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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-26
(45)【発行日】2024-02-05
(54)【発明の名称】環状一本鎖抗体
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/46 20060101AFI20240129BHJP
   C12P 21/04 20060101ALI20240129BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20240129BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20240129BHJP
【FI】
C07K16/46 ZNA
C12P21/04
C12N15/13
C12N15/62 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020530175
(86)(22)【出願日】2019-07-08
(86)【国際出願番号】 JP2019026983
(87)【国際公開番号】W WO2020013126
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2022-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2018130203
(32)【優先日】2018-07-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100122644
【弁理士】
【氏名又は名称】寺地 拓己
(72)【発明者】
【氏名】森岡 弘志
(72)【発明者】
【氏名】小橋川 敬博
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 卓史
(72)【発明者】
【氏名】福田 夏希
(72)【発明者】
【氏名】山内 聡一郎
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2010/0129807(US,A1)
【文献】国際公開第2017/024131(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/222556(WO,A2)
【文献】特表2016-511279(JP,A)
【文献】YAMAUCHI S. et al.,Cyclization of Single-Chain Fv Antibodies Markedly Suppressed Their Characteristic Aggregation Mediated by Inter-Chain VH-VL Interactions,Molecules, 18 July 2019, vol.24, 2620(p.1-12)
【文献】van't HOF W. et al.,Sortase-mediated backbone cyclization of proteins and peptides,Biol. Chem., 2015 vol.396, no.4, p.283-293
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が第1のペプチドリンカーで連結された一本鎖抗体(scFv)の水溶液中での該一本鎖抗体の分子間会合を抑制する方法であって、
該一本鎖抗体のN末端とC末端を第2のペプチドリンカーで連結して環状の一本鎖抗体に変換する工程、および
該環状の一本鎖抗体の水溶液を調製する工程
を含み、
環状の一本鎖抗体の環状構造がペプチド結合のみで形成されている、方法。
【請求項2】
環状の一本鎖抗体のVHとVLが分子内で会合して抗原結合部位を形成する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
環状の一本鎖抗体が分子内に1つの抗原結合部位を有する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
第1のペプチドリンカーが15~27個のアミノ酸からなる、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
第2のペプチドリンカーが15~28個のアミノ酸からなる、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記水溶液が環状一本鎖抗体の凍結乾燥品を再構成して調製される、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
第2のペプチドリンカーによる連結がトランスペプチダーゼにより形成される、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
トランスペプチダーゼがソルターゼである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
第2のペプチドリンカーがアミノ酸配列:LPXTG(ここで、Xは任意のアミノ酸残基を表す)を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
第2のペプチドリンカーによる連結がスプリットインテインによるトランス-スプライシング反応により形成される、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記水溶液が医薬品として使用される、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な一本鎖抗体、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モノクローナル抗体は、腫瘍学、慢性炎症性疾患、移植、感染症、循環器内科、または眼科疾患を含む様々な臨床現場において治療物質として利用され、さらに、検査薬、センサー素子等、様々な用途で利用されている。抗体の主要な機能は抗原(標的分子)に対して特異的に結合することであり、抗原は、Fvドメインにより認識されている。
【0003】
抗体のFvドメインは重鎖由来のFvドメイン(VH)と軽鎖由来のFvドメイン(VL)から成る。Fvドメインを抗体から切り出してきた断片であるFv断片においても多くの抗体が標的結合能を維持しており、抗体の抗原結合機能の最小単位を成す。一本鎖抗体(scFv: single-chain Fv)はVHとVLをペプチドリンカーにより連結したものである。例えば、終末糖化産物(AGEs)を認識するscFvについて報告がされている(非特許文献1)。
【0004】
一般にモノクローナル抗体はCHO細胞やハイブリドーマといった真核生物由来の細胞が生産に使用され、生産に多大なコストを要する。scFvは分子量が25kDa程度であり、全長抗体に比べてその分子量は著しく小さい。そのため、大腸菌などの原核生物をホストとして使用する生産が可能となり、scFvは全長抗体に比べて生産コストの面で優位性を有している。
【0005】
またscFvの三量体に相当する環状一本鎖三重特異性抗体に関しても報告がされている(特許文献1)。一方でscFvは一般に会合して多量体を形成する特性を有しており、scFvが形成する二量体、三量体、および四量体に関して報告がされている(非特許文献2~4)。このようにscFvが容易に多量体を形成するという特性は、scFvの安定性の向上という点において課題となっていた。
【0006】
抗体分子の安定性は3つの意味を含む。一つ目は耐熱性もしくは熱安定性であり、二つ目はタンパク質分解酵素に対する安定性であり、三つ目は会合体形成が抑制されることによる保存安定性である。scFvは特に保存安定性において問題を有していた。
【0007】
ペプチドの改変においてソルターゼを用いる方法について報告がされており(特許文献2および3、ならびに非特許文献5および6)、ソルターゼを用いた環状ペプチドの合成方法に関する報告もされている(非特許文献7)。
【0008】
インテインは、中央部のインテインと、それを挟む配列(エクステイン)により構成されている。インテインは、インテイン部分を宿主配列から自己切除し、ペプチド結合によりインテインを挟む配列(エクステイン)を連結する反応を触媒する内部タンパク質因子である。インテイン反応は、補助酵素または補因子を必要としない翻訳後プロセスである(非特許文献8)。インテインの上流に配置されたエクステイン配列を「N-エクステイン」と呼び、インテインの下流に配置されたエクステインを「C-エクステイン」と呼ぶ。インテイン反応の産物として、成熟タンパク質とインテインの2つの安定なタンパク質が得られる。
【0009】
インテインは、二つに分割することができ、かつ、2つの個別に転写および翻訳された遺伝子によりコードされる2つの断片として存在することもできる。分割されたインテインはスプリットインテインと呼ばれ、自己会合し、N-エクステインとC-エクステインをペプチド結合により連結するタンパク質スプライシング反応を触媒する。スプリットインテインは、人為的にインテインを分割することで作製することができる。天然においても存在しており、多様なシアノバクテリアおよび古細菌において確認されている(非特許文献9~14)。Nostoc punctiforme 由来のDnaE(NpuDnaE)は、非特許文献で報告されている中では最も高いインテイン反応効率を示すスプリットインテインである(非特許文献14および15)。インテイン反応を目的タンパク質の環化反応として用いることについても報告がされている(特許文献4および5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特表2005-501517
【文献】特表2015-527981
【文献】特表2015-527982
【文献】US2011/321183 A1
【文献】WO2016/167291 A1
【非特許文献】
【0011】
【文献】Molecules. 2017 22:e1695;
【文献】Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 1997, 94, 9637-9642;
【文献】Journal of Immunological Methods 248 (2001) 47-66;
【文献】FEBS Letters 425 (1998) 479-484;
【文献】Journal of Biotechnology 152 (2011) 37-42;
【文献】Langmuir 2012, 28, 3553-3557;
【文献】Biol.Chem. 2015 396:283-293.
