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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-01
(45)【発行日】2024-02-09
(54)【発明の名称】予測装置、予測方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 10/04 20230101AFI20240202BHJP
【FI】
G06Q10/04
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020147706
(22)【出願日】2020-09-02
(65)【公開番号】P2022042323
(43)【公開日】2022-03-14
【審査請求日】2023-01-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【弁理士】
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100189348
【弁理士】
【氏名又は名称】古都 智
(74)【代理人】
【識別番号】100196689
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 康一郎
(72)【発明者】
【氏名】広江 隆治
(72)【発明者】
【氏名】井手 和成
(72)【発明者】
【氏名】佐瀬 遼
【審査官】福田 正悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-194535(JP,A)
【文献】特開2021-144493(JP,A)
【文献】国際公開第2020/121590(WO,A1)
【文献】河西 航 他,線形パラメータ変動システムの同定入力に関する考察,第61回 システム制御情報学会 研究発表講演会講演論文集 [CD-ROM],2017年05月23日,pp.1-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
予測対象の将来における出力を予測する予測装置であって、
プロセッサと、
前記プロセッサに接続され、前記予測対象の入力の計測値である入力計測値、及び出力の計測値である出力計測値を記憶する記録装置と、
を備え、
前記プロセッサは、前記予測対象の運転中に、
過去に記憶された複数の前記入力計測値、及び複数の前記出力計測値から、前記予測対象を移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数を同定する同定処理と、
前記入力計測値、及び前記第1係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、
を実行し、
前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数を同定する、
予測装置。
【請求項2】
予測対象の将来における出力を予測する予測装置であって、
プロセッサと、
前記プロセッサに接続され、前記予測対象の入力の計測値である入力計測値、及び出力の計測値である出力計測値を記憶する記録装置と、
を備え、
前記プロセッサは、前記予測対象の運転中に、
過去に記憶された複数の前記入力計測値、及び複数の前記出力計測値から、前記予測対象を移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数を同定する同定処理と、
前記入力計測値、及び前記第1係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、
を実行し、
前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本の共分散行列を近似した一次安定スプラインカーネルを用いて更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数を同定する、
予測装置。
【請求項3】
前記同定処理は、前記計測雑音の共分散の複数の候補値それぞれについて第1係数を同定し、予測結果が最良となる候補値から算出された値を前記第1係数として採用する、 請求項1又は2に記載の予測装置。
【請求項4】
前記第1係数に係るカーネル行列に基づき、前記移動平均フィルタの第1係数の次数を更新する更新処理を更に実行する、
請求項1から3の何れか一項に記載の予測装置。
【請求項5】
予測対象の将来における出力を予測する予測装置であって、
プロセッサと、
前記プロセッサに接続され、前記予測対象の入力の計測値である入力計測値、及び出力の計測値である出力計測値を記憶する記録装置と、
を備え、
前記プロセッサは、前記予測対象の運転中に、
過去に記憶された複数の前記入力計測値、及び複数の前記出力計測値から、前記予測対象を自己回帰移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数と、前記出力に対する第2係数とを同定する同定処理と、
前記入力計測値、前記出力計測値、前記第1係数、及び前記第2係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、
を実行し、
前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係る第1カーネル行列と、過去に同定された第2係数群を標本として更新した第2係数に係る第2カーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数及び前記第2係数を同定する、
予測装置。
【請求項6】
前記第1カーネル行列に基づき前記自己回帰移動平均フィルタの第1係数の第1次数を更新し、前記第2カーネル行列に基づき前記自己回帰移動平均フィルタの第2係数の第2次数を更新する更新処理を更に実行する、
請求項5に記載の予測装置。
【請求項7】
予測装置を用いて予測対象の将来における出力を予測する予測方法であって、
前記予測対象の運転中に、
前記予測装置が過去の予測対象の複数の入力計測値、及び過去の予測対象の複数の出力計測値から、前記予測対象を移動平均フィルタを用いて表すための入力に対する第1係数を同定する同定処理と、
前記予測装置が前記入力計測値、及び前記第1係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、
を実行し、
前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数を同定する、
予測方法。
【請求項8】
プロセッサと、前記プロセッサに接続され、予測対象の入力の計測値である入力計測値、及び出力の計測値である出力計測値を記憶する記録装置と、を備える予測装置のコンピュータを機能させるプログラムであって、予測対象の運転中に前記コンピュータに、
過去の予測対象の複数の入力計測値、及び過去の予測対象の複数の出力計測値から、前記予測対象を移動平均フィルタを用いて表すための入力に対する第1係数を同定する同定処理と、
