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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-29
(45)【発行日】2024-02-06
(54)【発明の名称】時計部品、ムーブメント及び時計
(51)【国際特許分類】
   G04B 13/02 20060101AFI20240130BHJP
   G04B 15/14 20060101ALI20240130BHJP
【FI】
G04B13/02 Z
G04B15/14 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020045711
(22)【出願日】2020-03-16
(65)【公開番号】P2021148463
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】502366745
【氏名又は名称】セイコーウオッチ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼▲濱▼ 未英
(72)【発明者】
【氏名】今野 嵩久
【審査官】細見 斉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-128444(JP,A)
【文献】特表2017-503181(JP,A)
【文献】米国特許第6447159(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 13/02
G04B 15/14
G04B 31/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸を中心として回転可能な回転体と、
前記回転体に設けられ、相手部材の被対向面に対し傾斜して対向し、且つ前記回転体の回転中心線に対し傾斜し、前記回転体の回転によって前記被対向面に対し摺動する摺動面と、
前記摺動面において摺動方向と交差する方向に延在し潤滑油を保持可能な1つ又は複数の溝部と、
を有する時計部品。
【請求項2】
前記回転中心線を含む平面における前記摺動面の前記回転中心線に対する傾斜角が1度以上5度以下である請求項1に記載の時計部品。
【請求項3】
前記溝部の前記摺動面からの深さが0.1μm以上3.0μm以下である請求項1又は請求項2に記載の時計部品。
【請求項4】
前記溝部の前記摺動面における延在方向と直交する方向の溝幅が1μm以上20μm以下である請求項1から請求項3の何れか一項に記載の時計部品。
【請求項5】
請求項1から請求項4の何れか一項に記載の時計部品と、
前記被対向面を備える前記相手部材と、
を含み、
前記回転体の回転によって前記摺動面の一部が前記被対向面と線接触又は点接触しつつ摺動するムーブメント。
【請求項6】
請求項5に記載のムーブメントを備える時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、時計部品、ムーブメント及び時計に関する。
【背景技術】
【0002】
時計に備えられる時計部品では、相手部材の被対向面と対向し、回転に伴って被対向面に対し摺動する摺動面を備えた部品が用いられることがある。
【0003】
例えば、機械式時計に備えられるガンギ車は、回転に伴って、アンクルに取り付けられた爪石と摺動する摺動面を備えている。爪石は、ルビーやセラミック等の高硬度の材料で形成されているため、摺動面の摩耗を低減するために、摺動面に潤滑油を保持する構造が従来から提案されている。
【0004】
特許文献1には、ハブに取り付けられている輪縁上に放射状に配される複数の歯を備え、歯の指状体は、輪縁に近い方に配置される第一部分と、指状体の先端部に近い方に配置され第一部分より厚みの小さい第二部分とを有し、この2つの部分の境界が油保持部を形成する隆起部であるがんぎ車が記載されている。
【0005】
