(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-23
(45)【発行日】2024-01-31
(54)【発明の名称】エアフィルタ
(51)【国際特許分類】
A61L 9/16 20060101AFI20240124BHJP
B01D 46/10 20060101ALI20240124BHJP
【FI】
A61L9/16 F
B01D46/10 Z
(21)【出願番号】P 2021185767
(22)【出願日】2021-11-15
【審査請求日】2023-03-31
(73)【特許権者】
【識別番号】505427573
【氏名又は名称】井上 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【氏名又は名称】中道 佳博
(72)【発明者】
【氏名】井上 浩義
【審査官】目代 博茂
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-028327(JP,A)
【文献】特表2014-500146(JP,A)
【文献】特表2017-520394(JP,A)
【文献】特開2018-051459(JP,A)
【文献】特開2008-212871(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105920921(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0141624(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L2/00-12/14
B01D39/00-39/20
B01D46/00-46/90
B01D61/00-71/82
F24F8/00-8/99
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィルタ基材、陽極、陰極およびバイポーラ膜を備えるエアフィルタであって、
通気方向と垂直な方向において、該陽極と該陰極との間に該フィルタ基材および該バイポーラ膜が配置されている、エアフィルタ。
【請求項2】
前記通気方向と垂直な方向において、前記フィルタ基材が前記バイポーラ膜によって分断されている、請求項1に記載のエアフィルタ。
【請求項3】
前記陽極と前記フィルタ基材との間に陽イオン交換膜が配置されており、該陽極と該陽イオン交換膜とが接触している、請求項1または2に記載のエアフィルタ。
【請求項4】
前記フィルタ基材と前記陰極との間に陰イオン交換膜が配置されており、該陰極と該陰イオン交換膜とが接触している、請求項1から3のいずれか記載のエアフィルタ。
【請求項5】
前記フィルタ基材が界面活性剤を含有する、請求項1から4のいずれかに記載のエアフィルタ。
【請求項6】
前記界面活性剤が非イオン性界面活性剤を含む、請求項5に記載のエアフィルタ。
【請求項7】
前記非イオン性界面活性剤が、オクチルフェノールエトキシレートおよびヘプタエチレングリコールモノドデシルエーテルからなる群から選択される少なくとも1種の化合物である、請求項6に記載のエアフィルタ。
【請求項8】
前記フィルタ基材がHEPAフィルタ基材である、請求項1から7のいずれかに記載のエアフィルタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エアフィルタに関し、より詳細には家屋の空気清浄のために使用されるエアフィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
空気環境と疾患の多様な関係が探求されている。我が国の空気環境は、1968年の大気汚染防止法の制定につながった硫黄酸化物(SOx)などの産業排出型汚染(公害と呼ばれた)から車両や私たちの生活から排出されるより広範な化学物質による汚染を対象として対策が取られて来た。
【0003】
より近年には地球環境への高い関心から二酸化炭素を含めた国際的な空気汚染に対する対策が求められている。そのような中で、日本人は1日の3分の2以上を自宅で過ごしており(NHK調査;2016年)、家屋の空気環境を清浄に保つことが重要となる。
【0004】
こうした家屋の空気清浄には、塵埃などを取り除き、清浄空気にする目的で、例えばHEPAフィルタ(High Efficiency Particulate Air Filter)と呼ばれる高精度のエアフィルタが使用される。HEPAフィルタは、空気清浄機やクリーンルームのメインフィルタとして用いられる。
【0005】
2019年より世界中で問題となっているコロナ禍において、HEPAフィルタは新型コロナウイルスを除去するフィルタとして欧州を中心に認証されており、医療従事者のマスクなどにも実装されている。