前記入力計測値、及び前記第1係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、
を実行させ、
前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数を同定する、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、予測装置、予測方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
電力事業、そして、ガス事業等のエネルギー事業分野、通信事業分野、タクシー、そして、配送業等の運送事業分野では、消費者の需要に合わせて設備を稼働させること、さらに、資源を配分するために将来の需要量を予測することが行われている。将来の需要量の予測には,予測対象の数値モデル(予測モデル)が使われる。
【0003】
しかしながら、予測対象の特性は一定ではなく、経時的に変動する。したがって、ある時点で定めた数値モデルを使って算出した予測値と、実際に観測された値との間には乖離が生じてしまう。乖離を小さくする、すなわち予測の精度を向上するには、予測モデルを時間の経過と共に更新することが重要である(例えば、特許文献1を参照)。
【0004】
予測モデルの更新は、過去の実際の観測値に基づいて行われる。予測モデルの更新に使うデータは、実用上は、より少ないことが望まれる。少ないデータでモデルを更新することができれば、予測対象の特性が短期間のうちに変動したとしても、予測モデルで変動を捕えることができるからである。例えば、予測対象の特性が、10分間かけて変動したとしよう。このとき、過去1分間分の観測値からモデル更新できるなら、変動に合わせて予測モデルを更新することができる。しかし、モデル更新に過去60分間分の観測値が要るなら、予測モデルが更新できるのは、予測対象の変動が済んで何十分も経った後である。そうすると、予測は現実と違ったものとなり、役に立たない可能性がある。
【0005】
最近、少ないデータで予測を可能とする技術として、カーネル型システム同定法が注目されている(例えば、非特許文献1及び非特許文献2を参照)。同定とは予測モデルを推定する技術であり、カーネル型システム同定法では、対象のインパルス応答をベイズ推定により同定する。すなわち、まず、予測対象の入力信号をu(i=t,t-1,t-2,…)、出力信号をy(i=t,t-1,t-2,…)とすると、出力yを、入力uの荷重付きの移動平均と、計測雑音との和で表現する。荷重付きの移動平均の荷重係数{a,a,…,a}(以下、「第1係数」とも記載する。)は、予測対象の有限インパルス応答を有限長nで打ち切って近似したものに相当する。予測対象の入力をインパルス的に変えてその応答を正確に取得できれば、それが第1係数の値となる。しかしながら、例えば発電所の出力をインパルス的に変えると電力系統に対する擾乱となるので、実行は難しい。したがって、入力と出力の計測値から第1係数を推定する、すなわち同定することにはやはり意味がある。
【0006】
カーネル型システム同定法では、対象のインパルス応答aと計測雑音wとを正規分布で表現するところに特徴がある。インパルス応答aは、サイズがn×1の列ベクトルであり、平均が「0」、共分散行列が「K」の多変量正規分布に従う。計測雑音wは、サイズが1×1のスカラであり、平均が「0」、分散が「σ 」の正規分布に従う。カーネル型システム同定法では、第1係数に対し、平均が「0」、共分散行列K(n×n)の事前分布を指定する。この「K」はカーネル行列と呼ばれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2018-163515号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】藤本悠介,杉江俊治:カーネル型システム同定のための入力設計に関する一考察,第59回自動制御連合講演会,北九州,2016.11.10-12, pp. 448--449 (2016.11.10)
【文献】G. Pillonetto, A. Chiuso and G. De Nicolao, “Prediction error identification of linear systems: A nonparametric Gaussian regression approach,” Automatica, 47(2), 291-305, 2011.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来技術では、カーネル行列Kは、事前に定めたものに固定されており、更新されない。このため、荷重係数の推定精度は、事前に定めたカーネル行列Kの精度に依存する。このため、カーネル行列Kを更新するような仕組みを備えることが望まれていた。
【0010】
本開示は、このような課題に鑑みてなされたものであって、カーネル行列を更新して、カーネル型システム同定法における係数の推定精度を向上させることができる予測装置、予測方法、及びプログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の一態様によれば、予測対象の将来における出力を予測する予測装置は、プロセッサと、前記プロセッサに接続され、前記予測対象の入力の計測値である入力計測値、及び出力の計測値である出力計測値を記憶する記録装置と、を備える。前記プロセッサは、前記予測対象の運転中に、過去に記憶された複数の前記入力計測値、及び複数の前記出力計測値から、予測対象を移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数を同定する同定処理と、前記入力計測値、及び前記第1係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、を実行する。前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数を同定する。
【0012】
本開示の一態様によれば、予測対象の将来における出力を予測する予測装置は、プロセッサと、前記プロセッサに接続され、前記予測対象の入力の計測値である入力計測値、及び出力の計測値である出力計測値を記憶する記録装置と、を備える。前記プロセッサは、前記予測対象の運転中に、過去に記憶された複数の前記入力計測値、及び複数の前記出力計測値から、予測対象を移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数を同定する同定処理と、前記入力計測値、及び前記第1係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、を実行する。前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本の共分散行列を近似した一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)を用いて更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数を同定する。
