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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-25
(45)【発行日】2024-02-02
(54)【発明の名称】既設鋼材の錆の除去方法
(51)【国際特許分類】
   C23G 1/08 20060101AFI20240126BHJP
【FI】
C23G1/08
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023150620
(22)【出願日】2023-09-18
【審査請求日】2023-09-18
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000251277
【氏名又は名称】スズカファイン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591106004
【氏名又は名称】建設塗装工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136113
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寿浩
(72)【発明者】
【氏名】中西 功
(72)【発明者】
【氏名】山田 新
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 隼人
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-508220(JP,A)
【文献】米国特許第05653917(US,A)
【文献】特開昭54-058632(JP,A)
【文献】特開2020-084304(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23G
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
既設鋼材の塗料塗り替えの際に、素地調整として実施する既設鋼材の錆の除去方法であって、
既設鋼材の錆面の一部に母材鉄の露出部を形成し、アノード反応促進部とする電気化学的処理工程と、
前記アノード反応促進部を有する錆面にヒドロキシ酸水溶液を塗布して、錆の溶解と母材鉄からの鉄イオンの溶出とを進行させる電気化学反応工程と、
前記ヒドロキシ酸水溶液を塗布した領域の錆を除去する除錆工程と、
を含む、既設鋼材の錆の除去方法。
【請求項2】
前記ヒドロキシ酸が、クエン酸、リンゴ酸、又はこれらの酸性塩から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の既設鋼材の錆の除去方法。
【請求項3】
前記ヒドロキシ酸水溶液が、さらに粘性付与剤と、離水防止剤として脂肪族多価アルコール又は糖質とを含有する、請求項1又は請求項2に記載の既設鋼材の錆の除去方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既設鋼材の塗料塗り替えの際に素地調整として実施する、除錆剤を用いた電気化学的ケレンによる既設鋼材の錆の除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼製の建造物、構造物、船舶、車両等の既設構造物等で使用されている鋼材(以下、これらを総じて「既設鋼材」と称す)における塗料の塗り替えの際は、再塗装前に素地調整として錆と劣化した既存塗膜を除去する。従来、主に用いられている素地調整方法は物理的ケレンであり、既存塗膜の除去には塗膜剥離剤による化学的ケレンも用いられているが、錆の除去には適用できないため、別途、錆を除去するための物理的ケレンを併用する必要がある。
【0003】
物理的ケレンには、ブラスト等による大掛かりな付帯設備を伴うものと、動力ケレン工具や手ケレン工具(以下、動力ケレン工具と手ケレン工具を併せて動力工具等と称す)によるものがある。ブラスト等による大掛かりな物理的ケレンは、高品質な塗替え素地が得られる反面、高コストとなるため、小規模な工事には適していない。一方、動力工具等による物理的ケレンは、ブラストよりも低コストで小規模の工事にも適用し易い反面、動力工具等で母材鉄を露出させるには膨大な労力を必要とするため、現実には錆がある程度残存する。また、浮き錆、層状錆、鱗状錆等のように厚い錆層の窪み部位、および、ボルト部や部材の狭隘部等では、動力工具等による母材鉄の露出は実際には困難である。このようにケレン後も錆が残存するのは避けられず、十分なケレン精度(素地品質)が得られにくいため、塗り替えた保護塗膜の耐久性に悪影響を与えたり、残存する錆中の内在塩分により腐食を再発しやすくなる。
【0004】
