(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-31
(45)【発行日】2024-02-08
(54)【発明の名称】タウ関連疾患モデルの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20240201BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
C12N5/10
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2019144808
(22)【出願日】2019-08-06
【審査請求日】2022-07-07
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2018年9月7日に発行された、48TH ANNUAL MEETING OF THE SOCIETY FOR NEUROSCIENCEの予稿集で公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2018年11月6日に開催された、48TH ANNUAL MEETING OF THE SOCIETY FOR NEUROSCIENCEのプログラムで公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム、「神経疾患特異的iPS細胞を活用した病態解明と新規治療法の創出を目指した研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】中村 真理
(72)【発明者】
【氏名】塩澤 誠司
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/066809(WO,A1)
【文献】特表2013-506120(JP,A)
【文献】特開2015-122979(JP,A)
【文献】国際公開第2013/180238(WO,A1)
【文献】Neuropathology and Applied Neurobiology, 2017, Vol.43, pp.200-214
【文献】The Journal of Neuroscience, 2017, Vol.37, No.41, pp.9917-9924
【文献】Scientific Reports, 2016, 6:34904
【文献】Scientific Reports, 2017, 7:42991
【文献】J. Cell Biol., 2011, Vol.192, No.4, pp.647-661
【文献】Investigative Ophthalmology & Visual Science, 2019.07, Vol.60, No.9, 3330
【文献】Nature Protocols, 2018, Vol.13, pp.2062-2085
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
C12Q 1/00-1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Microtubule Associated Protein Tau(MAPT)遺伝子に変異を有する多能性幹細胞を3次元培養し、神経オルガノイドを形成する工程と、
前記神経オルガノイドを単一細胞に解離させて2次元で接着培養し、神経細胞を得る工程と、
を含み、前記神経細胞がタウ関連疾患モデルであり、
前記変異が、エクソン9~13又はイントロン10に存在する1つ又は複数の変異であり、
エクソン9~13に存在する前記変異が、K257T、I260V、G272V、N279K、K280Δ、L284L、S285R、N296H、P301L、P301S、S305N、S303S、S305S、V337M、E342V、G389R及びR406Wからなる群より選択される変異型タウタンパク質をコードする変異であり、
イントロン10に存在する前記変異が、Ex10+3、Ex10+12、Ex10+13、Ex10+14、Ex10+16、Ex10+19及びEx10+29からなる群より選択される塩基における変異である、タウ関連疾患モデルの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法により製造された
、タウ関連疾患モデル。
【請求項3】
被験物質の存在下で請求項
2に記載のタウ関連疾患モデルを培養する工程と、
前記タウ関連疾患モデルの、タウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度又は軸索輸送機能を測定する工程と、を備え、
前記被験物質の非存在下と比較して測定されたタウタンパク質のリン酸化が有意に減少又は増加し、タウタンパク質の断片化が増加し、軸索が変質し、又は軸索輸送機能の不全が生じていることが、前記被験物質がタウ関連疾患の予防剤又は治療剤であることを示す、タウ関連疾患の予防剤又は治療剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タウ関連疾患モデルの製造方法に関する。より詳細には、本発明は、タウ関連疾患モデルの製造方法、タウ関連疾患モデル、タウ関連疾患の予防剤又は治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia、FTD)は、タウ関連疾患の1種であり、タウタンパク質をコードするMicrotubule Associated Protein Tau(MAPT)遺伝子の変異に起因する神経変性疾患である。
【0003】
