(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-25
(45)【発行日】2024-02-02
(54)【発明の名称】細胞培養担体
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240126BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20240126BHJP
C12N 11/00 20060101ALI20240126BHJP
【FI】
C12M1/00 C
C12M3/00 A
C12N11/00
(21)【出願番号】P 2019228091
(22)【出願日】2019-12-18
【審査請求日】2022-10-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000229542
【氏名又は名称】日本バイリーン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】加藤 宏一
(72)【発明者】
【氏名】小島 理恵
(72)【発明者】
【氏名】道畑 典子
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/103667(WO,A1)
【文献】特開2008-199897(JP,A)
【文献】国際公開第2010/082603(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 3/00
C12N 1/00-13/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に熱可塑性樹脂を含有する繊維を含んだ布帛と、リン酸カルシウム系粒子とを有する、細胞培養担体であって、
前記熱可塑性樹脂の熱融着によって前記繊維の表面に前記リン酸カルシウム系粒子が固着して
おり、
空隙率が93.4%以上100.0%未満である、細胞培養担体。
【請求項2】
細胞培養担体の製造方法であって、
工程1.表面に熱可塑性樹脂を含有する繊維を含んだ布帛を用意する工程、
工程2.前記布帛における前記繊維表面に、前記熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱さ
れたリン酸カルシウム系粒子を接触させ、前記熱可塑性樹脂を介して前記リン酸カルシウ
ム系粒子を前記繊維表面に固着させる工程、
を有する、
請求項1に記載の細胞培養担体の製造方法。
【請求項3】
請求項
2に記載の細胞培養担体の製造方法であって、前記工程1と前記工程2の間、およ
び/または、前記工程2の後に、
工程2´.前記布帛を前記熱可塑性樹脂の融点-5℃以上の温度に加熱する工程、
を有する、細胞培養担体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養担体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオサイエンスとその関連技術の進歩から、培養された細胞が創薬研究、再生医療あるいは美容整形などのエステティックで活用されている。例えば、幹細胞(iPS細胞、ES細胞、造血幹細胞、骨髄幹細胞、脂肪幹細胞など)を培養し、培養した細胞を上述した目的に合わせ体内に移植して組織の再生を促すことや、根本的な治癒を目指す細胞移植治療が行われている。
そして、細胞を培養する方法として、生体から抽出するなどして用意した細胞を細胞培養担体上へ播種し、意図する態様(例えば、意図する細胞数や形状、意図する細胞分離状態や細胞分化状態など)となるように細胞を培養することが行われている。
【0003】
具体例として、特開2008-199897(特許文献1)には、細胞を三次元的・立体的に増殖可能な細胞培養担体として、ハイドロキシアパタイト粒子を含有する不織布からなる細胞培養用基材が開示されている。なお、特許文献1には、再生医療などに用いる細胞を培養する場合、バインダーを用いることなく不織布へリン酸カルシウム類を塗布してなる細胞培養用基材であるのが好ましいことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-199897(特許請求の範囲、0008、0017など)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願出願人は検討を続けた結果、特許文献1が開示するような従来技術にかかる細胞培養担体は、次の問題を有していると考えた。
不織布など布帛へリン酸カルシウム系粒子をただ塗布してなる細胞培養担体を用いた場合、培養後に細胞培養担体から取り出した細胞に多量のリン酸カルシウム系粒子が混ざり込む恐れがあると考えられた。つまり、リン酸カルシウム系粒子は細胞培養担体をなす布帛の構成繊維表面上にただ付着しているだけであり、培養中の細胞は当該繊維表面に接し成長する。そのため、培養した細胞を細胞培養担体から取り出す際に、同時に当該繊維表面のリン酸カルシウム系粒子も脱落して、培養した細胞には(特に細胞培養担体をなす布帛の構成繊維に接していた部分には)多量のリン酸カルシウム系粒子が混ざり込む恐れがあると考えられた。
【0006】
また、新たな課題として、特許文献1が開示するような従来技術にかかる細胞培養担体を用いた場合、布帛やリン酸カルシウム系粒子の存在によって、細胞培養担体上で培養中の細胞や細胞培養担体上に培養された細胞を観察し難いことがあった。具体例として、細胞染色することなく生きた細胞を観察すること、透過光式顕微鏡あるいは反射光式顕微鏡を用いて細胞を観察すること、シャーレなど培養容器内から取り出すことなく培養容器外から細胞を観察することが困難であった。
