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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-26
(45)【発行日】2024-02-05
(54)【発明の名称】五硫化二リン組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 1/06 20060101AFI20240129BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20240129BHJP
   H01B 1/10 20060101ALI20240129BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20240129BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20240129BHJP
   H01M 4/13 20100101ALI20240129BHJP
   C01B 25/14 20060101ALI20240129BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALI20240129BHJP
【FI】
H01B1/06 A
H01B13/00 Z
H01B1/10
H01M10/052
H01M4/62 Z
H01M4/13
C01B25/14
H01M10/0562
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2022163735
(22)【出願日】2022-10-12
(62)【分割の表示】P 2018192735の分割
【原出願日】2018-10-11
(65)【公開番号】P2022186776
(43)【公開日】2022-12-15
【審査請求日】2022-11-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000165974
【氏名又は名称】古河機械金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】吉田 樹史
(72)【発明者】
【氏名】松原 哲也
(72)【発明者】
【氏名】田村 素志
(72)【発明者】
【氏名】山本 一富
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/067631(WO,A1)
【文献】特開2018-097954(JP,A)
【文献】特開平08-073275(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/0562
H01B 13/00
H01B 1/06
H01B 1/10
H01M 10/052
H01M 4/62
H01M 4/13
C01B 25/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化物系無機固体電解質材料用の五硫化二リン組成物を製造するための製造方法であって、
五硫化二リンの原料組成物を準備する工程(X)と、
線源としてCuKα線を用いたX線回折により得られるスペクトルから算出される、前記五硫化二リン組成物の結晶化度により評価される、前記五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させることにより、前記五硫化二リン組成物を得る工程(Y)と、
を含み、
前記工程(Y)では、真空加熱法および一方向凝固法から選択される少なくとも一種の方法により、前記五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させる五硫化二リン組成物の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の五硫化二リン組成物の製造方法において、
線源としてCuKα線を用いたX線回折により得られるスペクトルから算出される、前記五硫化二リンの原料組成物の結晶化度が30%未満である五硫化二リン組成物の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の五硫化二リン組成物の製造方法において、
前記工程(Y)では、前記五硫化二リン組成物の結晶化度が40%以上になるまで、前記五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させる五硫化二リン組成物の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の五硫化二リン組成物の製造方法において、
示差走査熱量計により測定して得られる、前記五硫化二リンの原料組成物のDSC曲線における、270℃以上300℃以下の温度領域に観察される吸熱ピークの融解熱量が80J/g未満である五硫化二リン組成物の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の五硫化二リン組成物の製造方法において、
前記工程(Y)では、示差走査熱量計により測定して得られるDSC曲線における、270℃以上300℃以下の温度領域に観察される吸熱ピークの融解熱量が85J/g以上になるまで、前記五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させる五硫化二リン組成物の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の五硫化二リン組成物の製造方法において、
前記五硫化二リン組成物中の五硫化二リンの含有量が95質量%以上である五硫化二リン組成物の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の五硫化二リン組成物の製造方法を用いて五硫化二リン組成物を製造する工程と、
得られた前記五硫化二リン組成物と、硫化リチウムと、を含む、硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を機械的処理する工程と、
を含む硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【請求項8】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の五硫化二リン組成物の製造方法で得られた五硫化二リン組成物を原料として用いて得られる硫化物系無機固体電解質材料。
【請求項9】
請求項8に記載の硫化物系無機固体電解質材料を含む固体電解質。
【請求項10】
請求項9に記載の固体電解質を主成分として含む固体電解質膜。
【請求項11】
正極活物質層を含む正極と、電解質層と、負極活物質層を含む負極とを備えたリチウムイオン電池であって、
前記正極活物質層、前記電解質層および前記負極活物質層のうち少なくとも一つが、請求項8に記載の硫化物系無機固体電解質材料を含むリチウムイオン電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、五硫化二リン組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池は、一般的に、携帯電話やノートパソコン等の小型携帯機器の電源として使用されている。また、最近では小型携帯機器以外に、電気自動車や電力貯蔵等の電源としてもリチウムイオン電池は使用され始めている。
【0003】
現在市販されているリチウムイオン電池には、可燃性の有機溶媒を含む電解液が使用されている。一方、電解液を固体電解質に替えて、電池を全固体化したリチウムイオン電池(以下、全固体型リチウムイオン電池とも呼ぶ。)は、電池内に可燃性の有機溶媒を用いないので、安全装置の簡素化が図れ、製造コストや生産性に優れると考えられている。
【0004】
このような固体電解質に用いられる固体電解質材料としては、例えば、硫化物系無機固体電解質材料が知られている。
【0005】
特許文献1(特開2016-27545号公報)には、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.86°±1.00°の位置にピークを有し、Li2y+3PS(0.1≦y≦0.175)の組成を有することを特徴とする硫化物系固体電解質材料が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-27545号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
硫化物系無機固体電解質材料は、電気化学安定性およびリチウムイオン伝導性に優れているものの、電解液に比べたらリチウムイオン伝導性は劣っていた。
以上から、リチウムイオン電池に利用される硫化物系無機固体電解質材料は電気化学安定性を有しつつ、リチウムイオン伝導性のさらなる向上が求められている。
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、得られる硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性を向上できる五硫化二リン組成物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、リチウムイオン伝導性が向上した硫化物系無機固体電解質材料を提供するために鋭意検討した。その結果、硫化物系無機固体電解質材料を製造する際の原料として、結晶性が向上した五硫化二リン組成物を用いると、得られる硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性を向上できることを見出し、本発明に至った。
【0010】
すなわち、本発明によれば、
硫化物系無機固体電解質材料用の五硫化二リン組成物を製造するための製造方法であって、
