(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-24
(45)【発行日】2024-02-01
(54)【発明の名称】制御装置
(51)【国際特許分類】
G01M 15/02 20060101AFI20240125BHJP
H02P 31/00 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
G01M15/02
H02P31/00
(21)【出願番号】P 2020162721
(22)【出願日】2020-09-28
【審査請求日】2023-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003115
【氏名又は名称】東洋電機製造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100161148
【氏名又は名称】福尾 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100163511
【氏名又は名称】辻 啓太
(72)【発明者】
【氏名】北条 善久
(72)【発明者】
【氏名】須永 智
【審査官】瓦井 秀憲
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-058216(JP,A)
【文献】特開2017-099084(JP,A)
【文献】特開2018-091876(JP,A)
【文献】特開2008-182828(JP,A)
【文献】特開2011-015550(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0059735(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 15/00-15/14
G01M 17/007
H02P 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ねじれ要素を介して駆動系と連結され、前記駆動系の負荷を再現する負荷モータのトルク指令を所定のサンプリング周期で制御する制御装置であって、
前記負荷モータの回転速度と、前記負荷モータの電気慣性値とに基づき、前記負荷モー
タの電気慣性トルクを演算する電気慣性トルク演算部と、
前記負荷モータの回転速度と、前記負荷モータの電気摩擦値とに基づき、前記負荷モータの電気摩擦トルクを演算する電気摩擦トルク演算部と、
前記電気慣性トルクと、前記電気摩擦トルクとに基づき、前記トルク指令を生成するトルク指令生成部と、
前記サンプリング周期に基づき、前記電気慣性値および前記電気摩擦値を補正する補正部と、を備える制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の制御装置において、
前記電気慣性値および前記電気摩擦値をそれぞれJ
a,D
aとし、前記サンプリング周期による遅れ時間により変化する電気慣性値および電気摩擦値をそれぞれJ
a2,D
a2とし、前記駆動系の入力トルクの角周波数をωとし、前記サンプリング周期をT
sとし、前記サンプリング周期T
sによる遅れ時間をΔT
sとすると、
前記補正部は、以下の式を満たすように、前記電気慣性値J
aおよび前記電気摩擦値D
aを補正する
、制御装置。
【数1】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ねじれ要素を介して駆動系と連結され、駆動系の負荷を再現する負荷モータの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関であるエンジンの単体検証において、駆動系としてのエンジンと、エンジンの負荷を再現する負荷モータおよびトルク計などの計測機器などを備えるダイナモメータとを連結して、エンジンの性能を試験することが行われている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】小林雅行、奥井伸宜、「実エンジンを用いたハイブリッド重量車モデルの評価を可能とするHILSの検討」、自動車技術会論文集、vol.47, No.5, pp.1185-1190 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したエンジンの単体検証に用いられるエンジン試験装置の構成例を