そのため、特許文献1が開示するような従来技術にかかる細胞培養担体は、リアルタイムでの細胞観察を通し、細胞の培養状態に合わせて培養条件や培養期間を調整することが困難であり、意図する態様となるように培養した細胞を提供し難い細胞培養担体でもあった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第一の本発明は、
「表面に熱可塑性樹脂を含有する繊維を含んだ布帛と、リン酸カルシウム系粒子とを有する、細胞培養担体であって、
前記熱可塑性樹脂の熱融着によって前記繊維の表面に前記リン酸カルシウム系粒子が固着しており、
空隙率が93.4%以上100.0%未満である、細胞培養担体。」
である。
また、第二の本発明は、
「細胞培養担体の製造方法であって、
工程1.表面に熱可塑性樹脂を含有する繊維を含んだ布帛を用意する工程、
工程2.前記布帛における前記繊維表面に、前記熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱さ
れたリン酸カルシウム系粒子を接触させ、前記熱可塑性樹脂を介して前記リン酸カルシウ
ム系粒子を前記繊維表面に固着させる工程、
を有する、請求項1に記載の細胞培養担体の製造方法。」
である。
そして、第三の本発明は、
「請求項2に記載の細胞培養担体の製造方法であって、前記工程1と前記工程2の間、およ
び/または、前記工程2の後に、
工程2´.前記布帛を前記熱可塑性樹脂の融点-5℃以上の温度に加熱する工程、
を有する、細胞培養担体の製造方法。」
である。
【発明の効果】
【0008】
本願出願人は更に検討を続けた結果、本発明によって、培養した細胞に多量のリン酸カルシウム系粒子が混ざり込むのを防止可能な、細胞培養担体を提供できることを見出した。つまり、「表面に熱可塑性樹脂を含有する繊維を含んだ布帛と、リン酸カルシウム系粒子とを有する、細胞培養担体」において、「熱可塑性樹脂の熱融着によって繊維の表面に前記リン酸カルシウム系粒子が固着している」ことにより、リン酸カルシウム系粒子が細胞培養担体をなす布帛の構成繊維表面に固着しており脱落し難い。
そのため、本発明にかかる細胞培養担体を用いることで、多量のリン酸カルシウム系粒子が混ざり込むのを防止してなる、培養された細胞を提供できる。更に、バインダーを用いることなくリン酸カルシウム系粒子が担持された細胞培養担体を実現できるため、培養された細胞がバインダーにより汚染されることを防止可能な細胞培養担体である。
【0009】
また、本願出願人は、本発明にかかる細胞培養担体の空隙率が93.0%よりも高いときに、細胞培養担体上で培養中の細胞や細胞培養担体上に培養された細胞が観察し易いことを見出した。そのため、本発明にかかる細胞培養担体を用いることで、細胞の培養状態に合わせて培養条件や培養期間を調整でき、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる。
【0010】
更に、本願出願人は、表面に熱可塑性樹脂を含有する繊維を含んだ布帛における繊維表面に、熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱されたリン酸カルシウム系粒子を接触させ、熱可塑性樹脂を介して前記リン酸カルシウム系粒子を繊維表面に固着させる工程、を有する細胞培養担体の製造方法によって、本発明にかかる細胞培養担体を製造可能であることを見出した。
【0011】
特に、布帛を熱可塑性樹脂の融点-5℃以上の温度に加熱し、当該加熱した後の布帛における繊維表面に、熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱されたリン酸カルシウム系粒子を接触させることで、および/または、繊維の表面に前記リン酸カルシウム系粒子が固着している布帛を熱可塑性樹脂の融点-5℃以上の温度に加熱することで、効率よく空隙率が93.0%よりも高い(そして、100.0%未満である)細胞培養担体を製造可能であることを見出した。
【0012】
そのため、本発明にかかる細胞培養担体の製造方法によって、細胞の培養状態に合わせて培養条件や培養期間を調整でき、意図する態様となるように培養された細胞を提供可能な、細胞培養担体を製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明では、例えば以下の構成など、各種構成を適宜選択できる。
【0014】
なお、本発明で説明する各種測定は特に記載のない限り、大気圧下のもと測定を行った。また、25℃温度条件下で測定を行った。そして、本発明で説明する各種測定結果は特に記載のない限り、求める値よりも一桁小さな値まで測定で求め、当該値を四捨五入することで求める値を算出した。具体例として、少数第一位までが求める値である場合、測定によって少数第二位まで値を求め、得られた少数第二位の値を四捨五入することで少数第一位までの値を算出し、この値を求める値とした。そして、本発明で例示する各上限値および各下限値は、任意に組み合わせることができる。
【0015】
本発明でいう、表面に熱可塑性樹脂を含有する繊維(以降、熱可塑性樹脂含有繊維と称することがある)は、細胞培養担体の構成部材である布帛を構成する繊維であって、布帛の骨格をなす役割を担う。また、前記熱可塑性樹脂が繊維表面に露出していると共に当該前記熱可塑性樹脂が熱融着することによって、熱可塑性樹脂含有繊維の表面にリン酸カルシウム系粒子を固着する役割を担う。
【0016】
熱可塑性樹脂含有繊維は、表面に熱可塑性樹脂を含有するものであればよく、熱可塑性樹脂のみで構成された繊維(熱可塑性樹脂の単繊維)、繊維表面に熱可塑性樹脂が露出した複合繊維などを挙げることができる。なお、複合繊維として、例えば、芯鞘型、海島型、サイドバイサイド型、オレンジ型、バイメタル型などの繊維を採用できる。また、上述したような熱可塑性樹脂を含有する複合繊維の繊維内部を構成する樹脂や、熱可塑性樹脂と混合可能な樹脂として、非熱可塑性樹脂を採用してもよい。
【0017】
