(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-23
(45)【発行日】2024-01-31
(54)【発明の名称】形質転換微生物、及びポリヒドロキシアルカン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20240124BHJP
C12N 15/52 20060101ALI20240124BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240124BHJP
C12P 7/62 20220101ALI20240124BHJP
【FI】
C12N15/09 Z ZNA
C12N15/52 Z
C12N1/21
C12P7/62
(21)【出願番号】P 2021501777
(86)(22)【出願日】2020-01-29
(86)【国際出願番号】 JP2020003155
(87)【国際公開番号】W WO2020174987
(87)【国際公開日】2020-09-03
【審査請求日】2022-11-18
(31)【優先権主張番号】P 2019036007
(32)【優先日】2019-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】有川 尚志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊輔
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/021046(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/216726(WO,A1)
【文献】UniProtKB, Accession No. Q0K961,H16-A2365 gene,[online],Last modified: October 3,2006,[retrieved on 2020.03.23],<URL: https://www.uniprot.org/uniprot/Q0K961>
【文献】佐藤 俊輔ほか,微生物による生分解性ポリマーPHBH製造法の開発,生物工学会誌,2019年02月25日,Vol. 97,No. 2,pp. 66-74
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
SwissProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を有し、A2365遺伝子の発現が強化された、
カプリアビダス・ネカトールの形質転換微生物。
【請求項2】
請求項
1に記載の形質転換微生物を、炭素源の存在下で培養する工程を含む、ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項3】
炭素源が、油脂あるいは脂肪酸を含有する、請求項
2に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項4】
炭素源が、糖を含有する、請求項
2に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項5】
炭素源が、二酸化炭素を含有する、請求項
2に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項6】
ポリヒドロキシアルカン酸が、2種以上のヒドロキシアルカン酸の共重合体である、請求項
2~
5のいずれか1項に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項7】
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、3-ヒドロキシヘキサン酸をモノマーユニットとして含有する共重合体である、請求項
6に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項8】
前記ポリヒドロキシアルカン酸が、3-ヒドロキシ酪酸と3-ヒドロキシヘキサン酸との共重合体である、請求項