五硫化二リンの原料組成物を準備する工程(X)と、
上記五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させることにより、上記五硫化二リン組成物を得る工程(Y)と、
を含む五硫化二リン組成物の製造方法が提供される。
【0011】
また、本発明によれば、
上記五硫化二リン組成物の製造方法を用いて五硫化二リン組成物を製造する工程と、
得られた上記五硫化二リン組成物と、硫化リチウムと、を含む、硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を機械的処理する工程と、
を含む硫化物系無機固体電解質材料の製造方法が提供される。
【0012】
さらに、本発明によれば、
上記五硫化二リン組成物の製造方法で得られた五硫化二リン組成物を原料として用いて得られる硫化物系無機固体電解質材料が提供される。
【0013】
さらに、本発明によれば、
上記硫化物系無機固体電解質材料を含む固体電解質が提供される。
【0014】
さらに、本発明によれば、
上記固体電解質を主成分として含む固体電解質膜が提供される。
【0015】
さらに、本発明によれば、
正極活物質層を含む正極と、電解質層と、負極活物質層を含む負極とを備えたリチウムイオン電池であって、
上記正極活物質層、上記電解質層および上記負極活物質層のうち少なくとも一つが、上記硫化物系無機固体電解質材料を含むリチウムイオン電池が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、得られる硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性を向上できる五硫化二リン組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る実施形態のリチウムイオン電池の構造の一例を示す断面図である。
図2】実施例で得られた五硫化二リン組成物のX線回折スペクトルを示す図である。
図3】比較例で得られた五硫化二リン組成物のX線回折スペクトルを示す図である。
図4】本発明に係る実施形態の五硫化二リン組成物の結晶化度の算出方法(ピーク分離法)を説明するためのX線回折スペクトルを示す図である。
図5】実施例で得られた五硫化二リン組成物のDSC曲線を示す図である。
図6】比較例で得られた五硫化二リン組成物のDSC曲線を示す図である。
図7】吸熱ピークの熱量を算出する際に用いるベースラインを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。なお、すべての図面において、同様な構成要素には共通の符号を付し、適宜説明を省略する。また、図は概略図であり、実際の寸法比率とは一致していない。数値範囲の「A~B」は特に断りがなければ、A以上B以下を表す。
【0019】
[五硫化二リン組成物の製造方法]
はじめに、本実施形態に係る五硫化二リン組成物の製造方法について説明する。
本実施形態に係る五硫化二リン組成物の製造方法は、硫化物系無機固体電解質材料用の五硫化二リン組成物を製造するための製造方法であって、五硫化二リンの原料組成物を準備する工程(X)と、五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させることにより、五硫化二リン組成物を得る工程(Y)と、を含む。
【0020】
本実施形態に係る五硫化二リン組成物の製造方法により得られた五硫化二リン組成物を用いることにより、得られる硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性を向上させることができる。
この理由については必ずしも明らかではないが、本実施形態に係る五硫化二リン組成物の製造方法により得られる、結晶性が向上した五硫化二リン組成物は低沸点の硫化リン化合物(P、P10等)の含有量が少ないからだと考えられる。
すなわち、五硫化二リン組成物の結晶性が高いほど、低沸点の硫化リン化合物(P、P10等)の量が少ないと考えられる。
以上の理由から、本実施形態に係る五硫化二リン組成物の製造方法により得られた五硫化二リン組成物は低沸点の硫化リン化合物の量が少ないため、このような五硫化二リン組成物を用いると、得られる硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性を向上させることができると考えられる。
本実施形態において、五硫化二リン組成物の結晶性は、例えば、X線回折スペクトルから算出される結晶化度や示差走査熱量計により測定して得られる吸熱ピークの融解熱量により評価することができる。
【0021】
(工程(X))
はじめに、五硫化二リンの原料組成物を準備する。
原料として用いる五硫化二リンの原料組成物としては特に限定されず、市販されている五硫化二リン(P)をそのまま用いてもよいし、一般的に公知の五硫化二リンの製造方法を用いて得られる五硫化二リンの原料組成物を用いてもよい。
【0022】
本実施形態に係る五硫化二リンの原料組成物は、例えば、線源としてCuKα線を用いたX線回折により得られるスペクトルから算出される結晶化度が30%未満である。
また、本実施形態に係る五硫化二リンの原料組成物は、示差走査熱量計により測定して得られるDSC曲線における、270℃以上300℃以下の温度領域に観察される吸熱ピークの融解熱量が80J/g未満である。
【0023】
ここで、上記五硫化二リンの原料組成物や五硫化二リン組成物の結晶化度の算出方法について、図4を用いながら説明する。図4は、本実施形態に係る五硫化二リン組成物の結晶化度の算出方法(ピーク分離法)を説明するためのX線回折スペクトルを示す図である。
まず、線源としてCuKα線を用いたX線回折では、結晶質に対応する回折曲線はシャープなピークになり、非晶質に対応する回折曲線は散乱によりブロードなハローとなるため、結晶質および非晶質の合計に対する結晶質の割合を結晶化度として算出できる。
本実施形態では、結晶化度を算出する方法として、ピーク分離法を利用する。非干渉性散乱や格子の乱れ等の影響を考慮しないで、プロファイル・フィッティングの手法を用いてX線回折パターン(散乱曲線とも呼ぶ。)を結晶性回折曲線と非晶質ハローにピークを分離する。プロファイル・フィッティングにはX線回折装置付属の解析ソフトを利用することができる。
結晶化度を算出する具体的な手順は以下のとおりである(図4参照;リガク社、X線回折ハンドブック、2000年2月21日、三版、P83、図3.6.2引用)。
(1)バックグランドの分離
低角度側から高角度側のX線強度を直線で結び、直線下の面積をバックグランドとする。
(2)ハローの分離
非晶質によるハローパターンを推定して、バックグランドを差し引いた散乱曲線からハローを分離する。
(3)結晶性回折曲線の分離
上記(2)と同様の方法で、結晶性回折曲線を分離する。
(4)結晶化度の算出
散乱曲線から分離した、非晶成分の回折曲線(非晶質ハロー)および結晶成分の回折曲線(結晶性回折曲線)の曲線下の面積(積分強度)を用いて、下記(1)式から結晶化度を算出する。
Xc={Ic/(Ic+Ia)}×100 (1)
Ic:結晶成分の回折曲線(結晶性回折曲線)の曲線下の面積(積分強度)
Ia:非晶成分の回折曲線(非晶質ハロー)の曲線下の面積(積分強度)
また、五硫化二リンの原料組成物や五硫化二リン組成物が溶媒を含む場合は、五硫化二リン組成物から溶剤を乾燥除去してから測定することが好ましい。
【0024】
また、上記DSC曲線は、例えば、以下の方法で測定できる。
まず、アルゴン雰囲気中で、アルミニウムパンに五硫化二リンの原料組成物または五硫化二リン組成物20~25mgを秤量し、その後、アルミニウム蓋を被せサンプルシーラーで密封する。リファレンスのアルミニウム容器は空の状態とする。開始温度25℃、測定温度範囲30~350℃、昇温速度5℃/min、アルゴン毎分100mlの雰囲気の条件下で、示差走査熱量計を用いて示差走査熱量測定を行う。また、示差走査熱量計としては、特に限定されないが、例えば、DSC6300、セイコーインスツルメント社製を使用することができる。
また、五硫化二リンの原料組成物または五硫化二リン組成物が溶媒を含む場合は、五硫化二リン組成物から溶剤を乾燥除去してから測定することが好ましい。
これにより得られたDSC曲線から、270℃以上300℃以下の温度領域に吸熱ピークの有無を観察することができる。
ここで、上記吸熱ピークの融解熱量は、吸熱ピークを含む融解吸熱カーブと、ベースラインとで囲まれる面積を求めることで算出される。物質固有の熱容量は熱変化の前後で異なるため、吸熱ピーク前後のベースラインは一直線にならない。
そこで、本実施形態において、吸熱ピークにおけるベースラインは、図7に示す点Rと点Sを結んだ線とする。点Rは、吸熱ピーク前のベースラインと吸熱ピークの接線との交点Pを通るとともにY軸に平行な線と、融解吸熱カーブとの交点である。点Sは、吸熱ピーク後のベースラインと吸熱ピークの接線との交点Qを通るとともにY軸に平行な線と、融解吸熱カーブとの交点である。
また、本実施形態に係る五硫化二リン組成物において、270℃以上300℃以下の温度領域に観察される吸熱ピークは、通常は1つである。
【0025】
(工程(Y))
次いで、五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させることにより、本実施形態に係る五硫化二リン組成物を得る。
ここで、五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させる方法としては、例えば、真空加熱法、一方向凝固法および溶媒精製法等が挙げられる。これらの方法を用いることによって、五硫化二リンの原料組成物中の低沸点の硫化リン化合物(P、P10等)の量を低下させ、五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させることができる。ここで、溶媒精製法は、二硫化炭素等の溶媒への溶解度の差を利用して精製する方法である。これらの中でも、真空加熱法が好ましい。
