(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-26
(45)【発行日】2024-02-05
(54)【発明の名称】液体吐出ヘッド、液体吐出装置
(51)【国際特許分類】
B41J 2/14 20060101AFI20240129BHJP
B41J 2/16 20060101ALI20240129BHJP
【FI】
B41J2/14 611
B41J2/14 201
B41J2/16 101
B41J2/16 201
B41J2/14 613
B41J2/14 209
(21)【出願番号】P 2020010814
(22)【出願日】2020-01-27
【審査請求日】2023-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】船橋 翼
(72)【発明者】
【氏名】三隅 義範
(72)【発明者】
【氏名】加藤 麻紀
(72)【発明者】
【氏名】石田 譲
(72)【発明者】
【氏名】松居 孝浩
【審査官】亀田 宏之
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-176697(JP,A)
【文献】特開2020-001182(JP,A)
【文献】特開2017-052274(JP,A)
【文献】特開2001-315347(JP,A)
【文献】特開2012-183681(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01-2/215
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体が吐出するための熱変換素子と、
前記熱変換素子を覆う絶縁層と、
液体が吐出する吐出口と連通し、前記絶縁層の上方に液体が流れる液流路と、
を有する液体吐出ヘッドであって、
前記絶縁層を介して前記熱変換素子を覆い、白金族元素を含んだ材料から形成される第1の保護層と、
前記第1の保護層を覆い、タンタル、タングステン、チタン、およびケイ素の少なくとも1つを含んだ材料から形成され、表面が露出するように前記液流路に配された第2の保護層と、
表面が露出するように前記液流路に配され、前記第1の保護層である第1の電極との間に電圧を印加可能に構成された第2の電極と、
を有
し、
前記第1の保護層は、前記第2の保護層の溶出に応じて前記第1の電極として作用する
ことを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項2】
液体が吐出するための熱変換素子と、
前記熱変換素子を覆う絶縁層と、
液体が吐出する吐出口と連通し、前記絶縁層の上方に液体が流れる液流路と、
を有する液体吐出ヘッドであって、
前記絶縁層を介して前記熱変換素子を覆い、白金族元素を含んだ材料から形成される第1の保護層と、
前記第1の保護層を覆い、タンタル、タングステン、チタン、およびケイ素の少なくとも1つを含んだ材料から形成され、表面が露出するように前記液流路に配された第2の保護層と、
表面が露出するように前記液流路に配され、前記第1の保護層である第1の電極との間に電圧を印加可能に構成された第2の電極と、を有
し、
前記第1の保護層が露出したかを検知する検知手段の少なくとも一部をさらに有する
ことを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項3】
前記検知手段は、前記第1の保護層と前記第2の電極との間の電流を計測する電流計を含み、電流計が示す電流値に基づき、前記第1の保護層が露出したかを検知する
請求項
2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項4】
前記検知手段に基づき前記
第1の保護層が露出したと検知された場合、液体吐出ヘッドが動作している間、電圧印加手段によって前記第1の保護層と前記第2の電極との間に電圧が印加される
請求項
2または
3に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項5】
前記電圧印加手段および前記検知手段は、1つまたは所定の集合体の前記熱変換素子ごと対応して設けられており、前記熱変換素子に対応する前記電圧印加手段は、該熱変換素子に対応して設けられた前記検知手段の前記検知に応じて電圧を印加する
請求項
4に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項6】
前記第1の保護層がイリジウムを含んだ材料から形成される
請求項1から
5のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項7】
