(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-24
(45)【発行日】2024-02-01
(54)【発明の名称】アルミニウムおよびアルミニウム合金製器具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A47J 36/02 20060101AFI20240125BHJP
C23C 8/16 20060101ALI20240125BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
A47J36/02 A
C23C8/16
C23C26/00 C
(21)【出願番号】P 2021160205
(22)【出願日】2021-09-30
【審査請求日】2022-09-26
(31)【優先権主張番号】P 2020166619
(32)【優先日】2020-10-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】718003669
【氏名又は名称】茂 啓二郎
(72)【発明者】
【氏名】茂 啓二郎
【審査官】柳本 幸雄
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-141835(JP,A)
【文献】国際公開第2015/129647(WO,A1)
【文献】特開2010-228968(JP,A)
【文献】特表2009-543656(JP,A)
【文献】特開2010-042232(JP,A)
【文献】韓国登録実用新案第20-0422258(KR,Y1)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0075586(KR,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0003537(US,A1)
【文献】特表2013-542826(JP,A)
【文献】特表2013-522067(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0198358(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2002/0094424(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A47J 36/02
A47J 27/00
C23D 5/00
C23D 5/06
B32B 15/04
F24C 14/00
C23C 8/16
C23C 26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
調理器具として使用可能なアルミニウム製
またはアルミニウム合金製器具であって、前記アルミニウム
またはアルミニウム合金の表面は陽極酸化処理されておらず、前記アルミニウム
またはアルミニウム合金の表面の全体または一部は、透明な無機酸化物層によって被覆されており、前記無機酸化物層の厚さは、2.8
μm以下であり、前記無機酸化物層はケイ酸と、リチウムイオンと、ナトリウムイオンと、カリウムイオンを含み、前記ケイ酸は、前記無機酸化物層1平方メートル当たりに
SiO2換算値で100~3000mgが含まれ、前記リチウムイオンの
Li2O換算値での重量は、前記ケイ酸の
SiO2換算値での重量100に対し、1~16の重量比をなし、前記リチウムイオンの
Li2O換算値での重量と、前記ナトリウムイオンの
Na2O換算値での重量と、前記カリウムイオンの
K2O換算値での重量と、を合計した重量は、前記ケイ酸の
SiO2換算値での重量100に対し、10~36の重量比をなす、ことを特徴とする、調理器具として使用可能なアルミニウム製
またはアルミニウム合金製の器具
【請求項2】
請求項1に記載された調理器具として使用可能なアルミニウム製またはアルミニウム合金製の器具であって、前記表面は、前記無機酸化物層によって被覆されるとともに陽極酸化反応でない化学反応によって着色されている部分を有する、ことを特徴とする、調理器具として使用可能なアルミニウム製またはアルミニウム合金製の器具
【請求項3】
請求項1に記載された調理器具として使用可能なアルミニウム製またはアルミニウム合金製器具の製造方法であって、前記表面の全体または一部を無機酸化物で被覆し、前記無機酸化物を室温以上の保持によって水に不溶化して、前記無機酸化物層を形成する工程を含む、ことを特徴とする製造方法
【請求項4】
請求項3に記載された調理器具として使用可能なアルミニウム製またはアルミニウム合金製器具の製造方法であって、前記無機酸化物を形成する工程の前に、前記表面の少なくとも一部を陽極酸化でない化学反応を利用して着色する工程を含む、ことを特徴とする製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウムおよびアルミニウム合金製器具に関する。特に調理器具であるフライパン、鍋、グリル皿、オーブン皿、ホットプレートなどの加熱調理器具として使用可能なアルミニウムおよびアルミニウム合金製器具およびその製造方法に関するものである。さらに詳しく述べるならば、顔料を使わない自然化学発色でデザイン的な文様を調理面にも描くことが可能であり、炒め物や焼き物を調理する際に、食材が調理面に粘着することを防止し、しかも高温にさらされても、急冷しても、洗浄しても容易に損傷しない手入れのしやすい調理器具として使用可能な器具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来よりアルミニウムおよびアルミニウム合金製器具に意匠性を高めるため文様を描くことが検討されてきたが、特に安全性が重要となる食品と直接接触する調理器具の内側内面について課題があった。例えば、安全性が確認されているフッ素樹脂やセラミックスに安全な顔料をまぜて文様を描き装飾することが行われているが、これら材料はそれぞれ250℃以上での熱分解、250℃以上からの急冷による亀裂による劣化問題があった。さらに、これらは不透明であるため、下地金属素材が持つ金属光沢をデザインに活用することができないという制約もあった。一方、コーティングのない金属製品については、彫刻により装飾が行われているが、この場合は着色が困難であり。例えばレーザー光で高温着色しても、高温使用中に周囲と同色化する問題があった。また、コーティングがないと食材が粘着しやすく手入れがしにくいという問題もあった。
【0003】
