(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-25
(45)【発行日】2024-02-02
(54)【発明の名称】有機ハイドライド生成システム、有機ハイドライド生成システムの制御装置および有機ハイドライド生成システムの制御方法
(51)【国際特許分類】
C25B 15/023 20210101AFI20240126BHJP
C25B 3/25 20210101ALI20240126BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240126BHJP
C25B 15/00 20060101ALI20240126BHJP
C25B 3/03 20210101ALI20240126BHJP
【FI】
C25B15/023
C25B3/25
C25B9/00 G
C25B15/00 303
C25B3/03
(21)【出願番号】P 2019236642
(22)【出願日】2019-12-26
【審査請求日】2022-09-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】ENEOS株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】永塚 智三
(72)【発明者】
【氏名】三須 義竜
(72)【発明者】
【氏名】松岡 孝司
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 康司
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-167579(JP,A)
【文献】特開2016-098410(JP,A)
【文献】特開2019-019379(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、前記プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、前記アノード電極を収容するアノード室、前記カソード電極を収容するカソード室、ならびに前記アノード室および前記カソード室を仕切る隔膜を有する電解槽と、
前記電解槽に電力を供給する主電力供給部と、
前記主電力供給部とは独立に前記電解槽に電力を供給する副電力供給部と、
前記アノード電極と前記カソード電極との間の電圧、前記アノード電極の電位または前記カソード電極の電位を検知する検知部と、
前記検知部の検知結果に基づいて前記電解槽への電力の供給を制御する制御部と、を備え、
前記制御部は、前記主電力供給部由来の電力が前記電解槽に供給されない有機ハイドライド生成システムの運転停止中に、前記電圧が規定電圧まで低下したこと、前記アノード電極の電位が規定電位E
AN1まで変化したこと、または前記カソード電極の電位が規定電位E
CA1まで変化したことが検知されると、
前記アノード電極の電位が前記規定電位E
AN1
より高くなるか、前記カソード電極の電位が前記規定電位E
CA1
より低くなるだけの電力を前記電解槽
に供給するよう前記副電力供給部を制御する有機ハイドライド生成システム。
【請求項2】
前記アノード電極が有する電荷量をQ
AN electrode、
前記カソード電極が有する電荷量をQ
CA electrode、
前記アノード室に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQ
AN O
2、
前記カソード室に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQ
CA H
2とするとき、
前記電解槽は、運転停止中にQ
AN electrode+Q
AN O
2よりもQ
CA electrode+Q
CA H
2の方が大きい第1状態またはQ
AN electrode+Q
AN O
2の方がQ
CA electrode+Q
CA H
2よりも大きい第2状態をとるように定められる請求項1に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項3】
前記規定電圧は、
前記電解槽が前記運転停止中に前記第1状態となっている場合は、前記アノード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う還元反応を起こす際の酸化還元電位E
ANに基づいて定められ、
前記電解槽が前記運転停止中に前記第2状態となっている場合は、前記カソード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う酸化反応を起こす際の酸化還元電位E
CAに基づいて定められる請求項2に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項4】
前記規定電圧は、
前記電解槽が前記運転停止中に前記第1状態となっている場合は、前記アノード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う還元反応を起こす際の酸化還元電位E
ANとプロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成する反応の酸化還元電位との差に基づいて定められ、
前記電解槽が前記運転停止中に前記第2状態となっている場合は、水を酸化してプロトンを生成する反応の酸化還元電位と前記カソード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う酸化反応を起こす際の酸化還元電位E
CAとの差に基づいて定められる請求項2または3に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項5】
前記規定電圧は、水を酸化してプロトンを生成する反応の酸化還元電位と前記カソード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う酸化反応を起こす際の酸化還元電位E
CAとの差と、前記アノード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う還元反応を起こす際の酸化還元電位E
ANとプロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成する反応の酸化還元電位との差とのうち、大きい方の差に基づいて定められる請求項1または2に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項6】
前記検知部が電位を検知する場合、前記検知部は、前記電解槽が前記運転停止中に第1状態となっている場合は前記アノード電極の電位を検知し、前記電解槽が前記運転停止中に第2状態となっている場合は前記カソード電極の電位を検知し、
前記検知部の検知対象が前記アノード電極である場合、前記規定電位E
AN1は、前記アノード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う還元反応を起こす際の酸化還元電位E
ANに基づいて定められ、前記検知部の検知対象が前記カソード電極である場合、前記規定電位E
CA1は、前記カソード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う酸化反応を起こす際の酸化還元電位E
CAに基づいて定められる請求項2に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項7】
前記検知部は、前記アノード電極の電位および前記カソード電極の電位を検知し、
前記規定電位E
AN1は、前記アノード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う還元反応を起こす際の酸化還元電位E
ANに基づいて定められ、
前記規定電位E
CA1は、前記カソード電極に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う酸化反応を起こす際の酸化還元電位E
CAに基づいて定められる請求項1または2に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項8】
前記副電力供給部からの電力供給によって起こる前記電解槽での電気分解でアノード側に供給される電荷量をQ
AN、当該電気分解でカソード側に供給される電荷量をQ
CA、
最大量の酸素が収容された前記アノード室における酸素の電荷量をQ
AN O
2 max、
最大量の水素が収容された前記カソード室における水素の電荷量をQ
CA H
2 max、
Q
AN O
2 max+Q
AN electrodeとQ
CA H
2 max+Q
CA electrodeとのうち小さい方をMin Q totalとするとき、
前記電解槽が前記運転停止中に前記第1状態となっている場合、前記制御部は、電荷量Q
AN
がQ
AN electrode<Q
AN
≦Min Q totalとなるように運転停止中の電解を実行し、
前記電解槽が前記運転停止中に前記第2状態となっている場合、前記制御部は、電荷量Q
CA
がQ
CA electrode<Q
CA
≦Min Q totalとなるように運転停止中の電解を実行する請求項2に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項9】
前記隔膜は、固体高分子形電解質膜で構成される請求項1乃至8のいずれか1項に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項10】
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、前記プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、前記アノード電極を収容するアノード室、前記カソード電極を収容するカソード室、ならびに前記アノード室および前記カソード室を仕切る隔膜を有する電解槽を備え
、主電力供給部、および前記主電力供給部とは独立に電力を供給する副電力供給部から前記電解槽に電力が供給される有機ハイドライド生成システムの制御装置であって、
前記主電力供給部由来の電力が前記電解槽に供給されない有機ハイドライド生成システムの運転停止中に、前記アノード電極と前記カソード電極との間の電圧が規定電圧まで低下したこと、前記アノード電極の電位が規定電位E
AN1まで変化したこと、または前記カソード電極の電位が規定電位E
CA1まで変化したことを検知すると、
前記アノード電極の電位が前記規定電位E
AN1
より高くなるか、前記カソード電極の電位が前記規定電位E
CA1
より低くなるだけの電力を前記電解槽
に供給するよう前記副電力供給部を制御する有機ハイドライド生成システムの制御装置。
【請求項11】
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、前記プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、前記アノード電極を収容するアノード室、前記カソード電極を収容するカソード室、ならびに前記アノード室および前記カソード室を仕切る隔膜を有する電解槽を備え
、主電力供給部、および前記主電力供給部とは独立に電力を供給する副電力供給部から前記電解槽に電力が供給される有機ハイドライド生成システムの制御方法であって、
前記アノード電極と前記カソード電極との間の電圧、前記アノード電極の電位または前記カソード電極の電位を検知し、
前記主電力供給部由来の電力が前記電解槽に供給されない有機ハイドライド生成システムの運転停止中に、前記電圧が規定電圧まで低下したこと、前記アノード電極の電位が規定電位E
AN1まで変化したこと、または前記カソード電極の電位が規定電位E
CA1まで変化したことを検知すると、
前記アノード電極の電位が前記規定電位E
AN1
より高くなるか、前記カソード電極の電位が前記規定電位E
CA1
より低くなるだけの電力を前記電解槽
