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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-23
(45)【発行日】2024-01-31
(54)【発明の名称】動物手術用ビニールアイソレータ
(51)【国際特許分類】
   A61D 1/00 20060101AFI20240124BHJP
【FI】
A61D1/00 E
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020000742
(22)【出願日】2020-01-07
(65)【公開番号】P2021108772
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-09-01
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】516092647
【氏名又は名称】株式会社ジック
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今井 都泰
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 宗雄
(72)【発明者】
【氏名】井上 貴史
(72)【発明者】
【氏名】岡原 則夫
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 えりか
【審査官】宮崎 敏長
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2002/0045796(US,A1)
【文献】国際公開第2005/092229(WO,A1)
【文献】特開2019-115324(JP,A)
【文献】国際公開第2018/014003(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61D 1/00
A61B 90/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
手術野用窓110を有し、
手術野用窓110が、手術野用窓枠120及び両面粘着フィルム115を有し、
両面粘着フィルム115が、透明軟質塩化ビニールであり、
さらに、観察窓130を有する、
動物に帝王切開手術を行うためのビニールアイソレータであって、
観察窓130が、観察窓枠135及び硬質窓材料140を有し、
観察窓130の硬質窓材料140が透明硬質塩化ビニールである、
前記動物に帝王切開手術を行うためのビニールアイソレータ
を用いて、非ヒト動物320に帝王切開を行うことを含む、無菌動物の作出方法。
【請求項2】
帝王切開が、
(i)非ヒト動物320の腹部を、動物手術用ビニールアイソレータ100の手術野用窓110に密着させる工程、
(ii)動物手術用ビニールアイソレータ100の内部から、メスを使用し、手術野用窓110に張られた両面粘着フィルム115ごと非ヒト動物320の腹部を切開する工程、
(iii)動物手術用ビニールアイソレータ100の内側から、切開した両面粘着フィルム115及び非ヒト動物320の部分をピンセットで挟んでクリップ止めにし、ビニールアイソレータ内の無菌状態が維持されるようにする工程、及び、
(iv)切開した腹部から胎仔を動物手術用ビニールアイソレータ100内へと摘出する工程、
を含む、請求項に記載の作出方法。
【請求項3】
前記工程(i)の前に、
(i-1)非ヒト動物320の腹部の毛を予め剃っておく工程、
(i-2)毛を剃った動物の腹部330を消毒しておく工程、
をさらに含む、請求項に記載の作出方法。
【請求項4】
前記非ヒト動物320に帝王切開手術を行うためのビニールアイソレータ100が、連結部210を介して、蘇生用ビニールアイソレータ200に連結されており、さらに、
(v)摘出した胎仔を蘇生用ビニールアイソレータ200に移し、蘇生用ビニールアイソレータ200内で胎仔の表面を洗浄し、蘇生を行う工程、
を含む、請求項又はに記載の作出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物手術用ビニールアイソレータに関する。
【背景技術】
【0002】
