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特許7428645多能性幹細胞の分散体、多能性幹細胞製品及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-29
(45)【発行日】2024-02-06
(54)【発明の名称】多能性幹細胞の分散体、多能性幹細胞製品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/074 20100101AFI20240130BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20240130BHJP
【FI】
C12N5/074
C12N5/0735
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020530239
(86)(22)【出願日】2019-07-10
(86)【国際出願番号】 JP2019027395
(87)【国際公開番号】W WO2020013247
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2022-05-23
(31)【優先権主張番号】P 2018130985
(32)【優先日】2018-07-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患・組織別実用化拠点(拠点A)」「iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療」委託研究開発、産業技術力強化法17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】桑原 篤
(72)【発明者】
【氏名】高村 直樹
(72)【発明者】
【氏名】藤木 彩加
(72)【発明者】
【氏名】葉山 哲也
(72)【発明者】
【氏名】大原 英剛
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-112835(JP,A)
【文献】国際公開第2005/045007(WO,A1)
【文献】特開2012-217342(JP,A)
【文献】KAGIHIRO, M et al.,Biochemical Engineering Journal,2018年,Vol.131,pp.31-38,ISSN:1369-703X, 特に“2. Materials and methods”の項
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)多能性幹細胞を未分化維持培地中で培養する工程、
(2)工程(1)で培養した多能性幹細胞を、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体に懸濁する工程、
(3)工程(2)で得られた懸濁液の細胞懸濁用媒体を凍結保存用媒体に交換し、凍結保存用媒体と該凍結保存用媒体に分散された多能性幹細胞とからなる細胞分散液を得る工程、及び
(4)工程(3)で得られた細胞分散液を気密容器に気密状態になるよう充填する工程
を含み、
工程(2)のROCK阻害剤がY-27632であり、
工程(3)で得られる細胞分散液におけるROCK阻害剤の濃度が、0.5ng/mL~ng/mLで
工程(3)で得られる細胞分散液における単位体積の細胞分散体当たりの多能性幹細胞の濃度が5×10 細胞/μL~5×10 細胞/μLであり、
工程(2)が、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体に懸濁することによって得られた懸濁液の前記第1の細胞懸濁用媒体を除去した後、ROCK阻害剤を含まない第2の細胞懸濁用媒体を添加し、細胞を懸濁することをさらに含む、
多能性幹細胞製品の製造方法。
【請求項2】
工程(2)の第1の細胞懸濁用媒体におけるY-27632の濃度が、100ng/mL~100μg/mLである、請求項に記載の製造方法。
【請求項3】
分散媒体と、該媒体に分散された多能性幹細胞及びROCK阻害剤とからなる細胞分散体であって、ROCK阻害剤がY-27632であり、細胞分散体におけるROCK阻害剤の濃度が、0.5ng/mL~ng/mLであり、単位体積の細胞分散体当たりの多能性幹細胞の濃度が5×10 細胞/μL~5×10 細胞/μLであり、気密容器に収容されており、凍結状態である、細胞分散体。
【請求項4】
気密容器の気密性は、無菌試験法において、菌の増殖が認められないとの基準を満たす気密性である、請求項に記載の細胞分散体。
【請求項5】
無菌試験法が、プロセスシミュレーションにより実施する無菌試験法である、請求項に記載の細胞分散体。
【請求項6】
気密容器の気密性は、トルク測定装置による測定値が6.0~16.9in・ozであるとの基準を満たす気密性である、請求項のいずれか一項に記載の細胞分散体。
【請求項7】
気密容器当たりの多能性幹細胞の細胞数が×10 個~2×10 個であり、気密容器当たりの細胞分散体の体積が20μL~000μLである、請求項のいずれか一項に記載の細胞分散体。
【請求項8】
多能性幹細胞が、ヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)である、請求項のいずれか一項に記載の細胞分散体。
【請求項9】
凍結状態の細胞分散体中の多能性幹細胞を解凍した場合、多能性幹細胞の生存率が少なくとも80%である、請求項のいずれか一項に記載の細胞分散体。
【請求項10】
気密容器と、該気密容器内に収容されている請求項のいずれか一項に記載の細胞分散体とからなる多能性幹細胞製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞の分散体、多能性幹細胞製品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞の樹立及び維持培養のためのプロトコールは、例えば京都大学によってインターネット上で公開されている(非特許文献1)。マスターセルバンク(MCB)を製造するためのiPS細胞は、例えば京都大学より頒布されている。