【0006】
さらに、HEPAフィルタによる家屋の空気清浄は、スギ花粉などに起因するアレルギー性鼻炎やアレルギー性結膜炎の予防や症状の緩和にも重要な役割を果たすことが考えられている。
【0007】
しかし、こうしたHEPAフィルタには、近年、各種ウイルスやアレルゲンの吸着や弱毒化に関する性能向上が課題となっている。特に家屋内に浮遊する塵埃(例えば、ウイルスおよびアレルゲン)を効果的に捕捉し、かつ人体にとって一層安全な空気環境を提供することが所望されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記問題の解決を課題とするものであり、その目的とするところは、HEPAフィルタなどのエアフィルタの作製にあたり、ウイルス、アレルゲンなどの空気中を浮遊する塵埃を効果的に捕捉できかつ弱毒化できる、エアフィルタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、フィルタ基材、陽極、陰極およびバイポーラ膜を備えるエアフィルタであって、
通気方向と垂直な方向において、該陽極と該陰極との間に該フィルタ基材および該バイポーラ膜が配置されている、エアフィルタである。
【0010】
1つの実施形態では、上記通気方向と垂直な方向において、上記フィルタ基材は上記記バイポーラ膜によって分断されている。
【0011】
1つの実施形態では、上記陽極と上記フィルタ基材との間に陽イオン交換膜が配置されており、該陽極と該陽イオン交換膜とは接触している。
【0012】
1つの実施形態では、上記フィルタ基材と上記陰極との間に陰イオン交換膜が配置されており、該陰極と該陰イオン交換膜とは接触している。
【0013】
1つの実施形態では、上記フィルタ基材は界面活性剤を含有する。
【0014】
さらなる実施形態では、上記界面活性剤は非イオン性界面活性剤を含む。
【0015】
またさらなる実施形態では、上記非イオン性界面活性剤は、オクチルフェノールエトキシレートおよびヘプタエチレングリコールモノドデシルエーテルからなる群から選択される少なくとも1種の化合物である。
【0016】
1つの実施形態では、上記フィルタ基材はHEPAフィルタ基材である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、様々な疾患の原因となり得る、空気中に浮遊するウイルスおよびアレルゲンなどの物質を効率良く吸着し、かつ弱毒化できる。これにより、屋内の空気環境をより清浄なものにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明のエアフィルタの一例を表す模式図であって、(a)は当該エアフィルタの平面図であり、(b)は当該エアフィルタの厚さ方向を表す図である。
【
図2】
図1に示す本発明のエアフィルタにおける酸・塩基発生機序を説明するための概念図である。
【
図3】本発明のエアフィルタの他の例を示す平面図である。
【
図4】本発明のエアフィルタのさらに別の例を示す平面図である。
【
図5】実施例1で作製したエアフィルタを模式的に表す図である。
【
図6】実施例1で作製したエアフィルタを用いた残存スギ花粉抗原試験の結果を示すグラフである。
【
図7】実施例2で作製したエアフィルタを用いた残存スギ花粉抗原試験の結果を示すグラフである。
【
図8】実施例3で作製したエアフィルタを用いた残存スギ花粉抗原試験の結果を示すグラフである。
【
図9】実施例4で作製したエアフィルタを用いた残存スギ花粉抗原試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明について添付の図面を参照して説明する。
【0020】
図1の(a)および(b)に示すように、本発明のエアフィルタ100は、フィルタ基材102,102’、陽極110、陰極120およびバイポーラ膜104を備える。ここで、本発明のエアフィルタ100は、通気方向Hと垂直な方向において、陽極110と陰極120との間にフィルタ基材102,102’およびバイポーラ膜104が配置されている。
【0021】
フィルタ基材102,102’は、例えば0.1μm~500μmの平均孔径を有する、メッシュ状、スポンジ状、および/またはマルチフィラメント様の材料で構成されている。フィルタ基材102,102’は、フィルタエレメントまたは単にエレメントとも呼ばれることがある。フィルタ基材102,102’を構成する材料は、ポリエルテル繊維、アクリル繊維、モダクリル繊維などの化学繊維、ポリウレタンフォームなどの樹脂、ステンレススチール、焼結金属、炭素繊維などが挙げられる。フィルタ基材102,102’は、例えば、プリーツ型またはフラット型などの任意の形態を有する。
