(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-01
(45)【発行日】2024-02-09
(54)【発明の名称】穿刺手技訓練用人体モデル及び、それを用いたおよび穿刺手技訓練方法
(51)【国際特許分類】
G09B 23/30 20060101AFI20240202BHJP
G09B 9/00 20060101ALI20240202BHJP
【FI】
G09B23/30
G09B9/00 Z
(21)【出願番号】P 2020099151
(22)【出願日】2020-06-08
【審査請求日】2022-03-17
(32)【優先日】2019-06-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】508195545
【氏名又は名称】イービーエム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104411
【氏名又は名称】矢口 太郎
(72)【発明者】
【氏名】朴 栄光
【審査官】池田 剛志
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-069073(JP,A)
【文献】特開2017-146413(JP,A)
【文献】国際公開第2013/125026(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0180744(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 1/00- 9/56,
17/00-19/26,
23/00-29/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
穿刺手技訓練用の人体モデルであって、
一方の面と他方の面を有する本体と、
この本体内の所定の位置に配置された穿刺ターゲット人工臓器と
を有し、
前記本体は、一方の面からは前記穿刺ターゲット人工臓器を視認できないが、他方の面からは視認できるよう構成されており、
前記本体は、
透光性弾性材料で形成され、一方の面側の所定の位置に前記穿刺ターゲット人工臓器が設置若しくは埋め込まれてなる基層と、
上記
基層の一方の面に設置され、上記
穿刺ターゲット人工臓器を覆う非透光性の模擬脂肪層と
を有するものであり、
上記模擬脂肪層を通して上記穿刺ターゲット人工臓器に対する穿刺手技を実行できるように構成されている
ことを特徴とする人体モデル。
【請求項2】
請求項1記載の人体モデルにおいて、
前記本体は、弾性材料で形成され、上記一方の面から上記穿刺ターゲット人工臓器に対する穿刺手技を実行できるように構成されている
ことを特徴とする人体モデル。
【請求項3】
請求項1記載の人体モデルにおいて、
前記本体内の前記
穿刺ターゲット人工臓器の周囲にはこの
穿刺ターゲット人工臓器とは異なる材質からなる充填部材が配置されている
ことを特徴とする人体モデル。
【請求項4】
請求項3記載の人体モデルにおいて、
前記充填部材は繊維質材料を有するものである
ことを特徴とする人体モデル。
【請求項5】
請求項1記載の人体モデルにおいて、
前記
穿刺ターゲット人工臓器は、外面と内面有し、内面は潤滑処理がされているものである ことを特徴とする人体モデル。
【請求項6】
人体モデルを用いて穿刺手技訓練を行う方法であり、
人体モデルを用意する工程であって、
この人体モデルは
、
一方の面と他方の面を有する本体と、
この本体内の所定の位置に配置された穿刺ターゲット人工臓器と
を有し、
前記本体は、一方の面からは前記穿刺ターゲット人工臓器を視認できないが、他方の面からは視認できるよう構成されており、
前記本体は、
透光性弾性材料で形成され、一方の面側の所定の位置に前記穿刺ターゲット人工臓器が設置若しくは埋め込まれてなる基層と、
上記
基層の一方の面に設置され、上記
穿刺ターゲット人工臓器を覆う非透光性の模擬脂肪層と
を有するものであり、
上記模擬脂肪層を通して上記穿刺ターゲット人工臓器に対する穿刺手技を実行できるように構成されている
ものである、工程と、
上記人体モデルの一方の面側から
上記穿刺ターゲット人工臓器をターゲットとして穿刺手技を実行する工程と、
上記穿刺手技実行後、上記人体モデルの他方の面側から穿刺手技の結果を確認する工程と
を有する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、医師をはじめとする医療従事者が、注射針等による穿刺手技をトレーニングするための医療技能教育用シミュレータ装置、およびトレーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、医療技能教育用シミュレータ装置がある。