に供給するよう前記副電力供給部を制御することを含む有機ハイドライド生成システムの制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ハイドライド生成システム、有機ハイドライド生成システム制御装置および有機ハイドライド生成システムの制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、水からプロトンを生成するアノードと、不飽和結合を有する有機化合物を水素化するカソードと、を備える有機ハイドライド生成装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。この有機ハイドライド生成装置では、アノードに水を供給し、カソードに被水素化物を供給しながらアノードとカソードとの間に電流を流すことで、被水素化物に水素が付加されて有機ハイドライドが得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、火力発電で得られるエネルギーに比べて生成過程での二酸化炭素排出量を抑制することができるエネルギーとして、風力や太陽光等で得られる再生可能エネルギーが注目されている。これを受け、上述の有機ハイドライド生成装置の電源に再生可能エネルギーを利用したシステムの開発が進められている。しかしながら、風力や太陽光を用いた発電装置は、出力が頻繁に変動し、無風時や天候によっては出力がゼロになる。したがって、風力や太陽光を用いた発電装置を有機ハイドライド生成装置の電源として利用する場合、装置が頻繁に停止と起動を繰り返すことになる。
【0005】
一方で、有機ハイドライド生成装置では、給電が停止すると電気化学セルに逆電流が発生し、これにより電極が劣化することがある。また、両極間でのガスのクロスオーバー(クロスリーク)によっても、給電停止中に電極が劣化することがある。そのため、不規則に発生する有機ハイドライド生成装置の停止による電極の劣化を抑制する必要がある。
【0006】
しかしながら、再生可能エネルギーと有機ハイドライド生成装置との組み合わせで有機ハイドライドを生成するシステムにおける課題は十分に検討されてこなかった。本発明者らは、再生可能エネルギーと有機ハイドライド生成装置とを組み合わせた現実的な有機ハイドライドの生成を実現すべく鋭意検討を重ねた結果、再生可能エネルギーの給電停止回数の多さに起因する電極の劣化を抑制して、有機ハイドライド生成システムの耐久性をより向上させる技術に想到した。
【0007】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、有機ハイドライド生成システムの耐久性を向上させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のある態様は、有機ハイドライド生成システムである。このシステムは、水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、アノード電極を収容するアノード室、カソード電極を収容するカソード室、ならびにアノード室およびカソード室を仕切る隔膜を有する電解槽と、電解槽に電力を供給する主電力供給部と、主電力供給部とは独立に電解槽に電力を供給する副電力供給部と、アノード電極とカソード電極との間の電圧、アノード電極の電位またはカソード電極の電位を検知する検知部と、検知部の検知結果に基づいて電解槽への電力の供給を制御する制御部と、を備える。制御部は、主電力供給部由来の電力が電解槽に供給されない有機ハイドライド生成システムの運転停止中に、電圧が規定電圧まで低下したこと、アノード電位が規定電位EAN1まで変化したこと、またはカソード電極の電位が規定電位ECA1まで変化したことが検知されると、電解槽に電力を供給するよう副電力供給部を制御する。
【0009】
本発明の他の態様は、有機ハイドライド生成システムの制御装置である。この制御装置は、水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、アノード電極を収容するアノード室、カソード電極を収容するカソード室、ならびにアノード室およびカソード室を仕切る隔膜を有する電解槽を備え、主電力供給部、および主電力供給部とは独立に電力を供給する副電力供給部から電解槽に電力が供給される有機ハイドライド生成システムの制御装置である。制御装置は、主電力供給部由来の電力が電解槽に供給されない有機ハイドライド生成システムの運転停止中に、アノード電極とカソード電極との間の電圧が規定電圧まで低下したこと、アノード電極の電位が規定電位EAN1まで変化したこと、またはカソード電極の電位が規定電位ECA1まで変化したことを検知すると、電解槽に電力を供給するよう副電力供給部を制御する。
【0010】
本発明の他の態様は、有機ハイドライド生成システムの制御方法である。この制御方法は、水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、アノード電極を収容するアノード室、カソード電極を収容するカソード室、ならびにアノード室およびカソード室を仕切る隔膜を有する電解槽を備え、主電力供給部、および主電力供給部とは独立に電力を供給する副電力供給部から電解槽に電力が供給される有機ハイドライド生成システムの制御方法である。制御方法は、アノード電極とカソード電極との間の電圧、アノード電極の電位またはカソード電極の電位を検知し、主電力供給部由来の電力が電解槽に供給されない有機ハイドライド生成システムの運転停止中に、電圧が規定電圧まで低下したこと、アノード電位が規定電位EAN1まで変化したこと、またはカソード電極の電位が規定電位ECA1まで変化したことを検知すると、電解槽に電力を供給するよう副電力供給部を制御することを含む。
【0011】
以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、有機ハイドライド生成システムの耐久性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施の形態に係る有機ハイドライド生成システムの模式図である。
【
図2】有機ハイドライド生成システムが実行する制御のフローチャートである。
【
図3】電位サイクル試験による各電極の電位変化を示す図である。
【
図4】各電極の電気量と電位との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0015】
図1は、実施の形態に係る有機ハイドライド生成システムの模式図である。有機ハイドライド生成システム1は、電解槽2と、電源4と、第1流通機構6と、第2流通機構8と、制御部10と、検知部38と、主電力供給部56と、副電力供給部58と、を備える。
【0016】
電解槽2は、有機ハイドライドの脱水素化体である被水素化物を電気化学還元反応により水素化して、有機ハイドライドを生成する電解セルである。電解槽2は、アノード電極12と、アノード室14と、カソード電極16と、カソード室18と、隔膜20と、を有する。
【0017】
アノード電極12は、水を酸化してプロトンを生成するための電極(陽極)である。アノード電極12は、触媒層12aと、ガス拡散層12bと、を有する。触媒層12aは、触媒として例えばイリジウム(Ir)や白金(Pt)を含有する。なお、触媒層12aは、他の金属や金属化合物を含有してもよい。触媒層12aは、隔膜20の一方の主表面に接するように配置される。ガス拡散層12bは、導電性の多孔質体等で構成される。ガス拡散層12bを構成する材料には、公知のものを用いることができる。アノード電極12は、アノード室14に収容される。アノード室14におけるアノード電極12を除く空間は、水および電極反応で生じる酸素の流路を構成する。
【0018】
カソード電極16は、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するための電極(陰極)である。カソード電極16は、触媒層16aと、ガス拡散層16bと、を有する。触媒層16aは、触媒として例えば白金(Pt)またはルテニウム(Ru)を含有する。なお、触媒層16aは、他の金属や金属化合物を含有してもよい。触媒層16aは、隔膜20の他方の主表面に接するように配置される。ガス拡散層16bは、導電性の多孔質体等で構成される。ガス拡散層16bを構成する材料には、公知のものを用いることができる。カソード電極16は、カソード室18に収容される。カソード室18におけるカソード電極16を除く空間は、被水素化物および電極反応で生じる有機ハイドライドの流路を構成する。
【0019】
アノード室14およびカソード室18は、隔膜20によって仕切られる。隔膜20は、アノード電極12およびカソード電極16の間に配置される。本実施の形態の隔膜20は、プロトン伝導性を有する固体高分子形電解質膜で構成される。固体高分子形電解質膜は、プロトン(H+)が伝導する材料であれば特に限定されないが、例えば、スルホン酸基を有するフッ素系イオン交換膜が挙げられる。
【0020】
電解槽2において、被水素化物の一例としてトルエン(TL)を用いた場合に起こる反応は以下の通りである。被水素化物としてトルエンを用いた場合、得られる有機ハイドライドはメチルシクロヘキサン(MCH)である。
アノード(正極)での電極反応:2H2O→O2+4H++4e-
カソード(負極)での電極反応:TL+6H++6e-→MCH
【0021】
アノード電極12では、水が電気分解され、酸素ガスとプロトンと電子が生じる。プロトンは、隔膜20を移動してカソード電極16に向かう。電子は、電源4の正極に流入する。酸素ガスは、アノード室14を介して外部へ排出される。カソード電極16では、トルエンと、電源4の負極から供給された電子と、隔膜20を移動したプロトンとの反応によりメチルシクロヘキサンが生成される。
【0022】
また、カソード電極16では、以下に示す副反応が生じる。
カソードでの副反応:2H++2e-→H2
この副反応は、カソード電極16に供給される被水素化物の濃度が低下するにつれて、カソード電極16での電極反応に対する比率が増大する。副反応によって生成される水素ガスは、カソード室18を介して外部へ排出される。
【0023】
電源4は、電解槽2に電力を供給する直流電源である。電源4からの電力の供給により、電解槽2のアノード電極12とカソード電極16との間に所定の電解電圧が印加される。電源4は、主電力供給部56および副電力供給部58から電力供給を受けて、電解槽2に電力を供給する。例えば電源4は、各電力供給部から電力が交流で入力される場合、トランスにより電圧変換し、ブリッジ形ダイオードにより整流し、平滑電解コンデンサにより平滑化し、出力端子から電解槽2に電力を供給する。
【0024】
主電力供給部56は、再生可能エネルギー由来の発電を行う風力発電装置22や太陽光発電装置24等で構成することができる。なお、主電力供給部56は、再生可能エネルギー由来の発電を行う発電装置に限定されない。有機ハイドライド生成システム1は、主電力供給部56由来の電力、つまり主電力供給部56で生成される電力が電解槽2に供給されるとき運転中となり、主電力供給部56由来の電力が電解槽2に供給されないとき運転停止中となる。ここでいう「運転」とは、有機ハイドライド生成システム1の主目的である有機ハイドライドの生成を意味する。したがって、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中であっても副電力供給部58からの電力供給等は実施され得る。
【0025】
前記「主電力供給部56由来の電力が電解槽2に供給されない」とは、例えば、主電力供給部56のみから供給される電力によって得られる電解槽2の電圧状態が、理論電解電圧よりも小さい電圧状態になっていることを意味する。当該状態には、主電力供給部56から電源4および電解槽2に供給される電力が0の場合も含まれる。前記「理論電解電圧」は、被水素化物の水素化による有機ハイドライドの生成反応(カソード反応)におけるギブス自由エネルギー(ΔG)基準での酸化還元電位と、水の分解による酸素発生反応(アノード反応)におけるΔG基準での酸化還元電位との差から算出される電圧である。具体的には、被水素化物をトルエンとした場合、カソード反応における酸化還元電位はΔG基準で0.15Vである。また、アノード反応における酸化還元電位はΔG基準で1.23Vである。よって、理論電解電圧は1.08Vとなる。したがって、主電力供給部56由来の電力供給によって電解槽2に印加される電圧が1.08V未満である状態が「電力が供給されない」状態である。
【0026】
