IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 岡山大学の特許一覧

特許7430904塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キット
<>
  • 特許-塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キット 図1
  • 特許-塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キット 図2
  • 特許-塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キット 図3
  • 特許-塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キット 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-05
(45)【発行日】2024-02-14
(54)【発明の名称】塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キット
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/04 20060101AFI20240206BHJP
   A61K 49/04 20060101ALI20240206BHJP
   A61K 31/734 20060101ALI20240206BHJP
【FI】
A61L31/04 120
A61K49/04
A61K31/734
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020068949
(22)【出願日】2020-04-07
(65)【公開番号】P2021164568
(43)【公開日】2021-10-14
【審査請求日】2022-11-02
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇賀 麻由
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 貴一
【審査官】三上 晶子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0211249(US,A1)
【文献】特表2008-513381(JP,A)
【文献】特開2017-006673(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/04
A61K 49/04
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00- 47/69
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギン酸塩溶液Aと、バリウム化合物とカルシウム化合物を含む混合液Cと、を用いる、周波数1Hzにおける、貯蔵弾性率が700~40000[Pa]、かつ損失弾性率が200~10000[Pa]である、ゲル状の塞栓物質の作製方法であって、
(1)予め、前記溶液Aと、前記混合液Cとが供給される移送流路および合流点を設定し、
(2)前記混合液Cを、前記移送流路を経由して前記合流点に供給し、
(3)前記溶液Aを、前記移送流路を経由して前記合流点に供給し、
(4)前記合流点において、アルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムのゲル状混合物を含む塞栓物質を形成する、
ことを特徴とする塞栓物質の作製方法。
【請求項2】
前記溶液Aは、アルギン酸塩溶液Aに対して溶解性を有する造影剤を含むアルギン酸塩溶液Aaであり、
前記移送流路および前記合流点においてX線照射を行い、
前記溶液Aaと前記混合液Cの流量、拡散状態、混合状態、または塞栓物質の形成状態を測定し、前記塞栓物質の生成量を制御することを特徴とする請求項1に記載の塞栓物質の作製方法。
【請求項3】
周波数1Hzにおける、貯蔵弾性率が700~40000[Pa]、かつ損失弾性率が200~10000[Pa]である、アルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムのゲル状混合物を含む塞栓物質。
【請求項4】
