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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-26
(45)【発行日】2024-02-05
(54)【発明の名称】放射線測定装置および放射線測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01T 1/20 20060101AFI20240129BHJP
【FI】
G01T1/20 B
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020141008
(22)【出願日】2020-08-24
(65)【公開番号】P2022036680
(43)【公開日】2022-03-08
【審査請求日】2023-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前川 立行
(72)【発明者】
【氏名】牧野 俊一郎
(72)【発明者】
【氏名】大島 雄志
(72)【発明者】
【氏名】菊地 賢太郎
(72)【発明者】
【氏名】久米 直人
【審査官】後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2009/0039271(US,A1)
【文献】特開2020-060511(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/00-1/16
G01T 1/167-7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射される放射線との相互作用で蛍光パルスを放出する複数の蛍光体が層状に重ねられた多層蛍光部と、
前記蛍光パルスを電気信号に変換する光電変換部と、
前記光電変換部で得られた前記電気信号に含まれるデータをそれぞれの前記蛍光体に関する成分毎に弁別する発光層弁別部と、
前記多層蛍光部の構造に応じて設定された処理で、前記発光層弁別部で弁別された前記データから測定対象となっている線種の前記放射線の成分を選別するデータ選別部と、
前記データ選別部で選別された前記データに基づいて、計数、計数率、線量当量、線量当量率の少なくともいずれかの測定値を算出する測定値演算部と、
を備え、
複数の前記蛍光体の個数がn個の場合に、前記蛍光パルスの発光の有無のパターンのそれぞれに対応する2のn乗個の発光情報が予め設定されており、
前記データ選別部は、少なくとも1つの選別態様において、前記発光層弁別部で弁別された前記データのうち、前記測定値の算出に用いる有効なものと用いられない無効なものとを前記発光情報毎に選別する、
放射線測定装置。
【請求項2】
複数の前記蛍光体は、
前記放射線の入射口に設けられた第1蛍光体と、
前記第1蛍光体よりも前記入射口から離れて設けられた第2蛍光体と、
前記第2蛍光体よりも前記入射口から離れて設けられた第3蛍光体と、
を含み、
前記第2蛍光体と前記第3蛍光体の間に、光を透過しつつ一部の前記線種の前記放射線を遮蔽する光ガイドが設けられる、
請求項1に記載の放射線測定装置。
【請求項3】
複数の前記蛍光体の個数がn個の場合に、前記蛍光体のそれぞれに対応する前記蛍光パルスの放出を示すn個の放出情報が予め設定されており、
前記データ選別部は、他の選別態様において、前記発光層弁別部で弁別された全ての前記データを前記測定値の算出に用いる有効なものとして前記放出情報毎に選別する、
請求項1または請求項2に記載の放射線測定装置。
【請求項4】
前記測定値演算部は、
前記有効なものとして選別された前記データに対して、前記パターン毎に予め設定された係数および演算手順を特定する手順特定部と、
前記有効なものとして選別された前記データを前記線種毎に分類する線種分類部と、
前記線種毎に分類された前記データに基づいて、予め設定された一定時間内の前記計数を積算する計数積算部と、
前記線種毎に分類された前記データに基づいて、予め設定された時間単位の前記計数率を算出する計数率演算部と、
前記計数または前記計数率に対して、予め設定された校正係数を乗じて前記線量当量または前記線量当量率を算出する線量当量演算部と、
を備える、
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の放射線測定装置。
【請求項5】
前記測定値演算部は、
前記有効なものとして選別された前記データに基づいて、予め設定された一定時間内の前記計数を積算する計数積算部と、
前記有効なものとして選別された前記データに基づいて、予め設定された時間単位の前記計数率を算出する計数率演算部と、
前記計数または前記計数率に対して、予め設定された校正係数を乗じて前記線量当量または前記線量当量率を算出する線量当量演算部と、
を備える、
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の放射線測定装置。
【請求項6】
複数の前記蛍光体は、
前記放射線の入射口に設けられ、β線の入射で前記蛍光パルスを放出する第1蛍光体と、
前記第1蛍光体よりも前記入射口から離れて設けられ、β線の入射で前記蛍光パルスを放出する第2蛍光体と、
を含み、
前記発光層弁別部が有するアナログ-デジタル変換回路で前記電気信号が変換されるときに前記電気信号の信号波高値が前記アナログ-デジタル変換回路のスケール毎に分割され、
前記測定値演算部は、
前記第1蛍光体の前記蛍光パルスに基づいて算出された前記計数率に対して、予め設定された第1校正係数を乗じ、
前記第2蛍光体の前記蛍光パルスに基づいて算出された前記計数率に対して、前記スケール毎に分割された前記信号波高値のそれぞれに対応して予め設定された第2校正係数を乗じ、
前記第1校正係数を乗じた値と前記第2校正係数を乗じた値を合算してβ線の前記線量当量を求める、
請求項1から請求項のいずれか1項に記載の放射線測定装置。
【請求項7】
複数の前記蛍光体は、γ線の入射で前記蛍光パルスを放出する第3蛍光体を含み、
前記第3蛍光体よりも前記放射線の入射口に近い位置に、光を透過しつつβ線を遮蔽する光ガイドが設けられており、
前記測定値演算部は、
前記第3蛍光体に対応して予め設定された一定時間内の前記蛍光パルスの個々の波高値を積算し、
前記第3蛍光体に対応して予め設定された時間単位の前記蛍光パルスの個々の前記波高値の平均値を算出し、
前記平均値に予め設定された第3校正係数を乗じてγ線の前記線量当量を求める、
請求項1から請求項のいずれか1項に記載の放射線測定装置。
【請求項8】
前記線種は、第1エネルギーのβ線と、前記第1エネルギーよりも高い第2エネルギーのβ線と、γ線とを含む、
請求項1から請求項のいずれか1項に記載の放射線測定装置。
【請求項9】
複数の蛍光体が層状に重ねられた多層蛍光部が、入射される放射線との相互作用で蛍光パルスを放出するステップと、
光電変換部が、前記蛍光パルスを電気信号に変換するステップと、
発光層弁別部が、前記光電変換部で得られた前記電気信号に含まれるデータをそれぞれの前記蛍光体に関する成分毎に弁別するステップと、
データ選別部が、前記多層蛍光部の構造に応じて設定された処理で、前記発光層弁別部で弁別された前記データから測定対象となっている線種の前記放射線の成分を選別するステップと、
測定値演算部が、前記データ選別部で選別された前記データに基づいて、計数、計数率、線量当量、線量当量率の少なくともいずれかの測定値を算出するステップと、
を含
複数の前記蛍光体の個数がn個の場合に、前記蛍光パルスの発光の有無のパターンのそれぞれに対応する2のn乗個の発光情報が予め設定されており、
前記データ選別部は、前記発光層弁別部で弁別された前記データのうち、前記測定値の算出に用いる有効なものと用いられない無効なものとを前記発光情報毎に選別する、
放射線測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、放射線測定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電離箱サーベイメータでは、1度目の測定をした後にβ線の入射を阻止するキャップをプローブの先端に装着してγ線のみの測定をし、1度目と2度目の測定値の差でβ線の値を得るようにしている。つまり、β線とγ線のそれぞれの値を得るために同一箇所で必ず2回の測定を行う必要があり、作業手順が複雑になるばかりか、1度目と2度目の差分を得る処理を行うため、測定誤差が大きくなる。そこで、従来からα線とβ(およびγ)線の同時弁別測定に用いられてきたフォスイッチ検出器というものに着目した。
【0003】
このフォスイッチ検出器は、放射線の種類によって異なる透過力、線エネルギー付与と蛍光波形(蛍光減衰時間)の違いを利用した検出器である。ここで、蛍光減衰時間とは、蛍光パルスの初期光強度の値が1/eになるまで減衰する時間を表す定数である。なお、蛍光パルスは、その発生した瞬間(初期値I(0))の光強度が最大の値となっている。ここで、初期光強度とは、この発生した瞬間の光強度の値である。蛍光パルスは瞬時に発生して指数関数的に減衰(減光)するので、時刻tにおける減衰された光強度I(t)は、時刻t=0での初期値I(0)を用いて、I(t)=I(0)・exp(-t/τ)の形で表現することができる。このτが蛍光減衰時間であり、指数減衰応答の時定数でもある。
【0004】
