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特許7430673わかめ種糸、わかめ種糸の製造方法及びわかめ種糸を用いたわかめの養殖方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-02
(45)【発行日】2024-02-13
(54)【発明の名称】わかめ種糸、わかめ種糸の製造方法及びわかめ種糸を用いたわかめの養殖方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 33/02 20060101AFI20240205BHJP
【FI】
A01G33/02 101Z
A01G33/02
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021135635
(22)【出願日】2021-08-23
(65)【公開番号】P2023030477
(43)【公開日】2023-03-08
【審査請求日】2023-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】390010674
【氏名又は名称】理研ビタミン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591124385
【氏名又は名称】理研食品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】伊東 信平
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 陽一
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 大輔
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-226226(JP,A)
【文献】特開平01-149705(JP,A)
【文献】特開平01-206930(JP,A)
【文献】特開平03-108424(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 33/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
わかめ養殖に用いるわかめ種糸であって、糸状の着生基質に乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部を有するわかめ種糸において、乾性油が鉄塩を含有することを特徴とするわかめ種糸。
【請求項2】
わかめ養殖に用いるわかめ種糸の製造方法であって、糸状の着生基質に、乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部とを設け、前記糸状の着生基質をわかめ胞子を含む溶液と接触処理してわかめ胞子を主として非被覆部に付着させるわかめ種糸の製造方法において、乾性油が鉄塩を含有することを特徴とするわかめ種糸の製造方法。
【請求項3】
親縄に、糸状の着生基質に乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部を有するわかめ種糸を巻き込み式で装着し、海水中で幼葉を成長させてわかめにし、成長したわかめを親縄から収穫するわかめの養殖方法において、乾性油が鉄塩を含有することを特徴とするわかめの養殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、わかめ養殖に用いられるわかめ種糸、わかめ種糸の製造方法及びわかめ種糸を用いたわかめの養殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、日本におけるわかめの生産は、約95%が養殖わかめを収穫することによってなされている。そして、一般的な養殖わかめの生産は、以下のような工程で行われている。
(1)わかめ胞子を糸状の着生基質に付着させ、わかめ種糸を作製する工程。
(2)得られたわかめ種糸を育苗、仮養殖等を行い、種糸に付着しているわかめ胞子を幼葉に成長させる工程。
(3)幼葉が付着した種糸(以下、「種苗糸」ともいう)を親縄に装着する工程。