【0013】
本開示の一態様によれば、予測対象の将来における出力を予測する予測装置は、プロセッサと、前記プロセッサに接続され、前記予測対象の入力の計測値である入力計測値、及び出力の計測値である出力計測値を記憶する記録装置と、を備える。前記プロセッサは、前記予測対象の運転中に、過去に記憶された複数の前記入力計測値、及び複数の前記出力計測値から、予測対象を自己回帰移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数と、前記出力に対する第2係数とを同定する同定処理と、前記入力計測値、前記出力計測値、前記第1係数、及び前記第2係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、を実行する。前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係る第1カーネル行列と、過去に同定された第2係数群を標本として更新した第2係数に係る第2カーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数及び前記第2係数を同定する。
【0014】
本開示の一態様によれば、予測対象の将来における出力を予測する予測方法は、前記予測対象の運転中に、過去の予測対象の複数の入力計測値、及び過去の予測対象の複数の出力計測値から、予測対象を移動平均フィルタを用いて表すための入力に対する第1係数を同定する同定処理と、前記入力計測値、及び前記第1係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、を実行する。前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数を同定する。
【0015】
本開示の一態様によれば、プロセッサと、前記プロセッサに接続され、予測対象の入力の計測値である入力計測値、及び出力の計測値である出力計測値を記憶する記録装置と、を備える予測装置のコンピュータを機能させるプログラムは、予測対象の運転中に前記コンピュータに、過去の予測対象の複数の入力計測値、及び過去の予測対象の複数の出力計測値から、予測対象を移動平均フィルタを用いて表すための入力に対する第1係数を同定する同定処理と、
前記入力計測値、及び前記第1係数からなる予測モデルに基づいて、前記予測対象の将来における出力を予測する予測処理と、を実行させる。前記同定処理は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音の共分散と、前記第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数を同定する。
【発明の効果】
【0016】
本開示に係る予測装置、予測方法、及びプログラムによれば、カーネル行列を更新して、カーネル型システム同定法における同定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本開示の第1の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
図2】本開示の第2の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
図3】本開示の第3の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
図4】本開示の第4の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
図5】本開示の第4の実施形態に係る予測装置の機能を説明するための図である。
図6】本開示の第4の実施形態に係る次数の更新処理の一例を示すフローチャートである。
図7】本開示の第5の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
図8】本発明の少なくとも一実施形態に係る予測装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<第1の実施形態>
以下、本開示の第1の実施形態に係る予測システム1について、図1を参照しながら説明する。
【0019】
(機能構成)
図1は、本開示の第1の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
図1に示すように、予測システム1は、予測対象2の将来における出力を予測する予測装置3を備えている。
【0020】
本実施形態に係る予測装置3は、カーネル型システム同定法の技術を利用して、将来の出力を予測する。また、予測装置3は、サーバ、パーソナルコンピュータ等のコンピュータを用いて構成され、記録装置30と、プロセッサ31とを備えている。
【0021】
記録装置30は、プロセッサ31に接続され、予測対象2から所定周期ごとに受信する入力の計測値(以下、「入力計測値u」とも記載する。)、及び出力の計測値(以下、「出力計測値y」とも記載する。)を記憶する。
【0022】
プロセッサ31は、予測装置3の動作全体を司る。プロセッサ31は、所定のプログラムに従って動作することにより、同定部310、予測部311としての機能を発揮する。
【0023】
同定部310は、過去に記憶された複数の入力計測値u、及び複数の出力計測値yから、予測対象2を移動平均フィルタ(MAフィルタ)を用いて表すための予測対象2の入力に対する第1係数a(荷重係数)を同定する同定処理S1を実行する。
【0024】
また、同定部310による同定処理S1は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数に係るカーネル行列と、計測雑音wの共分散と、第1係数に係るカーネル行列で重み付けした入力uの共分散行列と、を用いて第1係数aを同定する。
【0025】
予測部311は、入力計測値u、及び第1係数aからなる予測モデルに基づいて、予測対象2の将来における出力を予測する予測処理S2を実行する。
【0026】
(カーネル型システム同定法について)
ここで、従来のカーネル型システム同定法における同定処理について説明する。従来のカーネル型システム同定法において、予測対象の時刻毎の入力計測値をu(i=t,t-1,t-2,…)、出力計測値をy(i=t,t-1,t-2,…)とすると、予測対象の1ステップ先(時刻t+1)における出力yt+1は、以下の式(1A)、式(1B)のように、MAフィルタの形式で表現される。なお、明細書中における「^y」との表記は、以下に示す図、式中において「y」にハット記号「^」が付された表記に対応する。同様に、明細書中における「^K」、「^a」との表記は、以下に示す図、式中において「K」、「a」にハット記号「^」が付された表記に対応する。
【0027】
【数1A】
【0028】
【数1B】
【0029】
