(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-24
(45)【発行日】2024-02-01
(54)【発明の名称】酸化的細胞質を有する大腸菌株
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20240125BHJP
C12N 15/70 20060101ALI20240125BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20240125BHJP
C12N 15/61 20060101ALN20240125BHJP
C12N 15/53 20060101ALN20240125BHJP
C07K 16/30 20060101ALN20240125BHJP
C12P 21/08 20060101ALN20240125BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12N15/70 Z
C12N15/13
C12N15/61
C12N15/53
C07K16/30
C12P21/08
(21)【出願番号】P 2021525785
(86)(22)【出願日】2019-11-07
(86)【国際出願番号】 US2019060345
(87)【国際公開番号】W WO2020097385
(87)【国際公開日】2020-05-14
【審査請求日】2022-09-15
(32)【優先日】2018-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】511167135
【氏名又は名称】ストロ バイオファーマ, インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】グロフ、ダニエル
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-524281(JP,A)
【文献】特表2011-515099(JP,A)
【文献】Journal of biological chemistry,2001年,Vol.276,p.18031-18037
【文献】Microbial Cell Factories,2012年,11:56,doi:10.1186/1475-2859-11-56
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/70
C12N 1/21
C12N 15/13
C12N 15/61
C12N 15/53
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)trxBにコードされるチオレドキシンレダクターゼの活性を欠き、
(ii)trxAにコードされるチオレドキシン1の活性を欠き、
(iii)gorにコードされるグルタチオンレダクターゼの活性を欠き、
(iv)変異AhpCタンパク質を発現し、
ここで、前記変異AhpCタンパク質はグルタチオンレダクターゼ活性を有
するが、該変異によりペルオキシレダクターゼ活性を欠き、
(v)細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼを発現する、
大腸菌株。
【請求項2】
目的のタンパク質をコードする遺伝子をさらに含む、請求項1に記載の大腸菌株。
【請求項3】
前記目的のタンパク質が、抗体、
Fab断片、
scFv、抗体重鎖、及びIgGの
抗体軽鎖からなる群から選択される、請求項2に記載の大腸菌株。
【請求項4】
前記細胞質型
原核生物ジスルフィドイソメラーゼがDsbCである、請求項1に記載の大腸菌株。
【請求項5】
組換えプロリルイソメラーゼ及び/又はデアグリガーゼ(deaggregase)をさらに発現する、請求項1に記載の大腸菌株。
【請求項6】
前記プロリルイソメラーゼが、シクロフィリン、FKBP、パルブリン、SlyD、Tig、yCpr6からなる群から選択され、
前記デアグリガーゼが、Skp、GroEL、GroES、DnaK、DnaJ、及びGrpEからなる群から選択される、
請求項5に記載の大腸菌株。
【請求項7】
前記目的のタンパク質をコードする遺伝子が誘導性プロモーターに作動可能に連結されている、請求項2に記載の大腸菌株。
【請求項8】
前記誘導性プロモーターがT7プロモーターである、請求項7に記載の大腸菌株。
【請求項9】
前記変異
AhpCタンパク質をコードする遺伝子の発現がPc0プロモーターにより制御されている、請求項1に記載の大腸菌株。
【請求項10】
前記細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼの発現がMTLプロモーターにより制御されている、請求項1に記載の大腸菌株。
【請求項11】
前記大腸菌株がK-12株である、請求項1に記載の大腸菌株。
【請求項12】
a.酸化的細胞質ゾル、及び目的のタンパク質を発現させるための発現カセットを含む大腸菌の菌株を可溶性タンパク質としての前記目的のタンパク質の発現を可能にする条件下で培養するステップを含み、
前記
大腸菌の菌株は
(i)チオレドキシンレダクターゼ活性を欠き、
(ii)チオレドキシン1活性を欠き、
(iii)gorにコードされるグルタチオンレダクターゼの活性を欠き、
(iv)ahpC遺伝子から発現される酵素がグルタチオンレダクターゼ活性を有する
が、変異によりペルオキシレダクターゼ活性を欠くように変異されたahpC遺伝子を発現し、
(v)細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼをコードする遺伝子を発現する、
大腸菌の菌株中で目的の可溶性組換えタンパク質を発現させる方法。
【請求項13】
前記大腸菌
の菌株がtrxC中にヌル変異を含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記大腸菌
の菌株がtrxB中にヌル変異を含む、請求項12に記載の方法。
【請求項15】
前記大腸菌
の菌株がtrxA中にヌル変異を含む、請求項12に記載の方法。
【請求項16】
前記目的のタンパク質がIgG、IgGの軽鎖、又はIgGの重鎖からなる群から選択される、請求項12に記載の方法。
【請求項17】
細胞質型ジスルフィドイソメラーゼがDsbC又は酵母タンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(yPDI)である、請求項12に記載の方法。
【請求項18】
前記大腸菌
の菌株が組換えプロリルイソメラーゼ及び/又は組換えデアグリガーゼをさらに発現する、請求項12に記載の方法。
【請求項19】
前記組換えプロリルイソメラーゼが、シクロフィリン、FKBP、パルブリン、SlyD、Tig、及びyCpr6からなる群から選択され、
前記デアグリガーゼが、Skp、GroEL、GroES、DnaK、DnaJ、及びGrpEからなる群から選択される、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記目的のタンパク質をコードする遺伝子が誘導性プロモーターに作動可能に連結されている、請求項12に記載の方法。
【請求項21】
前記誘導性プロモーターがT7プロモーターである、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記
IgGの軽鎖が抗HER2抗体の軽鎖である、請求項16に記載の方法。
【請求項23】
前記大腸菌
の菌株がgshA遺伝子にコードされるGshAタンパク質を発現する、請求項12に記載の方法。
【請求項24】
前記gshA遺伝子がTrxBの遺伝子座に挿入されている、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記大腸菌
の菌株がT7ポリメラーゼをさらに発現する、請求項12に記載の方法。
【請求項26】
前記T7ポリメラーゼが誘導性プロモーターの制御下にある、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記誘導性プロモーターがP
araBAD、lac、lacUV5、PhoA、tetA、xylAB、tac、又はラムノースプロモーターである、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
請求項1~11のいずれかに記載の大腸菌を含むキットであって、増殖培地をさらに含む前記キット。
【請求項29】
目的のタンパク質をコードするプラスミドをさらに含む、請求項
28に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本願は、2018年11月8日に出願された米国仮特許出願番号第62/757,498号の優先権を主張する。前記仮出願の内容は、その全体がすべての目的のため参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
治療用タンパク質などの商業的に有用なタンパク質は、しばしばジスルフィド結合を有する。これらのジスルフィド結合は、タンパク質の安定化及び機能にとって重要である。タンパク質産生のための従来の細菌宿主は還元的細胞質ゾルを有しているため、細胞質ゾルで発現されるタンパク質においてジスルフィド結合を形成することが不可能である。その結果、現在、多くのタンパク質が細菌細胞質ゾル中で容易に発現させることができず、代わりに、真核生物発現系又は周辺質発現系において発現される。細菌宿主ゲノムに変異を導入して還元経路を破壊することによって細菌細胞質ゾル中でのジスルフィド結合形成を促進する試みが行われてきたが、これらの努力は限定的な成功をもたらすのみであった。したがって、細菌におけるジスルフィド結合タンパク質の細胞質ゾルでの産生は、依然として課題である。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
本明細書に記載される実施例及び実施形態は例示を目的とするのみであり、これらを考慮した種々の改変及び変更は当業者に示唆されることになり、本願の主旨及び範囲内、並びに添付の特許請求の範囲内で含まれることになることを理解されたい。本明細書に記載された全ての文献、配列受入番号、特許、及び特許出願は、全ての目的のため、その全体がすべての目的のため参照により本明細書に組み込まれる。
【0004】
いくつかの実施形態では、本開示は、trxBにコードされるチオレドキシンレダクターゼの活性及びtrxAにコードされるチオレドキシン1の活性、並びにgorにコードされるグルタチオンレダクターゼの活性を欠く大腸菌株を提供する。前記大腸菌株は、グルタチオンレダクターゼ活性を有する変異AhpCタンパク質及び細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼを発現する。いくつかの実施形態では、変異AhpCタンパク質はAhpC*である。いくつかの実施形態では、前記大腸菌株は、野生型AhpCタンパク質とグルタチオンレダクターゼ活性を有する変異AhpCタンパク質の両方を発現する。
【0005】
いくつかの実施形態では、前記株は目的のタンパク質をコードする遺伝子をさらに含む。目的のタンパク質は、抗体、抗体の断片、又はIgGの抗体+軽鎖からなる群から選択されるものであってもよい。いくつかの実施形態では、大腸菌は組換えプロリルイソメラーゼをさらに発現する。
【0006】
いくつかの実施形態では、大腸菌で発現される細胞質型ジスルフィドイソメラーゼはDsbCである。
【0007】
