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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-02
(45)【発行日】2024-02-13
(54)【発明の名称】傾斜沈降装置
(51)【国際特許分類】
   B01D 21/02 20060101AFI20240205BHJP
【FI】
B01D21/02 F
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2022015399
(22)【出願日】2022-02-03
(65)【公開番号】P2022123846
(43)【公開日】2022-08-24
【審査請求日】2022-07-22
(31)【優先権主張番号】P 2021020579
(32)【優先日】2021-02-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】720001576
【氏名又は名称】笠原 明彦
(72)【発明者】
【氏名】笠原 明彦
【審査官】伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-110876(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 21/00-21/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水面下にある多数の傾斜隔壁が水平に等間隔で並んで傾斜流路を構成し、傾斜流路の側面は仕切りが無くフリーであり、傾斜隔壁は平板状の傾斜板で構成され、対面する2枚の傾斜板を一対とし、その一方の流出端高さを他方の流出端高さより低くし、交互に段差を設け、高いほうの傾斜板の流出端から低いほうの傾斜板の流出端を結んだ直線が高いほうの傾斜板となす内側の角度が90度以下、60度以上となるようにしたことを特徴とする、上向流式沈降槽に使用される傾斜板沈降装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の傾斜沈降装置は、主に浄水処理施設や産業排水処理施設の重力式沈降槽(以下沈降槽と言う)に使用される。沈降槽は液体中の懸濁物質を重力沈降の原理を利用して、連続的に分離清澄化する設備であり、水平流式と上向流式があり、本発明の傾斜沈降装置は上向流式沈降槽に使用される。表1に水平流式と上向流式の原理図を示す。また、図2に本発明の上向流式傾斜沈降装置の応用例を示す。
水平流式は、被分離水が傾斜装置に水平に流入し、流出して行くが、上向流式は傾斜装置の下方から流入し、上方に流出していく。いずれの方式でも分離された濁質は傾斜装置の下方に沈降して槽底に滞積する。
【0002】
【表1】
【背景技術】
【0003】
傾斜沈降装置は沈降槽を水平に階層に仕切る原理を応用し、懸濁物質が沈降する距離を縮小し、分離に要する時間を短縮する。
したがって沈降槽の大きさをその短縮した割合に応じて縮小させることができ、沈降槽の建設コストの縮減に大きく寄与する。
【0004】
傾斜沈降装置は沈降分離操作に連続性を持たせるため、懸濁物質が沈降する底面に傾斜をつけ、分離した濁質を転がりや滑りによって装置外に常時排出する。
図5(a)に示すように、底面を高さHに傾斜させた場合の沈降距離はhとなり、沈降性能は傾斜装置がない場合に比べてH/h倍増加する。(非特許文献1)水道設計指針2000 ページ196,19~27行に同様の記述がある。
【0005】
傾斜角度は実用的に水平面に対し45度から70度程度が用いられ、60度が最も一般的である。
傾斜した多数の隔壁(以後傾斜隔壁(50)と言う)を一体的に立体構成したものを傾斜沈降装置という。
