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特許7428601ガスシールドアーク溶接方法、構造物の製造方法及びシールドガス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-29
(45)【発行日】2024-02-06
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接方法、構造物の製造方法及びシールドガス
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/16 20060101AFI20240130BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20240130BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20240130BHJP
   B23K 35/368 20060101ALN20240130BHJP
【FI】
B23K9/16 J
B23K9/173 A
B23K35/30 320B
B23K35/368 B
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020111997
(22)【出願日】2020-06-29
(65)【公開番号】P2022022608
(43)【公開日】2022-02-07
【審査請求日】2023-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(73)【特許権者】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】迎井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】阿部 真弓
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 正道
(72)【発明者】
【氏名】上月 崇功
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-515899(JP,A)
【文献】特開昭60-130496(JP,A)
【文献】特開2007-296535(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00-9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを電極として使用し、シールドガスを溶接母材の被溶接領域に流しながら溶接するガスシールドアーク溶接方法であって、
前記シールドガスは、シールドガス全体積に対し、
CO0.6体積%以上2.0体積%以下、及び、
:0.5体積%以上3.0体積%以下、
を含有し、
残部がAr及び不可避的不純物であり、
前記シールドガス全体積に対する前記COの含有量を体積%で[CO]とし、前記シールドガス全体積に対する前記Hの含有量を体積%で[H]としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たすことを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
1.56≦[CO]+[H]≦4.40・・・(1)
0.35≦[H]/([CO]+[H])≦0.74・・・(2)
【請求項2】
前記シールドガス全体積に対する前記Arの含有量を体積%で[Ar]としたとき、下記式(3)を満たすことを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接方法。
57.0≦0.5×[Ar]+1.5×[CO]+10×[H]≦80.0・・・(3)
【請求項3】
前記溶接ワイヤは、溶接ワイヤ全質量に対し、
Cr:18質量%以上28.5質量%以下、及び、
Ni:8.0質量%以上37.0質量%以下、
を含有し、
DeLongの組織図に基づくフェライト百分率で15.3%以下の組織を有することを特徴とする請求項1又は2に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項4】
前記溶接ワイヤは、前記溶接ワイヤ全質量に対し、
C:0.20質量%以下(0質量%を含む)、
Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:4.8質量%以下(0質量%を含む)、
P:0.03質量%以下(0質量%を含む)、
S:0.03質量%以下(0質量%を含む)、
Cu:4.0質量%以下(0質量%を含む)、
Mo:4.0質量%以下(0質量%を含む)、
Nb:1.0質量%以下(0質量%を含む)、及び、
N:0.30質量%以下(0質量%を含む)、
であることを特徴とする請求項3に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
前記溶接母材の被溶接領域は開先を有し、
前記開先は、V形、レ形、I形、K形、X形、J形及びU形から選択された1種の開先形状を有し、
前記開先の開先角度は0~90°であることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項6】
前記シールドガスのガス流量Qが10~30(リットル/分)以下、
前記溶接ワイヤの突出し長さLが10~30(mm)以下であり、
前記ガス流量Q(リットル/分)と前記突出し長さL(mm)との比が、下記式(4)を満足することを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
0.5≦Q/L≦2.2・・・(4)
【請求項7】
溶接ワイヤ及びシールドガスを用いたガスシールドアーク溶接により製造される構造物の製造方法であって、
前記シールドガスは、シールドガス全体積に対し、
CO0.6体積%以上2.0体積%以下、及び、
:0.5体積%以上3.0体積%以下、
を含有し、
残部がAr及び不可避的不純物であり、
前記シールドガス全体積に対する前記COの含有量を体積%で[CO]とし、前記シールドガス全体積に対する前記Hの含有量を体積%で[H]としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たすことを特徴とする構造物の製造方法。
1.56≦[CO]+[H]≦4.40・・・(1)
0.35≦[H]/([CO]+[H])≦0.74・・・(2)
【請求項8】
ガスシールドアーク溶接に用いられるシールドガスであって、
シールドガス全体積に対し、
CO0.6体積%以上2.0体積%以下、及び、
:0.5体積%以上3.0体積%以下、
を含有し、
残部がAr及び不可避的不純物であり、