これまで、既設鋼材の塗料塗り替えでは、素地調整の際に錆を除去するための除錆剤を用いた化成処理による化学的ケレンはあまり利用されていなかった。その理由として、一般的な除錆剤には塩酸や硫酸等の無機酸が有効成分として多用されているが、これらの無機酸は強酸であるため、特に工事現場での使用は安全面や環境面から好ましくないことがある。また、鋼材の減肉や水素脆性による鋼材の強度低下の懸念もある。さらに、特に塩酸を用いて錆を除去しても直ぐに錆を誘発するため(戻り錆)、工事現場での使用には適さない。そこで、有機酸を有効成分とする除錆剤による錆の除去を図った技術として、例えば下記特許文献1や特許文献2がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2014-508220号公報
【文献】特開2016-11436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、有機酸を有効成分とする除錆剤を、無機酸を有効成分とする従来の除錆剤と同様の方法で使用しても、有機酸では無機酸に比べると錆の除去性(以下、除錆性と称す)が著しく劣るため、実用的ではなかった。
【0007】
そこで、本発明は上記課題を解決するものであって、有機酸を有効成分とする除錆剤により、良好に除錆可能な既設鋼材の錆の除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そのための手段として、本発明は、既設鋼材の塗料塗り替えの際に素地調整として実施する、既設鋼材の錆の除去方法であって、既設鋼材の錆面の一部に母材鉄の露出部を形成し、アノード反応促進部とする電気化学的処理工程と、前記アノード反応促進部を有する錆面にヒドロキシ酸水溶液を塗布して、錆の溶解と母材鉄からの鉄イオンの溶出とを進行させる電気化学反応工程と、前記ヒドロキシ酸水溶液を塗布した領域の錆を除去する除錆工程と、を含むことを特徴とする。
【0009】
<ヒドロキシ酸による錆除去の原理>
水に接触した鉄は、鉄イオン(Fe2+)の溶出であるアノード反応と、溶存酸素の還元や、水素イオンの水素ガス化のようなカソード反応により局部電池を形成し、腐食電流を生じて電気化学反応が進行する。酸性雰囲気中ではこの電気化学反応がより早く進行し、錆の溶解による鉄イオンの外部溶出と、母材鉄からの鉄イオンの外部溶出が助勢される。ヒドロキシ酸の水溶液は、既設鋼材の錆面に塗布することで錆内部に浸透し、無機酸のような強酸ほどではないものの、錆層と母材鉄の界面を僅かに侵食する。これにより、母材鉄に対する錆の付着力が低下して、容易に錆の除去が可能となる。
【0010】
<電気化学的処理により電気化学反応を促進する原理>
既設鋼材の錆面にヒドロキシ酸水溶液を塗布するだけでは錆層が障害となり、前述の電気化学反応が阻害されて進行しにくい。これに対し、電気化学的処理として、事前に錆面の一部に母材鉄の露出部を形成し、アノード反応促進部とする。ここで錆面とは、正確には錆発生領域の近傍を含み、電気化学的処理の効果の及ぶ範囲である。その上で、アノード反応促進部を含めて錆面にヒドロキシ酸水溶液を塗布する。アノード反応促進部では、鉄イオンの外部溶出が阻害されないため、腐食電流による錆面全体でのカソード反応が促進される。これにより、アノード反応促進部だけではなく錆面全体でのアノード反応も促進され、電気化学反応が加速度的に進行し、母材鉄に対する錆の付着力が急速に低下するため、容易に除錆作業を実施できる。以下、アノード反応促進部を便宜上「反応促進部」と略称する。
【0011】
前記ヒドロキシ酸としては、クエン酸、リンゴ酸、又はこれらの酸性塩から選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0012】
前記ヒドロキシ酸水溶液には、さらに粘性付与剤と、離水防止剤として脂肪族多価アルコール又は糖質とを含有することが好ましい。
【0013】
<ヒドロキシ酸水溶液への粘性の付与、および塗布後の粘度低下と離水現象の抑止>
下向き面や垂直・傾斜面において錆を除去する場合、塗布した後の垂れ下がりを防止してヒドロキシ酸水溶液を一定時間保持するため、ヒドロキシ酸水溶液へさらに粘性付与剤を配合する。しかし、電気化学反応の進行に伴い、急速に溶出する鉄イオン等の電解質と粘性付与剤の極性基との相互作用によって、粘性付与剤の排除体積が小さくなり、塗布液の粘度が低下することがある。また、粘性付与剤に拘束されない自由水が増加して、塗布領域から自由水が周囲に染み出す“離水現象”を生じ、塗布領域の周辺を汚染することがある。そこで、保水性が良好である脂肪族多価アルコールまたは糖質を、ヒドロキシ酸水溶液へ粘性付与剤と共に配合することで、粘性付与剤の排除体積の縮小を妨げ、ヒドロキシ酸水溶液の粘度低下と離水現象を抑止することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、既設鋼材の錆面に、電気化学的処理として、事前に反応促進部となる母材鉄の露出部を形成した後、化成処理としてヒドロキシ酸水溶液を塗布することにより錆を除去する、新たな素地調整方法である(以下、電気化学的ケレンと称す)。これにより、既設鋼材の塗料塗り替え時の錆の除去作業(以下、除錆作業と称す)を、高品質で低コストに実施可能となり、塗り替えた保護塗膜の耐久性が向上する。また、除錆に伴い錆中に内在する塩分も殆ど除去されることで、塗り替え後の錆による腐食の早期再発防止にも有効に寄与する。
