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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-05
(45)【発行日】2024-02-14
(54)【発明の名称】糸および布
(51)【国際特許分類】
   D02G 3/02 20060101AFI20240206BHJP
   D06M 11/46 20060101ALI20240206BHJP
   D06M 15/507 20060101ALI20240206BHJP
   D06M 15/564 20060101ALI20240206BHJP
   D06M 101/32 20060101ALN20240206BHJP
【FI】
D02G3/02
D06M11/46
D06M15/507
D06M15/564
D06M101:32
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2021570089
(86)(22)【出願日】2021-01-07
(86)【国際出願番号】 JP2021000385
(87)【国際公開番号】W WO2021141089
(87)【国際公開日】2021-07-15
【審査請求日】2022-07-04
(31)【優先権主張番号】P 2020001614
(32)【優先日】2020-01-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】501270287
【氏名又は名称】帝人フロンティア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100132263
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 晴彦
(74)【代理人】
【識別番号】100187584
【弁理士】
【氏名又は名称】村石 桂一
(72)【発明者】
【氏名】森 健一
(72)【発明者】
【氏名】玉倉 大次
(72)【発明者】
【氏名】辻 雅之
(72)【発明者】
【氏名】宅見 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】藤堂 良
(72)【発明者】
【氏名】林 宏和
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/221332(WO,A1)
【文献】特開2009-013553(JP,A)
【文献】特開2001-040529(JP,A)
【文献】特開2006-225821(JP,A)
【文献】国際公開第2018/211817(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/111108(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/069660(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00 - 9/04
D02G 1/00 - 3/48
D02J 1/00 - 13/00
D06M 10/00 - 16/00
D06M 19/00 - 23/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の電位発生フィラメントを有して成る糸であって、一方の電位発生フィラメントと他方の電位発生フィラメントとの間に、かつ、電位発生フィラメントの周方向に、前記糸の比誘電率を1.1より大きく4.5以下に調整する誘電体が設けられていることを特徴とする糸。
【請求項2】
前記比誘電率が.0以上であることを特徴とする、請求項1に記載の糸。
【請求項3】
前記糸のインピーダンスが4.0×10Ωm以上であることを特徴とする、請求項1または2に記載の糸。
【請求項4】
前記インピーダンスが1.8×10Ωm以下であることを特徴とする、請求項3に記載の糸。
【請求項5】
前記糸の抵抗率が1.4×10Ωm以上であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の糸。
【請求項6】
前記抵抗率が2.3×1015Ωm以下であることを特徴とする、請求項5に記載の糸。
【請求項7】
前記電位発生フィラメントが圧電材料を含んで成ることを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の糸。
【請求項8】
前記圧電材料がポリ-L-乳酸(PLLA)を含んで成ることを特徴とする、請求項7に記載の糸。
【請求項9】
前記ポリ-L-乳酸(PLLA)の結晶化度が35%以上である、請求項8に記載の糸。
【請求項10】
前記誘電体が油剤を含んで成ることを特徴とする、請求項1~9のいずれか1項に記載の糸。
【請求項11】
前記誘電体が帯電防止剤を含んで成ることを特徴とする、請求項1~10のいずれか1項に記載の糸。
【請求項12】
前記誘電体がポリマーを含んで成ることを特徴とする、請求項1~11のいずれか1項に記載の糸。
【請求項13】
前記ポリマーがエステル系ポリマーおよびウレタン系ポリマーからなる群から選択される少なくとも一種を含んで成ることを特徴とする、請求項12記載の糸。
【請求項14】
前記誘電体が金属酸化物を含んで成ることを特徴とする、請求項1~9のいずれか1項に記載の糸。
【請求項15】
前記金属酸化物が酸化チタンであることを特徴とする、請求項14に記載の糸。
【請求項16】
前記糸が表面処理剤を含まないことを特徴とする、請求項1~15のいずれか1項に記載の糸。
【請求項17】
前記糸が抗菌糸であることを特徴とする、請求項1~16のいずれか1項に記載の糸。
【請求項18】
請求項1~17のいずれか1項に記載の糸を含んで成ることを特徴とする布。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸、より具体的には表面電荷により電場を形成すること、より具体的には電位を発生させることができる糸に関する。また、本発明は、布、より具体的には上記の糸を含んで成る布にも関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、抗菌性を有する繊維材料として、多数の提案がなされている(例えば、特許文献1~8)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第3281640号公報
【文献】特開平7-310284号公報
【文献】特許第3165992号公報
【文献】特許第1805853号公報
【文献】特開平8-226078号公報
【文献】特開平9-194304号公報
【文献】特開2004-300650号公報
【文献】特許第6428979号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明者らは、従前の抗菌性を有する繊維材料には克服すべき課題があることに気づき、そのための改良を行う必要性があることを見出した。具体的には、以下の課題があることを本願発明者らは見出した。
【0005】
従前の抗菌性を有する繊維材料として、特に、外部からのエネルギー、例えば張力などの外力により電荷を発生する複数の電荷発生繊維を備える抗菌糸が知られている(例えば、特許文献8)。このような抗菌糸は、複数の電荷発生繊維間の空間の状態が一様でないことを特徴とし、それにより電気的特性に偏りが生じて局所的に強い電場を形成することで抗菌性を発揮する。
【0006】
しかし、本願発明者らの研究により、電荷発生繊維間の空間の状態、特に電荷発生繊維間に存在する誘電体の誘電率などの物性によっては、形成され得る電場の電場強度が小さくなり、抗菌性が得られない場合があることがわかった。また、簡便に抗菌性を確認することのできる物性値も不明であった。
【0007】
そこで、本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、本発明の主たる目的は、抗菌性がより確実に得られる物性値を見出し、抗菌糸として使用することができる糸を提供することにある。また、上記の糸を含んで成る布を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、電荷発生繊維(換言すると、以下にて詳述するように、電荷を発生させることで電位を発生させることおよび電場を形成することができる繊維またはフィラメント(以下、「電位発生フィラメント」または「電場形成フィラメント」と称する))を有して成る糸の物性として、誘電率、なかでも特に「比誘電率」に着目し、その値が「約4.5以下」であることによって、抗菌性がより確実に得られやすく、抗菌糸として首尾よく使用できることを見出した。その結果、上記の主たる目的が達成された糸の発明を完成させるに至った。
【0009】
本発明は、電位発生フィラメントを有して成る糸を提供し、当該糸の比誘電率が約4.5以下であることを特徴とする。また、本発明では、上記の糸を含んで成ることを特徴とする布が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、抗菌性をより確実に発揮することのできる糸(より好適には抗菌糸)、このような糸を含んで成る布(より好適には抗菌布)などの製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1(A)は、糸1(S糸)の構成を示す図であり、図1(B)は、図1(A)のA-A線における断面図であり、図1(C)は、図1(A)のB-B線における断面図である。
図2図2(A)および図2(B)は、ポリ乳酸の一軸延伸方向と、電場方向と、電位発生フィラメント(又は圧電繊維)10の変形との関係を示す図である。
図3図3(A)は、糸2(Z糸)の構成を示す図であり、図3(B)は、図3(A)のA-A線における断面図であり、図3(C)は、図3(A)のB-B線における断面図である。
図4図4は、電位発生フィラメント10の周りに誘電体100を備える本開示の糸の断面を模式的に示す断面図である。
図5図5は、誘電体の比誘電率(ε)と、電界強度(V/μm)との関係を示すグラフである。
図6図6は、LCRメータを用いた本開示の糸のインピーダンスの測定方法を簡略化して示す概略図である。