請求項1または2に記載の塞栓物質の作製方法、或いは請求項記載の塞栓物質を作製するために用いられる塞栓物質作製用キットであって、
アルギン酸塩溶液Aを含む封止された容器Vaと、
リウム化合物とカルシウム化合物を含む混合液Cを含む封止された容器Vcと、
移送流路と、
前記移送流路に接続され、前記溶液A、および前記混合液Cからなる群より選択される少なくとも1種の液の移送流量を調整するための流量調整部材と、を含む塞栓物質作製用キット。
【請求項5】
アルギン酸塩溶液Aに対して溶解性を有する造影剤を含む封止された容器Vdと、
前記容器Vd内の造影剤と前記容器Va内のアルギン酸塩溶液Aを混合してアルギン酸塩溶液Aaを作製するための混合容器ユニットUaと、
バリウム化合物溶液Bを含む封止された容器Vbと、
カルシウム化合物溶液を含む封止された容器Veと、
前記容器Ve内のカルシウム化合物溶液と前記容器Vb内のバリウム化合物溶液Bを混合して前記混合液Cを作製するための混合容器ユニットUbと、を含む請求項に記載の塞栓物質作製用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キットに関し、特に、カテーテル等を用いて体内での体液の流れや特定部位の塞栓に用いられる塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、動静脈瘤等の疾患を有する動物や人体に対し、その体内での体液の流れや特定部位を塞栓するために、固体または液体の塞栓物質が用いられる。固体塞栓物質としては、コイル、バスキュラープラグ、ゼラチンスポンジなどが用いられ、液体塞栓物質としては、セルロースアセテートなどの水不溶性高分子物質やシアノアクリレート系薬剤(n-butyl-2-cyanoacrylate、NBCA)などが用いられ、塞栓ゲル剤の使用も知られている。
【0003】
例えば、塞栓ゲル剤として、担体に、ポロキサマ類重合物、ポリエチレンピロリドンなど、またはこれらの薬を組合せで作製されたゲル剤が提案されている(例えば特許文献1参照)。体内に入ったら急速に凝固し、血管塞栓剤の役割を果たす。同時に、需要に応じて違う医薬品を使うことで、徐放作用で塞栓と医薬治療の二重効果を得ることができるとされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2013-540723号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従前のこうした塞栓物質では、いくつかの課題や要請があった。
(i)上記固体塞栓物質では、複雑な形状の動脈瘤へ適用すると、動脈瘤が完全に塞栓されなかったり、動脈瘤腔内においてコイル等が圧縮され、血流が再開通したり、動脈瘤腔内の間隙に発生した血栓が脳内の正常な部位へ迷入し、そこで致命的な脳梗塞を惹起するという欠点があった。
(ii)また、上記液体塞栓物質のうち、特定部位で塞栓されるために親水性溶剤を用いる場合には、その溶解度や粘度が一定せず、安定した塞栓物質の作製が難しいという課題があった。加えて使用する溶剤等の生体に対する安全性にも課題があった。また、シアノアクリレート系薬剤等を用いた場合、強力な塞栓効果が得られる反面、特定部位で有効に塞栓させるための制動が難しく、相当の熟練度が要求されることがあった。生体に対する安全性にも課題があった。
【0006】
そこで、本発明は、上記状況に鑑みてなされたものであって、こうした課題を解決し、生体の安全性を確保しつつ、特定部位以外に影響を与えずに特定部位での迅速な塞栓物質の作製が可能で、かつより適切な塞栓物質の作製の制御が可能な塞栓物質の作製方法、塞栓物質および塞栓物質作製用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、アルギン酸塩溶液Aと、バリウム化合物溶液Bまたはバリウム化合物とカルシウム化合物を含む混合液Cと、を用いる塞栓物質の作製方法であって、
(1)予め、前記溶液Aと、前記溶液Bまたは前記混合液Cとが供給される移送流路および合流点を設定し、
(2)前記溶液Bまたは前記混合液Cを、前記移送流路を経由して前記合流点に供給し、
(3)前記溶液Aを、前記移送流路を経由して前記合流点に供給し、
(4)前記合流点において、ゲル状のアルギン酸バリウム、またはアルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムのゲル状混合物を含む塞栓物質を形成する、
ことを特徴とする塞栓物質の作製方法、に関する。
【0008】