前記絶縁層と前記第1の保護層との間に第1の密着層を有する
請求項1から
6のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項8】
前記第2の保護層の一部を覆うように形成された第2の密着層を有する
請求項1から
7のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項9】
前記液流路は、
少なくとも、前記吐出口が形成された流路形成部材と、前記熱変換素子が配置され、前記絶縁層に覆われた基板と、によって形成されている
請求項1から
8のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項10】
前記第2の電極および前記第1の保護層は同じ材料で形成されている
請求項1から
9のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項11】
複数個の前記熱変換素子が配列方向に配されており、前記第2の電極は、前記配列方向の交差する方向に配されている
請求項1から
10のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項12】
請求項1から
11のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッドを有する液体吐出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、液体吐出ヘッド、液体吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
発熱抵抗体による発熱により液体を吐出口から吐出させる液体吐出ヘッドがある。
【0003】
特許文献1には、発熱抵抗体と、発熱抵抗体を液体と電気的に絶縁するための絶縁層と、絶縁層上の発熱抵抗体による熱が作用する領域である熱作用部に設けられたタンタル等の保護層とが形成された液体吐出ヘッド基板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
液体吐出ヘッドの高耐久化に伴いより、保護層にも耐久性が求められている。タンタルは発熱と液体の発泡によって液体に溶出する。このため、タンタルを厚く成膜することで保護層の耐久性の向上を達成してきた。しかしながら、保護層を厚く成膜してしまうと発熱抵抗体による熱効率が低下する虞がある。
【0006】
本開示は、熱効率の低下を抑制して、耐久性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の液体吐出ヘッドは、液体が吐出するための熱変換素子と、前記熱変換素子を覆う絶縁層と、液体が吐出する吐出口と連通し、前記絶縁層の上方に液体が流れる液流路と、を有する液体吐出ヘッドであって、前記絶縁層を介して前記熱変換素子を覆い、白金族元素を含んだ材料から形成される第1の保護層と、前記第1の保護層を覆い、タンタル、タングステン、チタン、およびケイ素の少なくとも1つを含んだ材料から形成され、表面が露出するように前記液流路に配された第2の保護層と、表面が露出するように前記液流路に配され、前記第1の保護層である第1の電極との間に電圧を印加可能に構成された第2の電極と、を有し、前記第1の保護層は、前記第2の保護層の溶出に応じて前記第1の電極として作用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本開示の技術によれば、熱効率の低下を抑制して、耐久性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】液体吐出装置の制御構成を説明するためのブロック図である。
【
図3】液体吐出ヘッド用基板を模式的し示した斜視図である。
【
図4】液体吐出ヘッド用基板の、平面模式図および断面模式図である。
【
図6】液体吐出ヘッド用基板の検知回路を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、添付の図面を参照して実施形態を例示的に詳細に説明する。
【0011】
<第1の実施形態>
[液体吐出ヘッドの構成]
図1は、本実施形態で使用可能な液体吐出ヘッド1の斜視図である。本実施形態の液体吐出ヘッド1は、液体吐出モジュール20が複数個が配列されて構成される。個々の液体吐出モジュール20は、複数の吐出素子が配列された液体吐出ヘッド用基板10と、個々の吐出素子に電力と吐出信号とを供給するためのフレキシブル配線基板40と、を有している。フレキシブル配線基板40のそれぞれは、電力供給端子と吐出信号入力端子とが配された電気配線基板90に共通して接続されている。液体吐出モジュール20は、液体吐出ヘッド1に対し簡易的に着脱することができる。よって、液体吐出ヘッド1には、これを分解することなく、任意の液体吐出モジュール20を外部から容易に取りつけたり取り外したりすることができる。
