(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-01
(45)【発行日】2024-02-09
(54)【発明の名称】NMR測定装置及び溶媒識別方法
(51)【国際特許分類】
G01N 24/08 20060101AFI20240202BHJP
G01N 24/00 20060101ALI20240202BHJP
【FI】
G01N24/08 510P
G01N24/00 530J
(21)【出願番号】P 2021131377
(22)【出願日】2021-08-11
【審査請求日】2022-12-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】笹川 拡明
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 克夫
(72)【発明者】
【氏名】泉 顕也
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-049369(JP,A)
【文献】特表2021-515903(JP,A)
【文献】特表2020-523605(JP,A)
【文献】Ian C.Jones et al.,Spectral Assignments and Reference Data,Magn.Reson.Chem.,2005年,Vol.43,pp.497-509
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00-24/14
G01R 33/28-33/64
JSTPlus(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液に含まれる
NMR測定用の溶媒中の注目核から、当該注目核に特有の特徴部分を含むNMRスペクトルを取得する取得部と、
前記特徴部分を解析することにより、前記特徴部分に含まれる特定の注目核信号についての分裂情報を特定する解析器と、
前記分裂情報に基づいて前記溶媒を識別する識別器と、
を含み、
前記解析器は、前記分裂情報として分裂数及び分裂間隔を特定し、
前記識別器は、前記分裂数及び前記分裂間隔に基づいて前記溶媒を識別し、
前記試料溶液に含まれる試料のNMR測定に先立って前記溶媒が識別される、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項2】
請求項1記載のNMR測定装置において、
前記溶媒は重水素信号取得用の溶媒である、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項3】
請求項
1記載のNMR測定装置において、
前記解析器は、更に、前記特徴部分を構成する注目核信号数を特定し、
前記識別器は、更に、前記注目核信号数に基づいて前記溶媒を識別する、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項4】
請求項3記載のNMR測定装置において、
前記解析器は、更に、前記特徴部分における信号間隔を特定し、
前記識別器は、更に、前記信号間隔に基づいて前記溶媒を識別する、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項5】
請求項1記載のNMR測定装置において、
前記注目核は、第1注目核であり、
前記NMRスペクトルは、前記第1注目核に特有の第1特徴部分を含む第1NMRスペクトルであり、
前記取得部は、
前記第1NMRスペクトルを取得する第1取得部と、
前記溶媒に含まれる第2注目核から、当該第2注目核に特有の第2特徴部分を含む第2NMRスペクトルを取得する第2取得部と、
を含み、
前記解析器は、前記第1NMRスペクトルを解析することにより、更に、前記第1特徴部分を構成する注目核信号数を特定し、及び、前記第2NMRスペクトルを解析することにより、前記第2特徴部分を構成する注目核信号数を特定し、
前記識別器は、前記分裂情報、前記第1特徴部分を構成する注目核信号数、及び、前記第2特徴部分を構成する注目核信号数に基づいて、前記溶媒を識別する、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項6】
請求項5記載のNMR測定装置において、
前記第1注目核は重水素以外の元素の原子核であり、前記第2注目核は重水素の原子核である、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項7】
請求項1記載のNMR測定装置において、
溶媒ごとに基準周波数を管理するための溶媒テーブルを含み、
前記溶媒テーブルに基づいて、前記識別された溶媒に対応する基準周波数が特定され、
当該NMR測定装置の動作が前記基準周波数に従って調整される、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項8】
試料溶液に含まれる
NMR測定用の溶媒中の注目核から、当該注目核に特有の特徴部分を含むNMRスペクトルを取得する工程と、
前記特徴部分を解析することにより、前記特徴部分に含まれる特定の注目核信号についての分裂情報を特定する工程と、
前記分裂情報に基づいて前記溶媒を識別する工程と、
を含み、
前記分裂情報を特定する工程では、前記分裂情報として分裂数及び分裂間隔が特定され、
前記溶媒を識別する工程では、前記分裂数及び前記分裂間隔に基づいて前記溶媒が識別され、
前記試料溶液に含まれる試料のNMR測定に先立って前記溶媒が識別される、
ことを特徴とする溶媒識別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NMR測定装置及び溶媒識別方法に関し、特に、試料管内の試料溶液に含まれる溶媒を識別する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