MAPT遺伝子における50以上の変異が前頭側頭型認知症を誘発すると報告されており、疾患の表現型は変異が異なる患者間で異なっていることが知られている。現在、前頭側頭型認知症患者に有効な治療法は知られておらず、治療技術の開発のためにタウ関連疾患モデルの開発が求められている。
【0004】
例えば、非特許文献1には、トランスジェニックマウスモデル及び死後の患者の脳を用いた解析の結果、前頭側頭型認知症患者の病理学的側面を明らかにすることができたと報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Denk F. and Wade-Martins R., Knock-out and transgenic mouse models of tauopathies., Neurobiol Aging, 30 (1), 1-13, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1に記載されたトランスジェニックマウスモデルは、種の違い及びタウトランスジーンの過剰発現に起因して、ヒトのタウ関連疾患の病理学的側面を十分に反映することができない。また、死後の患者の脳は、タウ関連疾患の発病及び進行のモデルにはなり得ない。そこで、本発明は、タウ関連疾患モデルを製造する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を含む。
[1]MAPT遺伝子に変異を有する多能性幹細胞を3次元培養し、神経オルガノイドを形成する工程と、前記神経オルガノイドを単一細胞に解離させて2次元で接着培養し、神経細胞を得る工程と、を含み、前記神経細胞がタウ関連疾患モデルである、タウ関連疾患モデルの製造方法。
[2]前記変異が、エクソン9~13又はイントロン10に存在する1つ又は複数の変異である、[1]に記載の製造方法。
[3]エクソン9~13に存在する前記変異が、K257T、I260V、G272V、N279K、K280Δ、L284L、S285R、N296H、P301L、P301S、S305N、S303S、S305S、V337M、E342V、G389R及びR406Wからなる群より選択される変異型タウタンパク質をコードする変異であり、イントロン10に存在する前記変異が、イントロン10の5’側から第1番目~第20番目のヌクレオチドのいずれか1つ又は複数の塩基における変異である、[2]に記載の製造方法。
[4]野生型の神経細胞と比較して、タウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度又は軸索輸送機能が有意に異なり、MAPT遺伝子に変異を有する神経細胞からなるタウ関連疾患モデル。
[5][1]~[3]のいずれかに記載の製造方法により製造された、[4]に記載のタウ関連疾患モデル。
[6]被験物質の存在下で[4]又は[5]に記載のタウ関連疾患モデルを培養する工程と、前記タウ関連疾患モデルの、タウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度又は軸索輸送機能を測定する工程と、測定されたタウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度又は軸索輸送機能が、前記被験物質の非存在下と比較して有意に異なることが、前記被験物質がタウ関連疾患の予防剤又は治療剤であることを示す、タウ関連疾患の予防剤又は治療剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、タウ関連疾患モデルを製造する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】(a)及び(b)は、実験例2で使用したターゲッティングベクターの構造を示す模式図である。
【
図2】(a)~(c)は、実験例2で作製したiPS細胞のタウ遺伝子の塩基配列の解析結果を示す波形である。
【
図3】実験例3におけるiPS細胞から神経細胞への分化のスケジュールを示す模式図である。
【
図4】実験例3で作製したタウ関連疾患モデルの免疫染色の代表的な結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図5】(a)~(e)は、実験例3で作製したタウ関連疾患モデルにおける各マーカー陽性細胞の割合を測定した結果を示すグラフである。(a)はMAP2の結果であり、(b)はβIIIチューブリンの結果であり、(c)はTBR1の結果であり、(d)はNEUNの結果であり、(e)はFOXG1の結果である。
【
図6】(a)は、実験例4において、タウタンパク質のリン酸化を検討した結果を示す写真である。(b)及び(c)は、(a)の結果を数値化したグラフである。(d)は、実験例4において、タウタンパク質のリン酸化を検討した結果を示す写真である。
【
図7】(a)は実験例5において、Tau12抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。(b)は、(a)の結果に基づいて、断片化したタウタンパク質の量を数値化したグラフである。
【
図8】(a)は、実験例6における免疫染色の代表的な結果を示す蛍光顕微鏡写真である。(b)は、実験例6における免疫染色の結果に基づいて、樹状突起に局在したタウタンパク質の割合、及び、軸索に局在したタウタンパク質の割合を数値化したグラフである。
【
図9】実験例6における免疫染色の代表的な結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図10】(a)は、実験例7における免疫染色の代表的な結果を示す蛍光顕微鏡写真である。(b)は、実験例7における免疫染色の結果に基づいて神経突起のパンクタの数を測定した結果を示すグラフである。