アルミニウムおよびアルミニウム合金の天然あるいは自然な着色としては、黒色化反応が良く知られている。これは文様を描くための技術ではなく、むしろ黒く変色するという不都合な現象として一般的に認識されている。具体的には、アルミニウムおよびアルミニウム合金製の容器で水道水を沸かすと、黒くなってしまう現象が上げられる。この現象のメカニズムは完全に解明されていないが、アルミニウムが水道水中の鉄およびカルシウムイオンと反応し、表面に沈着するため生じると説明されている。また、着色は一般的には黒であるが、煮る野菜や地域ごとの水質によって色が変化することも知られている。しかし、この黒色化は調理器具に用いても無毒であることが証明されている。他にも、水道水ではなく、重曹水を沸かすと白色化することが知られている。これは、アルカリによる浸食によるものであり、無害であることは証明されているが、これも好ましいものとは通常考えられていない。
【0004】
一方、加熱調理器具においては、食材の粘着がしばしば問題になる。フライパンなどで炒め物や焼き物を調理する際には、粘着を防ぐために予熱を行い、食用油を引いておいてから食材を投入して調理する方法が一般的である。しかし、近年健康志向の高まりから、油を引かないで加熱調理可能な調理器具が求められるようになってきた。
【0005】
このような市場ニーズに対して、各種コーティング材料を処理した調理器具が多く提案され、市場に登場している。具体的には、フッ素樹脂を含有する樹脂系コーティング、および樹脂を含まないセラミックス系コーティングが例示される。これら材料は食材が粘着しにくく、特にフッ素樹脂系では無油加熱調理も可能とされている。
【0006】
しかしながら、これらコーティングされた調理器具は250℃以上の高温調理に適さないという欠点があった。フッ素樹脂は250℃以上の高温で分解反応が開始し、著しく寿命が短くなる欠点を有していた。また、セラミックスコーティングされた調理器具は、セラミックス自体は高温では分解されないものの、250℃以上の高温にさらされると、基材との熱膨張率差からこれとの密着に障害が出てくる可能性があり、さらに水を加えるなどの急冷による熱衝撃により亀裂が発生する欠点があった。このため、これら商品の取り扱いには、250℃以上の高温調理は推奨されておらず、180~220℃程度の予熱および調理が推奨されている。食材を加熱調理する場合、必ずしも250℃以上の高温にする必要はないが、食感などの嗜好の観点から、250℃以上の高温調理が求められることがあるため、これらコーティングされた従来調理器具は市場ニーズに十分対応できていなかった。また、セラミックスコーティングは、近年宣伝では非粘着性が強調されているが、セラミックスにはフッ素樹脂のような撥水性はなく、疑問視も多くみられる。
【0007】
250℃以上の高温調理に損傷なく対応可能な素材としては、非コーティング製品が上げられる。具体的には、鉄、ステンレスおよびアルミニウムなどの金属製品が例示される。特に鉄製製品は中華鍋に代表されるように300℃のような高温での炒め物、焼き物調理に対して非常に優れている。しかしながら、鉄製製品は油慣らし必須と言われるように油を使用して調理することが前提であり、これは、錆を防ぐ目的もあるため、無油加熱調理には本質的に対応困難である。
【0008】
ステンレスについては、油を使わなくともさびる恐れはないが、250℃以上の高温にさらされるとテンパーカラーと称する黄色い変色が発生する問題があり、特に300℃以上で著しい。この変色は安全性には問題はないが、変色は見た目に良くないため、ステンレス製調理器具で炒め物や焼き物を調理する際には、180~220℃に予熱してから少量の油を引いて食材を投入することが推奨されている。
【0009】
アルミニウムおよびアルミニウム合金については、鉄やステンレスよりも軽いという長所があるが、化学反応性が大きくたんぱく質を吸着しやすいため、油を引くことが推奨されている。加えて熱湯、酸、アルカリおよび塩により腐食、変色しやすく、汚れも吸着して落としにくいという欠点があるため、調理だけでなく洗浄にも制約される問題があった。また、化学反応性を抑えるためにアルマイト加工されても、これは200℃以上の加熱で破壊される問題があるため、煮物の鍋には適合しても、焼き物や炒め物のフライパンには適さない問題があった。以上に述べた様に、従来の調理器具で無油で、しかも250℃以上の高温で調理するには調理器具素材の劣化が伴うという問題があった。
【0010】
尚、従来品で推奨されている250℃以下の予熱では粘着を防止するのは必ずしも十分とは言えない。フライパンで炒め物を調理するときに、予熱温度確認のため少量の水を滴下し、これが水玉となって浮遊し転げてすぐに蒸発しなくなると適温だとされている。この現象はライデンフロスト効果と称され、水が急激に熱せられ一部が蒸発し、その噴射で残りの水が浮遊する現象である。空中浮遊により熱伝導が低下してすぐに蒸発しにくくなる。ライデンフロスト効果は180℃付近から現れ始め、約300℃で蒸発時間が極大となり、さらに温度が上がると低下することが知られている。食材は通常水を含んでいるため、粘着防止にはこのライデンフロスト効果を利用するのがより有利と考えられるが、このためには予熱には多くのフライパンに推奨されている180~220℃よりも高い300℃程度にするのが最も好適と考えられる。また、食材投入時に表面温度が下がることを考慮すると、従来の予熱推奨温度は低すぎると言えるが、素材の劣化問題があるため止むを得ない事情があると推察される。300℃に予熱してもライデンフロスト効果により浮遊力が働くため、食材粘着、およびすぐに炭化して焦げることはない。
【0011】
以下、本発明に関連する従来特許技術を例示する。
特許文献1にはアルミニウムおよびアルミニウム合金に文様を描く方法として、表面をマスクして陽極酸化すなわちアルマイト処理を行い、この酸化物層に着色材を浸透させる方法が開示されている。しかし、これを加熱可能な調理器具に適用するにあたっては、陽極酸化被膜が200℃以上の高温にさらされる破壊される問題があり、また着色材が食品に移行する可能性があるため必ずしも適切とは言えなかった。
【0012】
特許文献2には、耐熱性基材にジルコニウムセラミックス層を処理した加熱調理器具が開示されており、260℃での焦げ付きが水洗いで容易に除去されているとされている。ここで、本発明において強調したい点は、「焦げ付き」と「粘着」はしばしば混同されることであるが、全く別物であることである。焦げ付きとは食材が、特許文献2にも記載されているように、260℃といった高温に長時間熱せられて食材の一部が炭化変質して基材に固着することである。これに対して粘着は、このような高温で起こるものではなく、むしろ100℃近辺の低温で発生するものであり、焦げて炭化していないのに、食材が調理面にくっつく現象のことである。本発明では粘着防止を主題としており、焦げ付きを防止する目的ではない。特許文献2は、焦げ付きの除去を主題としており、粘着防止については言及されていない。
【0013】
焦げ付きではなく、粘着を防止する調理器具が特許文献3に開示されている。ここでは、目玉焼きのはがれやすさで非粘着性が評価されており、特に高温での炭化を伴う焦げ付きは記載されていない。この開示では、公知技術である酸化物セラミックスコーティングの非粘着性だけでは不十分であり、これに非酸化物のダイヤモンド粒子を配合して、非粘着性を高める技術が開示されている。しかしながら、この技術はダイヤモンドを使用して高価になることに加え、膜厚が20~70μと比較的大きいため、急冷や熱衝撃およびコーティングと基材の熱膨張差による剥離可能性が高いと言える。