いくつかの実施形態では、目的のタンパク質をコードする遺伝子は、誘導性プロモーター(例えば、T7プロモーター)に作動可能に連結されている。いくつかの実施形態では、T7プロモーターはアラビノースにより誘導され得る。いくつかの実施形態では、大腸菌におけるahpC*遺伝子の発現はPc0プロモーターにより制御されている。いくつかの実施形態では、大腸菌における細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼの発現はMTLプロモーターにより制御されている。いくつかの実施形態では、前記大腸菌株はK-12株に由来する。
【0008】
本明細書はまた、酸化的細胞質ゾル、及び目的のタンパク質を発現させるための発現カセットを含む大腸菌の菌株を可溶性タンパク質としての前記目的のタンパク質の発現を可能にする条件下で培養するステップを含み、前記株は、(i)チオレドキシンレダクターゼをコードする遺伝子であるtrxBが機能せず、(ii)チオレドキシン1であるtrxAが機能せず、(iii)グルタチオンレダクターゼ遺伝子(gor)が機能せず、(iv)発現された酵素がペルオキシレダクターゼ活性を欠き、且つグルタチオンレダクターゼ活性を有するようにahpC遺伝子遺伝子が変異されており、(v)細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼをコードする遺伝子が組換えにより前記菌株に導入されているように遺伝的に改変されている、大腸菌の菌株中で目的の可溶性組換えタンパク質を発現させる方法を提供する。いくつかの実施形態では、大腸菌株は、機能的な遺伝子であるahpC遺伝子及び変異ahpC遺伝子を含む。いくつかの実施形態では、変異ahpC遺伝子はahpC*である。いくつかの実施形態では、trxC遺伝子は非機能的である。いくつかの実施形態では、trxB遺伝子は非機能的である。
【0009】
いくつかの実施形態では、細胞質型ジスルフィドイソメラーゼは、DsbC又は酵母タンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(yPDI)である。いくつかの実施形態では、前記大腸菌株は、1種類又は複数種類の組換えプロリルイソメラーゼをさらに発現する。いくつかの実施形態では、組換えプロリルイソメラーゼは、シクロフィリン、FKBP、パルブリン、SlyD、Tig、及びyCpr6からなる群から選択される。いくつかの実施形態では、大腸菌株は、1種類又は複数種類のデアグリガーゼをさらに発現する。いくつかの実施形態では、デアグリガーゼは、Skp、GroEL、GroES、DnaK、DnaJ、及びGrpEからなる群から選択される。
【0010】
いくつかの実施形態では、大腸菌は、IgG、IgGの軽鎖、又はIgGの重鎖からなる群から選択される目的のタンパク質を発現する。いくつかの実施形態では抗体軽鎖は、抗HER2抗体の軽鎖である。いくつかの実施形態では、目的のタンパク質をコードする遺伝子は、誘導性プロモーター(例えば、T7プロモーター)に作動可能に連結されている。いくつかの実施形態では、大腸菌株はT7ポリメラーゼをさらに発現する。いくつかの実施形態では、T7ポリメラーゼは誘導性プロモーターの制御下にある。いくつかの実施形態では、誘導性プロモーターはParaBAD、lac、PhoA、tetA、xylAB、tac、又はラムノースプロモーターである。いくつかの実施形態では、T7ポリメラーゼは、目的のタンパク質の発現を制御するT7プロモーターを認識してもよい。
【0011】
いくつかの実施形態では、大腸菌株は、gshA遺伝子にコードされるGshAタンパク質を発現する。いくつかの実施形態では、gshA遺伝子は、TrxBの遺伝子座に挿入された組換え遺伝子である。
【0012】
本明細書はまた、上記実施形態のうちのいずれかの大腸菌を含むキットを提供し、前記キットは増殖培地をさらに含む。前記キットは、目的のタンパク質をコードするプラスミドをさらに含んでいてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】抗Muc1抗体の軽鎖(LC)であるMuc1 G09k Lcを発現する7種類の改変大腸菌株由来の細胞可溶化物の可溶性画分及び不溶性画分のSDS PAGE分析の結果を示す図である。これらの大腸菌株における種々の変異をSDS-PAGEの結果の上の表に示す。
【
図1B】抗CD74 IgGの軽鎖である7219 LCを発現する3種類の改変大腸菌株由来の細胞可溶化物の可溶性画分のSDS-PAGE分析の結果を示す図である。これらの大腸菌株の遺伝子型をSDS-PAGEの結果の上の表に示す。
【
図1C】発現されるLCが、比較的容易に発現するタンパク質であるトラスツズマブの軽鎖である以外は
図1Aと同様のSDS-PAGE分析の結果を示す。
【
図2】Shuffle大腸菌株及びSnuggle大腸菌株における、78~92%の配列同一性を有する4種類の異なるLCの発現比較の結果を示す。Snuggle株は、Shuffle株と比較して、LC産生において20~110%の改善を示した。
【発明を実施するための形態】
【0014】
序論
本開示は、酸化的細胞質を含むよう遺伝子改変された大腸菌株を提供する。そのような酸化的細胞質は、ジスルフィド結合を有するタンパク質の三次元構造及び安定性を維持するために不可欠である。本発明は、高収率で抗体軽鎖(LC)などのタンパク質を産生するための、大腸菌に基づく産生系を提供する。
【0015】
これまでに、変異大腸菌株(「Shuffle」)が作成されている(Lobstein et al.,Microbial Cell Factories 2012,11:56)。この変異株は、チオレドキシンレダクターゼ活性(TRXB)及びグルタチオンレダクターゼ活性(GOR)を欠いている。Shuffleはまた、シグナル配列を有していないDsbC、及びペルオキシレダクターゼ活性を欠いているがグルタチオンレダクターゼ活性を有する酵素をコードするahpC遺伝子変異体(ahpC*)を過剰発現している。Shuffleは、正しくフォールディングされたジスルフィド結合タンパクを産生する能力を示すことが報告されている。
【0016】
Shuffleと比較して、本明細書に開示される大腸菌株は、さらにチオレドキシン1活性(TrxA)を欠くよう、さらに改変されている。したがって、いくつかの実施形態では、大腸菌株は、trxA、trxB、及びgorにヌル変異を含む。結果として、前記株は、チオレドキシンレダクターゼ活性(TrxB)、チオレドキシン1活性(TrxA)、及びグルタチオンレダクターゼ活性(GOR)を欠いている。本明細書に開示される大腸菌株はまたシグナル配列を有していないDsbCを過剰発現し、且つペルオキシレダクターゼ活性を欠いているがグルタチオンレダクターゼ活性を有する酵素をコードするahpC遺伝子変異体(ahpC*)を過剰発現している。
【0017】
驚くべきことに、本明細書に開示される大腸菌株は、Shuffleと比較して高収率のジスルフィド結合タンパク質を産生することができる。trxAによりコードされる酸化型チオレドキシンを可逆的に還元する細胞質チオレドキシンレダクターゼをtrxBがコードすることを考慮すると、従来の考え方によれば、酸化還元生化学経路においてチオレドキシンレダクターゼはチオレドキシン1の上流であるので、チオレドキシンレダクターゼの不活性化により基質であるチオレドキシン1の不活性化が不要になるはずであった。したがって、trxA及びtrxBの両方を欠く大腸菌株がジスルフィド結合を含む生物学的に活性な可溶性タンパク質を優れた収率でもたらすことは驚くべきことである。
【0018】
定義
「レダクターゼ」という用語は、チオレドキシンレダクターゼ(TrxB)、グルタチオン若しくはグルタチオンレダクターゼ(GOR)、又はチオレドキシン系若しくはグルタレドキシン系のメンバーを還元し得る他の任意の酵素を指す。
【0019】
「チオレドキシン」という用語には、Rietsch and Beckwith(1998)Ann.Rev.Genet.32:163に記載されるように、チオレドキシン1(TrxA)及びチオレドキシン2(TrxC)が含まれる。チオレドキシンは、活性化部位中のCys-Xaa-Xaa-Cysモチーフ(ここで、Xaaは任意のアミノ酸を意味する)の存在を特徴とする小分子である。チオレドキシンは、(trxB遺伝子によりコードされる)チオレドキシンレダクターゼ及びNADPHにより再還元される。trxB変異体においては、チオレドキシンが酸化型で蓄積する。TrxAはtrxA遺伝子にコードされ、TrxBはtrxB遺伝子にコードされる。
【0020】
「gor」という用語は、グルタチオンオキシドレダクターゼ遺伝子を指し、「GOR」という用語は、グルタチオンオキシド-レダクターゼを指す。
【0021】
「DsbC」は、ジスルフィド結合の異性化を触媒するdsbC遺伝子によりコードされるタンパク質である。DsbCヌル変異体は、複数のジスルフィド結合を有するタンパク質のフォールディングに欠陥がある。
【0022】
「グルタチオン」という用語は、ラン藻、プロテオバクテリア、いくつかのグラム陽性菌株、及びミトコンドリアと葉緑体とを有する全ての真核生物を含む多くの生物に見いだされる、高度に保存された低分子量チオールであるγ-L-グルタミル-L-システイニル-グリシン(GSH)を指す。グルタチオンは、グルタミン酸-システインリガーゼ(gshA)及びグルタチオンシンテターゼ(gshB)の2種類の酵素の作用により合成される。グルタミン酸-システインリガーゼはグルタミン酸とシステインの反応を触媒してγ-グルタミルシステインを形成し、続いてγ-グルタミルシステインはグルタチオンシンテターゼによりグリシンに結合されてGSHを形成する。
【0023】
核酸は、他の核酸配列と機能的な相関がある場合に、他の核酸に「操作可能に連結」されている。例えば、プロモーター又はエンハンサーはコード配列の転写に作用する場合はそのコード配列と操作可能に連結されており、リボソーム結合部位は転写を促進するように配置されている場合はコード配列と操作可能に連結されている。通常、「操作可能に連結」は、連結されているDNA配列が隣接していることを意味しており、分泌リーダーである場合は、連結されているDNA配列が隣接しリーディングフェーズ(reading phase)にあることを意味する。連結は有用な(convenient)制限酵素部位でのライゲーションにより達成される。そのような部位が存在しない場合は、常法に従って、合成オリゴヌクレオチドアダプター又はリンカーが使用される。
【0024】
AhpCは、アルキルヒドロペルオキシドレダクターゼAhpCFの2つのサブユニットのうちの一つである。AhpCFのもう一方のサブユニットはフラビン酵素AhpFである(Tarataglia et al,J.Biol.Chem.,Volume 265,10535-10540,1990;Smillie et al,Genbank submission NCBL gi;216542,1993)。これら2つのタンパク質は共調して作用し、AhpFはAhpCへの電子供与体としてNADH又はNADHPを利用し、これによりリノール酸ヒドロペルオキシド及びチミンヒドロペルオキシドなどの生理的脂質ペルオキシド並びに非生理的アルキルヒドロペルオキシドが、それぞれの無毒性のアルコール形態に還元される。この酵素複合体(又は酵素系)は、酸素及びその誘導体を除去(scavenge)する。AhpCは、酸素ラジカルによる損傷から保護するための特異的アルキルヒドロペルオキシド除去酵素として作用することが実証されてきたが、反応性窒素中間体の除去が起こることも実証されてきた。AhpFは、AhpCを特異的に還元するために必須である付加的なN末端断片の伸長を有するチオレドキシンレダクターゼに関連している。