塞栓物質には、得られる塞栓物質自体の生体安全性が高いこと、および塞栓物質を構成する成分・原料の安全性が要求される。また、塞栓物質として、生体適用性や所定の機能を果たした後の生物分解性を有することが好ましい。本発明者は、その検証過程において、アルギン酸またはアルギン酸塩はこうした要請に適用できることを確証した。一方、アルギン酸化合物を形成する塩基として、ゲル状の塞栓物質として適正な粘度や硬度(弾性率)や血液への溶解度等の物性に加え、生体安全性・生体適用性が要求される。本発明者は、前者の優れた特性としてバリウムが適正であることを見出した。また、同族のカルシウムは、生体安全性が高い一方、バリウムに比べ生成したゲルの弾力性に劣るものの、バリウムとの組み合わせにおいて、適正な粘度や硬度を確保しつつ、より高い生体安全性を確保できるとの知見を得ることができた。
【0009】
本発明の上記構成によれば、生体の安全性を確保しつつ、特定部位以外に影響を与えずに特定部位での迅速な塞栓物質の作製が可能で、かつより適切な塞栓物質の作製の制御が可能な塞栓物質の作製方法を提供することができる。
【0010】
前記塞栓物質の作製方法において、前記溶液Aは、アルギン酸塩溶液Aに対して溶解性を有する造影剤を含むアルギン酸塩溶液Aaであり、
前記移送流路および前記合流点においてX線照射を行い、
前記溶液Aaと前記溶液B、または前記溶液Aaと前記混合液Cの流量、拡散状態、混合状態、または塞栓物質の形成状態を測定し、前記塞栓物質の生成量を制御することが好ましい。
【0011】
特定部位において塞栓物質を作製するには、塞栓物質を構成する成分・原料の移送状態を正確に把握することが好ましい。本発明においては、塞栓物質を構成する成分・原料の移送流路および合流点においてX線照射を行うことが好ましい。
(ア)塞栓物質を構成する塩基成分として、アルギン酸塩溶液Aに予め造影剤が混合されたアルギン酸塩溶液Aaを用いることによって、当該成分の移送状態を把握することができる。
(イ)一方、移送される酸成分中にはバリウムが含まれることによって、当該成分の移送状態を把握することができる。
(ウ)また、合流点におけるゲル化した物質の形成状態および塞栓物質の形成状態を把握することによって、上記(ア)および(イ)の各成分の移送量・流量を調整し、作製される塞栓物質の性状および生成量を正確に制御することができる。
【0012】
また、本発明は、ゲル状のアルギン酸バリウム、またはアルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムのゲル状混合物を含む塞栓物質、に関する。
【0013】
前記塞栓物質の作製の検証過程において、アルギン酸バリウムを主成分とする塞栓物質としての優れた特性を有するためには、性状がゲル化された物質であり、所定の弾性を有することが好適であるとの知見を得た。それにより、対象となる部位の適正な塞栓機能を確保し、他部位の閉塞等を招来することなく、適切な塞栓物質とすることができる。
【0014】
前記塞栓物質は、周波数1Hzにおける、貯蔵弾性率が700~40000[Pa]、かつ損失弾性率が200~10000[Pa]であることが好ましい。
【0015】
ゲル化された物質が塞栓物質としての優れた特性を有するためには、所定の弾性を有することが好適であるとの知見を得た。具体的には、動的弾性率を示す指標として、周波数1Hzにおいて、貯蔵弾性率が700~40000[Pa]、かつ損失弾性率が200~10000[Pa]であることが好ましく、より好ましくは、貯蔵弾性率が7000~30000[Pa]、かつ損失弾性率が1400~5000[Pa]である。
【0016】
また、本発明は、前記塞栓物質の作製方法、或いは前記塞栓物質を作製するために用いられる塞栓物質作製用キットであって、
アルギン酸塩溶液Aを含む封止された容器Vaと、
バリウム化合物溶液Bを含む封止された容器Vb、またはバリウム化合物とカルシウム化合物を含む混合液Cを含む封止された容器Vcと、
移送流路と、
前記移送流路に接続され、前記溶液A、前記溶液Bおよび前記混合液Cからなる群より選択される少なくとも1種の液の移送流量を調整するための流量調整部材と、を含む塞栓物質作製用キット、に関する。
【0017】
