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  • 特許-機械部品及び転がり軸受 図1
  • 特許-機械部品及び転がり軸受 図2A
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  • 特許-機械部品及び転がり軸受 図7
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-29
(45)【発行日】2024-02-06
(54)【発明の名称】機械部品及び転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/40 20060101AFI20240130BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20240130BHJP
   F16C 33/64 20060101ALI20240130BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20240130BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240130BHJP
   C22C 38/22 20060101ALI20240130BHJP
   F16C 33/62 20060101ALI20240130BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20240130BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20240130BHJP
【FI】
C21D9/40 A
F16C19/06
F16C33/64
F16C33/32
C22C38/00 301Z
C22C38/22
F16C33/62
C21D1/06 A
C21D1/18 Y
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022146401
(22)【出願日】2022-09-14
(65)【公開番号】P2023048131
(43)【公開日】2023-04-06
【審査請求日】2023-01-25
(31)【優先権主張番号】P 2021156802
(32)【優先日】2021-09-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】藤村 直輝
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-322017(JP,A)
【文献】特開2004-232858(JP,A)
【文献】特開2004-339575(JP,A)
【文献】特開2017-088958(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0101029(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/02- 1/84
C21D 9/00- 9/44, 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼入れ及び焼戻しが行われた鋼製であり、表面を有する機械部品であって、
前記表面にあり、窒素が固溶している浸窒層と、前記浸窒層よりも前記表面から離れた位置にある芯部とを備え、
前記表面における前記鋼中の窒素濃度は、0.12質量パーセント以上であり、
前記表面における前記鋼の硬さは、820Hv以上であり、
前記芯部における前記鋼中の残留オーステナイト量は、0.1体積パーセント以上9体積パーセント以下であり、
前記芯部における前記鋼中の残留オーステナイトの転位密度は、4.0×1014-2以上であり、
前記鋼は、高炭素鋼又は軸受鋼であ
前記表面における前記鋼中のマルテンサイトの転位密度は、1.30×10 15 -2 以上であり、
前記表面における前記鋼中の残留オーステナイト量は、20.9体積パーセント以下である、機械部品。
【請求項2】
前記芯部における前記鋼中のマルテンサイトの転位密度は、6.0×1014-2以上である、請求項1に記載の機械部品。
【請求項3】
前記鋼は、0.77質量パーセント以上の炭素と、4.0質量パーセント以下のクロムと、0.10質量パーセント以上0.70質量パーセント以下のシリコンと、0.25質量パーセント以下のモリブデンとを含有している、請求項1に記載の機械部品。
【請求項4】
160℃で2500時間の保持を行った後における寸法変化率が40×10-5以下である、請求項1に記載の機械部品。
【請求項5】
160℃で2500時間の保持を行った後における寸法変化率が15×10-5以下である、請求項1に記載の機械部品。
【請求項6】
内輪と、
外輪と、
転動体とを備え、
前記内輪、前記外輪及び前記転動体の少なくともいずれかは、請求項1~請求項のいずれか1項に記載の前記機械部品である、転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械部品及び転がり軸受に関する。より特定的には、本発明は、焼入れ及び焼戻しの行われた鋼製の機械部品及び当該機械部品を備える転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車(BEV:Battery Electric Vehicle)、プラグインハイブリッド電気自動車(PHEV:Plug-in Hybrid Electric Vehicle)、ハイブリッド電動自動車(HEV:Hybrid Electric Vehicle)を中心に、自動車の電動化が進んでいる。例えば、エンジンに代わる電動アクスル(e-Axle)や電動ブレーキ、電動VTC(可変バルブ機構)、電動コンプレッサ等が適用されるようになってきている。
