(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-31
(45)【発行日】2024-02-08
(54)【発明の名称】一過性の複合感情の推定装置、推定システム、推定方法および推定プログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/16 20060101AFI20240201BHJP
A61B 5/1455 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
A61B5/16 120
A61B5/1455
(21)【出願番号】P 2020170861
(22)【出願日】2020-10-09
【審査請求日】2023-08-08
(73)【特許権者】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅井 雛代
(72)【発明者】
【氏名】森瀬 綾子
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】山羽 宏行
【審査官】下村 一石
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-523274(JP,A)
【文献】特開2019-159941(JP,A)
【文献】特開2002-577(JP,A)
【文献】特開2019-185173(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/06-5/22
A61B 5/24-5/398
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する推定装置であって、
対象者が対象物と接触する前後における、前額部における酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および脳波情報を取得する取得部と、
酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された前記酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と前記脳波情報とを用いて前記複合感情を推定する推定部と、
を備える、推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の推定装置において、
前記脳波情報は、後頭部におけるα波の変化量およびβ波の変化量を少なくとも含む、推定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の推定装置において、
前記脳波情報は、β波の変化量およびα波の変化量である、推定装置。
【請求項4】
請求項2に記載の推定装置において、
前記脳波情報は、β波/α波の変化量である、推定装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の推定装置において、
前記複合感情は、ときめきの感情である、推定装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の推定装置において、
前記推定式は、予め用意された複数の前記複合感情を感じさせる画像と予め用意された複数の前記複合感情を感じさせない画像とを被験者に看取させた際における前記酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および前記脳波情報を説明変数とし、前記複合感情を感じさせる画像と前記複合感情を感じさせない画像とを用いた複合感情の実測値を目的変数として回帰分析により算出された式である、推定装置。
【請求項7】
ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する推定システムであって、
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の推定装置と、
前額部における前記酸素化ヘモグロビン濃度を測定する濃度測定器と、
脳波情報を測定する脳波測定器と、
前記推定装置により推定された前記複合感情の推定情報を出力する出力装置と、
を備える、推定システム。
【請求項8】
ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する推定方法であって、
対象者が対象物と接触する前後における、前額部における酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および脳波情報を取得し、
酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された前記酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と前記脳波情報とを用いて前記複合感情を推定すること、
を備える、推定方法。
【請求項9】
ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する推定プログラムであって、