有機ハイドライド生成システム1の運転停止中は、主電力供給部56由来の電力が十分に電解槽2に供給されず、電解槽2には電解を生じさせる正電流が流れないか、逆電流が流れる(副電力供給部58からの電力供給時を除く)。有機ハイドライド生成システム1が運転停止中にあるときの電解槽2の電気的状態には、電解槽2に電圧が印加されているが正電流が流れていない状態も含まれる。また、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中にあるときの電解槽2の電気的状態には、後述するクロスリークによって生じる電極の電位変化を抑制できない程度にわずかな正電流が流れている状態も含まれる。
【0027】
副電力供給部58は、主電力供給部56とは独立に電源4に電力を供給することができる。副電力供給部58は、例えば蓄電池や系統電力等で構成することができる。副電力供給部58が蓄電池で構成される場合、副電力供給部58は主電力供給部56からの電力供給を受けて充電されてもよい。これにより、副電力供給部58を系統電力で構成する場合に比べて、有機ハイドライド生成システム1の実現に伴う二酸化炭素排出量を抑制することができる。後述するように、副電力供給部58は、制御部10による制御に基づいて有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に電源4に電力を供給することができる。
【0028】
第1流通機構6は、アノード室14に水を流通させる機構である。第1流通機構6は、第1循環タンク26と、第1循環路28と、第1循環装置30と、を有する。第1循環タンク26には、アノード室14に供給される水が収容される。本実施の形態では、アノード室14に供給される水として、硫酸水溶液、硝酸水溶液、塩酸水溶液等の所定のイオン伝導度を有する溶液、純水あるいはイオン交換水が第1循環タンク26に収容される。以下では適宜、第1循環タンク26に収容される液体をアノード液という。
【0029】
第1循環タンク26とアノード室14とは、第1循環路28によって接続される。第1循環路28は、第1循環タンク26からアノード室14にアノード液を供給するための往路部28aと、アノード室14から第1循環タンク26にアノード液を回収するための復路部28bと、を有する。第1循環装置30は、例えば往路部28aの途中に設けられる。第1循環装置30の駆動により、アノード液が第1循環路28内を流れ、第1循環タンク26とアノード室14との間を循環する。第1循環装置30としては、例えばギアポンプやシリンダーポンプ等の各種ポンプ、あるいは自然流下式装置等を用いることができる。
【0030】
第1循環タンク26は、気液分離部としても機能する。アノード電極12では電極反応により酸素が生成されるため、アノード室14から回収されるアノード液には、ガス状の酸素および溶存酸素が含まれる。ガス状酸素は、第1循環タンク26においてアノード液から分離され、系外に取り出される。酸素が分離されたアノード液は、再び電解槽2に供給される。
【0031】
第2流通機構8は、カソード室18に被水素化物を流通させる機構である。第2流通機構8は、第2循環タンク32と、第2循環路34と、第2循環装置36と、を有する。第2循環タンク32には、カソード電極16に供給される被水素化物が収容される。被水素化物は、電解槽2での電気化学還元反応により水素化されて、有機ハイドライドとなる化合物、言い換えれば有機ハイドライドの脱水素化体である。被水素化物は、好ましくは20℃、1気圧で液体である。第2循環タンク32には、被水素化物だけでなくカソード電極16で生成された有機ハイドライドも回収される。以下では適宜、第2循環タンク32に収容される液体をカソード液という。
【0032】
本実施の形態で用いられる被水素化物および有機ハイドライドは、水素化反応/脱水素反応を可逆的に起こすことにより、水素を添加/脱離できる有機化合物であれば特に限定されず、アセトン-イソプロパノール系、ベンゾキノン-ヒドロキノン系、芳香族炭化水素系等広く用いることができる。これらの中で、エネルギー輸送時の運搬性の観点から、トルエン-メチルシクロヘキサン系に代表される芳香族炭化水素系が好ましい。
【0033】
被水素化物として用いられる芳香族炭化水素化合物は、少なくとも1つの芳香環を含む化合物であり、例えば、ベンゼン、アルキルベンゼン、ナフタレン、アルキルナフタレン、アントラセン、ジフェニルエタン等が挙げられる。アルキルベンゼンには、芳香環の1~4の水素原子が炭素数1~6の直鎖アルキル基または分岐アルキル基で置換された化合物が含まれ、例えば、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、ジエチルベンゼン等が挙げられる。アルキルナフタレンには、芳香環の1~4の水素原子が炭素数1~6の直鎖アルキル基または分岐アルキル基で置換された化合物が含まれ、例えばメチルナフタレン等が挙げられる。これらは単独で用いられても、組み合わせて用いられてもよい。
【0034】
被水素化物は、好ましくはトルエンおよびベンゼンの少なくとも一方である。なお、ピリジン、ピリミジン、ピラジン、キノリン、イソキノリン、N-アルキルピロール、N-アルキルインドール、N-アルキルジベンゾピロール等の含窒素複素環式芳香族化合物も、被水素化物として用いることができる。有機ハイドライドは、上述の被水素化物が水素化されたものであり、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサン、ピペリジン等が例示される。
【0035】
第2循環タンク32とカソード室18とは、第2循環路34によって接続される。第2循環路34は、第2循環タンク32からカソード室18にカソード液を供給するための往路部34aと、カソード室18から第2循環タンク32にカソード液を回収するための復路部34bと、を有する。第2循環装置36は、例えば往路部34aの途中に設けられる。第2循環装置36の駆動により、カソード液が第2循環路34内を流れ、第2循環タンク32とカソード室18との間を循環する。第2循環装置36としては、例えばギアポンプやシリンダーポンプ等の各種ポンプ、あるいは自然流下式装置等を用いることができる。
【0036】
第2循環タンク32は、気液分離部としても機能する。カソード電極16では副反応により水素が生成されるため、カソード室18から回収されるカソード液には、ガス状水素および溶存水素が含まれる。ガス状水素は、第2循環タンク32においてカソード液から分離され、系外に取り出される。水素が分離されたカソード液は、再び電解槽2に供給される。
【0037】
制御部10は、電解槽2への電力の供給を制御する制御装置である。アノード電極12およびカソード電極16の電位は、制御部10によって制御される。制御部10は、ハードウェア構成としてはコンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や回路で実現され、ソフトウェア構成としてはコンピュータプログラム等によって実現されるが、
図1では、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。この機能ブロックがハードウェアおよびソフトウェアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には当然に理解されるところである。
【0038】
制御部10には、電解槽2に設けられる検知部38から、アノード電極12とカソード電極16との間の電圧(言い換えれば電解槽2の電圧)、アノード電極12の電位またはカソード電極16の電位を示す信号が入力される。検知部38は、各電極の電位や電解槽2の電圧を公知の方法で検出することができる。検知部38は、例えば公知の電圧計で構成される。
【0039】
例えば、検知部38がアノード電極12の電位またはカソード電極16の電位を検知する場合、参照極が隔膜20に設けられる。参照極は、参照電極電位に保持される。例えば参照極は、可逆水素電極(RHE:Reversible Hydrogen Electrode)である。そして、検知部38の一方の端子が参照極に、他方の端子が検知対象となる電極に接続されて、参照極に対する電極の電位が検知される。また、検知部38が電解槽2の電圧を検知する場合、検知部38の一方の端子がアノード電極12に、他方の端子がカソード電極16に接続されて、両電極の電位差、つまり電圧が検知される。検知部38が電圧を検知する場合は、参照極を省略することができる。検知部38は、検知結果を制御部10に送信する。なお、
図1では、検知部38を模式的に示している。
【0040】
また、検知部38は、アノード電極12とカソード電極16との間を流れる電流を検出する電流検出部を含む。電流検出部は、例えば公知の電流計で構成される。電流検出部で検出された電流値は、制御部10に入力される。
【0041】
制御部10は、検知部38の検知結果に基づいて、有機ハイドライド生成システム1の運転中に電源4の出力や第1循環装置30および第2循環装置36の駆動等を制御する。また、制御部10は、有機ハイドライド生成システム1の運転停止時や運転停止中に、電源4、第1循環装置30、第2循環装置36、副電力供給部58等を制御する。
【0042】
図1には1つの電解槽2のみが図示されているが、有機ハイドライド生成システム1は、複数の電解槽2を有してもよい。この場合、各電解槽2は、アノード室14とカソード室18の並びが同じになるように向きが揃えられ、隣り合う電解槽2の間に通電板を挟んで積層される。これにより、各電解槽2は電気的に直列接続される。通電板は、金属等の導電性材料で構成される。なお、各電解槽2は、並列接続されてもよいし、直列接続と並列接続とが組み合わされてもよい。
【0043】
[運転停止中に起こる電位変化の発生原因]
有機ハイドライド生成システム1の運転が停止して電源4から電解槽2への電力の供給が停止すると、隔膜20を介してガスのクロスオーバーが生じる場合がある。具体的には、アノード電極12で生じた酸素ガスの一部が、隔膜20を通過してカソード電極16側に移動する。また、カソード電極16において副反応で生じた水素ガスの一部が、隔膜20を通過してアノード電極12側に移動する。
【0044】
ガスのクロスオーバーが起こると、アノード電極12では、残存している酸素ガスとカソード電極16側から移動してきた水素ガスとが反応して、水が生成される。同様に、カソード電極16では、残存している水素ガスとアノード電極12側から移動してきた酸素ガスとが反応して、水が生成される。なお、カソード電極16で生じた有機ハイドライドの酸化反応はほとんど起こらないため、有機ハイドライドは還元剤として機能しない。したがって、カソード電極16側では、副生成物である水素ガスのみが還元剤として機能する。
【0045】
また、複数の電解槽2がスタックされ、各電解槽2が第1循環路28で連結されている場合、有機ハイドライド生成システム1の運転が停止すると、アノード電極12における酸素の還元反応とカソード電極16における副生水素の酸化反応との電位差を起電力とし、アノード液の循環路等を経路として、電解時とは逆向きの電流、つまり逆電流が流れることがある。これにより、電解槽2では以下に示す逆反応が起こり得る。
電解停止後のアノードでの反応:O2+4H++4e-→2H2O
電解停止後のカソードでの反応:2H2→4H++4e-
なお、逆電流の発生においても、副反応で生じる水素ガスのみが還元剤として機能する。また、トルエン等の被水素化物はイオン伝導性がないため、アノード液の循環路のみがイオン伝導経路となる。
【0046】
ガスのクロスオーバーや逆電流が生じると、アノード室14中の酸素およびカソード室18中の水素は、等しい電荷量に相当する量が消費されていく。つまり、上述の反応により、酸素1分子に対して水素2分子が消費される。いずれかの電極室において残存する酸素または水素が消費し尽くされ、さらに電極自体が持つ電気容量も消費されてしまうと、両電極の電位は、その時点で酸素または水素が残存する電極の酸化還元電位に変化してしまう。つまり、有機ハイドライド生成システム1の運転が停止すると、アノード電極12およびカソード電極16の電位は、アノード側の酸化剤の総量とカソード側の還元剤の総量とのうち総量が多い電極の電位に変化する。
【0047】