NMR(Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴)測定においては、試料中の特定元素の原子核に対して当該元素に固有の周波数(共鳴周波数)をもった電磁波が照射され、これにより当該原子核で生じるNMRが検出される。それにより得られるNMR信号の周波数解析により、NMRスペクトルが生成される。NMRスペクトルの解析により試料が解析される。NMR測定を行う装置は、NMR測定装置又は核磁気共鳴測定装置と呼ばれる。
【0003】
NMR測定対象の一種である試料溶液は、溶媒に対して試料を添加することにより調製される。溶媒として様々な溶媒が提供されている。代表的な溶媒は、重水素を含有する溶媒(重水素化溶媒)である。現在、多様な重水素化溶媒が市販されている。重水素化溶媒を用いる場合、一般に、試料溶液中の重水素から得られるNMR信号(重水素信号)に基づいて、化学シフトの基準が定められる。その基準は、NMR測定において最も重要な指標の1つである。以下、場合により、重水素をDと表記する。
【0004】
重水素化溶媒の種類によって、NMRスペクトルにおける重水素信号の位置(つまり重水素信号の周波数)が変化する。NMR測定装置においては、重水素化溶媒の種類ごとに基準周波数が管理されている。溶液試料の測定に先立って、使用する重水素化溶媒がユーザーにより指定される。指定された重水素化溶媒に対応する基準周波数に基づいて、試料から得られたNMR信号の化学シフト等が演算される。
【0005】
重水素信号は、NMRロックにおいても使用される。NMRロックは、静磁場に対して、その時間的な変動を打ち消す補正磁場を加えることにより、試料溶液が感じる静磁場を時間的に安定化させる仕組みである。NMRロックによれば、長時間にわたって安定的にNMR測定を行える。重水素信号は、シミング(Shimming)においても使用され得る。シミングは、試料空間内における静磁場の均一度つまり分解能を上げる調整である。シミングは、シム(Shim)調整とも称される。
【0006】
重水素以外の元素(31P、19F等)の原子核からのNMR信号に基づいて化学シフトの基準が定められることもある。また、そのような信号がNMRロック等に利用されることもある。本明細書において、元素記号の前にある数字は質量数である(例えば13C=13C)。
【0007】
特許文献1に開示されたNMR測定装置においては、参照液から取得されたNMR信号と試料溶液から取得されたNMR信号との差(周波数差)に基づいて、溶媒が特定されている。特許文献2に開示されたNMR測定装置においては、ロックシグナルの周波数から溶媒が特定されている。特許文献3に開示されたNMR測定装置においては、ロック用の磁場制御値から溶媒が特定されている。特許文献1~3には、溶媒の特定に当たって分裂情報を利用することは開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平7-49369号公報
【文献】特開平6-235760号公報
【文献】特開昭64-75952号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
NMR測定装置において、試料溶液のNMR測定に先立って、試料溶液に含まれる溶媒の特定をユーザーに求めるならば、ユーザーにおいて負担が生じ、また、誤設定のおそれが生じる。
【0010】
本発明の目的は、試料溶液に含まれる溶媒を自動的に識別できる技術を提供することにある。あるいは、本発明の目的は、試料溶液に含まれる溶媒を自動的に且つ精度良く識別できる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るNMR測定装置は、試料溶液に含まれる溶媒中の注目核から、当該注目核に特有の特徴部分を含むNMRスペクトルを取得する取得部と、前記特徴部分を解析することにより、前記特徴部分に含まれる特定の注目核信号についての分裂情報を特定する解析器と、前記分裂情報に基づいて前記溶媒を識別する識別器と、を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明に係る溶媒識別方法は、試料溶液に含まれる溶媒中の注目核から、当該注目核に特有の特徴部分を含むNMRスペクトルを取得する工程と、前記特徴部分を解析することにより、前記特徴部分に含まれる特定の注目核信号についての分裂情報を特定する工程と、前記分裂情報に基づいて前記溶媒を識別する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、試料溶液に含まれる溶媒を自動的に識別できる。あるいは、本発明によれば、試料溶液に含まれる溶媒を自動的に且つ精度良く識別できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施形態に係るNMR測定装置の構成例を示す図である。
【
図3】溶媒識別部の第1構成例を示すブロック図である。
【
図4】実施形態に係るNMR測定装置の動作例を示す図である。
【