【0014】
特許文献4にも厚さ8~60μのセラミックス粒子を含むゾルゲルセラミックス層をコーティングした調理器具が開示されている。ここで、最低厚さが8μとされているのは、これより小さいと、下地の金属が透けてしまい隠蔽不足で見た目が悪くなることが課題として記されている。このため、熱膨張や熱衝撃による不都合があるにしても、セラミックスコーティングした調理器具には膜厚を厚くせざるを得ない課題が存在する。
【0015】
特許文献5には、アルカリケイ酸塩水溶液を用いた無機コーティングが開示されている。ここでは耐水性改善が目的とされているが、非粘着性および着色については記述されていない。また、特許文献6には、アルミニウム基材にケイ酸塩水溶液をコーティングする技術が開示されているが、ここでは塗装の密着を向上が目的とされており、非粘着性および着色については言及されていない。特許文献7には、熱交換機用アルミニウムフィン材にケイ酸塩水溶液を処理する技術が開示されているが、親水性の向上については記載されているものの食材の非粘着性および着色についての言及はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特開2020-063513
【文献】特開2005-321108
【文献】特表2018-525508
【文献】特許6168168
【文献】特開平7-18202
【文献】特公平7-81194
【文献】特開2013-083377
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
従来のアルミニウムおよびアルミニウム合金製調理器具においては、調理面に文様などを描き装飾して、かつ250℃以上の高温での調理に対応するには非常に困難が伴った。装飾に顔料を使用しなければならず、金属光沢を保持したデザインは特に困難であった。さらに調理中の粘着性防止のためにもフッ素樹脂のようなコーティングを処理するする必要があるが、この処理も250℃以上の高温調理には適さなかった。非コーティング品においては、250℃以上の高温調理は可能であるが、粘着性、耐変色性、耐腐食性および耐薬品性などに課題があった。
本発明は前記課題に対して為されたものであり、文様が描かれた装飾に関しては、アルミニウムおよびアルミニウム合金の化学反応発色を利用し、かつ250℃以上の高温調理に対応できる器具を提供することを本発明の課題とする。さらに、同時に粘着防止性、耐変色性、耐腐食性、耐薬品性においても優れ手入れが簡単な器具を提供することも本発明の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明では、アルミニウムおよびアルミニウム合金表面の全体もしくは一部がケイ酸を含む透明な無機酸化物層によって被覆されており、その被覆下もしくは非被覆部の任意の部分がアルミニウムおよびアルミニウム合金の化学反応によって着色されている器具が調理器具として前記課題を解決することを見出し本発明を完成させることができた。
前記透明な無機酸化物層は、1平方メートル当たり、SiO2換算値で100~3000mgのケイ酸を含むことを特徴としている。さらに、このSiO2換算値100に対して、Li2O換算値で1~16の重量比率となるリチウムイオンを含み、さらにSiO2換算値100に対して、Li2O+Na2O+K2O合計換算値で10~36の重量比となるリチウムイオンとナトリウムイオンとカリウムイオンを含むことを特徴としており、これによって被覆されたアルミニウムおよびアルミニウム合金製器具は、400℃まで加熱可能であり、加熱調理時の食品の粘着が生じにくく、さらに250℃以上に予熱してから調理する場合には油をひかなくても粘着が生じにくく、洗浄の時には汚れが落ちやすく、酸性およびアルカリ性薬品にも浸食されにくく、変色しにくくなり、有用な加熱調理器具として利用することが可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、アルミニウムおよびアルミニウム合金の文様を描く装飾で顔料を使わずに実現することができるようになった。これは金属光沢を保持することができるため、新しいデザインの実現も可能であり、意匠性に優れたものとなる。これは従来困難であった、250℃以上の高温調理にも耐えることができるため、新しい型の調理器具として利用可能である。
さらに本発明品は調理中の食物の粘着を低減させるだけでなく、耐変色性、耐薬品性、耐腐食性に優れるため手入れが簡便となるため進化した調理器具となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明に関わるアルミニウムおよびアルミニウム合金製器具の一実施形態を模式的に示した断面図である。
【
図2】本発明に関わるアルミニウムおよびアルミニウム合金製器具の一実施形態を模式的に示した断面図である。
【
図3】本発明に関わるアルミニウムおよびアルミニウム合金製器具の一実施形態を模式的に示した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は請求項第一項記載のように、アルミニウムおよびアルミニウム合金表面の全体もしくは一部がケイ酸を含む透明な無機酸化物層によって被覆されており、その被覆下もしくは非被覆部の任意の部分がアルミニウムおよびアルミニウム合金の顔料を用いない化学反応によって着色されている調理器具として使用可能なアルミニウムおよびアルミニウム合金製器具である。これには
図1から
図3の模式的に示した3つの形態およびこれらが混在した形態が考えられる。着色については、黒色化反応を主として例示するが、先に述べた野菜や重曹を用いる着色反応も適用可能であり、複数の着色反応を組み合わせることも可能である。
図1は120の着色部分も、100の非着色部分も110の無機酸化物に被覆されている状態を示す。これは、例えば先にアルミニウムおよびアルミニウム合金表面を黒色化反応によって着色しておき、文様やデザインを黒色化層を部分的に削り取ることによってアルミニウムおよびアルミニウム合金の表面を露出させて描き、この後全体を無機酸化物層によって被覆することによって得られる。他にも、ステンシル技法などを用いて表面をマスキングし、黒色化反応を行うと、マスキングしていない部分が着色され文様を描くことができ、この表面全体を無機酸化物層で被覆することが可能である。また、黒色化反応による文様を描かず、表面全体を無機酸化物層で被覆するのもこの形態に属するものとする。文様が描かれていないものは、後から無機酸化物層の一部を削り取ってから着色させ、文様を描くことができる。これはデザインを多様化させることができる。
【0022】