図1に示す。
【0005】
図1に示すように、エンジン試験装置1は、エンジン2と、ダイナモメータ3と、シャフトとこれらを連結するカップリング4とを含む。
図1に示すエンジン試験装置1は、カップリング4が有するねじれ要素により二慣性共振系としてモデル化することができる。
図2は、
図1に示すエンジン試験装置1を二慣性共振系としてモデル化したブロック図である。
【0006】
図2において、J
Eはエンジン2の慣性モーメントである。D
Eはエンジン2の粘性摩擦係数である。J
Gは、ダイナモメータ3が備える、エンジン2の負荷を再現する負荷モータの慣性モーメントである。D
Gは負荷モータの粘性摩擦係数である。K
sはカップリング4のバネ定数である。τ
Eはエンジン2のトルク(エンジン入力)である。τ
sは軸ねじれトルクである。軸ねじれトルクτ
sは不図示のトルク計により計測される。ω
Eはエンジン2の回転速度である。ω
Gは負荷モータの回転速度である。sはラプラス演算子である。
【0007】
エンジン試験装置1を
図2に示す二慣性共振系として定義した場合、当該二慣性共振系は、駆動系としてのエンジン2および負荷モータの慣性モーメントJ
E,J
Gならびにカップリング4のバネ定数K
sに応じた共振周波数を有する。エンジン2が発生するトルクの振動周波数と共振周波数とが一致すると、カップリング4およびシャフトにかかるトルク振動が増幅され、大きな負荷がかかってしまう。そのため、共振周波数においてトルク振動が増幅しないよう、共振抑制制御を行うことが求められている。
【0008】
二慣性共振系における共振抑制制御の従来の手法としては、真鍋多項式による制御設計、共振比制御、H∞制御などの手法がある。しかしながら、
図1に示すエンジン試験装置1においては、エンジン2が発生するトルクおよびエンジン2の回転数を取得することができず、操作することができるのは負荷モータのトルク指令のみである。そのため、上述したような従来の手法を用いることができない。
【0009】
上記のような問題点に鑑みてなされた本発明の目的は、駆動系と負荷モータとの共振による振動を抑制することができる制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明に係る制御装置は、ねじれ要素を介して駆動系と連結され、前記駆動系の負荷を再現する負荷モータのトルク指令を所定のサンプリング周期で制御する制御装置であって、前記負荷モータの回転速度と、前記負荷モータの電気慣性値とに基づき、前記負荷モータの電気慣性トルクを演算する電気慣性トルク演算部と、前記負荷モータの回転速度と、前記負荷モータの電気摩擦値とに基づき、前記負荷モータの電気摩擦トルクを演算する電気摩擦トルク演算部と、前記電気慣性トルクと、前記電気摩擦トルクとに基づき、前記トルク指令を生成するトルク指令生成部と、前記サンプリング周期に基づき、前記電気慣性値および前記電気摩擦値を補正する補正部と、を備える。
【0011】
また、本発明に係る制御装置において、前記電気慣性値および前記電気摩擦値をそれぞれJ
a,D
aとし、前記サンプリング周期による遅れ時間により変化する電気慣性値および電気摩擦値をそれぞれJ
a2,D
a2とし、前記駆動系の入力トルクの角周波数をωとし、前記サンプリング周期をT
sとし、前記サンプリング周期T
sによる遅れ時間をΔT
sとすると、
前記補正部は、以下の式を満たすように、前記電気慣性値J
aおよび前記電気摩擦値D
aを補正することが好ましい。
【数1】
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る制御装置によれば、駆動系と負荷モータとの共振による振動を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】