実験動物が病源性微生物等特定の微生物に汚染されると繁殖成績や実験結果に大きな影響が出る。汚染された動物から病源微生物を除く方法として、従来、帝王切開法と子宮切断法が知られている。
【0003】
小動物の人工出産は、一般的に子宮切除術により行われてきた。一般的な子宮切除術を挙げると、
(i)母体を頸椎脱臼等により安楽死する工程、
(ii)動物の頸椎部分を鉗子で止め、ヨードチンキ等の消毒液の槽に浸す工程、
(iii)消毒後、ヨードチンキ槽から動物を引き上げ、動物表面の消毒液を拭き取る工程、
(iv)動物を解剖台の上にのせて仰向けにし、手足を固定する工程、
(v)ピンセットで腹部中央の腹筋をつまみ、ハサミで正中線に沿って表皮と真皮を同時に切り剣状突起まで切開する工程、
(vi)子宮を取り出す工程、
(vii)鉗子で左右の卵管と膣側を止める工程、
(viii)輪卵管と膣側を止めた鉗子部分の外側をハサミで切断する工程、
(ix)子宮を鉗子で止めた状態で、子宮を摘出する工程、
(x)摘出子宮を消毒液に浸して消毒する工程、を伴う。その後、一般的には、摘出子宮をクリンベンチ内又はビニールアイソレータ内に写し、
(xi)子宮の卵管と膣側の鉗子をはずし、子宮及び羊膜を同時に切開する工程、
(xii)子宮を過酢酸等で洗浄し、薬液槽を通した後、胎仔を摘出する工程、
(xiii)胎仔(新生仔)の体と口腔、鼻孔の羊水を拭き蘇生させる工程、が行われる。
【0004】
このように子宮切除術では、子宮摘出までの工程数が多く、全ての器具をビニールアイソレータ内に配置し、微細な作業を行うのが困難であった。また、子宮内部は基本的には無菌環境であることが知られている。そこで、子宮摘出までの作業をクリンベンチ内で行い、摘出子宮をビニールアイソレータ内又はクリンベンチ内に移し、蘇生を行う方法が採られてきた。
【0005】
しかしながら子宮切除術では、母胎は安楽死させるか、又は麻酔する場合も、再び出産することができないため、実験動物倫理上、必ずしも望ましくない。例えば動物実験では、「Replacement(代替)」、「Reduction(削減)」、「Refinement(改善)」の3Rという理念が提唱されている。Reduction(削減)とは、使用する動物の数を削減することや、科学的に必要な最少の動物数を使用する、という理念である。また、Refinement(改善)は、苦痛を軽減すること、安楽死といった措置をとること、飼育環境を改善することを含む理念である。
【0006】
一方で、帝王切開であれば母胎を安楽死させる必要もなく、再び出産することが可能である。これは上記の3Rの理念に合致するものである。しかしながら帝王切開術では、母胎が無菌動物でない場合、無菌ではない母胎をビニールアイソレータ内にそのまま持ち込んで作業を行っても汚染が生じてしまう可能性が高い。また無菌ではない母胎を完全に殺菌してビニールアイソレータ内に入れることは容易ではない。さらに、殺菌が成功した場合にも、帝王切開術の全行程をビニールアイソレータ内で行うには、装置が大がかりとなり、作業負担が大きくコスト面でも望ましくない。
【0007】
動物、例えば実験動物又は家畜動物を無菌的に出産する簡便な方法及び装置が求められていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題を少なくとも部分的に解決することを課題とする。すなわち、本発明は、簡便な動物手術方法及びそのための装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の問題について鋭意検討した。子宮切除術ではなく帝王切開法を採用するに当たり、一案として実験動物をビニールアイソレータごと切る方法が考えられる。しかしながら、この方法では、ビニールアイソレータが出産毎に使い捨てとなり、高コストとなる上に資源の浪費となり得る。そこで本発明者らはさらに検討した結果、一例として、手術野用窓を有するビニールアイソレータを用いることにより簡便に動物に帝王切開法を行うことができることを見出し、これを一実施形態として包含する本発明を完成させた。
【0010】