対象者が対象物と接触する前後における、前額部における酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および脳波情報を取得するための機能と、
酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された前記酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と前記脳波情報とを用いて前記複合感情を推定するための機能とを、コンピュータによって実現させる、推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
人の感情を評価する方法として、生体情報を計測してリアルタイムに評価する方法やアンケートシートを用いた心理的評価方法といったように種々の方法が提案されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【0004】
しかしながら、人の感情には、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情、例えば、「ときめき」、「スリル感」や「照れくささ」の感情があり、従来の評価方法によっては、複合感情は評価できず、あるいは、満足のいく評価レベルを得ることができないという問題がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を適切に推定することが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題の少なくとも一部を解決するために、本開示は以下の種々の態様を採る。
【0007】
第1の態様は、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する推定装置を提供する。第1の態様に係る推定装置は、対象者が対象物と接触する前後における、前額部における酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および脳波情報を取得する取得部と、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された前記酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と前記脳波情報とを用いて前記複合感情を推定する推定部と、を備える。
【0008】
第1の態様に係る推定装置によれば、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを用いて複合感情を推定するので、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を適切に推定することができる。
【0009】
第1の態様に係る推定装置において、前記脳波情報は、後頭部におけるα波の変化量およびβ波の変化量を少なくとも含んで良い。脳波情報のうち、α波とβ波は複合感情を適切に推定できる。
【0010】
第1の態様に係る推定装置において、前記脳波情報は、β波の変化量およびα波の変化量であっても良い。β波およびα波を用いると複合感情をより適切に推定することができる。
【0011】
第1の態様に係る推定装置において、前記脳波情報は、β波/α波の変化量であっても良い。β波/α波を用いると複合感情をより適切に推定することができる。
【0012】
第1の態様に係る推定装置において、前記複合感情は、ときめきの感情であっても良い。ときめきは、ポジティブな感情とネガティブな感情の複合感情であり、マーケティングにおいても有用な感情である。
【0013】
第1の態様に係る推定装置において、前記推定式は、予め用意された複数の前記複合感情を感じさせる画像と予め用意された複数の前記複合感情を感じさせない画像とを被験者に看取させた際における前記酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および前記脳波情報を説明変数とし、前記複合感情を感じさせる画像と前記複合感情を感じさせない画像とを用いた複合感情の実測値を目的変数として回帰分析により算出された式である、推定装置。この場合には、複合感情を推定するための推定式を適切に得ることができる。
【0014】
第2の態様は、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する推定システムを提供する。第2の態様に係る推定システムは、第1の態様に係るいずれか一の推定装置と、前額部における前記酸素化ヘモグロビン濃度を測定する濃度測定器と、脳波情報を測定する脳波測定器と、前記推定装置により推定された前記複合感情の推定情報を出力する出力装置と、を備える。
【0015】
第2の態様に係る推定システムによれば、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを用いて複合感情を推定するので、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を適切に推定することができる。
