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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-26
(45)【発行日】2024-02-05
(54)【発明の名称】心筋細胞増殖促進剤及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20240129BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240129BHJP
   C12N 9/99 20060101ALN20240129BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/10
C12N9/99
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019571167
(86)(22)【出願日】2019-02-08
(86)【国際出願番号】 JP2019004631
(87)【国際公開番号】W WO2019156216
(87)【国際公開日】2019-08-15
【審査請求日】2022-02-04
(31)【優先権主張番号】P 2018021729
(32)【優先日】2018-02-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 善紀
(72)【発明者】
【氏名】羽渓 健
(72)【発明者】
【氏名】笠本 学
(72)【発明者】
【氏名】舟越 俊介
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-077132(JP,A)
【文献】国際公開第2018/005546(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/045333(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/114544(WO,A1)
【文献】Circulation Research,2018年01月05日,Vol.122, No.1,pp.31-46
【文献】Dev. Cell,2011年03月15日,Vol.20, No.3,pp.397-404
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レチノイン酸以外のレチノイン酸受容体アゴニスト、ホスファチジルイノシトール3-キ
ナーゼ(PI3K)阻害剤及びイソクエン酸デヒドロゲナーゼ1(IDH1)阻害剤からなる群より選択される、細胞周期活性化作用を有する化合物を有効成分として含む、心筋細胞増殖促進剤。
【請求項2】
前記レチノイン酸受容体アゴニストが、CH55、AM80、AM580、およびCD437からなる群から選択され、
前記PI3K阻害剤が、Wortmannin、CAY10505、およびCZC24832からなる群から選択され、
前記IDH1阻害剤がAGI5198である、請求項1に記載の心筋細胞増殖促進剤。
【請求項3】
前記レチノイン酸受容体アゴニストがAM80である、請求項1に記載の心筋細胞増殖促進剤。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の心筋細胞増殖促進剤を含有する培地で心筋細胞を培養する工程を含む、心筋細胞の増殖方法。
【請求項5】
心筋細胞がヒト心筋細胞である、請求項に記載の心筋細胞の増殖方法。
【請求項6】
心筋細胞が多能性幹細胞から分化された心筋細胞である、請求項またはに記載の心筋細胞の増殖方法。
【請求項7】
多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項に記載の心筋細胞の増殖方法。
【請求項8】
請求項のいずれか一項に記載の方法によって心筋細胞を増殖させる工程を含む、移植生着能が向上した心筋細胞の製造方法。
【請求項9】
請求項1~3のいずれか一項に記載の心筋細胞増殖促進剤と、使用説明書を含む、心筋細胞増殖促進のための心筋細胞培養キット。
【請求項10】
請求項1~3のいずれか一項に記載の心筋細胞増殖促進剤を含む、心筋細胞増殖促進のた
めの心筋細胞用培地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心筋細胞増殖促進剤及びその利用に関する。本発明はまた、心筋細胞増殖促進剤のスクリーニング方法、および心筋細胞増殖促進剤を用いた心筋細胞の増殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、薬剤抵抗性の心不全の根治的治療法は心臓移植以外にはない。高齢化が急速に進行している我が国において、心不全患者は今後も増加すると推定されているが、心臓移植のドナーは極度に不足しており、心臓移植の代替となる治療法の開発が期待されている。
ヒトiPS細胞の樹立が報告(非特許文献1)されて以降、ヒトiPS細胞由来心筋細胞は心不全治療の細胞源として非常に有用なツールであるが、その臨床応用に向けて多くの問題点がある。その一つに、ヒトiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を移植する際に、移植した心筋細胞の定着率が低いことが挙げられる。
【0003】
我々は、免疫不全マウスにiPS細胞由来心筋細胞を心筋内注入法で移植し、分化誘導開始後第20日目のiPS細胞由来心筋細胞が最も定着率が高いことを報告した(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Takahashi, K. et al. Cell 131, 861-872 (2007).
