(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-05
(45)【発行日】2024-02-14
(54)【発明の名称】被膜及び被膜を有する複合材料
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20240206BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20240206BHJP
【FI】
C23C26/00 C
B32B9/00 A
(21)【出願番号】P 2020210927
(22)【出願日】2020-12-21
【審査請求日】2022-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三宅 慶治
(72)【発明者】
【氏名】石井 仁士
(72)【発明者】
【氏名】三輪 朋宏
(72)【発明者】
【氏名】西嶋 大貴
(72)【発明者】
【氏名】谷口 貴章
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 高義
(72)【発明者】
【氏名】坂井 伸行
(72)【発明者】
【氏名】ヌルディワィジャヤント レアンダス
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 亜衣
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-270022(JP,A)
【文献】特開2003-326637(JP,A)
【文献】特開2011-184273(JP,A)
【文献】国際公開第2003/072499(WO,A1)
【文献】特開2012-240884(JP,A)
【文献】Osada,Minoru et al.,Room-TemperatureFabrication for Functional Oxide Nanofilms Using Oxide Nanosheets,IMAPSourceProceedings2012 (CICMT),2012年,p.228-233,doi.org/10.4071/CICMT-2012-TP54 (open access),IMAPS/ACerS8th International CICMT Conference and Exhibition (2012)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00-30/00
B32B 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料と、金属材料に成膜されている被膜とを有する複合材料であって、被膜が
チタニアからなるナノシートを積層した多層構造を有する耐食性付与被膜であり、被膜の膜厚が20nm以上であり、チタニアからなるナノシート同士の層間距離が1.0nm以下である、複合材料。
【請求項2】
耐熱性を有する請求項
1に記載の複合材料であって、耐熱性が、400℃で8時間熱処理した後に、JIS K 8150に規定される塩水を噴霧し、乾燥させるサイクルを20回繰り返す塩水噴霧試験後においても
複合材料の腐食面積率が35%以下になる耐食性を有することを意味する、複合材料。
【請求項3】
金属材料に耐食性を付与する方法であって、
金属材料を、有機物を分散させた懸濁液に浸漬させて金属材料上に有機物層を形成させ、その後、洗浄、乾燥させ、さらに、チタニ
アのナノシートを含む懸濁液に浸漬させて有機物層上にチタニ
アのナノシートからなる層を形成させ、その後、洗浄、乾燥させる工程を繰り返し実施する工程、及び
有機物層を除去することによって、チタニ
アのナノシートを積層した多層構造を有する耐食性付与被膜を、膜厚が20nm以上になり、チタニ
アのナノシート同士の層間距離が1.0nm以下になるよう調整する工程
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被膜、特に無機酸化物からなる被膜及び当該被膜を有する複合材料に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼、家電、建材、自動車等の各分野において、各種の金属材料は、耐食性(防錆性)及び塗膜密着性を有することが求められる。各種の金属材料の耐食性を向上させて防錆効果を向上させた材料を得るためには、当該金属材料の表面に不動態(金属酸化物による酸化保護膜)を形成すべく、Crなどの金属添加物を多く添加することが知られている。しかしながら、金属添加物を添加した材料は、金属材料の組成を変更することに加え、コストもまた高くなる