【0022】
フィルタ基材102,102’はまた、HEPAフィルタ、プレフィルタ、中高性能フィルタ、ULPAフィルタのいずれのフィルタ用の基材であってもよい。屋内空調用のフィルタ基材として汎用されており、各種疾患、アレルギーの原因となり得るウイルス、バクテリア、カビ、花粉等の所定の塵埃の捕捉に適しているとの理由から、フィルタ基材は、HEPAフィルタ用の基材(HEPAフィルタ基材)および炭素フィルタ用の基材(炭素フィルタ基材)であることが好ましい。
【0023】
フィルタ基材102,102’は、湿度による電気伝導性を得ることができ、かつ後述するバイポーラ膜104、陽極110および陰極120との間で効率的に酸・塩基を発生させるために、予め電解質が含浸されていることが好ましい。フィルタ基材102,102’に含まれ得る電解質は好ましくは潮解性および/または高いイオンの極限モル伝動率(S・cm2/mol)を有するものであり、例えば、水酸化ナトリウム、炭酸カリウム、塩化マグネシウム、および塩化カルシウム、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。電気電導率を高めることができるとの理由から、電解質は多価イオンを有するもの(例えば、硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、塩化マグネシウム、および塩化カルシウム、ならびにそれらの組み合わせ)が好ましく、また他のイオンと結晶を作り難いという性質を有する点で、塩化マグネシウムがより好ましい。本発明のエアフィルタ100が例えば食品工場等で使用される場合は、他の電解質としてクエン酸のような有機酸が使用されてもよい。
【0024】
フィルタ基材102,102’に含浸される電解質の量は特に限定されず、適切な量が当業者によって選択され得る。
【0025】
陽極110および陰極120には、例えば不溶性電極として電気分解等において使用される材料が用いられる。陽極110および陰極120を構成する材料としては、白金電極、白金黒電極、白金イリジウムチタン電極、酸化イリジウムチタン電極、ルテニウムチタン電極、アンチモン電極、カロメル電極、銀・塩化銀電極、金属・金属電極、金属・金属イオン電極、金属・金属錯イオン電極、酸化還元電極、キンヒドロン電極、水素電極、ゲルマニウム電極、酸化物電極(酸化水銀電極、酸化タングステン電極、酸化ビスマス電極など)、酸化物半導体電極、およびアンチモン電極、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。本発明においては、汎用性に富むとのという理由から、陽極110および陰極120としてともに白金黒電極を用いることが好ましい。
【0026】
陽極110および陰極120は、例えば、板状、メッシュ状、棒状、管状、パンチングメタル状のような任意の形状を有していてもよい。さらに、陽極110および陰極120は、(例えば、後述の陽イオン交換膜106および陰イオン交換膜108を用いる場合は、これらの膜を介して)フィルタ基材102,102’の端部、通気面103,103’(すなわち、フィルタ基材102,102’の表面および/または裏面)の上、および/または内部のいずれに配置されていてもよい。
【0027】
さらに本発明においては、陽極110および陰極120は図示しない電源装置に接続されており、エアフィルタ100に対して所定の電圧を印加することができる。
【0028】
バイポーラ膜104は、陽イオン交換層104aと陰イオン交換層104bとで構成されるイオン交換膜である。バイポーラ膜104に水が含まれている場合、水の理論分圧電圧0.83V以上の電圧を印加すると、膜内の水が酸(H
+)と塩基(OH
-)に分解する性質を有する。
図1の(a)および(b)に示すように、バイポーラ膜104は、エアフィルタ100内において、陽イオン交換層104aを構成する面がフィルタ基材102を介して陰極120が配置されている側に指向し、陰イオン交換層104bを構成する面がフィルタ基材102’を介して陽極110が配置されている側に指向するように配置されている。
【0029】
バイポーラ膜104を構成する陽イオン交換層104aおよび陰イオン交換層104bの厚さは特に限定されないが、それぞれの層が好ましくは0.01mm~1mm、好ましくは0.02mm~0.5mmを有する。バイポーラ膜104を構成する各層104a,104bの厚さがそれぞれこのような範囲内にあることにより、上記水の理論分圧電圧以上の電圧を印加した際に、水が効率的に分解して所望の酸(H+)と塩基(OH-)を産生することができる。