【0016】
第3の態様は、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する推定方法を提供する。第3の態様に係る推定方法は、対象者が対象物と接触する前後における、前額部における酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および脳波情報を取得し、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された前記酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と前記脳波情報とを用いて前記複合感情を推定すること、を備える。
【0017】
第3の態様に係る推定方法によれば、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを用いて複合感情を推定するので、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を適切に推定することができる。
【0018】
第4の態様は、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を推定する推定プログラムを提供する。第4の態様に係る推定プログラムは、対象者が対象物と接触する前後における、前額部における酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および脳波情報を取得するための機能と、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された前記酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と前記脳波情報とを用いて前記複合感情を推定するための機能とを、コンピュータによって実現させる、ことを備える。
【0019】
第4の態様に係る推定プログラムによれば、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを用いて複合感情を推定するので、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を適切に推定することができる。
【0020】
第4の態様に係る推定プログラムは、コンピュータ読み取り可能な媒体、例えば、CD、DVD、ブルーレイディスク、半導体メモリに格納されていても良い。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】第1の実施形態に係る推定装置および推定システムの一例を示す説明図。
【
図2】第1の実施形態に係る推定装置および推定システムの一例を示す説明図。
【
図3】第1の実施形態に係る推定システムを機能部によって示す説明図。
【
図4】第1の実施形態に係る推定装置の機能的な内部構成を示すブロック図。
【
図5】画像を用いたときめきの実測値を得るための手順を示す説明図。
【
図6】画像を用いたときめきの実測値を得る際に用いられる調査票の一例を示す説明図。
【
図7】濃度測定器が備える測定チャネルの一例を示す説明図。
【
図8】ときめく画像と、ときめかない画像に対する各脳波成分の変化量を示す説明図。
【
図9】推定式における回帰係数、定数項および相関関係の一例を示す説明図。
【
図10】酸素化ヘモグロビン濃度値を変数とする推定式を用いて算出される推定値と実測値との相関関係を示すグラフ。
【
図11】酸素化ヘモグロビン濃度値およびα波を変数とする推定式を用いて算出される推定値と実測値との相関関係を示すグラフ。
【
図12】酸素化ヘモグロビン濃度値およびβ波を変数とする推定式を用いて算出される推定値と実測値との相関関係を示すグラフ。
【
図13】酸素化ヘモグロビン濃度値およびβ波/α波を変数とする推定式を用いて算出される推定値と実測値との相関関係を示すグラフ。
【
図14】酸素化ヘモグロビン濃度値、α波およびβ波を変数とする推定式を用いて算出される推定値と実測値との相関関係を示すグラフ。
【
図15】第1の実施形態に係る推定装置によって実行される複合感情推定処理の各処理ステップを示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0022】
従来の感情推定方法においては、脳活動などの生体計測を利用し、例えば、快適・不快といった単純な感性・感情を評価することはできても、動揺感等のネガティブな感情と幸福感等のポジティブな感情が複合的に組み合わさる複合感情、例えば、「ときめき」、「スリル感」や「照れくささ」を適切に評価することは困難であった。また、複合感情は一過性の感情であるためアンケートを用いる方法では、一時的な複合感情を適時に評価することが困難であった。本発明者等は、複合感情を適切に推定する方法を鋭意検討した。以下、本開示に係る推定装置、推定システム、推定方法、並びに推定プログラムについて、図面を参照しつつ、実施形態に基づいて説明する。
