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  • 特許-耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-23
(45)【発行日】2024-01-31
(54)【発明の名称】耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240124BHJP
   C22C 38/16 20060101ALI20240124BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240124BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240124BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/16
C22C38/54
C21D9/46 F
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020007808
(22)【出願日】2020-01-21
(65)【公開番号】P2021113353
(43)【公開日】2021-08-05
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】柴田 航佑
(72)【発明者】
【氏名】衣笠 潤一郎
(72)【発明者】
【氏名】中田 啓亮
(72)【発明者】
【氏名】白木 厚寛
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-109222(JP,A)
【文献】特開2014-118613(JP,A)
【文献】特開2010-248565(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.280質量%以上、0.404質量%以下、
Si:0質量%以上、0.6質量%以下、
Mn:0質量%超、1.5質量%以下、
Al:0質量%超、0.15質量%以下、
B :0.01質量%以下
Cu:0.5質量%以下
Ni:0.5質量%以下
Ti:0.20質量%以下
N :0質量%超、0.01質量%以下、
P :0質量%超、0.02質量%以下、および
S :0質量%超、0.01質量%以下
を含有し、
更に、Cr:0.01質量%以上、1.0質量%以下と、Ca:0.0010質量%以上、0.005質量%以下のうちの1以上を含有し、
残部がFeおよび不可避不純物からなり、
全金属組織に占めるマルテンサイト組織の割合が95面積%以上、および全金属組織に占めるイプシロン炭化物(ε)とイータ炭化物(η)の合計の割合が1.1体積%以上である、引張強度1700MPa以上の耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。
【請求項2】
V:0.003質量%以上、0.1質量%以下、
Nb:0.003質量%以上、0.1質量%以下、および
Mo:0.003質量%以上、0.5質量%以下よりなる群から選択される少なくとも1種を更に含有する、請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
g:0.0010質量%以上、0.005質量%以下を更に含有する、請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の軽量化と衝突安全性の両立のため、自動車構造材・補強材用の鋼板は更なる高強度化が求められている。しかしながら、鋼板の高強度化に伴い、鋼中への水素の侵入等を起因とする遅れ破壊発生の懸念がある。耐遅れ破壊特性の向上は、種々の観点から試みられており、例えば鋼中の析出物の形態、具体的にはMnSの微細化、炭化物密度の制御を行うことなどが提案されている。
【0003】
例えば特許文献1には、所定の成分、およびSとNの関係を示した式(1)を満たし、組織において、焼き戻しマルテンサイトおよびベイナイトの組織全体に対する面積率が合計で95%以上100%以下であり、圧延方向に伸展および/または点列状に分布した1個以上の長軸:0.3μm以上の介在物粒子により構成され、該介在物粒子が2個以上で構成される場合には該介在物粒子間の距離が30μm以下であり、圧延方向における全長が120μm超である介在物群が0.8個/mm以下であり、アスペクト比が2.5以下であり、長軸が0.20μm以上2μm以下である、Feを主成分とする炭化物が3500個/mm以下であり、前記焼き戻しマルテンサイト組織および/または前記ベイナイトの内部に分布する直径10~50nmの炭化物が0.7×10個/mm以上であり、旧γ粒の平均粒径が18μm以下である、冷延鋼板が示されている。
