IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 旭化成株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-02
(45)【発行日】2024-02-13
(54)【発明の名称】アイオノマー
(51)【国際特許分類】
   C08F 8/44 20060101AFI20240205BHJP
   C08F 16/24 20060101ALI20240205BHJP
   C08F 16/30 20060101ALI20240205BHJP
   C08F 214/26 20060101ALI20240205BHJP
   C08K 5/56 20060101ALI20240205BHJP
   C08L 27/18 20060101ALI20240205BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20240205BHJP
   H01M 8/1039 20160101ALI20240205BHJP
   H01M 8/1051 20160101ALI20240205BHJP
【FI】
C08F8/44
C08F16/24
C08F16/30
C08F214/26
C08K5/56
C08L27/18
H01M8/10 101
H01M8/1039
H01M8/1051
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020061185
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021161154
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2022-11-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100181272
【弁理士】
【氏名又は名称】神 紘一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100196298
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 高雄
(72)【発明者】
【氏名】多胡 貴広
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 章
【審査官】宮内 弘剛
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-056776(JP,A)
【文献】特開2012-064402(JP,A)
【文献】特開2015-082447(JP,A)
【文献】特開2012-000602(JP,A)
【文献】国際公開第2019/132281(WO,A1)
【文献】Masami Shoji, Hiroyuki Nishide,Fluorophilic cobalt phthalocyanine-containing Nafion membrane: high oxygen permiability and proton conductivity in the membrane,Polymers advanced technologies,米国,John Wiley & Sons, Ltd.,2010年,21,646-650
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F
C08K
C08L
H01M 8/1051
H01M 8/1039
H01M 8/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性基含有ポリマーと塩基性基含有金属錯体とを含み、
前記酸性基含有ポリマーが下記式(1)で表される繰り返し単位A
【化1】
(式中、Rf 71 は、H、F、Cl又は炭素数1~9の直鎖状又は分岐鎖状のフルオロアルキル基を表す)
及び下記式(5)で表される繰り返し単位B
【化2】
(式中、Z はHが主であるが、アルカリ金属、アルカリ土類金属、又は、NR 51 52 53 54 を含んでいても良い。R 51 、R 52 、R 53 及びR 54 はそれぞれ独立に炭素数1~3のアルキル基又はHを表す。)
を有するポリマーであり、
前記塩基性基含有金属錯体がコバルトサレンであり、
前記酸性基含有ポリマーと前記塩基性基含有金属錯体とのモル比(酸性基含有ポリマー:塩基性基含有金属錯体)が80~90:10~20である、アイオノマー。
【請求項2】
前記酸性基がスルホン酸基である、請求項1に記載のアイオノマー。
【請求項3】
酸素吸着量測定において、前記塩基性基含有金属錯体単体の酸素吸着量より高い酸素吸着量を有する、請求項1に記載のアイオノマー。
【請求項4】
前記酸性基含有ポリマーと前記塩基性基含有金属錯体との前記モル比が85~90:10~15である、請求項1~3のいずれか一項に記載のアイオノマー。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のアイオノマーと水又はアルコールとを含む、アイオノマー溶液。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のアイオノマーを含む、電極触媒層。
【請求項7】
請求項6に記載の電極触媒層を備えた、膜電極接合体。
【請求項8】
請求項7に記載の膜電極接合体を備えた、燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アイオノマー、上記アイオノマーを含むアイオノマー溶液、上記アイオノマーを含む電極触媒層、上記電極触媒層を備える膜電極接合体、上記膜電極接合体を備える燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池を構成する膜電極接合体(MEA)には、白金等の触媒及びアイオノマーから形成される電極触媒層が設けられている。白金等の触媒は高価であるため、その使用量の低減が求められているが、触媒の使用量を削減すると電池の性能が低下する傾向がある。この不利益を回避するために、電極触媒層を形成するアイオノマーの酸素透過性を向上させて、電極中に酸素を行き渡らせる試みがなされてきた。
【0003】
特許文献1には、酸素透過性が高く、カソード側触媒層のアイオノマーとして好適な高分子電解質として、ラジカル重合により主鎖に脂肪族環構造を有するポリマーを与える含フッ素モノマーに基づく繰り返し単位と、フッ素系スルホン酸含有モノマーに基づく繰り返し単位とを含む共重合体が記載されている。
【0004】
酸素透過性は、酸素溶解性と酸素拡散性の掛け合わせで成り立ち、一般に電極触媒層中の白金触媒上に数nm程度の厚みで被覆したアイオノマーでは、酸素溶解性が律速となることが知られている(非特許文献1)。特許文献1は、傘高い脂肪族エーテル環構造が主鎖に多く存在することで、アイオノマー中に空隙が形成され、高い酸素溶解性が発現し、高い電池性能に結びついているものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-260705号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Electrochimica Acta, 188(2016)767-776.