上記のように、本発明の塞栓物質の作製方法の実施または塞栓物質を作製するためには、固有の専用キットを使用することが好ましい。具体的には、アルギン酸塩溶液Aを含む封止された容器Vaと、バリウム化合物溶液Bを含む封止された容器Vb、またはバリウム化合物とカルシウム化合物を含む混合液Cを含む封止された容器Vcと、移送流路と、移送流路からの両溶液の合流点、前記移送流路に接続され、前記溶液A、前記溶液Bおよび前記混合液Cからなる群より選択される少なくとも1種の液の移送流量を調整するための流量調整部材と、から構成される。ここで、合流点とは、塞栓物質が作製される生体内の特定部位に近接して両溶液が合流する点をいい、移送流路の特定の部位をいう場合には特定の部材を意味しないことがある。また、本発明において、移送流路は手術用カテーテルであってもよい。
【0018】
前記塞栓物質作製用キットは、アルギン酸塩溶液Aに対して溶解性を有する造影剤を含む封止された容器Vdと、
前記容器Vd内の造影剤と前記容器Va内のアルギン酸塩溶液Aを混合してアルギン酸塩溶液Aaを作製するための混合容器ユニットUaと、
カルシウム化合物溶液を含む封止された容器Veと、
前記容器Ve内のカルシウム化合物溶液と前記容器Vb内のバリウム化合物溶液Bを混合して前記混合液Cを作製するための混合容器ユニットUbと、を含むことが好ましい。
【0019】
上記のように、本発明の塞栓物質の作製方法の実施または塞栓物質を作製するためには、予め造影剤が混合された塩基溶液(アルギン酸塩溶液Aa)や、バリウム化合物とカルシウム化合物を含む混合液Cが用いられる。このとき、予め混合されて封止された溶液を用いる場合だけでなく、塞栓物質の作製時にその混合比を調整あるいは変更して使用される場合がある。本発明においては、容器が別体の場合には、これらを混合してアルギン酸塩溶液Aaや混合液Cを作製するための混合容器ユニットが用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係る塞栓物質の作製方法の基本構成例を示すフロー図
図2】本発明に係る実証実験に用いた動脈瘤モデルを例示する外観図
図3】血管モデルを用いた本発明に係る実証実験における注入液の広がりを例示する説明図
図4】ブタ腎動脈に対する本発明に係る実証実験における造影結果を例示する説明図
【発明を実施するための形態】
【0021】
<本発明に係る塞栓物質の作製方法の基本構成例>
図1は、塞栓物質の作製方法の基本構成例を示す。図1(A)~(C)に示すように、本構成例は、アルギン酸塩溶液A(以下、単に「溶液A」ともいう。)と、バリウム化合物溶液B(以下、単に「溶液B」ともいう。)またはバリウム化合物とカルシウム化合物を含む混合液C(以下、「溶液C」ともいう。)と、を用い、
(1)予め、溶液Aと、溶液Bまたは溶液Cとが供給される移送流路および合流点を設定し、
(2)溶液Bまたは溶液Cを、前記移送流路を経由して前記合流点に供給し、
(3)溶液Aを、前記移送流路を経由して前記合流点に供給し、
(4)前記合流点において、ゲル状のアルギン酸バリウム、またはアルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムのゲル状混合物を含む塞栓物質を作製する。
【0022】
〔基本構成例における塞栓物質の作製方法〕
(1)溶液Aと、溶液Bまたは溶液Cとが供給される移送流路および合流点の設定
図1(A)中の移送流路1は、溶液Aと、溶液Bまたは溶液Cとが異なる端部1a、1bから移送される場合として、各溶液が端部1a~合流点2~端部1bが順方向または逆方向に移送可能に構成され、対象物3に挿入された移送流路1の中央に塞栓部位3aに対応する合流点を設定した場合を例示する。ただし、これに限定されるものではなく、例えば、図1(B)に示すように、端部1a~合流点2および端部1b~合流部2の流路が一体の二重管構造の構成、あるいは図1(C)に示すように、端部1a~合流点2~端部1bの流路が一体となり、合流点2に流出部を有する構成、とすることも可能である。また、移送流路1として血管内に挿入されるカテーテルを用いた構成や、合流点2を腫瘍等の部位の大きさに応じて、端部1aからの溶液吐出部(図示せず)と端部1bからの溶液吐出部(図示せず)を移動させ、所定の大きさのゲル化された塞栓物質を作製することも可能である。
【0023】
(2)溶液Bまたは溶液Cの供給