【0004】
また特許文献2には、所定の成分組成を満たし、鋼組織がマルテンサイト組織単一組織であり、鋼板の表面から(板厚×0.1)深さまでの表層域において、介在物群の配置を定めた、曲げ加工性に優れた高強度冷延鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6112261号公報
【文献】特許第5466576号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1、2では高強度鋼板の耐遅れ破壊特性の改善について検討されているが、より高強度の鋼板、特に引張強度が1700MPa以上のより強度の高い鋼板の耐遅れ破壊特性を向上させるには、更なる検討が必要であると考えられる。本発明は、該事情に鑑みてなされたものであって、1700MPa以上の高強度と優れた耐遅れ破壊特性を両立できた鋼板の実現を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の態様1は、
C:0.280質量%以上、0.404質量%以下、
Si:0質量%以上、0.6質量%以下、
Mn:0質量%超、1.5質量%以下、
Al:0質量%超、0.15質量%以下、
B :0.01質量%以下
Cu:0.5質量%以下
Ni:0.5質量%以下
Ti:0.20質量%以下
N :0質量%超、0.01質量%以下、
P :0質量%超、0.02質量%以下、および
S :0質量%超、0.01質量%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、
全金属組織に占めるマルテンサイト組織の割合が95面積%以上、および全金属組織に占める遷移炭化物の割合が0.8体積%以上である、引張強度1700MPa以上の耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板である。
【0008】
本発明の態様2は、
Cr:0質量%超、1.0質量%以下を更に含有する、態様1に記載の高強度鋼板である。
【0009】
本発明の態様3は、
V:0質量%超、0.1質量%以下、
Nb:0質量%超、0.1質量%以下、および
Mo:0質量%超、0.5質量%以下よりなる群から選択される少なくとも1種を更に含有する、態様1または2に記載の高強度鋼板である。
【0010】
本発明の態様4は、
Ca:0質量%超、0.005質量%以下、および
Mg:0質量%超、0.005質量%以下のうちの1種または2種を更に含有する、態様1~3のいずれかに記載の高強度鋼板である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、1700MPa以上の高強度と優れた耐遅れ破壊特性を両立できた鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明における熱処理プロセスを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決するため、高強度、特には引張強度が1700MPa以上の超高強度を達成することのできるマルテンサイト組織主体の鋼板を対象に、耐遅れ破壊特性を改善すべく鋭意研究を重ねた。その結果、後述する遷移炭化物が水素トラップサイトとして有効に働くこと、および該遷移炭化物を全金属組織に占める割合で0.8体積%以上確保することによって、後述するU曲げ塩酸浸漬試験での破壊時間が4時間超の優れた耐遅れ破壊特性を実現できるとの知見を得た。
【0014】
以下、本発明の鋼板の金属組織、成分組成、特性および該鋼板の製造方法について順に説明する。
【0015】
1.金属組織
本発明の高強度鋼板の金属組織は、全金属組織に占めるマルテンサイト組織の割合が95面積%以上、および全金属組織に占める遷移炭化物の割合が0.8体積%以上であることを特徴とする。
【0016】
(1)マルテンサイト組織の割合が95面積%以上
本発明では、1700MPaの強度を確保するため、全金属組織に占めるマルテンサイト組織の割合を95面積%以上とする。該マルテンサイト組織の割合は好ましくは97面積%以上であり、100面積%であってもよい。