【0003】
iPS細胞などの多能性幹細胞は創薬などの研究への使用、及び医薬品又は医薬品製造原料としての使用が期待されており、その品質は非常に重要である。従って、高い品質の多能性幹細胞を安定的に供給するためには、多能性幹細胞が一定の品質管理の下で製造、供給されることが望ましい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】プロトコール フィーダーフリーでのヒトiPS細胞の樹立・維持培養(https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/img/protocol/hipsprotocolFf_140311.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、保存及び流通可能な、医薬品又は医薬品製造原料として好適な品質を有する多能性幹細胞の分散体及び多能性幹細胞製品、並びにその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、例えば、以下の各発明に関する。
[1]
(1)多能性幹細胞を未分化維持培地中で培養する工程、
(2)工程(1)で培養した多能性幹細胞を、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体に懸濁する工程、
(3)工程(2)で得られた懸濁液の細胞懸濁用媒体を凍結保存用媒体に交換し、凍結保存用媒体と該凍結保存用媒体に分散された多能性幹細胞とからなる細胞分散液を得る工程、及び
(4)工程(3)で得られた細胞分散液を気密容器に気密状態になるよう充填する工程
を含む、多能性幹細胞製品の製造方法。
[2]
工程(2)が、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体に懸濁することによって得られた懸濁液の前記第1の細胞懸濁用媒体を除去した後、ROCK阻害剤を含まない第2の細胞懸濁用媒体を添加し、細胞を懸濁することをさらに含む、[1]の製造方法。
[3]
工程(2)のROCK阻害剤がY-27632である[1]又は[2]の製造方法。
[4]
工程(2)の第1の細胞懸濁用媒体におけるY-27632の濃度が、100ng/mL~100μg/mLである[3]の製造方法。
[5]
分散媒体と、該媒体に分散された多能性幹細胞及びROCK阻害剤とからなる細胞分散体であって、気密容器に収容されている、細胞分散体。
[6]
ROCK阻害剤がY-27632である[5]の細胞分散体。
[7]
細胞分散体におけるY-27632の濃度が、0.01ng/mL~10ng/mLである[6]の細胞分散体。
[8]
凍結状態である、[5]~[7]のいずれかの細胞分散体。
[9]
気密容器の気密性は、無菌試験法において、菌の増殖が認められないとの基準を満たす気密性である、[5]~[8]のいずれかの細胞分散体。
[10]
無菌試験法が、プロセスシミュレーションにより実施する無菌試験法である、[9]の細胞分散体。
[11]
気密容器の気密性は、トルク測定装置による測定値が6.0~16.9in・ozであるとの基準を満たす気密性である、[5]~[10]のいずれかの細胞分散体。
[12]
単位体積の細胞分散体当たりの多能性幹細胞の濃度が1×10細胞/μL~1×10細胞/μLである、[5]~[11]のいずれかの細胞分散体。
[13]
気密容器当たりの多能性幹細胞の細胞数が2×10個~2×10個であり、気密容器当たりの細胞分散体の体積が200μL~2000μLである、[5]~[12]のいずれかの細胞分散体。
[14]
多能性幹細胞が、ヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)である、[5]~[13]のいずれかの細胞分散体。
[15]
凍結状態の細胞分散体中の多能性幹細胞を解凍した場合、多能性幹細胞の生存率が少なくとも80%である、[5]~[14]のいずれかの細胞分散体。
[16]
気密容器と、該気密容器内に収容されている[5]~[15]のいずれかの細胞分散体とからなる多能性幹細胞製品。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、医薬品又は医薬品製造原料として好適な品質を有する多能性幹細胞分散体及び多能性幹細胞製品の提供が可能になる。このような多能性幹細胞分散体は、例えば、凍結保存し、解凍後の多能性幹細胞の回収率及び生存率が高い。
【発明を実施するための形態】
【0008】
<細胞分散体>
本発明に係る細胞分散体の一実施形態は、分散媒体と、該媒体に分散された多能性幹細胞及びROCK阻害剤とからなる細胞分散体であって、気密容器に収容されている、細胞分散体である。
【0009】
[多能性幹細胞]
本明細書における多能性幹細胞は、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織に属する細胞系譜に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であれば、特に限定されない。
【0010】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞などから誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)などを挙げることができる。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)及び生殖細胞(例えば精巣)から作製される精子幹細胞(GS細胞)も多能性幹細胞に包含される。
【0011】
ES細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒトES細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上で培養することによって製造可能である。フィーダー細胞に代えて、マウスの場合はLIF(白血病抑制因子)、ヒトの場合はbFGF(線維芽細胞増殖因子)を含む培地中で培養することによって製造することもできる。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718などに記載されている。ES細胞は、所定の機関から入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒトES細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所から入手可能である。マウスES細胞であるEB5細胞株及びD3細胞株は、それぞれ国立研究開発法人理化学研究所及びATCCから入手可能である。