図5】重クロロホルム溶媒中の13Cから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図6】重ベンゼン溶媒中の13Cから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図7】重アセトン溶媒中の13Cから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図8】重アセトン溶媒中のDから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図9】重DMSO溶媒中の13Cから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図10】重DMSO溶媒中のDから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図11】重メタノール溶媒中の13Cから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図12】重メタノール溶媒中のDから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図13】重アセトニトリル溶媒中の13Cから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図14】重アセトニトリル溶媒中のDから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【
図15】第1実施例に係る溶媒識別方法を示すフローチャートである。
【
図16】溶媒識別部の第2構成例を示すブロック図である。
【
図17】第2実施例に係る溶媒識別方法を示すフローチャートである。
【
図18】第3実施例に係る溶媒識別方法を示すフローチャートである。
【
図19】重ピリジン溶媒中の15Nから得られたNMRスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0016】
(1)実施形態の概要
実施形態に係るNMR測定装置は、取得部、解析器、及び、識別器を有する。取得部は、試料溶液に含まれる溶媒中の注目核から、当該注目核に特有の特徴部分を含むNMRスペクトルを取得する。取得部は、後述する受信部又は受信器に相当する。解析器は、特徴部分を解析することにより、特徴部分に含まれる特定の注目核信号についての分裂情報を特定する。識別器は、分裂情報に基づいて溶媒を識別する。
【0017】
識別対象となる複数の溶媒には、同じ元素が含まれ得る。同じ元素の注目核から得られた注目核信号(NMR信号)であっても、溶媒が異なれば、注目核信号における分裂状態は相違する。例えば、分裂数が相違し、及び/又は、分裂間隔が相違する。分裂により生じるピークパターンが相違すると言ってもよい。上記構成は、分裂状態が溶媒の種類に依存することに着目し、分裂状態を示す分裂情報に基づいて、溶媒を識別するものである。すなわち、分裂情報が溶媒固有の情報であることに着目し、溶媒の識別を行うものである。
【0018】
分裂情報は、基本的に、NMRスペクトルにおける横軸(周波数軸)上における注目核信号の位置(換言すれば静磁場強度)に基本的に依存しない。依存する場合でも依存度は極めて小さい。例えば、静磁場強度が変動している場合、注目核信号は横軸に沿って動くが、分裂情報は変化しない(Jカップリングは変化しない)。よって、横軸を校正する前の状態でも、分裂情報に基づいて溶媒を識別できる。
【0019】
溶媒中には多数の注目核が含まれ、多数の注目核から強いNMR信号を得られる。よって、分裂情報を取得するための測定時間を短くできる。それ故、NMRロックの実行開始前であっても、精度良く分裂情報を特定できる。
【0020】
実施形態において、解析器は、分裂情報として分裂数及び分裂間隔を特定する。識別器は、分裂数及び分裂間隔に基づいて溶媒を識別する。分裂数及び分裂間隔はそれぞれ溶媒固有の情報であり、分裂数及び分裂間隔の両者を利用すれば、溶媒識別精度を高められる。
【0021】
実施形態において、解析器は、更に、特徴部分を構成する注目核信号数を特定する。識別器は、更に、注目核信号数に基づいて溶媒を識別する。溶媒に応じて、注目核から得られる注目核信号数(ピーク集団の数)が相違する。すなわち、注目核信号数は、溶媒固有の情報又はそれに近い情報である。分裂数、分裂間隔及び注目核信号数を利用することより、溶媒識別対象範囲を広げることができ、また、溶媒識別精度を高められる。注目核信号数も、静磁場の強度に依存しない特徴量である。
【0022】
実施形態において、解析器は、更に、特徴部分における信号間隔を特定する。識別器は、更に、信号間隔に基づいて、溶媒を識別する。信号間隔も溶媒固有の情報又はそれに近い情報である。識別対象となる複数の溶媒に基づいて、利用する情報を取捨選択してもよい。信号間隔は、静磁場の強度に依存するが、静磁場の強度が既知であって概ね安定していれば、信号間隔を特徴量として利用することが可能である。
【0023】
実施形態において、上記の注目核は、第1注目核である。上記のNMRスペクトルは、第1注目核に特有の第1特徴部分を含む第1NMRスペクトルである。取得部は、第1NMRスペクトルを取得する第1取得部と、溶媒に含まれる第2注目核から、当該第2注目核に特有の第2特徴部分を含む第2NMRスペクトルを取得する第2取得部と、を含む。解析器は、第1NMRスペクトルを解析することにより、更に、第1特徴部分を構成する注目核信号数を特定する。また、解析器は、第2NMRスペクトルを解析することにより、第2特徴部分を構成する注目核信号数を特定する。識別器は、分裂情報、第1特徴部分を構成する注目核信号数、及び、第2特徴部分を構成する注目核信号数に基づいて、溶媒を識別する。
【0024】
上記構成は、第1注目核に対応する1又は複数のNMR信号、及び、第2注目核に対応する1又は複数のNMR信号に基づいて、溶媒をより高精度に識別するものである。実施形態において、第1注目核は重水素以外の元素(例えば13C)の原子核であり、第2注目核は重水素(D)の原子核である。第1注目核が13C以外の元素の原子核であってもよく、第2注目核がD以外の元素の原子核であってもよい。
【0025】
