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特許7429413Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有するタンパク質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-31
(45)【発行日】2024-02-08
(54)【発明の名称】Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有するタンパク質
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/54 20060101AFI20240201BHJP
   C12N 9/12 20060101ALI20240201BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20240201BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20240201BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20240201BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240201BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240201BHJP
   A01K 67/027 20240101ALI20240201BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240201BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240201BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
C12N15/54 ZNA
C12N9/12
C12N15/12
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
A01K67/027
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12Q1/02
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019207336
(22)【出願日】2019-11-15
(65)【公開番号】P2021078381
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-10-25
(73)【特許権者】
【識別番号】506087705
【氏名又は名称】学校法人産業医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100203253
【弁理士】
【氏名又は名称】村岡 皓一朗
(72)【発明者】
【氏名】日笠 弘基
(72)【発明者】
【氏名】三村 恭弘
(72)【発明者】
【氏名】乾 雅子
【審査官】牧野 晃久
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0311264(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0219957(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00- 15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号2の412位のバリンの変異を有し、前記変異がメチオニンへの置換であるタンパク質
(b)(a)のタンパク質において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、(a)の変異したアミノ酸残基の野生型のアミノ酸残基への置換は除く)を有し、かつ、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有するタンパク質
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードする核酸。
【請求項3】
請求項2に記載の核酸を含む細胞。
【請求項4】
請求項に記載のタンパク質を発現し、組織又は器官の線維症又は腫瘍の表現型を示す非ヒト哺乳動物又はその生体の一部。
【請求項5】
前記哺乳動物がげっ歯類動物である、請求項4に記載の動物又はその生体の一部。
【請求項6】
(1)請求項3に記載の細胞、又は請求項4若しくは5に記載の動物若しくはその生体の一部に被験物質を接触させる工程、及び
(2)組織又は器官の線維症又は腫瘍の表現型を改善した被験物質を選別する工程
を含む、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有する、ヒトIRAK1タンパク質の変異体に関する。また、本発明は、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬のスクリーニング方法に関する。より詳細には、ヒトIRAK1とAxin又はGSK3βとの結合を阻害する物質、あるいはヒトIRAK1と結合する物質を選別する工程を含む、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性炎症は組織又は器官の線維化や腫瘍化のリスクを上昇させる。事実、間質性肺炎は肺胞の線維化や肺腫瘍を高頻度に合併し、潰瘍性大腸炎も大腸腫瘍を高率に発生させることが知られている。しかしながら、現状では、慢性炎症が惹起する線維化や発がんの分子機序は不明であるため、治療法が確立していないものがほとんどであり、予防・治療戦略に必須である分子標的の同定が望まれている。
【0003】
慢性炎症は、腫瘍の発生に関与しており、炎症分子の発現を引き起こす腫瘍細胞の様々なシグナル伝達経路の1つとして、Interleukin-1 receptor-associated kinase(IRAK)を活性化する経路(TLR/IL-1R経路)が挙げられる。IRAK1ファミリーは、4つのファミリーメンバー(IRAK1、IRAK2、IRAK3、IRAK4)で構成される。中でも、IRAK1は、多様な腫瘍種でリン酸化の亢進や発現上昇が報告され、腫瘍を亢進する因子として報告されているが、その作用はTLR/IL-1R経路から、下流因子であるNFκB、JUN、p38MAPKへのシグナル伝達の異常であると考えられていた(例えば、非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Singer J.W. et al., Oncotarget, 9(70):33416-33439 (2018)
【文献】Jain A. et al., Front Immunol, 5:553 (2014)
【文献】Rhyasen G.W. and Starczynowski D.T., br j cancer, 112:232-237 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有するIRAK1変異体及び該変異体を有する、組織又は器官の線維症又は腫瘍のモデル動物を提供することを課題とする。また、本発明は、ヒトIRAK1によるWnt/β-カテニン経路の活性化を阻害する被験物質を組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬の候補とする、該治療薬のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、生体内でのIRAK1(Interleukin-1 receptor-associated kinase1)の機能を調べるために、アフリカツメガエルの初期胚にヒトIRAK1 mRNAを顕微注入したところ、Wnt/β-カテニン経路の活性化の際に顕著に認められる初期胚の後方化(頭部構造の特異的欠失)が観察されることを見出した(図2)。IRAK1は、Toll様受容体/IL-1受容体(TLR/IL-1R)経路因子であり、TLR/IL-1R経路の下流因子であるNFκBへのシグナル伝達の異常に関与することで、がん化を亢進すると考えられており、Wnt/β-カテニン経路との関連については知られていなかったため、上記知見は驚くべきものであった。そこで、IRAK1とWnt/β-カテニン経路との関連性をより詳細に調べるため、Wnt/β-カテニン経路の活性化の有無を検証できる多様なヒト細胞株を樹立した(図3)。これらの細胞株を用いることで、アフリカツメガエルで認められたIRAK1によるWnt/β-カテニン経路の活性化が、ヒト細胞でも同様に認められることが確認された(図4)。さらに研究を進めたところ、野生型IRAK1と比較して、IRAK1のキナーゼ活性欠損株(KD変異体)を用いることで、Wnt/β-カテニン経路の活性化が顕著に亢進する一方で、IRAK1のN末端欠損株では、Wnt/β-カテニン経路の活性化が消失すること、該N末端の内、PPPSPモチーフのタンパク質修飾が、Wnt/β-カテニン経路の活性化と、Wnt/β-カテニン経路の抑制複合体因子であるAxin1やGSK3βとの相互作用に必要であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]
以下の(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号2の412位のバリン、239位のリジン、209位のスレオニン、421位のグルタミン及び289位のグリシンからなる群から選択される少なくとも1つのアミノ酸の変異を有するタンパク質
(b)(a)のタンパク質において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、(a)の変異したアミノ酸残基の野生型のアミノ酸残基への置換、及び配列番号2の173位に対応するセリンの他のアミノ酸残基への置換は除く)を有し、かつ、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有するタンパク質
[2]
[1]に記載のタンパク質をコードする核酸。
[3]
[2]に記載の核酸を含む細胞。
[4]
[2]に記載の核酸を発現し、組織又は器官の線維症又は腫瘍の表現型を示す非ヒト哺乳動物又はその生体の一部。
[5]
前記哺乳動物がげっ歯類動物である、[4]に記載の動物又はその生体の一部。
[6]
(1)[3]に記載の細胞、又は[4]若しくは[5]に記載の動物若しくはその生体の一部に被験物質を接触させる工程、及び
(2)組織又は器官の線維症又は腫瘍の表現型を改善した被験物質を選別する工程
を含む、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
[7]
(1)被験物質と、ヒトIRAK1と、Axin又はGSK3βとを接触させる工程、及び
(2)工程(1)において、ヒトIRAK1とAxin又はGSK3βとの結合を阻害した物質を、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬の候補として選別する工程