【0017】
本発明の高強度鋼板には、上記マルテンサイト組織以外に、製造工程で不可避的に含まれうる組織として、フェライト組織、ベイナイト組織、残留オーステナイト組織等も含みうる。
【0018】
(2)遷移炭化物が0.8体積%以上
本発明では、上述の通り、1700MPa以上の超高強度域において、水素トラップによる耐遅れ破壊特性の向上を図るため検討したところ、前述の通り、水素トラップサイトとして、鉄系の炭化物である遷移炭化物が有効に働くことをまず見出した。本発明において「遷移炭化物」とは、Feを主体とした炭化物、すなわち金属元素のうちFeの含有量が最も高い炭化物であり、イプシロン炭化物(ε)とイータ炭化物(η)を意味し、セメンタイト(θ)は含まれない。すなわち本発明における「遷移炭化物」は、イプシロン炭化物(ε)、イータ炭化物(η)をあわせた「遷移炭化物(ε、η)」とも表現することができる。なお、遷移炭化物は、炭化物を形成しうる元素(例えば、Cr、V等)を更に含んでいてもよい。
【0019】
そして該水素トラップサイトとしての効果を発揮させるには、該遷移炭化物を0.8体積%以上存在させる必要があることを見出した。前記遷移炭化物は、好ましくは0.9体積%以上、より好ましくは1.0体積%以上存在させる。本発明では、イプシロン炭化物(ε)とイータ炭化物(η)の合計量が0.8体積%以上であればよく、イプシロン炭化物(ε)とイータ炭化物(η)のそれぞれの割合は影響しない。遷移炭化物量の上限は特に限定されないが、実質的に3.0体積%程度が上限である。
【0020】
なお特許文献1でも炭化物の形状を制御しているが、特許文献1に記載の炭化物と本発明の炭化物とは異なるものである。特許文献1では炭化物をSEMで観察しており、10nm以上のサイズと規定している。しかし、これらの炭化物は比較的粗大であることから、セメンタイトと推定され、水素トラップ能は低い。一方、本発明の遷移炭化物は、円相当径10nm以下の微細な遷移炭化物であり、SEMでは観察することができない。また本発明の遷移炭化物は、セメンタイトよりも水素トラップ能が高いことが特徴であり、水素脆化をより有効に抑制することができる。
【0021】
また特許文献2には、介在物を制御したマルテンサイト組織鋼が記載されている。しかし特許文献2には、後述する焼戻しの制御により、水素トラップ能の高い遷移炭化物を微細析出させるという本発明の思想はなく、特許文献2では焼戻し時間が100秒と短いため、十分な耐遅れ破壊特性を発揮できないと考える。
【0022】
2.成分組成
以下に本発明に係る高強度鋼板の成分組成について説明する。
【0023】
[C:0.280質量%以上、0.404質量%以下]
Cは、1700MPa以上の引張強度を得るために必要な元素である。そのため、C量を0.280質量%以上とする。C量は、好ましくは0.290質量%以上、より好ましくは0.300質量%以上である。一方、C量が多すぎると、マルテンサイト組織の強度が過度に上昇する、またはセメンタイトなどの粗大な炭化物が生成して耐遅れ破壊特性が劣化する。そのためC量は0.404質量%以下とする。C量は、好ましくは0.380質量%以下、より好ましくは0.360質量%以下である。
【0024】
[Si:0質量%以上、0.6質量%以下]
Siは、焼戻し軟化抵抗性を向上させるのに有効な元素である。また、固溶強化による強度向上にも有効な元素である。Si量は0質量%でもよいが、上記効果を発揮させる場合には、Siを0.02質量%以上含有させることが好ましい。しかし、Siはフェライト生成元素であるため、多く含まれると、焼入れ性が損なわれて高強度を確保することが難しくなる。よって、Si量は0.6質量%以下とする。Si量は、好ましくは0.5質量%以下であり、より好ましくは0.2質量%以下であり、更に0.1質量%以下、より更には0.05質量%以下としてもよい。
【0025】
[Mn:0質量%超、1.5質量%以下]
Mnは、焼入れ性を向上させて強度を高めるのに有効な元素である。こうした効果を発揮させるため、Mn量は0質量%超とする。Mn量は、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上、更に好ましくは0.3質量%以上、より更に好ましくは0.65質量%以上である。しかし、Mn量が過剰であると、耐遅れ破壊特性、溶接性が悪化し、また、電気亜鉛めっき処理等のめっき処理を施さない場合には耐食性も悪化する。よって、Mn量は1.5質量%以下とする。Mn量は、好ましくは1.2質量%以下、より好ましくは1.0質量%以下であり、更に0.8質量%以下としてもよい。
