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特許7430867有機ゲルマニウム化合物を有効成分として含むチオール基含有化合物の捕捉剤
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-05
(45)【発行日】2024-02-14
(54)【発明の名称】有機ゲルマニウム化合物を有効成分として含むチオール基含有化合物の捕捉剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/28 20060101AFI20240206BHJP
   A61K 8/58 20060101ALI20240206BHJP
   A61P 17/04 20060101ALI20240206BHJP
   A61P 25/04 20060101ALI20240206BHJP
   A61Q 11/00 20060101ALI20240206BHJP
   A61Q 15/00 20060101ALI20240206BHJP
   C07F 7/30 20060101ALN20240206BHJP
【FI】
A61K31/28
A61K8/58
A61P17/04
A61P25/04
A61Q11/00
A61Q15/00
C07F7/30 B
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019128978
(22)【出願日】2019-07-11
(65)【公開番号】P2021014418
(43)【公開日】2021-02-12
【審査請求日】2022-05-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(73)【特許権者】
【識別番号】391001860
【氏名又は名称】株式会社浅井ゲルマニウム研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】川畑 篤史
(72)【発明者】
【氏名】中村 宜司
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 克行
(72)【発明者】
【氏名】島田 康弘
【審査官】新留 素子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-108297(JP,A)
【文献】特開平03-294283(JP,A)
【文献】特開平11-043432(JP,A)
【文献】特開昭61-065819(JP,A)
【文献】Biol Trace Elem Res,2018年,Vol.181,pp.164-172
【文献】Yakugaku Zasshi,2014年,Vol.134, No.12,pp.1245-1252
【文献】Scientific Reports,2015年,Vol.5,Article No.16768
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
A61Q
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)
【化1】
の化合物であって、
式中、R1及びR2は、互いに独立して水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル若しくはC1-4アルキルスルホニルであるか、又はそれらが結合している2個の炭素原子と共に、4~10員の単環式若しくは多環式の飽和環、4~10員の単環式若しくは多環式の部分飽和環若しくは5~10員の単環式若しくは多環式の窒素、酸素及び硫黄から選択される1~4個の原子を含有する飽和若しくは部分不飽和のヘテロ環を形成し、
これらの環は、置換されていないか、又はハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、オキソ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル及びC1-4アルキルスルホニルよりなる群からの1若しくは複数の置換基により置換されており、
R3は、水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル又はC1-4アルキルスルホニルである、
前記化合物、前記化合物の薬学的に許容される塩、前記化合物のカルボキシル基におけるC 1-4 アルキルエステル、又はゲルマニウムセスキオキサイドの形態であるこれらの重合体を有効成分として含む、SH基を有する化合物の捕捉剤であって、
ただし、前記重合体が有効成分である場合には、水性溶媒への溶解によって一般式(I)の化合物、その薬学的に許容される塩、又はそのカルボキシル基におけるC 1-4 アルキルエステルを生じるように用いられる、前記捕捉剤
【請求項2】
R 1、R2及びR3が、互いに独立して水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル又はC1-4アルキルスルホニルである一般式(I)の化合物、前記化合物の薬学的に許容される塩、前記化合物のカルボキシル基におけるC 1-4 アルキルエステル、又はゲルマニウムセスキオキサイドの形態であるこれらの重合体を有効成分として含む、請求項1に記載の捕捉剤。
【請求項3】
R 1、R2及びR3がいずれも水素である一般式(I)の化合物、前記化合物の薬学的に許容される塩、前記化合物のカルボキシル基におけるC 1-4 アルキルエステル、又はゲルマニウムセスキオキサイドの形態であるこれらの重合体を有効成分として含む、請求項1に記載の捕捉剤。
【請求項4】
SH基の保護のための、請求項1~3のいずれか一項に記載の捕捉剤。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載の捕捉剤を含む、硫化水素に起因する疼痛を抑制するための医薬組成物。
【請求項6】
アロディニアを抑制するための、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
請求項1~3のいずれか一項に記載の捕捉剤を含む、硫化水素に起因する掻痒を抑制するための医薬組成物。
【請求項8】
請求項1~3のいずれか一項に記載の捕捉剤を含む、消臭又は防臭用組成物。
【請求項9】
口臭、体臭、尿臭又は便臭を抑制するための、請求項8に記載の消臭又は防臭用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ゲルマニウム化合物を有効成分として含む、チオール基含有化合物の捕捉剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲルマニウム(Ge)は、半導体として古くから研究の対象になっていた元素であるが、その有機化合物に関する研究も盛んに行われ、種々の有機ゲルマニウム化合物が合成されてきた。
【0003】
例えば、Ge-132(ポリ-トランス-[(2-カルボキシエチル)ゲルマセスキオキサン]、レパゲルマニウム、アサイゲルマニウムとも呼ばれる)は、免疫賦活作用、抗腫瘍作用、抗炎症作用、鎮痛作用、モルヒネとの協調作用といった様々な生理作用を持つ水溶性の有機ゲルマニウム化合物である。Ge-132は、水中では加水分解して単量体である3-(トリヒドロキシゲルミル)プロパン酸(3-(trihydroxygermyl)propanoic acid、THGP)となる。生体内は水分に富んでいるため、Ge-132は生体内では加水分解を受けてTHGP又はその塩となり、機能していると考えられる。
【0004】
Ge-132が多彩な生理作用を発揮する作用機序の1つとして、THGPと生体成分との相互作用が挙げられる。例えば、THGPは、シス-ジオール含有化合物との脱水縮合によりラクトン型のTHGP-シス-ジオール錯体を形成し、当該シス-ジオール含有化合物の生理的機能を制御するものと考えられている(非特許文献1等)。相互作用による生理的機能制御の例として、THGPがアデノシンやATPと錯体を形成することでこれらとP1あるいはP2受容体との結合を阻害し、疼痛抑制に関与し得ることが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】Nakamura et al., Future. Med. Chem., 2015, 7 (10), 1233-1246.