【0003】
この医療技能教育用シミュレータ装置は、医師や看護師等医療従事者が診断、治療行為に要する技能をトレーニングするための、患者の代替となるシミュレータである。
【0004】
ここで、トレーニングの対象になりうる医療行為の一つに、注射等の、日常的かつ高い頻度で行われる穿刺手技がある。救急医療の現場では、患者容態の急変やショック状態などに陥った際、緊急的にカテーテル、カニューレを大腿動脈、大腿静脈などに挿入し、循環を補助する措置が行われている。カテーテル留置の具体的手順は次のとおりである。まず穿刺針(注射針)で血管を確保し、次にガイドワイヤーを挿入する。ガイドワイヤーは留置したまま、穿刺針を抜く。ガイドワイヤーを伝って、カテーテル、カニューレが挿入される深部の血管への穿刺は、通常の注射とは異なり、緊急性が高く、かつ対象血管が深層部に位置するため、難易度が高い。例えば、通常では1分以内にカテーテル挿入に至る必要があるとされている。
【0005】
注射手技の訓練を行うシミュレータとしては、ウレタンなどの弾性樹脂などを用いて模擬した腕部モデルの内部に、ビニルチューブ製の血管モデルを配置したものがある。注射訓練シミュレータは、医学生や看護学生向けに主に教育機関において普及している。
【0006】
注射手技シミュレータは、埋め込まれた血管モデル内部に模擬血液を内包するもの、または内包しないものがある。模擬血液を内包しているものは、採血のトレーニングを行うことができる。模擬血液を注射器で吸引することで、採血手技の結果を即時的に評価することができる。シミュレータを用いたトレーニングでは、モデルの再現性とともに、評価機能が重要視されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、注射訓練シミュレータでは、カテーテル、カニューレ留置のための穿刺手技をトレーニグするにあたっては、複数の課題がある。
【0008】
まず、従来のシミュレータでは、ウレタンやハイドロゲルなどによる単一な弾性構造体内部に血管モデルを埋め込むように配置した構造であり、血管壁と周辺組織の物性的変化に乏しく、血管前壁を刺通する際の「ぷちっ」という微細な反力を再現できておらず、これにより臨場感のあるトレーニングを実現できていない。そもそも、血管を穿刺する手技においては、血管が円筒形の閉じた構造をしていることから、最初に接触する血管前壁のみを刺通し、反対側の後壁を損傷、刺通してはならない。しかしながら、単純に弾性体によって構成された模擬血管モデルを、単一な弾性体に埋め込んだだけの構造では、血管壁から針が受ける反力と、周辺組織による反力の差を判別することは困難である。
【0009】
次に、シミュレータを用いた穿刺トレーニングでは、適切に対象血管を穿刺できたかの成否、手技の適否を、即時に訓練者が判別できる機能が必要である。しかしながら、従来の腕部を模擬した注射シミュレータなどでは、穿刺した針がどの部位を捉えているか、または皮下組織内部のどの位置に所在しているかを把握することができない。即時評価ができないことで、手技の学習効果が高まらないという課題があった。
【0010】
さらには、穿刺手技を対象とした難易度の調整機能、調整方法がないため、訓練者のレベルに合わせたトレーニングモデル及び環境の提供ができないという問題があった。
【0011】
したがって、この発明の目的は、従来のシミュレータでは実現できなかった、穿刺手技訓練に必要とされる感触的な再現性、手技の評価機能、難易度の調整機能が容易になる医療技能教育用シミュレータ装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、この発明の第1の側面によれば、
(1) 穿刺手技訓練用の人体モデルであって、
一方の面と他方の面を有する本体と、
この本体内の所定の位置に配置された穿刺ターゲット人工臓器と
を有し、
前記本体は、一方の面からは前記穿刺ターゲット人工臓器を視認できないが、他方の面からは視認できるよう構成されている
ことをと特徴とする人体モデル。
【0013】
(2) 上記(1)記載の人体モデルにおいて、
前記本体は、
透光性弾性材料で形成され、一方の面側の所定の位置に前記穿刺ターゲット人工臓器が設置若しくは埋め込まれてなる基層と、
上記基材の一方の面に設置され、上記臓器モデルを覆う非透光性の模擬脂肪層と
を有するものであり、
上記模擬脂肪層を通して上記模擬臓器に対する穿刺手技を実行できるように構成されている
ことを特徴とする人体モデル。
【0014】
(3) 上記(1)記載の人体モデルにおいて、
前記本体内の前記ターゲット人工臓器の周囲には繊維質部材が配置されている
ことを特徴とする人体モデル。
【0015】
(4) 上記(1)記載の人体モデルにおいて、