【文献】Polm. Adv. Technol., 21(2010)646-650.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一方、高い酸素溶解性を発現する物質は、血中ヘモグロビンに代表されるポルフィリノイド金属錯体や酸素吸着材等で使われているシッフ塩基金属錯体が知られている。しかしながら、ポルフィリノイド金属錯体やシッフ塩基金属錯体は、塩基性物質が該金属錯体に配位することで初めて高い酸素溶解性を示す。これまで、ポルフィリノイド金属錯体やシッフ塩基金属錯体の塩基性基含有金属錯体は、酸性基存在下で高い酸素溶解性を示すことは知られていなかった。非特許文献2には、パーフルオロスルホン酸アイオノマーにコバルト金属錯体を混ぜることで、酸素透過性が幾分向上することが記載されているが、高い酸素溶解性を示すことを示唆するようなものではない。
【0008】
また、上記特許文献1及び非特許文献2に開示されているアイオノマーは、燃料電池の発電性能やアイオノマー中の酸素透過性に関する記載はあるが、化学耐久性との両立に関する記載はない。これは、化学耐久性を向上させようとすると、新たな添加物を混ぜる必要があり、新たな添加物を混ぜると発電性能が低下するというトレードオフの関係にある為である。
【0009】
本発明は、上記現状に鑑み、酸性下でも高い酸素溶解性を示し、燃料電池の高い発電性能と高い化学耐久性とを両立することができるアイオノマーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、酸性基含有ポリマーと、塩基性基含有金属錯体とを含むアイオノマーが、酸性下でも高い酸素溶解性を示し、燃料電池の高い発電性能と高い化学耐久性を両立できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]
酸性基含有ポリマーと塩基性基含有金属錯体とを含み、
前記酸性基含有ポリマーが下記式(1)で表される繰り返し単位A
【化1】
(式中、Rf 71 は、H、F、Cl又は炭素数1~9の直鎖状又は分岐鎖状のフルオロアルキル基を表す)
及び下記式(5)で表される繰り返し単位B
【化2】
(式中、Z はHが主であるが、アルカリ金属、アルカリ土類金属、又は、NR 51 52 53 54 を含んでいても良い。R 51 、R 52 、R 53 及びR 54 はそれぞれ独立に炭素数1~3のアルキル基又はHを表す。)
を有するポリマーであり、
前記塩基性基含有金属錯体がコバルトサレンであり、
前記酸性基含有ポリマーと前記塩基性基含有金属錯体とのモル比(酸性基含有ポリマー:塩基性基含有金属錯体)が80~90:10~20である、アイオノマー。
[2]
前記酸性基がスルホン酸基である、[1]に記載のアイオノマー
[3]
酸素吸着量測定において、前記塩基性基含有金属錯体単体の酸素吸着量より高い酸素吸着量を有する、[1]又は[2]に記載のアイオノマー。
[4]
前記酸性基含有ポリマーと前記塩基性基含有金属錯体との前記モル比が85~90:10~15である、[1]~[3]のいずれかに記載のアイオノマー
[5]
[1]~[4]のいずれかに記載のアイオノマーと水又はアルコールとを含む、アイオノマー溶液。
[6]
[1]~[5]のいずれかに記載のアイオノマーを含む、電極触媒層。
[7]
[6]に記載の電極触媒層を備えた、膜電極接合体。
[8]
[7]に記載の膜電極接合体を備えた、燃料電池。
【発明の効果】
【0012】
本発明のアイオノマーは、酸性基含有ポリマーと、塩基性基含有金属錯体とを含むことで、酸性下でも高い酸素溶解性を示し、燃料電池の高い発電性能と高い化学耐久性との両立を実現できる。さらに、電極触媒層に使用する触媒量を低減することも可能である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。以下の本実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。本発明はその要旨の範囲内で適宜に変形して実施できる。