【0026】
上記五硫化二リンの原料組成物を真空加熱するときの圧力や加熱温度、処理時間等の条件は、五硫化二リンの原料組成物の処理量によって適宜決定することができる。
上記五硫化二リンの原料組成物を真空加熱する際の真空加熱装置内の圧力は、例えば-0.01MPa以下であり、-0.07MPa以下であることが好ましい。
上記五硫化二リンの原料組成物を真空加熱する際の加熱温度は、例えば220℃以上500℃以下であり、250℃以上350℃以下であることが好ましい。
上記五硫化二リンの原料組成物を真空加熱する時間は、例えば0.5時間以上24時間以下であり、好ましくは1時間以上5時間以下である。
ここで、五硫化二リンの原料組成物を例えば真空加熱した際に、蒸発せずに容器の底部に溜まった成分が、通常、本実施形態に係る五硫化二リン組成物である。
【0027】
工程(Y)では、線源としてCuKα線を用いたX線回折により得られるスペクトルから算出される結晶化度が40%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは55%以上、特に好ましくは58%以上になるまで、五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させることが好ましい。これにより、硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性をより一層向上できる五硫化二リン組成物を得ることができる。
上記結晶化度の上限は特に限定されないが、例えば、100%以下であり、95%以下であってもよく、90%以下であってもよく、85%以下であってもよく、70%以下であってもよい。
【0028】
また、工程(Y)では、差走査熱量計により測定して得られるDSC曲線における、270℃以上300℃以下の温度領域に観察される吸熱ピークの融解熱量が85J/g以上、好ましくは90J/g以上、より好ましくは95J/g以上、さらに好ましくは100J/g以上になるまで、五硫化二リンの原料組成物の結晶性を向上させることが好ましい。これにより、硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性をより一層向上できる五硫化二リン組成物を得ることができる。
上記吸熱ピークの融解熱量の上限は特に限定されないが、例えば、150J/g以下であり、130J/g以下であってもよく、120J/g以下であってもよく、110J/g以下であってもよい。
ここで、270℃以上300℃以下の温度領域に観察される吸熱ピークは、五硫化二リン(P)の融点である。
【0029】
本実施形態に係る五硫化二リン組成物は、五硫化二リン(P)を主成分として含んでいる。本実施形態に係る五硫化二リン組成物に含まれる五硫化二リンの含有量は、得られる硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性をより一層向上できる点から、95質量%以上が好ましく、97質量%以上がより好ましく、98質量%以上がさらに好ましく、99質量%以上がさらにより好ましい。本実施形態に係る五硫化二リン組成物に含まれる五硫化二リンの含有量の上限は特に限定されないが、例えば、100質量%以下である。本実施形態に係る五硫化二リン組成物において、五硫化二リン(P)以外に含まれる成分としては、P、P10等が挙げられる。
【0030】
本実施形態に係る五硫化二リン組成物の性状としては、例えば粉末状を挙げることができる。後述する硫化物系無機固体電解質材料の製造は一般的には乾式でおこなわれるため、本実施形態に係る五硫化二リン組成物の性状が粉末状であると、硫化物系無機固体電解質材料の製造がより容易となる。
【0031】
[硫化物系無機固体電解質材料]
以下、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料について説明する。
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、本実施形態に係る五硫化二リン組成物の製造方法で得られた五硫化二リン組成物を原料として用いて得ることができる。
【0032】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、電気化学的安定性、水分や空気中での安定性および取り扱い性等をより一層向上させる観点から、構成元素としてLi、PおよびSを含むことが好ましい。
また、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、リチウムイオン伝導性、電気化学的安定性、水分や空気中での安定性および取り扱い性等をより一層向上させる観点から、当該硫化物系無機固体電解質材料中の上記Pの含有量に対する上記Liの含有量のモル比Li/Pが好ましくは1.0以上5.0以下であり、より好ましくは2.0以上4.0以下であり、さらに好ましくは2.5以上3.8以下であり、さらにより好ましくは2.8以上3.6以下であり、さらにより好ましくは3.0以上3.5以下であり、さらにより好ましくは3.1以上3.4以下、特に好ましくは3.1以上3.3以下であり、そして上記Pの含有量に対する上記Sの含有量のモル比S/Pが、好ましくは2.0以上6.0以下であり、より好ましくは3.0以上5.0以下であり、さらに好ましくは3.5以上4.5以下であり、さらにより好ましくは3.8以上4.2以下、さらにより好ましくは3.9以上4.1以下、特に好ましくは4.0である。
ここで、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料中のLi、PおよびSの含有量は、例えば、ICP発光分光分析やX線分析により求めることができる。
【0033】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料において、27.0℃、印加電圧10mV、測定周波数域0.1Hz~7MHzの測定条件における交流インピーダンス法による硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導度は、好ましくは0.5×10-3S・cm-1以上、より好ましくは0.6×10-3S・cm-1以上、さらに好ましくは0.8×10-3S・cm-1以上、特に好ましくは1.0×10-3S・cm-1以上である。
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導度が上記下限値以上であると、電池特性により一層優れたリチウムイオン電池を得ることができる。さらに、このような硫化物系無機固体電解質材料を用いると、入出力特性により一層優れたリチウムイオン電池を得ることができる。
【0034】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の形状としては、例えば粒子状を挙げることができる。
本実施形態に係る粒子状の硫化物系無機固体電解質材料は特に限定されないが、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による重量基準粒度分布における平均粒子径d50が、好ましくは1μm以上100μm以下であり、より好ましくは3μm以上80μm以下、さらに好ましくは5μm以上60μm以下である。
硫化物系無機固体電解質材料の平均粒子径d50を上記範囲内とすることにより、良好なハンドリング性を維持すると共にリチウムイオン伝導性をより一層向上させることができる。
【0035】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は電気化学的安定性に優れていることが好ましい。ここで、電気化学的安定性とは、例えば、広い電圧範囲で酸化還元されにくい性質をいう。より具体的には、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料において、温度25℃、掃引電圧範囲0~5V、電圧掃引速度5mV/秒の条件で測定される硫化物系無機固体電解質材料の酸化分解電流の最大値が0.50μA以下であることが好ましく、0.20μA以下であることがより好ましく、0.10μA以下であることがさらに好ましく、0.05μA以下であることがさらにより好ましく、0.03μA以下であることが特に好ましい。
硫化物系無機固体電解質材料の酸化分解電流の最大値が上記上限値以下であると、リチウムイオン電池内での硫化物系無機固体電解質材料の酸化分解を抑制することができるため好ましい。
硫化物系無機固体電解質材料の酸化分解電流の最大値の下限値は特に限定されないが、例えば、0.0001μA以上である。
【0036】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、リチウムイオン伝導性を必要とする任意の用途に用いることができる。中でも、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、リチウムイオン電池に用いられることが好ましい。より具体的には、リチウムイオン電池における正極活物質層、負極活物質層、電解質層等に使用される。さらに、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、全固体型リチウムイオン電池を構成する正極活物質層、負極活物質層、固体電解質層等に好適に用いられ、全固体型リチウムイオン電池を構成する固体電解質層に特に好適に用いられる。
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を適用した全固体型リチウムイオン電池の例としては、正極と、固体電解質層と、負極とがこの順番に積層されたものが挙げられる。
【0037】