【0003】
電気自動車では、少ない電力で走行距離を伸ばすため(電費向上)に、ユニットの小型化に伴う軽量化やモータの高速回転化・高出力化が望まれる。それに伴って、各種部品には小型化、高速回転化、高強度化が求められる。例えば、モータの高速回転化又は小型化が進展すると、転がり軸受における発熱量が増加し、使用時における転がり軸受の温度が上昇する。また、転がり軸受等のトルク低減のために潤滑油の低粘度化や油量又はグリース量の減少が進展する可能性が高く、そうなると転がり軸受の発熱量はさらに増加する。そのため、電気自動車で使用される転がり軸受には、高温における寸法安定性や高い硬さの維持が求められる。
【0004】
焼入れ及び焼戻しが行われた転がり軸受の構成材料の組織は、マルテンサイト、残留オーステナイト、未溶解炭化物や窒化物等の析出物を含む。適量の残留オーステナイトは、清浄油転動疲労寿命や圧痕起点型転動疲労寿命の改善に有効とされる。
【0005】
焼入れ及び焼戻しが行われた転がり軸受では、使用温度が上昇すると、残留オーステナイトが分解される。その結果、残留オーステナイトの分解に伴う体積膨張により、転がり軸受の構成部品の寸法変化が生じる。なお、転がり軸受の軌道輪の寸法変化率が大きくなると、クリープの発生、軌道面と転動体との間の隙間が減少することに伴う接触面圧の上昇及びそれに起因した早期損傷並びに寸法精度の低下に伴う異音や振動の増大といった問題が生じることがある。
【0006】
特開2001-99163号公報(特許文献1)には、転がり軸受の軌道輪が記載されている。特許文献1に記載の軌道輪は、焼入れ及び焼戻しが行われた鋼製である。特許文献1に記載の軌道輪では、鋼中の残留オーステナイト量が実質的に0になっている。特許文献1に記載の軌道輪によると、使用に伴う寸法の経時変化が抑制されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2001-99163号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の軌道輪では、表面における鋼の硬さが752Hv未満になっている。残留オーステナイト量が少ない状態で軌道輪の表面における鋼の硬さが低くなると、圧痕起点型の転動疲労寿命が低下する。そのため、特許文献1に記載の軌道輪では、圧痕起点型の転動疲労寿命に改善の余地がある。
【0009】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものである。より具体的には、本発明は、寸法の経時変化を抑制可能であるとともに、表面における圧痕起点型の転動疲労寿命を改善可能である機械部品及び転がり軸受を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1態様に係る機械部品は、鋼製であり、表面を有する。鋼は、焼入れ及び焼戻しが行われている。機械部品は、表面にある浸窒層と、表面からの距離が浸窒層よりも離れている芯部とを備える。表面における鋼中の窒素濃度は、0.01質量パーセント以上である。表面における鋼の硬さは、820Hv以上である。芯部における鋼中の残留オーステナイト量は、0.1体積パーセント以上9体積パーセント以下である。芯部における鋼中の残留オーステナイトの転位密度は、4.0×1014-2以上である。鋼は、高炭素鋼又は軸受鋼である。
【0011】
本発明の第1態様に係る機械部品では、芯部における前記鋼中のマルテンサイトの転位密度が、6.0×1014-2以上であってもよい。
【0012】
本発明の第2態様に係る機械部品は、鋼製であり、表面を有する。鋼は、焼入れ及び焼戻しが行われている。機械部品は、表面にある浸窒層と、表面からの距離が浸窒層よりも離れている芯部とを備える。表面における鋼中の窒素濃度は、0.01質量パーセント以上である。表面における鋼の硬さは、820Hv以上である。芯部における鋼中の残留オーステナイト量は、0.1体積パーセント以上5体積パーセント以下である。芯部における鋼中の残留オーステナイトの転位密度は、1.0×1015-2以上である。鋼は、低炭素鋼又は浸炭鋼である。
【0013】
本発明の第1態様又は本発明の第2態様に係る機械部品では、表面における鋼中の窒素濃度をX(単位:質量パーセント)とし、表面における鋼中のマルテンサイトの転位密度をY(単位:m-2)とした場合に、934923.48+379.96×X-330.96×Y -5.41×10 ×lоgY+783.83×lоgX ≧0との関係が満たされていてもよい。
【0014】
本発明の第1態様に係る機械部品では、鋼が、0.77質量パーセント以上の炭素と、4.0質量パーセント以下のクロムと、0.10質量パーセント以上0.70質量パーセント以下のシリコンと、0.25質量パーセント以下のモリブデンとを含有していてもよい。
【0015】