を含む、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
[8]
(1)被験物質と、ヒトIRAK1とを接触させる工程、
(2)工程(1)において、ヒトIRAK1と結合する被験物質を、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬の候補として選別する工程
を含む、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
[9]
前記組織又は器官が、肺、大腸、脳、卵巣、前立腺及び乳房から選択される、[7]又は[8]に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ヒトIRAK1によるWnt/β-カテニン経路の活性化を阻害する被験物質を組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬の候補とする、該治療薬のスクリーニング方法が提供される。また、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有するIRAK1変異体及び該変異体を有する、組織又は器官の線維症又は腫瘍の表現型を示すモデル動物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、IL-1受容体シグナル経路とWnt/β-カテニン経路の模式図を示す。IL-1受容体シグナル経路は炎症反応や免疫反応を惹起し、Wnt/β-カテニン経路は組織又は器官の線維症や腫瘍を引き起こすことが知られている。
図2図2は、ヒトIRAK1mRNAをアフリカツメガエル初期胚の頭部予定領域に、顕微注入法で発現させると、Wnt/βカテニン経路が活性化された際に特徴的である体軸後方化の表現型を示している。
図3図3は、レンチウイルスを用いたTOPFLASHレポーターアッセイの模式図を示す。トランスフェクション法を用いた一過性アッセイよりも実験誤差が小さく、より多種のヒト細胞に適用できる。
図4図4は、ヒトIRAK1による、培養細胞株でWnt/β-カテニン経路の活性化の結果を示す。肺腫瘍細胞株(H157、H522、H1299)、大腸腫瘍細胞株(RKO)、グリオーマ細胞株(U251、U-87MG)、卵巣腫瘍細胞株(Ovca420)、前立腺腫瘍細胞株(Du145)、乳腫瘍細胞株(MDA-MB231)、乳腺上皮細胞株(MCF10A)において、IRAK1はレポーター遺伝子を活性化するが、IRAK1のキナーゼ活性欠損株(KD変異体)は、より強くレポーター遺伝子を活性化する。GFPを導入したものをネガティブコントロールとし、該コントロールでのルシフェラーゼレベルを1とした。
図5図5は、ヒトIRAKファミリータンパク質の構造と特徴を示す。Death domainはIRAK間の多量体形成に必要なドメインであり、キナーゼドメインと共にIRAKファミリー間で高度に保存されている。IRAK4は、IRAK1をリン酸化して活性化する。IRAK1は自己をリン酸化して活性や安定性を制御する。IRAK2、3におけるキナーゼドメインは、偽キナーゼ(pseudokinase)であることが示唆されている。*は保存されたキナーゼ活性の中心であるリジンの位置を示す。
図6図6は、ヒトIRAKファミリーによる、Wnt/β-カテニン経路の活性化の結果を示す。IRAKファミリーの中でも、IRAK1のみが、1) TOPFLASHを活性化し、2)Axin2 mRNAの発現増加、3)Axin2タンパク質の発現増加、4)活性型(非リン酸化)βカテニン(active β-catenin)の増加、を引き起こす。GFPを導入したものをネガティブコントロールとし、該コントロールでのルシフェラーゼ活性とAxin2 mRNAレベルを1とした。
図7図7は、ヒトIRAKファミリーの転写産物(mRNA)の発現レベル(low又はhigh)と全生存率との関連性を、Kaplan-Meier plotterにより解析した結果を示す。IRAKファミリーの中でも、IRAK1のみがヒト肺腺腫瘍の予後増悪因子であることが示された。
図8図8は、ヒトIRAK1(hIRAK1)はマウスNIH3T3細胞株においてWnt/β-カテニン経路を活性化し、マウスIRAK1(mIRAK1)はヒト肺がんH1299細胞株で同様の活性を持たないことを示している。
図9図9は、ヒトIRAK1の既知の翻訳後修飾部位と点変異部位の模式図を示す。
図10図10は、ヒトIRAK1の点変異体の発現によるWnt/β-カテニンの活性化を、ウエスタンブロット及びTOPFLASHレポーターアッセイにより同時に解析した結果を示す。左図は、H1299T/R細胞に図7の変異体を発現させた細胞株の結果を示し、中図は、KD変異体にさらに点変異(W71D、R76D、S131A、S144A、S173A)を導入した細胞株の結果を示す。右図は、2つの活性中心変異体K239AとK239Qを比較した結果を示す。GFPを導入したものをネガティブコントロールとし、該コントロールでのルシフェラーゼ活性を1とした。
図11図11は、ヒトIRAK1の点変異体の発現とWnt/β-カテニン経路活性のまとめを示す。
図12図12は、Wnt/β-カテニン経路活性について、KD変異体及びV412M変異体と、野生型IRAK1とで比較した結果を示す。野生型IRAK1と同程度のKD変異体又はV412M変異体を細胞に発現させても、野生型IRAK1よりもTOPFLASHの活性は高いことから、これらの変異体はβ-カテニン活性化における機能亢進型(活性化型)IRAK1変異体と考えられる。
図13図13は、Wnt共役受容体であるLPR5/6とβカテニン抑制複合体因子との結合の模式図を示す。LPR5/6は、ヒトIRAK1と同様のPPPSPモチーフをC末端に持ち、Wntリガンドの結合に依存したPPPSPのリン酸化を介して、βカテニン抑制複合体因子であるAxin1及びGSK3βと結合することが知られている。
図14図14は、ヒトIRAK1と、Axin1及びGSK3βとの結合能を示す。KD変異体は、βカテニン抑制複合体の構成因子であるAxin1及びGSK3βと結合する。Death domain欠失(ΔD)、P-S/T domain欠失(ΔPS/T)、及び/又はPPPSPモチーフ内のS173A点変異などにより、結合能が減弱又は消失する。ΔDおよびΔPS/Tはβ-カテニン活性化能を持たないことがわかっている。
図15図15は、ヒトIRAK1をノックダウンした細胞株における、サイトカイン(IL-1β又はWnt3A)によるWnt/β-カテニン経路の活性化の結果を示す。IRAK1はWnt3AによるTOPFLASHの活性化には必要ではない。IRAK1は、IL1βによりタンパク質量が減少するが、IL1βによるTOPFLASHの活性化には必要である。IRAK1を標的としないsiRNA(Csi)を導入したものをネガティブコントロールとし、該コントロールでのルシフェラーゼ活性を1とした。
図16図16は、IRAK1/β-カテニン経路の活性化による病態進行の仮説を示す。該仮説によれば、(1)炎症細胞の浸潤による、常態的なIL-1の産生、刺激が起こり、(2)IRAK1の高発現や変異による、恒常的なWnt/β-カテニン経路の活性化が起こり、(3)EMT、線維化、増殖促進、遺伝子変異蓄積及び腫瘍化の促進が生じる。
図17図17は、ヒト活性型IRAK1を発現するトランスジェニックマウス作製例の概要を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬のスクリーニング方法
下述の実施例で示す通り、ヒトIRAK1がWnt/β-カテニン経路を活性化すること、該活性化には、IRAK1のPPPSPモチーフが、該モチーフへの修飾を受けて、Wnt/β-カテニン経路の抑制複合体因子であるAxin1及び/又はGSK3βとの相互作用が必要であることが示された。よって、IRAK1によるWnt/β-カテニン経路の活性化を阻害する被験物質であれば、Wnt/β-カテニン経路の活性化の抑制を通じて、該活性化に起因する組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療し得る。従って、本発明は、IRAK1によるWnt/β-カテニン経路の活性化を阻害する被験物質を組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬の候補として選別する工程を含む、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬のスクリーニング方法(以下「本発明のスクリーニング方法」と称することがある。)を提供する。本明細書において、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬は、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療活性を有する物質を意味する。
【0011】
一態様において、本発明のスクリーニング方法は、(1)被験物質と、IRAK1と、Axin又はGSK3βとを接触させる工程、及び(2)工程(1)において、IRAK1とAxin又はGSK3βとの結合を阻害した物質を、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬の候補として選別する工程を含み得る。また、IRAK1と結合する物質、好ましくはPPPSPモチーフに結合する物質であれば、IRAK1とAxin及び/又はGSK3βとの結合を阻害し得るため、別の態様において、本発明のスクリーニング方法は、(1’)被験物質と、IRAK1とを接触させる工程、及び(2’)工程(1’)において、IRAK1と結合する被験物質を、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬の候補として選別する工程を含み得る。PPPSPモチーフに結合するか否かは、例えば、該モチーフの一部(特に、セリン残基)又は全部を削除又は他のアミノ酸残基(例:アラニン残基又はグリシン残基)で置換したIRAK1との対比実験などにより確認することができる。
【0012】
本発明のスクリーニング方法により選別された物質が、Wnt/β-カテニン経路の活性化を抑制するか否かを検証してもよく、かかる検証方法としては、細胞内でのβカテニンのタンパク質量を自体公知の方法により測定する方法や、Wnt/β-カテニンの活性化に応じてレポーターの発現が上昇するアッセイ(例:TOPFlash/FOPFlash ルシフェラーゼアッセイシステム)(例えば、Li, X. et al., Chem. Asian J. 4:540-547 (2009)など)などにより行うことができる。
【0013】