【文献】Perler F et al., Nucl Acids Res. 22:1125-1127 (1994)
【文献】Caspi et al., Mol Microbiol. 50:1569-1577 (2003);
【文献】Choi J et al., J Mol Biol. 356:1093-1106 (2006);
【文献】Dassa B et al., Biochemistry. 46:322-330 (2007);
【文献】Liu X and Yang J., J Biol Chem 278:26315-26318 (2003);
【文献】WU H et al., Proc Natl Acad Sci USA. 95:9226-9231 (1998);
【文献】Zettler J. et al., FEBS Letters. 583:909-914 (2009)
【文献】Iwai H et al., FEBS Letters 580:1853-1858 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
抗体はVH領域とVL領域が会合することによる閉じた状態と両者の会合が緩んで開いた状態を取り得る。scFvに比べて、全長抗体においてはFc領域の存在により一般にVH領域とVL領域が閉じた状態をとりやすい。一方、scFvは全長抗体に比べて開いた構造をとりやすい。VH領域とVL領域は相互作用により会合体を形成する特性を有する。scFvにおいて、VH領域とVL領域が開いた状態の割合が増えることで、分子内のVHとVLの会合体形成だけではなく、分子間のVHとVLの会合体形成も生じる。そのため、scFvは多量体を形成しやすく、更に会合が進むことにより凝集体が生じることとなる。scFvは分子サイズの不均一性を生じやすく、このような不安定性が、scFvの産業利用の妨げとなっていた。
【0013】
従来のscFvでは産業利用が安定性の問題により限られていた。本発明は、このような問題を解決し、scFvの産業利用を促進するための手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
従来、scFvを安定化させる方法として変異導入が行われてきた。試行錯誤に基づく方法であり、多数の変異体を作製し、一つ一つ安定性を調べていく必要がある。しかしながら、安定化に関わる変異部位も置換アミノ酸の種類も抗体によって異なるため、それぞれの抗体について最適化が必要となる。
【0015】
本発明者等は、scFvを環化することで安定化、特に、会合体の形成を抑制できることを見出し、本発明を完成させるに至った。即ち、本発明は、会合体の形成が抑制され、保存安定性が向上した環状scFv、およびその製造方法に関する。
【0016】
本発明により、以下の発明が提供される。
[A-1]重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が第1のペプチドリンカーで連結された一本鎖抗体(scFv)において、そのN末端とC末端が第2のペプチドリンカーで連結されている、環状一本鎖抗体。
[A-2]第2のペプチドリンカーがトランスペプチダーゼにより形成される、[A-1]に記載の環状一本鎖抗体。
[A-3]トランスペプチダーゼがソルターゼである、[A-2]に記載の環状一本鎖抗体。
[A-4]第2のペプチドリンカーがアミノ酸配列:LPXTG(ここで、Xは任意のアミノ酸残基を表す)を含む、[A-1]~[A-3]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[A-5]第1のペプチドリンカーが15~27個のアミノ酸からなる、[A-1]~[A-4]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[A-6]第2のペプチドリンカーが19~28個のアミノ酸からなる、[A-1]~[A-5]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[A-7]重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が同一で非環状の一本鎖抗体と比較して、保存時の凝集性が抑制されている、[A-1]~[A-6]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[A-8][A-1]~[A-7]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体の製造方法であって、
1)重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が第1のペプチドリンカーで連結された一本鎖抗体(scFv)であって、N末端およびC末端にトランスペプチダーゼ認識配列を有する非環状一本鎖抗体を調製する工程;
2)トランスペプチダーゼを用いて前記一本鎖抗体のN末端およびC末端のトランスペプチダーゼ認識配列から第2のペプチドリンカーを形成し、前記一本鎖抗体を環化する工程
を含む、前記製造方法。
[A-9]トランスペプチダーゼがソルターゼである、[A-8]に記載の製造方法。
[A-10]非環状一本鎖抗体N末端のトランスペプチダーゼ認識配列がLPXTG(ここで、Xは任意のアミノ酸残基を表す)を含む、[A-8]または[A-9]に記載の製造方法。
[A-11]非環状一本鎖抗体C末端のトランスペプチダーゼ認識配列がGGを含む、[A-8]~[A-10]のいずれかに記載の製造方法。
[B-1]重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が第1のペプチドリンカーで連結された一本鎖抗体(scFv)において、そのN末端とC末端が第2のペプチドリンカーで連結されている、環状一本鎖抗体。
[B-2]環状構造がペプチド結合のみで形成されている、[B-1]に記載の環状一本鎖抗体。
[B-3]VHとVLが分子内で会合して抗原結合部位を形成する、[B-1]または[B-2]に記載の環状一本鎖抗体。
[B-4]分子内に1つの抗原結合部位を有する、[B-1]~[B-3]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[B-5]第1のペプチドリンカーが15~27個のアミノ酸からなる、[B-1]~[B-4]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[B-6]第2のペプチドリンカーが15~28個のアミノ酸からなる、[B-1]~[B-5]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[B-7]VHおよびVLが同一で非環状の一本鎖抗体と比較して、凝集体形成が抑制されている、[B-1]~[B-6]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[B-8]第2のペプチドリンカーがトランスペプチダーゼにより形成される、[B-1]~[B-7]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[B-9]トランスペプチダーゼがソルターゼである、[B-8]に記載の環状一本鎖抗体。
[B-10]第2のペプチドリンカーがアミノ酸配列:LPXTG(ここで、Xは任意のアミノ酸残基を表す)を含む、[B-1]~[B-9]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[B-11]第2のペプチドリンカーがスプリットインテインによるトランス-スプライシング反応により形成される、[B-1]~[B-7]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体。
[B-12][B-1]~[B-7]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体の製造方法であって、
1)重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が第1のペプチドリンカーで連結された一本鎖抗体(scFv)であって、N末端およびC末端にトランスペプチダーゼ認識配列を有する非環状ペプチドを調製する工程;
2)トランスペプチダーゼを用いて前記一本鎖抗体のN末端およびC末端のトランスペプチダーゼ認識配列から第2のペプチドリンカーを形成し、前記一本鎖抗体を環化する工程
を含む、前記製造方法。
[B-13]トランスペプチダーゼがソルターゼである、[B-8]に記載の製造方法。
[B-14]非環状ペプチドのN末端のトランスペプチダーゼ認識配列がLPXTG(ここで、Xは任意のアミノ酸残基を表す)を含む、[B-12]または[B-13]に記載の製造方法。
[B-15]非環状ペプチドのC末端のトランスペプチダーゼ認識配列がGGを含む、[B-12]~[B-14]のいずれかに記載の製造方法。
[B-16][B-1]~[B-7]のいずれかに記載の環状一本鎖抗体の製造方法であって、
1)重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が第1のペプチドリンカーで連結された一本鎖抗体(scFv)であって、N末端にスプリットインテインのC末端側断片(Int-C)およびC末端にスプリットインテインのN末端側断片(Int-N)をそれぞれ有する非環状ペプチドを調製する工程;
2)スプリットインテインによるトランス-スプライシング反応により第2のペプチドリンカーを形成し、前記一本鎖抗体を環化する工程
を含む、前記製造方法。