7に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸を生産可能な形質転換微生物、及び、当該形質転換微生物を用いたポリヒドロキシアルカン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境問題、食糧問題、健康及び安全に対する意識の高まり、天然又は自然志向の高まりなどを背景に、微生物を利用した物質製造(発酵生産、バイオ変換など)の意義及び重要性が益々高まっており、タンパク質医薬品や遺伝子治療用の核酸などの製造にも、微生物による物質生産が応用されている。例えば、酵母やバクテリアなどの微生物を利用したエタノール、酢酸、医療用タンパク質の生産などが活発に産業応用されている。
【0003】
その一例として、生分解性プラスチックとしての産業利用が期待されているポリヒドロキシアルカン酸(以下、PHAともいう)の微生物による生産が挙げられる(非特許文献1を参照)。PHAは、多くの微生物種の細胞にエネルギー蓄積物質として産生、蓄積される熱可塑性ポリエステルであり、生分解性を有している。現在、環境への意識の高まりから非石油由来のプラスチックが注目されるなか、特に、微生物が菌体内に産生、蓄積するPHAは、自然界の炭素循環プロセスに取り込まれることから生態系への悪影響が小さいと予想されており、その実用化が切望されている。微生物を利用したPHA生産では、例えば、カプリアビダス属細菌に炭素源として糖、植物油脂や脂肪酸を与え、細胞内にPHAを蓄積させることでPHAを生産することが知られている(非特許文献2及び3を参照)。
【0004】
しかしながら、微生物を利用した物質生産においては、目的生産物の分離回収工程が煩雑となり、生産コストが高くなることが問題になるケースがある。従って、目的生産物の分離回収効率を向上させることは、生産コストの低減のための大きな課題である。
【0005】
非特許文献4には、カプリアビダス属細菌においてフェイシンタンパク質をコードする遺伝子phaP1を破壊することで、非破壊の場合より大粒子径のPHAを蓄積したことが報告されており、これを目的生産物の分離回収効率を改善する方法として採用することが考えられる。しかし、該phaP1破壊株はPHA蓄積量が著しく減少することが示されており、工業生産に適したものではなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Anderson AJ.,et al.,Int.J.Biol.Macromol.,12,102-105(1990)
【文献】Sato S.,et al.,J.Biosci.Bioeng.,120(3),246-251(2015)
【文献】Insomphun C.,et al.,Metab.Eng.,27,38-45(2015)
【文献】Potter M.,et al.,Microbiology,151(Pt 3),825-833(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
PHAは微生物細胞内において粒子状に蓄積される。微生物細胞内に蓄積されたPHAを生分解性プラスチックとして利用するためには、細胞を破砕してPHA粒子を取り出し、他の細胞成分から分離し、回収する。分離回収の手法は、大きくは有機溶媒系による方法と水系による方法に分けられるが、有機溶媒の使用は高環境負荷、高コストとなるため、工業的には水系による方法が好ましい。水系による方法では、例えば、PHA粒子を含む細胞破砕液から、遠心分離機や分離膜等によってPHA粒子を分離することができる。このような場合、分離回収の効率はPHA粒子の大きさに依存することになる。即ち、微生物細胞内に蓄積されたPHA粒子が大きいほど、遠心分離機や分離膜等を用いた分離回収を容易に実施でき、生産コストの低減につながる。
【0008】
本発明は、上記現状に鑑み、大粒子径のPHAを蓄積可能な形質転換微生物、及び、当該形質転換微生物を用いたPHAの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意検討した結果、カプリアビダス属細菌において機能未知とされているA2365遺伝子(例えば配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子)の発現を強化することで、工業的に望ましいPHA蓄積量を維持しながら、微生物細胞内に蓄積されるPHAの粒子径を拡大できることを見出し、本発明に至った。
【0010】
すなわち本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を有し、A2365遺伝子の発現が強化された、形質転換微生物に関する。前記形質転換微生物は、カプリアビダス属に属することが好ましく、カプリアビダス・ネカトールの形質転換微生物であることがより好ましい。