前記ターゲット人工臓器は、外面と内面有し、内面は潤滑処理がされているものである ことを特徴とする人体モデル。
【0016】
またこの発明の第2の側面によれば、
(5) 人体モデルを用いて穿刺手技訓練を行う方法であり、
人体モデルを用意する工程であって、
この人体モデルは、、
一方の面と他方の面を有する本体と、
この本体内の所定の位置に配置された穿刺ターゲット人工臓器と
を有し、
前記本体は、一方の面からは前記穿刺ターゲット人工臓器を視認できないが、他方の面からは視認できるよう構成されている
ものである、工程と、
上記人体モデルの一方の面側から穿刺ターゲット人工臓器をターゲットとして穿刺手技を実行する工程と、
上記穿刺手技実行後、上記人体モデルの他方の面側から穿刺手技の結果を確認する工程と
を有する方法、
が提供される。
【0017】
なお、上記した以外の特徴については、次の実施形態の項及び図面に開示されている。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、この発明の第1の実施形態を示す人工臓器モデルの概略構成図である
【
図2】
図2は、この発明の第1の実施形態の人工臓器モデルを使用した穿刺手技訓練の模式図である。
【0019】
【
図3】
図3は、この発明の第1の実施形態を示す人工臓器モデルの使用例の模式図である。
【0020】
【
図4】
図4は、この発明の第1の実施形態を示す人工臓器モデルの使用例の模式図である。
【0021】
【
図5】
図5は、この発明の第1の実施形態を示す人工臓器モデルの使用例の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、この発明の実施形態を図面を参照して説明する。
【0023】
図1は、この実施形態の人体モデルである穿刺シュミレータを示す断面図、
図2はその外観を示す斜視図である。
【0024】
(基本構成)
図1に示すように、穿刺シミュレータ(この発明の人体モデル)の構造は、
まず、1)皮膚層、2)脂肪層、3)繊維層(充填部材)、4)血管モデル(ターゲット人工臓器)、5)底部支持層からなる複数構造を有する。ここで、1の皮膚層と2の脂肪層と5の底部支持層とで、この発明の本体を構成するもので、これらは不可分な一体構造でも差し支えない。
【0025】
2の脂肪層は、その厚みが少なくても1mm以上であり、多くとも20mm以下であることが望ましい。脂肪層の厚みは、穿刺手技の難易度と比例し、脂肪層を厚く調整することで、より高難易度の穿刺シミュレータによるトレーニングを再現することができる。一般的な研修医や、臨床工学技士に対するトレーニングとしては10mmの厚みが好適である。
【0026】
脂肪層の素材は、シリコーンゴムが好適であるが、弾性体であること、および穿刺時の針表面摩擦抵抗値が高すぎないこと、物性の継時的変化が少なく安定していることが重要である。穿刺は、一般的な針に対して、0.05-1.0N程度の負荷をかけて行う。よって、最低でも術者が0.01N程度の負荷分解能を保てる抵抗値が望ましい。
【0027】
3の繊維層と4の血管モデルは、違いに連続的または略連続的に接続している構成が好ましい。術者が、穿刺時において、血管を貫通する失敗を犯した場合に、繊維層が針6に絡まることで、大きな抵抗力となる。すなわち繊維層は、術者に対して穿刺手技の失敗を示す即時評価機能を実現するための必要構造である。特に、弾性構造体と繊維構造体の境界をつくることで、穿刺手技における穿刺許容エリアと、穿刺禁忌エリアを区分することが可能となる。
【0028】
4の血管モデルは、動脈モデルと静脈モデルにわかれる。一般的に、カテーテルやカニューレを挿入するための穿刺は、大腿部に存する、大腿動脈、大腿静脈を対象として行われる。大腿動脈を模擬した動脈モデルは、シリコーンを素材としており、内径6mm 外径8mmが好適であり、自然状態では内部に内腔空間を有する程度の形状保持能を有していることが望ましい。すなわち弾性構造を有している。一方静脈モデルは、シリコーンを素材としており、内径10mm, 外径11mmの円筒形構造体であるが、構造的な形状保持力に乏しく、自重により内腔形状が潰れた状態のモデルが適当である。これら血管モデルの内部に対しては、シリコーンオイルを予め塗布しておくことで、針6による穿刺、ガイドワイヤー挿入時において、その摩擦抵抗値の低さから、明らかに血管内腔への穿刺が成功したことを術者に認識させることを可能とすることができる。
【0029】