【
図11】(a)は、実験例8における代表的な蛍光顕微鏡写真である。(b)は、実験例8における蛍光顕微鏡写真に基づいて、軸索上に存在するミトコンドリアの数を測定した結果を示すグラフである。
【
図12】実験例8において、順方向に移動するミトコンドリア、逆方向に移動するミトコンドリア及び静止しているミトコンドリアの割合を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[タウ関連疾患モデルの製造方法]
1実施形態において、本発明は、MAPT遺伝子に変異を有する多能性幹細胞を3次元培養し、神経オルガノイドを形成する工程と、前記神経オルガノイドを単一細胞に解離させて2次元で接着培養し、神経細胞を得る工程と、を含み、前記神経細胞がタウ関連疾患モデルである、タウ関連疾患モデルの製造方法を提供する。本明細書において、タウ関連疾患としては、前頭側頭型認知症、アルツハイマー病等が挙げられる。
【0011】
実施例において後述するように、本実施形態の製造方法により製造されたタウ関連疾患モデルは、タウ関連疾患の発病及び進行の機構の解明や、タウ関連疾患の予防剤又は治療剤のスクリーニングに利用することができる。
【0012】
多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。多能性幹細胞はヒトの細胞であることが好ましい。
【0013】
MAPT遺伝子に変異を有する多能性幹細胞は、タウ関連疾患の患者由来の多能性幹細胞であってもよいし、人為的にMAPT遺伝子に変異を導入した健常人由来の多能性幹細胞であってもよい。あるいは、タウ関連疾患の患者由来の多能性幹細胞に、人為的にMAPT遺伝子を更に導入した多能性幹細胞であってもよい。
【0014】
ヒトMAPTのゲノムDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号はNC_000017.11である。本実施形態の製造方法において、MAPT遺伝子の変異は、タウ関連疾患に関連する変異であれば特に限定されず、例えば、エクソン9~13又はイントロン10に存在する1つ又は複数の変異であることが好ましい。
【0015】
エクソン9~13に存在する変異のより具体的な例としては、K257T、I260V、G272V、N279K、K280Δ、L284L、S285R、N296H、P301L、P301S、S305N、S303S、S305S、V337M、E342V、G389R、R406W等の変異型タウタンパク質をコードする変異が挙げられる。これらの変異のうち、L284L、S303S、S305Sは、アミノ酸置換を伴わず、コドンが変化することによるスプライシングの異常が生じる変異である。
【0016】
また、イントロン10に存在する変異としては、イントロン10の5’側から第1番目~第20番目のヌクレオチドのいずれか1つ又は複数の塩基における変異が挙げられる。イントロン10に存在するより具体的な変異としては、Ex10+3、Ex10+12、Ex10+13、Ex10+14、Ex10+16、Ex10+19、Ex10+29等が挙げられる。
【0017】
多能性幹細胞の3次元培養は、細胞接着性の低いU底又はV底プレートで、多能性幹細胞の凝集塊(胚葉体)を形成して培養することにより行ってもよいし、多能性幹細胞を細胞外マトリクスに包埋して培養することにより行ってもよい。
【0018】
細胞外マトリクス(Extracellular Matrix、ECM)としては、例えばマトリゲル(登録商標、コーニング社)、Cellmatrix(新田ゼラチン)、細胞外マトリクスタンパク質(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、ProNectin(シグマ社)等の市販のものを用いることができる。
【0019】
あるいは、ECMを調製して用いてもよい。ECMの調製方法としては、例えば、培養容器内でECM産生細胞を培養した後、細胞を取り出し、培養容器の表面にコートされたECMを使用する方法が挙げられる。ECM産生細胞としては、例えば、主にコラーゲン及びプロテオグリカンを産生する軟骨細胞;主にIV型コラーゲン、ラミニン、間質プロコラーゲン、フィブロネクチンを産生する線維芽細胞;主にコラーゲン(I型、III型、及びV型)、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、及びテネイシン-Cを産生する結腸筋線維芽細胞等が挙げられる。
【0020】
オルガノイドとは、細胞が集積して形成された構造体であり、生体内の臓器と類似した構造及び機能を有している。近年、多能性幹細胞から様々なオルガノイドを作製する研究が盛んに行われており、例えば、神経オルガノイド(脳オルガノイド)、腸オルガノイド、肝臓オルガノイド、腎臓オルガノイド等が作製されている。
【0021】
本実施形態の製造方法において、多能性幹細胞から神経オルガノイドを形成する方法は、特に限定されず、例えば、多能性幹細胞をTGF-β阻害剤及びWnt阻害剤の存在下で3次元培養することが挙げられる。
【0022】
TGF-β阻害剤としては、例えば、SB-431542(CAS番号:301836-41-9)、A83-01(CAS番号:909910-43-6)、RepSox(CAS番号:446859-33-2)等を使用することができる。
【0023】
Wnt阻害剤としては、例えば、IWP-2(CAS番号:686770-61-6)、IWP-3(CAS番号:687561-60-0)、IWP-4(CAS番号:686772-17-8)、XAV-939(CAS番号:284028-89-3)等を使用することができる。
【0024】