傾斜沈降装置には前述したように沈降槽内を水平に流れる部分に設置される水平流式と上昇流部分に設置される上向流式がある。本発明の傾斜沈降装置は上向流式傾斜沈降装置A0である。
代表的な例を図1に、またその使用例を図2に示す。なお特許文献1の1/3 第1図にも傾斜沈降装置の代表例が示されている。
【0006】
上向流式傾斜沈降装置A0は表1に示す通り、沈降槽の水面下に位置し、装置下方の流入側原水と装置上方の流出側処理水の間に設置される。
上向流式に用いられる傾斜沈降装置は原則1段であり、水平流式のように階層を重ねる多段式はない。
【0007】
上向流式傾斜沈降装置A0は、さらに表2に示すように傾斜管式と傾斜板式に分別され、傾斜隔壁(50)に傾斜管(60)や傾斜隔壁(50)の幅方向bを細かく仕切って管状とした部材を使用したものを傾斜管沈降装置A10、傾斜隔壁(50)に傾斜した平板(以後傾斜板(51)という)を使用したものを傾斜板沈降装置A20と言い本発明は傾斜板沈降装置である。
傾斜板沈降装置A20には傾斜管沈降装置を構成する側壁(40)は無く、傾斜板(51)の両端はフリーである。
傾斜板は薄い平板であり、剛性強度を増すためにいろいろな形状の補強リブが付いている。平板の大きさは1m四方から幅1m長さ2mなど多数あるが標準的なものは決まっていない。
多数の傾斜板を水平に等間隔に並べて支持枠等に固定し傾斜板沈降装置をなす。各傾斜板の長さLもしくは高さHはすべて同一であり、また上辺(30)と底辺(31)の高さは沈降性能を最大限に発揮するため同一である。
【0008】
【表2】
【0009】
傾斜管式は側壁(40)と傾斜隔壁(50)とで管状に閉じられた傾斜流路(11)を、傾斜板式は側壁(40)を持たず、傾斜板(51)で平行に仕切られた傾斜流路(11)を被分離水が上昇する。
傾斜板(51)が並行して並ぶピッチは一般的に70mmから150mmの範囲で採用される。ピッチが狭いほうが大きな沈降性能が得られ有利だが、濁質による閉塞が心配される。また広くすると沈降性能が劣り、それを補うためには装置を大型化する必要がある。
また、傾斜板(51)は傾斜管(60)に比較して材料の剛性が低く、たわみが出やすいのでピッチを傾斜管(60)並みに狭くすることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】公開実用 昭和56-137704号 1/3第1図
【文献】特許第6653203号 ペ-ジ(11) 図14
【非特許文献】
【0011】
【文献】水道設計指針2000 ページ194~199「5.5.4傾斜板(管)式沈殿池」、ページ199~202「5.5.5高速凝集沈殿池」平成12年3月31日発行 一般社法日本水道協会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
第1に上向流式傾斜沈降装置A0に発生する閉塞の問題について記述する。
【0013】
上向流式傾斜沈降装置A0を沈降槽B内で長期間運用していると、傾斜沈降装置A0の流出端辺(22)に汚れが付着し流れを阻害して分離性能を著しく低下させる。
汚れの成分の多くは、分離効率を向上させる目的で液中にミョウバン系の凝集剤を投入し、懸濁物質を集塊した数ミリ程度の濁質フロック(3)である。
汚れの付着は、上昇流路内で完全に分離されずに残った微量の濁質フロック(3)が傾斜沈降装置A0の上面において一部が再沈降し流出端(21)に沈着するために発生する。
傾斜板沈降装置A20は、傾斜管沈降装置A10と比較して、隔壁を持たないので、閉塞が発生しにくくなるが、閉塞を完全に防ぐことは出来ない。
【0014】
上向流式傾斜沈降装置A0の分離性能を良好に維持するため、装置の定期的な清掃メンテナンスが欠かせない。
【0015】