【0015】
すなわち、事前の電気化学的処理と、化成処理としてのヒドロキシ酸水溶液の塗布により、除錆性に優れた電気化学的ケレンを実施できる。ヒドロキシ酸水溶液を使用するため、強酸である無機酸に比べて除錆作業を安全に実施できる。さらに、母材鉄の侵食は目視では知覚できないほど僅かであり、酸洗における無機酸のような鋼材の減肉や、水素脆性による鋼材の強度低下の懸念が殆どない。事前に実施する電気化学的処理は、単に母材鉄の微小な露出部を形成するという安易な作業であり、コスト的にも負荷が小さい。このように、本発明の電気化学的ケレンであれば、動力工具等による物理的ケレンで母材鉄を露出させる除錆作業よりも、高品質で低コストな除錆作業が実施可能となる。
【0016】
ヒドロキシ酸がクエン酸、リンゴ酸、又はこれらの酸性塩であれば、例えばシュウ酸を用いた場合のような健康有害性や腐食性の危険有害性リスクを回避できる。
【0017】
さらに、ヒドロキシ酸水溶液に粘性付与剤と離水防止剤とを配合することで、ヒドロキシ酸水溶液の塗布後の粘度低下と離水現象を抑制することができ、下向き面や垂直・傾斜面においても除錆作業が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の適用対象である既設鋼材としては、ビルやプラント等の建造物、鉄塔や橋梁等の構造物、船舶、及び車両等の既設構造物等で使用されている鋼材が挙げられる。このような既設鋼材には、耐候性の向上等を目的として、表面に塗料が塗装されて保護塗膜が形成されている。しかし、当該保護塗膜も紫外線や風雨等に晒されることで、経時的に劣化する。そこで、定期的に保護塗膜の塗り替えが必要となる。このとき、劣化した既存塗膜や錆が残存したまま新たな塗料を塗布すると、せっかく塗り替え塗装した保護塗膜の早期劣化を誘発する。そのため、塗料塗り替えの際は、事前に劣化した既存塗膜と共に錆も除去するための素地調整を行う必要がある。本発明は、この錆を除去する際に、少なくとも電気化学的処理工程、電気化学反応工程、及び除錆工程を、この順で行うものである。
【0019】
《予備工程》
第1ステップの電気化学的処理工程に入る前に、既存塗膜や、浮き錆、層状錆、鱗状錆、及び脆弱錆などは、事前に動力工具等によりある程度除去しておくことが好ましい。ここではあくまで予備工程として行うものなので、母材鉄を露出させるまで錆層を除去する必要はなく、本発明の電気化学的ケレンによる除錆作用が有効となる錆厚の限度で錆層を除去すればよい。具体的には、錆層の厚みが100μm以下となる程度が好ましい。
【0020】
《電気化学的処理工程》
電気化学的処理として、錆面の一部に母材鉄の露出部を形成し、反応促進部とする。具体的な電気化学的処理としては、錆面の一部をドリル、センターポンチ、又は皮スキ等の掘削工具や、ディスクサンダー、電動ワイヤーブラシ、又はベルトサンダー等の研削工具でキズ(凹み)を穿てばよい。反応促進部の深さは、表層の錆層を超えて母材鉄に至る程度であればよく、必要以上に深い必要は無い。反応促進部の面積も大きい必要は無く、露出面積が小さくても電気化学反応は促進される。但し、反応促進部の面積が小さすぎると電気化学反応が鈍化するおそれがあるので、反応促進部の合計面積は3mm以上が好ましい。
【0021】
反応促進部の形成個数は、錆面の発生面積が比較的小さければ(例えば6cm未満)、1つの錆面に対して1ヵ所で良いし、複数ヵ所に形成しても良い。反応促進部の形成個数が複数ヵ所の方が電気化学反応は促進され易い傾向にあるが、錆面の発生面積が比較的小さければ、1ヵ所でも十分機能する。反応促進部の形成場所は、錆面(錆発生領域)内であればどこでもよい。すなわち、必ずしも錆面の中心部である必要は無く、辺境部に形成してもよい。
【0022】
一方、錆面の発生面積が比較的大きければ(例えば6cm以上)、1つの錆面に対して反応促進部を複数ヵ所に形成することが好ましい。反応促進部同士の間隔が6cmを超えると、電気化学反応が鈍化する傾向があるからである。但し、あまり密な間隔で反応促進部を形成する必要は無い。また、錆面内のみならず、その近傍(例えば5cm以内)部位へ形成してもよい。
【0023】
《電気化学反応工程》
電気化学的処理工程において反応促進部を形成したら、次いで反応促進部を有する錆面にヒドロキシ酸水溶液を塗布し、錆面全体で電気化学反応を進行させる。このとき、ヒドロキシ酸水溶液と母材鉄に直流電圧を印加することで、電気化学反応をより促進させても良い。
【0024】
<ヒドロキシ酸水溶液>