【0030】
バイポーラ膜104を構成する陽イオン交換層104aおよび陰イオン交換層104bの材料は特に限定されず、当該分野において公知のものが使用される。
【0031】
バイポーラ膜104は、フィルタ基材102,102’の間、通気面103,103’(すなわち、フィルタ基材102,102’の表面および/または裏面)の上、および/または内部のいずれに配置されていてもよい。本発明においては、バイポーラ膜104は、フィルタ基材102,102’内を通過する湿気等の水分を効率良く電気分解するために、エアフィルタ100の通気方向Hと垂直な方向において、フィルタ基材102,102’を分断するように配置されていることが好ましい。
【0032】
図1の(a)に示す本発明のエアフィルタ100では、陽極110および陰極120の間に、フィルタ基材102,102’を介して1枚のバイポーラ膜104が挟持されているが、本発明はこのような構成にのみ限定されない。例えば、陽極110と陰極120との間には、複数枚のバイポーラ膜が挟持されていてもよい。なお、このような複数のバイポーラ膜が挟持される場合、各バイポーラ膜を構成する陽イオン交換層は陽極側に、陰イオン交換層は陰極側にそれぞれ指向するように配置される。さらに、1つのバイポーラ膜と他のバイポーラ膜との間にはフィルタ基材が挟持されていることが好ましい。
【0033】
本発明のエアフィルタ100はまた、陽極110とフィルタ基材102’との間に陽イオン交換膜106が配置されている。陽イオン交換膜106は後述のように陽極110での水の分解により発生した水素イオン(H+)をフィルタ基材102’側に透過し、当該水の分解により発生した酸素(O2)は当該フィルタ基材102’側に透過させないようする性質を有する。陽極110で発生した水素イオン(H+)をフィルタ基材102’側に効率良く透過させることができるとの理由から、陽極110と陽イオン交換膜106とは接触して配置されていることが好ましい。
【0034】
陽イオン交換膜106を構成する材料は特に限定されず、当該分野において公知のものが使用される。陽イオン交換膜106の厚さが特に限定されないが、陽極110で発生した水素イオンを効率的に透過しかつ酸素の透過を効率的に阻止することができるという理由から3mm~20mmであることが好ましい。
【0035】
本発明のエアフィルタ100はまた、陰極120とフィルタ基材102との間に陰イオン交換膜108が配置されている。陰イオン交換膜108は後述のように陰極120での水の分解により発生した水酸化物イオン(OH―)をフィルタ基材102側に透過し、当該水の分解により発生した水素(H2)は当該フィルタ基材102側に透過させないようする性質を有する。陰極120で発生した水酸化物イオン(OH―)をフィルタ基材102側に効率良く透過させることができるとの理由から、陰極120と陰イオン交換膜108とは接触して配置されていることが好ましい。
【0036】
陰イオン交換膜108を構成する材料は特に限定されず、当該分野において公知のものが使用される。陰イオン交換膜108の厚さが特に限定されないが、陰極120で発生した水酸化物イオンを効率的に透過しかつ水素の透過を効率的に阻止することができるという理由から3mm~20mmであることが好ましい。
【0037】
本発明のエアフィルタ100はまた、空気中の塵埃を効果的に捕捉するため、好ましくは塵埃捕捉剤として界面活性剤をフィルタ基材102,102’内に含有する。
【0038】
ここで、本明細書中に用いられる用語「塵埃」とは、例えば0.01μm~100μの平均粒子径を有する物質または物体であり、例えば空気中に浮遊するウイルス;バクテリア、カビ、花粉等のアレルゲン;タバコの煙;が包含される。本明細書中に用いられる用語「塵埃捕捉剤」は、上記塵埃を引き寄せてその場に留め、その分散を停止または防止することができる組成物を指していう。
【0039】
界面活性剤は、例えば生化学一般において使用されるものであり、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、および非イオン性界面活性剤、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。
【0040】
陽イオン性界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、脂肪酸ナトリウム塩、モノアルキル硫酸塩、アルキルポリオキシエチレン硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、モノアルキルリン酸塩、および第4級アンモニウム塩ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。陽イオン性界面活性剤の具体的な例としては、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウム、および塩化ベンゼトニウム、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。
