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特許7427508無修飾セルロースナノファイバーの集合体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-26
(45)【発行日】2024-02-05
(54)【発明の名称】無修飾セルロースナノファイバーの集合体
(51)【国際特許分類】
   D21H 11/18 20060101AFI20240129BHJP
   C08B 3/24 20060101ALI20240129BHJP
【FI】
D21H11/18
C08B3/24
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020067365
(22)【出願日】2020-04-03
(65)【公開番号】P2021161581
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2023-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】591167430
【氏名又は名称】株式会社KRI
(72)【発明者】
【氏名】林 蓮貞
(72)【発明者】
【氏名】伊東 結
【審査官】藤原 敬士
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-089311(JP,A)
【文献】国際公開第2018/131721(WO,A1)
【文献】特開2019-052410(JP,A)
【文献】国際公開第2016/186055(WO,A1)
【文献】特開2018-095761(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21H 11/00 - 27/42
C08B 1/00 - 37/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維径3~100nmのセルロースナノファイバーのセルロースの水酸基が修飾された割合(平均置換度)が0.02以下のセルロースナノファイバーの集合体であって、セルロースIβ結晶構造を有し、集合体を構成する繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーの本数含有率が98%以上、前記シングルセルロースナノファイバーのアスペクト比が60~300であることを特徴とするセルロースナノファイバーの集合体。
【請求項2】
前記セルロースナノファイバーの集合体が無修飾セルロースナノファイバーの集合体でることを特徴とする請求項1に記載のセルロースナノファイバーの集合体。
【請求項3】
前記セルロースナノファイバーの集合体の0.4重量%のジメチルアセトアミド分散液の可視光透過率40%以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のセルロースナノファイバーの集合体。
【請求項4】
セルロースの水酸基をアニオン基で修飾する第1工程、アニオン基で修飾されたセルロースを繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーが本数の含有率で98%以上である繊維径3~100nmの修飾セルロースナノファイバーの集合体に解繊する第2工程、前記工程で得られたセルロースナノファイバーの集合体を加水分解して修飾アニオン基を水酸基にする第3工程からなるセルロースの水酸基が修飾された割合(平均置換度)が0.02以下のセルロースナノファイバーの集合体を製造する方法であって、前記第2工程は、第1工程で得られたアニオン基修飾セルロースを中和した後、水又は極性溶媒50%以下の水溶液中に分散させて攪拌することを特徴とするセルロースナノファイバーの集合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーの本数含有率が98%以上である無修飾セルロースナノファイバー(平均置換度0.02以下)の集合体を提供する。
【背景技術】
【0002】
セルロース繊維は植物細胞壁の約40%を占めて、地球上最も豊富な有機資源である。優れた弾性率・強度・寸法安定性を持つことに加え、環境にやさしいため、石油に由来するプラスチックの代替として高く期待されている。
【0003】
セルロースは、β-グルコース分子がグリコシド結合により直鎖状に重合した天然高分子である。セルロース繊維は、セルロース分子鎖、エレメンタリフィブリル(3~10nm程度)、ミクロフィブリル(20~50nm)、ラメラ等の構造的段階を経て形成される。
セルロースナノファイバーには,製造方法によって,もっとも基本となる単位である幅3~10nmのエレメンタリフィブリルフィブリル(シングルセルロースナノファイバー又は単繊維)、それが数本のゆるやかな束となって細胞壁中での基本単位として存在する幅20~50nmのセルロースミクロフィブリル束(セルロースナノファイバー)、ミクロフィブリル束がさらに数十~数百nmの束となりクモの巣状のネットワークを形成しているミクロフィブリル化セルロース(MFC)などがある。
即ち、セルロース繊維をミクロフィブリルまで微細に解すと幅数十nmの通常概念のセルロースナノファイバー(CNF、以下セルロースナノファイバーを「CNF」と略記する場合がある。)になる。一方、エレメンタリフィブリルまで解すと幅数nmのシングルナノファイバー(シングルCNF)になる。
【0004】
CNFは、炭素繊維やガラス繊維などの無機補強材と比べて高いリサイクル性と環境親和性を持つため、新規の補強材として特に注目を集めている。さらに、光学用プラスチックの補強材として、シングルCNFが期待されている。通常、シングルCNFまで解すには静電反発方法しかできない。例えば、TEMPO酸化CNF(非特許文献1)、コハク酸CNF(特許文献1)、リン酸エステル化CNF(特許文献2)と硫酸化CNF(特許文献3)などのアニオン性CNFはアニオン官能基をエレメンタリフィブリル又はミクロフィブリルの表面に導入し、アニオン基は水中で静電反発し、セルロース繊維はエレメンタリフィブリルまで解されてシングルナノファイバーが得られる。