【0025】
タンパク質を記載する場合に用いる「細胞質型(cytosolic)」という用語は、そのタンパク質が細胞の細胞質ゾル中に存在することを指す。
【0026】
「異種性(heterologous)タンパク質又はポリペプチド」は、宿主細胞中で通常は産生されないタンパク質又はペプチドを指す。ただし、異種性ポリペプチドが宿主細胞中に導入された核酸から発現されるものである場合は、異種性ポリペプチドは宿主細胞と同じ種及び型に由来していてもよい。
【0027】
「外来性(exogenous)ポリぺプチド」は、細胞中で通常は産生されないペプチドを指す。
【0028】
「ヌル変異」は、非機能性遺伝子を生じる遺伝子の変異を指す。ヌル変異は、関連遺伝子産物の産生の完全な欠如、又は適切に機能しない産物の産生を引き起こし得る。
【0029】
「タンパク質ジスルフィドイソメラーゼ」という用語は、「ジスルフィドイソメラーゼ」又は「PDI」という用語と互換的に使用され、ジスルフィド結合の形成及び異性化を触媒する酵素を指す。インビトロのデータから、PDIは、ジスルフィド結合の形成及び再編成の触媒に関与しているとされている(Creighton et al.(1980)J.Mol.Biol.142:43;Feedman et al.(1989)Biochem.Soc.Symp.5:167;及びBardwell and Beckwith(1993)Cell 74:899)。酵母のPDI変異体は、カルボキシペプチダーゼY中のジスルフィド結合の形成異常を示していた(LaMantia and Lennarz(1993)Cell 74:899)。宿主細胞における異種性タンパク質の発現のためのPDIの使用は、公開番号WO93/25676、WO94/08012のPCT出願及びEP509,841に更に記載されている。
【0030】
「プロリルイソメラーゼ」という用語は、「ペプチジルプロリルイソメラーゼ」又は「PPIase」と互換的に使用され、原核生物及び真核生物のいずれにも見られ、アミノ酸であるプロリンとのペプチド結合のシス異性体及びトランス異性体を相互変換する。プロリルイソメラーゼ活性を有するタンパク質としては、これらに限定されないが、シクロフィリン(例えば、受入番号Q13427)、FKBP(例えば、受入番号Q02790)、パルブリン(例えば、受入番号Q9Y237)、Tig(例えば、受入番号P0A850)、SlyD(例えば、受入番号P0A9K9)、及びyCpr6(例えば、受入番号S000004206)が挙げられる。
【0031】
「デアグリガーゼ(deaggregase)」という用語は、例えば無細菌翻訳系において産生される目的のタンパク質の脱凝集及び/又は可溶化を補助するタンパク質シャペロンを指す。そのようなシャペロンは、作用機構が触媒的ではなく化学量論的であり、新しく合成されたタンパク質の疎水性パッチをそのタンパク質がフォールディングされる間に安定化することによって機能すると考えられているので、高濃度で特に役立つ。非限定的なデアグリガーゼの例としては、Skp(例えば、受入番号P0AEU7)、GroEL(例えば、受入番号P0A6F5)、GroES(例えば、受入番号P0A6F9)、DnaK(例えば、受入番号P0A6Y8)、DnaJ(例えば、受入番号P08622)、又はGrpE(例えば、受入番号P09372)が挙げられる。
【0032】
「還元状態」にあるタンパク質という場合、その酸化型タンパク質よりも多くの電子を有しているタンパク質を指す。
【0033】
「酸化的細胞質」という用語は、物質が還元されるよりも酸化されやすい細胞の細胞質を指す。
【0034】
「チオレドキシンレダクターゼ活性」という用語は、チオレドキシンレダクターゼ(TRXB)がチオレドキシン1を還元状態に維持する能力を指す。
【0035】
「チオレドキシン1活性」という用語は、チオレドキシン1(TRXA)がリボヌクレオチドレダクターゼを還元状態に維持する能力を指す。
【0036】
「ペルオキシレダクターゼ活性」という用語は、AhpCが生理的脂質酸化物を還元する能力を指す。
【0037】
「グルタチオンレダクターゼ活性」という用語は、スルフヒドリル形態のグルタチオン(GSH)へのグルタチオンジスルフィド(GSSG)の還元を触媒する能力を指す。例えば、グルタチオンレダクターゼ(GOR)はグルタチオンレダクターゼ活性を有する。
【0038】
「組換え体」又は「組換えによって」という用語は、(1)自身の天然の環境から取り除かれている、(2)その遺伝子が天然で見いだされるポリヌクレオチドの全て又は一部と関連していない、(3)天然では連結されていないポリヌクレオチドと操作可能に連結されている、又は(4)天然には存在しない、生体分子(例えば、遺伝子又はタンパク質)を指す。「組換え体」という用語は、クローニングされたDNA単離体、化学合成されたポリヌクレオチド類似体、又は異種性の系により生物学的に合成されたポリヌクレオチド類似体、並びにそのような核酸によりコードされるタンパク質及びmRNAに関して使用され得る。
【0039】
大腸菌における還元経路の改変
本発明は、適切にフォールディングされたジスルフィド結合を有する細胞質タンパク質を産生するために、大腸菌において2つの還元経路であるチオレドキシン経路及びグルタレドキシン/グルタチオン経路を改変する。
【0040】
チオレドキシン経路では、チオレドキシンレダクターゼ(trxB遺伝子の産物)はNADPHの還元能力を利用してチオレドキシン1(trxA遺伝子の産物)を還元状態に維持し、次にチオレドキシン1はリボヌクレオチドレダクターゼなどの基質タンパク質を還元することができる。この経路は、細胞中にグルタチオン経路又はグルタレドキシン経路が存在する限り取り除かれ得る。これは、本発明においては、trxA及びtrxBの染色体欠失により達成された。
【0041】
グルタチオン/グルタレドキシン経路では、グルタチオンオキシドレダクターゼ(gor遺伝子の産物)はNADPHの還元能力を利用してグルタチオン(gshA及びgshBにコードされる)を還元する。次にグルタチオンは三種類のグルタレドキシン(grxA、grxB、grxC)を還元することが可能である(Stewart et al.,EMBO J.Vol.17 No.19 pp.5543-5550(1998))。本発明においては、この経路は、グルタチオンがGORではなく変異ペルオキシレダクターゼを介して還元されるよう改変された。
【0042】
本明細書に開示される大腸菌株は、野生型大腸菌株と比べて異なった還元経路を有するよう遺伝的に改変されている。いくつかの実施形態では、大腸菌株は、変異AhpCタンパク質をコードする変異ahpC遺伝子を含む。いくつかの実施形態では、変異AhpCタンパク質はグルタチオンレダクターゼの活性を獲得するので、trxB gor変異大腸菌株の増殖を回復させることができる。好ましい実施形態では、変異AhpCタンパク質は、野生型AhpCタンパク質と比べて165番目のシステイン残基を保持している。これらの変異体は、チオレドキシン経路ではなくグルタチオン/グルタレドキシン経路中に電子を注入(channel)することができる。いくつかの実施形態では、変異AhpCタンパク質は、野生型AhpCタンパク質が有するペルオキシレダクターゼ活性を欠く。いくつかの実施形態では、変異AhpCタンパク質は、野生型AhpCタンパク質が有するペルオキシレダクターゼ活性を維持している。
【0043】
いくつかの実施形態では、変異AphCタンパク質は、野生型AhpCに対して1又は複数の点突然変異を含み、前記1又は複数の点突然変異には165番目の位置のシステイン残基は含まれない。いくつかの実施形態では、1又は複数の点突然変異は、S159P、P161S、A167T、P166S、C46Y、C46F、R119C、及びG141Sからなる群から選択される。いくつかの実施形態では、これらの変異AhpCタンパク質は、野生型AhpCタンパク質が有するペルオキシレダクターゼ活性を保持している。これらの変異体のうちのいくつかはYamamoto et al.,Mol.Cell.January 18;29(1):36-45(2008)に記載され、関連する開示は本明細書に参照により取り込まれる。
【0044】
いくつかの実施形態では、変異aphC遺伝子は配列番号4(以下、「ahpC*遺伝子」という)であり、これは配列番号5(以下、「AhpC*タンパク質」という)をコードする。AhpC*タンパク質は、野生型AhpCタンパク質が有するペルオキシレダクターゼ活性を欠いているが、グルタチオンレダクターゼの活性を獲得している。AhpC*は、野生型AhpCタンパク質の36番目の残基と37番目の残基の間にフェニルアラニンの挿入を含む。いくつかの実施形態では、ahpC*遺伝子は、この遺伝子からのFLPリコンビナーゼの除去により残された傷痕部位(scar site)中に挿入されている。ある実施形態では、ahpC*は、この遺伝子からの除去に由来するtnaA(トリプトファナーゼ)遺伝子座中の傷痕部位に挿入されている。
【0045】
大腸菌株はまた、チオレドキシンレダクターゼ活性を欠くよう遺伝的に改変されている。ある実施形態では、大腸菌はtrxB遺伝子にヌル変異を含んでおり、それによりチオレドキシンレダクターゼ活性を欠く菌が生じる。
【0046】
大腸菌株はまた、チオレドキシン1の活性を欠くよう遺伝的に改変されている。ある実施形態では、大腸菌はtrxA遺伝子にヌル変異を含んでおり、それによりチオレドキシンレダクターゼ活性を欠く菌が生じる。
【0047】
大腸菌株はまた、グルタチオンレダクターゼ遺伝子(gor)が機能しないように遺伝的に改変されている。ある実施形態では、大腸菌はgor遺伝子にヌル変異を含んでおり、それによりグルタチオンダクターゼ活性を欠く菌が生じる。
【0048】
いくつかの実施形態では、大腸菌株はgshA遺伝子を発現する。GshAはグルタチオン生合成の最初のステップに関与しており、機能的なGshAタンパク質の発現により細胞が機能的なグルタチオン合成経路を依然として有していることが保証され、細胞の生存が保証される。
【0049】
大腸菌株はまた、組換え細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼを発現するよう改変されている。組換え細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼは、より困難なLCにとって特に重要であるタンパク質のフォールディングを促進し得る。いくつかの実施形態では、シャペロンは細胞外への分泌のためのリーダー配列の除去により、細胞質に局在している。ある実施形態では、ジスルフィドイソメラーゼはDsbCである。ある実施形態では、ジスルフィドイソメラーゼは、例えばGroff et al.,MAbs 6(3):671-678(2014)に記載されるような酵母タンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(yPDI)であり、yPDI及びDsbCが原核生物系における免疫グロブリンタンパク質のフォールディングに関して機能的に互換可能であることが示されている。したがって、ヒトのタンパク質ジスルフィドイソメラーゼ及び他の近縁タンパク質もまた、この株においてDsbCの機能的置換に適していると期待される。ある実施形態では、タンパク質イソメラーゼはプロリルイソメラーゼであり、適切なプロリルイソメラーゼとしては、これらに限定されないが、シクロフィリン、FKBP、パルブリン、デアグリガーゼであるskP若しくはslyD、groEL/groES、dnaK、dnaJ、又はgrpEが挙げられ得る。