特に、懸濁物質の性状によっては装置の流出端辺(22)に濁質フロック(3)が沈着堆積し、長期間放置するとマット状の層(以下マット層(4)と言う)を形成して閉塞状態に至ることも数多く報告されている。
【0016】
図3に傾斜板沈降装置A20が閉塞に至る流出端の挙動を示す模式図を示す。図3(a) は傾斜板流出端の平面図、図3(b)は同じく側断面図である。沈降装置設置初期の状況から、長期運用により濁質フロック(3)の沈着が進んだ状態、そして定期的な清掃無しに長期にわたり放置した結果、マット層(4)が形成され閉塞に至る状態を示す。
閉塞状態が発生すると、傾斜装置に流入する流れが不均一となり、一部に短絡流が生じて、分離効率を著しく低下させる。
【0017】
第2に従来の閉塞防止対策について記述する。
【0018】
上向流式傾斜板沈降装置A20の流出端(21)に沈着した濁質フロック(3)が成長し、マット層(4)が形成されることを防止するため、傾斜流路(11)の拡大が求められる。
【0019】
例えば傾斜管沈降装置A10の傾斜管(60)の径を50mm角から100mm角に拡大する対策がとられたり、傾斜板沈降装置A20の場合は、傾斜板(51)のピッチ(間隔)を例えば100mmから200mmに拡大する対策がとられる。
【0020】
図4は閉塞防止対策を講じた傾斜板沈降装置A20の流出端側断面模式図である。図4(a)は従来から採用されているピッチpで配列された傾斜隔壁(50)または傾斜板(51)の模式図で、閉塞防止対策前の状態。図4(b)は従来から行われている閉塞防止対策で、傾斜板(51)の間隔pを2倍にした場合の模式図である。図4(c)は本発明の対策を示した模式図である。
傾斜板沈降装置A20の流出端(21)に沈着する濁質フロック(3)は徐々に集塊し、放置するとしだいにマット層(4)を形成する。マット層(4)は脆弱で、対辺の間隔が拡大、すなわち流路断面が拡大すると、マット層の形成途上で層の中央部のひずみεが増し、ひずみεがある限界εmxを超えると濁質フロック(3)同士の結着力を失って破断し、マット層(4)が形成されず、閉塞には至らない。
【0021】
よって、隣り合う傾斜板の間隔を拡大してマット層(4)の形成を防止する対策が従来からとられている。
【0022】
第3に従来の閉塞防止対策の問題点について記述する。
【0023】
閉塞防止対策として、傾斜流路(11)を拡大すると傾斜板沈降装置A20が大型化し、製作コストの上昇やしいては傾斜沈降装置A20を収容する沈降槽Bも拡大し建設コストの増大を招くことになる。
また傾斜流路(11)の拡大により、流路内に乱流が発生しやすくなり、分離効率が低下する欠点もある。
【0024】
最初に傾斜板沈降装置A20の大型化とその問題点について説明する。
【0025】
傾斜板沈降装置A20の沈降分離性能は2枚の傾斜板(51)の間隔に反比例して性能が低下する。
すなわち、沈降分離性能は図5(a)に示されるように高さHの2枚の傾斜板(51)間の最深垂線hの数に比例し、H/h倍で示される。閉塞を防ぐために傾斜板(51)の間隔pを2倍の2pにすると図5(b)に示すように分離性能はH/2h倍となり、分離性能は2分の1に減ずる。これを補うためには傾斜隔壁(50)の長さを2倍にしなければならない。
傾斜板(51)の長さLを2倍にすると傾斜板沈降装置A20の高さHは、傾斜角度が60度の場合H=2Lsin60=1.73Lとなり、1.73倍高くなる。この方法では傾斜板沈降装置A20が大きくなり、傾斜板沈降装置A20の製作コストや傾斜板沈降装置A20を収める沈降槽Bの建設コストが大幅に上昇する。
【0026】
次に、分離効率の低下について説明する。
【0027】
傾斜流路(11)が拡大することにより、傾斜流路内で乱流が発生し易くなり、分離性能が低下し、分離効率が悪化する。沈降分離性能の効率に大きく影響する整流度はレイノルズ数で表され数値が低いほど整流度が高いことを示す。