式(1A)は、予測対象の出力yを、入力uの荷重付きの移動平均と、計測雑音wとの和でモデル化することを表している。モデルの良否は荷重付きの移動平均の荷重係数である第1係数a{a,a,…,a}に係っている。第1係数aは、入力計測値u及び出力計測値yから推定する。第1係数aを同定すると、式(1B)から「y」の推定値として「^y」を求めることができる。
【0030】
カーネル型システム同定法では、対象のインパルス応答a及び計測雑音wを、次の式(2)、式(3)のように正規分布で表現するところに特徴がある。
【0031】
【数2】
【0032】
【数3】
【0033】
ここに、式(2)の右辺の記号Nは正規分布(含、多変量正規分布)を、それに続く括弧内の第1項は平均値を、第2項は共分散(行列)を表している。具体的には、式(2)は、サイズが「n×1」の列ベクトルaは平均が「0」、共分散行列が「K」の多変量正規分布に従うことを表している。式(3)は、サイズが「1×1」のスカラwは平均が「0」、分散が「σ 」の正規分布に従うことを意味している。
【0034】
カーネル型システム同定法では、式(1A)のように、第1係数{a,a,…,an}に対し、平均「0」、共分散行列K(n×n)の事前分布を指定する。このKはカーネル行列と呼ばれている。例えば、一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)では、対象のインパルス応答が指数的に収束するという事前情報を指定することができる。一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)を用いると、Kのi行j列要素は以下の式(4)で与えられる。
【0035】
【数4】
【0036】
式(4)において、「λ」はインパルス応答の振幅を、「β」は所定ステップ毎(例えば、1時間ステップ毎)のインパルス応答の減衰率を表している。説明の簡単のために、計測値の時系列値を式(5)で表現する。Nは計測値の点数である。
【0037】
【数5】
【0038】
すると、対象物のインパルス応答の(すなわち第1係数aの)事前情報として式(2)が、計測雑音wの事前情報として式(3)が、そして、過去の入力{u,u、…,uN-1}が計測されているならば、第1係数aと出力Yの同時分布は、式(6)のように多変量正規分布で表される。式(6)の変数の右肩の記号Tは、行列やベクトルの転置を表している。「U」は行列Uの転置行列である。
【0039】
【数6】
【0040】
そして、出力Yの計測値が得られたとすると、出力Yを計測した条件下での第1係数aの条件付き分布は式(7)で与えられる。
【0041】
【数7】
【0042】
第1係数aの最適推定値は「a|Y」の期待値であり、式(8)となる。
【0043】
【数8】
【0044】
これを、式(1B)に適用して出力yを推定する。
【0045】
(予測装置の処理)
上述のように、従来技術では、カーネル行列Kは、例えば式(3)の形式で事前に定めたものに固定されており、更新されない。このため、第1係数aの推定精度が、事前に定めたカーネル行列Kの精度に依存する点が課題であった。
【0046】
カーネル行列Kとして、事前に何らかの値を指定することは良いとして、何らかの値を指定して推定した結果に基づき、カーネル行列Kを更新するような仕組みを備えることが望まれる。そのようにすれば、たとえ事前情報が不正確であったとしても、同定の度に事前情報を更新することにより、最終的には同定精度は改善するだろう。本実施形態は、それを行うものである。
【0047】
第1係数aのカーネル行列Kは、式(9)のように第1係数aの共分散行列である。これを、今回を「k」(k回目の同定処理)として直近のm回の同定の結果である第1係数群{a(k-1),a(k-2),…,a(k-m)}からなる標本から推定したものが、例えば式(9)である(カーネル行列の推定処理S101)。mはモデルの次数nと等しいか、それより大きな値に設定する。標準的には、mはnの5倍以上の値にして、急変を防ぐ。
【0048】
【数9】
【0049】
式(9)の場合分けは、同定処理S1において、第1係数の標本数が少ないときに対応するためである。少なくとも、モデル次数nと同じ数だけ第1係数の標本が蓄積するまでは、カーネル行列は更新しない。n回以降の同定処理S1では、標本点数の増加に応じた重みでカーネル行列を更新する(カーネル行列の更新処理S102)。式(10A)において「Φ」が重み係数である。Φは、原理的には「0」から「1」の範囲に設定されるが、事前情報の寄与を維持するために、例えば、「0.99」などを上限にする。式(10B)において「ΦMAX」は上限の設定値である。式(10B)は、回数kがnを超えたあとは、kに比例して重みΦを増やしている。これは、一例である。これ以外にも、重み係数Φをkのロジスティック関数に設定しもよい。
【0050】
【数10A】
【0051】
【数10B】
【0052】
そして、MAフィルタ同定処理S103では、更新されたカーネル行列K(k)と、計測雑音wの共分散σ と、第1係数aに係るカーネル行列で重み付けした入力uの共分散行列とを用いて、第1係数aを同定する。k回目の同定処理S1による第1係数a(k)は、式(11)のように表される。
【0053】
【数11】
【0054】
予測部311は、式(1B)で表される予測モデルに、同定部310の同定処理S1により同定された第1係数aを用いることにより、出力の推定値「^y」を求める(予測処理S2)。出力の推定値「^y」は、例えば予測対象2の制御装置210に出力される。制御装置210は、この出力の推定値に基づいて予測対象2の制御を行う。
【0055】
(作用効果)
以上のように、本実施形態に係る予測装置3は、同定処理S1において、過去に同定された第1係数群を標本として第1係数aに係るカーネル行列Kを更新する。このようにすることで、予測装置3の運用開始前にカーネル行列として指定された値が不正確であったとしても、予測装置3の運用を継続して同定処理S1を行う毎にカーネル行列Kが更新される。更新されたカーネル行列Kを用いて同定処理(MAフィルタ同定処理S103)を行うことにより、第1係数aの推定精度を向上させることができる。
【0056】
<第2の実施形態>
次に、本開示の第2の実施形態に係る予測システム1について図2を参照しながら説明する。第1の実施形態と共通の構成要素には同一の符号を付して詳細説明を省略する。
【0057】
(予測装置の処理)
図2は、本開示の第2の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
第1の実施形態は、第1係数aのカーネル行列Kについて、過去m回の同定の結果である第1係数群{a(1),a(2),…,a(m)}を標本として式(9)でカーネル行列Ksampleを算出した。しかしながら、第1係数の計算値は計算の度に変動し、カーネル行列が一定しない恐れがある。その一方で、第1係数の共分散行列として一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)を指定すると、第1係数が発散しにくいことが知られている。そこで、第2の実施形態では、図2に示すように、式(9)のKsampleに代えて、KsampleをTCカーネルで近似したものを利用する。