【文献】Shimada et al., Biol. Trace Elem. Res., 2018, 181 (1), 164-172.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、有機ゲルマニウム化合物の新たな用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、有機ゲルマニウム化合物の一種であるTHGPはチオール基を含有する化合物と相互作用すること、当該相互作用により硫化水素に起因する疼痛やアロディニアを抑制し、またチオール基含有化合物の揮発を抑制することを見いだし、下記の各発明を完成させた。
【0008】
(1)一般式(I)
【化1】
の化合物であって、
式中、R1及びR2は、互いに独立して水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル若しくはC1-4アルキルスルホニルであるか、又はそれらが結合している2個の炭素原子と共に、4~10員の単環式若しくは多環式の飽和環、4~10員の単環式若しくは多環式の部分飽和環、6~10員の単環式若しくは多環式の芳香環、若しくは5~10員の単環式若しくは多環式の窒素、酸素及び硫黄から選択される1~4個の原子を含有するヘテロ環を形成し、
これらの環は、置換されていないか、又はハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、オキソ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル及びC1-4アルキルスルホニルよりなる群からの1若しくは複数の置換基により置換されており、
R3は、水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル又はC1-4アルキルスルホニルである、
前記化合物若しくは薬学的に許容されるその塩若しくはエステル又はこれらの重合体を有効成分として含む、チオール基含有化合物の捕捉剤。
(2) 一般式(I)において、R1、R2及びR3が、互いに独立して水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル又はC1-4アルキルスルホニルある化合物若しくは薬学的に許容されるその塩若しくはエステル又はこれらの重合体を有効成分として含む、(1)に記載の捕捉剤。
(3) 一般式(I)において、R1、R2及びR3がいずれも水素である化合物若しくは薬学的に許容されるその塩若しくはエステル又はこれらの重合体を有効成分として含む、(1)に記載の捕捉剤。
(4) チオール基の保護のための、(1)~(3)のいずれか一項に記載の捕捉剤。
(5) (1)~(3)のいずれか一項に記載の捕捉剤を含む、硫化水素に起因する疼痛を抑制するための医薬組成物。
(6) アロディニアを抑制するための、(5)に記載の医薬組成物。
(7) (1)~(3)のいずれか一項に記載の捕捉剤を含む、硫化水素に起因する掻痒を抑制するための医薬組成物。
(8) (1)~(3)のいずれか一項に記載の捕捉剤を含む、消臭又は防臭用組成物。
(9) 口臭、体臭、尿臭又は便臭を抑制するための、(8)に記載の消臭又は防臭用組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、生体に対して高い安全性を有する有機ゲルマニウム化合物を用いてチオール基含有化合物を捕捉することができ、これにより、例えば硫化水素に起因する疼痛やアロディニアを抑制し、またチオール基含有化合物が原因となる好ましくない臭いを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】THGPとNaHS(H2Sのナトリウム塩)又はNa2S2(H2S2のナトリウム塩)との混合水溶液の1H NMR分析の結果を示す。
図2a】THGPとL-システインとの混合水溶液の1H NMR分析の結果を示す。
図2b】THGPと1,2-エタンジチオール、アミノエタンチオール、ホモシステイン、グルタチオンとの混合水溶液の1H NMR分析の結果を示す。
図3a】Na2SとTHGPの混合水溶液を足底投与したマウスにおける機械的アロディニアの発生度合いをvon Frey testで評価した結果を示す。
図3b】THGP水溶液を予め腹腔内投与したNa2S足底投与マウスにおける機械的アロディニアの発生度合いをvon Frey testで評価した結果を示す。
図4a】マウス後足を熱傷刺激後に発生する機械的アロディニアに対し、Cav3.2阻害剤(TTA-A2)を腹腔内投与し、von Frey testで評価した結果を示す。