例えば、蛍光減衰時間が異なる複数種類のシンチレータ(蛍光体)を設け、蛍光減衰時間に基づいていずれのシンチレータの発光であるかを弁別するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平5-341047号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Shigekazu USUDA, Development of ZnS(Ag)/NE102A and ZnS(Ag)/Stilbene Phoswich Detectors for Simultaneous α and β(γ) Counting, Journal of Nuclear Science and Technology, 1992, 29巻, 9号, p.927-929, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnst1964/29/9/29_9_927/_article/-char/ja/
【文献】Travis L White, William H Miller, A triple-crystal phoswich detector with digital pulse shape discrimination for alpha/beta/gamma spectroscopy, Nucl. Inst. and Meth. Sec. A, Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment, 422, 1-3, 144-147, (1999), https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168900298010900
【文献】T. Farsoni and D. M. Hamby, STUDY OF A TRIPLE-LAYER PHOSWICH DETECTOR FOR BETA AND GAMMA SPECTROSCOPY WITH MINIMAL CROSSTALK, 28th Seismic Research Review: Ground-Based Nuclear Explosion Monitoring Technologies, https://pdfs.semanticscholar.org/c9ef/06c5a5b20f49e61187db7b0d57265dd697ac.pdf
【文献】S.Kinbara, T.Kumahara, "A General Purpose Pulse Shape Discriminating Circuit", Nucl. Instr. Methods, 70, 173-182, (1969), https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0029554X69903772
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述の技術領域の中で、α線とβ(およびγ)線の弁別ではなく、β線とγ線を識別するために、3層の蛍光体を用いるためのフォスイッチ検出器の開発例がある。この開発例では、第1層と第2層でβ線を測定し、第3層でγ線を測定している。このフォスイッチ検出器ではβ線のエネルギーを知るために、第2層の蛍光体を相応の厚さにし、β線の全エネルギーを第2層に吸収させるように設計されている。しかし、第2層がβ線の全エネルギーを吸収する程度に厚くなると、この第2層のγ線に対する感度も上がってしまうため、β線とγ線の弁別能力が著しく下がってしまう。
【0008】
また、第1層の蛍光体の発光を伴わない第2層の蛍光体の発光は、γ線によるコンプトン散乱とみなし、計数に用いない無効なものとして扱うことも考えられている。しかし、第1層が極めて薄いため、高いエネルギーのβ線の阻止能力が低くなっており、高いエネルギーのβ線が入射しても第1層の発光量が少ない。そのため、β線が入射しても第1層の発光を光検出器で認識できない場合が生じ、β線に対する計数損失が発生してしまう。
【0009】
本発明の実施形態は、このような事情を考慮してなされたもので、1台の測定装置を用いた1回の測定作業で複数の線種の放射線の測定値を高い精度で得ることができる放射線測定技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の実施形態に係る放射線測定装置は、入射される放射線との相互作用で蛍光パルスを放出する複数の蛍光体が層状に重ねられた多層蛍光部と、前記蛍光パルスを電気信号に変換する光電変換部と、前記光電変換部で得られた前記電気信号に含まれるデータをそれぞれの前記蛍光体に関する成分毎に弁別する発光層弁別部と、前記多層蛍光部の構造に応じて設定された処理で、前記発光層弁別部で弁別された前記データから測定対象となっている線種の前記放射線の成分を選別するデータ選別部と、前記データ選別部で選別された前記データに基づいて、計数、計数率、線量当量、線量当量率の少なくともいずれかの測定値を算出する測定値演算部と、を備え、複数の前記蛍光体の個数がn個の場合に、前記蛍光パルスの発光の有無のパターンのそれぞれに対応する2のn乗個の発光情報が予め設定されており、前記データ選別部は、少なくとも1つの選別態様において、前記発光層弁別部で弁別された前記データのうち、前記測定値の算出に用いる有効なものと用いられない無効なものとを前記発光情報毎に選別する
【発明の効果】
【0011】
本発明の実施形態により、1台の測定装置を用いた1回の測定作業で複数の線種の放射線の測定値を高い精度で得ることができる放射線測定技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】放射線測定装置を示す斜視図。
図2】放射線測定装置を示す構成図。
図3】データ選別部と測定値演算部を示す構成図。
図4】β線のエネルギーと線量当量率の換算係数を示すグラフ。
図5】第1選別処理部で処理される放出情報を示す表。
図6】第2選別処理部で処理される発光情報を示す表。
図7】放射線測定処理を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら、放射線測定装置および放射線測定方法の実施形態について詳細に説明する。
【0014】
図1の符号1は、本実施形態の放射線測定装置である。この放射線測定装置1は、β線、γ線、X線などの電離放射線を測定するものである。例えば、測定を行うために放射線測定装置1を使用する使用者は、プローブとしての検出部2を把持し、この検出部2を所定の放射線源S(図2)に近づけることで放射線の検出を行う。特に、放射線測定装置1は、過酷事故を起こした原子力発電所の作業環境および作業場所におけるβ線とγ線の線量を測定するために用いられる。
【0015】
核燃料が破損するような事象が発生した場合には、α線、β線、γ線を放射する様々な核種が発生する。このような過酷事故を起こした原子力発電所では、溶け落ちた核燃料物質または核分裂生成物が、付着または露出した区域、機器、部品などが線源となるため、従来の原子力発電所の放射線管理とは異なる新たな測定と対応が必要になる。
【0016】
ここで、特に、外部被ばく管理に注目してみる。核分裂生成物が汚染源となっている場合において、従来は汚染源として存在しなかったSr-90/Y-90からの高エネルギーβ線に直接晒されることになる。そのため、これら汚染源による被ばくを低減するための対応が必要になる。
【0017】
Sr-90、Y-90から放射されるβ線の空気中最大飛程は、それぞれ1.5m、9.5m程度であるため、内部被ばくの防止は勿論のこと、外部被ばくの防止も重要になる。特に、放射線業務従事者の眼の水晶体に受ける等価線量限度は、新たに施行される法令改正により、年間50mSv、かつ5年間で100mSvに大幅に引き下げられる。そのため、作業環境および作業場所のβ線の線量当量率の測定および把握がさらに重要となる。そこで、本実施形態の放射線測定装置1を用いる。
【0018】
β線が所定の物質に入射した場合、確率的な反応ではなく、軌跡に沿って確実にエネルギーを物質に付与する。一方、γ線が所定の物質に入射した場合は、コンプトン散乱による電子が確率的に生成される。本実施形態の放射線測定装置1では、これらβ線とγ線の性質の違いに着目している。
【0019】
放射線測定装置1が目的とするものは、所定の線種の計数、計数率、線量当量、線量当量率の少なくともいずれかの測定値を算出することである。特に、β線とγ線の事象の弁別と線量当量率を同時に測定することである。
【0020】
放射線測定装置1では、放射線との相互作用に基づいて発生する信号の弁別、選択、演算を行う必要がある。弁別については、従来の多層型のフォスイッチ検出器の設計または処理法が参考になるが、いずれの場合も線量当量率を求める手段には繋がらない。そのため、基本的な検出器の設計を見直すとともに、信号毎に弁別された情報からβ線とγ線の線量当量率を得る手段を設ける。
【0021】
放射線測定装置1は、検出部2と、演算のための所定の回路などが収容された装置本体3とで構成される。検出部2と装置本体3は、信号の伝送および電力の供給を行うための複合ケーブル4で接続されている。なお、装置本体3には、高圧電源8と低圧電源9も収容されている(図2)。この放射線測定装置1は、可搬型の装置であり、使用者が持ち運べるサイズおよび重量となっている。このような装置は、一般に、サーベイメータ、ポータブル測定装置などとも称されている。
【0022】
装置本体3には、測定値などの所定の情報を表示するための表示部5と、測定処理の実行または切換などの所定の操作を行うための操作部6と、測定作業で得られたデータを他の装置に転送するためのコネクタ7が設けられている。なお、本実施形態では、有線接続のためのコネクタ7を示したが、他の装置にデータを転送するためには、有線接続でなくても良く、例えば、コネクタ7が不要の無線接続の手段を設けても良い。