前記シールドガス全体積に対する前記COの含有量を体積%で[CO]とし、前記シールドガス全体積に対する前記Hの含有量を体積%で[H]としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たすことを特徴とするシールドガス。
1.56≦[CO]+[H]≦4.40・・・(1)
0.35≦[H]/([CO]+[H])≦0.74・・・(2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Arを主成分としたシールドガスを用いて溶接するガスシールドアーク溶接方法、構造物の製造方法及びシールドガスに関する。
【背景技術】
【0002】
ガスシールドアーク溶接では、大気中の窒素や酸素の悪影響から溶融金属(以下、溶融池ともいう)を保護するためにシールドガスを用いる。シールドガスの組成は、使用される溶接ワイヤ及び溶接母材(以下、単に「母材」または「ワーク」ともいう)の鋼種や、製造される構造物の用途によって種々最適化される。例えば、ステンレス鋼等の高合金鋼を溶接ワイヤとして使用した場合に、溶接後の溶接金属の酸素含有量を抑制し、優れた機械的性能、特に靱性を確保することを目的として、Arを主成分として、少量のO又はCOを含有する混合ガスをシールドガスとして使用することが一般的である。
【0003】
このように、Arを主成分とした混合ガスをシールドガスとして使用する場合は、シールドガス中のArの含有量を増加させると、優れた靱性を確保することが可能である。その反面、溶込み性能が劣り、融合不良といった溶接欠陥が発生するという課題が生じる。これはArの電位傾度が低いという性質に起因しており、シールドガス中のArの比率が高くなるほど、アークが広がり易く、電流密度が小さくなり、溶融池を押し下げる力(以下、アーク力ともいう)が低下するためである。
【0004】
このような課題を解決するために、特許文献1では、ステンレス鋼又はニッケル合金を外皮とし、金属酸化物、炭酸塩、金属弗化物及び金属粉からなるフラックス入りワイヤが開示されている、上記特許文献1に記載のフラックス入りワイヤは、フラックス成分として、ワイヤ全重量に対してTiOを5~10重量%、SiOを0~1.5重量%、炭酸塩を0.1~1重量%、金属弗化物をフッ素量換算で0.05~0.5重量%及び珪素量が0.1~1.5重量%の金属粉混合物を1~30重量%含有することを特徴としている。そして、上記フラックス入りワイヤを用いることにより、シールドガス組成を80%Ar+20%COとして溶接した場合であっても、100%COシールドガスを用いた場合と同様に溶接が可能であり、欠陥も発生しないことが開示されている。
【0005】
また、特許文献2では、8重量%以上、13重量%以下のCrを含有する高Cr鋼を、8重量%以上、13重量%以下のCrを含有するソリッドワイヤを用いて溶接するためのマグ溶接用シールドガスが開示されている。上記マグ溶接用シールドガスは、具体的には、1層1パスで、一対の母材の厚さH1とこれら母材間の開先の間隔W1の比が0.4以下であり、この開先の角度θ1が10°以下の狭開先を溶接するためのものである。また、上記特許文献2には、上記シールドガスは、17容量%以下の炭酸ガス、30容量%以上、80容量%以下のヘリウムガス、残部がアルゴンガスの3種混合ガスからなることを特徴としており、溶込みが改善されることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2001-25893号公報
【文献】特開2013-46932号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1では、Arガスが80%以下であるシールドガスのみを想定しており、溶接金属の靱性については考慮されていない。また、使用される溶接材料はフラックス入りワイヤに限定されており、ソリッドワイヤに関しては考慮されていない。
例えば、フラックス入りワイヤを使用した場合は、フラックス自体が仕事関数の低い酸化物を多く含有し、この酸化物が電子を放出する陰極点として働くため、高いアーク安定性を得ることができる。
これに対して、ソリッドワイヤを使用した場合は、シールドガス中のArの比率が高くなるほど、溶融金属表面に陰極点が形成されにくくなるため、アーク偏向が多発し、アークが不安定になる。したがって、ソリッドワイヤを使用した場合に、高Ar雰囲気においては、フラックス入りワイヤを使用した場合よりも融合不良が発生し易くなる。
【0008】
また、特許文献2に記載のシールドガスは、炭酸ガス(CO)、ヘリウムガス(He)及びアルゴンガス(Ar)の3種混合ガスからなるものであるが、Heガスの含有量は30~80容量%であり、シールドガスの大半をHeガスが占める組成となる。
しかしながらHeガスは、近時、世界的な供給不足であることが知られており、高コストなガスであるため、汎用的に使用できるガスであるとは言えない。また、特許文献2に記載のシールドガスが適用される溶接条件は1層1パスであり、一対の母材の厚さH1とこれら母材間の開先の間隔W1の比が0.4以下、この開先の角度θ1が10°以下の狭開先に対する溶接用として限定されている。したがって、Heガスを使用することなく、また、溶接条件を特に限定することなく溶接を実施することができる溶接方法の開発が要求されている。
【0009】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、汎用的なガスであるArを主成分とし、溶接材料及び溶接母材の種類や形状等の条件を問わず、アーク安定性が高く、かつ融合不良を抑制できるガスシールドアーク溶接方法、該溶接方法を利用した構造物の製造方法及び該溶接方法に使用されるシールドガスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、Arを主成分とするシールドガスであって、COやO等の酸素原子を有する分子性ガスを低減するとともに、CO及びHの含有量及びこれらの相対的な比率が適切に制御されたシールドガスを使用することが効果的であることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明の上記目的は、ガスシールドアーク溶接方法に係る下記[1]の構成により達成される。
【0012】
[1] 溶接ワイヤを電極として使用し、シールドガスを溶接母材の被溶接領域に流しながら溶接するガスシールドアーク溶接方法であって、
前記シールドガスは、シールドガス全体積に対し、
CO:0.5体積%以上2.0体積%以下、及び、
:0.5体積%以上3.0体積%以下、
を含有し、
残部がAr及び不可避的不純物であり、
前記シールドガス全体積に対する前記COの含有量を体積%で[CO]とし、前記シールドガス全体積に対する前記Hの含有量を体積%で[H]としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たすことを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
