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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-30
(45)【発行日】2024-02-07
(54)【発明の名称】鉄基結晶合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240131BHJP
   B22D 11/06 20060101ALI20240131BHJP
   B22D 11/16 20060101ALI20240131BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20240131BHJP
   H01F 1/153 20060101ALI20240131BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20240131BHJP
【FI】
C22C38/00 303V
B22D11/06 360B
B22D11/16 104W
H01F1/147
H01F1/153 116
C21D6/00 C
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023119069
(22)【出願日】2023-07-21
【審査請求日】2023-07-21
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】510049182
【氏名又は名称】HILLTOP株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001597
【氏名又は名称】弁理士法人アローレインターナショナル
(72)【発明者】
【氏名】金清 裕和
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特表2022-523627(JP,A)
【文献】特開2002-053939(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107103976(CN,A)
【文献】国際公開第2022/196672(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 6/00, 8/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式(Fe1-yCoy100-x(B1-zCz)xで表現され、x、y、zがそれぞれ10.0≦x≦18.0原子%、0.05≦y≦0.5、0.0≦z≦0.3を満足する組成を有する(Fe,Co)-B系の合金溶湯を用意する工程と、
冷却ロール上で前記合金溶湯を急冷凝固する急冷凝固工程を備え、
前記急冷凝固工程は、前記冷却ロールをロール表面速度15m/sec以上40m/sec以下で回転させながら、前記冷却ロールの表面に前記合金溶湯をシングルスリットノズルからなる出湯ノズルから噴射することにより、α-Fe相の存在比率が50体積%以上95体積%未満であり、残部がFe-B 相からなる鉄基結晶合金を作製する工程を備え、
前記鉄基結晶合金は、厚みが50μm以下の薄帯状に形成され、飽和磁束密度が1.7T以上であり、磁束1.0Tおよび周波数1kHzでの鉄損(W10/1k)が20W/kg以下であり、1kHzでの透磁率が1500以上であり、
前記冷却ロールの表面における算術平均粗さが、0.01μm以上0.6μm以下である鉄基結晶合金の製造方法
【請求項2】
前記出湯ノズルは、スリット幅が0.2mm以上0.7mm以下である請求項1に記載の鉄基結晶合金の製造方法。
【請求項3】
前記出湯ノズルから前記冷却ロールの表面までの距離が、0.2mm以上5.0mm以下である請求項1または2に記載の鉄基結晶合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄基結晶合金の製造方法に関し、より詳しくは、直流モータに適用されるコア材として好適に使用することができる鉄基結晶合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子部品として使用されるインダクタやリアクトルといった各種受動素子やトランス向けに、鉄損が低く飽和磁束密度が高い材料が市場から求められている。このような材料としては、鉄( Fe )、 珪素( Si )、 硼素( B )を主原料とする鉄基アモルファス材料や鉄基ナノ結晶材料が知られており、このような軟磁性材料を用いて溶湯急冷凝固法により作製される厚み17μmから25μm程度の Fe-Si-B系アモルファス合金薄帯は、従来の珪素鋼板に代わるものとして、大型トランスやインダクタ向けを中心に需要を伸ばしている 。