さらに、本発明者らは、手術野用窓を有するビニールアイソレータを用いて動物に帝王切開法を行った際に、ビニールアイソレータが波打って光が乱反射し、細かい作業がしにくい、という新規の課題に遭遇した。そこで、本発明者らはさらに検討した結果、一例として、ビニールアイソレータに手術野用窓とは別の観察窓を設けることにより、光の乱反射といった支障なく動物を観察でき手術を素早くできることを見出し、これを一実施形態として包含する本発明を完成させた。
【0011】
本開示は、以下の実施形態を包含する。
[1] 手術野用窓110を有する、動物に帝王切開手術を行うためのビニールアイソレータ。
[2] 手術野用窓110が、手術野用窓枠120及び両面粘着フィルム115を有する、実施形態1に記載のビニールアイソレータ。
[3] 両面粘着フィルム115が、透明軟質塩化ビニールである、実施形態2に記載のビニールアイソレータ。
[4] さらに、観察窓130を有する、実施形態1~3のいずれかに記載のビニールアイソレータ。
[5] さらに、連結部210を介して蘇生用ビニールアイソレータ200に連結されている、実施形態1~4のいずれかに記載のビニールアイソレータ。
[6] 蘇生用ビニールアイソレータ200が観察窓130を有する、実施形態5に記載のビニールアイソレータ。
[7] 観察窓130が、観察窓枠135及び硬質窓材料140を有する、実施形態4~6のいずれかに記載のビニールアイソレータ。
[8] 観察窓130の硬質窓材料140が透明硬質塩化ビニールである、実施形態7に記載のビニールアイソレータ。
[9] 実施形態1~8のいずれかに記載のビニールアイソレータを用いて、非ヒト動物320に帝王切開を行うことを含む、無菌動物の作出方法。
[10] 帝王切開が、
(i)動物320の腹部を、動物手術用ビニールアイソレータ100の手術野用窓110に密着させる工程、
(ii)動物手術用ビニールアイソレータ100の内部から、メスを使用し、手術野用窓110に張られた両面粘着フィルム115ごと動物320の腹部を切開する工程、
(iii) 動物手術用ビニールアイソレータ100の内側から、切開した両面粘着フィルム115及び動物320の部分をピンセットで挟んでクリップ止めにし、ビニールアイソレータ内の無菌状態が維持されるようにする工程、
(iv)切開した腹部から胎仔を動物手術用ビニールアイソレータ100内へと摘出する工程、
を含む、実施形態9に記載の作出方法。
[11] 前記工程(i)の前に、
(i-1)動物320の腹部の毛を予め剃っておく工程、
(i-2)毛を剃った動物の腹部330を消毒しておく工程、
をさらに含む、実施形態10に記載の作出方法。
[12] 前記動物320に帝王切開手術を行うためのビニールアイソレータ100が、連結部210を介して、蘇生用ビニールアイソレータ200に連結されており、さらに、
(v)摘出した胎仔を蘇生用ビニールアイソレータ200に移し、蘇生用ビニールアイソレータ200内で胎仔の表面を洗浄し、蘇生を行う工程、
を含む、実施形態10又は11に記載の作出方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の効果として、簡便に帝王切開法を動物に施すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】動物手術用ビニールアイソレータ100の平面図である。寸法は例示である。
図2】動物手術用ビニールアイソレータ100の正面図である。寸法は例示である。
図3】動物手術用ビニールアイソレータ100の右側面図である。寸法は例示である。
図4】動物手術用ビニールアイソレータ100の底面図である。寸法は例示である。
図5】手術台300の平面図である。寸法は例示である。
図6】手術台300の正面図である。寸法は例示である。
図7】手術台300の右側面図である。
図8】動物手術用ビニールアイソレータ100を用いた帝王切開方法の写真である。
図9】動物手術用ビニールアイソレータ100を用いた帝王切開方法の写真である。両面粘着フィルム115に、腹部の毛を剃った動物320を密着させてある。
図10-1】動物手術用ビニールアイソレータ100及び蘇生用ビニールアイソレータ200を連結した写真である。
図10-2】連結された、動物手術用ビニールアイソレータ100及び蘇生用ビニールアイソレータ200の模式図である。動物320の毛を剃った腹部330を両面粘着フィルム115の下面に密着させてある。
図11】動物手術用ビニールアイソレータ100の写真である。2つの観察窓は矢印で示してある。