【文献】Funakoshi, S. et al. Sci Rep 8, 19111 (2016).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の通り、ヒトiPS細胞から分化誘導した心筋細胞などを移植する際には、移植した心筋細胞の定着率の向上が大きな課題となっている。そこで、本発明は、心筋細胞を効率よく増殖させ、移植の際の定着率を高める方法及びそれに使用される試薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、移植後定着したiPS細胞由来心筋細胞が増殖し、増殖の程度は移植したiPS細胞由来心筋細胞の細胞周期と関連性があることを発見した。そして、細胞周期を活性化させる薬剤をスクリーニングした結果、レチノイン酸受容体アゴニスト、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)阻害剤またはイソクエン酸デヒドロゲナーゼ1(IDH1)阻害剤などの薬剤が心筋細胞を効率よく増殖させることを見出した。さらに、それらの薬剤を用いて増殖させた心筋細胞を移植することにより、移植後の定着率が顕著に向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]細胞周期活性化作用を有する化合物からなる心筋細胞増殖促進剤。
[2]細胞周期活性化作用を有する化合物が、レチノイン酸受容体アゴニスト、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)阻害剤またはイソクエン酸デヒドロゲナーゼ1(IDH1)阻害剤である、[1]に記載の心筋細胞増殖促進剤。
[3]レチノイン酸受容体アゴニストがAM80である、[2]に記載の心筋細胞増殖促進剤。
[4][1]~[3]のいずれかに記載の心筋細胞増殖促進剤を含有する培地で心筋細胞を培養する工程を含む、心筋細胞の増殖方法。
[5]心筋細胞がヒト心筋細胞である、[4]に記載の心筋細胞の増殖方法。
[6]心筋細胞が多能性幹細胞から分化された心筋細胞である、[4]または[5]に記載の心筋細胞の増殖方法。
[7]多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、[6]に記載の心筋細胞の増殖方法。
[8][4]~[7]のいずれかに記載の方法によって増殖され、移植生着能が向上した心筋細胞。
[9]心筋細胞と、[1]~[3]のいずれかに記載の心筋細胞増殖促進剤を含む、心筋細胞培養キット。
[10][1]~[3]のいずれかに記載の心筋細胞増殖促進剤を含む、心筋細胞用培地。
[11]インビトロで心筋細胞を被検物質と接触させる工程、当該心筋細胞の細胞周期の進行を測定する工程、および細胞周期の進行を促進する化合物を選択する工程を含む、心筋細胞増殖促進剤のスクリーニング方法。
[12]心筋細胞が細胞周期のG1/G0期からS/G2/M期への移行に関連する遺伝子を発現す
る心筋細胞であり、当該遺伝子の発現をモニターすることにより細胞周期の進行を測定する、[11]に記載の心筋細胞増殖促進剤のスクリーニング方法。
[13]前記遺伝子がFucci (Fluorescent Ubiqutination-based Cell Cycle Indicator
)遺伝子である、[12]に記載の心筋細胞増殖促進剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、細胞周期の活性化を指標にして心筋細胞の増殖を促進する薬剤を得ることができ、得られた薬剤を用いて心筋細胞を培養することにより、心筋細胞を効率よく増殖させることができる。そして、得られた心筋細胞は移植した際に、生着率が顕著に向上するという優れた効果を有し、再生医療等において貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】AM80投与による心筋細胞の細胞周期の活性化を示すフローサイトメトリー。
図2図1のフローサイトメトリーの結果を数値化したグラフ。コントロール(DMSO)を1とした。N=5で平均値±SDで示した。
図3】AM80投与による心筋細胞の細胞周期の活性化を示すEduアッセイの結果。
図4】AM80投与によって培養された心筋細胞を移植したときの生着効率の改善を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<心筋細胞増殖促進剤>
本発明の心筋細胞増殖促進剤は、細胞周期活性化作用を有する化合物を有効成分とする。
【0011】
細胞周期活性化作用とは、細胞周期の進行を促進する作用を意味し、より具体的には、G1/G0期からS/G2/M期への移行を促進する作用を意味する。
「G1/G0期からS/G2/M期への移行を促進する」とは、細胞周期から逸脱(脱出)することによりG0期にあり休止状態となっている細胞に対して働きかけ、S期、G2期またはM期へと移行させることにより再び細胞周期へと進入させること、又はG1期にある細胞に対して働きかけ、その細胞周期をG1期からS期、G2期またはM期へと移行させることをいう。
【0012】