【0003】
また、上記のFe-Si-B系アモルファス合金薄帯は、珪素鋼板に比べて低鉄損であることから、この特長を活かして、ブラシレス直流(BLDC)モータのロータコアおよびステータコアに適用することで、モータ効率を高めることが検討されている。特に、20,000rpmを超えるような高速回転型のBLDCモータに使用する場合には、軟磁性材料の動作域が2kHz前後の高周波帯域となることで高いモータ効率が得られるため、モータの高速回転が要求される掃除機等の白物家電や電装向け補機モータ等への展開が期待されている。
【0004】
一方、白物家電のモータ以上に高効率化が求められているEV向けの駆動用モータは、珪素鋼板と同等の飽和磁束密度(Bs)を確保できないと必要な出力を得られないが、Fe-Si-B系アモルファス合金のBsは最大でも1.6T程度であるため、Bsが1.7T以上の珪素鋼板を代替することが困難である。このため、Fe-Si-B系アモルファス合金を用いたEV駆動用BLDCモータが市場へ投入された例は、これまで存在していない。
【0005】
数10kW以上クラスのEV駆動用BLDCモータは、珪素鋼板のコア材と、優れた永久磁石特性を発現する異方性希土類鉄硼素系焼結磁石とを組み合わせて、マグネットトルクの活用による高効率化が従来進められてきたが、透磁率の低い珪素鋼板では、異方性希土類鉄硼素系焼結磁石の優れた磁気特性を十分活用することができないため、低鉄損コア材の実現が困難である。このため、永久磁石性能の有効活用とコア材の低鉄損化との相乗効果により、自動車の省エネルギー化に貢献可能な高出力・高効率BLDCモータの市場要求は極めて高い。
【0006】
Fe-Si-B系アモルファス合金は、珪素鋼板に比べて透磁率が高く、また、鉄損を1/10程度まで低減可能であることから、EV駆動用BLDCモータのコア材として、珪素鋼板からの代替が検討されている。ところが、上記のように飽和磁束密度(Bs)が低いため、鉄損の影響が顕著になる15,000rpm以上の高速回転型のBLDCモータへの展開が主となり、回転数が15,000rpm未満のEV向け駆動用モータへの適用が困難である。また、Fe-Si-B系アモルファス合金薄帯は、厚みが25μm程度と薄く、BLDCモータのロータコアおよびステータコア用の積層コア等を製造するための打抜きプレス加工が困難であるため、主として巻きコアとしての利用に限定され、モータ用途において珪素鋼板を代替し難い。
【0007】
一方、Fe-Si-B系ナノ結晶材は、割れや欠けが生じ易いため、巻きコアとして利用するか、あるいは、粉砕後に成形して圧粉コアとして利用するしかなく、Fe-Si-B系アモルファス合金と同様に、積層コアとして利用することが難しい。
【0008】
Fe-Si-B系のアモルファス組織やナノ結晶組織を得るためには、SiおよびBを添加する必要があり、ナノ結晶組織とするためには、さらにCu、Nb等の添加元素が必要となるため、結果的にFeの組成比率が低下することに起因して、Bs≧1.7Tを得ることが出来ない。このため、従来においては、積層コア化が容易であり、かつ、Bs≧1.7Tを確保可能な鉄基合金は見出されていない。
【0009】
例えば、非特許文献1には、リン(P)を添加することで急冷凝固速度を低下させ、厚み50μm以上の鉄基非晶質合金薄帯が得られることが開示されている。ところが、リン添加系合金は、リンの添加によってBsの低下を招来するだけでなく、合金溶解時にリン成分が揮発して溶湯急冷装置内外の汚染が著しくなり、更には燃えやすいおそれがあるため、未だ産業分野での応用例は少ない。
【0010】
特許文献1-3には、複数のスリットノズルから回転する冷却ロール上に合金溶湯を出湯する多重スリット法により、打抜き加工が可能な程度の板厚(例えば50μm程度)を有する非晶質合金薄帯を製造する方法が開示されている。ところが、このような技術を用いてもBs≧1.7Tを実現することは困難であり、珪素鋼板に代わるEV駆動用BLDCモータ向け積層コア向けの軟磁性材料としての適用は困難である。
【0011】
特許文献4には、多孔ノズルを使用して、幅広の急冷薄帯を作製する際の金属薄帯の厚みが不均一になるのを抑制する金属薄帯の製造方法が開示されている。特許文献4の発明は、ノズル開口部の形状に特徴を有するものであるが、加工が難しいためにノズル加工費が高騰するという問題があり、量産レベルでの利用は難しい。
【0012】