沈降分離操作は整流域内であることが絶対条件であり、レイノルズ数は非常に重要な要素である。
【0028】
レイノルズ数は流れの整流度を表す無次元の数値で、Re=ρvDe/μ Re:レイノルズ数、ρ:流体密度、v:流体速度、De:濡れ壁面積De=4×断面積/浸辺長、μ:流体粘度、で計算される。沈降分離技術分野ではレイノルズ数500以下が層流域、2,500以上が乱流域とされているが、実例的には200以下が採用されている。
【0029】
傾斜板内の流れの速度を一定とすると、濡れ壁面積がレイノルズ数を変化させる重要なファクターとなる、流路径が小さければ濡れ壁面積Deも小さくなり、レイノルズ数も比例して小さくなる。
傾斜沈降装置に求められるレイノルズ数は、濁質フロック(3)による閉塞の恐れがない条件下で低いほど良く、数10から200程度とされている。
【0030】
閉塞防止対策として、従来技術では、傾斜流路(11)を拡大する対策が取られるが、この方法では、レイノルズ数が増大し沈降分離性能が悪化する欠点がある。
傾斜板沈降装置A20では、傾斜管沈降装置A10と比較して側壁(40)が無くオープンな水路であるため濡れ壁面積Deが大きくなり、レイノルズ数は数倍から数十倍になる。
したがって、隣り合う傾斜板の間隔を拡大することは沈降分離性能を大きく損なう恐れがある。
【0031】
傾斜板沈降装置は流路幅が大きいのでレイノルズ数は必然的に大きくならざるを得ず、300程度が一般的である。そのため傾斜板沈降装置の効率は70%程度とされている。
傾斜板沈降装置の場合、閉塞防止対策として水路幅を拡大すると、沈降性能の大幅な低下は避けられない。
【0032】
レイノルズ数比較の一例を表3に示す。従来から使用され、また実績の多い水路幅100mmの傾斜板と、閉塞防止対策のために新たに提供された200mmの傾斜板で比較した。
表3の水路幅a100mmとb200mmのレイノルズ数を比較すると、それぞれ308と616となり2倍の開きがある。したがって水路幅を2倍に拡大したことにより、レイノルズ数は大きく増加し層流域を超えて分離効率は大幅に低下する。
従って傾斜流路(11)の拡大による分離性能の大幅な低下は避けられないことが理解される。
【0033】
【表3】
【課題を解決するための手段】
【0034】
傾斜流路(11)の間隔を変えることなく、閉塞防止対策を備えた傾斜板沈降装置A20が要求され、隣接する傾斜板(51)の流出端(21)に段差zを設けることで、傾斜流路(11)の間隔を大きくする効果と同等以上の成果が得られる方法を発明した。
【0035】
段差を設けた傾斜沈降装置としてすでに特許文献2が考案されている。
【0036】
特許文献2は、傾斜管沈降装置A10であり、側板(本願では側壁(40)と称している)を有しており、本願の側壁を有しない傾斜板沈降装置A20とは構造が大きく異なる。
【0037】
したがって、閉塞に至る経緯及びその防止対策も異なる。
【0038】
傾斜流路(11)の径を拡大することなく、また分離性能を維持しながら、従来から使用されている傾斜板沈降装置A21の加工組立方法を一部変更し、傾斜板(51)の流出端辺(22)の前後方向交互に段差zを設けることで、濁質フロック(3)による閉塞を防止し、清掃メンテナンスまでの期間を延長させることができ、かつ、分離性能も維持することができる段差付き傾斜板沈降装置A22を提供する。
【0039】
特殊な場合を除き濁質フロック(3)の付着は、傾斜板沈降装置A20の流出端(21)に限定して発生するものであるから、傾斜板沈降装置全体に対策を施す必要はなく、流出端(21)に限定して対策を講ずれば良い。
【0040】
本発明の基本原理を図4を用いて説明する。図4(a)は従来の傾斜板沈降装置の流出部側断面を模式図化したものである。図4(b)は閉塞防止対策として傾斜板(51)の間隔pを2倍にし、流出端(21)間の距離を拡大したもの、図4(c)は傾斜板(51)の間隔pを維持したまま隣り合う傾斜板(51)の流出端(21)に段差zを設けたものである。
