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特許7431495車輪用軸受装置のシール部材およびそれを備える車輪用軸受装置
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  • 特許-車輪用軸受装置のシール部材およびそれを備える車輪用軸受装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-06
(45)【発行日】2024-02-15
(54)【発明の名称】車輪用軸受装置のシール部材およびそれを備える車輪用軸受装置
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/78 20060101AFI20240207BHJP
   F16C 19/18 20060101ALI20240207BHJP
   F16J 15/3232 20160101ALI20240207BHJP
   F16J 15/3256 20160101ALI20240207BHJP
【FI】
F16C33/78 D
F16C19/18
F16J15/3232 201
F16J15/3256
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018051511
(22)【出願日】2018-03-19
(65)【公開番号】P2019163801
(43)【公開日】2019-09-26
【審査請求日】2021-02-26
【審判番号】
【審判請求日】2022-12-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002217
【氏名又は名称】弁理士法人矢野内外国特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】玉置 峻
【合議体】
【審判長】平城 俊雅
【審判官】内田 博之
【審判官】尾崎 和寛
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/038751(WO,A1)
【文献】特開2017-48809(JP,A)
【文献】特開2003-262235(JP,A)
【文献】特開2014-31877(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/78-33/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外方部材と、外周に小径段部が形成されたハブ輪、および前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪を有する内方部材と、前記外方部材と前記内方部材との間に設けられた複列の転動体と、を具備する車輪用軸受装置における前記外方部材と前記内方部材との間をシールするシール部材であって、
前記外方部材の内周面に嵌合するシール板嵌合部と前記シール板嵌合部から径方向内側に延びる支持部と前記支持部に設けられるシールリップとを有するシール板と、
前記内方部材の外周面に嵌合するスリンガ嵌合部と前記スリンガ嵌合部から径方向外側に延びて前記支持部と対向する内側立板部と前記内側立板部から前記支持部に向かって屈曲する段部と前記段部から径方向外側に延びて前記支持部と対向する外側立板部とを有するスリンガと、を備え、
前記シールリップは、先端部分が前記外側立板部に接触するアキシアルリップと前記アキシアルリップよりも径方向内側に配置され径方向外側へ延びた先端部分が前記内側立板部と前記段部と前記スリンガ嵌合部とで構成された膨出空間に位置する中間リップとを有し、
前記段部および前記内側立板部と前記中間リップとの間にラビリンスが構成されている車輪用軸受装置のシール部材。
【請求項2】
請求項1に記載のシール部材を備え、
前記内側立板部は、前記外方部材の軸方向端面よりも軸方向外側に膨出している車輪用軸受装置。
【請求項3】
外方部材と、外周に小径段部が形成されたハブ輪、および前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪を有する内方部材と、前記外方部材と前記内方部材との間に設けられた複列の転動体と、を具備し、前記外方部材と前記内方部材との間をシールするシール部材を備える車輪用軸受装置であって、
前記シール部材は、
前記外方部材の内周面に嵌合するシール板嵌合部と前記シール板嵌合部から径方向内側に延びる支持部と前記支持部に設けられるシールリップとを有するシール板と、
前記内方部材の外周面に嵌合するスリンガ嵌合部と前記スリンガ嵌合部から径方向外側に延びて前記支持部と対向する内側立板部と前記内側立板部から前記支持部に向かって屈曲する段部と前記段部から径方向外側に延びて前記支持部と対向する外側立板部とを有するスリンガと、を備え、
前記シールリップは、先端部分が前記外側立板部に接触するアキシアルリップと前記アキシアルリップよりも径方向内側に配置され径方向外側へ延びた先端部分が前記内側立板部と前記段部と前記スリンガ嵌合部とで構成された膨出空間に位置する中間リップとを有し、
前記段部の内周面が前記スリンガ嵌合部の外周面と平行になるように形成されており、