熱可塑性樹脂として周知の樹脂を採用できるものであり、例えば、ポリエステル、ポリオレフィン(例えば、ポリエチレンやポリプロピレン等)及びポリアミド等が好適である。更には、共重合ポリエステル、共重合ポリプロピレン、共重合ポリエチレン(例えば、エチレン-エチレン酢酸ビニル共重合体等)等も好適に使用可能である。また、例えば、ポリグリコール酸やポリ乳酸、ポリラクチド/ポリグリコリド共重合体やポリジオキサノンなどの生体適合性の樹脂を、単体の樹脂あるいは複数種類の樹脂を混合してなる混合樹脂として採用できる。また、熱可塑性樹脂は公知の技術により改質されていても良く、例えばプラズマ処理によって親水化処理されていたり、グラフト重合などにより任意の表面官能基を結合されていたりすることができる。
なお、リン酸カルシウム系粒子の融点や分解する温度よりも、融点の低い熱可塑性樹脂であるのが好ましい。なお、本発明において融点はJIS K7121-1987に則して示差走査熱量分析計を用いて求める。
【0018】
熱可塑性樹脂含有繊維は、融点の異なる2種類以上の樹脂が複合された複合繊維であってもよい。このような樹脂の組み合わせとして、例えば、共重合ポリエステル/ポリエステル、共重合ポリプロピレン/ポリプロピレン、ポリプロピレン/ポリアミド、ポリエチレン/ポリプロピレン、ポリプロピレン/ポリエステル、又はポリエチレン/ポリエステル、共重合ポリエチレン/ポリエチレン、共重合ポリエチレン/ポリプロピレン等の樹脂の組み合わせからなる複合繊維を挙げることができる。当該複合繊維が、芯に高融点樹脂を有し、鞘に低融点樹脂(熱可塑性樹脂)を有する芯鞘型複合繊維であると、リン酸カルシウム系粒子を固着する際に繊維の収縮や糸切れが更に生じ難くなるため好適である。このような芯鞘型複合繊維としては、高融点ポリエステル(例えば、融点255℃程度)と低融点ポリエステル(例えば、融点110℃)とからなる複合繊維や、ポリプロピレン(融点165℃)とポリエチレン(融点130℃)とからなる複合繊維等が挙げられる。
これらの樹脂は、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる細胞培養担体を提供できるのであれば、例えば、難燃剤、香料、顔料、抗菌剤、抗黴材、光触媒粒子、乳化剤、分散剤、界面活性剤、加熱を受け発泡する粒子、無機粒子、酸化防止剤などの添加剤を含有していてもよい。
ここで、布帛を構成する繊維の種類はJIS L1030-1「繊維製品の混用率試験方法 第1部:繊維鑑別」によって、またその混用率(質量比率)はJIS L1030-2「繊維製品の混用率試験方法 第二部:繊維混用率」によって求められる。
【0019】
熱可塑性樹脂含有繊維は、断面形状が略円形の繊維や楕円形である以外にも異形断面を有する繊維であってもよい。なお、異形断面として、中空形状、三角形形状などの多角形形状、Y字形状などのアルファベット文字型形状、不定形形状、多葉形状、アスタリスク形状などの記号型形状、あるいはこれらの形状が複数結合した形状などであってもよい。
またその繊度や繊維長は、本発明の目的を達成できるのであれば特に限定されるものではないが、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる細胞培養担体となるよう、適宜調整できる。
【0020】
繊度は0.1~20dtexであるのが好ましく、0.3~10dtexであるのが好ましく、0.6~8dtexであるのが好ましい。なお、「繊度」はJIS L1015:2010、8.5.1(正量繊度)に規定されているA法により得られる。
【0021】
繊維長は、3~150mmであるのが好ましく、10~100mmであるのが好ましく、30~80mmであるのが好ましい。なお、「繊維長」は、JIS L1015:2010、8.4.1[補正ステープルダイヤグラム法(B法)]により得られる。あるいは、メルトブロー法、スパンボンド法、静電紡糸法などの直接紡糸法により調製される連続長を有する繊維であっても良い。
【0022】
熱可塑性樹脂含有繊維は、例えば、溶融紡糸法、乾式紡糸法、湿式紡糸法、直接紡糸法(メルトブロー法、スパンボンド法、静電紡糸法など)、複合繊維から一種類以上の樹脂成分を除去することで繊維径が細い繊維を抽出する方法、繊維を叩解して分割された繊維を得る方法など公知の方法により得ることができる。
【0023】
本発明でいう布帛とは、繊維ウェブや不織布、あるいは、織物や編み物などの繊維シートを指し、熱可塑性樹脂含有繊維を含み構成されている。特に、繊維同士がランダムに存在することで空隙率が高く孔径が均一となり、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる細胞培養担体を実現できる傾向があることから、布帛は不織布であるのが好ましい。
【0024】
布帛は熱可塑性樹脂含有繊維以外にも、他の繊維を含んでいても良い。布帛を構成する繊維の質量に占める熱可塑性樹脂含有繊維の質量の百分率は適宜調整できるが、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる細胞培養担体を実現できるよう、50質量%以上であるのが好ましく、65質量%以上であるのがより好ましく、80質量%以上であるのがより好ましく、布帛を構成している繊維が熱可塑性樹脂含有繊維のみであるのが最も好ましい。
【0025】
布帛を構成している繊維は、バインダーや繊維接着によって繊維同士が一体化されている状態であっても良い。しかし、バインダーが存在することで細胞の培養が意図せず影響を受ける恐れがあることから、繊維同士がただ絡合してなる布帛や、繊維接着によって接着一体化してなる布帛であるのが好ましい。
【0026】
布帛の目付や厚さは適宜調整する。目付は5~200g/m2であるのが好ましく、10~100g/m2であるのがより好ましく、15~80g/m2であるのが更に好ましい。なお、「目付」は1m2あたりの質量であり、JIS L1085:1998、6.2「単位面積当たりの質量」に規定する方法により得られる。また、厚さは0.05~10mmであるのが好ましく、0.1~8mmであるのがより好ましく、0.2~5mmであるのがより好ましく、0.15~3mmであるのが更に好ましい。なお、「厚さ」は、布帛の無作為に選んだ5点を圧縮弾性試験機(ライトマチック)を用いて、20gf/cm2の荷重で測定した厚さの算術平均値をいう。