図2は220の着色部分は無機酸化物層によって被覆されておらず、200のアルミニウムおよびアルミニウム合金部分のみが被覆されている状態を示す。これは、例えば、先のようにアルミニウムおよびアルミニウム合金の表面を無機酸化物層で被覆しておき、その被覆層の一部を文様やデザインを被覆層を削り取ることによって描き、アルミニウムおよびアルミニウム合金表面を露出させ、露出部分を後から例えば黒色化反応により着色させることにより得られる。被覆部分には黒色化反応が起こらないため、着色と非着色のコントラストを得ることができる。他にも、アルミニウムおよびアルミニウム合金をステンシル技法などを用いて、マスキングしておき、非マスキング部に無機酸化物層を設け、マスキングを除去した後黒色化反応を行っても得ることができる。マスキングした部分のみが、無機酸化物層によって被覆されていないため着色される。
【0023】
図3は、320の着色部分は330の無機酸化物層によって被覆されており、300のアルミニウムおよびアルミニウム合金部分が、310の無機酸化物層だけでなく、330の無機酸化物層と2重被覆されている状態を示す。これは、例えば、
図2に示したものを、さらに全体を無機酸化物層により被覆することにより得られる。
図1および
図3では、例えば黒色化部分も無機酸化物層によって被覆されているため、黒色層は安定になり、脱色や汚染されることがなく、調理器具に用いる場合には好適である。一方、
図2では黒色化部分が被覆されていないため、脱色や汚染される可能性がある。しかし、これは調理される食材や水質によってさまざまに色調を変えるため、それもデザインの一環として活用する場合に好適である。
図1~
図3の形態を組み合わせてデザインを多様化せることも可能である。
【0024】
本発明である器具の基板素材はアルミニウムもしくはアルミニウム合金が好適である。これらが、本発明で用いる無機酸化物層との密着性が優れているためである。ステンレスは密着性が良くないため好適でない。また、調理器具では、近年ではIH調理器への対応から磁性体と組み合わされた素材が出現しているが、調理面がアルミニウムかアルミニウム合金であれば問題なく使用可能である。表面仕上げ形状には特に制限はない。調理器具の形態については、フライパン、鍋、グリルパン、オーブン皿、ホットプレートなど種々の形状に適用可能である。また、電気やガスなどの熱源に組み合わされた形状であってもよい。アルマイト基材は皮膜自身が高温、急熱、急冷により亀裂が生じる恐れがあるため好適でない。
【0025】
本発明で、アルミニウムまたはアルミニウム合金基板を被覆する無機酸化物層は、1平方メートル当たり、SiO2換算値で100~3000mgのケイ酸を含んでいる。加えて、このSiO2換算値100に対して、Li2O換算値で1~16の重量比率となるリチウムイオンを含み、さらにSiO2換算値100に対して、Li2O+Na2O+K2O合計換算値で10~36の重量比となるリチウムイオンとナトリウムイオンとカリウムイオンを含むものがより好適である。無機酸化物がケイ酸およびリチウムイオンを含むとより好適であるのは、まず、ケイ酸イオンとリチウムイオンがアルミニウム基板に対して対して非常に良好な密着性を示すためである。リチウムイオンでない、ケイ酸ナトリウムおよびケイ酸カリウムは密着性が悪く、長時間熱湯に接触すると剥離してしまうが、リチウムイオンが存在すると剥離が発生しない。ただし、リチウムイオンが存在すれば、ナトリウムイオンやカリウムイオンが含まれていても差し支えない。また、たとえリチウムイオンが含まれていても、基材がアルミニウムまたはアルミニウム合金でなければ良好な密着性は得られない。例えば、ステンレス基板では熱湯との接触で容易に剥離してしまうため、調理器具として好適でない。優れた密着性は基材から溶出したアルミニウムイオンがリチウムイオンおよびケイ酸イオンと化学反応して、耐久性を必要とする本発明にとって好適な化合物を形成するためと考えられる。ここでの耐久性とは、熱水に対してだけでなく、250℃以上の耐高温、耐酸性および耐アルカリ性も示し、被覆だけでなく基材も保護することである。黒色化反応も阻止される。ケイ酸(SiO2換算値)100に対してリチウムイオン(Li2O換算値)は重量比で1~16の範囲が好適である。1未満であると熱水に対する密着性が低下し、16を超越すると透明性が低下する傾向になる。ケイ酸とリチウムイオンの原料としては、ケイ酸リチウム水溶液が市販されており、塗布液とすることができるので、これを用いることができる。市販品の先述の重量比は6~16であり、これらを使用することができる。さらにリチウムイオンでないナトリウムイオンやカリウムイオンを含むケイ酸ナトリウムやケイ酸カリウム水溶液と混合して使用することが簡便である。ただし、リチウムイオンは少なくとも先述の重量比で1以上含まれている必要があり、そうでないと熱水と接触時の密着性の低下が発生する。ナトリウムイオンとカリウムイオンには塗膜表面の光沢を向上する作用がある。アルカリイオンの合計量すなわちリチウムイオンとナトリウムイオンとカリウムイオンの合計量(Li2O+Na2O+K2O換算値)がケイ酸(SiO2換算値)100に対して重量比10~36の範囲とするのが好適である。10未満であると透明度および光沢が低下し、36を超越すると熱水接触時の密着性が低下傾向になる。
【0026】
珪酸については水溶性塩以外にも各種アルコキシドを用いることも可能である。これに添加するアルカリ成分としては、リチウム、ナトリウム、カリウムの塩類を用いることができる。塗布液とすることができれば特に制限はない。
【0027】
本発明においては、無機酸化物層は、ケイ酸をSiO2換算値にて100~3000mg/平方メートル含むのが好適であり、さらに500~2000mg/平方メートルとするのがより好適である。3000mg/平方メートルを超越すると、透明度が低下して基材の金属光沢も低下する外観上の問題が発生しやすくなるだけでなく、高温加熱および急冷時に熱膨張率差と熱衝撃による亀裂が生じやすくなる傾向にある。一方、100mg/平方メートル未満であると、十分な基材保護効果が得られにくくなる。500~2000mg/平方メートルとするとこれらの不都合が生じる可能性がさらに減少する。本発明で無機酸化物層についての単位を厚さではなく、処理量をmg/平方メートルで表しているが、このほうが後述の実施例で実際の塗布量を表すことが可能となり、理解が容易となる。膜厚測定法は、本発明では膜厚が非常に小さいため、実施が容易でない問題もある。しかし、処理量と厚さの関係は無機酸化物の比重からおよその関係が導かれる。例えば、ケイ酸の場合、これに近似物質の石英ガラスの比重が2.2であるから、処理量3000mg/平方メートルの場合、膜厚は1.4μになる。空隙率が50%としても2.8μである。特許文献4に記載された最低膜厚は8μであり、この理由はこれより小さいと下地の金属が透けて見た目が悪くなるとされているが、本発明の膜厚は8μよりもさらに小さいがために逆に見た目の問題が生じなくなる。これは本発明の被覆層は透明であるため、下地の金属光沢が被覆処理後も保持されるためである。すなわち、アルミニウムやアルミニウム合金の調理器具とほぼ同様の見た目となる。これは、むしろ金属素材の美しい外観をデザインに活用できるものである。従来のコーティング処理調理器具は、フッ素系においてもセラミックス系においても有色や不透明であり、透明で金属外観を持つものがなかった。また、本発明のように膜厚が小さいと、金属素地との熱膨張差や熱衝撃による破壊や剥離に対しても抵抗性が大きくなる。しかし、このように膜厚が小さくても、基材を熱や化学物質の浸食から保護するには十分であり、むしろ厚くして亀裂が生じるよりも好適である。