多能性幹細胞の3次元培養は、例えば20日以上、例えば25日以上、例えば30日以上行うことが好ましい。3次元培養の期間の上限は特にない。3次元培養の結果、神経オルガノイドを得ることができる。
【0025】
続いて、神経オルガノイドを単一細胞に解離させる。神経オルガノイドの解離方法は特に限定されず、物理的方法、酵素処理法等が挙げられるが、細胞を傷つけない観点から酵素処理法が好ましい。酵素処理法に用いられる酵素としては、TrypLE Express(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、TrypLE Select(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、パパイン、トリプシン、コラゲナーゼ、ディスパーゼI等を用いることができる。
【0026】
神経オルガノイドの解離は、単一細胞になるまで行うことが好ましいが、完全に単一細胞に解離させなくてもよい。具体的には、神経オルガノイドが、例えば2~10個、例えば2~8個、例えば2~5個程度の細胞の塊にまで解離すればよい。
【0027】
続いて、神経オルガノイドを解離させて得られた細胞を2次元で接着培養する。2次元培養とは、通常の、プレート、ディッシュ等を用いた培養である。実施例において後述するように、2次元培養を行うことにより、純度の高い神経細胞の集団を得ることができる。
【0028】
2次元培養は、例えば20日以上、例えば25日以上、例えば30日以上行うことが好ましい。2次元培養の期間の上限は特にない。2次元培養は通常の神経細胞の培養に用いられる培地中で行えばよい。このような培地としては、例えば、Neurobasal培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、BrainPhys培地(ステムセルテクノロジーズ社)等が挙げられる。
【0029】
実施例において後述するように、2次元培養後の神経細胞は、タウ関連疾患の病理学的側面を十分に反映しており、タウ関連疾患モデルとして利用することができる。
【0030】
[タウ関連疾患モデル]
1実施形態において、本発明は、野生型の神経細胞と比較して、タウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度又は軸索輸送機能が有意に異なり、MAPT遺伝子に変異を有する神経細胞からなるタウ関連疾患モデルを提供する。本実施形態のタウ関連疾患モデルは、例えば、上述した製造方法により製造することができる。
【0031】
本実施形態のタウ関連疾患モデルは、MAPT遺伝子に変異を有している。MAPT遺伝子の変異については上述したものと同様である。
【0032】
実施例において後述するように、本実施形態のタウ関連疾患モデルは、野生型の神経細胞と比較して、タウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度、軸索輸送機能が有意に異なっており、タウ関連疾患の病理学的側面を反映している。
【0033】
タウタンパク質のリン酸化の程度は、MAPT遺伝子の変異の種類により、野生型の神経細胞と比較して上昇している場合もあるし、減少している場合もある。例えば、タウ関連疾患モデルがR406W変異型タウタンパク質を有している場合、タウタンパク質のリン酸化の程度は有意に減少する。
【0034】
タウタンパク質のリン酸化は、抗リン酸化タウ抗体を用いたウエスタンブロッティング等により測定することができる。また、タウタンパク質の断片化は、抗タウ抗体を用いたウエスタンブロッティング等により測定することができる。
【0035】
また、軸索の変質は、例えば、神経細胞の免疫染色画像に基づいて測定することができる。例えば、実施例において後述するように、タウ関連疾患モデルがR406W変異型タウタンパク質を有している場合、神経細胞の軸索に多数の小さなパンクタ(puncta)が観察される。
【0036】
神経細胞の軸索内ではタンパク質の合成がほとんど行われないことが知られている。このため、軸索内及びシナプス領域で必要なほとんどのタンパク質は細胞体で合成された後、軸索の中を輸送される必要がある。この軸索内での物質輸送を軸索輸送という。軸索輸送では、モータータンパク質(キネシン、ダイニン)によって様々な膜小器官やタンパク質複合体が微小管に沿って両方向性に運ばれており、神経細胞の生存、形態形成及び機能発現にとって基本的でかつ重要な役割を果たしている。軸索では、微小管の方向がそろっており、+(プラス)端が軸索末端に、-(マイナス)端が細胞体に向いている。順向性輸送は微小管の+端方向への輸送である。一方、逆向性輸送は微小管の-端方向への輸送である。
【0037】
軸索輸送機能は、例えば、顕微鏡観察により、単位長さあたりの軸索に含まれるミトコンドリアの数を測定することにより評価することができる。あるいは、ライブ画像解析により、順方向に移動するミトコンドリアの割合、逆方向に移動するミトコンドリアの割合、静止しているミトコンドリアの割合等を測定することにより評価することができる。
【0038】
[タウ関連疾患の予防剤又は治療剤のスクリーニング方法]
1実施形態において、本発明は、被験物質の存在下で上述したタウ関連疾患モデルを培養する工程と、前記タウ関連疾患モデルの、タウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度又は軸索輸送機能を測定する工程と、測定されたタウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度又は軸索輸送機能が、前記被験物質の非存在下と比較して有意に異なることが、前記被験物質がタウ関連疾患の予防剤又は治療剤であることを示す、タウ関連疾患の予防剤又は治療剤のスクリーニング方法を提供する。