(4)幼葉が付着した種糸が装着された親縄を筏に吊り下げる等して海中等で幼葉を成長させてわかめにする工程。
(5)成長したわかめを親縄から収穫する工程。
【0003】
上記工程(3)では、幼葉が付着した種糸を適度な長さにカットしたものを親縄に適度な間隔をあけて差し込んで装着する方法(差し込み法)、又は幼葉が付着した種糸を親縄に巻きつけて装着する方法(巻き込み法)等の方法が行われている。
【0004】
ここで、差し込み法では、幼葉が付着した種糸(種苗糸)を適度な長さにカットし、さらに親縄に適度な間隔をあけて差し込む等の手間が生じる。さらには、差し込んだ種苗が波浪の影響で脱落したり、差し込みに使用する種苗糸に十分な数の幼葉が存在しない場合には養殖に適していない「芽落ち」の状態となり、作業に手間がかかる割には養殖に失敗するリスクが高い等の問題がある。
【0005】
一方、巻き込み法は、上記した差し込み方法のような種苗糸の脱落や幼葉の数が不足するリスクの発生頻度ははるかに低いことから、特に波浪の影響が顕著であるわかめ養殖産地、例えば岩手県等において採用される有用な方法である。しかし、上記工程(1)で得られたわかめ種糸には、着生基質にわかめ胞子がまんべんなく付着しているため、上記工程(4)においてわかめが成長する過程でわかめの生育密度が高くなり、光合成不良、栄養不足等の原因によりわかめの成長が阻害、或いは生育密度が高すぎて仮根部の着生基質への活着不足による脱落等が生じる場合がある。そこで、工程(4)の途中で親縄を海中等から引き揚げ、成長したわかめの一部を間引くという手間が生じる。この間引き作業はわかめの形態形成が終了する全長1mに達する前、即ち全長が約30~70cmの時期に行うことが経験的に最良とされているが、当該時期に相当する1月上旬は例年波浪や寒波の影響で出港出来ない場合が多く、一連のわかめ養殖作業工程において大きな作業負荷となり、生産性を低下させる大きな要因となっている。
【0006】
このように、前記のいずれの方法を採用したとしても、わかめ養殖に従事する者にとって大きな負担が生じるという問題があった。
【0007】
わかめ養殖に用いるわかめ種糸に関する従来技術としては、藻類の胞子を培養し育成するためのものであって、藻類の胞子を付着させ成育させる種糸と、その種糸を取り付け得るようにした枠体とから構成され、該枠体が、所定距離離した位置に配置され種糸を掛け回し得る上枠材及び下枠材と、これら上枠材及び下枠材に対して着脱可能に連結する一対の側枠材とを具備してなることを特徴とする培養用具(特許文献1)、所定の長さに切断されたロープからなる担持条体の複数本が平板状に並列一体化した集合担持条体を、海水中に設置してその表面に海藻の生殖細胞等を付着させ、着生した海藻種苗が集合担持条体上で適宜の大きさになるまで育成した後、集合担持条体を海藻種苗が着生した個々の担持条体に分離することを特徴とする海藻種苗の生産方法(特許文献2)、種枠として30cm角の針金製種苗枠に合成繊維クレモナ糸を巻き付けたもの(非特許文献1)、胞子を配偶体へと生育させた後にPVC製の枠に合成繊維クレモナ糸を巻き付けたもの(非特許文献2、非特許文献3)等が開示されている。
【0008】
しかし、特許文献1、2及び非特許文献1~3に記載の技術では、わかめ種糸の糸部の全面に胞子が付着するので、わかめが成長した際の生育密度が高くなりすぎるという欠点があり、巻き込み法に適したわかめ種糸はいまだ提案されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2001-231387号公報
【文献】特開2006-42687号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】徳島県水産研究報告第10号
【文献】JATAFFジャーナルVol.9,No.3(2021年3月1日)
【文献】JOURNAL OF APPLIED PHYCOLOGY 29(3)1429-1436(2017年6月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、わかめ種糸へのわかめの生育密度をコントロールし、親縄にわかめ種糸を巻きつけて装着する方法(巻き込み法)に適したわかめ種糸、わかめ種糸の製造方法及びわかめ種糸を用いたわかめの養殖方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、わかめ種糸に用いる糸状の着生基質の一定部分に乾性油による被覆部を設けることにより上記課題を解決することを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の構成を含むものである。