【0023】
第1の実施形態:
図1および
図2は、第1の実施形態に係る推定装置および推定システムの一例を示す。推定装置100は、
図1に示すようにデスクトップ型コンピュータや図示しないノート型コンピュータといったコンピュータ100として実現されても良く、
図2に示すようにタブレット端末またはスマートフォン(以下、単に「スマートフォン」という。)として実現されても良い。コンピュータ100は表示装置31とは有線または無線により接続され得る。コンピュータ100が推定装置として機能する場合、表示装置31、脳波情報を測定するための脳波測定器41および酸素化ヘモグロビン濃度を測定するための濃度測定器42によって推定システム10が構成される。スマートフォン100が推定装置として機能する場合、表示部21はスマートフォン100に備えられており、脳波測定器41および濃度測定器42とによって推定システム10が構成される。コンピュータ100およびスマートフォン100と脳波測定器41および濃度測定器42とは無線または有線にて接続され得る。無線による接続は、例えば、WIFI(登録商標)やBLUETOOTH(登録商標)といった近距離無線通信規格に準拠する無線通信により実現される。
【0024】
脳波測定器41は、例えば、周知の簡易脳波計であり、複数の電極を有するヘッドセットを有し、ヘッドセットを対象者の頭部に装着することにより対象者の脳波を検出する。検出される脳波は、θ波、α波およびβ波を含む。本実施形態においては、後頭部に位置する電極によって測定された各波の信号値の平均値が各波の測定値として取得される。なお、本実施形態においては、対象者が対象物、例えば、商品に接触する前と後の脳波の変化量が用いられ、各脳波成分の変化量を脳波情報と呼ぶ。対象物に接触するとは、人の五感である、視覚、聴覚、嗅覚、味覚および触覚を通して、商品のデザイン(実物または画像)、商品の音、商品の香り、商品の味および商品の手触りを知覚することを意味する。なお、脳波の変化量は、脳波測定器41によって出力されても良く、あるいは、推定装置100において、脳波測定器41によって測定された脳波の時間変化、すなわち、変化量が算出されても良い。濃度測定器42は、例えば、ウェアラブルなfNIRS装置(光トポグラフィ装置)であり、複数の光センサチャネル、すなわち、近赤外光光源と検出部とを備える装着部を有し、装着部を対象者の前額部に配置することによって酸素化ヘモグロビン濃度の変化量(酸素化ヘモグロビン量の変化量)を取得する。本実施形態においては、各チャネル単位で酸素化ヘモグロビン濃度の変化量が取得される。濃度測定器42としては、MRI(磁気共鳴画像診断装置)が用いられても良い。また、本実施形態においては、既述の通り、対象者が対象物、例えば、商品に接する前と後の酸素化ヘモグロビン濃度の変化量が用いられる。なお、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量は、濃度測定器42によって出力されても良く、あるいは、推定装置100において、濃度測定器42によって測定された濃度の時間変化、すなわち、変化量が算出されても良い。
【0025】
表示装置31および表示部21には、推定結果が表示される。推定結果としては、複合感情の程度、例えば、ときめきの程度が百分率、10段階のレベル、またはその他の数値、ときめきの程度によって面積が変化する図柄が表示される。タブレット端末またはスマートフォンは、表示装置31として用いられ得るので、コンピュータ100からタブレット端末またはスマートフォンに対して、無線通信によって推定結果が送信されても良い。この場合、利用者のスマートフォンに推定結果を送信することができる。なお、コンピュータ100は、複数の端末と有線または無線ネットワークを介して接続されるサーバとして機能するサーバコンピュータであっても良く、この場合には、複数の各種クライアント端末から、脳波情報および酸素化ヘモグロビン濃度がアップロードされ、サーバコンピュータにおいて推定値が算出され、サーバコンピュータから各種クライアント端末に対して算出された推定値が送信され得る。
【0026】
図3は第1の実施形態に係る推定システム10を機能部によって示す説明図である。推定装置100は、取得部F1、推定部F2を備えている。取得部F1は、脳波測定器41および酸素化ヘモグロビン濃度測定器42と有線または無線にて接続されており、脳波情報として、脳波測定器41によって測定されたθ波、α波およびβ波の変化量を取得し、濃度測定器42から酸素化ヘモグロビン濃度の変化量または酸素化ヘモグロビン濃度を取得する。推定部F2は、取得部F1によって取得された脳波情報および酸素化ヘモグロビン濃度の変化量を変数とする推定式を用いて複合感情を推定する。推定部F2によって推定された複合感情は、表示部21または表示装置31に対して出力される。
【0027】