【0023】
図2に示すように、放射線測定装置1は、検出部2と高圧電源8と低圧電源9と信号増幅部20と発光層弁別部21とデータ選別部22と測定値演算部23とを備えている。
【0024】
検出部2は、この放射線源Sに向けられて、所定の方向から放射線が入射するようにして測定が行われる。しかし、実際の放射線管理を行う現場では、放射線源Sが、一点、一か所ではない場合もある。放射線測定装置1の基本設計としては、検出部2の先端側に放射線源Sがあるものとする。その上で、放射線源Sの方向依存性などの性能を提示するようにしている。
【0025】
検出部2は、所定の放射線源Sから入射される電離放射線の種類(線種)に応じて波形の特徴が異なる電気信号(パルス信号)を出力する。この検出部2は、光電変換部10と第1蛍光体11と第2蛍光体12と第3蛍光体13(特定蛍光体)と光ガイド14とこれらを収容する筐体15とを備える。
【0026】
蛍光体11,12,13は、板状を成す部材である。これら蛍光体11,12,13は、入射される放射線との相互作用で蛍光パルスを放出する。なお、複数の蛍光体11,12,13と光を透過する光ガイド14が層状に重ねられている。本実施形態では、第1蛍光体11、第2蛍光体12、光ガイド14、第3蛍光体13の順番で層状に重ねられている。これら3層の蛍光体11,12,13と1層の光ガイド14とで、本実施形態の多層蛍光部が構成される。
【0027】
また、光電変換部10(光検出部)は、蛍光体11,12,13の蛍光パルス(発光)を検出する。この光電変換部10は、蛍光パルスを電気信号に変換する。つまり、光電変換部10は、蛍光パルスの検出に応じて波形の特徴を持った電気信号を出力する。このようにすれば、蛍光体11,12,13と光電変換部10で放射線を検出する検出部2を構成できる。
【0028】
なお、蛍光体11,12,13(多層蛍光部)には、放射線によって発生する電気信号の波形が変わるように、それぞれ蛍光パルスの蛍光減衰時間が異なるものを用いる。
【0029】
光電変換部10には、光の感度が高く口径の選択肢が豊富にある光電子増倍管を用いることができる。また、光電変換部10には、フォトダイオード、アバランシェフォトダイオード、Silicon photomultiplier(SiPMT)、Multi-Pixel Photon Counter(MPPC)などの各種光検出デバイスを用いることもできる。この光電変換部10には、蛍光体11,12,13の発光波長が合致するものであれば、いずれのデバイスを用いても良い。
【0030】
筐体15の内部で複数の蛍光体11,12,13が互いに積層される。複数の蛍光体11,12,13は、互いに種類または特性が異なるものである。これら蛍光体11,12,13の種類に応じて蛍光パルスの態様が異なるとともに光電変換部10が出力する電気信号の波形が異なる。このようにすれば、放射線の線種に応じて特性が異なる電気信号を出力する検出部2を構成できる。
【0031】
筐体15は、円筒形状を成す部材であり、その一端に入射口16が開口されている。この入射口16は、薄膜17で閉塞されている。この薄膜17は、β線、γ線などの放射線の透過性を有しつつ、可視光に対しての遮光性を有する。例えば、薄膜17は、アルミ蒸着してPET(Polyethylene terephthalate)フィルムなどを用いて形成する。そして、入射口16から薄膜17を介して放射線が入射し、蛍光体11,12,13に当たる。
【0032】
複数の互いに積層された蛍光体11,12,13のうち、第1蛍光体11は、筐体15の入射口16に最も近接した位置に設けられている。第2蛍光体12は、第1蛍光体11よりも入射口16から離れた位置に設けられている。第3蛍光体13は、第2蛍光体12よりも入射口16から離れた位置に設けられている。放射線の線種に応じて進入距離と発光に繋がる反応確率が異なるため、放射線の線種に応じて波形の異なる電気信号を出力する検出部2を構成できる。
【0033】
また、第1蛍光体11が第2蛍光体12より薄く形成されている。第2蛍光体12が第3蛍光体13より薄く形成されている。さらに、第1蛍光体11と第2蛍光体12を合わせた厚さよりも、第3蛍光体13は厚く形成されている。
【0034】
光ガイド14は、板状を成す部材である。この光ガイド14は、第2蛍光体12と第3蛍光体13の間に設けられている。光ガイド14は、光を透過しつつ一部の種類の放射線を遮蔽する。このようにすれば、放射線の線種を弁別可能な蛍光パルスを放出する多層蛍光部を構成できる。
【0035】
光ガイド14は、蛍光体11,12の発光波長に対して透明な材質で形成されている。例えば、ガラス、アクリル、ポリビニルトルエン(PVT)などで形成されている。なお、第1蛍光体11と第2蛍光体12を合わせた厚さよりも、光ガイド14は厚く形成されている。この光ガイド14は、β線のエネルギーを吸収するエネルギーダンパとなっている。
【0036】
筐体15は、γ線を透過しつつ一部の種類の放射線を遮蔽する。例えば、筐体15は、透過力の低いβ線を遮蔽する。透過力の低いβ線は、入射口16に面する入射方向18から入射する。つまり、β線の入射は、筐体15の入射口16に限定される。一方、透過力の高いγ線は、入射口16から入射するとともに、筐体15の側方の入射方向19からも入射する。このようにすれば、透過力の低いβ線と、透過力の高いγ線とが区別され易くなるため、特にγ線の検出精度を向上させることができる。
【0037】
なお、筐体15は、一部の種類の放射線の遮蔽効果が得られれば、いずれの材料で形成されても良い。さらに、筐体15は、電磁シールドを兼ねても良い。
【0038】
γ線と所定の物質との反応は、β線とは異なり確率的反応である。しかし、γ線が物質と反応して発生するコンプトン散乱電子は、物理的にはβ線と同じく、蛍光体11,12,13の内部での軌跡に沿って必ず何らかのエネルギーを付与するという作用を生じる。従って、γ線の影響を抑えるためには、第1蛍光体11と第2蛍光体12をできる限り薄くして、反応の確率を低く抑えることが好ましい。しかし、第1蛍光体11と第2蛍光体12を薄くし過ぎると、β線によるエネルギー付与も小さくなり、信号自体が検出できなくなるほど小さくなってしまう場合がある。そのため、信号検出ができる程度の厚さを確保しておくことが必要である。また、薄くすると前述のY-90からの高エネルギーβ線が、第2蛍光体12を貫通して、第3蛍光体13に向かう。そのため、第3蛍光体13に高エネルギーβ線が到達しないように、β線のエネルギーを吸収する光ガイド14を設けている。このようにすれば、放射線の線種を弁別可能な蛍光パルスを放出する多層蛍光部を構成できる。
【0039】
例えば、第1蛍光体11と第2蛍光体12で検出対象とするβ線などの荷電粒子の最大エネルギーを想定する。そして、これらの荷電粒子の最大飛程が光ガイド14を超えないように、光ガイド14の厚さを設定する。このようにすれば、仮にβ線が第2蛍光体12を通過しても第3蛍光体13まで届かないようになる。そのため、第3蛍光体13では、γ線に基づく蛍光パルスのみが生じるようになる。
【0040】
検出部2では、検出対象であるβ線の信号が得られる条件の範囲内であれば、第1蛍光体11と第2蛍光体12を薄くすることができる。このようにすれば、γ線が、第1蛍光体11と第2蛍光体12と反応する事象(確率)を極限まで減らし、主に第3蛍光体13だけでγ線を検出することができる。
【0041】
放射線測定装置1では、第1エネルギーのβ線と、第1エネルギーよりも高い第2エネルギーのβ線と、γ線の少なくとも3つの線種の放射線を測定することができる。これらの線種の放射線の測定値を得ることができるため、例えば、1台の放射線測定装置1を用いた1回の測定作業で複数の線種の放射線の独立した計数率または線量当量率を高い精度で得ることができる。その結果、使用者が測定現場に滞在する時間を短くすることができる。特に、過酷事故を起こした高線量の場所の測定作業では、滞在時間を短くすることで、使用者の被ばく量を抑えることができる。以下の説明では、第1エネルギーのβ線を低エネルギーβ線と称する。第2エネルギーのβ線を高エネルギーβ線と称する。
【0042】
次に、放射線測定装置1の動作によって受動的に生じる作用効果を含めて説明する。
【0043】
例えば、荷電粒子であるβ線の場合、透過力が低く筐体15によって遮蔽されるため、筐体15の入射口16のみから入射する。そして、入射口16から入射したβ線が蛍光体11,12に当たる。
【0044】
筐体15の内部にβ線が入射した場合には、複数の蛍光体11,12,13のうち、入射口16に最も近い第1蛍光体11にエネルギーを与えて蛍光パルスが生じる。この蛍光パルスを光電変換部10が電気信号に変換して出力する。
【0045】
入射したβ線は、エネルギーが低い場合、第1蛍光体11に全てのエネルギーを与えて止まる。第1蛍光体11にエネルギーが与えられて蛍光パルスが生じ、光電変換部10が電気信号を出力する。しかし、β線のエネルギーが高い場合は、第2蛍光体12にもエネルギーが与えられて蛍光パルスが生じ、光電変換部10は、第1蛍光体11と第2蛍光体12の発光が重畳した蛍光パルスに応じた電気信号を出力する。つまり、放射線のエネルギーの高低に関わらず、必ず、第1蛍光体11に起因した電気信号が発生する。
【0046】