特許文献2には、摺動部に摺動方向とは垂直方向に延びる微細な縦筋状凹凸を電鋳体表面に形成することにより、潤滑油の保持性が高い摺動部を有する電鋳部品が記載されている。
【0006】
特許文献3には、少なくとも3層を積層した精密機械部品であって、積層方向に対して略平行な部分が他の部品と接触する摺動部を有し、少なくとも摺動部の一部が凹部を有している精密機械部品である時計部品が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2007-506073号公報
【文献】特開2016-176714号公報
【文献】特開2010-91544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
相手部材の被対向面と対応し、回転に伴って被対向面と摺動する摺動面を有する時計部品では、摺動面の摩耗を抑制すると共に、時計部品の回転に要するエネルギーを低減することが望まれる。上記各特許文献に記載の技術では、摺動面に潤滑油を保持するため、摺動面と被対向面との摺動に伴う摺動面の摩耗が抑制されているが、回転に要するエネルギーを低減するには、改善の余地がある。
【0009】
本願は、相手部材に被対向面と対向し回転に伴って被対向面と摺動する摺動面を有する時計部品において、摺動面の摩耗を抑制すると共に回転体の回転に要するエネルギーを低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
第一態様の時計部品では、回転軸を中心として回転可能な回転体と、前記回転体に設けられ、相手部材の被対向面に対し傾斜して対向し、前記回転体の回転によって前記被対向面に対し摺動する摺動面と、前記摺動面において摺動方向と交差する方向に延在し潤滑油を保持可能な1つ又は複数の溝部と、を有する。
【0011】
この時計部品では、回転体に設けられた摺動面が、相手部材の被対向面に対し傾斜して対向しているので、回転体の回転によって摺動面が被対向面に対し摺動する際には、摺動面は被対向面に対し線状あるいは点状に接触する。
【0012】
しかも、摺動面には摺動方向と直交する方向の溝部が設けられており、溝部は潤滑油を保持可能である。
【0013】
このように、摺動面が被対向面に対し線状あるいは点状に接触すること、及び、溝部に保持された潤滑油によって摩擦が小さくなること、により、摺動面の摺動の抵抗が小さくなる。すなわち、摺動面が被対向面に対し摺動する際の摺動面の摩耗を抑制できると共に、回転体の回転に要するエネルギーを低減できる。
【0014】
第二態様では、第一態様において、前記摺動面が、前記回転体の回転中心線に対し傾斜している。
【0015】
したがって、回転体が回転しても、摺動面は、回転中心線に対して傾斜した状態を維持しつつ、回転周方向に移動する構造が実現される。
【0016】
第三態様では、第二態様において、前記回転中心線を含む平面における前記摺動面の前記回転中心線に対する傾斜角が1度以上5度以下である。
【0017】
傾斜角が1度以上であることで、たとえば、回転中心線がたとえば設計値に対して傾いた場合でも、摺動面が被対向面に対し線状あるいは点状に接触して摺動する状態を確実に維持できる。
【0018】
また、傾斜角が5度以下であることで、摺動面の先端部分、すなわち被対向面に対し接触して摺動する部分の位置のバラつきを抑制し、摺動面と被対向面との相対的な位置関係を維持できる。
【0019】
第四態様では、第一から第三のいずれか一つの態様において、前記溝部の前記摺動面からの深さが0.1μm以上3.0μm以下である。
【0020】
溝部の深さが0.1μm以上であることで、潤滑油を確実に保持できる。
【0021】
また、溝部の深さが3.0μm以下であることで、溝部が過度に深くならないので、溝部内に留まって使用できすに無駄になる潤滑油の量を低減できる。
【0022】
第五態様では、第一から第四のいずれか一つの態様において、前記溝部の前記摺動面における延在方向と直交する方向の溝幅が1μm以上20μm以下である。
【0023】