【0003】
一方で、各種の金属材料の耐食性及び塗膜密着性を向上させるために、各種の金属材料にクロメート処理することが広く採用されている。しかしながら、クロメート処理は、6価クロムの毒性問題や排水処理設備が必要であり、公害対策に伴う環境関連的な問題を大きく抱えていることから、最近ではクロメート処理に代わるノンクロム処理が進んでいる。
【0004】
例えば、特許文献1には、一般式:[M2+
1-xM3+
x(OH)2][G・yH2O〕(式中、M2+はMg、Fe、Zn、Cu又はCoから選ばれた2価金属イオン、M3+はAl、Fe、Cr又はInから選ばれた3価金属イオン、0.2≦x≦0.33、Gは炭素数5までの飽和脂肪族モノカルボン酸のCa、Mg、Zn、Ni、Cu、Co、Mn、Al、Fe、Cr又はCe塩、yは0より大きい実数である。)で示される水中で剥離する層状複水酸化物を使用する防錆皮膜組成物が開示されている。
【0005】
特許文献2には、結晶性層状無機化合物を有機アミン又は有機アンモニウムでナノシート化した表面処理剤であって、前記有機アミン又は有機アンモニウムが、多官能性有機アミン又は多官能性有機アンモニウムであることを特徴とする表面処理剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2006-274385号公報
【文献】特開2011-184800号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来技術による被膜及び被膜の成膜方法では、所望される耐食性を得るために、被膜を、成膜対象となる各種の金属材料に対して、多くの被膜量で被覆しなければならず、それに伴い、膜厚も厚くなってしまい、金属材料の重量増加、さらにはコスト増加も懸念される。
【0008】
したがって、本発明は、耐食性が高い被膜及び当該被膜を有する複合材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、各種の金属材料に対して、サブnm~nmレベルの膜厚を有するシート状無機酸化物を積層した多層構造を有する被膜を一定以上の膜厚で被覆することにより、各種の金属材料の耐食性が向上されることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)無機酸化物のナノシートを積層した多層構造を有する被膜であって、膜厚が20nm以上であり、無機酸化物のナノシート同士の層間距離が1.0nm以下である、被膜。
(2)無機酸化物がCa2Nb3O10である、(1)に記載の被膜。
(3)無機酸化物がペロブスカイト型結晶構造を有する、(1)又は(2)に記載の被膜。
(4)無機酸化物がチタニアである、(1)に記載の被膜。
(5)金属材料と、金属材料に成膜されている被膜とを有する複合材料であって、被膜が(1)~(4)のいずれか1つに記載の被膜である、複合材料。
(6)耐熱性を有する、(5)に記載の複合材料。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、耐食性が高い被膜及び当該被膜を有する複合材料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】比較例及び実施例におけるSUSの脱脂及び酸洗のプロセスを示すスキームである。
【
図2】比較例及び実施例における脱脂及び酸洗したSUSに、LBL法により有機物層とチタニアナノシートとを交互に積層させるためのプロセスを示すスキームである。
【
図3】比較例及び実施例の製造に用いた分散溶液中のチタニアナノシートのAFM画像である。
【
図4】実施例1の複合材料の断面のTEM画像である。
【
図5】比較例1~3及び実施例1~3における被膜の膜厚と塩水噴霧試験後の浸食深さの関係を示すグラフである。
【
図6】塩水噴霧試験後の比較例1のSUS(A)及び実施例1の複合材料(B)の写真である。
【
図7】比較例4及び実施例4の複合材料について、UV照射時間(横軸)と、XRDの回折パターンにおける多層構造に由来するピーク位置(2θ)から算出した無機酸化物のナノシート同士の層間距離(面間隔)(左縦軸)及びXRDの回折パターンにおける多層構造に由来するピーク位置(2θ)(右縦軸)の関係を示すグラフである。
【
図8】比較例4及び実施例4の複合材料における塩水噴霧試験後の浸食深さを示すグラフである。
【
図9】実施例5の複合材料の断面のTEM画像である。