【0014】
(アイオノマー)
本実施形態のアイオノマーは、酸性基含有ポリマーと、塩基性基含有金属錯体とを含む。酸性基含有ポリマーと塩基性基含有金属錯体とを組み合わせることで、酸性下でも高い酸素溶解性を示し、燃料電池の高い発電性能と高い化学耐久性との両立を実現することにつながる。
【0015】
本実施形態の酸性基としては、スルホン酸基又はリン酸基、又はこれら2つの組み合わせが挙げられる。その中でも、高い酸性度を有するスルホン酸基が好ましい。
【0016】
上記塩基性基含有金属錯体としては、シッフ塩基金属錯体又はポルフィリノイド金属錯体が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
上記シッフ塩基金属錯体としては、サレン金属錯体が挙げられ、中でも強酸であるスルホン酸存在下でも脱金属が起こりにくく耐酸安定性が高く、かつ酸素溶解性に優れている点で、コバルトサレンが好ましい。また、コバルトサレンは、特筆すべきことに、白金に対する被毒が少なく、電池性能と電池化学耐久性の両面で優れている。
【0018】
上記ポルフィリノイド金属錯体としては、ポルフィリン誘導体、フタロシアニン誘導体、コロール誘導体、クロリン誘導体、又はフェナントロリン誘導体からなる金属錯体が挙げられ、中でもコバルトフッ素系フタロシアニン又はフェナントロリンのコバルト錯体が、耐酸安定性と酸素溶解性に優れている点で好ましい。その中でも、フェナントロリンのコバルト錯体が白金に対する被毒が少なく、電池性能と電池化学耐久性の両面に優れている点でより好ましい。
【0019】
上記酸性基含有ポリマーとしては、酸性基を含有するポリマーであれば特に限定されるものではないが、スルホン酸基又はリン酸基を含有するポリマーが、電池性能に影響するプロトン伝導性の観点から好ましい。その中でもスルホン酸基を含有するポリマーが高いプロトン伝導性を発現する為、より好ましい。スルホン酸基を含有するポリマーとしては、特に限定されるものではないが、電池性能に影響するプロトン伝導性と、電池化学耐久性に影響する耐酸安定性及び耐ラジカル安定性の観点から、パーフルオロスルホン酸ポリマー(以下、PFSAと略)が最も好ましい。
【0020】
本実施形態におけるアイオノマーは、後述の酸素吸着量測定において、塩基性基含有金属錯体単体での酸素吸着量よりも、該塩基性基含有金属錯体を含むアイオノマーの酸素吸着量の方が高いと、実際の燃料電池運転条件と同じ条件下でも性能を発揮できる点で好ましい。塩基性基含有金属錯体は、塩基性物質が該金属錯体に配位することで高い酸素溶解性を示すことは知られていたが、酸性基存在下で高い酸素溶解性を示すことは知られていなかった。本実施形態のアイオノマーの酸素吸着量は、上記塩基性基含有金属錯体単体の酸素吸着量よりも、2倍以上高いことが好ましく、10倍以上高いことがより好ましい。
なお、酸素吸着量は、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0021】
本実施形態のアイオノマーにおいて、塩基性基含有金属錯体と、酸性基含有ポリマーとの混合比は、塩基性基含有金属錯体と酸性基含有ポリマーとの合計モルを100%として、1~23/77~99モルパーセントであることが好ましく、より好ましくは1~15/85~99モルパーセントである。その範囲内にあることで、酸素溶解性が高くなり、電池性能が高くなる。また、塩基性基含有金属錯体による白金への被毒の影響を小さくでき、電池性能がより向上する。より好ましくは、塩基性基含有金属錯体と酸性基含有ポリマーとの混合比は、5~10/90~95モルパーセントであることが好ましい。
【0022】
上記PFSAとしては、下記繰り返し単位A及び下記繰り返し単位Bを有するポリマーが好ましく、下記繰り返し単位A及び下記繰り返し単位Bのみからなるポリマーがより好ましい。
【0023】
繰り返し単位Aとしては、一般式(1):
【化1】