【0012】
[液体吐出装置の構成]
図2は、本実施形態に使用可能な液体吐出装置2の制御構成を示すブロック図である。CPU200は、ROM201に記憶されているプログラムに従いRAM202をワークエリアとして使用しながら、液体吐出装置2の全体を制御する。CPU200は、例えば、外部に接続されたホスト装置600より受信した吐出データに、ROM201に記憶されているプログラムおよびパラメータに従って所定のデータ処理を施し、液体吐出ヘッド1が吐出可能な吐出信号を生成する。そして、この吐出信号に従って液体吐出ヘッド1を駆動しながら、搬送モータ503を駆動して液体の付与対象媒体を所定の方向に搬送することにより、液体吐出ヘッド1から吐出された液体を付与対象媒体に付着させる。
【0013】
液体循環ユニット204は、液体吐出ヘッド1に液体を循環させながら供給し、液体吐出ヘッド1における液体の流量調整を行うためのユニットである。液体循環ユニット204は、液体を貯留するサブタンク、サブタンクと液体吐出ヘッド1との間で液体を循環させる流路や、複数のポンプ、弁機構などを備えている。そして、CPU200の指示の下、液体吐出ヘッド1において液体が所定の流量で流れるように、上記複数のポンプや弁機構を制御する。
【0014】
[液体吐出ヘッド用基板について]
図3は、個々の液体吐出モジュール20に備えられた液体吐出ヘッド用基板10を模式的に示した断面斜視図である。液体吐出ヘッド用基板10は、回路基板100上に流路形成部材120が積層方向に積層されて構成されている。
【0015】
流路形成部材120には、液体が吐出する吐出口121が、液体吐出ヘッド用基板10の長手方向に複数個並んでいる。
図3では、長手方向に配列された吐出口121は、同種類の液体、例えば共通のサブタンクや液体供給口23から供給される液体が吐出する。
【0016】
ここでは流路形成部材120が液流路122を形成した例を示しているが、液流路122は、流路壁部材と、その上に吐出口121が形成された吐出口形成部材とによって形成された構成であってもよい。
【0017】
回路基板100上の、個々の吐出口121に対応する位置には、電気熱変換素子301(
図3では不図示、
図4に図示)が配されている。電気熱変換素子301は単に熱変換素子とも称す。電気熱変換素子301の発熱による回路基板100上の加熱部は、液体を加熱する熱作用部101となる。熱作用部101は、吐出口121と対向する領域に位置するように設けられている。吐出信号に応じて電気熱変換素子301に電圧が印加されると、電気熱変換素子301は熱作用部101を介して液体を加圧し、液体が吐出口121から液滴として吐出される。電気熱変換素子301への電力や駆動信号は、回路基板100上に配された端子17を介して、フレキシブル配線基板40より供給される。
【0018】
回路基板100には、回路基板100を貫通して設けられた液体供給口23および液体回収口24が配されている。液流路122は、液体供給口23および液体回収口24と接続されている。液体供給口23から熱作用部101を経て、吐出口121に連通する液流路122を形成している。吐出されなかった液体は、液体回収口24から回収される。
【0019】
また、液流路122内の、熱作用部101の近傍にある熱作用部以外の領域には、対向電極103(第2の電極ともいう)が配置されている。
【0020】
[保護層について]
図4(a)は、
図3の領域IVaを拡大して模式的に示した平面図である。尚、液体供給口23および液体回収口24については省略して示している。
図4(a)に示すように熱作用部101には電気熱変換素子301を保護する保護層401が形成されている。それぞれの大きさは、例えば、電気熱変換素子301が18×20μm、保護層401が24×26μmである。保護層401は電気熱変換素子301および熱作用部101を覆うように形成されている。保護層401は、熱作用部101および電気熱変換素子301を保護し、本実施形態の保護層401はコゲ抑制手段としても作用する。
【0021】
図4(b)は、
図4(a)のIVb-IVb断面線における断面図である。説明を容易にするため、流路形成部材120については省略して示している。また、液体吐出ヘッド用基板10には、電気熱変換素子301の発熱およびコゲ抑制に必要な電気的エネルギーを供給するための配線が接続されているが、その配線は省略して示している。
【0022】