本発明の用途に適したヒドロキシ酸は、水への溶解度が大きく、高沸点で低臭気であり、健康有害性の低い脂肪族ヒドロキシ酸が好ましい。このような脂肪族ヒドロキシ酸としては、炭素数4~6個の鎖状のものであり、1分子中に1個のヒドロキシ基と2個のカルボキシ基を有するリンゴ酸、あるいは1分子中に1個のヒドロキシ基と3個のカルボキシ基を有するクエン酸が、キレート作用による鉄イオンの溶出促進を期待できるため好ましい。中でもクエン酸は、比較的低コストで入手が容易であるため、より好ましい。また、脂肪族ヒドロキシ酸としては、1価のLi、K、Na、NH等の塩基成分による脂肪族ヒドロキシ酸の部分中和塩(以下、酸性塩と称す)を使用することもできる。中でも、ヒドロキシ酸水溶液による電気化学反応工程後に揮発して残留しないNHが塩基成分として好ましい。
【0025】
ヒドロキシ酸水溶液のヒドロキシ酸またはその酸性塩の含有量は5~35重量%が好ましく、10~30重量%がより好ましく、15~25重量%がさらに好ましい。ヒドロキシ酸またはその酸性塩の含有量が少なすぎると、電気化学反応の進行が不十分になりがちとなる。一方、ヒドロキシ酸またはその酸性塩の含有量が多すぎると、逆に水の含有量が減るため、電気化学反応が阻害される。ヒドロキシ酸の水への溶解度は大きいため、水とヒドロキシ酸を混合撹拌することで、ヒドロキシ酸水溶液は短時間で容易に調製できる。
【0026】
ヒドロキシ酸水溶液はpHを1.0~6.0に調整する。ヒドロキシ酸水溶液は、高濃度としてもpHが1.0未満になりにくく、pHが6.0より高くなると電気化学反応が進行しにくくなる。pHを調整するための塩基成分としては、1価のLi、K、Na、NH等が適している。2価以上の塩基成分で中和すると、ヒドロキシ酸の溶解が阻害され、ヒドロキシ酸の沈殿を生じやすくなる。また、ヒドロキシ酸を水に溶解した後にpHを調整するのではなく、これらの塩基成分によるヒドロキシ酸の酸性塩を使用することで、pHを調整してもよい。
【0027】
<粘性付与剤>
ヒドロキシ酸水溶液には、必要に応じて酸性水溶液中で増粘する粘性付与剤を配合することで粘性を付与することができる。粘性を付与した場合のヒドロキシ酸水溶液の粘度(23℃)は、塗布する前の状態で1,000~40,000mPa・sが好ましく、5,000~35,000mPa・sがより好ましく、10,000~30,000mPa・sがさらに好ましい。ヒドロキシ酸水溶液の粘度が低すぎると、下向き面での落下や垂直・傾斜面での垂れ下がりが生じやすくなる。一方、ヒドロキシ酸水溶液の粘度が高すぎると、製造しにくく、塗布作業も困難になる。
【0028】
粘性付与剤としては、水溶性高分子を使用できる。水溶性高分子には、極性基と水との水素結合(水和)により増粘する非電解質高分子と、イオン解離基間の反発力により電気二重層を形成して増粘する電解質高分子があり、さらに、電解質高分子にはアニオン性基を有するアニオン性高分子、カチオン性基を有するカチオン性高分子、および、両方の基を有する両性高分子がある。また、非電解質高分子と電解質高分子の両方の特性を有する水溶性高分子もある。
【0029】
具体的な粘性付与剤としては、グアーガム、カラギーナン、キサンタンガム、タマリンドシードガム、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸塩、澱粉、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、アクリル系増粘剤、水溶性ポリウレタン、および、これらのカチオン化変性物、または、キトサンなどが挙げられる。これらの水溶性高分子は、それぞれ増粘できるpH範囲が異なるため、pH1.0~6.0の酸性領域で増粘状態を保持できるものとする。さらに、下向き面での落下や垂直・傾斜面での垂れ下がりを防ぐため、チクソトロピックな粘性を付与できるものが好ましく、このような水溶性高分子として、水分散アクリル酸エステル共重合体からなるエマルション状のアクリル系増粘剤である、(株)センカ製の「コスモートA-40S」が挙げられる。ヒドロキシ酸水溶液に配合する水溶性高分子は、これらの一種のみを単独使用することもできるし、二種以上を混用することもできる。
【0030】
粘性付与剤の含有量は、ヒドロキシ酸水溶液の粘度を前述範囲で調整可能な範囲であればよい。具体的には、固形分として0.1~5.0重量%が好ましい。粘性付与剤の含有量が少なすぎると粘性付与が不十分であり、多すぎると粘度が著しく高くなるため、製造しにくく、塗布作業も困難になる。ヒドロキシ酸水溶液に含有する粘性付与剤は、そのまま直接混合するか、あるいは事前に水に溶解または膨潤させ、増粘液状としたものを間接的に混合しても良い。
【0031】
なお、ヒドロキシ酸水溶液を既設鋼材の錆面に塗布すると、錆層や母材鉄から鉄イオンがヒドロキシ酸水溶液に溶出する以外に、カソード反応により水酸化物イオンが生成して溶出し、さらに錆に内在する塩分由来のナトリウムイオン等のカチオン性電解質や、塩化物イオン等のアニオン性電解質が溶出する。このため、ヒドロキシ酸水溶液に含有する水溶性高分子は、電解質の接触や吸収によって排除体積が小さくなり、粘度低下や離水現象を生じやすくなる。
【0032】
<離水防止剤>