【0027】
本発明でいうリン酸カルシウム系粒子とは、塩基性リン酸カルシウムの粒子であり、その種類は適宜選択できるが、例えば、リン酸二水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム一水和物、リン酸一水素カルシウム、リン酸一水素カルシウム二水和物、リン酸三カルシウム、α-TCP、β-TCP、リン酸八カルシウム、ハイドロキシアパタイト、フッ素アパタイト、塩素アパタイト、炭酸アパタイト、炭酸アパタイトA型、炭酸アパタイトB型、ウイットロカイト、アモルファスリン酸カルシウム、リン酸四カルシウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸ニ水素カルシウムなどの粒子を採用できる。
前述のリン酸カルシウム系粒子は、単独で使用することもでき、2種類以上のリン酸カルシウム系粒子を混合して使用することもできる。
【0028】
また、前述のリン酸カルシウム系粒子は、同一布帛表面、同一繊維表面上に単独で存在することができ、2種類以上のリン酸カルシウム系粒子が存在することができる。
さらには、前述のリン酸カルシウム系粒子に機能性高分子や生理活性物質等の有機物質を修飾してもよい。なお、繊維の表面に前記リン酸カルシウム系粒子が固着している布帛を調製した後、当該布帛が有するリン酸カルシウム系粒子に、機能性高分子や生理活性物質等の有機物質を修飾させてもよい。
【0029】
リン酸カルシウム系粒子は高い生体親和性を示すことから、リン酸カルシウム系粒子を含有する細胞培養担体上で様々な細胞を効率良く培養できる。例えば、幹細胞(iPS細胞、ES細胞、造血幹細胞、骨髄幹細胞、脂肪幹細胞など)を効率良く培養することができる。
このようなリン酸カルシウム系粒子として、例えば、micro-SHAp(IHMO-100P000、ソフセラ社)や太平化学産業社製のハイドロキシアパタイト粒子などを採用でき、その形状や特性なども、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる細胞培養担体を実現できるよう、適宜選択できる。
【0030】
リン酸カルシウム系粒子として、リン酸カルシウム系粒子を焼成(例えば、800℃で1時間)してなる焼成リン酸カルシウム系粒子を採用できる。なお、リン酸カルシウム系粒子が焼成されているか否かは、当該粒子の結晶性の度合いにより判断することができる。リン酸カルシウム系粒子の結晶性の度合いは、X線回折法(XRD)により測定することが出来、各結晶面を示すピークの半値幅が狭ければ狭いほど結晶性が高いといえる。具体的には、本形態における焼成リン酸カルシウム系粒子は、X線回折(CuKα線)における2θ=32°付近(300)面のピークの半値幅が、好適には0.8以下(より好適には、0.5以下)の高結晶性のリン酸カルシウム系粒子である。
焼成リン酸カルシウム系粒子を有する布帛を用いることで、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる細胞培養担体を実現できる傾向があり好ましい。
【0031】
リン酸カルシウム系粒子のアスペクト比は適宜調整できるが、1.5以下であるのが好ましく、1.4以下であるのがより好ましく、1.3以下であるのがより好ましく、1.2以下であるのがより好ましい。このようにアスペクト比が小さいリン酸カルシウム系粒子であると、熱可塑性樹脂含有繊維の表面に固着されているリン酸カルシウム系粒子の形状がある程度整うことによって、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる傾向があり好ましい。特に、アスペクト比がより1に近い略球状のリン酸カルシウム系粒子であると、より意図する態様となるように培養された細胞を提供できる細胞培養担体を実現できる傾向があり好ましい。
【0032】
ここで、リン酸カルシウム系粒子のアスペクト比の計測方法は下記(測定方法1)に従うものとする。
(測定方法1)
熱可塑性樹脂含有繊維の表面に固着されているリン酸カルシウム系粒子を撮影したSEMによる画像において、熱可塑性樹脂含有繊維の径方向の両端からはみ出していないような、略直上から撮影されているリン酸カルシウム系粒子を選択する。但し、輪郭がぼやけて見えるリン酸カルシウム系粒子、別のリン酸カルシウム系粒子に接近し過ぎていて境界が曖昧なリン酸カルシウム系粒子、一部がその他のリン酸カルシウム系粒子の影に隠れているリン酸カルシウム系粒子等を測定対象から除外する。
次いで、選択したリン酸カルシウム系粒子が写る画像上に、その両端が当該リン酸カルシウム系粒子の外周上に位置する2本の線分を引く。このとき、一方の線分はその長さが最大となるものとし、当該線分の中点で互いに直交するようにもう一方の線分を引く。
このようにして引かれた2本の線分のうち、短い方の線分の長さを短径、長い方の線分の長さを長径とし、長径/短径の比を求める。
更に、長径が大きなものから順に選んだ150個のリン酸カルシウム系粒子における当該長径/短径の平均値を求め、リン酸カルシウム系粒子のアスペクト比とした。なお、当該アスペクト比が1に近い程、リン酸カルシウム系粒子の立体形状は球状に近いと考えられる。
【0033】
リン酸カルシウム系粒子の平均粒径は、布帛を構成する熱可塑性樹脂含有繊維の表面に固着できるよう、0.01~50μmであるのが好ましく、0.03~20μmであるのが好ましく、0.04~10μmであるのが好ましい。
ここで、リン酸カルシウム系粒子の平均粒径の計測方法は、下記(測定方法2)に従うものとする。
(測定方法2)