【
図10】熱処理及び塩水噴霧試験後の比較例1のSUS(A)、並びに実施例1の複合材料(B)、実施例5の複合材料(C)及び実施例6の複合材料(D)の写真である。
【
図11】熱処理及び塩水噴霧試験後の比較例1のSUS、並びに実施例1、5及び6の複合材料の腐食面積率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
本発明の被膜及び被膜を有する複合材料は、下記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者がおこない得る変更、改良などを施した種々の形態にて実施することができる。
【0014】
本発明は、無機酸化物のナノシートを積層した多層構造を有する被膜であって、膜厚が一定以上である被膜、及び金属材料と、金属材料に成膜されている当該被膜とを有する複合材料に関する。
【0015】
無機酸化物としては、限定されないが、例えばチタニア(酸化チタン)(組成式:Ti1-dO2(0≦d≦0.50)、例えばTi0.87O2、Ti0.91O2、Ti1.00O2)、酸化ルテニウム(組成式:RuOd(1.8≦d≦2.2)、例えばRuO2.1)、ニオブ酸カルシウム(本明細書等では、「CNO」とも称される)(組成式:Ca2Nb3Oz(9≦z≦10)、例えばCa2Nb3O10)、スピネル(組成式:MgAl2O4)などが挙げられる。
【0016】
無機酸化物は、無定形(アモルファス)であっても、結晶質であっても、それらの混合物であってもよい。例えば、無機酸化物がチタニアである場合、チタニアは、無定形のチタニア、レピドクロサイト構造を有するチタニア、アナターゼ型結晶構造を有するチタニア、ルチル型結晶構造を有するチタニア、又はそれらの3つ以上の混合物であってもよい。例えば、無機酸化物がCNOである場合、CNOは、無定形のCNO、ペロブスカイト型結晶構造を有するCNO、又はそれらの混合物であってもよい。
【0017】
無機酸化物は、金属材料上に被膜を形成した後において、複合材料に耐熱性を付与することができる無機酸化物が好ましい。ここで、耐熱性とは、複合材料が、高温、通常300℃~500℃、例えば400℃で、6時間~10時間、例えば8時間の熱処理を実施した後においても、優れた耐食性を有することを意味する。このような無機酸化物としては、限定されないが、CNO、SNO(Sr2Nb3O10)が挙げられる。複合材料に耐熱性を付与する被膜を形成することができる無機酸化物としては、CNO、特に、ペロブスカイト型結晶構造を有するCNOが好ましい。無機酸化物がCNO、特に、ペロブスカイト型結晶構造を有するCNOであることで、本発明の被膜を有する複合材料は、耐熱性、すなわち、高温熱処理後であっても優れた耐食性を確保し、腐食による腐食面積を減少させることができる。
【0018】
無機酸化物のナノシートとは、無機酸化物から構成される超薄膜形状のシートを意味し、その膜厚の平均値は、通常0.1nm~5nm、好ましくは0.5nm~3.5nmの範囲であり、その平面(縦及び横)の大きさの円相当径の平均値は、通常0.1μm~50μm、好ましくは0.5μm~10μmの範囲であり、高い2次元異方性を有する。なお、無機酸化物のナノシートの膜厚及び平面の大きさは、例えば原子間力顕微鏡(AFM)の写真画像から、対象となる無機酸化物のナノシートの5箇所における平均値として測定することができる。
【0019】
本発明の被膜は、無機酸化物のナノシートを積層した多層構造を有する。無機酸化物のナノシートの積層数は、被膜の膜厚が下記で説明する膜厚の範囲になるのであれば限定されないが、下限値は通常3層、好ましくは5層であり、上限値は通常100層、好ましくは50層である。
【0020】
本発明の被膜が前記範囲の無機酸化物のナノシートの多層構造を有することで、膜厚の薄い被膜を形成できると共に、本発明の被膜を有する複合材料の優れた耐食性を確保することができる。
【0021】
本発明の被膜は、膜厚が、20nm以上である。なお、被膜の膜厚は、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)の写真画像から、対象となる被膜の3箇所における平均値として測定することができる。
【0022】
本発明の被膜の膜厚が前記範囲になることで、本発明の被膜を有する複合材料の浸食(腐食)深さを制御する(すなわち、浸食深さを浅くする)ことができ、優れた耐食性を確保することができる。
【0023】