図4(a)の従来の傾斜板沈降装置では、流出端(21)に付着した濁質が成長し、隣り合う濁質塊と合体してマット層(4)が形成され、閉塞が起きている状態、図4(b)は流出端の間隔は、2倍の2pとなり、付着した濁質は、マット層(4)を形成することなく、ひずみ限界εmxを超えて崩壊する。図4(c)は同一高さの流出端間の距離は2pであるのでマット層(4)は形成されないが、下方に段差のある流出端(21)でも濁質の集塊は発生しており、下方の濁質の集塊が上方の濁質の集塊に合体されなければ、マット層(4)は形成されない。
【0041】
この場合、段差zの大きさは、下方の流出端に発生する濁質の集塊が成長して上方の濁質の集塊に接する前に崩壊する必要がある。また、上方の流出端(21)の両端で成長する濁質の集塊が下部の流出端(21)で支えられる形になることも避けなければならない。すなわちひずみ限界εmx以上であることが条件となる。ひずみ限界εmx以下では、両端から成長するマット層(4)が下部の流出端(21)で支えられる形になり、崩壊には至らない。
【0042】
以上のことから、傾斜板(51)の間隔を拡幅せずに、拡幅した場合と同じ効果が得られることが理解される。
【0043】
すなわち、隣接する2つの傾斜流路(11)を一対として、その流路の中間に位置する傾斜板(51)の流出端(21)の高さを、他の対辺の流出端(21)の高さより低くし段差zを設けた段差付き傾斜板沈降装置A22である。
【0044】
また、傾斜板(51)のピッチpは保たれているので分離効率を左右するレイノルズ数に変化はなく、性能の低下を招くことも無い。
【0045】
段差zの大きさは、相対する流出端の距離kがピッチpより大きくなるほど良い。
これを図6の段差zの解析図を用いて説明する。A、B、Cは従来型傾斜板(51)(以後長手傾斜板(51a)という)の流出端、B1は段差のある傾斜板(以後短手傾斜板51bという)の流出端で傾斜流路(11)を直角に切断した形状の位置、B3は同じく短手傾斜板の流出端で、傾斜流路(11)を傾斜角度θで切断した形状の位置、B2の位置はピッチpの2分の1を半径とする円弧が線ABに接する短手傾斜板(51b)上の位置である。
αは長手傾斜板(51a)の流出端から短手傾斜板(51b)の流出端を結んだ直線が長手傾斜板(51a)となす内側の角度をいう。一般的に傾斜板(51)の傾斜角度θは60度であり、Bの位置はα=120度、B1の位置はα=90度、B2の位置はα≒85度、B3の位置はα=θ=60度となる。
流出端A、B、C点における集塊した濁質フロック(マット層)の成長は、A,B間の中間点Mまでを半径とする円で模式的に示される。各円が接した段階でブリッジが発生し閉塞が始まる。
流出端A、B、Cがあり、隔壁のピッチはpである。段差がゼロの場合、流出端間の距離はピッチpであるが、段差がB3に達するまでは、Aを起点とする流出端間k1はピッチpより狭まり、B3より下方では拡大して行く。反対にCを起点とする流出端間k2は段差のないB以降pより拡大して行く。
B3におけるAとの中間点をNとすると、曲線MNは各段差における円がAに最も近い位置を示し、傾斜流路(11)を直角に切断した形状の段差B1点でもっと接近し、傾斜角θで切断した形状の段差B3点のNでMと等しくなり、その後拡大して行く。
【0046】
すなわち、Mを起点としてNまでは、流出端間が狭まり段差zが無い場合より閉塞に至りやすいと言え、必要な段差はB3より下方でなければならない。
しかしながら、段差が生じることにより、集塊した濁質フロックのブリッジは弱くなり崩壊しやすくなる機序を考慮するとB1からB3も効果が期待できる、BからB1までの段差は顕著な閉塞防止効果は得られない。