【0012】
ES細胞の一つである核移植胚性幹細胞(ntES細胞)は、核を取り除いた卵子に体細胞の核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0013】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することによって製造することができる(Cell,70:841-847,1992)。
【0014】
本明細書における「人工多能性幹細胞(iPS細胞;induced pluripotent stem cell)」とは、体細胞を、公知の方法などによって初期化(reprogramming)することで、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞、又は末梢血単核球などの分化した体細胞を、Oct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrbなどを含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現によって初期化して、多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells,2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
【0015】
iPS細胞は、2006年、山中らによってマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。iPS細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、ES細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat. Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
【0016】
iPS細胞は、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加などによって体細胞からiPS細胞を誘導する方法によっても製造することができる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0017】
また、株化されたiPS細胞を入手することも可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞などのヒトiPS細胞株が、京都大学から入手可能である。株化された臨床用のiPS細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01、Ff-I14、QHJI01及びQHJI14が京都大学から入手可能である。
【0018】
iPS細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球(PBMC)、T細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞、歯髄細胞などが挙げられる。iPS細胞を製造する際に用いられる体細胞の由来としては、ヒト血管から採取した末梢血や臍帯血、皮膚組織、歯等が挙げられる。
【0019】
iPS細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現によって初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。上記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、又はアデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、又はエピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、又はエレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、又はエレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法(例えば、針を用いた方法、リポフェクション法、又はエレクトロポレーション法)などが挙げられる。
【0020】
iPS細胞は、フィーダー細胞存在下又はフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下でiPS細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下でiPS細胞を製造できる。フィーダーフリーでiPS細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知のES細胞及び/又はiPS細胞の維持培地、又はフィーダーフリーでiPS細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリーでiPS細胞を樹立するための培地としては、例えばEssential 8培地(E8培地)、Essential 6培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、Stabilized Essential 8培地、StemFit培地などのフィーダーフリー培地を挙げることができ、いずれも市販されている培地を入手可能である。iPS細胞を製造する際、例えば、フィーダーフリーで体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、iPS細胞を製造することができる。