溝部の溝幅が1μm以上であることで、潤滑油を確実に保持できる。
【0024】
また、溝部の溝幅が20μm以下であることで、摺動面が被対向面に対し滑らかに摺動する状態を実現できる。
【0025】
第六態様のムーブメントでは、第一から第五の何れか一つの態様の時計部品と、前記被対向面を備える前記相手部材と、を含み、前記回転体の回転によって前記摺動面の一部が前記被対向面と線接触又は点接触しつつ摺動する。
【0026】
このムーブメントでは、第一から第五のいずれか一つの態様の時計部品を有しているので、回転体の回転によって摺動面の一部が被対向面と線接触又は点接触しつつ摺動する際に、摺動面の摩耗を抑制できると共に回転に要するエネルギーを低減できる。
【0027】
第七態様の時計では、第六態様のムーブメントを備える。
【0028】
この時計では、第六態様のムーブメントを備えており、このムーブメントは、第一から第五のいずれか一つの態様の時計部品を有している。このため、回転体の回転によって摺動面の一部が被対向面と線接触又は点接触しつつ摺動する際に、摺動面の摩耗を抑制できると共に回転に要するエネルギーを低減できる。
【発明の効果】
【0029】
本願では、摺動面の摩耗を抑制すると共に回転体の回転に要するエネルギーを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1図1は第一実施形態のガンギ車及びアンクルを含むムーブメントを示す平面図である。
図2図2は第一実施形態のガンギ車と軸受とを示す断面図である。
図3図3は第一実施形態のガンギ車の摺動面とアンクル爪の被対向面とが対向している状態を示す平面図である。
図4図4は第一実施形態のガンギ車の摺動面とアンクル爪の被対向面とが対向している状態を示す拡大平面図である。
図5図5は第一実施形態のガンギ車を摺動面の近傍において拡大して示す斜視図である。
図6図6は第一実施形態のガンギ車の摺動面とアンクル爪の被対向面とが対向している状態を示す図4の6-6線断面図である。
図7図7は第一実施形態のガンギ車を摺動面の近傍において拡大して示す図5の矢印7方向矢視図である。
図8図8は第一実施形態のガンギ車を摺動面の近傍において拡大して示す図7の8-8線断面図である。
図9図9は第一実施形態のガンギ車のガンギ車先端部を拡大して示す説明図である。
図10図10は第一実施形態のガンギ車のガンギ車先端部を拡大して示す説明図である。
図11図11は第一実施形態のガンギ車のホゾガタと回転軸の傾き角度との関係を示すグラフである。
図12図12は第一実施形態のガンギ車の寸法と摺動面の傾斜角との関係を示すグラフである。
図13図13は第一実施形態のガンギ車の溝部における油膜面深さと溝幅との関係を示すグラフである。
図14図14は本開示の技術の時計を示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
第一実施形態の時計部品と、この時計部品を用いた時計22について、図面を参照して詳細に説明する。
【0032】
図14に示す時計22は、自動巻き機械式腕時計であり、内部には、図1に示すムーブメント24が備えられている。ムーブメント24は、ガンギ車26及びアンクル28を含んでいる。ガンギ車26は時計部品の一例であり、アンクル28は相手部材の一例である。
【0033】
ガンギ車26は、回転軸30を中心として斜め放射状に延出される複数のアーム32を有している。複数のアーム32は、回転軸30の周方向には一定の角度をあけて配置されている。アーム32のそれぞれにおいて、延出先端側の面は摺動面42である。
【0034】
図2に示すように、回転軸30は、時計22に備えられた軸受34に挿通されている。これにより、ガンギ車26は、図1に示す矢印R1方向に回転可能に保持されている。
【0035】
図1に示すように、アンクル28は、アンクル軸36を中心として矢印Y1方向及びその反対方向である矢印Y2方向に揺動可能に保持されている。そして、図示しない振り石により、アンクル28は、矢印Y1方向への所定角度の回転と、矢印Y2方向への所定角度の回転をと繰り替えることで、揺動する。