【0028】
アルミニウムおよびアルミニウム合金基材への着色化学反応処理は、例えば、公知の黒色化現象を用いることができる。最も簡便なる方法は、これら基材容器に水道水を満たし、沸騰させることにより得られる。沸騰後数分で黒色化が始まり、時間が長いほど濃くなる傾向がある。蒸留水やイオン交換水は不純物が少なく着色しないため好適ではない。また、水道水に野菜や、金属イオン、アルカリが含まれると色調が変化してくる。特にアルカリを用いる白色化は黒色化と対比させることで、デザイン上の幅が広がる。これら方法については特に制限はない。本発明では、このような公知の顔料を用いないアルミニウムおよびアルミニウム合金の着色反応を用いることが可能である。
【0029】
文様の描き方としては、先に紹介したように、着色部分と非着色部分を分けることにより行う。彫刻により、黒色化部分を削ったり、マスキングすることにより可能である。また、ステンシル技法を用いてマスキングすると、容易に描画することが可能になり、着色、非着色を反転させるデザインも可能となる。しかし、これら描画方法については特に制限はない。
【0030】
基材への無機酸化物の被覆処理は、基材の洗浄、塗布、焼き付けの工程により行うことができる。基材の洗浄が不十分であると、被覆の密着低下やハジキムラの原因となる。洗浄方法はアルミニウムに適した洗浄方法が好適であり、強アルカリの使用は基材を損傷するおそれがあるため避けるのが好適である。洗浄前に研磨を行なうことも可能である。塗布においては、塗布液として前述のケイ酸リチウム水溶液、ケイ酸ナトリウム水溶液、およびケイ酸カリウム水溶液を用いるのが簡便である。これらの原料を所定の割合で混合し、適宜水を加えて塗装しやすいように調整可能である。また、塗装性改善のため界面活性剤などを添加することも可能である。塗装方法については特に制限はなく、スプレー、ディップ、へらや刷毛などでの一般的な塗装が可能である。複数回塗り重ねることも可能である。本発明においては、塗布量を正確にするため、調整された塗布液の所定量を一定の面積の基板に滴下し、吸水性のないゴムへらで押し広げる方法で塗装した。スプレーやディップ法では直接的に塗布量を求めることは困難であるが、SiO2量の定量が可能な分析装置よって品質管理が可能なため、量産時には好適である。塗装後は室温でも硬化するが、250℃~400℃の範囲で1~60分加熱して塗装した層を固化せしめ被覆層とするのがより好適である。250℃以下であると調理具としては固化が十分でなく、400℃超越であると基材が変形する恐れがある。1分未満では硬化不十分であり、60分を超えてもより硬化は進まない。塗装範囲は調理面の全面でもよいが、例えば黒色化反応を利用するため、部分的に塗装してもよい。この場合は、黒色化反応によって模様を得ることができ、デザイン上の工夫が可能となる。模様については特に制限はない。着色部分については、さらに無機酸化物層で被覆することも可能である。この場合は、すでに酸化物層が形成されている部分と重なっても支障はない。
【0031】
この被覆された面を調理面にして250℃~400℃に予熱すると、吸着水の脱水反応と前述のライデンフロスト効果の相乗効果により食物の粘着性が著しく低下して油を引かずに調理しても粘着を防止することが可能になる。食物の粘着は前述の通り、100℃近辺で発生しやすく、これを回避するため、予熱に加えてさらに油を引くことが一般的な調理方法であるが、本発明の無機酸化物被覆は250℃以上に予熱すると、表面に吸着した水分子が脱水され、食材の粘着が非常に起こりにくくなる。加えてライデンフロスト効果により、水分蒸発による浮遊力が働くため油を引かなくても粘着を防止することが可能になる。従来の調理器具も250℃以上に加熱すれば脱水もライデンフロスト効果も起こりえるが、同時に基材や被覆の損傷が発生してしまう。しかし、本発明ではこの恐れがない。
【0032】
また、本発明品を250℃以上に予熱できない場合は、アルミニウムおよびアルミニウム合金ままよりも粘着しにくいが、少量の油を引くのがよい。また、食材投入後、250℃以上を長時間保持すると食材が焦げてしまうため、投入後は火を弱めるか、消火して余熱で調理するのがよい。粘着は食材と調理面の最初の接触で起こるため、接触後は温度が下がっても粘着は発生しない。温度管理には、ガスや電気加熱器具の250℃以上の温度管理が可能なセンサー付き器具と組み合わせるのが簡便である。他に調理において、従来のアルミニウムおよびアルミニウム合金製では酸性の強い食品の調理はできないが、本発明品では保護効果が得られる。
【0033】
本発明に用いる無機酸化物は洗浄の際に水と接触すると水を再吸着し、汚れが落ちやすくなる特徴がある。水の吸着は一般的無機酸化物の性質であるが、本発明では、珪酸とアルカリを含むため、特に親水性が大きくなる特徴がある。また、アルミニウムおよびアルミニウム合金製調理器具は、酸やアルカリによる洗浄が腐食しやすいため禁止されているが、本発明の無機酸化物被覆によって、より手入れの洗浄がしやすくなる。食器洗い機でもアルカリによる損傷なく洗浄可能である。本発明には、粘着防止効果はあっても、焦げ付き防止効果は期待できないが、焦げ付きの除去に有効と一般に知られているアルカリ性の重曹水を沸騰させる手法をとることが可能である。アルミニウムおよびアルミニウム合金製の調理器具にこの手法をとると著しい損傷が発生してしまうが、本発明にはこれがない利便性がある。
【実施例】
【0034】
本発明を実施例を用いてさらに詳述するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
<実施例1、比較例1、2>