図1に示すエンジン試験装置をモデル化した二慣性共振系の構成を示すブロック図である。
【
図3】
図2に示す二慣性共振系に負荷モータの電気慣性および電気摩擦を付加したブロック図である。
【
図4A】電気慣性および電気摩擦を離散化した場合の、電気慣性トルクと電気摩擦トルクとの関係をベクトルで記述した図である。
【
図4B】電気慣性および電気摩擦を離散化した場合の、電気慣性トルクと電気摩擦トルクとの関係をベクトルの要素で記述した図である。
【
図5】位相遅れと負荷モータのトルク指令との関係を示す図である。
【
図6A】電気慣性トルクτ’
Jと、位相遅れなしの位相成分τ
JJならびに位相遅れ成分τ
JDとの関係を示す図である。
【
図6B】電気摩擦トルクτ’
Dと、位相遅れなしの位相成分τ
DDならびに位相遅れ成分τ
DJとの関係を示す図である。
【
図7】正の電気慣性における、位相遅れと各トルクとの関係を示す図である。
【
図8】負の電気慣性における、位相遅れと各トルクとの関係を示す図である。
【
図9A】連続系制御が行われる二慣性共振系の構成を示すブロック図である。
【
図9B】離散系制御が行われる二慣性共振系の構成を示すブロック図である。
【
図10】
図2,9A,9Bに示す二慣性系における、エンジン入力から軸ねじれトルクまでの関係を示すボード線図である。
【
図11】本発明の一実施形態に係る制御装置の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しながら説明する。
【0015】
本発明の一実施形態に係る制御装置は、
図1に示すエンジン試験装置1において、ダイナモメータ3が備える、駆動系であるエンジン2の負荷を再現する負荷モータのトルク指令を制御することで、エンジン2と負荷モータとの共振による振動を抑制するものである。まず、エンジン試験装置1をモデル化した、
図2に示す二慣性共振系における共振抑制制御について説明する。
【0016】
図2に示す二慣性共振系のエンジン入力τ
Eから軸ねじれトルクτ
sまでの伝達関数は以下の式(1),(2)で示される。また、共振角周波数の理論値ω
n0は以下の式(3)で示される。
【0017】
【0018】
式(3)に示す共振角周波数の理論値ω
n0は、
図2に示す二慣性共振系において、共振角周波数と等しい角周波数の信号が入力されると、入出力特性が∞になることを示している。しかしながら、エンジン2の慣性モーメントJ
Eおよび粘性摩擦係数D
Eが無視できない場合には、式(2)における減衰係数ξ
nおよび時定数αが存在する。式(1),(2)の分母多項式の係数比較を行うと以下の式(4),(5),(6)が得られる。
【0019】
【0020】
式(4),(5),(6)より、減衰係数ξnおよび時定数αを算出すると以下の式(7),(8)で示される。
【0021】
【0022】
また、上述した式より粘性摩擦係数DE,DGを考慮した実質的な共振角周波数ωnは以下の式(9)で示される。
【0023】
【0024】
以上より、二慣性共振系の共振角周波数ωnおよび減衰係数ξnが、エンジン2および負荷モータの慣性モーメントJE,JGおよび粘性摩擦係数DE,DGにより決定されることが分かる。
【0025】
本願発明者らは、鋭意検討した結果、
図2に示す二慣性共振系において、負荷モータの電気慣性および電気摩擦を制御することで、共振角周波数ω
nを制御可能であることを見出した。以下では、負荷モータの電気慣性および電気摩擦による共振角周波数ω
nの制御について説明する。
【0026】
図3は、
図2に示す二慣性共振系に負荷モータの電気慣性(Electric inertia)および電気摩擦(Electric friction)を付加したブロック図である。
図3において、J
aは負荷モータの電気慣性値である。D
aは負荷モータの電気摩擦値である。τ
Jは電気慣性としての電気慣性トルクである。τ
Dは電気摩擦としての電気摩擦トルクである。τ
inは負荷モータのトルク指令である。なお、以下では、負荷モータの回転速度ω
Gに速度のオフセット成分はないものとする。
【0027】
図3に示すように、負荷モータの電気慣性および電気摩擦を付加した二慣性共振系では、負荷モータの回転速度ω