【0058】
第1の実施形態は、第1係数aのカーネル行列Kを、過去m回の同定処理の結果である第1係数群{a(1),a(2),…,a(m)}を標本として式(9)でカーネル行列Ksampleを算出した(図1のカーネル行列の推定処理S101)。本実施形態は、カーネル行列KsampleをTCカーネルに変換する処理(図2の一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)による近似処理S112)を行った上で、同定処理S1(図2のMAフィルタ同定処理S114)に使うことにより、一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)の特長を享受する。
【0059】
TCカーネルには、式(4)のように「λ」、「β」の2個のパラメータがある。一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)の対角要素は、式(12)のように表される。
【0060】
【数12】
【0061】
sampleの対角要素を、式(13)のように表記する。
【0062】
【数13】
【0063】
「k,k,…,k」の値は既知だから、一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)の2個のパラメータの最適値「λ」及び「β」は次式(14)を解いて求めることができる。解法としては、一般化線形モデル(GLM)などが考えられる。
【0064】
【数14】
【0065】
そして、「λ」及び「β」によるKsampleの近似は式(15)となる。
【0066】
【数15】
【0067】
そうすると、本実施形態における更新後のカーネル行列K(k)として式(16)を得る(カーネル行列の更新処理S113)。Φは、式(10B)と同じである。
【0068】
【数16】
【0069】
そして、MAフィルタ同定処理S114では、第1の実施形態(図1の処理S103)と同様に、更新されたカーネル行列K(k)と、計測雑音wの共分散σ と、第1係数aに係るカーネル行列で重み付けした入力uの共分散行列とを用いて、第1係数aを同定する。
【0070】
予測部311による予測処理S2は、第1の実施形態と同じである。
【0071】
(作用効果)
以上のように、本実施形態に係る予測装置3は、同定処理S1において、過去に同定された第1係数群の標本の共分散行列を近似した一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)を用いて、第1係数aに係るカーネル行列Kを更新する。このようにすることで、第1係数aの値が計算の度に変動(発散)して、カーネル行列Kが一定しなくなることを抑制することができる。
【0072】
<第3の実施形態>
次に、本開示の第3の実施形態に係る予測システム1について図3を参照しながら説明する。第1~第2の実施形態と共通の構成要素には同一の符号を付して詳細説明を省略する。
【0073】
(予測装置の処理)
図3は、本開示の第3の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
第1及び第2の実施形態では、カーネル行列Kに注目した。これに対し、第3の実施形態では、計測雑音wに注目する。式(8)のように、第1係数aは、カーネル行列Kと同様に計測雑音の共分散行列σ Iにも依存するので、「σ 」の値の精度は重要である。
【0074】
本願のカーネル型システム同定法は、これまでに述べたように、式(1A)の予測モデルを前提として、入力u及び出力yの計測データを標本として、標本の入力と出力の関係を表すよう第1係数aを決定する。式(1A)は、第1係数aにはカーネルKと計測雑音の共分散σ が影響することを表している。本実施形態では、図3の処理S121のように、計測雑音の共分散σ について事前情報を予測対象2の運転中に変更し、同定精度を改善する技術を述べる。
【0075】
計測雑音の共分散σ については、事前情報があるので、事前情報を中心として{10倍,3倍,1倍,1/3倍,1/10倍}のように複数の候補値を準備する。なお、これら候補値は一例であり、他の実施形態では候補値の数を増減させてもよいし、各候補値についてσ の変更度合いを任意に変更してもよい。そして、候補値の一つ一つに対して式(8)を用いた第1係数aの同定処理(第1係数候補の算出処理S121)を行う。この同定処理は、第1の実施形態に係る同定処理S1(図1の処理S101~S103)と、第2の実施形態に係る同定処理S1(図2の処理S101、S112~S114)の何れを用いてもよい。
【0076】
また、本実施形態では、同定結果が最良となる候補値で算出した第1係数の値を最良値aとして採用する(最良値選択処理S122)。その時に、同定の良さを計る指標として、たとえば予測誤差の二乗和が考えられる。すなわち、計測データの長さをNとすると、二乗誤差は式(17)により求められる。
【0077】
【数17】
【0078】
この場合、各候補値で算出した第1係数について、式(17)で求めた二乗誤差が最小のものを、最良値aとする。また、別の指標として、クロスバリデーション誤差がある。これは、次式(18)で表される。
【0079】
【数18】
【0080】
ここに、式(18)の「[H]i,i」は、式(19)で定まる行列のi行i列要素である。
【0081】
【数19】
【0082】
また、式(17)と式(18)の「^y」は式(20)により計算される。
【0083】
【数20】
【0084】
また、予測部311による予測処理S2は、第1の実施形態と同じである。
【0085】
(作用効果)
以上のように、本実施形態に係る予測装置3は、同定処理S1において、計測雑音の共分散σ の複数の候補値それぞれについて第1係数aを算出し、算出された第1係数aを用いた予測結果(出力の推定値「^y」)が最良となる候補値から算出された値を第1係数aとして採用する。このようにすることで、同定処理S1において、より予測誤差が小さくなるような最適な計測雑音の共分散σ の値が用いられるので、第1係数aの推定精度を更に向上させることができる。
【0086】
<第4の実施形態>
次に、本開示の第4の実施形態に係る予測システム1について図4図6を参照しながら説明する。第1~第3の実施形態と共通の構成要素には同一の符号を付して詳細説明を省略する。
【0087】
(予測装置の処理)
図4は、本開示の第4の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
第1の実施形態において、予測モデルの次数n、すなわち式(1A)及び式(1B)のMAフィルタの長さ「n」は予め定めた固定値であった。しかし、事前情報から予め定めたnの値が真に必要なnの値よりも短い、又は長い場合には、モデルを正しく表すことができない。例えば、予測対象2のインパルス応答が収束するまでに時間ステップとして「50」を要するならば、予測モデルの次数は「n=50」と同じか、それより大きいことが必要である。次数が「n<50」の予測モデルでは誤差が避けられない。