しかし、アニオン性シングルCNFは親水性が高く、且つ熱分解温度が低いため、補強材としての応用範囲が制限されている。
【0005】
本出願人は、アニオン性セルロースナノファイバーの課題を解決するために、無修飾セルロースナノファイバーの開発をこれまで行っているが、シングルセルロースナノファイバーを主成分とする無修飾セルロースナノファイバーは、得ることができていなかった(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-082188号公報
【文献】特開2017-025468号公報
【文献】国際公開2018/131721号
【文献】特開2019-52410号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Nanoscale,2011,3,71-85.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、繊維径3~10nmの無修飾シングルセルロースナノファイバー(平均置換度0.02以下)を主成分とするセルロースナノファイバーの集合体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を鑑み、いろいろな試行錯誤を重なった結果、繊維径3~10nmの無修飾シングルセルロースナノファイバーを主成分とするセルロースナノファイバーの集合体とその製造方法を見出した。
【0010】
すなわち本発明は、以下の構成からなることを特徴とする。
〔1〕 繊維径3~100nmのセルロースナノファイバーのセルロースの水酸基が修飾された割合(平均置換度)が0.02以下のセルロースナノファイバーの集合体であって、セルロースIβ結晶構造を有し、集合体を構成する繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーの本数含有率が98%以上、前記シングルセルロースナノファイバーのアスペクト比が60~300であることを特徴とするセルロースナノファイバーの集合体。
〔2〕 前記セルロースナノファイバーの集合体が無修飾セルロースナノファイバーの集合体でることを特徴とする前記〔1〕に記載のセルロースナノファイバーの集合体。
〔3〕 前記セルロースナノファイバーの集合体の0.4重量%のジメチルアセトアミド分散液の可視光透過率40%以上であることを特徴とする前記〔1〕又は前記〔2〕に記載のセルロースナノファイバーの集合体。
〔4〕 セルロースの水酸基をアニオン基で修飾する第1工程、アニオン基で修飾されたセルロースを繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーが本数の含有率で98%以上である繊維径3~100nmの修飾セルロースナノファイバーの集合体に解繊する第2工程、前記工程で得られたセルロースナノファイバーの集合体を加水分解して修飾アニオン基を水酸基にする第3工程からなるセルロースの水酸基が修飾された割合(平均置換度)が0.02以下のセルロースナノファイバーの集合体を製造する方法であって、前記第2工程は、第1工程で得られたアニオン基修飾セルロースを中和した後、水又は極性溶媒50%以下の水溶液中に分散させて攪拌することを特徴とするセルロースナノファイバーの集合体の製造方法。
【0011】
ここで、前記セルロースナノファイバーの集合体とは、繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーと繊維径10~100nmのセルロースナノファイバーを含む混合体である。好ましくは、繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーと繊維径10~50nmのセルロースナノファイバーを含む混合体である。混合体の形態は特に限定しない。用途に応じて選択すればよい。例えば、水や有機溶媒の分散液状、ペースト状、ゲル状、乾燥状態、又は樹脂に分散している状態などが挙げられる。
【0012】
また、平均置換度とは、セルロースの水酸基が修飾された割合であり、より具体的には、
セルロースの繰り返し単位1個当たりの修飾された水酸基の数(置換基の数)の平均値(平均置換度)である。
【0013】
また、前記〔1〕に記載するシングルセルロースナノファイバーの本数含有率は、前記無修飾セルロースナノファイバーの集合体からサンプリングした試料をTEMにより観察し、ランダムに選択した画像から写っている繊維径が10nmを超える大きいCNF(粗CNF)の本数を数え、繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーがその50倍以上の本数であることを確認したものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の無修飾CNFの集合体は、集合体を構成する繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーの本数含有率が98%以上であるため、通常の無修飾セルロースナノファイバーと比べて樹脂と複合化する時、樹脂の透明性を高く維持できて、光学材料の補強材として期待できる。加えて、TEMPO酸化セルロースなどのアニオン性セルロースと比べて耐熱性(熱分解温度)が高いため、溶融混練の際にセルロースナノファイバーの熱分解により生じた複合材の着色と劣化などの問題が克服できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例1で得られたコハク酸修飾CNFと加水分解後の無修飾CNFのIRスペクトル
図2】実施例1で得られた無修飾CNFのSEM画像の写真
図3】実施例1で得られた無修飾CNFのTEM画像の写真
図4】実施例と比較例で得られた無修飾CNF分散液のUVスペクトル
図5】実施例3の硫酸エステル化CNFと加水後の無修飾CNFのIRスペクトル
図6】実施例3の無修飾CNFのTEM画像
図7】比較例1の無修飾CNFのSEM画像