[硫化物系無機固体電解質材料の製造方法]
次に、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法について説明する。
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法は、例えば、本実施形態に係る五硫化二リン組成物の製造方法を用いて五硫化二リン組成物を製造する工程と、得られた五硫化二リン組成物と、硫化リチウムと、を含む硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を機械的処理する工程を含む。
より具体的には、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、例えば、以下の工程(A)および(B)を含む製造方法により得ることができる。また、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法は、必要に応じて、以下の工程(C)および工程(D)をさらに含んでもよい。
工程(A):本実施形態に係る五硫化二リン組成物の製造方法を用いて得られた五硫化二リン組成物と、硫化リチウムと、を含む硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を準備する工程
工程(B):硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を機械的処理することにより、原料である五硫化二リン組成物および硫化リチウムを化学反応させながらガラス化して、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を得る工程
工程(C)得られたガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱し、少なくとも一部を結晶化する工程
工程(D):得られた硫化物系無機固体電解質材料を粉砕、分級、または造粒する工程
【0038】
(硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を準備する工程(A))
はじめに、原料である本実施形態に係る五硫化二リン組成物と、硫化リチウムと、を含み、必要に応じて窒化リチウムをさらに含む硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を準備する。ここで、原料組成物中の各原料の混合比は、得られる硫化物系無機固体電解質材料が所望の組成比になるように調整する。
各原料を混合する方法としては各原料を均一に混合できる混合方法であれば特に限定されないが、例えば、ボールミル、ビーズミル、振動ミル、打撃粉砕装置、ミキサー(パグミキサー、リボンミキサー、タンブラーミキサー、ドラムミキサー、V型混合器等)、ニーダー、2軸ニーダー、気流粉砕機、クラッシャー、回転刃式の粉砕機等を用いて混合することができる。
各原料を混合するときの攪拌速度や処理時間、温度、反応圧力、混合物に加えられる重力加速度等の混合条件は、混合物の処理量によって適宜決定することができる。
【0039】
原料として用いる硫化リチウムとしては特に限定されず、市販されている硫化リチウムを使用してもよいし、例えば、水酸化リチウムと硫化水素との反応により得られる硫化リチウムを使用してもよい。高純度な硫化物系無機固体電解質材料を得る観点および副反応を抑制する観点から、不純物の少ない硫化リチウムを使用することが好ましい。
ここで、本実施形態において、硫化リチウムには多硫化リチウムも含まれる。
【0040】
原料としては窒化リチウムを用いてもよい。ここで、窒化リチウム中の窒素はNとして系内に排出されるため、原料である無機化合物として窒化リチウムを利用することで、構成元素としてLi、P、およびSを含む硫化物系無機固体電解質材料に対し、Li組成のみを増加させることが可能となる。
本実施形態に係る窒化リチウムとしては特に限定されず、市販されている窒化リチウム(例えば、LiN等)を使用してもよいし、例えば、金属リチウム(例えば、Li箔)と窒素ガスとの反応により得られる窒化リチウムを使用してもよい。高純度な固体電解質材料を得る観点および副反応を抑制する観点から、不純物の少ない窒化リチウムを使用することが好ましい。
【0041】
(ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を得る工程(B))
つづいて、硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を機械的処理することにより、原料である五硫化二リン組成物および硫化リチウムを化学反応させながらガラス化して、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を得る。
【0042】
ここで、機械的処理は、2種以上の無機化合物を機械的に衝突させることにより、化学反応させながらガラス化させることができるものであり、例えば、メカノケミカル処理等が挙げられる。ここで、メカノケミカル処理とは、対象の組成物にせん断力や衝突力のような機械的エネルギーを加えつつガラス化する方法である。
また、工程(B)において、メカノケミカル処理は、水分や酸素を高いレベルで除去した環境下を実現しやすい観点から、乾式メカノケミカル処理であることが好ましい。
メカノケミカル処理を用いると、各原料を微粒子状に粉砕しながら混合することができるため、各原料の接触面積を大きくすることができる。それにより、各原料の反応を促進することができるため、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料をより一層効率良く得ることができる。
【0043】
ここで、メカノケミカル処理とは、混合対象に、せん断力、衝突力または遠心力のような機械的エネルギーを加えつつガラス化する方法である。メカノケミカル処理によるガラス化をおこなう装置(以下、ガラス化装置と呼ぶ。)としては、ボールミル、ビーズミル、振動ミル、ターボミル、メカノフュージョン、ディスクミル、ロールミル等の粉砕・分散機;削岩機や振動ドリル、インパクトドライバ等で代表される回転(せん断応力)および打撃(圧縮応力)を組み合わせた機構からなる回転・打撃粉砕装置;高圧型グライディングロール;ローラ式竪型ミルやボール式竪型ミル等の竪型ミル等が挙げられる。これらの中でも、非常に高い衝撃エネルギーを効率良く発生させることができる観点から、ボールミルおよびビーズミルが好ましく、ボールミルが特に好ましい。また、連続生産性に優れている観点から、ロールミル;削岩機や振動ドリル、インパクトドライバ等で代表される回転(せん断応力)および打撃(圧縮応力)を組み合わせた機構からなる回転・打撃粉砕装置;高圧型グライディングロール;ローラ式竪型ミルやボール式竪型ミル等の竪型ミル等が好ましい。
【0044】
硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物を機械的処理するときの回転速度や処理時間、温度、反応圧力、原料無機組成物に加えられる重力加速度等の混合条件は、原料無機組成物の種類や処理量によって適宜決定することができる。一般的には、回転速度が速いほど、ガラスの生成速度は速くなり、処理時間が長いほどガラスヘの転化率は高くなる。
通常は、線源としてCuKα線を用いたX線回折分析をしたとき、原料由来の回折ピークが消失または低下していたら、硫化物系無機固体電解質材料の原料組成物はガラス化され、所望の硫化物系無機固体電解質材料が得られていると判断することができる。
【0045】
ここで、工程(B)では、27.0℃、印加電圧10mV、測定周波数域0.1Hz~7MHzの測定条件における交流インピーダンス法による硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導度が、好ましくは1.0×10-4S・cm-1以上、より好ましくは2.0×10-4S・cm-1以上、さらに好ましくは3.0×10-4S・cm-1以上、特に好ましくは4.0×10-4S・cm-1以上となるまでガラス化処理をおこなうことが好ましい。これにより、リチウムイオン伝導性により一層優れた硫化物系無機固体電解質材料を得ることができる。
【0046】
(硫化物系無機固体電解質材料の少なくとも一部を結晶化する工程(C))
つづいて、得られたガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱することにより、硫化物系無機固体電解質材料の少なくとも一部を結晶化して、ガラスセラミックス状態(結晶化ガラスとも呼ばれる。)の硫化物系無機固体電解質材料を生成する。こうすることにより、より一層リチウムイオン伝導性に優れた硫化物系無機固体電解質材料を得ることができる。
すなわち、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、リチウムイオン伝導性に優れる点から、ガラスセラミックス状態(結晶化ガラス状態)が好ましい。
【0047】
ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱する際の温度としては、220℃以上500℃以下の範囲内であることが好ましく、250℃以上350℃以下の範囲内であることがより好ましい。
ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱する時間は、所望のガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料が得られる時間であれば特に限定されるものではないが、例えば、0.5時間以上24時間以下の範囲内であり、好ましくは1時間以上3時間以下である。加熱の方法は特に限定されるものではないが、例えば、焼成炉を用いる方法を挙げることができる。なお、このような加熱する際の温度、時間等の条件は、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の特性を最適なものにするため適宜調整することができる。