測定方法(1)で作成したリン酸カルシウム系粒子の長径について、長径の大きなものから順に選んだ150個のリン酸カルシウム系粒子における当該長径の平均値を求め、リン酸カルシウム系粒子の平均粒径とする。
また、リン酸カルシウム系粒子の平均粒径が熱可塑性樹脂含有繊維の繊維径に対して、1/3を超えると、リン酸カルシウム系粒子が熱可塑性樹脂含有繊維の表面より脱落し易くなる。そのため、リン酸カルシウム系粒子の平均粒径が、熱可塑性樹脂含有繊維の繊維径に対して1/3以下の大きさであるのが好ましい。
【0034】
本発明の細胞培養担体は、熱可塑性樹脂含有繊維の表面に存在する熱可塑性樹脂の熱融着によって、熱可塑性樹脂含有繊維の表面にリン酸カルシウム系粒子が固着している。
このことは、熱可塑性樹脂含有繊維の表面とリン酸カルシウム系粒子とが接触していると共に、当該接触している部分に存在する熱可塑性樹脂が熱によって融解し、再度固化することによってリン酸カルシウム系粒子が固着されている状態を意味する。そして、リン酸カルシウム系粒子の多くは、その一部が熱可塑性樹脂含有繊維に埋没する形で固着している。
【0035】
細胞培養担体における布帛を構成する繊維の表面積に占める、リン酸カルシウム系粒子が固着している部分の面積の百分率は適宜調整できるが、当該百分率が高いほど、効率よく細胞を培養できる傾向がある。なお、当該百分率は、細胞培養担体の布帛が露出している主面あるいは布帛の主面を撮影したSEMによる画像に写る、構成繊維の面積に占めるリン酸カルシウム系粒子が存在する面積の百分率を算出することで求められる。なお、構成繊維の面積を算出する際、構成繊維の表面上にリン酸カルシウム系粒子が存在している場合、当該重なり合っている部分の面積は、リン酸カルシウム系粒子が存在する面積であると共に構成繊維の面積であるとみなす。
【0036】
なお、本発明にかかる細胞培養担体では、リン酸カルシウム系粒子が固着している主面であって、当該リン酸カルシウム系粒子が固着している部分の面積が高い主面上に細胞を播種して細胞を培養するのが好ましい。
細胞培養担体が備えるリン酸カルシウム系粒子の質量は、本発明の課題を解決可能な細胞培養担体を提供できるよう適宜調整するが、0.1~20g/m2であることができ、0.3~10g/m2であることができ、0.6~8g/m2であることができる。なお、当該質量は下記(測定方法b-1)又は(測定方法b-2)に従うものとする。
【0037】
(測定方法b-1)
リン酸カルシウム系粒子が固着している布帛または細胞培養担体から、直径5cmの試験片を4枚採取する。蛍光X線装置(株式会社リガク製、蛍光X線分析装置RIX1000)を用いて、カルシウム元素由来のX線強度を測定し、検量線法によりリン酸カルシウム系粒子の質量を算出する。
(測定方法b-2)
リン酸カルシウム系粒子が固着している布帛または細胞培養担体を電気炉等にて十分焼成し、灰分として残ったリン酸カルシウム系粒子の質量から求める。
熱可塑性樹脂含有繊維の表面にリン酸カルシウム系粒子が固着してなる布帛単体のみで構成されている細胞培養担体であっても、当該布帛にカバー材や支持体などを積層してなる細胞培養担体であってもよい。カバー材や支持体は公知のものを採用でき、例えば、布帛あるいはフィルム(多孔あるいは無孔)や発泡体(多孔あるいは無孔)などを採用できる。なお、例示したカバー材や支持体と布帛とをただ重ね合わせてなる積層構造の細胞培養担体であっても、バインダーやホットメルトウェブあるいは繊維接着によって、ヒートシールや超音波溶着などの接着処理へ供することによって層間接着してなる積層構造の細胞培養担体であっても良い。
【0038】
細胞培養担体の目付や厚さは、本発明の課題を解決可能となるよう適宜調整する。目付は5~200g/m2であることができ、10~100g/m2であることができ、15~80g/m2であることができる。また、厚さは0.05~10mmであることができ、0.1~8mmであることができ、0.15~5mmであることができる。細胞培養担体の空隙率や見かけ密度は、本発明の課題を解決可能となるよう適宜調整する。
【0039】
本願出願人は、本発明にかかる構成を満足する細胞培養担体において、空隙率が93.0%よりも高く100.0%未満であるときに、光を透過し易く、細胞培養担体上で培養中の細胞や細胞培養担体上に培養された細胞を、顕微鏡を用いるなどして、容易に観察できることを見出した。そのため、本構成も満足する細胞培養担体を用いて細胞を培養することで、細胞の培養状態に合わせて培養条件や培養期間を調整でき、意図する態様となるように培養された細胞を提供できる。また、細胞培養担体の空隙率が高いほど、より光を透過し易く、より容易に観察できることから、空隙率は93.4%以上であるのが好ましく、94.0%以上であるのが好ましく、95.0%以上であるのがより好ましく、95.1%以上であるのがより好ましく、95.4%よりも高いのがより好ましく、95.8%以上であるのが最も好ましい。
なお、空隙率は次の式により得られる値をいう。
空隙率={1-W/(T×d)}×100
ここで、Wは測定対象物の目付(単位:g/m2)を意味し、Tは測定対象物の厚さ(単位:mm)を意味し、dは測定対象物を構成する材料の質量平均密度(単位:g/cm3)をそれぞれ意味する。例えば、密度d1の樹脂Aがa質量部と、密度d2のリン酸カルシウム系粒子Bがb質量部存在している場合、質量平均密度(d)は次の式により算出する。
質量平均密度(d)=1/{(a/100/d1)+(b/100/d2)}
また、見かけ密度は0.01~0.3g/cm3であるのが好ましく、0.015~0.2 g/cm3であるのが好ましく、0.02~0.1 g/cm3であるのが好ましい。なお、見かけ掛密度は測定対象物の目付(単位:g/m2)を測定対象物の厚さ(単位:mm)で除することによって算出される値である。
【0040】