図7図7は、電位発生フィラメントの間隔d(μm)と、電界強度(V/μm)との関係を示すグラフである。
図8図8は、電気的刺激による抗菌作用を確認するための予備試験の結果を示す。
図9図9(a)は図8の表のうち、20V×5Hzのもの、図9(b)は同50V×5Hzのものについて、電圧印加前後の白癬菌の様子を示す写真である。
図10図10は、予備試験で使用した白癬菌を示す写真である。
図11図11は、糸束サンプルの作製方法を模式的に示す概略図である。
図12図12は、糸束サンプルで糸の比誘電率を測定する方法の一例を示す写真である。
図13図13は、糸束サンプルでの糸の比誘電率の測定方法を模式的に示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下では、本発明の一実施形態に係る糸(以下、「本開示の糸」または単に「糸」と省略して記載する場合もある)について詳細に説明する。必要に応じて、図面を参照して説明を行うものの、図面における各種の要素は、本発明の理解のために模式的かつ例示的に示したに過ぎず、外観や寸法比などは実物とは異なり得る。
【0013】
本開示の糸は、「電位発生フィラメント」を有して成るものであり、その物性としての「比誘電率」が「約4.5以下」であることを特徴とする。このような構成および特徴によって、本開示の糸は、以下にて詳しく説明する「抗菌性」をより確実に発揮することができ、「抗菌糸」として使用することができる。
【0014】
本明細書で言及する各種の数値範囲は、「未満」や「より多い/より大きい」などの特段の用語が付されない限り、下限および/または上限の数値そのものも含むことを意図している。つまり、例えば1~10といった数値範囲を例にとれば、特段の説明が付記されていなければ、下限値の“1”を含むと共に、上限値の“10”をも含むものとして解釈され得る。
また、各種数値に“約”が付されている場合もあるが、この“約”といった用語は、数パーセント、例えば±9パーセント、±4パーセント、±2パーセント、または±1パーセント程度の変動を含み得ることを意味する。
【0015】
以下、[糸の基本構成]および[糸の特徴]について詳しく説明する。
【0016】
[糸の基本構成]
本開示の糸は、例えば、複数の「電位発生フィラメント」または「電場形成フィラメント」を有して成る。電位発生フィラメントまたは電場形成フィラメントの数に特に制限はなく、例えば、2本以上、2~500本、好ましくは10~350本、より好ましくは20~200本程度の電位発生フィラメントが本開示の糸に含まれてよい。
【0017】
本開示において、「電位発生フィラメント」または「電場形成フィラメント」とは、外部からのエネルギーにより電荷を発生して電位を発生させることおよび電場を形成することができる繊維(又はフィラメント)を意味する(以下、「電荷発生繊維」もしくは「電荷発生フィラメント」または「電場形成繊維」と称する場合もある)。
尚、「電位発生フィラメント」との用語は「電場形成フィラメント」と実質的に同義に用いることができる。
【0018】
電位発生フィラメントが受けることができる「外部からのエネルギー」として、例えば、外部からの力(以下、「外力」と称する場合もある)、具体的には糸もしくはフィラメントに変形もしくは歪みを生じさせるような力および/または糸もしくはフィラメントの軸方向にかかる力、より具体的には、張力(例えば糸もしくはフィラメントの軸方向の引張力)および/または応力もしくは歪力(糸もしくはフィラメントにかかる引張応力もしくは引張歪み)および/または糸もしくはフィラメントの横断方向にかかる力などの外力が挙げられる。
【0019】
電位発生フィラメントの寸法(長さ、太さ(径)など)や、形状(断面形状など)に特に制限はない。このような電位発生フィラメントを有して成る本開示の糸は、太さの異なる複数の電位発生フィラメントを含んでよい。従って、本開示の糸は、長さ方向において、径が一定であっても、一定でなくてもよい。
【0020】
電位発生フィラメントは、長繊維であっても、短繊維であってもよい。電位発生フィラメントは、例えば0.01mm以上、好ましくは0.1mm以上、より好ましくは1mm以上、さらにより好ましくは10mm以上または20mm以上または30mm以上の長さ(又は寸法)を有してよい。長さは、所望の用途に応じて、適宜、選択すればよい。長さの上限の値に特に制限はなく、例えば10000mm、100mm、50mmまたは15mmである。
【0021】
電位発生フィラメントの太さ、すなわち単繊維径に特に制限はなく、電位発生フィラメントの長さに沿って、同一(又は一定)であっても、同一でなくてもよい。電位発生フィラメントは、例えば0.001μm(1nm)~1mm、好ましくは0.01μm~500μm、より好ましくは0.1μm~100μm、特に1μm~50μm、例えば10μmまたは30μmなどの単繊維径を有してよい。単繊維径は、所望の用途に応じて、適宜、選択すればよい。
【0022】
電位発生フィラメントの形状、特に断面形状に特に制限はないが、例えば円形、楕円形、または異形の断面を有していてよい。円形の断面形状を有することが好ましい。
【0023】
電位発生フィラメントは、光電効果を有する材料、焦電効果を有する材料、圧電効果(外力による分極現象)または圧電性(機械的ひずみを与えたときに電圧を発生する、あるいは逆に電圧を加えると機械的ひずみを発生する性質)を有する材料(以下、「圧電材料」又は「圧電体」と称する場合もある)を含んで成ることが好ましい。なかでも、圧電材料を含んで成る繊維(以下、「圧電繊維」と称する場合もある)を使用することが特に好ましい。圧電繊維は、圧電気により電場を形成すること、より具体的には電位を発生させることができるため、電源が不要であるし、感電のおそれもない。また、圧電繊維に含まれ得る圧電材料の寿命は、薬剤等による抗菌効果よりも長く持続する。また、このような圧電繊維では、アレルギー反応を引き起こす可能性も低い。
【0024】
「圧電材料」は、圧電効果または圧電性を有する材料であれば特に制限なく使用することができ、圧電セラミックスなどの無機材料であっても、ポリマーなどの有機材料であってもよい。
【0025】
「圧電材料」(又は「圧電繊維」)は、「圧電性ポリマー」を含んで成ることが好ましい。
「圧電性ポリマー」として、「焦電性を有する圧電性ポリマー」や、「焦電性を有していない圧電性ポリマー」などが挙げられる。
【0026】
「焦電性を有する圧電性ポリマー」とは、概して、焦電性を有し、温度変化を与えることで、その表面に電荷を発生させることができるポリマー材料から成る圧電材料を意味する。このような圧電性ポリマーとして、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)などが挙げられる。特に、人体の熱エネルギーによって、その表面に電荷を発生させることができるものが好ましい。
【0027】
「焦電性を有していない圧電性ポリマー」とは、概して、ポリマー材料(高分子材料又は樹脂材料)から成り、上記の「焦電性を有する圧電性ポリマー」を除く圧電性ポリマー(以下、「高分子圧電体」と称する場合もある)を意味する。このような圧電性ポリマーとして、例えば、ポリ乳酸(PLA)などが挙げられる。
ポリ乳酸(PLA)としては、L体モノマーが重合したポリ-L-乳酸(PLLA)(換言すると、実質的にL-乳酸モノマー由来の繰り返し単位のみからなる高分子)や、D体モノマーが重合したポリ-D-乳酸(PDLA)(換言すると、実質的にD-乳酸モノマー由来の繰り返し単位のみからなる高分子)およびそれらの混合物などが知られている。
【0028】
ポリ乳酸(PLA)として、L-乳酸および/またはD-乳酸と、このL-乳酸および/またはD-乳酸と共重合可能な化合物とのコポリマーを使用してもよい。
【0029】
また、「ポリ乳酸(実質的にL-乳酸およびD-乳酸から成る群から選択されるモノマー由来の繰り返し単位からなる高分子)」と「L-乳酸および/またはD-乳酸と、このL-乳酸および/またはD-乳酸と共重合可能な化合物とのコポリマー」との混合物を使用してもよい。
【0030】
本開示では上記のポリ乳酸を含む高分子を「ポリ乳酸系高分子」と称する。換言すると、「ポリ乳酸系高分子」とは、「ポリ乳酸(実質的にL-乳酸およびD-乳酸から成る群から選択されるモノマー由来の繰り返し単位からなる高分子)」、「L-乳酸および/またはD-乳酸と、このL-乳酸および/またはD-乳酸と共重合可能な化合物とのコポリマー」およびそれらの混合物などを意味する。
【0031】
ポリ乳酸系高分子のなかでも特に「ポリ乳酸」が好ましく、L-乳酸のホモポリマー(PLLA)およびD-乳酸のホモポリマー(PDLA)を使用することが最も好ましい。
【0032】
ポリ乳酸系高分子は、結晶性部分を有していてよく、あるいはポリマーの少なくとも一部が結晶化していてよい。ポリ乳酸系高分子として、圧電性を有するポリ乳酸系高分子、換言すると圧電ポリ乳酸系高分子、特に圧電ポリ乳酸を使用することが好ましい。
【0033】
ポリ乳酸系高分子以外にも、例えば、ポリペプチド系(例えば、ポリ(グルタル酸γ-ベンジル)、ポリ(グルタル酸γ-メチル)等)、セルロース系(例えば、酢酸セルロース、シアノエチルセルロース等)、ポリ酪酸系(例えば、ポリ(β-ヒドロキシ酪酸)等)、ポリプロピレンオキシド系などの光学活性を有する高分子およびその誘導体などを高分子圧電体として使用してもよい。
【0034】
尚、本開示の糸は、電位発生フィラメント(又は電荷発生繊維)として、芯糸に導電体を用いて、当該導電体に絶縁体を巻き、該導電体に電圧を加えて電荷または電位を発生させる構成を有するものであってもよい。
【0035】
本開示の糸は、複数の電位発生フィラメントを単に引きそろえただけの糸(引きそろえ糸または無撚糸)であってもよく、撚りをかけた糸(撚り合わせ糸または撚糸)であってもよく、捲縮をかけた糸(捲縮加工糸または仮撚糸)であってもよい。
【0036】
例えば、図1(A)に示す通り、糸1は、複数の電位発生フィラメント10を撚り合わせることによって構成することができる。図1(A)に示す態様では、糸1は、電位発生フィラメント10を左旋回して撚られた左旋回糸(以下、「S糸」と称する)であるが、電位発生フィラメント10を右旋回して撚られた右旋回糸(以下、「Z糸」と称する)であってもよい(例えば、図3(A)の糸2を参照のこと)。このように、本開示の糸は、撚り合わせ糸の場合、「S糸」および「Z糸」のいずれであってもよい。