図1に示した形態なるフライパンを作成した。ここでは、化学反応による着色は行わなかった。着色は、後述の実施例3に示すように、後からでも実施可能である。市販のアルミニウム合金製フライパンの内側調理面表面を600番研磨で仕上げ、中性洗剤を用いて洗浄した。次にこの表面に無機酸化物層を設けた。無機酸化物被膜は、特許文献5に記載の技術を参考にして調整した。すなわち、ここに記載の3号ケイ酸ソーダ(10g)、珪酸リチウム45(5g)および水(85g)を混合したものを塗布液として用いた。特許文献5ではステンレス基板にこれを処理すると耐水性に優れた被覆が得られるとされている。これら原料の化学組成は、前者はSiO2=30%、Na2O=10%、後者はSiO2=20%、Li2O=2.5%であるため、混合物の化学組成は、SiO2=4%、Na2O=1%、Li2O=0.125%、残りが水になる。SiO2=100とした場合の比率は、Li2O=3.125、Na2O=25、でLi2O+Na2O=28.125になる。フライパン表面1平方メートル当たり塗布液を25gの割合で滴下し、吸水のないゴムへらで調理面全体に均一に押し広げて塗布した後乾燥した。この時の処理量は1平方メートル当たり、SiO2=1000mgになる。このフライパンを250℃オーブン中で30分間加熱して無機酸化物層被覆を固化させて、実施例1のアルミニウム合金フライパンを得た。また、ステンレス製フライパンに対して全く同じ処理をしたものを比較例1とした。
両フライパンとも、被覆してあることは認められるが、透明なため基材そのものの金属光沢を有しており、変色や白化などの異常も認められず外観的な問題はなかった。次に、両フライパンに水道水を入れ蓋をし8時間沸騰状態で保持したところ、アルミニウム合金製では、無垢の状態で発生する黒色化反応や、皮膜の損傷は認められなかった。しかし、ステンレス製においては被覆の一部に剥離が発生し、素地がむき出しているのが観察された。この結果より、ステンレス基材との無機酸化物の密着性は、特許文献5にあるように、耐水性は優れているとしても加熱時の耐熱水性においては十分でなく、ステンレスを基材としては調理器具には適さないことがわかった。これらの差は基材からのアルミニウムイオンが反応して耐熱水性の向上に関与していると考えられる。
次に、フライパンで実際の調理を行い非粘着性を評価した。評価については特許文献3に記載されている目玉焼き試験を参考にした。目玉焼きで非粘着性を良く評価できるのは、卵白がたんぱく質と水で構成されており油分を含まないため、非常に粘着しやすい調理であるためである。目玉焼きでは、卵白が調理面に接触し、脂肪を含む卵黄とは接触しないため、油を引かない調理となる。
調理方法はフライパンを予熱なし、100、150、200、250、300、350℃に予熱した状態で油をひかないで卵黄をくずさないように割り入れた。300℃以上に予熱した場合は、卵投入後ただちに消火して大さじ1の水を加え蓋をして自然冷却する余熱調理を行った。また、250℃以下に予熱した場合は、蓋をして250℃になると直ちに消火して大さじ1の水を加え再び蓋をして自然冷却する余熱調理を行った。350℃を超越する予熱は卵が炭化する恐れがあるために実施しなかった。温度計測には非接触式温度計を用いた。目玉焼きの取り出し前には、フライパンの底を冷却した。
目玉焼きの粘着についての等級は特許文献3に記載の通りとした。すなわち、
等級5-優れた非粘着特性:卵の中央または淵で粘着しない。スパチュラで押さなくても容易に滑る。跡または残渣を残さない。
等級4-良好な非粘着特性:淵周辺にわずかな粘着。スパチュラで動かすと容易に滑る。少し跡が残るが残渣はない。
等級3-かなりの非粘着特性:淵に中程度の粘着、中央に少しの粘着。大きく傾けて揺らした場合のみ滑り、スパチュラで押さなければならない。跡が残り、残渣が少しある。
等級2-不十分な非粘着特性:卵を剥がすのに相当な努力を必要とするが、スパチュラを用いて無傷で剥がすことができる。滑らない。中程度の残渣を残す。
等級1-非常に不十分な非粘着特性:卵を壊さずに表面から剥がすことはできない。
表1に評価結果を示した。被覆処理をしていない無垢のアルミニウム合金製フライパンを比較例2として比較検討した。表1に示されるように実施例のフライパンはすべての予熱温度において比較例よりも良好な非粘着性を示し、これは被覆処理によってたんぱく質の吸着が妨げられたためと考えられた。また、予熱温度の上昇に伴い、実施例比較例とも非粘着性の向上が認められたが、これは公知の知見通りである。さらに、予熱温度を250℃以上にすると実施例では非常に良好な非粘着性となり、十分に無油調理可能なレベルと判断された。これはライデンフロスト効果に加えて、250℃以上の予熱による吸着水の脱水反応も貢献していると考えられた。たんぱく質の粘着には水の介在が知られており、この脱水は非粘着性にとって好適に作用したものと考えられた。一方、比較例においてはライデンフロスト効果は発生して幾分非粘着性は向上したが、卵の取り出しがスムーズとは必ずしも言えない状態であった。これはアルミニウムイオンがたんぱく質と化学結合したためと推察された。
次に、実施例1と比較例2の手入れのし易さを評価した。手入れのしやすさは、油性インキ汚れを水で濡らしたスポンジでふきとり除去できるかどうかで評価した。油性インキはマジックインキ(登録商標)黒、スポンジはスコッチブライト(登録商標)キッチンカラースポンジを用いた。基材表面に水分子が吸着するとインキ汚れと表面の間に水が侵入し易く除去が容易になることが知られている。このインキ除去性能は親水性材料の汚れ落とし性能の表現として一般的に散見される。実施例1では容易に除去可能であり、一旦250℃以上に加熱して脱水した表面でも容易に除去された。これは脱水した表面を濡れたスポンジで擦ると容易に水を吸着するため、脱水と吸着が可逆的に起こると判断された。一方、比較例ではマジックインキの除去は非常に困難であった。これはアルミニウム合金表面は被覆ほどには水を吸着しにくいためと考えられた。
【表1】
【0035】
<実施例2>
実施例1では黒色化反応などの着色を利用しなかったが、実施例2では
図1に示した形態にて黒色化反応を利用して文様を描いた。実施例1と同じアルミニウム合金製フライパン基材を研磨洗浄後、内側に水道水を入れて20分間沸騰させたところ、黒色に着色した。この着色をミニルーターを用いて削ることにより任意の文様を描いた。削られた部分はアルミニウムの銀色を呈するため、黒色部分とはっきりとした色の差が生じる。これを洗浄後、実施例1と同じ方法で無機酸化物層を設けて、実施例2のアルミニウム合金製フライパンを得た。この処理を行っても、文様ははっきりしたままであった。さらに、実施例1と同じ評価を行ったところ、着色部も非着色部も実施例1と同じ結果を示し、調理器具として用いることができることが確認された。着色部にも不都合は認められなかった。
【0036】
<実施例3>
図2に示した形態のフライパンを作成した。実施例1の着色反応部分を設定しないで無機酸化物層を設けたフライパンの内側表面をミニルーターで削ることによって文様を描いた。この段階では削った部分と削らない部分との色調差はなく、凹凸のみによって認識された。次に、この内面に水道水を満たし、20分間沸騰させ削った部分を黒色化反応により着色させて実施例3のフライパンを得た。着色により文様がはっきりと認識された。このように、まず無機酸化物で全体を被覆しておき、後から着色することも可能である。このフライパンの着色部と非着色部を300℃に予熱して、目玉焼き試験を実施したところ、未着色部は「5」、着色部は「3」の評点となった。未着色部は実施例1、着色部は比較例2にそれぞれ相等しくなった。