実施形態に係るNMR測定装置は、更に、溶媒ごとに基準周波数を管理するための溶媒テーブルを含む。溶媒テーブルに基づいて、識別された溶媒に対応する基準周波数が特定される。当該NMR測定装置の動作が基準周波数に従って調整される。基準周波数は、周波数シフトを演算する際の基準とされ、NMRロックを行う場合に参照され、あるいは、シミングを行う場合に参照される。溶媒テーブルにおいて、更に、照射強度、受信感度等が管理されてもよい。
【0026】
実施形態に係る溶媒識別方法は、取得工程、解析工程、及び、識別工程を含む。取得工程では、試料溶液に含まれる溶媒中の注目核から、当該注目核に特有の特徴部分を含むNMRスペクトルが取得される。解析工程では、特徴部分を解析することにより、特徴部分に含まれる特定の注目核信号についての分裂情報が特定される。識別工程では、分裂情報に基づいて、溶媒が識別される。
【0027】
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係るNMR測定装置が示されている。NMR測定装置は、試料中の特定元素の原子核に対して所定の周波数(共鳴周波数)を有する電磁波を照射し、その原子核において生じるNMRを検出するものである。NMRの検出により得られた受信信号に基づいてNMRスペクトルが生成される。NMRスペクトルに基づいて試料が解析される。
【0028】
NMR測定装置は、図示の構成例において、測定部10、メインフレーム(分光計)12、及び、情報処理装置(PC)14を有している。測定部10とメインフレーム12との間に設けられている電気回路についてはその図示が省略されている。
【0029】
測定部10は、静磁場発生器13、及び、NMRプローブ16を有する。静磁場発生器13は、例えば超電導磁石により構成され、静磁場を生成する。静磁場発生器13は、垂直貫通孔としてのボア13Aを有する。
【0030】
NMRプローブ16は、挿入部18及び基部20により構成される。挿入部18がボア13A内に挿入される。基部20は、ボア13Aの直下且つ外部に設けられている。挿入部18の先端部はプローブヘッド18Aである。プローブヘッド18A内には、試料管22が配置されている。試料管22の近傍には、NMR検出用コイルが設けられている。プローブヘッド18A内には、チューニング用の電子回路、及び、マッチング用の電子回路が設けられている。NMR検出用コイルから試料管内の特定の原子核に対して電磁波が照射される。特定の原子核において生じたNMRがNMR検出用コイルにより検出される。
【0031】
試料管22内には、試料溶液が収容されている。試料溶液は、実施形態において、重水素化溶媒(水素が重水素で置換されている有機溶媒)に対して、試料を添加することにより調製されたものである。使用可能な重水素化溶媒として、例えば、重クロロホルム溶媒、重ベンゼン溶媒、重アセトン溶媒、重DMSO(ジメチルスルホキシド)溶媒、重メタノール溶媒、及び、重アセトニトリル溶媒が挙げられる。それらの溶媒は、試料溶液のNMR測定において一般的に使用されているものである。それらの溶媒には13Cが含まれる。その割合は13Cの天然存在比に依る。重水を溶媒として用いることも可能である。
【0032】
ボア13A内には、シミング用のコイルユニット24が設けられている。コイルユニット24は、複数のコイルにより構成され、コイルユニット24に対して供給する励磁電流群を制御することにより、シミングが実施される。すなわち、試料を含む試料空間において、静磁場に対して補正磁場が加算され、試料空間それ全体にわたって静磁場強度の均一度が高められる。これにより、NMRスペクトルにおけるピークが細くなる。つまり、分解能が高められる。
【0033】
なお、NMRロックを行う場合、例えば、NMR検出用コイルから試料管内の重水素に対して電磁波が照射され、重水素で生じたNMRが検出される。これより得られるNMRスペクトルにおいて、重水素信号が所定周波数で生じるように、コイルユニット24に供給する励磁電流群が動的に制御される。
【0034】
続いて、メインフレーム12について説明する。送信部26は、NMR観測用の送信信号を生成する回路である。生成された送信信号がNMRプローブ16へ送られている。受信部28は、NMR受信信号を処理する回路である。受信部28は、直交検波回路、周波数解析回路、等を有する。NMR受信信号に基づいてNMRスペクトルが生成される。NMRスペクトルは、後述するメインコントローラ40において解析される。
【0035】
本実施形態においては、溶媒識別工程において、送信部26で、溶媒中の注目核に適合する送信信号が生成される。注目核は、後述する第1実施例では13Cであり、後述する第2実施例及び第3実施例では13C及びDである。注目核用の送信信号が後述するロック用送信器32において生成されてもよい。注目核から取得されたNMR受信信号に基づいて受信部28においてNMRスペクトルが生成される。そのNMRスペクトルが溶媒識別部38において解析される。後述するロック用受信器34においてNMRスペクトルが生成され、そのNMRスペクトルが溶媒識別部38において解析されてもよい。受信部28及びロック用受信器34は、NMRスペクトルを取得する取得部(第1取得部、第2取得部)又は取得器(第1取得器及び第2取得器)に相当する。
【0036】
ロックコントローラ30は、NMRロックを制御するものである。ロックコントローラ30は、ロック用送信器32及びロック用受信器34を有する。NMRロック状態において、ロック用送信器32からNMRプローブ16へロック用送信信号が供給される。NMRプローブ16からのロック用NMR受信信号はロック用受信器34に与えられる。ロック用受信器34は、例えば、受信部28と同様の構成を有する。ロック用受信器34において、NMRスペクトルが生成される。そのNMRスペクトルにおける所定信号が所定周波数に定位するようにコイルユニット24の動作が制御される。具体的には、シムコントローラ36に対してロック制御情報が与えられる。送信部26がロック用送信器32として機能してもよく、受信部28がロック用受信器34として機能してもよい。