上述の酸化還元電位は、電極に含まれる触媒の相変化または価数変化を伴う反応を起こす際の電位である。以下では適宜、アノード電極12に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う還元反応を起こす際の酸化還元電位を酸化還元電位EANとする。また、カソード電極16に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う酸化反応を起こす際の酸化還元電位を酸化還元電位ECAとする。
【0048】
アノード側の酸化剤およびカソード側の還元剤の各総量は、電気量(電荷量)に換算して以下のように計算することができる。
酸化剤の総量(電気量)=アノード電極の電極容量+反応電子数×ファラデー定数×電極室内酸素のモル数
還元剤の総量(電気量)=カソード電極の電極容量+反応電子数×ファラデー定数×電極室内水素のモル数
上記式において、酸素のモル数は、アノード液に溶存する酸素とガス状態の酸素との合計のモル数である。同様に、水素のモル数は、カソード液に溶存する水素とガス状態の水素との合計のモル数である。
【0049】
本実施の形態の電解槽2では、有機ハイドライド生成システム1の運転中や運転停止直後において、アノード電極12の電位は1.2V(vs.RHE)以上であり、カソード電極16の電位は約0.12V(vs.RHE)以下である。有機ハイドライド生成システム1の運転停止中にガスのクロスオーバーや逆電流が生じると、アノード電極12の電位が酸化還元電位EAN以下に低下するか、またはカソード電極16の電位が酸化還元電位ECA以上に上昇し得る。
【0050】
このような電位の変化が生じると、触媒の価数変化、溶出、凝集などが起こり、電位が変化した電極の劣化が進行する。電極の劣化が進行すると、電解槽2の電解過電圧が増大し、単位質量の有機ハイドライドを生成するために必要な電力量が増大してしまう。有機ハイドライドの生成に必要な電力量が上昇して有機ハイドライドの生成効率が所定値を下回ったとき、電解槽2は寿命に達する。電極の劣化による寿命とは、例えば、電解槽2の電解時の電圧(電流密度1A/cm2の場合)が20%上昇した場合を基準とする。
【0051】
[電位変化に起因する電極劣化への対策]
そこで、本実施の形態に係る有機ハイドライド生成システム1では、制御部10が以下に説明する制御を実行することで、運転停止中に起こる電極の劣化を抑制する。すなわち、制御部10は、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に電解槽2の電圧が規定電圧まで低下したこと、アノード電極12の電位が規定電位EAN1まで変化したこと、またはカソード電極16の電位が規定電位ECA1まで変化したことが検知されると、電解槽2に電力を供給するよう副電力供給部58および電源4を制御する。制御部10は、副電力供給部58由来の電力を電解槽2に供給することで、電解槽2において電解反応を起こさせる。
【0052】
例えば、アノード電極12の電位が触媒の劣化を引き起こし得る規定電位EAN1まで低下したこと、あるいは、当該低下により電圧が規定電圧まで低下したことが検知されると、制御部10は、副電力供給部58から電力を供給して電解槽2で短時間の電解を行う。以下では適宜、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に副電力供給部58由来の電力を電解槽2に供給して行う短時間の電解を電位回復電解という。電位回復電解により、低下したアノード電極12の電位が上昇する。この結果、一時的にアノード電極12の電位を規定電位EAN1より高い値に維持することができる。時間の経過に伴ってアノード電極12の電位は再び低下するが、アノード電極12の電位変化あるいは電解槽2の電圧変化の監視と、電位回復電解とを繰り返すことで、有機ハイドライド生成システム1が運転を停止している間、アノード電極12の電位を規定電位EAN1よりも高い値に維持することができる。
【0053】
また、カソード電極16の電位が触媒の劣化を引き起こし得る規定電位ECA1まで上昇したこと、あるいは、当該上昇により電圧が規定電圧まで低下したことが検知されると、制御部10は、副電力供給部58から電力を供給して電解槽2で電位回復電解を行う。これにより、上昇したカソード電極16の電位が低下する。この結果、一時的にカソード電極16の電位を規定電位ECA1より低い値に維持することができる。時間の経過に伴ってカソード電極16の電位は再び上昇するが、カソード電極16の電位変化あるいは電解槽2の電圧変化の監視と、電位回復電解とを繰り返すことで、有機ハイドライド生成システム1が運転を停止している間、カソード電極16の電位を規定電位ECA1よりも低い値に維持することができる。
【0054】
このように、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に電解槽2の電圧、アノード電極12の電位、またはカソード電極16の電位をモニタリングし、電圧あるいは電位の変化に応じて副電力供給部58の電力を用いた電位回復電解を行うことで、両電極の電位変化、ひいては両電極の劣化を抑制することができる。
【0055】
有機ハイドライド生成システム1の運転停止中にアノード電極12とカソード電極16のどちらの電位が変動するかは、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中における、アノード電極12自身が有する電荷量とアノード室14に存在する酸素が有する正の電荷量との和と、運転停止中における、カソード電極16自身が有する電荷量とカソード室18に存在する水素が有する負の電荷量との和との大小に影響される。例えば、どちらの電極の電位が変動するかは、有機ハイドライド生成システム1の運転停止時点での当該大小に影響される。
【0056】
つまり、アノード電極12が有する電荷量をQAN electrode、カソード電極16が有する電荷量をQCA electrode、アノード室14に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQAN O2、カソード室18に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQCA H2とするとき、電解槽2は、運転停止中にQAN electrode+QAN O2よりもQCA electrode+QCA H2の方が大きい第1状態またはQAN electrode+QAN O2の方がQCA electrode+QCA H2よりも大きい第2状態をとる。
【0057】
有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に電解槽2が第1状態をとる場合は、運転停止中にアノード電極12の電位が低下し、カソード電極16の電位は維持される。一方、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に電解槽2が第2状態をとる場合は、運転停止中にカソード電極16の電位が上昇し、アノード電極12の電位は維持される。
【0058】
検知部38の検知対象を電位とする場合、検知部38は、電解槽2が運転停止中に第1状態をとる場合はアノード電極12の電位を検知し、電解槽2が運転停止中に第2状態をとる場合はカソード電極16の電位を検知するように設定される。また、検知部38の検知対象がアノード電極12である場合、規定電位EAN1は、アノード電極12に含まれる触媒の酸化還元電位EANに基づいて定められる。また、検知部38の検知対象がカソード電極16である場合、規定電位ECA1は、カソード電極16に含まれる触媒の酸化還元電位ECAに基づいて定められる。つまり、規定電位は、電極に含まれる金属種の相図から得られる、価数変化や相変化を起こす電位に基づいて算出される。
【0059】
アノード電極12の電位が検知される場合、規定電位EAN1は、アノード電極12に含まれる触媒の酸化還元電位EANと同じ値であってもよいし、酸化還元電位EANに所定のマージンを加えた値であってもよい。所定のマージンを加える場合、規定電位EAN1は、酸化還元電位EANよりもマージン分だけ高い値であってもよいし、酸化還元電位EANよりもマージン分だけ低い値であってもよい。
【0060】
例えば、アノード電極12の触媒として酸化イリジウム(IrO2)が用いられる場合、酸化還元電位EANは約0.8Vである。また、酸化還元電位EANは、酸化体および還元体の活量比が1:1となるときの電位である。したがって、電極の電位が触媒の酸化還元電位EANに到達した時点で、電極触媒の一部は既に劣化してしまっている可能性がある。これに対し、規定電位EAN1を触媒の酸化還元電位EANよりもマージン分だけ高い値とすることで、アノード電極12の劣化をより抑制することができる。例えば、酸化イリジウムの場合、電位0.9Vでは酸化体および還元体の活量比が10:1~100:1となる。このため、規定電位EAN1を0.9Vに設定することで、電極触媒の劣化をより抑制することができる。
【0061】
一方、規定電位EAN1を触媒の酸化還元電位EANよりもマージン分だけ低い値とした場合には、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に実施される電位回復電解の回数を抑えることができ、消費電力の増加を抑制することができる。
【0062】
カソード電極16の電位が検知される場合、規定電位ECA1は、カソード電極16に含まれる触媒の酸化還元電位ECAと同じ値であってもよいし、酸化還元電位ECAに所定のマージンを加えた値であってもよい。所定のマージンを加える場合、規定電位ECA1は、酸化還元電位ECAよりもマージン分だけ低い値であってもよいし、酸化還元電位ECAよりもマージン分だけ高い値であってもよい。規定電位ECA1が触媒の酸化還元電位ECAよりもマージン分だけ低い値である場合、カソード電極16の劣化をより抑制することができる。規定電位ECA1が触媒の酸化還元電位ECAよりもマージン分だけ高い値である場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に実施される電位回復電解の回数を抑えることができ、消費電力の増加を抑制することができる。
【0063】
検知部38の検知対象を電圧とする場合、規定電圧は、電解槽2が運転停止中に第1状態となっている場合は、アノード電極12に含まれる触媒の酸化還元電位EANに基づいて定められ、電解槽2が運転停止中に第2状態となっている場合は、カソード電極16に含まれる触媒の酸化還元電位ECAに基づいて定められる。また、規定電圧は、電解槽2が運転停止中に第1状態となっている場合は、アノード電極12に含まれる触媒の酸化還元電位EANとプロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成する反応の酸化還元電位との差に基づいて定められ、電解槽2が運転停止中に第2状態となっている場合は、水を酸化してプロトンを生成する反応の酸化還元電位とカソード電極16に含まれる触媒の酸化還元電位ECAとの差に基づいて定められてもよい。あるいは規定電圧は、水を酸化してプロトンを生成する反応の酸化還元電位と酸化還元電位ECAとの差と、酸化還元電位EANとプロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成する反応の酸化還元電位との差とのうち、大きい方の差に基づいて定められる。例えば、当該差の値そのものが規定電圧に定められる。
【0064】
電解槽2は、有機ハイドライド生成システム1が運転停止中に第1状態および第2状態のいずれの状態をとるか、言い換えれば、運転停止中にアノード電極12およびカソード電極16のいずれの電位を変化させるか定められる。運転停止中に電解槽2がとる状態は、一方の電極の電極室に存在する酸素または水素が持つ電荷量と、この電極自体が持つ電荷量との和が、他方の電極の電極室に存在する水素または酸素が持つ電荷量と、この電極自体が持つ電荷量との和よりも多い状態を有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に作り出すことで制御可能である。したがって、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に電解槽2がとる状態を定める方法、つまり電解槽2の状態の制御方法としては、以下に示す方法が例示される。
【0065】
[第1の制御方法]