[B-17]スプリットインテインのC末端側断片(Int-C)としてDnaE-Int-C、N末端側断片(Int-N)としてDnaE-Int-Nが用いられる、[B-16]に記載の製造方法。
[B-18][B-16]の工程1に記載の非環状ペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列を含む核酸。
[B-19][B-18]に記載の核酸を含有する組換えベクター。
[B-20][B-19]に記載の組換えベクターを導入した形質転換体。
【発明の効果】
【0017】
本発明はscFvの環化により分子間の会合性を抑制し、保存安定性を向上させる方法に関する。本発明の方法は汎用性が高く、一般に一本鎖抗体に対して利用することが可能である。また、本発明に係る環状scFvには末端残基が存在しないため、ポリペプチドをN末端またはC末端から加水分解する酵素であるエキソペプチダーゼによる加水分解を受け難い。本発明の方法により、scFvの安定性を向上させ、scFvの利用を促進することができる。scFvをセンサー素子として利用したセンサーの開発、医薬品、受容体シグナルの人為的制御など医療や産業上有用かつ安定なscFvの生産への応用も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、環状一本鎖抗体の模式図を示す。
図2図2は、ソルターゼによる環化反応に付すためのポリペプチド(Y9-scFv-LPETG)のドメイン構造を示す。
図3図3は、ソルターゼによる環化反応に付すためのポリペプチド(Y9-scFv-LPETG)のアミノ酸配列(配列番号1)を示す。
図4図4は、pSAL-Y9-scFvのY9-scFvをコードする領域周辺の略図を示す。
図5図5は、ソルターゼAを用いた環化反応および精製した環状Y9-scFvのSDS-PAGEの結果を示す。
図6a図6aは、動的光散乱から求めた流体力学半径の分布を示す。□は調製1日後の非環状Y9-scFv の流体力学半径の分布、▲は調製14日後の非環状Y9-scFv の流体力学半径の分布を示す。
図6b図6bは、動的光散乱から求めた流体力学半径の分布を示す。□は調製1日後のソルターゼにより環化した環状Y9-scFv の流体力学半径の分布、▲は調製14日後のソルターゼにより環化した環状Y9-scFv の流体力学半径の分布を示す。
図7図7は、表面プラズモン共鳴法(SPR)によるソルターゼにより環化した環状Y9-scFvおよび非環状Y9-scFvの抗原親和性の比較を示す。□はソルターゼにより環化した環状Y9-scFvのデータ、▲は非環状Y9-scFvのデータを示す。
図8図8は、示差走査蛍光測定による熱変性曲線の比較を示す図である。□はソルターゼにより環化した環状Y9-scFv の示差走査蛍光測定のデータ、▲は非環状Y9-scFv の示差走査蛍光測定のデータを示す。
図9図9は、プラスミド(pSAL-Y9-scFv)のコーディング領域の配列を示す(配列番号2)。
図10図10は、インテイン反応によるscFvの環化の模式図を示す。
図11図11は、比較対象として用いた非環状Tras-scFvの構造の模式図を示す。
図12図12は、ポリペプチド(非環状Tras-scFv)のアミノ酸配列(配列番号3)を示す。
図13図13は、pET28-Tras-scFvの非環状Tras-scFvをコードする領域周辺の略図を示す。
図14図14は、精製した非環状Tras-scFvのSDS-PAGEの結果を示す。
図15図15は、ソルターゼによる環化反応に付すためのポリペプチド(Tras-scFv-LPETG)の構造の模式図を示す。
図16図16は、ソルターゼによる環化反応に付すためのポリペプチド(Tras-scFv-LPETG)のアミノ酸配列(配列番号5)を示す。
図17図17は、pET28-Tras-scFv-LPETGのTras-scFv-LPETGをコードする領域周辺の略図を示す。
図18図18は、ソルターゼAを用いた環化反応および精製した環状Tras-scFvのSDS-PAGEの結果を示す。
図19図19は、動的光散乱から求めた流体力学半径の分布を示す。□は調製1日後の非環状Y9-scFv の流体力学半径の分布、■は調製1日後のソルターゼにより環化した環状Y9-scFv の流体力学半径の分布を示す。
図20図20は、非環状Tras-scFvおよびソルターゼにより環化した環状Tras-scFvの抗原結合活性の評価に用いたGST-HER2の構造の模式図を示す。
図21図21は、ポリペプチド(GST-HER2)のアミノ酸配列(配列番号8)を示す。
図22図22は、HER2のトラスツズマブ結合領域を含むペプチド断片(HER2-Tras結合断片)とグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)の融合タンパク質(GST-HER2)のSDS-PAGEの結果を示す。
図23図23は、表面プラズモン共鳴法(SPR)によるソルターゼにより環化した環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvの抗原親和性の比較を示す。実線はソルターゼにより環化した環状Tras-scFvのデータ、破線は非環状Tras-scFvのデータを示す。
図24図24は、インテインによる環化反応に付すためのポリペプチド(Tras-scFv-Intein)の構造の模式図を示す。
図25図25は、インテインによる環化反応に付すためのポリペプチド(Tras-scFv-Intein)のアミノ酸配列(配列番号10)を示す。
図26図26は、pNMK-Tras-scFvのTras-scFv-Inteinをコードする領域周辺の略図を示す。
図27図27は、インテインによる環化反応に付すためのポリペプチド(Tras-scFv-Intein)の発現に用いたポリペプチド(FKBP12)のアミノ酸配列(配列番号13)を示す。
図28図28は、pET21-FKBP12のFKBP12をコードする領域周辺の略図を示す。
図29図29は、大腸菌体内でインテインを用いた環化反応を行い精製した環状Tras-scFvのSDS-PAGEの結果を示す。
図30図30は、表面プラズモン共鳴法(SPR)によるインテインにより環状化した環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvの抗原親和性の比較を示す。実線はインテインにより環状化した環状Tras-scFvのデータ、破線は非環状Tras-scFvのデータを示す。
図31図31は、表面プラズモン共鳴法(SPR)によるインテインにより環化した環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvの凍結乾燥後に再溶解した際の残存活性の比較を示す。実線はインテインにより環化した環状Tras-scFvのデータ、破線は非環状Tras-scFvのデータを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る環状scFvは共有結合による環状構造を有することを特徴とする。環状scFvの製造方法として、インテインを用いたインテイン反応やNative Chemical Ligationがある。その他の連結法にはグルタミナーゼを利用する方法や化学的に連結する方法がある。
【0020】
本発明の一つの実施態様において、環状scFvの製造は、トランスペプチダーゼを用いた酵素的連結方法により行われる。トランスペプチダーゼとしては、例えばソルターゼが挙げられ、公知のソルターゼ酵素(Chenら、PNAS 108: 11399-11404、2011; Poppら、Nat Chem Biol 3: 707-708、2007)を利用することができる。ソルターゼの好ましい例として、ソルターゼAが挙げられる。また、膜貫通領域を欠く可溶性の短縮型ソルターゼA(SrtA;黄色ブドウ球菌SrtAのアミノ酸残基60~206)が使用することもできる(Ton-That, H., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96 (1999) 12424-12429; Ilangovan, H., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98 (2001) 6056-6061)。短縮型可溶性ソルターゼA変種は、大腸菌(E.coli)において作製することができる。
【0021】
ソルターゼは、あるタンパク質のN末端を別のタンパク質のC末端付近の位置に共有結合で連結するために用いることができ、分子内での環化反応にも利用することができる。ソルターゼは、例えば、N末端GGG及びC末端LPXTGX’n(式中、X及びX’は、任意に独立して選択されるアミノ酸であり、nは、例えば1~99を含む任意の数のアミノ酸(例えば、天然アミノ酸)であり得る)を認識する。ソルターゼは、次いで、2つのペプチド配列中のグリシン残基の転位を容易にして、2つのペプチド配列間の共有結合及びGX’nの放出をもたらす。本発明の一つの態様において、ソルターゼを用いた酵素的連結のための連結部位をN末端とC末端に有する一本鎖抗体を環化することにより、環状scFvが製造される。
【0022】
上記配列中のXとX’の例としては、天然アミノ酸、具体的には、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、およびバリンなどが挙げられ、より具体的には、Xはグルタミン酸、およびX’はロイシンなどが挙げられる。
【0023】
VHおよびVLは「イムノグロブリンフォールド」と呼ばれる100~120程度のアミノ酸残基より構成され、同じ全体的な形態を有し、主にβシートからなる。環状scFvの作製に用いる非環状のscFvは、N末端にグリシンを有し、C末端領域にLPXTG (Xは任意のアミノ酸残基)を有する。当該非環状scFvにおいて、N末端からVHおよびVLの順であってもVL およびVHの順であってもよい。