【0037】
本開示の糸において、電位発生フィラメント10の間隔は、約0μm~約10μm、典型的には5μm程度である。尚、電位発生フィラメント10の間隔が0μmである場合、電位発生フィラメント同士が互いに接触していることを意味する。上記の範囲内であると、本開示の糸において、以下にて詳しく説明する目的の「約4.5以下」の比誘電率の値が好適に得られ、より確実に抗菌性を発揮することができる。
【0038】
ここで、本開示の糸の比誘電率とは、真空の誘電率に対する本開示の糸の誘電率の比を意味する([本開示の糸の比誘電率]=[本開示の糸の誘電率]/[真空の誘電率])。この比誘電率は、次元のない数値であり、相対誘電率、誘電定数と呼ばれる場合もある。
【0039】
本開示の糸の比誘電率は、例えば、平行板コンデンサーの間に糸を通して静電容量を測定し、糸を通していない時の静電容量との差分から糸の静電容量を算出し、その値と糸の容量を用いることによって、本開示の糸の誘電率を求め、さらに上記の式に基づいて、真空の誘電率を用いて計算することにより決定することができる。
【0040】
また、糸の比誘電率の決定方法は、上記に示す方法に限られるものではない。例えば、図12、特に図12(B)の写真などを参照して詳しく説明する通り、LCRメータ(例えばAgilent社製のPrecision LCR Meter(型番:E4980A))などの測定機器を用いて本開示の糸の比誘電率を直接測定してもよい。その際、本開示の糸を集めて形成される糸束(サンプル)を用いて糸の比誘電率を直接測定することができる(図11図13参照)。
糸束での比誘電率の測定値は、上記の静電容量に基づく本開示の糸(一本)の比誘電率の計算値とほぼ同様の結果を示す。
【0041】
以下、本開示の糸を詳述するために、電位発生フィラメントとして圧電材料を含んで成り、かかる圧電材料が「ポリ乳酸」である態様を一例として挙げて、図1図3を参照しながら、本開示の糸をより詳しく説明する。
【0042】
圧電材料として使用することができるポリ乳酸(PLA)は、キラル高分子であり、主鎖が螺旋構造を有する。ポリ乳酸は、一軸延伸されて分子が配向すると、圧電性を発現することができる。さらに熱処理を加えて結晶化度を高めることで圧電定数を高めておいてもよい。換言すると「結晶化度」に応じて「圧電定数」を高くすることができる(「ポリ乳酸を用いた固相延伸フィルムの高圧電性発現機構の検討」,静電気学会誌,40,1 (2016) 38-43参照)。
【0043】
圧電材料としてポリ乳酸(PLA)の光学純度は、下記式にて算出した値である。
光学純度(%)={|L体量-D体量|/(L体量+D体量)}×100
例えば、D体およびL体のいずれにおいても、光学純度は、90重量%以上、好ましくは95重量%以上、より好ましくは98重量%以上100重量%以下、さらにより好ましくは99.0重量%以上100重量%以下、特に好ましくは99.0重量%以上99.8重量%以下である。ポリ乳酸(PLA)のL体量とD体量は、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた方法により得られる値を用いることができる。
【0044】
ポリ乳酸(PLA)の結晶化度は、例えば35%以上(具体的には35%以上45%以下、より具体的には42%以上44%以下)、より好ましくは50%以上、さらにより好ましくは55%以上100%以下であることを特徴とする。結晶化度は、例えば示差走査熱量計(DSC:Differential Scanning Calorimetry)(例えば、株式会社日立ハイテクサイエンス製のDSC7000X)を用いる方法、X線回折法(XRD:X-ray diffraction)(例えば、株式会社リガク製のultraX 18を用いたX線回折法)などの測定方法により決定することができる。結晶化度が上記の範囲内であると、糸に発生し得る電荷および電位をより適切に制御することができる。
【0045】
図1(A)に示す通り、一軸延伸されたポリ乳酸を含んで成る電位発生フィラメント(又は圧電繊維)10は、厚み方向を第1軸、延伸方向900を第3軸、第1軸および第3軸の両方に直交する方向を第2軸と定義したとき、圧電歪み定数としてd14およびd25のテンソル成分を有する。
【0046】
したがって、ポリ乳酸は、一軸延伸された方向に対して45度の方向に歪みが生じた場合に最も効率よく電荷または電位を発生することができる。
【0047】
ポリ乳酸の数平均分子量(Mn)は、例えば6.2×10であり、重量平均分子量(Mw)は、例えば1.5×10である。尚、分子量は、これらの値に限定されるものではない。
【0048】
図2(A)および図2(B)は、ポリ乳酸の一軸延伸方向と、電場方向と、電位発生フィラメント(又は圧電繊維)10の変形との関係を示す図である。
図2(A)に示すように、フィラメント10は、第1対角線910Aの方向に縮み、第1対角線910Aに直交する第2対角線910Bの方向に伸びると、紙面の裏側から表側に向く方向に電場を生じさせることができる。すなわち、フィラメント10は、紙面表側では、負の電荷または電位を発生させることができる。フィラメント10は、図2(B)に示すように、第1対角線910Aの方向に伸び、第2対角線910Bの方向に縮む場合も電荷を発生することができるが、極性が逆になり、紙面の表面から裏側に向く方向に電場を生じさせることができる。すなわち、フィラメント10は、紙面表側では、正の電荷または電位を発生させることができる。
【0049】
ポリ乳酸は、延伸による分子の配向処理、結晶化度などで圧電性が生じ得るため、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等の他の圧電性ポリマーまたは圧電セラミックスのように、ポーリング処理を行う必要がない。一軸延伸されたポリ乳酸の圧電定数は、5~30pC/N程度であり、ポリマーの中では非常に高い圧電定数を有する。さらに、ポリ乳酸の圧電定数は経時的に変動することがなく、極めて安定している。
【0050】
電位発生フィラメント10は、断面が円形状の繊維であることが好ましい。電位発生フィラメント10は、例えば、圧電性ポリマーを押し出し成型して繊維化する手法、圧電性ポリマーを溶融紡糸して繊維化する手法(例えば、紡糸工程と延伸工程とを分けて行う紡糸・延伸法、紡糸工程と延伸工程とを連結した直延伸法、仮撚り工程も同時に行うことのできるPOY-DTY法、または高速化を図った超高速紡糸法などを含む)、圧電性ポリマーを乾式あるいは湿式紡糸(例えば、溶媒に原料となるポリマーを溶解してノズルから押し出して繊維化するような相分離法もしくは乾湿紡糸法、溶媒を含んだままゲル状に均一に繊維化するようなゲル紡糸法、または液晶溶液もしくは融体を用いて繊維化する液晶紡糸法などを含む)により繊維化する手法、または圧電性ポリマーを静電紡糸により繊維化する手法等により製造され得る。なお、電位発生フィラメント10の断面形状は、円形に限るものではない。
【0051】
例えば図1に示す糸1は、このようなポリ乳酸を含んで成る電位発生フィラメント10を複数本で撚ってなる糸(マルチフィラメント糸)(S糸)であってよい。糸1を構成するフィラメント10の本数に特に制限はない。各電位発生フィラメント10の延伸方向900は、それぞれの電位発生フィラメント10の軸方向に一致している。したがって、電位発生フィラメント10の延伸方向900は、糸1の軸方向に対して、左に傾いた状態となる。尚、その角度は、撚り回数に依存し得る。
【0052】
このようなS糸である糸1に張力をかけた場合、糸1の表面には負の電荷または電位が発生し、その内側には正の電荷または電位を発生させることができる。
【0053】
糸1は、この電荷により生じ得る電位差によって電場を形成することができる。この電場は近傍の空間にも漏れて他の部分と結合電場を形成することができる。また、糸1に生じ得る電位は、近接する所定の電位、例えば人体等の所定の電位(グランド電位を含む)を有する物体に近接した場合に、糸1と該物体との間に電場を生じさせることもできる。
【0054】
次に、図3を参照すると、糸2は、Z糸であるため、電位発生フィラメント(又は圧電繊維)10の延伸方向900は、糸2の軸方向に対して、右に傾いた状態となる。尚、その角度は、糸の撚り回数に依存し得る。また、糸2を構成するフィラメント10の本数にも特に制限はない。
【0055】
このようなZ糸である糸2に張力をかけた場合、糸2の表面には正の電荷または電位が発生し、その内側には負の電荷または電位を発生させることができる。
【0056】
糸2も、この電荷により生じ得る電位差によって電場を形成することができる。この電場は近傍の空間にも漏れて他の部分と結合電場を形成することができる。また、糸2に生じ得る電位は、近接する所定の電位、例えば人体等の所定の電位(グランド電位を含む)を有する物体に近接した場合に、糸2と該物体との間に電場を生じさせることもできる。
【0057】
さらに、S糸である糸1と、Z糸である糸2とを近接させた場合には、糸1と糸2との間に電場または電位を生じさせることもできる。
【0058】
糸1と糸2とで生じ得る電荷または電位の極性は互いに異なる。各所の電位差は、繊維同士が複雑に絡み合うことにより形成され得る電場結合回路、または水分等で糸の中に偶発的に形成され得る電流パスで形成され得る回路により定義され得る。
【0059】
本開示の糸は、上記の態様に限定して解釈されるべきではない。また、本開示の糸の製造方法についても特に制限はなく、上記の製造方法に限定されるものではない。
【0060】
さらに、本開示の糸は、電位発生フィラメントの周りの少なくとも一部、例えばフィラメントの長手軸方向および/または周方向の表面の少なくとも一部に「誘電体」が設けられてよい。
【0061】
例えば、図4の断面図で模式的に示す通り、電位発生フィラメント(又は圧電繊維)10の周りには誘電体100を設けることができる。
【0062】
本開示の糸において「誘電体」は、任意の構成であり、発明の必須の構成ではない。
【0063】