【0041】
陰イオン性界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、アルキルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキルジメチルアンモニウム塩、アルキルベンジルジメチルアンモニウム塩、アルキルエーテルカルボン酸塩、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩、α-スルホ脂肪酸メチルエステル塩、α-オレフィンスルホン酸塩、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩、リン酸エステル塩、および脂肪酸塩、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。陰イオン性界面活性剤の具体的な例としては、ドデシル硫酸ナトリウム、脂肪酸カリウム(ラウリン酸カリウム)、脂肪酸ナトリウム(ラウリン酸ナトリウム)、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、およびアルキルエーテル硫酸エステルナトリウム、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。
【0042】
両性界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、アルキルジメチルアミンオキシド、アルキルカルボキシベタイン、アルキルベタイン、脂肪酸アミドプロピルベタイン、2-アルキル-N-カルボキシメチル-N-ヒドロキリエチルイミダゾリウムベタイン、アルキルジエチレントリアミノ酢酸、ジアルキルジエチレントリアミノ酢酸、およびアルキルアミンオキシド、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。両性界面活性剤の具体的な例としては、塩化アルキルポリアミノエチルグリシン、アルキルジメチルアミノ酢酸ベタイン、脂肪酸アミドプロピルジメチルアミノ酸ベタイン、2-アルキル-1-(2ヒドロキシエチル)イミダゾリニウム-1-アセテート、アルキルジアミノエチルグリシン、ジアルキルジアミノエチルグリシン、およびアルキルジメチルアミンオキシド、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。
【0043】
非イオン性界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール、脂肪酸ポリエチレングリコール、脂肪酸ポリオキシエチレンソルビタン、および脂肪酸アルカノールアミド、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。非イオン性界面活性剤の具体的な例としては、オクチルフェノールエトキシレート、ヘプタエチレングリコールモノドデシルエーテル、アルキルグルコシド、アシルグリセリン、ソルビタンモノアルカノエート、ソルビタンジアルカノエート、ソルビタントリアルカノエート、アシルスクロース、アルキリポリオキシエチレンエーテル、アルキルフェニルポリオキシエチレンエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン、アシルポリエチレングリコール、アシルポリオキシエチレンソルビタン、およびアルカノール脂肪酸アミド、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。
【0044】
本発明においては、花粉抗原や種々のウイルスに対する弱毒化に効果的であるという理由から、界面活性剤として非イオン性界面活性剤を含むことが好ましく、オクチルフェノールエトキシレートおよび/またはヘプタエチレングリコールモノドデシルエーテルを含むことがより好ましい。
【0045】