本発明の第2態様に係る機械部品では、鋼が、0.01質量パーセント以上0.77質量パーセント未満の炭素と、4.0質量パーセント以下のクロムと、0.10質量パーセント以上0.70質量パーセント以下のシリコンと、0.25質量パーセント以下のモリブデンとを含有していてもよい。
【0016】
本発明の第1態様又は第2態様に係る機械部品では、160℃で2500時間の保持を行った後における寸法変化率が、40×10-5以下であってもよい。本発明の第1態様又は第2態様に係る機械部品では、160℃で2500時間の保持を行った後における寸法変化率が、15×10-5以下であってもよい。なお、寸法変化率とは、上記の保持後の機械部品の寸法から上記の保持前の機械部品の寸法を減じた値(上記の保持の前後における機械部品の寸法の差)を上記の保持前の機械部品の寸法で除した値である。
【0017】
本発明の転がり軸受は、内輪と、外輪と、転動体とを備える。内輪、外輪及び転動体の少なくともいずれかは、上記の機械部品である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の第1態様又は第2態様に係る機械部品及び本発明の転がり軸受によると、寸法の経時変化を抑制可能であるとともに、表面における圧痕起点型の転動疲労寿命を改善可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】内輪10の断面図である。
図2A】外輪30の断面図である。
図2B】転動体40の断面図である。
図2C】実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
図3】内輪10の製造方法を示す工程図である。
図4】加工対象部材20の断面図である。
図5A】加工対象部材50の断面図である。
図5B】加工対象部材60の断面図である。
図6】圧痕が形成された軌道輪の表面における形状を示す模式的なグラフである。
図7】軌道輪の表面における鋼の硬さと圧痕の周囲における盛り上がりとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施形態の詳細を、図面を参照しながら説明する。以下の図面では、同一又は相当する部分に同一の参照符号を付し、重複する説明は繰り返さないものとする。
【0021】
(実施形態に係る機械部品の構成)
以下に、実施形態に係る機械部品の構成を説明する。実施形態に係る機械部品は、例えば、転がり軸受の軌道輪である。実施形態に係る機械部品は、転がり軸受の転動体であってもよい。実施形態に係る機械部品は、歯車、軸、シャフト、ボールねじ等の摺動部材であってもよく、ハウジング等の構造部材であってもよい。ここでは、転がり軸受の内輪10を、実施形態に係る機械部品の例として説明する。
【0022】
実施形態に係る機械部品は、電動アクスルに用いられる転がり軸受の構成部品(軌道輪(内輪、外輪)、転動体(玉、ころ)等)であってもよい。実施形態に係る機械部品は、電動アクスルに用いられる歯車、軸、シャフト等の部品であってもよい。一般的な電動アクスルは、駆動モータ、減速機、インバータ等で構成される3軸構造のユニットである。その他に、電動アクスルには、駆動モータ、遊星減速機、インバータ等で構成される同軸構造のユニットや駆動モータ、CVT(無段変速機)、インバータ等で構成されるものもある。電動アクスルの減速機内で使用される転がり軸受には、歯車やハウジングの摩擦摩耗によって発生する異物が混入する可能性がある。そのため、減速機に用いられる転がり軸受の構成部品には、高温における寸法安定性や高い負荷容量に加えて、異物が混入しても早期損傷が生じないことが要求される。また、減速機内の省スペース化や減速機の小型化のため、減速機に用いられる転がり軸受には、高い負荷容量が求められる。さらに、電動アクスルに用いられる歯車、軸、シャフト等についても、電動アクスルの減速機に用いられる転がり軸受の構成部品と同様の理由により、高温における寸法安定性、耐異物性、高い負荷容量が求められる。
【0023】
実施形態に係る機械部品は、電動ブレーキに用いられる転がり軸受やボールねじの構成部品であってもよい。電動ブレーキは、例えば、モータ、減速ギア、ボールねじ、シリンダ、制御機器等で構成される。ボールねじとは、軌道面を有する軸、軌道面を有するナット(外輪)、軸の軌道面とナットの軌道面との間に配置される転動体(玉)、チューブ、こま、エンドキャップ等で構成される部品である。電動ブレーキに使用される転がり軸受やボールねじでも、高温における寸法安定性、耐異物性、高い負荷容量が求められる。
【0024】
電動コンプレッサは、電動コンプレッサは、室内の冷却や高温になりやすいバッテリ、車載電子機器の冷却を行うものである。実施形態に係る機械部品は、電動コンプレッサに用いられる転がり軸受であってもよい。電動コンプレッサに用いられる転がり軸受にも、高温における寸法安定性、耐異物性、高い負荷容量が求められる。
【0025】
実施形態に係る機械部品の用途は、自動車用途に限られない。この他の用途でも、転がり軸受、ボールねじ、シャフト、ピン等の摺動部品では、使用環境が厳しくなることで、高い寸法安定性、真円度、円筒度、同軸度等の幾何公差に対する安定性が求められる。例えば、工作機械の主軸用の転がり軸受の構成部品でも、高い精度や寸法安定性が求められる。
【0026】
電動アクチュエータ、位置決め装置、電動ジャッキ、サーボシリンダ、電動サーボプレス機、メカニカルプレス機、トランスミッション、電動パターステアリング、電動射出成形機等に用いられるボールねじでも、高温における寸法安定性、耐異物性、高い負荷容量が求められる。シャフト、ピン等の摺動部品は、高速回転になるほど高温になりやすいため、高温における寸法安定性が要求される。