【0024】
抗体においてVHおよびVLに該当する領域は公知の知見に基づいて判断することができる。例えば、Martin, A.C.R. Accessing the Kabat Antibody Sequence Database by Computer PROTEINS: Structure, Function and Genetics, 25 (1996), 130-133;およびElvin A. Kabat, Tai Te Wu, Carl Foeller, Harold M. Perry, Kay S. Gottesman (1991) Sequences of Proteins of Immunological Interestなどの文献を参酌することができる。本発明の一つの側面において、VH領域は、Kabatの配列番号0から113のアミノ酸配列として定義され、VL領域は、Kabatの配列番号0から109のアミノ酸配列として定義される。一つの態様において、VH、VL領域とも、フレームワーク4のC末端側2~3残基は二次構造を取らない抗体については、当該残基を含まない領域をVH、またはVLと定義することができる。
【0025】
VHおよびVL領域の末端付近にはβシートが存在する。環状scFvの製造に用いる非環状scFvにおいて、連結部位 (オリゴグリシンGmとLPXTG) から配列上最も近接するβシートとの間のアミノ酸残基数は3残基以上が好ましく、より好ましくは5残基以上である。N末端のGlyについては配列上最も近接するβシートからのアミノ酸残基数は3残基以上が好ましく、より好ましくは5残基以上である。
【0026】
本発明の一つの実施態様において、環状scFvの製造は、タンパク質スプライシング反応であるインテイン反応、より具体的には、スプリットインテインを用いたトランス-スプライシング反応を利用することができる。
【0027】
インテインを2つに分割したもののうちN末端側断片をInt-N、C末端側断片をInt-Cと表記する。一つの態様において、本発明の環状一本鎖抗体は、Int-CのC末端に環化を行いたいタンパク質のN末端を融合し、さらに、そのC末端側にInt-NのN末端を融合させたタンパク質を作製することで製造することができる(図10)。具体的には、環状scFvを得るために、Int-CのC末端に非環状のscFvのN末端を融合し、非環状のC末端にInt-NのN末端を連結したポリペプチド鎖を用意し、自発的に環状化反応を行うことができる。本発明においては、タンパク質を環状化するため、インテインタンパク質を用いた細胞内環化反応を使用することができる。インテインタンパク質にはNostoc punctiforme 由来のDnaE (NpuDnaE)が使用可能であり、より具体的には配列番号15、配列番号16で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であるDnaE-Int-N (DnaE-N)、DnaE-Int-C(DnaE-C)、が使用可能である。
【0028】
本発明において、タンパク質を環化するためのインテインタンパク質としては、Nostoc punctiforme由来のDnaEを使用することができる。より具体的には配列番号15、配列番号16で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であるDnaE-N、DnaE-Cを使用することができる。このDnaE-C、DnaE-Nとの間に目的タンパク質を連結したポリペプチド鎖においては、DnaEの自己触媒能によって自発的にスプライシングが進行し、目的タンパク質のN末端のアミノ基とC末端のカルボニル基の間でペプチド結合(アミド結合)が形成された環化タンパク質が合成される。当該反応の基質となるポリペプチドを細胞内に発現させることにより、上記の環化反応を細胞内において行うこともできる。
【0029】
スプリットインテインを利用する場合、一つの態様において、環化反応の基質となるポリペプチドは、環化のためのペプチド結合(アミド結合)が生じる箇所のアミノ基側またはカルボン酸側のいずれかの残基にシステインまたはセリンを有し、カルボン酸側の残基はプロリン以外である。
【0030】
スプリットインテインを利用する環化により形成される第2のペプチドリンカーは、例えば、CFNGT、CFN、CYNGT、またはCYNから選択されるアミノ酸配列を含んでいてもよい。一つの態様において、これらのアミノ酸配列のCのアミノ基が環化のためのペプチド結合(アミド結合)を形成する。
【0031】
また第2のペプチドリンカーは、GSGSSのアミノ酸配列を含んでいてもよい。一つの態様において、当該アミノ酸配列のSのカルボキシル基が環化のためのペプチド結合(アミド結合)を形成する。
【0032】
環状scFvの製造に用いる非環状scFvにおいて、重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)は第1のペプチドリンカーで連結されている。本発明の一つの態様において、第1のペプチドリンカーのアミノ酸残基数としては、例えば、10残基以上、13残基以上、15残基以上であり、27残基以下、25残基以下、23残基以下である。第1のペプチドリンカーを構成するアミノ酸は、天然アミノ酸であれば特に限定されない。当該アミノ酸の例としては、グリシン、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、グルタミン酸、アスパラギン酸、グルタミン、アスパラギン、リシン、アルギニン、ヒスチジンなどが挙げられ、具体的には、グリシン、アラニン、セリン、フェニルアラニン、グルタミン酸、アルギニンなどが挙げられる。第1のペプチドリンカーの残基数は、環化反応の進行、会合特性が改善に影響する。
【0033】
本発明の環状一本鎖抗体は環状構造がペプチド結合のみで形成されているという特徴を有する。上記の環状構造はさらに-SS-結合による架橋構造を有していてもよい。本発明の一つの態様において、環状一本鎖抗体は環構造を形成する重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が会合して、抗原結合部位を形成する。本発明の環状一本鎖抗体は、分子内にVHとVLが会合して形成される抗原結合部位を1つ有する。
【0034】
環状scFvの製造に用いる非環状scFvの環化により、重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)の間に第2のペプチドリンカーが形成される。本発明の一つの態様において、第2のペプチドリンカーのアミノ酸残基数としては、例えば、12残基以上、13残基以上、15残基以上、16残基以上、19残基以上、21残基以上であり、28残基以下、26残基以下、24残基以下である。第2のペプチドリンカーを構成するアミノ酸は、天然アミノ酸であれば特に限定されない。当該アミノ酸の例としては、グリシン、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、グルタミン酸、アスパラギン酸、グルタミン、アスパラギン、リシン、アルギニン、ヒスチジンなどが挙げられ、具体的には、グリシン、アラニン、セリン、フェニルアラニン、グルタミン酸、アルギニンなどが挙げられる。第2のペプチドリンカーの残基数は、環化反応の進行、会合特性の改善に影響する。
【0035】
本発明の環状scFvの製造方法は特に限定されないが、以下の方法が例示される。
(1)scFvのN末端にグリシンを導入する。N末端にグリシンを有するタンパク質の作製は発現ホストに内在するアミノペプチダーゼを利用する、グリシンの前にTev Proteaseの認識配列 (ENLYFQ / G ただし、認識配列中の/は切断部位を示す) やHRV3Cプロテアーゼの認識配列 (LEVLFQ /GG ないしは LEVLFQ / GPただし、認識配列中の/は切断部位を示す)などのタンパク質分解酵素の切断配列を挿入しておくことで、タンパク質分解酵素で消化することでN末端にグリシンを有するscFvを作製することができる。
(2)(1)で例示される手順により作製されたN末端にグリシンを有し、C末端にLPXTG配列を含むscFvに対してソルターゼAを作用させることで環状scFvを作製することができる。中性付近 (pH 5.5~9.5)の緩衝液中で連結反応を行うこととなる。使用するソルターゼAによってはさらにカルシウムイオンを反応液中に添加することが必要となる。
(3)環状scFvを作製するのに用いるscFvの作製には大腸菌、酵母、哺乳細胞、昆虫細胞等を含むあらゆる宿主を用いることができ、プロモーターとしてはT7、Taq、lac等を含むあらゆるプロモーターを用いることができる。
【0036】
環化反応の基質となるペプチドは、目的の環状ペプチドを得るために必要な構造に加えて、可溶化を高めるに別のペプチドやタンパク質、またはその断片と融合していてもよい。融合に用いられるペプチドおよびタンパク質としては、マルトース結合タンパク質(MBP)、チオレドキシン、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)、プロテインGB1ドメイン(GB1)などが挙げられる。
【0037】