Gと、電気慣性値J
aとに基づき、負荷モータの電気慣性トルクτ
Jが演算される。また、負荷モータの回転速度ω
Gと、電気摩擦値D
aとに基づき、負荷モータの電気摩擦トルクτ
Dが演算される。そして、電気慣性トルクτ
Jと電気摩擦トルクτ
Dとが加算されて、負荷モータのトルク指令τ
inが生成される。
【0028】
図3に示す二慣性共振系において、エンジン入力τ
Eから軸ねじれトルクτ
sまでの伝達関数は以下の式(10)で示される。
【0029】
【0030】
式(10)において、粘性摩擦係数DE,DGおよび電気摩擦値Daを無視した場合、式(10)の分母多項式から共振角周波数ω’noを求めると、以下の式(11)で示される。
【0031】
【0032】
式(10),(11)はそれぞれ、式(1),(3)の慣性モーメントJGをJG+Jaに、粘性慣性係数DGをDG+Daに書き換えたものに等しい。したがって、電気慣性および電気摩擦を用いて、すなわち、電気慣性値Jaおよび電気摩擦値Daを用いて共振角周波数ωnoを制御可能であることが分かる。
【0033】
電気慣性および電気摩擦を付加した二慣性共振系における減衰係数ξ’nは以下の式(12)で示され、粘性摩擦係数DE,DGを考慮した実質的な共振角周波数ω’nは以下の式(13)で示される。
【0034】
【0035】
所定のサンプリング周期Tsでトルク指令τinを制御する場合、電気慣性(電気慣性トルクτJ)および電気摩擦(電気摩擦トルクτD)がサンプリング周期Tsでサンプリングされる。この場合、電気慣性および電気摩擦が離散化される。以下では、電気慣性および電気摩擦の離散化による影響について説明する。
【0036】
図3より、負荷モータのトルク指令τ
in、電気慣性トルクτ
Jおよび電気摩擦トルクτ
Dはそれぞれ、以下の式(14),(15),(16)で示される。
【0037】
【0038】
エンジン入力τEが以下の式(17)に示すような、一定角周波数ωを有する振幅AτEの正弦波トルクであると仮定し、負荷モータの回転速度ωGは、エンジン入力τEと同じ角周波数を有する振幅AωG、位相遅れΨの正弦波振動であると仮定する。
【0039】
【0040】
式(15)に示すように、電気慣性トルクτJは微分要素(s:ラプラス演算子)を含んでいるため、式(15),(16)は以下の式(19),(20)に書き換えられる。
【0041】
【0042】
式(19),(20)より、電気慣性トルクτ
Jは、電気摩擦トルクτ
Dに対して90度の進み位相を有する操作量であることが分かる。電気慣性トルクτ
Jと、電気摩擦トルクτ
Dとの関係を
図4A,4Bに示す。
図4Aは、電気慣性トルクτ
Jと、電気摩擦トルクτ
Dとの関係をベクトルで記述した図である。
図4Bは、電気慣性トルクτ
Jと、電気摩擦トルクτとの関係を、式(19),(20)に示すベクトルの要素で記述した図である。
図4A,4Bでは、電気摩擦トルクτ
Dとトルク指令τ
inとが成す角をθと定義している。
【0043】
サンプリング周期Tsで電気慣性および電気摩擦を離散化させると、サンプリング周期Tsによるサンプル遅れ(位相遅れ)が発生する。サンプリング周期Tsによる遅れ時間をΔTsとし、エンジン入力τEが式(17)に示すような角周波数成分を有すると仮定すると、位相遅れφは以下の式(21)で示される。
【0044】
【0045】
以下では、位相遅れφが発生した場合の電気慣性トルク、電気摩擦トルクおよびトルク指令をそれぞれ、τ’
J,τ’
D,τ’
inとする。
図4Aに示す電気慣性トルクτ
Jと電気摩擦トルクτ
Dとの関係に、電気慣性トルクτ’
J、電気摩擦トルクτ’
Dおよびトルク指令τ’
inを書き加えると
図5のようになる。
【0046】
図5に示すように、電気慣性および電気摩擦を離散化した場合のトルク指令τ’
inは、トルク指令τ
inに対してφだけ位相が遅れる。電気慣性および電気摩擦を離散化しない連続時間上における、トルク指令τ’
inの電気慣性トルクおよび電気摩擦トルクを、
図5に示すように、τ
J2,τ
D2とする。
【0047】
式(19),(20)および