「G0期又はG1期からS期、G2期またはM期へと移行させる活性」の有無は、例えば、G1/G0期からS/G2/M期への移行に関連する遺伝子の発現変化を指標にして評価することができる。具体的には、G1/G0期からS/G2/M期への移行に関連する遺伝子としてはFucciが挙げられ、FucciのS/G2/M期への移行に伴う蛍光の変化を指標にすることができる。なお、Fucciについては、Cell. 2008 Feb 8;132(3):487-98.や再表2008/114544などに開示されており、市販の発現試薬を使用することもできる(株式会社医学生物学研究所)。
【0013】
<細胞周期活性化を指標とした心筋細胞増殖促進剤のスクリーニング>
本発明の心筋細胞増殖促進剤のスクリーニング方法は、インビトロで心筋細胞を被検物質と接触させる工程、当該心筋細胞の細胞周期の進行を測定する工程、および細胞周期の進行を促進する化合物を選択する工程を含む。
【0014】
より好ましい態様としては、上記のFucciなどの細胞周期のG1/G0期からS/G2/M期への移行に関連する遺伝子を発現する心筋細胞を用い、薬剤を接触させた心筋細胞において当該遺伝子の発現をモニターすることにより細胞周期の進行を測定し、細胞周期の進行を促進する化合物を選択する。
【0015】
Fucciレポーターは細胞周期がG1/G0期にオレンジ色の蛍光を発し、S/G2/M期に緑色の蛍光を発する。未分化状態のヒトiPS細胞は細胞周期が活性化しているため大部分の細胞が緑色の蛍光を発するが、心筋細胞に分化すると通常、細胞周期が停止し大部分の細胞が赤色になる。ここで、心筋細胞が細胞周期を活性化する薬剤と接触されたときは、その薬剤の作用により、S/G2/M期にみられる緑色の蛍光が観察され、この緑色を指標に、細胞周期を活性化する薬剤をスクリーニングすることができる。例えば、全細胞における緑色の細胞の割合が50%以上、好ましくは80%以上というような指標で薬剤をスクリーニングすることができる。また、蛍光強度を被検物質非添加時と比較したり、陽性コントロール添加時と比較し、被検物質非添加時よりも緑色の細胞の割合が増加する薬剤、または陽性コントロール添加時と緑色の細胞の割合が同等以上というような指標で薬剤をスクリーニングすることができる。なお、蛍光強度の測定はフローサイトメーターなどを用いて行うことができる。
Fucci遺伝子はウイルスベクター、トランスポゾンベクター、プラスミドベクターなど公知のベクターおよび適当な発現プロモーターを使用することにより、心筋細胞又は分化前の多能性幹細胞に導入することができる。
【0016】
得られた薬剤が細胞周期を活性化することを、チミジンのアナログであるBrdU(5-ブロモ-2'-デオキシウリジン)やEdU(5-エチニル-2'-デオキシウリジン)の細胞への取り込み活性を調べることにより確認してもよい。例えば、細胞培養培地に候補薬剤とともにBrdUまたはEduを入れ、その後、DNAに取り込まれたBrdUまたはEduの量を、蛍光標識物質を利用するなどして確認してもよい。
【0017】
心筋細胞としては、特に制限されず、生体から単離された心筋細胞でもよいが、後述のような多能性幹細胞の分化誘導によって得られた心筋細胞が好ましい。心筋細胞は、心筋マーカーである心筋トロポニン(cTNTまたはtroponin T type 2)陽性および/またはαMHC(α myosin heavy chain)陽性であることによって特徴づけられることが好ましい。心筋細胞はこれらのマーカーを発現する限り、心筋前駆細胞を含んでもよい。
【0018】
本発明のスクリーニング方法においては、任意の被検物質が使用でき、被検物質の例としては、細胞抽出物、細胞培養上清、微生物発酵物、海洋生物由来抽出物、植物抽出物、精製および粗精製タンパク質、ペプチド、非ペプチド化合物、合成低分子化合物、および天然化合物などが含まれる。被検物質は、1)生物学ライブラリー法、2)デコンボリューションを用いた合成ライブラリー法、3)1ビーズ1化合物ライブラリー法、4)アフィニティクロマトグラフィー選択を利用した合成ライブラリー法などの公知のコンビナトリアルライブラリー法の多くの手法を用いて得ることができる。
【0019】
被検物質の心筋細胞への接触は、心筋細胞の通常の培養条件において、培地中に適当な濃度で添加し、例えば、1~3時間、インキュベーションすることで行うことができる。多能性幹細胞から分化させた心筋細胞を用いるときは、心筋マーカーを十分発現する分化が進んだ状態の心筋細胞、例えば、分化誘導開始から15~25日目の心筋細胞に対して被検物質を接触させることが好ましい。
【0020】
<心筋細胞増殖促進剤の具体例>
細胞周期活性化作用を有する化合物を有効成分とする心筋細胞増殖促進剤の種類は特に限定はされないが、具体例としては、レチノイン酸受容体アゴニスト、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)阻害剤またはイソクエン酸デヒドロゲナーゼ1(IDH1)阻害剤が挙げられる。
【0021】
<レチノイン酸受容体アゴニスト>