前記内側立板部は、前記外方部材の軸方向端面よりも軸方向外側に膨出している車輪用軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車輪用軸受装置のシール部材およびそれを備える車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車等の懸架装置において車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置が知られている。車輪用軸受装置は、車両のシャーシ等に設けられているナックルに外方部材が固定され、回転体を介してハブ輪を含む内方部材が回転自在に支持されている。車輪用軸受装置には、外方部材と内方部材との隙間を塞ぐシール部材が設けられている。インナー側(車両側)のシール部材は、車輪用軸受装置の外方部材に嵌合されているシール板と、シール板を覆うように内方部材に嵌合されているスリンガとが組み合わされてパックシールとして構成されている。インナー側のシール部材は、シール板に設けられている複数のシールリップがスリンガに接触することで内部のグリースの漏れを防止するとともに外部から雨水、泥水および泥水等の入り込みを防止している。
【0003】
このような車輪用軸受装置において、粉塵や泥水等にさらされる厳しい使用環境下においても長い軸受寿命を得るために、シール部材に複数のシール機構を設けてシール性を向上させているものがある。例えば、ラビリンスを構成して、パックシールの内部に粉塵や泥水の入り込みを抑制するものがある。このように構成することで、パックシールは、シールリップ先端への雨水や粉塵の入り込みが抑制され、シールリップ先端の損傷を防止し、シール性を向上させることができる。例えば、特許文献1に記載の如くである。
【0004】
特許文献1に記載のシール部材には、スリンガの立板部に接触しているアキシアルリップ、中間リップ、スリンガの円筒部に接触しているラジアルリップに加えて、スリンガの外周部分からインナー側に向かって延びる円筒部が形成されている。シール部材には、円筒部の外周面と車輪用軸受装置の外方部材との僅かな径方向すきまによってラビリンスシールが構成されている。これにより、シール部材は、ラビリンスシールによって外部から泥水や粉塵の入り込みを抑制し、シールリップ先端の損傷や摩耗を防止する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-158226号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
シール部材は、ラビリンスシールを通り抜けた泥水や泥水等をアキシアルリップや中間リップによってシールするように構成されている。アキシアルリップと中間リップとは、同一平面であるスリンガの立板部に接触することでシールしている。このため、シール部材は、泥水や粉塵によってアキシアルリップの立板部との摺動面が損傷したり摩耗したりすると、アキシアルリップを通り抜けた泥水や粉塵が立板部を伝って中間リップの先端部に到達し、中間リップと立板部との摺動面に入り込む。つまり、シール部材は、内部に入り込んだ泥水や粉塵がアキシアルリップと中間リップとの立板部との摺動面に到達し易く、かつ外部に排出され難い構造であり、泥水や泥水等が内部に入り込むとシール性が低下する可能性があった。
【0007】
本発明は以上の如き状況に鑑みてなされたものであり、内部に泥水や粉塵が入り込んでもシール性を保つことができるシール部材およびそれを備える車輪用軸受装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、第一の発明は、外方部材と、外周に小径段部が形成されたハブ輪、および前記小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪を有する内方部材と、前記外方部材と前記内方部材との間に設けられた複列の転動体と、を具備する車輪用軸受装置における前記外方部材と前記内方部材との間をシールするシール部材であって、前記外方部材の内周面に嵌合するシール板嵌合部と前記シール板嵌合部から径方向内側に延びる支持部と前記支持部に設けられるシールリップとを有するシール板と、前記内方部材の外周面に嵌合するスリンガ嵌合部と前記スリンガ嵌合部から径方向外側に延びて前記支持部と対向する立板部とを有するスリンガと、を備え、前記立板部には、前記支持部に向かって屈曲する段部が形成され、前記段部の径方向外側であって前記支持部側でない板面が、前記段部の径方向内側であって前記支持部側の板面よりも前記支持部側に配置され、前記シールリップの先端部分が前記段部の内周面の近傍に配置されているものである。
【0009】
第二の発明は、前記段部の内周面が前記スリンガ嵌合部の外周面と平行になるように形成され、前記シールリップの先端部分が径方向視で前記段部と重複しているシール部材である。
【0010】
第三の発明は、前記段部と前記シールリップとの間にラビリンスが構成されているシール部材である。
【0011】
第四の発明は、前記段部の内周面に前記シールリップが接触しているシール部材である。
【0012】
第五の発明は、第一の発明から第五の発明に記載のシール部材を備える車輪用軸受装置であって、前記立板部は、前記段部よりも径方向内側に設けられ、かつ、前記外方部材の軸方向端面よりも軸方向外側に膨出する内側立板部を含み、前記シールリップの先端部分は、前記内側立板部と前記段部と前記スリンガ嵌合部とで構成された膨出空間に設けられている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の効果として、以下に示すような効果を奏する。