【0036】
アンクル28は、2本の角片38を有しており、角片38の一方に入爪40A、他方に出爪40Bがそれぞれ保持されている。以下、入爪40A及び出爪40Bを区別しない場合は、単にアンクル爪40として説明する。
【0037】
アンクル爪40には、図3及び図4にも示すように、被対向面44が設けられている。被対向面44には、ガンギ車26の回転角度に応じて、いずれかのアーム32の摺動面42が対向することがある面である。
【0038】
ガンギ車26は、図示しない駆動源の回転駆動力を矢印R1方向に受けている。ガンギ車26の矢印R1方向の回転は、アーム32の1つが入爪40A又は出爪40Bに当たることで一時的に阻止される。例えば図1に示すように、アーム32の1つが出爪40Bに当たることで、矢印R1方向の回転が阻止されている状態を採り得る。ここで、図示しない振り石によって、アンクル28が矢印Y1方向に回転すると、出爪40Bがアーム32から離間し、ガンギ車26は矢印R1方向に回転可能となる。
【0039】
出爪40Bがアーム32から離間する途中で、摺動面42が出爪40Bの被対向面44に対し摺動しつつ、ガンギ車26が回転する。
【0040】
ガンギ車26が矢印R1方向に回転しつつ、アンクル28が矢印Y1方向に所定角度回転し、ガンギ車26の回転角度が所定角度になった状態で、入爪40Aが、ガンギ車26のアーム32(出爪40Bが接触していたアームとは異なるアーム)に当たる。これにより、ガンギ車26の回転が再び阻止される。次に、アンクル28が矢印Y2方向に回転すると、入爪40Aがアーム32から離間するので、ガンギ車26は再び矢印R1方向に回転可能となる。
【0041】
このように、入爪40Aがアーム32から離間する途中においても、摺動面42が入爪40Aの被対向面に対し摺動しつつ、ガンギ車26が回転する。
【0042】
ガンギ車26が矢印R1方向に所定角度回転すると、出爪40Bが、ガンギ車26のアーム32(入爪40Aが接触していたアームとは異なるアーム)に当たり、ガンギ車26の回転を阻止する。ガンギ車26は、このような間欠的な回転(一定角度の回転と回転停止)を行うことで、一定の時間を刻む時計部品である。
【0043】
本開示の技術では、図5図6図9及び図10に示すように、ガンギ車26の摺動面42は、回転中心線CL-1に対し、傾斜角θ1で傾斜している。ここで、図5に示すように、回転中心線CL-1を含む平面PLを考え、この平面PLにおける摺動面42の、回転中心線CL-1(図5では回転中心線CL-1と平行な基準線CL-2)に対する角度を摺動面42の傾斜角θ1とする。本実施形態では、傾斜角θ1は、1度以上5度以下である。なお、図6図9及び図10では、摺動面42の傾斜をより明確にすべく、実際よりも傾斜角θ1を大きく図示している。
【0044】
これに対し、図6に示すように、アンクル爪40の被対向面44は、ガンギ車26の回転中心線CL-1と平行である。したがって、ガンギ車26の摺動面42は、ガンギ車26の回転角度に応じてアンクル28の被対向面44に対向するが、このように対向した状態では、摺動面42は被対向面44に対し傾斜する。
【0045】
摺動面42が被対向面44に対向している状態で、摺動面42のガンギ車先端部26Tは、被対向面44に対し接触している。この接触状態でガンギ車26が矢印R1方向に回転することで、摺動面42は被対向面44に対し線状にあるいは点状に接触しつつ摺動する。
【0046】
図4図8に示すように、摺動面42には、複数本の溝部46が形成されている。溝部46のそれぞれは、被対向面44に対する摺動面42の摺動方向(矢印S1方向)と交差する方向である。特に、本実施形態では、図7に示すように、摺動面42を正面視すると、溝部46の延在方向は、ガンギ車26の厚み方向(矢印T1方向)と一致した方向であり、摺動方向(矢印S1方向)に対し直交している方向である。
【0047】