1.30≦[CO]+[H]≦4.40・・・(1)
0.35≦[H]/([CO]+[H])≦0.74・・・(2)
【0013】
また、ガスシールドアーク溶接方法に係る本発明の好ましい実施形態は、下記[2]~[6]に関する。
【0014】
[2] 前記シールドガス全体積に対する前記Arの含有量を体積%で[Ar]としたとき、下記式(3)を満たすことを特徴とする[1]に記載のガスシールドアーク溶接方法。
57.0≦0.5×[Ar]+1.5×[CO]+10×[H]≦80.0・・・(3)
【0015】
[3] 前記溶接ワイヤは、溶接ワイヤ全質量に対し、
Cr:18質量%以上28.5質量%以下、及び、
Ni:8.0質量%以上37.0質量%以下、
を含有し、
DeLongの組織図に基づくフェライト百分率で15.3%以下の組織を有することを特徴とする[1]又は[2]に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【0016】
[4] 前記溶接ワイヤは、前記溶接ワイヤ全質量に対し、
C:0.20質量%以下(0質量%を含む)、
Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:4.8質量%以下(0質量%を含む)、
P:0.03質量%以下(0質量%を含む)、
S:0.03質量%以下(0質量%を含む)、
Cu:4.0質量%以下(0質量%を含む)、
Mo:4.0質量%以下(0質量%を含む)、
Nb:1.0質量%以下(0質量%を含む)、及び、
N:0.30質量%以下(0質量%を含む)、
であることを特徴とする[3]に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【0017】
[5] 前記溶接母材の被溶接領域は開先を有し、
前記開先は、V形、レ形、I形、K形、X形、J形及びU形から選択された1種の開先形状を有し、
前記開先の開先角度は0~90°であることを特徴とする[1]~[4]のいずれか1つに記載のガスシールドアーク溶接方法。
【0018】
[6] 前記シールドガスのガス流量Qが10~30(リットル/分)以下、
前記溶接ワイヤの突出し長さLが10~30(mm)以下であり、
前記ガス流量Q(リットル/分)と前記突出し長さL(mm)との比が、下記式(4)を満足することを特徴とする[1]~[5]のいずれか1つに記載のガスシールドアーク溶接方法。
0.5≦Q/L≦2.2・・・(4)
【0019】
また、本発明の上記目的は、構造物の製造方法に係る下記[7]の構成により達成される。
【0020】
[7] 溶接ワイヤ及びシールドガスを用いたガスシールドアーク溶接により製造される構造物の製造方法であって、
前記シールドガスは、シールドガス全体積に対し、
CO:0.5体積%以上2.0体積%以下、及び、
:0.5体積%以上3.0体積%以下、
を含有し、
残部がAr及び不可避的不純物であり、
前記シールドガス全体積に対する前記COの含有量を体積%で[CO]とし、前記シールドガス全体積に対する前記Hの含有量を体積%で[H]としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たすことを特徴とする構造物の製造方法。
1.30≦[CO]+[H]≦4.40・・・(1)
0.35≦[H]/([CO]+[H])≦0.74・・・(2)
【0021】
また、本発明の上記目的は、シールドガスに係る下記[8]の構成により達成される。
【0022】
[8] ガスシールドアーク溶接に用いられるシールドガスであって、
シールドガス全体積に対し、
CO:0.5体積%以上2.0体積%以下、及び、
:0.5体積%以上3.0体積%以下、
を含有し、
残部がAr及び不可避的不純物であり、
前記シールドガス全体積に対する前記COの含有量を体積%で[CO]とし、前記シールドガス全体積に対する前記Hの含有量を体積%で[H]としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たすことを特徴とするシールドガス。
1.30≦[CO]+[H]≦4.40・・・(1)
0.35≦[H]/([CO]+[H])≦0.74・・・(2)
【発明の効果】
【0023】
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法によれば、溶接材料及び溶接母材の種類や形状等の条件を問わず、アーク安定性が高く、かつ融合不良を抑制することができる。また、本発明に係る構造物の製造方法によれば、融合不良の発生が抑制された良好な継手を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、縦軸をニッケル当量(%)とし、横軸をクロム当量(%)とした場合の、DeLongの組織図である。
図2図2は、本発明において使用することができる溶接装置の例を示す模式図である。
図3図3は、試験No.T1における試料No.B1(溶接電流150A)の溶接金属の断面を示す図面代用写真である。
図4図4は、試験No.T16における試料No.B16(溶接電流150A)の溶接金属の断面を示す図面代用写真である。
図5図5は、本発明方法により溶接を実施した試験板のビード外観を示す図面代用写真である。
図6図6は、本発明方法により溶接を実施した試験板の溶接金属の断面を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。また、明細書中、「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0026】
[ガスシールドアーク溶接方法]
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、溶接トーチを介して消耗式電極(以下、溶接ワイヤともいう)を送給し、シールドガスを溶接母材の被溶接領域に流しながら溶接を行う方法となる。本発明は、上記溶接方法において使用されるシールドガスにも関するものであるため、まず、本発明に係るシールドガスについて説明する。
【0027】
[シールドガス]
本発明に係るシールドガスは、CO(二酸化炭素)及びH(水素)を含有し、残部がAr(アルゴン)及び不可避的不純物から構成される。上述の通り、シールドガスは、大気中の窒素や酸素の悪影響から溶融金属を保護するために用いられるが、その一方で、シールドガスにCOやOといった酸素原子を有する分子性ガスが含まれる場合、シールドガスに含まれる酸素原子が溶融金属中に入る。本発明の前提である優れた溶接金属の靱性を確保するためには、溶接金属の低酸素化が条件となる。したがって、本発明に係るシールドガスは、酸素原子を有する分子性ガスを極力少なくして、汎用的な不活性ガスであるArガスを主成分としている。
【0028】