一方、γ線またはX線が第1蛍光体11に入射した場合には、必ず反応が生じるものではなく、そのエネルギーまたは第1蛍光体11の材質などに依存する所定の確率で反応する。そのため、γ線またはX線が入射した場合でも、第1蛍光体11の蛍光パルスに基づく電気信号が発生しない場合もあり得る。
【0047】
ここで、第1蛍光体11の材質とサイズを、γ線が反応し難いものに設定することで、β線と、γ線(X線)とを区別することができる。
【0048】
重要な点は、第1蛍光体11に加えて、第2蛍光体12は、β線の信号を確実に検出でき、より高いエネルギーであることを認識可能なことである。かつγ線の反応確率を許容できるものになるまで厚さを抑えるという方針で、第2蛍光体12の最適設計を行うとともに、第2蛍光体12を貫通したβ線に残っているエネルギーを全て吸収できる光ガイド14を設けることである。
【0049】
蛍光体11,12,13および光ガイド14のそれぞれの間には、空気層が介在しないように、光学グリースまたは光学接着材を充填する。そして、それぞれの部材を光学的に密着させた状態で重ねる。また、それぞれの部材が薄いため、これら4つの層をアセンブリした状態で側周面に、リフレクタペイントを塗布するか、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製のテープなどを密着させて巻き、筐体15の内部で拡散反射ができるようにしておく。
【0050】
第3蛍光体13と光電変換部10の光検出面の間にも、空気層が介在しないように、光学グリースまたは光学接着材を充填する。または、光学用シリコンパッド(ジェル)などを介在させて圧着しても良い。
【0051】
なお、第3蛍光体13は、第1蛍光体11と第2蛍光体12よりも蛍光減衰時間が長いものにする。
【0052】
約250keV以下の低エネルギーβ線は、第1蛍光体11で止まるように設計する。この低エネルギーβ線が入射した場合には、第1蛍光体11の蛍光減衰時間に応じた電気信号が出力される。
【0053】
約250keVを超える高エネルギーβ線は、第1蛍光体11を発光させながら通過し、第2蛍光体12まで到達する。この高エネルギーβ線が入射した場合には、第1蛍光体11と第2蛍光体12の蛍光減衰時間に応じた電気信号が出力される。
【0054】
さらに、第1蛍光体11と第2蛍光体12は、γ線との反応確率が著しく低くなるように設計されている。そのため、この2つの層をγ線が通過し、第3蛍光体13まで到達する。さらに、筐体15の側方の入射方向19からもγ線が入射され、第3蛍光体13に到達する。このγ線が入射した場合には、第3蛍光体13の蛍光減衰時間に応じた電気信号が出力される。
【0055】
ここで、第2蛍光体12は、第1蛍光体11と比較して、密度と実効原子番号が高いものを採用している。そのため、第2蛍光体12は、第1蛍光体11と同程度の厚さでも、より多くのβ線エネルギーを吸収することができる。さらに、第2蛍光体12は、第1蛍光体11とは異なる蛍光減衰時間に応じた電気信号の波形を形成する。つまり、低エネルギーβ線、高エネルギーβ線、γ線によって異なる波形の電気信号を取得することができる。
【0056】
放射線測定装置1は、β線の評価を従来のように計数率だけでなく、線量当量率で行うことが1つの重要な目的である。そこで、1つのβ線の事象について、エネルギーと線量当量への換算係数の関係を図4に示す。これは、ICRP Pub.74の中のTable A.44に掲載されている値をグラフ化したものである。例えば、図4において、グラフG1は、皮膚の線量当量に相当する70μm線量当量(H’(0.07, 0))の換算係数を示す。グラフG2は、眼の水晶体の線量当量に相当する3mm線量当量(H’(3.00, 0))の換算係数を示す。グラフG3は、1cm線量当量(H’(10.00, 0))の換算係数を示す。
【0057】
図4に示すように、250keV付近を境に、大きく換算係数が変化することが分かる。低エネルギー領域では、領域幅は狭いがその部分での換算係数が大きい。高エネルギー領域では、換算係数が小さく、広い領域に渡りほぼ一定値になっている。
【0058】
従って、概ね250keV程度を境とし、250keV未満のエネルギーとして認識された事象に対しては、相対的に大きな重みを与え、250keV以上のエネルギーとして認識された事象に対しては、相対的に小さな重みを与えて積算すれば、β線の線量当量率を求めることができる。また、測定の誤差も相応の範囲に収めることができる。
【0059】
このように、β線では、250keVを境界とした計数演算処理と結び付けるために、第1蛍光体11の厚さを計算で最適化する。なお、第2蛍光体12も、γ線の検出効率を限りなく低く抑えるためには薄い方が良い。しかし、β線の3mm線量当量を測定するためには、β線に関する信号検出をするだけでなく、800keVから1MeV程度以上であることも識別できることが必要である。これについても、第2蛍光体12に適した厚さを計算で最適化する。なお、β線が第1蛍光体11および第2蛍光体12を貫通する際に吸収されずに残った余剰エネルギーは、光ガイド14で吸収されるように光ガイド14の厚さも計算により求める。
【0060】
例えば、本実施形態の4層の多層蛍光部でβ線とγ線を区別することを目的とした場合において、第1蛍光体11の材料には、密度が低く蛍光減衰時間の短いプラスチック(PVT)シンチレータを用いる。さらに、第1蛍光体11の厚みは、例えば、0.3~0.4mm程度にする。また、第2蛍光体12の材料には、ユウロピウムを添加したフッ化カルシウム(CaF2(Eu))を用いる。さらに、第2蛍光体12の厚みは、例えば、0.5~1.0mm程度にする。また、第3蛍光体13の材料には、第1蛍光体11と同様の密度が低いプラスチック(PVT)を用いるが、蛍光減衰時間については第1蛍光体11よりも長く、第2蛍光体12より短い特性を持つものを採用する。さらに、第3蛍光体13の厚みは、測定対象とするγ線の線量率範囲(最小から最大)への適合と線量当量換算の適合を鑑み、適宜決定すれば良い。通常、第3蛍光体13の厚みは、第2蛍光体12よりも明らかに厚くなる。
【0061】
このように、β線の検出を第1蛍光体11と第2蛍光体12の2層に分割して担わせることで、低エネルギーβ線と高エネルギーβ線の2群での識別が可能となる。さらに、高エネルギーβ線については、第1蛍光体11と第2蛍光体12のそれぞれの蛍光パルスの発光の有無に基づく論理積の処理ができるようになる。その結果、β線とγ線を明確に分離して測定することができるという効果を得られる。
【0062】
光ガイド14の厚みは、例えば、5.0~10.0mm程度にする。この光ガイド14の厚みは、測定対象とするβ線の最大エネルギーを考慮して厚みを設定する。この光ガイド14の材料には、ポリビニルトルエン(PVT)を用いる。なお、光ガイド14の材料に石英ガラスを用いても良い。ただし、PVTのほうがγ線との反応率が低く、第2蛍光体12に向かう後方散乱線の発生も少ない。また、石英ガラスよりもPVTの方が、低エネルギーγ線の余分な吸収が少ないために、γ線の測定における低エネルギー領域の損失が低く抑えられる。一方、PVTで構成する場合は、石英ガラスよりも厚さが増えるため、第1蛍光体11と第2蛍光体12の発光の光学的伝搬特性の面では不利になる。従って、光ガイド14の材料には、これらの両方の特性を鑑み、適宜決定すれば良い。
【0063】
しかし、PVTだけで、光ガイド14を構成できない場合が存在する。その場合とは、例えば、第3蛍光体13として潮解性の大きなNaI(Tl)などを用いる場合である。NaI(Tl)結晶自体は、潮解性が強いため、通常は缶封入して片面に石英ガラスの光学窓がつけられている。しかし、本実施形態のように、多層蛍光部を構成する場合において、NaI(Tl)結晶には、通常の封入形態とは異なり、両端面に石英ガラスの光学窓を設ける特別な加工が必要となる。
【0064】
その上で、光ガイド14としては、石英光学窓とPVTで事実上分担させて必要なエネルギーの阻止機能を有することになる。これは、異なる物質の接合面が増加して光学的損失の観点からは不利である。または、PVTを無くし、その代わりに石英ガラスの厚さを厚くして対応する方法もある。しかし、これは製造コストが嵩むばかりでなく、NaI(Tl)の潮解を防止する封入の信頼性も低くなり、実用的な装置としては、あまり好ましいものではない。従って、このような処置方法は総合的にあまり良い方法とは言えない。
【0065】
第3蛍光体13については、前述のような理由を背景にプラスチック(PVT)シンチレータを使うことがコスト、信頼性、性能の面で現実的である。β線に対する設計制約は無く、必要な検出効率(感度)と、信号処理系が扱える計数率の上限値などを考慮し、厚みを決定すればよい。本実施形態では、人体の組織と等価の材料であるプラスチックを用いて、低エネルギー領域から確実に信号検出を行い、プラスチック(PVT)が吸収したエネルギーに比例している光量積分、即ちパルス波高値の積分を行うことで、計数率のみならず、線量当量率を測定できるようにしている。
【0066】
次に、放射線測定装置1のシステム構成を、図2から図3のブロック図を参照して説明する。
【0067】
図2に示すように、高圧電源8は、光電変換部10に高電圧の電力を供給する。低圧電源9は、高圧電源8と信号増幅部20と発光層弁別部21とデータ選別部22と測定値演算部23とに低電圧の電力を供給する。
【0068】