【0014】
即ち、第一の発明によれば、スリンガの板厚以上の軸方向長さを有する段部の内周面の近傍にシールリップの先端部分が延びているので、内部に入り込んだ泥水等が段部よりも径方向外側の立板部を伝ってシールリップの腹部分に案内され、段部よりも径方向内側の立板部とシールリップの先端部分との間に入り込みにくい。これにより、シール部材は、内部に泥水や粉塵が入り込んでもシール性を保つことができる。
【0015】
第二の発明によれば、立板部に対して直角に屈曲された段部にシールリップの先端部分が覆われているので、内部に入り込んだ泥水等が段部を伝って立板部とシールリップの先端との間に入り込まない。これにより、シール部材は、内部に泥水や粉塵が入り込んでもシール性を保つことができる。
【0016】
第三の発明によれば、段部の内周面とシールリップの先端部分との間にラビリンスシールが構成されているので、段部よりも径方向外側の立板部を伝ってシールリップの腹に案内された泥水等がシールリップの先端部分と立板部との間に入り込みにくい。これにより、シール部材は、内部に泥水や粉塵が入り込んでもシール性を保つことができる。
【0017】
第四の発明によれば、立板部から軸方向に屈曲された段部の内周面にシールリップの先端部分が接触しているので、径方向外側の立板部を伝って入り込んだ泥水等が段部の内周面を伝ってシールリップの先端部分に到達し難い。これにより、シール部材は、内部に泥水や粉塵が入り込んでもシール性を保つことができる。
【0018】
第五の発明によれば、車輪用軸受装置の外部に向かってスリンガの立板部が膨出しているので、シールリップの先端部分を覆う段部の軸方向長さを十分に確保することができる。これにより、シール部材は、内部に泥水や粉塵が入り込んでもシール性を保つことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】車輪用軸受装置の一実施形態における全体構成を示す斜視図。
図2】車輪用軸受装置の一実施形態における全体構成を示す断面図。
図3】シール部材の第一実施形態においてシール部材の構成を示す拡大段面図。
図4】シール部材の第一実施形態において泥水等の流れを示す拡大段面図。
図5】シール部材の第二実施形態においてシール部材の構成を示す拡大段面図。
図6】シール部材の第二実施形態において泥水等の流れを示す拡大段面図。
図7】シール部材の第三実施形態において泥水等の流れを示す拡大段面図。
図8】シール部材の第四実施形態において泥水等の流れを示す拡大段面図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、図1から図3を用いて、本発明に係る車輪用軸受装置1の第一実施形態である車輪用軸受装置1について説明する。
【0021】
図1図2とに示すように、車輪用軸受装置1は、自動車等の車両の懸架装置において車輪を回転自在に支持するものである。車輪用軸受装置1は、外方部材である外輪2、内方部材であるハブ輪3、内輪4、転動列である二列のインナー側ボール列5a、アウター側ボール列5b、シール部材であるインナー側シール部材6、シール部材であるアウター側シール部材11を具備する。インナー側シール部材6およびアウター側シール部材11は、車輪用軸受シールである。ここで、本明細書において、インナー側とは、車輪用軸受装置1を車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車体側を表し、アウター側とは、車輪用軸受装置1を車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車輪側を表す。軸方向とは、車輪用軸受装置1の回転軸に沿った方向を表す。
【0022】
図2に示すように、外方部材である外輪2は、略円筒状に形成されている。外輪2のインナー側端部には、インナー側シール部材6が嵌合可能なインナー側開口部2aが形成されている。外輪2のアウター側端部には、アウター側シール部材11が嵌合可能なアウター側開口部2bが形成されている。
【0023】
外輪2の内周面には、環状に形成されているインナー側の外側軌道面2cとアウター側の外側軌道面2dとが周方向に互いに平行になるように形成されている。アウター側の外側軌道面2dは、インナー側の外側軌道面2cとピッチ円直径とが同等もしくは大きくなるように形成されている。外輪2の外周面には、図示しない懸架装置のナックルに取り付けるための車体取り付けフランジ2eが一体に形成されている。
【0024】
内方部材を構成するハブ輪3は、円柱状に形成されている。ハブ輪3のインナー側端部には、外周面に縮径された小径段部3aが形成されている。ハブ輪3のアウター側端部には、車輪を取り付けるための車輪取り付けフランジ3bが一体的に形成されている。車輪取り付けフランジ3bには、円周等配位置にハブボルト3dが設けられている。また、ハブ輪3は、アウター側の内側軌道面3cが外輪2のアウター側の外側軌道面2dに対向するように配置されている。ハブ輪3には、小径段部3aに内輪4が設けられている。
【0025】
内輪4は、円筒状に形成されている。内輪4の外周面には、周方向に環状の内側軌道面4aが形成されている。内輪4は、圧入によりハブ輪3のインナー側端部に固定されている。つまり、ハブ輪3のインナー側には、内輪4によって内側軌道面4aが構成されている。ハブ輪3は、インナー側端部の内輪4の内側軌道面4aが外輪2のインナー側の外側軌道面2cに対向するように配置されている。