scFvが環化されたことを検出するためにはドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 (SDS-PAGE)を用いて行うことができる。scFvが環化されると電気泳動において移動度が変化する。そのため、環化されていないscFvの移動度と比較することで検出できる。この際、環化されずにLPXTG配列中のグリシンから先の領域が切断された産物も生じ得る。この切断産物と環状scFvを区別する方法としては以下の方法が例示される。環状scFvはカルボキシペプチダーゼやアミノペプチダーゼにより消化されないが上記の切断産物は消化される。その他の方法としては、質量分析が挙げられる。
【0038】
本明細書における「一本鎖抗体」は、全長抗体の重鎖由来のFvドメイン(VH)と軽鎖由来のFvドメイン(VL)をペプチドリンカーにより連結して得られる一本鎖Fv断片(scFv)を意味する。ここでペプチドリンカーは、一本鎖抗体が抗原結合性を有するのに適した配列であれば特に限定されず、例えば、10個以上のアミノ酸、具体的には10~27個のアミノ酸、より具体的には15~20個のアミノ酸から構成される。ペプチドリンカーを構成するアミノ酸は、天然アミノ酸であれば特に限定されない。当該アミノ酸の例としては、グリシン、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、グルタミン酸、アスパラギン酸、グルタミン、アスパラギン、リシン、アルギニン、ヒスチジンなどが挙げられ、具体的には、グリシン、アラニン、セリン、フェニルアラニン、グルタミン酸、アルギニンなどが挙げられる。
【0039】
一本鎖抗体は、VLドメインのC末端とVHドメインのN末端をペプチドリンカーで連結する構造、またはVHドメインのC末端とVLドメインのN末端をペプチドリンカーで連結する構造のいずれを有していてもよい。
【0040】
本発明で用いるscFvは、成書(例えば、Carl A. K. Borrebaeck 編集, (1995) Antibody Engineering (Second Edition), Oxford University Press, New York;John McCafferty, Hennie Hoogenboom, Dave Chiswell 編集, (1996) Antibody Engineering, A Practical Approach, IRL Press, Oxfordなど)および文献(例えば、Biochim. Biophys. Acta - Protein Structure and Molecular Enzymology 1385, 17-32 (1998)、Molecules. 2017 22:e1695、Journal of Biochemistry 161:37-43など)に記載の方法により製造することができる。
【0041】
本発明の環状一本鎖抗体は、遺伝子工学的手法により調製した形質転換体の培養により製造することができる。環状一本鎖抗体を製造するための環化反応の基質となる非環状ペプチドのアミノ酸配列をコードする核酸は、化学合成、PCR、カセット変異法、部位特異的変異導入法などにより合成することができる。たとえば、末端に20塩基対程度の相補領域を有する100塩基程度までのオリゴヌクレオチドを複数、化学合成し、これらを組み合わせてオーバーラップ伸長法を行うことにより目的の核酸を全合成することができる。上記の環化反応の基質として使用する非環状ペプチドを本明細書では非環状一本鎖抗体と呼ぶ場合がある。このとき、非環状ペプチドおよび非環状一本鎖抗体は重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)などの一本鎖抗体として必要な要素を含むが、抗原結合活性の有無は特に問わない。
【0042】
本発明の組換えベクターは、適当なベクターに上記の核酸を連結(挿入)することにより得ることができる。本発明で使用するベクターとしては、宿主中で複製可能なもの又は目的の核酸を宿主ゲノムに組み込み可能なものであれば特に限定されない。例えば、バクテリオファージ、プラスミド、コスミド、ファージミドなどが挙げられる。
【0043】
プラスミドDNAとしては、放線菌由来のプラスミド(例えばpK4,pRK401,pRF31等)、大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322,pBR325,pUC118,pUC119,pUC18等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110,pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13,YEp24,YCp50等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(λgt10、λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0044】
ベクターに遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。遺伝子は、本発明の改良型タンパク質が発現されるようにベクターに組み込まれることが必要である。そこで、本発明のベクターには、プロモーター、遺伝子の塩基配列のほか、所望によりエンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)、開始コドン、終止コドンなどを連結することができる。また、製造するタンパク質の精製を容易にするためのタグ配列を連結することもできる。タグ配列としては、Hisタグ、GSTタグ、MBPタグなどの公知のタグをコードする塩基配列を利用することができる。
【0045】
遺伝子がベクターに挿入されたか否かの確認は、公知の遺伝子工学技術を利用して行うことができる。たとえば、プラスミドベクターなどの場合、コンピテントセルを用いてベクターをサブクローニングし、DNAを抽出後、DNAシーケンサーを用いてその塩基配列を特定することで確認できる。他のベクターについても細菌あるいは他の宿主を用いてサブクローニング可能なものは、同様の手法が利用できる。また、薬剤耐性遺伝子などの選択マーカーを利用したベクター選別も有効である。
【0046】
形質転換体は、本発明の組換えベクターを、本発明の改良型タンパク質が発現し得るように宿主細胞に導入することにより得ることができる。形質転換に使用する宿主としては、タンパク質又はポリペプチドを発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、細菌(大腸菌、枯草菌等)、酵母、植物細胞、動物細胞(COS細胞、CHO細胞等)、昆虫細胞が挙げられる。
【0047】
細菌を宿主とする場合は、組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、開始コドン、本発明の改良型タンパク質をコードする核酸、転写終結配列により構成されていることが好ましい。大腸菌としては、例えばエッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)DH5αなどが挙げられ、枯草菌としては、例えばバチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などが挙げられる。細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0048】
細胞内での環状ペプチドの合成を行う場合、環化反応の基質となるペプチドに加えて、当該ペプチドのフォールディングに関与するペプチドを共発現させてもよい。共発現させるペプチドの例としては、SlyA、TF (トリガーファクター)、およびペプチジルプロリルイソメラーゼ(PPIase)、例えば、シクロフィリン、FKBP、およびPin1、などが挙げられ、具体的には、FKBP12が挙げられる。
【0049】
一つの側面において本発明の環状一本鎖抗体は、非環状の一本鎖抗体と比べて凝集体の形成が抑制されている点において優れた効果を有する。一つの態様において、環状一本鎖抗体は凍結乾燥後に再溶解を行って得られた溶液中においても、非環状の一本鎖抗体と比べて凝集体の形成が抑制されている点において優れた効果を有する。別の側面において、環状一本鎖抗体は、非環状の一本鎖抗体と比べて、凍結乾燥によるダメージに対しても耐性を有している。
【0050】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
【実施例1】
【0051】
本実施例においては、GA-ピリジンに特異的に結合するY9-scFvを用いた。本実施例ではN末端からHis-tag、Y9-scFv、LPETG配列で構成されているポリペプチド(Y9-scFv-LPETG、図2)を大腸菌により発現させた。pET21-d(ノバジェン社)に配列番号1のペプチド(図3)をコードするDNA断片(図9)をクローニングしたプラスミド(pSAL-Y9-scFv、図4)を用意した。
【0052】
ソルターゼAを文献記載の方法により調製した(J Biomol NMR. 43(3):145-150(2009))。
【0053】
プラスミドpSAL-Y9-scFvで大腸菌BL21(DE3)を形質転換した。この大腸菌をアンピシリン含有LB寒天培地に広げ、終夜37℃でインキュベートさせて形質転換体を選択した。形成されたコロニーの一つを100μg/mlのアンピシリン含有LB培地(20ml)に植菌して37℃で一晩前培養を行った。この前培養液を100μg/mlのアンピシリン含有LB培地(300ml)に、600nmの濁度が0.1になるように植菌した。600nmの濁度が0.6に到達した時点で終濃度1 mMイソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシドを添加した後、37℃で7時間培養した。培養液を6000 rpm、4℃で10分遠心分離して集菌した。菌体をソニケーションバッファー(50 mM Tris-HCl(pH 8.0),100 mM NaCl)で懸濁させ、氷中において超音波破砕を行った。この溶液を6000 rpm、4℃、20分遠心分離して、不溶性画分を回収した。この不溶性画分を6Mグアニジン溶液で変性させた後、リフォールディングを行い、立体構造を保持したY9-scFv-LPETGを調製した。