図4は第1の実施形態に係る推定装置100の機能的な内部構成を示すブロック図である。推定装置100は、中央処理装置(CPU)101、メモリ102、入出力インタフェース103、および図示しないクロック発生器を備えている。CPU101、メモリ102、入出力インタフェース103およびクロック発生器は内部バス104を介して双方向に通信可能に接続されている。メモリ102は、複合感情を推定するための複合感情推定プログラムPr1を不揮発的且つ読み出し専用に格納するメモリ、例えばROMと、CPU101による読み書きが可能なメモリ、例えばRAMとを含んでいる。CPU101、すなわち、推定装置100は、メモリ102に格納されている複合感情推定プログラムPr1を読み書き可能なメモリに展開して実行することによって、取得部F1および推定部F2として機能する。なお、CPU101は、単体のCPUであっても良く、各プログラムを実行する複数のCPUであっても良く、あるいは、複数のプログラムを同時実行可能なマルチタスクタイプあるいはマルチスレッドタイプのCPUであっても良い。なお、取得部F1および推定部F2は、論理回路としてハードウェア的に実現されても良い。
【0028】
入出力インタフェース103は、推定装置100と、他の各種装置とを接続するために用いられる物理的および論理的な無線または有線のインタフェースであり、例えば、USB端子、LAN端子、シリアルバス端子といった公知の端子または各無線プロトコルに準じた無線受信部として実現され得る。第1の実施形態において、入出力インタフェース103には、例えば液晶パネルを有する表示部21、表示装置31、脳波測定器41、濃度測定器42がそれぞれ信号線を介して接続されている。なお、推定情報を出力する出力装置としては、表示装置31に代えて、または、表示装置31と共に、印刷媒体、例えば、紙に対して推定された印象を出力、すなわち、印刷する印刷装置が備えられても良い。
【0029】
推定式の決定:
女性16名を対象として、化粧品の画像を見た時の脳活動とときめきの程度を分析した。分析のための実験は、被験者に対して、
図5に示す手順で、20秒間の画像の提示および20秒間の安静を1セットとして、化粧品画像5枚を用いて計5セットを1サイクルとする画像を看取させる実験を実行した。本番に先立って、練習画像を用いて1サイクル実行し、その後、「ときめく画像」を用いて1サイクル、「ときめかない画像」を用いて1サイクルの計2サイクルを本番として実行した。「ときめく画像」および「ときめかない画像」は、前出の16名の女性に提示して得られた調査結果に基づいて用意された画像である。各サイクルにおいて、画像を提示した後の安静時に、ときめきの程度として、
図6に示す調査票の7段階の中から該当するレベルを安静時に回答させた。これと同時に、脳波測定器41および濃度測定器42を用いて脳の活動状態を計測した。調査票によって得られる7段階の評価は、0~6点のときめき得点として用いられる。
【0030】
脳活動については、脳波および酸素化ヘモグロビン濃度のいずれについても、各画像呈示前10秒間の平均値に対する画像提示中10秒間の平均値の変化量、すなわち、脳活動変化量を算出し、解析に用いた。10秒間の平均値としては、10秒間における脳波信号値および酸素化ヘモグロビン濃度の合計値を測定期間である10秒で除した、1秒あたりの値が用いられても良く、あるいは、他の秒数で除した値が用いられても良い。なお、脳波については、θ波(4-7Hz)、α波(8-13Hz)、β波(20-25Hz)、α波とβ波の比であるβ/αを算出した。「ときめく画像」5枚のうち、ときめき得点が高かった3枚について、ときめき得点の平均値と、画像提示中の脳活動変化量の平均値と、「ときめかない画像」5枚のうち、ときめき得点が低かった3枚について、ときめき得点の平均値と、画像提示中の脳活動変化量の平均値とを用いて偏最小二乗回帰分析(PLS)を実行した。具体的には、ときめき得点の平均値を目的変数、前額部の酸素化ヘモグロビン濃度の変化量および後頭部の脳波の変化量を説明変数として偏最小二乗回帰分析を行い、脳活動からときめきの程度を数値化する推定式を見出した。なお、酸素化ヘモグロビン濃度については、濃度測定器42が備える
図7に示すチャネル7~チャネル16の計10チャネルの測定値が用いられ、脳波については、各電極により得られた各脳波成分の測定値の平均値が用いられた。
【0031】
図8に示すように、脳波のうち、θ波は、ときめく画像IMPおよびときめかない画像IMNのいずれにおいてもマイナスの変化量が見られたため、ときめきの感情の指標としては不適であった。一方、α波は、ときめく画像IMPにマイナスの変化量が見られ、ときめかない画像IMNにプラスの変化量が見られたため、ときめきの感情の指標として適切であることが確認できた。また、β波は、ときめく画像IMPにプラスの変化量が見られ、ときめかない画像IMNにマイナスの変化量が見られたため、ときめきの感情の指標としてより適切であることが確認できた。よって、脳波の測定値としては、α波およびβ波を用いた。また、後述するように、ときめく画像に対してプラスの変化量が見られるβ波は、より適した指標であると言うことができる。
【0032】
推定式の基本式は以下の通りである。
ときめきの程度=K7(CH7)+K8(CH8)+K9(CH9)+K10(CH10)+K11(CH11)+K12(CH12)+K13(CH13)+K14(CH14)+K15(CH15)+K16(CH16)+Kα(α波)+Kβ(β波)+Kαβ(β波/α波)+定数項 (式1)