なお、本発明の被膜の膜厚の上限値は、限定されないが、被膜の膜厚が高すぎると、複合材料の重量やコストが上がり、さらに被膜が剥離しやすくなる観点から、通常100nm、好ましくは50nmである。
【0024】
本発明の被膜は、無機酸化物のナノシートと無機酸化物のナノシートとの間に、有機物からなる層(有機物層)を有していてもよい。この場合、本発明の被膜は、無機酸化物のナノシートと有機物層とが交互に積層された多層構造を有する。
【0025】
本発明の被膜は、無機酸化物のナノシートと無機酸化物のナノシートとの間に、有機物層がないことが好ましい。
【0026】
本発明の被膜が有機物層を有さないことで、無機酸化物のナノシート同士の積層がより密になり、本発明の被膜を有する複合材料の浸食深さをより制御し、より優れた耐食性を確保することができる。
【0027】
無機酸化物のナノシート同士の層間距離、すなわち無機酸化物のナノシートと無機酸化物のナノシートとの層間距離は、1.0nm以下である。なお、無機酸化物のナノシート同士の層間距離は、例えばTEMや、X線回折分析(XRD)の回折パターンにおける多層構造に由来するピーク位置(2θ)からの面間隔として算出することができる。
【0028】
無機酸化物のナノシート同士の層間距離が前記範囲であることによって、無機酸化物のナノシート同士の積層がより密になり、本発明の被膜を有する複合材料の浸食深さをより制御し、より優れた耐食性を確保することができる。
【0029】
本発明の被膜を成膜するための金属材料は、水溶液中で安定な固体物質であれば基本的に問題なく、大きさも原理的に制限はない。金属材料としては、限定されないが、鉄、アルミニウムなどの金属、ステンレス[SUS(鉄、クロム、ニッケル)]などの合金などが挙げられる。
【0030】
本発明の被膜及び複合材料は、例えば、脱脂及び酸洗により加工油及びスケールを除去した金属材料を、有機物を分散させた懸濁液に浸漬させて有機物層を形成させ、その後、洗浄、乾燥させ、さらに、無機酸化物のナノシートを分散させた懸濁液に浸漬させて有機物層上に無機酸化物のナノシートからなる層を形成させ、その後、洗浄、乾燥させる工程を繰り返し実施する方法(LBL(レイヤーバイレイヤー)法)により製造することができる。
【0031】
本発明の被膜及び複合材料における有機物層や無機酸化物のナノシートからなる層の膜厚は、懸濁液の濃度や浸漬時間、浸漬温度等により調整することでき、本発明の被膜の総膜厚は、LBL法の繰り返し回数を調整することにより調整することができる。
【0032】
例えば、本発明の被膜及び複合材料において、無機酸化物がチタニアナノシートである場合、本発明の被膜及び複合材料は以下のようにして製造することができる。
【0033】
まず、金属材料をチタニアナノシートが懸濁したゾルとカチオン性ポリマー溶液とに交互に浸漬する操作を反復することにより、金属材料上にナノシートとポリマーをそれぞれサブnm~nmレベルの膜厚で吸着させ、該成分が交互に繰り返す多層膜を累積する。
【0034】
実際の操作としては、金属材料を(1)チタニアゾル溶液に浸漬→(2)純水で洗浄→(3)有機ポリカチオン溶液に浸漬→(4)純水で洗浄するという一連の操作を1サイクルとしてこれを必要回数分反復する。有機ポリカチオンとしては、ポリジメチルジアリルアンモニウム塩化物(PDDA)、ポリエチレンイミン(PEI)、塩酸ポリアリルアミン(PAH)などが適当である。
【0035】
チタニアナノシートは負電荷を持つため、正電荷を持つポリマー(ポリジメチルジアリルアンモニウム塩化物(PDDA)、ポリエチレンイミン(PEI)、塩酸ポリアリルアミン(PAH)など)と組み合わせることにより、適当に処理した金属材料表面上に自己組織化的に交互にそれぞれモノレイヤーとして吸着させることが可能となる。この操作を反復することによりLBL法でチタニア被膜を構築することができる。
【0036】
金属材料上に交互に積層する原料となるチタニアナノシートは、レピドクロサイト型チタン酸塩(CsxTi2-x/4O4(ここで、0.5≦x≦1)、AxTi2-x/3Lix/3O4(ただし、A=K、Rb、Cs;0.5≦x≦1))をはじめとして、三チタン酸塩(Na2Ti3O7)、四チタン酸塩(K2Ti4O9)、五チタン酸塩(Cs2Ti5O11)などの層状チタン酸化物を、水素型(HxTi2-x/4O4・nH2O、H4x/3Ti2-x/3O4・nH2O、H2Ti3O7・nH2O、H2Ti4O9・nH2O、H2Ti5O11・nH2O)に変換後、適当なアミンなどの水溶液中で振盪して単層剥離することにより得られる。
【0037】