図4(b)に示すように、熱作用部101では、発熱を担う電気熱変換素子301が回路基板100に配されている。さらに回路基板100を覆うように絶縁層104が形成されており、絶縁層104上の熱作用部101には保護層401が形成されている。保護層401と電気熱変換素子301とは絶縁層104によって電気的に絶縁されている。
【0023】
電気熱変換素子301がある側が下方、吐出口121がある側が上方とすると、絶縁層104の上方に液体が流れる。そして、液体は、電気熱変換素子301によって加圧され、液体が下方から上方に向けて吐出される。尚、この上下の方向が、液流路122の高さ方向である。
【0024】
ここで保護層401の材料について説明する。保護層としてタンタル等の、液体に溶出する材料が用いられることがある。液体吐出ヘッド1において液体を吐出すると、電気熱変換素子301による発熱により液体に含まれる成分が熱作用部101の表面にコゲとして付着する。このコゲにより、電気熱変換素子301の熱が液体への熱伝導が阻害され、液体の吐出速度が低下する恐れがある。そこで、上記のような材料で保護層を形成すると、電気熱変換素子301の発熱によって表面が酸化し、吐出による液体の発泡や消泡による影響を受けて削れる。このようにして保護層が溶出することによって熱作用部101にコゲが発生しにくく、コゲが発生したとしても保護層401の表面がコゲとともに削れて消失されるため、コゲの蓄積が抑制され、コゲによる液体の吐出速度の低下を抑制することができる。しかし、タンタルの保護層は、溶出を繰り返すと最終的には保護層としての機能を失う。保護層の材料としてタンタルが用いられる場合、保護層を厚く形成することにより保護層の耐久性を向上させることができる。しかしながら、保護層の、熱作用部101から吐出口121への高さ方向(z方向)の長さ(厚さ)がおよそ300nmを超えると、電気熱変換素子301による発泡効率(熱効率)が低下する。このため必要な発泡効率を得るためには保護層の厚さは150~300nm程度に留めなければならない。しかし保護層がタンタルの場合、保護層401がこの厚さでは、6E+8パルス程度の耐久性能しか得られないことになる。
【0025】
保護層401として、高温下でも膜厚を減少させにくい白金族元素の材料が用いられることがある。上述のような材料の酸化や消失に伴う保護層の溶出に関して、白金族元素の材料は溶出しにくいためタンタルよりも薄く形成できるが、保護層の溶出によるコゲの除去の効果は低い。そこで、液流路122内に対向電極103を設け、さらに保護層を電極として作用させることによりコゲを抑制させる。しかし、電気熱変換素子301が駆動している間は、保護層と対向電極との間に電圧を印加しておくため、保護層を白金族元素の材料で形成した場合の保護層の耐久性は5E+8パルス分程度である。
【0026】
そこで本実施形態では、保護層401を積層膜とし、そのうち少なくとも1層以上は導電性の材料で形成された第1の保護層として形成し、第1の保護層の上に第2の保護層を積層する。第2の保護層はタンタル等の溶出する材料で形成され、最初は、第2の保護層による溶出によってコゲを抑制する。第2の保護層が全て溶出した後は、第1の保護層が電極として作用して、コゲを抑制する。このように、本実施形態では保護層を少なくともタンタル等の溶出する材料で形成された保護層と電極として作用する保護層とを含む積層膜とすることで、保護層の耐久性を向上させる方法を説明する。
【0027】
尚、
図4(a)では、保護層401は、電気熱変換素子301ごとに分断して配置した例を示したが、保護層401は複数の電気熱変換素子301を跨ぐような領域で形成してもよい。
【0028】
[上部保護層と下部保護層について]
図4(b)に示すように、本実施形態の保護層401は、下部保護層421(第1の保護層)と上部保護層411(第2の保護層)とを有する。上部保護層411および下部保護層421いずれの保護層も電気熱変換素子301の発熱に伴う化学的、物理的衝撃から電気熱変換素子301を守るために形成されている。
【0029】
上部保護層411は、タンタル、タングステン、チタンなどの化学的耐性の高い元素を含むのが好ましく、ケイ素と炭素や窒素、酸素等を組み合わせた膜が使用されてもよい。これらの材料はいずれも高温(約700℃)では僅かずつ液体中に溶出して膜厚を減少させる。すなわち、電気熱変換素子301の発熱や液体の発泡によって上部保護層411が酸化し、液体に溶出することにより上部保護層411表面はコゲつきにくい状態が保たれる。本実施形態の上部保護層はタンタルで形成されているものとして説明する。
【0030】