【0048】
また、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料の加熱は、例えば、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。これにより、硫化物系無機固体電解質材料の劣化(例えば、酸化)を防止することができる。
ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱するときの不活性ガスとしては、例えば、アルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガス等が挙げられる。これらの不活性ガスは、製品への不純物の混入を防止するために、高純度である程好ましく、また、水分の接触を避けるために、露点が-70℃以下であることが好ましく、-80℃以下であることが特に好ましい。混合系への不活性ガスの導入方法としては、混合系内が不活性ガス雰囲気で満たされる方法であれば特に限定されないが、不活性ガスをパージする方法、不活性ガスを一定量導入し続ける方法等が挙げられる。
【0049】
(粉砕、分級、または造粒する工程(D))
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法では、必要に応じて、得られた硫化物系無機固体電解質材料を粉砕、分級、または造粒する工程をさらにおこなってもよい。例えば、粉砕により微粒子化し、その後、分級操作や造粒操作によって粒子径を調整することにより、所望の粒子径を有する硫化物系無機固体電解質材料を得ることができる。上記粉砕方法としては特に限定されず、ミキサー、気流粉砕、乳鉢、回転ミル、コーヒーミル等公知の粉砕方法を用いることができる。また、上記分級方法としては特に限定されず、篩等公知の方法を用いることができる。
これらの粉砕または分級は、空気中の水分との接触を防ぐことができる点から、不活性ガス雰囲気下または真空雰囲気下で行うことが好ましい。
【0050】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を得るためには、上記の各工程を適切に調整することが重要である。ただし、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法は、上記のような方法には限定されず、種々の条件を適切に調整することにより、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を得ることができる。
【0051】
[固体電解質]
つぎに、本実施形態に係る固体電解質について説明する。本実施形態に係る固体電解質は、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を含む。
そして、本実施形態に係る固体電解質は特に限定されないが、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料以外の成分として、例えば、本発明の目的を損なわない範囲内で、上述した本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料とは異なる種類の固体電解質材料を含んでもよい。
【0052】
本実施形態に係る固体電解質は上述した本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料とは異なる種類の固体電解質材料を含んでいてもよい。本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料とは異なる種類の固体電解質材料としては、イオン伝導性および絶縁性を有するものであれば特に限定されないが、一般的にリチウムイオン電池に用いられるものを用いることができる。例えば、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料とは異なる種類の硫化物系無機固体電解質材料、酸化物系無機固体電解質材料、その他のリチウム系無機固体電解質材料等の無機固体電解質材料;ポリマー電解質等の有機固体電解質材料を挙げることができる。
【0053】
前述した本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料とは異なる硫化物系無機固体電解質材料としては、例えば、LiS-P材料、LiS-SiS材料、LiS-GeS材料、LiS-Al材料、LiS-SiS-LiPO材料、LiS-P-GeS材料、LiS-LiO-P-SiS材料、LiS-GeS-P-SiS材料、LiS-SnS-P-SiS材料、LiS-P-LiN材料、Li2+X-P材料、LiS-P-P材料等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
これらの中でも、リチウムイオン伝導性に優れ、かつ広い電圧範囲で分解等を起こさない安定性を有する点から、LiS-P材料が好ましい。ここで、例えば、LiS-P材料とは、少なくともLiS(硫化リチウム)とPとを含む無機組成物を機械的処理により互いに化学反応させることにより得られる固体電解質材料を意味する。
ここで、本実施形態において、硫化リチウムには多硫化リチウムも含まれる。
【0054】
上記酸化物系無機固体電解質材料としては、例えば、LiTi(PO、LiZr(PO、LiGe(PO等のNASICON型、(La0.5+xLi0.5-3x)TiO等のペロブスカイト型、LiO-P材料、LiO-P-LiN材料等が挙げられる。
その他のリチウム系無機固体電解質材料としては、例えば、LiPON、LiNbO、LiTaO、LiPO、LiPO4-x(xは0<x≦1)、LiN、LiI、LISICON等が挙げられる。
さらに、これらの無機固体電解質の結晶を析出させて得られるガラスセラミックスも無機固体電解質材料として用いることができる。
【0055】
上記有機固体電解質材料としては、例えば、ドライポリマー電解質、ゲル電解質等のポリマー電解質を用いることができる。
ポリマー電解質としては、一般的にリチウムイオン電池に用いられるものを用いることができる。
【0056】
[固体電解質膜]
次に、本実施形態に係る固体電解質膜について説明する。
本実施形態に係る固体電解質膜は、前述した本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を含む固体電解質を主成分として含む。
【0057】
本実施形態に係る固体電解質膜は、例えば、全固体型リチウムイオン電池を構成する固体電解質層に用いられる。
本実施形態に係る固体電解質膜を適用した全固体型リチウムイオン電池の例としては、正極と、固体電解質層と、負極とがこの順番に積層されたものが挙げられる。この場合、固体電解質層が固体電解質膜により構成されたものである。
【0058】
本実施形態に係る固体電解質膜の平均厚みは、好ましくは5μm以上500μm以下であり、より好ましくは10μm以上200μm以下であり、さらに好ましくは20μm以上100μm以下である。上記固体電解質膜の平均厚みが上記下限値以上であると、固体電解質の欠落や、固体電解質膜表面のクラックの発生をより一層抑制できる。また、上記固体電解質膜の平均厚みが上記上限値以下であると、固体電解質膜のインピーダンスをより一層低下させることができる。その結果、得られる全固体型リチウムイオン電池の電池特性をより一層向上できる。
【0059】
本実施形態に係る固体電解質膜は、前述した本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を含む粒子状の固体電解質の加圧成形体であることが好ましい。すなわち、粒子状の固体電解質を加圧し、固体電解質材料同士のアンカー効果で一定の強度を有する固体電解質膜とすることが好ましい。
加圧成形体とすることにより、固体電解質同士の結合が起こり、得られる固体電解質膜の強度はより一層高くなる。その結果、固体電解質の欠落や、固体電解質膜表面のクラックの発生をより一層抑制できる。
【0060】
本実施形態に係る固体電解質膜中の上記した本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の含有量は、固体電解質膜の全体を100質量%としたとき、好ましくは50質量%以上、より好ましくは60質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上、さらにより好ましくは80質量%以上、特に好ましくは90質量%以上である。これにより、固体電解質間の接触性が改善され、固体電解質膜の界面接触抵抗を低下させることができる。その結果、固体電解質膜のリチウムイオン伝導性をより一層向上させることができる。そして、このようなリチウムイオン伝導性に優れた固体電解質膜を用いることにより、得られる全固体型リチウムイオン電池の電池特性をより一層向上できる。
本実施形態に係る固体電解質膜中の上記した本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の含有量の上限は特に限定されないが、例えば、100質量%以下である。
【0061】
固体電解質膜の平面形状は、特に限定されず、電極や集電体の形状に合わせて適宜選択することが可能であるが、例えば、矩形とすることができる。
【0062】
また、本実施形態に係る固体電解質膜にはバインダー樹脂が含まれてもよいが、バインダー樹脂の含有量は、固体電解質膜の全体を100質量%としたとき、好ましくは0.5質量%未満、より好ましくは0.1質量%以下、さらに好ましくは0.05質量%以下、さらにより好ましくは0.01質量%以下である。また、本実施形態に係る固体電解質膜は、バインダー樹脂を実質的に含まないことがさらにより好ましく、バインダー樹脂を含まないことが最も好ましい。