図12】動物手術用ビニールアイソレータ100の正面からの写真である。2つの観察窓130は矢印で示してある。
図13】連結された、従来の無菌ブタ作出アイソレータ500及び4週齢飼育アイソレータ400の写真である。
図14】従来の無菌ブタ作出アイソレータ500の写真である。
図15】従来の無菌ブタ作出アイソレータ500を用いた、子宮摘出術の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のビニールアイソレータ
ある実施形態において、本発明は、動物手術用ビニールアイソレータ100を提供する。動物手術用ビニールアイソレータ100は手術野用窓110を有する。本明細書において、手術野用窓110は、手術用の窓、手術用の枠、手術用窓又は単に手術窓ともいうことができるが、これらの用語は同義とする。手術野用窓110は、手術野用窓枠120を有し、手術野用窓枠120には両面粘着フィルム115を接着させる(張る)ことができる。すなわち、ある実施形態において、手術野用窓110は、手術野用窓枠120及び両面粘着フィルム115を有する。ある実施形態において、手術野用窓110は動物手術用ビニールアイソレータ100の底面又は側面に設けることができる。これにより動物を、例えば動物手術用ビニールアイソレータ100の底面(外界側の面)に密着させることができる。両面粘着フィルム115としては、例えば両面に粘着材料又は接着材料を有する透明軟質塩化ビニール(例えば0.02mm厚、日本ウエーブブロック株式会社製)が挙げられるが、これに限らない。両面粘着フィルム115、例えば透明軟質塩化ビニールは、0.01mm~1mm、0.02mm~0.5mm、例えば0.03mm、例えば0.02mm、例えば0.01mmの厚みを有するものであり得る。
【0015】
動物手術用ビニールアイソレータ100の寸法は、対象となる動物(実験動物又は家畜動物等)の大きさに応じて適宜、設計することができる。ある実施形態において、動物手術用ビニールアイソレータ100は、例えば実験動物がマーモセット又はこれに類似する動物であれば、例えば500~5000cm、500~4000cm、500~3000cm、600~2500cm、700~2000cm、800~1500cm、例えば900~1200cmの長さ、例えば100~3000cm、150~2500cm、200~2000cm、250~1500cm、例えば300~1200cmの幅、例えば200~1000cm、300~900cm、400~800cm、500~700cm、例えば550~600cmの高さを有し得るが、寸法はこれに限らない。
【0016】
別の実施形態において、本発明の動物手術用ビニールアイソレータ100は、観察窓130を有することができる。本明細書において、特に断らない限り、観察窓130は手術野用窓110とは別の窓である。観察窓130は、観察窓枠135及び硬質窓材料140を有する。ある実施形態において、観察窓130は、硬質窓材料140として透明硬質塩化ビニール(0.1mm厚の薄い板)を、接着剤で、観察窓枠135に接着して構成する。硬質窓材料140は光の乱反射(拡散反射)の少ない材料であり得る。ある実施形態において、硬質窓材料140は透明塩化ビニール板であり得るがこれに限らない。本明細書において、乱反射が少ない、とは、ビニールアイソレータのような波打つことのできる軟質材料と比較して乱反射が少ないことをいい、例えば透明硬質塩化ビニールが示す程度に乱反射が少ないことをいう。また、本明細書において硬質窓材料140は光の乱反射が少ないことが好ましいが、このとき、硬質窓材料140が鏡面反射することは許容される。観察窓枠135に硬質窓材料140を取り付ける又は張ることにより観察窓130を構成することができる。ビニールアイソレータのような軟質材料と異なり、硬質窓材料140は波打たないため光の乱反射が少なく、手術のような細かい作業において、光の反射といった支障なく動物を観察でき、手術を短時間で遂行することができる。
【0017】