下部保護層421は、上部保護層411と異なり、高温下でも膜厚を減少させにくいイリジウム等の白金族元素を含んだ材料で形成されている。上部保護層411が溶出して下部保護層421が露出すると、溶出によるコゲ抑制効果は無くなるが、上部保護層411による酸化膜が形成されなくなるため下部保護層421が作用電極として作用する。電極として作用可能となった下部保護層421を作用電極601(または第1の電極)とよぶ。また、本実施形態の液流路には、
図3および
図4に示すとおり、対向電極103(第2の電極)が配されている。上部保護層411が溶出した後は、作用電極601と対向電極103との間に不図示の電圧印加手段である回路によって電圧を印加することによりコゲを抑制させる。
【0031】
ここで電圧印加によるコゲ抑制について説明する。電極として作用する第1保護層である作用電極601および対向電極103間に電圧を印加すると、対向電極103に対して作用電極601の電位は低くなる。これにより、液流路122内のインク中の陰イオンや陰性を有するコロイド粒子は、作用電極601から反発して遠ざけられると共に対向電極103に引き寄せられる。インク中にこのような電界が形成されている状態では、電気熱変換素子301が急激に発熱しても、コゲを形成するインク成分(陰イオンや陰性を有するコロイド粒子)は熱作用部101に付着し難いためコゲは抑制される。作用電極601と対向電極103との間の電位差はインクを介して両電極間に電流が流れない程度であることが好ましい。
【0032】
対向電極103は、例えば30×10μmの大きさである。
図4(a)では電気熱変換素子301(熱作用部101)の配列方向(+x方向)の右側にのみに対向電極103が配置されている例を示した。他にも、対向電極103は、電気熱変換素子301の配列方向に交差する方向の両側に配置されてもよいし、または熱作用部101を囲うように配置されてもよい。このように配置されることにより、作用電極601および対向電極103の両電極間に電圧を印加することで液体中の荷電粒子と熱作用部101との距離を制御することができ、適切な電圧を印加することで保護層401表面へのコゲつきを抑えることができる。
【0033】
対向電極103は、例えば作用電極601である下部保護層421と共通の材料で形成されればよい。特に、対向電極103の最表層を白金族元素とすることで、表面に酸化膜が形成されにくくなり、対向電極103と作用電極601との間の電圧を印加した場合に電界強度を大きく保つようにすることができる。
【0034】
なお、上部保護層411の有無によらず、液体吐出ヘッド1を使用している状態において、予め作用電極601と対向電極103との間に電圧を印加してもよい。上部保護層411によって作用電極601が覆われた状態では、作用電極601と対向電極103との間に電圧が印加されることによりタンタルで形成された上部保護層411の表面に酸化膜が形成されるため、上部保護層411は電極としては機能しない。このように使用すると、後述する第3の実施形態の上部保護層411の溶出を検知する手段を設ける必要がない点で好ましい。
【0035】
[製造方法について]
本実施形態の保護層401が配された基板の製造方法を説明する。但し、配線と回路の形成プロセスについては省略して説明する。まず、用意された回路基板100上に電気熱変換素子301となる膜を5~100nmの厚さで成膜し、ドライエッチングすることによって素子を形成する。次に、絶縁層104を10~300nmで成膜した後、保護層401を形成するために、下部保護層421、上部保護層411となる膜を順に成膜する。膜厚は下部保護層が10~70nm、上部保護層が100~500nmである。上部保護層411は耐熱性の高いタンタル等の単体金属が好ましい。また、下部保護層421は加工性や電極としての安定性を考慮してイリジウムやその酸化膜等の白金族金属が好ましい。上部保護層411および下部保護層421を一括でドライエッチングによりパターニングした後、上部保護層411と下部保護層421との選択比を確保しつつドライエッチングで取り去る。
【0036】
[保護層の耐久性について]
液体吐出ヘッド1の動作時において、上部保護層411は酸化膜を形成しながら液体中へ溶出していく。上部保護層411が全て溶出して保護膜としての機能およびコゲ抑制の機能を失うまで、上部保護層411の厚さが約200nmの場合、凡そ6E+8パルス分の液体の吐出が可能である。
【0037】
上部保護層411が全て溶出しきると下部保護層421が作用電極601として作用する。電気熱変換素子301の駆動中は作用電極601と対向電極103間に電圧を印加しておくことでコゲ抑制する。下部保護層421は、5E+8パルス分程度の液体の吐出するまで、コゲ抑制手段として機能することが可能である。
【0038】