本発明において、塞栓物質であるアルギン酸化合物を形成する塩基として、生物適用性および生物分解性に優れたバリウム化合物を主成分とする溶液(溶液B)が使用される。使用されるバリウム化合物として、具体的には、塩化バリウム、炭酸バリウム、炭酸水素バリウム等が挙げられる。溶液Bは、中性に近い溶液が好ましく、水や生理水あるいは体液を溶媒として所定濃度に希釈して用いられる。血液等体液に投入される場合には、生体適合性を満たすようにアルブミン等の所定の成分が添加されることがある。また、カルシウム化合物の優れた生体安全性・生体適用性を生かし、本発明においてはバリウム化合物とカルシウム化合物の混合液C(溶液C)を使用することもできる。カルシウム化合物としては、具体的には、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カルシウム等が挙げられる。溶液C中のカルシウム化合物の混合比は、塞栓部位や塞栓機能の有効期間によって調整される。例えば、体内のカルシウム成分が多い臓器内にある部位を対象物とする場合には、バリウム化合物(溶液B)またはバリウム化合物の配合比の高い溶液Cが使用される。
【0024】
(3)溶液Aの供給
本発明において、塞栓物質であるアルギン酸化合物を形成する酸として、生物適用性および生物分解性に優れたアルギン酸塩を主成分とする溶液(溶液A)が使用される。使用されるアルギン酸塩として、具体的には、アルギン酸ナトリウムやアルギン酸カリウム等が挙げられる。溶液Aは、中性に近い溶液が好ましく、水や生理水あるいは体液を溶媒として所定濃度に希釈して用いられる。血液等体液に投入される場合には、生体適合性を満たすようにアルブミン等の所定の成分が添加されることがある。
【0025】
(4)合流点における塞栓物質の作製
溶液Aと溶液Bまたは溶液Aと混合液Cの合流により、合流点2近傍の塞栓部位3aにはアルギン酸化合物として、アルギン酸バリウムまたはアルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムの混合物が形成される。これらは、各溶液が所定量(所定流量)移送されることによって所定の容量を有し、ゲル化された物質として生成され、塞栓物質Mを構成する。
【0026】
[アルギン酸バリウムを主成分とする塞栓物質]
アルギン酸バリウム、またはアルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムの混合物からなる塞栓物質Mは、その成分の優れた生物適用性および生体安全性を有するとともに、所定の弾性を有するゲル状体となることから、塞栓部位3aを適正に塞栓することができる優れた塞栓物質を構成する。
【0027】
ここで、塞栓物質Mの特性として、ゲル状物質の動的弾性率に関して、1Hzにおいて、貯蔵弾性率が700~40000[Pa]、損失弾性率が200~10000[Pa]であることが好ましい。つまり、血管等のように対象物3においては、生体運動により常に塞栓部位3a自体が動き、また血流等の変動が生じ、塞栓物質Mに対して不規則な負荷がかかっている。塞栓物質Mは、こうした負荷や圧力に抗して塞栓部位3a全体を適正に覆うとともに、その形状を安定的に保持するする特性が求められ、アルギン酸バリウムを主成分とする塞栓物質Mについては、後述する実証試験示すように、適正な弾性率を有するとの知見を得ることができた。具体的には、動的弾性率を示す指標として、弾性を表す「貯蔵弾性率」および粘性を表す「損失弾性率」により規定される弾性率が、1Hzにおいて、貯蔵弾性率700~40000[Pa]、損失弾性率200~10000[Pa]であることが好ましく、より好ましくは貯蔵弾性率7000~30000[Pa]、損失弾性率1400~5000[Pa]である。
【0028】
<本発明に係る塞栓物質の作製方法の第2構成例>
上記基本構成例の応用として、アルギン酸塩溶液Aとして、予めアルギン酸塩溶液Aに対して溶解性を有する造影剤が混合されたアルギン酸塩溶液Aa(以下、単に「溶液Aa」ともいう。)が用いられ、移送流路1および合流点2に対してX線照射が行われ、溶液Aaと溶液Bまたは溶液Aaと混合液Cの流量、拡散状態、混合状態、または塞栓物質Mの形成状態が測定され、塞栓物質Mの生成量が制御される構成によって、塞栓物質Mを構成する成分・原料の移送状態を正確に把握することができる。
【0029】
具体的には、以下の構成が基本構成例に加わる。
(ア)塞栓物質を構成する塩基成分として、溶液Aに予め造影剤が混合された溶液Aaを用いる。
移送流路1および合流点2に対してX線照射が行われることによって、当該成分の移送状態を把握することができる。X線用造影剤としては、アルギン酸塩との適合性(溶解性や非反応性等)のよいX線造影剤であれば特に限定されない。例えば、イオヘキソールやイオパミドール等の非イオン性ヨード系造影剤等を用いることができる。