図6に示すように、摺動面42は被対向面44に対し傾斜しているので、摺動面42が被対向面44に対し摺動している状態では、摺動面42と被対向面44との間にくさび状の間隙WGが構成されている。また、摺動面42には、潤滑油48が塗布されている。摺動面42のガンギ車先端部26Tが被対向面44に対し接触した状態で、この間隙WGに一時的に潤滑油48を貯留させることが可能である。潤滑油48は、摺動面42が被対向面44に対して摺動する際に、摩擦を低減する作用を奏する。
【0048】
図8に示すように、摺動面42に塗布された潤滑油48の一部は、溝部46のそれぞれに保持されている。換言すれば、溝部46は、このように潤滑油48を保持可能に設けられた凹み部分である。摺動面42が被対向面44に対して摺動を繰り返すことにより潤滑油48の量が少なくなった場合でも、溝部46には潤滑油48が保持された状態が維持される。
【0049】
ここでいう潤滑油48の「保持」とは、潤滑油48が、粘性や表面張力等により、溝部46から漏れ出ることなく溝部46内に留まる状態が維持されていることをいう。したがって、たとえば、溝部46に保持された潤滑油48が摺動面42上の潤滑油48と不連続である場合(摺動面42上の潤滑油が無くなっている場合を含む)、摺動面42の向きによらず、溝部46から潤滑油48が漏れ出ることがない状態が維持される。潤滑油48が重力によって溝部46内において鉛直下方に流動しても、溝部46の外へ漏れ出てしまうことはない。これに対し、溝部46に保持された潤滑油48が摺動面42上の潤滑油48と連続している状態では、溝部46内と摺動面42上とで、潤滑油48の一部が入れ替わることもあるが、この場合であっても、保持された潤滑油48が溝部46の外へ完全に脱離してしまうことはない。
【0050】
なお、実際上は、上記した表面張力によって、溝部46から潤滑油48の一部が僅かに盛り上がり、図8に二点鎖線で示すように、凸形状に盛り上がるメニスカス48Aが形成されることがある。この場合には、摺動面42が被対向面44に対し摺動すると、アンクル爪40のアンクル先端部28Tに潤滑油48が確実に付着する。
【0051】
これに対し、溝部46に形成される潤滑油48のメニスカスが、図8に実線で示すように、溝部46内に凹む凹形状のメニスカス48Bとなる場合がある。この場合であっても、アンクル爪40のアンクル先端部28T(図4参照)が溝部46にわずかに入り込むことで、潤滑油48がアンクル爪40のアンクル先端部28Tに付着する。
【0052】
図7及び図8に示すように、溝部46は、摺動方向に所定の溝幅W1を有している。本実施形態では、溝幅W1は、1μm以上20μm以下である。
【0053】
また、溝部46は、摺動面42から所定の溝深さD1を有している。本実施形態では、溝深さD1は0.1μm以上3.0μm以下である。
【0054】
次に、本実施形態の作用を説明する。
【0055】
図5及び図6に示すように、ガンギ車26の摺動面42は回転中心線CL-1に対し傾斜角θ1で傾斜している。これに対し、アンクル28の被対向面44は回転中心線CL-1と平行である。したがって、摺動面42は、被対向面44と対向した状態では、被対向面44に対し傾斜角θ1で傾斜した状態となる。そして、ガンギ車26の矢印R1方向(図1図3参照)の回転により摺動面42が被対向面44に摺動する際には、摺動面42は被対向面44に対し線状あるいは点状に接触して摺動する。
【0056】
しかも、摺動面42に設けられた溝部46には潤滑油48が保持されている。この潤滑油48によって、摺動面42が被対向面44に対し摺動する際の摺動の摩擦が小さくなり、摺動の抵抗も小さくなる。
【0057】
これらにより、本実施形態では、摺動面42が傾斜していない構造、及び、溝部46によって潤滑油48が保持されない構造と比較して、摺動面42が被対向面44に対し摺動しても、摺動面42の摩耗を抑制できると共に、ガンギ車26の回転に要するエネルギーを低減できる。
【0058】