ある実施形態において観察窓130及び観察窓枠135は円形、例えば略円形又は正円形とすることができる。なお、観察窓130及び観察窓枠135は必ずしも正円形である必要はなく、動物の形状や装置の使用態様に応じて、楕円形、四角形、長方形、正方形等とすることもできる。ある実施形態において、硬質窓材料140は硬質フィルム、例えばビニール板であり得る。観察窓130及び観察窓枠135は、ビニールアイソレータ越しに動物を観察し、帝王切開術を行うことができる程度の寸法であれば、どのような寸法でもよい。ある実施形態において観察窓枠135は、例えば5~50cm、10~40cm、例えば20~30cmの直径(内径)を有する円形であり得るがこれに限らない。ある実施形態において観察窓枠135は、例えば50cm2~8000cm2、300cm2~5000cm2、例えば1200cm2~3000cm2程度の面積(枠の内側の面積)を有する楕円形、四角形、長方形、又は正方形の枠であり得るがこれに限らない。本明細書において、円形の観察窓枠135のことを観察窓リングということがある。ある実施形態において、硬質窓材料140、例えばビニール板、例えば透明硬質塩化ビニール板は、例えば0.01mm~10mm、0.05mm~5mm、0.1mm~3mm、例えば約0.3mm、例えば約0.2mm、例えば約0.1mmの厚みを有するものであり得る。
【0018】
ある実施形態において、動物手術用ビニールアイソレータ100は、観察窓130を1以上、例えば2つ、3つ、又は4つ有し得る。ある実施形態において、観察窓130は動物手術用ビニールアイソレータ100の上部(上面)及び/又は側部(側面)に設けることができる。別の実施形態では、動物手術用ビニールアイソレータ100の上部及び側部の一部を傾斜させ、該傾斜面(傾斜部ともいう)に観察窓130を設けることができる。別の実施形態では、観察窓130は、動物手術用ビニールアイソレータ100の上部、側部、及び/又は傾斜部に設けることができる。それぞれの観察窓130の寸法、形状、及び材料は、同一でも異なってもよい。
【0019】
ある実施形態において、本発明の動物手術用ビニールアイソレータ100は、さらに蘇生用ビニールアイソレータ200をその構成の一部として有しうる。別の実施形態において、本発明の動物手術用ビニールアイソレータ100は、蘇生用ビニールアイソレータ200に連結するための、連結部210を有しうる。連結部210を介して、動物手術用ビニールアイソレータ100を蘇生用ビニールアイソレータ200に連結し得る。ある実施形態において、蘇生用ビニールアイソレータ200は、観察窓130を有する。観察窓130は、観察窓枠135及び硬質窓材料140を有する。観察窓枠135及び硬質窓材料140は、上述のものとすることができる。
【0020】
ある実施形態において、動物を動物手術用ビニールアイソレータ100の底面(外界側の面)に密着させるために、動物を載せる台を使用することができる。本明細書において、このような動物を載せる台を手術台300、或いは帝王切開用保定台ということがある。手術台300は高さを調節することのできる機構、例えばジャッキ310を有し得る。ジャッキ310は動物の大きさに応じて、ネジ式又は油圧式とすることができる。ジャッキ310としてはパンタグラフジャッキ、フロアジャッキ、折りたたみ式ジャッキが挙げられるがこれに限らない。
【0021】
ある実施形態において、本発明の動物手術用ビニールアイソレータ100は、アイソレータ内で帝王切開術を行うための、手袋150を取り付けうる。手袋150は2以上、例えば2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、例えば8つ取り付けることができるがこれに限らない。本発明の動物手術用ビニールアイソレータ100は、ビニールアイソレータが有する通常の構成、例えば搬入及び搬出を行う開閉部、無菌空気を送り込む吸気部及び空気を送り出す排気部を有しうる。搬入及び搬出を行う開閉部は、蘇生用ビニールアイソレータとの連結部を兼ねることができる。開閉部は1以上あってもよい。
【0022】
帝王切開による無菌動物の作出方法