この水素型に変換する化学処理は、酸処理とコロイド化処理を組み合わせた処理である。すなわち、層状構造を有するチタン酸化物粉末に塩酸などの酸水溶液を接触させ、生成物をろ過、洗浄後、乾燥させると処理前に層間に存在したアルカリ金属イオンがすべて水素イオンに置き換わり、水素型物質が得られる。
【0038】
次に得られた水素型物質をアミン等の水溶液に入れ撹拌すると、コロイド化してゾル溶液となる。このとき、層状構造を構成していた層が1枚1枚にまで剥離することとなる。このゾル溶液中には母結晶を構成していた層、すなわちナノシートが一枚ずつ水中に分散している。ナノシートの膜厚は、その出発母結晶の結晶構造に依存するが、1nm前後と極めて薄い。一方、縦及び横のサイズはμmオーダーであり、非常に高い2次元異方性を有する。
【0039】
積層操作の前に、金属材料表面を清浄にする。通常洗剤による洗浄、有機溶剤による脱脂、濃硫酸などによる洗浄を行う。これに引き続き、金属材料を有機ポリカチオン溶液に浸漬して、ポリカチオンを吸着させることにより、正電荷を金属材料表面に導入する。これは、以後の積層を安定に進めるために必要である。
【0040】
前記吸着サイクルのプロセスパラメーターのうち、溶液の濃度、pH、浸漬時間が、良質の被膜を合成するうえで重要となる。チタニアゾルの濃度は10重量%以下、特に0.5重量%以下であることが好ましい。また、酸性側でナノシートは凝集する傾向があるのでpHは5以上であることが必要であり、安定した成膜にはpHは7以上が好ましい。有機ポリカチオンの濃度は10重量%以下、pHはチタニアゾルと同一に調整することが好ましい。浸漬時間は10分以上の必要がある。これより短いと基板表面が充分にナノシートまたはポリマーで吸着・被覆されないおそれがある。以上の条件が満足されると、非常に安定に製膜を行うことができる。
【0041】
なお、無機酸化物がチタニアナノシート以外の無機酸化物の場合でも、上述の製造方法において、チタニアナノシートを該当する無機酸化物のナノシートに変更することにより、本発明の被膜及び複合材料を製造することができる。
【0042】
例えば、無機酸化物がCNOの場合、金属材料上に交互に積層する原料となるCNOナノシートは、層状ペロブスカイト型酸化物(KCa2Nb3O10)を、水素型(HCa2Nb3O10・nH2O)に変換後、適当なアミンなどの水溶液中で振盪して単層剥離することにより得られる。
【0043】
この水素型に変換する化学処理は、酸処理とコロイド化処理を組み合わせた処理である。すなわち、層状構造を有するペロブスカイト型酸化物粉末に塩酸などの酸水溶液を接触させ、生成物をろ過、洗浄後、乾燥させると処理前に層間に存在したアルカリ金属イオンがすべて水素イオンに置き換わり、水素型物質が得られる。
【0044】
次に得られた水素型物質をアミン等の水溶液に入れ撹拌すると、コロイド化してゾル溶液となる。このとき、層状構造を構成していた層が1枚1枚にまで剥離することとなる。このゾル溶液中には母結晶を構成していた層、すなわちナノシートが一枚ずつ水中に分散している。ナノシートの膜厚は、その出発母結晶の結晶構造に依存するが、1nm前後と極めて薄い。一方、縦及び横のサイズはμmオーダーであり、非常に高い2次元異方性を有する。
【0045】
このようにして製造した本発明の無機酸化物のナノシートを積層した多層構造を有する被膜及び当該被膜を有する複合材料では、無機酸化物のナノシートとポリマー、すなわち有機物がサブnmの膜厚で繰り返しており、有機物が介在層となっている。
【0046】
本発明の被膜及び複合材料において、無機酸化物のナノシート同士の層間距離は、例えば有機物層に含まれる有機物の一部又は全部を除去することで調整することができ、有機物層に含まれる有機物の一部又は全部を除去するためには、例えば(i)紫外線(UV)を一定時間照射すること(UV処理)により発生するオゾンによる処理、あるいは(ii)有機物が焼失する温度での熱処理をすることができる。
【0047】
紫外光源としては、UVランプ、各種高圧水銀ランプ、キセノンランプなどを用いることができる。
【0048】
有機物であるポリマーの除去速度は、被膜の組成・構造、紫外線強度、熱処理温度などのパラメータに依存する。
【0049】
したがって、(i)における紫外線の照射条件や(ii)における熱処理条件は、例えば無機酸化物のナノシート同士の層間距離をXRDにより確認しながら設定することができる。
【0050】
例えば、(i)において、紫外線は、波長300nm以下の光として、紫外線強度1mWcm-2で、約24時間照射する。なお、(i)では、有機物の分解にオゾンを必要とする。ただし、無機酸化物がチタニアの場合にはオゾンを供給する必要はなく、これは、チタニアに紫外線を照射するとチタニアが有する光触媒作用により有機物を分解するためである。