フィルタ基材102,102’への上記界面活性剤の付与は、当該界面活性剤を適切な溶媒に溶解させた溶液を調製し、例えば、これをフィルタ基材102,102’に噴霧または刷毛塗するか、当該溶液にフィルタ基材102,102’を浸漬することにより行うことができる。このような溶液の調製のために使用され得る溶媒は、特に限定されないが、例えば、水(例えば、純水、イオン交換水、RO水、蒸留水、および水道水、ならびにそれらの組み合わせ)、エタノール、メタノール、その他の有機溶媒(例えばアルカン類(ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカンなど)、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、酢酸エステル類(酢酸プロピル、酢酸ブチル、酢酸ペンチル、酢酸ヘキシルなど)、およびケトン類(ジエチルケトン、チオケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなど))、イオン性液体(例えば、有機窒素(アンモニウム)系液体、有機リン(ホスホニウム)系液体、および有機硫黄(スルホニウム)系液体など)、水酸化ナトリウム水溶液、および過酸化水素水、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。溶媒は、上記界面活性剤を溶解して均一な溶液を形成して、エアフィルタ100の製造の際にフィルタ基材102,102’に付与した際に界面活性剤とフィルタ基材102,102’との接触性を向上できる点で有用である。
【0046】
このような界面活性剤を含む溶液はまた、その他の成分を含有していてもよい。その他の成分の例としては、抗菌剤、抗ウイルス剤、消臭剤、分散剤、アルカリ剤、水軟化剤、および安定化剤、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。その他の成分の含有量は、上記界面活性剤の作用を損なわない程度に当業者によって適宜選択され得る。
【0047】
図2は、
図1に示す本発明のエアフィルタにおける酸・塩基発生機序を説明するための概念図である。
【0048】
本発明のエアフィルタ100では、空気中の湿気等によってフィルタ基材102,102’が適度な水分を含有した状態で陽極110と陰極120との間に所定の電圧(例えば、10V~400V)を印加すると、水の理論分裂電圧である0.83V以上の電圧で、エアフィルタ100内に酸と塩基とが産生される。具体的には、バイポーラ膜104において水の分解により生じた水素イオン(H+)が、当該バイポーラ膜104の陽イオン交換層104aからフィルタ基材102側に移動し、当該分解より生じた水酸化物イオン(OH―)が、当該バイポーラ膜104の陰イオン交換層104bからフィルタ基材102’側に移動する。また、陽極110上では、水素イオン(H+)と酸素(O2)とが発生し、当該水素イオンは陽イオン交換膜106を通じてフィルタ基材102’側に移動する。他方、陰極120上では、水酸化物イオン(OH―)と水素(H2)とが発生し、当該水酸化物イオンは陰イオン交換膜108を通じてフィルタ基材102側に移動する。
【0049】
図3のフィルタ基材102、102’に含まれる電解質のうち、陰イオンは陰イオン交換膜108を透過してバイポーラ膜104で分裂された水素イオンと結合し、酸を生成する。一方で、フィルタ基材102、102’に含まれる電解質のうち、陽イオンは陽イオン交換膜106を透過してバイポーラ膜104で分裂された水酸化物イオンと結合し、塩基を生成する。これらにより作られた酸および塩基は、フィルタに捕捉された有機物(特に、細菌、ウイルス、抗原など)を酸化、分解等により機能を失わせる。これにより、フィルタ基材102,102’に捕捉された塵埃中のアレルゲンやウイルスが弱毒化される。また、フィルタ基材102,102’が上記界面活性剤を含有する場合は、さらにその弱毒化の効果を高めることができる。
【0050】
図3は、本発明のエアフィルタの他の例を示す平面図である。
【0051】
図3に示すエアフィルタ200は、1つのフィルタ内に、複数の陽極110および陰極120が互いに平行となるように配置されている。また、フィルタの端部以外に位置する陽極110は陽イオン交換膜106で挟持されており、フィルタの端部以外に位置する陰極120は陰イオン交換膜108で挟持されている。さらに、1つ陽イオン交換膜106と1つの陰イオン交換膜108との間にはバイポーラ膜104が配置されている。
【0052】
図3に示すエアフィルタ200において、これらのすべての陽極110および陰極120に所定の電圧を印加することにより、空気中の湿気により当該エアフィルタ200中に含まれる水の電気分解が進めることができる。その結果、エアフィルタ200の表面および/またはその内部(すなわち、フィルタ基材の表面および/またはその内部)に存在する塵埃中のアレルゲンやウイルスの吸着かつ弱毒化を行うことができる。
【0053】
図4は、本発明のエアフィルタのさらに別の例を示す平面図である。