【0037】
シムコントローラ36は、コイルユニット24に供給する励磁電流群を制御することにより、シミングを実行するものである。また、シムコントローラ36は、上記のように、NMRロックにおいても機能する。
【0038】
溶媒識別部38は、試料測定工程に先立って実施される溶媒識別工程において機能するものである。溶媒識別部38は、上記で挙げた複数の重水素化溶媒に共通に含まれる注目元素の原子核から得られたNMRスペクトルを解析し、その解析結果に基づいて溶媒の種類を識別するものである。NMRスペクトルの解析により、注目核信号数、及び、分裂情報(分裂数及び分裂間隔)が特定される。注目核信号数は、NMRスペクトルに含まれる注目核信号(ピーク群)の個数である。分裂情報は、特定の注目核信号を構成する、分裂状態にある複数のピークについての固有情報である。以下においては、注目核信号を単に信号と表現する。また、注目核信号数を単に信号数と表現する。溶媒識別部38は、識別された溶媒を示す溶媒識別子をメインコントローラ40へ出力している。
【0039】
メインコントローラ40は、端末装置としての情報処理装置14から送られてくる指示又は情報に従って、メインフレーム12内の各構成の動作を制御する。情報処理装置14において、測定対象となる元素やパルスシーケンスが選択されてもよい。メインコントローラ40は、溶媒テーブル42を参照することにより、識別された溶媒に対応する情報(基準周波数等)を特定し、その情報に従って、NMR測定装置の動作を制御する。
【0040】
具体的には、その情報に従って、送信、受信、データ処理等を制御する。その制御内容には、化学シフト基準の設定、NMRロック条件の設定、等が含まれる。溶媒テーブル42は、メモリ上に格納された情報に相当する。メインコントローラ40から情報処理装置14へ溶媒名等を特定する情報を送り、情報処理装置14において、その情報を表示してもよい。
【0041】
シムコントローラ36、溶媒識別部38、及び、メインコントローラ40は、それぞれ、プログラムを実行するプロセッサにより構成される。シムコントローラ36、溶媒識別部38、及び、メインコントローラ40が単一のプロセッサにより構成されてもよい。メインフレームに含まれる他のモジュールは、プロセッサ、電子回路、等により構成される。プロセッサの例として、CPU,GPU,FPGA等が挙げられる。
【0042】
図2には、溶媒テーブル42の一例が示されている。溶媒テーブル42は、複数の溶媒に対応した複数のレコード44を有する。各レコードには、溶媒識別子46、基準周波数48、等の情報が含まれる。基準周波数48に基づいて、化学シフト基準等が定められる。各レコード44内に、制御のための他の情報が含まれてもよい。他の情報として、照射強度、受信感度等が挙げられる。
【0043】
図3には、溶媒識別部38の第1構成例が示されている。溶媒識別部38は、スペクトル解析器50、特徴量DB(データベース)52、及び、識別器54を有している。スペクトル解析器50は、溶媒中の13Cから得られたNMRスペクトル49を解析するものである。NMRスペクトル49には、13Cから生じた1又は複数の信号(1又は複数の注目核信号)が含まれる。1又は複数の信号それ全体は13C固有の特徴部分である。スペクトル解析器50は、特徴部分を解析するものである。特徴部分の含まれる1又は複数の信号の内で、特定の信号(例えば、低周波数側に生じた信号)が分裂情報を特定する対象となる。
【0044】
特徴量DB52は、複数の溶媒に対応した複数のレコードを有している。各レコードには、スペクトル解析において必要な複数の情報、及び、溶媒識別において必要な複数の情報(複数の特徴量)、が含まれる。例えば、各レコードには、特徴部分の周波数範囲、信号数、信号ごとの周波数範囲、信号間隔、特定の信号の分裂数、特定の信号の分裂間隔、等の情報を有している。特徴量DB52は、メモリを含むものである。
【0045】
スペクトル解析器50は、特徴量DB52に基づいて、NMRスペクトル49を解析し、解析結果として、特定された複数の特徴量を出力する。複数の特徴量には、分裂数56、分裂間隔58、信号数60、及び、信号間隔62が含まれる。NMRスペクトル49に1つの信号しか含まれていない場合、信号数60は1であり、信号間隔62は演算されない。
【0046】
識別器54は、特徴量DB52を参照しつつ、スペクトル解析器50の解析結果に基づいて、試料管内の溶媒を識別する。具体的には、複数の溶媒の中から、分裂数56、分裂間隔58、信号数60、及び、信号間隔62に適合する溶媒を選定する。その際、識別器54は、候補となった溶媒ごとに、分裂間隔用の第1判定範囲を定め、分裂間隔58が第1判定範囲に入るか否かを判定する。また、識別器54は、候補となった溶媒ごとに、信号間隔用の第2判定範囲を設定し、信号間隔62が第2判定範囲に入るか否かを判定する。
【0047】
実施形態においては、識別器54が段階的に溶媒候補を絞り込んでいる。識別器54は、最終的に識別された溶媒を示す溶媒識別子63をメインコントローラへ出力する。
【0048】
図4には、
図1に示したNMR測定装置の動作例が示されている。S10では測定条件がユーザーにより入力される。S10において、ユーザーが溶媒を指定する必要はない。S12では、試料溶液が調製され、試料溶液を含む試料管がNMRプローブ内にロードされる。S14では、NMRプローブに対するチューニング及びマッチングが実施される。
【0049】
S16では、試料溶液に含まれる溶媒中の注目核に対して電磁波が照射され、これによりNMRスペクトルが取得される。そのNMRスペクトルが解析され、分裂情報を含む解析結果が得られる。解析結果に基づいて、現在使用している溶媒が識別される。
【0050】