【0039】
被験物質としては特に制限されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、代謝物ライブラリ等が挙げられる。
【0040】
本実施形態のスクリーニング方法において、タウタンパク質のリン酸化、タウタンパク質の断片化、軸索の変質、軸索輸送機能については上述したものと同様である。被験物質の存在下で測定された、タウタンパク質のリン酸化の程度、タウタンパク質の断片化の程度、軸索の変質の程度、軸索輸送機能が、被験物質の非存在下と比較して有意に変化した場合、当該被験物質は、タウ関連疾患の予防剤又は治療剤になり得ると判断することができる。
【実施例】
【0041】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0042】
[実験例1]
(MAPT R406W iPS細胞の作製)
同じ血統の2人の日本人の前頭側頭型認知症患者(以下、「患者#1」及び「患者#2」という場合がある。)からMAPT R406W iPS細胞を樹立した。iPS細胞はエピソーマルベクターを用いて作製した。これらの患者の初期の症状は記憶障害であった。DNAシーケンシングの結果、これらの患者のMAPT遺伝子における変異はヘテロ接合であることが確認された。MAPT遺伝子には、R406W以外の変異は存在しなかった。
【0043】
また、患者#1及び#2とは別の血統の患者(以下、「患者#3」という場合がある。)からも上記と同様にしてMAPT R406W iPS細胞を樹立した。患者#3のMAPT遺伝子における変異もヘテロ接合であることが確認された。
【0044】
[実験例2]
(ゲノム編集によるiPS細胞株の同質遺伝子系統の作製)
CRISPR/Cas9システムを用いたゲノム編集により、実験例1で作製した各iPS細胞から、野生型株であるiPS細胞、及び、ホモ接合の変異型株であるiPS細胞の同質遺伝子系統をそれぞれ作製した。ターゲッティングベクターとして、3’アームがMAPT遺伝子の変異部位を含み、3’アームと5’アームの間に薬剤選択可能なセレクションカセットを含むベクターを設計して使用した。セレクションカセットは、両末端にPiggyBac ITRを配置することにより除去可能に設計した。
図1(a)及び(b)は、ターゲッティングベクターの構造を示す模式図である。
図1(a)は、MAPT遺伝子座を野生型に組換えるためのターゲッティングベクターの模式図であり、
図1(b)は、MAPT遺伝子座を変異型に組換えるためのターゲッティングベクターの模式図である。
【0045】
ゲノム編集を行った後、薬剤選択を行い、生存したiPS細胞のコロニーをピックアップしてMAPT遺伝子の変異部位の塩基配列を解析した。
図2(a)~(c)は、塩基配列の解析結果を示す波形である。
図2(a)はヘテロ接合の変異型株である、患者由来のiPS細胞株の結果を示し、
図2(b)は、ゲノム編集により作製した、同質遺伝子系統の野生型のiPS細胞の結果を示し、
図2(c)は、ゲノム編集により作製した、同質遺伝子系統のホモ接合の変異型株であるiPS細胞の結果を示す。
【0046】
その結果、MAPT遺伝子の変異部位のゲノム編集により、野生型のiPS細胞と、同質遺伝子系統のホモ接合の変異型株であるiPS細胞が得られたことが確認された。その後、ゲノム編集後の各iPS細胞にPiggyBacトランスポザーゼをトランスフェクションし、セレクションカセットを除去した。続いて、DNAシーケンシングにより、ゲノムDNAへのインテグレーションや他の意図しない変異が導入されていないことを確認した。
【0047】
[実験例3]
(タウ関連疾患モデルの作製)
実験例2で作製した各iPS細胞株を神経細胞に分化させた。
図3は神経細胞への分化のスケジュールを示す模式図及び細胞の写真である。
【0048】
まず、30日間の3次元培養により、神経オルガノイドを作製した。具体的には、まず、0日目にiPS細胞を単一細胞に解離し、3×105個/ウェルで低吸着性のV型96ウェルプレート(住友ベークライト)に播種し、胚葉体を形成させた。培地としては、30μM Y-27632、5μM SB-431542、2.5μM IWP-2を添加したStemFit AK02N培地(味の素)を使用した。続いて、胚葉体を6日間培養し、神経組織の前脳に誘導した。
【0049】
続いて、培養6日目に、培地を神経誘導培地に交換した。神経誘導培地の組成は、1(v/v)%N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1(v/v)%Glutamax(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1(v/v)%非必須アミノ酸-MEM、2.5μM IWP-2、5μg/mLへパラン硫酸ナトリウム(シグマ-アルドリッチ社)、1(v/v)%ペニシリン-ストレプトマイシン(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を含むDMEM/Ham’s F12培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)であった。
【0050】