【0054】
図4に示すエアフィルタ300は、1つのフィルタ内に、複数の陽極310および陰極320が互いに平行となるように配置されている。また、フィルタの端部以外に位置する陽極310は陽イオン交換膜306で挟持されており、フィルタの端部以外に位置する陰極320は陰イオン交換膜308で挟持されている。さらに、1つ陽イオン交換膜306と1つの陰イオン交換膜308との間にはバイポーラ膜304が配置されている。
【0055】
図4に示すエアフィルタ300ではさらに、すべての陽極310がエアフィルタ300の一方の端部に配置された陽極基部330と電気的に接続されており、すべての陰極320がエアフィルタ300の他方の端部に配置された陰極基部340と電気的に接続されている。また、陽極310の端部と陰極基部340との間、および陰極320の端部と陽極基部330との間には、それぞれ絶縁部350が設けられ、それらの間は電気的に絶縁されている。
【0056】
図4に示すエアフィルタ300において、陽極基部330と陰極基部340との間に所定の電圧を印加することにより、これらに接続されたフィルタ内のすべての陽極310および陰極320に一括して当該電圧が印加される。これにより、空気中の湿気により当該エアフィルタ300中に含まれる水の電気分解が進めることができる。その結果、エアフィルタ300の表面および/またはその内部(すなわち、フィルタ基材の表面および/またはその内部)に存在する塵埃中のアレルゲンやウイルスの吸着かつ弱毒化を行うことができる。
【0057】
このように、本発明のエアフィルタは、フィルタ基材にバイポーラ膜、陽極および陰極を設けることにより、例えば空気中に含まれる湿気を利用して空気中に塵埃として浮遊するアレルゲンやウイルスを効果的吸着しかつ簡便に弱毒化を行うことができる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0059】
(実施例1:エアフィルタ(E1)の作製)
図5に示すように、フィルタ基材402,402’,402”として、45mm×45mm×2mmの大きさを有するHEPAフィルタ(パナソニック株式会社製F-ZXGP80集じんフィルタ)3枚を用い、これらのフィルタ基材の間にバイポーラ膜404(株式会社アストム製ネオセプタBP-1E;厚さ1mm)および陰イオン交換膜408(株式会社アストム製;ネオセプタAM-1;厚さ0.5mm)をそれぞれ接合し、さらにその外側に陽極410および陰極420として白金黒電極(自作;1gの六塩化白金酸を30mLの水に溶解し、さらに10mgの酢酸鉛を添加して、約30mA/cm
2の電流密度で、15分間還元反応でメッキし、その後水洗して保存したもの)を接合することにより、エアフィルタサンプル(E1)(エアフィルタ400)を得た。
【0060】
なお、このエアフィルタサンプル(E1)を作製する際の上記材料の接合には、
導電性接着剤(銀入りペースト)を使用した。さらに、バイポーラ膜404については、当該バイポーラ膜404を構成する陽イオン交換層が陽極410側を指向し、かつ陰イオン交換層が陰極420側を指向するように配置した。
【0061】
このようにして得られたエアフィルタサンプル(E1)を用いて、以下のスギ花粉抗原の分解試験を行った。
【0062】
まず、スギ花粉(富士フイルム和光純薬株式会社製)を生理食塩水に添加して3質量%のスギ花粉試験液を作製し、当該試験液10μLを上記で得られたエアフィルタサンプル(E1)のフィルタ基材の各面上に滴下し、自然乾燥させた。次いで、このエアフィルタサンプル(E1)を、湿度40%および温度25℃で一定に保持された恒温恒湿槽(SUNPLATEC社製STC-V)内に入れ、エアフィルタサンプル(E1)の陽極410および陰極420を通じて、ソーラーパネル(15cm×20cm)を用い、デジタルマルチメータ(株式会社エーディーシー製7351A)でモニターしながら、10Vの起電力を10分間印加した。その後、恒温恒湿層からエアフィルタサンプル(E1)を取り出し、エアフィルタ400中のフィルタ基材402(酸側)およびフィルタ基材402”(塩基側)をそれぞれ別々の純水中に浸漬し、1時間転倒混和し、溶出サンプルとした。これを2回繰り返し、その合計を残留花粉抗原とした。得られた溶液中に存在する花粉抗原(スギ花粉抗原CryJ1)量(サンプル中の花粉抗原量)(μg/mL)を、CryJ1測定ELISAキット(株式会社特殊免疫研究所製)を用いて測定した。
【0063】
また、上記で採用した湿度40%に代えて、湿度50%および60%のそれぞれに調節した恒温恒湿槽を用い、上記と同様にして、得られた溶液中に残存する花粉抗原量(ng/mL)を測定した。いずれの試験についても4回行い、得られた残存スギ花粉抗原量の平均値および標準偏差をそれぞれ算出した。結果を