図4b】マウス後足を熱傷刺激後に発生する機械的アロディニアに対し、H2S合成酵素CSE阻害薬(β-cyano-L-alanine(BCA)及びDL-propargylglycine(PPG))を腹腔内投与し、von Frey testで評価した結果を示す。
図4c】マウス後足を熱傷刺激後に発生する機械的アロディニアに対し、THGP水溶液を腹腔内投与し、von Frey testで評価した結果を示す。
図5a】NaHS水溶液に100μM又は200μMのTHGPを添加したときのH2Sガスの発生量を示す。
図5b】NaHS水溶液に200μMのTHGPを添加したときのH2Sガスの発生量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の第1の態様は、一般式(I)の化合物若しくは薬学的に許容されるその塩若しくはエステル又はこれらの重合体のうちの少なくとも1を有効成分として含む、チオール基含有化合物の捕捉剤に関する。ここで重合体は、加水分解により一般式(I)の化合物若しくは薬学的に許容されるその塩若しくはエステルを与える重合体である。
【化2】
式中、R1及びR2は、互いに独立して水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル若しくはC1-4アルキルスルホニルであるか、又はそれらが結合している2個の炭素原子と共に、4~10員の単環式若しくは多環式の飽和環、4~10員の単環式若しくは多環式の部分飽和環、6~10員の単環式若しくは多環式の芳香環、若しくは5~10員の単環式若しくは多環式の窒素、酸素及び硫黄から選択される1~4個の原子を含有するヘテロ環を形成し、
これらの環は、置換されていないか、又はハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、オキソ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル及びC1-4アルキルスルホニルよりなる群からの1若しくは複数の置換基により置換されており、
R3は、水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル又はC1-4アルキルスルホニルである。
【0012】
一般式(I)の化合物において、R1及びR2は、互いに独立して、水素:フッ素、塩素若しくは臭素等のハロゲン;ニトロ;ヒドロキシ;シアノ;直鎖、分岐鎖若しくは環状の炭素数1~4個のアルキルであるC1-4アルキル;1若しくは複数のハロゲンで置換された直鎖、分岐鎖若しくは環状の炭素数1~4個のアルキルであるC1-4ハロアルキル;直鎖、分岐鎖若しくは環状の炭素数2~4個のアルケニルであるC2-4アルケニル;1若しくは複数のハロゲンで置換された直鎖、分岐鎖若しくは環状の炭素数2~4個のアルケニルであるC2-4ハロアルケニル;直鎖若しくは分岐鎖の炭素数3~4個のアルキニルであるC3-4アルキニル;1若しくは複数のハロゲンで置換された直鎖若しくは分岐鎖の炭素数3~4個のアルキニルであるC3-4ハロアルキニル;-O-C1-4アルキルで表されるC1-4アルコキシ;-O-C1-4ハロアルキルで表されるC1-4ハロアルコキシ;-S-C1-4アルキルで表されるC1-4アルキルチオ;-SO-C1-4アルキルで表されるC1-4アルキルスルフィニル;又は-SO2-C1-4アルキルで表されるC1-4アルキルスルホニルであることができる。
【0013】
また、R1及びR2は、それらが結合している2個の炭素原子と共に、4~10員の単環式若しくは多環式の飽和環、4~10員の単環式若しくは多環式の部分飽和環、6~10員の単環式若しくは多環式の芳香環、若しくは5~10員の単環式若しくは多環式の窒素、酸素及び硫黄から選択される1~4個の原子を含有するヘテロ環を形成してもよい。
【0014】
4~10員の単環式又は多環式の飽和環は、環構成原子として4~10個の炭素原子を有する、1又は複数の環構造を持つ飽和炭素環であって、例として、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル、ビシクロオクチル、スピロオクチル等が挙げられる。
【0015】
4~10員の単環式又は多環式の部分飽和環は、環構成原子として4~10個の炭素原子を有する、1又は複数の環構造を持つ部分飽和炭素環であって、例として、シクロブテニル、シクロペンテニル、シクロヘキセニル、シクロヘプテニル、シクロオクテニル、ビシクロオクテニル等が挙げられる。
【0016】
6~10員の単環式又は多環式の芳香環は、環構成原子として6~10個の炭素原子を有する、1又は複数の環構造を持つ芳香環であって、例として、フェニル、ナフチル、インジル等が挙げられる。
【0017】