本開示において、「誘電体」とは、誘電性(電場により電気的に分極する性質)および/または導電性(電気を通す性質)などを有する材料または物質を含んで成るものを意味し、例えば、その表面には電荷を溜めることができる。
【0064】
本開示の糸もしくは電位発生フィラメントの表面、例えば電位発生フィラメントの断面視または径方向断面において、電位発生フィラメントの表面に「誘電体」を設けることによって、本開示の糸の比誘電率を「約4.5以下」、例えば比誘電率を「約1~約4.5」の範囲内でより適切に調整してもよい。例えば比誘電率を低くして、例えば1に近づけることによって、より大きな電界強度(例えば0.1V/μm以上)を有する電場を形成することができる。換言すると糸の比誘電率が約1~約4.5となるように本開示の糸もしくは電位発生フィラメントの少なくとも一部を誘電体で被覆してもよい。
【0065】
誘電体は、例えば、電位発生フィラメントの長手軸方向および周方向に存在してよく、電位発生フィラメントを完全に被覆していても、部分的に被覆していてもよい。
【0066】
従って、誘電体は、電位発生フィラメントの長手軸方向において、全体的に設けられていても、部分的に設けられていてもよい。また、誘電体は、電位発生フィラメントの周方向において、全体的に設けられていても、部分的に設けられていてもよい。
【0067】
また、誘電体は、その厚みが均一であっても、不均一であってもよい(例えば、図4を参照のこと)。誘電体の厚みは、電位発生フィラメントの繊維径よりも大きくても、小さくてもよい。誘電体の厚みは、電位発生フィラメントの繊維径よりも小さいことが好ましい(図4参照)。
【0068】
誘電体は、本開示の糸もしくは電位発生フィラメントの表面、例えば電位発生フィラメントの断面視または径方向断面において、本開示の糸もしくは電位発生フィラメントの表面の少なくとも一部に層状に設けられてよい。誘電体は、複数の電位発生フィラメントの間にも存在していてよく、この場合、複数の電位発生フィラメントの間に誘電体が存在しない部分があってもよい。また、誘電体の中に気泡や空洞が存在していてもよい。
【0069】
誘電体は、誘電性、導電性などを有する材料または物質を含む限り、特に制限はない。誘電体として、主に繊維産業において表面処理剤(又は繊維処理剤)として使用できることが知られている誘電性の材料(例えば、油剤、帯電防止剤など)を用いてもよい。
【0070】
本開示の糸において、誘電体は、油剤を含んで成ることが好ましい。油剤として、電位発生フィラメントの製造で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられ得る油剤などを使用することができる。また、製布(たとえば製編、製織など)の工程で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられ得る油剤や、仕上工程で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられ得る油剤も使用することができる。ここでは代表例として、フィラメント製造工程、製布工程、仕上げ工程を挙げたが、これらの工程に限定されるものではない。油剤として、特に電位発生フィラメントの摩擦を低減するために用いられ得る油剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)を使用することが好ましい。
【0071】
油剤として、例えば、竹本油脂株式会社製デリオン・シリーズ、松本油脂製薬株式会社製マーポゾール・シリーズ、マーポサイズ・シリーズ、丸菱油化工業株式会社製パラテックス・シリーズなどが挙げられる。
【0072】
油剤は、電位発生フィラメントに沿って、全体的に存在していても、少なくとも一部に存在していてもよい。また、電位発生フィラメントを糸に加工した後、洗濯によって油剤の一部が電位発生フィラメントから脱落していてもよい。
【0073】
また、電位発生フィラメントの摩擦を低減するために用いられ得る誘電体は、洗濯時に使用され得る洗剤や柔軟剤などの界面活性剤であってもよい。
【0074】
洗剤として、例えば、花王株式会社製アタック・シリーズ、ライオン株式会社製トップ・シリーズ、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社製アリエール・シリーズなどが挙げられる。
【0075】
柔軟剤として、例えば、花王株式会社製ハミング・シリーズ、ライオン株式会社製ソフラン・シリーズ、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社製レノア・シリーズなどが挙げられる。
【0076】
誘電体は、導電性(電気を通す性質)を有していてよく、その場合、誘電体は、帯電防止剤を含んで成ることが好ましい。帯電防止剤として、電位発生フィラメントの製造で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられ得る帯電防止剤などを使用することができる。帯電防止剤として、特に電位発生フィラメントのほぐれを低減するために用いられ得る帯電防止剤を使用することが好ましい。
【0077】
油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)、洗剤および柔軟剤などからなる群から選択される少なくとも一種を誘電体として含むことによって、糸に約1.0以上約4.5以下の範囲内で調節された比誘電率を付与することができる。
【0078】
帯電防止剤として、例えば、株式会社日新化学研究所製カプロン・シリーズ、日華化学株式会社製ナイスポール・シリーズ、デートロン・シリーズなどが挙げられる。なかでも日華化学株式会社製ナイスポール・シリーズが好ましく、ポリエステル系ポリマーなどのエステル系ポリマー、特にPEG変性ポリエステル系ポリマーを含むものが好ましい(例えばナイスポールPR-99)。このような帯電防止剤を使用することで糸に約1.0以上約4.5以下の範囲内で調節された比誘電率を付与することができる。
【0079】
帯電防止剤として、帯電防止効果とともに吸水性および/またはSR性(汚れ除去性)などを付与することができる表面処理剤(又は繊維処理剤)を使用してもよい。このような帯電防止剤として、例えば、高松油脂株式会社製のSR加工剤・吸水加工剤・シリーズ(例えばポリエステル系ポリマーを含むSR-1800など);コタニ化学工業株式会社製クインスタット(QUEENSTAT)・シリーズ(例えばウレタン系ポリマー、特に架橋性親水ウレタン系ポリマーを含む吸水SR性と帯電防止効果を付与することができるクインスタットNW-E conc)などが挙げられる。このような帯電防止剤を使用することで糸に約1.0以上約4.5以下の範囲内で調節された比誘電率を付与することができる。
【0080】
帯電防止剤は、電位発生フィラメントに沿って、例えば電位発生フィラメントの長手軸方向および/または周方向の表面に全体的に存在していても、少なくとも一部に存在していてもよい。また、電位発生フィラメントを糸に加工した後、洗濯によって帯電防止剤の一部が電位発生フィラメントから脱落していてもよい。
【0081】
本開示の糸において、誘電体は「金属酸化物」であってよい。金属酸化物として導電性(電気を通す性質)を有する金属酸化物を使用することが好ましい。例えば、酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛、酸化ジルコニウム、酸化ニオブ、酸化アンチモン、酸化スズ、酸化インジウム、酸化セリウム、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化マグネシウム、酸化イットリウム、酸化イッテルビウムおよび酸化タンタルからなる群から選択される金属酸化物またこれらの複合酸化物の少なくとも1つを使用することができる。
【0082】
金属酸化物は、電位発生フィラメントに沿って、例えば電位発生フィラメントの長手軸方向および/または周方向の表面に全体的に存在していても、少なくとも一部に存在していてもよい。
【0083】
このような金属酸化物を使用することで糸に約4.5以下、好ましくは約3.0以上約4.0以下の範囲内で調節された比誘電率を付与することができる。
【0084】
誘電体は、金属酸化物として、導電性とともに光触媒作用による抗菌性を呈することもできることから酸化チタン(TiO)を含んで成ることが好ましい。
【0085】
上記の比誘電率を達成することができれば電位発生フィラメントへの油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)、洗剤、柔軟剤、金属酸化物などの付着量に特に制限はない。
【0086】
油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)、洗剤、柔軟剤などの場合、電位発生フィラメントへの付着量は、電位発生フィラメント100重量%に対して、例えば1重量%以上20重量%以下、好ましくは1重量%以上15重量%以下、より好ましくは4重量%以上15重量%以下である。
【0087】
金属酸化物の場合、電位発生フィラメントへの付着量は、電位発生フィラメント100重量%に対して、例えば0.1重量%以上5重量%以下、好ましくは0.1重量%以上1重量%以下、より好ましくは0.1重量%以上0.5重量%以下である。
【0088】
また、上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤、金属酸化物などは、電位発生フィラメントの周りに存在していなくてもよい。すなわち、電位発生フィラメント、ひいては本開示の糸は、表面処理剤などを含まない場合もある。その場合、電位発生フィラメントの間もしくは隙間および/またはフィラメントの周りに存在し得る空気が誘電体として機能し得る。従って、この場合、誘電体は、空気または空気層を含んで成る。
【0089】
上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)、洗剤、柔軟剤、金属酸化物などが電位発生フィラメントの周りに存在しない場合、換言すると未処理または未加工の電位発生フィラメントは、例えば約1.0以上約3.0以下、好ましくは約1.0以上約2.6以下、より好ましくは約1.0以上約2.0以下の範囲内で調節された比誘電率を有していてよい。
【0090】