また本発明は、前記形質転換微生物を、炭素源の存在下で培養する工程を含む、ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法にも関する。炭素源は、油脂あるいは脂肪酸を含有してもよく、また、糖を含有してもよく、二酸化炭素を含有してもよい。ポリヒドロキシアルカン酸は、2種以上のヒドロキシアルカン酸の共重合体であることが好ましく、3-ヒドロキシヘキサン酸をモノマーユニットとして含有する共重合体であることがより好ましく、3-ヒドロキシ酪酸と3-ヒドロキシヘキサン酸との共重合体であることがさらに好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、大粒子径のPHAを蓄積可能な形質転換微生物、及び、当該形質転換微生物を用いたPHAの製造方法を提供することができる。本発明によると、微生物細胞内に大粒子径のPHA粒子が蓄積されるため、細胞破砕後に細胞成分からのPHAの分離回収が容易となり、生産コストの低減を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
本発明に係る形質転換微生物は、PHA合成酵素遺伝子を有し、A2365遺伝子の発現が強化された、形質転換微生物である。
【0013】
(微生物)
本発明に係る形質転換微生物は、PHA合成酵素遺伝子を有し、かつ、A2365遺伝子の発現が強化されるように形質転換された微生物である(以下、A2365遺伝子発現強化株ともいう)。本発明に係る形質転換微生物の宿主は、PHA合成酵素遺伝子を有する微生物であれば特に限定されない。当該細菌としては、例えば、ラルストニア(Ralstonia)属、カプリアビダス(Cupriavidus)属、ワウテルシア(Wautersia)属、アエロモナス(Aeromonas)属、エシェリキア(Escherichia)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、シュードモナス(Pseudomonas)属等に属する細菌類が好ましい例として挙げられる。安全性及びPHA生産性の観点から、より好ましくはラルストニア属、カプリアビダス属、アエロモナス属、ワウテルシア属に属する細菌であり、さらに好ましくはカプリアビダス属又はアエロモナス属に属する細菌であり、さらにより好ましくはカプリアビダス属に属する微生物であり、特に好ましくはカプリアビダス・ネカトール(Cupriavidus necator)である。
【0014】
本発明に係る形質転換微生物の宿主は、PHA合成酵素遺伝子を本来的に有する野生株であってもよいし、そのような野生株を人工的に突然変異処理して得られる変異株や、あるいは、遺伝子工学的手法により外来のPHA合成酵素遺伝子が導入された菌株であってもよい。外来のPHA合成酵素遺伝子を導入する方法は特に限定されず、宿主の染色体上に遺伝子を直接挿入または置換する方法、宿主が保有するメガプラスミド上に遺伝子を直接挿入または置換する方法、あるいはプラスミド、ファージ、ファージミドなどのベクター上に遺伝子を配置して導入する方法などが選択でき、これらの方法のうち2つ以上を併用しても良い。導入遺伝子の安定性を考慮すると、好ましくは、宿主の染色体上または宿主が保有するメガプラスミド上に遺伝子を直接挿入または置換する方法であり、より好ましくは、宿主の染色体上に遺伝子を直接挿入または置換する方法である。
【0015】
(PHA合成酵素遺伝子)
PHA合成酵素遺伝子としては特に限定されないが、ラルストニア属、カプリアビダス属、ワウテルシア属、アルカリゲネス属、アエロモナス属、シュードモナス属、ノルカディア属、クロモバクテリウム属に類する生物に由来するPHA合成酵素遺伝子や、それらの改変体などが挙げられる。前記改変体としては、1以上のアミノ酸残基が欠失、付加、挿入、又は置換されたPHA合成酵素をコードする塩基配列などを用いることができる。例えば、配列番号2~6のいずれかに記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチドをコードする塩基配列を有する遺伝子、及び、該アミノ酸配列に対して85%以上の配列相同性を有するアミノ酸配列で示され、かつPHA合成酵素活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有する遺伝子などが挙げられる。上記配列相同性としては好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上である。