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のセルロースナノファイバーの集合体は、繊維径3~100nmで平均置換度が0.02以下のセルロースナノファイバーの集合体であって、セルロースIβ結晶構造を有し、集合体を構成する繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーの本数含有率が98%以上、前記シングルセルロースナノファイバーのアスペクト比が60~300であることを特徴とする。
【0017】
CNFの平均置換度は、好ましくは平均置換度が0.01以下であり、より好ましくは0.005以下であり、最も好ましくは水酸基がほとんど又は全く修飾されていないセルロースナノファイバー(CNF)である。水酸基がほとんど修飾されていないCNFとは、水酸基が修飾されたCNFが不純物程度に含まれたCNFであり、水酸基が全く修飾されていないCNFは、無修飾CNFである。
なお、本明細書においては、特に表記しない限り、平均置換度が0.02以下のセルロースナノファイバー(水酸基が全く置換されていない無修飾セルロースナノファイバーを含む)を「無修飾セルロースナノファイバー」と総称して説明している。
【0018】
本発明の繊維径3~100nmの無修飾セルロースナノファイバーの集合体はIβ結晶構造を有することが好ましい。Iβ結晶構造が失われると、耐熱性や補強効果が低くなるため好ましくない。Iβ結晶化度は20~90%、より好ましくは30~88%、さらに好ましくは35~85%である。結晶化度は原料パルプや解繊条件、繊維径に依存する。これらの影響因子を制御することにより結晶化度をこれらの範囲内に制御することができる。
【0019】
前記無修飾セルロースナノファイバーの集合体は、繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーの含有率が、セルロースナノファイバーの本数で98%以上である。より好ましくは99%以上である。さらに好ましくは10nm以上のセルロースナノファイバーをほとんど含まないCNFの集合体である。シングルCNFの含有率が、これより低くなると透明性が大きく低下し、樹脂に少量(5重量%)だけを添加してもヘーズ(曇り度)が10%以上まで増大するため光学材料として好ましくない。さらに、繊維径50nm以上のCNFは、不純物として含まれる程度であって、繊維径100nm以上のCNFは、実質的に含まれていない。
【0020】
前記無修飾セルロースナノファイバーの集合体に含まれる繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーの平均繊維長は、好ましくは0.3μm~2.0μm、より好ましくは0.5~1.5μm、さらに好ましくは0.6~1.0μmである。この範囲より短くなるとアスペクト比は60より小さくなり、セルルースナノファイバーの補強効果が低くなるため好ましくない。一方この範囲より長くなると樹脂と複合化する際に凝集できやすくなったり、粘度が激しく上昇したりする恐れがあるため好ましくない。
【0021】
本発明の無修飾セルロースナノファイバーの集合体に含まれる繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーのアスペクト比は、60~300である。より好ましくは70~250、さらに好ましくは80~200である。この範囲より小さくなると補強効果が発現できないため好ましくない。一方、この範囲より大きくなるとセルロースナノファイバーが分散性でき難くなる恐れがあるため好ましくない。
【0022】
本発明の無修飾セルロースナノファイバーの集合体の熱分解温度は、250~330℃である。より好ましくは260℃から325℃、さらに好ましくは265℃~320℃である。250℃以下になると樹脂と溶融混練するとき、熱により分解する恐れがあるため好ましくない。無修飾セルロースナノファイバーの熱分解温度はその原料パルプとイオン官能基の残留有無に依存する。コットン系パルプであるリンターパルプを用いると得られたセルロースナノファイバーの熱分解温度が木材由来セルロースナノファイバーより高い。また、イオン官能基が含まれると熱分解温度が低下する。木材パルプ、リンターパルプ又は他の植物に由来セルロースパルプ種を選定することにより熱分解温度を用途に応じて一定の範囲内で制御できる。
【0023】
また、熱分解温度を高く維持するため、セルロースナノファイバーの水酸基が全く修飾されていない無修飾CNFであることが好ましい。アニオン性CNFを加水分解してアニオン基を除く方法により無修飾CNFを製造する場合は、加水分解のアルカリ水溶液のアルカリ物質濃度が低くなったり、加水分解時間が短くなったり、又は攪拌は不均一になったりすると加水分解が不十分で表面水酸基の一部がアニオン化修飾された状態で残存する。アニオン基が多く残留するとCNFの耐熱性、因みに、熱分解温度が低下するため好ましくない。
そのため、CNFの平均置換度は、0.02以下で、好ましくは平均置換度が0.01以下であり、より好ましくは0.005以下であり、最も好ましくは水酸基がほとんど又は全く修飾されていないCNFである。
【0024】
CNFを修飾するアニオン基を例示すると、マロン酸基、コハク酸基、マレイン酸基、フタル酸基、蓚酸基、硫酸基、リン酸基等である。
【0025】
無修飾セルロースナノファイバーの集合体の0.3重量%の水分散液の25℃における粘度が500mPa・S~25000mPa・Sであることが好ましい。500mPa・Sより低くなることは、繊維径が大きかったり、凝集したりする可能性が高いため好ましくない。一方、25000mPa・S以上になると繊維長が長すぎるため、分散でき難くなるため好ましくない。もっと好ましくは、600mPa・S~20000mPa・Sである。
【0026】
無修飾セルロースナノファイバーの集合体の水分散液の粘度は、その繊維径や繊維長を反映する。無修飾セルロースナノファイバーの集合体は蒸留水で洗浄して得られたペーストに蒸留水に加えてセルロースナノファイバーの0.3重量%の水分散液を調製し、粘度計で粘度を評価することができる。