さらに、前述したとおり、Arガスが大部分を占めるシールドガスは、アーク偏向によるアーク不安定及びアーク力低下によって、融合不良が発生するという課題がある。これに対して、本発明では、COガス及びHガスの含有量を適正に制御するとともに、残部を、例えば95体積%以上のArガスとすることにより、溶接金属の低酸素性を維持しつつ、アーク安定性及びアーク力を保持し、融合不良の抑制を達成することができる。
なお、後述する通り、COガスはアーク安定性に寄与するガスとなり、Hガスはアーク力に寄与するガスとなる。以下、各ガス組成と適正範囲について詳細に説明する。
【0029】
<CO:0.5体積%以上2.0体積%以下>
COはアーク中で原子状に解離しやすく、アークから解離熱を奪うことから、アークの緊縮効果に寄与する。なお、空気を1としたときのCOの電位傾度の比は1.5とされている。また、解離したO(酸素原子)が、溶融池上の脱酸元素と反応し、溶融池表面で酸化物を形成して、この酸化物が陰極点として働くことで、アーク偏向を抑制し、アークが安定する。しかし、解離したOが溶融金属中に入ると、結果として溶接金属の酸素量が増加する可能性があるため、シールドガス中のCOは適切に制御する必要がある。
CO含有量が0.5体積%未満であると、主にアーク安定効果を確保することができない。したがって、シールドガス中のCO含有量は、シールドガス全体積に対して、0.5体積%以上とし、好ましくは0.6体積%以上であり、より好ましくは0.9体積%以上である。
【0030】
一方、CO含有量が2.0体積%を超えて、過度に含まれると、溶融金属中への酸素の混入、及び過度なアーク緊縮によって、溶滴移行がグロビュール移行形態となり、その結果、アークが不安定となりやすい。したがって、シールドガス中のCO含有量は、シールドガス全体積に対して、2.0体積%以下とする。また、シールドガス中のCO含有量は、シールドガス全体積に対して、好ましくは1.5体積%以下とし、より好ましくは1.1体積%以下とすると、溶融金属へ入る酸素を更に抑制することができることから、より優れた靱性を確保できる。
【0031】
なお、シールドガスがCOを含有する場合は、解離の際にC(炭素)又はCO(一酸化炭素)が発生し、溶融池表面に吸着したOを還元する作用が働くため、酸素原子を有する分子性ガスでありながら、溶融金属へ入る酸素を極力抑制することができる。このようなCOの効果は、他の酸素原子を有する分子性ガス、例えば、溶接に汎用的なものとして挙げられるOでは代替ができない。これは、シールドガスがOを含有する場合に、Oの解離後に、Oは還元されずに溶融池表面に吸着し、溶融金属中に酸素が入るからであり、その結果、溶接金属の酸素量が多くなったり、溶接後のビード表面の光沢性が悪くなったりするという弊害が発生する。したがって、本発明においては、溶接金属の酸素量増加抑制及び良好なビード外観を維持しつつ、アーク安定性を確保する酸素原子を有する分子性ガスとして、COが選択される。
【0032】
<H:0.5体積%以上3.0体積%以下>
は、他の分子と比較しても電位傾度が高い分子であり、空気を1としたときのHの電位傾度の比は10とされている。これはHの解離電圧が極端に低いことが要因であり、多量の解離熱を奪うため、アークの緊縮効果に大きく寄与する。また、Hは還元効果もあり、溶融金属中に入る酸素を抑制する効果もある。H含有量が0.5体積%未満であると、アーク緊縮効果が得られず、電流密度が低下し、アーク力が減少するため、融合不良が発生する。したがって、シールドガス中のH含有量は、シールドガス全体積に対して、0.5体積%以上とし、好ましくは0.8体積%以上であり、より好ましくは1.0体積%以上である。
【0033】
一方、H含有量が3.0体積%を超えると、アークの緊縮効果が過度に働くことによって、溶滴移行がグロビュール移行形態となる。グロビュール移行は、アーク力で溶滴が押し上げられ、ワイヤ径以上の粗大な溶滴が不定期に離脱する現象であり、このためアークは不安定となる。したがって、シールドガス中のH含有量は、シールドガス全体積に対して、3.0体積%以下とし、好ましくは2.8体積%以下である。
【0034】
<残部:Ar及び不可避的不純物>
(Ar:95体積%以上98.5体積%以下)
Arは単原子分子であり、安定な化学結合を形成しない特性を有するため、Arガスは不活性ガスや希ガスとも呼ばれる。溶接においては、シールドガス中に含まれるArガス、すなわち不活性ガスの割合が大きいほど、シールドガスから溶融金属中に入る酸素等を抑制することができ、溶接金属の低酸素化を図ることができる。したがって、本発明に係るシールドガスは、上記CO及びHを含有し、残部がAr及び不可避的不純物であるものとし、Ar含有量については特に制限されない。なお、Ar含有量が95体積%以上であると、溶接金属の酸素量を低くして、優れた靱性を確保することができる。したがって、シールドガス中のAr含有量は、シールドガス全体積に対して、95体積%以上であることが好ましく、95体積%超であることがより好ましく、96体積%以上であることが更に好ましい。
【0035】
一方、Ar含有量が98.5体積%以下であると、アークの電位傾度、すなわち単位距離当たりの電圧が低くなることを防止することができ、適正アーク電圧時において、アーク長及びアークの広がりを適正に保ち、電流密度を大きくすることができる。その結果、アーク力の低下を抑制し、融合不良の発生を防止することができる。また、陰極点が不安定となることによるアークの偏向を防止することができ、アークが安定化する。したがって、シールドガス中のAr含有量は、シールドガス全体積に対して、98.5体積%以下であることが好ましく、98.1体積%以下であることがより好ましい。
なお、空気を1としたときのArの電位傾度の比は0.5となる。
【0036】
(不可避的不純物)
本発明に係るシールドガスに含有され得る不可避的不純物としては、酸素、窒素及び水等が挙げられる。上記不可避的不純物のうち、酸素の含有量は少ないほどよく、シールドガス中のO含有量は、シールドガス全体積に対して、0.02体積%以下であれば、本発明の効果を妨げない。また、その他の不可避的不純物の含有量についても、少ないほどよく、シールドガス中のO以外の各成分の含有量は、シールドガス全体積に対して、それぞれ0.03体積%以下であれば、本発明の効果を妨げない。なお、シールドガスに含有される不可避的不純物の合計量は、シールドガス全体積に対して、好ましくは、0.05体積%以下であり、さらに好ましくは0.03体積%以下に制限できるとよい。
【0037】
<1.30≦[CO]+[H]≦4.40>
上述の通り、COとHは、いずれもアーク緊縮効果に寄与するとともに、アーク安定性を向上させる効果を有する成分であるため、本発明においては、これらの合計量についても最適範囲を限定する。
シールドガス全体積に対するCO含有量を体積%で[CO]とし、H含有量を体積%で[H]としたとき、[CO]+[H]が1.30未満であると、アーク緊縮効果による融合不良抑制効果及びアーク安定性の向上効果のいずれか一方又は両方の効果を得ることができない。