有機ハイドライド生成システム1は、第2流通機構8によって運転中にカソード室18にカソード液を流通させている。カソード室18にカソード液を流通させると、これにともなってカソード室18内の副生水素も第2循環タンク32側に排出される。したがって、第2流通機構8は、カソード室18内の水素を排出する排出機構として機能する。
【0066】
そこで、第1の制御方法では、電解槽2が第1状態をとるように制御する場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、カソード液の流通を抑制して所定時間が経過した後に電力の供給を停止する。つまり、制御部10は、第2流通機構8の駆動を抑制して所定時間が経過した後に、電源4からの電力の供給を停止する。電力の供給停止に先立ってカソード室18へのカソード液の流通を抑制することで、カソード室18に存在する水素ガスの排出を抑制することができる。また、カソード室18に存在する被水素化物の量を減らすことができ、副反応である水素発生の進行を促すことができる。これらの結果、カソード室18内の水素の量を増やすことができる。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態(QAN_electrode+QAN_O2<QCA_electrode+QCA_H2)を作り出して、電解槽2を第1状態にすることができる。
【0067】
前記「流通を抑制」は、被水素化物の流量(言い換えれば水素の排出量)を定格電解時の流量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、カソード室18が水素ガスで満たされるまでに要する時間である。
【0068】
また、第1の制御方法では、電解槽2が第2状態をとるように制御する場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、電力の供給を停止して所定時間が経過した後にカソード液の流通を抑制する。つまり、制御部10は、電源4からの電力の供給を停止して所定時間が経過した後に、第2流通機構8の駆動を抑制する。電力の供給を停止した後もカソード室18へのカソード液の流通を継続することで、カソード室18に存在する水素ガスの排出を促すことができる。よって、カソード室18に存在する水素の量を減らすことができる。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態(QAN_electrode+QAN_O2>QCA_electrode+QCA_H2)を作り出して、電解槽2を第2状態にすることができる。前記「流通を抑制」および前記「所定時間」は、上記と同様に定義される。例えば、所定時間は、カソード室18内がカソード液で満たされるまでに要する時間である。
【0069】
有機ハイドライド生成システム1は、カソード室18内の水素を排出する排出機構として、第2流通機構8以外の機構を備えてもよい。例えば、有機ハイドライド生成システム1は、当該排出機構として、カソード室18に窒素等の不活性ガス、あるいは酸化性ガスを流通させるガス流通機構40を備えてもよい。この場合、ガス流通機構40によってカソード室18に不活性ガス等を流通させることでカソード室18内の水素を排出して、カソード室18内の残存水素量を減らすことができる。酸化性ガスとは、カソード触媒に対して酸化作用を有する物質であり、例えば空気や酸素である。
【0070】
例えば、ガス流通機構40は、不活性ガスあるいは酸化性ガスのタンク42と、カソード室18とタンク42とをつなぐガス流路44と、ガス流路44の途中に設けられる開閉弁46と、を有し、制御部10によって開閉弁46が制御される。制御部10は、開閉弁46を制御することで、タンク42からカソード室18への不活性ガス等の流通と停止とを切り替えることができる。カソード液、不活性ガスあるいは酸化性ガスの流通による水素排出は、運転停止中に繰り返し行われてもよい。これにより、運転停止中に電解槽2を第2状態に維持することができる。
【0071】
[第2の制御方法]
有機ハイドライド生成システム1は、第1流通機構6によって運転中にアノード室14にアノード液を流通させている。アノード室14にアノード液を流通させると、これにともなってアノード室14中の酸素が第1循環タンク26側に排出される。したがって、第1流通機構6は、アノード室14内の酸素を排出する排出機構として機能する。
【0072】
そこで、第2の制御方法では、電解槽2が第1状態をとるように制御する場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、電力の供給を停止して所定時間が経過した後にアノード液の流通を抑制する。つまり、制御部10は、電源4からの電力の供給を停止して所定時間が経過した後に、第1流通機構6の駆動を抑制する。電力の供給を停止した後もアノード室14へのアノード液の流通を継続することで、アノード室14に存在する酸素の量を減らすことができる。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも十分多い状態(QAN_electrode+QAN_O2<QCA_electrode+QCA_H2)を作り出して、電解槽2を第1状態にすることができる。
【0073】
前記「流通を抑制」は、アノード液の流量(言い換えれば酸素の排出量)を定格電解時の流量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、アノード室14の酸素ガスが全て第1循環タンク26側に追い出され、アノード室14がアノード液で満たされるまでに要する時間である。
【0074】
また、第2の制御方法では、電解槽2が第2状態をとるように制御する場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、アノード室14へのアノード液の流通を抑制して所定時間が経過した後に電力の供給を停止することを含む。つまり、制御部10は、第1流通機構6の駆動を抑制して所定時間が経過した後に、電源4からの電力の供給を停止する。電力の供給停止に先だってアノード室14へのアノード液の流通を抑制することで、アノード室14からの酸素ガスの排出を抑制した状態で、酸素ガスの発生を継続させることができる。よって、アノード室14に存在する酸素の量を増やすことができる。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態(QAN_electrode+QAN_O2>QCA_electrode+QCA_H2)を作り出して、電解槽2を第2状態にすることができる。前記「流通を抑制」および前記「所定時間」は、上記と同様に定義される。例えば、所定時間は、アノード室14内が酸素ガスで満たされるまでに要する時間である。
【0075】
有機ハイドライド生成システム1は、アノード室14内の酸素を排出する排出機構として、第1流通機構6以外の機構を備えてもよい。例えば、有機ハイドライド生成システム1は、当該排出機構として、アノード室14に窒素等の不活性ガス、あるいは還元性ガスを流通させるガス流通機構48を備えてもよい。この場合、ガス流通機構48によってアノード室14に不活性ガス等を流通させることで、アノード室14内の酸素を排出してアノード室14内の残存酸素量を減らすことができる。還元性ガスとは、アノード触媒に対して還元作用を有する物質であり、例えば水素である。
【0076】
例えば、ガス流通機構48は、不活性ガスあるいは還元性ガスのタンク50と、アノード室14とタンク50とをつなぐガス流路52と、ガス流路52の途中に設けられる開閉弁54と、を有し、制御部10によって開閉弁54が制御される。制御部10は、開閉弁54を制御することで、タンク50からアノード室14への不活性ガス等の流通と停止とを切り替えることができる。アノード液、不活性ガスあるいは還元性ガスの流通による酸素排出は、運転停止中に繰り返し行われてもよい。これにより、運転停止中に電解槽2を第1状態に維持することができる。
【0077】
[第3の制御方法]
第3の制御方法では、電解槽2が第1状態をとるように制御する場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止時や運転停止中にカソード室18に水素を供給する。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を作り出して、電解槽2を第1状態に維持することができる。カソード室18への水素供給は、運転停止中に繰り返し行われてもよい。
【0078】
また、第3の制御方法では、電解槽2が第2状態をとるように制御する場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止時や運転停止中にアノード室14に酸素を供給する。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を作り出して、電解槽2を第2状態にすることができる。アノード室14への酸素供給は、運転停止中に繰り返し行われてもよい。また、カソード室18への水素供給とアノード室14への酸素供給とは、切り替え可能であってもよい。
【0079】
カソード室18に水素を供給する機構としては、上述したガス流通機構40が例示される。この場合、タンク42には、不活性ガスや酸化性ガスに代えて水素ガスが収容される。制御部10は、開閉弁46を制御することで、タンク42からカソード室18への水素ガスの流通と停止とを切り替えることができる。また、アノード室14に酸素を供給する機構としては、上述したガス流通機構48が例示される。この場合、タンク50には、不活性ガスや還元性ガスに代えて酸素ガスが収容される。制御部10は、開閉弁54を制御することで、タンク50からアノード室14への酸素ガスの流通と停止とを切り替えることができる。
【0080】
また、カソード室18に水素を供給する機構は、カソード室18に流通させるカソード液に水素を溶存させて、このカソード液を第2流通機構8によってカソード室18に流通させるものであってもよい。同様に、アノード室14に酸素を供給する機構は、アノード室14に流通させるアノード液に酸素を溶存させて、このアノード液を第1流通機構6によってアノード室14に流通させるものであってもよい。なお、カソード室18への水素の供給と、アノード室14への酸素の供給とは、有機ハイドライド生成システム1の運転停止時点から運転再開まで継続してもよいし、所定時間の経過後に停止してもよい。
【0081】
[第4の制御方法]
第4の制御方法では、電解槽2が第1状態をとるように制御する場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止時や運転停止中に、カソード室18内を加圧する。これにより、カソード室18内に存在する気体水素の物質量を増加させることができ、よって、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を作り出して、電解槽2を第1状態にすることができる。この方法は、例えば有機ハイドライド生成システム1がカソード室18内を加圧する公知の加圧機構を備え、制御部10が加圧機構を制御することで実現することができる。カソード室18内の加圧は、運転停止中に繰り返し行われてもよい。
【0082】
また、電解槽2が第2状態をとるように制御する場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止時や運転停止中に、アノード室14内を加圧する。これにより、アノード室14内に存在する気体酸素の物質量を増加させることができ、よって、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を作り出して、電解槽2を第2状態にすることができる。この方法は、例えば有機ハイドライド生成システム1がアノード室14内を加圧する公知の加圧機構を備え、制御部10が加圧機構を制御することで実現することができる。アノード室14内の加圧は、運転停止中に繰り返し行われてもよい。また、カソード室18内の加圧とアノード室14内の加圧とは、切り替え可能であってもよい。
【0083】
[第5の制御方法]