【0021】
本発明における多能性幹細胞は、好ましくは哺乳動物の多能性幹細胞であり、より好ましくはげっ歯類(例、マウス又はラット)又は霊長類(例、ヒト又はサル)の多能性幹細胞であり、さらに好ましくは霊長類の多能性幹細胞、特に好ましくはヒトiPS細胞である。
【0022】
[培地]
本明細書おいて多能性幹細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow’s Minimal Essential Medium(GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal培地及びこれらの混合培地を挙げることができる。
【0023】
本明細書において、多能性幹細胞の培養に用いられる培地は、多能性幹細胞の未分化状態を維持すべく、未分化維持因子を含む培地(未分化維持培地)であることが望ましい。当該培地は、例えば、基礎培地に未分化維持因子、血清代替物及び適宜栄養源などを添加することにより、調製することができる。具体的には、DMEM/F12培地にbFGF、KSR、非必須アミノ酸(non essential amino acid;NEAA)、L-グルタミン及び2-メルカプトエタノールを添加することにより、調製することができる。また、上述したEssential 8培地(E8培地)、Essential 6培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、Stabilized Essential 8培地、StemFit培地などのフィーダーフリー培地を用いることもできる。
【0024】
安全性を確保し、ロット間差を少なくするなどの好適な品質を確保する観点から、多能性幹細胞の培養に用いる培地は、好ましくはゼノフリー培地、さらに好ましくは動物由来成分を含まず化学的に既知組成である培地が好ましい。従って、多能性幹細胞の培養に用いられる培地は、フィーダーフリー培地、無血清培地であることが望ましい。
【0025】
[分散媒体]
本明細書において多能性幹細胞を分散するための分散媒体として、多能性幹細胞の分散に適した媒体であれば特に限定されず、凍結保存に適した凍結保存用媒体であることが好ましい。
【0026】
(凍結保存用媒体)
凍結保存用媒体とは、多能性幹細胞の凍結保存に適した分散媒体である。凍結保存用媒体としては、細胞の凍結保存に適した媒体であればよく、例えば、それぞれ後述する凍結保護物質が添加された、生理食塩水、PBS、EBSSもしくはHBSSなどの緩衝液、DMEM、GMEMもしくはRPMIなどの培地、血清、血清代替物(Knock Out Serum Replacement:Invitrogen社)、又はこれらの混合物などの媒体が挙げられる。
【0027】
凍結保護物質は、細胞の凍結保存を行う際、細胞の機能や生存率をできるだけ維持し、凍結に由来する様々な障害を防止するために添加される。凍結保護物質としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)などのスルホキシド;エチレングリコール、グリセロール、プロパンジオール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ポリエチレングリコールなどの鎖状ポリオールが挙げられる。好ましくはさらにスクロース、トレハロース、ラクトース、ラフィノースなどのオリゴ糖を含む。また、アセトアミドなどのアミド化合物、パーコール、フィコール70、フィコール70000、ポリビニルピロリドンなどを含めてもよい。スルホキシドの場合、終濃度で5~15%(w/v)、好ましくは9~13%(w/v)、より好ましくは11%(w/v)前後添加してもよい。鎖状ポリオールの場合、終濃度で4~15%(w/v)、好ましくは4.5%~8%(v/v)、より好ましくは5.5%(v/v)前後添加してもよい。オリゴ糖の場合は、終濃度で5~20%(w/v)、好ましくは8~12%(w/v)、より好ましくは10%(w/v)前後添加してもよい。
【0028】
凍結保存用媒体として、STEM-CELLBANKER(日本全薬工業株式会社)、セルバンカー1、1プラス、2、3(十慈フィールド株式会社)、TCプロテクター(DSファーマバイオメディカル株式会社)、Freezing Medium for human ES/iPS Cells(株式会社リプロセル)、クライオスカーレスDMSOフリー(株式会社バイオベルデ)、ステムセルキープ(株式会社バイオベルデ)、EFS溶液(NK system)などの市販の媒体を用いることもできる。
【0029】
[ROCK阻害剤]
分散によって誘導される細胞死(特に、ヒト多能性幹細胞の細胞死)を抑制するために、細胞分散体には、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤(ROCK阻害剤)が含まれることが好ましい。また、細胞分散体を凍結保存する場合、ROCK阻害剤が含まれることによって、解凍時における多能性幹細胞の回収率及び生存率を向上させると考えられる。ROCK阻害剤としては、市販のROCK阻害剤を使用することができる。例えばY-27632(WAKO)、Fasudil(HA1077)、H-1152、Thiazovivin、GSK269962などが挙げられ、特にY-27632が好ましく用いられる。なお、本明細書におけるROCK阻害剤は、それぞれフリー体、塩等を共に含む。例えば、Y-27632は、Y-27632のフリー体及びその塩酸塩であるY-27632 dihydrochloride等を包含する。
【0030】
ROCK阻害剤は、分散媒体に添加(溶解又は分散)することで細胞分散体に含まれてもよく、分散媒体に分散する前の細胞沈殿物に残存することによって細胞分散体に含まれてもよい。例えば、多能性幹細胞を凍結保存用媒体に分散する場合、凍結保存用媒体にはROCK阻害剤を添加せず、凍結保存前の洗浄等に用いる細胞懸濁用媒体にROCK阻害剤を添加することが好ましい。この場合、ROCK阻害剤を含む細胞懸濁用媒体を、ROCK阻害剤を含まない凍結保存用媒体に置換する際にROCK阻害剤が微量に残存し、ROCK阻害剤が細胞分散体に含まれることとなる。
【0031】