【0050】
分泌型シャペロンを細胞質型シャペロンに変換するために除去されなければならないシグナル配信は複数の方法で同定され得る。大腸菌及びヒトなどのよく特徴付けられている生物に関しては、シグナル配列は大部分のタンパク質について周知である。これにより、クローニング中に単にこの配列を除去するために分泌配列を除外する作業が低減される。他の細菌又は動物を含むあまり研究されていない生物の関しては、シグナル配列は依然としてそれらの細菌又は動物の相同体によって推測され得る。既知のシグナル配列との相同体が存在しない場合は、およそ70%の確率で誤りのない、シグナル配列を予測するためのアルゴリズムが存在している(Nielsen H,Engelbrecht J,Brunak S,及びvon Heijne G.Protein Eng.1997 Jan;10(1):1-6)。
【0051】
目的のタンパク質
本明細書で提供される方法は、生物学的に活性な立体構造中に少なくとも1つのジスルフィド結合を有するか、又は成熟型にはジスルフィド結合を含まないがその前駆体は少なくとも1つのジスルフィド結合を含む、任意のタンパク質に使用することができる。
【0052】
通常、ジスルフィド結合は2つのシステイン側鎖間のスルフヒドリル基の酸化により形成され、共有結合を生じる。ジスルフィド結合は、共有結合の様式で残基を連結することによって、フォールディング単位を安定な立体構造中に閉じ込めることにより三次元タンパク質を安定化することができる。ジスルフィド結合タンパク質の多くは、分泌されるか、又は細胞膜に固定(anchor)されたままであり、環境にさらされている。ジスルフィド結合タンパク質のこれらの特徴により、これらのタンパク質が優れた治療薬又は製薬工業の標的となる。
【0053】
原核細胞では、ジスルフィド結合は、その天然構造中にジスルフィド結合を含む新規合成されたポリペプチドに、DsbAタンパク質がそのジスルフィド結合を供与する際に形成される。膜内在性タンパク質であるDsbBは自身内にジスルフィド結合を生成し、次にジスルフィド結合はDsbAへ移行される。DsbCはジスルフィド結合の異性化を触媒するタンパク質である。野生型大腸菌株では、DsbCは周辺質に排出されるため、細胞質型のジスルフィド結合含有タンパク質の産生に適していない。本明細書に開示されるように、いくつかの実施形態では、改変大腸菌株は、細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼ(例えば、DsbC)を発現する。この細胞質型DsbCタンパク質はシグナル配列を伴わずに発現され、その結果このDsbCタンパク質は細胞質中に残存し、目的のタンパク質のジスルフィド構築(disulfide assembly)を促進する。ある真核細胞では、主要なジスルフィド経路は膜結合型フラボタンパク質EroI及び可溶性チオレドキシン様タンパク質PDIからなる。そのシステインペアの酸素による再酸化を仲介するためにフラビン補助因子を使用して、EroIは自身内にジスルフィド結合を生成し、次にジスルフィド結合をPDIに移行する。同様にして、PDIは天然構造をとっていない新規合成されたポリペプチドにジスルフィド結合を直接移行する。
【0054】
ジスルフィド結合は、これらに限定されないが、分泌タンパク質、免疫タンパク質、細胞外マトリックスタンパク質、糖タンパク質、リソソームタンパク質、及び膜タンパク質を含む多数のタンパク質に存在する。ジスルフィド結合及びジスルフィド結合を有するタンパク質の詳細な説明は、例えば、Fass,D.Annu.Rev.Biophys.,2012,41:63-79,Sevier,C.S. and Kaiser,C.A.Antioxidants&Redox Signaling,2006,8(5):797-811、及びde Marco,A.,Microbial Cell Factories,2009,8:26中に見出すことができる。これらのタンパク質は本明細書に開示される系を用いて産生することもできる。
【0055】
目的のタンパク質は、真核生物タンパク質、原核生物タンパク質、ウイルスタンパク質、又は植物タンパク質であってもよい。いくつかの実施形態では、目的のタンパク質は、マウス、ウシ、ヒツジ、ネコ、ブタ、イヌ、ヤギ、ウマ、及び霊長類起源を含む哺乳類起源のものである。いくつかの実施形態では、目的のタンパク質はヒト起源のものである。
【0056】
いくつかの実施形態では、目的のタンパク質は、一本鎖抗体、抗体断片、及び複数のポリペプチド鎖からなる抗体などの抗体である。いくつかの実施形態では、目的のタンパク質は、抗体の軽鎖又は重鎖である。いくつかの実施形態では、目的のタンパク質はscFvである。いくつかの実施形態では、目的のタンパク質はFab断片である。例示的な抗体としては、これらに限定されないが、抗HER抗体が挙げられる。例示的な軽鎖としては、これらに限定されないが、抗HER抗体の軽鎖(例えば、トラスツズマブ軽鎖)が挙げられる。
【0057】
産生され得る目的のタンパク質の追加の例としては、例えば、レニン、成長ホルモン、ホルモン又は成長因子の受容体などの分子を含む哺乳類ペプチド;CD-3、CD4、CD8、及びCD-19などのCDタンパク質;インターロイキン;インターフェロン;T細胞受容体;表面膜タンパク質;崩壊促進因子;例えばAIDS外被の一部などのウイルス抗原;輸送タンパク質;ホーミング受容体;アドレシン;調節タンパク質;抗体;及びこれら列挙された任意のポリペプチドの断片が挙げられる。
【0058】
本発明により産生されるタンパク質は、以下の目的又は効果、すなわち、これらに限定されないが、細菌、ウイルス、真菌、及び他の寄生生物を含む感染病原体の増殖、感染、若しくは機能を抑制すること、又これらを殺傷すること;これらに限定されないが、身長、体重、髪の色、目の色、肌、体脂肪量-除脂肪量比、その他の色素沈着、又は器官若しくは臓器の大きさ若しくは形状(例えば、胸の増大又は減少、骨の形態又は形状の変化など)を含む身体的特徴に影響を与える(抑制又は促進する)こと;生物リズム又は概日サイクル若しくは概日リズムに影響を与えること;雄又は雌の対象の繁殖性に影響を与えること;食事性脂肪、脂質、タンパク質、炭水化物、ビタミン、ミネラル、補助因子、又は他の栄養因子若しくは構成要素の代謝、異化作用、同化作用、プロセシング、利用、貯蔵、又は除去に影響を与えること;これらに限定されないが、食欲、性欲、ストレス、認知(認知障害を含む)、うつ(うつ病性障害を含む)、及び暴力行為を含む行動的特徴に影響を与えること;鎮痛効果又は他の痛み減少効果を提供すること;造血系列以外の系列における胚性幹細胞の分化及び増殖を促進すること;ホルモン活性又は内分泌活性;酵素の場合は酵素の欠乏を補正し、欠乏に関連した疾患を治療すること;過剰増殖疾患(例えば、乾癬など)の治療;免疫グロブリン様活性(抗原又は補体に結合する能力など);及び上記タンパク質又は上記タンパク質と交差反応性の他の物質若しくは実体に対する免疫応答を惹起するためのワクチン組成物における抗原として作用する能力のうちの1又は複数のために使用することができる。
【0059】
本発明により産生されるポリペプチド及びタンパク質は、当業者に周知の任意の目的のために使用することができる。好ましい用途としては、診断用途を含む医療用途、予防用途、及び治療用途が挙げられる。例えば、タンパク質は、局所投与又はその他の種類の投与のために調製され得る。他の好ましい医療用途は、ワクチンの調製のための使用である。したがって、本発明により産生されるタンパク質は、薬理学的に許容可能な溶液に可溶化又は懸濁されて、対象に投与するための医薬組成物を形成する。適切な医療目的の緩衝液及び医薬組成物の投与方法は、さらに以下に記載される。医薬組成物が、例えば獣医学用途で、ヒト以外の対象にも投与され得ることは、当業者に理解されるであろう。
【0060】
一般的方法
別段定義されない限り、本明細書に記載される全ての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者により通常理解される意味を有する。特に、当該技術の定義及び用語について、参照により本明細書に取りこまれる、Green,M.R.,and Sambrook,J.,eds.,Molecular Cloning:A Laboratory Manual,4th ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,N.Y.(2012)、及びAusubel,F.M.,et al.,Current Protocols in Molecular Biology(Supplement 99),John Wiley&Sons,New York(2012)は、専門家を対象としたものである。標準的な方法はまた、RNAの操作及び分析についての詳細な方法を記載し、参照により本明細書に取りこまれる、Bindereif,Schon,&Westhof(2005)Handbook of RNA Biochemistry,Wiley-VCH,Weinheim,Germanyにも記載されている。遺伝子組換え核酸を作製するための適切な分子技術の例、及び当業者が複数回のクローニングを実施するのに十分な説明は、参照により本明細書に取りこまれる、Green,M.R.,and Sambrook,J.,(同上);Ausubel,F.M.,et al.,(同上);Berger and Kimmel,Guide to Molecular Cloning Techniques,Methods in Enzymology(Volume 152 Academic Press,Inc.,San Diego,Calif.1987);及びPCR Protocols:A Guide to Methods and Applications(Academic Press,San Diego,Calif.1990)に記載されている。
【0061】
タンパク質の精製、クロマトグラフィー、電気泳動、遠心分離、及び結晶化の方法は、Coligan et al.(2000)Current Protocols in Protein Science,Vol.1,John Wiley and Sons,Inc.,New Yorkに記載されている。無細胞合成の方法は、Spirin&Swartz(2008)Cell-free Protein Synthesis,Wiley-VCH,Weinheim,Germanyに記載されている。無細胞合成を用いたタンパク質への非天然アミノ酸の取り込み方法は、Shimizu et al(2006)FEBS Journal,273,4133-4140に記載されている。
【0062】