【0054】
可溶化は15mLの可溶化バッファーを加えて懸濁し、一晩緩やかに転倒混和することで行った。可溶化後のサンプルは遠心し(12000 rpm 4℃ 20 min)、上清を回収した。回収した上清はNi-NTA (キアゲン社) アフィニティークロマトグラフィーにより精製した。2mL程度のNi-NTAをカラムに詰め、あらかじめ可溶化バッファーにより平衡化しておいた。そこに、遠心後の上清をロードし、Ni-NTAの容量の5倍量の洗浄バッファーを通すことで洗浄し、最後にNi-NTAの容量の0.5倍量の溶出バッファーを用いて計6回溶出した。これを、リフォールディングに用いた。
可溶化バッファー : 6 M グアニジン-HCl, 25 mM リン酸塩 pH 7.4, 375 mM NaCl;
洗浄バッファー: 6 M グアニジン-HCl, 25 mM リン酸塩 pH 7.4, 375 mM NaCl, 10 mMイミダゾール;
溶出バッファー : 6 M グアニジン-HCl, 25 mM リン酸塩 pH 7.4, 375 mM NaCl, 250 mM イミダゾール。
【0055】
リフォールディングは非特許文献1に記載の方法により行った。具体的な手順は以下に示す。前記のY9-scFv-LPETGを含むNi-NTA溶出液をY9-scFv-LPETGの濃度が7.5 μmol/lになるように可溶化バッファーで希釈した。これを、分子量14000程度のカットオフの透析チューブ(積水メディカル: 521768)に入れた。その10倍容量の透析外液に対し透析を行った。透析外液は12時間、もしくは24時間おきに交換した。以下は12時間おきに透析外液を交換した際の手順を示す。透析外液の容量を1Lとして記載する。
1 日目 透析1回目: 透析外液:3 M Gdn-HCl バッファー: 1L;
2 日目 透析2回目: 透析外液 : 2/3 L + ベースバッファー : 1/3 L;
透析3回目: 1 M Gdn-HCl バッファー : 1 L + 375 μM 酸化型グルタチオン (ナカライテスク社);
3 日目 透析4回目: 透析外液 : 500 mL + 1 M Gdn-HCl バッファー: 500 mL + 375 μM 酸化型グルタチオン;
透析5回目: 透析外液 : 500 mL + アルギニンベースバッファー 500 mL + 375 μM 酸化型グルタチオン;
4 日目 透析6回目: 透析外液500 mL + アルギニンベースバッファー 500 mL + 375 μM 酸化型グルタチオン;
透析7回目: アルギニンベースバッファー : 1 L + 375 μM 酸化型グルタチオン;
5 日目 透析8回目:ベースバッファー : 1 L;
【0056】
その後、サンプルを回収した。用いたバッファーの組成を以下に示す。
3 M Gdn-HCl バッファー: 3 M グアニジン-HCl, 50 mM Tris-HCl pH 7.5 @4℃, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA;
1 M Gdn-HCl バッファー: 1 M グアニジン-HCl, 50 mM Tris-HCl pH 7.5 @4℃, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA, 0.4 M L-アルギニン;
ベースバッファー: 50 mM Tris-HCl pH 7.5 @4℃, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA
アルギニンベースバッファー: 50 mM Tris-HCl pH 7.5 @4℃, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA, 0.4 M L-アルギニン;
【0057】
バッファーは用時調製で、酸化型グルタチオン は透析直前に添加した。
【0058】
その後、HRV3Cプロテアーゼを添加し、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分離を行うことでN末端に露出したグリシンを有するY9-scFv-LPETGを調製した。ゲルろ過クロマトグラフィーのランニングバッファーは50 mM HEPES、150 mM NaCl、pH 7.4を用いた。ソルターゼAを用いた環化反応および精製した環状Y9-scFvのSDS-PAGEの結果を図5に示す。各レーンは以下の通り:
レーン1:分子量マーカー;
レーン2:ソルターゼA;
レーン3:Y9-scFVにHRV3C proteaseを添加したもの;
レーン4:Y9-scFVにソルターゼAとHRV3C proteaseを添加したもの;
レーン5:環化反応後;
レーン6:Ni-NTAアフィニティークロマトグラフィーの素通り画分;
レーン7:洗浄画分;
レーン8:溶出画分。
【0059】
Y9-scFv-LPETGとソルターゼAを混ぜて25℃において環化反応を行った後、Ni-NTAアフィニティークロマトグラフィーにより環状Y9-scFvの分離を行った。非環状Y9-scFvを非特許文献1に記載の方法により調製し、対照として使用した。
【0060】
緩衝液(5 mL;50 mM HEPES、150 mM NaCl)中にY9-scFv-LPETG (5μM)、ソルターゼA (5μM)、CaCl2 (10 mM)の組成で混合し、25℃にて1時間静置することで環化反応行った。その後、Ni-NTAアフィニティークロマトグラフィー(Ni-NTA Agarose樹脂;キアゲン社)により環状Y9-scFvの分離を行った。反応液をカラムにアプライした後、平衡化溶液(10 mL;50 mM HEPES、150 mM NaCl)を用いて平衡化し、フロースルーを得た後に、洗浄溶液(8 mL;50 mM Tris-HCl (pH8.0)、500 mM NaCl、10 mM イミダゾール)で洗浄し、その後溶出溶液(5 mL;50 mM Tris-HCl (pH8.0), 500 mM NaCl, 250 mM イミダゾール)で溶出させて、目的物を得た。Y9-scFv-LPETGを700 μg用いて環化反応を行った場合、環状Y9-scFvは500 μg得られた。
【0061】
安定性(凝集性)の評価は動的光散乱測定 (DLS:Dynamic Light Scattering)により行った。測定にはDynaPro NanoStar(Wyatt社)を用い、測定は25℃で行った。環状Y9-scFvおよび比較対象となる非環状Y9-scFvを限外濾過法により濃縮した。濃縮はAmicon Ultra 10 K 0.5 mLを用いた。濃縮した環状Y9-scFvおよび非環状Y9-scFv は3 mg/mLになるように50 mM HEPES、150 mM NaCl、pH 7.4を用いて調製し、4℃にて静置した。静置1日後、14日後においてDLS測定を行い、凝集性について比較した。測定は、4℃にて静置したタンパク質溶液を遠心(15000 rpm、30 min、4℃)し、溶液中の不純物を取り除いた後に得られた上清画分を用いて行った。その結果、静置1日後、14日後においても環状Y9-scFvにおいては慣性半径が約3.2 nmのピークしか観測されておらず、凝集体はほとんど生じていない(図6b)。一方、非環状Y9-scFvにおいては、1日後においては慣性半径が約2.6 nmの分子種と、慣性半径が約110 nmの凝集体由来ピークが強度は低いものの観測されており、少量の凝集体が存在している。14日後においては慣性半径が約370nm近傍の凝集体由来ピークの強度が大きくなっており、経時的に凝集体が生成されていることが明らかとなった(図6a)。
【0062】
環状Y9-scFvおよび非環状Y9-scFvの抗原結合活性の評価を表面プラズモン共鳴測定により行った。測定には、Biacore T200(GEヘルスケア社)を用いた。測定は、GA-pyridineを含むペプチド (Biotin - Gly - Ala - Gly - (GA-pyridine) - Gly - Ala-CONH2) をセンサーチップSA (GEヘルスケア社)に固定化して行った。25℃の条件において、環状Y9-scFvおよび非環状Y9-scFvをHBS-EPバッファーにより70 nMに調製したのち、測定を行った。その結果、環状Y9-scFvおよび非環状Y9-scFv間で、センサーグラムの強度および形状は類似しており(図7)、抗原結合活性は同等であることが確認された(表1)。
【0063】
【表1】
【0064】
環状Y9-scFvおよび非環状Y9-scFvの熱安定性の評価を示差走査蛍光測定(DSF)により行った。その結果、環状Y9-scFvおよび非環状Y9-scFvの間で、熱変性曲線のシフトが見られず(図8)、熱安定性も同等であることが確認された(表2)。
【0065】
【表2】
【比較例1】
【0066】
以下に記載の実施例2においては、HER2に特異的に結合するトラスツズマブ由来のscFvである、Tras-scFvを用いた。環状Tras-scFvの比較対照である非環状Tras-scFvを以下に記載の手順により調製した。
【0067】