(イ)一方、移送される塩基成分中にはバリウムが含まれるため、移送流路1および合流点2に対してX線照射が行われることによって、当該成分の移送状態を把握することができる。溶液Bだけでなく溶液Cを用いる場合も同様である。
(ウ)また、合流点2におけるゲル化した物質の生成状態および塞栓物質Mの形成状態が把握できることによって、上記(ア)および(イ)の各成分の移送量・流量を調整し、作製される塞栓物質Mの性状および生成量を正確に制御することができる。
後述する実施例において図示されるように、高濃度のアルギン酸バリウムの生成によって作製された塞栓物質Mの造影機能の増大により、移送流路1および合流点2よりも鮮明に塞栓物質Mの形成状態が把握できる。従って各溶液の流量(移送量)を調整することによって、生成させる塞栓物質Mの位置や大きさ等を制御・設定することができる。
【実施例
【0030】
上記塞栓物質の作製方法について、(実施例1)血管モデルでの実験、および(実施例2)ブタ腎動脈での実験、を行い、その技術的効果を検証した。ここで、使用する溶液は以下のように調製した。
(i)溶液Aa
アルギン酸ナトリウム水溶液は、グルロン酸高含有タイプ100~200mPa・s(1%、KIMICA社製)2.0wt%に調製したものを造影剤との混合比1:1~3:1に調製して使用した。造影剤として、ヨード系造影剤(一般名:イオヘキソール、商品名:オムニパーク、第一三共株式会社製)を用いた。
(ii)溶液C
濃度0.68mol/Lの塩化バリウム水溶液と、濃度0.68mol/Lの塩化カルシウム水溶液とを混合比1:2で混合調製して使用した。
【0031】
(実施例1)血管モデルでの実験
1・1 実験方法
図2に例示する動脈モデルを接続した血管モデルを用い、移送流路として4Frカテーテル(東レ製、血管造影用カテーテル)を使用して塞栓実験を行った。
(1-1)動脈瘤内に挿入したカテーテルより、透視下で確認しながら調製した溶液Cを、1mL注入した。
(1-2)その際、溶液C内にバリウムが含まれるため、X線透視にてその広がりを確認した。
(1-3)続いて、調製した溶液Aaを、透視下でカテーテルを通して動脈瘤内に、1mL注入した。
(1-4)溶液Aaは造影剤を含むため、X線透視にて広がりを確認しながら、標的血管外へ逸脱の恐れがある時点で注入を止めた。
【0032】
1・2 実験結果
(1-5)注入された溶液Cの広がりを図3(A)に示し、注入された溶液Aaの広がりを図3(B)に示す。
(1-6)瘤内に満たされた塩化バリウム・カルシウム溶液に接触するとアルギン酸はゲル化を起こし、瘤内は塞栓されたことを確認した。また、アルギン酸と親和性の高いバリウムを使用することで、より強度の高いゲルを作製することが可能であることを確認した。
【0033】
(実施例2)ブタ腎動脈での実験
2・1 実験方法
(2-1)ブタの右大腿動脈よりシース挿入後、4Frカテーテルを挿入し、両側腎動脈を選択し、造影を行った。
(2-2)動脈瘤内に挿入したカテーテルより、実施例1と同様に、透視下で確認しながら調製した溶液Cを4mL注入し、造影を行った。
(2-3)その後、実施例1と同様に、透視下で確認しながら調製した溶液Aaを1mL注入し、造影を行った。
(2-4)30分後、腎動脈の造影を行った。
【0034】
2・2 実験結果
(2-5)両側腎動脈の造影結果を図4(A)に、注入された溶液Cの広がりの造影結果を図4(B)に、注入された溶液Aaの広がりの造影結果を図4(C)に、30分後の腎動脈の造影結果を図4(D)に示す。
(2-6)両側腎動脈の造影結果を図4(C)に示すように、腎動脈下極枝に限局した溶液Aaの停滞が見られた。また、図4(D)に示すように、30分後の腎動脈造影で良好な塞栓効果を確認することができた。
(2-7)実施例1と同様に、溶液Cの広がりを確認しながら、溶液Aaを必要十分な量注入することができ、標的血管以外の動脈への逸脱を防ぐことが可能であった。
【0035】
(実施例3)塞栓物質の弾性率の測定
本発明の塞栓物質を構成するアルギン酸バリウム、アルギン酸カルシウム、アルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムの混合物、およびアルギン酸第一鉄の動的弾性率を測定し、その強度および塞栓物質としての適正を検証した。
3・1 実験方法
(3-1)測定対象として、溶液Aaと、濃度0.68mol/Lの塩化バリウム水溶液とから作製された塞栓物質Mb、溶液Aaと、濃度0.68mol/Lの塩化バリウム水溶液および濃度0.68mol/Lの塩化カルシウム水溶液の混合溶液とから作製された塞栓物質Mc1およびMc2(Mc1は塩化バリウム:塩化カルシウムの配合比2:1、Mc2は同配合比1:2)を準備した。