PCR増幅方法は当該技術分野で周知であり、例えば、Innis et al.,PCR Protocols:A Guide to Methods and Applications,Academic Press Inc.San Diego,Calif.,1990に記載されている。増幅反応は通常、増幅されるDNA、熱安定性DNAポリメラーゼ、2種類のオリゴヌクレオチドプライマー、デオキシヌクレオチド三リン酸(dNTP)、反応緩衝液、及びマグネシウムを含む。通常、望ましい回数の熱サイクルは1回~25回である。プライマー設計及びPCR条件最適化の方法は当該技術分野で周知であり、Ausubel et al.,Short Protocols in Molecular Biology,5th Edition,Wiley,2002,及びInnis et al.,PCR Protocols,Academic Press,1990などの標準的な分子生物学の教科書中に見出すことができる。コンピュータープログラムは、必要とされる特異性及び最適な増幅特性を有するプライマーの設計において有用である(例えば、Oligo Version 5.0(National Biosciences社))。いくつかの実施形態では、PCRプライマーは、ベクター中の特定の制限酵素部位への増幅DNA断片の挿入を容易にするために、制限エンドヌクレアーゼの認識部位を追加的に含んでいてもよい。制限酵素部位がPCRプライマーの5′末端に付加される場合、効率的な酵素による切断を可能にする余分な数塩基(例えば、2塩基又は3塩基)の5′塩基を含むことが好ましい。いくつかの実施形態では、PCRプライマーは、その後のインビトロ転写を可能にするために、T7又はSP6などのRNAポリメラーゼプロモーター部位を含んでいてもよい。インビトロ転写の方法は当業者に周知である(例えば、Van Gelder et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.87:1663-1667,1990;Eberwine et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.89:3010-3014,1992参照)。
【0063】
本明細書に記載されるタンパク質が名称で言及される場合、これには類似の機能及び類似のアミノ酸配列を有するタンパク質が含まれることが理解される。したがって、本明細書に記載されるタンパク質には、野生型の原型タンパク質、並びに相同体、多型変種、及び組換えにより作製された変異タンパク質が含まれる。例えば、「DsbCタンパク質」という名称は、大腸菌の野生型原型タンパク質(例えば、配列番号1)、並びに他の種の相同体、多型変種、及び組換えにより作製された変異タンパク質が含まれる。DsbCなどのタンパク質は、それらが野生型タンパク質と実質的に同じ(例えば、いずれも少なくとも80%)生物学的活性又は機能的能力を有する場合、類似の機能を有すると定義される。DsbC及びAhpC*などのタンパク質は、それらが原型タンパク質と少なくとも80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%、又は99%の配列同一性を有する場合、類似のアミノ酸配列を有すると定義される。タンパク質の配列同一性は、デフォルトのワード長(wordlength)3、期待値(expectation:E)10、BLOSUM62スコアリングマトリクスでBLASTPプログラムを用いて決定される(Henikoff and Henikoff,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89:10915-10919,1992参照)。
【0064】
タンパク質の相同体、多型変種、又は組換え変異タンパク質が本明細書に記載される機能を有するタンパク質に含まれるかどうかを決定するための容易な従来の試験は、原型タンパク質に対して作製されたポリクローナル抗体の特異的結合によるものである。特異的又は選択的な応答は、一般的にはバックグラウンドシグナル又はノイズの少なくとも2倍、より一般的にはバックグラウンドの10倍~100倍となる。例えば、DsbCタンパク質には、配列番号1の原型タンパク質に対して作製されたポリクローナル抗体に結合するタンパク質が含まれる。
【0065】
大腸菌への変異導入方法
いくつかの実施形態では、遺伝子改変(例えば、trxA及びtrxBのノックアウト)は、部位特異的組換えにより実施される。部位特異的組換えは、エンドヌクレアーゼ活性及びリガーゼ活性の両方を有する酵素を用い、この酵素はDNA配列の特定の部分を認識して任意の他の対応するDNA配列に置換する(Yang W. and Mizuuchi K.,Structure,1997,Vol.5,1401-1406(9)参照)。部位特異的組換え系は当業者に周知であり、例えば、バクテリオλファージのInt/att系、PIバクテリオファージのCre/LoxP系、及び酵母のFLP-FRT系は十分に開発された部位特異的組換え系である。
【0066】
本明細書に開示される種々のタンパク質に部位特異的組換えを導入する方法の非限定的な例としては、Cre/LoxP組換え系及びFlp/Frt組換え系が挙げられる。いずれの系も当該技術分野で周知である。例えば、細菌染色体中への部位特異的組込みが報告されている(例えば、Sauer et al.,Proc.Natl.Acad.Sci..85.5166-5170(1988);Fukushige et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.,89.7905-7907(1992);Baubonis et al.,Nucleic Acids Research. 1,2025-2029(1993);Hasan et al.,Gene,150.51-56(1994);Golic et al.,Cell.5_9,499-509(1989);Sauer,Mol.Cell.Biolo.1_,2087-2096(1987);Sauer et al.,Methods:Companion to Methods in Enzymol..4.,143-149(1992);Sauer et al.,The New Biologist.2.,441-449(1990);Sauer et al.,Nucleic Acids Res..17.147-161(1989);Qin et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.91.1706-1710(1994);Orban et al.,Proc.Natl..Acad.Sci.,89,6861-6865(1992)参照)。染色体配列の特異的欠失及び再編成もまた設計されており、λベクターからプラスミドとして外来性DNAを切り出すことも現在可能である(例えば、Barinaga,Science.265,27-28(1994);Sauer,Methods in Enzvmol..225.890-900(1993);Sauer et al.,Gene,70.331-341(1988);Brunelli et al.,Yeast,,1309-1318(1993);Invitrogen(San Diego,CA)1995 Catalog,35;Clontech(Palo Alto,CA)1995/1996 Catalog,187-188参照)。クローニングスキームは、組換え部位間の配列の欠失又は逆位のいずれかによって、組換えにより機能的転写単位が再構成又は不活性化されるように作成されてきた(例えば、Odell et al.,Plant Phvsiol..106.447-458(1994);Gu et al.,Cell.73.1155-1164(1993);Lakso et al.,Proc.Natl.Acad.Sci..89.6232-6236(1992);Fiering et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.90.8469-8473(1973);O’Gorman et al.,Science.251,1351-55(1991);Jung et al.,Science,259,984-987(1993)参照)。
【0067】
Creリコンビナーゼ又はFlpリコンビナーゼをコードする遺伝子は、構成的プロモーター、誘導性プロモーター、又は発生的に制御されるプロモーターの制御下でトランスに提供されるか、又は精製リコンビナーゼが導入される(例えば、Baubonis et al.,同上;Dang et al.,Develop.Genet..13,367-375(1992);Chou et al.,Genetics.131.643-653(1992);Morris et al.,Nucleic Acids Res..19.5895-5900(1991)参照)。
【0068】
いくつかの実施形態では、本明細書に開示されるゲノム操作は、Kirill A.Datsenko and Barry L.Wanner Proc Natl Acad Sci USA.2000 Jun 6;97(12):6640-6645に記載の改変された部位特異的組換えプロトコルを用いて実施される。ある実施形態では、遺伝子(例えば、TrxA)のノックアウトは、以下のように実施され得る。2つのFRT部位とノックアウトされる遺伝子の2つの末端に相同である相同伸長部(H1及びH2)とに挟まれた抗生物質耐性遺伝子を含むPCR増幅産物が作成された。このPCR産物で細胞を形質転換した後、これらの隣接する相同領域におけるRedを介した組換えにより、ノックアウトされる遺伝子を抗生物質耐性遺伝子で置換する。選択の後、耐性遺伝子を挟む反復FRT(FLP認識標的)部位に直接作用するFLPリコンビナーゼを発現するヘルパープラスミドを用いて耐性遺伝子を除去することができる。Red及びFLPヘルパープラスミドは熱感受性レプリコンであるので、37℃での増殖により簡単に回復され得る。遺伝子(dsbCなど)のノックインは、当業者に周知の標準的な分子クローニング技術により実施され得る。
【0069】
いくつかの実施形態では、遺伝子のノックアウトはCRISPR/Cas系を用いて実施される。CRISPR/Cas系は、Casタンパク質、及びCasタンパク質を標的遺伝子(例えば、gor)中の配列に誘導可能な少なくとも1~2種類のリボ核酸を使用して遺伝子を除去する。遺伝子発現を除去するためにCRISPR/Cas系を使用する方法は周知であり、例えば、その開示全体が参照により本明細書に取り込まれる、米国特許出願公開第2014/0170753号に記載されている。
【0070】
標的遺伝子をノックアウトする追加の方法としては、これらに限定されないが、相同組換え技術、エフェクターヌクレアーゼの転写活性化(転写活性化様エフェクターヌクレアーゼ、TALEN)技術、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(Zinc-Finger Nuclease、ZFN)が挙げられる。これらの方法もまた当該技術分野で周知である。
【0071】
ベクター及びプロモーター
目的のタンパク質であるシャペロン(例えば、DsbC)又は他のタンパク質(例えば、AhpC*)をコードする核酸は、適切な原核生物プロモーターの制御下で大腸菌において発現させるために複製可能なベクター中に挿入され得る。この目的のために多数のベクターが利用可能であり、当業者は適切なベクターの選択を容易に決定し得る。目的の遺伝子以外に、ベクターは通常、シグナル配列、複製開始点、1又は複数のマーカー遺伝子、及びプロモーターのうちの1又は複数を含む。
【0072】
使用可能なプロモーターは、変異プロモーター、切断型プロモーター、及びハイブリッドプロモーターを含む、転写活性を示す真核生物宿主細胞又は原核生物宿主細胞に適した任意の適当なプロモーター配列であってもよく、細胞に対して内在性(天然)又は異種性(外来)である細胞外ポリペプチド又は細胞内ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドから得られてもよい。プロモーターは構成的プロモーターであっても、誘導性プロモーターであってもよい。
【0073】