これにより、固体電解質間の接触性が改善され、固体電解質膜の界面接触抵抗を低下させることができる。その結果、固体電解質膜のリチウムイオン伝導性をより一層向上させることができる。そして、このようなリチウムイオン伝導性に優れた固体電解質膜を用いることにより、得られる全固体型リチウムイオン電池の電池特性を向上できる。
なお、「バインダー樹脂を実質的に含まない」とは、本実施形態の効果が損なわれない程度には含有してもよいことを意味する。また、固体電解質層と正極または負極との間に粘着性樹脂層を設ける場合、固体電解質層と粘着性樹脂層との界面近傍に存在する粘着性樹脂層由来の粘着性樹脂は、「固体電解質膜中のバインダー樹脂」から除かれる。
【0063】
上記バインダー樹脂とは無機固体電解質材料間を結着させるために、リチウムイオン電池に一般的に使用される結着剤のことをいい、例えば、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、カルボキシメチルセルロース、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、スチレン・ブタジエン系ゴム、ポリイミド等が挙げられる。
【0064】
本実施形態に係る固体電解質膜は、例えば、粒子状の固体電解質を金型のキャビティ表面上または基材表面上に膜状に堆積させ、次いで、膜状に堆積した固体電解質を加圧することにより得ることができる。
上記固体電解質を加圧する方法は特に限定されず、例えば、金型のキャビティ表面上に粒子状の固体電解質を堆積させた場合は金型と押し型によるプレス、粒子状の固体電解質を基材表面上に堆積させた場合は金型と押し型によるプレスやロールプレス、平板プレス等を用いることができる。
固体電解質を加圧する圧力は、例えば、10MPa以上500MPa以下である。
【0065】
また、必要に応じて、膜状に堆積した無機固体電解質を加圧するとともに加熱してもよい。加熱加圧を行えば固体電解質同士の融着・結合が起こり、得られる固体電解質膜の強度はより一層高くなる。その結果、固体電解質の欠落や、固体電解質膜表面のクラックの発生をより一層抑制できる。
固体電解質を加熱する温度は、例えば、40℃以上500℃以下である。
【0066】
[リチウムイオン電池]
図1は、本発明に係る実施形態のリチウムイオン電池100の構造の一例を示す断面図である。
本実施形態に係るリチウムイオン電池100は、例えば、正極活物質層101を含む正極110と、電解質層120と、負極活物質層103を含む負極130とを備えている。そして、正極活物質層101、負極活物質層103および電解質層120の少なくとも一つが、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を含有する。また、正極活物質層101、負極活物質層103および電解質層120のすべてが、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を含有していることが好ましい。なお、本実施形態では特に断りがなければ、正極活物質を含む層を正極活物質層101と呼ぶ。正極110は、必要に応じて、正極活物質層101に加えて集電体105をさらに含んでもよいし、集電体105を含まなくてもよい。また、本実施形態では特に断りがなければ、負極活物質を含む層を負極活物質層103と呼ぶ。負極130は、必要に応じて、負極活物質層103に加えて集電体105をさらに含んでもよいし、集電体105を含まなくてもよい。
本実施形態に係るリチウムイオン電池100の形状は特に限定されず、円筒型、コイン型、角型、フィルム型その他任意の形状が挙げられる。
【0067】
本実施形態に係るリチウムイオン電池100は、一般的に公知の方法に準じて製造される。例えば、正極110、電解質層120および負極130を重ねたものを、円筒型、コイン型、角型、フィルム型その他任意の形状に形成し、必要に応じて、非水電解液を封入することにより作製される。
【0068】
(正極)
正極110は特に限定されず、リチウムイオン電池に一般的に用いられているものを使用することができる。正極110は特に限定されないが、一般的に公知の方法に準じて製造することができる。例えば、正極活物質を含む正極活物質層101をアルミ箔等の集電体105の表面に形成することにより得ることができる。
正極活物質層101の厚みや密度は、電池の使用用途等に応じて適宜決定されるため特に限定されず、一般的に公知の情報に準じて設定することができる。
【0069】
正極活物質層101は正極活物質を含む。
正極活物質としては特に限定されず一般的に公知のものを使用することができる。例えば、リチウムコバルト酸化物(LiCoO)、リチウムニッケル酸化物(LiNiO)、リチウムマンガン酸化物(LiMn)、固溶体酸化物(LiMnO-LiMO(M=Co、Ni等))、リチウム-マンガン-ニッケル酸化物(LiNi1/3Mn1/3Co1/3)、オリビン型リチウムリン酸化物(LiFePO)等の複合酸化物;ポリアニリン、ポリピロール等の導電性高分子;LiS、CuS、Li-Cu-S化合物、TiS、FeS、MoS、Li-Mo-S化合物、Li-Ti-S化合物、Li-V-S化合物、Li-Fe-S化合物等の硫化物系正極活物質;硫黄を含浸したアセチレンブラック、硫黄を含浸した多孔質炭素、硫黄と炭素の混合粉等の硫黄を活物質とした材料;等を用いることができる。これらの正極活物質は1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
これらの中でも、より高い放電容量密度を有し、かつ、サイクル特性により優れる観点から、硫化物系正極活物質が好ましく、Li-Mo-S化合物、Li-Ti-S化合物、Li-V-S化合物から選択される一種または二種以上がより好ましい。
【0070】
ここで、Li-Mo-S化合物は構成元素としてLi、Mo、およびSを含んでいるものであり、通常は原料であるモリブデン硫化物および硫化リチウムを含む無機組成物を機械的処理により互いに化学反応させることにより得ることができる。
また、Li-Ti-S化合物は構成元素としてLi、Ti、およびSを含んでいるものであり、通常は原料であるチタン硫化物および硫化リチウムを含む無機組成物を機械的処理により互いに化学反応させることにより得ることができる。
Li-V-S化合物は構成元素としてLi、V、およびSを含んでいるものであり、通常は原料であるバナジウム硫化物および硫化リチウムを含む無機組成物を機械的処理により互いに化学反応させることにより得ることができる。
【0071】
正極活物質層101は特に限定されないが、上記正極活物質以外の成分として、例えば、バインダー樹脂、増粘剤、導電助剤、固体電解質材料等から選択される1種以上の材料を含んでもよい。以下、各材料について説明する。
【0072】
正極活物質層101は、正極活物質同士および正極活物質と集電体105とを結着させる役割をもつバインダー樹脂を含んでもよい。
本実施形態に係るバインダー樹脂はリチウムイオン電池に使用可能な通常のバインダー樹脂であれば特に限定されないが、例えば、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、カルボキシメチルセルロース、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、スチレン・ブタジエン系ゴム、ポリイミド等が挙げられる。これらのバインダーは一種単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0073】
正極活物質層101は、塗布に適したスラリーの流動性を確保する点から、増粘剤を含んでもよい。増粘剤としてはリチウムイオン電池に使用可能な通常の増粘剤であれば特に限定されないが、例えば、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のセルロース系ポリマーおよびこれらのアンモニウム塩並びにアルカリ金属塩、ポリカルボン酸、ポリエチレンオキシド、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸塩、ポリビニルアルコール等の水溶性ポリマー等が挙げられる。これらの増粘剤は一種単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0074】
正極活物質層101は、正極110の導電性を向上させる観点から、導電助剤を含んでもよい。導電助剤としてはリチウムイオン電池に使用可能な通常の導電助剤であれば特に限定されないが、例えば、アセチレンブラック、ケチェンブラック等のカーボンブラック、気相法炭素繊維等の炭素材料が挙げられる。
【0075】
本実施形態に係る正極は上述した本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を含む固体電解質を含んでいてもよいし、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料とは異なる種類の固体電解質材料を含む固体電解質を含んでいてもよい。本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料とは異なる種類の固体電解質材料としては、イオン伝導性および絶縁性を有するものであれば特に限定されないが、一般的にリチウムイオン電池に用いられるものを用いることができる。例えば、硫化物系無機固体電解質材料、酸化物系無機固体電解質材料、その他のリチウム系無機固体電解質材料等の無機固体電解質材料;ポリマー電解質等の有機固体電解質材料を挙げることができる。より具体的には、本実施形態に係る固体電解質の説明で挙げた無機固体電解質材料を用いることができる。
【0076】
正極活物質層101中の各種材料の配合割合は、電池の使用用途等に応じて、適宜決定されるため特に限定されず、一般的に公知の情報に準じて設定することができる。