5~10員の単環式又は多環式の窒素、酸素及び硫黄よりなる群から選択される1~4個の原子を含有するヘテロ環は、環構成原子として6~10個の原子を有する、1又は複数の環構造を持つ飽和環、部分飽和環又は芳香環であって、環構成原子のうち1~4個は窒素、酸素及び硫黄よりなる群から独立して選択されるヘテロ原子であり、その他の環構成原子は炭素原子である環である。例として、フラニル、チオフェニル、ピロリル、イミダゾリル、ピラニル、ピリジニル、ピリミジニル、ピラジニル、ピロリジニル、ピペリジニル、ピペラジニル、モルホリニル、インドリル、キノリル、イソキノリル等が挙げられる。
【0018】
R1及びR2により形成される環は、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、オキソ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル及びC1-4アルキルスルホニルよりなる群からの1又は複数の置換基により置換されていてもよい。それぞれの基の詳細は、R1及びR2の説明において記載されているとおりである。
【0019】
一般式(I)の化合物において、R3は、水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル又はC1-4アルキルスルホニルである。それぞれの基の詳細は、R1及びR2の説明において記載されているとおりである。
【0020】
本発明において好適に利用される化合物は、一般式(I)において、R1、R2及びR3が、互いに独立して水素、ハロゲン、ニトロ、ヒドロキシ、シアノ、C1-4アルキル、C1-4ハロアルキル、C2-4アルケニル、C2-4ハロアルケニル、C3-4アルキニル、C3-4ハロアルキニル、C1-4アルコキシ、C1-4ハロアルコキシ、C1-4アルキルチオ、C1-4アルキルスルフィニル又はC1-4アルキルスルホニルである化合物若しくは薬学的に許容されるその塩若しくはエステル又はこれらの重合体である。
【0021】
特に好ましい化合物は、一般式(I)において、R1、R2及びR3がいずれも水素である化合物、すなわちTHGP(3-(trihydroxygermyl)propanoic acid、3-(トリヒドロキシゲルミル)プロパン酸)、若しくは薬学的に許容されるその塩若しくはエステル又はこれらの重合体である。
【0022】
本発明は、一般式(I)の化合物の薬学的に許容される塩又はエステルの利用を包含する。かかる塩としては、慣用的な塩基との塩、例えば、アルカリ金属塩(例としてナトリウム塩及びカリウム塩)、アルカリ土類金属塩(例としてカルシウム塩及びマグネシウム塩)、アンモニウム塩、又は有機アミン(例としてエチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、DIPEA、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ジメチルアミノエタノール、ジエチルアミノエタノール、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、コリン(2-ヒドロキシ-N,N,N-トリメチルエタンアミニウム)、プロカイン、ジシクロヘキシルアミン、ジベンジルアミン、N-メチルモルフォリン、N-メチルピペリジン、アルギニン、リジン及び1,2-エチレンジアミン)が挙げられる。
【0023】
一般式(I)の化合物の薬学的に許容されるエステルは、一般式(I)のカルボン酸のインビボで加水分解可能なエステルである。かかるエステルとしては、例えばメチル、エチル、tert-ブチルエステル等のC1-4アルキルエステルが好ましい。
【0024】
一般式(I)の化合物は、下に示すように、一般式(II)のアクリル酸誘導体(式中、R1~R3は、一般式(I)の化合物の説明において記載されているとおりである)とトリクロロゲルマンとのハイドロゲルミレーション、及びその後の加水分解により合成することができる。
【化3】
【0025】
ハイドロゲルミレーション及び加水分解は、当業者に公知の一般的な反応条件で行えばよい。例えば、ハイドロゲルミレーションは濃塩酸、ジエチルエーテル又はクロロホルム等を溶媒として用いて25~40℃程度の温度で行うことができる。加水分解は、ハイドロゲルミレーションにより得られた化合物を水と共存させることによって、好ましくは中性からアルカリ性の水系溶媒の中で、例えば水酸化ナトリウム水溶液等のアルカリ水溶液中で行うことができる。
【0026】
一般式(I)の化合物の重合体は、一般式(III)
【化4】