【0027】
以下に、内輪10の構成を説明する。
【0028】
図1は、内輪10の断面図である。図1に示されるように、内輪10は、第1端面10aと、第2端面10bと、内周面10cと、外周面10dとを有している。なお、第1端面10a、第2端面10b、内周面10c及び外周面10dは、内輪10の表面を構成している。内輪10は、リング状である。
【0029】
内輪10の中心軸を、中心軸Aとする。中心軸Aに沿う方向を、軸方向とする。中心軸Aに直交し、かつ中心軸Aを通る方向を、径方向とする。中心軸Aを中心とする円周に沿う方向を、周方向とする。
【0030】
第1端面10a及び第2端面10bは、軸方向における内輪10の端面である。第2端面10bは、軸方向における第1端面10aの反対面である。
【0031】
内周面10cは、周方向に沿って延在している。内周面10cは、中心軸A側を向いている。内周面10cの軸方向における一方端及び他方端は、それぞれ、第1端面10a及び第2端面10bに連なっている。図示されていないが、内輪10は、内周面10cにおいて軸に嵌め合わされる。
【0032】
外周面10dは、周方向に沿って延在している。外周面10dは、中心軸Aとは反対側を向いている。つまり、外周面10dは、径方向における内周面10cの反対面である。外周面10dの軸方向における一方端及び他方端は、それぞれ、第1端面10a及び第2端面10bに連なっている。外周面10dは、軌道面10daを有している。軌道面10daは、転動体(図示せず)に接触する外周面10dの部分である。軌道面10daは、例えば、外周面10dの軸方向における中央に位置している。軌道面10daは、周方向に延在している。断面視において、軌道面10daは、部分円弧状である。
【0033】
内輪10は、鋼製である。内輪10を構成している鋼には、焼入れ及び焼戻しが行われている。内輪10を構成している鋼は、例えば、高炭素鋼である。高炭素鋼とは、炭素濃度が0.77質量パーセント以上の過共析鋼をいう。内輪10を構成している鋼は、軸受鋼であってもよい。軸受鋼とは、炭素濃度が0.9質量パーセント以上1.05質量パーセント以下、クロム濃度が0.9質量パーセント以上1.7質量パーセント以下の高炭素クロム鋼をいう。内輪10を構成している鋼は、低炭素鋼であってもよく、浸炭鋼であってもよい。低炭素鋼とは、0.77質量パーセント未満である亜共析鋼をいう。浸炭鋼とは、炭素濃度が0.1質量パーセント以上0.5質量パーセント以下のクロム、モリブデン、ニッケルのいずれかを含む鋼である鋼をいう。
【0034】
高炭素鋼の具体例としては、JIS規格に規定されているSK85等が挙げられる。軸受鋼の具体例としては、JIS規格に規定されているSUJ2、SUJ3、SUJ4及びSUJ5、ASTM規格に規定されている50100、51100、52100、A485 Grade1、ISO規格に規定されている100Cr6、100CrMnSi4-4、100CrMnSi6-4、100CrMo7、100CrMo7-3及び100CrMnMoSi8-4-6、DINに規定されている105Cr4並びにGB/Tに規定されているGCr4、GCr15、GCr15SiMn、GCrSiMo、GCr18Moが挙げられる。低炭素鋼の具体例としては、JIS規格に規定されているS55C、S53C、S50C、S45C、S25C及びS15C、AISI規格に規定されている1045、1046、1050、1053及び1055、ISO規格に規定されているC45、C45E、C45R、C55、C55E及びC55R並びにGB/Tに規定されている45、50Mn及び55等が挙げられる。浸炭鋼の具体例としては、JIS規格に規定されているSCr420、SCr435、SCM420、SCM435、SNCM420及びSNCM815、AISI規格に規定されている5120、4118、4135、4320、8620、5135及び9315、ISO規格に規定されている20Cr4、20CrMo4、20NiCrMo7、18NiCrMo14-6、17NiCrMo6-4、37Cr4及び25CrMo4、34CrMo4並びにGB/Tに規定されているG20CrMo、G20CrNi2Mo等が挙げられる。
【0035】
内輪10を構成している鋼中の炭素濃度は、例えば、0.77質量パーセント以上である。内輪10を構成している鋼中の炭素濃度は、0.01質量パーセント以上0.77質量パーセント未満であってもよい。また、内輪10を構成している鋼は、4.0質量パーセント以下のクロムと、0.10質量パーセント以上0.70質量パーセント以下のシリコンと、0.25質量パーセント以下のモリブデンとを含有していてもよい。なお、この場合には、内輪10を構成している鋼が、クロム及びモリブデンを含有していなくてもよい。
【0036】
内輪10の表面には、浸窒又は浸炭浸窒処理が行われている。すなわち、内輪10は、表面に浸窒層11を有している(内輪10の表面は、浸窒層11になっている)。浸窒層11では、鋼中に窒素が固溶している。浸窒層11よりも表面から離れている内輪10の部分を、芯部12とする。このことを別の観点から言えば、芯部12は、浸窒層11以外の内輪10の内部箇所である。芯部12では、鋼中に窒素が固溶していない。内輪10の表面における鋼中の窒素濃度は、0.01質量パーセント以上である。内輪10の表面における鋼中の窒素濃度は、0.10質量パーセント以上であってもよい。内輪10の表面における窒素濃度は、例えば、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いて測定される。なお、EMPAによる測定に際して、窒素濃度が明らかな標準試料を用いて検量線が作成される。