ここで、K7~K16はそれぞれ対応するチャネルCHの回帰係数であり、Kαはα波の回帰係数であり、Kβはβ波の回帰係数であり、Kαβはβ波/α波の回帰係数であり、
図9に示す説明変数に対応する各回帰係数が用いられる。なお、
図9に示す各説明変数に対応する回帰係数は例示であり、これらの係数値に限定されることはない。(CHn)は各チャネルの測定値であり、(α波)はα波の測定値であり、(β波)はβ波の測定値であり、(β波/α波)はβ波/α波の値である。用いられる説明変数に応じて、式(1)に対して対応する回帰係数が当て嵌められて用いられる。なお、推定式は、直線を近似する他の線形回帰法や、ロジスティック回帰などの一般化線形モデルによって求められても良い。
【0033】
上記の推定式(式1)において説明変数として、(1)酸素化ヘモグロビン濃度の変化量(Oxy-Hb)、(2)Oxy-Hb+α波、(3)Oxy-Hb+β波、(4)Oxy-Hb+β波/α波、(5)Oxy-Hb+α波+β波をそれぞれ用いた際に、脳波測定器41および濃度測定器42によって得られた測定値を代入して得た推定値と、推定式(式1)を得る際に用いた、ときめき得点の平均値(実測値)と、の相関関係を検証した。
図10は、(1)酸素化ヘモグロビン濃度の変化量(Oxy-Hb)、
図11は、(2)Oxy-Hb+α波、
図12は、(3)Oxy-Hb+β波、
図13は、(4)Oxy-Hb+β波/α波、
図14は、(5)Oxy-Hb+α波+β波、をそれぞれ説明変数(測定パラメータ)として用いた場合のグラフである。また、各説明変数について得られた相関係数Rは、(1)Oxy-Hb:0.536、(2)Oxy-Hb+α波:0.594、(3)Oxy-Hb+β波:0.639、(4)Oxy-Hb+β波/α波:0.650、(5)Oxy-Hb+α波+β波:0.726であった。したがって、Oxy-Hbのみを説明変数とする場合よりも、脳波情報としてα波またはβ波を説明変数として用いた場合に得られる推定値の方が、実測値に対して良好な相関関係が得られ、また、脳波情報としてβ波を説明変数として用いる場合には更に良好な相関関係が得られ、さらに、脳波情報としてα波およびβ波を説明変数として用いる場合には更に良好な相関関係が得られ、中でも、Oxy-Hb、α波およびβ波を説明変数として用いる場合に最も良好な相関関係が得られること、すなわち複合感情の推定精度を最も向上させ得ることが検証された。
【0034】
推定装置を用いた複合感情の推定:
推定装置100によって実行される推定処理について説明する。
図15は第1の実施形態に係る推定装置100によって実行される推定処理の各処理ステップを示すフローチャートである。より具体的には、CPU101が、複合感情推定プログラムPr1を実行することによって実現される。
【0035】
先ず、対象者に対して、ときめく感情を抱くか否かを検証したい対象物を接触させない状態、すなわち、対象物を接触させる前、において、CPU101は、入出力インタフェース103を介して、脳波情報を取得する(ステップS100)。取得される脳波情報は、対象者が対象物と接触する前の10秒間の測定期間における各脳波成分の平均値であり、脳波測定器41において各脳波成分の平均値が算出されて入出力インタフェース103に入力されても良く、CPU101において、脳波測定器41から入力された10秒間の各脳波成分の平均値が算出されても良い。また、各脳波成分は、少なくとも各電極から得られる複数のα波およびβ波の測定値であっても良く、あるいは、各電極によって測定された単一のα波およびβ波の平均値、すなわち、α波平均値およびβ波平均値であっても良い。前者の場合には、CPU101においてα波平均値およびβ波平均値が算出される。
【0036】
CPU101は、濃度測定器42から酸素化ヘモグロビン濃度を取得する(ステップS102)。取得される酸素化ヘモグロビン濃度は、対象者が対象物と接触する前の10秒間の測定期間における各チャネルにおける測定値の平均値であり、濃度測定器42において各チャネルの測定値の平均値が算出されて入出力インタフェース103に入力されても良く、CPU101において、濃度測定器42から入力された10秒間の各チャネルの測定値の平均値が算出されても良い。なお、説明を容易にするためにステップS100とステップS102とは別々に説明されているが、ステップS100とステップS102は同時に、すなわち、同じ10秒間の測定期間に実行される。
【0037】
次に、対象者がときめく感情を抱くか否かを検証したい対象物に接触した後に、CPU101は、脳波情報の変化量を取得する(ステップS104)。具体的には、対象者が対象物と接触した後の10秒間における各脳波成分の平均値が取得され、ステップS100において対象者が対象物と接触する前に取得された各脳波成分の平均値に対する変化量、すなわち、差分が取得される。CPU101は、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量を取得する(ステップS106)。具体的には、対象者が対象物と接触した後の10秒間における酸素化ヘモグロビン濃度の平均値が各チャネル毎に取得され、ステップS102において対象者が対象物と接触する前に取得された各チャネルの酸素化ヘモグロビン濃度の平均値に対する変化量、すなわち、差分が取得される。ステップS104およびステップS106もまた、同時に、すなわち、同じ10秒間の測定期間に実行される。