特許文献5には、千鳥型のマルチオリフィスを有する出湯ノズルを用いて厚板化を図った鉄基珪素硼素系非晶質合金の製造方法が開示されているが、珪素鋼板と比較した場合には、高Bsや十分な厚みの確保が困難であった。
【0013】
特許文献6には、Bs≧1.7Tでかつ、厚み≧40μmの高Bsを特長とする積層コア化が可能なFe-Si-B系急冷凝固合金が開示されている。特許文献6の発明は、必須元素である鉄、珪素、硼素の三元組成において、各元素の配合比率を最適化したものであるが、これによって得られる合金薄帯から積層コアを製造する際の打抜きプレスの加工性は、珪素鋼板に比べると劣るため、積層コアを低コストで作製する上で更に改良の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開平5-329587号公報
【文献】特開平7-113151号公報
【文献】特開平8-124731号公報
【文献】特開昭63-220950号公報
【文献】特開2018-153828号公報
【文献】特開2021-193199号公報
【非特許文献】
【0015】
【文献】高飽和磁束密度を有する新規バルク金属ガラス/アモルファス厚板の創製(東北大学・金属ガラス総合研究センター)牧野彰宏、久保田健、常春涛
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、低鉄損および高飽和磁束密度を確保しつつ、打抜き加工を容易に行うことができる鉄基結晶合金の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の前記目的は、組成式(Fe1-yCoy100-x(B1-zCz)xで表現され、x、y、zがそれぞれ10.0≦x≦18.0原子%、0.05≦y≦0.5、0.0≦z≦0.3を満足する組成を有する(Fe,Co)-B系の合金溶湯を用意する工程と、冷却ロール上で前記合金溶湯を急冷凝固する急冷凝固工程を備え、前記急冷凝固工程は、前記冷却ロールをロール表面速度15m/sec以上40m/sec以下で回転させながら、前記冷却ロールの表面に前記合金溶湯をシングルスリットノズルからなる出湯ノズルから噴射することにより、α-Fe相の存在比率が50体積%以上95体積%未満であり、残部がFe-B 相からなる鉄基結晶合金を作製する工程を備え、前記鉄基結晶合金は、厚みが50μm以下の薄帯状に形成され、飽和磁束密度が1.7T以上であり、磁束1.0Tおよび周波数1kHzでの鉄損(W10/1k)が20W/kg以下であり、1kHzでの透磁率が1500以上であり、前記冷却ロールの表面における算術平均粗さが、0.01μm以上0.6μm以下である鉄基結晶合金の製造方法により達成される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、低鉄損および高飽和磁束密度を確保しつつ、打抜き加工を容易に行うことができる鉄基結晶合金の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施形態に係る薄帯状の鉄基結晶合金の製造方法に用いる装置の概略構成図である。
図2図1に示す装置の要部を示す拡大図であり、(a)は断面図、(b)は底面図である。
図3】本発明の一実施例で得られた鉄基結晶合金の粉末X線回折プロファイルである。
図4】本発明の他の実施例で得られた鉄基結晶合金の粉末X線回折プロファイルである。
図5】本発明の更に他の実施例で得られた鉄基結晶合金の粉末X線回折プロファイルである。
図6】本発明の一比較例で得られた鉄基結晶合金の粉末X線回折プロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[合金組成]
鉄基合金の打抜き加工性を改善するには、硬くて割れやすいアモルファス組織ではなく結晶組織にする必要がある。本発明の鉄基結晶合金組成は、Fe-Bの二元合金組成を基本とし、Feの一部を、Feと同じく強磁性元素であるCoで置換したものであり、組成式が(Fe1-yCoy100-x(B1-zCz)xで表現される。
【0023】
CoのFeに対する置換率は、低すぎるとBs≧1.7Tの実現が困難になるため、上記組成式のyは、0.05以上を確保する必要がある。yの値が増加すると、y=0.5までは鉄基結晶合金のBsが単調に増加するが、yの値が0.5を超えると、Bsは増加せずに、高価な元素であるCoの使用により製造コストのみが増大する。このため、0.05≦y≦0.5であり、高Bs化の観点から0.1≦y≦0.5が好ましく、製造コストをも考慮すると、0.15≦y≦0.4がより好ましい。
【0024】