【0037】
内輪10の表面における鋼の硬さは、820Hv以上である。内輪10の表面における鋼の硬さは、JIS規格(JIS Z 2244:2009)に規定されているビッカース硬さ試験法により行われる。なお、内輪10の表面における鋼の硬さを測定する際の荷重は、300gとされる。内輪10の表面における鋼の硬さは、少なくとも3箇所以上において測定し、得られた測定値を平均化することにより得られる。
【0038】
内輪10を構成している鋼が高炭素鋼又は軸受鋼である場合、芯部12における鋼中の残留オーステナイト量は、9体積パーセント以下である。なお、この場合、芯部12における鋼中の残留オーステナイト量は、0.1体積パーセント以上である。内輪10を構成している鋼が低炭素鋼又は浸炭鋼である場合、芯部12における鋼中の残留オーステナイト量は、5体積パーセント以下である。なお、この場合、芯部12における鋼中の残留オーステナイト量は、0.1体積パーセント以上である。
【0039】
芯部12における鋼中の残留オーステナイト量は、X線回折法を用いて測定される。芯部12における鋼中の残留オーステナイト量をX線回折法で測定する際には、Cr管球型X線回折装置が用いられる。Cr管球型X線回折装置では、Cr-Kα線の波長が2.29093×10-10mとされ、管電圧が30kVとされ、管電流が10mAとされ、コリメータサイズが2mm×2mmとされる。芯部12における鋼中の残留オーステナイト量を測定する際、内輪10は、残留オーステナイトが加工誘起変態しないように、電解研磨されることが好ましい。
【0040】
内輪10を構成している鋼が高炭素鋼又は軸受鋼である場合、芯部12における鋼中の残留オーステナイトの転位密度は、4.0×1014-2以上である。内輪10を構成している鋼が高炭素鋼又は軸受鋼である場合、芯部12における鋼中のマルテンサイトの転位密度は、6.0×1014-2以上であることが好ましい。内輪10を構成している鋼が低炭素鋼又は浸炭鋼である場合、芯部12における鋼中の残留オーステナイトの転位密度は、1.0×1015-2以上である。
【0041】
内輪10の表面における鋼中の窒素濃度をX(単位:質量パーセント)とし、内輪10の表面における鋼中のマルテンサイトの転位密度をY(単位:m-2)とし、内輪10の表面における鋼の硬さをZ(単位:Hv)とする。この場合、Zは、935743.48+379.96×X-330.96×Y -5.41×10 ×lоgY+783.83×lоgX (式1)により算出することができる。式1は、実験によりX及びYを変化させた際のZの値を求めた上で重回帰分析を行うことにより得られる。式1から、内輪10の表面における鋼の硬さを820Hv以上とするためには、934923.48+379.96×X-330.96×Y -5.41×10 ×lоgY+783.83×lоgX ≧0(式2)との関係が満たされればよい。
【0042】
芯部12における鋼中の残留オーステナイトの転位密度及び内輪10の表面における鋼中のマルテンサイトの転位密度は、コバルト(Co)管球型X線回折装置を用いて測定される。より具体的には、第1に、芯部12(内輪10の表面)におけるオーステナイト及びマルテンサイトのX線プロファイルが、Co管球型X線回折装置を用いて測定される。Co管球型X線回折装置では、Co-Kα線の波長が1.7889×10-10mとされ、管電圧が40kVとされ、管電流が50mAとされ、コリメータサイズが直径1mmとされる。芯部12(内輪10の表面)におけるオーステナイト及びマルテンサイトのX線プロファイルは、2θが30°以上135°以下の範囲内で測定される。第2に、Rietveld解析が行われた上で、X線回折により得られるマルテンサイト及びオーステナイトのX線プロファイルのピークの半値幅が、結晶子サイズとひずみとに分離される。第3に、分離された結晶子サイズ及びひずみを以下のWilliamson-Hallの式に適用することにより、マルテンサイトの転位密度及びオーステナイトの転位密度が得られる。この式において、ρは転位密度(単位:m-2)であり、εは上記のひずみであり、bはバーガースベクトルの長さである(b=0.25×10-9m)。
【0043】
【数1】
【0044】
なお、芯部12(内輪10の表面)に対するX線回折により得られるマルテンサイトのX線プロファイルでは、{110}面、{200}面、{211}面及び{220}面のピークが測定対象とされる。また、芯部12(内輪10の表面)に対するX線回折により得られるオーステナイトのX線プロファイルでは、{111}面、{200}面、{220}面、{311}面及び{222}面のピークが測定対象とされる。上記においてRietveld解析が行われるのは、弾性率の異なるマルテンサイトの{200}面及びオーステナイトの{200}面の影響を低減するためである。
【0045】
160℃で2500時間の保持を行った後における内輪10の寸法変化率は、40×10-5以下である。好ましくは、160℃で2500時間の保持を行った後における内輪10の寸法変化率は、15×10-5以下である。内輪10の寸法変化率は、上記の保持後の内輪10の寸法から上記の保持前の内輪10の寸法を減じた値を上記の保持前の内輪10の寸法で除することにより算出される。
