。複数のモード周波数のシフト量は、自由スペクトル間隔の最小値の2倍よりも小さい。
【0095】
制御装置は、第1のミラーと第2のミラーとが互いに非同期で変位するように、駆動装置を制御する。
【0096】
ガス吸収分光システムは、目的成分の濃度を算出する演算装置をさらに備える。演算装置は、隣合う2つのモード周波数のうちの一方とレーザ光の周波数とが一致する場合に検出信号から算出される目的成分による光の減衰率と、隣合う2つのモード周波数のうちの他方とレーザ光の周波数とが一致する場合に検出信号から算出される目的成分による光の減衰率とを足し合わせる。
【0097】
駆動装置は、第1のミラーを変位させる第1のアクチュエータと、第2のミラーを変位させる第2のアクチュエータとを含む。制御装置は、第1のミラーの変位量と第2のミラーの変位量とが等しく、かつ、第1のミラーの変位周波数と第2のミラーの変位周波数とが等しいように、第1のミラーと第2のミラーとを同期走査する。
【0098】
第1および第2のアクチュエータの各々は、ピエゾ素子である。制御装置は、第1および第2のミラーを連続的に走査する。
【0099】
共振器は、第3のミラーをさらに含む。第3のミラーと第2のミラーとの間の距離は、第1のミラーと第2のミラーとの間の距離と等しい。駆動装置は、第2のミラーを変位させるアクチュエータを含む。制御装置は、第1および第3のミラーを固定しつつ第2のミラーを変位させる。
【0100】
アクチュエータは、ピエゾ素子である。制御装置は、第2のミラーを連続的に変位させる。
【0101】
光源は、量子カスケードレーザである。
【0102】
本開示の他の局面に従うガス吸収分光システムは、セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を求めるためのシステムである。ガス吸収分光システムは、共振器と、光源と、駆動装置と、検出器と、制御装置とを備える。共振器は、セルの内部において光が互いの間で反射するように配置された第1および第2のミラーを含む。光源は、共振器に照射するためのレーザ光を発し、周波数を可変に構成されている。駆動装置は、第1のミラーと第2のミラーとの間の距離を変更することで、共振器の共振器長を変化させることが可能に構成されている。検出器は、共振器から取り出された光を検出する。制御装置は、検出器から検出信号を受けながら、共振器長が変化する駆動装置を制御する。制御装置は、共振器長の変化量がレーザ光の半波長よりも大きく、かつ、レーザ光の波長よりも小さくなるように、共振器長を変化させる。
【0103】
本開示のさらに他の局面に従うガス吸収分光方法は、セルに収容されたガス中の目的成分の濃度を共振器を用いて求めるための方法である。共振器は、セルの内部において光が互いの間で反射するように配置された第1および第2のミラーを含む。ガス吸収分光方法は、第1~第3のステップを含む。第1のステップは、周波数を可変に構成された光源からのレーザ光を共振器に照射するステップとである。第2のステップは、共振器から取り出された光の検出信号を受けるステップである。第3のステップは、受けるステップの実行中に、第1のミラーと第2のミラーとの間の距離を変更することで、共振器内で光が共振する複数のモード周波数をシフトさせるステップである。シフトさせるステップ(第3のステップ)は、複数のモード周波数のうちの隣合う2つのモード周波数がレーザ光の周波数に順に一致するように、複数のモード周波数をシフトさせるステップである。
【0104】
複数のモード周波数のシフト量は、隣合う2つのモード周波数の間隔である自由スペクトル間隔の2倍よりも小さい。
【0105】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0106】
1 レーザ光源、11 QCL、12 レーザドライバ、2 光スイッチ、3 セル、31 導入管、32 排出管、33 導入バルブ、34 排出バルブ、4 共振器、41,42 ミラー、5 ミラー駆動装置、51,52 ピエゾ素子、6 検出器、7 コントローラ、71 プロセッサ、72 メモリ、8 共振器、81~83 ミラー、9 ピエゾ素子、100,101,200 ガス吸収分光システム。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12