N末端からTras-scFv、His-tag配列で構成されているポリペプチド(Tras-scFv、図11)を大腸菌により発現させるために、pET28(ノバジェン社)配列番号3のペプチド(図12)をコードするDNA断片(配列番号4)をクローニングしたプラスミド(pET28-Tras-scFv、図13)を用意した。
【0068】
プラスミドpET28-Tras-scFvで大腸菌BL21(DE3)(ノバジェン社)を形質転換した。この大腸菌をカナマイシン含有LB寒天培地に広げ、終夜37℃でインキュベートさせて形質転換体を選択した。形成されたコロニーの一つを50μg/mlのカナマイシン含有LB培地(20ml)に植菌して37℃で一晩前培養を行った。この前培養液を50μg/mlのカナマイシン含有LB培地(300ml)に、600nmの濁度が0.1になるように植菌した。600nmの濁度が0.6に到達した時点で終濃度1 mMイソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシドを添加した後、37℃で7時間培養した。培養液を6000 rpm、4℃で10分遠心分離して集菌した。菌体をソニケーションバッファー(50 mM Tris-HCl(pH 8.0),100 mM NaCl)で懸濁させ、氷中において超音波破砕を行った。この溶液を6000 rpm、4℃、20分遠心分離して、不溶性画分を回収した。この不溶性画分を6Mグアニジン溶液で変性させて可溶化した後、リフォールディングを行い、立体構造を保持したTras-scFvを得た。可溶化とリフォールディングは実施例1に記載の手法で行った。
【0069】
その後、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分離を行うことでTras-scFvを調製した。ゲルろ過クロマトグラフィーにはSuperdex-75 (16/600) (GE ヘルスケア社)を用い、ランニングバッファーは50 mM HEPES、150 mM NaCl、pH 7.4を用いた。精製した非環状Tras-scFvのSDS-PAGEの結果を図14に示す。
【実施例2】
【0070】
本実施例においては、HER2に特異的に結合するトラスツズマブ由来のscFvである、Tras-scFvを用いた。本実施例ではN末端からHis-tag、Tras-scFv、LPETG配列で構成されているポリペプチド(Tras-scFv-LPETG、図15)を大腸菌により発現させた。pET21-dに配列番号5のペプチド(図16)をコードするDNA断片(配列番号7)をクローニングしたプラスミド(pSAL-Tras-scFv、図17)を用意した。
【0071】
ソルターゼAを実施例1に記載の方法により調製した。
【0072】
プラスミドpSAL-Tras-scFvで大腸菌BL21(DE3)を形質転換した。この大腸菌をアンピシリン含有LB寒天培地に広げ、終夜37℃でインキュベートさせて形質転換体を選択した。形成されたコロニーの一つを100μg/mlのアンピシリン含有LB培地(20ml)に植菌して37℃で一晩前培養を行った。この前培養液を100μg/mlのアンピシリン含有LB培地(300ml)に、600nmの濁度が0.1になるように植菌した。600nmの濁度が0.6に到達した時点で終濃度1 mMイソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシドを添加した後、37℃で7時間培養した。培養液を6000 rpm、4℃で10分遠心分離して集菌した。菌体をソニケーションバッファー(50 mM Tris-HCl(pH 8.0),100 mM NaCl)で懸濁させ、氷中において超音波破砕を行った。この溶液を6000 rpm、4℃、20分遠心分離して、不溶性画分を回収した。この不溶性画分を6Mグアニジン溶液で変性させて可溶化した後、リフォールディングを行い、立体構造を保持したTras-scFv-LPETGを調製した。可溶化とリフォールディングは実施例1に記載の手法で行った。
【0073】
その後、HRV3Cプロテアーゼを添加し、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分離を行うことでN末端に露出したグリシンを有するTras-scFv-LPETGを調製した。ゲルろ過クロマトグラフィーにはSuperdex-75 (16/600) (GE ヘルスケア社)を用い、ランニングバッファーは50 mM HEPES、150 mM NaCl、pH 7.4を用いた。Tras-scFv-LPETGとソルターゼAを混ぜて25℃において環化反応を行った後、Ni-NTAアフィニティークロマトグラフィーにより環状Tras-scFvの分離を行った。
【0074】
ソルターゼAを用いた環化反応および精製した環状Tras-scFvのSDS-PAGEの結果を図18に示す。各レーンは以下の通り:
レーン1:分子量マーカー;
レーン2:ソルターゼA;
レーン3:Tras-scFvにHRV3C proteaseを添加したもの;
レーン4:環状化反応後;
レーン5:Ni-NTAアフィニティークロマトグラフィーの素通り画分;
レーン6:洗浄画分;
レーン7:溶出画分
【0075】
緩衝液(5 mL;50 mM HEPES、150 mM NaCl)中にTras-scFv-LPETG (5μM)、ソルターゼA (5μM)、CaCl2 (10 mM)の組成で混合し、25℃にて1時間静置することで環化反応行った。その後、Ni-NTAアフィニティークロマトグラフィー(Ni-NTA Agarose樹脂;和光純薬社)により環状Tras-scFvの分離を行った。反応液をカラムにアプライした後、平衡化溶液(10 mL;50 mM HEPES、150 mM NaCl)を用いて平衡化し、フロースルーを得た後に、洗浄溶液(8 mL;50 mM Tris-HCl (pH8.0)、500 mM NaCl、10 mM イミダゾール)で洗浄し、その後溶出溶液(5 mL;50 mM Tris-HCl (pH8.0), 500 mM NaCl, 250 mM イミダゾール)で溶出させて、目的物を得た。Tras-scFv-LPETGを700 μg用いて環化反応を行った場合、環状Tras-scFvは500 μg得られた。
【0076】
安定性(凝集性)の評価は動的光散乱測定 (DLS:Dynamic Light Scattering)により行った。測定にはDynaPro NanoStar(Wyatt社)を用い、測定は25℃で行った。環状Tras-scFvおよび比較対象となる非環状Tras-scFvを限外濾過法により濃縮した。濃縮はAmicon Ultra 10 K 0.5 mLを用いた。濃縮した環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFv は3 mg/mLになるように50 mM HEPES、150 mM NaCl、pH 7.4を用いて調製し、4℃にて静置した。静置1日後においてDLS測定を行い、凝集性について比較した。測定は、4℃にて静置したタンパク質溶液を遠心(15000 rpm、30 min、4℃)し、溶液中の不純物を取り除いた後に得られた上清画分を用いて行った。その結果、静置1日後においても環状Tras-scFvにおいては慣性半径が約3.2 nmのピークしか観測されておらず、凝集体はほとんど生じていない(図19)。一方、非環状Tras-scFvにおいては、静置1日後において慣性半径が約2.6 nmの分子種と、慣性半径が約100 nmの凝集体由来ピークが強度は低いものの観測されており、凝集体が存在している。
【0077】
環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvの抗原結合活性の評価を表面プラズモン共鳴測定により行うために、HER2のトラスツズマブ結合領域を含むペプチド断片 (HER2-Tras結合断片)とグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST) の融合タンパク質 (GST-HER2)を調製した。N末端からGST、HER2-Tras結合断片配列で構成されているポリペプチド(GST-HER2、図20)を大腸菌により発現させるために、pGEX4T-3に配列番号8のペプチド(図21)をコードするDNA断片(配列番号9)をクローニングしたプラスミド(pGEX4T-HER2)を用意した。プラスミドpGEX4T-HER2で大腸菌SHuffle-T7 (New England Biolab社)を形質転換した。この大腸菌を100μg/mlのアンピシリンおよび50μg/mLのストレプトマイシン含有LB寒天培地に広げ、終夜37℃でインキュベートさせて形質転換体を選択した。形成されたコロニーの一つを100μg/mlのアンピシリンおよび50μg/mLのストレプトマイシン含有LB培地(20ml)に植菌して37℃で一晩前培養を行った。この前培養液を100μg/mlのアンピシリンおよび50μg/mLのストレプトマイシン含有TB培地(300ml)に植え継いだ。600nmの濁度が2.5~3に到達した時点で終濃度1 mMイソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシドを添加した後、アイスバス中で15℃まで急冷し、15℃で72時間培養した。培養液を6000 rpm、4℃で10分遠心分離して集菌した。菌体をソニケーションバッファー(50 mM Tris-HCl(pH 8.0),100 mM NaCl)で懸濁させ、氷中において超音波破砕を行った。この溶液を6000 rpm、4℃、20分遠心分離して、上清を回収した。回収した上清から、グルタチオンセファロース4B (GS-4B)(GEヘルスケア社)を用いたアフィニティークロマトグラフィーによりGST-HER2の分離を行った。回収した上清をGS-4Bアフィニティークロマトグラフィーカラムにアプライした後、洗浄溶液(8 mL;50 mM Tris-HCl (pH8.0)、150 mM NaCl)で洗浄し、その後溶出溶液(5 mL;50 mM Tris-HCl (pH8.0), 150 mM NaCl,30 mM 還元型グルタチオン)で溶出させて、目的物を得た。GS-4Bアフィニティークロマトグラフィーにより得られた産物を、さらに、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。ゲルろ過クロマトグラフィーにはSuperdex-200 (16/600) (GE ヘルスケア社)を用い、ランニングバッファーは50 mM HEPES、150 mM NaCl、pH 7.4を用いた。精製したGST-HER2のSDS-PAGEの結果を図22に示す。