一方、[CO]+[H]が4.40を超えると、アークの緊縮効果が過剰になり、アーク不安定が発生する。
【0038】
したがって、CO含有量及びH含有量は、下記式(1)を満足するものとする。なお、[CO]+[H]により得られる値は1.50以上であることが好ましく、1.90以上であることがより好ましく、4.30以下であることが好ましく、3.90以下であることがより好ましい。
【0039】
1.30≦[CO]+[H]≦4.40・・・(1)
【0040】
<0.35≦[H]/([CO]+[H])≦0.74>
はアーク緊縮効果に大きく寄与するため、本発明においては、CO含有量とH含有量との合計量に対するH含有量の比率についても、最適範囲を限定する。すなわち、CO含有量とH含有量との合計量が、上記式(1)を満足するものであるとともに、この合計量に対するHの比率が、下記式(2)を満足するものである場合においてのみ、本発明の効果である融合不良抑制とアーク安定性をともに満たす効果を発揮する。
【0041】
CO含有量とH含有量との合計量に対するH含有量の比率が0.35未満であると、アーク緊縮効果が小さく、融合不良が発生する虞がある。
一方、上記比率が0.74を超えると、COのアーク安定効果が発揮されない上に、過度なアーク緊縮効果により、溶滴移行がグロビュール移行形態となるため、より一層アークが不安定となる。したがって、CO含有量及びH含有量は、下記式(2)を満足するものとする。なお、[H]/([CO]+[H])により得られる値は0.40以上であることが好ましく、0.47以上であることがより好ましく、0.70以下であることが好ましく、0.67以下であることがより好ましい。
【0042】
0.35≦[H]/([CO]+[H])≦0.74・・・(2)
【0043】
<57.0≦0.5×[Ar]+1.5×[CO]+10×[H]≦80.0>
上述の通り、本発明においては、シールドガス中のCO含有量、H含有量及びAr含有量を適切に制御することにより、融合不良の発生を抑制することができるとともに、アーク安定性を向上させることができる。これらの各ガスの、融合不良抑制及びアーク安定性の向上に対する影響は、空気を1としたときの電位傾度比によって決定される。
【0044】
シールドガス全体積に対するAr含有量を体積%で[Ar]とし、CO含有量を体積%で[CO]とし、H含有量を体積%で[H]としたとき、0.5×[Ar]+1.5×[CO]+10×[H]により得られる値が57.0以上、80.0以下の範囲であると、アーク緊縮効果、アーク安定効果を両立して得ることができる。
したがって、本発明においては、下記式(3)を満足することが好ましい。なお、0.5×[Ar]+1.5×[CO]+10×[H]により得られる値は59.0以上であることがより好ましく、63.0以上であることが更に好ましく、79.0以下であることがより好ましく、78.0以下であることが更に好ましい。
【0045】
57.0≦0.5×[Ar]+1.5×[CO]+10×[H]≦80.0・・・(3)
【0046】
本発明に係るシールドガスは、CO含有量及びH含有量が適切に制御され、残部がAr及び不可避的不純物で構成された混合ガスとなるが、その使用においては、あらかじめ製造した混合ガスを封入した気体用のボンベ(以降、ガスボンベともいう)を用いる方法、又はガス混合器を用いて、これらのガスを混合して用いる方法が好ましく、本発明の効果を得るためには、ガスボンベや混合器を用いて、混合されたガスを一つのノズルから噴出する方法がより好ましい。
一方、外側と内側の二つのノズルを用いた2重シールドガス方式を用いて、溶融金属近傍で混合する方法は、ガスの組成が不均一になり、本発明の効果が作用しない可能性がある。また、2重シールドガス方式において、例えば、外側をAr、内側をCOやHガスとするときは、活性ガスが局所的に存在することになるため、なじみや光沢性に悪影響を及ぼす可能性がありうる。よって、溶融金属近傍で混合する方法は、本発明の効果が存分に発揮されない可能性があるため、用いないことが望ましい。
【0047】
次に、本発明に係るガスシールドアーク溶接方法において使用されるシールドガスと組み合わせて用いられる溶接ワイヤの好ましい形態について説明する。
【0048】
[溶接ワイヤ]
本発明に係る溶接方法において使用される溶接ワイヤの形態は、特に問わず、ソリッドワイヤでもよいし、フラックス入りワイヤでもよい。
ソリッドワイヤは、ワイヤ断面が中実である針金状のワイヤとなる。ソリッドワイヤはその表面に銅めっきを施すものと施さないものがあるが、どちらの形態であってもよい。
【0049】
フラックス入りワイヤは、筒状を呈する外皮と、その外皮の内側に充填されたフラックスとで構成される。なお、フラックス入りワイヤは、外皮に継目のないシームレスタイプ、外皮に継目のあるシームタイプのいずれの形態であってもよい。また、フラックス入り溶接ワイヤは、ワイヤ表面(外皮の外側)に銅メッキを施されていても施されていなくてもよい。外皮の材質は特に問わず、軟鋼であってもステンレス鋼であってもよく、溶接ワイヤ全質量に対する組成は、要求される溶接構造物の特性によって選択することができ、特に制限はない。
【0050】
以下、本発明において使用することができる溶接ワイヤの好ましい形態を詳細に説明する。なお、以下に示す溶接ワイヤがフラックス入りワイヤである場合には、溶接ワイヤ全質量とは、外皮とフラックスにおける成分量の総和を指す。また、外皮としては、例えば、普通鋼、SUH409L(JIS G 4312:2001年)、SUS430、SUS304L、SUS316L、SUS310S(いずれもJIS G 4305:2012年)等が挙げられる。
【0051】
<Cr:18質量%以上28.5質量%以下、Ni:8.0質量%以上37.0質量%以下>
Crは溶接金属の耐食性を向上させる成分である。また、Niは溶接金属のオーステナイト組織を安定化させ、低温での靱性を向上させる成分であり、フェライト組織の晶出量を調整する目的で一定量添加される成分である。
本発明において、溶接ワイヤとしては、オーステナイト系ステンレスであることが好ましい。また、溶接ワイヤ中のCr含有量及びNi含有量は、ともに、JIS Z3321:2013(溶接用ステンレス鋼溶加棒、ソリッドワイヤ及び鋼帯)又はJIS Z3323:2007(ステンレス鋼アーク溶接フラックス入りワイヤ及び溶加棒)で規定されている範囲内であることが好ましい。具体的に、溶接ワイヤ中のCr含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して18質量%以上28.5質量%以下であることが好ましい。
また、溶接ワイヤ中のNi含有量は、溶接ワイヤ全質量に対して8.0質量%以上37.0質量%以下であることが好ましい。
【0052】