本明細書において、「組織又は器官の線維症」とは、組織又は器官において、フィブロネクチンや膠原線維等の細胞外基質が組織に著しく沈着した状態、又は、膠原線維が著しく増加し、瘢痕組織を残すといった線維性結合組織の増加した状態をいう。線維化又は腫瘍を伴う組織としては、例えば、脳、舌、咽頭、皮膚、食道、肺、乳房、胃、膵臓、肝臓、胆嚢、胆管、小腸、大腸、腎臓、膀胱、前立腺、子宮、卵巣、血管、骨髄などが挙げられるが、好ましくは、肺、大腸、脳、卵巣、前立腺及び乳房であり、より好ましくは、肺、脳、卵巣及び前立腺である。よって、組織又は器官の線維症の予防又は治療薬による予防又は治療の対象となる組織又は器官の線維症としては、例えば、子宮内膜症又は子宮腺筋症における線維化、慢性閉塞肺疾患(COPD)、嚢胞性線維症、乾癬、肝線維症(例:ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)、原発性胆汁性肝硬変(PBC)など慢性的な炎症を原因とする肝硬変等)、腎線維症(例:慢性腎炎や糖尿病など慢性的な炎症を原因とする慢性腎臓病等)、肺線維症(例:慢性閉塞肺疾患(COPD)、気腫合併肺線維症(CPFE)、特発性間質性肺炎(IIPs)、特発性肺線維症等)などが挙げられる。
【0014】
また、本明細書において、「腫瘍」には、良性の腫瘍、悪性の腫瘍(「がん」ともいう)、及び良性又は悪性と診断又は判定され得る腫瘍が包含される。より具体的には、腫瘍の予防又は治療薬による予防又は治療の対象となる腫瘍としては、例えば、肝臓癌(例:肝細胞癌)、卵巣癌(例:卵巣明細胞腺癌)、小児癌、肺癌(例:扁平上皮癌、肺小細胞癌)、精巣癌(例:非セミノーマ胚細胞腫瘍)、軟部腫瘍(例:脂肪肉腫、悪性線維性組織球腫)、子宮癌(例:子宮頚部上皮内腫瘍、子宮頸部扁平上皮癌)、メラノーマ、副腎腫瘍(例:副腎の腺腫)、神経性腫瘍(例:シュワン腫)、胃癌(例:胃の腺癌)、腎臓癌(例:グラヴィッツ腫瘍)、乳癌(例:浸潤性小葉性癌、粘液性癌)、甲状腺癌(例:髄様癌)、喉頭癌(例:扁平上皮癌)、膀胱癌(例:浸潤性移行上皮癌)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
本明細書において、組織又は器官の線維症の予防又は治療薬とは、組織における線維の蓄積及び/又は既に蓄積された線維の増加を抑制し得る薬剤を意味し、望ましくは線維の蓄積阻止及び/又は蓄積した線維の低減し得る薬剤である。また、腫瘍の予防又は治療薬とは、腫瘍の形成及び/又は既に形成された腫瘍の増殖を抑制し得る薬を意味し、望ましくは腫瘍の形成阻止及び/又は腫瘍の退縮作用を有する薬である。
【0016】
本明細書において、ヒトIRAK1には、その断片も包含されるものとする。かかるヒトIRAK1としては、例えば、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられ、IRAK1の断片としては、Axin及び/又はGSK3βに結合することができる断片であれば特に限定されないが、PPPSPモチーフを含むIRAK1の断片が挙げられる。また、ヒトIRAK1をコードする核酸としては、例えば、配列番号1で示されるヌクレオチド配列からなる核酸が挙げられる。かかる配列は、Genebank Accession No: NM_001569として、公開されている。本明細書において、IRAK1のPPPSPモチーフとは、配列番号2で示されるアミノ酸配列の170位-174位のプロリン-プロリン-プロリン-セリン-プロリンからなるモチーフを意味し、下述の実施例で示される通り、該モチーフを介して、ヒトIRAK1はAxin1及びGSK3βと複合体を形成する。なお、本明細書において、IRAK1のアミノ酸の位置は、配列番号2で示されるアミノ酸配列を基準にして表現される。また、下述するように、IRAK1に代えて、本発明者らが新たに見出した、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有する変異IRAK1を用いてもよい。かかる変異IRAK1の具体例については、下記2.に記載の通りである。従って、本明細書において、ヒトIRAK1には、変異IRAK1及びその断片も包含されるものとする。
【0017】
本明細書において、Axin及びGSK3βには、その断片も包含されるものとする。かかるAxin又はGSK3β及びこれらをコードする核酸としては、例えば、Genebank Accession No: NM_003502及びNM_002093として、公開されている配列が挙げられる。Axin又はGSK3βの断片としては、IRAK1に結合することができる断片であれば特に限定されない。
【0018】
上記タンパク質の断片の長さは特に限定されないが、例えば、20アミノ酸長以上(例:20、30、40、50、100、200、300、400、500、1000アミノ酸長又はそれ以上)が挙げられる。
【0019】
上記IRAK1、Axin、GSK3βは、公知の方法で作製することができる。かかる作製方法として、例えば、Fmoc合成法やBoc合成法のような固相合成法、フラグメント縮合法のような液相合成法などが挙げられるが、操作の簡便性の観点からは、固相合成法が好ましい。固相合成法として、例えば、R.B. Merrifieldの方法(J. Am. Chem. Soc., 1963, 85, p.2149-2154)が挙げられるが、この方法に限定されない。タンパク質の合成は、市販のタンパク質合成機器を用いて、自動、又は手動で行ってもよい。IRAK1を発現する細胞や組織から、自体公知の方法により単離してもよい。また、遺伝子工学的手法を用いて作製してもよい。このような遺伝子工学的手法としては、例えば、上記のアミノ酸配列を含むペプチドをコードする核酸を組み込んだ発現ベクターを適切な宿主細胞(例えば、哺乳動物細胞、昆虫細胞、大腸菌など)に導入し、宿主細胞内でペプチドを発現させた後、このペプチドを抽出し、精製することにより、ペプチドを得る方法、無細胞系でタンパク質を合成させる方法などが挙げられる。タンパク質の修飾を保っているとの観点からは、宿主細胞を用いた方法が望ましい。また、上記合成方法又は無細胞系で合成されたタンパク質又はその一部(例:PPPSPモチーフ、公知の修飾部位(例:W71、R76、S131、S144、S173、T209、K239)等)は、自体公知の方法により、適宜修飾(例:リン酸化、アシル化、アセチル化、アルキル化、アミド化、グリコシル化、SUMO化、ユビキチン化、プロリンにおけるシス・トランスの異性化変換等)を施してもよい。
【0020】
被験物質の、ヒトIRAK1とAxin又はGSK3βとの結合の阻害効果は、自体公知の方法により評価することができ、試験管ベースの方法であっても、細胞ベース(in vitro)の方法であってもよい。試験管ベースの方法で行う場合、例えば、免疫沈降法、Alpha(Amplified Luminescent Proximity Homogeneous Assay)法、Fluoppiシステム、フレット法などにより行うことができる。免疫沈降法は、例えば、抗IRAK1抗体(IRAK1にタグ(例:Hisタグ、GSTタグ、FLAG(商標)タグ等)を付加した場合には、該タグに対する抗体)を担持する担体(例:ビーズ等)と、IRAK1と、Axin及び/又はGSK3βと、被験物質とを同一溶液に混合し、インキュベートした後に、担体に捕捉されたタンパク質を回収する工程により得られたAxin又はGSK3βの量が、被験物質を接触させることなく得られたタンパク質の量、又はヒトIRAK1とAxin又はGSK3βとの結合の阻害効果を有さない被験物質を接触させて得られたAxin又はGSK3βの量と比較して減少した場合に、該被験物質をヒトIRAK1とAxin又はGSK3βとの結合の阻害効果を有すると評価することができる。抗IRAK1抗体又はタグに対する抗体を担持する担体の代わりに、担体に担持されていない抗IRAK1抗体又はタグに対する抗体と、該抗体に対する二次抗体又はProtein A又はProtein Gが担持された担体を用いてもよい。Alpha法やFluoppiシステムは、例えばパーキンエルマー社などより提供されているキットを用いて、製造者の指示書に従い行うことができる。この場合、接触させることによりヒトIRAK1とAxin又はGSK3βとの結合性が低下した被験物質を、該結合を阻害する物質と評価することができる。
【0021】
あるいは、ヒトIRAK1とAxin又はGSK3との結合の50%阻害濃度(IC50)により評価してもよい。IC50は、自体公知の方法(例:機能的アンタゴニスト試験、競合結合試験等)により行うことができる。上記方法は、キット(例:AlphaLISA イムノアッセイキット等)を用いて行ってもよい。好ましい態様において、競合結合試験によるIC50が10μM以下の場合に、前記阻害効果を有すると評価することができ、IC50の値が低いほど、阻害効果が高いと評価することができる。本発明のスクリーニング方法で選別される被験物質のIC50は、10μM以下であることが好ましく、5.0μM以下がより好ましく、1.0μM以下がさらに好ましく、0.5μM以下がさらにより好ましく、0.3μM以下が特に好ましく、0.2μM以下が最も好ましい。
【0022】
また、in vitroで行う場合には、上記のAlpha(Amplified Luminescent Proximity Homogeneous Assay)法、Fluoppiシステム、フレット法を細胞に適用する方法の他、細胞内でヒトIRAK1とAxin又はGSK3βとの結合性に応じてレポーター遺伝子の発現レベルが変化するシステム(例:酵母two-hybrid法)を用いて、レポーター遺伝子の発現レベルを指標として、被験物質を評価してもよい。
【0023】
本明細書において、IRAK1と被験物質とが「結合する」(「結合性を有する」ともいう)とは、両方の物質を接触させた場合に、それらの物質の間で相互作用が生じ得る程度に互いに近接しているか、あるいは会合した状態になることを意味する。かかる相互作用としては、例えば、共有結合、配位結合、イオン結合、水素結合、ファンデルワールス結合、疎水相互作用などが挙げられる。
【0024】
IRAK1と被験物質との結合性の有無は、結合活性又は親和性の指標を測定することにより、決定することができる。結合親和性の指標としては、例えば、解離定数(K)やその逆数である結合定数(会合定数ともいう)などを挙げることができる。解離定数は、自体公知の方法により測定することができ、例えば、表面プラズモン共鳴を用いた方法、等温滴定カロリメトリー法などを挙げられる。
【0025】
表面プラズモン共鳴を測定、算出するためのシステムとしては、例えば、ビアコア(Biacore)システム(GE Healthcare社)などが挙げられるが、これに限定されない。ビアコア・システムを用いた場合、例えば、次の手順によりKを測定することができる。(1)ビアコア・システムのセンサーチップ上にIRAK1をアミンカップリング等により固定化する、(2)複数の濃度に調製した被験物質を含む溶液中で、IRAK1と被験物質とを接触させる、(3)両者の相互作用を表面プラズモン共鳴により検出する、(4)一連の結合及び解離反応を、横軸を時間とし、縦軸を結合量(RU)とする、センサーグラムとして描き出す、(5)各濃度で作成したセンサーグラムから、ソフトウェア(例:BIAevaluationソフトウェア(GE Healthcare社)等)を用いて、1:1ラングミュアーモデルにフィッティングさせ、各種速度パラメーターを算出する、(6)各種速度パラメーターから解離定数を算出する。
【0026】