粘性付与剤の配合により粘性を付与する場合、同時に離水防止剤も配合することにより、粘度低下や離水現象を抑止することができる。離水防止剤としては、脂肪族多価アルコール又は糖質を使用できる。非電解質高分子水溶液においては、脂肪族多価アルコールまたは糖質は非電解質高分子および水のいずれとも親和性が高いため、水和水を水溶性高分子の排除体積内に保持する作用を有する。また、電解質高分子水溶液においても、脂肪族多価アルコールまたは糖質は電解質高分子および水のいずれとも親和性が高いため、電解質高分子内のイオン基による電気二重層を外部電解質が圧縮するのを防ぎ、水溶性高分子の排除体積を維持する作用を有する。
【0033】
脂肪族多価アルコールとしては、水に対する溶解度の大きい炭素数2~6個の液体のものが好ましく、例えば、2価アルコールであるエチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ジプロピレングリコール;3価アルコールであるグリセロールなどが挙げられる。
【0034】
糖質としては、例えば、単糖類であるグルコース、フルクトース、ガラクトースなど;二糖類であるスクロース、ラクトース、マルトースなど;少糖類であるオリゴ糖など;多糖類であるデキストリンなど;糖アルコールであるキシリトール、ソルビトール、エリスリトール、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトールなどが挙げられる。
【0035】
液体の脂肪族多価アルコールは、ヒドロキシ酸水溶液のゾル状態を塗布した後も長く維持するため、固体である糖質よりも好ましく、中でも危険有害性の低いグリセロールがさらに好ましい。ヒドロキシ酸水溶液に含有する脂肪族多価アルコールまたは糖質は、これらの一種のみを単独使用することもできるし、二種以上を混用することもできる。
【0036】
離水防止剤の含有量は、5~35重量%が好ましく、10~30重量%がより好ましい。離水防止剤の含有量が少なすぎると、粘度低下や離水現象の抑止効果が不十分となる。一方、離水防止剤の含有量が多すぎると、逆に水の含有量が減るため、電気化学反応が阻害される。ヒドロキシ酸水溶液に液体の脂肪族多価アルコールまたは粉状の糖質を含有させる場合、事前に粘性を付与したヒドロキシ酸水溶液を撹拌しながら、液体の脂肪族多価アルコールまたは粉状の糖質を少量ずつ添加するのが好ましく、完全に溶解させる。
【0037】
<その他の添加剤>
ヒドロキシ酸水溶液は、水分蒸発と成膜化を遅延させる目的で、必要に応じてゲル化剤を添加することもできる。中でも、水溶性高分子であるタマリンドシードガムが、離水防止剤との相互作用により、一定の比率での濃度上昇によりゲル化する特性を有するため、ゲル化剤として好ましい。離水防止剤を含有するヒドロキシ酸水溶液では、特定の濃度以下のタマリンドシードガムを含有してもゲル化しないが、塗布後、ヒドロキシ酸水溶液の水分蒸発に伴いタマリンドシードガムの濃度が上昇すると、保水したまま強度の弱いゲル状皮膜を形成し、水分蒸発と成膜化を遅延させることができる。また、このゲル状皮膜は錆との付着力が弱いため、容易に除去することができる。
【0038】
タマリンドシードガムは粉末状であるため、あらかじめ0.5~2.0重量%の濃度で溶解して増粘させた後、ヒドロキシ酸水溶液に混合することが好ましい。このように、ゲル化剤は、ヒドロキシ酸水溶液の調製時に混合してもよく、あるいは、ヒドロキシ酸水溶液を塗布する前に事前に錆面に塗布してもよく、さらには、ヒドロキシ酸水溶液の塗布面にゲル化剤を重ねて塗布してもよい。
【0039】
また、特に既設鋼材に油類等の有機物が付着している場合、錆内部へのヒドロキシ酸水溶液の浸透が阻害されるため、浸透速度を上げる目的で、必要に応じて浸透性湿潤剤を添加することもできる。浸透性湿潤剤は、水に溶解又は分散し、水の表面張力を下げることで、錆内部に水が浸透しやすくなる。錆浸透性湿潤剤のタイプとしては、ノニオン系界面活性剤、シリコーン系界面活性剤、アニオン系活性剤、カチオン系界面活性剤等があり、錆内部に水が浸透し易くするものであれば特に限定されない。
【0040】
ノニオン系界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシアルキレン誘導体、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンアルキルアミン、アルキルアルカノールアミド等が挙げられる。中でも、HLB(Hydrophilic-Lipophilic Balance)が12以上のものが錆内部への水の浸透性に優れている。シリコーン系界面活性剤としては、例えば、ポリエーテル変性シリコーン、ポリエステル変性シリコーン、アラルキル変性シリコーン等が挙げられる。アニオン系活性剤としては、例えば、脂肪酸塩、スルホン酸塩、硫酸エステル塩、ナフタレンスルフォン酸ホルマリン縮合物、ポリカルボン酸塩等が挙げられる。カチオン系界面活性剤としては、例えば、アルキルアミン塩、第四級アンモニウム塩等が挙げられる。両性界面活性剤としては、例えば、アルキルベタイン、アルキルアミンオキサイド等が挙げられる。これらの浸透性湿潤剤は、一種のみを単独使用することもできるし、二種以上を混用することもできる。