図1は、縦軸をニッケル当量(%)とし、横軸をクロム当量(%)とした場合の、DeLongの組織図である。溶接ワイヤは、JIS Z3119-2017によって規定された図1に示すDeLongの組織図に基づき、フェライト百分率で15.3%以下の組織を有するものであると、オーステナイト系の母材を使用し、シールドガス中に水素を含有する場合であっても、溶接金属に割れが発生することを抑制することができるため好ましい。なお、本発明において使用することができる溶接ワイヤにおいて、図1に示すDeLongの組織図に記載のニッケル当量及びクロム当量の範囲を超える領域については、DeLongの組織図に記載の直線に基づき、それを外挿して適用するものとする。
また、溶接ワイヤが、DeLongの組織図に基づき、オーステナイトのみからなる組織であるか、又はオーステナイトとフェライトからなる組織であって、フェライト百分率で15.3%以下の組織を有するものであると、より一層溶接金属の割れを防止することができるため好ましい。
【0053】
さらに、本発明において使用することができる溶接ワイヤは、前述のCr及びNiに加えて、任意元素として、必要に応じてC、Si、Mn、P、S、Cu、Mo、Nb及びNを含有してもよい。なお、上述の通り、本発明に係るシールドガスと組み合わせるのに適した溶接ワイヤの鋼種は、オーステナイト系ステンレスである。したがって、これら任意元素の含有量の好ましい範囲は、JIS Z3321:2013(溶接用ステンレス鋼溶加棒、ソリッドワイヤ及び鋼帯)又はJIS Z3323:2007(ステンレス鋼アーク溶接フラックス入りワイヤ及び溶加棒)で規定されている各元素の含有量の最大値以下であることが好ましい。また、溶接ワイヤはこれら任意元素を含有し、残部がFe及び不可避的不純物であることが更に好ましい。
【0054】
以下、本発明において使用することができる溶接ワイヤの成分量のより好ましい数値範囲を、その限定理由と共に具体的に説明する。
【0055】
<C:0.20質量%以下(0質量%を含む)>
Cは溶接金属の強度又は耐食性に影響を及ぼす成分であり、溶接ワイヤ中のC含有量が低いほど、耐食性が良好となることから、溶接ワイヤ中のC含有量は少ないほど好ましく、0質量%であってもよい。得られる溶接金属の機械的性能を調整するために、溶接ワイヤがCを任意元素として含有する場合に、具体的には、溶接ワイヤ中のC含有量はワイヤ全質量に対して0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0056】
<Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)>
Siは溶接金属の強度を向上させる成分である元素であるが、その一方で、靱性を劣化させる成分でもあるため、溶接ワイヤ中のSi含有量は0質量%であってもよい。得られる溶接金属の機械的性能を調整するために、溶接ワイヤがSiを任意元素として含有する場合に、具体的には、溶接ワイヤ中のSi含有量はワイヤ全質量に対して1.00質量%以下であることがより好ましい。
【0057】
<Mn:4.8%質量以下(0%含む)>
Mnは溶接金属の強度を向上させる成分であるが、本発明においては、溶接ワイヤ中のMn含有量は0質量%であってもよい。得られる溶接金属の機械的性能を調整するために、溶接ワイヤがMnを任意元素として含有する場合に、具体的には、溶接ワイヤ中のMn含有量はワイヤ全質量に対して4.8質量%以下であることがより好ましい。
【0058】
<P:0.03%質量以下(0%含む)>
<S:0.03%質量以下(0%含む)>
P及びSは、溶接金属中の含有量が多くなるほど耐割れ性が低下するため、溶接ワイヤ中のP含有量及びS含有量はいずれも少ないほど好ましく、0質量%であってもよい。具体的には、溶接ワイヤ中のP含有量及びS含有量は、ワイヤ全質量に対して、それぞれ0.03質量%以下であることがより好ましい。
【0059】
<Cu:4.0%質量以下(0%含む)>
Cuは溶接金属の強度及び耐食性を向上させる成分であるが、本発明においては、溶接ワイヤ中のCu含有量は0質量%であってもよい。得られる溶接金属の機械的性能及び耐食性を調整するために、溶接ワイヤにCuを任意元素として含有する場合や、溶接時の通電性を向上させる等の目的で表面にCuめっきを施す場合に、具体的には、溶接ワイヤ中およびめっきされるCu含有量の合計はワイヤ全質量に対して4.0質量%以下であることがより好ましい。
【0060】
<Mo:4.0%質量以下(0%含む)>
Moは高温強度及び耐食性を向上させる成分であるが、その一方で、σ脆化を助長する成分でもあるため、溶接ワイヤ中のMo含有量は0質量%であってもよい。得られる溶接金属の機械的性能及び耐食性を調整するために、溶接ワイヤがMoを任意元素として含有する場合に、具体的には、溶接ワイヤ中のMo含有量は溶接ワイヤ全質量に対して4.0質量%以下であることがより好ましい。
【0061】
<Nb:1.0質量%以下(0%含む)>
Nbは炭化物を生成することによりCを安定化させる効果があり、Cr酸化物の生成を抑制して耐食性を向上させる成分である。なお、ここでいう炭化物は、炭硫化物、炭窒化物等のCを含む複合化合物も含む。その一方で、Nbが溶接ワイヤ中に必要以上に含有されると、結晶粒界に低融点化合物を生成し、耐割れ性を劣化させるため、溶接ワイヤ中のNb含有量は0質量%であってもよい。得られる溶接金属の耐食性を調整するために、溶接ワイヤがNbを任意元素として含有する場合に、具体的には、溶接ワイヤ中のNb含有量は溶接ワイヤ全質量に対して1.0質量%以下であることが好ましい。なお、Nbの代用として、TiをNbと同じ範囲内で含有してもよい。
【0062】
<N:0.30質量%以下(0%含む)>
Nは結晶構造内に侵入型固溶して強度を向上させるとともに、耐孔食性を向上させる成分である。一方、Nは溶接金属にブローホールやピットといった気孔欠陥を発生させる原因ともなるため、溶接ワイヤ中のN含有量は0質量%であってもよい。得られる溶接金属の機械的性能及び耐孔食性を調整するために、溶接ワイヤがNを任意元素として含有する場合に、具体的には、溶接ワイヤ中のN含有量は溶接ワイヤ全質量に対して0.30質量%以下であることが好ましい。
【0063】
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法に使用することができる溶接ワイヤには、上記元素の他に不可避的不純物として、V、Sn、Na、Co、Ca、Li、Sb、W及びAs等が含有される。なお、上記不可避的不純物として挙げられる各元素が、酸化物として溶接ワイヤ中に含まれる場合には、Oも不純物として含まれることとなる。
【0064】
〔溶接装置〕
次に、本発明に係るガスシールドアーク溶接方法に使用することができる溶接装置について説明する。溶接装置としては、ガスシールドアーク溶接を行う溶接装置であれば特に限定されず、従来のガスシールドアーク溶接に用いられている溶接装置を用いることができる。例えば、半自動溶接装置、移動台車等を用いた自動溶接装置、溶接ロボットシステム等が挙げられる。