等温滴定カロリメトリー法に用いるシステムとしては、例えば、MicroCal・システム(GE Healthcare社)などが挙げられるが、これに限定されない。MicroCal・システムを用いた場合、例えば、次の手順によりKを測定することができる。(1)一定温度に保たれた、IRAK1を含む試料セルに被験物質を含む溶液を滴定し攪拌する、(2)分子間相互作用により結合量に正比例した熱の発生又は吸収が起こり、試料セル中の溶液温度が変化する、(3)セルフィードバックネットワーク(CFB)がリファレンスセルとの温度差(ΔT)を感知する、(4)ΔTが0になるようにリファレンスセル又は試料セルを加熱する、(5)ΔT=0を保持するために要したフィードバック電力を測定することで、相互作用による発熱量又は吸熱量を得る、(6)発生熱量を縦軸に、IRAK1と被験物質のモル比を横軸にとり、結合等温線から解離定数を算出する。
【0027】
本明細書において、表面プラズモン共鳴を用いて測定した場合に、Kが1500nM以下であれば、IRAK1に対して結合性を有すると評価することができ、Kの値が低いほど、IRAK1に対する結合性が高いと評価することができる。Kは、1000nM以下であることが好ましく、500nM以下であることがより好ましく、300nM以下であることがさらに好ましく、100nM以下であることが特に好ましい。
【0028】
あるいは、上記の免疫沈降法、Alpha(Amplified Luminescent Proximity Homogeneous Assay)法、Fluoppiシステム、フレット法、レポーター遺伝子を用いた方法などより、物質と物質との相互作用を検証することができるため、これらを用いて、被験物質と、IRAK1との結合性を評価してもよい。
【0029】
本発明のスクリーニング方法に用いる被験物質としては、例えば、細胞抽出物、細胞培養上清、微生物発酵産物、海洋生物由来の抽出物、植物抽出物、精製タンパク質又は粗タンパク質、ペプチド、非ペプチド化合物、合成低分子化合物、及び天然化合物が例示される。
【0030】
前記被験物質はまた、(1)生物学的ライブラリー、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)「1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)」ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他の4つのアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam(1997)Anticancer Drug Des. 12:145-67)。分子ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al.(1993)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:6909-13; Erb et al.(1994)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91:11422-6; Zuckermann et al.(1994)J. Med. Chem. 37:2678-85; Cho et al.(1993)Science 261:1303-5; Carell et al.(1994)Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33:2059; Carell et al.(1994)Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33:2061; Gallop et al.(1994)J. Med. Chem. 37:1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten(1992)Bio/Techniques 13:412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam(1991)Nature 354:82-4)、チップ(Fodor(1993)Nature 364:555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al.(1992)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89:1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith(1990)Science 249:386-90; Devlin(1990)Science 249:404-6; Cwirla et al.(1990)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:6378-82; Felici(1991)J. Mol. Biol. 222:301-10; 米国特許出願第2002103360号)として作製され得る。
【0031】
2.Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有するタンパク質
本発明は、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有する新規タンパク質(以下、「本発明の変異IRAK1」とも称する。)、並びに該タンパク質をコードする核酸(以下、「本発明の変異IRAK1遺伝子」とも称する。)を提供する。本発明の変異IRAK1は、以下の(a)又は(b)である。
(a)配列番号2の412位のバリン、配列番号2の239位のリジン、209位のスレオニン、421位のグルタミン及び289位のグリシンからなる群から選択される少なくとも1つのアミノ酸の変異を有するタンパク質
(b)(a)のタンパク質において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列(但し、(a)の変異したアミノ酸残基の野生型のアミノ酸残基への置換、及び配列番号2の173位に対応するセリンの他のアミノ酸残基への置換は除く)を有し、かつ、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有するタンパク質
【0032】
本明細書において、「Wnt/β-カテニン経路」とは、以下の経路を意味する。Wntが細胞膜上の受容体(Frizzled)および共役受容体(LRP5/6)に結合すると、さらに、β-カテニン分解複合体であるAxinとGSK-3β(Glycogen synthase kinase-3β)と結合してβ-カテニンのリン酸化を抑制する。分解を免れた非リン酸化β-カテニンが核内へと移行して、転写因子であるTCFタンパク質と協調して標的遺伝子の発現を誘導し細胞の増殖や分化を促す。Wnt非存在下では、細胞質内のβ-カテニンがAPC (adenomatous polyposis coli)、GSK-3βとともにAxinに結合し、該β-カテニン分解複合体(Axin複合体)中でCKI-1α(casein kinase Iα)と、GSK-3βとによるリン酸化を受けたβ-カテニンが、さらにユビキチン化を受けてプロテアソームによって分解されるので細胞内のβ-カテニン量は低い状態に保たれている。また、Wnt/β-カテニン経路の活性化とは、β-カテニンが核内へと移行し、標的遺伝子を発現させることを意味する。
【0033】
本明細書において、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用とは、野生型IRAK1により活性化される程度よりも高いレベルでWnt/β-カテニン経路が活性化されることを意味する。また、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用により、組織又は器官の線維化又は腫瘍化が促進されるため、以下では、「Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用」を「組織又は器官の線維化又は腫瘍化の亢進作用」と適宜読み替えてもよい。
【0034】
下述の実施例でWnt/β-カテニン経路の活性化を亢進した変異体は、全てキナーゼドメインにおける変異であることから、キナーゼドメインの機能がβ-カテニン活性化に抑制的であると強く示唆される。従って、上記(a)に関し、キナーゼ活性を野生型と比較して低減または消失させるものであれば、変異に限定されず、特定のアミノ酸残基への置換に限らず、任意のアミノ酸残基への置換により、キナーゼ活性は低減又は消失し得るため、本発明の変異IRAK1の特定のアミノ酸残基の置換は、任意のアミノ酸残基への置換であってもよい。実際に、下述の実施例で示す通り(図10)、アセチル化を模倣するK239Q変異体でも、K239A変異体と同様のWnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用が認められた。好ましい態様において、配列番号2の412位のバリンのメチオニンへの置換、配列番号2の239位のリジンのアラニン若しくはグルタミンへの置換、209位のスレオニンのアラニンへの置換、421位のグルタミンのヒスチジンへの置換及び/又は289位のグリシンのバリンへの置換が導入された変異体が挙げられるが、これらに限定されない。如何なる理論にも拘束されることを望むのもではないが、β-カテニン活性化に関する本発明者らのアイデアによれば、IRAK1キナーゼの活性低下又はキナーゼドメインの構造変化を引き起こすアミノ酸変異により、キナーゼの機能が損なわれると、変異IRAK1が安定化して発現量の上昇、などの要因により、β-カテニン活性化を引き起こすものと推察される。
【0035】
また、キナーゼドメインにおける変異を複数有する変異体では、単独で有するものと比較して、Wnt/β-カテニンの経路の活性化をより亢進することが示された。従って、Wnt/β-カテニンの経路の活性化の観点からは、本発明の変異IRAK1としては、キナーゼドメインにおける複数の変異を有する変異体が好ましく、具体的には、配列番号2の239位のリジンが他のアミノ酸残基(例:アラニン、グリシン、グルタミン等)に置換しており、かつ配列番号2の412位のバリン、209位のスレオニン、421位のグルタミン及び289位のグリシンからなる群から選択される少なくとも1つのアミノ酸の変異を有するタンパク質が好ましく、中でも、配列番号2の239位のリジン及び412位のバリンが他のアミノ酸残基に置換された変異体がより好ましい。
【0036】