(式中、Rf71は、H、F、Cl又は炭素数1~9の直鎖状又は分岐状のフルオロアルキル基を表す。)で表される繰り返し単位、及び、一般式(2):
【化2】
(式中、Y81はH又はFを表し、Y82はF又は炭素数1~9の直鎖状又は分岐状のフルオロアルキル基、Y83はH、F、Cl又は炭素数1~9の直鎖状又は分岐状のフルオロアルキル基を表す。)で表される繰り返し単位からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0024】
上記式(1)において、Rf71はFであることが、耐酸性や耐ラジカル性の観点から好ましい。
上記式(2)において、Y81及びY83は共にHであることが好ましい。Y82はC49又はC613で表される直鎖フルオロアルキル基であることが好ましい。
【0025】
上記繰り返し単位Aとしては、-CF2-CF2-、-CF2-CFCF3-、-CF2-CFCl-、-CH2-CFH-、-CH2-CF2-、-CF2-CFH-、-CH2-C(CF32-、及び-CH2-CH(CF24F-からなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、-CF2-CF2-、-CH2-CF2-、-CF2-CFCl-、-CH2-CFH-、及び-CF2-CFCF3-からなる群より選択される少なくとも1種がより好ましく、-CF2-CF2-、-CF2-CFCl-、及び-CF2-CFCF3-からなる群より選択される少なくとも1種が更に好ましく、-CF2-CF2-、及び-CF2-CFCF3-からなる群より選択される少なくとも1種が特に好ましく、-CF2-CF2-が最も好ましい。
【0026】
上記繰り返し単位Bとしては、一般式(3):
【化3】
(式中、Rpはスルホン酸基等のプロトン交換基を有する1価の基。)で表される繰り返し単位が好ましく、より好ましくは、一般式(4):
【化4】
(式中、Y51は、F、Cl又は炭素数1~3のパーフルオロアルキル基を表す。k5は0~2の整数、n5は0~8の整数を表し、n5個のY51は、同一でも異なっていてもよい。Y52はF又はClを表す。m5は2~6の整数を表す。m5個のY52は、同一でも異なっていてもよい。Z5はHが主であるが、アルカリ金属、アルカリ土類金属、又は、NR51525354を含んでいても良い。R51、R52、R53及びR54はそれぞれ独立に炭素数1~3のアルキル基又はHを表す。)で表される繰り返し単位である。
上記繰り返し単位Bは、一般式(5):
【化5】
(式中、Z5はHが主であるが、アルカリ金属、アルカリ土類金属、又は、NR51525354を含んでいても良い。R51、R52、R53及びR54はそれぞれ独立に炭素数1~3のアルキル基又はHを表す。)で表される繰り返し単位であることがより好ましい。
上記繰り返し単位Bとしては、Rpはスルホン酸基である上記一般式(3)で表される繰り返し単位(好ましくは、Z5がHである上記一般式(4)で表される繰り返し単位、より好ましくはZ5がHである上記一般式(5)で表される繰り返し単位)を少なくとも1つ有していてよい。
【0027】
上記PFSAは、さらに繰り返し単位Cを含んでいてもよい。
上記繰り返し単位Cとしては、傘高い脂肪族エーテル環構造が主鎖に存在する繰り返し単位が挙げられる。それにより、アイオノマー中に空隙が形成され、より一層酸素溶解度が向上し、低加湿と高加湿のいずれの条件でも高い発電性能を発現することにつながる。
【0028】
上記傘高い脂肪族エーテル環構造としては、以下に限定されないが、例えば、下記式(6)で表わされる構造が挙げられる。
【化6】
(式(6)中、R1~R4は、それぞれ独立して、フッ素原子、水素原子、アリール基、又は置換されていてもよい炭素数が1~10のフッ素化炭化水素基を表す。上記置換されていてもよい炭素数が1~10のフッ素化炭化水素基の炭素数は、より好ましくは1~5である。)
【0029】