【0038】
CPU101は、推定式(式1)を用いて複合感情、本実施形態においては「ときめきの感情」の推定値を取得する(ステップS108)。具体的には、ステップS104、S106において取得した、脳波情報であるα波およびβ波の変化量、並びに酸素化ヘモグロビン濃度の変化量の値を変数として、推定式(式1)に代入して複合感情の推定情報を算出する。算出される複合感情推定情報は、例えば、0~6の間の推定値を取り、6は、「ときめき」の程度が最も強いことを意味し、0は、「ときめき」の程度が最も弱いことを意味する。なお、推定式(式1)としては、脳波情報に関する変数として、β波/α波を用いる推定式を用いることが好ましく、α波およびβ波とを用いる推定式を用いることが更に好ましい。
【0039】
CPU101は、取得した複合感情推定値を、出力装置としての表示部21または表示装置31上に表示して(ステップS110)、本処理ルーチンを終了する。表示部21または表示装置31上に表示される推定印象値は、0~100の値、あるいは、0~10の値に置き換えられて表示されても良く、あるいは、0~6を7段階に分けて、値5および6の場合に「ときめきを感じる」、値0および1の場合に「ときめきを感じない」、値2~4の場合に「どちらでもない」といった言葉に置き換えられて表示されても良い。
【0040】
以上述べたように、本実施形態に係る推定装置100によれば、対象者が対象物と接触する前後における、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを変数とする予め用意された推定式と、取得された酸素化ヘモグロビン濃度の変化量と脳波情報とを用いて複合感情を推定するので、ネガティブ感情とポジティブ感情が複合的に組み合わさることにより生じる一過性の複合感情を適切に推定することができる。より具体的には、酸素化ヘモグロビン濃度の変化量に加えて、脳波情報、特には、α波およびβ波の平均値、または、β波/α波の平均値が用いられるので、ネガティブな感情とポジティブな感情とを適切に反映した複合感情の推定を実行することができる。すなわち、α波は専ら複合感情のネガティブな感情、例えば、リラックス感の低下、すなわち、動揺感の増加の評価に有用であり、β波は専ら複合感情のポジティブな感情、例えば、活動感の変化、すなわち、幸福感や楽しさ感の増加の評価に有用であるから、これら脳波成分を用いることによって、ネガティブな感情とポジティブな感情とが複合的に組み合わされる複合感情を精度良く推定することができる。さらに、対象者が対象物と接触するタイミングにて複合感情を推定することができるので、一過性である複合感情を精度良く推定することができる。
【0041】
その他の実施形態:
(1)上記実施形態において、得られた推定値は、数値によって示されても良く、あるいは、グラフによって示されても良い。グラフで表示される場合には、利用者に対して感覚的に推定の把握を促すことが可能となり、数値によって表示される場合には、より具体的および直接的に推定を示すことができる。
【0042】
(2)上記実施形態においては、推定する複合感情として「ときめき」の感情が用いられたが、他の複合感情、例えば、「スリル感」や「照れくささ」といった複合感情が用いられても良い。この場合には、既述の手法にて、画像や映像を実験対象者に視聴させて、回帰係数を求めることにより、推定式(式1)を用いて複合感情のレベルが推定され得る。
【0043】
(3)上記実施形態においては、脳波情報については各電極から得られる各脳波成分の平均値が用いられたが、各電極毎、または複数の電極を含む電極群毎の平均値が用いられても良い。また、酸素化ヘモグロビン濃度については、各チャネルの平均値が用いられたが、複数のチャネルを含むチャネル群毎の平均値が用いられても良い。電極群およびチャネル群は、測定意義を高めるために、隣接する電極およびチャネルによって構成されることが望ましい。さらに、脳波情報および酸素化ヘモグロビン濃度としては、平均値に代えて、中央値、最大値、最頻値、最小値が用いられても良く、また、10秒間の測定期間に代えて、5秒間、15秒間といった測定期間が用いられても良く、更には、予め定められた時点における瞬間値が用いられても良い。
【0044】
以上、種々の実施形態に基づき本開示について説明してきたが、上記した実施の形態は、本開示の理解を容易にするためのものであり、本開示を限定するものではない。本開示は、その趣旨並びに特許請求の範囲を逸脱することなく、変更、改良され得ると共に、本開示にはその等価物が含まれる。
【符号の説明】
【0045】
10…推定システム、100…推定装置、101…中央演算処理装置(CPU)、102…記憶部、21…表示部、31…表示装置、F1…取得部、F2…推定部。