上記(b)に関し、より具体的には、(i)(a)のタンパク質におけるアミノ酸配列中の1~70個、好ましくは1~50個、より好ましくは1~30個、さらに好ましくは1~20個、さらにより好ましくは1~数(10、9、8、7、6、5、4、3もしくは2)個のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、(ii)(a)のタンパク質におけるアミノ酸配列に1~70個、好ましくは1~50個、より好ましくは1~30個、さらに好ましくは1~20個、さらにより好ましくは1~数(10、9、8、7、6、5、4、3もしくは2)個のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、(iii)(a)のタンパク質におけるアミノ酸配列に1~70個、好ましくは1~50個、より好ましくは1~30個、さらに好ましくは1~20個、さらにより好ましくは1~数(10、9、8、7、6、5、4、3もしくは2)個のアミノ酸が挿入又は付加されたアミノ酸配列、(iv)(a)のタンパク質におけるアミノ酸配列中の1~70個、好ましくは1~50個、より好ましくは1~30個、さらに好ましくは1~20個、さらにより好ましくは1~数(10、9、8、7、6、5、4、3もしくは2)個のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、又は(v)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含むタンパク質が挙げられる。但し、(a)の変異したアミノ酸残基の野生型のアミノ酸残基への置換は除く。例えば、(a)のタンパク質が配列番号2の239位のリジンが他のアミノ酸残基に置換したものである場合には、該239位のアミノ酸残基に対応するアミノ酸残基のリジンへの置換は除かれる。他の変異箇所についても同様である。
また、Axin及び/又はGSK3βへの結合能の観点から、本発明の変異IRAK1には、PPPSPモチーフに対する置換、Death domainの欠損、及び/又はP-S/T domainの欠損が生じる変異は導入されていないことが好ましい。
【0037】
あるいは、(a)のタンパク質の変異体は、アミノ酸配列の同一性により規定することもでき、例えば、(a)のアミノ酸配列と90%以上(例:90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%又はそれ以上)の同一性を有するタンパク質(但し、(a)の変異したアミノ酸残基の野生型のアミノ酸残基への置換、及び配列番号2の173位に対応するセリンの他のアミノ酸残基への置換は除く)が挙げられる。アミノ酸配列の同一性は、以下の条件下(expectancy =10; gap allowed; matrix=BLOSUM62; filtering=OFF)で、相同性計算アルゴリズムのNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)を用いて計算することができる。
【0038】
さらに、性質の似たアミノ酸(例えば、グリシンとアラニン、バリンとロイシンとイソロイシン、セリンとトレオニン、アスパラギン酸とグルタミン酸、アスパラギンとグルタミン、リシンとアルギニン、システインとメチオニン、フェニルアラニンとチロシン等)同士の置換等であれば、より多くの個数の置換等があり得る。上述のようにアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されている場合、その欠失、置換、挿入又は付加の位置は、Wnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用が保持される限り、特に限定されない。そして、変異の導入は、部位特異的突然変異誘発、アラニンスキャニング、又はPCRによる突然変異誘発等、自体公知の方法により行うことができる。
【0039】
本発明の変異IRAK1は、上記1.で記載のIRAK1、Axin又はGSK3βの作製方法と同様に作製することができる。しかしながら、より簡便には、変異を有しない正常IRAK1遺伝子を有するヒトの細胞から上記と同様の方法により正常なIRAK1 cDNAをクローニングし、自体公知の部位特異的変異誘発法により、所望の位置に変異を導入することにより取得することができる。
【0040】
本発明の変異IRAK1遺伝子は、上記のWnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用を有する変異IRAK1をコードするヌクレオチド配列を含む核酸である限り特に制限はない。該核酸は、二本鎖DNA、一本鎖DNA、一本鎖RNA、二本鎖RNA、DNA/RNAハイブリッドのいずれであってもよいが、好ましくは二本鎖DNA又は一本鎖RNAであり、より好ましくは二本鎖DNAである。本発明の変異IRAK1遺伝子は、ベクター(クローニングベクター又は発現ベクター)に連結して使用することができる。さらに、目的(例えば、タンパク質の発現)に応じて、当該ベクターを導入する宿主細胞に適したものを適宜選択し、当該ベクターを宿主細胞に形質転換することができる。当該ベクターはさらに、適切なプロモーター、ターミネーター領域、形質転換体を選択するための選択マーカー遺伝子(薬剤耐性遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)等も含むことができる。
【0041】
加えて、当該ベクターはタンパク質の分離・精製に有用なタグ配列(例えばHisタグ、GSTタグ、FLAG(商標)タグ等)をコードする配列等を含んでいてもよく、当該ベクターは、対象宿主細胞のゲノムに組み込まれるものであってもよい。
【0042】
ベクターの種類としては、特に限定されないが、pBTrp2、pBTac1、pBTac2、pBluescript II SK(+)、pBluescript II SK(-)、pSTV28、pUC118、pUC19、pKK233-2、pSE280、pSupex、pUB110、pTP5、pC194、pETベクター、pAGEベクター、pcDNAベクター、pGEXベクター、pMC1neo、λgt11、pkk223-3、pBlue BacIII、pVL1392、pVL1393等が挙げられる。
【0043】
宿主細胞としては、前記ベクターを発現することのできる任意の細胞、例えば、細菌細胞、真菌細胞、昆虫細胞、動物細胞等が挙げられる。
細菌細胞としては、特に限定されないが、大腸菌(Escherichia coli)、バチルス(Bacillus)、ブレビバチルス(Brevibacillus)、コリネバクテリウム(Corynebacterium)、ストレプトマイセス(Streptomyces)等が挙げられる。真菌細胞としては、特に限定されないが、サッカロミセス・セレビシア(Saccharomyces cerevisiae)やアスペルギルス(Aspergillus)属真菌等が挙げられる。昆虫細胞としては、特に限定されないが、カイコ(Bombyx mori)、イラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)等が挙げられる。動物細胞としては、特に限定されないが、CHO細胞、HeLa細胞、COS-1細胞、COS-7細胞、HEK293細胞、BALL-1細胞、HCT-15細胞、PC12細胞等の細胞株、後根神経節(DRG)ニューロンの初代培養、ES細胞、iPS細胞等が挙げられる。
【0044】
ベクターの宿主細胞への導入は、各宿主細胞に応じて自体公知の形質転換法、例えば、コンピテント細胞法、プロトプラスト法、リン酸カルシウム共沈法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法等を用いて行うことができる。
【0045】
形質転換細胞を変異IRAK1の精製の目的で使用する場合、精製を容易にするために、宿主細胞として内因性IRAK1遺伝子を発現しない細胞を用いることが好ましいが、動物細胞を用いる場合でも、ヒトとマウス、ラット等との間ではIRAK1のアミノ酸配列にある程度の差異があるので、例えば、ヒト由来の変異IRAK1タンパク質を組換え生産する場合には、マウス又はラット等の霊長類以外の哺乳動物細胞を使用することもできる。以下では、このようにして得られた形質転換細胞を、本発明のモデル細胞と称することがある。
【0046】
上述の形質転換細胞は、自体公知の方法により培養することができる。培養に使用する培地は、所望の細胞毎に、適宜選択することができる。例えば、大腸菌の培養であれば、LB培地等、酵母の培養であればSD培地等、哺乳動物の培養であれば、DMEM培地、EMEM培地等を使用することができる。さらに、培地(半固形培地、液体培地、粉末培地)には、必要に応じて、各種ビタミン類(ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE等)、各種アミノ酸(天然アミノ酸又は合成アミノ酸も含む)、核酸塩基(プリン、ピリミジン)、無機塩類(MgSO4、MnSO4、FeSO4、NaCl等)抗生物質(アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン)等を添加することができる。
【0047】
培養時間、培養温度等は細胞の種類に応じて、当業者は適宜決定することができる。例えば、培養温度は10~45℃、好ましくは、20~40℃、培養時間は、1時間~14日間、好ましくは、10時間~7日間等を設定することができる。pHも適宜調整することができる。
【0048】
上述の方法で得られる変異IRAK1は、自体公知の方法で精製することができる。例えば、遠心分離等で集菌した菌体を、超音波又はガラスビーズ等で摩砕した後、遠心分離等により細胞片等の固形物を除き、粗酵素液を調製し、さらに、硫安、硫酸ナトリウム等による塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等のクロマトグラフ法、ゲル電気泳動法等を用いることができる。
【0049】
3.組織又は器官の線維症又は腫瘍のモデル動物
本発明の変異IRAK1遺伝子にコードされる変異IRAK1は、哺乳動物においてWnt/β-カテニン経路の活性化亢進作用及び組織又は器官の線維化又は腫瘍化の亢進作用を有するので、該変異IRAK1をコードする核酸を非ヒト哺乳動物細胞に導入し、トランスジェニック動物を作製することにより、組織又は器官の線維症又は腫瘍のモデル動物を提供することができる。従って、本発明はまた、本発明の変異IRAK1を外因的に発現し、組織又は器官の線維症又は腫瘍の表現型を示すトランスジェニック(以下、Tgともいう)非ヒト哺乳動物(以下、「本発明のモデル動物」ともいう)を提供する。
【0050】
本発明のTg動物は、非ヒト哺乳動物の受精卵や、未受精卵、精子及びその前駆細胞(始原生殖細胞、卵原細胞、卵母細胞、卵細胞、精原細胞、精母細胞、精細胞等)等に、好ましくは受精卵の胚発生の初期段階(さらに好ましくは8細胞期以前)において、リン酸カルシウム共沈殿法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、リポフェクション法、凝集法、顕微注入(マイクロインジェクション)法、遺伝子銃(パーティクル腫瘍)法、DEAE-デキストラン法等の遺伝子導入法によって、本発明の変異IRAK1遺伝子を導入することにより作製される。
発現ベクターとしてウイルスを用いる場合の一実施態様として、変異IRAK1をコードするDNAを含むウイルスで、非ヒト哺乳動物の初期胚もしくはES細胞を感染させる方法が挙げられる(例えば、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99(4): 2140-2145, 2002参照)。例えば、レトロウイルスやレンチウイルスを用いる場合、ディッシュなどの適当な培養器に細胞を播き、培養液にウイルスベクターを加えて、1~2日間培養後、初期胚であれば、偽妊娠させた受胚用雌非ヒト哺乳動物の卵管又は子宮内に移植し、ES細胞であれば、G418やハイグロマイシンなどの選択薬剤を添加して培養を続け、ベクターが組み込まれた細胞を選択する。