いくつかの実施形態では、プロモーターは構成的プロモーターである。本発明の実施に有用である適切な原核生物プロモーターとしては、これらに限定されないが、Pc0のプロモーター、PL59、MTL、ParaBAD、lac、T3、T7、ラムダPr’P1’、trp、spcリボソームタンパク質オペロンプロモーターPspc、pBR322プラスミドのβ-ラクタマーゼ遺伝子プロモーターPbla、λファージのPLプロモーター、pBR322プラスミドの複製制御プロモーターPRNAI及びPRNAII、rrnBリボソームRNAオペロンのP1プロモーター及びP2プロモーター、tetプロモーター、及びpACYCプロモーターが挙げられる。テトラサイクリン制御性転写調節因子及びCMVプロモーターは、その開示全体が参照により本明細書に取り込まれる、国際公開公報(WO)96/01313、米国特許第5,168,062号及び同第5,385,839号に記載されている。
【0074】
いくつかの実施形態では、プロモーターは、産生可能な発現量に関して異なる強度を有し得る。プロモーターは、中程度の強度のプロモーター、弱い強度のプロモーター、及び強力プロモーターであり得る。プロモーターの強度は、適切な対照に対する、そのプロモーターで開始された遺伝子産物の転写の量として測定され得る。発現コンストラクト中の遺伝子産物の発現を導く構成的プロモーターについては、適切な対照は、試験されるプロモーターの代わりに「野生型」のプロモーター又は「ハウスキーピング」遺伝子のプロモーターが使用されることを除いて、同じ発現コンストラクトを使用し得る。
【0075】
いくつかの実施形態では、プロモーター強度は、対照プロモーターと比較した、プロモーターからの転写物の量を測定することにより決定される。例えば、試験されるプロモーターを有する発現コンストラクトを含む宿主細胞(「試験宿主細胞」)及び対照発現コンストラクトを含む対照宿主細胞は、レプリケートで(in replicates)培養中で増殖され得る。宿主細胞及び対照の全RNAは、抽出及び260nmでの吸光度により測定され得る。次に、試験宿主細胞及び対照宿主細胞の等量の全RNAからcDNAが合成され得る。RT-PCRを実施してプロモーターから産生された転写物に対応するcDNAを増幅することができる。例示的な方法は、De Mey et al.(“Promoter knock-in:a novel rational method for the fine tuning of genes”,BMC Biotechnol 2010 Mar 24;10:26)に記載されている。
【0076】
いくつかの実施形態では、組換えタンパク質(AhpC*タンパク質及びDsbCタンパク質など)が適切なレベルで発現されることを確実にするため、異なる強度のプロモーターの制御下で、種々の導入遺伝子が大腸菌において発現される。このことは、細菌中で酸化的細胞質を維持し、生存、すなわち成長力(増殖率)を確実にするための代替的還元経路を確立するために有用である。いくつかの実施形態では、ahpC*遺伝子は、中程度の強度のプロモーターであるPc0プロモーターにより制御される。PL59プロモーター(弱いプロモーター)及び野生型gshAプロモーター(中間程度の強度のプロモーター)のいずれもgshA遺伝子の発現を導くために使用することができる。いくつかの実施形態では、最大収率を確実にするため、強力プロモーターであるT7を使用して目的のタンパク質の発現を駆動させることができる。いくつかの実施形態では、大腸菌株はパラBADプロモーターの制御下で組換えT7ポリメラーゼを発現し、それにより、例えばアラビノースの添加又は欠乏により、目的のタンパク質の厳格な制御及び調節が可能になる。Guzman et al.,J.Bacteriol.July 1995 177(14):4121-4130。
【0077】
任意に、本明細書に記載されるような所望の改変を有する大腸菌のクローンは、限界希釈により選択され得る。任意に、これらのクローンは、所望の変異が種々の遺伝子中に存在すること、又は所望の導入遺伝子(例えば、dsbC及びahpC*)がゲノム中に挿入されていることを確認するため、配列決定され得る。いくつかの場合、染色体中の挿入又は変異の位置を決定するために全ゲノム配列決定が実施され得る。
【0078】
宿主細胞
本開示における大腸菌株は、当業者に周知の任意の大腸菌株であってもよい。いくつかの実施形態では、大腸菌株は、A(K-12)株、B株、C株、又はD株である。
【0079】
酵素活性の測定
いくつかの実施形態では、1又は複数の遺伝子(例えば、trxA)に導入された変異は、タンパク質の発現又はmRNAの発現を消失させないが、結果として、対応する野生型タンパク質が有する活性(例えば、TrxAのチオレドキシン活性)を欠く変異タンパク質を生じる。しばしば遺伝子のノックアウトはその活性の完全な消失を必要としないため、本開示の目的では、活性の欠如は対照タンパク質(例えば、野生型タンパク質)の活性の85~100%を失っている変異タンパク質を意味することが当業者に理解される。産生された種々の変異タンパク質は、野生型タンパク質の活性を欠いているかを確認するために試験され得る。例えば、変異タンパク質のコード配列のそれぞれを宿主株で別個に発現させてもよく、変異タンパク質は以下に記載するように精製されて活性について試験される。
【0080】
チオレドキシンレダクターゼ活性の喪失の確認
いくつかの実施形態では、チオレドキシンレダクターゼの活性は、NADPHの存在下で5,5-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸)(DTNB)を還元する活性により測定され得る。反応は通常、DTNBをチオレドキシンレダクターゼ(TrxR)、チオレドキシン(Trx)、及びNADPHを混合することにより開始され、412nmでの吸光度の上昇が経時的にモニタリングされる。活性は吸光度の上昇率として定義され得る。チオレドキシンレダクターゼ活性を検出する態様は、米国特許第8,592,468号に開示されている。
【0081】
チオレドキシン活性の喪失の確認
チオレドキシン活性の決定方法もまた周知である。ある実施形態では、アッセイは、Sung-Jong Jeon et al.,European Journal of Biochemistry,Vol.269,No.22に記載されるようなインスリン沈殿アッセイである。チオレドキシンは、インスリンのジスルフィドレダクターゼとしての活性を有することが知られており、インスリンのジスルフィド結合の還元は遊離インスリンB鎖の沈殿による濁度の上昇により測定され得る。ある例示的な例では、標準的なアッセイ混合液は、組換えタンパク質の非存在下又は存在下で、0.1M リン酸カリウム(pH7.0)、1mM EDTA、及び0.13mM ウシインスリンを含み、反応は1mM ジチオスレイトールの添加により開始された。650nmでの吸光度の上昇が30℃でモニタリングされた。
【0082】
グルタチオンレダクターゼ活性の喪失の確認
AhpC*のグルタチオンレダクターゼ活性、又は変異GORタンパク質のグルタチオンレダクターゼ活性の喪失もまたモニタリングされ得る。いくつかの実施形態では、グルタチオンレダクターゼ活性はシステインを還元する活性により測定される。例えば、システインは、補助因子の存在下で、候補タンパク質(例えば、AhpC*)又は変異GORタンパク質を含む還元溶液と共にインキュベートされた。好ましくは、補助因子は補酵素である。好ましくは、補助因子はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)である。反応によりシスチンがシステインに還元される。模式的な反応は以下のようである。
CYS-CYS+2GSH→2CYS+GSSG
GSSG+NADPH→2GSH+NADP+H
活性はシステインの産生を測定することにより測定され得る。ある特定の例では、システインの還元に関するグルタチオンレダクターゼ活性は、国際公開公報(WO)2018/114576に記載されている。
【0083】
AhpCのペルオキシレダクターゼ活性の喪失の確認
AhpC*のペルオキシレダクターゼ活性の喪失は、NADPHの存在下でタンパク質を有機ヒドロペルオキシド又は過酸化水素と共にインキュベートすることにより確認され得る。機能的なペルオキシレダクターゼは、NADPH依存的機構においてこれらの基質を水に変換することになるので、そのような変換の証拠の欠如はペルオキシレダクターゼ活性の欠如を示唆する。
【0084】
大腸菌株の細胞質ゾルが酸化状態であることの確認
本明細書に開示される大腸菌株は酸化的細胞質ゾルを含む、これは、ジスルフィド結合を有するタンパク質、例えば、野生型大腸菌株中では発現させることが困難であるLCの生物学的活性により確認され得る。いくつかの実施形態では、大腸菌が酸化的細胞質ゾルを有することの確認は、少なくとも1つのジスルフィド結合を通常含むポリペプチド(「試験」ポリペプチド)をコードする遺伝子で細菌を形質転換することによっても実施され得る。好ましい試験ポリペプチド又はタンパク質は、通常は細胞から分泌されるもの、又は膜タンパク質である。いくつかの例では、これらのポリペプチドは、タンパク質が細胞の細胞質の外側に輸送されないよう、シグナル配列の欠失又は変異により改変されている。
【0085】
ひとつの例示的な例として、上述のLCタンパク質(例えば、抗MUC1抗体軽鎖(配列番号15))のコード配列は、発現カセット中の適切なプロモーター下に設計され、改変大腸菌株中に形質転換され得る。LCを含む可溶性タンパク質画分が測定される。適切な大腸菌株は、100mL当たり少なくとも1mgの可溶化形態のLCを発現することが可能であろう。溶菌液の調製方法及び溶菌液中のタンパク質発現(例えば、LCの発現)の量の測定方法は周知である。いくつかの実施形態では、大腸菌細胞は、溶菌液を生成するために溶解剤で処理され得る。細胞質タンパク質は、ベンゾナーゼ及び卵白リゾチームなどの酵素で溶菌液を処理することにより放出され得る。不溶性タンパク質画分は、(例えば、遠心分離により)可溶性画分から分離され得る。(LCを含有する)可溶性タンパク質画分は、回収されてSDS-PAGEにより分析され得る。次に、可溶性タンパク質画分中のLCタンパク質の量は、(例えば、濃度測定により)定量化され得る。LC発現の分析の具体例の一つが実施例2に記載され、細胞質ゾルが酸化状態であるかどうかを評価するために使用され得る。
【0086】
発現の確認
種々の方法を使用して、大腸菌中の種々の改変遺伝子のタンパク質発現レベルを決定、及び/又は遺伝子がノックアウトされたか若しくは挿入されたかを確認することができる。例えば、遺伝子の発現は、mRNAの転写を定量化するための従来のノーザンブロット法により決定され得る。種々の標識が使用されてもよく、最も一般的には放射性同位体である。しかしながら、ポリヌクレオチド中への導入のためのビオチン修飾ヌクレオチドの使用など、他の技術が用いられてもよい。次に、ビオチンは、放射性核種、蛍光、又は酵素などの広範囲の標識で標識化されていてもよいアビジン又は抗体の結合部位として機能する。
【0087】
いくつかの実施形態では、発現されたタンパク質は、ゲル電気泳動(例えば、PAGE)、ウエスタン分析、又はキャピラリー電気泳動(例えば、Caliper LabChip)を用いて精製及び定量化され得る。無細胞翻訳反応におけるタンパク質合成は、放射線標識されたアミノ酸、通常は、35Sで標識されたメチオニン又は14Cで標識されたロイシンの取り込みによってモニタリングされてもよい。放射線標識されたタンパク質は、分子サイズについて可視化されて電気泳動後にオートラジオグラフィーで定量化されるか、又は免疫沈降より単離され得る。組換えHisタグの取り込みにより、Ni2+アフィニティーカラムクロマトグラフィーによる精製という他の手段が利用可能になる。発現系からのタンパク質産生は、可溶性タンパク質の収量として、又は酵素活性若しくは結合活性のアッセイを用いて測定され得る。