上記アイオノマーは、当量重量EW(プロトン交換基1当量あたりのパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂の乾燥質量グラム数)が300~1200g/eqであることが好ましい。即ち、上記EWの範囲内となるように共重合比やスルホン酸導入率を制御することが好ましい。EWの上限は、好ましくは1000g/eqであり、より好ましくは900g/eqである。これらEWの上限により、電極触媒層のプロトン伝導性が低くなりすぎない。EWの下限は、好ましくは400g/eqであり、より好ましくは500g/eqである。これらEWの下限により、熱水への溶解性が抑えられ、電池性能の低下が抑制できる。
【0030】
上記当量重量EWは次の方法により測定することができる。
イオン交換基の対イオンがプロトンの状態となっているアイオノマーの膜、およそ2~20cm2を、25℃、飽和NaCl水溶液30mLに浸漬し、攪拌しながら30分間放置する。次いで、飽和NaCl水溶液中のプロトンを、フェノールフタレインを指示薬として0.01N水酸化ナトリウム水溶液を用いて中和滴定する。中和後に得られた、イオン交換基の対イオンがナトリウムイオンの状態となっているアイオノマーの膜を、純水ですすぎ、さらに真空乾燥して秤量する。中和に要した水酸化ナトリウムの物質量をM(mmol)、イオン交換基の対イオンがナトリウムイオンのアイオノマーの膜の重量をW(mg)とし、下記式により当量重量EW(g/eq)を求める。
EW=(W/M)-22
【0031】
(アイオノマー溶液)
本実施形態のアイオノマー溶液は、上記アイオノマーと溶媒とを含むことが好ましい。上記溶媒は、水であってもよいし、有機溶媒であってもよい。
上記アイオノマー溶液は、上記アイオノマーと水及び/又は有機溶媒とを含むことが好ましく、上記アイオノマーと水又はアルコールとを含むことがより好ましく、上記アイオノマーと水とを含むことがさらに好ましい。
上記アイオノマー溶液は、燃料電池の電極触媒層を形成する原料として好適に用いることができる。上記アイオノマー溶液は、燃料電池の電極触媒層形成用アイオノマー溶液であることが好ましい。
【0032】
上記アイオノマー溶液中の上記アイオノマーの含有量は、アイオノマー溶液100質量%に対して、1~50質量%であることが好ましく、5質量%以上であることがより好ましく、10質量%以上であることが更に好ましく、40質量%以下であることがより好ましく、30質量%以下であることが更に好ましく、25質量%以下であることが特に好ましい。上記アイオノマー溶液中の上記アイオノマーの含有量の下限により、電極触媒インクの組成調製に自由度を付与でき、該上限により上記アイオノマー溶液の粘度の経時安定性を付与できる。
【0033】
上記有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等のアルコール類、グリセリン等のプロトン性有機溶媒や、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン等の非プロトン性溶媒等が挙げられる。電極インクを塗布、乾燥する為、好ましくは、沸点と安全性の点で、エタノールまたはn-プロパノールが挙げられる。これらは1種を単独で、又は2種以上を併用することができる。
【0034】
上記アイオノマー溶液は、水と有機溶媒とを含む場合、有機溶媒と水との質量比は10/90~90/10であることが好ましく、30/70以上であることがより好ましく、70/30以下であることがより好ましい。
【0035】
(電極触媒層)
本実施形態の電気触媒層としては、上記アイオノマーを含む電極触媒層であることが好ましい。上記電極触媒層は、安価に製造することができる上、酸素透過性が高い。上記電極触媒層は、燃料電池用として好適に用いることができる。
【0036】
本実施形態の電極触媒層は、上記アイオノマー、触媒及び導電剤からなるものであることが好ましい。上記電極触媒層は、上記アイオノマーと、触媒の粒子及びこれを担持した導電剤からなる複合粒子(例えば、Pt担持カーボン等)と、からなるものであることも好ましい形態の一つである。この場合、上記アイオノマーは、バインダーとしても機能する。