本開示において上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)、洗剤、柔軟剤および/または金属酸化物などが電位発生フィラメントの周りに存在しない場合において、換言するとフィラメントの周りに空気層のみが存在する場合、糸またはフィラメントの製造時に不可避的または偶発的に混入し得る極微量成分の存在は許容され得る。
【0091】
誘電体の厚み(又は電位発生フィラメントの間隔)は、約0μm~約10μm、好ましくは約0.5μm~約10μm、より好ましくは約2.0μm~約10μm、典型的には5μm程度である。このような範囲内であると、本開示の糸において、以下にて詳しく説明する目的の「約4.5以下」の比誘電率の値が好適に得られ、より確実に抗菌性を発揮することができる。
【0092】
また、本開示の糸において、「誘電体」は、約1.0~約5.0の比誘電率(ε)、好ましくは約2.0~約5.0、より好ましくは約3.0~約5.0、さらにより好ましくは約3.5~約5.0、特に好ましくは約4.0~約5.0の比誘電率(ε)を有することができる(図5)。このような範囲内であると、本開示の糸において、以下にて詳しく説明する目的の「約4.5以下」の比誘電率の値が好適に得られ、より確実に抗菌性を発揮することができる。
【0093】
糸の比誘電率は、例えば、糸をLCRメータなどの1組の電極で挟み込み、2つの電極間に電位を与えて、電極に発生した電荷量と与えた電位から静電容量を算出し、その静電容量と、電極の面積、電極間距離から糸の比誘電率を算出することができる。
【0094】
[糸の特徴]
本開示の糸は、その物性として比誘電率が約4.5以下、例えば約1.0以上約4.5以下であることを特徴として有する。
比誘電率の下限の値は、約1.5であっても、約2.0であっても、約2.5であっても、約2.6であっても、約3.0であっても、約3.5であっても、または約4.0であってもよい。
比誘電率の上限の値は、約4.0であっても、約3.5であっても、約3.0であっても、約2.6であっても、約2.5であっても、約2.0であっても、または約1.5であってもよい。
比誘電率の上限および下限は上記の値を必要に応じて組み合わせてよい。
このような物性値により、本発明では、より確実に抗菌性を得ることができる。このように比誘電率などの糸の物性値に基づいて抗菌性がより確実に得られることは、本願発明者らの研究により初めて明らかとなったことである。尚、そのメカニズム、このような物性値および抗菌性を見出すに至った研究の背景については、以下にて詳しく説明する。
【0095】
(メカニズム)
本願発明者らの鋭意研究により、例えば糸を断面視または径方向断面で見た場合、従前では、電位発生フィラメント間の空間および/または間隙の状態、特に電位発生フィラメント間に存在し得る誘電体(空気層を含む)の誘電率および/または糸自体の誘電率などの物性によっては、糸において形成され得る電場の強度が小さくなり、例えば所望又は一定(レベル)の抗菌性が得られない場合があることがわかった。
【0096】
また、以下の実施例の予備試験(図8)などにおいて実証されているように、本願発明者らの研究により、抗菌作用には、電流の値よりも「電圧(又は電位)」の値の方が優位に関与することがわかった。
【0097】
ここで、対象となる菌について簡単に説明すると、細菌(bacteria)および真菌(fungus)、特に真菌は、細長く伸びる菌糸(hypha)と、基本的に円形の形状を有する胞子(spore)とから構成されている。また、胞子は、発芽によって増殖し、空気中などに浮遊して寄生体に付着すると菌糸を形成して有性および無性的に生殖を行うことが知られている(「あたらしい皮膚科学」、第2版、清水宏著、第469頁)。このような増殖に寄与する胞子の大きさは、概して、約2μm~10μm程度である(「食品衛生の窓」、東京都福祉保健局ホームページ)。
【0098】
次に、電気的刺激による抗菌作用について簡単に説明すると、従来から、電場により菌の増殖が抑制できることは知られていた(例えば、土戸哲明,高麗寛紀,松岡英明,小泉淳一著、講談社:微生物制御-科学と工学を参照;例えば、高木浩一,高電圧・プラズマ技術の農業・食品分野への応用,J.HTSJ,Vol.51,No.216を参照)。
【0099】
また、このような電場を生じさせる電位により、湿気等で形成された電流経路、または局部的なミクロな放電現象等で形成され得る回路を電流が流れることがあり、このような電流により菌が弱体化し、菌の増殖が抑制され得ることも知られていた。
【0100】
さらに、このような電気的刺激に関連して、細胞膜破壊のメカニズムの一つとして、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)が知られていた(高電圧パルスによる細胞穿孔のメカニズム -遺伝子導入法の基礎- 葛西道生・稲葉浩子著、第1595頁)。
【0101】
上記文献によると、菌などの細胞膜を破壊するエレクトロポレーションが起こる条件は、概して、細胞に「約1.0V」の電位差(又は電圧)がかかったときであり、本願発明者らは、例えば胞子の大きさが約2μm~10μm程度の場合には、約0.1V/μm以上の電界強度の電場または電位が発生すると、最大で約10μmの大きさを有する胞子の場合であっても、約1.0V以上の電位差(又は電圧)をかけることができ、エレクトロポレーションが生じて細胞膜が破壊され得るか、あるいは生命維持のための電子伝達系に支障が生じて、細胞が弱体化または死滅または減少し得るのではないかと考えた。
【0102】
このような考察に基づいて、本願発明者らは、まず、最初に、電場の電界強度(V/μm)と、誘電率、例えば、抗菌性に影響を与え得ると考えられる誘電体の誘電率との関係、その中でも特に誘電体の「比誘電率(ε)」との関係について研究を重ねた。
【0103】
その結果、例えば図5のグラフに示す通り、例えば圧電繊維に設けられ得る誘電体の比誘電率(ε)の値が、約1.0~約5.0の範囲内、好ましくは約3.5~約5.0、より好ましくは約4.0~約5.0の範囲内にあると、外力、例えば0.15%程度の引張り力、例えば引張歪み(換言すると、繊維の軸方向の引張力および繊維にかかる引張応力)を与えたとき、約0.1V/μm以上の電界強度を有する電場が形成され得ることがわかった。
【0104】
ここで、図5に関して、各フィラメント間隔(X:0.5μm、Y:2μm、Z:5μm)における誘電体の比誘電率(ε)に対する電界強度の値(V/μm)は、より具体的には、以下の表に示す通りである。尚、図5に示すグラフは、誘電体の比誘電率と電界強度の関係を例示するに過ぎない。
【表1】
【0105】
さらに研究を進めることで、糸の比誘電率も同様に抗菌性に影響を与えることが分かった。そして、糸の比誘電率が、約4.5以下、好ましくは約1.0~約4.5の範囲内にあると、外力などの外部からのエネルギー、例えば少なくとも0.15%の引張り力または引張歪みなどの外部エネルギーを与えたときに約0.1V/μm以上の電界強度を有する電場または電位が形成され得ることを見出した。
【0106】
ここで、電界強度は、例えば、走査型プローブ顕微鏡、表面電位計などを用いることによって測定することができる。
具体的には、まず、走査型プローブ顕微鏡を用いて、微弱な電圧を印加した微小なプローブを測定対象物に近接させることによる電気引力あるいは斥力によるプローブの変位を検出する。次に、表面電位計を用いて、微小なプローブに加わった電気引力あるいは斥力を相殺するための電圧を測定することによって、測定対象物の表面電位の値または電界強度の値を得ることができる。
【0107】
走査型プローブ顕微鏡および表面電位計による測定は、両者の機能を備える電気力顕微鏡(例えばトレック社製 Model 1100TN)を用いて行ってもよい。
【0108】
このようなことから、糸の物性として「比誘電率」が「約4.5以下」の値であると、「約0.1V/μm以上」の電界強度を有する電場を形成することができる。ひいては、胞子の大きさが約2μm~10μm程度の真菌などの菌において、このような電場が形成されると、胞子の大きさが最大で10μmの場合であっても、1.0V以上の電位差をかけることができ、例えば、エレクトロポレーションにより細胞膜を破壊して、菌を弱体化または死滅または減少させることができる。換言すると、より確実に抗菌性を奏することができる。
【0109】
また、糸の「比誘電率」の値が、約1.0以上の値(望ましくは4.5以下)であれば、上記と同様に、約0.1V/μm以上の電界強度を有する電場または電位を形成することができ、好適である。
【0110】
尚、本開示の糸のフィラメント間隔(又は誘電体の厚み)は、典型的には5μm程度であり、このとき糸の「比誘電率」は、約1.0~約2.6、約2.0~約2.6である。この場合にも、0.1V/μm以上の電界強度を有する電場を形成することができ、好適である。
【0111】
このようにして、本開示の糸は、本願発明者らによって初めて見出された固有の物性およびその値(物性値)として、「約4.5以下」の「比誘電率」を有することによって、「約0.1V/μm以上」の電界強度を有する電場または電位を形成することができる。このような電場または電位の直接的な作用によって、菌の細胞膜や、菌の生命維持のための電子伝達系に支障が生じ、菌の発生や増殖を抑制することができる。ひいては菌を弱体化させるか、あるいは菌を減少または死滅させることができる。
【0112】
従って、本開示において、「抗菌性」とは、本開示の糸が形成し得る約0.1V/μm以上の電界強度を有する電場または電位によって、少なくとも、菌の発生や増殖を抑制または防止することを意味する。さらに、本開示で使用する「抗菌性」との用語には、菌の弱体化や菌の減少および死滅も含まれ得る。
【0113】
尚、本開示の糸により発生し得る電位もしくは電場または電流によって、水分に含まれ得る酸素が変化した活性酸素種、さらに繊維中に含まれ得る添加材との相互作用または触媒作用によって生じたラジカル種、またはその他の抗菌性化学種(アミン誘導体等)によって間接的に抗菌効果を発揮する場合もある。また、本開示の糸により発生し得る電位もしくは電場または電流の存在によるストレス環境によって、菌の細胞内に酸素ラジカルが発生し得る場合があり、このような酸素ラジカルによって、間接的に抗菌性を発揮し得る場合がある。ラジカルとしては、スーパーオキシドアニオンラジカル(活性酸素)、ヒドロキシラジカルなどが考えられ得る。