さらに、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98: 13090-13095 (2001) に記載されるように、雄非ヒト哺乳動物から採取した精原細胞をSTOフィーダー細胞と共培養する間にウイルスベクターに感染させた後、雄性不妊非ヒト哺乳動物の精細管に注入して雌非ヒト哺乳動物と交配させることにより、効率よく外来性変異IRAK1遺伝子へテロTg(+/-)産仔を得ることができる。
【0051】
あるいは、ゲノム編集(例:TALEN、CRISPR/Casシステム等)を用いて、Tg動物を作製することもできる。具体的には、例えば、CRISPR-Cas9をコードする核酸と、ゲノムの任意の領域、又はIRAK1遺伝子を標的とするガイドRNAと、予め変異を導入したドナーDNAを導入し、該ドナーDNAとゲノムDNAとの間での相同組み換えにより、遺伝子に変異を導入することができる。このようにして得られた受精卵を偽妊娠したメス動物の子宮に移植することにより、変異IRAK1遺伝子へテロTg(+/-)産仔を得ることができる。
【0052】
さらに、Tg動物は、内在性IRAK1遺伝子が変異IRAK1をコードする配列で置換されたノックイン(KI)動物であってもよい。そのため、本発明のTg動物は、ES又はiPS細胞へ、目的DNAを適当なターゲッティングベクターを用いて導入し、相同組換えにより内在性のIRAK1遺伝子を、変異IRAK1をコードする配列で置換することによっても作製され得る。あるいは、ゲノム編集により、受精卵のゲノムに変異IRAK1をノックインすることもできる。
【0053】
上記のゲノムに組み入れる核酸において、例えば、IRAK1をコードする配列の上流にマーカータンパク質等の他のタンパク質をコードする配列と、その末端にSTOPコドンを組み入れておき、さらに該他のタンパク質をコードする配列の前後を部位特異的組換え酵素(例:Cre、FLP、R、Gin)により認識される配列(例:それぞれ、loxP配列、FRT配列、RS配列、gix配列)を含んでおくことなどにより、部位特異的組み換え酵素が発現する細胞又は組織特異的にIRAK1を発現させることもできる。特定の細胞又は組織特異的なプロモーターに該酵素をコードする配列を作動可能に連結することで、該細胞又は組織特異的に該酵素を発現させることができる。また、部位特異的組み換え酵素が特定のタイミングで核内に移行するように、エストロゲンレセプターの改変体(ERT2)などの薬剤応答性レセプターをコードする配列を、該酵素をコードする配列の前後に連結させてもよい。
【0054】
前立腺特異的プロモーターとしては、例えば、前立腺特異的抗原(PSA)プロモーター及びその突然変異体ΔPSA、ARR2PB及びプロバシン(probasin)(PB)プロモーター、gp91-phox遺伝子プロモーター、前立腺特異的カリクレイン(hKLK2)プロモーターなどが挙げられる。
肝臓特異的プロモーターとしては、例えば、肝臓アルブミンプロモーター、α-フェトプロテインプロモーター、α1-抗トリプシンプロモーター、トランスフェリントランスサイレチンプロモーターなどが挙げられる。
大腸特異的プロモーターとしては、炭酸脱水酵素Iプロモーター、癌胎児性抗原プロモーター、Villinプロモーターなどが挙げられる。
卵巣又は胎盤特異的プロモーターとしては、例えば、エストロゲン応答性プロモーター、アロマターゼチトクロームP450プロモーター、コレステロール側鎖切断P450プロモーター、17α-ヒドロキシラーゼP450プロモーターなどが挙げられる。
乳房特異的プロモーターとしては、例えば、G.I.erb-B2プロモーター、erb-B3プロモーター、β-カゼイン、β-ラクト-グロブリン、WAB(ホエー酸性タンパク質)プロモーターなどが挙げられる。
肺特異的プロモーターとしては、例えば、サーファクタントタンパク質C(SFTPC)プロモーターなどが挙げられる。
皮膚特異的プロモーターとしては、例えば、K-14-ケラチンプロモーター、ヒトケラチン1又は6プロモーター、ロイクリン(roicrin)プロモーターなどが挙げられる。
脳特異的プロモーターとしては、例えば、神経膠線維酸性タンパク質プロモーター、成熟星状膠細胞特異的タンパク質プロモーター、ミエリンプロモーター、チロシンヒドロキシラーゼプロモーター、GFAPプロモーターなどが挙げられる。
膵臓特異的プロモーターとしては、例えば、ビリンプロモーター、グルカゴンプロモーター、インスリン島アミロイドポリペプチド(アミリン)プロモーターなどが挙げられる。
甲状腺特異的プロモーターとしては、例えば、チログロブリンプロモーター、及びカルシトニンプロモーターなどが挙げられる。
腎臓特異的プロモーターとしては、例えば、レニンプロモーター、肝臓/骨/腎臓アルカリ性ホスファターゼプロモーター、エリスロポイエチン(epo)プロモーターなどが挙げられる。
【0055】
本発明はまた、上述の方法で得られるモデル動物の生体の一部及びその使用を提供する。例えば、該モデル動物から採血し、血液又はその調製物を使用すること、あるいは、該モデルの各種組織から一部を採取し、組織片又は培養細胞等の調製物を使用することもできる。これらの調製は自体公知の方法で行うことができる。調製する細胞としては、線維芽細胞、筋線維芽細胞、樹状細胞、ケラチノサイト、心臓細胞、食道細胞、筋肉細胞、骨髄細胞、Bリンパ球、Tリンパ球、好中球、赤血球、血小板、マクロファージ、単球、骨細胞、骨髄細胞、脂肪細胞、間葉細胞、上皮細胞、表皮細胞、内皮細胞、血管内皮細胞等が挙げられるが、これらに限定されず、目的に応じて適宜調製することができる。調製する組織としては、皮膚、食道、肺、胃、膵臓、肝臓、胆嚢、胆管、小腸、大腸、腎臓、膀胱、前立腺、子宮、卵巣、血管、骨髄、脳、舌、咽頭等が挙げられるが、これらに限定されず、目的に応じて適宜調製することができる。例えば、本発明のモデル動物から採取した細胞では、Wnt/β-カテニン経路の活性化が亢進し、in vivoと同様にコラーゲンの沈着が亢進し得る。
【0056】
下述の実施例で示す通り、ヒトIRAK1をマウスの細胞及びアフリカツメガエルの初期胚に導入した場合にも、該細胞及び初期胚でWnt/β-カテニンの活性化亢進能を持つことが示された。よって、アフリカツメガエル、マウス及びヒトまで、非常に多岐に亘る動物種において、ヒトIRAK1はWnt/β-カテニン活性化亢進能を有し得る。本発明で対象とし得る動物としては、非ヒト哺乳動物が好ましく、該非ヒト哺乳動物(レシピエント動物)は、トランスジェニック系が確立されたヒト以外の哺乳動物であれば特に制限はなく、例えば、マウス、ラット、ウシ、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスターなどが挙げられる。好ましくは、疾患モデル動物作製の面から個体発生及び生物サイクルが比較的短く、繁殖が容易なげっ歯類動物がより好ましく、とりわけマウス(例えば、純系としてC57BL/6系統、BALB/c系統、C3H系統、FVB系統、DBA2系統等、交雑系としてB6C3F1系統、BDF1系統、B6D2F1系統、ICR系統等)及びラット(例えば、Wistar、SD等)が好ましい。
【0057】
これまでに有用な慢性炎症が誘発する組織の線維化、腫瘍形成又は腫瘍の悪性化の予防、治療戦略を立てる上では、前記病態モデル動物が必要となるが、かかるモデル動物の報告は非常に少ない。本発明のモデル動物は、上記病態モデル動物となり得るため、上記疾患の予防、治療の検証、線維化や発がんの分子機序の解明などに用いることができる。
【0058】
4.モデル動物又はその生体の一部を用いたスクリーニング方法
さらに、本発明には、モデル動物又はその生体の一部を用いたスクリーニング方法も含まれる。当該方法としては、特に限定されないが、例えば、上記の変異IRAK1を発現する組織又はトランスジェニック非ヒト哺乳動物に被験物質を接触させ、該被験物質を接触させない場合との間で、該組織又は動物における表現型の変化を測定・比較し、組織又は器官の線維症又は腫瘍の表現型を改善した被験物質を、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬の候補として選別する方法が挙げられる。
【0059】
一態様において、上記スクリーニング方法には、(1)本発明のモデル細胞、又は本発明のモデル動物若しくはその生体の一部に被験物質を接触させる工程、及び(2)組織又は器官の線維症又は腫瘍の表現型を改善した被験物質を選別する工程を含み得る。
【0060】
被験物質の接触は、細胞、組織又は器官にあっては、培地又は緩衝液などに被験物質を添加することにより、トランスジェニック非ヒト哺乳動物にあっては、被験物質を経口もしくは非経口的に投与することにより行われ得る。培地等への添加量、動物への投与量は、被験物質に応じて適宜選択することができる。被験物質の具体例としては、上記1.で記載したものと同一のものが挙げられる。
【0061】
上記表現型の改善は、線維症の表現型の場合には、細胞、組織又は器官にあっては、例えば、組織又は器官の線維化、肥厚、コラーゲンの沈着、コラーゲンI、β-カテニンの発現の変化等、動物にあっては、前記に加えて、例えば、組織又は器官の線維症の症状の緩和を、それぞれ指標として評価することができる。また、腫瘍の表現型としては、例えば、細胞増殖の異常、細胞接着、運動の異常、細胞死の異常、血管新生の誘導の変化等が挙げられ、動物にあっては、前記に加えて、例えば、腫瘍の症状の緩和を、それぞれ指標として評価することができる。前記組織又は器官の線維症又は腫瘍の症状としては、例えば、肺線維症の場合には、労作時に感じる息切れ、痰を伴わない咳などが挙げられ、肺腫瘍の場合には、上記に加えて、呼吸困難、体重減少、痰、血痰などが挙げられる。
【0062】
上述の方法で得られる組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬は、当該物質を有効成分とし、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を添加して製剤化し、線維症又は腫瘍の予防剤又は治療剤として使用することもできる。
【0063】
5.組織又は器官の線維症又は腫瘍の診断方法、又は該診断を補助する方法
本発明は、さらに別の一態様として、被験者のIRAK1のp.G289V変異、p.V412M変異、及び/又はQ421H変異(被験者がヒト以外の哺乳動物である場合は、ヒトIRAK1の289位のグリシンに対応するアミノ酸残基が、他のアミノ酸、好ましくはバリンに置換されるような変異、ヒトIRAK1の412位のバリンに対応するアミノ酸残基が、他のアミノ酸、好ましくはメチオニンに置換されるような変異、又はヒトIRAK1の421位のグルタミンに対応するアミノ酸残基が、他のアミノ酸、好ましくはヒスチジンに置換されるような変異)を検出する工程を含む、該被験者における組織又は器官の線維症又は腫瘍の診断又は該診断の補助方法(以下、これらを纏めて「本発明の診断方法等」と称することがある。)も提供する。本明細書において、「組織又は器官の線維症又は腫瘍の診断を補助する」とは、被験者が組織又は器官の線維症又は腫瘍に罹患している又は将来罹患する可能性が高いか否かの判断のための指標となる情報を提供することをいい、医療行為である、組織又は器官の線維症又は腫瘍に罹患している又は将来罹患する可能性が高いか否かを判断する工程自体を含まないことを意味する。