で表すことができる。一般式(III)におけるR1~R3は一般式(I)において説明したとおりであり、nは2以上の整数である。重合体は、THGPからのGe-132の製造と同様に、水溶液に溶解した状態の一般式(I)の化合物又は薬学的に許容されるその塩若しくはエステルを乾燥させて、分子間で脱水縮合を生じさせる重合反応により得ることができる。重合体は、全ての構成単位が同一であっても異なってもよい。前者の重合体は一種類の、後者の重合体は複数種類の一般式(I)の化合物又は薬学的に許容されるその塩若しくはエステルを溶解した水溶液を乾燥させることにより得ることができる。重合反応は可逆的であることから、重合体を水等の水性媒体に溶解することで、重合体が加水分解され、一般式(I)の化合物又は薬学的に許容されるその塩若しくはエステルが得られる。
【0027】
一般式(I)の化合物の重合体の例としては、Ge-132、特開昭57-102895号公報に記載される直鎖状のリニアポリマーである水溶性有機ゲルマニウム化合物であるPoly-[(2-carboxyethyl-hydroxygermanium)oxide]、Tsutsuiら(J. Am. Chem. Soc., 1976, 98 (25), 8287-8289.)及びMizunoら(J. Pharm. Sci., 2015, 104 (8), 2482-2488.)に記載されるラダー状構造(ゲルマニウムと酸素の8原子で構成される環状構造)を有する水溶性有機ゲルマニウム化合物であるPropagermanium(3-oxygermylpropionic acid polymer)を挙げることができる。
【0028】
本発明において、一般式(I)の化合物若しくは薬学的に許容されるその塩若しくはエステル又はこれらの重合体により捕捉されるチオール基含有化合物は、その構造内に少なくとも1つのチオール基を有する化合物であれば、特に限定されない。チオール基含有化合物におけるチオール基は、チオール基-SHのほか、チオール基のプロトンが解離した-S-、チオール基のプロトンが金属原子に置き換えられたメルカプチド基であってもよい。
【0029】
理論に拘束されるものではないが、一般式(I)の化合物は、その中に存在するGeに結合した水酸基(Ge-OH)とチオール基含有化合物のチオール基との結合を介して、チオール基含有化合物を捕捉するものと考えられる。
【0030】
チオール基含有化合物の例としては、硫化水素(H2S)、二硫化水素又は三硫化水素等の多硫化水素、システイン、ホモシステイン、グルタチオン、1,2-エタンジチオール、アミノエタンチオール、メチルメルカプタン、エチルメルカプタン、n-プロピルメルカプタン、イソプロピルメルカプタン、n-ブチルメルカプタン、イソブチルメルカプタン、sec-ブチルメルカプタン、tert-ブチルメルカプタン、n-アミルメルカプタン、イソアミルメルカプタン、ヘキシルメルカプタン、ヘプチルメルカプタン、オクチルメルカプタン、ノニルメルカプタン、ラウリルメルカプタン、2-メチル-3-ブタンチオール、アリルメルカプタン、イソペンテニルマルカプタン、チオゲラニオール、リモネンチール、8-メルカプトメントン、p-メンテン-8-チオール、チオメントール、チオグリセリン、フェニルメルカプタン、o-チオクレゾール、2-エチルチオフェノール、2-ナフチルメルカプタン、フルフリルメルカプタン、メチルフルフリルメルカプタン、2-メチル-3-フランチオール、チエニルメルカプタン、チオフルフリルメルカプタン、2-メルカプトプロピオン酸、4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオール、4-エトキシ-2-メチル-2-ブタンチオール、5-メトキシ-3-メチル-3-ペンタンチオール、3-メルカプト-2-ペンタノン、ギ酸3-メルカプト-3-メチルブチル、3-メルカプトヘキサノール、3-メルカプトヘキサナール、3-メルカプトヘキシルアセテート、3-メルカプトヘキシルブタノエート、3-メルカプトヘキシルペンタノエート、3-メルカプトヘキシルヘキサノエート、4-メルカプト-4-メチルペンタン-2-オン、4-メルカプト-4-メチルペンタン-2-オ-ル、3-メルカプト-3-メチルブタン-1-オール、3-メルカプト-3-メチルブチルアセテート、3-メルカプト-3-メチルブチルプロパノエート、1,1―エタンジチオール、1,2―エタンジチオール、1,3-プロパンジチオール、1,4-ブタンジチオール、1,5-ペンタンジチオール、1,6-ヘキサンジチオール、1-メチルチオ-エタンチオール、2-メルカプトエタノール、1-メルカプト-2-プロパノール、3-メルカプト-2-メチルペンタノール、3-メルカプト-2-メチルペンタナール、3-メルカプト-2-メチルブタノール、3-メルカプト-2-メチルブタナール、3-メルカプト-3-メチルヘキサノール、1-メトキシ―3-ヘキサンチオール、1-エトキシ―3-ヘキサンチオール、メルカプトアセトアルデヒド、1-メルカプト-2-プロパノン、1-メルカプト-2-ブタノン、3-メルカプト-2-ブタノン、1-メルカプト-3-ペンタノン、2-メルカプト-3-ペンタノン、5-メチル-4-メルカプト-2-ヘキサノン、2-メルカプトエチルアセテート、エチル3-メルカプトプロパノエート、エチル2-メルカプトプロパノエート、エチル3-メルカプトブタノエート、エチル3-メルカプト-2-メチルプロパノエート、3-メルカプト-2-メチルペンタナール、エチル2-メルカプトプロピオネート、3-メルカプトプロピルアセテート、2,5-ジメチル-3-フランチオール、2-メチル-3-チオフェンチオール、2-(チオフェン-2)-エタンチオール、3,4-ジメチル-2,3-ジヒドロチオフェン-2-チオール、4-メルカプト-2,5-ジメチルチオフェン-3-オン、5-メチル-2-フルフリルチオール、3-メチル-3-スルファニルヘキサン-1-オール等が挙げられる。