【0026】
[Al:0質量%超、0.15質量%以下]
Alは、脱酸剤として作用し、また鋼の耐食性を向上させる効果もある。こうした効果を発揮させるために、Al量を0質量%超とする。上記効果を十分発揮させる観点からは、Al量を0.035質量%以上とすることが好ましく、更に0.040質量%以上としてもよい。しかし、Alが過剰に含まれていると、介在物が多量に生成して表面疵の原因となるので、その上限を0.15質量%とする。Al量は、好ましくは0.10質量%以下、より好ましくは0.07質量%以下であり、さらに好ましくは0.055質量%以下である。
【0027】
[B:0.01質量%以下]
Bは焼入れ性を高めるのに有効な元素である。この様な効果を十分に発揮させるには、B量を0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.0001質量%以上、更に好ましくは0.0005質量%以上、より更に好ましくは0.001質量%以上である。しかし、Bが過剰に含まれると延性が低下するため、B量は、0.01質量%以下、好ましくは0.0080質量%以下、より好ましくは0.0065質量%以下、より更に好ましくは0.004質量%以下とする。
【0028】
[Cu:0.5質量%以下]
[Ni:0.5質量%以下]
CuおよびNiは、鋼板の耐食性を向上させることで水素脆化に関与する水素の発生を抑制し、耐遅れ破壊特性を向上させるのに有効な元素である。該効果を十分発揮させるには、Cuの場合、好ましくは0質量%超、より好ましくは0.01質量%以上、更に好ましくは0.05質量%以上、より更に好ましくは0.08質量%以上含有させる。一方、Cuを過剰に添加すると酸洗性および化成処理性を劣化させるため、Cu量は、0.5質量%以下、好ましくは0.4質量%以下、より好ましくは0.2質量%以下とする。また、Niの場合も、好ましくは0質量%超、より好ましくは0.01質量%以上、更に好ましくは0.05質量%以上、より更に好ましくは0.08質量%以上含有させる。しかし、Niが過剰に含まれると延性および母材の加工性が低下するため、Ni量は、0.5質量%以下、好ましくは0.4質量%以下、より好ましくは0.2質量%以下とする。
【0029】
[Ti:0.20質量%以下]
Tiは、強度の向上、およびγ粒微細化による焼入れ後の靭性改善に有効な元素である。該効果を発揮させるには、Ti量を0質量%超とすることが好ましい。上記効果を十分発揮させるには、Ti量を、0.003質量%以上とすることがより好ましく、更に好ましくは0.02質量%以上、より更に好ましくは0.045質量%以上である。しかし、Tiが過剰に含まれると、炭窒化物などの析出が増大し、母材の加工性が低下する。よって、Ti量は0.20質量%以下、より好ましくは0.15質量%以下とする。
【0030】
[N:0質量%超、0.01質量%以下]
N量が過剰であると、窒化物の析出量が増大し、靭性に悪影響を与える。よって、N量は0.01質量%以下とする。N量は、好ましくは0.008質量%以下、より好ましくは0.006質量%以下である。尚、製鋼上のコスト等を考慮すると、N量は通常0.001質量%以上となる。
【0031】
[P:0質量%超、0.02質量%以下]
Pは、鋼を強化する作用を有するが、靭性を低下させ、また延性を低下させるので、0.02質量%以下とする。P量は、好ましくは0.01質量%以下であり、より好ましくは0.006質量%以下である。
【0032】
[S:0質量%超、0.01質量%以下]
Sは、硫化物系の介在物を生成し、母材の加工性および溶接性を劣化させる。そのため、S量は少ないほどよく、本発明では0.01質量%以下とする。S量は、好ましくは0.005質量%以下、より好ましくは0.003質量%以下である。
【0033】
[残部]
残部は、Feおよび不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素(例えば、As、Sb、Snなど)の混入が許容される。なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0034】
本発明の鋼板は、成分組成が、上記元素と、残部がFeおよび不可避不純物とからなればよく、下記に述べる選択元素は、含まれていなくてもよい。鋼板の成分組成が、上記元素と共に、必要に応じて下記に述べる元素を含むようにすれば、鋼板の強度、耐食性等の特性を更に向上させることができる。