【0064】
本発明の診断方法等の対象となる組織又は器官の線維症又は腫瘍の種類としては、上記1.で列記したものと同一のものが挙げられる。本発明の診断対象となる被験体として、哺乳動物(例、ヒト、サル、ウシ、ブタ、イヌ、ネコ、マウス、ラット等)が挙げられるが、好ましくはヒトである。かかる哺乳動物は、組織又は器官の線維化又は腫瘍の症状を示すか、あるいは該疾患に罹患している可能性が高い動物であることが好ましい。
【0065】
本発明の診断方法等に用いる生体試料は、被検体から採取した試料であれば特に限定されず、例えば、血液、血漿、血清、唾液、尿、皮膚、爪、毛髪、骨髄液、口腔粘膜、組織等が挙げられる。好ましくは、血液、血漿、血清又は唾液である。これらの試料は、自体公知の方法により得ることができ、例えば、血清や血漿は、常法に従って被験者から採血し、液性成分を分離することにより調製することができる。試料中のDNAは、該試料からゲノムDNAを抽出して得ることができ、例えば、通常の採血により被験者から採取した血液からフェノール抽出法などによりゲノムDNAを単離することができる。その際、例えば、QIAmp Circulating Nucleic Acid Kitなどの市販のゲノムDNA抽出キットや装置を用いてもよい。
【0066】
IRAK1遺伝子における変異の検出は、例えば、IRAK1遺伝子の、p.G289、p.V412又はp.Q421をコードするコドンを含む領域を増幅し得るプライマーセットを用いたPCRにより、前記領域を増幅させ、得られた増幅産物を、自体公知の方法により塩基配列を決定することにより、変異を検出することができる。かかる塩基配列を決定する方法としては、例えば、サンガー法や、次世代シークエンサー(NGS)を用いた方法などが挙げられる。次世代シークエンスを用いた方法は、例えば、実験医学別冊「次世代シークエンス解析スタンダード」、2014年(羊土社)等を参照することができる。このような目的に用いられるNGSとしては、イルミナ(illumina)社製の装置(例:MiSeq、HiSeq2500)、ライフテクノロジーズ(Life Technologies)社製の装置(例:Ion Proton、Ion PGM)、ロッシュ ダイアグノスティックス(Roche Diagnostic)社製の装置(例:GS FLX+、GS Junior)などを挙げることができるが、これらの装置に限定されない。前記プライマーセットは、例えば、ヒトの場合、配列番号1に示される塩基配列の15個以上の連続した核酸を有し、前記領域を増幅し得るプライマーとすることができる。
【0067】
6.組織又は器官の線維症又は腫瘍の診断及び治療方法
また、本発明は、組織又は器官の線維症又は腫瘍の診断及び治療方法を提供する。前記のとおり、本発明の診断法等により得られた情報に基づいて、組織又は器官の線維症又は腫瘍に罹患している又は将来罹患する可能性が高いと判断された被験者に対して、抗線維症両方又は抗腫瘍療法を実施することができる。かかる療法としては、外科手術、放射線療法、抗線維症薬又は抗腫瘍薬(化学療法剤、その他の抗腫瘍剤)の投与、遺伝子治療、あるいはそれらの併用療法等が挙げられる。
【0068】
かかる抗線維症薬としては、例えば、パンテチン(D-ビス-(N-パントテニル-β-アミノエチル)-ジスルフィド)(米国特許第4,937,266号)、ベンゾイルヒドラジン(米国特許第5,374,660号及び同第5,571,846号)、アンジオテンシン阻害物質と一酸化窒素刺激剤との併用剤(米国特許第5,645,839号及び同第6,139,847号)、A1アデノシン受容体アンタゴニスト及び/又はP2xプリン受容体アンタゴニスト(米国特許第6,117,445号)、ソマトスタチンアゴニスト、肝細胞成長因子(HGF)、キマーゼ阻害物質、IL-13のアンタゴニスト(米国特許第6,268,342号)、同第6,303,126号、同第6,500,835号及び同第6,664,227号)などが挙げられる。
【0069】
抗腫瘍薬としては、例えば、アシビシン、アクラルビシン、アコダゾール、アクロニン、アドゼレシン、アルデスロイキン、アリトレチノイン、アロプリノール、アルトレタミン、アムボマイシン、アメタントロン、アミホスチン、アミノグルテチミド、アムサクリン、アナストロゾール、アントラマイシン、三酸化ヒ素、アスパラギナーゼ、アスペルリン、アザシチジン、アゼテパ、アゾトマイシン、バチマスタット、ベンゾデパ、ビカルタミド、ビサントレン、ビスナフィドジメシレート、ビゼレシン、ブレオマイシン、ブレキナル、ブロピリミン、ブスルファン、カクチノマイシン、カルステロン、カペシタビン、カラセミド、カルベチマー、カルボプラチン、カルムスチン、カルビシン、カルゼレシン、セデフィンゴール、セレコキシブ、クロラムブシル、シロレマイシン、シスプラチン、クラドリビン、メシル酸クリスナトール、シクロホスファミド、シタラビン、ダカルバジン、ダクチノマイシン、ダウノルビシン、デシタビン、デキソルマプラチン、デザグアニン、メシル酸デザグアニン、ジアジクオン、ドセタキセル、ドキソルビシン、ドロロキシフェン、ドロモスタノロン、デュアゾマイシン、エダトレキサート、エフロミチン、エルサミトルシン、エンロプラチン、エンプロマートなどが挙げられる。
【0070】
上記抗線維症薬又は抗腫瘍薬は、有効成分をそのまま単独で、又は薬学的に許容される担体、賦形剤、希釈剤等と混合し、適当な剤型の医薬組成物として経口的又は非経口的に投与してもよい。経口投与のための組成物としては、固体又は液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。一方、非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含してもよい。また、治療薬の投与量は、化合物の種類、投与対象の症状、齢、体重、薬物受容性等の種々の条件により、適宜設定することができる。
【0071】
以下に実施例等を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例等により限定されるものではない。
【実施例
【0072】
[実施例1]ヒトIRAK1 mRNA及びWnt8 DNAのアフリカツメガエルの初期胚への導入
ヒトIRAK1 mRNA又はWnt8 DNAを、アフリカツメガエルの初期胚(4細胞期)の頭部予定領域に、顕微注入法を用いてインジェクションし、胚内でIRAK1タンパク質又はWnt8タンパク質を発現させた。
【0073】
その結果、ヒトIRAK1タンパク質又はWnt8タンパク質を発現させた胚はいずれも、Wnt/β-カテニン経路の活性化の指標となる体軸後方化の表現型を示した。即ち、ヒトIRAK1により、Wnt/β-カテニン経路の活性化が亢進されることが示された(図2)。
【0074】
[実施例2]Wnt/β-カテニン経路の活性化の評価アッセイの構築
上記参考例1の結果を踏まえ、ヒトIRAK1がヒト細胞内でもWnt/β-カテニン経路の活性化が亢進できるか否かを調べた。まず、Wnt/β-カテニン経路の活性化を測定できるSuper TOPFLASHホタルルシフェラーゼレポーター遺伝子及び標準化様ウミシイタケレポーター遺伝子をそれぞれレンチウイルスベクターに組み込んだレンチウイルスレポーター遺伝子を構築した。この2つのレポーター遺伝子をレンチウイルス法により遺伝子導入し薬剤選択することで、多様なヒト細胞株での有無を検討できるようになった。
【0075】
レポーター遺伝子を導入した各種ヒト細胞株(TOPFLASH/Renilla reporter-introduced cells:T/R cell)に、さらにヒトIRAK1野生型(WT)、ヒトIRAK1キナーゼ活性欠損変異体 (KD、kinase dead)、マウスWnt1をコードするレンチウイルスに感染させて、2日後にプロメガ Dual-Glo Luciferase assay systemを用いて、デュアルルシフェラーゼアッセイを行い、生存細胞数の目安となるウミシイタケルシフェラーゼ活性で標準化したホタルルシフェラーゼ活性を測定した(図3)。その結果、肺がん細胞株(H157T/R,H522T/R,H1299T/R)、大腸がん細胞株RKOT/R、グリオーマ細胞株U251T/R,U-87 MGT/R)、卵巣がん細胞株Ovca420T/R、前立腺がん細胞株Du145T/R、乳がん細胞株MDA-MB231T/R、乳腺上皮細胞株MCF10AT/Rにおいて、ネガティブコントロールであるGFPを1として比較して、IRAK1はレポーター遺伝子を活性化し、特にKD変異体の方が野生型IRAK1より強い活性を示した(図4)。
【0076】
[実施例3]IRAKファミリーにおけるWnt/β-カテニン経路の活性化の検証
IRAKタンパク質はIRAK1,2,3,4 のファミリーをなしており、Toll様受容体/IL-1受容体-NFκBシグナル伝達に関与することが知られている。その構造には、ファミリー間で高度に保存されたDeath domainとKinase domainがあり、Death domainはMyD88やIRAKファミリー間同士で多量体形成をしてNFκBへシグナル伝達するのに必要であるとされるが、Kinase domainに関しては、IRAK4がIRAK1をリン酸化してシグナルを下流に伝達することと、IRAK1が自己をリン酸化して活性や安定性を調節すること以外は、キナーゼ活性の有無を含めて不明な点が多く、多くの議論がある。これらのドメイン以外に、リン酸化やユビキチン化修飾を受けるProline-Serine/Threonine-rich regionや ユビキチンリガーゼであるTRAF6結合部位を持つC-terminal domainが知られているが、ファミリー間での保存性は低い(図5)。
【0077】
図4の結果を受けて、IRAK1とともに、そのほかのIRAKタンパク質もWnt/β-カテニン経路の活性化能を持つかをレポーターアッセイ及びウエスタンブロットと定量RT-PCRにより検討した。図3と同様の手法で、ヒト肺がん細胞株H1299T/Rに野生型IRAKタンパク質(IRAK WT)とそのキナーゼ活性欠損変異体(IRAK KD)、さらにポジティブコントロールとしてマウスWnt1(mWnt1)及びツメガエル安定型β-カテニン(Xβ-cateninSA)を同程度量発現させ、同一試料を用いてそれぞれウエスタンブロット、レポーターアッセイ、定量RT-PCRを行い、Wnt/β-カテニン経路の活性化を検討した。なお、分泌性因子であるmWnt1以外のタンパク質にはN末端側にflag標識が付加されている。その結果、IRAKファミリータンパク質のうち、IRAK1のみが、1)TOPFLASHを活性化、2)内在性の標的遺伝子Axin2のmRNA発現量の増加、3) Axin2のタンパク質量の増加、4)活性型(非リン酸化)βカテニンの増加、を引き起こすことが明らかとなった(図6)。
【0078】