本発明の鉄基結晶合金において、Bは、低鉄損および高透磁率を得るために必須の元素であり、α-Fe相およびFe-B相からなる組織を均一な微細組織とするための役割りを果たしている。Bの一部をCで置換してもよく、これによって合金溶湯の融点が低下するため、急冷凝固条件が緩和されて、鉄基結晶合金の作製が容易になる。
【0025】
但し、Bに対するCの置換率が高すぎると、Fe-C化合物が生成されることでα-Fe相およびFe-B相からなる均一で微細な結晶組織を得難くなる。このため、上記組成式のzは、0.0≦z≦0.3であり、高Bs特性を維持する観点から、0.0≦z≦0.2が好ましく、0.05≦z≦0.15がより好ましい。
【0026】
鉄基結晶合金の全体組成に対するBおよびCの割合が低すぎると、打抜きプレス時に割れの起点となる粗大なα-Fe相が析出し易くなる一方、鉄基結晶合金の全体組成に対するBおよびCの割合が高すぎると、Fe-B相の体積比率の増加とα-Fe相の体積比率の低下を招来して、Bs≧1.7Tを確保することが困難になる。このため、上記組成式のxは、10.0≦x≦18.0原子%であり、11.0≦x≦17.0原子%が好ましく、12.0≦x≦16.0原子%がより好ましい。
【0027】
[金属組織]
本発明の鉄基結晶合金は、α-Fe相とFe-B相のコンポジット組織を有する(Fe,Co)-B系鉄基結晶合金であり、BLDCモータの効率向上に大きく寄与する磁気的性質および機械的性質を有する。α-Fe相の存在比率は、低すぎると、Bs≧1.7Tの確保が困難になる一方、高すぎると、10μm以上程度の粗大なα-Feが析出し易いため、打抜きプレス時に割れの起点になるおそれがあり、更には鉄損の増加および透磁率の低下が生じ易い。したがって、α-Fe相の存在比率は、50体積%以上95体積%未満であり、60体積%以上90体積%未満が好ましく、60体積%以上85体積%未満がさらに好ましい。Fe-B相は、α-Fe相の残部の相であり、FeB、Fe2Bを主とする相である。後述するように、α-Fe相は、合金溶湯の急冷速度を制御することにより、存在比率や結晶粒径を所望の値に調整することができる。
【0028】
[磁気特性]
本発明の鉄基結晶合金の飽和磁束密度は、Bs≧1.7Tであるが、30kW以上のEV駆動用のBLDCモータの適用を想定した場合、Bs≧1.72Tが好ましく、Bs≧1.75Tがさらに好ましい。
【0029】
また、本発明の鉄基結晶合金は、磁束:1.0Tおよび周波数:1kHzでの鉄損(W10/1k)≦20W/kgであり、珪素鋼板(JIS規格35A360)の鉄損(W10/1k):96.6W/kgに比べて大幅に低い低鉄損性能を有する。鉄損(W10/1k)が20W/kgを超えると、モータ効率の改善効果が低下する。モータ効率の改善効果をより高めるためには、鉄損(W10/1k)≦15W/kgが好ましく、鉄損(W10/1k)≦10W/kgがさらに好ましい。
【0030】
本発明の鉄基結晶合金は、1kHzでの透磁率が1500以上である。1kHzでの透磁率が1500より低いと、ステータコアにおけるティース部表面の磁束量について、珪素鋼板に対する優位性が少なくなる。珪素鋼板に対する優位性をより高めるため、1kHzでの透磁率は、2000以上が好ましく、3000以上がより好ましい。
【0031】
[鉄基結晶合金の製造方法]
本発明の鉄基結晶合金は、上記の組成を有する(Fe,Co)-B系の合金溶湯を用意する工程と、用意した合金溶湯を急冷凝固する急冷凝固工程を備える鉄基結晶合金の製造方法により製造される。
【0032】
図1は、本発明の一実施形態に係る鉄基結晶合金の製造方法に用いる単ロール溶湯急冷装置の概略構成図である。図1に示す単ロール溶湯急冷装置1は、溶解炉2と、貯湯容器5と、冷却ロール8とを備えている。
【0033】
溶解炉2は、高周波誘導加熱により原料を溶解した合金溶湯3を、傾動軸4の回動により貯湯容器5に供給する。貯湯容器5は、底部に出湯ノズル6を備えており、加熱コイル(図示せず)により合金溶湯3を更に加熱して、出湯ノズル6の下端に形成されたスリット7から冷却ロール8の表面(外周面)に合金溶湯3を噴出する。冷却ロール8は、内部に冷却水が供給されることにより、表面に接触する合金溶湯を急冷し、(Fe,Co)-B系の薄帯状の急冷凝固合金9を形成する。出湯ノズル6の材質は、例えば、石英(SiO2)、窒化硼素(BN)、炭化珪素素(SiC)およびアルミナ(Al2O3)から適宜選択することができる。
【0034】