また、細胞培養担体の外形は適宜調整でき、特に限定するものではないが、例えば、二次元的なシート形状(例えば、ロールに巻回可能な長尺状の形状、ウェルプレートの底面に敷くことができる円形形状)、三次元的なコルゲート形状やプリーツ形状、円筒形状などであることができる。なお、細胞培養担体は切り抜き部、打ち抜き部、又は切れ込み部を有することができる。
【0041】
次いで、本発明に係る細胞培養担体の製造方法について、一製造方法を例示して説明する。
【0042】
本発明に係る細胞培養担体の製造方法は、主に、布帛を構成する熱可塑性樹脂含有繊維の表面に、熱融着によりリン酸カルシウム系粒子を固着させる工程を含むものである。
熱可塑性樹脂含有繊維を含む繊維の表面に、その表面に含有されている熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱したリン酸カルシウム系粒子を付着させ、当該熱可塑性樹脂の熱融着により固着させる方法を採用できる。リン酸カルシウム系粒子の加熱温度は適宜調整できるが、熱可塑性樹脂を溶融できる温度であって、リン酸カルシウム系粒子ならびに布帛の他の構成成分を意図せず溶解あるいは変性させない温度に調整するのが好ましい。
【0043】
熱可塑性樹脂含有繊維を含む繊維の表面にリン酸カルシウム系粒子を付着させる方法は適宜選択でき、例えば、
(1)加熱したリン酸カルシウム系粒子を含有する気流を、熱可塑性樹脂含有繊維を含む布帛へ吹き付ける方法、
(2)加熱したリン酸カルシウム系粒子を、熱可塑性樹脂含有繊維を含む布帛へ落下させる方法、
(3)加熱したリン酸カルシウム系粒子と、熱可塑性樹脂含有繊維を含む布帛とを装入した耐熱性容器を振盪する方法、
(4)加熱したリン酸カルシウム系粒子中に、熱可塑性樹脂含有繊維を含む布帛を浸漬する方法、
(5)加熱したリン酸カルシウム系粒子の流動層中に、熱可塑性樹脂含有繊維を含む布帛を曝す方法、
(6)熱可塑性樹脂含有繊維を含む布帛へ、リン酸カルシウム系粒子のディスパージョンを付与し、その後、リン酸カルシウム系粒子を含んだ布帛を加熱する方法、
などの方法を採用できる。
【0044】
特に、加熱したリン酸カルシウム系粒子を含有する加熱した気流を、熱可塑性樹脂含有繊維を含む布帛へ吹き付ける方法を採用すると、リン酸カルシウム系粒子が冷却するのを防いで、熱可塑性樹脂含有繊維を含む繊維の表面にリン酸カルシウム系粒子を固着でき、好ましい。加熱した気流を得るには、例えば、気流発生手段(例えば、ブロアー又はコンプレッサーなど)によって気流を発生させ、次いで、公知の加熱手段によって前記気流を所定温度に加熱する方法を用いることができる。
【0045】
そして、加熱したリン酸カルシウム系粒子を得るには、例えば、粒子供給手段(例えば、ホッパー又は供給容器など、図示せず)の内外にヒーターを取り付けて、粒子供給手段内のリン酸カルシウム系粒子を所定温度に加熱する方法、あるいは、一般的に粉体の乾燥機として用いられる流動層型乾燥機などの装置を利用して、リン酸カルシウム系粒子を所定温度に加熱する方法などを用いることができる。
【0046】
更に、気流にリン酸カルシウム系粒子を供給して混合気流を調製する方法としては、例えば、粒子供給手段(例えば、ホッパー又は供給容器など)からリン酸カルシウム系粒子を気流中に一定量ずつ供給する方法、あるいは、流動層型乾燥機などの装置を利用して熱可塑性樹脂の融点以上の温度までリン酸カルシウム系粒子を加熱した後、加熱されたリン酸カルシウム系粒子が分散混合されてなる混合気体を調製できる。
【0047】
また、熱可塑性樹脂含有繊維を含む布帛へ、リン酸カルシウム系粒子のディスパージョンを付与し、その後、リン酸カルシウム系粒子を含んだ布帛を加熱する方法を採用する場合、ディスパージョンを構成する分散媒は適宜選択できるが、リン酸カルシウム系粒子ならびに布帛の構成成分を意図せず溶解あるいは変性させない分散媒(例えば、純水など)を採用するのが好ましい。そして、リン酸カルシウム系粒子を含んだ布帛を加熱する際の温度も適宜調整できるが、上述した分散媒を除去可能であると共に熱可塑性樹脂を溶融できる温度であって、リン酸カルシウム系粒子ならびに布帛の他の構成成分を意図せず溶解あるいは変性させない温度に調整するのが好ましい。
【0048】
熱可塑性樹脂含有繊維の表面に加熱されたリン酸カルシウム系粒子が付着している布帛は、例えば、冷風を作用させる、低温空間に曝す、低温の部材と接触させるなどして、熱可塑性樹脂の融点より低い温度にできる冷却手段を備えていても良い。また、熱可塑性樹脂の融点が室温(例えば、25℃)よりも高い場合、当該布帛を室温下に静置することで冷却を行っても良い。特に、静置した状態で冷却を行うと、冷却中に熱可塑性樹脂が流動することや熱可塑性樹脂含有繊維の形状が意図せず変化することを防ぐことができるため、好ましい。このように冷却を行うことで、熱可塑性樹脂含有繊維の表面にリン酸カルシウム系粒子を固着できる。
【0049】
また、布帛の空隙に存在しているなど、熱可塑性樹脂含有繊維の表面に固着していないリン酸カルシウム系粒子を、例えば、振動により落下させる、気流で吹き飛ばす、液体で洗浄するなどして除去しても良い。
【0050】
また、加熱されている状態の布帛における熱可塑性樹脂含有繊維表面に、熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱されたリン酸カルシウム系粒子を接触させても良い。このような製造方法であるとリン酸カルシウム系粒子がより強固に固着してなる細胞培養担体を製造し易くなる傾向があり好ましい。
【0051】
あるいは、加熱した後に冷却(例えば、室温まで冷却)した布帛における熱可塑性樹脂含有繊維表面に、熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱されたリン酸カルシウム系粒子を接触させても良い。上述の加熱処理へ供した後に冷却された布帛は、熱可塑性樹脂含有繊維表面に存在する当該熱可塑性樹脂が軟化することで繊維交点が緩み、構成繊維同士の間隔が広がることで布帛の空隙率が向上した状態で再度、当該熱可塑性樹脂が冷却されて固化し、形状が保持されている布帛である。そのため、冷却した後であっても布帛の空隙率が向上している布帛である。このような製造方法であると空隙率が高い(例えば、93.0%より高い)細胞培養担体を製造し易くなる傾向があり好ましい。