【0037】
上記複合粒子としては、導電性粒子に対して触媒粒子が、好ましくは1~99質量%、より好ましくは10~90質量%、最も好ましくは30~70質量%である。具体的には、田中貴金属工業(株)製TEC10E40E等のPt触媒担持カーボンが好適な例として挙げられる。
【0038】
上記複合粒子の含有率は、電極触媒層の全質量に対し、好ましくは40~90質量%、より好ましくは60~80質量%である。電極触媒層が燃料電池の電極触媒層として用いられる場合、電極面積に対する触媒金属の担持量としては、電極触媒層を形成した状態で、好ましくは0.01~5mg/cm2、より好ましくは0.2~0.5mg/cm2である。電極触媒層の厚みとしては、好ましくは0.1~100μm、より好ましくは1~50μmである。
【0039】
(膜電極接合体)
本実施形態の膜電極接合体(membrane/electrode assembly)(以下、「MEA」ともいう。)は、上記電極触媒層を備えることが好ましい。本実施形態の膜電極接合体は、上記電極触媒層を備えるため、電池特性並びに機械的強度に優れ、安定性に優れる。上記膜電極接合体は、燃料電池用として好適に用いることができる。
電解質膜の両面にアノードとカソードの2種類の電極触媒層が接合したユニットは、膜電極接合体(以下「MEA」ともいう。)と呼ばれる。電極触媒層のさらに外側に一対のガス拡散層を対向するように接合したものについても、MEAと呼ばれる場合がある。電極触媒層はプロトン伝導性を有することが必要となる。
【0040】
アノードとしての電極触媒層は、燃料(例えば水素)を酸化して容易にプロトンを生ぜしめる触媒を包含し、カソードとしての電極触媒層は、プロトン及び電子と酸化剤(例えば酸素や空気)を反応させて水を生成させる触媒を包含する。アノードとカソードのいずれについても、触媒としては上述した触媒金属を好適に用いることができる。
【0041】
ガス拡散層としては、市販のカーボンクロスもしくはカーボンペーパーを用いることができる。前者の代表例としては、米国DE NORA NORTH AMERICA社製カーボンクロスE-tek、B-1が挙げられ、後者の代表例としては、CARBEL(登録商標、ジャパンゴアテックス(登録商標)(株))、東レ社製TGP-H、SPECTRACORP社製カーボンペーパー2050等が挙げられる。
【0042】
また、電極触媒層とガス拡散層が一体化した構造体は「ガス拡散電極」と呼ばれる。ガス拡散電極を電解質膜に接合しても、MEAが得られる。市販のガス拡散電極の代表例としては、米国DE NORA NORTH AMERICA社製ガス拡散電極ELAT(登録商標)(ガス拡散層としてカーボンクロスを使用)が挙げられる。
【0043】
MEAは、例えば、電極触媒層の間に電解質膜を挟みこみ、熱プレスにより接合することにより作製することができる。より具体的には、上記アイオノマーをアルコールと水の混合溶液に分散又は溶解したものに、触媒として市販の白金担持カーボン(例えば、田中貴金属(株)製TEC10E40E)を分散させてペースト状にする。これを2枚のPTFEシートのそれぞれの片面に一定量塗布して乾燥させて電極触媒層を形成する。次に、各PTFEシートの塗布面を向かい合わせにして、その間に電解質膜を挟み込み、100~200℃で熱プレスにより転写接合してから、PTFEシートを取り除くことにより、MEAを得ることができる。当業者にはMEAの作製方法は周知である。MEAの作製方法は、例えば、JOURNAL OF APPLIED ELECTROCHEMISTRY,22(1992)p.1-7に詳しく記載されている。
上記MEA(一対のガス拡散電極が対向した構造のMEAを含む。)は、更にバイポーラプレートやバッキングプレート等の一般的な燃料電池に用いられる構成成分と組み合わされて、燃料電池が構成される。
【0044】