【0088】
一方、同じ状況において、「n=1000」を指定したならば、明らかに次数が過剰である。このような場合、原理的には第1係数の「a」~「a50」はゼロ以外の値になり、「a51」~「a1000」は値がゼロになるよう計算される。しかしながら、モデル同定には、式(8)のような逆行列の計算があるので、数値誤差の発生や、計算機資源の点で好ましいことではない。
【0089】
このように、次数nの値は、事前情報のとおりにはならないことがあり、その結果、予測誤差が低下してしまう可能性がある。そこで、第4の実施形態では、図4に示すように、実データで同定した結果に応じて、モデルの次数nを更新する処理S131を更に実行する。具体的には、カーネル行列を用いて適切な次数nの値を判定する。式(11)のカーネル行列Kから、次の式(21)のように値を求める。
【0090】
【数21】
【0091】
図5は、本開示の第4の実施形態に係る予測装置の機能を説明するための図である。
上式(21)は、式(10A)のカーネル行列K(k)について、図5に示すように、左上隅からm行m列分の要素(図5の斜線部分)を取り出して、その絶対値の和に相当する。
【0092】
例えば、Jは、K(k)の1行1列要素の絶対値である。Jは、K(k)の全要素の絶対値の和である。前述の例のように、予測対象が50次で表されるならば、カーネル行列K(k)は1行から50行、かつ、1列から50列までの、「50×50」の要素に非ゼロの値となり、それ以外の要素の値はゼロとなる。つまり、「0<J<J<J<…<J50」であり、「J50≒J51≒…≒J1000」である。したがって、J1000に対する比率で、次数を定めることが考えられる。式(21)は一例であり、このほかにも式(22)のように対角要素だけで評価するなど、さまざまな実施例が考えられる。
【0093】
【数22】
【0094】
式(23)は次数の目安nの計算例である。式中の「ε」は、例えば、「0.0001」などの微小値である。
【0095】
【数23】
【0096】
理想的には現在の次数nの8割程度が前述の目安nであると良い。このため、次数nの更新処理は、例えば図6に示すフローチャートに従って実行される。
【0097】
図6は、本開示の第4の実施形態に係る次数の更新処理の一例を示すフローチャートである。
次数の目安nが、現在の次数nに略一致すれば次数を変更する必要はない。例えば、図6に示すように、次数の目安nが、現在の次数nに基づく第1基準値以上、第2基準値以下の範囲に含まれる場合(ステップS1310:NO、かつ、ステップS1312:NO)、現在の次数nに略一致すると判断する。例えば、第1基準値は現在の次数nの0.65倍、第2基準値は現在の次数nの0.95倍である。
【0098】
また、目安nが第1基準値よりも小さい場合(ステップS1310:YES)、式(24)のように次数nの値を更新する(ステップS1311)。
【0099】
【数24】
【0100】
一方、目安n*が第1基準値よりも大きく(ステップS1310:NO)、かつ、第2基準値よりも大きい場合(ステップS1312:YES)、式(25)のように次数nの値を更新する(ステップS1313)。
【数25】
【0101】
そして、このようにして求めた次数nをMAフィルタに適用して、第1の実施形態と同様の同定処理S1(MAフィルタ同定処理S103)を行う。なお、式(24)又は式(25)で算出された値を丸めて、次数nが所定数ずつ(例えば10ずつ)階段状に増減するようにしてもよい。例えば、算出された値が「51~60」の場合は次数nを「60」に設定し、算出された値が「61~70」の場合は次数nを「70」に設定するようにしてもよい。
【0102】
なお、図4には、次数の更新処理S131を、第1の実施形態に係る同定処理S1に追加した例が示されているが、これに限られることはない。次数の更新処理S131は、第2の実施形態に係る同定処理S1に追加してもよい。
【0103】
(作用効果)
以上のように、本実施形態に係る予測装置3は、第1係数aに係るカーネル行列K(k)に基づき、MAフィルタの第1係数aの次数nを更新する更新処理を更に実行する。このようにすることで、予測対象2の過渡的な変化に追随して、次数nの値を適切に設定することができる。例えば、次数が少なく設定されていた場合には、適切な次数に増やす調整を行うことにより、予測誤差を低減させることが可能となる。また、次数が多く設定されていた場合には、適切な次数に減らす調整を行うことにより、逆行列の計算にゼロが含まれてしまうことを抑制し、計算精度の低下を抑制することができる。
【0104】
<第5の実施形態>
次に、本開示の第5の実施形態に係る予測システム1について図7を参照しながら説明する。第1~第4の実施形態と共通の構成要素には同一の符号を付して詳細説明を省略する。
【0105】
(予測装置の処理)
図7は、本開示の第5の実施形態に係る予測システムの機能構成を示す図である。
第1~第4の実施形態では、予測対象2を移動平均フィルタ(MAフィルタ)を用いて表すための同定処理S1を実行する態様について説明した。第4の実施形態では、図7に示すように、移動平均フィルタに代えて、自己回帰移動平均フィルタ(ARMAフィルタ)を用いて表すための同定処理S1を実行する態様について説明する。
【0106】
ARMAフィルタは、予測対象2を式(26A)で表し、第1係数a{a,a,…,a}の他に、第2係数b{b,b,…,b}を有する。第2係数bは、予測対象2の次のタイムステップの出力値yt+1への、予測対象2の出力値の現在値、及び過去値からの寄与を表している。ARMAフィルタによると、式(26B)のように、出力の過去値も予測に利用できるので、予測精度が向上する。
【0107】
【数26A】
【0108】
【数26B】
【0109】
本実施形態では、説明の簡単のため、第2係数bの次数を第1係数aの次数と等しく「n」として説明するが、これは必須ではない。第1係数aと第2係数bとで次数を違えてもよい。違えた例の一つは、MAフィルタである。MAフィルタはARMAフィルタにおいて第2係数bの次数を「0」としたものである。同様に、ARMAフィルタで第1係数aの次数をゼロとすれば、第2係数bのみで予測することになる。これは自己回帰フィルタ(ARフィルタ)と呼ばれるものである。本実施形態で述べるARMAフィルタは、このようにMAフィルタやARフィルタを含む一般的なものである。
【0110】
カーネル型システム同定法では,ARMAフィルタの第2係数bも第1係数aと同様に、式(27)のように多変量正規分布すると考える。第2係数bに係るカーネル行列Kはサイズが「n×n」の共分散行列であり、式(4)のように一次安定スプラインカーネル(TCカーネル)に従って、予測対象2に対する事前情報に基づいて値が設定される。
【0111】
【数27】
【0112】
予測モデルに第2係数bが追加されたことにより、同定処理S1において、式(5)に以下の式(28)が追加される。
【0113】
【数28】