S18では、識別された溶媒から特定される基準周波数等の情報に従って、分解能調整つまりシミングが実施される。S20では、識別された溶媒から特定される基準周波数等の情報に従って、NMRロックの実行が開始される。S22では試料が測定される。すなわち、試料のNMRスペクトルが取得される。
【0051】
以下、
図5~
図14を用いて、上記で挙げた6つの溶媒についての13C-NMRスペクトル(及びD-NMRスペクトル)の特徴を説明する。
【0052】
図5の左側には、重クロロホルム溶媒中の13Cから取得されたNMRスペクトル64が示されている。NMRスペクトル64には、特徴部分として、13Cに由来する1つの信号66が含まれる。符号68で示す範囲を拡大したものが
図5の右側に示されている拡大NMRスペクトル64Aである。信号66は、分裂(Jカップリングとも言い得る)により生じた3つのピーク68a~68cにより構成される。信号66の分裂数は3であり、信号66の分裂間隔はΔd1(30Hz付近)である。
【0053】
3つのピークには2つの間隔が含まれるが、各間隔の大きさは同一である。分裂数3及び分裂間隔Δd1は基本的に静磁場強度に依存しない。依存する場合でもその依存度は極めて小さい。信号66又は3つのピーク68a~68cの検出に当たって、閾値処理等が適用されてもよい。信号66が生じる周波数は既知であるが、NMRロックが実行されていない状況において、静磁場強度の変化に起因して、NMRスペクトルの横軸に沿って信号66の位置が変化し得る。この変化を考慮して、信号66を検出するための周波数範囲を定めておけばよい。以上挙げた各事項は、他のNMRスペクトルを解析する場合においても当てはまるものである。
【0054】
図6の左側には、重ベンゼン溶媒中の13Cから取得されたNMRスペクトル70が示されている。NMRスペクトル70には、特徴部分として、13Cに由来する1つの信号72が含まれる。符号73で示す範囲を拡大したものが
図6の右側に示されている拡大NMRスペクトル70Aである。信号72は、分裂により生じた3つのピーク74a~74cにより構成される。信号72の分裂数は3であり、信号72の分裂間隔はΔd2(25Hz付近)である。
【0055】
図7の左側には、重アセトン溶媒中の13Cから取得されたNMRスペクトル76が示されている。NMRスペクトル76には、特徴部分として、13Cに由来する2つの信号78,80が含まれる。信号間隔はΔF1(ある磁場強度下で22kHz付近)である。2つの信号78,80の位置及びそれらの間隔は、静磁場強度の変化に依存して変化する。符号82で示す範囲(低周波数側の信号78を包含する範囲)を拡大したものが
図7の右側に示されている拡大NMRスペクトル76Aである。信号78は、分裂により生じた7個のピーク84a~84gにより構成される。信号78の分裂数は7であり、信号78の分裂間隔はΔd3(19.5Hz付近)である。
【0056】
図8には、重アセトン溶媒中のDから取得されたNMRスペクトル86が示されている。NMRスペクトル86には、特徴部分として、Dに由来する1つの信号88が含まれる。必要に応じて、このNMRスペクトル86を解析対象に加えることが可能である。後述する第2実施例及び第3実施例では、一部の溶媒について、2つの注目核から取得された2つのNMRスペクトルが解析されている。
【0057】
図9の左側には、重DMSO溶媒中の13Cから取得されたNMRスペクトル90が示されている。NMRスペクトル90には、特徴部分として、13Cに由来する1つの信号92が含まれる。符号94で示す範囲を拡大したものが
図9の右側に示されている拡大NMRスペクトル90Aである。信号92は、分裂により生じた7個のピーク96a~96gにより構成される。信号92の分裂数は7であり、信号92の分裂間隔はΔd4(19.5Hz付近)である。
【0058】
図10には、重DMSO溶媒中のDから取得されたNMRスペクトル98が示されている。NMRスペクトル98には、特徴部分として、Dに由来する1つの信号100が含まれる。必要に応じて、NMRスペクトル
98を解析対象に加えることが可能である。
【0059】
図11の左側には、重メタノール溶媒中の13Cから取得されたNMRスペクトル102が示されている。NMRスペクトル102には、特徴部分として、13Cに由来する1つの信号104が含まれる。符号106で示す範囲を拡大したものが
図11の右側に示されている拡大NMRスペクトル102Aである。信号104は、分裂により生じた7個のピーク108a~108gにより構成される。注目核信号104の分裂数は7であり、信号
104の分裂間隔はΔd5(21.5Hz付近)である。
【0060】
図12には、重メタノール溶媒中のDから取得されたNMRスペクトル110が示されている。NMRスペクトル110には、特徴部分として、Dに由来する2つの信号112,114が含まれる。必要に応じて、NMRスペクトル110を解析対象に加えることが可能である。具体的には、特徴部分に含まれる信号数を溶媒識別情報として利用してもよい。更に、信号間隔を溶媒識別情報として利用してもよい。
【0061】
図13の左側には、重アセトニトリル溶媒中の13Cから取得されたNMRスペクトル116が示されている。NMRスペクトル116には、特徴部分として、13Cに由来する2つの信号118,120が含まれる。信号間隔はΔF2(ある磁場強度下で14.7kHz付近)である。低周波数側の信号120を含んだ、符号122で示す範囲を拡大したものが、
図13の右側に示されている拡大NMRスペクトル116Aである。信号118は、分裂により生じた7個のピーク124a~124gにより構成される。信号118の分裂数は7であり、信号118の分裂間隔はΔd6(20.8Hz付近)である。
【0062】
図14には、重アセトニトリル溶媒中のDから取得されたNMRスペクトル126が示されている。NMRスペクトル126には、特徴部分として、Dに由来する1つの信号128が含まれる。必要に応じて、NMRスペクトル126を解析対象に加えることが可能である。