【0035】
[Cr:0質量%超、1.0質量%以下]
Crは焼入れ性向上により強度を高めるのに有効な元素である。また、Crはマルテンサイト組織鋼の焼戻し軟化抵抗を高めるのに有効な元素である。これらの効果を十分に発揮させるには、Cr量を0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.01質量%以上、更に好ましくは0.05質量%以上である。しかし、過剰に含まれると、耐遅れ破壊特性を劣化させるため、上限は1.0質量%、好ましくは0.7質量%とする。
【0036】
[V:0質量%超、0.1質量%以下、Nb:0質量%超、0.1質量%以下、およびMo:0質量%超、0.5質量%以下よりなる群から選択される少なくとも1種]
V、NbおよびMoはいずれも、強度の向上、およびγ粒微細化による焼入れ後の靭性改善に有効な元素である。該効果を十分発揮させるには、V、NbおよびMoのいずれにおいても、好ましくは0質量%超、より好ましくは0.003質量%以上、更に好ましくは0.02質量%以上含有させる。しかし、上記元素が過剰に含まれると、炭窒化物などの析出が増大し、母材の加工性が低下する。よって、V量およびNb量は、0.1質量%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.05質量%以下であり、Mo量は0.5質量%以下とすることが好ましい。
【0037】
[Ca:0質量%超、0.005質量%以下、およびMg:0質量%超、0.005質量%以下のうちの1種または2種]
Caは、Mnに代わってSと結合し、圧延方向に延伸するMnSの形態を制御すること、また鋼板端面においてはMnSを分断することから局部腐食起点の局在化を抑制でき、局部腐食起点での水素発生および水素侵入を抑制できる元素である。またMgは、Oと結合しMgOを形成することで、腐食先端でのpH低下を抑制でき、水素発生~水素侵入を抑制することができる元素である。これらの効果を十分発揮させるため、CaおよびMgのいずれを含有させる場合にも、好ましくは0質量%超、より好ましくは0.0010質量%以上、更に好ましくは0.0015質量%以上含有させる。しかし、上記元素が過剰に含まれると、加工性が劣化するため、これらの元素の含有量は、好ましくは0.005質量%以下、より好ましくは0.003質量%以下とする。
【0038】
本発明の鋼板は、更に他の元素として、例えば、Se、As、Sb、Pb、Sn、Bi、Zn、Zr、W、Cs、Rb、Co、La、Tl、Nd、Y、In、Be、Hf、Tc、Ta、O等を、耐食性や耐遅れ破壊特性をより改善する目的で、合計0.01質量%以下含有させてもよい。
【0039】
本発明の鋼板は、強度(TS)が1700MPa以上を満たすとともに、後述するU曲げ塩酸浸漬試験での破壊時間が4時間超の、優れた耐遅れ破壊特性を示す。
【0040】
3.製造方法
次に本発明の高強度鋼板の推奨される製造方法について説明する。
本発明者らは、上記の成分組成を有する、熱延鋼板、冷延鋼板等の圧延材に対し、下記に詳述する焼鈍、焼入れおよび焼戻し処理を含む熱処理を行うことにより、上述の所望の金属組織を有して所望の特性を発揮する高強度鋼板を得ることができる。以下、推奨される製造方法について詳細を説明する。
【0041】
上記焼鈍、焼入れおよび焼戻し処理以外は、一般的な条件を採用することができる。よって熱処理に供する鋼板として、例えば冷延鋼板を用いる場合、該冷延鋼板は、常法に従って溶製し、連続鋳造によりスラブ等の鋼片を得た後、1100℃~1250℃程度に加熱し、次いで熱間圧延を行い、巻き取った後に酸洗し、冷間圧延して得ることができる。次いで行う熱処理について、以下に詳述する。
【0042】
[焼鈍:Ac3点~950℃の最高加熱温度T1で、30秒以上の保持時間t1加熱]