[1]わかめ養殖に用いるわかめ種糸であって、糸状の着生基質に乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部を有することを特徴とするわかめ種糸。
[2]わかめ養殖に用いるわかめ種糸の製造方法であって、糸状の着生基質に、乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部とを設け、前記糸状の着生基質をわかめ胞子を含む溶液と接触処理してわかめ胞子を主として非被覆部に付着させることを特徴とするわかめ種糸の製造方法。
[3]親縄に、上記[1]に記載のわかめ種糸を巻き込み式で装着し、海水中で幼葉を成長させてわかめにし、成長したわかめを親縄から収穫することを特徴とするわかめの養殖方法。
【0013】
海水に特に制限はないが、海中に存在する海水、海中から直接採取した海水、海岸近くの地下又は海底(例えば、大陸棚)の地下から採取された地下海水、深海から採取した海洋深層水等であってもよい。また、蒸留水、水道水等に必要なミネラル成分(例えば、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウム等の塩類)等を添加して海水と同様の組成としたものも使用することができる。なお、一般的な海水の塩分濃度は通常2.8~3.5質量%であり、ミネラル成分濃度は通常1.0~1.6質量%である。
海水の栄養条件としては特に制限はないが、わかめ等の海藻にとって主要な栄養塩成分である硝酸態窒素濃度が、例えば、0.1~50μmol/L含まれることが好ましく、0.2~10μmol/L含まれることがより好ましく、0.5~10μmol/L含まれることがさらに好ましい。また、わかめ等の海藻にとって他の栄養塩成分であるリン酸態リン濃度が、例えば、0.01~5μmol/L含まれることが好ましく、0.02~1μmol/L含まれることがより好ましく、0.05~1μmol/L含まれることがさらに好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のわかめ種糸は、わかめ胞子が糸状の着生基質の乾性油を付着してなる被覆部には付着しにくく、乾性油を付着していない非被覆部には付着して生育するという効果を奏する。
本発明のわかめ種糸は、このような被覆部と非被覆部を有するので、わかめ生育密度をコントロールすることが可能である。そのため、本発明のわかめ種糸は、親縄に巻き込み式で装着してわかめを養殖した場合、わかめ生育密度が適切に保たれているので、間引き等の手間が不要或いは削減されることが期待できる。
さらに、被覆部にはわかめ以外の海藻や珪藻等も付着しにくくなることから、非被覆部に着生したわかめは、わかめ以外の海藻や珪藻等とのあいだで光や栄養塩等からなる環境資源の競合がなく、成長促進が期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のわかめ種糸は、糸状の着生基質の表面部分に、乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部が存在し、主として非被覆部にわかめ胞子が付着している状態のものである。また、本発明のわかめ種糸には、前記のわかめ胞子が成長した幼葉が付着している状態のわかめ種糸(種苗糸)も含まれる。
【0016】
本発明で用いられる糸状の着生基質は、わかめ胞子が付着可能な糸状の材質及び形状であれば特に制限はなく、通常わかめ養殖の種糸に用いられるものであればよい。具体的な材質としては、例えば、シュロ材、木綿等の天然繊維、クレモナ、ポリエステル等の化学繊維等が挙げられる。具体的な形状としては、例えば、約1~3mmの直径を有し、複数の繊維が撚り集まった糸状の形状を有するものが挙げられる。
【0017】
本発明で用いられる乾性油は、空気中で酸化して硬化するものであれば特に制限はないが、例えば、ヨウ素価が130以上の油脂が好ましい。具体的な乾性油としては、例えば、亜麻仁油、桐油、芥子油、紫蘇油、胡桃油、荏油、大豆油、紅花油、向日葵油、ひまし油、グレープシード油等が挙げられ、好ましくは亜麻仁油である。これらの乾性油は、1種又は2種以上を使用することができる。