【0016】
(PHA)
本発明のA2365遺伝子発現強化株が生産するPHAの種類としては、微生物が生産し得るPHAである限り特に限定されないが、炭素数4~16の3-ヒドロキシアルカン酸から選択される1種のモノマーの単独重合体、炭素数4~16の3-ヒドロキシアルカン酸から選択される1種のモノマーとその他のヒドロキシアルカン酸(例えば、炭素数4~16の2-ヒドロキシアルカン酸、4-ヒドロキシアルカン酸、5-ヒドロキシアルカン酸、6-ヒドロキシアルカン酸など)の共重合体、及び、炭素数4~16の3-ヒドロキシアルカン酸から選択される2種以上のモノマーの共重合体が好ましい。例えば、3-ヒドロキシ酪酸(略称:3HB)のホモポリマーであるP(3HB)、3HBと3-ヒドロキシ吉草酸(略称:3HV)の共重合体P(3HB-co-3HV)、3HBと3-ヒドロキシヘキサン酸(略称:3HH)の共重合体P(3HB-co-3HH)(略称:PHBH)、3HBと4-ヒドロキシ酪酸(略称:4HB)の共重合体P(3HB-co-4HB)、乳酸(略称:LA)を構成成分として含むPHA、例えば3HBとLAの共重合体P(LA-co-3HB)などが挙げられるが、これらに限定されない。この中でも、ポリマーとしての応用範囲が広いという観点から、PHBHが好ましい。なお、生産されるPHAの種類は、目的に応じて、使用する微生物の保有するあるいは別途導入されたPHA合成酵素遺伝子の種類や、その合成に関与する代謝系の遺伝子の種類、培養条件などによって適宜選択しうる。
【0017】
(A2365遺伝子)
本発明で発現が強化されるA2365遺伝子は、配列番号1に記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチド(UniProtKB ID Q0K961)、及び、該アミノ酸配列に対して85%以上の配列相同性を有するアミノ酸配列で示されるポリペプチドをコードする塩基配列を有する遺伝子である。上記配列相同性としては好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上である。なお、A2365遺伝子が有する機能は未だ報告されていない。
【0018】
(遺伝子発現強化)
本発明における遺伝子発現の強化とは、対象遺伝子の発現が強化されていない菌株と比較して、対象遺伝子の転写量または対象遺伝子のコードするポリペプチドの発現量が増加している状態を指す。その増加量は特に限定されないが、対象遺伝子の発現が強化されていない菌株と比較して1倍超であればよく、好ましくは1.1倍以上、より好ましくは1.2倍以上、さらに好ましくは1.5倍以上、さらにより好ましくは2倍以上の増加である。
【0019】
本発明において、A2365遺伝子の発現を強化する方法は特に限定されないが、対象遺伝子を宿主に導入する方法、宿主がゲノムDNA上に元来有する対象遺伝子の発現量を増強する方法、またはその両方を選択することができる。
【0020】
対象遺伝子を宿主に導入する方法としては特に限定されないが、宿主の染色体上に対象遺伝子を直接挿入または置換する方法、宿主が保有するメガプラスミド上に対象遺伝子を直接挿入または置換する方法、あるいはプラスミド、ファージ、ファージミドなどのベクター上に対象遺伝子を配置して導入する方法などが選択でき、これらの方法のうち2つ以上を併用しても良い。
【0021】
導入遺伝子の安定性を考慮すると、好ましくは、宿主の染色体上または宿主が保有するメガプラスミド上に対象遺伝子を直接挿入または置換する方法であり、より好ましくは、宿主の染色体上に対象遺伝子を直接挿入または置換する方法である。導入する遺伝子を確実に発現させるために、対象遺伝子が、宿主が元来有する「遺伝子発現調節配列」の下流に位置するように導入するか、または、対象遺伝子が、外来の「遺伝子発現調節配列」の下流に位置する形で導入することが好ましい。本発明における「遺伝子発現調節配列」とは、その遺伝子の転写量を制御する塩基配列(例えばプロモーター配列)、及び/または、その遺伝子から転写されたメッセンジャーRNAの翻訳量を調節する塩基配列(例えばシャイン・ダルガノ配列)を含むDNA配列である。「遺伝子発現調節配列」としては、自然界に存在する任意の塩基配列を利用することもできるし、人工的に構築または改変された塩基配列を利用しても良い。
【0022】