【0046】
<変形例>
図2Aは、外輪30の断面図である。図2Bは、転動体40の断面図である。図2Aに示されるように、実施形態に係る機械部品は、転がり軸受の外輪30であってもよい。図2Bに示されるように、実施形態に係る機械部品は、転動体40であってもよい。なお、外輪30及び転動体40の構成は、形状を除いて、内輪10の構成と同様である、図2Cは、実施形態に係る転がり軸受の断面図である。実施形態に係る転がり軸受(転がり軸受100)は、内輪10と、外輪30と、転動体40と、保持器70とを有している。転がり軸受100では、内輪10、外輪30及び転動体40の少なくともいずれかが実施形態に係る機械部品であればよい。
【0047】
(実施形態に係る機械部品の製造方法)
以下に、内輪10の製造方法を説明する。
【0048】
図3は、内輪10の製造方法を示す工程図である。図3に示されるように、内輪10の製造方法は、準備工程S1と、浸窒工程S2と、焼入れ工程S3と、冷却工程S4と、焼戻し工程S5と、後処理工程S6とを有している。
【0049】
準備工程S1では、加工対象部材20が準備される。図4は、加工対象部材20の断面図である。図4に示されるように、加工対象部材20は、リング状であり、第1端面20aと、第2端面20bと、内周面20cと、外周面20dとを有している。第1端面20a、第2端面20b、内周面20c及び外周面20dは、後処理工程S6の終了後に、それぞれ、第1端面10a、第2端面10b、内周面10c及び外周面10dとなる面である。加工対象部材20は、内輪10と同一の鋼により形成されている。
【0050】
浸窒工程S2では、加工対象部材20に対する浸窒処理が行われる。加工対象部材20に対する浸窒処理は、窒素源を含む雰囲気ガス中において加工対象部材20を加熱保持することにより行われる。浸窒工程S2における加熱温度及び雰囲気ガス中の窒素濃度は、加工対象部材20の表面に化合物層が形成されないように設定される。浸窒工程S2が行われることにより、加工対象部材20の表面から内部に窒素が侵入し、窒素が加工対象部材20中に固溶される。なお、浸窒工程S2は、後処理工程S6が行われた後に内輪10の表面となる位置よりも内部に窒素が達するように行われる。
【0051】
加工対象部材20に対しては、浸窒工程S2に代えて浸炭浸窒工程が行われてもよい。加工対象部材20に対する浸炭浸窒処理は、加工対象部材を窒素源及び炭素源を雰囲気ガス中において加熱保持することにより行われる。浸炭浸窒工程における加熱温度並びに雰囲気ガス中の炭素濃度及び窒素濃度は、加工対象部材20の表面に化合物層が形成されないように設定される。浸炭浸窒工程が行われることにより、加工対象部材20の表面から内部に炭素及び窒素が侵入し、炭素及び窒素が加工対象部材20中に固溶される。なお、浸炭浸窒工程は、後処理工程S6が行われた後に内輪10の表面となる位置よりも内部に窒素及び炭素が達するように行われる。
【0052】
焼入れ工程S3では、加工対象部材20に対する焼入れが行われる。加工対象部材20に対する焼入れは、加工対象部材20を、加工対象部材20を構成している鋼のA変態点以上の温度に加熱して保持し、その後に加工対象部材20を構成している鋼のMs変態点以下の温度に冷却することにより行われる。焼入れ工程S3が行われることにより、加工対象部材20を構成している鋼中にマルテンサイトと残留オーステナイトとが生成される。なお、焼入れ工程S3が行われた後に、再び加工対象部材20をA変態点以上に加熱することにより焼入れ工程S3を繰り返してもよい。焼入れ工程S3を複数回行うことで結晶粒が微細化し、冷却工程S4での効果が向上する。
【0053】
冷却工程S4では、加工対象部材20に対するサブゼロ処理が行われる。冷却工程S4では、加工対象部材20に対するクライオ処理(超サブゼロ処理)が行われてもよい。サブゼロ処理では、加工対象部材20が-100℃超室温以下の温度に冷却される。クライオ処理では、加工対象部材20が、-100℃以下の温度に冷却される。冷却工程S4が行われることにより、加工対象部材20を構成している鋼中の残留オーステナイトの一部が、マルテンサイトに変態する。なお、冷却工程S4が行われる前に、割れ防止のための低温の焼戻し工程や洗浄工程が行われてもよい。
【0054】
焼戻し工程S5では、加工対象部材20に対する焼戻しが行われる。加工対象部材20に対する焼戻しは、加工対象部材20を、加工対象部材20を構成している鋼のA変態点未満の温度に加熱することにより行われる。より具体的には、加工対象部材20に対する焼戻しは、加工対象部材20を180℃程度の温度に加熱することにより行われる。後処理工程S6では、加工対象部材20の表面に対して、研削、研磨等の機械加工が行われる。以上により、図1に示される構造の内輪10が製造される。なお、焼戻し工程S5において180℃以上の温度で加工対象部材20を加熱した場合、加熱温度が高いほど、マルテンサイトの転位密度が低下し、硬さが低下する。他方で、冷却工程S4が行われていると、焼戻し工程S5における加熱でマルテンサイトの転位密度が低下しにくいため、加熱温度の上昇とともに硬さが低下するものの、通常よりも高い硬さが得られる。
【0055】
<変形例>