次に、5の、血管モデルをその底側において支持するための底部支持層であるが、これは透明または半透明でなくてはならない。その透明度は、穿刺時に対象血管の内腔を捉えることができなかった針6、ガイドワイヤーを視覚的に認識できる程度の透明度が必要であり、理想的には完全に透明であることが望ましい。底部支持層が透明であることにより、穿刺手技の途中、または完了後において、シミュレータ全体をひっくり返し、底部を目視することで、術者は即時的にその穿刺手技の成否を判別することができる。すなわち、底部支持層を透明化することで、シミュレータ本体に即時評価機能を付与することができる。
【0030】
この5の底部支持層は、4の血管モデルの後壁側外側に接続している層構造体であり、これは、1及び2に近い弾性率を有している柔軟な構造であることが望ましく、ゴム的弾性を有さない剛体であってはならない。例えば、5)底部支持層が透明かつ加工性、入手性に優れたアクリル板やポリカーボネートなどの剛体素材の場合、術者は血管モデルの壁面による反力を、穿刺時に触覚で検出することができない(実験により明らか)。
【0031】
すなわち、5の底部支持層は、弾性体でありかつ、透明または半透明でな構造でなければならない。
【0032】
すなわち、重要なポイントは、以下の1~5となる。
1 血管モデル上部の模擬脂肪層
厚み 0 - 20 mm 最適は10mm
2 底板の透明化
3 血管固定台座の弾性
4 血管モデル周辺部の繊維組織(絡まることで、血管以外を刺通していることを認識)
5 血管内腔の潤滑(外壁の抵抗と内壁の抵抗の違い)
このような構成によれば、ヒトの大腿部等を模擬したシミュレータを再現することができ、カテーテルやカニューレの挿入を目的とした穿刺手技を効率的、効果的にトレーニングすることができる。すなわち、脂肪層構造体の厚みを調整することで、手技の難易度を調整することができ、血管モデル周辺部に繊維組織を配置し、接続することで、血管以外の部位を穿刺した場合の失敗を検知、または評価することができ、血管内部の潤滑することで、適切に血管内部への穿刺の成否を評価することができ、底部支持層を透明化することで、必要に応じて評価することができ、底部支持層が弾性体であることによって、血管壁の微細な反力を認知可能とすることができる。
【0033】
これにより、ヒトと同様の穿刺な血管穿刺の繊細な感覚を使用者は効率的に学習することができる。
【0034】
(製造方法)
皮膚層をシリコーンゴムを用い、400mm x 100mm x 厚み3mmで整形する。次に脂肪層を350mm x 60mm x 10mmで整形する。
【0035】
次にチューブ形状の動脈モデル、静脈モデルを成形する。動脈モデルは内径6mm 外径8mm 長さ350mmである。静脈モデルは、内径10mm, 外径11mm長さ350mmである。動脈モデル、および静脈モデル内部に2cc のシリコーンオイルを滴下し、内腔面全体に塗布する。
次に透明なシリコーン樹脂を用いて400mm x 100mm x 厚み3mmの底部支持層を成形する。
【0036】
組み立て手順として、まず底部支持層を敷き、血管モデルを底部支持層表面と接着固定する。次にを厚み10mm程度のポリエステルファイバーを血管の周辺に配置する。
【0037】
血管の上部を覆う形で脂肪モデルを配置する。
【0038】
次に皮膚層で全体を覆い、外周部をのりしろ3mm程度で底部支持層と接着することで、全体を固定、全ての構造体を封入する。
【0039】
(評価)
透析患者や、救急医療現場において穿刺手技を多数行なった経験を有する専門医師により、本発明品の評価を行なった。17.5 ゲージの針を用いて、穿刺を行なったところ、動脈モデルへの穿刺を1回目で行うことができた(
図3に示す状態)。次で静脈モデルへの穿刺を行なったところ、最初の1回目は血管の後壁を刺通し、シミュレータ全体をひっくり返して透明な底部支持層を目視することによって、穿刺失敗を評価することができた(
図4に示す状態)。2回目の穿刺では、対象血管とは異なる血管が所在しない場所を穿刺したため、脂肪層の貫通後に、繊維層による大幅な抵抗値の増加を知覚し、穿刺手技の失敗を評価することができた(
図5に示す状態)。
【0040】
3回目においては、血管内腔への穿刺に成功し、穿刺針を通じてガイドワイヤーを血管内腔に挿入したところ、潤滑によるスムーズな挿入感覚を得ることができた。これにより、穿刺の成功を評価することができた。
【0041】
以上の実験により、臨床における失敗モードと成功モードを的確に再現でき、かつ穿刺手技の成否を即時的に、自己的に評価することができる効果を得ることができる。
【0042】
なお、この発明は上記一実施形態のものに限定されるものではなく、発明の要旨を変更しない範囲で種々変形可能である。
【0043】
例えば、上記実施形態においてはターゲット人工臓器は血管モデルであったが、他の人工臓器モデルであっても良い。また、充填部材も繊維質材料に限定されるものではなく、要は人工臓器とは異なる感触が得られる材料であれば良い。