【0065】
図2は、本発明において使用することができる溶接装置の例を示す模式図である。
例えば、図2に示すように、溶接装置1は、溶接トーチ11が先端に取り付けられ、その溶接トーチ11をワークWの溶接線に沿って移動させるロボット10と、溶接トーチ11に溶接ワイヤを供給するワイヤ供給部(図示しない)と、ワイヤ供給部を介して消耗式電極に電流を供給して、消耗式電極と被溶接材との間でアークを発生させる溶接電源部30を備える。また、溶接装置は、溶接トーチ11を移動させるためのロボット動作を制御するロボット制御部20を備え、さらにロボット制御部20に操作者からの指令を入力する為のインターフェースとなる教示ペンダント40を備える。
【0066】
さらに、本発明に係るガスシールドアーク溶接方法において適用することができる種々の条件について、詳細に説明する。
【0067】
(溶接トーチ)
溶接トーチの姿勢は、母材に対して垂直であっても、傾斜させてもよい。溶接トーチを溶接進行方向の反対側に向かって傾斜させる場合に、母材に対する垂線と該トーチとの成す角を前進角と言い、当該溶接進行方向に向かって傾斜させる場合に、母材に対する垂線と該トーチとの成す角を後退角と言う。溶接トーチに前進角を付けることで、より効果的にアーク溶接中のシールド性を高めることが可能となる。また、電極に後退角を付けることで、ビード後方をシールドできるため、溶接直後のビードの酸化反応を抑制することができる。本発明においては、溶接線上の適正な溶け込みと良好なビード形状とを得るために、前進角及び後退角の条件を必要に応じて変更してもよい。
【0068】
<シールドガス流量Q:10~30(リットル/分)>
シールドガス流量Qは、大気から溶融金属を防護するためのシールド性に寄与する。シールドガス流量Qが10(リットル/分)以上であると、十分なシールド性を確保することができる。また、シールドガス流量Qが30(リットル/分)以下であると、ガスの流れは乱流を抑え、安定な層流となる。したがって、シールド性確保の観点から、シールドガス流量Qは、10~30(リットル/分)とすることが好ましく、ビードのなじみ及び光沢性をより一層確保する観点から、シールドガス流量Qは、15~25(リットル/分)であることがより好ましい。
【0069】
<溶接ワイヤの突出し長さL:10~30mm>
溶接ワイヤの突出し長さLも、大気から溶融金属を防護するためのシールド性に寄与する。溶接ワイヤの突出し長さLが30mm以下であると、大気の巻込みによってガス組成が変化することを抑制し、十分なシールド性を確保することができる。また、溶接ワイヤの突出し長さLが10mm以上であると、アーク熱によるコンタクトチップやシールドノズルの損傷を抑制することができる。したがって、シールド性確保と装置損傷抑制の観点から、溶接ワイヤの突き出し長さLは、10~30mmであることが好ましく、熱損傷を抑え、長時間の溶接性を確保したうえで、アーク安定性、ビードのなじみ及び光沢性をより確保する観点から、溶接ワイヤの突出し長さLは、15~20mmであることがより好ましい。
【0070】
<0.5≦シールドガス流量Q/溶接ワイヤの突出し長さL≦2.2>
本発明においては、上記シールドガス流量Qと溶接ワイヤの突出し長さLとを適切に制御するとともに、シールドガス流量Qと突出し長さLとの比を制御することが好ましい。Q/Lが0.5以上であれば、より好ましいシールド性を確保でき、2.2以下であれば、ガスの流れはより安定な層流の状態でアーク領域を保護することができる。したがって、シールドガス流量Qと突出し長さLとの比は、下記式(4)を満足することが好ましい。
【0071】
0.5≦Q/L≦2.2・・・(4)
【0072】
<開先形状・開先角度>
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法において、溶接母材の開先形状は特に限定されないが、例えば、V形、レ形、I形、K形、X形、J形及びU形から選択された1種の開先形状とすることができる。
また、開先角度についても限定されないが、I形の開先形状を適用することができるため、開先角度は0°以上であることが好ましい。一方、開先角度が90°以下であれば、溶接ワイヤ及びシールドガスの消耗量を適切に調整することができるため好ましい。したがって、開先角度は0~90°とすることが好ましい。
【0073】
[構造物の製造方法]
本発明は、溶接ワイヤと、上述の通り組成が制御されたシールドガスを用いたガスシールドアーク溶接により製造される構造物の製造方法にも関する。なお、溶接ワイヤについても、上述の通り組成が制御されたものであることが好ましい。
【実施例
【0074】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0075】
下記に示す溶接試験方法及び溶接条件により溶接を行い、溶融性能、なじみ、光沢性及び溶滴移行について、それぞれ下記に示す方法により評価を行った。
【0076】
<溶接試験方法及び溶接条件>
ステンレス鋼の母材に対して、種々の組成のシールドガスを使用して、種々の溶接条件で、1層1パスのビードオンプレート溶接を実施した。本発明例及び比較例において、共通して使用した溶接条件の詳細を下記表1に示し、シールドガスの組成を下記表2に示す。なお、表1に示すアーク長は、高速度ビデオカメラを用いてアークを撮影し、基準長とした6mmになるように、溶接電源の電圧調整ボリュームを適宜変更して調整を行った。使用した高速度ビデオカメラのレンズ部には適切なフィルタを適用し、アーク光が観察できるようにした。
また、溶接時に溶滴移行を観察することにより、アーク安定性を評価するとともに、溶接により得られたビードを試料とし、観察することにより、溶融性能、なじみ及び光沢性を評価した。各評価方法における測定方法及び評価基準を下記表3~表9に示す。また、下記表1に示す条件以外の溶接条件を下記表10に示し、評価結果を下記表11に示す。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
〔試験方法及び評価基準〕
<溶接電流を100Aとした場合の溶融性能試験方法>
溶接電流を100Aとした低電流の溶接条件は、通常は立向溶接や上向溶接等の難溶接姿勢に適用される条件である。このような姿勢での溶接は通常、溶接速度が非常に遅くなることから、溶接入熱が高くなるため、融合不良欠陥は発生しにくい。本実施例においては、簡易的に下向溶接とした。
【0080】
<溶接電流を100Aとした場合の溶融性能評価基準>
溶融性能は、ビード幅及びビード高さを測定し、ビード幅とビード高さの比(ビード幅/ビード高さ)を算出することにより評価した。溶接電流を100Aとした場合に、(ビード幅/ビード高さ)により得られる値が2.3以上であれば、開先施工を行う際にも融合不良の発生は防止できると判断し、合格とした。
【0081】
<溶接電流を150Aとした場合の溶融性能試験方法>