第5の制御方法では、電解槽2が第1状態をとるように制御する場合、カソード室18の容積をアノード室14の容積よりも大きくする。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を作り出して、電解槽2を第1状態にすることができる。また、電解槽2が第2状態をとるように制御する場合、アノード室14の容積をカソード室18の容積よりも大きくする。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも十分多い状態を作り出して、電解槽2を第2状態にすることができる。
【0084】
[第6の制御方法]
第6の制御方法では、電解槽2が第1状態をとるように制御する場合、カソード電極16にカーボンなどの電極容量を増大させる材料を含有させて、カソード電極16の電極容量をアノード電極12の電極容量よりも増大させる。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を作り出して、電解槽2を第1状態にすることができる。また、電解槽2が第2状態をとるように制御する場合、アノード電極12にカーボンなどの電極容量を増大させる材料を含有させて、アノード電極12の電極容量をカソード電極16の電極容量よりも増大させる。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を作り出して、電解槽2を第2状態にすることができる。
【0085】
上述した第1~4の制御方法によれば、制御部10による第1流通機構6、第2流通機構8、ガス流通機構40、ガス流通機構48等の制御によって、電解槽2の状態を制御することができる。また、上述した第5,6の制御方法によれば、有機ハイドライド生成システム1の設計段階で電解槽2の状態を制御することができる。第1~6の制御方法は、それぞれを適宜組み合わせることができる。
【0086】
第5,6の制御方法は、有機ハイドライド生成システム1の運転停止初期において、電解槽2の状態を定める際に有効な方法である。一方、第1~4の制御方法は、運転停止初期だけでなく運転停止中に継続的に電解槽2の状態を定める際に有効な方法である。また、第1~4の制御方法であれば、各運転停止時に電解槽2を第1状態とするか第2状態とするかを切り替えることもできる。このような切り替えが有効な場合としては、例えば以下のような事例が考えられる。すなわち、例えばカソード触媒の方が、劣化した場合にその程度が顕著であることが事前に把握されている場合、基本制御として運転停止時に電解槽2が第1状態となるように制御される。しかしながら、有機ハイドライド生成システム1の運転中にアノード触媒の劣化が確認された場合、それ以降の運転停止時には電解槽2が第2状態となるように制御される。触媒の劣化は、循環タンク中の液の色、溶出した触媒の沈殿、液の異臭等から判断することができる。
【0087】
有機ハイドライド生成システム1の運転中は、電圧や電位は電解電圧あるいは電解電位に維持される。したがって、有機ハイドライド生成システム1が運転停止することは、検知部38の結果から示される電圧の低下や電位の変化に基づいて把握することができる。したがって、例えば第5,6の制御方法が採用される場合は、制御部10は、検知部38の検知結果に基づいて電位回復制御の開始タイミングを計るだけでよく、有機ハイドライド生成システム1の運転状態の判断処理を実行する必要がない。
【0088】
一方、第1~4の制御方法が採用される場合は、例えば制御部10は、主電力供給部56から電力供給の停止信号を受信することで、有機ハイドライド生成システム1の運転が停止することを検知する。そして、制御部10は、電力供給の停止信号を受信すると、必要に応じて第1流通機構6、第2流通機構8、ガス流通機構40、ガス流通機構48、加圧機構等の駆動を制御する。主電力供給部56から電力供給の停止信号を受信した後の電源4からの電力の供給は、停止信号を受信する前に供給された電力で賄うか、足りなければ副電力供給部58からの電力供給で賄うことができる。なお、制御部10、第1流通機構6、第2流通機構8、ガス流通機構40、ガス流通機構48、加圧機構等は、図示しない別電源で駆動する。
【0089】
なお、検知部38によって、アノード電極12の電位とカソード電極16の電位との両方を検知してもよい。このような構成によれば、上述した第1~6の制御方法の実施を省略することができる。よって、有機ハイドライド生成システム1の簡略化を図ることができる。検知部38によって両電極の電位を検知する場合、規定電位EAN1は酸化還元電位EANに基づいて定められ、規定電位ECA1は酸化還元電位ECAに基づいて定められる。
【0090】
トルエン等の被水素化物は、水素よりも電位的には還元されやすい(つまり平衡電位がより貴な方向にある)。このため、電位回復電解では、カソード電極16の電位が好ましくは0V(vs.RHE)以下、より好ましくは-0.025V(vs.RHE)以下、さらに好ましくは-0.027V(vs.RHE)以下となるように、電解槽2に過電圧をかけることが好ましい。これにより、より確実にカソード電極16で水素を発生させて、電位回復効果を得ることができる。
【0091】
また、副電力供給部58からの電力供給によって起こる電解槽2での電気分解、つまり運転停止中の電位回復電解でアノード側に供給される電荷量をQAN、運転停止中の電位回復電解でカソード側に供給される電荷量をQCA、最大量の酸素が収容されたアノード室14における酸素の電荷量をQAN O2 max、最大量の水素が収容されたカソード室18における水素の電荷量をQCA H2 max、QAN O2 max+QAN electrodeとQCA H2 max+QCA electrodeとのうち小さい方をMin Q totalとするとき、電解槽2が運転停止中に第1状態となっている場合、制御部10は、電荷量QANがQAN electrode<QAN≦Min Q totalとなるように運転停止中の電解を実行する。また、電解槽2が運転停止中に第2状態となっている場合、制御部10は、電荷量QCAがQCA electrode<QCA≦Min Q totalとなるように運転停止中の電解を実行する。
【0092】
運転停止中の電解によりアノード電極12の電位を回復させる場合、この電解によってアノード側に供給(提供)される電荷量QANの下限値は、アノード電極12の電荷量QAN electrodeであることが好ましい。この下限値を超えるように電荷を供給しないと、電解によって供給される電荷が全て電極容量に食われてしまい、アノード電極12で酸素を発生させることができない。このため、電解後の電位の維持時間を延ばすことが困難である。したがって、電荷量QANの下限値を上述のように定めることで、電解による電位回復効果をより確実に得ることができる。
【0093】
また、運転停止中の電解によりカソード電極16の電位を回復させる場合、この電解によってカソード側に供給される電荷量QCAの下限値は、カソード電極16の電荷量QCA electrodeであることが好ましい。この下限値を超えるように電荷を供給しないと、電解によって供給される電荷が全て電極容量に食われてしまい、カソード電極16で水素を発生させることができない。このため、電解後の電位の維持時間を延ばすことが困難である。したがって、電荷量Q
CA
の下限値を上述のように定めることで、電解による電位回復効果をより確実に得ることができる。
【0094】
運転停止中の電解によってアノード側に供給される電荷量QANの上限値およびカソード側に供給される電荷量QCAの上限値は、アノード室14が酸素で満たされたときの酸素の電荷量QAN O2 max(アノード室14に存在する酸素の電荷量がとり得る最大値)、およびアノード電極12の電荷量QAN electrodeの合計電荷量QAN totalと、カソード室18が水素で満たされたときの水素の電荷量QCA H2 max(カソード室18に存在する水素の電荷量がとり得る最大値)、およびカソード電極16の電荷量QCA electrodeの合計電荷量QCA totalとのうち、小さい方(Min Q total)であることが好ましい。これは、電位回復電解の効果を享受できるクーロン量の最大値は、アノード側とカソード側とで電気容量の小さい方が満タンになった状態におけるクーロン量だからである。電荷量QANおよび電荷量QCAの上限値を上述のように定めることで、電解による電位回復効果を最大限享受しながら、電力の浪費を抑制することができる。
【0095】
例えば、アノード側の合計電荷量QAN totalがカソード側の合計電荷量QCA totalよりも小さい場合に、この上限値を超える電荷がアノード側に供給されるように電解を行っても、電解により生成した酸素がアノード室14から追い出されてしまう。このため、アノード側の電荷量の増加に寄与せず、電解後の電位の維持時間は延びない。また、カソード側の合計電荷量QCA totalがアノード側の合計電荷量QAN totalよりも小さい場合に、この上限値を超える電荷がカソード側に供給されるように電解を行っても、電解により生成した水素がカソード室18から追い出されてしまう。このため、カソード側の電荷量の増加に寄与せず、電解後の電位の維持時間は延びない。
【0096】
電荷量Q(単位:クーロン)は、電解時に電解槽2を流れる電流の値と、電解時間との積で求められる。したがって、制御部10は、電解における電流値と経過時間とに基づいて、電荷量QANがQAN electrode<QAN≦Min Q totalとなること、および電荷量QCAがQCA electrode<QCA≦Min Q totalとなることを検知することができる。
【0097】
以下に、有機ハイドライド生成システム1が実行する制御の一例について説明する。
図2は、有機ハイドライド生成システム1が実行する制御のフローチャートである。この制御フローは、制御部10によって所定のタイミングで繰り返し実行される。なお、
図2には、検知部38が電解槽2の電圧を検知する場合を例示している。
【0098】
まず、制御部10は、検知部38の検知結果に基づいて、電解槽2の電圧が規定電圧まで低下したか判断する(S101)。電圧が規定電圧まで低下していない場合(S101のN)、制御部10は、本ルーチンを終了する。電圧が規定電圧まで低下している場合(S101のY)、制御部10は、電源4に電力を供給するよう副電力供給部58を制御する(S102)。続いて、制御部10は、電解槽2に電力を供給するよう電源4を制御して、電解槽2で電解を開始する(S103)。
【0099】
制御部10は、電解時の電流値と経過時間とに基づいて、電解によって電解槽2に供給された電荷量が既定値に到達したか判断する(S104)。電荷量の既定値は、上述の通り、電極の電荷量より大きく、電極室中のガスの最大電荷量と電極の電荷量との和(アノード側とカソード側とのうち小さい方)以下の範囲に含まれる値である。電荷量が既定値に到達していない場合(S104のN)、制御部10は、ステップS104の判断を繰り返す。電荷量が既定値に到達した場合(S104のY)、制御部10は、副電力供給部58からの電力供給を停止して電解槽2での電解を停止し(S105)、本ルーチンを終了する。
【0100】
なお、上述の有機ハイドライド生成システム1では主電力供給部56および副電力供給部58から共通の電源4に電力が供給されているが、特にこの構成に限定されない。例えば、主電力供給部56と副電力供給部58とに対し、個別に電源が設けられてもよい。また、主電力供給部56と副電力供給部58とがそれぞれ電源機能を有していてもよい。この場合は、独立した電源を省略することができる。また、副電力供給部58と電源との組み合わせは、例えば蓄電池とリレーとを組み合わせた電荷供給機構で構成することもできる。つまり、副電力供給部58を蓄電池で構成する場合は、副電力供給部58のONとOFFを制御できさえすればよいため、電源を省略することができる。この場合は、制御部10によってリレーのON/OFFが制御される。
【0101】
以上説明したように、本実施の形態に係る有機ハイドライド生成システム1は、電解槽2と、電解槽2に電力を供給する主電力供給部56と、主電力供給部56とは独立に電解槽2に電力を供給する副電力供給部58と、電解槽2のアノード電極12とカソード電極16との間の電圧、アノード電極12の電位またはカソード電極16の電位を検知する検知部38と、検知部38の検知結果に基づいて電解槽2への電力の供給を制御する制御部10と、を備える。制御部10は、主電力供給部56由来の電力が電解槽2に供給されない有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に、電圧が規定電圧まで低下したこと、アノード電極12の電位が規定電位EAN1まで変化したこと、またはカソード電極16の電位が規定電位ECA1まで変化したことが検知部38によって検知されると、電解槽2に電力を供給するよう副電力供給部58を制御する。