また、宿主がゲノムDNA上に元来有する対象遺伝子の発現量を増強する方法としては特に限定されないが、対象遺伝子の上流に位置する「遺伝子発現調節配列」を改変する方法、対象遺伝子の上流に外来の「遺伝子発現調節配列」を導入する方法、あるいは、対象遺伝子及び/またはその周辺の塩基配列を改変することにより、転写されたメッセンジャーRNAの安定性を向上させる方法などが挙げられる。
【0023】
「遺伝子発現調節配列」に含まれるプロモーター配列やシャイン・ダルガノ配列としては、例えば、配列番号7~13のいずれかに示される塩基配列、または、これら塩基配列の一部を含む塩基配列などが挙げられるが、特に限定されない。
【0024】
ゲノムDNAの少なくとも一部の置換、欠失、挿入及び/又は付加は、当業者に周知の方法により行うことができる。代表的な方法としてはトランスポゾンと相同組換えの機構を利用した方法(Ohman et al., J. Bacteriol., 162:1068-1074 (1985))や、相同組換えの機構によって起こる部位特異的な組み込みと第二段階の相同組換えによる脱落を原理とした方法(Noti et al., Methods Enzymol., 154:197-217 (1987))などがある。また、Bacillus subtilis由来のsacB遺伝子を共存させて、第二段階の相同組換えによって遺伝子が脱落した微生物株をスクロース耐性株として容易に単離する方法(Schweizer, Mol. Microbiol., 6:1195-1204 (1992)、Lenz et al., J. Bacteriol., 176:4385-4393 (1994))も利用することができる。さらに別の方法として、標的DNAを改変するためのCRISPR/Cas9システムによるゲノム編集技術(Y. Wang et al., ACS Synth Biol. 2016, 5(7):721-732)も利用することができる。CRISPR/Cas9システムでは、ガイドRNA(gRNA)は改変すべきゲノムDNAの塩基配列の一部に結合しうる配列を有しており、Cas9を標的に運ぶ役割をもつ。
【0025】
細胞へのベクターの導入方法としても特に限定されないが、例えば、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール法、スフェロプラスト法等が挙げられる。
【0026】
本発明のA2365遺伝子発現強化株を培養することで、菌体内にPHAを蓄積させることができる。本発明のA2365遺伝子発現強化株を培養する方法としては、常法の微生物培養法に従うことができ、適切な炭素源が存在する培地中で培養を行なえばよい。培地組成、炭素源の添加方法、培養スケール、通気攪拌条件や、培養温度、培養時間などは特に限定されない。炭素源は、連続的に、または間欠的に培地に添加することが好ましい。
【0027】
培養時の炭素源としては、本発明のA2365遺伝子発現強化株が資化可能であればどのような炭素源でも使用可能である。特に限定されないが、例えば、グルコース、フルクトース、シュークロースなどの糖類;パーム油やパーム核油(これらを分別した低融点分画であるパームオレイン、パームダブルオレイン、パーム核油オレインなども含む)、コーン油、やし油、オリーブ油、大豆油、菜種油、ヤトロファ油などの油脂やその分画油類、あるいはその精製副産物;ラウリン酸、オレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、ミリンスチン酸などの脂肪酸やそれらの誘導体、あるいはグリセロール等が挙げられる。また、本発明のA2365遺伝子発現強化株が二酸化炭素、一酸化炭素、メタン、メタノール、エタノールなどのガスやアルコール類を利用可能である場合、これらを炭素源として使用することもできる。
【0028】
本発明におけるPHAの製造では、上記炭素源、炭素源以外の栄養源である窒素源、無機塩類、その他の有機栄養源を含む培地を用いて、前記微生物を培養することが好ましい。下記に限定されないが、窒素源としては、例えば、アンモニア;塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩;ペプトン、肉エキス、酵母エキス等が挙げられる。無機塩類としては、例えば、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2ナトリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。その他の有機栄養源としては、例えば、グリシン、アラニン、セリン、スレオニン、プロリン等のアミノ酸、ビタミンB1、ビタミンB12、ビタミンC等のビタミン等が挙げられる。