細胞分散体におけるROCK阻害物質の濃度は、当業者であれば細胞数又は細胞濃度等に応じて適宜設定できるが、例えば、Y-27632であれば、0.01ng/mL~10ng/mL、0.05ng/mL~5ng/mL、0.1ng/mL~1ng/mL、又は0.5ng/mL~1ng/mLであってよい。細胞分散体におけるROCK阻害物質の濃度は、細胞分散体を遠心分離した上清におけるROCK阻害剤の濃度であり、当業者にとって周知の方法により上清中のROCK阻害剤の濃度を測定することが可能である。例えば、検量線を用いて、LC/MS/MS法により測定することができる。その他のROCK阻害物質の場合、上記Y-27632のROCK阻害活性に相当するROCK阻害活性を示す濃度の範囲から設定できる。ROCK阻害活性は当業者にとって周知の方法、例えば、ROCK基質を用いたELISA法やイムノブロット法により測定することができる。
【0032】
細胞分散体における上記濃度範囲のROCK阻害剤の存在によって、凍結保存後の解凍時において、多能性幹細胞の分化誘導への影響を抑制し、かつ多能性幹細胞の回収率及び生存率を向上させることができる。
【0033】
細胞分散体において、単位体積の細胞分散体当たりの多能性幹細胞の濃度は特に限定されないが、1×10細胞/μL~1×10細胞/μLであることが好ましく、5×10細胞/μL~5×10細胞/μLであることがより好ましい。
【0034】
[気密容器]
本明細書における気密容器は、気密性を有する細胞保存容器、すなわち、通常の取扱い、運搬又は保存状態において、固形又は液体の異物の混入が認められない容器であって、当該容器中の媒体及び細胞の損失又は蒸発を防止できる容器であれば、特に限定されない。気密容器は、外部からの菌の混入を防止できる容器であることが好ましい。媒体及び細胞の損失又は蒸発を防止できる容器とは、容器から媒体などが液体として漏出せず、蒸発による容器からの漏出が媒体などの重量の1%未満、好ましくは0.5%未満、0.3%未満、又は0.1%未満である容器を意味する。例えば、ガスケット付きキャップを有するバイアル、クライオチューブ(商品名:Nunc(商標)Coded Cryobank Vial Systems、サーモフィッシャー社製)などが挙げられ、NALGENE(ナルゲン)S100クライオバイアルなども用いられる。
【0035】
気密容器の気密性は、無菌試験法やリークテストなどの気密性テストにより確認することができる。気密容器として販売されている細胞保存用容器が好ましく、気密性テストによって気密性が保証されているものを用いることが好ましい。これらの試験により確認された気密性を要する容器に多能性幹細胞を充填することは、好適な品質を維持するために必要な操作である。気密性についてはまた、容器のキャップの締め付けの強さにも依存するため、上記気密性が確認されたトルク値の範囲においてキャップの締め付けを行う必要がある。
【0036】
無菌試験法は、当業者にとって公知の方法で実施することができる。例えば、対象の容器に無菌試験用培地を充填し、静置培養後、菌の増殖が認められないことを確認する。静置培養としては、例えば、所定の温度(例:22.5℃、32.5℃、37℃)で数日間(例:5日間、7日間、10日間)培養することが挙げられる。菌の増殖が認められないことは、例えば対照の無菌試験用培地と比較して、目視又は吸光度により濁りがなければ又は吸光度が同程度であれば、菌の増殖が認められないと判断する。
【0037】
無菌試験用培地は、菌の増殖を確認できる培地であればよい。例えば、日本薬局方に記載の液状チオグリコール酸培地又はソイビーン・カゼイン・ダイジェスト培地のいずれかを用いることができる(日本薬局方4.06 無菌試験法)。
【0038】
本発明の一態様として、気密容器の気密性は、プロセスシミュレーション無菌試験法において菌の増殖が認められない基準を満たす気密性である。
【0039】
無菌試験法におけるプロセスシミュレーションとは、無菌性を担保したい製造工程のうち、細菌の混入の可能性の高い工程を、無菌試験用培地を用いて模擬的に実施すること(シミュレーション)を意味する。細菌の混入の可能性の高い作業とは、具体的には、解凍、培地交換、培養、充填などが挙げられるが、これらに限定されない。さらに、実際の製造工程において想定される負荷シナリオを追加することが好ましい。負荷シナリオとは、例えば、容器を床に落とす、作業の途中で作業者を交替する、時間をかけて作業を実施するなどが挙げられるがこれらに限定されない。これらシミュレーションの実施後、静置培養を行い、上述の無菌試験を実施する。静置培養としては、例えば、一定の温度(例:22.5℃、32.5℃、37℃)で数日間(例:5日間、7日間、10日間)培養する。上述の工程や負荷シナリオを必ずしもすべて実施する必要はなく、当業者であれば、必要な工程及び負荷シナリオを適宜選択することができる。プロセスシミュレーションにおける無菌試験により、気密容器の気密性のみならず、多能性幹細胞の分散体及び多能性幹細胞製品、並びにその製造工程の無菌性を担保する。従って、本発明の一態様として、プロセスシミュレーションにおける無菌試験法において、当該無菌試験により菌の増殖が認められないとの基準を満たす多能性幹細胞の分散体又は多能性幹細胞製品も提供する。
【0040】
容器の気密性を担保する目的の達成には、容器に無菌試験用培地を充填し、容器の内面すべてに培地が接触するように容器を複数回反転させるというプロセスシミュレーションを行えばよい。必要に応じて、容器を床に落とすなどの負荷シナリオを追加する。
【0041】
本発明の別の態様として、気密容器の気密性は、トルク測定装置による測定値が6.0~16.9in・ozであるとの基準を満たす気密性である。
【0042】
トルクとは、ある固定された回転軸を中心にはたらく、回転軸のまわりの力のモーメントを意味し、容器のキャップのねじりの強さを表す。トルクは、力と距離の積で表される。トルクの単位は、重力単位系(kgf・mなど)、SI単位系(N・mなど)又はインチ・ポンド単位系(in・ibf、in・oz、ft・Ibfなど)で表すことができる。本明細書では、in・ozで表示するが、当業者であればそれぞれを容易に換算することができる。具体的には、力の単位は、1Ibf=16oz、1N=0.2248Ibf、1kgf=9.807N、長さの単位は、1in=2.540cm、1ft=12inの関係を用いて換算する。