【0041】
浸透性湿潤剤を添加する場合、その含有量は0.01~2重量%が好ましく、0.05~1重量%がより好ましい。浸透性湿潤剤の含有量が少なすぎると、水性湿潤剤の湿潤化促進効果が得られ難い。一方、浸透性湿潤剤の含有量が多すぎると、錆を除去した後も母材鉄の表面に浸透性湿潤剤が多く残存し、塗り替えた保護塗膜の耐水性や防食性を低下させる懸念がある。
【0042】
さらに、ヒドロキシ酸水溶液には、本発明の作用効果を阻害しない範囲で、防腐剤、防カビ剤、消泡剤、初期防錆剤、蛍光増白剤、および乾燥遅延溶剤を必要に応じて添加することもできる。これらの添加剤を含有させる場合、事前に粘性を付与したヒドロキシ酸水溶液を撹拌しながら添加剤を少量ずつ添加し、完全に溶解させるか、あるいは十分に分散させる。
【0043】
<ヒドロキシ酸水溶液の塗布>
ヒドロキシ酸水溶液の塗布方法は特に制限されず、代表的には植毛ローラーや多孔質スポンジローラー等を用いたローラー塗布のほか、刷毛塗り、およびスプレーや噴射機等を用いた噴射塗布などを例示できる。塗布量は0.1~2.5kg/mが好ましく、0.5~2.3kg/mがより好ましく、1.0~2.0kg/mがさらに好ましい。塗布量が少なすぎると、塗布液が乾燥しやすく、電気化学反応の進行が不十分になりがちとなる。一方、塗布量が多すぎると、塗布時の形状を維持しにくくなり、下向き面での落下や垂直・傾斜面での垂れ下がりが生じやすくなる。
【0044】
ヒドロキシ酸水溶液を塗布後、液温23℃であれば概ね1時間以上24時間以内放置することで、母材鉄に対する錆の付着力を低下させることができる。放置時間が短すぎると、電気化学反応の進行が不十分になりがちとなる。一方、放置時間が長すぎると、水溶性高分子を含有する塗布液の乾燥固化が進行して塗布液を除去しにくくなる。なお、電気化学反応工程のための放置時間は、ヒドロキシ酸水溶液と母材鉄に直流電圧を印加することで短縮することができる。また、電気化学反応が進行するに従い、塗布液に鉄イオンが溶出し、さらに、酸化されることで塗布液が濃褐色化するため、この変色度合いを電気化学反応の進行の目安とすることができる。
【0045】
《除錆工程》
電気化学反応工程において母材鉄に対する錆の付着力を低下させたら、最後にヒドロキシ酸水溶液を塗布した領域の錆を除去する。具体的には、母材鉄への付着力が低下した錆を、動力工具等で掻き落とすなどして除去する。錆を除去する前にヒドロキシ酸水溶液の除去の要否は問わないが、錆を除去する前にヒドロキシ酸水溶液をヘラ、皮スキ、ウエス等で拭き取るか、もしくは高圧水洗により洗い流してもよい。また、母材鉄への付着力が低下した錆をブラシ、皮スキ、電動ブラシ等で掻き落とす場合、錆片の飛散防止用クリームを塗布しながら掻き落としてもよい。錆を除去した後、汚れが付着している場合は水または洗浄剤により洗浄し、速やかに乾燥させて戻り錆の発生を防ぐ。
【実施例
【0046】
≪ヒドロキシ酸水溶液による錆除去≫
<ヒドロキシ酸水溶液の調製>
ヒドロキシ酸水溶液を以下の手順で調製し、電気化学的処理により、ヒドロキシ酸の除錆作用が促進されることを評価するため、実施例1~6および比較例1~2のヒドロキシ酸水溶液を調製した。これらの原料と配合量(重量%)を表1に示す。
【0047】
表1に示す各原料としては、次のものを使用した。
クエン酸:富士フィルム和光純薬(株)製のクエン酸(結晶物)
クエン酸水素二アンモニウム:関東化学(株)製のクエン酸水素二アンモニウム
リンゴ酸:(株)丸紅商會製のDL-リンゴ酸
【0048】
表1のヒドロキシ酸水溶液は、150ccポリカップに粉末状のヒドロキシ酸を量り取り、水を加えて混合攪拌することにより溶解させて調製した。各ヒドロキシ酸水溶液のpHも、表1に併せて示す。
【0049】
【表1】
【0050】
<試験用基材の作製手順>
本発明による除錆性を評価するにあたっては、屋外暴露により錆を形成させた錆鋼板の表面を調整し、試験用基材として使用した。試験用基材の具体的な作製手順を以下に示す。
手順1:JIS G 3101に規定する構造用鋼板SS400(サイズ:縦300mm×横90mm×厚さ3.2mm)を用い、両面をJIS K 5551の7.14(サイクル腐食性)に準じてブラスト処理した。
手順2:沿岸地区(千葉県内太平洋側)の屋外にて、上記の鋼板を垂直(長さ方向)に設置し、約1年間放置して、粗面状の錆鋼板を作製した。
手順3:錆鋼板の表面を電動ワイヤーブラシ(カップワイヤー)で擦り、金属光沢が出るまで表面に付着している脆弱な錆を除去して表面を調整した。調整後も外観は粗面状となっており、調整前の錆厚は50~120μm程度であり、調整後の錆厚は20~80μm程度となった。錆厚の測定には、電磁膜厚計を使用し、錆鋼板表面の10箇所を測定した。