図4Bに示すように、電気慣性トルクτ
Jおよび電気摩擦トルクτ
Dの大きさは、電気慣性値J
aおよび電気摩擦値D
aによって決まる。電気慣性トルクτ
J2の場合の電気慣性値をJ
a2とし、電気摩擦トルクτ
D2の場合の電気摩擦値をD
a2とする。つまり、電気慣性および電気摩擦をサンプリング周期T
sで離散化した際の負荷モータのトルク指令τ’
inは、離散化を行わない場合の電気慣性値J
a2および電気摩擦値D
a2に基づくトルク指令と等しい。以下では、τ
J2を真の電気慣性トルクと定義し、τ
D2を真の電気摩擦トルクと定義する。また、以下では、J
a2を真の電気慣性値と定義し、D
a2を真の電気摩擦値と定義する。
【0048】
真の電気慣性値D
a2および真の電気摩擦値J
a2の算出について説明する。まず、位相遅れφが発生した電気慣性トルクτ’
Jおよび電気摩擦トルクτ’
Dをそれぞれ、位相遅れなしの電気慣性トルクと電気摩擦トルクとに分解する。位相遅れφを考慮した電気慣性トルクτ’
Jおよび電気摩擦トルクτ’
Dに対し、位相遅れなしの位相成分をそれぞれ、τ
JJ,τ
DDとする。また、位相遅れなしの位相成分τ
JJ,τ
DDに対して90度の位相遅れ成分をそれぞれ、τ
JD,τ
DJとする。すると、位相遅れφを考慮した電気慣性トルクτ’
Jおよび電気摩擦トルクτ’
Dはそれぞれ、
図6A,6Bに示す関係にある。
図6Aは、電気慣性トルクτ’
Jと、位相遅れなしの位相成分τ
JJならびに位相遅れ成分τ
JDとの関係を示す図である。
図6Bは、電気摩擦トルクτ’
Dと、位相遅れなしの位相成分τ
DDならびに位相遅れ成分τ
DJとの関係を示す図である。
【0049】
図6A,6Bの各ベクトルを式で表すと以下の式(22)~式(27)となる。
【0050】
【0051】
なお、位相遅れφを考慮した電気慣性トルクτ’Jおよび電気摩擦トルクτ’Dはそれぞれ、位相遅れなしの電気慣性トルクτJおよび電気摩擦トルクτDと同じベクトルの大きさを有することに留意する。
【0052】
図7は、電気慣性が正である場合の、位相遅れφと、式(22)~(27)に示す各トルクとの関係を示す図である。
図7における各ベクトルをその大きさのみで記述しなおすと、式(26),(27)は以下の式(28),(29)となる。
【0053】
【0054】
また、真の電気慣性トルクτJ2および電気摩擦トルクτD2は、以下の式(30),(31)で表すこともできる。また、位相遅れφを考慮した電気慣性トルクτ’J、電気摩擦トルクτ’Dおよびトルク指令τ’inは、式(32)~(34)に示す関係がある。
【0055】
【0056】
よって、位相遅れφなしの電気慣性値Ja2と電気摩擦値Da2とについてベクトルの大きさでまとめると以下の式(35),(36)が得られる。
【0057】
【0058】
以上より、サンプリング周期Tsで電気慣性および電気摩擦を離散化させることは、電気慣性値Jaおよび電気摩擦値Daをそれぞれ、真の電気慣性値Ja2および真の電気摩擦値Da2に変化させることに等しいことが分かる。また、真の電気慣性値Ja2および真の電気摩擦値Da2は、エンジン入力τEの角周波数ω、電気慣性値Ja,電気摩擦値Daおよびサンプリング周期Tsによる遅れ時間ΔTsに基づき算出できることが分かる。なお、位相遅れφの向きと、θの向きとが逆向きであることに注意する。
【0059】
電気慣性を導入することにより、式(11)は電気慣性値Jaを変化させることによって負荷モータの慣性モーメントJGを変化させるとも考えられる。また、電気慣性値Jaを変化させることによって、共振角周波数ωnを高くすることも可能である。そこで、電気慣性を負の値に設定することを考える。以下では、「電気慣性値Jaを正の値に設定する」ことを、「正の電気慣性」ということがある。また、「電気慣性値Jaを負の値に設定する」ことを、「負の電気慣性」ということがある。
【0060】
離散系制御では、位相遅れが負の電気慣性にも作用する。
図8は、電気慣性が負の場合の、位相遅れと各トルクとの関係を示す図である。
図8に示すように、電気慣性が負の場合にも、電気慣性が正の場合と同様に、電気摩擦方向の成分τ