信号増幅部20は、検出部2から出力された電気信号の増幅と、この電気信号の波形の整形を行う。この信号増幅部20は、所謂アンプであり、検出部2から出力された電気信号を測定可能なレベルまで増幅する。例えば、チャージアンプ方式、カレントアンプ方式などを用いることができる。なお、信号増幅部20では、検出部2から出力される蛍光パルスの蛍光減衰時間に依存する情報を継承しつつ、増幅した出力波形を整形して出力する。従って、単純に蛍光減衰時間そのものを、電気信号の立ち上がりまたは立ち下りのいずれか一方にそのまま継承する応答であるとは限らない。また、信号増幅部20で増幅および整形された電気信号は、発光層弁別部21に入力される。
【0069】
発光層弁別部21は、光電変換部10で得られた電気信号に含まれるデータをそれぞれの蛍光体11,12,13に関する成分毎に弁別する。ここでいうデータとは、電気信号の波形に含まれる特徴情報のことを指す。この発光層弁別部21の処理によって、第1蛍光体11と第2蛍光体12と第3蛍光体13のいずれの部材から蛍光パルスが放出されたのかを識別することができる。なお、この場合、蛍光パルスが放出された蛍光体11,12,13は1つとは限らない。また、発光層弁別部21で弁別されたデータはデータ選別部22に入力される。なお、発光層弁別部21は、アナログ-デジタル変換回路24を有する。
【0070】
アナログ-デジタル(AD)変換回路24は、光電変換部10から出力されたアナログの電気信号の波形を時系列のデジタル値に変換する。つまり、このアナログ-デジタル(AD)変換回路24は、波形の形状を時間軸に沿ったデジタルサンプリングデータとして取得するものである。例えば、アナログ-デジタル(AD)変換回路24のフルスケールが10ビット、即ち1024である場合において、アナログデータの信号波形の各デジタル変換値は、0~1023のいずれかの値なる。
【0071】
なお、発光層弁別部21には、様々な手法が存在するため、発光層弁別部21の構成はここで述べたようなアナログ-デジタル(AD)変換回路24だけではなく、特に限定しない。従来公知の技術として、例えば、アナログ回路の波形弁別手法(時間-波高変換回路)が用いられている。時間-波高変換回路の他にも、特別な処理を行うアナログ回路を適用することも考えられる。アナログ-デジタル(AD)変換回路24を用いた場合には、近年、著しく進展してきたデジタル信号処理を適用することが可能であり、リアルタイムで様々なデジタル波形弁別処理ができる。これらの技術を発光層弁別部21に適用しても良い。
【0072】
図3に示すように、データ選別部22は、検出部2(多層蛍光部)の多層構造に応じて設定された処理で、発光層弁別部21で弁別されたデータから測定対象となっている線種の放射線の成分を選別する。データ選別部22で選別されたデータが測定値演算部23に入力される。
【0073】
従来技術では、前述のように、アナログ回路で蛍光体の蛍光減衰時間を波高値に変換した上で、多重波高分析装置を用いてデータを評価しているものがある。または、デジタル信号処理においては、蛍光減衰時間の大小をデジタル演算で比較し、判断しているものがある。しかしながら、いずれの場合も弁別の処理を行った後は、個々の線種に対する計数情報だけが抽出されていることが多かった。しかし、本実施形態の放射線測定装置1では、基本的に弁別した線種別の計数と波高値情報を元にして、線量当量率の算出を目指している。そのため、データ選別部22は、波形の波高分布、即ちヒストグラムメモリではなく、少なくとも複数個の計数または波高値の積算機能を備え、その後段に測定値演算部23を設けている。
【0074】
また、データ選別部22は、第1選別処理部25と第2選別処理部26とを備える。これらは、高速でリアルタイムでの処理が必要であるため、FPGA(フィールドプログラマブルアレイ)またはDSP(デジタルシグナルプロセッサ)などを使ったハードウェア処理を中心にして構成される。処理速度の観点で問題がなければ、メモリまたはその他の記憶媒体におさめられたプログラムがCPUによって実行される形態もあり得る。
【0075】
第1選別態様では、複数の蛍光体11,12,13の層の数がn個(例えば3個)の場合に、蛍光体11,12,13のそれぞれに対応する蛍光パルスの放出を示すn個(例えば3個)の選別情報の登録用機能が設定される。例えば、第1選別処理部25は、発光層弁別部21で弁別された全てのデータを測定値の算出に用いる有効なものとしてそれぞれの登録用機能に発生事象数を登録する。このようにすれば、簡素な処理で複数の線種の放射線の測定値を得ることができる。
【0076】
第2選別態様では、複数の蛍光体11,12,13の層の数がn個(例えば3個)の場合に、蛍光パルスの発光の有無のパターンのそれぞれに対応する2のn乗個(例えば8個)の発光情報が予め設定される。例えば、第2選別処理部26は、発光層弁別部21で弁別されたデータのうち、測定値の算出に用いる有効なものと用いられない無効なものとを発光情報毎に選別する。このようにすれば、複数の蛍光体11,12,13の蛍光パルスのパターンに基づいて、複数の線種の放射線の測定値を得ることができる。なお、発光のパターンには、全ての蛍光体11,12,13が発光しないパターンを含む。
【0077】
測定値演算部23は、データ選別部22で選別されたデータに基づいて、計数、計数率、線量当量、線量当量率の少なくともいずれかの測定値を算出する。
【0078】
本実施形態のシステムとしての測定値演算部23は、プロセッサおよびメモリなどのハードウェア資源を有し、CPUが各種プログラムを実行することで、ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて実現されるコンピュータで構成される。さらに、本実施形態の放射線測定方法は、各種プログラムをコンピュータに実行させることで実現される。
【0079】
測定値演算部23(システム)の各構成は、必ずしも1つのコンピュータに設ける必要はない。例えば、ネットワークで互いに接続された複数のコンピュータを用いて1つの測定値演算部23を実現しても良い。また、装置本体3とコネクタ7を介して接続された他のコンピュータが測定値演算部23を備えていても良い。なお、本実施形態のシステムには、発光層弁別部21とデータ選別部22が含まれても良い。
【0080】
また、測定値演算部23は、時間設定部27と換算設定部28と手順特定部29と線種分類部30と計数積算部31と計数率演算部32と線量当量演算部33とを備える。これらは、メモリまたはその他の記録媒体に記憶されたプログラムがCPUによって実行されることで実現される。
【0081】
時間設定部27は、計測単位時間T、繰り返し係数K、時定数などの時間設定値を予め設定する。時間設定部27は、これら時間設定値の入力、設定、読み出し機能を有する。なお、時間設定値は、使用者が測定作業に応じて任意の値を設定することができる。
【0082】
換算設定部28は、計数モード、線量変換モード、線量換算用の校正係数群などの換算設定値を予め設定する。換算設定部28は、これら換算設定値の入力、設定、読み出し機能を有する。なお、換算設定値は、事前に行われる標準線量場などでの照射校正により決定された値を設定するものである。
【0083】
計数モードには、例えば、積算モード、計数率モード、平均化モードが含まれる。線量変換モードには、例えば、70μm線量当量モード、3mm線量当量モード、1cm線量当量モードが含まれる。校正係数群には、例えば、第1校正係数、第2校正係数、第3校正係数(特定校正係数)が含まれる。ここで、3つの校正係数は必ずしもそれぞれが単独で合計3つの値である必然性はなく、乗算する対象信号の値または波高値に応じて変化する係数群として捉えれば良い。逆に、値または波高値に対して依存しない設定にした場合は単一の係数と等価になる。
【0084】
手順特定部29は、第2選別処理部26で有効なものとして選別されたデータに対して、パターン毎に予め設定された係数および演算手順を特定する。
【0085】
線種分類部30は、第2選別処理部26で有効なものとして選別されたデータを線種毎に分類する。
【0086】
計数積算部31は、線種分類部30で線種毎に分類されたデータに基づいて、予め設定された一定時間内の計数を積算する。さらに、計数積算部31は、第1選別処理部25または第2選別処理部26で有効なものとして選別されたデータに基づいて、予め設定された一定時間内の計数を積算する。
【0087】
また、計数積算部31は、第1領域演算部34と第2領域演算部35と波高値演算部36とを備える。
【0088】
第1領域演算部34は、低エネルギーβ線として分類されたデータに基づいて、予め設定された一定時間(例えば、計測単位時間Tを繰り返し係数Kで乗じた時間(T×K))内の計数を積算する。
【0089】
第2領域演算部35は、高エネルギーβ線として分類されたデータに基づいて、予め設定された一定時間(例えば、計測単位時間Tを繰り返し係数Kで乗じた時間(T×K))内の計数を積算する。
【0090】
波高値演算部36は、第3蛍光体13に対応して予め設定された一定時間(例えば、計測単位時間Tを繰り返し係数Kで乗じた時間(T×K))内に、蛍光パルスの個数ではなく蛍光パルスの個々の波高値を積算する。ここで言う波高値とは、γ線の入射に基づいて発生した蛍光パルスの波形の尖頭部分の最大値を指している。
【0091】
計数率演算部32は、線種分類部30で線種毎に分類されたデータに基づいて、予め設定された時間単位の計数率を算出する。さらに、計数率演算部32は、第1選別処理部25または第2選別処理部26で有効なものとして選別されたデータに基づいて、予め設定された時間単位の計数率を算出する。
【0092】
また、計数率演算部32は、第1計数率演算部37と第2計数率演算部38と平均値演算部39とを備える。
【0093】