【0114】
同じく、予測モデルに第2係数bが追加されたことにより、式(6)は式(29)のように変更される。
【0115】
【数29】
【0116】
そして、第1係数aと第2係数bは式(30)により計算できる(ARMAフィルタ同定処理S147)。
【0117】
【数30】
【0118】
このようにして、第1係数aと第2係数bが得られると、第1係数aに係るカーネル行列K(以下、「第1カーネル行列」とも記載する。)、及び第2係数bに係るカーネル行列K(以下、「第2カーネル行列」とも記載する。)は、図7に示すようにそれぞれ独立して実施することができる。同様に、第1係数aに係る次数n(以下、「第1次数」とも記載する。)、及び第2係数bに係る次数n(以下、「第2次数」とも記載する。)の更新もそれぞれ独立して実施することができる。
【0119】
第1係数aについては、第4の実施形態で述べたとおりに第1係数aを入力として、第1カーネル行列Ksampleの推定処理S141(図4のS101と同様)、第1カーネル行列K(k)の更新処理S143(図4のS102と同様)、および第1次数nの更新処理S145(図3のS131と同様)を実施する。
【0120】
第2係数bについては、第2係数bを入力として、第2カーネル行列KBsampleの推定処理S142、第2カーネル行列KB(k)の更新処理S144、第2次数nBnewの更新処理S146を実施する。
【0121】
なお、本実施形態では、第4の実施形態のMAフィルタ同定処理(図4のS103)に代えて、ARMAフィルタ同定処理S147を実行する例について説明したが、これに限られることはない。本実施形態の変形例として、第1~第3の実施形態のMAフィルタ同定処理を、ARMAフィルタ同定処理S147に置き換えてもよい。
【0122】
(作用効果)
以上のように、本実施形態に係る予測装置3は、予測対象2を自己回帰移動平均フィルタを用いて表すための、入力に対する第1係数aと、出力に対する第2係数bとを同定する同定処理S1を実行する。また、同定処理S1において、第1係数群を標本として第1係数aに係る第1カーネル行列Kを更新し、第2係数群を標本として第2係数bに係る第2カーネル行列Kを更新する。このようにすることで、同定処理S1において出力の過去値も予測に利用できるので、予測精度を更に向上させることができる。
【0123】
また、同定処理S1において、第1カーネル行列K(k)に基づきARMAフィルタの第1係数aの第1次数nを更新し、第2カーネル行列KB(k)に基づきARMAフィルタの第2係数bの第2次数nを更新する。このようにすることで、各係数の次数を適切に設定することができるので、予測誤差を低減させることができるとともに、計算精度の低下を抑制することができる。
【0124】
<ハードウェア構成>
図8は、本発明の少なくとも一実施形態に係る予測装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
図8に示すように、コンピュータ900は、プロセッサ901、メインメモリ902、ストレージ903、インタフェース904を備える。
【0125】
上述の予測装置3は、コンピュータ900に実装される。そして、上述した各処理部の動作は、プログラムの形式でストレージ903に記憶されている。プロセッサ901は、プログラムをストレージ903から読み出してメインメモリ902に展開し、当該プログラムに従って上記処理を実行する。また、プロセッサ901は、プログラムに従って、上述した各記憶部に対応する記憶領域をメインメモリ902に確保する。
【0126】
プログラムは、コンピュータ900に発揮させる機能の一部を実現するためのものであってもよい。たとえば、プログラムは、ストレージ903に既に記憶されている他のプログラムとの組み合わせ、または他の装置に実装された他のプログラムとの組み合わせによって機能を発揮させるものであってもよい。なお、他の実施形態においては、コンピュータ900は、上記構成に加えて、または上記構成に代えてPLD(Programmable Logic Device)などのカスタムLSI(Large Scale Integrated Circuit)を備えてもよい。PLDの例としては、PAL(Programmable Array Logic)、GAL(Generic Array Logic)、CPLD(Complex Programmable Logic Device)、FPGA(Field Programmable Gate Array)が挙げられる。この場合、プロセッサ901によって実現される機能の一部または全部が当該集積回路によって実現されてよい。
【0127】
ストレージ903の例としては、磁気ディスク、光磁気ディスク、光ディスク、半導体メモリ等が挙げられる。ストレージ903は、コンピュータ900のバスに直接接続された内部メディアであってもよいし、インタフェース904または通信回線を介してコンピュータ900に接続される外部メディア910であってもよい。また、このプログラムが通信回線によってコンピュータ900に配信される場合、配信を受けたコンピュータ900が当該プログラムをメインメモリ902に展開し、上記処理を実行してもよい。少なくとも1つの実施形態において、ストレージ903は、一時的でない有形の記憶媒体である。
【0128】
また、当該プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよい。さらに、当該プログラムは、前述した機能をストレージ903に既に記憶されている他のプログラムとの組み合わせで実現するもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。
【0129】
以上、本開示の実施形態について詳細に説明したが、本発明の技術的思想を逸脱しない限り、これらに限定されることはなく、多少の設計変更等も可能である。
【0130】
<付記>
上述の実施形態に記載の予測装置、予測方法、及びプログラムは、例えば以下のように把握される。
【0131】
本開示の第1の態様によれば、予測対象2の将来における出力を予測する予測装置3は、プロセッサ31と、前記プロセッサ31に接続され、前記予測対象2の入力の計測値である入力計測値u、及び出力の計測値である出力計測値yを記憶する記録装置30と、を備える。前記プロセッサ31は、前記予測対象2の運転中に、過去に記憶された複数の前記入力計測値u、及び複数の前記出力計測値yから、予測対象2を移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数aを同定する同定処理S1と、前記入力計測値u、及び前記第1係数aからなる予測モデルに基づいて、前記予測対象2の将来における出力yを予測する予測処理S2と、を実行する。前記同定処理S1は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数aに係るカーネル行列Kと、計測雑音の共分散σ と、前記第1係数aに係るカーネル行列Kで重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数aを同定する。