【0018】
本発明で用いられる乾性油には、乾性油の硬化を促進する作用を有する鉄塩を併用することが好ましい。前記鉄塩としては、例えば、塩化第一鉄、塩化第二鉄等が挙げられる。鉄塩を併用する場合、鉄塩の添加量としては、乾性油100質量部に対して鉄塩中の鉄イオンの量が好ましくは0.001~0.1質量部であり、より好ましくは0.005~0.03質量部である。
【0019】
本発明で用いられる乾性油は、糸状の着生基質の表面部分へのわかめ胞子の付着状態及び乾性油を付着してなる被覆部の範囲(長さ)をコントロールしやすくするために、粘性を付与したものであることが好ましい。乾性油に粘性を付与する方法としては、例えば、乾性油の温度を低くする方法、固形粒子ネットワーク型の油脂硬化剤(以下、「固形粒子型基材」という)を使用する方法、分子集合体ネットワーク型の油脂硬化剤(以下、「分子集合体型基材」という)を使用する方法、等が挙げられる。
固形粒子型基材としては、ポリグリセリン脂肪酸エステル等が挙げられ、ポリグリセリン脂肪酸エステルを乾性油に1質量%程度混合して粘度を付与する方法を例示することができる。
分子集合体型基材としては、レシチン、ソルビタン脂肪酸エステル等が挙げられ、レシチン、ソルビタン脂肪酸エステルをそれぞれ乾性油に対して1質量%程度混合して粘度を付与する方法を例示することができる。
【0020】
本発明で用いられるわかめ種糸は、上記の様に糸状の着生基質に乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部を有する。前記被覆部とは、糸状の着生基質の少なくとも表面部分に乾性油の硬化物が膜状に覆われている状態である。この被覆部は、わかめ胞子が付着しづらいという性質を有する。
前記非被覆部には乾性油を付着していないので、糸状の着生基質の表面部分に乾性油の硬化物が膜状に覆われていない状態である。この非被覆部は、わかめ胞子が付着してわかめが生育する部分である。
【0021】
上記被覆部の作製方法に特に制限はないが、例えば、糸状の着生基質の少なくとも表面に乾性油を接触処理して乾性油を付着した後に乾性油を硬化させる方法が例示される。前記乾性油を硬化させる方法に特に制限はないが、例えば、空気中に放置して乾性油を硬化させる方法が挙げられる。空気中に放置する時間としては、例えば、直射日光があたる時間として48時間以上、好ましくは72時間以上が挙げられる。前記乾性油を接触処理する方法としては、例えば、浸漬、塗布、噴霧等の方法が挙げられる。
【0022】
糸状の着生基質の表面部分の乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部とのバランスに特に制限はないが、該被覆部と非被覆部とが交互に存在する状態であることがわかめの生育密度をコントロールする上で有効である。
糸状の着生基質の表面部分の乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部の長さに特に制限はないが、被覆部と非被覆部が交互に存在する場合は、被覆部が好ましくは5~50cm、より好ましくは10~20cmであり、非被覆部が好ましくは3~50cm、より好ましくは3~10cmである。上記の長さであると、わかめの生育密度をコントロールすることができるので好ましい。
【0023】
わかめ種糸に付着しているわかめ胞子としては、従来のわかめ養殖に用いられているわかめ胞子であればよく、例えば、メカブから放出させたわかめ遊走子、あらかじめわかめ遊走子を基質に付着させた後に配偶体へと発芽させてフリー配偶体へと培養したわかめ配偶体等が挙げられる。
【0024】
糸状の着生基質にわかめ胞子を付着させる方法に特に制限はないが、例えば、糸状の着生基質をわかめ胞子を含む溶液に浸漬する方法、糸状の着生基質にわかめ胞子を含む溶液を塗布或いは噴霧する方法等によって付着させる方法等が挙げられる。糸状の着生基質へのわかめ胞子付着数としては、わかめ養殖が可能な数の胞子が付着していれば特に制限はなく、わかめの収穫量、わかめの品質(藻体の形状、葉体表面のシワの有無等)等を考慮した場合、例えば、好ましくは5~20個/10cm、より好ましくは8~12個/10cmである。上記範囲内であると、わかめは相互被覆を回避しようとして縦方向への成長が促されて長くなり、さらに成長したわかめは葉体表面のシワが少ない形状を呈するため好ましい。