図5Aは、加工対象部材50の断面図である。図5Bは、加工対象部材60の断面図である。図5Aに示されるように、実施形態に係る機械部品が外輪30である場合には、加工対象部材としてリング状の部材である加工対象部材50が用いられる。図5Bに示されるように、実施形態に係る機械部品が転動体40である場合には、加工対象部材として球状の部材である加工対象部材60が用いられる。加工対象部材50及び加工対象部材60は、形状を除いて、加工対象部材20と同様の構成になっている。
【0056】
(実施形態に係る機械部品の効果)
焼入れ及び焼戻しが行われた鋼製の軌道輪や転動体における寸法の経時変化を抑制するための方策として、高温での焼戻しを行うことにより残留オーステナイト量の低減を図ることが考えられる。しかしながら、高温での焼戻しを行うと、残留オーステナイト量の減少に伴って寸法の経時変化を抑制することが可能になるものの、軌道輪や転動体の表面における鋼の硬さが減少してしまう。
【0057】
軌道輪の表面と転動体との間に異物が噛み込まれると、軌道輪の表面に圧痕が形成される。図6は、圧痕が形成された軌道輪の表面における形状を示す模式的なグラフである。図6に示されるように、軌道輪の表面は、圧痕の周囲において、盛り上がる。図7は、軌道輪の表面における鋼の硬さと圧痕の周囲における盛り上がりとの関係を示すグラフである。図7中において、横軸は硬さ(単位:Hv)であり、横軸は圧痕の周囲における盛り上がり量(単位:μm)である。図7に示されるように、軌道輪の表面における鋼の硬さが小さくなるに伴って、圧痕の周囲における盛り上がり量が大きくなる。
【0058】
圧痕の周囲における盛り上がり量が大きくなると、圧痕の周囲における盛り上がりへの応力集中が生じ、圧痕を起点とする疲労破壊が生じやすくなる。そのため、高温で焼戻しを行って寸法の経時変化を抑制する場合、軌道輪の転動疲労寿命が不十分となるおそれがある。
【0059】
鋼中の残留オーステナイト量が低く、その残留オーステナイトの周囲を転位密度の高い(すなわち、変形能が乏しい)マルテンサイトが取り囲んでいる状態では、残留オーステナイトがマルテンサイトから拘束又は応力を受けて格子面間隔(格子定数)が小さくなる結果、鋼中の残留オーステナイトの転位密度が高くなる。このような残留オーステナイトは、分解に伴う体積膨張の際も周囲の転位密度が高いマルテンサイトにより拘束されるため、使用に伴って残留オーステナイトが分解されたとしても、当該分解に伴う寸法変化が小さくなる。
【0060】
内輪10は、サブゼロ処理又はクライオ処理が行われることにより、芯部12における鋼中の残留オーステナイト量が減少している。より具体的には、内輪10では、内輪10を構成している鋼が高炭素鋼又は軸受鋼である場合には芯部12における鋼中の残留オーステナイト量が9体積パーセント以下になっており、内輪10を構成している鋼が低炭素鋼又は浸炭鋼である場合には芯部12における鋼中の残留オーステナイト量が5体積パーセント以下になっている。
【0061】
また、内輪10では、サブゼロ処理又はクライオ処理が行われているため、芯部12における鋼中のマルテンサイトの転位密度が高くなり、その結果、芯部12における鋼中の残留オーステナイトの転位密度も高くなっている。より具体的には、内輪10では、内輪10を構成している鋼が高炭素鋼又は軸受鋼である場合には芯部12における鋼中の残留オーステナイトの転位密度が4.0×1014-2以上になっており、内輪10を構成している鋼が低炭素鋼又は浸炭鋼である場合には芯部12における鋼中の残留オーステナイトの転位密度が1.0×1015-2以上になっている。
【0062】
以上から、芯部12における鋼中では、残留オーステナイトが転位密度の高いマルテンサイトにより取り囲まれている状態が生じているため、内輪10の使用に伴う温度上昇により芯部12における鋼中の残留オーステナイトの分解が生じても、当該分解に伴う体積膨張が周囲の転位密度の高いマルテンサイトにより拘束されるため、寸法変化が生じにくい。このように、内輪10では、使用に伴う寸法の経時変化が抑制されている。
【0063】
また、内輪10に対しては高温での焼戻しが行われていないため、内輪10の表面におけるマルテンサイトの分解の進行は軽微である。また、内輪10の表面における鋼中の窒素濃度が0.01質量パーセント以上になっており、内輪10の表面における鋼は、固溶強化されている。その結果、内輪10の表面における鋼の硬さは、820Hv以上となっている。図7に示されるように、内輪10の表面における鋼の硬さが820Hv以上になると、圧痕の周囲における盛り上がり量が急激に減少している。このように、内輪10によると、圧痕起点の転動疲労寿命も改善されている。内輪10の表面における鋼の硬さを上昇させることにより、内輪10の表面に圧痕が形成されにくくなるため、内輪10を用いた転がり軸受の静的負荷容量が改善される。
【0064】
なお、転動体の表面には、加圧工程により高い残留圧縮応力が付与されることがあり、軌道輪(内輪、外輪)の表面よりも圧痕が形成されにくい。そのため、軌道輪のみを実施形態に係る機械部品としても、転がり軸受の圧痕起点型転動疲労寿命は改善される。
【0065】
(硬さの評価試験)
焼入れ及び焼戻しが行われた鋼製の機械部品の表面における硬さ、マルテンサイトの転位密度及び窒素濃度の関係を評価するため、サンプル1からサンプル19が準備された。サンプル1からサンプル19は、内径が54mm、外径が60mm、幅が15mmのリング状である。サンプル1からサンプル19では、表1に示されるように、鋼種、サンプルの表面における鋼中の窒素濃度及びサンプルの表面における鋼のマルテンサイトの転位密度が変化された。表1の「式2の充足」の欄に記載されている「OK」及び「NG」は、それぞれ、上記の式2が充足されている及び上記の式2が充足されていないことを意味する。