第1計数率演算部37は、線種分類部30で低エネルギーβ線として分類されたデータに基づいて、予め設定された時間単位(例えば、計測単位時間T)の低エネルギーβ線の計数率を算出する。例えば、第1蛍光体11の蛍光パルスに基づいて低エネルギーβ線の計数率を算出する。
【0094】
第2計数率演算部38は、線種分類部30で高エネルギーβ線として分類されたデータに基づいて、予め設定された時間単位(例えば、計測単位時間T)の高エネルギーβ線の計数率を算出する。例えば、第2蛍光体12の蛍光パルスに基づいて高エネルギーβ線の計数率を算出する。
【0095】
平均値演算部39は、第3蛍光体13に対応して予め設定された時間単位(例えば、計測単位時間T)の蛍光パルスの個々の波高値の平均値を算出する。前述の第1計数率演算部37と第2計数率演算部38は、積算された計数値から単位時間あたりの平均値、即ち計数率を演算するものであるが、ここで説明する平均値演算部39もまた同様の演算内容であり、積算された波高値から単位時間あたりの平均値、即ち平均波高値を演算するものである。
【0096】
線量当量演算部33は、計数積算部31で積算された計数または計数率演算部32で算出された計数率または平均波高値に対して、予め設定された校正係数を乗じて線量当量または線量当量率を求める。このようにすれば、1台の放射線測定装置1を用いて、放射線の線種毎に高い精度で、計数、計数率、線量当量、線量当量率の算出を行うことができる。
【0097】
また、線量当量演算部33は、β線線量当量演算部40とγ線線量当量演算部41とを備える。
【0098】
β線線量当量演算部40は、β線の線量当量を求める。例えば、第1計数率演算部37で算出された低エネルギーβ線の計数率に対して、予め設定された第1校正係数を乗じる。さらに、第2計数率演算部38で算出された高エネルギーβ線の計数率に対して、第2校正係数を乗じる。これら第1校正係数と第2校正係数は、アナログ-デジタル(AD)変換回路24のスケール毎に分割された信号波高値のそれぞれに対応して予め設定することができる。最も簡素な形態としては、第1校正係数と第2校正係数は信号波高値に依存しない2つの定数とすることである。そして、第1校正係数を乗じた値と第2校正係数を乗じた値を合算してβ線の線量当量を求める。このようにすれば、高い精度でβ線の測定値を得ることができる。
【0099】
γ線線量当量演算部41は、平均値演算部39で算出された平均値に予め設定された第3校正係数を乗じてγ線の線量当量を求める。このようにすれば、高い精度でγ線の測定値を得ることができる。この第3校正係数も、アナログ-デジタル(AD)変換回路24のスケール毎に分割された信号波高値のそれぞれに対応して予め設定することができる。
【0100】
次に、測定値の演算手順の一例を、図5の表を用いて説明する。なお、図2から図3に示すブロック図を適宜参照する。この例では、データ選別部22の第1選別処理部25を用いた第1選別態様でデータの選別が行われる。
【0101】
図5に示すように、複数の蛍光体11,12,13の個数がn個(例えば3個)の場合に、蛍光体11,12,13のそれぞれに対応する蛍光パルスの放出を示すn個(例えば3個)の放出情報が予め設定される。なお、nは自然数である。
【0102】
例えば、3つのカウンタ番号に対応付けて、発光態様とカウント対象の線種が設定される。蛍光パルスの放出に基づく電気信号は、データ選別部22の第1選別処理部25で、これら放出情報毎に選別される。
【0103】
本実施形態では、3つの蛍光体11,12,13を用いているため、その選別結果は、カウンタ番号1~3の3つとなる。即ち、第1蛍光体11に対応する事象認識カウントと、第2蛍光体12に対応する事象認識カウントと、第3蛍光体13に対応する事象認識カウントの3つに選別される。
【0104】
この例では、放出情報と蛍光体11,12,13が1:1に対応付けられている。つまり、第1蛍光体11の発光は、「全ての種類のβ線」としてカウントされる。第2蛍光体12の発光は、「高エネルギーβ線」としてカウントされる。第3蛍光体13の発光は、「γ線」としてカウントされる。これらの放出情報のカウントに基づいて、測定値演算部23で必要な演算処理が行われる。
【0105】
ここで、事象認識カウントと記載したが、通常の場合は、個々のカウンタの値を、事象発生の度にインクリメントする。しかし、γ線の線量当量率の測定に用いる情報については、事象発生の度にインクリメントすることに合わせ、もうひとつのカウンタを用意し、事象自体の波形の尖頭値、即ち波高値を逐次加算していく。
【0106】
測定値演算部23の演算処理について図2から図3を参照して説明する。第1選別態様の場合において、カウンタ番号1~3までのそれぞれに対応する計数値がデータ選別部22から測定値演算部23に入力される。即ち、「全ての種類のβ線」、「高エネルギーβ線」、「γ線」のそれぞれの事象認識カウントの計数値として選別されている。これらの計数値は、全てが測定値の算出に用いられる有効なものとして選別されたデータとみなし得る。
【0107】
測定値演算部23は、時間設定部27で設定された時間設定値と換算設定部28で設定された換算設定値を参照し、データ選別部22から入力された3つのカウンタの計数値に基づいて、それぞれの線種の計数、計数率、線量当量、線量当量率を算出する。
【0108】
例えば、データ選別部22の3つのカウンタは、放射線測定装置1の設定値である計測単位時間Tを最小時間とした時間区切りで、計数値の蓄積を行なっている。測定値演算部23の計数積算部31では、計測単位時間T毎および繰り返し係数K毎の計数積算を行う。また、計測単位時間T毎に読み出しを行うとともに、カウンタをクリアする。さらに、読み出された計数値は、計数積算部31に送られる。
【0109】
計数積算部31は、時間設定部27で設定された時定数と、換算設定部28で設定された換算設定値を参照し、所定の計数率演算処理を行う。この計数率演算処理の手法には、移動平均、ダイオードポンプ回路を模擬した時定数を加味した計数率処理などを適用できる。ここでは、一定時間幅のデータを連続して処理する必要がある。そのため、FIFO(Fisr IN First Out)形式のバッファが用意されており、計数積算部31でデータを時間の順番に有限個のバッファに記録していく処理が含まれる。
【0110】
線量当量演算部33は、換算設定部28で設定された換算設定値を参照し、計数率を含むデータに適切な係数乗算などの演算処理を行い、最終的に線量当量または線量当量率として算出する。
【0111】
線量当量演算部33で得られた線量当量または線量当量率を含むデータは、装置本体3の表示部5(図1)で表示し、可視化される。または、必要に応じてメモリに記憶される。さらに、有線通信手段または無線通信手段により外部の他の装置に送信される。
【0112】
次に、測定値の演算手順の他の例を、図6の表を用いて説明する。なお、図2から図3に示すブロック図を適宜参照する。この例では、データ選別部22の第2選別処理部26を用いた第2選別態様でデータの選別が行われる。
【0113】
図6に示すように、複数の蛍光体11,12,13の個数がn個(例えば3個)の場合に、蛍光パルスの発光の有無のパターンのそれぞれに対応する2のn乗個(例えば8個)の発光情報の分類が予め設定される。なお、nは自然数である。
【0114】
本実施形態では、3つの蛍光体11,12,13を用いているため、蛍光パルスの発光の有無のパターンは、2の3乗、即ち8個のケースに選別することができる。ここには、いずれの蛍光体11,12,13も発光しない状態(無信号状態)が含まれている。
【0115】
例えば、8つのケース番号0~7に対応付けて、それぞれの蛍光体11,12,13の発光の有無と、β線測定の有効性と、γ線測定の有効性が予め設定される。蛍光パルスの放出に基づく電気信号は、データ選別部22の第2選別処理部26で、これら発光情報毎に選別される。それぞれのケース0~8について説明する
【0116】
ケース番号0は、全ての蛍光体11,12,13が発光しておらず、検出部2から信号が出力されない、所謂無信号状態である。このケース番号0のパターンは、当然のことながら、β線とγ線のいずれの測定にも用いられない無効なデータとして選別される。通常は、装置内で事象検出のトリガ自体が発生しないため、このケース番号0の状態(無信号状態)が実際に存在することはない。
【0117】
ケース番号1は、第2蛍光体12のみが発光し、第1蛍光体11と第3蛍光体13が発光していない状態である。β線を測定する場合において、このケース番号1のパターンは、基本的に無効とすべきデータである。しかし、第2蛍光体12まで貫通してくる高エネルギーβ線の場合には、線エネルギー付与が小さくなるため、第1蛍光体11の発光量が小さく、光電変換部10が第1蛍光体11の発光を検出できなかった可能性がある。そのため、第2蛍光体12の蛍光パルスの波高値が大きい場合には、有効なものとして判断しても良いデータとなる場合もある。従って、β線を測定する場合において、第2蛍光体12の蛍光パルスの波高値が大きい場合には、有効なデータとして選別する特例処理を施すことで、β線の計数損失を押さえることができる。特例処理の実行の有無は、使用者が任意に設定することができる。なお、γ線を測定する場合には、このケース番号1のパターンは、無効なデータとして選別される。γ線による偶発コンプトン散乱が生成する蛍光パルスは、平均的にケース番号1のパターンよりも小さくなるように、予め解析計算を用いて第2蛍光体12の厚さの最適設計を行っているからである。
【0118】