【0025】
以下に、本発明のわかめ種糸の製造方法を説明するが、わかめ種糸の製造方法も本発明の形態の一つである。わかめ種糸の製造方法は、少なくとも下記工程1、2を経ることによって得られる。
[工程1]
「乾性油に糸状の着生基質の少なくとも表面部分を浸漬する方法、乾性油を糸状の着生基質の少なくとも表面部分に塗布或いは噴霧する方法等の接触処理を行った後、付着又は含浸した乾性油を硬化させて、乾性油を付着してなる」被覆部と、「接触処理を行わずに乾性油を付着していない」非被覆部とを作製し、前記被覆部と非被覆部を有する糸状の着生基質を得る工程。
[工程2]
工程1で得られた乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部を有する糸状の着生基質を、わかめ胞子を含む溶液と接触処理、例えば浸漬、塗布、噴霧等の方法で接触処理を行い、わかめ胞子を主として非被覆部に付着させることによってわかめ種糸を得る工程。
【0026】
上記工程1で用いる乾性油は、乾性油の着生基質への被覆部範囲を制御しやすくなるという観点から、粘度を付与した乾性油であることが好ましい。具体的には、乾性油にはあらかじめ前記した固形粒子型基材又は分子集合体型基材を乾性油に1質量%程度混合、撹拌し、空気中で24時間程度直射日光にあてて粘度を付与する方法が挙げられる。
【0027】
上記工程2で得られたわかめ種糸は、さらに育苗、仮養殖等を行い種糸に付着しているわかめ胞子を幼葉に成長させることが好ましい。前記育苗及び仮養殖としては、従来わかめ養殖用のわかめ種糸で行われている育苗の方法及び仮養殖の方法を採用することができる。
【0028】
かくして得られたわかめ種糸は、親縄に巻きつけて装着してわかめ養殖に用いられる。親縄に、本発明のわかめ種糸を巻き込み式で装着するわかめの養殖方法も本発明の形態の1つである。
【0029】
親縄へのわかめ種糸の巻き込み式による装着方法に特に制限はなく、わかめ養殖で行われている従来の方法を採用することができる。例えば、わかめ種糸をあらかじめ円柱形の糸巻きに巻きつけておき、そこからわかめ種糸を親縄に巻きつけて約5mおきに結束バンドや糸素材で留める方法等が挙げられる。この際、親縄へわかめ種糸を巻きつける長さに特に制限はないが、例えばわかめ種糸を100~250m/親縄100mが好ましく、150~200m/親縄100mがより好ましい。
【0030】
本発明のわかめ種糸を巻きつける親縄としては、通常わかめ養殖で用いられるものであればよく、その材質及び形状に特に制限はない。具体的な材質としては、例えば、ポリエステル、ビニロン等の化学繊維等が挙げられる。具体的な形状としては、例えば約20~50mmの直径を有するロープ状のものが挙げられ、長さは養殖漁場によって様々であるが一般的には50~200m程度のものが挙げられる。さらに上記ロープ状の親縄の中心部に鋼鉄製のワイヤーを装備した親縄も用いることが可能である。
【0031】
得られたわかめ種糸を装着した親縄は、従来のわかめ養殖で採用される方法で用いることができる。例えば、わかめ養殖漁場の海底に設置したアンカーから水面に向かって張ったロープにわかめ種糸を装着した親縄の一端をくくりつけて,親縄の長さの分だけ海面に水平に張り込んでもう一端を別のアンカーから水面に張ったロープにくくりつける。この際、わかめ種糸を装着した親縄は、フロートを用いて水面から1~2mになるように設置する等の方法を採用することができる。
【0032】
上記の様にわかめ養殖漁場に設置したわかめ種糸を装着した親縄は、従来のわかめ養殖で採用される方法でわかめを養殖することができる。例えば、一般的に水温が約18℃を下回った時期、三陸沿岸であれば通常11月中旬から12月上旬にかけて養殖を開始して、約3ヶ月以上が経過した3月から4月末にかけて、わかめを手作業で刈り取って収穫する方法を採用することができる。
【0033】