【0052】
なお、本発明に係る細胞培養担体の製造方法において、布帛を熱可塑性樹脂の融点-5℃以上の温度に加熱し、当該加熱した後の布帛における繊維表面に、熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱されたリン酸カルシウム系粒子を接触させることで、および/または、繊維の表面に前記リン酸カルシウム系粒子が固着している布帛を熱可塑性樹脂の融点-5℃以上の温度に加熱することで、効率よく空隙率が93.0%よりも高い(そして、100.0%未満である)細胞培養担体を製造可能である。
【0053】
この理由は、完全には明らかとなっていないが、当該加熱された布帛において、構成繊維の表面に存在する熱可塑性樹脂が軟化することで繊維交点が緩み、および/または、構成繊維が塑性変形して、構成繊維同士の間隔が広がることで布帛の空隙率が向上したものとなる。そのため、効率よく空隙率が93.0%よりも高い(そして、100.0%未満である)細胞培養担体を製造できると考えられる。
【0054】
布帛を加熱する温度は、熱可塑性樹脂の融点により適宜選択されるものであり、その温度も適宜調整できるが、熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱された布帛を用いることで、より効率よく空隙率が93.0%よりも高い(そして、100.0%未満である)細胞培養担体を製造可能である。また、融着固化した繊維交点が増加することで、より形状が保持された細胞培養担体を製造可能となり好ましい。具体的には、熱可塑性樹脂の融点が130℃である場合、布帛を加熱する温度は125℃以上であればよく、130℃以上である(例えば、130℃、135℃、140℃であることができる)のが好ましい。なお、布帛を加熱する温度の上限も適宜調整できるが、リン酸カルシウム系粒子ならびに布帛の他の構成成分を意図せず溶解あるいは変性させない温度に調整するのが好ましい。なお、布帛を加熱する温度の上限は、具体的には、布帛を構成する繊維が有する有機樹脂のうち、最も高い融点を有する有機樹脂(熱融着によるリン酸カルシウム系粒子を固着させる役割を担う熱可塑性樹脂以外の有機樹脂、例えば、芯鞘型複合繊維における芯部分を構成する有機樹脂)の融点未満の温度であることができる。
【0055】
上述の工程を経て調製された、熱可塑性樹脂含有繊維の表面にリン酸カルシウム系粒子が固着してなる布帛はそのまま細胞培養担体として使用できるが、必要であれば、当該布帛をカバー材や支持体との積層工程へ供しても良い。また、必要であれば、当該布帛を望む外形となるよう加工する工程へ供しても良い。
【実施例】
【0056】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0057】
(不織布の調製方法)
芯鞘型複合繊維(芯部:ポリプロピレン(融点:165℃)、鞘部:ポリエチレン(融点:130℃)、繊維の断面形状:円形、繊度:6.6dtex、繊維長:64mm)75質量%と、芯鞘型複合繊維(芯部:ポリプロピレン(融点:165℃)、鞘部:ポリエチレン(融点:130℃)、繊維の断面形状:円形、繊度:1.7dtex、繊維長:38mm)25質量%とを配合してなる、不織布A(目付:30g/m2、厚さ:0.06mm)を用意した。
不織布Aを、加熱温度を130℃に調整したオーブンへ10分間供することで加熱し、加熱後に室温まで放冷して、不織布B(目付:30g/m2、厚さ:1.00mm)を調製した。
芯鞘型複合繊維(芯部:ポリプロピレン(融点:165℃)、鞘部:ポリエチレン(融点:130℃)、繊維の断面形状:円形、繊度:2.2dtex、繊維長:44mm)で構成された不織布C(目付:14.6g/m2、厚さ:0.13mm)を調製した。
【0058】
(実施例1)
略球状の焼成ハイドロキシアパタイト粒子(ソフセラ社製、品名:micro-SHAp、品番:IHMO-100P000、粒径:4.0μm、アスペクト比:1)を220℃に加熱すると共に、158℃に加熱した気流と共に、不織布Aの両主面へ吹き付けた。このとき、焼成ハイドロキシアパタイト粒子を含んだ気流を、不織布の主面が5m/minのテンポで通過するように調整した。
そして、室温まで放冷した後、不織布Aの表面に固着されていない焼成ハイドロキシアパタイト粒子をエアーにより除去することで、細胞培養担体を調製した。
【0059】
(実施例2)
不織布Cを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、細胞培養担体を調製した。
【0060】
(実施例3)
不織布Bを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、細胞培養担体を調製した。
【0061】
(実施例4)
焼成ハイドロキシアパタイト粒子を含んだ気流を、不織布Bの一方の主面へのみ吹き付けたこと以外は、実施例3と同様にして、細胞培養担体を調製した。
【0062】
(実施例5)
テンポを10m/minに変更したこと以外は、実施例3と同様にして、細胞培養担体を調製した。
【0063】
(実施例6)
焼成ハイドロキシアパタイト粒子を含んだ気流を、不織布Bの一方の主面へのみ吹き付けたこと以外は、実施例5と同様にして、細胞培養担体を調製した。
【0064】
(実施例7)
ロッド状のハイドロキシアパタイト粒子(ソフセラ社製、直径:150nm、アスペクト比:5)を純水へ混合し、超音波を処理することで分散させてディスパージョン(ハイドロキシアパタイト粒子の固形分濃度:2質量%)を調製した。