【0027】
さらに、本発明の無修飾セルロースナノファイバーは、CNF集合体中に本数で98%以上のシングルセルロースナノファイバーを含有しているため透明性が良くなる。特に、有機溶媒に分散させた場合にその効果は顕著であり、無修飾セルロースナノファイバーの集合体の0.4重量%のジメチルアセトアミド分散液の可視光透過率は、40%以上であることが好ましく、より好ましくは50%以上であり、最も好ましくは55%以上である。40%以上であると樹脂に混合した場合に良好な透明性を確保することが可能である。
【0028】
無修飾セルロースナノファイバーの集合体のDMAc分散液の光透過率はその繊維径や透明性を表すパラメーターである。無修飾セルロースナノファイバーの集合体は蒸留水で洗浄した後ジメチルアセトアミドに再分散し遠心分離することにより無修飾セルロースナノファイバーの集合体とジメチルアセトアミドの混合ペーストが得られる。そこにジメチルアセトアミドを加えてセルロースナノファイバーの0.4重量%のジメチルアセトアミド分散液を調製し、UVスペクトルで測定し、可視光透過率を評価することができる。
【0029】
続いて、本発明のセルロースナノファイバーの集合体の製造方法について説明する。
本発明のセルロースナノファイバーの集合体の製造方法は、
(1)セルロースの水酸基をアニオン基で修飾する第1工程、
(2)アニオン基で修飾されたセルロースを繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーが本数の含有率で98%以上である繊維径3~100nmのアニオン修飾セルロースナノファイバーの集合体に解繊する第2工程、
(3)前記工程で得られたセルロースナノファイバーの集合体を加水分解して修飾アニオン基を水酸基にする第3工程、
の3工程を経て、セルロースの水酸基が修飾された割合(平均置換度)が0.02以下のセルロースナノファイバーの集合体を製造する方法することができる。
【0030】
本発明の無修飾セルロースナノファイバーの集合体を作成するためのセルロール原料はI型結晶構造を持つセルロースであれば特に限定しないが、木材由来パルプ、木材、竹、リンダーパルプ、綿、セルロースパウダーを含む物質等が挙げられる。セルロース単独の形態であってもよく、リグニンやヘミセルロースなどの非セルロース成分を含む混合形態であってもよい。繊維径の細さを重視する場合、木材パルプは好ましい。一方、耐熱性や結晶性を重視する場合はリンターパルプが好ましい。
【0031】
セルロースの水酸基をアニオン基で修飾する第1工程では、セルロースの水酸基にアニオン基をエステル結合により結合して、修飾セルロースを製造する。
セルロースの水酸基との結合をエステル化結合にしておくことにより、第3工程での加水分解によりアニオン基を容易に切断できて無修飾セルロースナノファイバーに変換することができる。
【0032】
第1工程でセルロースの水酸基をアニオン基で修飾する方法は、セルロースとジカルボン酸無水物(二塩基カルボン酸無水物)、ジカルボン酸ジクロリド、硫酸、リン酸等を反応させることにより得ることができ、これらの反応は、既知の方法を応用することができる。
【0033】
セルロースを二塩基カルボン酸無水物と反応させる方法は、二塩基カルボン酸無水物と極性非プロトン性溶媒の混合液に塩基触媒を加えて反応溶液として用い、反応溶液にセルロースパルプを加え、所定温度と所定時間まで攪拌した後、水又はアルコールを用いて洗浄することにより二塩基カルボン酸修飾セルロースが得られる。
二塩基カルボン酸無水物はエステル化剤であり、無水マロン酸、無水コハク酸、無水マレイン酸、無水フタル酸等各種の二塩基カルボンサン無水物を用いることができる。
【0034】
この方法の詳細は、特開2017-82188号公報に記載されている方法に準じて行うことができるが、反応に用いる極性非プロトン性溶媒は、ピリジン、ジメチルスルホキシド又はピリジンとジメチルスルホキシドの混合溶媒が好ましい。このような溶媒はセルロース繊維内のフィブリル同士間の隙間に浸透できるため、得られた二塩基カルボン酸修飾セルロースナノファイバーに繊維径50nm以上のものが少ない又は含まれないため好ましい。
【0035】
セルロースを硫酸エステル化で修飾する方法は、ジメチルスルホキシド、カルボン酸無水物及び硫酸を含む溶液をセルロースに浸透することによって行うことができる。詳細は、国際公開WO2018/131721号の実施例1~3または9~19に記載した方法と条件により硫酸エステル化セルロースナノファイバーを製造することができる。
また、セルロースをリン酸エステル化で修飾する方法は、特許文献2に記載の方法で行うことができる。
【0036】
以上のようにして製造するアニオン基で修飾されたセルロースは、修飾セルロースをシングルCNFに解繊するために、アニオン基の平均置換度が0.10以上であることが好ましく、より好ましくは0.12以上、さらに好ましくは0.15以上である。
平均置換度が0.10未満になると、得られたアニオン性セルロースは水中での静電反発が不十分でのため解繊度合が低くなり、解繊後に繊維径が10nmを超える粗CNFの含有率が多くなる恐れがあるため好ましくない。
【0037】
第1工程で調製したアニオン性セルロースの形態は特に限定しない。例えば、洗浄した後、水などのプロトン性溶媒を含んだままのウェット状又は乾燥した状態の何れでも良い。乾燥させても水を加えると再び分散し、静電反発が起こすことができる。
【0038】
第1工程で得られたアニオン性セルロースの形状については、修飾反応時の反応条件、攪拌条件により様々であるが、通常は、繊維径数μm~十μmの繊維状、数百nm~1000nmの微細繊維状又は3nm~100nmのセルロースナノファイバーである。攪拌速度が速いほど、反応と共に解繊が行うため得られるアニオン性セルロースの中にミクロンオーダー以上の繊維の含有率が少なくなる。しかしながら、第2工程で静電反発と機械解繊を併用することにより繊維の形状に関わらず3~10nmまでナノ化することができる。
【0039】
次に、第2工程について説明する。