従来のわかめ種糸を装着した親縄を用いたわかめの養殖方法の場合、わかめの全長が約70cmに達した時期、三陸沿岸であれば一般的に1月上旬に、全長が約30cmに満たないような矮小な個体を1本ずつ刈り取り、親縄1mあたりのわかめの本数を80~120本へと密度調整することは、その後の収穫量を最大化するための最適な条件とされていた。さらにその際、後の収穫において親縄を手でつかむ箇所を確保する目的で、もしくは船に設置したクレーンを使用して親縄を釣り上げるための鉤手部分を設置する箇所を確保する目的で、なおかつわかめ藻体に対する海水の流動性を向上させるための目的で、わかめが付着している部分を3~30cm程度残して株とし、それ以外を除去する作業が行われてきた。しかし、この時期は例年天候不良の期間が多く、波浪かつ寒波によって漁業者にとっては極めて大きな作業負荷となっていた。また、本作業には長年の熟練した技術が求められ、わかめ養殖への新規参入や作業性の向上の大きな妨げとなっていた。本発明のわかめ種糸を用いることによって、この密度調整の作業を省略することが可能となり、従来に比べて大幅な作業性の向上を図ることができる。
【0034】
本発明のわかめ種糸を用いたわかめの養殖方法によって養殖されたわかめは、従来の方法で収穫することが可能であり、さらに従来の方法で加工することが可能である。収穫された生わかめは、湯通し、冷凍、塩蔵等の従来の加工を行うことによってボイル冷凍わかめ、ボイル塩蔵わかめ等の加工品とすることができ、さらにはボイル塩蔵わかめ等を洗浄、カット、乾燥等の加工をすることによってカット乾燥わかめ等の加工品とすることができる。
【0035】
上記の様に本発明のわかめ種糸を用いてわかめの養殖を行うことによって、従来のわかめ種糸を用いて養殖する際に行う密度調整作業が不要であり、該作業を行わなくてもわかめは一様に波あたりの影響を受けて生長が促進され、なおかつ肉厚な葉質となり、さらには均質な形状になることが期待できる。生長及び形状が均質であることは、収穫の際の作業性の向上にも寄与できる。
【0036】
以下に本発明を実施例で説明するが、これは本発明を単に説明するだけのものであって、本発明を限定するものではない。
【実施例
【0037】
1.わかめ種糸の作製とわかめ配偶体の付着状況評価
(1)わかめ種糸の作製
糸状の着生基質としてクレモナ糸(商品名:第一製網社製、直径2mm、長さ10m)を、約50cmおきに下記の[被覆材料]に示す乾性油等の油脂類に10分間浸漬した後、常温(約25℃)で直射日光があたる室内において、直射日光があたる時間として72時間放置して被覆部と非被覆部を有するクレモナ糸1~6を作製した。
得られた被覆部と非被覆部を有するクレモナ糸1~6に、下記の[わかめ胞子含有溶液の作製1]で得られたわかめ胞子含有溶液を、刷毛を用いてまんべんなく塗布したわかめ種糸である試作品1~6を作製した。
また、上記の油脂類への浸漬を行わず、被覆部を有さないクレモナ糸として、単にクレモナ糸にわかめ胞子含有溶液を、刷毛を用いてまんべんなく塗布したわかめ種糸である試作品7を作製した。
ここで、試作品1~3が乾性油を付着してなる被覆部を有する実施例、試作品4~6が乾性油ではない油脂を付着してなる被覆部を有する比較例、試作品7が被覆部を有さない参考例に相当する。
【0038】
[被覆材料]
被覆材料1:アマニ油(商品名:アマニ油;日本製粉社製)500g
被覆材料2:アマニ油(商品名:アマニ油;日本製粉社製)500gと塩化第一鉄(商品名:塩化鉄(II)無水;富士フィルム和光純薬社製)0.1gを混合して得た溶液
被覆材料3:アマニ油(商品名:リンシードオイル;ホルベイン工業社製)500g
被覆材料4:ナタネ油(商品名:菜種油;ボーソー油脂社製)500g
被覆材料5:パーム硬化油(商品名:パーム極度硬化油;横関油脂工業社製)500gを加熱して溶解したもの
被覆材料6:キャンデリラワックス(商品名:精製キャンデリラワックスMK-2;横関油脂工業社製)500gを加熱して溶解したもの
【0039】
[わかめ胞子含有溶液の作製1]
わかめ配偶体(岩手県株)の雌0.0236g、雄0.0133gを滅菌海水20gに加え、ホモジナイザー(型式:Pro200ホモジナイザー;Pro Scientific社製)を用いて5000rpmで2分間破砕処理した後に、滅菌海水を180g加えて、わかめ胞子含有溶液約200gを得た。得られた胞子含有溶液を、倒立顕微鏡(倍率40倍)を用いて確認したところ、破砕された雌雄それぞれの胞子の細胞数は5~10細胞であった。
【0040】
(2)わかめ種糸の培養