【0047】
図7は、傾斜流路(11)の流出端を水平に切断した形状の流出端AとB、直角に切断した形状のAとB1、傾斜角度θ=60度で切断した形状のAとB3それぞれの位置について集塊する濁質フロック(3a)は図に示すように円状に成長してゆき、その成長外形線を右斜線で示した。
実際には、円の右下下方に濁質が付着することはほとんど認められないが、解析を簡単にするため円で表記した。
【0048】
右斜線の円が重なるとブリッジが生じ閉塞状態に至る。
段差zがB1に達するまでは重なり部分が増して行き、B1より下方では重なり部分が減少に転じ、B3で重なり部分が消滅する。B3以下では近接した集塊フロックが無いので、閉塞には至らない。
しかしながら、B3より下方では、傾斜板(51b)の長さが短くなり、沈降性能の減少が無視できなくなるので推奨されない。
【0049】
以上のことから、段差zは、流出端間の拡大を重要視するならB3より下方が良いが、マット層の形成を防止する実質的効果から考察すると、閉塞防止に必要な段差zは、B1以下B3間で十分であると言える。
【0050】
よって、傾斜板(51)の流出側の流路の形状を、交互に効果的な段差を持たせた形状とすることによって、閉塞を防止することができ、流路を90度以下の鋭角から傾斜角θ以上で切断した形状とすることによって閉塞防止効果がある傾斜板沈降装置A22を提供することが出来る。
【0051】
B1やB3における段差zは傾斜板(51)のピッチをpとするとB1の段差z(1)は、z(1)=psinθ×cosθ、B3の段差z(3)は、z(3)=2psinθ×cosθとなる。傾斜板の対面距離をdとすると、B1の段差z(1)は、z(1)=dcosθ、B3の段差z(3)は、z(3)=2dcosθとなる。
例えばp=80mmとするとz(1) ≒35mm、z(3)≒70mmとなる。p=150mmとするとz(1) =65mm、z(3)=130mmとなる。
【0052】
なお、段差zの大きさは、懸濁物質の性状や傾斜装置の設置状況等により選定され、粘着性が弱く小型の濁質フロック(3)であればわずかの段差で効果があり、粘着性が強く大型の濁質フロック(3)であれば大きい段差を必要とする。
傾斜板沈降装置として代表的な傾斜角度60度、p=80mmの場合、z(1)=35mm、z(3)=70mmとなり、35~70mmの間で適宜採用される。濁質フロックの性状に粘着性が懸念される場合は、d=100mmとして、z(1)=50mmからz(3)=100mmの間で採用される。
【0053】
しかしながら一方、傾斜板(51)の一部の長さ、もしくは高さを欠くため、沈降性能の若干の低下は数値上免れない。そこで、沈降性能低下の割合を計算して比較してみる。
【0054】
図8に沈降性能を確定する原理図を示す。図8において、ピッチpで連続して並ぶ傾斜板(51)の上端を長さl、もしくは高さzだけ交互に欠いた構造とする。すなわち流出端(21)にピッチp方向の交互に段差zを設けた構造である。
例えば、傾斜板(51)の傾斜角度θを60度、傾斜板対面間隔dを70mm、傾斜板高さHを800mmとすると、ピッチp=70/sin60≒80mm、隔壁長L=H/sin60≒920mmとなる。
傾斜板(51)の欠くべき高さzを、直角切断形状時の35mmと60度切断形状時の70mmとする。これを傾斜板(51)の切欠く長さlに置き換えると40mmから80mmとなる。
これは傾斜隔壁(50)長さL=920mmの4.3%から8.7%になるが、段差zは傾斜板(51)数の半分に限定されるので、影響は2.2%から4.4%である。
したがって傾斜板(51)をlだけ欠いたことによる沈降性能の低下は2.2%から4.4%であり、これに傾斜板沈降装置の効率70%を加味すれば、1%~2%となり機能上の分離性能に及ぼす影響はほとんど無視することができる。