このような活性酸素種、ラジカル種、抗菌性化学種、酸素ラジカルなどの作用による菌の弱体化や死滅または減少についても、抗菌効果として、上記の「抗菌性」の定義に含まれ得る。
【0114】
本開示において、「菌」とは、細菌や真菌などの菌類全般を意味し、上記の「抗菌性」が得られる限り、特に限定されるものでなく、ダニやノミ等の微生物および/またはウイルスなども含む概念である。菌として、「真菌類(fungus)」を標的とすることが好ましい。真菌類は、細胞壁をもつ真核微生物の一種であり、光合成を行わないため何らかの有機体に寄生するか、あるいは胞子のかたちで自然界に存在する生物である。真菌類の中でも、皮膚糸状菌を標的とすることが好ましく、白癬菌を標的とすることが特に好ましい。
【0115】
本開示の糸は、「菌」に対して、「抗菌性」を有することから、「抗菌糸」と呼ばれる場合もある。
【0116】
(他の特徴)
本開示の糸(又は抗菌糸)は、さらに、以下の物性(インピーダンス、抵抗率など)や、その値(物性値)を特徴として有してよい。以下の物性や物性値によっても、より確実に抗菌性が得られるので好適である。尚、以下の物性および物性値は、本願発明者らの鋭意研究により初めて見出されたものである。
【0117】
(インピーダンス)
本開示の糸において、インピーダンスは、約4.0×10Ωm以上、好ましくは約4.0×10Ωm~約1.8×107Ωmであり、典型的には7.0×10Ωm程度である。
本開示の糸のインピーダンスが、上記の範囲内であると、約0.1V/μm以上の電界強度を有する電場または電位を形成することができ、より確実に抗菌性を達成することができる。
【0118】
本開示において、「インピーダンス」は、単位体積あたりのインピーダンスZを意味する。例えば、図6において模式的に示す通り、インピーダンスZは、糸を2つの測定用電極の間に挟み、この2つの測定用電極をLCRメータ(又はインピーダンス測定器)に接続することによって測定することができる。
尚、インピーダンスZの測定方法は、図6に示す方法に限られるものではない。
【0119】
ここで、本開示の糸を理想的な誘電体とみなし、その静電容量をC、周波数を1kHzとした場合、本開示の糸の単位体積あたりのインピーダンスZは、以下の式で表すことができる。
Z=1/C×1.6×10-4Ω
(式中、Cは、静電容量を示す)
【0120】
静電容量Cは、本開示の糸の「比誘電率」に比例することから、インピーダンスZは、本開示の糸の「比誘電率」に反比例する。
従って、インピーダンスZの下限値である「4.0×10Ωm」は、本開示の糸の比誘電率の上限値である「4.5」に対応することができる。また、インピーダンスZの上限値である「1.8×107Ωm」は、本開示の糸の比誘電率の下限値である「1.0」に対応することができる。
このように糸のインピーダンスの値は糸の比誘電率から換算することもできる。
尚、本開示の糸の典型的なインピーダンスの値である「7.0×106Ωm」は、本開示の糸の「比誘電率」の典型的な値である「2.6」に対応することができる。
【0121】
(抵抗率)
本開示の糸において、抵抗率は、約1.4×10Ωm以上、好ましくは約1.4×104Ωm~約2.3×1015Ωmである。
本開示の糸の抵抗率が、上記の範囲内であると、約0.1V/μm以上の電界強度を有する電場または電位を形成することができ、より確実に抗菌性を達成することができる。
【0122】
ここで、図7を参照する。図7は、本開示の糸における「電位発生フィラメントの間隔d(μm)」(以下、「フィラメント間隔d」と称する場合もある)と、「電界強度(V/μm)」との関係を示す。「フィラメント間隔d」は、互いに隣接する2つの電位発生フィラメントの表面間の最短距離(μm)を示す。フィラメント間隔dは、フィラメントの間に存在し得る「誘電体」の厚みにも対応することができる。
【0123】
典型的には、「誘電体」の抵抗率は、「電位発生フィラメント」の抵抗率よりも小さい(例えば、帯電防止剤の抵抗率:約1×10Ωm)。「フィラメント間隔d」が大きくなるにつれて、本開示の糸の抵抗率は小さくなる傾向にある。
【0124】
本開示の糸を理想的な抵抗体とみなした場合、例えば図7に示す通り、「フィラメント間隔d」が「5μm」のとき(本開示の糸のフィラメント間隔(又は誘電体の厚み)は、典型的には5μm程度である)、「電界強度」は「約0.1V/μm」であり、この場合の本開示の糸の「抵抗率」は、「約1.4×10Ωm」であり、上記の下限値(約1.4×10Ωm)に対応することができる。また、「フィラメント間隔d」が「0μm」の場合、本開示の糸の「抵抗率」は最大となり、その値は「約2.3×1015Ωm」となり、上記の上限値(約2.3×1015Ωm)に対応することができる。
このように糸の抵抗率の値は糸の電界強度から計算することもできる。
【0125】
ここで、図7に関して、フィラメント間隔d(μm)に対する電界強度の値(V/μm)は、より具体的には、以下の表に示す通りである。
【表2】
【0126】
本開示の糸において、抵抗率は、例えば、絶縁抵抗計によって測定することができる。
【0127】
尚、本開示の糸(又は抗菌糸)において、抗菌性がより確実に得られる物性およびその値(物性値)は、上記の「比誘電率」、「インピーダンス」、「抵抗率」に限定されるものではない。
【0128】
[糸の用途]
本開示の糸は、電位発生フィラメント(又は電位発生繊維又は電荷発生繊維又は電場形成繊維)として、外部からのエネルギー(例えば少なくとも0.15%の引張り力または引張歪みなどの外部エネルギーを与えることなど)により電荷を発生して電位を発生することおよび電場を形成することができる繊維を有して成るため、糸の近傍に電場または電位が形成され、あるいは糸と糸との間、または人体等の所定の電位(グランド電位を含む)を有する物体に近接した場合などにも電場を生じさせることができる。上述の通り、このような電位または電場によって、直接的に抗菌性を発揮することができる。
【0129】
また、本開示の糸は、汗等の水分を介して、近接する他の繊維または人体等の所定の電位を有する物体に近接した場合に電流を流すこともできる。この電流によっても、抗菌性を発揮する場合がある。
【0130】
従って、本開示の糸は、例えば、人体等の所定の電位を有する物体に近接して用いられ得る物品に適用した場合、発生した電位もしくは電場または電流の作用、特に電位または電場の直接的な作用によって、上記のような抗菌性を発揮することができる。
【0131】
本開示の糸を適用することができる物品または製品としては、特に制限されるわけではないが、例えば、衣料(全般)、履物(全般)、マスク等の医療用品(全般)などが挙げられる。より具体的には、以下の用途などが考えられる。
【0132】
例えば、衣料全般、特に肌着(特に靴下)、タオル、履物全般、例えば、靴およびブーツ等の中敷き、スポーツウェア全般、帽子、寝具(布団、マットレス、シーツ、枕、枕カバー等を含む)、歯ブラシ、フロス、各種フィルタ類(浄水器、エアコンまたは空気清浄器などのフィルタ等)、ぬいぐるみ、ペット関連商品(ペット用マット、ペット用服、ペット用服のインナー)、各種マット品(足、手、または便座等)、カーテン、台所用品(スポンジまたは布巾等)、シート(車、電車または飛行機等のシート)、オートバイ用ヘルメットの緩衝材およびその外装材、ソファ、医療用品全般、例えば、包帯、ガーゼ、マスク、縫合糸、医者および患者の服、サポーター、サニタリ用品、スポーツ用品(ウェアおよびグローブのインナー、または武道で使用する籠手等)、あるいは包装資材等が挙げられる。
【0133】
衣料のうち、特に靴下(またはサポーター)は、歩行等の動きによって、関節に沿って必ず伸縮が生じるため、本開示の糸は、高頻度で電荷または電位を発生することができる。また、靴下は、汗などの水分を吸い取り、菌などの増殖の温床となるが、本開示の糸は、菌の増殖を抑制することができるため、防臭のための菌対策用途として、顕著な効果を生じ得る。
【0134】
尚、本開示の糸は、抗菌性が求められるあらゆる用途に適していると考えられ、その用途は、上記の用途に特に限定されるものではない。
【0135】
(布)
本開示の糸は、例えば、上記用途のために、布に加工することができる。従って、このような布は、本開示の糸を含んで成るものであり、上記の抗菌性を有する「抗菌布」として、上記の用途などに使用することができる。本開示の布には、織物、編物、不織布などが含まれる。これらは、本開示の糸から、当該分野で周知の方法などによって、適切に加工することで製造することができる。
【0136】
以下、実施例により、本開示の糸および布について、さらに詳しく説明する。
【実施例
【0137】
<電気的刺激による抗菌作用を確認するための予備試験>
電気的刺激による抗菌作用を確認するための予備試験を以下の手順(1)~(4)に基づいて行った。
(1)菌として、白癬菌(真菌)を用いて、発芽管状態の白癬菌を純水中に懸濁させることで白癬菌の懸濁液を準備した。
(2)白癬菌の懸濁液に以下の各条件で電圧を印加した。
(3)電圧印加後の白癬菌の状態を[図8]の写真に示す。
(4)電圧印加前後における白癬菌の状態変化の代表例として、20V×5Hzおよび50V×5Hzについて、それぞれ[図9](a)および[図9](b)に白癬菌の状態変化の写真を示す。
【0138】
・電極間距離
50μm
・電圧
条件A:10V
条件B:20V
条件C:30V
条件D:40V
条件E:50V
・周波数
1Hz
5Hz
10Hz
・測定回数
n=3
【0139】
(結果)
10Vから50Vにわたって10Vごとに電圧を変化させて電圧の値を増加させた(条件A~E)。その結果、電圧の増加にともなって白癬菌が変形し、原形質流動が停止する場合もあることが明らかとなった。[図9](a)および[図9](b)は、電圧印加前後における白癬菌の変形の代表写真であり、それぞれ胞子と菌糸の変形を確認した。特に、電圧条件DおよびEにおいて、白癬菌の原形質流動の停止を確認した。
その一方で、周波数を1Hz、5Hz、10Hzに変化させて、電流の値を増加させても、白癬菌の原形質流動が停止しない場合もあることがわかった。