ケース番号2は、第1蛍光体11のみが発光し、第2蛍光体12と第3蛍光体13が発光していない状態である。β線を測定する場合には、このケース番号2のパターンは、有効なデータとして選別される。第1蛍光体11のみの発光であるため、低エネルギーβ線による発光であるとして判断できるからである。なお、γ線を測定する場合には、このケース番号2のパターンは、無効なデータとして選別される。第1蛍光体11は、極めて薄いため、γ線による発光の確率は、β線の検出効率に対して百分の一以下の検出効率になるように予め解析計算を用いて厚さの最適設計を行うことで抑制されているからである。そのため、γ線による偶発コンプトン散乱が生じる可能性は低いと判断できる。
【0119】
ケース番号3は、第1蛍光体11と第2蛍光体12が発光し、第3蛍光体13が発光していない状態である。β線を測定する場合には、このケース番号3のパターンは、有効なデータとして選別される。第1蛍光体11と第2蛍光体12が同時に発光しているため、250keV以上の高エネルギーβが貫通した事象として判断できるからである。なお、γ線を測定する場合には、このケース番号3のパターンは、無効なデータとして選別される。
【0120】
ケース番号4は、第3蛍光体13のみが発光し、第1蛍光体11と第2蛍光体12が発光していない状態である。γ線を測定する場合には、このケース番号4のパターンは、有効なデータとして選別される。第3蛍光体13のみが発光しているため、γ線による事象であると判断できるからである。なお、β線を測定する場合には、このケース番号4のパターンは、無効なデータとして選別される。
【0121】
ケース番号5は、第2蛍光体12と第3蛍光体13が発光し、第1蛍光体11が発光していない状態である。γ線を測定する場合には、このケース番号5のパターンは、有効なデータとして選別される。第3蛍光体13が発光しているため、γ線による事象であると判断できるからである。一方、β線を測定する場合において、このケース番号5のパターンは、基本的に無効とすべきデータである。しかし、高エネルギーβ線がγ線と同時に入射した可能性も有り得るため、有効なデータとして選別しても良い。また、第2蛍光体12の発光の検出は、γ線により光ガイド14、第3蛍光体13、または筐体15で発生したコンプトン散乱に起因する信号である可能性もあると考えられる。しかし、これは識別できない。β線を測定する場合において、このケース番号5のパターンを有効なデータとして扱うか否かは、使用者が任意に設定することができる。
【0122】
ケース番号6は、第1蛍光体11と第3蛍光体13が発光し、第2蛍光体12が発光していない状態である。β線とγ線のいずれを測定する場合にも、このケース番号6のパターンは、有効なデータとして選別される。低エネルギーβ線による事象とγ線による事象とが同時に発生したと判断できるからである。
【0123】
ケース番号7は、全ての蛍光体11,12,13が発光している状態である。γ線を測定する場合には、このケース番号7のパターンは、有効なデータとして選別される。一方、β線を測定する場合において、このケース番号7のパターンは、基本的に無効とすべきデータである。しかし、ケース番号3のパターンとケース番号4のパターンが同時に生じているとも考えられる。そのため、β線を測定する場合において、このケース番号7のパターンを有効なデータとして選別しても良い。また、第1蛍光体11と第2蛍光体12の発光の検出は、γ線により第3蛍光体13で発生したコンプトン散乱の可能性も考えられる。β線を測定する場合において、このケース番号7のパターンを有効なデータとして扱うか否かは、使用者が任意に設定することができる。
【0124】
このように、それぞれのケースの判断基準、およびケース番号1,5,7の振り分けの考え方は、放射線測定装置1のモードの設定として切り換え可能にしておいても良い。そして、使用者が、測定現場におけるβ線とγ線の比率の違いを考慮しながら、適宜、切り換えられるように放射線測定装置1に組み込んでおいても良い。
【0125】
また、8個のケースのそれぞれのデータの選別を行い、無信号状態のケース番号0のパターンを除いて、残る7個のケースのそれぞれのカウンタを必要に応じて設ける。そして、これらカウンタに事象認識カウントの計数値、および第3蛍光体13の発光事象の場合は波高値も併せて蓄積していくようにする。
【0126】
測定値演算部23の演算処理について図2から図3を参照して説明する。第2選別態様の場合において、ケース番号1~7までのそれぞれに対応する計数値がデータ選別部22から測定値演算部23に入力される。無信号状態のケース番号0以外の7個のケース1~7が、β線とγ線の少なくとも一方の測定に有効なデータを含む。なお、必ずしも全てのケースが1対1で線種と対応をしているわけではない。従って、それぞれのケースに応じたそれぞれの処理が必要となる。
【0127】
本実施形態では、これら7つのケースを再度選別し、「低エネルギーβ線」、「高エネルギーβ線」、「γ線」に振り分けて評価演算を行う。
【0128】
低エネルギーβ線の測定に有効な成分は、ケース番号2とケース番号6のデータに含まれている。
【0129】
高エネルギーβ線の測定に有効な成分は、ケース番号1とケース番号3とケース番号5とケース番号7のデータに含まれている。ただし、使用者の任意の設定により、ケース番号1とケース番号5とケース番号7は、使用者の任意の設定により測定に用いるか否かを切り換えられる。また、ケース番号1とケース番号5は、蛍光パルスの波高値の判定などを行う必要もある。
【0130】
γ線の測定に有効な成分は、ケース番号4とケース番号5とケース番号6とケース番号7のデータに含まれている。
【0131】
測定値演算部23は、時間設定部27で設定された時間設定値と換算設定部28で設定された換算設定値を参照し、データ選別部22から入力された7つのカウンタの計数値とパターンの判断条件に基づいて、「低エネルギーβ線」、「高エネルギーβ線」、「γ線」のそれぞれの線種の計数、計数率、線量当量、線量当量率を算出する。
【0132】
例えば、データ選別部22の7つのカウンタは、放射線測定装置1の設定値である計測単位時間Tを最小時間とした時間区切りで、計数値の蓄積を行なっている。測定値演算部23の計数積算部31では、計測単位時間T毎および繰り返し係数K毎の計数積算を行う。また、計測単位時間T毎に読み出しを行うとともに、カウンタをクリアする。さらに、読み出された計数値は、計数積算部31に送られる。
【0133】
なお、第1選別態様でデータを選別する演算手順と、第2選別態様でデータの選別する演算手順を適宜切り換えられるようにしても良い。
【0134】
ここで、第1選別態様と第2選別態様の両者を比較すると、β線とγ線の混入による誤認識を減らし、かつエネルギーに応じたきめ細かな精度の良い線量換算ができるのは、第2選別態様である。従って、放射線測定装置1として選別態様の選択を使用者ができるが、多くの場合は、第2選別態様の方を用いて定常的に測定することが好ましい。
【0135】
次に、求めるβ線の線量当量率として、70μm線量当量率と3mm線量当量率の2種類を例示する。なお、1cm線量当量率の定義も存在するが、対象となるβ線エネルギーは2~3MeV以上の領域で有意となる量であり、通常の使用用途として、Y-90のβ線の最大エネルギー(2.3MeV)を考えた場合であっても、あまり現実的に意味はないと考えられるため、本実施形態では説明を省略する。
【0136】
測定値演算部23の演算処理において、時間設定部27と換算設定部28のそれぞれの係数を参照する。なお、校正係数群は、換算設定部28により予め設定されている。
【0137】
例えば、β線の線量当量率を数式で示すと以下のようになる。ここで、「βDR」はβ線の線量当量率(Dose Rate)である。「RLβ」は低エネルギー(Low energy)のβ線の計数率(Rate)である。「RHβ」は高エネルギー(High energy)のβ線の計数率(Rate)である。「a」は第1校正係数である。「b」は第2校正係数である。
【0138】
βDR=a・RLβ+b・RHβ
【0139】
ここで、低エネルギーβ線(Lβ)と高エネルギーβ線(RHβ)をそれぞれ独立に、計数積算を行い、かつ計数率演算を行う。即ち、低エネルギーβ線の演算領域用として第1領域演算部34を設けている。また、高エネルギーβ線の演算領域用として第2領域演算部35を設けている。これら第1領域演算部34と第2領域演算部35で個別に計数積算を行う。
【0140】
計数率については、低エネルギーβ線用に第1計数率演算部37を設けている。高エネルギーβ線用に第2計数率演算部38を設けている。これら第1計数率演算部37と第2計数率演算部38で個別に計数率演算を行う。これら計数率演算においても、FIFO形式のバッファが用意されており、計数積算部31でデータを時間の順番に有限個のバッファに記録していく処理が含まれる。
【0141】
最終的にβ線線量当量演算部40は、これら低エネルギーβ線と高エネルギーβ線に対する計数率演算結果(RLβ、RHβ)の両方を参照して、β線の線量当量率を算出する。低エネルギーと高エネルギーの2つの線種のβ線エネルギー領域の計数値を参照することで、合理的な線量当量率の演算が実現される。
【0142】
また、γ線の線量当量率を求める場合には、第1選別処理部25または第2選別処理部26において、γ線用のカウンタに発生事象数としてカウントを加算していくこととは別に、事象の大きさ、即ちγ線成分の信号波形の尖頭値(波高値)を加算(積算)していくことが必要となる。
【0143】
例えば、波高値演算部36で積算された波高値から求められる相対線量(積算値)を数式で示すと以下のようになる。ここで、「relD」は相対線量(relative Dose)である。「Pulse_Height(i)」はi番目の波高値のデータ(事象)である。