【0055】
傾斜板沈降装置の効率は、装置の形式により異なり、計算上求められた沈降性能の70~90%程度とされている。
国内の水道施設設計指針である
【文献】ペ-ジ196 ,7~16行では、傾斜板沈降装置の効率への言及は無いが、設計基準内にゆとりを持たせ、効率は収められているので、特に効率について言及されていない。類似文献の旧基準では傾斜板式沈降装置70%、傾斜管式沈降装置90%としたものがある。
【0056】
さて、段差による沈降分離性能の低下は無視できるとしたが、分離性能の数値的合一性を求めるならば、傾斜沈降装置の高さを2.2%から4.4%高くする必要がある。しかし傾斜沈降装置の加工誤差に取り込まれる範囲内であり、段差zを設けることによる製作コストの上昇にはほとんど影響しない。
【発明の効果】
【0057】
本発明の傾斜板沈降装置A22は、従来行われていた傾斜板(51)の傾斜流路(11)を拡大する方法に代わり、傾斜板(51)の交互にわずかな段差zを設けることにより、効果的な閉塞防止対策がなされ、長期間の使用に耐え、かつメンテナンスの容易な傾斜沈降装置を提供する。
【0058】
従来型の傾斜板沈降装置A21は、沈降装置の性能を最大限発揮させるため傾斜板の上辺(30)と底辺(31)の高さを同一にしているが、本発明の傾斜板沈降装置A22は上辺の高さに交互に段差を設けている。
有効な段差を設けることにより、濁質フロック(3)の集塊によるマット状の閉塞状態が忌避され長期にわたり運転を継続することができる。
段差を設けることにより沈降性能は1%程度減少するが、傾斜板の高さが増すごとにその影響は縮小し無視できる。
したがって沈降装置の大きさを従来と変えないでよい。
【0059】
本発明の効果として最も強調されるのは、沈降分離効率に影響を与えるレイノルズ数が低く保たれ、沈降分離性能がそのまま維持されることにある。
さらに、従来のように傾斜流路(11)の拡大による傾斜板沈降装置A22の大型化は不要となり、傾斜板沈降装置A22を収容する沈降槽Bの容積は最小限に維持できるので、沈降槽Bの建設コストの増大も避けられる。
また、本発明の傾斜沈降装置A22の製造コストは、段差zをつけるために特別な工程を必要とせず、製造コストは従来と変わらない。
【0060】
そして、本発明の傾斜板沈降装置A22は美観的にも優れている。
傾斜板沈降装置流出端辺(22)に確認される汚れは美観を損なうが、本発明の傾斜板沈降装置A22の流出端辺(22)の数は2分の1に減ずるので、大幅に改善される。
図9に傾斜板沈降装置A20の流出端辺(22)の上面パターン図を示す。(a)は従来の傾斜板沈降装置A21の上面パターン図で区画数が多く、 (b) は段差をつけた本考案の傾斜板沈降装置A22の上面パターン図で区画数は2分の1に減少している。
【図面の簡単な説明】
【0061】
図1】発明の傾斜板沈降装置組立斜視図
図2】水平流式傾斜沈降装置と上向流式傾斜沈降装置の原理図
図3】上向流式傾斜沈降装置使用例の沈降槽側断面模式図
図4】傾斜板沈降装置の流出端における閉塞防止対策比較図
図5】傾斜沈降装置原理図
図6】段差zの解析図
図7】マット層形成防止のメカニズムを示す流出端の平面と側断面模式図
図8】沈降性能計算図
図9】傾斜板沈降装置の上端面パターン図
【発明を実施するための形態】
【0062】
本発明の基本形態は、複数の長手傾斜板(51a)と短手傾斜板(51b)が傾斜板下辺、流入端(20)の高さを同じくして交互に等間隔で並んだ段差付き傾斜板沈降装置A22である。これにより、傾斜板上辺、流出端辺(22)の高さに段差zが生じ、交互に凸凹を繰り返す。
【0063】
段差zは、長手傾斜板(51a)の流出端(21)高さから下方に設定され、その大きさは等間隔で並ぶ傾斜板(51)のピッチにより異なる。