第2工程では、第1工程で得られたアニオン基修飾セルロースを中和した後、水又は極性溶媒50%以下の水溶液中に分散させて攪拌することによって、繊維径3~10nmのシングルセルロースナノファイバーが本数の含有率で98%以上である繊維径3~100nmの修飾セルロースナノファイバーの集合体に解繊する。中和しなくても繊維径3~10nmまで解繊することが可能であるが、静電反発力が中和より弱く解繊の効率が低下するおそれがあるため、中和後に解繊するほうが好ましい。
【0040】
第1工程で得られたアニオン基修飾セルロースは、まず、水、アルコール水溶液又はアルコール中に分散させて、中和用アルカリを用いて中和する。中和用アルカリは特に制限しないが、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなどのアルカリ金属水酸化物や炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸リチウムなどのアルカリ金属の炭酸塩又はピリジンなどのアミン系化合物などが挙げられる。第3工程の加水分解の触媒と同じアルカリ化合物を用いることが特に好ましい。例えば、二塩基カルボン酸修飾したアニオン性セルロースの場合、特に水酸化ナトリウムが好ましい。一方、硫酸エステル化修飾したセルロースの場合は、特にピリジンやアミンが好ましい。
【0041】
その後、水又は極性溶媒50%以下の水溶液中に分散させて攪拌する。
分散溶媒は、静電反発の効果から、水(蒸留水)が最も好ましいが、ナノ化解繊の後にCNFの濃縮の利便性からアルコールなどの極性溶媒50%以下の水溶液を用いてもよい。
分散溶媒中の修飾セルロース繊維の固形分が約0.1~0.8%になるようにして、ミキサーやホモジナイザーなどの攪拌装置で3~20分攪拌処理することにより、繊維径が3-10nmのシングルCNFを主成分とする繊維径3~100nmの修飾CNFの集合体が得られる。
CNFの水酸基がアニオン基で置換されていることにより、分散溶媒中での静電反発により繊維径が3~10nmのシングルCNFまで解繊することができる。
【0042】
場合により、さらにナイロンメッシュなどのフィルターを用いてろ過することにより残留している粗大繊維を除くこともできる。また、クレアミックスやホモジナイザーでさらに処理すると、解繊度合いを向上したり、繊維長を所要範囲まで切断して短くしたりすることもできる。
【0043】
第3工程では、第2工程で得られたCNFの集合体を加水分解して修飾アニオン基を水酸基にすることによって、セルロースの水酸基が修飾された割合(平均置換度)が0.02以下のCNFの集合体を製造することができる。
加水分解を完全に行えば、アニオン基を含まない完全な無修飾CNFを得ることができる。しかし、使用用途によって厳密に無修飾CNFを要求されない場合等セルロースの水酸基が修飾された割合(平均置換度)が0.02以下のCNFの集合体であれば、ほぼ無修飾CNFと変わりない効果を発揮することができる。
【0044】
以下、第3工程の加水分解について、詳細に説明する。第2工程で得られたアニオン性CNFの水分散液に加水分解触媒を加えて加水分解を行う。加水分解は、アニオン基の種類により異なるが、それぞれに適した一般的な加水分解法を用いて加水分解することができる。以下、アニオン基の種類が、カルボン酸基の場合と硫酸エステル基の場合について、それぞれの加水分解方法の詳細に記載する。
【0045】
まず、二塩基カルボン酸修飾CNFを加水分解する方法について説明すると、前記第2工程で得られる二塩基カルボン酸修飾シングルCNFの水分散液に加水反応触媒を加えて加水分解することにより二塩基カルボン酸基を外して無修飾CNFの集合体に変換する。
【0046】
加水分解に用いる触媒は特に限定しないが、CNFの分解を避けるため、酸触媒よりアルカリ触媒の方が好ましい。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなどが好ましい。二塩基カルボン酸修飾セルロースナノファイバーの水分散液におけるアルカリ触媒の所要濃度は、反応温度に応じて調整すればよい。例えば、0.05%から10%、もっと好ましくは、0.1%~8%、最も好ましくは、0.3~5%である。濃度が低すぎると反応が遅いため効率が低い。一方、濃度が高く過ぎるとCNFが分解したり、結晶構造を失ったりする恐れがあるため好ましくない。
【0047】
アルカリ触媒を直接に二塩基カルボン酸修飾シングルセルロースナノファイバーの水分散液に添加する手法より、アルカリ触媒を水に溶解しアルカリ触媒の水溶解液になってから添加するほうが好ましい。固体のアルカリ触媒を直接添加すると、局部的にアルカリ濃度が急上昇することよりセルロース成分の分解が起こる恐れがあるため好ましくない。
【0048】
加水分解温度は、特に制限されず、アルカリ触媒の強さと濃度により調製すればよい。例えば、15℃~80℃、もっと好ましくは20~60℃、最も好ましくは23℃~50℃である。15℃より低くなると反応が遅いため好ましくない。一方、80℃を超えると、セルロース成分も分解する恐れがあるため好ましくない。
【0049】
反応時間はアニオン基がなくなることを目安として、温度と触媒のアルカリ性により調整すればよい、例えば、0.5時間~10時間、もっと好ましくは1時間~8時間、最も好ましくは2時間から6時間である。反応条件が強くて反応時間が短くなると均一性が低下し、アニオン基が残留したり、セルロースナノファイバーが分解したりする恐れがあるため好ましくない。また、反応条件が弱くて、反応時間は10時間以上になると効率が悪いため好ましくない。
さらに、アニオン基を効率よく加水分解するため攪拌しながら反応することが好ましい。
【0050】
次に、硫酸エステル化CNFを加水分解する方法について説明する
第2工程得られた硫酸エステル化シングルCNFを非特許文献(Trends in Glycoscience and Glycotechnology,Vol.14,No.80(November 2002)pp.343-351)に記載された加水分解方法を参考して硫酸基を除くことができる。