【0078】
環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvの抗原結合活性の評価を表面プラズモン共鳴測定により行った。測定には、Biacore T200(GEヘルスケア社)を用いた。測定は、HER2のトラスツズマブ結合領域を含むペプチド断片とグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)の融合タンパク質 (GST-HER2)をセンサーチップに固定化して行った。センサーチップはSeries S Sensor Chip CM5 (GEヘルスケア社)を用い、GST-HER2の固定化はGST Capture Kit (GEヘルスケア社)を用いた。25℃の条件において、環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvをHBS-EPバッファーにより70 nMに調整したのち、測定を行った。その結果、環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFv間で、センサーグラムの強度および形状は類似しており(図23)、抗原結合活性は同等であることが確認された(表3)。
【0079】
【表3】
【実施例3】
【0080】
本実施例においては、HER2に特異的に結合するトラスツズマブ由来のscFvである、Tras-scFvを用いた。また、インテイン反応を用いて大腸菌体内で環状化反応を行った。本実施例ではN末端から、マルトース結合タンパク質(MBP)、DnaE-C、His-tag、Tras-scFv、DnaE-Nで構成されているポリペプチド(Tras-scFv-Intein、図24)を大腸菌により発現させた。非特許文献記載のプラスミドpCold-NcoI(Kobashigawa Y et al., Genes Cells, 20, 860-870 (2015))に配列番号10のペプチド(図25)をコードするDNA断片(配列番号12)をクローニングしたプラスミド(pNMK-Tras-scFv、図26)を用意した。
【0081】
pET21-dに配列番号13および図27で示されるFKBP12をコードするDNA断片をクローニングしたプラスミド(pET21-FKBP12:図28)を用意した。
【0082】
pNMK-Tras-scFv、pET21-FKBP12、pG-KJE8 (タカラバイオ社)で大腸菌株SHuffle-T7 (New England Biolab社)を形質転換した。この大腸菌を100μg/mlのアンピシリン、50μg/mlのカナマイシン、30μg/mlのクロラムフェニコール、50μg/mlのストレプトマイシン含有LB寒天培地に広げ、終夜37℃でインキュベートさせて形質転換体を選択した。形成されたコロニーの一つを100μg/mlのアンピシリン、50μg/mlのカナマイシン、30μg/mlのクロラムフェニコール、50μg/mlのストレプトマイシン含有TB培地(20ml)に植菌して37℃で一晩前培養を行った。この前培養液を100μg/mlのアンピシリン、50μg/mlのカナマイシン、30μg/mlのクロラムフェニコール、50μg/mlのストレプトマイシン、5ng/mlのテトラサイクリン含有TB培地(300ml)に植え継いだ。600nmの濁度が2.5~3に到達した時点で終濃度1 mMイソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシドを添加した後、15℃までアイスバス中で急冷し、さらに72時間培養した。培養液を6000 rpm、4℃で10分遠心分離して集菌した。菌体をソニケーションバッファー(50 mM Tris-HCl(pH 8.0),100 mM NaCl)で懸濁させ、氷中において超音波破砕を行った。この溶液を6000 rpm、4℃、20分遠心分離して、上清を回収した。回収した上清から、Ni-NTAアフィニティークロマトグラフィー(Ni-NTA Agarose樹脂;和光純薬社)により環状Tras-scFvの分離を行った。回収した上清をNi-NTAアフィニティークロマトグラフィーカラムにアプライした後、洗浄溶液(8 mL;50 mM Tris-HCl (pH8.0)、500 mM NaCl、10 mM イミダゾール)で洗浄し、その後溶出溶液(5 mL;50 mM Tris-HCl (pH8.0), 500 mM NaCl, 250 mM イミダゾール)で溶出させて、目的物を得た。Ni-NTAにより得られた産物を、さらに、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。ゲルろ過クロマトグラフィーにはSuperdex-75 (16/600) (GE ヘルスケア社)を用い、ランニングバッファーは50 mM HEPES、150 mM NaCl、pH 7.4を用いた。インテイン反応を用いて環化および精製した環状Tras-scFvのSDS-PAGEの結果を図29に示す。
【0083】
環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvの抗原結合活性の評価を表面プラズモン共鳴測定により行った。測定には、Biacore T200(GEヘルスケア社)を用いた。測定は、HER2のトラスツズマブ結合領域を含むペプチド断片とグルタチオンS-トランスフェラーゼ (GST) の融合タンパク質 (GST-HER2)をセンサーチップに固定化して行った。センサーチップはSeries S Sensor Chip CM5 (GEヘルスケア社)を用い、GST-HER2の固定化はGST Capture Kit (GEヘルスケア社)を用いた。25℃の条件において、環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvをHBS-EPバッファーにより70 nMに調製したのち、測定を行った。その結果、環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFv間で、センサーグラムの強度および形状は類似しており(図30)、抗原結合活性は同等であることが確認された(表4)。
【0084】
【表4】
【実施例4】
【0085】
本実施例においては、実施例2において調製した環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvを用いて凍結乾燥を行い、その後、水に再溶解させた際の凝集体の形成量について比較を行った。凝集体の量は、360nmにおける吸光度を測定することにより観測することができ、凝集体の量が多いほど360nmにおける吸光度が高くなる。
【0086】
緩衝液 (50 mM HEPES、pH7.4、 150 mM NaCl)に溶解している環状、または、非環状Tras-scFvを限外濾過により1.3 mg/mLまで濃縮した。この溶液を500 μL調製した。この溶液を、透析外液 (10 mM クエン酸ナトリウム、90 mM スクロース、pH 6.2) 1 Lに対して透析した。透析膜内液を回収後、再び濃度定量し、1.3 mg/mLのscFv溶液400 μLを1.5mLのマイクロチューブに1.3 mg/mLの濃度に調製した。この溶液を液体窒素で凍結し、凍結乾燥を行った。溶媒が完全に昇華したことを確認し、超純水85 μLを加えて4℃で1時間程度静置し、時々ピペットにより穏やかに混合することにより再溶解した。再溶解後の濃度は約6 mg/mLであった。この溶液について360 nmの吸光度を測定した。その結果、環状Tras-scFvの方が非環状Tras-scFvに比べて360 nmの吸光度が低く、凝集体の量が少ないことが見出された(表5)。環状Tras-scFvの抗原結合活性は凍結乾燥前および凍結乾燥後に再溶解させたものにおいて、表面プラズモン共鳴測定を行い、抗原親和性が同等であることが確認された(表6)。また、凍結乾燥後の環状Tras-scFvおよび非環状Tras-scFvを40nMの濃度に調製し、表面プラズモン共鳴測定における最大RU値の比較を行った。最大RU値は凍結乾燥後に再溶解した際のTras-scFvの残存活性の指標であり、最大RU値が大きいほど残存活性が高いことを示している。その結果、環状Tras-scFvの方は非環状Tras-scFvに比べて最大RU値が大きく、凍結乾燥後により高い残存活性を有することが見出された(表7)。
【0087】
【表5】
【0088】
【表6】
【0089】
【表7】
図1
図2
図3
図4
図5
図6a
図6b
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
【配列表】
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