【0144】
relD=Σ Pulse_Height(i)
【0145】
さらに、γ線の線量当量率を数式で示すと以下のようになる。ここで、「γDR」はγ線の線量当量率(Dose Rate)である。「relDR」は波高値の相対線量の平均値である。「c」は第3校正係数である。
【0146】
γDR=c・relDR
【0147】
γ線の測定の場合には、波高値演算部36を用いる。これらは、加算して総和をとるという演算処理については、β線の計数のときと同様であるものの、総和をとる対象とするものが、計数値から波高値に替わっている点だけが異なる。データ選別部22から出力される段階で、振り分け先のカウンタに記録する値自体が、事象の数ではなく事象の尖頭値(波高値)に変更されてはいるが、演算処理自体はβ線の計数のときと同様である。
【0148】
また、平均値演算部39は、波高値演算部36で求められた波高値の相対線量の平均値(relDR)に、第3校正係数(c)を乗じて、γ線の線量当量率(γDR)を算定する。
【0149】
なお、本実施形態では、第3蛍光体13の材料として、密度が低く蛍光減衰時間の長いいプラスチック(PVT)シンチレータを用いた。この第3蛍光体13は、人体組織等価と言える。従って、人体等価物質の中でエネルギーが失われ、それに応じた発光が観測されていることから、発光の強さと頻度の積分値は、人体に対する全吸収線量に比例した量と読み替えられる。この計算を波高値演算部36と平均値演算部39で行うようにしたものである。
【0150】
次に、放射線測定装置1が実行する放射線測定処理について図7のフローチャートを用いて説明する。この放射線測定装置1の動作によって受動的に生じる作用効果を含めて説明する。なお、図2から図3に示す構成図を適宜参照する。以下のステップは、放射線測定処理に含まれる少なくとも一部の処理であり、他のステップが放射線測定処理に含まれても良い。
【0151】
図7に示すように、まず、ステップS11において、複数の蛍光体11,12,13が層状に重ねられた多層蛍光部が、入射される放射線との相互作用で蛍光パルスを放出する。ここで、多層蛍光部を構成する3つの蛍光体11,12,13の少なくともいずれか1つが蛍光パルスを放出する場合を考える。ちなみに、β線が入射した場合は、2つの蛍光体11,12の少なくともいずれかが発光するが、γ線が入射した場合は、蛍光体11、12,13のいずれも発光しない場合がある。この場合、第3蛍光体13だけが、第1蛍光体11、第2蛍光体12よりもはるかに大きな確率で蛍光パルスを放出する確率を有する。
【0152】
次のステップS12において、光電変換部10が、蛍光パルスを電気信号に変換する。この電気信号が光電変換部10から出力され、信号増幅部20に入力される。
【0153】
次のステップS13において、信号増幅部20が、検出部2が出力した電気信号の増幅と電気信号の波形の整形を行う。この増幅および整形された電気信号が信号増幅部20から出力され、発光層弁別部21に入力される。この整形および増幅された電気信号には、成分として含まれる特徴であって、発光した蛍光体11,12,13の蛍光減衰時間に関連付けられる特徴が含まれている。
【0154】
次のステップS14において、発光層弁別部21が、信号増幅部20から入力された電気信号、つまり、光電変換部10で得られた電気信号に含まれるデータをそれぞれの蛍光体11,12,13に関する成分毎に弁別する。
【0155】
次のステップS15において、データ選別部22が、データ選別処理を実行する。このデータ選別処理において、データ選別部22が、多層蛍光部の構造に応じて設定された処理で、発光層弁別部21で弁別されたデータから測定対象となっている線種の放射線の成分を選別する。例えば、第1選別処理部25が第1選別態様でデータの選別を行う。また、第2選別処理部26が第2選別態様でデータの選別を行う。
【0156】
次のステップS16において、測定値演算部23が、測定値演算処理を実行する。この測定値演算処理において、測定値演算部23が、データ選別部22で選別されたデータに基づいて、計数、計数率、線量当量、線量当量率の少なくともいずれかの測定値を算出する。例えば、計数積算部31が、線種毎に分類されたデータに基づいて、予め設定された一定時間内の計数を積算する。また、計数率演算部32が、線種毎に分類されたデータに基づいて、予め設定された時間単位の計数率を算出する。さらに、線量当量演算部33が、計数積算部31で積算された計数または計数率演算部32で算出された計数率に対して、予め設定された校正係数を乗じて線量当量または線量当量率を求める。
【0157】
そして、放射線測定装置1が放射線測定処理を終了する。
【0158】
なお、本実施形態のフローチャートにおいて、各ステップが直列に実行される形態を例示しているが、必ずしも各ステップの前後関係が固定されるものでなく、一部のステップの前後関係が入れ替わっても良い。また、一部のステップが他のステップと並列に実行されても良い。
【0159】
これは、例えば、計数積算と計数率演算と線量当量演算は、所定の時間枠の経過の後にシーケンシャルに機能が実行されることを規定するものではなく、1事象ずつ積算と計数率演算と線量当量演算を逐次実施して、所定の時間枠終了後に結果を提示することもあり得ることを意味する。この場合において、前述の校正係数群は、乗じるべき信号の1事象毎の波高値を反映したものを使うこともできる。
【0160】
本実施形態のシステムは、専用のチップ、FPGA(Field Programmable Gate Array)、GPU(Graphics Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processing)またはCPU(Central Processing Unit)などのプロセッサを高集積化させた制御装置と、ROM(Read Only Memory)またはRAM(Random Access Memory)などの記憶装置と、HDD(Hard Disk Drive)またはSSD(Solid State Drive)などの外部記憶装置と、ディスプレイなどの表示装置と、マウスまたはキーボードなどの入力装置と、通信インターフェースとを備える。このシステムは、通常のコンピュータを利用したハードウェア構成で実現できる。
【0161】
なお、本実施形態のシステムで実行されるプログラムは、例えば、ハードウェアとして組み込む場合において、ROMまたはFPGAロジックなどに予め組み込んで提供される。もしくは、このプログラムは、インストール可能な形式または実行可能な形式のファイルでCD-ROM、CD-R、メモリカード、DVD、フレキシブルディスク(FD)などのコンピュータで読み取り可能な非一過性の記憶媒体に記憶されて提供するようにしても良い。
【0162】
また、このシステムで実行されるプログラムは、インターネットなどのネットワークに接続されたコンピュータ上に格納し、ネットワーク経由でダウンロードさせて提供するようにしても良い。また、このシステムは、構成要素の各機能を独立して発揮する別々のモジュールを、ネットワークまたは専用線で相互に接続し、組み合わせて構成することもできる。
【0163】
なお、本実施形態では、β線とγ線の弁別を主目的とするために、光ガイド14よりも入射口16側に第1蛍光体11と第2蛍光体12の2枚が設けられ、光ガイド14よりも奥側に第3蛍光体13の1枚が設けられているが、別の線種も含めた弁別を目的とする場合には、蛍光体の種類と枚数を適宜調整しても良い。例えば、光ガイド14よりも入射口16側に3枚の蛍光体を設けるとともに光ガイド14よりも奥側に1枚の蛍光体を設けて、合計4枚の蛍光体で検出部2を構成しても良い。また、光ガイド14よりも入射口16側に1枚の蛍光体を設けるとともに光ガイド14よりも奥側に1枚の蛍光体を設けて、合計2枚の蛍光体で検出部2を構成しても良い。
【0164】
以上説明した実施形態によれば、多層蛍光部の構造に応じて設定された処理で、発光層弁別部で弁別されたデータから測定対象となっている線種の放射線の成分を選別するデータ選別部を備えることにより、1台の測定装置を用いた1回の測定作業で複数の線種の放射線の測定値を高い精度で得ることができる。
【0165】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更、組み合わせを行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0166】
1…放射線測定装置、2…検出部、3…装置本体、4…複合ケーブル、5…表示部、6…操作部、7…コネクタ、8…高圧電源、9…低圧電源、10…光電変換部、11…第1蛍光体、12…第2蛍光体、13…第3蛍光体、14…光ガイド、15…筐体、16…入射口、17…薄膜、18,19…入射方向、20…信号増幅部、21…発光層弁別部、22…データ選別部、23…測定値演算部、24…アナログ-デジタル(AD)変換回路、25…第1選別処理部、26…第2選別処理部、27…時間設定部、28…換算設定部、29…手順特定部、30…線種分類部、31…計数積算部、32…計数率演算部、33…線量当量演算部、34…第1領域演算部、35…第2領域演算部、36…波高値演算部、37…第1計数率演算部、38…第2計数率演算部、39…平均値演算部、40…β線線量当量演算部、41…γ線線量当量演算部、S…放射線源。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7