また、参考例として、溶液Aaと、濃度0.68mol/Lの塩化カルシウム水溶液とから作製されたアルギン酸カルシウムを主成分とする塞栓物質Mxを準備した。また、比較例として、溶液Aaと、濃度0.68mol/Lの塩化第一鉄水溶液とから作製されたアルギン酸第一鉄を主成分とする塞栓物質Myを準備した。
(3-2)動的弾性率として、上記各塞栓物質の貯蔵弾性率および損失弾性率を、弾性率測定器(型式:MCR302、AntonPaar社製)を用いて測定した。
【0036】
3・2 実験結果
(3-3)周波数1[Hz]における弾性率の測定結果を表1に示す。
(3-4)表1に示すように、アルギン酸バリウムが高い弾性率を有することを確認することができた。また、アルギン酸バリウムとアルギン酸カルシウムの混合物についても比較的高い弾性率を有することを確認することができた。アルギン酸第一鉄については、比較的低い弾性率を有し、十分な塞栓機能を得ることができなかった。具体的には、1Hzにおいて、貯蔵弾性率が700~40000[Pa]、損失弾性率が200~10000[Pa]であることが好ましく、貯蔵弾性率が7000~30000[Pa]、損失弾性率が1400~5000[Pa]であることがより好ましいとの実験結果を得ることができた。
【0037】
【表1】
【0038】
(効果の検証)
(i)アルギン酸ナトリウムと造影剤を混合した溶液(溶液Aa)を用いることで、X線透視下での広がりを確認することができる。
(ii)2価の陽イオンとしてバリウム(溶液Bまたは溶液C)を用いることで、X線透視下での広がりを確認することができる。
(iii)上記(i)、(ii)における各溶液を使用する際の、標的血管外への各溶液の逸脱および塞栓物質の逸脱などのリスクを減らすことが可能である。
(iv)バリウムイオンを使用することで、より硬いゲルを作成できる。
(v)適正な塞栓機能を有するためには、所定の弾性率を有する塞栓物質が好ましい。
【0039】
<本発明に係る塞栓物質作製用キット>
塞栓物質の作製方法の実施または塞栓物質を作製するためには、固有の専用キットを使用することが有用である。具体的には、
(ア)アルギン酸塩溶液(溶液Aまたは溶液Aa)を含む封止された容器、
(イ)溶液Bまたは溶液Cを含む封止された容器、
(ウ)各容器に含まれる溶液が移送される移送流路、
(エ)移送流路からの各溶液の合流点、
(オ)移送流路に設けられる流量調整部材
から構成される。
【0040】
ここで、合流点とは、塞栓物質が作製されるための両溶液が合流する点をいい、特定の部材を意味するものではない。移送流路の特定の部位において合流し流出させる場合には、移送流路の一部であって、実装時に生体内の特定部位に近接した移送流路の部位をいう場合がある。また、流量調整部材とは、溶液が移送される流路に設けられるバルブや三方活栓のように流量調整(停止を含む)可能な部材をいう。また、移送流路は、手術用カテーテルであってもよく、流量調整部材は、溶液供給装置が備える溶液調節機能を有する部材であってもよい。
【0041】
また、上記塞栓物質作製用キットを構成する(ア)および(イ)の容器には、予め複数の成分が調合された溶液が封止されたものがある。しかし、実装においては、複数の成分の配合を変えて使用することが要請される場合がある。例えば、塞栓部位の周辺への広がりを小さくし周辺への影響を極力低減したい場合には、塞栓物質の粘度を高くするために溶液C中のバリウム成分の配合が高くなるように変更する必要があり、実装において、特定成分が封止された容器を用いて、こうした混合操作を行うことが要求されることがある。塞栓物質作製用キットとして、こうした混合機能を有するユニットおよび特定成分が封止された容器を予め有する構成の有用性は高い。具体的には、
(カ)アルギン酸塩溶液Aに対して溶解性を有する造影剤を含む封止された容器Vdと、
(キ)前記容器Vd内の造影剤と前記容器Va内のアルギン酸塩溶液Aを混合してアルギン酸塩溶液Aaを作製するための混合容器ユニットUaと、
(ク)カルシウム化合物溶液を含む封止された容器Veと、
(ケ)前記容器Ve内のカルシウム化合物溶液と前記容器Vb内のバリウム化合物溶液Bを混合して前記混合液Cを作製するための混合容器ユニットUbと、を有する構成が挙げられる。
【符号の説明】
【0042】
1 移送流路
1a、1b 端部
2 合流点
3 対象物
3a 塞栓部位
M 塞栓物質
図1
図2
図3
図4