【0066】
【表1】
【0067】
なお、各サンプルの表面における鋼中の窒素濃度は、浸窒処理又は浸炭浸窒処理における加熱温度及び保持時間を変化させることにより調整された。各サンプルの表面における鋼中のマルテンサイトの転位密度は、サブゼロ処理又はクライオ処理における冷却温度及び保持時間を変化させることにより調整された。
【0068】
サンプル1からサンプル7及びサンプル9からサンプル14では、上記の式2が充足されていた。他方で、サンプル8及びサンプル15からサンプル19では、上記の式2が充足されていなかった。
【0069】
サンプル1からサンプル7及びサンプル9からサンプル14では、サンプルの表面における鋼の硬さが、820Hv以上になっていた。他方で、サンプル8及びサンプル15からサンプル19では、サンプルの表面における鋼の硬さが、820Hv未満であった。この比較から、上記の式2が充足されることにより、機械部品の表面における鋼の硬さが820Hv以上となり、転動疲労寿命が改善されることが明らかになった。このことを別の観点から言えば、機械部品の表面における鋼中の窒素濃度及び機械部品の表面における鋼中のマルテンサイトの転位密度の双方が高められることにより、機械部品の表面における鋼の硬さ、ひいては機械部品の転動疲労寿命が改善されることが明らかになった。
【0070】
(寸法の経時変化の評価試験)
寸法の経時変化を評価するため、上記のサンプル3からサンプル7及びサンプル9からサンプル14が用いられた。表2には、サンプル3からサンプル7及びサンプル9からサンプル14の芯部における鋼中の残留オーステナイト量及びサンプル3からサンプル7及びサンプル9からサンプル14の芯部における鋼中の転位密度が示されている。
【0071】
【表2】
【0072】
なお、各サンプルの芯部12における鋼中のマルテンサイトの転位密度及び各サンプルの芯部12における鋼中のマルテンサイトの残留オーステナイト量は、サブゼロ処理又はクライオ処理における冷却温度及び保持時間を変化させることにより調整された。
【0073】
鋼が高炭素鋼又は軸受鋼である場合には、芯部12における鋼中のマルテンサイトの転位密度が4.0×1014-2以上であれば、条件Aが満たされるものとする。また、鋼が低炭素鋼又は浸炭鋼である場合には、芯部12における鋼中のマルテンサイトの転位密度が1.0×1015-2以上であれば、条件Aが満たされるものとする。
【0074】
鋼が高炭素鋼又は軸受鋼である場合には、サンプルの芯部12における鋼中の残留オーステナイト量が9体積パーセント以下であれば、条件Bが満たされるものとする。また、鋼が低炭素鋼又は浸炭鋼である場合には、サンプルの芯部12における鋼中の残留オーステナイト量が5体積パーセント以下であれば、条件Bが満たされるものとする。
【0075】
サンプル3からサンプル7及びサンプル9からサンプル11では、条件A及び条件Bのが満たされていた。他方で、サンプル12からサンプル14では、条件A及び条件Bが満たされていなかった。
【0076】
サンプル3からサンプル7及びサンプル9からサンプル11では、160℃で2500時間の保持を行った後の寸法変化率が、40×10-5以下になっていた。他方で、サンプル12からサンプル14では、160℃で2500時間の保持を行った後の寸法変化率が、50×10-5を超えていた。この比較から、条件A及び条件Bが満たされることにより機械部品の寸法の経時変化が抑制されることが、明らかになった。
【0077】
鋼が高炭素鋼又は軸受鋼である場合には、サンプルの芯部12における鋼中のマルテンサイトの転位密度が6.0×1014-2以上であれば条件Cが満たされるものとする。サンプル3からサンプル5では、条件Cを満たしており、160℃で2500時間の保持を行った後の寸法変化率が15×10-5以下であった。他方で、サンプル9からサンプル11では、条件Cが満たされておらず、160℃で2500時間の保持を行った後の寸法変化率が15×10-5を超えていた。この比較から、条件Cが満たされることにより機械部品の寸法の経時変化がさらに抑制されることが、明らかになった。
【0078】
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上記の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は、上記の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更を含むことが意図される。
【符号の説明】
【0079】
A 中心軸、S1 準備工程、S2 浸窒工程、S3 焼入れ工程、S4 冷却工程、S5 焼戻し工程、S6 後処理工程、10 内輪、10a 第1端面、10b 第2端面、10c 内周面、10d 外周面、10da 軌道面、11 浸窒層、12 芯部、20 加工対象部材、20a 第1端面、20b 第2端面、20c 内周面、20d 外周面、30 外輪、40 転動体、50,60 加工対象部材、70 保持器、100 転がり軸受。
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7