本実施形態では、摺動面42は、ガンギ車26の回転中心線CL-1に対し所定の傾斜角θ1で傾斜している。したがって、ガンギ車26が回転しても、摺動面42は回転中心線CL-1に対し一定の傾斜角θ1で傾斜した状態を維持できる。
【0059】
図2に示したように、ガンギ車26の回転軸30は、時計22の軸受34に挿通されており、回転軸30の外周と軸受34の内周との間には隙間GPが生じている。この間隙はいわゆる「ホゾガタ」であり、隙間GPによって、図2に二点鎖線で示すように、回転軸30はガンギ車26の本来的な回転中心線CL-1に対し傾くことがある。本実施形態では、このように回転軸30、すなわち実際の回転中心線CL-1が、設計上の回転中心線に対して傾いた状態になっても、摺動面42が被対向面44に対し線状あるいは点状に接触する状態を維持できるように、傾斜角θ1の下限値が決められている。
【0060】
図11には、軸長さL1が1mm、2mm、3mm、及び4mmのそれぞれの場合における、回転軸30の傾きと隙間GP(ホゾガタ)との関係が示されている。この軸長さL1は、図2に示すように、回転軸30において、回転軸30の全体の長さである。
【0061】
具体的には、時計22のガンギ車26において、隙間GPの最大値は10μm程度、軸受34の軸長さL1の最小値は1mm程度の場合があり、この場合の回転軸30の最大傾き角は0.57度となることが図11から分かる。このように回転軸30が傾いても、摺動面42が被対向面44に対し線状あるいは点状に接触する状態を維持できるようにするためには、傾斜角θ1の下限値を1度とすればよい。
【0062】
このように、摺動面42が被対向面44に対し線状あるいは点状に接触する状態を維持する観点からは、傾斜角θ1の上限値には制限はない。しかしながら、傾斜角θ1をあまりに大きくすると、ガンギ車先端部26Tの厚みが薄くなり強度が低下する。したがって、ガンギ車先端部26Tの強度を確保する観点からは、傾斜角θ1に上限値を設定することが好ましい。
【0063】
また、図9及び図10に示すように、摺動面42において、ガンギ車先端部26Tは製造上の精度限界から湾曲形状となっていることがあり、この湾曲形状の曲率半径Rは、0μm以上20μmの範囲でばらつくことがある。図9及び図10において、実線で示すガンギ車先端部26Tは曲率半径Rが相対的に小さい場合(R=R1とする)、二点鎖線で示すガンギ車先端部26Tは曲率半径Rが大きい場合(R=R2とする)である。なお、図9は摺動面42の傾斜角θ1が相対的に小さい場合、図10は摺動面42の傾斜角θ1が相対的に大きい場合である。図9及び図10において、実際の傾斜角よりも図面上の傾斜角を大きく示している。
【0064】
図9及び図10のいずれからも分かるように、ガンギ車先端部26Tの曲率半径Rが大きいほど、ガンギ車26の寸法L2に与える影響が大きくなる。また、図9図10とを比較すれば分かるように、傾斜角θ1が大きいほど、寸法L2はより大きくなり、この傾向は、曲率半径Rが大きい場合ほど顕著である。なお、この寸法L2は、各アーム32において、曲率半径R=0(ゼロ)である場合のガンギ車先端部26Tの位置(図9及び図10に示す基準線L3参照)から測った、実際のガンギ車先端部26Tまでの長さである。
【0065】
図12には、ガンギ車先端部26Tの曲率半径Rが20μm、10μm、5μm、及び2μmのそれぞれの場合における、寸法L2と傾斜角θ1との関係が示されている。ここで、曲率半径Rによる寸法のバラつきの許容値を2μmとすると、図12から分かるように、曲率半径Rが20μmのとき、2μmの寸法L2に対応する傾斜角θ1は5.71度である。したがって、傾斜角θ1の上限値を5度とすれば、曲率半径Rが大きい場合の寸法L2のバラつきを小さくできる。
【0066】
図8に示すように、溝部46の溝幅W1、すなわち溝部46の延在方向と直交する方向での溝部46の開口幅は、溝部46に潤滑油48を保持できれば限定されない。ただし、溝幅W1を大きくしすぎると、摺動面42が被対向面44に対し摺動する際に、アンクル先端部28Tが溝部46に落ち込むようにして当たるため、摺動の抵抗となる。アンクル先端部28Tの曲率半径の最小値を20μmに設定した場合、溝部46の溝幅W1の最大値を20μmとすることで、摺動面42が被対向面44に対し摺動する際の抵抗を小さくできる。