【0063】
図15には、第1実施例に係る溶媒識別方法がフローチャートとして示されている。
図15は、
図1に示した溶媒識別部の動作を示すものでもある。識別可能な溶媒は、既に説明した、重クロロホルム溶媒、重ベンゼン溶媒、重アセトン溶媒、重DMSO溶媒、重メタノール溶媒、及び、重アセトニトリル溶媒である。これに加えて重水溶媒も識別可能である。第1実施例では、溶媒識別方法の実施に先だって、未知の溶媒に含まれる13CからのNMRスペクトルが取得される。そのNMRスペクトルが解析される。
【0064】
S30では、信号数が0であるか、1であるか、又は、2であるかが判定される。信号数が0であれば、13Cが含まれていないことが判明するので、識別工程S32において重水溶媒であると識別される(S32a)。
【0065】
S30において、信号数が1であると判定された場合、S34において、分裂数が3であるか、又は、7であるかが判定される。分裂数が3,7のいずれでもない場合には、溶媒識別の中止が判定される。分裂数が3である場合には、S36において、分裂間隔が判定範囲FB1内に属するか、判定範囲FB2内に属するかが判定される。判定範囲FB1は、例えば、25Hzを含む一定範囲であり、判定範囲FB2は、例えば、30Hzを含む一定範囲である。分裂間隔が判定範囲FB1に属する場合、識別工程S32において、重ベンゼン溶媒が判定される(S32b)。分裂間隔が判定範囲FB2に属する場合、重クロロホルム溶媒が判定される(S32c)。分裂間隔がいずれの判定範囲にも属されない場合、溶媒識別の中止が判定される。
【0066】
一方、S34において、分裂数が7であると判定された場合、S38において、分裂間隔が判定範囲FB3に属するか、判定範囲FB4に属するかが判定される。判定範囲FB3は、例えば、21.5Hzを含む一定範囲であり、判定範囲FB4は、例えば、19.5Hzを含む一定範囲である。分裂間隔が判定範囲FB3に属する場合、識別工程S32において、重メタノール溶媒が判定される(S32d)。分裂間隔が判定範囲FB4に属する場合、重DMSO溶媒が判定される(S32e)。分裂間隔がいずれの判定範囲にも属されない場合、溶媒識別の中止が判定される。
【0067】
S30において、信号数が2であると判定された場合、S40において、信号間隔が判定範囲FB5に属するか、判定範囲FB6に属するかが判定される。判定範囲FB5は、例えば、22kHzを含む一定範囲であり、判定範囲FB6は、例えば、14.7kHzを含む一定範囲である。信号間隔が判定範囲FB5に属する場合、識別工程S32において、重アセトン溶媒が判定される(S32f)。信号間隔が判定範囲FB6に属する場合、重アセトニトリル溶媒が判定される(S32g)。信号間隔がいずれの判定範囲にも属されない場合、溶媒識別の中止が判定される。
【0068】
以上のように、第1実施例においては、13CのNMRスペクトルのみに基づいて、溶媒の種類が判定されている。第1実施例では、信号数、信号間隔、分裂数、及び、分裂間隔が溶媒識別のための特徴量として利用されている。
【0069】
図16には、溶媒識別部の第2構成例が示されている。図示された溶媒識別部38Aは、以下に説明する第2実施例及び第3実施例を実行する場合において用い得る。なお、
図16において、
図3に示した構成と同様の構成には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0070】
図16において、溶媒識別部38Aは、第1構成例と同様、スペクトル解析器50A、特徴量DB52A、及び、識別器54Aを有する。スペクトル解析器50Aは、第1スペクトル解析器50A-1及び第2スペクトル解析器50A-2を有する。
【0071】
第1スペクトル解析器50A-1は、第1注目核である13Cから得られた第1NMRスペクトルを解析するものである。その解析結果として、分裂数(C分裂数)56、分裂間隔(C分裂間隔)58及び信号数(C信号数)60が特定される(ここで、Cは13Cを意味している)。第2スペクトル解析器50A-2は、第2注目核であるDから得られた第2NMRスペクトルを解析するものである。その解析結果として、信号数(D信号数)132が特定される(ここで、Dは重水素を意味している)。
【0072】
特徴量DB52Aにおいては、溶媒ごとに複数の特徴量が管理されている。複数の特徴量には、C分裂数、C分裂間隔、C信号数、及び、D信号数が含まれる。
【0073】
識別器54Aは、特徴量DB52Aを参照しつつ、スペクトル解析器50Aの解析結果に基づいて、溶媒を識別する。識別器54Aからメインコントローラへ溶媒識別子63が出力される。
【0074】
図17には、第2実施例に係る溶媒識別方法がフローチャートとして示されている。その溶媒識別方法の実施に先立って、未知の溶媒中の13Cから第1NMRスペクトルが取得され、また、未知の溶媒中のDから第2NMRスペクトルが取得される。なお、
図17において、
図15に示した工程と同様の工程には同一の符号を付してある。
【0075】
S30では、第1NMRスペクトルにおける信号数つまりC信号数が0であるか、1であるか、又は、2であるかが判定される。C信号数が0であれば、S42において、第2NMRスペクトルにおける信号数つまりD信号数が1であるか、又は、0であるかが判定される。D信号数が1であれば、識別工程S32において、重水溶媒が識別される(S32a)。D信号数が0であれば、溶媒識別の中止が判定される(S32h)。
【0076】