【0051】
例えば、硫酸エステル化シングルCNFの分散液をピリジン/DMSOの混合溶媒で置換し、ピリジン/DMSOの分散液を調製する。そこに一定量の蒸留水を加えて、一定な温度で攪拌しながら加水分解を行うことにより無修飾CNFが得られる。
ピリジン/DMSO混合溶媒の重量比は10/90~90/10が好ましい。10/90より低くなると加水分解が不十分のため硫酸エステル基が残留するおそれがあるため好ましくない。一方、90/10を超えると、硫酸エステル化CNFは混合溶剤の中に凝集し、加水分解反応が均一となり、硫酸エステル基が残留する可能性があるため好ましくない。最も好ましい重量比は20/80~70/30である。
加水分解の温度は20℃~80℃が好ましい。より好ましくは30~70℃である。20℃以下になると反応が遅いため好ましくない。一方、80℃以上になるとセルロースの分解が生じる可能性があるため好ましくない。
加水分解の時間については、特に限定しない。反応温度とピリジン/DMSOの重量比により調整すれば良い。例えば、3~10時間が挙げられる。
【0052】
加水分解後、水やアルコールを用いて洗浄することにより無修飾CNFの集合体を回収する。洗浄方法について特に限定しないが、遠心分離法、濾過法、加圧法、圧搾法などが挙げられる。遠心分離法を用いる場合、3回以上繰り返す洗浄することが好ましい。特に、二塩基カルボン酸修飾CNFを加水分解した場合は、十分な洗浄をしないと加水分解触媒であるアルカリ金属水酸化物と加水分解により生成された二塩基カルボン酸が残留する恐れがあり、無修飾CNFの集合体の性能低下に至る恐れがあるため好ましくない。洗浄溶媒は特に限定しないが、水又は水とアルコールの混合液が好ましい。
【0053】
以上説明した3工程により、本発明のセルロースナノファイバーの集合体を製造することができる。
【実施例
【0054】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、用いた原料の詳細は以下の通りであり、得られた修飾セルロースナノファイバーの特性は以下のようにして測定した。
【0055】
(用いた原料と溶媒)
セルロースパルプ:市販針葉樹木材パルプ(Georgia Pacific社製、商品名:フラッフパルプARC48000GP)を用いた。1センチ角に千切ってから用いた。
無修飾セルロースナノクリスタル(CNC):カナダのAlberta Innovates製のCNCを用いた。
ジメチルスルホキシド、無水コハク酸等他の試薬は、ナカライテスク(株)製の試薬を用いた。
【0056】
(実施例で解繊に用いた機器)
ミキサー:パナソニック社製のMX-X701-T ミキサー。
クレアミクス:M TECHNIQUE 社製のクレアミックス CLM。
【0057】
(セルロースナノファイバーのIR分析)
セルロースナノファイバーのIRスペクトルはフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)で測定した。なお、測定は、NICOLET社製「NICOLET MAGNA-IR760 Spectrometer」を用い、ATRモードで分析した。
【0058】
(セルロース又はCNFのコハク酸修飾率の定量)
セルロース又はCNFのコハク酸修飾率は平均置換度で示し、電気伝導度滴定法で定量した。即ち、コハク酸修飾セルロース又はCNF(未中和)の0.3%の水分散液100gを調製し、そこに0.1Nの塩酸水溶液を加えてpHを2.5に調整した後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を用いてpHが11になるまで滴下しながら電気伝導度の値を記録した。電気伝導度とpHをプロットし、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム水溶液量(a)から、コハク酸基のモル数Qは、下記式で求められた。
Q(mol)=a[ml]×0.05/1000
この置換基のモル数Qとセルロースの構成単位である無水グルカンの分子量(162)から平均置換度を算出された。
平均置換度=162×Q/(100×0.3%-118×Q+18×Q)
(式中、100はコハク酸修飾セルロース又はCNFの水分散液の量、118はコハク酸の分子量、18はコハク酸修飾により生成された水の分子量である。)
【0059】
(セルロース又はCNFの硫酸エステル修飾率の定量)
セルロース又はCNFの硫酸エステル修飾率は平均置換度で示し、燃焼吸収―IC法を用いて硫黄含有率を定量した。すなわち、磁性ボードに乾燥した硫酸エステル修飾CNF合物(0.01g)を入れ、酸素雰囲気(流量:1.5L/分)環状炉(1350℃)にて燃焼させ、発生したガス成分を3%過酸化水素水(20ml)に吸収させた。得られた吸収液を純水で100mlにメスアップし、希釈液のイオンクロマトグラフィー測定結果から硫酸イオン濃度(重量%)を算出した。下記式により硫酸イオン濃度から硫黄含有率を換算した。分析には、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、イオンクロマトグラフ ICS-1500型を用いた。
硫酸エステル修飾率(平均置換度)=[(硫酸イオン濃度/96)×162]/[0.01×(1-硫酸イオン濃度)]
(式中、162はセルロースの構成単位である無水グルカンの分子量である。)
【0060】
(SEM観察)
セルロースナノファイバーの形状はFE-SEM(日本電子(株)製「JSM-6700F」、測定条件:20mA、60秒)を用いて観察した。
【0061】
(TEM観察サンプルの作製)
セルロースナノファイバーの集合体を蒸留水により0.003%に希釈した後、最終の濃度が0.0015%になるように電子顕微鏡用イオン液体(日立ハイテクノロジーズ HILEM IL1000)と混合し、TEM観察用カーボン支持膜(応研商事製 スーパーハイレゾカーボン SHR-C075)上に滴下、乾燥させることによりTEM観察用サンプルを調製した。像コントラストを強調するため、酢酸ガドリニウムを主成分とする電子顕微鏡用染色剤(日新EM製 EMステイナー)を用いて上記試料に電子染色(ネガティブ染色)を施した。