続いて、培養9日目に、培養体を低吸着性の6ウェルプレート(コーニング社)に移し、分化培地中で培養した。分化培地の組成は、1(v/v)%N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、2(v/v)%ビタミンA不含B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、100μM 2-メルカプトエタノール、2.5μg/mLインスリン(富士フイルム和光純薬)、1(v/v)%Glutamax(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、0.5(v/v)%非必須アミノ酸-MEM、1(v/v)%マトリゲル(登録商標、コーニング社)を含む、DMEM/Ham’s F12培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)及びNeurobasal培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)の1:1混合培地であった。胚葉体を含むプレートは、シェーカー上で維持し、栄養分及び酸素の吸収を促進した。
【0051】
続いて、培養15日目に、培地を、ビタミンA含有B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を含む分化培地に交換した。その後、5~7日ごとに培地を交換した。
【0052】
続いて、培養30日目に、神経細胞分散液(ケー・エー・シー社)を用いて神経オルガノイドを単一細胞に解離させた。続いて、5×104個、1×105個、5×105個の細胞を、60μg/mLポリ-L-オルニチン及び10μg/mLラミニンをコートした、96ウェルプレート、48ウェルプレート、12ウェルプレートにそれぞれ播種し、更に30日間培養した。培地には、1(v/v)%ビタミンA含有B27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、0.25(v/v)%Glutamax(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、1(v/v)%ペニシリン-ストレプトマイシン(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を含む、Neurobasal培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を使用した。その結果、細胞の2次元培養物が得られた。
【0053】
続いて、免疫蛍光染色により得られた細胞を評価した。具体的には、神経細胞マーカーであるMAP2、神経細胞マーカーであるβIIIチューブリン、前脳マーカー(皮質神経細胞マーカー)であるTBR1、前脳マーカー(皮質神経細胞マーカー)であるFOXG1、成熟した神経細胞マーカーであるNEUN、及び、タウタンパク質を染色した。
【0054】
図4は、細胞の免疫染色の代表的な結果を示す蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは50μmを示す。
図4中、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「Hetero」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「Homo」はR406W変異体のホモ接合体であることを示す。
【0055】
その結果、得られた細胞は、MAP2陽性、TBR1陽性、タウ陽性であり、純粋な神経細胞集団であることが明らかとなった。後述するように、上記の方法により分化させた細胞をタウ関連疾患モデルとして使用できることが明らかとなった。
【0056】
図5(a)~(e)は、各マーカー陽性細胞の割合を測定した結果を示すグラフである。
図5(a)はMAP2の結果であり、
図5(b)はβIIIチューブリンの結果であり、
図5(c)はTBR1の結果であり、
図5(d)はNEUNの結果であり、
図5(e)はFOXG1の結果である。その結果、各iPS細胞から分化した神経細胞は、85%超がMAP2陽性且つβIIIチューブリン陽性であり、神経細胞であることが明らかとなった。また、これらの細胞はTBR1陽性、FOXG1陽性、NEUN陽性であることが明らかとなった。したがって、これらの細胞は皮質神経細胞であることが明らかとなった。
【0057】
[実験例4]
(R406W変異型タウタンパク質は様々なキナーゼによるリン酸化の程度が低下していた)
続いて、皮質神経細胞におけるタウタンパク質のリン酸化を検討した。アルツハイマー病や前頭側頭型認知症等の神経変性疾患では、タウタンパク質は複数の位置で高度にリン酸化されていることが知られている。一方、興味深いことに、R406W変異型タウタンパク質は変異部位の近傍の特定の位置においてリン酸化の程度が低下することが報告されている。
【0058】
本実験例では、実験例3と同様にして作製したタウ関連疾患モデルのS404(第404番目のセリン残基)及びS409(第409番目のセリン残基)のリン酸化をウエスタンブロッティングにより解析した。
【0059】
図6(a)は、S404のリン酸化を検討した結果を示す写真である。また、
図6(b)及び(c)は、
図6(a)の結果を数値化したグラフである。
図6(b)中、「*」は、スチューデントのt検定の結果、p<0.05で有意差が存在することを示し、「***」はp<0.001で有意差が存在することを示す。また、
図6(c)は、S409のリン酸化を検討した結果を示す写真である。また、
図6(d)は、S409のリン酸化を検討した結果を示す写真である。
【0060】