【0031】
チオール基含有化合物であるH2Sは、毒性の強いガスとして知られるほか、生体内ではガス状情報伝達物質として作用し、一次知覚神経に発現するCav3.2 T型Ca2+チャネルの活性を上昇させることで、結腸痛や膵臓痛、膀胱痛を含む内臓痛、痛覚過敏、アロディニア、掻痒等を誘起することが報告されている(坪田真帆ら, 薬学雑誌,134(12), 1245-1252 (2014); Wang, X.-L. et al., Sci. Rep. 5, 16768 (2015))。アロディニアは、通常では痛みを引き起こさないような非侵害刺激(接触や軽度の圧迫、非侵害的な温冷刺激等)で痛みを生じてしまう過敏性の感覚異常であり、その発症メカニズムは未だ不明である。
【0032】
後の実施例で示すように、一般式(I)の化合物であるTHGPはH2Sと相互作用し、H2Sに起因するアロディニアを濃度依存的に抑制することが、本発明者らによって実験的に確認された。また、内因性H2Sが関与すると考えられる熱傷刺激によるアロディニアに対しても、THGPは濃度依存的に抑制することが確認された。したがって本態様のチオール基含有化合物の捕捉剤は、チオール基含有化合物、例えばH2Sに起因する疾患又は症状の治療及び/又は予防に、例えばアロディニア、痛覚過敏、結腸痛や膵臓痛、膀胱痛を含む内臓痛等の疼痛、掻痒の治療及び/又は予防のために用いることができる。ここで、H2Sに起因する疾患又は症状の治療及び/又は予防とは、これらの疾患又は症状の進行の遅延又は停止、病変の退縮又は消失、発症の予防又は再発の防止等を含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0033】
また、生体において、チオール基含有化合物は様々な臭いの原因物質として知られており、例えばH2Sやメチルメルカプタンは口臭、アリルメルカプタンはストレス臭、3-メチル-3-スルファニルヘキサン-1-オールは腋臭、3-メルカプト-3-メチル-1ブタノールは猫の尿臭の原因物質とされている。加えて、生活環境においてもチオール基含有化合物は悪臭の原因とされ、悪臭防止法にも規制物質として挙げられている。本態様の捕捉剤は、チオール基含有化合物を捕捉してその揮発を抑制することで、これらに起因する臭いを抑制することができる。なお、本明細書において臭いの抑制とは、消臭及び防臭を包含する。
【0034】
例えば、口臭を有する又はその懸念がある対象、典型的には歯周病に罹患している対象の口腔を本発明の捕捉剤を含む溶液で濯ぐ、又は本発明の捕捉剤を含む固形物を口腔内で保持して唾液で溶解させる等により、口臭を抑制することが可能となる。ヒト以外の哺乳動物の場合には、本発明の捕捉剤を含む飲用水や餌を摂取させてもよい。
【0035】
あるいは、本態様の捕捉剤を溶解した溶液を例えば犬や猫のようなコンパニオンアニマルの排泄物に噴霧等により適用することで、又は本態様の捕捉剤を付着させた吸湿剤やおがくず等の担体をトイレ砂や床敷材として使用することで、チオール基含有化合物に起因する排泄物の臭いを抑制することができる。
【0036】
さらに、本態様の捕捉剤は、SH基と相互作用することにより、エポキシ基等の反応性の高い官能基や酸化からSH基を保護する保護剤としても利用することができる。SH基の保護剤として使用される本態様の捕捉剤は、水中で利用可能であること、温和な条件下で脱保護が可能であること、安全性が高いこと等の利点を有する。
【0037】
一般式(I)の化合物若しくはその塩若しくはエステル又はこれらの重合体は、そのまま本発明における捕捉剤として利用してもよく、さらに、緩衝剤、安定剤、保存剤、賦形剤その他の成分及び/又は他の有効成分を含む医薬組成物、食品組成物、化粧品組成物、消臭又は防臭用組成物その他の組成物の形態で利用してもよい。かかる組成物は、本発明のさらなる別の態様である。
【0038】
上記組成物において許容されるその他の成分は組成物の目的ごとに当業者において周知であり、当業者が通常の実施能力の範囲内で、例えば医薬組成物の場合には第十七改正日本薬局方その他の規格書に記載された成分から適宜選択して使用することができる。