長手傾斜板(51a)の流出端(21)と短手傾斜板(51b)の流出端(21)を直線で結び、長手傾斜板(51a)となす角度αで規定される。
角度αは、濁質フロック(3)の性状により選択され、粘着性がほとんど認められなければα=90度以下の鋭角、粘着性が認められる場合はα=θ(傾斜角度)が望ましい。
なお、いずれの傾斜板(51a,51b)の下端は傾斜装置の高さに合わせて水平である。
【0064】
段差付き傾斜板沈降装置A22を構成する部材の材料は、一般的にPVC樹脂、PET樹脂、ABS樹脂などのプラスチック材が使用され、特殊な場合にはステンレス材など耐食性に強い材料が使用される。
なお、これら部材の組立方法は、ピッチに合わせて、ボルトやビスで接合、挟み込み、接着、溶着、嵌合など様々な方法が用いられる。
【0065】
以上いずれの方式でも、段差zを生じさせるための加工および組立は極めて簡単で、従来の製作方法がそのまま踏襲でき、製作コストの増大もない。
【0066】
さて、上述では傾斜板沈降装置単体の場合で基本説明したが、実際には沈降槽の構造は大型で多数の単体を平面的に並べて使用される。ただし並べ方に限定はない。
傾斜板沈降装置A20の設置方法は、上方からの吊り下げ、もしくは装置下部に設置された桁の上に並べられる方法がとられる。
多数の傾斜板(50)を複合化、モジュール化することにより傾斜装置を自立した構造として、強度を保ち傾斜板沈降装置の設置を容易にする方法もある。
【0067】
図1に本発明による段差付き傾斜板沈降装置A22の組立斜視図を示す。
長手傾斜板(51a)と短手傾斜板(51b)を交互に配列し、段差zを設ける。
【0068】
段差zは、長手傾斜板の流出端(21)から短手傾斜板の流出端(21)を結ぶ直線が長手傾斜板(51a)となす内側の角度αが鋭角となる段差とする。
しかしながら、濁質フロック(3)の性状により閉塞が発生しやすい場合は、より大きな段差が要求され、傾斜角θが最も推奨される。
【0069】
段差を設けることにより手前の長手傾斜板(51a)から短手傾斜板(51b)を乗り越えた次の長手傾斜板(51a)までのピッチは倍に拡大し閉塞防止に大きく寄与する。
しかしながら、長手傾斜板(51a) と短手傾斜板(51b)のピッチは変わらないので沈降槽における沈降性能は維持される。
【0070】
段差zの実用上の1例を示す。傾斜板の傾斜角度を60度、ピッチは概略75mmから150mm程度が採用され、ピッチをp=80mmとすると、段差zは35mmから70mmの間で選択される。
【0071】
以上、傾斜板沈降装置A21の支持枠に対面して固定された傾斜板(51)2枚を一対として、その一方の傾斜板(51)の流出端(21)の高さを、他の傾斜板(51)の流出端(21)の高さより低くし、交互に段差zを設けた傾斜板沈降装置A22を提供する。
【符号の説明】
【0072】
B 沈降槽、C 集水装置、A0 上向流式傾斜沈降装置、A10 傾斜管沈降装置、A20 傾斜板沈降装置、A21 在来傾斜板沈降装置、A22 段差付き傾斜板沈降装置

h 沈降距離、H 傾斜隔壁高さ、L 傾斜隔壁長さ、l 切欠き長さ、p 傾斜隔壁ピッチ、b 傾斜隔壁の幅、d 傾斜隔壁の対面距離または傾斜管径、ε ひずみ、εmx 限界ひずみ、z 段差、θ 傾斜隔壁または傾斜管の傾斜角、α 長手傾斜板の流出端と短手傾斜板の流出端を直線で結んだ内側の角度

3 濁質フロック、4 マット層、11 傾斜流路、20 流入端、21 流出端、22 流出端辺、23 流入側、24 流出側、30 傾斜板上辺、31 傾斜板底辺、33 上面、40 側壁、50 傾斜隔壁、51 傾斜板、51a 長手傾斜板、51b 短手傾斜板、53 波板傾斜板、60 傾斜管、70 傾斜板支持枠
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9