【0029】
培養を適切な時間行なって菌体内にPHAを蓄積させた後、周知の方法を用いて菌体からPHAを回収する。回収方法については特に限定されないが、例えば、培養終了後、培養液から遠心分離機等で菌体を分離し、乾燥させた後、乾燥菌体から、クロロホルム等の有機溶剤を用いてPHAを抽出し、このPHAを含んだ有機溶剤溶液から濾過等によって細胞成分を除去し、その濾液にメタノールやヘキサン等の貧溶媒を加えてPHAを沈殿させ、濾過や遠心分離によって上澄み液を除去し、乾燥させてPHAを回収することができる。また、界面活性剤やアルカリ、酵素などを用いてPHA以外の細胞成分を水に溶解させた後、濾過や遠心分離によってPHA粒子を水相から分離し乾燥させて回収することもできる。本発明により製造され得る大粒径のPHAは、このような水系による分離回収が容易に実施できるため好ましい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。なお全体的な遺伝子操作は、例えばMolecular Cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989))に記載されているように行うことができる。また、遺伝子操作に使用する酵素、クローニング宿主等は、市場の供給者から購入し、その説明に従い使用することができる。なお、酵素としては、遺伝子操作に使用できるものであれば特に限定されない。
【0031】
(製造例)A2365遺伝子発現強化株の作製
まず、A2365遺伝子発現用プラスミドpCUP2-trc-A2365の作製を行った。作製は以下のように行った。
【0032】
合成オリゴDNAを用いたPCRにより、カプリアビダス・ネカトールH16株のゲノムDNAを鋳型として、A2365遺伝子配列を有するDNA断片(配列番号14)を得た。このDNA断片を制限酵素MunIおよびSpeIで消化し、得られたDNA断片を、国際公開2007/049716号に記載のプラスミドベクターpCUP2をMunIおよびSpeIで切断したものと連結して、プラスミドベクターpCUP2-A2365を得た。
【0033】
さらに、合成オリゴDNAを用いたPCRにより、大腸菌に由来するプロモーター配列を有するDNA断片(配列番号15)を得た。このDNA断片を制限酵素EcoRIおよびMunIで消化し、得られたDNA断片を、プラスミドベクターpCUP2-A2365をMunIで切断したものと連結した。得られたプラスミドベクターから、A2365遺伝子配列がプロモーター配列の下流側に位置する向きで連結されたプラスミドベクターを選別し、A2365遺伝子発現用プラスミドベクターpCUP2-trc-A2365とした。
【0034】
次に、A2365遺伝子発現用プラスミドベクターpCUP2-trc-A2365をKNK-005株に導入して、A2365遺伝子発現強化株を得た。KNK005株は、カプリアビダス・ネカトールH16株の染色体上にアエロモナス・キャビエ由来のPHA合成酵素遺伝子(配列番号4に記載のアミノ酸配列を有するPHA合成酵素をコードする遺伝子)が導入された形質転換体であり、米国特許第7384766号明細書に記載の方法に準じて作成することができる。
【0035】
プラスミドベクターの細胞への導入は以下のように電気導入によって行った。遺伝子導入装置はBiorad社製のジーンパルサーを用い、キュベットは同じくBiorad社製のgap0.2cmを用いた。キュベットに、コンピテント細胞400μlと発現ベクター20μlを注入してパルス装置にセットし、静電容量25μF、電圧1.5kV、抵抗値800Ωの条件で電気パルスをかけた。パルス後、キュベット内の菌液をNutrientBroth培地(DIFCO社製)で30℃、3時間振とう培養し、選択プレート(NutrientAgar培地(DIFCO社製)、カナマイシン100mg/L)で、30℃にて2日間培養して、生育してきたA2365遺伝子発現強化株を取得した。
【0036】
(比較例)KNK-005株によるPHA生産
下記の条件でKNK-005株を用いた培養検討を行なった。
【0037】
(培地)
種母培地の組成は1w/v% Meat-extract、1w/v% Bacto-Tryptone、0.2w/v% Yeast-extract、0.9w/v% Na2HPO4・12H2O 、0.15w/v% KH2PO4、(pH6.8)とした。
【0038】