【0102】
有機ハイドライド生成システム1の運転停止中、電解槽2にはガスのクロスオーバーや逆電流が発生し得る。ガスのクロスオーバーや逆電流が発生すると、アノード電極12またはカソード電極16の電位が電解時の電位から変動して、劣化を引き起こす。電極の劣化が進行すると、電解槽2の電解過電圧が増大し、単位質量の水素を発生させるために必要な電力量が増大してしまう。これに対し、本実施の形態に係る有機ハイドライド生成システム1では、運転停止中に電解槽2の電圧、あるいはいずれか一方の電極の電位をモニタリングし、電圧あるいは電位が電極劣化を引き起こし得る値まで変化したことを検知すると、副電力供給部58に由来する電力を用いて電位回復電解を行う。これにより、電極の劣化を抑制することができる。この結果、有機ハイドライド生成システム1の耐久性を向上させることができ、より長期間にわたって低電力で有機ハイドライドを製造することが可能となる。
【0103】
また、アノード電極12が有する電荷量をQAN electrode、カソード電極16が有する電荷量をQCA electrode、アノード室14に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQAN O2、カソード室18に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQCA H2とするとき、電解槽2は、運転停止中に、QAN electrode+QAN O2よりもQCA electrode+QCA H2の方が大きい第1状態またはQAN electrode+QAN O2の方がQCA electrode+QCA H2よりも大きい第2状態をとるように定められる。これにより、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中にどちらの電極の電位を変化させるかを制御することができる。
【0104】
また、規定電圧は、電解槽2が運転停止中に第1状態となっている場合は、アノード電極12に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う還元反応を起こす際の酸化還元電位EANに基づいて定められ、電解槽2が運転停止中に第2状態となっている場合は、カソード電極16に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う酸化反応を起こす際の酸化還元電位ECAに基づいて定められる。これにより、電極の劣化抑制と、電位回復電解による電力消費の抑制との両立を図ることができる。
【0105】
また、規定電圧は、電解槽2が運転停止中に第1状態となっている場合は、アノード電極12に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う還元反応を起こす際の酸化還元電位EANとプロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成する反応の酸化還元電位との差に基づいて定められ、電解槽2が運転停止中に第2状態となっている場合は、水を酸化してプロトンを生成する反応の酸化還元電位とカソード電極16に含まれる触媒が相変化または価数変化を伴う酸化反応を起こす際の酸化還元電位ECAとの差に基づいて定められてもよい。電解槽2の電圧検知だけで電解槽2の第1状態あるいは第2状態を特定できる場合には、上述のように規定電圧を定めることができる。
【0106】
あるいは規定電圧は、水を酸化してプロトンを生成する反応の酸化還元電位と酸化還元電位ECAとの差と、酸化還元電位EANとプロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成する反応の酸化還元電位との差とのうち、大きい方の差に基づいて定められる。2つの電位差のうち大きい方の電位差まで電解槽2の電圧が低下した場合に、電極に含まれる触媒が酸化還元電位EANあるいは酸化還元電位ECAに最短で到達する。このため、規定電圧を上述のように定めることで、電極の劣化をより確実に抑制することができる。また、電解槽2を第1状態あるいは第2状態に制御することなく、規定電圧を定めることができる。
【0107】
また、検知部38が電位を検知する場合、検知部38は、電解槽2が運転停止中に第1状態となっている場合はアノード電極12の電位を検知し、電解槽2が運転停止中に第2状態となっている場合はカソード電極16の電位を検知する。そして、検知部38の検知対象がアノード電極12である場合、規定電位EAN1は、アノード電極12に含まれる触媒の酸化還元電位EANに基づいて定められ、検知部38の検知対象がカソード電極16である場合、規定電位ECA1は、カソード電極16に含まれる触媒の酸化還元電位ECAに基づいて定められる。これにより、電極の劣化抑制と、電位回復電解による消費電力の抑制との両立を図ることができる。
【0108】
あるいは、検知部38はアノード電極12の電位およびカソード電極16の電位を検知し、規定電位EAN1は酸化還元電位EANに基づいて定められ、規定電位ECA1は酸化還元電位ECAに基づいて定められる。これにより、有機ハイドライド生成システム1の簡略化を図ることができる。
【0109】
また、運転停止中の電位回復電解でアノード側に供給される電荷量をQAN、運転停止中の電位回復電解でカソード側に供給される電荷量をQCA、最大量の酸素が収容されたアノード室14における酸素の電荷量をQAN O2 max、最大量の水素が収容されたカソード室18における水素の電荷量をQCA H2 max、QAN O2 max+QAN electrodeとQCA H2 max+QCA electrodeとのうち小さい方をMin Q totalとするとき、電解槽2が運転停止中に第1状態となっている場合、制御部10は、電荷量QANがQAN electrode<QAN≦Min Q totalとなるように運転停止中の電解を実行する。また、電解槽2が運転停止中に第2状態となっている場合、制御部10は、電荷量QCAがQCA electrode<QCA≦Min Q totalとなるように運転停止中の電解を実行する。これにより、運転停止中の電解による電極の劣化抑制効果をより確実に得ながら、消費電力を抑制することができる。なお、制御部10は、電位回復電解を開始してからの経過時間のみに基づいて、電解を停止するタイミングを決定してもよい。
【0110】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明した。前述した実施の形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したものにすぎない。実施の形態の内容は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、請求の範囲に規定された発明の思想を逸脱しない範囲において、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。設計変更が加えられた新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態および変形それぞれの効果をあわせもつ。前述の実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「本実施の形態の」、「本実施の形態では」等の表記を付して強調しているが、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。以上の構成要素の任意の組み合わせも、本発明の態様として有効である。
【0111】
実施の形態は、以下に記載する項目によって特定されてもよい。
[項目1]
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極(12)、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極(16)、アノード電極(12)を収容するアノード室(14)、カソード電極(16)を収容するカソード室(18)、ならびにアノード室(14)およびカソード室(18)を仕切る隔膜(20)を有する電解槽(2)と、
電解槽(2)に電力を供給する主電力供給部(56)と、
主電力供給部(56)とは独立に電解槽(2)に電力を供給する副電力供給部(58)と、
アノード電極(12)とカソード電極(16)との間の電圧、アノード電極(12)の電位、またはカソード電極(16)の電位を検知する検知部(38)と、
検知部(38)の検知結果に基づいて電解槽(2)への電力の供給を制御する制御部(10)と、を備え、
制御部(10)は、主電力供給部(56)からの電力が電解槽(2)に供給されない有機ハイドライド生成システム(1)の運転停止中に、電圧が規定電圧まで低下したこと、アノード電極(12)の電位が規定電位E
AN1
まで変化したこと、またはカソード電極(16)の電位が規定電位E
CA1
まで変化したことが検知されると、電解槽(2)に電力を供給するよう副電力供給部(58)を制御する有機ハイドライド生成システム(1)。
第1章
[項目2]
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極(12)、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極(16)、アノード電極(12)を収容するアノード室(14)、カソード電極(16)を収容するカソード室(18)、ならびにアノード室(14)およびカソード室(18)を仕切る隔膜(20)を有する電解槽(2)を備え、主電力供給部(56)、および主電力供給部(56)とは独立に電力を供給する副電力供給部(58)から電解槽(2)に電力が供給される有機ハイドライド生成システム(1)の制御装置(10)であって、
主電力供給部(56)由来の電力が電解槽(2)に供給されない有機ハイドライド生成システム(1)の運転停止中に、アノード電極(12)とカソード電極(16)との間の電圧が規定電圧まで低下したこと、アノード電極(12)の電位が規定電位EAN1まで変化したこと、またはカソード電極(16)の電位が規定電位ECA1まで変化したことを検知すると、電解槽(2)に電力を供給するよう副電力供給部(58)を制御する有機ハイドライド生成システム(1)の制御装置(10)。
【0112】
[項目3]
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極(12)、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極(16)、アノード電極(12)を収容するアノード室(14)、カソード電極(16)を収容するカソード室(18)、ならびにアノード室(14)およびカソード室(18)を仕切る隔膜(20)を有する電解槽(2)を備え、主電力供給部(56)、および主電力供給部(56)とは独立に電力を供給する副電力供給部(58)から電解槽(2)に電力が供給される有機ハイドライド生成システム(1)の制御方法であって、
アノード電極(12)とカソード電極(16)との間の電圧、アノード電極(12)の電位またはカソード電極(16)の電位を検知し、
主電力供給部(56)由来の電力が電解槽(2)に供給されない有機ハイドライド生成システム(1)の運転停止中に、電圧が規定電圧まで低下したこと、アノード電極の電位が規定電位EAN1まで変化したこと、またはカソード電極の電位が規定電位ECA1まで変化したことを検知すると、電解槽(2)に電力を供給するよう副電力供給部(58)を制御することを含む有機ハイドライド生成システム(1)の制御方法。
【実施例】
【0113】
以下、本発明の実施例を説明するが、これら実施例は、本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0114】
[電位回復電解の有効性の評価]
(実施例1)