【0088】
いくつかの実施形態では、定量化されるタンパク質が、特定の生物学的活性、例えば、酵素活性(アルカリホスファターゼなど)又は成長阻害活性を有している場合、目的のタンパク質の発現は、適切な物質と共にインキュベートすることによる活性のアッセイにより確認され得る。
【0089】
本発明のキット
本開示はまた、本発明の宿主細胞、及び任意に増殖培地、目的のタンパク質をコードするプラスミド、プローブ、抗体、及び/又は使用説明書を含むキットを提供する。キットは、生物学的に活性のある又は適切にフォールディングされたジスルフィド結合含有タンパク質の産生に必要な1又は複数の構成要素をさらに含んでいてもよい。
【0090】
いくつかの実施形態では、キットは、本発明の宿主細胞の調製に必要な1又は複数の試薬を含んでいてもよい。そのようなキットは、レダクターゼの発現の低減に必要な1又は複数の試薬、又は宿主細胞の1又は複数のレダクターゼ中への変異の1導入に必要な1又は複数の薬剤を含んでいてもよい。キットは、宿主細胞の増殖の改善に必要な薬剤(例えば、還元剤)、又は増殖を改善するタンパク質をコードする、プラスミドに含まれていてもよい遺伝子を含んでいてもよい。
【0091】
例示的な実施形態
本開示は、以下の非限定的な実施形態を含む。
1.(i)trxBにコードされるチオレドキシンレダクターゼの活性を欠き、
(ii)trxAにコードされるチオレドキシン1の活性を欠き、
(iii)gorにコードされるグルタチオンレダクターゼの活性を欠き、
(iv)変異AhpCタンパク質を発現し、前記変異AhpCタンパク質はグルタチオンレダクターゼ活性を有し、
(v)細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼを発現する、
大腸菌株。
2.目的のタンパク質をコードする遺伝子をさらに含む、実施形態1の大腸菌株。
3.前記目的のタンパク質が、抗体、抗体の断片、又はIgGの抗体+軽鎖からなる群から選択される、実施形態2の大腸菌株。
4.前記細胞質型ジスルフィドイソメラーゼがDsbCである、実施形態1~3のいずれかの大腸菌株。
5.組換えプロリルイソメラーゼ及び/又はデアグリガーゼ(deaggregase)をさらに発現する、実施形態1~4のいずれかの大腸菌株。
6.前記プロリルイソメラーゼが、シクロフィリン、FKBP、パルブリン、SlyD、Tig、yCpr6からなる群から選択され、
前記デアグリガーゼが、Skp、GroEL、GroES、DnaK、DnaJ、及びGrpEからなる群から選択される、
実施形態1~4のいずれかの大腸菌株。
7.前記目的のタンパク質をコードする遺伝子が構成的プロモーターに作動可能に連結されている、実施形態2~6のいずれかの大腸菌株。
8.前記目的のタンパク質をコードする遺伝子がT7プロモーターに作動可能に連結されている、実施形態2~7の大腸菌株。
9.前記変異ahpC遺伝子の発現がPc0プロモーターにより制御されている、実施形態1~8のいずれかの大腸菌株。
10.前記細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼの発現がMTLプロモーターにより制御されている、実施形態1~9のいずれかの大腸菌株。
11.前記大腸菌株がK-12株である、実施形態1~9のいずれかの大腸菌株。
12.a.酸化的細胞質ゾル、及び目的のタンパク質を発現させるための発現カセットを含む大腸菌の菌株を溶性タンパク質としての前記目的のタンパク質の可発現を可能にする条件下で培養するステップを含み、
前記株は、機能的なチオレドキシンレダクターゼをコードする遺伝子であるtrxB、機能的なチオレドキシン1をコードする遺伝子であるtrxA、機能的なチオレドキシン2をコードする遺伝子であるtrxC、機能的なグルタチオンレダクターゼ遺伝子(gor)、及び機能的なahpC遺伝子を有する野生型細菌株に由来し、
前記株は、
(i)前記チオレドキシンレダクターゼをコードする遺伝子であるtrxBが機能せず、
(ii)前記チオレドキシン1であるtrxAが機能せず、
(iii)前記グルタチオンレダクターゼ遺伝子(gor)が機能せず、
(iv)ahpC遺伝子がグルタチオンレダクターゼ活性を有するように変異されており、
(v)細胞質型原核生物ジスルフィドイソメラーゼをコードする遺伝子が組換えにより前記細菌株に導入されている
ように遺伝的に改変されている、
大腸菌の菌株中で目的の可溶性組換えタンパク質を発現させる方法。
13.前記大腸菌株がtrxC中にヌル変異を含む、実施形態12の方法。
14.前記大腸菌株がtrxB中にヌル変異を含む、実施形態12~13のいずれかの方法。
15.前記大腸菌株がtrxA中にヌル変異を含む、実施形態12~14のいずれかの方法。
16.前記目的のタンパク質がIgG、IgGの軽鎖、又はIgGの重鎖からなる群から選択される、実施形態12~15のいずれかの方法。
17.細胞質型ジスルフィドイソメラーゼがDsbC若しくは酵母タンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(yPDI)であるか、又はヒトのタンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(hPDI)である、実施形態12~16のいずれかの方法。
18.前記大腸菌株が組換えプロリルイソメラーゼ及び/又は組換えデアグリガーゼ(deaggregase)をさらに発現する、実施形態12~17のいずれかの方法。
19.前記組換えプロリルイソメラーゼが、シクロフィリン、FKBP、パルブリン、SlyD、Tig、及びyCpr6からなる群から選択され、
前記デアグリガーゼが、Skp、GroEL、GroES、DnaK、DnaJ、及びGrpEからなる群から選択される、実施形態18の方法。
20.前記目的のタンパク質をコードする遺伝子が構成的プロモーターに作動可能に連結されている、実施形態12~19のいずれかの方法。
21.前記目的のタンパク質をコードする遺伝子がT7プロモーターに作動可能に連結されている、実施形態12~20のいずれかの方法。
22.前記抗体軽鎖が抗HER2抗体の軽鎖である、実施形態16の方法。
23.前記大腸菌株がgshA遺伝子にコードされるGshAタンパク質を発現する、実施形態12~22のいずれかの方法又は実施形態1~11のいずれかの大腸菌株。
24.前記gshA遺伝子がTrxBの遺伝子座に挿入されている、実施形態12~22のいずれかの方法又は実施形態1~11のいずれかの大腸菌株。
25.前記大腸菌株がT7ポリメラーゼをさらに発現する、実施形態12~22のいずれかの方法又は実施形態1~11のいずれかの大腸菌株。
26.前記T7ポリメラーゼが誘導性プロモーターの制御下にある、実施形態12~22のいずれかの方法又は実施形態1~11のいずれかの大腸菌株。
27.前記誘導性プロモーターがParaBAD、lac、lacUV5、PhoA、tetA、xylAB、tac、又はラムノースプロモーターである、実施形態26の方法。
28.実施形態1~11のいずれかの大腸菌を含むキットであって、増殖培地をさらに含む前記キット。
29.目的のタンパク質をコードするプラスミドをさらに含む、実施形態27のキット。
【実施例】
【0092】
実施例1.一般的方法
ゲノム操作、ノックイン、及びノックアウトはすべて、Kirill A.Datsenko and Barry L.Wanner Proc Natl Acad Sci USA.2000 Jun 6;97(12):6640-6645の改変された部位特異的組換えプロトコルを用いて実施した。これらの方法は、例えばノックインされる目的の遺伝子の組込み及びノックアウトされる遺伝子の切り出しなどにおいて、特異的部位で交換が起こることを可能にする。部位特異的組換えには、特異的な逆方向反復配列(例えば、Cre-LoxP系)が関与している。挿入については、組込みカセットは、loxP部位に挟まれた選択可能マーカーに隣接して挿入される遺伝子(例えば、DsbC(NP_417369))から構成された。カセット全体が染色体にノックオンされた(knocked onto)後、選択可能マーカー遺伝子は続いて、Creレコンビナーゼをコードするプラスミドのエレクトロポレーションにより達成されるCreレコンビナーゼへの一時的な暴露により除去されたが、目的の遺伝子はゲノム中に残されたままであった。ノックアウトについては、欠失カセットは、loxP部位に挟まれた選択的マーカーから構成された。カセットが染色体にノックオンされた後、選択可能マーカー遺伝子は続いて、Creレコンビナーゼをコードするプラスミドのエレクトロポレーションにより達成されるCreレコンビナーゼへの一時的暴露により除去された。
【0093】
実施例2.Snuggle株の産生
酸化的細胞質を有する全ての株のバックグラウンドはS97である。この株は、無細胞タンパク質合成系においてNNAAの取り込みを促進するために開発されたompT感受性RF1(Yin et al,Sci Rep.2017 Jun 8;7(1):3026)を有するKGK10株(Knapp KG,Goerke AR and Swartz J,Biotechnol Bioeng.2007 Jul 1;97(4):901-8)に存在する変異をすべて有している。さらに、この株は、強力T7プロモーターからのタンパク質の発現を厳格に調節するためのParaBADプロモーターの制御下に染色体性に組み込まれたT7ポリメラーゼの染色体コピーを有する。以下のように産生されたすべての株の生存率は、基本的にはRitz et al,Science,2001に記載されるようなプレートアッセイを以下の改変と共に用いて確認した。染色体改変の後、細胞は富栄養培地プレート上に直接プレーティングされた。
【0094】
5つの追加の変異をS97株に導入した。これらの変異は、チオレドキシンレダクターゼ又はグルタチオンレダクターゼの非存在下での生存能に必要とされる小分子の代替的還元経路の生成の原因となった。最初に、tnaA遺伝子の欠失によりtnaA遺伝子座中に残されたFrtリコンビナーゼの傷痕(scar)中に、ahpC遺伝子の突然変異体であるahpC*をノックインすることによりahpC変異型を誘導した。この遺伝子は、弱いプロモーターであるPL57又は中間強度のプロモーターであるPc0の制御下で試験された。表2に示されるように、36番目の残基及び37番目の残基に2つのフェニルアラニンを含む野生型タンパク質をコードする野生型ahpC遺伝子と比較して、ahpC*はこの位置に3つのフェニルアラニンを含む変異タンパク質をコードする。ahpC*変異タンパク質は、(野生型ahpCタンパク質により示されるような)ペルオキシレダクターゼ活性を喪失しているが、グルタチオンレダクターゼ活性を獲得している。ahpCΔはこの位置にフェニルアラニンを1つのみ含み、機能的なペルオキシレダクターゼをコードしていない。ahpCΔ変異体は、TrxB及びgorを欠く大腸菌の変異B株(「B株」)に対して増殖を回復させることが報告されている。
【0095】
二番目に、大腸菌の前駆体株から予め除去されたgshA遺伝子が、上記で作成された変異株のtrxB中の弱いプロモーターであるPL59又は中間強度の野生型gshAプロモーター下にノックインされた。いずれもプロモーターでも生存可能な組み合わせが得られた。これは新たなAhpC*グルタチオン還元経路の完成とチオレドキシン介在性経路の除去との同時効果を有していた。これらのタンパク質の発現レベルが生存可能な代替的還元経路を確立するために重要であるだろうと予測した。