S30において、C信号数が1であれば、S34において、第1NMRスペクトルにおける分裂数つまりC分裂数が3であるか、又は、7であるかが判定される。C分裂数が3であれば、S36において、第1NMRスペクトルにおける分裂間隔つまりC分裂間隔が判定範囲FB1に属するか、又は、判定範囲FB2に属するかが判定される。C分裂間隔が判定範囲FB1に属する場合、識別工程S32において、重ベンゼン溶媒が識別される(S32b)。C分裂間隔が判定範囲FB2に属する場合、識別工程S32において、重クロロホルム溶媒が識別される(S32c)。
【0077】
S34において、C分裂数が7であると判定された場合、S44において、第2NMRスペクトルにおける信号数つまりD信号数が2であるか、1であるか、又は、0であるかが判定される。D信号数が2であれば、識別工程S32において、重メタノールが識別される(S32d)。D信号数が1であれば、識別工程S32において、重DMSO溶媒が識別される(S32e)。D信号数が0であれば、識別工程S32において、溶媒識別の中止が判定される(S32i)。
【0078】
一方、S30において、C信号数が2であると判定された場合、S46において、C信号間隔が判定範囲FB5に属するか、判定範囲FB6に属するか、又は、それら以外の範囲に属するか、が判定される。判定範囲FB5は、例えば、22kHzを含む一定範囲であり、判定範囲FB6は、例えば、14.7kHzを含む一定範囲である。C信号間隔が判定範囲FB5に属する場合、識別工程S32において、重アセトン溶媒が判定される(S32f)。C信号裂間隔が判定範囲FB6に属する場合、重アセトニトリル溶媒が判定される(S32g)。C信号間隔がいずれの判定範囲にも属されない場合、溶媒識別の中止が判定される(S32j)。
【0079】
以上のように、第2実施例によれば、第1NMRスペクトルに加えて第2NMRスペクトルを考慮して溶媒を識別できるので、溶媒識別精度を高められる。
【0080】
図18には、第3実施例に係る溶媒識別工程がフローチャートとして示されている。その溶媒識別方法の実施に先立って、溶媒中の13Cから第1NMRスペクトルが取得され、また、溶媒中のDから第2NMRスペクトルが取得される。
【0081】
S50では、第2スペクトルにおける信号数つまりD信号数が2であるか、1であるか、又は、0であるかが判定される。D信号数が2であれば、S52において、第1NMRスペクトルにおける信号数つまりC信号数が1であるか否かが判定される。C信号数が1であれば、識別工程S32において、重メタノール溶媒が識別される(S32d)。C信号が1以外であれば、溶媒識別の中止が判定される(S32k)。
【0082】
S50において、D信号数が1であると判定された場合、S54において、第1NMRスペクトルにおける信号数つまりC信号数が0であるか、1であるか、又は、2であるかが判定される。S54において、C信号数が2であると判定された場合、S59において、C信号間隔が判定範囲FB5に属するか、又は、判定範囲FB6に属するかが判定される。判定範囲FB5は、例えば、22kHzを含む一定範囲であり、判定範囲FB6は、例えば、14.7kHzを含む一定範囲である。C信号間隔が判定範囲FB5に属する場合、識別工程S32において、重アセトン溶媒が判定される(S32f)。C信号間隔が判定範囲FB6に属する場合、重アセトニトリル溶媒が判定される(S32g)。C信号間隔がいずれの判定範囲にも属さない場合、溶媒識別の中止が判定される。S54において、C信号数が0であれば、識別工程S32において、重水溶媒が識別される(S32a)。
【0083】
S54において、C信号数が1であると判定された場合、S56において、第1スペクトルにおける分裂数つまりC分裂数が3であるか、又は、7であるかが判定される。C分裂数が3であると判定された場合、S58において、第1NMRスペクトルにおける分裂間隔つまりC分裂間隔が第1判定範囲FB1に属するか、又は、第2判定範囲FB2に属するかが判定される。C分裂間隔が第1判定範囲FB1に属する場合、識別工程S32において、重ベンゼン溶媒が識別される(S32b)。C分裂間隔が判定範囲FB2に属する場合、識別工程S32において、重クロロホルム溶媒が識別される(S32c)。
【0084】
S56において、C分裂数が7であると判定された場合、識別工程S32において、重DMSO溶媒が識別される(S32e)。S50において、D信号数が0であると判定された場合、識別工程S32において、溶媒識別の中止が判定される(S32l)。
【0085】
以上のように、第3実施例によれば、第2実施例と同様に、第1スペクトルに加えて第2スペクトルを考慮して溶媒を識別できるので、溶媒識別精度を高められる。
【0086】
13C及びD以外の元素を測定対象としてもよい。例えば、重ピリジン溶媒のような窒素を含む溶媒については、14Nや15Nを測定対象としてもよい。
図19には、プロトンデカップリング実行下において、重ピリジン溶媒中の15Nから取得されたNMRスペクトル134が示されている。NMRスペクトル134には、15Nに対応する1つの信号136が含まれる。信号136の存在を特定することにより、溶媒に15Nが含まれていることを判定でき、その判定結果から重ピリジン溶媒を識別できる。13C及びD以外の元素から取得されたNMRスペクトルにおける信号数等が考慮されてもよい。
【0087】
上記各実施例によれば、試料溶液とは別に参照用の溶液を用意する必要がないという利点を得られる。上記各実施例によれば、複数の溶媒からなる混合溶媒について個々の溶媒を識別することが可能である。既に説明したように、溶媒が識別された後、その溶媒に対応する基準周波数等の情報を用いて分解能調整やNMRロックが実施される。
【符号の説明】
【0088】
10 測定部、12 メインフレーム(分光計)、26 送信部、28 受信部、30 ロックコントローラ、36 シムコントローラ、38 溶媒識別部、40 メインコントローラ、42 溶媒テーブル、50 スペクトル解析器、52 特徴量DB、54 識別器。