まず、酸化イリジウム(IrO2)からなるアノード電極(幾何面積100cm2)、アノード室(容積40mL)、白金ルテニウム担持カーボン(Pt・Ru/C)からなるカソード電極(幾何面積100cm2)、カソード室(容積10mL)、カソード室中に挿入した参照極(標準水素電極)を備える電解槽を用意した。そして、この電解槽を用いて、0.2A/cm2の電流密度で電解試験を実施した。電解中、電解槽全体を60℃に保ち、アノード室に流速20ccmで1M硫酸水溶液を流通させ、カソード室に流速20ccmでトルエンを流通させた。このときのアノード電位は1.6V vs.RHE、カソード電位は0V vs.RHE、電解槽の電圧(セル電圧)は1.6Vであった。
【0115】
次に、電解槽のアノード電極に対して電位サイクル試験を実施した。具体的には、電気化学評価装置(ポテンショスタット装置:北斗電工社製、HZ-7000)を用いて、電位範囲を参照極基準で0~1.6V vs.RHEとし、掃引速度を1V/秒として、5000サイクル、10000サイクルおよび15000サイクルの電位サイクル試験を実施した。試験中、電解槽全体を40℃に保ち、アノード室に流速20ccmで1M硫酸水溶液を流通させ、カソード室に流速20ccmでトルエンを流通させた。電位サイクル試験を実施した後に、0.2A/cm
2の電流密度で電解試験を再び実施し、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて過電圧の上昇量を計測した。結果を
図3に示す。
図3は、電位サイクル試験による各電極の電位変化を示す図である。
図3に示すように、アノード電極(陽極)に対する電位サイクル試験の結果、電解槽の電圧は5000サイクルで3mV上昇し、10000サイクルで2mV上昇し、15000サイクルで4mV上昇した。
【0116】
また、電解槽のカソード電極に対して、上述したアノード電極に対する試験と同じ電位サイクル試験を実施した。電位サイクル試験を実施した後に、0.2A/cm
2の電流密度で電解試験を再び実施し、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて過電圧の上昇量を計測した。結果を
図3に示す。
図3に示すように、カソード電極(陰極)に対する電位サイクル試験の結果、電解槽の電圧は5000サイクルで31mV上昇し、10000サイクルで47mV上昇し、15000サイクルで54mV上昇した。
【0117】
また、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ-7000))を用いて、電解槽に用いた各電極の電極容量を測定した。具体的には、作用極をアノード電極またはカソード電極とし、参照極をAg/AgCl電極とし、対極を白金線とした三電極式の電解槽を用意した。また、電解質として窒素脱気した1M硫酸水溶液(常温)を用意した。そして、アノード電極については、電流密度0.2A/cm
2で定格電解を5分間実施し、酸素を発生させた。その後、電流密度-0.5mA/cm
2でアノード電極を還元し、電気量と電位との関係を測定した。カソード電極については、電流密度-0.2A/cm
2で定格電解を5分間実施し、水素を発生させた。その後、電流密度0.5mA/cm
2でカソード電極を酸化し、電気量と電位との関係を測定した。結果を
図4に示す。
【0118】
図4は、各電極の電気量と電位との関係を示す図である。
図4は、逆電流やクロスリークによってアノード電極(陽極)が還元された際の各還元電気量における電極電位と、カソード電極(陰極)が酸化された際の各酸化電気量における電極電位とを示している。
図4に示すように、アノード電極の電位がカソード電極の電解停止直後の電位(溶存水素の電位:0V vs.RHE)になったときの電気量は、11C(単位面積当たり0.11C)であった。また、カソード電極の電位がアノード電極の電解停止直後の電位(溶存酸素の電位:1.2V vs.RHE)になったときの電気量は、100C(単位面積当たり1C)であった。
【0119】
上述の電位サイクル試験の結果から、アノード電極よりもカソード電極の方が電位が変化しやすく、また劣化率が大きいことが確認された。劣化率とは、電極に対して所定の電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値(単位:V/サイクル)である。したがって、この電解槽では、電解停止中にカソード電極の電位変動を抑えるように制御することが望ましい。
【0120】
そこで、この電解槽を用いて以下に示す手順で劣化加速試験を実施した。すなわち、カソード電極の電位範囲を参照極基準で0.05~0.7V vs.RHEとし、掃引速度を500mV/秒として、4000サイクルの電位サイクル試験を実施した。試験中、電解槽全体を60℃に保ち、アノード室に流速20ccmで1M硫酸水溶液を流通させ、カソード室に流速20ccmでトルエンを流通させた。電位サイクルにおける上限電位0.7Vは、カソード触媒に使用されているルテニウムの相変化領域の電位に相当する。この相変化領域は、相図から一般に導出される数値である。つまり、この劣化加速試験は、有機ハイドライド生成システムの運転停止中に電位回復電解を繰り返し実行する実験区に相当する。
【0121】
劣化加速試験を実施した後に、0.2A/cm2の電流密度で電解を実施した。そして、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて電解槽の電圧を計測した。この結果、電解槽の電圧は1.6001Vであった。したがって、劣化加速試験前後での電解槽の電圧の上昇量は0.1mVであった。
【0122】
(比較例1)
実施例1で使用したものと同じ電解槽を用い、以下に示す手順で劣化加速試験を実施した。すなわち、カソード電極の電位範囲を参照極基準で0.05~1.2V vs.RHEとし、掃引速度を500mV/秒として、4000サイクルの電位サイクル試験を実施した。試験中、電解槽全体を60℃に保ち、アノード室に流速20ccmで1M硫酸水溶液を流通させ、カソード室に流速20ccmでトルエンを流通させた。電位サイクルにおける上限電位1.2Vは、従来の電解におけるアノード電極の電解停止直後の電位に相当し、アノード電極の電位変動を無視できるほどに低減させた場合にカソード電極の電位が到達し得る上限値である。つまり、この劣化加速試験は、有機ハイドライド生成システムの運転停止中に電位回復電解を実行しない対照区に相当する。
【0123】
劣化加速試験を実施した後に、0.2A/cm2の電流密度で電解を実施した。そして、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて電解槽の電圧を計測した。この結果、電解槽の電圧は1.620Vであった。したがって、劣化加速試験前後での電解槽の電圧の上昇量は20mVであった。
【0124】
以上の結果から、有機ハイドライド生成システムの運転停止中にカソード電極の電位上昇をモニタリングし、カソード電極の電位が所定電位に到達した時点で電位回復電解を実施する制御を繰り返すことで、電解槽の電圧の増大を抑制できることが確認された。また、以上の結果から、有機ハイドライド生成システムの運転停止中にアノード電極の電位が変化する場合には、アノード電極の電位低下をモニタリングし、所定電位に到達した時点で電位回復電解を実施することでも、電解槽の電圧の増大を抑制できることを理解できる。
【0125】
[電位回復電解における供給電荷量の検証]
電位回復電解によって各極に供給される電荷量Qが大きいほど、一度の電位回復電解で電極の電位を劣化が抑制される電位に維持できる時間が長くなり、電位回復効果が大きいと想定される。そこで、以下の実施例2~4によって、供給電荷量Qを変化させた際の電位回復効果を検証した。
【0126】
(実施例2)
実施例1で使用したものと同じ電解槽を用い、以下に示す手順で定格電解と、電解停止後の電位回復電解とを実施した。まず、電流密度0.2A/cm2、電解槽温度60℃で定格電解を15分間実施した。定格電解中、アノード室に流速20ccmで1M硫酸水溶液を流通させ、カソード室に流速20ccmでトルエンを流通させた。このときのアノード電位は1.6V vs.RHE、カソード電位は0V vs.RHE、電解槽の電圧は1.6Vであった。
【0127】
また、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて、定格電解後のカソード電極の電位を計測した。そして、カソード電位が0.7V vs.RHEまで上昇した時点で、電位回復電解を実施した。電位回復電解では、電解電流を20Aとし、電解時間を1秒とした。したがって、電位回復電解で電解槽に供給される電荷量は20Cである。電位回復電解によってカソード電位は0Vまで低下した。その後、カソード電位は上昇し始め、電位回復電解の終了から2分48秒経過した時点で、再び0.7Vに到達した。
【0128】
(実施例3)
電位回復電解における電解時間を5秒、したがって供給電荷量を100Cにした点を除いて、実施例2と同様の操作で定格電解と電位回復電解とを実施した。実施例3では、電位回復電解の終了から5分58秒経過した時点で、再び0.7Vに到達した。したがって、実施例2と実施例3との対比から、供給電荷量Qの増加によって、カソード電極の劣化が進行しない状態をより長時間維持できることが確認された。
【0129】
(実施例4)
電位回復電解における電解電流を100A、電解時間を1秒、したがって供給電荷量を100Cにした点を除いて、実施例2と同様の操作で定格電解と電位回復電解とを実施した。実施例4では、電位回復電解の終了から8分25秒経過した時点で、再び0.7Vに到達した。したがって、実施例2と実施例4との対比から、供給電荷量Qの増加によって、カソード電極の劣化が進行しない状態をより長時間維持できることが確認された。
【0130】
また、実施例3と実施例4との対比から、供給電荷量が同じであっても電流密度(電極面積に対する電流値の割合)が大きい方が、より高い電位回復効果が得られることが確認された。これは以下の理由によると考えられる。すなわち、カソード電極で起こる反応には、電極容量の回復(充電)、水素発生およびトルエン還元が挙げられる。この中で、カソード電極の電位低下に寄与する反応は、電極容量の回復および水素発生である。また、電流密度が高いほど過電圧が大きくなり、トルエン還元に対する水素発生の割合が増加する。このため、実施例3よりも電流密度の高い実施例4では、より高い電位回復効果が得られたと考えられる。
【0131】
[クロスリーク抑制の検証]
カソード電極に対する電位回復電解によれば、カソード電極で水素ガスを発生させることでカソード電極の上昇を抑制できる。一方で、電位回復電解を行うとアノード電極では酸素ガスが発生する。この酸素ガスは、アノード側ではアノード電極の電位低下を抑制するが、クロスリークしてカソード側に移動するとカソード電極の電位を上げてしまう。これにより、カソード電極に対する電位回復効果は弱まってしまう。そこで、以下の実施例5によって、アノード電極で発生する酸素ガスのクロスリークを抑制することの効果を検証した。
【0132】
(実施例5)
電位回復電解の実施後にアノード室に硫酸水溶液を流通させて、アノード室内の酸素を排出した点を除いて、実施例4と同様の操作で定格電解と電位回復電解とを実施した。実施例5では、電位回復電解の終了から9分5秒経過した時点で、再び0.7Vに到達した。したがって、実施例4と実施例5との対比から、電位回復電解によってアノード側で発生した酸素をアノード室の外に排出することで、カソード電極の劣化が進行しない状態をより長時間維持できることが確認された。なお、アノード室内の酸素を排出する方法としては、上述の制御方法2で説明している、不活性ガスや還元性ガスの流通等であってもよい。
【0133】
カソード電極では副反応によって水素が生成されるが、アノード電極では主反応によって酸素が生成される。このため、水素よりも酸素の方が発生しやすい。よって、アノード側での酸素の発生量は過剰になりやすく、アノード側からの酸素ガスのクロスリークによる電位回復効果の低下は、カソード側からの水素ガスのクロスリークによる電位回復効果の低下に比べてより顕著である。
【符号の説明】
【0134】
1 有機ハイドライド生成システム、 2 電解槽、 10 制御部、 12 アノード電極、 14 アノード室、 16 カソード電極、 18 カソード室、 20 隔膜、 38 検知部、 56 主電力供給部、 58 副電力供給部。