【0051】
例えば、(ii)において、熱処理は、通常300℃~600℃で、通常30分~2時間実施する。
【0052】
本発明の被膜は、例えば、特開2001-270022号公報、特開2002-265223号公報、これらの文献で引用している文献などを参照して製造することができる。
【0053】
また、このようにして製造した本発明の被膜及び複合材料では、無機酸化物のナノシートを形成させた後に、当該無機酸化物が所望の結晶構造を有するように、様々な処理をすることができる。
【0054】
例えば、本発明の被膜及び複合材料において、無機酸化物のナノシートがチタニアである場合、無機酸化物のナノシートの多層構造を形成させた後に、不活性雰囲気下において、通常600℃以上の温度で熱処理することにより、無定形のチタニアをアナターゼ型結晶構造を有するチタニアに変換することができ、さらに900℃以上の温度で熱処理することにより、アナターゼ型結晶構造を有するチタニアをルチル型結晶構造を有するチタニアへと変換することができる。
【0055】
例えば、本発明の被膜及び複合材料において、無機酸化物のナノシートがCNOである場合、無機酸化物のナノシートの多層構造を形成させた後に、水素雰囲気下で、高温、例えば400℃~600℃、例えば500℃において処理(すなわち、高温H2還元処理)することにより、金属基材の酸化を抑制しつつ、ペロブスカイト型結晶構造を有するCNOをより緻密に結合させることができる。
【0056】
本発明の被膜は、金属材料成膜用の被膜であり、金属材料に一定の膜厚で緻密に成膜されるため金属材料の耐食性を向上させることができる。したがって、本発明の複合材料は、耐食性を有し、本発明の複合材料を使用して製造した部品は、長期使用による機能消失及び見栄えの悪化を抑制することができる。
【実施例】
【0057】
以下、本発明に関するいくつかの実施例につき説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0058】
I.被膜を有する複合材料の耐食性について
I-1.試料調製
<比較例1>
図1のプロセスに基づいて、脱脂及び酸洗したSUSを得た。以下に詳細を記載する。
具体的には、水洗したSUS(SUS409)を、水と油脂洗浄剤(アルカリ性浸漬剤)とを油脂洗浄剤の濃度が50g/L(通常30g/L~70g/Lに調整)になるように混合して作製した洗浄用水溶液に、60℃(通常40℃~90℃に調整)で、5分間(通常1分間~10分間に調整)浸漬し、さらに水洗を3回繰り返すことで、脱脂(加工油除去)を行った。
【0059】
続いて、脱脂したSUSを、酸洗浄剤(酸性除錆剤)を酸洗浄剤の濃度が500mL/L(通常200mL/L以上に調整、水と混合せずに原液のままでも使用可能)になるように混合して作製した洗浄用水溶液に、55℃(通常室温~80℃に調整)で、10分間(通常2分間~20分間に調整)浸漬し、さらに水洗を3回繰り返すことで、酸洗(スケール除去)を行った。
【0060】
<比較例2>
図1及び2に記載の表面処理(成膜)プロセスに基づいて、金属材料としてのSUSに無機酸化物としてのチタニアのナノシートを積層した多層構造を有する被膜を1nmになるように成膜させた複合材料を製造した。なお、被膜の膜厚は、TEM画像により測定した。以下に詳細を記載する。
【0061】
まず、
図1に基づいて、SUSを洗浄した。
具体的には、水洗したSUSを、水と油脂洗浄剤(アルカリ性浸漬剤)とを油脂洗浄剤の濃度が50g/Lになるように混合して作製した洗浄用水溶液に、60℃で、5分間浸漬し、さらに水洗を3回繰り返すことで、脱脂を行った。
【0062】
続いて、脱脂したSUSを、酸洗浄剤(酸性除錆剤)を酸洗浄剤の濃度が500mL/Lになるように混合して作製した洗浄用水溶液に、55℃で、10分間浸漬し、さらに水洗を3回繰り返すことで、酸洗(スケール除去)を行った。
【0063】
次に、
図2に基づいて、脱脂及び酸洗したSUSに、LBL法により有機物層とチタニアナノシートとを交互に積層させた。
【0064】
具体的には、脱脂及び酸洗したSUSを、PDDA溶液(100g/L、pH=9)に15分間浸漬させ、その後、PDDA溶液から取り出したSUSを、純水により洗浄し、室温でN2又はエアーの高圧ガスを吹き付けさせることで、表面にPDDAを積層させたSUS(PDDA/SUS)を得た。
【0065】