図1の[1]および[2]に示すように、Ac3点~950℃の最高加熱温度T1にまで鋼板を加熱し、当該温度域での保持時間t1を30秒以上とする。該温度域で加熱し、圧延材の組織を完全に逆変態させることによって、後工程の焼入れ処理で、マルテンサイト組織の割合が95面積%以上の組織を確実に得ることができる。最高加熱温度T1での保持時間t1は、最高加熱温度T1などに応じて適宜決定すればよいが、Ac3点~950℃の温度域で鋼板のオーステナイト変態を完了させるため、上述の通り30秒以上とする。上記最高加熱温度T1がAc3点未満である場合、または当該温度域における保持時間t1が30秒未満である場合、熱処理に供する圧延材、例えば熱延鋼板の組織(例えばフェライト-パーライト)が残存したままとなり、その後に焼入れ工程を行ってもマルテンサイト主体の組織が得られず、1700MPa以上の引張強度を得るのが困難になる。一方、上記最高加熱温度T1が950℃を超えると、オーステナイト粒が成長し粗大な組織になり、機械的特性および耐遅れ破壊特性に悪影響を与える。また、過剰な高温での保持は、設備負荷が増大し、更に経済性にも劣るので好ましくない。そのため、上記最高加熱温度T1は950℃以下とする。
【0043】
なおAc3点は、下記式(1)(レスリー鉄鋼材料学(1985年、William C.Leslie)のp273-(VII-20)式を参照)により計算する。
Ac3(℃)=910-203×[C]1/2-15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]+13.1×[W]-30×[Mn]-11×[Cr]-20×[Cu]+700×[P]+400×[Al]+120×[As]+400×[Ti]・・・(1)
式(1)において、[元素名]は鋼中の各元素の質量%での含有量を示し、含まれない元素はゼロとして算出する。
【0044】
[焼入れ処理:600℃以上の焼入れ開始温度から50℃/s以上で冷却]
図1の[3]および[4]に示す通り、最高加熱温度T1から焼入れ加熱温度(急冷開始温度)T2まで冷却した後、焼入れ開始温度T2から急冷することで焼入れを行い、マルテンサイト主体の組織、すなわちマルテンサイト組織の割合が95面積%以上の金属組織を得る。焼入れ開始温度T2は600℃以上とする。この焼入れ開始温度T2が600℃未満であると、マルテンサイト組織素地にフェライトが過剰に生成され、強度および耐遅れ破壊特性を高めることが難しい。焼入れ開始温度T2は、好ましくは700℃以上、より好ましくは800℃以上であって、上記最高加熱温度T1以下である。
【0045】
平均冷却速度CR2は概ね50℃/s以上とする。例えば水冷を行うことにより焼入れを行う。平均冷却速度CR2がこれよりも遅いと、冷却途中にフェライトが析出してしまい、マルテンサイト主体の組織が得られず、引張強度1700MPa以上を確保することができない。一方、平均冷却速度CR2を過度に速めても、材質上何ら問題は生じないが、過剰な設備投資が必要になるので、平均冷却速度CR2は概ね1000℃/s以下とする。また、冷却停止温度T3は、冷却方法が水冷である場合、概ね100℃以下である。冷却停止温度T3の下限は、特に定めなくても本発明の効果は発現するが、冷却停止温度T3を室温以下にすることは経済上負荷が大きいため、実質的には室温が下限である。
【0046】
図1の[3]における最高加熱温度T1から焼入れ開始温度T2までの平均冷却速度CR1は5℃/s以上とする。この平均冷却速度CR1は大きいほど好ましく、焼入れ時の平均冷却速度CR2と同じであってもよい。つまり、図1の[3]の冷却工程を設けず、例えば、最高加熱温度T1(=焼入れ開始温度T2)から、平均冷却速度CR2、すなわち50℃/s以上で冷却停止温度T3まで冷却して焼入れてもよい。
【0047】
冷却停止温度T3での保持時間t3は重要でなく、図1の[5]に示すように冷却停止温度T3で保持してもよいし、または、冷却停止温度T3で保持しなくてもよい。冷却停止温度T3で保持する場合は、好ましい保持時間t3として1~600秒とすることが挙げられる。保持時間t3が600秒よりも長くなっても、得られる鋼板の特性はそれほど向上せず、鋼板の生産性が低下するため、600秒以下とするのが好ましい。
【0048】
[焼戻し処理]
次いで、図1の[6]~[8]に示すように焼戻しを行う。焼戻し温度と時間を適切に制御することによって、本発明の遷移炭化物であるFe系炭化物の析出および成長を制御し、該遷移炭化物を0.8体積%以上確保することができる。
【0049】
(冷却停止温度T3から焼戻し温度T4まで、1.0℃/s以上の再加熱速度HR1で加熱)
図1の[6]に示すように、上述の冷却停止温度T3から焼戻し温度T4までを、1.0℃/s以上の再加熱速度HR1で加熱する。再加熱速度HR1が遅い場合、焼戻し中に析出する炭化物が粗大化するため、上記速度で加熱する。再加熱速度HR1は、好ましくは5.0℃/s以上である。再加熱速度を上げることにより、炭化物が微細化するため耐遅れ破壊特性は改善する。そのため再加熱速度の上限は特に設けないが、再加熱速度の上限を、例えば250℃/sとすることができる。