【0037】
<実施例4>
図2に示した形態のフライパンを実施例3とは別の方法で作成した。実施例1で使用したアルミニウム合金製フライパンを実施例1と同様にして研磨洗浄乾燥した。次に、このフライパン内側表面に前述の油性インキにて全体の半分の面積になるように文様を描いて乾燥した。文様を描くにあたっては市販のステンシルテンプレートを用いた。実施例1ではアルミニウム合金調理面全体に無機酸化物塗布液を塗布したが、本実施例では塗布液量を半分にして、全体を塗布した。油性インキ部はマスキング部となり塗布液がはじかれるため、残りの非マスキング部分の塗布処理量は実施例1と同じの1000mg/平方メートルになる。自然乾燥後フライパンを実施例1と同様に250℃に加熱して冷却した。油性インキはアセトンでふき取って除去した。無機酸化物層はアセトンでは除去されない。この時点ではまだ着色は生じておらず、被覆面と非被覆面の判別は困難であった。次に、これに水道水を満たして20分間沸騰させたところ、無機酸化物層非被覆面が黒色反応により着色して実施例4のフライパンを得た。これで文様が明確に認められるようになった。
このフライパンで、食酢を水道水で10倍に希釈して10分感沸騰させたところ、黒色が消失した。これに再度水道水を満たして20分間沸騰させたところ再度黒色に着色して元の状態に戻った。水道水のみに代わって、内皮つき生ピーナッツを加えて20分間沸騰させたところ、今度は金色に着色した。さらに、5%重曹水を20分間沸騰させると白色に着色した。このような着色を簡単に変化させることが可能である。
【0038】
<実施例5>
図3に示した形態なるフライパンを作成した。実施例4で作成したフライパンの着色部分と非着色部分の両方にさらに無機酸化物層を積層した。積層方法は実施例1と塗布液および方法においては同一である。すなわち、実施例4のフライパン表面1平方メートル当たり塗布液を25gの割合で滴下し、吸水のないゴムへらで調理面全体に均一に押し広げて塗布した後乾燥した。この時の処理量は1平方メートル当たり、SiO2=1000mgになる。このフライパンを250℃オーブン中で30分間加熱して無機酸化物層被覆を固化させて、実施例5のアルミニウム合金フライパンを得た。この時、計算上、非着色部は2回塗り重ねていることから、SiO2=2000mg/平方メートルであり、着色部は1回の塗布になることからSiO2=1000mgになる。しかし、実際は、塗布液が液体であることから、着色部に流入して平滑化されると考えられ、平均すれば1000~2000mg/平方メートルの間になる。この2回目の塗り重ねによる色調の変化は着色部、非着色部の両方において認められなかった。実施例5のフライパンを300℃に予熱して目玉焼き試験を実施したところ、着色部および非着色部とも評点は「5」であり、非常に優れた非粘着性を示した。また、実施例4と同様に食酢を煮沸させたが、ここでは脱色は認められなかった。これは無機酸化物層が着色化層にも密着して、着色層を保護していることを示している。
【0039】
<実施例6,7,8,9,10 比較例3>
ここでは、器具の無機酸化物被覆の適切な処理量について検討した。基材としては底面直径17cmのアルミニウム合金製フライパンを用意し、実施例1で作成した塗布液を用いて塗布量の調整を行い内側底面処理の器具を得た。塗布前処理、塗布方法および焼き付け処理については実施例1と同様にした。塗布量については、基板に対して、0、0.056、0.28、0.56、1.12、1.68gとし、これは1平方メートル当たりのSiO換算値処理量で、それぞれ0,100、500、1000、2000、3000mgに相当する。得られた調理器具について400℃で8時間加熱した時の外観観察、この後の油性インキ汚れ除去性を評価した。また、250℃焼き付け処理後の板を、98℃水道水、98℃0.5%酢酸、98℃5%重曹、98℃5%食塩水、60℃5%食洗器用洗剤(アース製薬社製フィニッシュ)に7日間浸漬した後の外観を観察した。食洗器は実際使用温度の60℃とした。これらの結果を表2に示した。表中では、塗布のないSiO2=0を比較例とした。表に示されるように、無機酸化物の処理によって、汚れの除去性、耐薬品性が大きく改善された。しかし、処理量が小さいと汚れの除去性は低く、大きくなると金属光沢が目視的に減少する傾向にあった。わずかな外観曇り変化や油性インキがほぼ除去されれば実用上問題ではないが、より好適な処理量は500~2000mgと考えられた。
【表2】
【0040】
<実施例11,12,13、14>
SiO2換算値でのケイ酸100に対する、Li2O換算値でのリチウムイオン重量およびLi2O+Na2O+K2O換算値でのリチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンの合計重量の最適値を検討した。原料としてケイ酸リチウム35 (SiO2=20%、Li2O=3.1%)、ケイ酸リチウム45(SiO2=20%、Li2O=2.1%)、3号ケイ酸ソーダ(SiO2=30%,Na2O=10%)およびケイ酸カリウム(SiO2=20%、K2O=9%)を用い、表3に示す所定の化学組成になるように調整した。処理は実施例8と同様でSiO2処理量は1000mg/平方メートルに設定した。試験評価項目は先述のうち400℃加熱外観観察、油性インキ除去性、98℃水道水7日間浸漬とした。表3の結果より、ケイ酸100に対してLi2Oが1~16かつLI2O+Na2O+K2Oが10~36の範囲で満足できる結果が得られることがあることが確認できた。わずかな曇りや、汚れの残存および白点の発生は実用上問題ないと判断され、満足の範囲とした。尚、表中の数字10.5は10に、15.5は16に請求範囲記載にはそれぞれ丸めた。
実施例11,12,13については、表2と同様にして98℃酢酸、重曹水、食塩水および60℃食洗器用洗剤に7日間浸漬したが、いずれも悪化は認められなかった。
実施例11,12,13、14に加えて先述の実施例6,7,8,8,10も併せて実施例1の調理器具としての目玉焼き試験を実施した。結果を表4に示した。いずれの実施例においても実施例1と同じ結果となり、本発明の課題を満足した。
【表3】
【表4】
【0041】
<実施例15、16,17比較例4>
アルミニウム合金めっき鋼板(日本製鉄社製商品名アルシート)に、マスキングの目的でラッカーにて任意の文様を描いた。これを室温にて1時間乾燥した後、ラッカーで被覆されていない非マスキング部を10%塩酸に室温で10分間接触、エッチングして文様を転写した。ラッカーを有機溶剤で除去した後、表面全体に実施例1で作成した無機酸化物水溶液を塗布して1日間室温で乾燥させて実施例15のアルミニウム合金めっき鋼板を得た。1平方メートル当たりのSiO2換算値は、1000mg/m2になるように塗布量を設定した。このアルミニウム合金メッキ鋼板をコンロ周りの油はねガードとして7日間使用し、濡れたメラミンフォームで拭いたところ、付着した油汚れを容易に除去することができた。この時、塗布物が剥がれる不都合は生じなかった。