【0043】
トルク値は、容器の材質や直径などによって異なるが、例えば、2mLのクライオチューブ(商品名:Nunc(商標)Coded Cryobank Vial Systems、サーモフィッシャー社製)であれば、6.0~16.9in・oz(例えば、6.0~12.5in・oz、6.0~9.0in・oz、)の範囲のトルク値であれば無菌試験法による気密性が満たされる。細胞を保存する容器の材質、用量は類似しているため、他の容器を使用する場合であっても、気密性を満たすトルク値の範囲は類似範囲である考えられる。すなわち、上記クライオチューブのトルク値の約75%~150%(約4.5in・oz~26in・oz)、約80%~150%(約4.8in・oz~26in・oz)、約80%~125%(約4.8in・oz~21in・oz)、約90%~125%(約5.4in・oz~21in・oz)、約90%~110%(約5.4in・oz~19in・oz)、また、メーカーから推奨トルク値が公開されていることが多い。従って、当業者であれば、気密性を満たすトルク値について、上述の情報から一定の範囲を推測でき、具体的に無菌試験法などにより確認することができる。
【0044】
気密容器の容量は必要に応じて決めればよく、例えば0.2mL~5mLである。気密容器当たりの多能性幹細胞の細胞数は特に限定されないが、1×10個~5×10個であることが好ましく、1×10個~2×10個であることがより好ましい。気密容器当たりの細胞分散体の体積も特に限定されないが、100μL~5000μLであることが好ましく、200μL~2000μLであることがより好ましく、250μL~1000μLであることがさらにより好ましい。気密容器における細胞分散体の充填率は、例えば10%~100%、好ましくは10%~50%である。
【0045】
細胞分散体は凍結前もしくは凍結融解後の液体状態(細胞分散液)、及び凍結状態のいずれの態様も包含する。本発明の細胞分散体は、好ましくは凍結状態である。凍結状態の細胞分散体中の多能性幹細胞を解凍した際の多能性幹細胞の生存率が高く、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、又は少なくとも97%である。このような高い生存率は、医薬品製造原料として好適である。ここで生存率とは、凍結保存状態の全細胞に対する生細胞数の割合である。
【0046】
<多能性幹細胞製品>
本発明に係る多能性幹細胞製品の一実施形態は、気密容器と、該気密容器内に収容されている上記の細胞分散体とからなる。多能性幹細胞製品は、医薬品製造原料となり得、下記の方法によって製造することができる。多能性幹細胞製品は、例えば-80℃以下又は-150℃以下にて凍結保存されることが好ましい。液体窒素(気相含む)やディープフリーザーなどにより凍結保存することができる。
【0047】
<多能性幹細胞製品の製造方法>
本発明に係る多能性幹細胞製品の製造方法の一実施形態は、下記の工程(1)~工程(4)を含む。
(1)多能性幹細胞を未分化維持培地中で培養する工程、
(2)工程(1)で培養した多能性幹細胞を、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体に懸濁する工程、
(3)工程(2)で得られた懸濁液の細胞懸濁用媒体を凍結保存用媒体に交換し、凍結保存用媒体と該凍結保存用媒体に分散された多能性幹細胞とからなる細胞分散液を得る工程、及び
(4)工程(3)で得られた細胞分散液を気密容器に気密状態になるよう充填する工程。
【0048】
これらのすべての工程は、コンタミネーションを防ぐために微生物レベル及び微粒子レベルが高度に制限された環境下で取り扱われる。好ましくは、一定の基準下に設計、管理及び運営されたセルプロセシングセンター(CPC)と呼ばれる施設で行われる。また、これらの工程における操作は無菌操作であることが好ましい。
【0049】
[細胞懸濁用媒体]
細胞懸濁用媒体は、多能性幹細胞の保存前に、多能性幹細胞の洗浄又は細胞数測定などの操作を行う際に、多能性幹細胞を懸濁させる媒体として用いられる。本明細書において細胞懸濁用媒体としては、多能性幹細胞の懸濁に適した媒体であれば特に限定されない。細胞懸濁用媒体としては、例えば、生理食塩水、PBS、EBSS、HBSSなどの緩衝液やDMEM、GMEM、RPMIなどの培地、血清、血清代替物(Knock Out Serum Replacement:Invitrogen社)、又は、これらの混合物などが挙げられ、凍結保護物質が含まれていてもよい。
【0050】
[工程(1)]
ここで培養は、増殖及び継代を含む。培養に供するための多能性幹細胞は、細胞株を用いる場合は通常凍結保存されている。したがって、培養する前に、凍結保存されている多能性幹細胞を解凍する。解凍は、37℃で0.5~2分間保温することで解凍し、未分化維持培地に懸濁後、遠心などにより回収するなどして、培養容器に播種すればよい。多能性幹細胞は、解凍から凍結保存まで、1~3回継代して増殖させる。
【0051】
多能性幹細胞を培養するための未分化維持培地は、上記のとおり未分化維持因子を含む培地である。具体的には、上述した基礎培地にbFGFやTGFbなどの未分化維持因子を含む培地が挙げられる。例えば、StemFitAK03N(商品名、味の素株式会社)、TeSR培地(商品名、STEMCELL社)、Essential 8(商品名、Thermo Fisher Scientific)などが好ましく用いられる。
【0052】
培養条件は多能性幹細胞の培養に用いられる通常の培養条件であればよく、例えば、温度:37℃、CO濃度:5%、湿度:95%の培養条件が挙げられる。
【0053】
[工程(2)]
工程(2)は、上述した細胞を洗浄するための工程であり、工程(1)で得られた多能性幹細胞を、遠心分離などにより多能性幹細胞を沈殿させ、上清(未分化維持培地)を除去した後、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体を添加し、細胞を懸濁させる。ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体に多能性幹細胞を懸濁することによって、細胞の分散によって誘導される多能性幹細胞の細胞死(アポトーシス)を抑制することができる。ROCK阻害剤は、上記のとおりであり、Y-27632であることが好ましい。