ある実施形態において、本発明の動物手術用ビニールアイソレータ100を用いて、非ヒト動物320に帝王切開を行うことを含む、無菌動物の作出方法が提供される。この作出方法では、動物手術用ビニールアイソレータ100の内部に、滅菌済みの手術器具を一式、配置しておくことができる。また、例えば動物320が体毛を有する場合などは、動物の腹部(腹面)は予め毛を剃っておくことができる(工程(i-1))。また、毛を剃った動物の腹部330は消毒しておくことができる(工程(i-2))。また、動物の体表は予め消毒しておいてもよい。動物が体毛を有しない場合はこれらの工程は省略し得る。次に、動物320を手術台300に載せ、高さを調節する等して、動物320の腹部を、動物手術用ビニールアイソレータ100の手術野用窓110に密着させることができる(工程(i))。また、動物320には予め麻酔を施すことができる。次に、動物手術用ビニールアイソレータ100の内部から、メスを使用し、手術野用窓110に張られた両面粘着フィルム115ごと動物320の腹部を切開する(工程(ii))。本明細書において、両面粘着フィルム115ごと動物320の腹部を切開する、とは、両面粘着フィルム115と動物腹部を一緒に切開することをいう。切開するとき、動物腹部を両面粘着フィルム115に密着させたままにし、動物手術用ビニールアイソレータ100の外部の空気が動物手術用ビニールアイソレータ100内に入らないように操作する。次に、動物手術用ビニールアイソレータ100の内側から、切った両面粘着フィルム115及び動物320の部分をピンセットで挟んでクリップ止めにし、ビニールアイソレータ内の無菌状態が維持されるようにする(工程(iii))。次に切開した腹部から胎仔を動物手術用ビニールアイソレータ100内へと摘出する(工程(iv))。場合により、摘出した胎仔(新生仔)を蘇生用ビニールアイソレータ200に移し、蘇生用ビニールアイソレータ200内で胎仔(新生仔)の表面を洗浄するとともに蘇生を行うことができる(工程v)。蘇生後の胎仔(新生仔)は、例えば無菌環境等、適切な期間、飼育することができる。飼育には、例えば人工哺乳を使用し得る。
【0023】
動物の子宮内は、基本的に無菌的である。しかしながら腸には通常、微生物が存在する。切開時に腸を傷つけると汚染が生じやすいため、好ましくは腸は傷つけないように切開操作を行う。また、腹部切開及び胎仔摘出の後、切開部を縫合するなどして母胎が早期に回復する処置を取り得る。回復した母胎は、子宮が摘出されていないため、再度の出産が可能であり、同じ母胎からの複数回の出産が可能となる。
【0024】
本発明の帝王切開方法、及び本発明の無菌動物の作出方法は、種々の動物に行うことができる。帝王切開を行う動物320は、例えば実験動物、家畜動物、野生動物、遺伝子操作動物、遺伝子組換え動物、クローン動物、ゲノム編集動物等であり得るがこれに限らない。また、ここでいう遺伝子操作動物、遺伝子組換え動物、クローン動物やゲノム編集動物は、第1世代のみならず、その子孫や系統を含み得るものとする。ある実施形態において、帝王切開を行う動物320は、哺乳動物であり得る。哺乳動物としては、マーモセット、マウス、ヌードマウス、ラット、ハムスター、モルモット、テンジクネズミ、フェレット、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ミニブタ、マイクロブタ、アカゲザル、カニクイザル、チンパンジー、ゴリラ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ等が挙げられるがこれに限らない。本明細書において動物320という場合、ヒトは除かれるものとする。すなわち本明細書では非ヒト動物を、単に動物という。
【0025】
本発明の動物手術用ビニールアイソレータにより、必ずしも無菌とは限らない動物から、無菌的に帝王切開術を行うことにより、無菌動物を作出することができる。また、作出される動物は、必ずしも完全に無菌状態である必要はない。例えば、所望により動物としてブタを使用し、本発明の動物手術用ビニールアイソレータにより、SPF(specific pathogen free)ブタを作出することもできる。本発明の動物手術用ビニールアイソレータにより、動物の子宮を切除することなく、胎仔を摘出することができる。また、本発明の動物手術用ビニールアイソレータにより、母胎を安楽死させることなく胎仔を摘出することができる。これは、従来の方法では帝王切開が難しかった動物については特に有利な効果である。すなわち本発明により動物の苦痛を緩和することができ、また、安楽死させる実験動物の数を削減することができる。これらは動物実験の3R理念に合致する、有利な効果をもたらす。
【実施例
【0026】