続いて、PDDA/SUSを、チタニアナノシートの分散溶液(Ti
0.87O
2、0.3g/L、pH=9)に20分間浸漬させ、その後、チタニアナノシートの分散溶液から取り出し、純水により3回洗浄し、N
2又はエアーで表面に付着した水を除去させることで、表面にPDDA及びチタニアを積層させたSUS(チタニアナノシート/PDDA/SUS)を得た。
図3に、分散溶液中のチタニアナノシートのAFM画像を示す。
【0066】
最後に、得られたチタニアナノシート/PDDA/SUSに、紫外線(UV、254nm、1~1.2mW/cm2)を48時間以上照射することで、UV処理を行い、比較例2の複合材料を得た。
【0067】
<比較例3>
比較例2において、
図2に記載の成膜プロセスにおけるUV処理前のプロセス、すなわち、脱脂及び酸洗したSUSを、PDDA溶液に浸漬後、洗浄・乾燥させ、その後さらにチタニアナノシートの分散溶液に浸漬後、洗浄・乾燥させるプロセスを、3回繰り返したことを除いて、比較例2と同様にして、SUSにチタニアのナノシートを積層した多層構造を有する被膜を10nmになるように成膜させた複合材料を製造した。
【0068】
<実施例1>
比較例2において、
図2に記載の成膜プロセスにおけるUV処理前のプロセス、すなわち、脱脂及び酸洗したSUSを、PDDA溶液に浸漬後、洗浄・乾燥させ、その後さらにチタニアナノシートの分散溶液に浸漬後、洗浄・乾燥させるプロセスを、5回繰り返したことを除いて、比較例2と同様にして、SUSにチタニアのナノシートを積層した多層構造を有する被膜を20nmになるように成膜させた複合材料を製造した。
図4に、実施例1の複合材料の断面のTEM画像を示す。
【0069】
<実施例2>
比較例2において、
図2に記載の成膜プロセスにおけるUV処理前のプロセス、すなわち、脱脂及び酸洗したSUSを、PDDA溶液に浸漬後、洗浄・乾燥させ、その後さらにチタニアナノシートの分散溶液に浸漬後、洗浄・乾燥させるプロセスを、10回繰り返したことを除いて、比較例2と同様にして、SUSにチタニアのナノシートを積層した多層構造を有する被膜を30nmになるように成膜させた複合材料を製造した。
【0070】
<実施例3>
比較例2において、
図2に記載の成膜プロセスにおけるUV処理前のプロセス、すなわち、脱脂及び酸洗したSUSを、PDDA溶液に浸漬後、洗浄・乾燥させ、その後さらにチタニアナノシートの分散溶液に浸漬後、洗浄・乾燥させるプロセスを、20回繰り返したことを除いて、比較例2と同様にして、SUSにチタニアのナノシートを積層した多層構造を有する被膜を40nmになるように成膜させた複合材料を製造した。
【0071】
I-2.評価
<塩水噴霧試験>
比較例1のSUS、並びに比較例2~3及び実施例1~3の複合材料に対して、塩水噴霧試験を実施した。
塩水噴霧試験は、JIS K 8150に規定される塩水を噴霧し、乾燥させるサイクルを20回繰り返した。
【0072】
図5に比較例1~3及び実施例1~3における被膜の膜厚と塩水噴霧試験後の浸食深さの関係を示す。
図5より、被膜の膜厚が厚くなるにしたがって、浸食深さが浅くなり、特に被膜の膜厚が20nm以上になることにより、浸食深さが約0.05mmまで浅くなることがわかった。
【0073】
図6に、塩水噴霧試験後の比較例1のSUS(A)及び実施例1の複合材料(B)の写真を示す。
図6より、実施例1の複合材料(B)は、比較例1のSUS(A)と比較して、良好な耐食性を有することがわかった。
【0074】
II.被膜における無機酸化物のナノシート同士の層間距離が与える効果について
II-1.試料調製
<比較例4>
実施例1において、
図2に記載の成膜プロセスにおけるUV処理を実施しなかったことを除いて、実施例1と同様にして、SUSにPDDAとチタニアのナノシートとを交互に積層させた複合材料を得た。
【0075】
<実施例4>
実施例1と同様にして、SUSにチタニアのナノシートを積層した多層構造を有する被膜を成膜させた複合材料を製造した。
【0076】
II-2.評価
<XRD>
比較例4及び実施例4の複合材料に対してXRDを実施した。なお、実施例4の複合材料については、その製造過程である
図2に記載の成膜プロセスにおけるUV処理において、UVを12時間照射した後、24時間照射した後にも、それぞれXRDを実施した。
【0077】
図7に、比較例4(UV照射時間:0時間)及び実施例4(UV照射時間:12時間、24時間、及び48時間)の複合材料について、UV照射時間(横軸)と、XRDの回折パターンにおける多層構造に由来するピーク位置(2θ)から算出した無機酸化物のナノシート同士の層間距離(面間隔)(左縦軸)及びXRDの回折パターンにおける多層構造に由来するピーク位置(2θ)(右縦軸)の関係を示す。