【0077】
(負極)
負極130は特に限定されず、リチウムイオン電池に一般的に用いられているものを使用することができる。負極130は特に限定されないが、一般的に公知の方法に準じて製造することができる。例えば、負極活物質を含む負極活物質層103を銅等の集電体105の表面に形成することにより得ることができる。
負極活物質層103の厚みや密度は、電池の使用用途等に応じて適宜決定されるため特に限定されず、一般的に公知の情報に準じて設定することができる。
【0078】
負極活物質層103は負極活物質を含む。
上記負極活物質としては、リチウムイオン電池の負極に使用可能な通常の負極活物質であれば特に限定されないが、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛、樹脂炭、炭素繊維、活性炭、ハードカーボン、ソフトカーボン等の炭素質材料;リチウム、リチウム合金、スズ、スズ合金、シリコン、シリコン合金、ガリウム、ガリウム合金、インジウム、インジウム合金、アルミニウム、アルミニウム合金等を主体とした金属系材料;ポリアセン、ポリアセチレン、ポリピロール等の導電性ポリマー;リチウムチタン複合酸化物(例えばLiTi12)等が挙げられる。これらの負極活物質は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0079】
負極活物質層103は特に限定されないが、上記負極活物質以外の成分として、例えば、バインダー樹脂、増粘剤、導電助剤、固体電解質材料等から選択される1種以上の材料を含んでもよい。これらの材料としては、特に限定はされないが、例えば、上述した正極110に用いる材料と同様のものを挙げることができる。
負極活物質層103中の各種材料の配合割合は、電池の使用用途等に応じて、適宜決定されるため特に限定されず、一般的に公知の情報に準じて設定することができる。
【0080】
(電解質層)
次に、電解質層120について説明する。電解質層120は、正極活物質層101および負極活物質層103の間に形成される層である。
電解質層120とは、セパレーターに非水電解液を含浸させたものや、固体電解質を含む固体電解質層が挙げられる。
【0081】
本実施形態に係るセパレーターとしては正極110と負極130を電気的に絶縁させ、リチウムイオンを透過する機能を有するものであれば特に限定されないが、例えば、多孔性膜を用いることができる。
【0082】
多孔性膜としては微多孔性高分子フィルムが好適に使用され、材質としてポリオレフィン、ポリイミド、ポリフッ化ビニリデン、ポリエステル等が挙げられる。特に、多孔性ポリオレフィンフィルムが好ましく、具体的には多孔性ポリエチレンフィルム、多孔性ポリプロピレンフィルム等が挙げられる。
【0083】
上記非水電解液とは、電解質を溶媒に溶解させたものである。
上記電解質としては、公知のリチウム塩がいずれも使用でき、活物質の種類に応じて選択すればよい。例えば、LiClO、LiBF、LiPF、LiCFSO、LiCFCO、LiAsF、LiSbF、LiB10Cl10、LiAlCl、LiCl、LiBr、LiB(C、CFSOLi、CHSOLi、LiCFSO、LiCSO、Li(CFSON、低級脂肪酸カルボン酸リチウム等が挙げられる。
【0084】
上記電解質を溶解する溶媒としては、電解質を溶解させる液体として通常用いられるものであれば特に限定されず、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、メチルエチルカーボネート(MEC)、ビニレンカーボネート(VC)等のカーボネート類;γ-ブチロラクトン、γ-バレロラクトン等のラクトン類;トリメトキシメタン、1,2-ジメトキシエタン、ジエチルエーテル、2-エトキシエタン、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン等のエーテル類;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド類;1,3-ジオキソラン、4-メチル-1,3-ジオキソラン等のオキソラン類;アセトニトリル、ニトロメタン、ホルムアミド、ジメチルホルムアミド等の含窒素類;ギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル等の有機酸エステル類;リン酸トリエステルやジグライム類;トリグライム類;スルホラン、メチルスルホラン等のスルホラン類;3-メチル-2-オキサゾリジノン等のオキサゾリジノン類;1,3-プロパンスルトン、1,4-ブタンスルトン、ナフタスルトン等のスルトン類;等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0085】
本実施形態に係る固体電解質層は、正極活物質層101および負極活物質層103の間に形成される層であり、固体電解質材料を含む固体電解質により形成される層である。固体電解質層に含まれる固体電解質は、リチウムイオン伝導性を有するものであれば特に限定されるものではないが、本実施形態においては、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を含む固体電解質であることが好ましい。
本実施形態に係る固体電解質層における固体電解質の含有量は、所望の絶縁性が得られる割合であれば特に限定されるものではないが、例えば、10体積%以上100体積%以下の範囲内、中でも、50体積%以上100体積%以下の範囲内であることが好ましい。特に、本実施形態においては、固体電解質層が本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を含む固体電解質のみから構成されていることが好ましい。
【0086】
また、本実施形態に係る固体電解質層は、バインダー樹脂を含有していてもよい。バインダー樹脂を含有することにより、可撓性を有する固体電解質層を得ることができる。バインダー樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等のフッ素含有結着材を挙げることができる。固体電解質層の厚さは、例えば、0.1μm以上1000μm以下の範囲内、中でも、0.1μm以上300μm以下の範囲内であることが好ましい。
【0087】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【実施例
【0088】
以下、本発明を実施例および比較例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0089】
[1]測定方法
はじめに、以下の実施例および比較例における測定方法を説明する。
【0090】
(1)粒度分布
レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(マルバーン社製、マスターサイザー3000)を用いて、レーザー回折法により、実施例および比較例で得られた硫化物系無機固体電解質材料の粒度分布を測定した。測定結果から、硫化物系無機固体電解質材料について、重量基準の累積分布における50%累積時の粒径(d50、平均粒子径)を求めた。
【0091】
(2)組成比率の測定
ICP発光分光分析装置(セイコーインスツルメント社製、SPS3000)を用いて、ICP発光分光分析法により測定し、実施例および比較例で得られた硫化物系無機固体電解質材料中のLi、PおよびSの質量%をそれぞれ求め、それに基づいて、各元素のモル比をそれぞれ計算した。
【0092】
(3)結晶化度の測定
はじめに、X線回折装置(リガク社製、RINT2000)を用いて、電圧40kV、電流40mA、発散スリット1°、発散スリット縦制限10mm、散乱スリット1°、受光スリット0.3mm、測定開始角度3°、測定終了角度90°の条件で、X線回折分析法により、実施例および比較例で得られた五硫化二リン組成物のX線回折スペクトルをそれぞれ求めた。なお、線源としてCuKα線を用いた。また、試料ホルダーは、ガラス試料板(CatNo.9200、試料部20mm×20mm、深さ0.5mm)とした。
次いで、以下のピーク分離法を用いて、得られたX線回折スペクトルから、実施例および比較例で得られた五硫化二リン組成物の結晶化度を算出した。
まず、非干渉性散乱や格子の乱れ等の影響を考慮しないで、プロファイル・フィッティングの手法を用いてX線回折パターンを結晶性回折曲線と非晶質ハローにピークを分離した。プロファイル・フィッティングにはX線回折装置付属の解析ソフト(リガク社製、製品名:統合粉末X線解析ソフトウエアPDXL 応用解析(結晶化度))を利用した。
結晶化度を算出する具体的な手順は以下のとおりである(図4参照;リガク社、X線回折ハンドブック、2000年2月21日、三版、P83、図3.6.2引用)。
(1)バックグランドの分離
低角度側から高角度側のX線強度を直線で結び、直線下の面積をバックグランドとした。
(2)ハローの分離
非晶質によるハローパターンを推定して、バックグランドを差し引いた散乱曲線からハローを分離した。
(3)結晶性回折曲線の分離
上記(2)と同様の方法で、結晶性回折曲線を分離した。
(4)結晶化度の算出
散乱曲線から分離した、非晶成分の回折曲線(非晶質ハロー)および結晶成分の回折曲線(結晶性回折曲線)の曲線下の面積(積分強度)を用いて、下記(1)式から結晶化度を算出した。
Xc={Ic/(Ic+Ia)}×100 (1)
Ic:結晶成分の回折曲線(結晶性回折曲線)の曲線下の面積(積分強度)
Ia:非晶成分の回折曲線(非晶質ハロー)の曲線下の面積(積分強度)
【0093】
(4)DSC測定