【0062】
(TEM観察)
TEM観察サンプルを日本電子製 電界放出型透過電子顕微鏡(FE-TEM) JEM-2100Fを用いて、加速電圧120kV、TEM明視野で観察した。なお、平均繊維径および平均繊維長は、TEM写真の画像からランダムに50本以上の繊維を選択し、それぞれの繊維径と繊維長を計測した。例えば、光学倍率とデジタル拡大を併用して40万倍以上の倍率でCNFの繊維径をそれぞれ計測し、その画面の倍率との比例から実際の繊維径を計測する。同じく繰り返して50本のCNFを計測して加算平均する。一方、繊維長を計測する場合、CNFのオーバーラップを低減するため観察用CNFの分散液をできるだけ希釈してTEM観察サンプルを作成する。40万倍以上の画面で繊維の弯曲線に沿って繊維の両端を見出し、各弯曲の間の直線距離を計測し、加算して繊維長とする。
【0063】
(結晶化度の測定方法)
無修飾セルロースナノファイバーの分散液を乾燥し、粉末X線結晶回折(XRD)を用いて結晶化度を測定した。なお、X線回折装置(UltimaIV、株式会社リガク製)を使用して分析した。測定条件を次に示した。
・X線:Cu/40kV/40mA
・スキャンスピード:10°/分
・走査範囲:2θ=5~70°
また、下記式によって、結晶化度を算出した(Textile Res. J.29:786-794, 1959参照)。
結晶化度(%)=[(I200-IAM)/I200]×100
I200:2θ=22.6°の回折強度
IAM:アモルファス部の回折強度であり2θ=18.5°の回折強度
【0064】
(熱分解温度の測定方法)
無修飾セルロースナノファイバーの集合体を105℃で2時間乾燥し、その熱分解挙動を示差熱熱重量同時測定装置(STA7200、株式会社日立ハイテクサイエンス製)を使用して分析した。測定条件を次に示した。5%減量温度を測定し、熱分解温度とした。
・雰囲気:アルゴンガス(流量300mL/分)
・温度範囲:30~400℃
・昇温速度:10℃/分
【0065】
(粘度測定)
無修飾セルロースナノファイバーの集合体の0.3重量%の水分散液を調製してBROOKFIELD社製DV-III RHEOMETER粘度計を用いて測定した。スピンドルはCPE-42を使用し、回転数3.84rpmと25℃で測定を行いた。セルロースナノクリスタル(CNC)や機械解繊により得られた無修飾セルロースナノファイバーも同じく0.3重量%の分散液を調製し、同じ装置と条件で粘度を測定した。
【0066】
(可視光線透過率の測定)
無修飾セルロースナノファイバーの集合体の0.4重量%のジメチルアセトアミド分散液を調製してUVスペクトルを用いて測定し、波長589nm(D線)での可視光線透過率を測定した。
【0067】
[実施例1]
無水コハク酸18g、ジメチルスルホキシド25g、ピリジン145gを300mlの三角フラスコに入れ、磁性スターラーで無水コハク酸が完全溶解まで攪拌した。次に、セルロースパルプ5gを加え、すりガラス蓋をして23℃の室温で22時間攪拌した後に、蒸留水又は蒸留水/メタノール(70/30、wt)混合液を加え、残留無水コハク酸、コハク酸、ジメチルスルホキシドとピリジンが完全なくなるまで洗浄した。洗浄したコハク酸修飾セルロース繊維を濃度1%の炭酸ナトリウムの水分散液500mlに分散し、10分攪拌した後、再び蒸留水を用いて炭酸ナトリウムがなくなるまで洗浄した。洗浄後、蒸留水に加えて固形分0.3%のコハク酸修飾セルロース繊維の分散液を調製してミキサーに入れて10分攪拌した。次に、ナイロンメッシュ(T-No.380T)を用いてろ過することによりコハク酸ナトリウム修飾セルロースナノファイバーの分散液を得た。コハク酸ナトリウム修飾セルロースナノファイバーの生成は、IRスペクトルにより確認した(図1)。
さらに、得たコハク酸修飾シングルCNFの0.3%の水分散液を電気伝導度滴定法によりコハク酸修飾率(平均置換度)は0.29であることを確認した。
【0068】
得たコハク酸ナトリウム修飾シングルCNFの0.3%の水分散液200mlを500mlの三角フラスコに加え、磁性スターラーを用いて攪拌しながら、0.5Nの水酸化ナトリウム水溶液65mlを加え、室温で2時間加水分解(脱コハク酸反応)を行った。次に、ろ過、蒸留水での洗浄によりコハク酸又はコハク酸ナトリウム、水酸化ナトリウムを除いて無修飾セルロースナノファイバーの集合体を得た。
【0069】
得られたコハク酸修飾セルロースナノファイバーと加水分解後の無修飾セルロースナノファイバーを乾燥してFT-IRのATRで測定した。得られたIRスペクトルを図1に示した。図1から加水分解前と比べて周波数1730cm-1付近のエステル化結合の吸収バンドが検出されず、無修飾セルロースナノファイバーになることを確認できた。
また、得られた無修飾セルロースナノファイバーのSEM写真を図2に示した。10000倍まで拡大しても微細繊維が観察されなく、50000倍まで拡大すると繊維径が10nm程度以下のナノファイバー状骨格が認められた。
次に、TEMを用いて観察し、その画像を図3に示す。
TEMで得られた画像より無作為で50本のセルロースナノファイバーを選んで、繊維径と繊維長をそれぞれ計測した。繊維径が10nmを超えるものが認められず、3~10nmのセルロースナノファイバーの本数含有率はほぼ100%であった。また、繊維長は500nm~1000nmの間に分布していることを確認できた。一本のセルロースナノファイバーに何箇所の弯曲点があり、弯曲点の間の直線距離は200nm前後であることを確認できた。湾曲点はセルロース結晶ゾーンを繋げる非結晶性ゾーンの柔らかさにより由来すると考える。
繊維径、繊維長の計測結果を他の評価結果と合わせて表1に示す。
【0070】