ディスパージョン中に不織布Bを含浸した後、ディスパージョン中から取り出した不織布Bをラバーマングル(エア圧:0.2MPa、速度:2m/min)へ供することで、不織布Bから不要なディスパージョンを取り除いた。
そして、ラバーマングルへ供した後の不織布Bを、加熱温度を130℃に調整したオーブンへ10分間供することで加熱し、室温中に静置して放冷した後、不織布Bの表面に固着されていないハイドロキシアパタイト粒子をエアーにより除去することで、細胞培養担体を調製した。
【0065】
このようにして調製した各細胞培養担体の物性と、次に説明する細胞培養性能と培養細胞の観察性の評価結果をまとめ、表1に記載した。
【0066】
(細胞培養性能の評価方法)
調製した各細胞培養担体を121℃で20分間加熱して、滅菌処理を行った。いずれの細胞培養担体も滅菌処理後に形態変化は認められなかった。
滅菌処理後の各細胞培養担体を用いて以下に示す条件で細胞培養を行い、その細胞培養性能を評価した。
【0067】
(1)MG63細胞(ヒト骨肉腫細胞株、IFO 50108)の培養条件
培養培地:MEM(Minimum Essential Medium、Invitrogen社)に、10%ウシ胎児血清(FBS)、抗生物質(60μg/mLペニシリン及び100μg/mLストレプトマイシン)、NEAA(Non-Essential Amino Acids Solution 10mmol/L(Invitrogen社)を0.1%になるように希釈して使用)を添加したもの。
培養環境:37℃、5%CO2
播種細胞数:2×105cells/mL
培養担体形状:1×1cm角
培養期間:10日間
培養容器であるウェルプレートの底面に細胞培養担体を敷いた。このとき、細胞培養担体におけるリン酸カルシウム系粒子が固着している部分の面積の百分率が高い方の主面が、ウェルプレートの底面と反対側に存在するようにした。そして、MG63細胞を細胞培養担体における前記主面上に播種した。
【0068】
(2)HepG2細胞(ヒト肝癌由来細胞株、ATCC:HB-0865)の培養条件
培養培地:Williams’s Medium E(購入会社名:シグマ社)に、10%FBS、抗生物質(60μg/mLペニシリン及び100μg/mLストレプトマイシン)、及び1mmol/LのNH4Clを添加したもの。
培養環境:37℃、5%CO2
播種細胞数:5×105cells/mL
培養担体形状:1×1cm角
培養期間:10日間
培養容器であるウェルプレートの底面に細胞培養担体を敷いた。このとき、細胞培養担体におけるリン酸カルシウム系粒子が固着している部分の面積の百分率が高い方の主面が、ウェルプレートの底面と反対側に存在するようにした。そして、HepG2細胞を細胞培養担体における前記主面上に播種した。
【0069】
細胞培養を行った後、光透過型顕微鏡を用いて培養容器外から細胞培養担体の前記主面上を観察することで、前記主面上に存在するMG63細胞およびHepG2細胞の態様(培養されているものであるか否か)を確認し、以下のように評価した。
〇:MG63細胞およびHepG2細胞の増殖が確認された。
△:細胞培養担体が光を透過しなかったため、光透過型顕微鏡を用いてMG63細胞およびHepG2細胞の増殖を確認できなかった。しかし、MTT(3-(4,5-di-methylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide, yellow tetrazole)を用いた細胞増殖能評価によって、MG63細胞およびHepG2細胞の増殖を確認できた。
【0070】
(細胞観察性能の評価方法)
上述した(細胞培養性能の評価方法)で行った、MG63細胞およびHepG2細胞の光透過型顕微鏡による観察のし易さを、以下のように評価した。
〇:MG63細胞およびHepG2細胞を、容易に確認できた。
△:「〇」と評価された細胞培養担体よりも光を透過し難い細胞培養担体であった。そのため、MG63細胞およびHepG2細胞を確認できたものの、「〇」と評価された細胞培養担体よりもMG63細胞およびHepG2細胞を確認し難いものであった。
×:「△」と評価された細胞培養担体よりも光を透過し難い細胞培養担体であり、MG63細胞およびHepG2細胞を確認できなかった。
【0071】
【0072】
いずれの実施例で調製した細胞培養担体を用いた場合であっても、MG63細胞およびHepG2細胞を培養できた。そして、各細胞培養担体はいずれも、熱可塑性樹脂含有繊維の表面にリン酸カルシウム系粒子が固着しているという構成を備えている。そのため、本発明にかかる細胞培養担体を用いることで、バインダーに汚染されることがないと共に、多量のリン酸カルシウム系粒子が混ざり込むのを防止して、培養された細胞を提供できるものであった。
【0073】
また、空隙率が93.0%の実施例1の細胞培養担体は光を透過し難いものであり、細胞培養担体上で培養中のMG63細胞およびHepG2細胞や、細胞培養担体上に培養されたMG63細胞およびHepG2細胞を確認できないものであった。
一方、空隙率が93.0%よりも高い(より好ましくは93.4%以上である)実施例2~7の細胞培養担体は光を透過し易いものであり、細胞培養担体上で培養中のMG63細胞およびHepG2細胞や、細胞培養担体上に培養されたMG63細胞およびHepG2細胞を確認できるものであった。特に、空隙率が95.4%よりも高い(より好ましくは95.8%以上である)実施例5~7の細胞培養担体はより光を透過し易いものであり、細胞培養担体上で培養中のMG63細胞およびHepG2細胞や、細胞培養担体上に培養されたMG63細胞およびHepG2細胞を容易に確認できるものであった。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の細胞培養担体によって、MG63細胞およびHepG2細胞などの株化細胞や初代 培養細胞、幹細胞(iPS細胞、ES細胞、造血幹細胞、骨髄幹細胞、脂肪幹細胞など)、患者由来細胞など様々な細胞を培養できる。