実施例および比較例で得られた五硫化二リン組成物に対して、次のようにしてDSC測定をそれぞれ行った。まず、アルゴン雰囲気中で、五硫化二リン組成物20~25mgをアルミニウムパンへ秤量し試料とした。次いで、当該試料に対し、開始温度25℃、測定温度範囲30~350℃、昇温速度5℃/min、アルゴン毎分100mlの雰囲気の条件下で、示差走査熱量計(DSC6300、セイコーインスツルメント社製)を用いて示差走査熱量測定を行った。これにより得られたDSC曲線から、270℃以上300℃以下の温度領域における吸熱ピークの有無、当該吸熱ピークの融解熱量(J/g)および当該吸熱ピークのピーク温度(℃)をそれぞれ算出した。
上記吸熱ピークの融解熱量は、吸熱ピークを含む融解吸熱カーブと、ベースラインとで囲まれる面積を求めることで算出した。吸熱ピークにおけるベースラインは、図7に示す点Rと点Sを結んだ線とした。
【0094】
(5)リチウムイオン伝導度の測定
実施例および比較例で得られた硫化物系無機固体電解質材料に対して、交流インピーダンス法によるリチウムイオン伝導度の測定をおこなった。
リチウムイオン伝導度の測定はバイオロジック社製、ポテンショスタット/ガルバノスタットSP-300を用いた。試料の大きさは直径9.5mm、厚さ1.2~2.0mm、測定条件は、印加電圧10mV、測定温度27.0℃、測定周波数域0.1Hz~7MHz、電極はLi箔とした。
ここで、リチウムイオン伝導度測定用の試料としては、プレス装置を用いて、実施例および比較例で得られた粉末状の硫化物系無機固体電解質材料150mgを270MPa、10分間プレスして得られる直径9.5mm、厚さ1.2~2.0mmの板状の硫化物系無機固体電解質材料を用いた。
【0095】
(6)酸化分解電流の最大値の測定
プレス装置を用いて、実施例および比較例で得られた粉末状の硫化物系無機固体電解質材料120~150mgを270MPa、10分間プレスして直径9.5mm、厚さ1.3mmの板状の硫化物系無機固体電解質材料(ペレット)を得た。次いで、得られたペレットの一方の面に参照極・対極としてLi箔を、18MPa、10分間の条件でプレス圧着し、もう一方の面に作用極としてSUS314箔を密着した。
次いで、バイオロジック社製、ポテンショスタット/ガルバノスタットSP-300を用いて、温度25℃、掃引電圧範囲0~5V、電圧掃引速度5mV/秒の条件で、硫化物系無機固体電解質材料の酸化分解電流の最大値を求め、以下の基準で評価した。
◎:0.03μA以下
〇:0.03μA超過0.50μA以下
×:0.50μA超過
【0096】
[2]固体電解質材料の製造
硫化物系無機固体電解質材料を以下の手順で作製した。
原料には、LiS(古河機械金属社製、純度99.9%)およびLiN(古河機械金属社製)を使用し、Pとしては実施例および比較例で得られたPをそれぞれ使用した。
はじめに、グローブボックス内に回転刃式の粉砕機およびアルミナ製のポット(内容積400mL)を配置し、次いで、グローブボックス内に対して、ガス精製装置を通じて得られた高純度のドライアルゴンガス(HO<1ppm、O<1ppm)の注入および真空脱気を3回おこなった。
次いで、グローブボックス内で、回転刃式の粉砕機(回転数18000rpm)を用いて、LiS粉末とP粉末とLiN粉末(LiS:P:LiN=71.1:23.7:5.3(モル%))の合計5gの混合(混合10秒および静置10秒の操作を10回(累計混合時間:100秒))をおこなうことにより、原料無機組成物を調製した。
【0097】
つづいて、グローブボックス内のアルミナ製のポット(内容積400mL)の内部に、原料無機組成物と直径10mmのZrOボール500gとを投入し、ポットを密閉した。
次いで、グローブボックス内から、アルミナ製のポットを取り出し、メンブレンエアドライヤーを通して導入した乾燥したドライエアーの雰囲気下に設置したボールミル機にアルミナ製のポットを取り付け、120rpmで500時間メカノケミカル処理し、原料無機組成物のガラス化をおこなった。48時間混合する毎にグローブボックス内でポットの内壁についた粉末を掻き落とし、密封後、乾燥した大気雰囲気下でミリングを継続した。
次いで、グローブボックス内にアルミナ製のポットを入れ、得られた粉末をアルミナ製のポットからカーボンるつぼに移し、グローブボックス内に設置した加熱炉で290℃、2時間のアニール処理をおこなった。
得られた硫化物系無機固体電解質材料について各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0098】
[3]Pの製造
<実施例1>
五硫化二リンの原料組成物として、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リン(製品名:SUPERIOR GRADE Powder)を用いた。
次いで、五硫化二リンの原料組成物を石英容器に入れて真空加熱装置(古河機械金属社製)にセットした。次いで、-0.094MPaの減圧下で、300℃、2時間真空加熱した。次いで、石英容器の底部に溜まった成分を採取し、五硫化二リン組成物1を得た。得られた五硫化二リン組成物1に対して各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0099】
<実施例2>
五硫化二リンの原料組成物として、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リン(製品名:SUPERIOR GRADE Flake)を用いた。
次いで、五硫化二リンの原料組成物を石英容器に入れて真空加熱装置(古河機械金属社製)にセットした。次いで、-0.094MPaの減圧下で、300℃、2時間真空加熱した。次いで、石英容器の底部に溜まった成分を採取し、五硫化二リン組成物2を得た。得られた五硫化二リン組成物2に対して各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0100】
<実施例3>
五硫化二リンの原料組成物として、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リン(製品名:SUPERIOR GRADE Powder and Flake 1)を用いた。
次いで、五硫化二リンの原料組成物を石英容器に入れて真空加熱装置(古河機械金属社製)にセットした。次いで、-0.094MPaの減圧下で、300℃、2時間真空加熱した。次いで、石英容器の底部に溜まった成分を採取し、五硫化二リン組成物3を得た。得られた五硫化二リン組成物3に対して各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0101】
<実施例4>
五硫化二リンの原料組成物として、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リン(製品名:SUPERIOR GRADE Powder and Flake 2)を用いた。
次いで、五硫化二リンの原料組成物を石英容器に入れて真空加熱装置(古河機械金属社製)にセットした。次いで、-0.094MPaの減圧下で、300℃、2時間真空加熱した。次いで、石英容器の底部に溜まった成分を採取し、五硫化二リン組成物4を得た。得られた五硫化二リン組成物4に対して各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0102】
<比較例1>
五硫化二リン組成物5として、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リン(製品名:SUPERIOR GRADE Powder)をそのまま用いた。五硫化二リン組成物5に対して各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0103】
<比較例2>
五硫化二リン組成物6として、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リン(製品名:SUPERIOR GRADE Flake)をそのまま用いた。五硫化二リン組成物6に対して各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0104】
<比較例3>
五硫化二リン組成物7として、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リン(製品名:SUPERIOR GRADE Powder and Flake 1)をそのまま用いた。五硫化二リン組成物7に対して各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0105】
<比較例4>
五硫化二リン組成物8として、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リン(製品名:SUPERIOR GRADE Powder and Flake 2)をそのまま用いた。五硫化二リン組成物8に対して各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0106】
ここで、実施例および比較例で使用した、LIAONING RUIXING CHEMICAL GROUP社製の五硫化二リンの原料組成物は、それぞれ高純度グレードとして販売されているものである。
【0107】
【表1】
【0108】
実施例の五硫化二リン組成物を原料として用いて得られた硫化物系無機固体電解質材料は、比較例の五硫化二リン組成物を原料として用いて得られた硫化物系無機固体電解質材料よりもリチウムイオン伝導性に優れていた。
ここで、実施例および比較例における五硫化二リン組成物のX線回折スペクトルを図2および図3にそれぞれ示す。また、実施例および比較例における五硫化二リン組成物のDSC曲線を図5および図6にそれぞれ示す。
【符号の説明】
【0109】
100 リチウムイオン電池
101 正極活物質層
103 負極活物質層
105 集電体
110 正極
120 電解質層
130 負極
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7