無修飾セルロースナノファイバーの結晶化度をXRDで評価した結果、69%であることが判明した。また、TG-DTA分析した結果、熱分解温度が270℃である。無修飾セルロースナノファイバーの集合体の0.3%の水分散液の粘度を測定し、結果を表1に示す。また、同じ無修飾セルロースナノファイバーの集合体の0.4%のジメチルアセトアミド分散液及び水分散液のUVスペクトルを図4に示す。DMAc分散液の可視光透過率(D線、波長589nm)は65%、水分散液の可視光透過率は17%であった。水分散液の透過率はDMAc分散液より低いことは水とCNFの屈折率の差が大きいことに起因すると考える。図4には、比較例1で得られたCNFのDMAc分散液の可視光透過率を合わせて示すが、比較例のCNFの可視光透過率は1%以下であった。
【0071】
〔実施例2〕
コハク酸修飾セルロースナノファイバーをミキサーで10分処理した後、クレアミクスで10分処理すること以外は実施例1と同様に実施した。得られた無修飾セルロースナノファイバーの集合体の評価結果を表1に示した。クレアミクス処理することによりDMAc分散液の可視光線透過率は70%以上(図4)、水分散液の可視光透過率は20%まで向上し、透明性は高くなることを確認できた。また、TEM観察により得られた無修飾セルロースナノファイバーの繊維径と繊維長を計測した結果、3~10nmのセルロースナノファイバーの本数含有率はほぼ100%であった。実施例2で得られた無修飾CNFの評価結果をまとめて示す。
【0072】
〔実施例3〕
ジメチルスルホキシド90g、無水酢酸10g、硫酸1.3gを200mlの三角フラスコに入れ、磁性スターラーで3分攪拌した後、セルロースパルプ3gを加え、23℃の室温で2.5時間攪拌した後、蒸留水で洗浄することにより硫酸エステル化修飾セルロースが得られた。硫酸エステル化修飾セルロースをウェット状のままでピリジン/蒸留水(1/9、重量比)混合溶媒に加えて固形分0.3%の分散液を調製し、ミキサーで10分攪拌することにより硫酸化修飾シングルCNFの分散液が得られた。
得られた硫酸エステル化修飾セルロースナノファイバーの分散液をピリジン/DMSO(70/30、重量比)の混合液で置換し、固形分0.3重量%のピリジン/DMSO(70/30、wt)分散液を調製した。分散液に対して蒸留水3重量%を加えて、三口フラスコに加え、60℃のオイルバスに入れて5時間攪拌した。反応後、水を加えて混合した後、遠心分離により無修飾セルロースナノファイバーを回収した。同じ作業は繰り返し3回すことにより無修飾セルロースナノファイバーの集合体が得られた。
【0073】
得られた硫酸エステル化修飾セルロースナノファイバーと無修飾セルロースナノファイバーの集合体を乾燥しFT-IRのATRモードで分析した。IRスペクトルを図5に示した。加水分解前のスペクトルは1250cm-1付近に硫酸エステル結合に由来する吸収バンドが検出されたが、加水分解後の方は1250cm-1付近の吸収バンドが検出できないほど低下している。
また、実施例1と同じ手法で得られた無修飾セルロースナノファイバーをTEM観察し無作為で50本のセルロースナノファイバーを選んで、繊維径と繊維長を計測した結果、繊維径が10nmを超えるものが認められず、3~10nmのセルロースナノファイバーの本数含有率はほぼ100%であった。繊維長は500nm~1500nmの間に分布していることを確認できた。実施例3で得られた無修飾CNFのTEM画像を図6に示す。繊維径、繊維長の計測結果を表1に示す。また、実施例1と同じ手法で熱分解温度、結晶化度、粘度と可視光線透過率をそれぞれ測定し、結果を表1に示した。
【0074】
〔比較例1〕
(特許文献4の実施例1の無修飾CNF)
DMSO9g、無水酢酸1.0g(解繊溶液における濃度は9.1%)及び35wt%の塩酸水溶液1.0g(解繊溶液における濃度は3.18%)を20mlのサンプル瓶に入れ、23℃の室温下で磁性スターラーで約30秒撹拌した。次に、セルロースパルプ0.3gを加え、同じ室温でさらに110分攪拌した後、0.1重量%の炭酸水素ナトリウム水溶液200mlの中に加え、混ぜた後遠心分離により上澄みを除いた。次に蒸留水80mlとエタノール80mlを加えて均一分散するまで撹拌した後同様な遠心条件で遠心分離して上澄みを除いた。同じ手順で繰り返し3回洗浄した。なお、遠心分離の速度は12000rpm、遠心分離時間は50分であった。遠心分離により洗浄した後に蒸留水を加え、全体重さを50gまで稀釈した。次に、ミキサーを用いて3分撹拌することにより均一なセルロースナノファイバーの水分散液を得た。得られたCNFのSEMの観察結果(図7)から繊維径は20~500nmの範囲内に分布していることが確認できた。また、得られたCNFから0.4%の水分散液とDMAc分散液をそれぞれ調製し、UV測定した。水分散液の方は透過率がほぼ0%、DMAc分散液の方は透過率が1%程度であった。無作為で150本を選んで計測し、得られた繊維径、繊維長の計測結果を他の評価結果と合わせて表1に示す。
【0075】
〔比較例2〕
特許文献4の実施例2と同様に無修飾CNFを作成し、比較例1と同様に評価した、結果を表1に示す。0.4%の水分散液とDMAc分散液のUVスペクトルを測定した結果、透過率がほぼ0%、DMAc分散液の方は透過率が1%程度であった。
【0076】
〔比較例3〕
特許文献4の実施例4と同様に無修飾CNFを作成し、比較例1と同様に評価した、結果を表1に示す。0.4%の水分散液とDMAc分散液のUVスペクトルを測定した結果、透過率がほぼ0%、DMAc分散液の方は透過率が1%程度であった。
【0077】
以上の実施例と比較例から、実施例1~3と比較例1及び2の評価結果を比較して表1にまとめた。アニオン基の種類に関係なく、アニオン性シングルセルロースナノファイバーを加水分解することにより無修飾セルロースナノファイバーの集合体が得られる。先行技術で作成されたCNC又はCNFの可視光線透過率は1%以下に対して、本発明の無修飾セルロースナノファイバーの集合体は60%以上であった。
【0078】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の無修飾CNFの集合体は、耐熱性があり透明性が高いため、レンズ用樹脂、ポリカーボネート、PMMA、エポキシ等の樹脂と複合化し、光学材料への応用展開が期待できる。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7