【0054】
多能性幹細胞を懸濁させるための第1の細胞懸濁用媒体としては、多能性幹細胞の懸濁に適した細胞懸濁用媒体であり、かつ、ROCK阻害剤を含む媒体であれば、特に限定されない。例えば、上述の細胞懸濁用媒体に、ROCK阻害剤が添加された細胞懸濁用媒体が挙げられ、好ましくは、工程(1)で用いた培地にROCK阻害剤を添加したものである。
【0055】
第1の細胞懸濁用媒体中におけるROCK阻害剤の濃度は、最終的に得られた細胞分散液における所望のROCK阻害剤の濃度、さらに、洗浄の回数(すなわち、希釈倍率)などに基づき、適宜設定できる。例えば、Y-27632の場合、50nM~200μM、好ましくは100nM~200μM、より好ましくは500nM~200μM、更に好ましくは1μM~200μM、更に好ましくは5μM~100μM、更に好ましくは10μM~30μMである。または、Y-27632の場合、100ng/mL~100μg/mL、好ましくは500ng/mL~10μg/mL、さらに好ましくは1μg/mL~5μg/mLが挙げられる。他のROCK阻害剤を用いる場合、上記濃度のY-27632に相当するROCK阻害活性を示す濃度の範囲とすることができる。ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体を、ROCK阻害剤を含まない凍結保存用媒体に置換する際にROCK阻害剤が微量に残存し、ROCK阻害剤が細胞分散液に含まれることとなる。
【0056】
第1の細胞懸濁用媒体への多能性幹細胞の懸濁は、通常増殖又は継代された、培地中に存在する多能性幹細胞を遠心分離などにより培地から回収し、回収した細胞に第1の細胞懸濁用媒体を添加し、細胞を懸濁させることによって行われる。通常、多能性幹細胞を凍結保存用媒体に分散する前に、細胞懸濁用媒体を用いて1回、2回、3回若しくはそれ以上の回数で細胞の洗浄を行う。細胞の洗浄は、好ましくは2回行う。そのため、凍結保存用媒体には、細胞懸濁用媒体の成分も微量で含まれ得る。
【0057】
細胞の洗浄は、当業者にとって日常的に行われる操作である。具体的には、遠心分離により細胞を沈殿させ、上清を除去し、細胞のペレットを新たな媒体(細胞懸濁用媒体)に懸濁させる。上清の除去は、細胞を除去してしまわない程度であって、洗浄の効果が得られる程度に行う。例えば、遠心分離前の細胞懸濁液の容量の約80%、約85%、約90%、約95%程度を除去する。新たな媒体(細胞懸濁用媒体)の容量は特に限定はないが、通常遠心分離前の細胞懸濁液の容量と同程度(およそ50%~200%の範囲)の容量に懸濁させる。
【0058】
多能性幹細胞の回収、洗浄及び媒体への懸濁の過程では、短時間ではあるが多能性幹細胞は分散状態になるため、細胞がアポトーシスなどを起こす可能性がある。従って、細胞懸濁用媒体にはROCK阻害剤を添加するほうが好ましい。
【0059】
工程(2)が、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体に懸濁することによって得られた懸濁液中の細胞懸濁用媒体を、ROCK阻害剤を含まない第2の細胞懸濁用媒体に交換することをさらに含んでもよい。第2の細胞懸濁用媒体は、ROCK阻害剤を含まない、上述の任意の細胞懸濁用媒体であってよく、ROCK阻害剤を除いた第1の細胞懸濁用媒体と同じであってもよく、異なってもよい。
【0060】
この場合、上述の第1の細胞懸濁用媒体を含む細胞懸濁液を遠心分離し、上清(第1の細胞懸濁用媒体)を除去した後、ROCK阻害剤を含まない第2の細胞懸濁用媒体を添加し、細胞を懸濁する。具体的には、細胞懸濁用媒体を用いた洗浄を複数回行う場合、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体で前半の洗浄(少なくとも最初の1回)を行い、ROCK阻害剤を含まない第2の細胞懸濁用媒体で後半の洗浄(少なくとも最後の1回)を行うことが好ましい。例えば、2回洗浄を行う場合、ROCK阻害剤を含む第1の細胞懸濁用媒体で1回洗浄した後、ROCK阻害剤を含まない第2の細胞懸濁用媒体でさらに一回洗浄することができる。第2の細胞懸濁用媒体による洗浄は、ROCK阻害剤が細胞分散液に残存することによる細胞の生存・分化等への影響の可能性を考慮し、ROCK阻害剤の細胞分散液への残存濃度を減少させる操作である。一方、上述のとおり洗浄時の懸濁による細胞死をROCK阻害剤により抑制することが好ましい。すなわち、本操作はトレードオフの関係にある両効果の調和を考慮した操作である。本操作により、多能性幹細胞製品のより好適な品質を達成することができる。
【0061】
工程(2)において、細胞数を計測することが好ましい。
【0062】
[工程(3)]
凍結保存用媒体は、上記のとおりである。工程(2)で得られた懸濁液中の細胞懸濁用媒体の凍結保存用媒体への交換は、当業者にとってルーチンな操作であり、例えば遠心分離などにより多能性幹細胞を回収し、回収した多能性幹細胞に適量の凍結保存用媒体を添加し、所望の細胞濃度となるよう分散させることによって行うことができる。
【0063】
細胞数に応じて、所望の細胞濃度となるように添加する媒体の量を決定する。得られた細胞分散液において、単位体積の細胞分散体当たりの多能性幹細胞の濃度は特に限定されないが、1×10細胞/μL~1×10細胞/μLであることが好ましく、5×10細胞/μL~5×10細胞/μLであることがより好ましい。
【0064】
上述のとおり、細胞分散液にはROCK阻害剤が微量に残存する。細胞分散液におけるROCK阻害物質の残存濃度は、第1の細胞懸濁用媒体におけるROCK阻害剤の濃度、さらに、ROCK阻害剤を含有しない第2の細胞懸濁用媒体による洗浄を行う場合、その洗浄の回数などに依存する。具体的には、第1の細胞懸濁用媒体に含まれるROCK阻害物質が、凍結保存用媒体においては、例えば10倍~500倍希釈、20倍~200倍希釈または50倍~100倍希釈される。ROCK阻害剤を含有しない第2の細胞懸濁用媒体による洗浄を行う場合、上記希釈倍率と洗浄回数を掛け合わせた希釈倍率になる。