レチノイン酸受容体アゴニストは、レチノイン酸受容体(RAR)に結合してそのシグナル経路を活性化できる化合物(レチノイン酸は含まない)であれば特に制限されないが、具体的には、AM80(タミバロテン)、LGD1550、E6060、AM580(CD336)、AGN193312、AM555S、CD2314、AGN193174、LE540、CD437、CD666、CD2325、SR11254、SR11363、SR11364、AGN193078、TTNN(Ro19-0645)、CD270、CD271、CD2665、SR3985、AGN193273、CH55、2AGN190521、CD2366、AGN193109、Re80、Ro40-6976、Ro13-7410(TTNPB)、Ro11-0874、Ro04-3780(13-シス-RA)、Ro11-4824(4-オキソ-RA)、Ro11-1813、Ro08-8717、Ro10-0191、Ro10-2655(4-ヒドロキシ-RA)、Ro11-0976、Ro40-6055、Ro41-5253、CD2019などが例示される。
【0022】
<PI3K阻害剤>
PI3K阻害剤としては、例えば、以下の化合物が挙げられる。
・PI3Kの直接的阻害剤:例えば、ワートマニン(Wortmannin)、LY294002、AS605240、ZSTK474、PIK-75 Hydrochloride、IPI-145(INK1197)、GDC-0941、CAL-101(Idelalisib、GS-1101)、BEZ235(NVP-BEZ235、Dactolisib)、BKM120(NVP-BKM120、Buparlisib)、GSK2636771、CZC24832、GDC-0032、VS-5584(SB2343)、TG100713、BYL719、CUDC-907、3-Methyladenine、YM201636、BGT226(NVP-BGT226)、BAY80-6946(Copanlisib)、PF-04691502、PKI-402、CH5132799、GDC-0980(RG7422)、NU7441 (KU-57788)、AS-252424、AS-604850、CAY10505、GSK2126458(GSK458)、A66、PF-05212384(PKI-587)、Palomid529(P529)、PIK-294、PIK-293、SAR245409(XL765)、PIK-93、AZD6482、AS-605240、GSK1059615、TG100-115、IC-87114、PIK-75、PIK-90、TGX-221、XL147、PI-103、IC486068
・PI3K-Akt経路阻害剤:例えば、MK-2206、GSK690693、GDC-0068、A-674563、CCT128930
・PI3K-PDK1経路阻害剤:例えば、BX-912、BX-795、OSU-03012、PHT-427
【0023】
<IDH1阻害薬>
IDH1阻害薬としては、限定するものではないが、AGI5198(N-[2-(cyclohexylamino)-1-(2-methylphenyl)-2-oxoethyl]-N-(3-fluorophenyl)-2-methyl-1H-imidazole-1-acetamide)、AG-120(Agios Pharmaceuticals,Inc.)、IDH-C227(Agios Pharmaceuticals,Inc.)、及びML309(Agios Pharmaceuticals,Inc.)が挙げられる。また、IDH1阻害薬は、以下の特許公報のいずれかに開示されるIDH阻害薬でもよい:WO2014062511;WO2012171506;WO2012171337;WO2013107405;WO2013107291;WO2012009678;及びWO2011072174。
【0024】
<心筋細胞の増殖方法>
本発明の心筋細胞の増殖方法は、心筋細胞増殖促進剤を含有する培地で心筋細胞を培養する工程を含む。
ここで、心筋細胞は心筋マーカーである心筋トロポニン(cTNTまたはtroponin T type 2)陽性および/またはαMHC(α myosin heavy chain)陽性であることによって特徴づけられる。心筋細胞は心筋前駆細胞を含むものでもよい。
【0025】
心筋細胞は、生体から単離された心筋細胞でもよいが、多能性幹細胞から分化誘導された心筋細胞であることが好ましい。
<多能性幹細胞>
多能性幹細胞とは、生体に存在する多くの細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であり、原始内胚葉に誘導される任意の細胞が包含される。多能性幹細胞には、特に限定されないが、例えば、胚性幹(ES)細胞、人工多能性幹(iPS)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。好ましい多能性幹細胞は、iPS細胞およびES細胞である。多能性幹細胞の由来は哺乳動物由来であることが好ましく、霊長類由来であることがより好ましく、ヒト由来であることがさらに好ましい。
【0026】