図6(a)~(d)中、「pS404」は、S404がリン酸化したタウタンパク質に対する抗体で染色した結果であることを示し、「pS409」は、S409がリン酸化したタウタンパク質に対する抗体で染色した結果であることを示し、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「Hetero」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「Homo」はR406W変異体のホモ接合体であることを示し、「Total tau」は全タウタンパク質を染色した結果であることを示し、「GAPDH」は、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質を検出した結果を示す。
【0061】
その結果、R406W変異体のヘテロ接合体及びホモ接合体の双方において、野生型と比較して、S404及びS409のリン酸化の程度が有意に低下したことが明らかとなった。
【0062】
[実験例5]
(R406W変異型タウはC末端側が切断された)
実験例3と同様にして作製したタウ関連疾患モデルにおけるR406W変異型タウタンパク質をウエスタンブロッティングにより検出した結果、R406W変異型タウタンパク質は、35kDから45kDに断片化されることが明らかとなった。これは特に、タウタンパク質のN末端を認識するTau12抗体を用いてウエスタンブロッティングした場合に顕著であった。したがって、タウタンパク質のC末端側が切断され断片化されたと考えられた。
【0063】
図7(a)はTau12抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。また、
図7(b)は、
図7(a)の結果に基づいて、35kDから45kDに断片化したタウタンパク質の量を数値化したグラフである。
図7(a)及び(b)中、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「Hetero」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「Homo」はR406W変異体のホモ接合体であることを示し、「GAPDH」は、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質を検出した結果を示す。また、
図7(b)中、「**」は、スチューデントのt検定の結果、p<0.01で有意差が存在することを示す。
【0064】
その結果、R406W変異体のヘテロ接合体及びホモ接合体の双方において、野生型と比較して、断片化したタウタンパク質が有意に増加したことが明らかとなった。
【0065】
[実験例6]
(変異型神経細胞の表現型の検討)
実験例3と同様にして作製したタウ関連疾患モデルを用いて、R406W変異型タウタンパク質により誘導される細胞表現型を検討した。
【0066】
まず、タウ関連疾患モデルの神経細胞を免疫染色し、In Cell Analyzer 6000(GEヘルスケア社)で解析してMAP2及びタウタンパク質の共局在を検討した。
【0067】
図8(a)は、免疫染色の代表的な結果を示す蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは10μmを示す。
図8(a)中、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「Hetero」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「Homo」はR406W変異体のホモ接合体であることを示し、「DAPI」は4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドールで核を染色した結果であることを示し、「Merge」は、画像を重ね合わせた結果であることを示す。
【0068】
その結果、R406W変異体では、MAP2及びタウタンパク質の共局在の割合が上昇することが明らかとなった。
【0069】
また、
図8(b)は、免疫染色の結果に基づいて、樹状突起に局在したタウタンパク質の割合、及び、軸索に局在したタウタンパク質の割合を数値化したグラフである。MAP2陽性領域に局在するタウタンパク質を、樹状突起に局在したタウタンパク質として測定した。また、βIIIチューブリン陽性且つMAP2陰性領域に局在したタウタンパク質を、軸索に局在したタウタンパク質として測定した。
【0070】
図8(b)中、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#3」は患者#3由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「het」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「hom」はR406W変異体のホモ接合体であることを示し、「Dendrite」は樹状突起に局在したタウタンパク質の割合を示し、「Axon」は軸索に局在したタウタンパク質の割合を示す。また、「*」は、スチューデントのt検定の結果、p<0.05で有意差が存在することを示す。
【0071】
その結果、変異型タウタンパク質はMAP2陽性の樹状突起に局在した割合が上昇することが明らかとなった。この結果から、R406W変異型タウタンパク質は、本来タウタンパク質が局在する軸索ではなく、樹状突起に誤局在する傾向があることが明らかとなった。
【0072】
また、神経細胞の形態を免疫染色により検討した。
図9は、免疫染色の代表的な結果を示す蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは20μmを示す。