図6に示す。
【0064】
図6に示すように、上記で得られたエアフィルタサンプル(E1)は、湿度40%、60%および80%のいずれの場合でも、フィルタ基材402(酸側)およびフィルタ基材402”(塩基側)の両方において電圧印加後の残存スギ花粉抗原量が10ng/mLを下回っており、スギ花粉の弱毒化に有効であったことがわかる。また、湿度が高くなるほど、このスギ花粉の弱毒化が一層有効となる傾向にあったこともわかる。
【0065】
(実施例2:エアフィルタ(E2)の作製
)
図5に示すフィルタ基材402,402’,402”として、HEPAフィルタの代わりに、45mm×45mm×2mmの大きさを有する炭素フィルタ(パナソニック株式会社製EYGA091203A)3枚を用いたこと以外は実施例1と同様にしてエアフィルタサンプル(E2)(エアフィルタ400)を作製した。
【0066】
このようにして得られたエアフィルタサンプル(E2)を用いて、実施例1と同様にしてスギ花粉抗原の分解試験を行い、得られた残存スギ花粉抗原量の平均値および標準偏差をそれぞれ算出した。結果を
図7に示す。
【0067】
図7に示すように、上記で得られたエアフィルタサンプル(E2)は、湿度40%、60%および80%のいずれの場合でも、フィルタ基材402(酸側)およびフィルタ基材402”(塩基側)の両方において電圧印加後の残存スギ花粉抗原量がほぼ8ng/mLを下回っており、スギ花粉の弱毒化に有効であったことがわかる。また、湿度が高くなるほど、このスギ花粉の弱毒化が一層有効となる傾向にあったこともわかる。
【0068】
(実施例3:非イオン性界面活性剤を用いるエアフィルタ(E3)の作製)
図5に示すフィルタ基材402,402’,402”として、(未処理の)HEPAフィルタの代わりに、45mm×45mm×2mmの大きさを有するHEPAフィルタ(パナソニック株式会社製F-ZXGP80集じんフィルタ)を予め0.1質量%のオクチルフェノールエトキシレート(非イオン性界面活性剤)水溶液に25℃で30分間含浸させ、その後自然乾燥させたもの3枚を用いたこと以外は実施例1と同様にしてエアフィルタサンプル(E3)(エアフィルタ400)を作製した。
【0069】
このようにして得られたエアフィルタサンプル(E3)を用い、かつ恒温恒湿槽の湿度を60%に固定したこと以外は実施例1と同様にしてスギ花粉抗原の分解試験を行い、得られた残存スギ花粉抗原量の平均値および標準偏差をそれぞれ算出した。結果を
図8に示す。
【0070】
図8に示すように、上記で得られたエアフィルタサンプル(E3)は、フィルタ基材402(酸側)およびフィルタ基材402”(塩基側)の両方において電圧印加後の残存スギ花粉抗原量が3ng/mLを下回っており、スギ花粉の弱毒化に一層有効であったことがわかる。
【0071】
(実施例4:非イオン性界面活性剤を用いるエアフィルタ(E4)の作製)
図5に示すフィルタ基材402,402’,402”として、(未処理の)HEPAフィルタの代わりに、45mm×45mm×2mmの大きさを有する炭素フィルタ(パナソニック株式会社製EYGA091203A)を予め0.1質量%のヘプタエチレングリコールモノドデシルエーテル(非イオン性界面活性剤)水溶液に25℃で30分間含浸させ、その後自然乾燥させたもの3枚を用いたこと以外は実施例1と同様にしてエアフィルタサンプル(E4)(エアフィルタ400)を作製した。
【0072】
このようにして得られたエアフィルタサンプル(E4)を用い、かつ恒温恒湿槽の湿度を60%に固定したこと以外は実施例1と同様にしてスギ花粉抗原の分解試験を行い、得られた残存スギ花粉抗原量の平均値および標準偏差をそれぞれ算出した。結果を
図9に示す。
【0073】
図9に示すように、上記で得られたエアフィルタサンプル(E4)は、フィルタ基材402(酸側)およびフィルタ基材402”(塩基側)の両方において電圧印加後の残存スギ花粉抗原量が2ng/mLを下回っており、スギ花粉の弱毒化に一層有効であったことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明によれば、例えば、空調関連機器分野、住宅関連機器分野、建築分野等において有用である。
【符号の説明】
【0075】
100,200,300,400 エアフィルタ
102,102’,402,402’,402” フィルタ基材
103 通気面
104,304,404 バイポーラ膜
106,306,406 陽イオン交換膜
108,308,408 陰イオン交換膜
110,310,410 陽極
120,320,420 陰極
330 陽極基部
340 陰極基部
350 絶縁部