図2は、図1に示す装置の出湯ノズル6を示す拡大図であり、(a)は断面図、(b)は底面図である。図2(a)に示す出湯ノズル6は、単一のスリット7が形成されたシングルスリットノズルである。スリット7の幅W1は、冷却ロール8に供給される合金溶湯3の出湯レートを調整する役割を果たす。スリット幅W1が小さ過ぎると、スリット加工が困難になり易く、更には溶湯によるスリット7の閉塞が生じ易い一方、スリット幅W1が大き過ぎると、出湯レートが高くなり過ぎて冷却ロール8での抜熱が間に合わず、冷却ロール8に急冷凝固合金が張り付いて安定した溶湯急冷凝固を継続し難いことから、スリット幅W1は、0.2mm以上0.7mm以下である。スリット幅W1は、0.3mm以上0.6mm以下が好ましく、0.3mm以上0.5mm以下がさらに好ましい。
【0035】
冷却ロール8の表面に供給された溶湯は、冷却ロール8の回転により薄帯状の急冷凝固合金9となって、冷却ロール8から剥離される。冷却ロール8の表面速度が低すぎると、厚みが50μmを超える過大な厚みの(Fe,Co)-B系急冷凝固合金となるため、粗大なα-Fe相が析出して、打抜きプレス時に割れが生じ易くなる。一方、冷却ロール8の表面速度が高すぎると、(Fe,Co)-B系結晶合金の微細化が進み過ぎることで、α-Fe相の存在比率が低下するため、Bs≧1.7Tの確保が困難になり易い。このため、冷却ロール8の表面速度は、15m/sec以上40m/sec以下であり、好ましくは、15m/sec以上35m/sec以下であり、さらに好ましくは、17m/sec以上32m/sec以下である。冷却ロール8の直径は、例えば、200~20000mmである。冷却ロール8は、急冷凝固時間が10sec以下の短時間であれば、水冷は必ずしも必要ではないが、急冷凝固時間が10sec以上におよぶ場合は、冷却ロール8の内部に冷却水を流すことで、冷却ロール8の表面の温度上昇を抑制することが好ましい。冷却ロール8の水冷能力は、単位時間あたりの凝固潜熱と出湯レートに応じて、適宜調整することが好ましい。
【0036】
薄帯状の急冷凝固合金9の作製においては、冷却ロール8の外表面に対する合金溶湯3の密着性が重要になるが、この溶湯密着性は、冷却ロール8の表面粗度に大きく依存する。冷却ロール8の表面粗度が小さ過ぎると、冷却ロール8の表面で合金溶湯3が滑ることで十分な冷却が困難になる一方、冷却ロール8の表面粗度が大き過ぎると、急冷合金が冷却ロール8に張り付くおそれがある。このため、冷却ロール8の表面における算術平均粗さ(Ra)は、0.01μm以上0.6μm以下であり、0.05μm以上0.55μm以下が好ましく、0.1μm以上0.5μm以下がさらに好ましい。
【0037】
図1において、出湯ノズル6の先端から冷却ロール8の表面までの距離dは、小さ過ぎると、急冷合金が冷却ロール8に張り付いて、合金溶湯3の安定した急冷凝固を継続できないおそれがある一方、大き過ぎると、冷却ロール8の表面上に湯だまり(パドル)が形成されずに、合金溶湯3の急冷凝固を実施できないおそれがある。このため、上記の距離dは、0.2mm以上5.0mm以下であり、好ましくは、0.3mm以上3.0mm以下であり、より好ましくは、0.3mm以上2.0mm以下である。
【0038】
冷却ロール8は、純銅、銅合金、モリブテン(Mo)およびタングステン(W)のいずれかを主原料とする材料により形成することで、熱伝導性や耐久性に優れることが好ましい。主原料とは、重量比において50%以上を占めることをいう。冷却ロール8の表面には、クロム、ニッケル、またはこれらの合金からなるめっきを施してもよく、これによって、冷却ロール8表面の耐熱性および硬度を増し、急冷凝固時におけるロール表面の溶融や劣化を抑制することができる。
【0039】
[熱処理]
好ましい実施形態では、(Fe,Co)-B系急冷凝固合金を200℃以上700℃以下の一定温度にて熱処理することにより、急冷凝固合金中の歪除去が可能となり、さらなる低鉄損化を実現できる。熱処理温度が200℃未満では、歪除去の効果が少なく、700℃を超えるとα-Fe相の粗大化が進むため、急冷凝固合金の脆性が増し、打ち抜き加工時に急冷凝固合金が割れ易くなる。上記の熱処理温度は、300℃以上700℃以下が好ましく、400℃以上680℃以下がより好ましい。上記熱処理の熱処理時間は、熱処理装置の均熱帯の形状に依存するが、3分間以上2時間未満の時間範囲内にて、適宜、最適な熱処理時間を選択する。なお、上記熱処理は、真空もしくは不活性ガスの雰囲気で行われることが好ましいが、大気中での熱処理も許容される。
【0040】
[実施例]
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明する。但し、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