iPS細胞の製造方法は当該分野で公知であり、任意の体細胞へ初期化因子を導入することなどによって製造され得る。ここで、初期化因子とは、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等の遺伝子または遺伝子産物が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO2010/111409、WO2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D,et al.(2008),Nat.Biotechnol.,26:795-797、Shi Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,2:525-528、Eminli S,et al.(2008),Stem Cells.26:2467-2474、Huangfu D,et al.(2008),Nat.Biotechnol.26:1269-1275、Shi Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,3,568-574、Zhao Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,3:475-479、Marson A,(2008),Cell Stem Cell,3,132-135、Feng B,et al.(2009),Nat.Cell Biol.11:197-203、R.L.Judson et al.,(2009),Nat.Biotechnol.,27:459-461、Lyssiotis CA,et al.(2009),Proc Natl Acad Sci U S A.106:8912-8917、Kim JB,et al.(2009),Nature.461:649-643、Ichida JK,et al.(2009),Cell Stem Cell.5:491-503、Heng JC,et al.(2010),Cell Stem Cell.6:167-74、Han J,et al.(2010),Nature.463:1096-100、Mali P,et al.(2010),Stem Cells.28:713-720、Maekawa M,et al.(2011),Nature.474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
【0027】
iPS細胞の作製に使用される体細胞は、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)血液細胞(末梢血細胞、臍帯血細胞等)、リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0028】
多能性幹細胞から心筋細胞への分化誘導方法として、例えば、以下の文献に記載の方法が挙げられる。
Funakoshi, S. et al. Sci Rep 8, 19111 (2016)
Miki, K. et al. Cell Stem Cell. 2015 Jun 4;16(6):699-711
Laflamme MA & Murry CE, Nature 2011, May 19;473(7347):326-35 Review
この他にも特に特定されないが、例えば、人工多能性幹細胞を浮遊培養により細胞塊(胚様体)を形成させて心筋細胞を製造する方法(WO2016/104614)、BMPシグナル伝達を抑制する物質の存在下で心筋細胞を製造する方法(WO2005/033298)、Activin AとBMPを順に添加させて心筋細胞を製造する方法(WO2007/002136)、カノニカルWntシグナル経路の活性化を促す物質の存在下で心筋細胞を製造する方法(WO2007/126077)、人工多能性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞を単離し、シクロスポリンAの存在下で心筋細胞を製造する方法(WO2009/118928)などが例示される。
【0029】
本発明の心筋細胞増殖促進剤を含む培地で心筋細胞を培養する工程は、心筋細胞増殖促進剤を適当な濃度で水性もしくは非水性溶媒に溶解し、適した培地(例えば、約5~20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、alpha MEM、RPMI1640培地、199培地、F12培地など)中に、増殖効果を発揮できる濃度で心筋細胞増殖促進剤を添加して、心筋細胞を一定期間培養することにより実施することができる。心筋細胞増殖促進剤の濃度は用いる物質の種類によって異なるが、例えば、Am80などのレチノイン酸受容体アゴニストの場合、10nM~10μMが好ましく、100nM~5μMがより好ましく、PI3K阻害剤の場合、10nM~10μMが好ましく、100nM~5μMがより好ましく、IDH1阻害剤の場合、5nM~5μMが好ましく、50nM~2μMがより好ましい。培養期間は対象細胞が増殖するために十分な時間であれば特に制限はないが、例えば、1日から10日の範囲で適宜選択される。なお、多能性幹細胞から分化誘導された心筋細胞を増殖させる場合、心筋細胞がすでに存在していれば分化工程の途中で心筋細胞増殖促進剤を添加してもよい。例えば、分化誘導開始後15~25日目に心筋細胞増殖促進剤を添加してもよい。
【0030】