【0067】
摺動面42からの溝部46の溝深さD1は、溝部46に潤滑油48を保持できれば限定されない。たとえば、溝深さD1の下限値を0.1μmとすれば、溝部46に潤滑油48を保持可能である。
【0068】
ただし、溝部46をあまりに深くすると、溝部46において、溝部46の溝底部46Bの近くに潤滑油48が溜まってしまい、摺動面42と被対向面44との間に供給されない潤滑油48が多くなる。たとえば、図8に示すように、溝部46において潤滑油48のメニスカス48Bが凹形状である場合、一点鎖線N1で示す範囲の潤滑油48は使用されない可能性がある。
【0069】
図13には、溝部46に保持された潤滑油48の油膜面深さD2と、溝幅W1との関係が示されている。この油膜面深さD2とは、図8に示すように、溝部46に保持された潤滑油48の凹形状のメニスカス48Bにおいて、摺動面42から測った最深部の深さである。最深部は、溝幅W1の範囲における中央の位置に現れる。
【0070】
なお、摺動面42には、いわゆる保油処理がなされることがある。この保油処理は、摺動面42(溝部46を含む)における潤滑油48の接触角θ2(図8参照)を大きくする処理であり、保油処理によって、潤滑油48が摺動面42(溝部46を含む)に保持されやすくなる。一例をして、保油処理を行った場合の接触角θ2は70度であるのに対し、保油処理を行っていない場合の接触角θ2は30度である。
【0071】
上記したように、アンクル爪40の被対向面44との関係で、溝部46の溝幅W1の最大値は20μmに設定できる。この場合、図13から、油膜面深さは2.7μmとなる。すなわち、溝部46の溝深さD1を2.7μmより深くしても、使用できない潤滑油48が生じる。この点を考慮して、溝部46の溝深さD1の上限値を3μmとすれば、使用できない潤滑油48の量を少なくできる。
【0072】
本開示の技術において、溝部46の数は限定されず、たとえば、摺動面42に1本のみ形成されていてもよい。また、上記では、図7に示すように、摺動面42を正面視して、溝部46の延在方向が、ガンギ車26の厚み方向(矢印T1方向)に沿った方向である例を挙げたが、溝部46の延在方向が、ガンギ車26の厚み方向に対して傾斜していてもよい。さらに、溝部46は、延在方向に沿って一定の深さ及び溝幅は一定でなくてもよい。
【0073】
本開示の技術において、ガンギ車26の製造方法は限定されないが、たとえば電気鋳造法を用いて製造することが可能である。この場合、シリコンウエハの一面に導電膜を形成して基板を形成し、基板上にフォトレジスト層を形成する。このフォトレジスト層に、摺動面42の傾斜に対応するテーパー部を設けておくことで、電気鋳造処理によりガンギ車26を製造する際に、回転中心線CL-1に対し傾斜した摺動面を有するガンギ車26が得られる。
【0074】
上記では、時計部品の一例としてガンギ車26を挙げたが、時計部品はこれに限定されず、たとえば、時計の内部に備えられる各種の歯車やカム等であってもよい。そして、ムーブメントとしても、ガンギ車26及びアンクル28を備えた構造に限定されない。たとえば、複数の歯車の噛み合いにより回転力を伝達する機構等に本開示の技術を適用してもよい。
【符号の説明】
【0075】
22 時計
24 ムーブメント
26 ガンギ車(回転体の一例)
26T ガンギ車先端部
28 アンクル(相手部材の一例)
28T アンクル先端部
30 回転軸
32 アーム
34 軸受
36 アンクル軸
40 アンクル爪
42 摺動面
44 被対向面
46 溝部
46B 溝底部
48 潤滑油
CL-1 回転中心線
PL 回転中心線を含む平面
D1 溝深さ(摺動面からの深さ)
θ1 傾斜角
W1 溝幅
図1
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