図7より、UV照射時間を12時間以上にすると、XRDの回折パターンにおける多層構造に由来するピーク位置の2θが高角度側に移動し、無機酸化物のナノシート同士の層間距離(面間隔)が1.0nm以下になることがわかった。
【0078】
<塩水噴霧試験>
比較例4及び実施例4の複合材料に対して、塩水噴霧試験を実施した。
塩水噴霧試験は、JIS K 8150に規定される塩水を噴霧し、乾燥させるサイクルを20回繰り返した。
【0079】
図8に比較例4及び実施例4の複合材料における塩水噴霧試験後の浸食深さを示す。
図8より、実施例4の複合材料の浸食深さは、比較例4の複合材料の浸食深さよりも浅くなり、したがって、複合材料において、無機酸化物のナノシート同士の層間距離を1.0nm以下にすることで、浸食深さをより浅くすることができることがわかった。これは、無機酸化物のナノシート同士の層間距離が1.0nm以下になると、無機酸化物のナノシート同士の積層がより密になり、被膜の耐食性がより向上するためと考えられる。
【0080】
III.被膜を有する複合材料の高温熱処理後の耐食性について
III-1.試料調製
<実施例5>
実施例1において、チタニアナノシートの分散溶液(0.3g/L、pH=9)をCa
2Nb
3O
10ナノシートの分散溶液(0.3g/L、pH=9)に変更したことを除いて、実施例1と同様にして、SUSにペロブスカイト型結晶構造を有するCa
2Nb
3O
10のナノシートを積層した多層構造を有する被膜を20nmになるように成膜させた複合材料を製造した。
図9に、実施例5の複合材料の断面のTEM画像を示す。
【0081】
なお、金属材料上に交互に積層する原料となるCa2Nb3O10ナノシートは、層状ペロブスカイト型酸化物(KCa2Nb3O10)を、水素型(HCa2Nb3O10・nH2O)に変換後、適当なアミンなどの水溶液中で振盪して単層剥離することにより得た。
【0082】
この水素型に変換する化学処理は、酸処理とコロイド化処理を組み合わせた処理である。すなわち、層状構造を有するペロブスカイト型酸化物粉末に塩酸などの酸水溶液を接触させ、生成物をろ過、洗浄後、乾燥させると処理前に層間に存在したアルカリ金属イオンがすべて水素イオンに置き換わり、水素型物質が得られた。
【0083】
次に得られた水素型物質をアミン等の水溶液に入れ撹拌すると、コロイド化してゾル溶液となった。このとき、層状構造を構成していた層が1枚1枚にまで剥離した。このゾル溶液中には母結晶を構成していた層、すなわちナノシートが一枚ずつ水中に分散していた。ナノシートの膜厚は、その出発母結晶の結晶構造に依存するが、1nm前後と極めて薄かった。一方、縦及び横のサイズはμmオーダーであり、非常に高い2次元異方性を有していた。
【0084】
<実施例6>
実施例5において、実施例5の複合材料を、さらに高温H2還元処理(5%H2/Ar雰囲気下で、500℃、6時間の処理)したことを除いて、実施例5と同様にして、SUSにペロブスカイト型結晶構造を有するCa2Nb3O10のナノシートを積層した多層構造を有する被膜を20nmになるように成膜させた複合材料を製造した。なお、Ca2Nb3O10のナノシートの結晶構造は、XRDにより確認した。
【0085】
III-2.評価
<高温熱処理後の塩水噴霧試験>
比較例1のSUS、並びに実施例1、5及び6の複合材料に対して、400℃で8時間熱処理した後に、塩水噴霧試験を実施した。
塩水噴霧試験は、JIS K 8150に規定される塩水を噴霧し、乾燥させるサイクルを20回繰り返した。
【0086】
図10に熱処理及び塩水噴霧試験後の比較例1のSUS(A)、並びに実施例1の複合材料(B)、実施例5の複合材料(C)及び実施例6の複合材料(D)の写真を示し、
図11に、熱処理及び塩水噴霧試験後の比較例1のSUS(A)、並びに実施例1の複合材料(B)、実施例5の複合材料(C)及び実施例6の複合材料(D)の腐食面積率を示す。
図10より、実施例5及び6の複合材料は、比較例1及び実施例1の複合材料と比較して、高温熱処理後であっても良好な耐食性を有することがわかった。さらに、
図11より、実施例6の複合材料は、実施例5の複合材料と比較して、高温熱処理後にさらに良好な耐食性を有することがわかった。これは、高温H
2還元処理を実施したことによって、ペロブスカイト型結晶構造を有するCNOをより緻密に結合させることができたためと考えられる。