【0039】
本発明において、捕捉剤又はこれを含む組成物の剤形は、一般式(I)の化合物がチオール基との相互作用を生じることができるかぎり任意であるが、ヒト又は動物に投与される場合の好ましい例として、経口剤(錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、丸剤、懸濁剤、乳剤、液剤、シロップ剤等)、注射剤、外用剤(スプレー剤、外用液剤、吸入剤、軟膏剤、貼付剤等)、洗口液等を挙げることができる。また、使用環境中に極性溶媒が存在しない場合、捕捉剤又はこれを含む組成物は、極性溶媒に溶解した形態、典型的には水溶液の形態であることが好ましい。
【0040】
捕捉剤及びこれを含む組成物を生体に投与する方法は特に限定されず、剤形に応じて適宜決定される。好ましい実施形態の一つにおいて、捕捉剤及びこれを含む組成物の投与経路は、腹腔投与、静脈投与、経口投与又は経皮投与であることが好ましい。
【0041】
チオール基含有化合物の捕捉剤及びこれを含む医薬組成物の投与量は、用法、対象の年齢、疾患又は症状の種類及び部位その他の条件等に応じて適宜選択されるが、通常成人に対して体重1kgあたり10μg~2000μg、好ましくは50μg~1000μg、より好ましくは100μg~500μgであり、これを1日に1回若しくは複数回に分けて、又は間歇的に投与することができる。
【0042】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【実施例
【0043】
実施例1 THGPとNaHS又はNa 2 S 2 との相互作用
重水で調製した10 mMリン酸緩衝液(pH7.4)に、NaHS(H2Sのナトリウム塩)又はNa2S2(H2S2のナトリウム塩)とGe-132(浅井ゲルマニウム研究所)を溶解し、NaHS又はNa2S2とTHGPの混合モル比1:1、pH7.0~7.5、5 mM溶液を調製した。比較対照として、THGPのみを溶解した溶液を合わせて調製した。25℃、積算回数16回、300 MHzの測定条件のもと、1H NMRスペクトルを測定した。残存するHODのシグナルを4.80 ppmにオフセットした。
【0044】
各サンプルの1H NMRスペクトルを図1に示す。THGPの1H NMRスペクトルではGe-CH2に由来するシグナルが1.56 ppmに、CH2-COO-に由来するシグナルが2.47 ppmにそれぞれトリプレットとして観測された。一方で、NaHS又はNa2S2との混合溶液では上記シグナルの他に、1.40 ppm及び2.39 ppmに新たなシグナルが観測された。NaHS又はNa2S2単独では上記の化学シフト付近にシグナルを持たないことから、新たに観測されたシグナルはTHGPとNaHS又はNa2S2との複合体由来であると推察された。
【0045】
実施例2 THGPとシステインとの相互作用
重水にL-システインとGe-132を溶解し、システインとTHGPの混合モル比1:1、pH7.0~7.5、250 mM溶液を調製した。25℃、積算回数16回、300 MHzの測定条件のもと、1H NMRスペクトルを測定した。残存するHODのシグナルを4.80 ppmにオフセットした。比較対照として、システイン又はTHGPのいずれかのみを溶解した溶液を合わせて調製した。
【0046】
各サンプルの1H NMRスペクトルを図2aに示す。THGPの1H NMRスペクトルではGe-CH2に由来するシグナルが1.52 ppmに、CH2-COO-に由来するシグナルが2.43 ppmにそれぞれトリプレットとして観測された。一方で、システインとの混合溶液では上記シグナルの他に、1.92 ppm及び2.60 ppmに新たなシグナルが観測された。システイン単独では上記の化学シフト付近にシグナルを持たないことから、新たに観測されたシグナルはTHGPとシステインとの複合体由来であると推察された。加えて、SH基を有する化合物として1,2-Ethanedithiol、Aminoethanethiol、Homocysteine、Glutathioneに対しても同様に試験を行い、THGPとの相互作用を確認した。各サンプルのNMRスペクトルを図2bに示す。いずれのサンプルにおいても1~2 ppmの範囲においてチオール化合物単体由来のシグナルは認められず、複合体由来のシグナルが観察された。
【0047】
実施例3 機械的アロディニアに対する抑制作用
1) ddYマウスの足底に、Na2S 10 pmol/pawとTHGP 100、1000若しくは10000 pmol/paw又は生理食塩水の混合水溶液とを局所注射により投与し、von Frey testにより機械的アロディニアを評価した(n=5)。結果を図3aに示す。図中、縦軸はマウスが足を上げる機械刺激の閾値を表し、この値が低いほどアロディニアの程度が重度であることを意味する。Na2Sのみをマウス足底部に投与したV+Na2S群ではNa2S 投与15分後に機械的アロディニアが誘起されるが、THGPをNa2Sと同時に足底部に投与したTHGP+Na2S群ではNa2S誘起アロディニアはTHGP用量依存的に抑制されることが確認された。