バイポーラプレートとは、その表面に燃料や酸化剤等のガスを流すための溝を形成させたグラファイトと樹脂との複合材料、又は金属製のプレート等を意味する。バイポーラプレートは、電子を外部負荷回路へ伝達する機能の他、燃料や酸化剤を電極触媒近傍に供給する流路としての機能を持っている。こうしたバイポーラプレートの間にMEAを挿入して複数積み重ねることにより、燃料電池が製造される。
【0045】
(燃料電池)
本実施形態の燃料電池は、上記膜電極接合体を備えることが好ましい。本実施形態の燃料電池は、固体高分子形燃料電池であることが好ましい。本実施形態の燃料電池は、上記膜電極接合体を有するものであれば特に限定されず、通常、燃料電池を構成するガス等の構成成分を含むものであってよい。本実施形態の燃料電池は、上記電極触媒層を有する膜電極接合体を備えるものであるため、電池特性並びに機械的強度に優れ、安定性に優れる。
【実施例
【0046】
次に本発明について実施例をあげて説明するが、本発明はかかる実施例のみに限定されるものではない。
なお、実施例2~3、5は、参考例として記載するものである。
【0047】
実施例の各数値は以下の方法により測定した。
(酸素溶解性)
酸素溶解性の指標として、酸素吸着量を測定する。アイオノマーの酸素溶解性は、80℃での酸素吸着量をマイクロトラック・ベル社製のBelsorp Mini Xを用いて吸着等温線を描くことで測定し、酸素分圧0.3における酸素吸着量を単位変換により算出した。尚、結果は規格化した値を用いた。
【0048】
(MEA作製、燃料電池評価)
高温低加湿条件下におけるMEAの性能を評価するため、以下のような手順で発電試験を実施した。
(1)電極触媒インクの調製
固形分濃度15質量%のアイオノマー溶液、電極触媒(TEC10E40E、田中貴金属工業(株)製、白金担持量36.7wt%)を白金/アイオノマーが1/1.15(重量)となるように配合し、次いで、固形分(電極触媒とアイオノマーの和)が13.5wt%となるようにエタノールを加え、ホモジナイザーにより回転数が3000rpmで10分間、撹拌することで電極触媒インクを得た。
(2)MEAの作製
自動スクリーン印刷機を用い、高分子電解質膜の両面に上記電極触媒インクを、白金量がアノード側0.2mg/cm2、カソード側0.2mg/cm2となるように塗布し、80℃、5分の乾燥、続いて140℃、5分の熱処理によりMEAを得た。
(3)燃料電池単セルの作製
上記MEAの両極にガス拡散層を重ね、次いでガスケット、バイポーラプレート、バッキングプレートを重ねることで燃料電池単セルを得た。
(4)発電試験
上記燃料電池単セルを評価装置(東陽テクニカ製燃料電池評価システム890CL)にセットして、発電試験を実施した。
発電の試験条件は、セル温度80℃、アノード及びカソードの加湿ボトル75℃に設定し、アノード側に水素ガス、カソード側に空気ガスを、それぞれ300ml/minの条件で供給した。また、アノード側とカソード側の両方を150kPa(絶対圧)で加圧した。電流密度0.2A/cm2および1.0A/cm2での電圧値を表記した。
(5)OCV試験
上記燃料電池単セルを上記評価装置にセットして、OCVによる耐久性試験を実施した。
OCV試験条件は、セル温度95℃、加湿ボトル50℃(25%RH)とし、アノード側に水素ガス、カソード側に空気ガスを、各々50cc/minとなるよう供給する条件とした。また、アノード側とカソード側の両方を無加圧(大気圧)とした。
試験開始から約20時間毎に水素のリーク量を、マイクロガスクロマトグラフ(VARIAN製、CP-4900)を用いて測定した。水素のリーク量が1000ppm以上となった時点で破膜と判断し試験を中止し、試験開始から中止するまでの時間(hr)を化学耐久性の指標とした。すなわち、上記OCV試験で、破膜までの時間が長いものほど化学耐久性に優れる。
【0049】
[実施例1]