以上のことから、抗菌作用には、電流の値よりも電圧の値が優位に関与することがわかった。
【0140】
また、予備試験で使用した白癬菌の胞子の大きさは、[図10]の写真に示す通り、5μm程度であり、電界強度が約0.2V/μm以上の電圧を印加した場合には、胞子の端から端にわたって、約1.0V以上の電圧が印加され、白癬菌が死滅または減少することがわかった。
【0141】
以上のことから、菌、特に真菌の胞子の大きさは、約2μm~10μm程度であることから(「食品衛生の窓」、東京都福祉保健局ホームページ)、上記の結果に基づいて、約0.1V/μm以上の電圧を印加すると、最大10μmの大きさの胞子にも対応して、約1.0V以上の電圧が印加され、このような菌を死滅または減少させることができることがわかる。
【0142】
尚、上記の予備試験はあくまで例示であって、本発明を拘束することを意図するものではない。
【0143】
(実施例1)
糸Aの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)を含む電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸Aを準備した(無撚糸)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。糸Aに含まれる電位発生フィラメントは、その周りに油剤を誘電体として含むものであった。尚、油剤は、糸の製造後の洗濯によって、電位発生フィラメントから、その一部が脱落していることがわかった。
糸Aの比誘電率の測定
糸Aの比誘電率は、平行板コンデンサーの間に糸Aを通して静電容量を測定し、糸Aを通していない時の静電容量との差分から糸Aの静電容量を算出し、その値と糸の容量を用いることによって、糸Aの誘電率を求め、さらに、真空の誘電率を用いて、式:[糸Aの比誘電率]=[糸Aの誘電率]/[真空の誘電率]に基づいて、計算により決定したところ、糸Aの比誘電率は、約1.4であることがわかった(測定温度:室温(25℃))。
糸Aにより形成される電場の電界強度の測定
糸AはPLLA(光学純度(L体):99%以上、結晶化度:42~44%)を含むことから、少なくとも0.15%の引張歪み等の外部からのエネルギーを与えることで電場または電位が発生することがわかった。また、糸Aの比誘電率が1.4であることから、糸Aにより形成される電場は、走査型プローブおよび表面電位計などを含む電気力顕微鏡(例えば、トレック社製 Model 1100TN)を用いて測定したところ、約0.1V/μmを超える電界強度を有することが分かった。
尚、電界強度の測定は、まず、走査型プローブを用いて、微弱な電圧を印加した微小なプローブを糸Aに近接させることによる電気引力あるいは斥力によるプローブの変位を検出し、次に、表面電位計を用いて、微小なプローブに加わった電気引力あるいは斥力を相殺するための電圧を測定することで糸Aの電界強度の値を測定した。
抗菌性
以上のことから、糸Aは、約0.1V/μmを超える電界強度を有することから、例えば10μm程度の白癬菌に対して、十分な抗菌性を示すことがわかった。
【0144】
(実施例2)
糸Bの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)を含む電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸Bを準備した(無撚糸)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。糸Bに含まれる電位発生フィラメントは、その周りに帯電防止剤を誘電体として含むものであった。尚、帯電防止剤は、糸の製造後の洗濯によって、電位発生フィラメントから、その一部が脱落していることがわかった。
糸Bの比誘電率の測定
糸Bの比誘電率は、上記糸Aと同様に測定したところ、約1.4であることがわかった(測定温度:室温(25℃))。
糸Bにより形成される電場の電界強度の測定
糸BはPLLA(光学純度(L体):99%以上、結晶化度:42~44%)を含むことから、少なくとも0.15%の引張歪み等の外部からのエネルギーを与えることで電場または電位が発生することがわかった。また、糸Bの比誘電率が約1.4であることから、糸Bにより形成される電場は、上記糸Aと同様に測定したところ、約0.1V/μmを超える電界強度を有することが分かった。
抗菌性
以上のことから、糸Bは、約0.1V/μmを超える電界強度を有することから、例えば10μm程度の白癬菌に対して、十分な抗菌性を示すことがわかった。
【0145】
(実施例3)
糸Cの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)を含む電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸Cを準備した(無撚糸)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。糸Cに含まれる電位発生フィラメントは、表面処理剤を全く含まず、その周りには誘電体として空気層のみが存在していた。
糸Cの比誘電率の測定
糸Cの比誘電率は、上記糸Aと同様に測定したところ、約1.1であることがわかった(測定温度:室温(25℃))。
糸Cにより形成される電場の電界強度の測定
糸CはPLLA(光学純度(L体):99%以上、結晶化度:42~44%)を含むことから、少なくとも0.15%の引張歪み等の外部からのエネルギーを与えることで電場または電位が発生することがわかった。また、糸Cの比誘電率が約1.1であることから、糸Cにより形成される電場は、上記糸Aと同様に測定したところ、約0.1V/μmを超える電界強度を有することが分かった。
抗菌性
以上のことから、糸Cは、約0.1V/μmを超える電界強度を有することから、例えば10μm程度の白癬菌に対して、十分な抗菌性を示すことがわかった。
【0146】
(実施例4)
糸Dの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)からなる電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸Dを準備した(無撚糸、脱脂済)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。
【0147】
糸Dの糸束での比誘電率の測定
糸Dをボビンにセットし、村田製作所製の糸巻き機を用いて、直径45mmの巻取り筒に糸Dが厚み方向に重ならないように糸道ガイドを通して糸Dを横方向に整列させて筒上に糸Dを巻き取った(回転速度:60rpm、1分間)(図11(A)参照)。
巻取り筒の軸方向に沿って糸Dをカットすることで巻取り筒から糸Dを切り離して約1cm幅の糸束サンプル(糸D)を得た(図11(B)参照)。尚、糸束サンプルの長手方向の上下の両端部はカットする際に固定した。
糸サンプル(糸D)をジグ(万力)にセットしてカプトン(登録商標)テープで固定した(図12(A)参照(写真は測定方法の例を示すに過ぎず糸束サンプルに含まれる糸は糸Dとは異なる))。
フィクスチャ(Agilent社製のDielectric Test Fixture(型番:16451B))に接続されたLCRメータ(Agilent社製のPrecision LCR Meter(型番:E4980A))の2枚の円形の測定用電極の間に糸束サンプル(糸D)を重ねて配置し(厚さ:約50μm)、2枚の測定用電極で糸束サンプルを挟んで固定した(図12(B)参照(写真は測定方法の例を示すに過ぎず糸束サンプルに含まれる糸は糸Dとは異なる))。
ここでLCRメータの測定用電極と糸束サンプルとの関係を図13に示す。この模式図で示す糸束サンプルの場合、糸Dが測定用電極に挟まれて互いに隣接していることから、糸Dと糸Dとの間には空隙が存在しないと仮定した。
図13に示す面積S1とS2の和を4倍したものを糸束サンプルの面積として計算した(以下、「サンプル面積」と称する)。
このようなサンプル面積にわたってLCRメータで糸Dの比誘電率を測定した結果、その値は約2.1であった(温度:室温(25℃)、周波数:1kHz)。測定の詳細については以下の表3に示す。
【0148】
(実施例5)
糸Eの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)からなる電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸Eを準備した(無撚糸、脱脂済)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。
【0149】
糸Eの糸束での比誘電率の測定
実施例4の糸Dと同様にして糸Eの比誘電率をLCRメータで測定した結果、比誘電率の値は約1.9であった。測定の詳細については以下の表3に示す。
【0150】
(実施例6)
糸Fの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)からなる電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸を準備した(無撚糸)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。
上記の糸に約0.1mLの表面処理剤(ナイスポールPR-99(日華化学株式会社製のナイスポール・シリーズ)、PEG変性ポリエステル系ポリマーを含む帯電防止剤)を塗布して乾燥させることで糸F(無撚糸)を準備した(塗布前重量:0.207g、塗布後乾燥重量:0.219g、付着重量:0.012g、付着量:5.4重量%)。
【0151】
糸Fの糸束での比誘電率の測定
実施例4と同様にして糸Fの糸束サンプルを準備した(図11参照)。
糸束サンプル(糸F)をジグ(万力)にセットしてカプトン(登録商標)テープで固定した(図12(A)参照(写真は測定方法の例を示すに過ぎず糸束サンプルに含まれる糸は糸Fとは異なる))。
実施例4と同様にしてフィクスチャ(Agilent社製のDielectric Test Fixture(型番:16451B))に接続されたLCRメータ(Agilent社製のPrecision LCR Meter(型番:E4980A))の2枚の円形の測定用電極の間に糸束サンプル(糸F)を重ねて配置し(厚さ:約50μm)、糸束サンプルを2枚の測定用電極で挟むことで固定した(図12(B)参照(写真は測定方法の例を示すに過ぎず糸束サンプルに含まれる糸は糸Fとは異なる))。