次にステンレス鋼板を基板として同じ方法にて比較例4のステンレス鋼板を得た。同様に油はねガードとして7日間使用し、濡れたメラミンフォームで拭いたところ、付着した油と同時に塗布物も除去される不都合が生じた。これは、アルミニウム合金めっき鋼板では、表面のアルミニウムがケイ酸と化学反応して非水溶化し、塗布層が表面に固定化され水拭きしても除去されなかったのに対し、ステンレス鋼板では、アルミニウムイオンが存在しないため、塗布層の非水溶化が起こらず水拭きで擦ると除去されたためと考えられ、アルミニウムおよびアルミニウム合金が、他のステンレスのような金属とは異なる化学反応特性を示すことが明らかになった。
アルミニウム合金めっき鋼板は、表面がアルミニウム合金であるため、鋼板ではあるもののアルミニウムおよびアルミニウム合金基板と同様に本発明の処理ができることは自明である。
また、実施例15で作成したアルミニウム合金めっき鋼板と、これをさらに250℃で10分間加熱処理したものを沸騰水に1時間浸漬して洗浄したところ、加熱処理前の室温硬化品では、文様が剥がれたのに対し、加熱処理品では剥がれが認められなかった。これより、好適には加熱硬化であるが、通常熱水と接することのない油はねガードのような器具では常温硬化でも支障がないことが明らかになった。
一方、アルミニウム合金めっき鋼板の表面全体に、無機酸化物塗布液を塗布し、これを250℃にて10分間加熱した後、任意の部分を削り取り文様を描いた。これを沸騰水道水に1時間浸漬したところ、削り取った部分が黒色化させて実施例16のアルミニウム合金メッキ鋼板を得た。ここでのSiO2換算値は1000mg/m2とした。
加えて、実施例16のアルミニウムめっき鋼板にさらに同様にして無機酸化物塗布液を重ねて塗布して250℃にて10分間加熱して実施例17のアルミニウム合金メッキ鋼板を得た。ここでのSiO2換算値は非黒色部では2000mg/m2、黒色部では1000mg/m2とした。
油性インキの除去性は、実施例16では黒色化部分に残存が認められたが、実用上問題はないと考えられた。実施例17では、すべての部分において油性インキの残存は認められなかった。
実施例16をオーブントレイ、実施例17をオーブン内壁に用いたところ、油汚れを水拭きで除去できることが確認された。
【0042】
<実施例18>
アルマイト処理されていないアルミニウム合金製キャンプ用メスティンに実施例1で作成した塗布液を用いてSiO2換算値1000mg/m2の無機酸化物層を形成した。ここでは着色を行わない、無垢の状態をデザインした。これを300℃で加熱して水に不溶化して実施例18のメスティンを得た。この鍋で肉を250℃で炒めた後、カレーを作成した。鍋の手入れの際、カレーの残りは水拭きで除去することが可能であり、キャンプにおいて、洗剤やカレーの油分で環境を汚染させない道具として利用できることが分かった。また、調理においても無機酸化物の剥離は全く認められなかった。通常のアルマイト鍋を250℃で使用するとアルマイト層に亀裂が入ることが知られている。
【0043】
<実施例19>
アルマイト処理されていないアルミニウム合金製弁当箱に実施例1で作成した塗布液を用いてSiO2換算値1000mg/m2の無機酸化物層を形成した。ここでは着色を行わない、無垢の状態をデザインした。無機酸化物は300℃で加熱して水に不溶化して実施例19の弁当箱を得た。この弁当箱は食器だけでなく、内容物を温めることも可能である。この弁当箱について、実施例1の油性インキ汚れを水で濡らしたスポンジでふきとり除去できるかどうかで評価したところ容易に除去可能であることが確認された。また、この油性インキ汚れをシャワーの水をかけて触らない状態で除去を試みたところ、シャワーヘッド(創通メディカル社製 MYTREX)のシャワー状態では除去されなかったのに対し、ミスト状態では除去されたのが認められた。これより、本発明品はミストで洗浄すると、洗剤や擦ることなしに清浄化できることが明らかになった。
【0044】
<実施例20、21>
アルマイト処理されていないアルミ合金製ホイールを沸騰水道水に1時間浸漬して黒色化反応によって全体を黒くした。これに実施例1で作成した塗布液を用いてSiO2換算値2000mg/m2の無機酸化物層を形成した。ここでは、無着色部のないデザインとした。このホイールを250℃に加熱して、無機酸化物を水に不溶化して実施例20のアルミホイールを得た。
次に、アルマイト処理されていないアルミ合金製サッシに実施例1で作成した塗布液を用いてSiO2換算値2000mg/m2の無機酸化物層を形成した。ここでは、着色部のないデザインとした。このサッシを250℃に加熱して、無機酸化物を水に不溶化して実施例21のアルミサッシを得た。本来、ホイールは自動車、サッシは住宅用部材であるが、本実施例で得られたものを加熱して肉を焼いてみたところ、十分に肉を焼くことができることが判明し、奇抜なデザインの調理器具として使うことができた。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明のアルミニウムおよびアルミニウム合金製器具は、アルミニウムの持つ自然な黒色化反応のような着色反応によって文様が描かれており、その文様を被覆により安定化することもできる。しかも非着色部はアルミ本来の金属光沢が保持されているため、従来の陽極酸化法を用いる着色、塗装あるいは彫刻とは異なる外観で装飾されている。これはフライパンなどの調理器具としても利用可能である。しかも、従来の調理器具では器具の劣化が生じる250℃以上の高温でも、変色や腐食等の劣化なく使用することが可能である。さらに、この高温での調理では油を引かなくても粘着なく調理することが可能であるため、低カロリー食や新しい食感の料理も実現可能である。加えて、汚れが落ちやすく、酸やアルカリ等の薬品にも対しても耐久性があるため、手入れがしやすいという特徴を有する。フライパンや鍋等だけでなく、温度制御ができる調理家電やガス器具と組み合わせて使用することも可能である。このため、飲食業、調理器具、各種産業機器で利用されると考えられる。また、一見調理器具には見えないアルミニウム、およびアルミニウム合金製器具でも調理できるという新奇なデザインの可能性も広げることができる。
【符号の説明】
【0046】
図1
100:アルミニウムおよびアルミニウム合金製器具基板
110:無機酸化物層皮膜
120:化学反応によって着色された部分
図2
200:アルミニウムおよびアルミニウム合金製器具基板
210:無機酸化物層皮膜
220:化学反応によって着色された部分
図3
300:アルミニウムおよびアルミニウム合金製器具基板
310:着色化学反応前に形成された無機酸化物層皮膜
320:化学反応によって着色された部分
330:着色化学反応後に形成された無機酸化物層皮膜