【0048】
次に、THGPの腹腔内投与による効果を検証した。ddYマウスにTHGP 30又は100 mg/kgを腹腔内投与し、その30分後にNa2S 10 pmol/pawを足底投与して、von Frey testにより機械的アロディニアを評価した(n=5)。結果を図3bに示す。Na2S足底投与30分前にTHGPを腹腔内投与することによっても、Na2S誘起アロディニアはTHGP用量依存的に抑制されることが確認された。
【0049】
2) イソフルラン麻酔下のddYマウスの後足に52.5℃、25秒の熱傷刺激を加え、その3時間後に、Cav3.2阻害剤であるTTA-A2(1 mg/kg)、H2S合成酵素CSE阻害薬であるBCA(β-cyano-L-alanine、50 mg/kg)若しくはPPG(DL-propargylglycine、30 mg/kg)、又は比較対象として生理食塩水をそれぞれ腹腔内投与し、von Frey testにより機械的アロディニアを評価した(n=5)。結果を図4a及びbに示す。熱傷刺激を与えることで2時間後から24時間以上続く機械的アロディニアが発現するが(V群)、H2Sに起因するアロディニア発現に関与するCav3.2の阻害剤TTA-A2と、内因性H2Sの生成を抑制することが知られているBCA及びPPGの投与によって熱傷誘起アロディニアが有意に抑制されることが確認された。これらの結果は、熱傷誘起アロディニアに内因性H2Sが関与することを示している。
【0050】
上記の試験において、熱傷刺激後のマウスにTTA-A2、BCA又はPPGに代えてTHGP 10、30又は100 mg/kgを腹腔内投与し、von Frey testにより機械的アロディニアを評価した(n=5)。結果を図4cに示す。THGP水溶液を腹腔内投与することで、上記阻害剤と同様、熱傷誘起アロディニアが有意に抑制されることが確認された。
【0051】
以上に示されるように、外因性H2S又は内因性H2Sに起因するアロディニアの抑制にTHGPが有効であることが示された。
【0052】
実施例4 H 2 Sに対する揮発抑制作用
500 mL二口丸底フラスコに100 mMリン酸緩衝液(pH 7.4) 248 mLを加え、フローメータを取り付けたN2ガスボンベ、及びH2S検値管(GASTEC, No. 4LK)を取り付けた。丸底フラスコ10 mM NaHS溶液1 mLを添加し、3分間撹拌した。THGPの終濃度が100又は200 μMとなるようGe-132水溶液1 mLを添加し、溶液中に流量500 mL/minでN2ガスをバブリングしながら、H2S検値管の目盛を経時的に計測した。
【0053】
THGPを含まない場合、H2Sの流出速度は0.460目盛/secであったのに対し、THGP濃度100μM又は200μM存在下ではそれぞれ0.187又は0.004目盛/secとなった(図5a)。また、THGP 200μM存在下では、4時間を超えても検知管の最大目盛を超えなかった(図5b)。以上から、THGPはH2Sガスを捕捉し、濃度依存的にH2Sガスの揮発を抑制することができることが確認された。
【0054】
実施例5 SH基の保護作用
アミノエタンチオール及びアミノエタンチオールに対して5倍molのTHGPを重水に溶解し、プロピレンオキサイドを添加後、NMRを測定する。THGP添加によりアミノエタンチオール中のSH基が保護され、NH2基とプロピレンオキサイド(プロピレンオキサイド中のエポキシ基)との開環反応が選択的に進むことから、THGP有無によるNMRスペクトルの違いを確認することにより、THGPによるSH基の保護作用を確認することができる。
【0055】
実施例6 尿臭抑制作用
オガクズ(製品名:スーパーウッディ)をネコ用トイレ材として用いた。ネコが尿をした際に、尿をした後に、又は尿臭を感じた際に、5 %又は10 %-THGP水溶液(pH 5.8-pH 8.5)をトイレ材に向けて噴霧することで、尿臭を抑制することができた。
【0056】
実施例7 口臭抑制作用
THGP重合体であるGe-132をそのまま、または少量の水に溶いて、歯周病に罹患しているイヌ(小型犬:チワワ、中型犬:柴犬、大型犬:ゴールデンレトリーバー、計3匹)で、口臭が強く、飼い主が通常のコミュニケーションをとることに困難を感じる状況の個体の口腔内歯茎もしくは内頬に塗布した。1回に使用するGe-132量は125 mgとし、1日1回8日間塗布を行った結果、口臭が抑制されることを確認した。
図1
図2a
図2b
図3a
図3b
図4a
図4b
図4c
図5a
図5b