この糸束サンプルの場合、糸Fには表面処理剤が塗布されていることから糸に含まれるフィラメントが集合して糸Fと糸Fとの間に空間が生じた。
このような場合、例えば図13に示す面積S1とS2の和を4倍した値(換言すると理想的な状態の面積の値)から空間の面積を引き算したものをサンプル面積として計算した。尚、この空間の面積は、糸Fと糸Fの間の間隔を実際に測定し、好ましくは隙間合計の平均として算出し、測定用電極に配置された幅1cmの糸束サンプル(図13参照)の幅方向(電極直径方向)にわたって積算することで算出した。
このようなサンプル面積にわたってLCRメータで糸Fの比誘電率を測定した結果、その値は約4.5であった(温度:室温(25℃)、周波数:1kHz)。測定の詳細については以下の表4に示す。
【0152】
(実施例7)
糸Gの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)からなる電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸を準備した(無撚糸)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。
上記の糸に約0.1mLの表面処理剤(SR-1800(高松油脂株式会社製のSR加工剤・吸水加工剤・シリーズ)、ポリエステル系ポリマーを含む吸水性・SR性(汚れ除去性または防汚性)・帯電防止効果を付与することができる表面処理剤)を塗布して乾燥させることで糸G(無撚糸)を準備した(塗布前重量:0.203g、塗布後乾燥重量:0.213g、付着重量:0.010g、付着量:4.7重量%)。
【0153】
糸Gの糸束での比誘電率の測定
実施例6の糸Fと同様にして糸Gの比誘電率をLCRメータで測定した結果、比誘電率の値は約4.5であった。測定の詳細については以下の表4に示す。
【0154】
(実施例8)
糸Hの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)からなる電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸を準備した(無撚糸)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。
上記の糸に約0.1mLの表面処理剤(クインスタット(QUEENSTAT)NW-E conc(コタニ化学工業株式会社製クインスタット・シリーズ)、架橋性親水ウレタン系ポリマーを含む吸水性・SR性(汚れ除去性または防汚性)・帯電防止効果を付与することができる表面処理剤)を塗布して乾燥させることで糸H(無撚糸)を準備した(塗布前重量:0.205g、塗布後乾燥重量:0.234g、付着重量:0.029g、付着量:12重量%)。
【0155】
糸Hの糸束での比誘電率の測定
実施例6の糸Fと同様にして糸Hの比誘電率をLCRメータで測定した結果、比誘電率の値は約4.4であった。測定の詳細については以下の表4に示す。
【0156】
(実施例9)
糸Iの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)からなる電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸を準備した(無撚糸)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。
上記の糸に約0.1mLの金属酸化物を含む液体(酸化チタン(TiO)スプレー液(TRUSCO(トラスコ)中山株式会社製の光触媒TiO抗菌・消臭スプレー))を塗布して乾燥させることで糸I(無撚糸)を準備した(塗布前重量:0.206g、塗布後乾燥重量:0.207g、付着重量:0.001g、付着量:0.48重量%)。
【0157】
糸Iの糸束での比誘電率の測定
実施例6の糸Fと同様にして糸Iの比誘電率をLCRメータで測定した結果、比誘電率の値は約3.3であった。測定の詳細については以下の表5に示す。
【0158】
(実施例10)
糸Jの準備
圧電材料としてポリ-L-乳酸(PLLA)からなる電位発生フィラメント(フィラメント数:24本)からなる糸を準備した(無撚糸)(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、算出した光学純度(L体):99%以上、株式会社リガク製 ultraX 18で測定した結晶化度:42~44%)。
上記の糸に約0.1mLの金属酸化物を含む液体(酸化チタン(TiO)スプレー液(TRUSCO(トラスコ)中山株式会社製の光触媒TiO抗菌・消臭スプレー))を塗布して乾燥させることで糸J(無撚糸)を準備した(塗布前重量:0.213g、塗布後乾燥重量:0.213g、付着重量:0.001g未満、付着量:0.47重量%未満)。
【0159】
糸Jの糸束での比誘電率の測定
実施例6の糸Fと同様にして糸Jの比誘電率をLCRメータで測定した結果、比誘電率の値は約3.5であった。測定の詳細については以下の表5に示す。
【0160】
【表3】
【0161】
【表4】
【0162】
【表5】
【0163】
糸D~Jにより形成される電場の電界強度の測定
糸D~JはPLLA(光学純度(L体):99%以上、結晶化度:42~44%)を含むことから、少なくとも0.15%の引張り力または引張歪みなどの外部エネルギーを与えることで電場が発生する。また、糸D~Jは約4.5以下の比誘電率を有することから、糸D~Jにより形成される電場は、上記糸A~Cと同様に約0.1V/μmを超える電界強度を有することが分かった。
抗菌性
以上のことから、糸D~Jは、約0.1V/μmを超える電界強度を有し、約10μm程度の白癬菌に対して、十分な抗菌性を示すことがわかった。
【0164】
尚、実施例1の糸Aおよび実施例2の糸Bについて実施例6の糸Fと同様に糸束として比誘電率を測定した結果、比誘電率はそれぞれ約1.4であり、上記の実施例1および2で測定した結果と一致することがわかった。
また、実施例3の糸Cについて実施例4の糸Dと同様に糸束として比誘電率を測定した結果、糸Cの比誘電率は約1.1であり、上記の実施例3で測定した結果と一致することがわかった。
【0165】
(比較例1)
非圧電ポリ乳酸(PLA)ポリマー(ユニチカ製のテラマック(登録商標)(TERRAMAC)、結晶化度:34%)は、圧電性を有していないことから、電荷を発生することがなく、抗菌性も示さないことがわかった。
【0166】
上記の実施例1~10は、本開示の糸を例示するに過ぎず、特に比誘電率および発生する電位などを調節することができることを例示するに過ぎず、本開示の糸は、上記の実施例に示す形態に限定されるものではない。また、実施例1~10は、いずれも無撚糸であるが、撚りをかけることによって(例えば45°)、電界強度をさらに高めること、ひいてはさらに抗菌性を高めることができる。
【0167】
最後に本発明の態様について付言的に述べておく。上述した本発明は、限定されないものの以下の態様を含んでいる。
(態様1)
電位発生フィラメントまたは電場形成フィラメントを有して成る糸であって、前記糸の比誘電率が4.5以下であることを特徴とする糸。
(態様2)
前記比誘電率が1.0以上であることを特徴とする、態様1に記載の糸。
(態様3)
前記糸のインピーダンスが4.0×10Ωm以上であることを特徴とする、態様1または2に記載の糸。
(態様4)
前記インピーダンスが1.8×10Ωm以下であることを特徴とする、態様3に記載の糸。
(態様5)
前記糸の抵抗率が1.4×10Ωm以上であることを特徴とする、態様1~4のいずれか1項に記載の糸。
(態様6)
前記抵抗率が2.3×1015Ωm以下であることを特徴とする、態様5に記載の糸。
(態様7)
前記電位発生フィラメントが圧電材料を含んで成ることを特徴とする、態様1~6のいずれか1項に記載の糸。
(態様8)
前記圧電材料がポリ-L-乳酸(PLLA)を含んで成ることを特徴とする、態様7に記載の糸。
(態様9)
前記ポリ-L-乳酸(PLLA)の結晶化度が35%以上である、態様8に記載の糸。
(態様10)
前記電位発生フィラメントの周りの少なくとも一部に誘電体が設けられていることを特徴とする、態様1~9のいずれか1項に記載の糸。
(態様11)
前記誘電体が油剤を含んで成ることを特徴とする、態様10に記載の糸。
(態様12)
前記誘電体が導電性を有することを特徴とする、態様10または11に記載の糸。
(態様13)
前記誘電体が帯電防止剤を含んで成ることを特徴とする、態様10~12のいずれか1項に記載の糸。
(態様14)
前記誘電体が空気を含んで成ることを特徴とする、態様10に記載の糸。
(態様15)
前記誘電体がポリマーを含んで成ることを特徴とする、態様10に記載の糸。
(態様16)
前記ポリマーがエステル系ポリマーおよびウレタン系ポリマーからなる群から選択される少なくとも一種を含んで成ることを特徴とする、態様15に記載の糸。
(態様17)
前記誘電体が金属酸化物を含んで成ることを特徴とする、態様10に記載の糸。
(態様18)
前記金属酸化物が酸化チタンであることを特徴とする、態様17に記載の糸。
(態様19)
前記糸が表面処理剤を含まないことを特徴とする、態様1~9のいずれか1項に記載の糸。
(態様20)
前記糸が抗菌糸であることを特徴とする、態様1~19のいずれか1項に記載の糸。
(態様21)
態様1~20のいずれか1項に記載の糸を含んで成ることを特徴とする布。
【産業上の利用可能性】
【0168】
本発明は、様々な製品に利用することができる。例えば、糸が使用される日用製品、工業製品、特に衣料製品の全般において、糸または布として好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0169】
1,2: 糸
10: 電位発生フィラメント(又は電場形成フィラメント)
100: 誘電体
900: 延伸方向
910A: 第1対角線
910B: 第2対角線
図1
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