【0096】
生存可能な組み合わせは、PL59プロモーター又は野生型gshAプロモーターと共にgshAノックインすることにより達成された。しかしながら、(www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1134079に記載されるような)Pc0プロモーターと共にahpC*遺伝子を有する細胞のみが生存可能であり、より広い範囲の濃度のGshAが増殖には十分であるが、このタンパク質が高レベルであることが重要であることを示していた。上記で作成されたこの株は、ahpC*ノックイン及びgshAノックイン、並びにtrxBノックアウトの3種類の異なる変異を含んでおり、ジスルフィド形成可能な酸化的細胞質の産生には十分であった。
【0097】
三番目に、リーダー配列を欠くDsbC遺伝子を強力MTLプロモーターと共に染色体にノックインした。リーダー配列を欠くDsbCタンパク質は、分泌シグナル配列を欠き、細胞質中でジスルフィドイソメラーゼとして機能し、これにより細胞質タンパク質の天然のジスルフィド構築(disulfide assembly)が促進される。したがって、このように作成された3種類の変異(すなわち、trxBノックアウト、DsbCノックイン、及びahpC*変異)を有する株は「Shuffle」とよばれ、LCフォールディング構築が可能であった。
【0098】
Shuffle大腸菌を作成するために必要とされる変異は、他の報告において高力価のジスルフィド結合哺乳類タンパク質を産生したことが報告されているが、本明細書では高レベルのLC産生を引き起こさなかった。したがって、この問題を解決するために、チオレドキシン1(TrxA)をノックアウトすることにより4番目の変異を導入した。この変異により、すべてのLCを高レベルで発現することが可能な所望のLC株が得られた。これらの変異のいずれか1つを欠く株は同程度のLCを産生することができなかった。5種類の変異のすべてを有するこの新たな株(表2に「419」として示される)は「Snuggle」と命名され、ジスルフィド結合タンパク質の産生について、先の「Shuffle」株よりも高い収率が得られた。この結果は、TrxAの一次レダクターゼであるTrxBが既に除去されているのでTrxAが細胞質内レダクターゼとして機能していなかったはずであることを考慮すると、特に驚くべきものである。
【0099】
ジスルフィド結合の形成及び還元は、DsbAとO2などの酸化促進タンパク質と小分子、及びシステインとチオレドキシンなどの還元促進タンパク質と小分子の両方に影響される動的プロセスである。このため、所与の表現型を得るために所与のタンパク質のどの程度の活性が必要とされるのかは言い難い。とはいえ、TrxB、TrxAが存在する場合又はDsbCが存在しない場合に産生が困難であるLCについて、LC産生能力の大幅な低下が観察された。そのような顕著な差異は、わずかなTrxB活性又はTrxA活性であっても細胞質ゾルの酸化還元環境及びLCフォールディングをある程度阻害するのに十分であろうことを示唆している。TrxB又はTrxAについて、内在性レベルの25%以上のタンパク質の発現又は活性のレベルが、有害な効果を引き起こし得ると期待される。IDsbCについて、Snuggle及びShuffleは細胞質型DsbC産生のために異なるプロモーターを使用するので、LCフォールディングに必要とされる細胞質濃度はそれほど明確ではない。これはシャペロン及びジスルフィドイソメラーゼとして機能するので、Snuggleに存在するタンパク質の少なくとも25%のレベルで、このタンパク質の過剰発現を依然として必要としているだろう。
【0100】
実施例2に記載されるように作成された7種類の大腸菌株について、以下の表1に挙げられた表現型を有することを確認した。
【表1】
大腸菌発現のためにコドン最適化されたLC遺伝子(Muc1 G09k LC,7219 LC、又はTrastuzumab LC)を含むAtum社(カルフォルニア州、ニューアーク)のpJ411プラスミドで各株を形質転換した。40mg/L カナマイシンを添加したTerrific Broth(TB)(Thermo Fisher Scientific社、マサチューセッツ州、ウォルサム)中、37℃で細胞を一晩増殖させた。翌日、カナマイシンを含む新鮮なTB中に細胞を1:100で希釈し、ODが2.0になるまで37℃で増殖させた。この時点で、0.2%アラビノースを添加して細胞を誘導し、25℃に移した。一晩培養した後、午前中に細胞を回収した。1μl/ml ベンゾナーゼヌクレアーゼ及び10mg/ml ニワトリ卵白リゾチームを含むBPER溶菌試薬(Thermo Fisher Scientific社、マサチューセッツ州、ウォルサム)中に細胞を再懸濁して可溶性の細胞質タンパク質を放出させた。100μ1の全細胞可溶化物を新しいチューブに移し、20,000gで10分間遠心分離して細胞残屑及び不溶性タンパク質を沈殿させた。可溶性タンパク質を含む上清を新しいチューブに移した。次に、沈殿物を100μlの1×LDS試料緩衝液に再懸濁及び溶解させた。各画分中のLCの分析のために、10μlの可溶性タンパク質試料及び不溶性タンパク質試料をNuPAGE SDSゲルにロードして色素の最前部がゲル底部に達するまで泳動した。simply blue safe stainでゲルを染色し、水で脱色した後にBiorad GelDoc EZで画像化した。ゲル強度及び相対的なタンパク質定量化は濃度測定を用いて決定した。
【0101】
図1Aは、作用が不十分であったLCである抗Muc1抗体の軽鎖(Muc1 G09k LC)の発現プロファイルを示す。Muc1 G09k LCはHT186-D11としても知られており、関連する開示が参照により本明細書に取り込まれる、Thie et al.,PloS One,2011 Jan 14;6(1):e15921に記載されている。これらの試料について、市販のShuffle株は可溶性タンパク質の合理的な産生をもたらす。驚くことではないが、還元性の細胞質を有するすべての変異体、又は細胞質型DsbCを欠く変異体は、合理的な力価でLCを産生することができなかった。驚くべきことに、細胞質型DsbC及び酸化的細胞質を含む、Shuffleと類似した遺伝子型を有するSutro株変異体(S417)は、合理的な力価でこのLCを産生できなかった。しかしながら、TrxAの追加の変異を含んでいたS419は、Shuffle株より高いレベルでLC産生が可能であり、この株に加えられた一連の変化によりLC産生のための優れた宿主になったことが示唆された。
【0102】
図1Bは、Shuffle細胞、還元性の細胞質を有する前駆体Sutro株、及びSnuggleで作成された、困難なLCである7219LCの他の例を示す。7219LCは、その開示全体が参照により本明細書に取り込まれる、国際公開公報(WO)2016/014434に記載されるような抗CD74 IgGである。これらの試料について、上記の方法により可溶性タンパク質のみが分析された。繰り返しになるが、還元性の細胞質を有する株ではLC発現がほとんど見られなかったが、Snuggle株はShuffle株よりも明らかに高い力価を産生した。
【0103】
図1Cは、大腸菌中での産生が比較的容易なLCであるトラスツズマブLCの例を示す。このLCについて、宿主にかかわらず優れた可溶性発現があった。この場合、LCはフォールディング又は安定性のためにジスルフィド結合は必要としない。最終的にに不溶性画分に入るLCはほとんどなかった。
【0104】
実施例3:ΔGor/trxB株において増殖を回復させる変異AhpC
野生型AhpCタンパク質は、36番目の残基と37番目の残基に2つのフェニルアラニンを含むペルオキシレダクターゼである。表2の最終行を参照のこと。K12をベースにした株において増殖を回復させる変異であるAhpC
*は表2の3行目に示されている。AhpC
*変異株は、36番目の残基と37番目の残基の2つのフェニルアラニンの間に挿入された追加のフェニルアラニン残基を含んでいた。B株に対して増殖を回復させることが報告されているahpC変異体であるAhpCΔは、真ん中の行に示されている。表2に示されるように、ahpC変異株は1つのフェニルアラニンを有するのみであり、便宜上37番目の残基が欠失として示されているが、原理上は欠失は36番目の残基又は37番目の残基のいずれかに割り当てられ得る。Snuggleの作成中、gor及びtrxBに欠失を有する大腸菌K12に由来する細胞の染色体にいずれかの変異が導入された。AhpC
*変異体のみがこれらの細胞の生存能を回復させたが、これはこの株がK12系譜であることによると考えられる
【表2】
【0105】
AhpC変異体は、酸化型グルタチオン(GSSG)を還元型グルタチオン(GSH)に変換する能力に基づいて、グルタチオンレダクターゼ活性を有するどうかを決定するために分析された。この方法は、Yamamoto et al.,Mol.Cell.January 18;29(1):36-45(2008)に記載されている。要するに、5μMの精製されたAhpC変異体は、1mM GSSG、0.5μM タンパク質アルキルヒドロペルオキシドレダクターゼサブユニットF(AhpF)、10μM タンパク質グルタレドキシン1(grxA)、及び0.8mM NADHを含む反応混合物と共にインキュベートされた。結果は、AhpC*変異株が遊離グルタチオンであるGSHを産生したことを示し、変異体がグルタチオンレダクターゼ活性を有していることを示唆していた。野生型タンパク質、及びこの活性を欠くahpCΔ変異体はGSSGからGSHを産生することができなかった。
【0106】
実施例4.Shuffle大腸菌株及びSnuggle大腸菌株における組換えLCの発現
4種類の異なるLC(LC-1、LC-2、LC-3、及びLC-4)をコードするプラスミドをShuffle大腸菌株(C3026J、New England Biosciences社)、及び実施例2に記載されるように作成されたSnuggle大腸菌株に形質転換した。これら4種類のLCは、互いに78~92%の配列同一性を有する。細胞をTB中、37℃で、振盪フラスコ中のODが1.5になるまで増殖させ、0.1% アラビノース(Snuggle)又は1% アラビノース及び1mM IPTG(Shuffle)で誘導した。25℃で16時間、タンパク質発現を実施した。1mLの発酵培地を卓上遠心分離機中、21,000gで10分間遠心分離することにより細胞を回収した。得られた沈殿物を再懸濁し、細胞湿重量1g当たり10mLの割合で、50mg/L リゾチーム(L6876、Sigma Aldrich社)及び25U/mL ベンゾナーゼ(E1014、Sigma Aldrich社)を含むB-PER Bacterial Protein Extraction Reagent(78248、Thermo Fisher社)中に溶解した。卓上遠心分離機中、21,000gで10分間遠心分離することにより不溶性物質を除去した。1ウェル当たり4μLの得られた溶解物を用いて還元的SDS PAGEゲルで泳動し、クーマシー染色されたLCバンドの相対的発現をゲル濃度測定により決定した。
【0107】
図2に示されるように、Snuggle株は、Shuffle株と比較して、LC産生において20~110%の収率の改善が実証された。
【0108】
【0109】
【0110】
【0111】
【配列表】