以下の実施例により本発明をさらに詳述する。下記の実施例は例証のみを目的としたものであり、何ら本発明を制限するものと解釈されてはならない。
【0027】
[実施例1]
帝王切開による無菌マーモセットの作出
手術野用窓110を有する動物手術用ビニールアイソレータ100を用いて、マーモセットに帝王切開術を行った。動物手術用ビニールアイソレータ100の内部に、滅菌済みの手術器具を一式、配置した。マーモセットを麻酔し、その腹部(腹面)の毛を剃り、腹部を消毒した後、手術台300に載せ、手術台300の高さを調節し、腹部を、動物手術用ビニールアイソレータ100の手術野用窓110に密着させた(図9)。次に、動物手術用ビニールアイソレータ100の内部から、メスを使用し、手術野用窓110に張られた両面粘着フィルム115(0.02mm厚、日本ウエーブブロック株式会社製)ごとマーモセットの腹部を切開した。切開するとき、マーモセットの腹部を両面粘着フィルム115に密着させたままにし、動物手術用ビニールアイソレータ100の外部の空気が動物手術用ビニールアイソレータ100内に入らないように操作を行った。次に、動物手術用ビニールアイソレータ100の内側から、切った両面粘着フィルム115及び動物320の部分をピンセットで挟んでクリップ止めにし、ビニールアイソレータ内の無菌状態が維持されるようにした。次に切開した腹部からマーモセットの仔を動物手術用ビニールアイソレータ100内へと摘出した。その後、摘出したマーモセットの仔を蘇生用ビニールアイソレータ200に移し、蘇生用ビニールアイソレータ200内でマーモセットの仔の表面を洗浄するとともに蘇生を行った。蘇生後のマーモセットの仔は、ビニールアイソレータ内で飼育し、無菌であった。
【0028】
[実施例2]
手術野用窓110を有し、さらに観察窓130を有する動物手術用ビニールアイソレータ100を使用し、上記と同じ手順でマーモセットに帝王切開術を行った。観察窓130は透明硬質塩化ビニール(0.1mm厚の薄い板)を接着剤で観察窓枠135に接着したものとした。観察窓130越しに、動物手術用ビニールアイソレータ100内部を観察しながら、実施例1と同じ手順で帝王切開術を行った。摘出したマーモセットの仔を蘇生し、ビニールアイソレータ内で飼育したところ、無菌であった。
【0029】
[比較例]
従来の無菌ブタ作出アイソレータ及び4週齢飼育アイソレータの写真を図13及び14に示す。また、従来の無菌ブタ作出アイソレータを用いた、子宮摘出術の写真を図15に示す。まず、1.アイソレータを滅菌し、2.手術を開始する。次いで3.子宮を摘出し、4.これを過酢酸で洗浄する。その後、5.薬液槽を通し、6.蘇生を開始する。7.蘇生を行い、8.蘇生終了後、ブタ新生仔の9.飼育を行う。飼育は無菌ブタの場合、人工哺乳で4週齢まで行うのが一般的である。従来の子宮摘出では、母胎を安楽死せざるを得なかった。或いは、母胎は再度の妊娠及び出産が不可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により、動物の子宮を切除することなく、また、動物を安楽死させることなく、無菌動物や、特定の病原体を有しない動物(SPF動物)を作出することができる。
【0031】
本明細書においては、特許出願、特許明細書、製造業者のマニュアルを含む文献が引用されることがある。これらの文書の開示は、本発明の特許性に関連するとはみなされないが、その全体を参照により本明細書に組み入れることとする。より詳細には、全ての参照文書を、個別の各文書が参照により組み入れられると具体的かつ個別に示されている場合と同様に、参照により本明細書に組み入れるものとする。
【符号の説明】
【0032】
100 動物手術用ビニールアイソレータ
110 手術野用窓
115 両面粘着フィルム
120 手術野用窓枠
130 観察窓
135 観察窓枠
140 硬質窓材料
150 手袋
200 蘇生用ビニールアイソレータ
210 連結部
300 手術台
310 手術台のジャッキ
320 動物
330 動物の毛を剃った腹部
400 4週齢飼育アイソレータ
500 無菌ブタ作出アイソレータ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10-1】
図10-2】
図11
図12
図13
図14
図15