【0132】
このようにすることで、予測装置3の運用開始前にカーネル行列として指定された値が不正確であったとしても、予測装置3の運用を継続して同定処理S1を行う毎にカーネル行列Kが更新される。更新されたカーネル行列Kを用いて同定処理(MAフィルタ同定処理S103)を行うことにより、第1係数aの推定精度を向上させることができる。
【0133】
本開示の第2の態様によれば、予測対象2の将来における出力を予測する予測装置3は、プロセッサ31と、前記プロセッサ31に接続され、前記予測対象2の入力の計測値である入力計測値u、及び出力の計測値である出力計測値yを記憶する記録装置30と、を備える。前記プロセッサ31は、前記予測対象2の運転中に、過去に記憶された複数の前記入力計測値u、及び複数の前記出力計測値yから、前記予測対象2を移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数aを同定する同定処理S1と、前記入力計測値u、及び前記第1係数aからなる予測モデルに基づいて、前記予測対象2の将来における出力yを予測する予測処理S2と、を実行する。前記同定処理S1は、過去に同定された第1係数群を標本の共分散行列を近似した一次安定スプラインカーネルを用いて更新した第1係数aに係るカーネル行列Kと、計測雑音の共分散σ と、前記第1係数aに係るカーネル行列Kで重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数aを同定する。
【0134】
このようにすることで、第1係数aの値が計算の度に変動(発散)して、カーネル行列Kが一定しなくなることを抑制することができる。
【0135】
本開示の第3の態様によれば、第1又は第2の態様に係る予測装置3において、前記同定処理S1は、前記計測雑音の共分散σ の複数の候補値それぞれについて第1係数aを同定し、予測結果が最良となる候補値から算出された値(最良値a)を前記第1係数aとして採用する。
【0136】
このようにすることで、同定処理S1において、より予測誤差が小さくなるような最適な計測雑音の共分散σ の値が用いられるので、第1係数aの推定精度を更に向上させることができる。
【0137】
本開示の第4の態様によれば、第1から第3の何れか一の態様に係る予測装置3は、前記第1係数aに係るカーネル行列Kに基づき、前記移動平均フィルタの第1係数aの次数nを更新する更新処理S131を更に実行する。
【0138】
このようにすることで、予測対象2の過渡的な変化に追随して、次数nの値を適切に設定することができる。例えば、次数が少なく設定されていた場合には、適切な次数に増やす調整を行うことにより、予測誤差を低減させることが可能となる。また、次数が多く設定されていた場合には、適切な次数に減らす調整を行うことにより、逆行列の計算にゼロが含まれてしまうことを抑制し、計算精度の低下を抑制することができる。
【0139】
本開示の第5の態様によれば、予測対象2の将来における出力を予測する予測装置3は、プロセッサ31と、前記プロセッサ31に接続され、前記予測対象2の入力の計測値である入力計測値u、及び出力の計測値である出力計測値yを記憶する記録装置30と、を備える。前記プロセッサ31は、前記予測対象2の運転中に、過去に記憶された複数の前記入力計測値u、及び複数の前記出力計測値yから、前記予測対象2を自己回帰移動平均フィルタを用いて表すための前記入力に対する第1係数aと、前記出力に対する第2係数bとを同定する同定処理S1と、前記入力計測値u、前記出力計測値y、前記第1係数a、及び前記第2係数bからなる予測モデルに基づいて、前記予測対象2の将来における出力を予測する予測処理S2と、を実行する。前記同定処理S1は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数aに係る第1カーネル行列Kと、過去に同定された第2係数群を標本として更新した第2係数bに係る第2カーネル行列Kと、計測雑音の共分散σ と、前記第1係数aに係るカーネル行列Kで重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数a及び前記第2係数bを同定する。
【0140】
このようにすることで、同定処理S1において出力の過去値も予測に利用できるので、予測精度を更に向上させることができる。
【0141】
本開示の第6の態様によれば、第5の態様に係る予測装置は、前記第1カーネル行列に基づき前記自己回帰移動平均フィルタの第1係数の第1次数を更新し、前記第2カーネル行列に基づき前記自己回帰移動平均フィルタの第2係数の第2次数を更新する更新処理を更に実行する。
【0142】
このようにすることで、各係数の次数を適切に設定することができるので、予測誤差を低減させることができるとともに、計算精度の低下を抑制することができる。
【0143】
本開示の第7の態様によれば、予測対象2の将来における出力を予測する予測方法は、前記予測対象2の運転中に、過去の予測対象2の複数の入力計測値u、及び過去の予測対象2の複数の出力計測値yから、前記予測対象2を移動平均フィルタを用いて表すための入力に対する第1係数aを同定する同定処理S1と、前記入力計測値u、及び前記第1係数aからなる予測モデルに基づいて、前記予測対象2の将来における出力を予測する予測処理S2と、を実行する。前記同定処理S1は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数aに係るカーネル行列Kと、計測雑音の共分散σ と、前記第1係数aに係るカーネル行列Kで重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数aを同定する。
【0144】
本開示の第8の態様によれば、プロセッサ31と、前記プロセッサ31に接続され、予測対象2の入力の計測値である入力計測値u、及び出力の計測値である出力計測値yを記憶する記録装置30と、を備える予測装置3のコンピュータ900を機能させるプログラムは、予測対象2の運転中に前記コンピュータ900に、過去に記憶された複数の前記入力計測値u、及び複数の前記出力計測値yから、前記予測対象2を移動平均フィルタを用いて表すための入力に対する第1係数aを同定する同定処理S1と、前記入力計測値u、及び前記第1係数aからなる予測モデルに基づいて、前記予測対象2の将来における出力を予測する予測処理S2と、を実行させる。前記同定処理S1は、過去に同定された第1係数群を標本として更新した第1係数aに係るカーネル行列Kと、計測雑音の共分散σ と、前記第1係数aに係るカーネル行列Kで重み付けした入力の共分散行列と、を用いて前記第1係数aを同定する。
【符号の説明】
【0145】
1 予測システム
2 予測対象
210 制御装置
3 予測装置
30 記録装置
31 プロセッサ
310 同定部
311 予測部
900 コンピュータ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8