【0051】
<除錆性の評価手順>
表1の電気化学的処理によるヒドロキシ酸水溶液の除錆性は、以下の手順により評価した。
手順1:試験用基材の実施例1~6の試験箇所に、電気化学的処理として、母材鉄が直径2mmの円形状で露出するように(露出面積約3mm)、ドリルで凹み(反応促進部)を1箇所穿った。比較例1,2の試験箇所には凹み(反応促進部)を穿たなかった。
手順2:JIS K 5675の7.11(耐酸性)の試験方法に準拠し(以下、スポット浸漬と称す)、試験用基材に硬質ポリ塩化ビニル管(内径40mm、高さ35mm)を白色ワセリンで固定し(実施例1~6では凹みが中心となるように)、各ヒドロキシ酸水溶液を15g注入した。硬質ポリ塩化ビニル管の上部は、液の蒸発がないように透明プラスチックフィルム(旭化成ホームプロダクツ(株)製「サランラップ」(登録商標))で覆い、密封した。
手順3:23℃で所定時間放置した後、硬質ポリ塩化ビニル管とその中のヒドロキシ酸水溶液および白色ワセリンを取り除き、スポット浸漬部をスポンジで軽く擦りながら水洗して錆を除去した。
手順4:乾燥後、スポット浸漬部の錆が除去されて母材鉄が露出した割合を評価した。
【0052】
<除錆性の評価基準>
除錆性は、以下の基準により評価した。
◎:母材鉄の露出が60%以上
○:母材鉄の露出が20%以上、60%未満
△:母材鉄の露出が1%以上、20%未満
×:母材鉄の露出が1%未満(露出なしを含む)
【0053】
<除錆性の評価結果>
実施例1~6および比較例1~2の除錆性の評価結果を表1に併せて示す。その結果、事前に電気化学的処理をしたものは良好な除錆性を示し(各実施例)、電気化学的処理をしなかったものは除錆性を示さなかった(比較例1、2)。
【0054】
≪ヒドロキシ酸水性増粘液による錆除去≫
<ヒドロキシ酸水性増粘液の調製>
粘性を付与したヒドロキシ酸水溶液(以下、ヒドロキシ酸水性増粘液と称す)の除錆作用が、電気化学的処理により促進されることを評価するため、以下の手順でヒドロキシ酸水性増粘液を調製した。まず、150ccポリカップにクエン酸(富士フィルム和光純薬(株)製「クエン酸(結晶物)」)15重量%を量り取り、水61重量%を加えてミキサー攪拌することにより溶解させた。次に、ミキサー攪拌したままグリセロール(健栄製薬(株)製「グリセリン」)20重量%を加えて均一な溶液とし、さらにミキサー攪拌したまま水分散アクリル酸エステル共重合体からなるエマルション状のアクリル系増粘剤(センカ(株)製「コスモートA-40S」)4重量%を少量ずつ添加し、約1時間ミキサー撹拌することで、クエン酸水性増粘液を調製した。得られたヒドロキシ酸水性増粘液は、粘度が16,900mPa・sであり、チクソトロピックな粘性であった。粘度の測定は、クエン酸水性増粘液の温度を23℃に調整し、B8H型粘度計(回転数20rpm 、測定時間2分間)を用いて測定した。pHは1.7であり、クエン酸水性増粘液の温度を23℃に調整し、ガラス電極pHメーターを用いて測定した。
【0055】
<試験用基材の作製手順>
試験用基材は、前述の≪ヒドロキシ酸水溶液による錆除去≫と同じ手順で作製した。
【0056】
<除錆作用の評価手順>
表2の電気化学的処理によるヒドロキシ酸水性増粘液の除錆作用は、以下の手順により評価した。
手順1:試験用基材の実施例7~15の試験箇所に、電気化学的処理として、母材鉄が直径2mmの円形状で露出するように(露出面積約3mm)、あるいは、母材鉄が直径4.4mmの円形状で露出するように(露出面積約15mm)、ドリルで凹み(反応促進部)を1箇所穿った。比較例3の試験箇所には凹み(反応促進部)を穿たなかった。
手順2:試験箇所に、ヒドロキシ酸水性増粘液を塗布量1.5kg/m(実施例7~13および比較例3)、または、塗布量0.5kg/m(実施例14、15)で刷毛塗りし、水平に静置した。このとき、実施例7~11および比較例3では、凹みの位置が中央となるように正方形(縦横4cm)に塗布し、実施例12~15は凹みの位置が短辺から1cmとなるように長方形(縦8cm、横2cm)に塗布した。
手順3:23℃で所定時間放置し、塗布液の褐色化を評価した後、塗布液をヘラで取り除き、塗布領域をスポンジで軽く擦りながら水洗して錆を除去した。
手順4:乾燥後、塗布領域の錆が除去されて母材鉄が露出した割合と除錆有効範囲を評価した。
【0057】
<除錆作用の評価基準>
除錆作用は、以下の基準により評価した。
(塗布液の褐色化)
A:濃褐色
B:半透明褐色
C:半透明淡黄色
(除錆性)
A:塗布領域の半面以上で母材鉄が面状に露出
B:塗布領域の全面で母材鉄が点状に露出
C:塗布領域の局所で母材鉄が点状に露出
D:母材鉄の露出なし
(除錆有効範囲)
塗布領域において、凹み形成部(反応促進部)から除錆作用の効果が及んだ地点までの長さ(cm)
【0058】
<除錆作用の評価結果>
実施例7~15および比較例3の除錆作用の評価結果を表2に示す。
【表2】
【0059】