【0050】
(所定の焼戻しパラメータが130~200を満たす焼戻し温度T4にて、100秒超、1000秒未満の焼戻し時間t4で加熱)
焼戻しは、焼戻し温度T4を、下記式(2)に定義する焼戻しパラメータが130~200を満たす範囲内で設定し、この焼戻し温度T4で、100秒超、1000秒未満の時間(焼戻し時間)保持する。
焼戻しパラメータ=-160×[C]+T4・・・(2)
式(2)において、[C]は鋼中のC量(質量%)、T4は焼戻し温度(℃)を示す。
【0051】
本発明の特徴である所定量の遷移炭化物を析出させるためには、C量をふまえた焼戻し温度の制御が必要となる。本発明はこのような点を考慮していない従来技術と異なる。すなわち、従来の技術では、本発明で規定する遷移炭化物が所定量析出しておらず、1700MPa以上の高強度と優れた耐遅れ破壊特性の両立が難しいと考える。
【0052】
本発明では上述の通り、焼戻しを適切に行うことで、微細な遷移炭化物を所定量析出させることができる。焼戻しパラメータが130未満では、Cの拡散が十分でないために、遷移炭化物の量が不足し、耐遅れ破壊特性が不足する。焼戻しパラメータは、好ましくは135以上、より好ましくは140以上、更に好ましくは145以上である。また、焼戻しパラメータが200を超えると、強度が低下するか、粗大なセメンタイトが多量に生成するため、耐遅れ破壊特性が劣化する場合がある。焼戻しパラメータは、好ましくは190以下である。
【0053】
焼戻し時間t4は、100秒以下ではCの拡散が不十分となるため、上記焼戻しパラメータの条件を満たしていても優れた耐遅れ破壊特性が得られない。よって焼戻し時間t4は、100秒超、好ましくは240秒超、より好ましくは360秒超とする。また焼戻し温度T4での長時間保持は経済的に不利になるため、1000秒未満、好ましくは800秒未満、より好ましくは600秒未満とする。
【0054】
次いで、図1の[8]に示すように、焼戻し後は、例えば室温のような100℃未満の温度まで冷却すればよい。該冷却時の好ましい平均冷却速度CR3として、例えば20℃/秒以下、例えば10℃/秒とすることができる。
【0055】
[めっき処理]
上記の熱処理後、室温まで冷却して得られた鋼板に、常法に従って電気亜鉛めっきを施してもよい。または、常法に従って溶融亜鉛めっきや合金化亜鉛めっき処理を施してもよい。上述した本発明の成分組成、金属組織、推奨される製造方法を満たせば、これらのめっき処理を行っても、本発明で求める強度および耐遅れ破壊特性に影響を及ぼすものでない。
【0056】
電気亜鉛めっきを施す場合、例えば、上記熱処理して得られた鋼板を、50~60℃の亜鉛溶液に浸漬しつつ通電し、電気亜鉛めっき処理を行えばよい。めっき付着量は特に限定されず、例えば、片面あたり10~100g/m程度であればよい。電気亜鉛めっき処理が施されることにより、鋼板の耐食性が向上する。
【実施例
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0058】
表1に示す各成分組成を有する鋼をラボにてVIF(vacuum induction furnace)溶製した。その後、熱間で粗圧延を施し、更に1200~1250℃で30分間加熱した後、仕上げ圧延を施し、500~650℃の大気炉に30分間保持(巻取りを模擬)した後に室温まで冷却することで、板厚2~3mmの熱延鋼板を作製した。その後、酸洗を行ってから冷間圧延を更に施し、厚さ1.0mmの冷延鋼板を得た。
【0059】
上記冷延鋼板を用い、表2に示す熱処理条件で、焼鈍、水焼入れおよび焼戻しを行って、鋼板を得た。表2の「冷却方法」は焼入れ開始温度T2からの冷却方法である。表2に示す以外の熱処理条件は次の通りである。冷却停止温度T3として室温を目標に冷却を行った。冷却停止温度T3での保持時間t3は、前述のとおり特に重要ではないため管理していない。再加熱速度HR1は、約2℃/sとした。
【0060】
得られた鋼板の金属組織の割合および遷移炭化物量、ならびに特性として引張強度と耐遅れ破壊特性を、下記に示す通り評価した。
【0061】
[金属組織の割合(面積率)の測定]