本発明の心筋細胞増殖促進剤を使用して増殖された心筋細胞は、心筋組織に移植されたときに移植生着能が向上するという優れた特性を有しているため、心筋細胞の移植を必要とする患者に対して移植されるための細胞製剤として好適に使用される。心筋細胞の移植を必要とする患者としては、心筋炎や心筋梗塞や心筋損傷などの心筋細胞の欠損によって生じる疾患患者が例示されるが、これらには限定されない。移植される細胞の量は、疾患の種類や程度によって適宜選択され、移植の回数も1回または複数回でありうる。移植の方法も限定されず、疾患部位への注射であってもよいし、心筋細胞シートを作製して疾患部位に適用してもよい。
【0031】
本発明はまた、心筋細胞と、前記心筋細胞増殖促進剤を含む、心筋細胞培養キットを提供する。心筋細胞培養キットは、心筋細胞増殖促進剤の取り扱いや培養方法について説明した使用説明書を含むことができる。
【0032】
本発明はまた、前記心筋細胞増殖促進剤を含む心筋細胞用培地も提供する。培地については、心筋細胞の培養に必要な成分を含む一般的な培地を使用できる。心筋細胞増殖促進剤は培地にあらかじめ添加されていてもよいし、使用時に添加されるように培地とは別に用意されていてもよい。心筋細胞用培地は、多能性幹細胞の心筋細胞分化用培地であってもよい。
【実施例
【0033】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明の態様は以下の実施例には限定されない。
【0034】
<細胞周期活性化に基づく心筋細胞増殖促進剤のスクリーニング>
健常人由来iPS細胞株にPiggyBacトランスポゾンベクターシステム(System Biosciences
社)を用いてFucci遺伝子(Cell. 2008 Feb 8;132(3):487-98.)をCAGプロモーター下に
恒常的に発現させた。
【0035】
上記Fucci遺伝子導入iPS細胞株をFunakoshi, S. et al. Sci Rep 8, 19111 (2016)に記載された胚葉体法で心筋細胞に分化誘導し、誘導後第20日目にセルソーターを用いて心筋細胞だけを抽出し、384 plateに1well当たり2500個ずつ播種した。
分化誘導後第22日目に約4000種の化合物を投与し、第25日目に、Fucciの緑色の蛍光強度の強さと細胞数で、薬剤に対するiPS細胞由来心筋細胞の増殖能の反応性を評価した。
【0036】
Fucciレポーターは細胞周期がG1/G0期にオレンジ色の蛍光を発し、S/G2/M期に緑色の蛍光を発する。未分化状態のヒトiPS細胞は細胞周期が活性化しているため大部分の細胞が緑色の蛍光を発するが、心筋細胞に分化すると通常、細胞周期が停止し大部分の細胞が赤色になる。しかし、いくつかの化合物を投与したときには分化状態でも細胞周期の活性化が起こり、Fucciレポーターが緑色の蛍光を発することが判明した。
【0037】
すなわち、スクリーニングの結果、iPS細胞由来心筋細胞の増殖・細胞分裂を促進する3種類の化合物(レチノイン酸受容体(RAR)アゴニスト(All trans retinoic acid, CH55, AM80, AM580, CD437)、PI3K阻害剤(Wortmannin, CAY10505, CZC24832)、IDH阻害剤(AGI5198))を見出した。
【0038】
<AM80の評価~細胞周期活性化と心筋細胞増殖能>
得られた化合物のうち、AM80についてさらに実験を行った。
分化誘導第18日目の心筋細胞に対して1μMのAM80の投与を行い、48時間後にフローサイトメトリーで解析したところ、図1、2に示すように、緑色の蛍光を発する細胞の有意な増加を認め、細胞周期が活性化していることを確認した。
【0039】
また、分化誘導後第18日目のヒトiPS細胞由来心筋細胞に対し、48時間のAM80(1μM)で処理を行い、EdUアッセイを用いて細胞増殖解析を行った。その結果、図3に示す通り、対照群(DMSO処理群)に比べてAM80処理群において有意な細胞増殖活性の増加が認められた。なお、EdUアッセイにはClick-it EdU Pacific Blue flow cytometry assay kit, catalog number C10418 (Invitrogen)を使用した。
【0040】
<AM80の評価~移植心筋細胞の生着率>
さらにルシフェラーゼを恒常的に発現する健常者由来iPS細胞(Funakoshi, S. et al. Sci Rep 8, 19111 (2016))から同文献に記載の方法で分化誘導した心筋細胞を、分化誘導後第18日目より48時間のAM80(1μM)処理を行い、フローサイトメトリーで心筋細胞を抽出した後、心筋梗塞モデル免疫不全マウス(冠動脈左前下行枝を結紮したNRGマウス)に心筋内注入法で100万個細胞移植を行った。in vivo光イメージング法(IVIS)で移植した心筋細胞の生着効率の評価を行ったところ、図4に示すように、対照群(DMSO処理群)と比べて有意な生着効率の改善が認められた。これにより、in vivoの動物モデルで、AM80によって生着効率が改善することを初めて示した。
【0041】
これらのことからAM80などの薬剤が心筋細胞の細胞周期を活性化し、細胞周期の活性化した細胞を移植することで生着効率の高い心筋再生治療の実現が期待される。
図1
図2
図3
図4