複数のヒト肺がん細胞株において、IRAK1によるWnt/β-カテニン経路の活性化がみられたことから、ヒト肺腺がんにおいてIRAKファミリーのmRNAの発現と予後の関係を、臨床データベースを用いたKaplan-Meier plotter(http://kmplot.com/analysis/index.php?p=background)により検討すると、IRAK1の発現のみが予後増悪因子となることがわかった(図7)。これまでに、Wnt/β-カテニン経路の活性化は肺がんの予後増悪因子であることがすでに報告されていることから、この解析結果はIRAK1のみがWnt/β-カテニン経路を活性化できることと良い対応を示していると考えられる。
【0079】
これまでに知られている主なIRAK1のタンパク質修飾や変異解析として、以下の事項が挙げられる(図)。
-Death domain内のW71、R76がDeath domainを介した多量体形成と下流のNFκBシグナル伝達に必須である。
-Proline-Serine/Threonine-rich region内のS131、S144、T173のリン酸化部位は自身のキナーゼ活性によりリン酸化され、下流のNFκBシグナル伝達に関与することが示唆されている。
-キナーゼドメイン内のT209部位は、上流に位置するIRAK4によるリン酸化部位であり、NFκBシグナル伝達に必須である。
-キナーゼドメイン内のK239部位は、キナーゼの活性中心であり、Proline-Serine/Threonine-rich region内の上記リン酸化部位を基質とするが、キナーゼ活性がNFκBシグナル伝達に必要なのかどうかは議論が分かれる(抑制的であるという最近の報告もある)。
-これまでヒトのがん組織で、G289V(唾液腺がん)、V412M(グリオーマ)、Q421H(乳がん)などのキナーゼドメイン内の体細胞変異が報告されているが、その活性への寄与は不明である。
【0080】
[実施例4]他の哺乳動物細胞を用いた、ヒトIRAK1のWnt/β-カテニン経路の活性化の検証
次に、マウスの細胞を用いて、ヒトIRAK1がWnt/β-カテニン経路の活性化を亢進するか否か検証した。ヒト肺がん細胞株のH1299細胞及びマウスNIH3T細胞を用いて、実施例3と同様の方法で、ヒトIRAK1又はマウスIRAK1がWnt/β-カテニン活性化亢進作用を有するか検証した。
【0081】
結果を図8に示す。ヒトIRAK1(hIRAK1)は、マウスNIH3T3細胞株においてWnt/β-カテニン経路の活性化を亢進したが、マウスIRAK1(mIRAK1)ではWnt/β-カテニン経路の活性化を亢進しなかった。
【0082】
[実施例5]ヒトIRAK1の点変異体の発現とWnt/β-カテニン経路活性の検証
IRAK1のWnt/β-カテニン経路に対する作用機序を検討するために、まずこれまでに報告されている上記のIRAK1のタンパク質修飾部位、点変異体機能解析、及び体細胞変異を元に、それらと同様のレンチウイルス発現用点変異体を作製し、それらのWnt/β-カテニン経路に対する生理活性と発現様式を解析した(図10)。
【0083】
図10で得られた結論を以下に示す(図11)。
-野生型IRAK1はタンパク質発現がその他の変異体に比べて比較的低く、タンパク質の一次構造から予想される分子量より(L(LOW)、約75KDa)、電気泳動移動度が遅く、見かけの分子量は120KDa程度(H(HIGH))であることから高度に翻訳後修飾を受けていると考える。
-多量体形成に必須なDeath domainの機能はWnt/β-カテニン経路活性及び高度な翻訳後修飾に必要である。
-T209A、K239A、V412M、Q421Hなどのキナーゼドメイン内の変異の多くはタンパク質の発現量とWnt/β-カテニン経路活性を上昇させる。
-V412M、Q421Hなどグリオーマや乳癌で発見された体細胞変異はWnt/β-カテニン経路活性を亢進させる。
【0084】
野生型IRAK1と比較して、顕著にWnt/β-カテニン経路活性の上昇を示すV412M及びKD変異は、そのタンパク発現量も上昇していることから、野生型と同程度のタンパク質量を発現させて活性を比較した。その結果、双方の変異とも野生型IRAK1よりWnt/β-カテニン経路活性が強いことから、量的だけでなく質的にもWnt/β-カテニン経路活性化能が上昇していることが示唆された(図12)。
【0085】
[実施例6]β-カテニン抑制複合体構成因子との結合部位の検証
KD変異体のWnt/βカテニン活性化能が、S173部位に依存していることが判明したので(図10、11)、S173部位を含む近傍付近のアミノ酸配列に注目したところ、PPPSP配列が見られた。このPPPS/TPモチーフと呼ばれる配列はWntリガンドの共役受容体であるLRP5/6のC末端に複数存在し、WntリガンドがLRP5/6に結合するとリン酸化されAxinやGSK3βのようなβ-カテニン抑制複合体構成因子と結合してβ-カテニンを安定化されるということが知られていた(図13)。そして、興味深いことにこのモチーフは他のIRAKファミリーには保存されておらず、さらにマウスやツメガエルなどのIRAK1にも存在せず、ヒトIRAK1に特有であることがわかった。
【0086】
そこで、このPPPSPの特性より、Wnt/β-カテニン経路活性化能を最も示すFlag標識KD変異体とAxinやGSK3βとの結合を、抗FLAG M2抗体アフィニティビーズを用いた免疫沈降と抗Axin1抗体(CST)や抗GSK3β抗体(CST)を用いたウエスタンブロット解析により検討した。Wnt/β-カテニン経路活性化能にDeath domainの機能やP-S/T domain内のS173部位が重要であることから、KD変異体の比較対象として、KD変異にさらにDeath domain欠損、P-S/T domain欠損、S173A点変異を持つIRAK1変異体を加えた。その結果、KD変異体は内在性Axin1及びGSK3βタンパク質と結合することが示され、その他の変異体ではその結合の減弱・消失が認められた(図14)。これにより、Death domainの機能とP-S/T domain内のS173部位が、ヒトIRAK1とAxinやGSK3βとの結合ならびにWnt/β-カテニン経路活性化能、翻訳後修飾に重要であることが示唆された。
【0087】
[実施例7]TOPFLASHアッセイによるIRAK1の上流因子の検証
以上より、IRAK1のタンパク質発現はWnt/β-カテニン経路活性化に十分であることが明らかとなったが、次に必要性を調べた。図3の実験系を用いて、これまで、肺がん細胞株H1299T/Rにおいては、Wnt/β-カテニン経路のリガンドであるWnt3AがWnt/β-カテニン経路を活性化し、また、細胞株U-87 MG/TRにおいては、IRAK1の上流リガンドである炎症性サイトカインIL1βがWnt/β-カテニン経路を活性化することを見出しているので、これらのサイトカインによる活性化機構において、IRAK1が必要かどうかについて検討した。H1299T/RとH358hpT/Rに、2種類のヒトIRAK1siRNAをLipofectamine RNAiMAX(Thermo Fisher Scientific)を用いて細胞内に導入後2日間培養し、それぞれにリコンビナントのヒトWnt3AとIL1βを添加して5ng/mlの濃度でさらに1日間培養後に、TOPFLASHアッセイとウエスタンブロットにより解析した(図15)。その結果、Wnt3a処理をしたH1299T/R細胞においては、siRNAにより内在性のIRAK1タンパク質が効率よく低下しているのにかかわらず、Wnt3aによるTOPFALSHの活性化を抑制しなかったが、IL1β処理をしたH358hpT/RにおいてはsiRNAによりTOPFALSHの活性化が抑制された。なお、従来の報告通り、IL1βによって活性化されたIRAK1タンパク質はコントロールsiRNA(Csi)処理群でも速やかに分解されていることが確認され、IL1βの作用の一つの目安となる。以上の結果より、β-カテニンの活性化においてIRAK1の上流には、Wntリガンドではなく、NFκBシグナルと同様にIL1βリガンドが存在し、そのシグナル伝達にIRAK1が必須であることが示唆された(図15)。なお、本実施例で用いたsiRNAは全てthermo Fisher scientificより購入し、それぞれのカタログ番号は次の通りである;IRAK1 siRNA1:siRNAID#: 322、IRAK1 siRNA2:siRNAID#: 323、Silencer Control siRNA(Csi):catalog#:AM4611
【0088】
上記の実験結果より、如何なる理論にも拘束されることを望むのもではないが、慢性炎症で活性化しているIL-1Rシグナル経路とWnt/β-カテニン経路をクロストークさせる鍵因子がIRAK1であると想定して、慢性炎症が誘発する線維化・がん化のメカニズムは以下の仮説が推察される(図16)。
(1)損傷・炎症組織に炎症性細胞が浸潤して、常態的なIL-1の産生・刺激が生じる。
(2)炎症組織にIRAK1の高発現部位や変異細胞があると、恒常的なβ-カテニンの活性化と上皮間葉転換や増殖を亢進する標的遺伝子の発現が起こる。
(3)恒常的なβ-カテニン標的遺伝子の発現上昇は上皮間葉転換や線維化を引き起こし、また細胞増殖の亢進は遺伝子変異蓄積やがん化のリスクを大きく上昇させる。
【0089】
[実施例8]活性型IRAK1を組織特異的に発現するマウスの作製・解析と慢性炎症誘発疾患モデルマウスの確立
ゲノム編集技術を利用し、大腸、肺、グリア、肝臓細胞特異的活性型IRAK1(K239A及びV412Mの変異が導入されている)発現トランスジェニックマウスを作製し、線維化や発がんに注目してその表現型の解析を試みる(図17)。図17に示す通り、CRISPR/Cas9システムを用いて、活性型IRAK1をコードしたtargeting vectorを導入した受精卵由来のマウスを作製した。ガイドRNAの標的配列は、ACTCCAGTCTTTCTAGAAGA-TGG (TGGはPAM配列)(配列番号3)とした(Chu et. al., BMC biotechnology 16 4 2016)。該マウスの生殖細胞への遺伝子導入が確認し、組織特異的Creマウスとの掛け合わせを行うことで、組織特異的に活性型IRAK1を発現するマウスが得られる。得られるマウスと、Wnt/β-カテニン経路活性を定量できるTOP-GALマウスやβ-カテニンfloxマウスと交配させることで、Wnt/β-カテニン経路への依存性を評価するためのマウスが得られる。また、該マウスにブレオマイシン投与による肺炎やAOM/DSS投与による大腸炎などの薬剤投与による炎症を誘導し、炎症下でのIRAK1亢進によるWnt/β-カテニン経路活性化の発がんへの影響を評価する。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明により提供される疾患モデル動物は、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防、治療の検証、線維化や発がんの分子機序の解明などに用いることができる。また、本発明によれば、スクリーニングにより得られた候補物質は、組織又は器官の線維症又は腫瘍の予防又は治療薬として有用である。
図1
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【配列表】
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