わかめ種糸(試作品1~7)を1/4PESI培地中で、インキュベータ(型式:CLE303;トミー精工社製)を用いて20℃、2000ルックス、明期12時間,暗期12時間の条件で12日間培養した。
【0041】
(3)わかめ種糸のわかめ配偶体の付着状況評価
わかめ種糸の培養を終了した試作品1~7の被覆部、非被覆部の各3ヶ所をカットし、各カット部分中の1cm当たりの成長したわかめ胞子の付着数を8倍に設定した倒立顕微鏡視野においてカウントし、得られた数値の平均値を算出し、糸1cm当たりのわかめ配偶体の付着数とし、結果を表1にまとめる。
【0042】
【表1】
【0043】
表1に示す結果より、乾性油であるアマニ油の被覆部を有する試作品1~3は、被覆部へのわかめ配偶体の付着が少なく、非被覆部へのわかめ配偶体の付着があった。一方、乾性油以外の油脂の被覆部を有する試作品4~6は、被覆部へのわかめ配偶体の付着が多く、被覆部を有さず、非被覆部のみの試作品7と同等であった。
このことより、乾性油を付着してなる被覆部と、乾性油を付着していない非被覆部とを有するわかめ種糸(試作品1~3)は、わかめ配偶体が付着する部分と付着しにくい部分を明確に区別することができた。このようにして得られたわかめ種糸を親縄に巻きつけて用いることにより、わかめ胞子が付着してわかめが成長する部分、わかめ胞子が付着せずわかめが成長しない部分を有することとなり、わかめ養殖の際のわかめ発育に良好な結果を有し、且つわかめ養殖途中での間引き作業が不要となるという効果を発揮する。
【0044】
2.わかめ種糸の作製とわかめ養殖及びその評価
(1)わかめ種糸の作製
ポリ塩化ビニル製の配管(外径18mm、内径13mm)を用いて作成した縦20cm、横30cmの枠に、糸状の着生基質としてクレモナ糸(商品名:第一製網社製、直径2mm)80mを3mm間隔となるように巻きつけて、アマニ油(商品名:アマニ油;日本製粉社製)500gに塩化第一鉄(商品名:塩化鉄(II)無水;富士フィルム和光純薬社製)0.1gを混ぜた被覆材料を、刷毛を用いて10cmの塗布部分と10cmの非塗布部分が交互になるように塗布した後、常温(約25℃)で直射日光があたる室内において1週間放置して被覆部と非被覆部を有するクレモナ糸Aを作製した。
得られた被覆部と非被覆部を有するクレモナ糸Aを、下記の[わかめ胞子含有溶液の作製2]で得られたわかめ胞子含有溶液中に10分間漬け込み、その後1分間空気中にさらして胞子の糸への活着を促したわかめ種糸Aを作製した。
また、乾性油の塗布を行わない以外は上記わかめ種糸Aと同様に処理し、被覆部を有さないクレモナ糸を、下記の[わかめ胞子含有溶液の作製2]で得られたわかめ胞子含有溶液中に10分間漬け込み、その後1分間空気中にさらして胞子の糸への活着を促したわかめ種糸Bを作製した。
【0045】
[わかめ胞子含有溶液の作製2]
わかめ配偶体(岩手県株)の雌約0.2g、雄約0.05gを滅菌海水20gに加え、ホモジナイザー(型式:Pro200ホモジナイザー;Pro Scientific社製)を用いて5000rpmで2分間破砕処理し、滅菌海水1000gを加えてわかめ胞子含有溶液約1000gを得た。得られたわかめ胞子含有溶液を、倒立顕微鏡(倍率40倍)を用いて確認したところ、破砕された雌雄それぞれの胞子の細胞数は5~10細胞であった。
【0046】
(2)わかめ種糸の培養
わかめ種糸A、Bを水温18℃のUV殺菌処理済みの海水に漬けて、光量100ルックスの条件で45日間通気培養した。なお、海水は10日に1回交換し、換え水の際に栄養分としてノリシード(商品名;第一製網社製)を海水100L当たり20mL加えた。
培養を終えたわかめ種糸Aは乾性油の非被覆部にわかめ胞子から発芽した5mm程度の胞子体が、種糸1cm当たり30~100個付着していることを確認し、わかめ種糸Bはほぼ全長にわたってわかめ胞子から発芽した5mm程度の胞子体が、種糸1cm当たり30~100個付着していることを確認した。
【0047】
(3)わかめ種糸の海中育苗
わかめ種糸A、Bを、宮城県塩竈市のわかめ養殖漁場に搬送し、水深2mに垂下して海中育苗をおこなった。3~5日に1回の割合で枠を引き上げて、海水をかけ流して付着物を除去する操作を行いながら2週間海中育苗を行い、幼葉が全長約3cmに生長した種糸(種苗糸)を得た。
【0048】
(4)わかめ種糸の巻き込み法による本養殖