溶接電流を150Aとした高電流の溶接条件は、下向溶接に適用される条件であり、本試験において得られるビード形状が重要となる。
【0082】
<溶接電流を150Aとした場合の溶融性能評価基準>
溶接電流を100Aとした場合と同様に、ビード幅及びビード高さを測定し、ビード幅とビード高さの比(ビード幅/ビード高さ)を算出することにより評価した。溶接電流を150Aとした場合に、(ビード幅/ビード高さ)により得られる値が3.3以上であれば、融合不良の発生は防止できると判断し、合格とした。評価方法を下記表3に示す。なお、ビード幅、ビード高さはそれぞれノギスで測定を行った。
【0083】
フランク角は、次パスの施工においてすみ肉継手のような形状となる90°以上であれば、溶接止端部を溶融させて、融合不良の無い継手を作成することが可能である。したがって、余裕を持って、欠陥を防止することができる範囲として、(ビード幅/ビード高さ)により得られる値が上記範囲内であれば合格としている。
【0084】
【表3】
【0085】
<なじみ性の評価試験方法・評価基準>
なじみ性については、溶接電流を100Aとした場合と、150Aとした場合の両方における官能評価とした。なお、各溶接電流におけるなじみ性は1~5の5段階評価とし、溶接電流を100Aとした場合のなじみ性の点数と、溶接電流を150Aとした場合のなじみ性の点数との合計を総合評価とした。なじみ性の評価基準を下記表4に示し、なじみ性の総合評価の評価基準を下記表5に示す。
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
<光沢性の評価試験方法・評価基準>
光沢性についても、溶接電流を100Aとした場合と、150Aとした場合の両方における官能評価とした。なお、各溶接電流における光沢性は1~3の3段階評価とし、溶接電流を100Aとした場合の光沢性の点数と、溶接電流を150Aとした場合の光沢性の点数との合計を総合評価とした。光沢性の評価基準を下記表6に示し、光沢性の総合評価の評価基準を下記表7に示す。
【0089】
【表6】
【0090】
【表7】
【0091】
<溶滴移行の評価試験方法・評価基準>
溶滴移行については、溶接電流を100Aとした場合と、150Aとした場合の両方において、高速度ビデオカメラにより観察し、各溶接電流における溶滴移行を1~3の3段階で評価した。また、溶接電流を100Aとした場合の溶滴移行の点数と、溶接電流を150Aとした場合の溶滴移行の点数とに基づき、アーク安定性の総合評価とした。溶滴移行の評価基準を下記表8に示し、アーク安定性の総合評価の評価基準を下記表9に示す。
【0092】
【表8】
【0093】
【表9】
【0094】
〔評価結果〕
下記表10~表12に示すように、試験No.T1~T13は、シールドガスの組成が本発明の範囲内であるとともに、CO含有量及びH含有量により得られる式(1)及び式(2)を満足しているため、溶融性能、アーク安定性、なじみ性及び光沢性のいずれの項目についても、優れた結果となった。
【0095】
【表10】
【0096】
【表11】
【0097】
【表12】
【0098】
図3は、試験No.T1における試料No.B1(溶接電流150A)の溶接金属の断面を示す図面代用写真である。図3を用いて、溶融性能試験が合格である一例を示す。試験No.T1(試料No.B1)は、溶接電流が150Aであり、(ビード幅/ビード高さ)により得られる値が5.2となり、フランク角は155°となった。このような滑らかなビード止端が形成される施工においては、融合不良欠陥に対する耐性は極めて良好であると判断された。
【0099】
また、試験No.T2~T13についても、試験No.T1と同様に優れた溶融性能を得ることができた。なお、ガスNo.G1を使用した試験No.T1~T6のうち、特に、試験No.T1~T3、T5及びT6は、溶接ワイヤの突出し長さLが本発明のより好ましい範囲であるため、大気の巻込みによってガス組成が変化することなく、優れたアーク安定性を得ることができた。
【0100】
それぞれ異なるガスを使用した試験No.T7~T13のうち、試験No.T7、T8、T11及びT12は、シールドガス中のCO含有量及びH含有量を用いた式(2)により得られる値が本発明のより好ましい下限値を超えているため、優れたアーク安定性を得ることができた。
また、試験No.T13は、シールドガス中のCO含有量が本発明範囲内であって高い値であるため、優れたアーク安定性を得ることができた。
【0101】
一方、試験No.T14は、シールドガス中のH含有量が本発明範囲の上限を超えているとともに、CO含有量及びH含有量により得られる式(1)及び式(2)に規定する上限を超えているため、アーク安定性が低下した。
【0102】
試験No.T15は、シールドガス中のCO含有量が本発明範囲の下限未満であるとともに、CO含有量及びH含有量により得られる式(2)に規定する上限を超えているため、溶融性能が低いものとなった。
【0103】
試験No.T16は、シールドガス中のH含有量が本発明範囲の下限未満であるとともに、CO含有量及びH含有量により得られる式(1)及び式(2)に規定する下限未満であるため、溶融性能が低いものとなった。
【0104】
図4は、試験No.T16における試料No.B16(溶接電流150A)の溶接金属の断面を示す図面代用写真である。図4を用いて、溶融性能試験が不合格である一例を示す。試験No.T16(試料No.B16)は、溶接電流が150Aであり、(ビード幅/ビード高さ)により得られる値が3.2となり、フランク角は125°となった。このようなビード止端が形成された後に次の溶接パスを施工する場合、アークが止端部に当たらない場合には融合不良欠陥が発生する可能性が考えられるため、余裕を持った判断として不合格の判定を行った。
【0105】
試験No.17は、シールドガス中のCO含有量が本発明範囲の上限を超えているとともに、CO含有量及びH含有量により得られる式(2)に規定する下限未満であるため、溶融性能が低いものとなった。
【0106】
試験No.18は、シールドガス中のH含有量が本発明範囲の下限未満であるとともに、CO含有量及びH含有量により得られる式(1)及び式(2)に規定する下限未満であるため、溶融性能が低いものとなった。
【0107】
図5は、本発明方法により溶接を実施した試験板のビード外観を示す図面代用写真である。また、図6は、図5に示す試験板の溶接金属の断面を示す図面代用写真である。なお、図5及び図6に示す試験板は、板厚が12mmであるSUS304Lを溶接母材とし、開先角度を45°として、概ね上記試験No.T1の条件を適用して、3層3パスの立向溶接を行ったものである。図5及び図6に示すように、本発明方法により得られた継手は、十分な溶込みと滑らかなビード形状を得ることができた。
【符号の説明】
【0108】
1 溶接装置
10 ロボット
11 溶接トーチ
20 ロボット制御部
30 溶接電源部
40 教示ペンダント
図1
図2
図3
図4
図5
図6