ヒドロキシ酸水性増粘液の塗布量1.5kg/mでは、電気化学的処理をした場合、塗布後5~8時間で塗布液の褐色化が進行し、錆は塗布領域の全面で点状に除去できた(実施例7~10)。さらに、塗布後24時間では、塗布液が濃褐色となり、錆は塗布領域の半面以上で面状に除去できた(実施例11)。一方、電気化学的処理をしなかった場合、ヒドロキシ酸水性増粘液を塗布後16時間経過しても、塗布液の褐色化は進行せず、錆は除去できなかった(比較例3)。ヒドロキシ酸水性増粘液の塗布量1.5kg/mでは、反応促進部の母材鉄の露出面積が3mmまたは15mmであるに関わらず、塗布後16時間で塗布液が濃褐色となり、錆は塗布領域の半面以上で面状に除去できた。また、除錆有効範囲は塗布領域の全長に及んだ(実施例12、13)。一方、ヒドロキシ酸水性増粘液の塗布量0.5kg/mでは、反応促進部の母材鉄の露出面積が3mmまたは15mmであるに関わらず、塗布後16時間で塗布液は淡黄色化するにとどまり、錆は局所で点状に除去できたが、塗布量1.5kg/mの場合よりも除錆性は低下した。また、除錆有効範囲は約6cmであった(実施例14、15)。
【0060】
≪ヒドロキシ酸水性増粘液を錆面に塗布した後の離水現象の抑止≫
<ヒドロキシ酸水性増粘液の調製>
錆面に塗布した後のヒドロキシ酸水性増粘液が、経時的に粘度低下と離水現象を生じることに対して、脂肪族多価アルコールまたは糖質を含有することで抑止する効果を評価するため、実施例16~22および比較例4のヒドロキシ酸水性増粘液を調製した。これらの原料と配合量(重量%)を表3に示す。
【0061】
【表3】
【0062】
表3に示す各原料のうち、≪ヒドロキシ酸水性増粘液による錆除去≫と同じものを使用した以外は、以下の原料を使用した。
プロピレングリコール:安藤パラケミー(株)製のプロピレングリコール
グルコース:(株)マルゴコーポレーション製のぶどう糖
スクロース:伊藤忠製糖(株)製のグラニュ糖
オリゴ糖:日本ガーリック(株)製のフラクトオリゴ糖
デキストリン:バブルスター(株)製の難消化性デキストリン
ソルビトール:東京化成工業(株)製の「D-Sorbitol」
【0063】
表3のヒドロキシ酸水性増粘液の調製では、まず、150ccポリカップに所定量の水を量り取り、クエン酸15重量%を加えてミキサー攪拌することにより溶解させた。次に、ミキサー攪拌したまま、表3に示す脂肪族多価アルコールまたは糖質を各20重量%加えて均一な溶液とし、さらにミキサー攪拌したままアクリル系増粘剤4重量%を少量ずつ添加し、約1時間ミキサー撹拌することで、各ヒドロキシ酸水性増粘液を調製した。各クエン酸水性増粘液の粘度とpHも、表3に併せて示す。
【0064】
<試験用基材の作製手順>
試験用基材は、前述の≪ヒドロキシ酸水性増粘液による錆除去≫において、手順3を実施しなかった以外は同じ手順で作製した。
【0065】
<離水現象の評価手順>
表3のヒドロキシ酸水性増粘液の離水現象は、以下の手順により評価した。
手順1:電動オービタルサンダー(研磨紙#120)で試験用基材の表面の錆を研削し、脆弱な錆を除去して表面を調整した。調整後の錆厚は14~60μm程度となった。錆厚の測定には、電磁膜厚計を使用し、錆鋼板表面の10箇所を測定した。
手順2:試験箇所に、電気化学的処理として、母材鉄が直径2mmの円形状で露出するように(露出面積約3mm)、ドリルで凹み(反応促進部)を1箇所穿った。
手順3:試験箇所にヒドロキシ酸水性増粘液を塗布量1.9kg/mで、凹みの位置が中央となるように正方形(縦横4cm)に刷毛塗りし、水平に静置した。
手順4:23℃で16時間放置し、塗布液の離水現象を評価した後、塗布液をヘラで取り除き、塗布領域をスポンジで軽く擦りながら水洗して錆を除去した。
手順5:乾燥後、塗布領域の錆が除去されて母材が露出した割合を評価した。
【0066】
<離水現象の評価基準>
離水現象は以下の基準により評価し、除錆性は前述の≪ヒドロキシ酸水性増粘液による錆除去≫と同じ基準で評価した。
(塗布液の離水現象)
A:1mm以下
B:1mm超5mm下
C:5mm超1cm以下
D:1cm超
【0067】
<離水現象の評価結果>
実施例16~22および比較例4の離水現象の評価結果を表3に併せて示す。塗布液の離水現象は、比較例4では著しく発生したが、実施例16~22では抑制されており、特に実施例18~22では離水現象は殆ど見られなかった。
【要約】
【課題】無機酸を使用していない除錆剤により良好に除錆可能な既設鋼材の錆の除去方法を提供する。
【解決手段】既設鋼材の錆面の一部に母材鉄の露出部を形成し、アノード反応促進部とする電気化学的処理工程と、アノード反応促進部を有する錆面にヒドロキシ酸水溶液を塗布して、錆の溶解と母材鉄からの鉄イオンの溶出を進行させる電気化学反応工程と、ヒドロキシ酸水溶液を塗布した領域の錆を除去する除錆工程と、を含む。ヒドロキシ酸としては、クエン酸、リンゴ酸、又はこれらの酸性塩が好ましい。ヒドロキシ酸水溶液には、さらに粘性付与剤と、離水防止剤として脂肪族多価アルコール又は糖質とを配合することもできる。
【選択図】無し