1.0mm×10mm×5mmの試験片の圧延方向と平行な断面を研磨し、ナイタール腐食を行った後に、1/4t部(tは板厚)を、走査型電子顕微鏡(SEM)で倍率2000倍にて観察を行った。そして、白く観察される領域をマルテンサイト組織、黒く観察される領域をフェライト組織と定義し、任意の1視野(1視野のサイズは90μm×120μm)において、縦横それぞれ等間隔に10本の線を引き、その交点が、マルテンサイト組織である交点の数またはマルテンサイト組織以外の組織(フェライト組織)である交点の数を、それぞれ全交点の数で割り、マルテンサイト組織の面積率、マルテンサイト組織以外の組織(フェライト組織)の面積率をそれぞれ求めた。
【0062】
[遷移炭化物量の測定]
上記鋼板から、放電加工にて、直径0.5mmで長さが25~30mmのロッド形状の鋼片を採取した後、電解研磨にて直径約0.2mmで長さが25~30mmの試験片に仕上げた。該試験片を用いてX線回折測定を行った。該X線回折測定は、SPring-8の産業用ビームラインBL19B2のX線回折装置を用い、エネルギー25keVの条件で行った。得られた回折ピークからRietveld法によって遷移炭化物量を求めた。水素トラップサイトとして有効な遷移炭化物はη、εであるが、これらの構造は類似しており回折ピークからの判別は容易ではない。今回の解析では、ηとεの区別がつかなかった回折ピークは全てη炭化物であると仮定して、Rietveld法により遷移炭化物量を定量した。
【0063】
金属組織の面積率の測定方法と遷移炭化物量の測定方法とは、上記の通り異なることから、上記金属組織の面積率と遷移炭化物量とを合計すると、100%を超えることがある。
【0064】
[引張特性の評価]
引張強度(TS)は、鋼板の圧延方向に垂直な方向が長手方向となるようにJIS5号引張試験片を鋼板から採取し、JIS Z 2241(2011年)に規定の方法に従って測定した。そして本実施例では、引張強度が1700MPa以上のものを高強度であると評価した。
【0065】
[耐遅れ破壊特性の評価(U曲げ塩酸浸漬試験)]
得られた鋼板を150mmW×30mmLに切断した試験片を2つ準備した。そして、各試験片に対して、切断端面をフライス加工した後にポンチ/ダイにより曲げ半径10mmにU曲げ加工を行い、曲げ頭頂部に1500MPaの応力を付与したU曲げ試験片を2つ用意した。このU曲げ試験片のそれぞれを0.1N-HClに浸漬し、割れ発生までの時間を測定した。なお、目視で割れが観察された場合を「割れ発生」と判断した。2つのU曲げ試験片の試験結果が異なる場合は、割れ発生までの時間が短い方の試験結果を採用した。本実施例では、割れ発生までの時間が4時間を超えるものを耐遅れ破壊特性に優れると評価した。
【0066】
これらの測定結果を表3に示す。なお、表1、表3において、下線を付した数値は、本発明の規定範囲と評価基準を外れていることを示している。また表2において、下線を付した部分は、推奨される製造条件を外れていることを示している。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
表1~3の結果から以下のことがわかる。No.4~6は、いずれも本発明の実施形態で規定する成分組成を満たし、かつ推奨される条件で製造して所望の金属組織が得られたため、高い引張強度と優れた耐遅れ破壊特性を示した。これに対してNo.1~3、7および8は、規定する成分組成を満たさないか、推奨される条件で製造せず、規定する金属組織が得られなかったため、引張強度と耐遅れ破壊特性の少なくともいずれかが劣った。詳細を以下に示す。
【0071】
No.1は、C量の不足した鋼板を用い、かつ熱処理工程において焼戻しを行わなかったため、所定量の遷移炭化物を確保できず、結果として耐遅れ破壊特性に劣る結果となった。
【0072】
No.2は、C量の不足した鋼板を用い、かつ焼戻しパラメータを満たすように焼戻しを行わなかったため、所定量の遷移炭化物を確保できず、結果として耐遅れ破壊特性に劣る結果となった。
【0073】
No.3は、C量がNo.1、2よりは多いものの不足しており、かつ焼戻しパラメータを満たすように焼戻しを行わなかったため、所定量の遷移炭化物を確保できず、結果として耐遅れ破壊特性に劣る結果となった。
【0074】
No.7は、規定する成分組成を満たす鋼板を用いているが、推奨される条件で焼戻しを行わなかったため、引張強度が低く、更に耐遅れ破壊特性にも劣った。
【0075】
No.8は、C量が過剰の鋼板を用い、かつ推奨される条件で焼戻しを行わなかったため、耐遅れ破壊特性に劣る結果となった。
図1