JDが出現する。ただし、電気慣性が負の場合には、電気摩擦方向の成分τ
JDは、電気慣性が正の場合とは逆向きの方向に作用している。
図8においては、電気摩擦方向の成分τ
JDは、加速方向の摩擦力となっており、系を不安定にする摩擦力となる。そのため、この摩擦力を打ち消すために、正の摩擦力成分による補正が必要となる。補正量は、式(29)において、真の電気摩擦トルクτ
D2が正となれば、少なくとも系が不安定とはならない。これは、真の電気摩擦値D
a2が正である場合と同等であるので、式(36)より、以下の式(37)が得られる。
【0061】
【0062】
式(37)は以下の式(38)のように変形することができる。
【0063】
【0064】
式(38)は、電気慣性値Jaを負の値に設定した場合、負荷モータの回転速度ωGの角周波数ωが大きい、あるいは、サンプリング周期Tsによる遅れ時間ΔTsが大きければ、より大きな電気摩擦値Daによる補正が必要となることを示している。
【0065】
また、電気慣性値Jaおよび電気摩擦値Daは、位相遅れφにより真の電気慣性値Ja2および真の電気摩擦値Da2に変化してしまう。そのため、真の電気慣性値Ja2および真の電気摩擦値Da2がそれぞれ、元の電気慣性値Jaおよび電気摩擦値Daと同等となるように設計する必要がある。式(35),(36)を変形すると、以下の式(39),(40)が得られる。
【0066】
【0067】
式(39),(40)は、離散制御系において、電気慣性および電気摩擦を制御する場合、位相遅れφを考慮して、電気慣性値Jaは真の電気慣性値Ja2よりも小さく、また、電気摩擦値Daは、真の電気摩擦値Da2よりも大きな値に設定する必要があることを示す。
【0068】
本願発明者らは、上述した検討に基づき、シミュレーションソフトMATLAB(登録商標)を用いて、電気慣性および電気摩擦を含む二慣性系を構築してシミュレーションを行った。シミュレーションは、
図1に示すエンジン試験装置1を想定し、エンジン2が発生するトルクの振動周波数が共振周波数と一致するように二慣性系を構築した。構築した二慣性系のブロック図を
図9A,9Bに示す。
図9Aは、電気慣性および電気摩擦の位相遅れがない、連続系制御が行われる二慣性共振系の構成を示すブロック図である。また、
図9Bは、電気慣性および電気摩擦の位相遅れがある、離散系制御が行われる二慣性共振系の構成を示すブロック図である。なお、
図9A,9Bにおいては、電気摩擦が負荷モータの回転速度ω
Gの振動成分のみに働くように、電気摩擦側にハイパスフィルタを設けている。T
dはハイパスフィルタの時定数である。
【0069】
図9A,9Bに示す二慣性共振系において、サンプリング周波数T
sは500μsとし、位相遅れφは、
図2に示す二慣性共振系における共振周波数をωとして設定し、ΔT
sは、サンプリング周波数T
sの1.5倍の値(1.5T
s)としてシミュレーションを行った。また、J
E=3.5×10
-3kgm
2、J
G=1.5×10
-2kgm
2、D
E=5.2×10
-3Nm(rad/s)、D
G=1.1×10
-2Nm(rad/s)、K
s=800Nm/rad、T
d=0.1sとした。
【0070】
離散系制御の位相遅れφを考慮した電気慣性値J
aおよび電気摩擦値D
aの組み合わせの1つ(J
a,D
a=(-4.72×10
-3,4.31)を用いて、
図2および
図9A,9Bに示す二慣性共振系における、エンジン入力τ
Eから軸ねじれトルクτ
sまでの関係を
図10のボード線図により示す。
図10においては、
図2に示す二慣性共振系におけるシミュレーション結果を実線で示し、
図9Aに示す二慣性共振系におけるシミュレーション結果を一点鎖線で示し、
図9Bに示す二慣性共振系におけるシミュレーション結果を点線で示す。
【0071】
図10に示すように、電気慣性および電気摩擦を考慮しない二慣性共振系(
図2)における共振周波数(約84Hz)と比べて、電気慣性および電気摩擦を考慮した二慣性共振系(
図9A,9B)における共振周波数(約87Hz)は、高周波数側にシフトした。また、
図2に示す二慣性共振系における共振周波数のゲインと比べて、