従って、本実施形態では、保護層401を少なくとも上部保護層411と下部保護層421とで形成することにより、保護層401がその機能を有した状態で、液体吐出ヘッド1は合計で1.1E+9パルス分の液体の吐出が可能となる。また、下部保護層421は溶出しないため、上部保護層411より薄く、例えば厚さが10nmで形成される。この場合、保護層401の厚さの合計210nmとなり、保護層401が発泡効率に及ぼす影響も抑制させることができる。
【0039】
以上説明したように本実施形態においては、熱作用部101の保護層を、少なくともタンタル等の溶出する材料で形成された保護層と、電極として作用する保護層と、を含む積層膜とする。このため本実施形態によれば、保護層401による発泡効率へ及ぼす影響を抑制させて、保護層の耐久性を向上さることができる。このため、液体吐出ヘッド1の耐久性についても向上させることができる。
【0040】
<第2の実施形態>
本実施形態は、上部保護層と下部保護層を含む保護層を有する液体吐出ヘッド1の別の形態を説明する。本実施形態については、第1の実施形態からの差分を中心に説明する。特に明記しない部分については第1の実施形態と同じ構成である。
【0041】
図5は、本実施形態の液体吐出ヘッド用基板10の断面線IVb-IVbに沿う断面図であり、本実施形態の層構成を模式的に示す図である。
【0042】
本実施形態の保護層401には、絶縁層104と下部保護層421との密着性を担保するために第1の密着層501が追加されている。同様に、対向電極103の下部に対しても絶縁層104との密着性を担保するための第1の密着層501が追加されている。第1の密着層501の厚さは、加工性や熱効率の観点からより薄い方が好ましく、5~50nm程度に抑えることが好ましい。配線・回路との接続性の観点から第1の密着層501は導電性であることが好ましいが、保護層401に対して電気的導通が取れていれば第1の密着層501は絶縁性でもよい。
【0043】
上部保護層411は流路形成部材120と接触する可能性がある。このため本実施形態では、上部保護層411の密着性を担保するために第2の密着層502が追加されている。第2の密着層502は上部保護層411の一部を覆うように形成されており、熱作用部101を避けるようにパターニングされている。または、必要な発泡効率が成立する範囲の膜厚であり、かつ、液体吐出ヘッド1の動作時に液体中へ溶出する材料であれば、第2の密着層502は熱作用部101を被覆してもよい。その場合、膜厚は10~500nmの範囲にあり非金属材料の場合は10~150nm程度であることが好ましい。
【0044】
図5に示した構成の製造プロセスを説明する。但し、配線および回路の形成プロセスについては省略する。また、膜厚と材料は第1の実施形態と同様である。
【0045】
まず、回路基板100上に抵抗体となる膜を5~100nmの厚さで成膜してドライエッチングによって素子を形成する。絶縁層104を10~300nm成膜後、第1の密着層501、下部保護層421、上部保護層411の順に成膜する。第1の密着層501は下部保護層に対して比較的応力の小さいタンタル、チタン、アルミニウム等の単体金属やケイ素を含む窒化物、炭化物が適している。また、白金族元素を含む合金や窒化物でもよい。上部保護層および下部保護層と第1の密着層501とを一括でドライエッチングによりパターニングした後、上部保護層411と下部保護層421との選択比を確保しつつドライエッチングで取り去る。最後に第2の密着層502を成膜してドライエッチングで熱作用部101のみ開口する。この時、上部保護層411をオーバーエッチングしてしまうと液体吐出ヘッド用基板10の耐久性の低下の原因となるため注意する。
【0046】
以上説明したように本実施形態によれば、積層膜として形成された保護層401の密着性を高めることができる。このため保護層の耐久性を向上さることができる。
【0047】
<第3の実施形態>
上部保護層411が残っている状態で作用電極601である下部保護層421に電圧を印加すると、電圧の値によっては上部保護層411の酸化および溶出を早めてしまい、液体吐出ヘッド用基板10の耐久性が低下することがある。そこで本実施形態は、作用電極601および対向電極103間にコゲ抑制するための電圧を印加するタイミングを決定するため、上部保護層411が溶出して下部保護層421が露出したことを検知する検知手段を有する液体吐出ヘッド1の形態を説明する。本実施形態については、第1の実施形態からの差分を中心に説明する。特に明記しない部分については第1の実施形態と同じ構成である。
【0048】
図6は、コゲ抑制するために作用電極601および対向電極103間の電圧印加をするための電圧印加回路とは別に設けられた検知回路605を示す図である。熱作用部101の保護層401と対向電極103とは流路内に満たされた液体602に接触している。