下記表1の実施例1-11および比較例12-17に示す合金組成となるように、純度99.5%以上のB、C、CoおよびFeの各元素を配合した素原料100kgをアルミナ製坩堝(溶解炉)に収容し、高周波誘導加熱により溶解して合金溶湯を形成した。この合金溶湯50kgを、表1に示すスリットを有するBN製の出湯ノズルを底部に備える内径200mm×高さ400mmのアルミナ製の貯湯容器に注いだ。出湯ノズルのスリット幅およびスリット長さは、表1に示すとおりである。
【0042】
この後、貯湯容器の周囲に設置された高周波加熱用コイルへ通電することで合金溶湯50kgをさらに加熱し、合金溶湯の温度が配合組成合金の融点より100℃以上高温に到達した後、出湯ノズルの上部に配したアルミナ製溶湯ストッパーを引き抜いた。これにより、出湯ノズルから直下の冷却ロール表面に合金溶湯を噴出した。冷却ロールは、クロムジルコン銅製であり、外径600mm、幅200mmである。また、出湯ノズルと冷却ロール表面とのギャップは、表1に示すとおりである。また、出湯ノズルからの合金溶湯の噴射圧、冷却ロールのロール表面速度、および、冷却ロールのロール表面の算術平均粗さ(Ra)は、表2に示すとおりである。
【0043】
冷却ロールの表面へ噴出された合金溶湯は、冷却ロール表面上に湯だまり(パドル)を形成し、パドルと冷却ロールの界面にて急冷凝固されることで、表3に示す平均厚みおよび平均幅を持つ薄帯状の急冷凝固合金を得た。実施例3については、急冷凝固合金に対して、Ar流気中で650℃×10分間の熱処理を施した。こうして得られた急冷凝固合金に対して打ち抜き試験を行ったところ、表3に示す結果となった。
【0044】
得られた急冷凝固合金に対して粉末X線回折(XRD)による組織評価を行ったところ、実施例1-11の急冷凝固合金は、いずれもα-Fe型およびFe-B型の化合物からなる結晶合金であった。急冷凝固合金中に析出したα-Feの体積%(X線回折にてα-Fe存在比率を判定)を表3に示す。粉末X線回析による構成相の定量分析は一般的な評価手法であり、X線回折装置の解析ソフトに組み込まれ、各相の構成比の把握が可能である。実施例の急冷凝固合金の粉末X線回折プロファイルの代表例として、実施例4を図3に、実施例9を図4にそれぞれ示す。図3および図4に示すように、実施例4および実施例9の急冷凝固合金の組織は、α-Fe相およびFe-B相からなるコンポジット組織であった。
【0045】
実施例1-11および比較例12-17のas-spun(急冷凝固直後)または熱処理後の急冷凝固合金のBs、鉄損および透磁率を、表4に示す。Bsは、東英工業株式会社製の振動式試料磁力計により測定し、鉄損および透磁率は、岩崎通信機株式会社製B-Hアナライザを用いて測定した。上記のとおり、実施例3の急冷凝固合金のみ熱処理が施されているが、図5に示すように、実施例3の急冷凝固合金の粉末X線回折プロファイルについても、α-Fe相およびFe-B相からなるコンポジット組織であった。
【0046】
比較例12-17の急冷凝固合金は、粉末X線回折(XRD)による評価により、アモルファス単相の金属組織であった。表3にα-Feの体積%(X線回折にてα-Fe存在比率を判定)を示す。比較例の急冷凝固合金の粉末X線回折プロファイルの代表例として、比較例12を図6に示す。図6に示すように、比較例12の急冷凝固合金の組織は、アモルファス単相組織であった。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
【表4】
【符号の説明】
【0051】
l 単ロール溶湯急冷装置
2 溶解炉
3 合金溶湯
4 傾動軸
5 貯湯容器
6 出湯ノズル
7 スリット
8 冷却ロール
9 急冷凝固合金
【要約】

【課題】 低鉄損および高飽和磁束密度を確保しつつ、打抜き加工を容易に行うことができる鉄基結晶合金の製造方法を提供する。
【解決手段】 組成式(Fe1-yCoy100-x(B1-zCz)xで表現され、x、y、zがそれぞれ10.0≦x≦18.0原子%、0.05≦y≦0.5、0.0≦z≦0.3を満足する組成を有する(Fe,Co)-B系の合金溶湯3を用意する工程と、冷却ロール8上で合金溶湯3を急冷凝固する急冷凝固工程を備え、前記急冷凝固工程は、冷却ロール8をロール表面速度15m/sec以上40m/sec以下で回転させながら、冷却ロール8の表面に合金溶湯3を出湯ノズル6から噴射することにより、α-Fe相の存在比率が50体積%以上95体積%未満であり残部がFe-B 相からなるように鉄基結晶合金9を作製する工程を備える鉄基結晶合金の製造方法である。
【選択図】 図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6