図9中、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「Hetero」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「Homo」はR406W変異体のホモ接合体であることを示し、「DAPI」は4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドールで核を染色した結果であることを示し、「Merge」は、画像を重ね合わせた結果であることを示す。
【0073】
図9に示すように、βIIIチューブリンを染色した結果、R406W変異体の神経細胞では、微小管に変質が観察された。そして、変異体の神経細胞の軸索は、多数の小さなパンクタ(puncta)から構成されていることが明らかとなった。
【0074】
[実験例7]
(微小管の不安定化の検討)
実験例3と同様にして作製したタウ関連疾患モデルを、微小管安定化剤であるエポチロンD(EpoD)で処理し、免疫染色によりβIIIチューブリンを染色した。具体的には、タウ関連疾患モデルを、終濃度20nMのエポチロンD(アブカム社)の存在下及び非存在下で24時間インキュベートした後、免疫染色を行った。
【0075】
図10(a)は免疫染色の代表的な結果を示す蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは10μmを示す。
図10(a)中、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「Hetero」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「Homo」はR406W変異体のホモ接合体であることを示す。また、「+EpoD」はエポチロンD処理を行った結果であることを示す。
【0076】
また、
図10(b)は、βIIIチューブリンの免疫染色の結果に基づいて神経突起のパンクタの数を測定した結果を示すグラフである。
図10(b)中、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「het」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「hom」はR406W変異体のホモ接合体であることを示し、「+EpoD」はエポチロンD処理を行った結果であることを示す。また、「**」は、スチューデントのt検定の結果、p<0.01で有意差が存在することを示し、「***」はp<0.001で有意差が存在することを示す。また、グラフの縦軸は1μmあたりの神経突起のパンクタの数を示す。
【0077】
その結果、エポチロンD処理により、微小管の変質が修復されたことが明らかとなった。
【0078】
以上の結果から、R406W変異型タウタンパク質が、微小管の動力学又は安定性を変化させることにより、軸索の変質を誘導することが明らかとなった。
【0079】
[実験例8]
(変異型神経細胞におけるミトコンドリア輸送の検討)
変異型神経細胞におけるミトコンドリア輸送を検討した。まず、実験例3と同様にして作製したタウ関連疾患モデルに、Mito-eYFPの発現ベクター及びtdTomatoの発現ベクターを導入した。続いて、蛍光顕微鏡観察により、軸索上のミトコンドリアの数を測定した。Mito-eYFPは、ミトコンドリアに特異的に局在する蛍光タンパク質である。
【0080】
図11(a)は、代表的な蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは10μmを示す。また、
図11(b)は、蛍光顕微鏡写真に基づいて、軸索上に存在するミトコンドリアの数を測定した結果を示すグラフである。
【0081】
図11(a)及び(b)中、「201B7」は健常人由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「Patient#2」は患者#2由来のiPS細胞を分化させた結果であることを示し、「WT」は野生型であることを示し、「Hetero」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「Homo」はR406W変異体のホモ接合体であることを示し、「+EpoD」はエポチロンD処理を行った結果であることを示す。また、「***」は、スチューデントのt検定の結果、p<0.001で有意差が存在することを示す。グラフの縦軸は神経突起1μmあたりのミトコンドリアの数を示す。
【0082】
また、
図12は、共焦点レーザー顕微鏡(型番「FV3000」、オリンパス社)を用いたライブ画像解析により、順方向に移動するミトコンドリア、逆方向に移動するミトコンドリア及び静止しているミトコンドリアの割合を測定した結果を示すグラフである。
図12中、「WT」は野生型であることを示し、「het」はR406W変異体のヘテロ接合体であることを示し、「hom」はR406W変異体のホモ接合体であることを示し、「Anterograde」は順方向に移動するミトコンドリアを示し、「Retrograde」は逆方向に移動するミトコンドリアを示し、「Stationary」は静止しているミトコンドリアを示す。また、「*」は、スチューデントのt検定の結果、p<0.05で有意差が存在することを示す。グラフの縦軸はミトコンドリアの割合(%)を示す。
【0083】
その結果、変異型神経細胞では、野生型の神経細胞と比較して、静止したミトコンドリアの割合が低く、逆方向移動するミトコンドリアの割合が高いことが明らかとなった。以上の結果は、変異型タウタンパク質により誘導された微小管の不安定化が、軸索輸送機構の機能不全の原因であることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明によれば、タウ関連疾患モデルを製造する技術を提供することができる。