図9A,9Bに示す二慣性共振系における共振周波数のゲインは低下した。したがって、電気慣性および電気摩擦を考慮することで、共振による振動が抑制された。また、離散系制御を行わない連続系で設計した電気慣性値J
aおよび電気摩擦値D
aの組み合わせ(J
a,D
a=(-7.50×10
-3,3.00)を用いた
図9Aに示す二慣性共振系におけるシミュレーション結果と、
図9Bに示す二慣性共振系におけるシミュレーション結果とが一致した。したがって、電気慣性値J
aおよび電気摩擦値D
aを補正することで、離散系制御においても、連続系制御と同様の制御が可能であることが分かった。
【0072】
次に、
図11を参照して、本発明の一実施形態に係る制御装置10の構成ついて説明する。本実施形態に係る制御装置10は、
図1に示すエンジン試験装置1のような、エンジンなどの駆動系と、駆動系の負荷を再現する負荷モータとがねじれ要素であるカップリング4を介して連結された系において、サンプリング周期T
sで負荷モータの出力トルクを指示するトルク指令τ
inを制御するものである。すなわち、本実施形態に係る制御装置10は、離散系制御によりトルク指令τ
inを制御する。
【0073】
図11に示すように、本実施形態に係る制御装置10は、電気慣性トルク演算部11と、電気摩擦トルク演算部12と、トルク指令生成部13と、補正部14とを備える。
【0074】
電気慣性トルク演算部11は、負荷モータの回転速度ωGが入力される。電気慣性トルク演算部11は、入力された負荷モータの回転速度ωGと、負荷モータの電気慣性値Jaとに基づき、負荷モータの電気慣性トルクτJを演算する。具体的には、電気慣性トルク演算部11は、上述した式(15)に基づき、電気慣性トルクτJを演算する。電気慣性トルク演算部11は、演算した電気慣性トルクτJをトルク指令生成部13に出力する。
【0075】
電気摩擦トルク演算部12は、負荷モータの回転速度ωGが入力される。電気摩擦トルク演算部12は、入力された負荷モータの回転速度ωGと、負荷モータの電気摩擦値Daとに基づき、負荷モータ電気摩擦トルクτDを演算する。具体的には、電気摩擦トルク演算部12は、上述した式(16)に基づき、電気摩擦トルクτDを演算する。電気摩擦トルク演算部12は、演算した電気摩擦トルクτDをトルク指令生成部13に出力する。
【0076】
トルク指令生成部13は、電気慣性トルク演算部11により演算された電気慣性トルクτJおよび電気摩擦トルク演算部12により演算された電気摩擦トルクτDに基づき、トルク指令τinを生成する。具体的には、トルク指令生成部13は、式(14)に基づき、トルク指令τinを生成する。
【0077】
補正部14は、サンプリング周期Tsに基づき、電気慣性トルク演算部11が演算に用いる電気慣性値Ja、および、電気摩擦トルク演算部12が演算に用いる電気摩擦値Daを補正する。具体的には、補正部14は、上述した式(39),(40)に基づき、電気慣性値Jaおよび電気摩擦値Daを補正する。
【0078】
上述したように、負荷モータの電気慣性および電気摩擦を考慮することで、共振による振動を抑制することができる。したがって、本実施形態に係る制御装置10によれば、共振による振動を抑制することができる。また、サンプリング周期Tsに基づき電気慣性値Jaおよび電気摩擦値Daを補正することで、離散系制御を行う場合にも、連続系制御を行う場合と同様の制御を行うことができる。したがって、本実施形態に係る制御装置10によれば、離散系制御を行う場合にも、連続系制御を行う場合と同様の負荷モータの制御が可能となる。
【0079】
上述の実施形態は代表的な例として説明したが、本発明の趣旨および範囲内で、多くの変更および置換が可能であることは当業者に明らかである。したがって、本発明は、上述の実施形態によって制限するものと解するべきではなく、特許請求の範囲から逸脱することなく、種々の変形および変更が可能である。
【符号の説明】
【0080】
1 エンジン試験装置
2 エンジン(駆動系)
3 ダイナモメータ
4 カップリング
10 制御装置
11 電気慣性トルク演算部
12 電気摩擦トルク演算部
13 トルク指令生成部
14 補正部