【0049】
検知回路605は、電源603と、電源603によって印加された電圧によって作用電極601および対向電極103の間に流れる電流を計測する電流計604と、これらと作用電極601および対向電極103を電気接続する配線と、を含む回路である。このため電流計604の電流値に基づき電気化学的な挙動の変化を検出することができ、その変化に基づき下部保護層421の露出の有無を判定することができる。
【0050】
例えば、上部保護層411に不導体を形成したタンタル等が採用され、下部保護層421に白金族元素であるイリジウム等が採用された場合を考える。この場合、液体吐出ヘッド1の駆動によって上部保護層411の膜厚は徐々に減少するが、表面にはほぼ一定の膜厚の酸化膜が形成され続ける。このため、
図6のように、上部保護層411が残っている状態においては、作用電極601および対向電極103間に充電される電気二重層容量は比較的小さい。上部保護層411が消失して下部保護層421が露出すると、表面に酸化膜が形成されなくなるため電気二重層容量は消失する前と比較して大きくなる。この変化を電流値として読み取ることで上部保護層411および下部保護層421の状態を検知する。
【0051】
検知回路605に基づき下部保護層421が露出していないと検知された場合、液体吐出ヘッド1の動作中において作用電極601および対向電極103間には電圧を印加せず、上部保護層411の溶出によりコゲ抑制する。検知回路605によって上部保護層411が溶出して下部保護層421が露出したと検知された後は、液体吐出ヘッド1の動作中に、作用電極601および対向電極103間に電圧を印加することによりコゲ抑制を行う。このため、本実施形態では上部保護層411が残っている場合、下部保護層421にコゲ抑制のための電圧印加が行われない。よって、上部保護層411の酸化および溶出を早めて液体吐出ヘッド用基板10の耐久性を低下させることを抑制することができる。
【0052】
本実施形態では、上部保護層411が残っているか検知する手段として、作用電極601および対向電極103間に流れる電流を検知する方法を例示して説明した。他にも検知手段として、吐出液滴数を数える方法、吐出時の発泡や熱変化を検知する方法が用いられてもよい。
【0053】
なお、コゲ抑制するための電圧印加回路(不図示)および検知回路605は電気熱変換素子301ごとに独立させてもよい。または、検知回路605および電圧印加回路(不図示)を
図4(a)に示すような電気熱変換素子301の所定の集合体ごとに作用できるようにしてもよい。素子単位、または所定の素子集合体単位で回路が独立していることにより、各電気熱変換素子301の使用状態、すなわち、各電気熱変換素子301に対応する保護層401の下部保護層421の露出状態に合わせて電圧印加を切り替えることができる。つまり、ある電気熱変換素子301に対応する電圧印加手段(不図示)は、その電気熱変換素子301に対応して設けられた検知回路が下部保護層が露出したと検知した後に、コゲ抑制のために電圧を印加するようにしてもよい。
【0054】
電圧印加を切り替えるための切替機構は作用電極側と対向電極側のどちらか、または両方に備わっていてもよい。ただし、切替機構を作用電極側にのみ備えておくことで回路および配線面積を抑えながら電界の高い制御性を得ることができる。
【0055】
以上説明したように本実施形態によれば、上部保護層411の状態を検知する検知手段よって下部保護層421が露出した後に、下部保護層421にコゲ抑制のための電圧印加をすることができる。このため、保護層の耐久性を向上さることができる。
【0056】
なお、本実施形態と第2の実施形態を組み合わせ適用してもよい。つまり、
図6に示す本実施形態の液体吐出ヘッド用基板10においても、第1の密着層501および第2の密着層502が追加されていてもよい。
【0057】
なお、作用電極601と対向電極103との間に電圧を印加する電圧印加回路は両電極間に電圧を印加可能であればよく、また、上部保護層411の状態を検知する検知回路は上部保護層411の状態を検知可能であればよい。すなわち、電圧印加回路や検知回路605の構成要素のすべてが液体吐出ヘッド1に設けられている必要はなく、その一部が液体吐出ヘッド1に設けられ、残りは液体吐出ヘッド1の外部である液体吐出装置本体に設けられていてもよい。例えば、これらの回路に含まれる電源は液体吐出装置本体に設けられ、作用電極601や対向電極103を電気接続する配線の一部が液体吐出ヘッド1に設けられていてもよい。
【符号の説明】
【0058】
1 液体吐出ヘッド
104 絶縁層
101 熱作用部
103 対向電極
301 電気熱変換素子
411 上部保護層
421 下部保護層