ラジカル重合法で取得した、テトラフルオロエチレンとCF2=CFOCF2CF2SO2Fとの共重合体を、ケン化、H化処理を施し、-SO3H体の上記共重合体(PFSA)とエタノール水溶液(水:エタノール=77:33(質量比))とを固形分濃度5質量%となるように100mLオートクレーブ中に入れて密閉し、攪拌しながら160℃まで昇温して4時間保持した。その後、オートクレーブを自然冷却し、払い出したポリマー溶液を80℃で減圧濃縮し、固形分濃度20.0質量%のポリマー溶液(AS1)を得た。
PFSAとコバルトサレンのモル比が90/10となるように、上記AS1を22.11g(固形分質量4.43g)、コバルトサレン(東京化成社製、サルコミン)0.25g、エタノール26.0gを超音波混合し、5μm孔径のフィルターでろ過後、固形分濃度9.7質量%のアイオノマー溶液(AS2)を得た。AS2をシャーレへ投入し、80℃30分、続いて120℃30分乾燥し、さらに続いて160℃15分熱処理することで、アイオノマーの膜(AM1)を得た。AM1の酸素溶解性を上記方法に従い評価した。また、AS2を用いて、上記方法に従い、電極触媒インク、MEA、燃料電池単セルを作製し、発電性能および化学耐久性を評価した。結果を表1に示す。
実施例1は、高い酸素溶解度を示すとともに、高加湿条件における発電性能が著しく高いことが分かる。また、発電性能だけでなく、化学耐久性も良好な結果である。
【0050】
[比較例1]
上記AS1を用いて、実施例1と同様にして、アイオノマーの膜(AM2)を作製した。
得られたAM2のEWは720g/eqであった。
AM2の酸素溶解性と、AS1の発電性能および化学耐久性の結果を表1に示す。
比較例1は、コバルトサレンを含まない為、酸素溶解度が低く、発電性能と化学耐久性は比較的低いことが分かる。
【0051】
[比較例2]
コバルトサレンのみの酸素溶解性を上記方法に従い評価した。比較例2は、実施例1と比較すると著しく酸素溶解性が劣り、実施例1の酸素溶解性が非常に高いことが分かる。
【0052】
[実施例2]
PFSAとコバルトサレンのモル比が99/1となるよう実施例1のコバルトサレンの量を0.025gとした以外は、実施例1と同様にして、酸素溶解性、発電性能、および化学耐久性を評価した。結果を表1に示す。
実施例2は、実施例1には劣るものの、比較的高い酸素溶解度を示すとともに、高加湿条件における発電性能が高いことが分かる。また、発電性能だけでなく、化学耐久性も比較的良好な結果である。
【0053】
[実施例5]
PFSAとコバルトサレンのモル比が99.9/0.1となるよう実施例1のコバルトサレンの量を0.0025gとした以外は、実施例1と同様にして、酸素溶解性、発電性能、および化学耐久性を評価した。結果を表1に示す。
実施例5は、酸素溶解性、発電性能、化学耐久性がコバルトサレンを添加してないPFSAに比べてわずかに改善した。
【0054】
[実施例4]
PFSAとコバルトサレンのモル比が80/20となるよう実施例1のコバルトサレンの量を0.5gとした以外は、実施例1と同様にして、酸素溶解性、発電性能、および化学耐久性を評価した。結果を表1に示す。
実施例4は、コバルトサレンの量が比較的多いためか、酸素溶解性は高いが、実施例1に比べて発電性能が低い結果となった。白金への被毒の影響が、酸素溶解性の効果を上回り、発電性能が低下したものと考えられる。
【0055】
[実施例3]
実施例1のコバルトサレンをコバルトフッ素系フタロシアニン(アルドリッチ社製、コバルト(II)1,2,3,4,8,9,10,11,15,16,17,18,22,23,24,25-ヘキサデカフルオロ-29H,31H-フタロシアニン)に変え、その量を0.5gとし、PFSAとコバルトフッ素系フタロシアニンのモル比が90/10となるように、上記AS1を17.45g(固形分質量3.77g)とした以外は、実施例1と同様にして、酸素溶解性、発電性能、および化学耐久性を評価した。結果を表1に示す。
実施例3は、被毒の影響が若干見られ、実施例1には劣るものの、比較的高い酸素溶解度を示すとともに、高加湿条件における発電性能が高いことが分かる。また、発電性能だけでなく、化学耐久性も比較的良好な結果である。
【0056】
【表1】