前培養培地の組成は1.1w/v% Na2HPO4・12H2O、0.19w/v%KH2PO4、1.29 w/v%(NH4)2SO4 、0.1w/v% MgSO4・7H2O、2.5w/v% パームオレインオイル、0.5v/v% 微量金属塩溶液(0.1N塩酸に1.6w/v% FeCl3・6H2O、1w/v% CaCl2・2H2O、0.02w/v% CoCl2・6H2O、0.016w/v% CuSO4・5H2O、0.012w/v% NiCl2・6H2Oを溶かしたもの)とした。炭素源としてパームオレインオイルを10g/Lの濃度で一括添加した。
【0039】
PHA生産培地の組成は0.385w/v% Na2HPO4・12H2O、0.067w/v% KH2PO4、0.291w/v%(NH4)2SO4、0.1w/v% MgSO4・7H2O、0.5v/v% 微量金属塩溶液(0.1N塩酸に1.6w/v% FeCl3・6H2O、1w/v% CaCl2・2H2O、0.02w/v% CoCl2・6H2O、0.016w/v% CuSO4・5H2O、0.012w/v% NiCl2・6H2Oを溶かしたもの)とした。
【0040】
(PHA蓄積量割合の測定方法)
PHA蓄積量の割合は次のように測定した。遠心分離によって培養液から菌体を回収、エタノールで洗浄、凍結乾燥し、乾燥菌体を取得し、重量を測定した。得られた乾燥菌体1gに100mlのクロロホルムを加え、室温で一昼夜攪拌して、菌体内のPHAを抽出した。菌体残渣をろ別後、エバポレーターで総容量が30mlになるまで濃縮後、90mlのヘキサンを徐々に加え、ゆっくり攪拌しながら、1時間放置した。析出したPHAをろ別後、50℃で3時間真空乾燥した。乾燥PHAの重量を測定し、乾燥菌体量に対してPHA蓄積量が占める割合を算出した。
【0041】
(PHA粒子径の測定方法)
PHA粒子径は次のように測定した。培養後の培養液を65℃で60分間処理し、菌体細胞不活化を行った後、3.3w/v% ドデシル硫酸ナトリウム水溶液により150倍に希釈し、超音波破砕によりPHA抽出液を得た。超音波破砕にはSMT社製超音波分散機UH?600を用い、最大出力で40秒、4回の処理を行った。得られたPHA抽出液をレーザー回折・散乱式粒子径分布測定装置(Microtrac MT3300EXII)により解析し、PHA粒子の体積平均径(MV)を測定した。測定は標準的な設定(粒子透過性:透過、粒子屈折率:1.81、粒子形状:非球形、溶媒屈折率:1.333)で行った。
【0042】
(PHA生産培養)
PHA生産培養は次のように行った。まず、KNK-005株のグリセロールストック(50μl)を種母培地(10ml)に接種して24時間培養し種母培養を行なった。次に種母培養液を、1.8Lの前培養培地を入れた3Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製MDL-300型)に1.0v/v%接種した。運転条件は、培養温度33℃、攪拌速度500rpm、通気量1.8L/minとし、pHは6.7~6.8の間でコントロールしながら28時間培養し、前培養を行なった。pHコントロールには14%水酸化アンモニウム水溶液を使用した。
【0043】
次に、前培養液を、2.5LのPHA生産培地を入れた5Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製MDS-U50型)に5.0v/v%接種した。運転条件は、培養温度33℃、攪拌速度420rpm、通気量2.1L/minとし、pHは6.7~6.8の間でコントロールした。pHコントロールには25%水酸化アンモニウム水溶液を使用した。炭素源は断続的に添加した。炭素源としてはパームオレインオイルを使用した。培養は、乾燥菌体量に対するPHA蓄積量の割合が90%程度に達するまで行った。PHA蓄積量の割合およびPHA粒子径は前述のように測定した。結果を表1に示す。
【0044】
(実施例)A2365遺伝子発現強化株によるPHA生産
比較例と同様の条件でA2365遺伝子発現強化株を用いた培養検討を行なった。PHA蓄積量の割合およびPHA粒子径の測定結果を表1に示す。
【0045】
培養検討の結果、A2365遺伝子発現強化株によって生産されたPHAの粒子径は、A2365遺伝子の発現を強化していない株(KNK-005株)によって生産されたPHAの粒子径と比較して、増大が認められた。
【0046】
なお、比較例および実施例の培養検討によって生産されたPHAはPHBHであることをHPLC分析にて確認した。
【0047】
【配列表】