【0065】
細胞分散液におけるROCK阻害物質の濃度は、例えば、Y-27632を用いた場合、残存濃度は0.01ng/mL~10ng/mL、0.05ng/mL~5ng/mL、0.1ng/mL~1ng/mL、又は0.5ng/mL~1ng/mLであってよい。細胞分散液におけるROCK阻害物質の残存濃度は、細胞分散液を遠心分離した上清におけるROCK阻害剤の濃度であり、当業者にとって周知の方法により上清中のROCK阻害剤の濃度を測定することが可能である。例えば、検量線を用いて、LC/MS/MS法により測定することができる。その他のROCK阻害物質の場合、上記に相当するROCK阻害活性を示す濃度の範囲から設定できる。ROCK阻害活性は当業者にとって周知の方法、例えば、ROCK基質を用いたELISA法やイムノブロット法により測定することができる。
【0066】
[工程(4)]
工程(3)で得られた細胞分散液はすぐに気密容器に充填することが好ましい。気密状態になるよう充填することとは、上述した容器に細胞分散液を充填し、事前に気密性を確認した範囲内のトルク値になるようにキャップを閉めることをいう。
【0067】
気密容器における細胞分散液の充填率、すなわち気密容器体積当たりの細胞分散液の占める割合は、10~50%であることが好ましい。気密容器当たりの多能性幹細胞の細胞数は容器の容量等により異なるが、2×10個~2×10個であることが好ましく、1×10個~2×10個であることがより好ましい。気密容器当たりの細胞分散体の体積も特に限定されないが、200μL~2000μLであることが好ましく、250μL~1000μLであることがより好ましい。
【0068】
[工程(5)]
多能性幹細胞製品の製造方法は、必要に応じて工程(5)、すなわち、工程(4)で得られた気密性容器に充填された細胞分散液を凍結する工程がさらに含んでもよい。凍結方法は特に限定されないが、ガラス化方法又は緩慢法のいずれも用いられる。ガラス化法は、例えば凍結保存液に懸濁した細胞を入れたチューブを直接液体窒素に浸して行われる。緩慢法は、例えば、凍結保存液に懸濁した細胞を入れたチューブをプログラムフリーザーやディープフリーザーで-1℃/分で-80℃まで冷却して行われる。
【0069】
凍結後、多能性幹細胞製品は、例えば-80℃以下、又は-150℃以下にて凍結保存されることが好ましい。
【実施例
【0070】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0071】
<実施例1 iPS細胞の増殖>
iPS細胞としては、京都大学から分譲を受けたFf-I01株を用いた。各操作は、使用する機器は、安全キャビネット、インキュベーター、顕微鏡、遠心分離機などであった。
【0072】
凍結保存されたFf-I01株(1.0×10細胞/μL、200μL/チューブ)を37℃ウォーターバスで保温して解凍し、続いて、6ウェルプレートに6.5×10細胞/ウェルになるように播種し、ROCK阻害剤としてY-27632を含む未分化維持培地(10μM)にて24時間培養した。24時間後、培地交換(培地交換1)し、継代し、さらに7日間培養した。培養した細胞を継代し、培地交換(培地交換2)し、7日後に細胞を回収し、計数し、凍結保存用媒体(ステムセルバンカー)に交換した。得られた細胞分散液の濃度は1.0×10細胞/μLであった。
【0073】
<実施例2 iPS細胞の気密容器への充填及び凍結保存>
実施例1で得られた細胞分散液を、安全キャビネット内で、2mLのクライオバイアルに、250μL/チューブ、500μL/チューブ、及び1000μL/チューブとなるように充填した。充填した後、プログラムフリーザーにて凍結保存した。
【0074】
<実施例3 解凍後の細胞生存率>
実施例2で凍結保存したiPS細胞を実施例1と同様に解凍した。解凍後の生細胞数を計数し、回収細胞数とし、回収率を計算し、さらに回収細胞中の生存率を計算した。解凍した細胞を6ウェルプレートに6.5×10細胞/ウェルとなるよう播種し、未分化維持培地(最初の24hのみROCK阻害剤Y-27632 10μM入りで4日間培養し、回収細胞数を計数し、生存率を計算した。結果は表1及び表2に示す。
【0075】
【表1】
【表2】
【0076】
表1及び表2から、いずれの凍結液量においても、95%以上の解凍後の生存率及び4日間培養後の生存率が確認された。
【0077】
<実施例4 気密性試験1>
細胞分散液の代わりに無菌試験用培地を用い、解凍から充填までの作業のうち比較的リスクの高い作業、すなわち、解凍、継代、培地交換2及び充填を模擬的に実施し、製造工程の無菌性を確認した。なお、一定の想定される下記の負荷シナリオも各工程に追加して実施した。この試験は2回行った。
[負荷シナリオ]
解凍:チューブを床に落とした後、アクトリルで清拭後、安全キャビネットに戻した。
継代:チューブを床に落とした後、アクトリルで清拭後、安全キャビネットに戻した。補助者が安全キャビネット内に深く手を入れた。
培地交換:作業者が新たに細胞調製室に入った。作業者を交替した。
充填:60分以上かけて作業を実施した。
【0078】
その結果、1回目及び2回目の検体のすべてにおいて菌の増殖が認められなかった。バイアルの気密性が高いことが証明された。
【0079】
<実施例5 ROCK阻害剤の濃度測定>
大日本住友製薬株式会社内において、iPS細胞樹立株を明細書に記載の常法により製造した。当該iPS細胞を、Y-27632(10μM)を含む培地(AK03N:味の素株式会社)を用いて1回洗浄を実施し、Y-27632を含まない培地(AK03N:味の素株式会社)によりさらに1回洗浄を実施した。洗浄後、iPS細胞をセルバンクとして凍結保存した。上記により製造したセルバンク2ロットから各1本ずつを検体として、凍結iPS細胞の上清に含まれるY-27632を定量した。試料は遠心後、上清をサンプリングした。0.0400~20.0ng/mLのY-27632溶液を検量線試料に用いて、LC/MS/MS法により測定した。その結果、検体1は0.819ng/mL、検体2は0.864ng/mLのY-27632を含むことが分かった。