得られた幼葉が全長約3cmに生長した種糸(種苗糸)を用いて岩手県越喜来湾において11月から本養殖を実施した。
本養殖の方法は、一般的に漁業者がわかめ種糸を親縄に巻き込む際に使用する取っ手付きのウレタン製円柱部材に枠から取り外したわかめ種糸(種苗糸)を巻きつけ、これを漁港から約1km離れたわかめ養殖用親縄(100m)に親縄の周囲を回しながらわかめ種糸(種苗糸)を巻きつけて装着した。装着する際は、約1m間隔で親縄とわかめ種糸(種苗糸)をプラスチック製の結束バンドで固定した。わかめ種苗糸A、わかめ種苗糸Bの巻きつけ部分は、親縄50mに対してそれぞれ80m(80m/親縄50m)となった。わかめ種糸を巻きつけた親縄は水深1.5mに設置した。
【0049】
(5)わかめ生育状態の評価
翌年の5月に、わかめ種糸Aを巻き込んで装着した親縄及びわかめ種糸Bを巻き込んで装着した親縄を引き上げ目視にてわかめの生育状況を評価した。その結果、わかめ種糸Aを巻き込んで装着した親縄は、わかめ種糸Aの被覆部からはわかめがほとんど生育せず、非被覆部からはわかめが生育していた。一方、わかめ種糸Bを巻き込んで装着した親縄は、わかめ種糸Bの全体からわかめが生育し密な状態であり、その長さは短く、幅は広く、後述するとおり個体質量(1株当たりの平均質量)は軽く、生育が良くない状態であった。
また、わかめ種糸Aを巻き込んで装着した親縄は、わかめがほとんど生育していない被覆部とわかめが生育している非被覆部に分かれているので、手作業での収穫時に親縄をもつ箇所、あるいは刈り取り船に設置したクレーンを設置する箇所を確保することが可能であった。
【0050】
(6)収穫したわかめの評価1
養殖したわかめの親縄の長さあたりの総重量を求めるために引き上げたわかめ種糸Aを巻き込んで装着した親縄の非被覆部と被覆部の各5ヶ所(各1m)から、生育しているわかめを刈り取って、付着基である仮根部を除去してわかめA-1(非被覆部)とわかめA-2(被覆部)を得た。得られたわかめA-1、A-2の質量をそれぞれ測定し、親縄1mあたりに生育しているわかめの平均質量に換算して算出した。また、引き上げたわかめ種糸Bを巻き込んで装着した親縄の5ヶ所(各1m)から、生育しているわかめを刈り取って、付着基である仮根部を除去してわかめB-1を得た。得られたわかめB-1の質量を測定し、親縄1mあたりに生育しているわかめの平均質量を算出した。結果を表3に示す。
【0051】
(7)収穫したわかめの評価2
養殖したわかめの個体間のばらつきをあきらかにするためにわかめ種糸Aの非被覆部及びわかめ種糸Bのそれぞれ1mあたりに生育しているわかめのうち、最も長く成長している各30個体(30株)のわかめを刈り取って、付着基である仮根部を除去してわかめA-3(非被覆部)、わかめB-2を得た。得られたわかめA-3、B-2の各30株の質量を測定し1株当たりの平均質量を算出した。結果を表3に示す。
【0052】
(8)収穫したわかめの評価3
得られた養殖わかめ葉状部を下記方法にてボイル塩蔵わかめとし、その食感を官能評価によって評価した。
[ボイル塩蔵わかめの作製]
養殖わかめ葉状部を90℃に熱した海水で30秒間ボイルした後、ざるにあけて水を切って秤量し、わかめ重量の約40質量%の食塩を加えて24時間塩蔵した。その後脱水してボイル塩蔵わかめを作製した。
[官能評価の方法]
官能評価の方法は、得られたボイル塩蔵わかめを10倍量の水道水で5分間浸漬させて可食状態としてから評価した。評価は下記表2の評価基準を用いて10名で実施し、その評価点の平均値を下記の記号化基準に沿って記号化した。結果を表3に示す。
[記号化基準]
◎:評価点が3.5以上
○:評価点が2.5以上、3.5未満
△:評価点が1.5以上、2.5未満
×:評価点が1.5未満
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
表3に示す結果より、わかめ種糸Aを巻き込んで装着した親縄から得られたわかめの総質量(わかめA-1、A-2の合計量)はわかめ種糸Bを巻き込んで装着した親縄から得られたわかめB-1より少なかったが、わかめ1株当たりのわかめA-3の平均質量は、わかめB-2より増大し、ばらつきが小さく均質性が増していた。また、わかめA-3の食感はわかめB-2の食感より向上していた。
このことより、本発明の方法で得られたわかめは、品質が向上しているといえる。