【0026】
インナー側ボール列5aとアウター側ボール列5bとは、転動体である複数のボール51が保持器52によって環状に保持されている。インナー側ボール列5aは、内輪4の内側軌道面4aと、外輪2のインナー側の外側軌道面2cとの間に転動自在に挟まれている。アウター側ボール列5bは、ハブ輪3の内側軌道面3cと、外輪2のアウター側の外側軌道面2dとの間に転動自在に挟まれている。
【0027】
図2図3とに示すように、本発明に係るシール部材の第一実施形態であるインナー側シール部材6は、外輪2のインナー側開口部2aと内輪4との隙間を塞ぐものである。インナー側シール部材6は、2枚のシールリップを接触させる2サイドリップタイプのパックシールから構成されている。インナー側シール部材6は、略円筒状のシール板7と略円筒状のスリンガ10とを具備する。なお、以下の実施形態においてインナー側シール部材6は、単数または複数のシールリップ9を備えるパックシールであればよい。
【0028】
図3に示すように、シール板7は、芯金8とシールリップ9(薄墨部分参照)とから構成されている。芯金8は金属製であり、例えば、フェライト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS430系等)やオーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)から構成されている。芯金8は、円環状の鋼板の外縁部がプレス加工によって屈曲され、軸方向断面視で略L字状に形成されている。これにより、芯金8は、円筒状のシール板嵌合部8aと、シール板嵌合部8aのインナー側端から径方向内側に延びる円盤状の支持部8bと、から構成されている。
【0029】
芯金8のシール板嵌合部8aのインナー側端部には、シール材が、例えば加硫接着されている。芯金8の支持部8bの一側(インナー側)面には、シールリップ9を構成するラジアルリップ9a、中間リップ9bおよびアキシアルリップ9cが径方向内側からこの順で一体に、例えば加硫接着されている。ラジアルリップ9a、中間リップ9bおよびアキシアルリップ9cは、例えば、NBR(アクリロニトリル-ブタジエンゴム)、耐熱性に優れたHNBR(水素化アクリロニトリル・ブタジエンゴム)、EPDM(エチレンプロピレンゴム)、耐熱性、耐薬品性に優れたACM(ポリアクリルゴム)、FKM(フッ素ゴム)、あるいはシリコンゴム等の合成ゴムから構成されている。シール板7は、シール板嵌合部8aが外輪2のインナー側開口部2aに嵌合されて外輪2と一体的に構成されている。
【0030】
スリンガ10は、例えば、シール板7と同等の鋼板から構成されている。スリンガ10は、円環状の鋼板がプレス加工によって屈曲され、軸方向断面視で略L字状に形成されている。これにより、スリンガ10は、円筒状のスリンガ嵌合部10aと、スリンガ嵌合部10aのインナー側端から径方向外側に延びる円環状の内側立板部10bと、内側立板部10bの外周部から軸方向アウター側に延びる円筒状の段部10cと、段部10cのアウター側端から径方向外側に延びる円環状の外側立板部10dとから構成されている。スリンガ10は、スリンガ嵌合部10aが内輪4に嵌合されて内輪4と一体的に構成されている。内側立板部10bと外側立板部10dとは、シール板7の支持部8bに対向した状態でシール板7のインナー側に配置されている。
【0031】
このように、インナー側シール部材6は、外輪2のインナー側開口部2aに嵌合されたシール板7と内輪4に嵌合されたスリンガ10とが対向するように配置され、パックシールを構成している。シール板7のラジアルリップ9aは、油膜を介してスリンガ10のスリンガ嵌合部10aの外周面に接触または近接し、主に車輪用軸受装置1の内部のグリースの外部への漏れを防止している。シール板7の中間リップ9bは、内側立板部10bのアウター側(シール板7の支持部8b側)の板面に油膜を介して接触し、主に車輪用軸受装置1の外部から泥水等の内部への入り込みを防止している。また、シール板7のアキシアルリップ9cは、外側立板部10dのアウター側の板面において油膜を介して接触し、主に車輪用軸受装置1の外部からの泥水等の内部への入り込みを防止している。インナー側シール部材6は、シール板7のラジアルリップ9a、中間リップ9bおよびアキシアルリップ9cが油膜を介してスリンガ10に接触または近接することでスリンガ10に対して摺動可能に構成されている。これにより、インナー側シール部材6は、外輪2のインナー側開口部2aからの潤滑グリースの漏れおよび外部からの雨水や泥水等の入り込みを防止する。
【0032】
図2に示すように、アウター側シール部材11は、外輪2のアウター側開口部2bとハブ輪3との隙間を塞ぐものである。アウター側シール部材11は、略円筒状の芯金12にシールリップ13が、例えば加硫接着された一体型のシールとして構成されている。
【0033】
アウター側シール部材11の芯金12は、例えば、フェライト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS430系等)やオーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)から構成されている。芯金12は、軸方向断面視で略L字状に形成されている。シールリップ13は、例えば、NBR(アクリロニトリル-ブタジエンゴム)、耐熱性に優れたHNBR(水素化アクリロニトリル・ブタジエンゴム)、EPDM(エチレンプロピレンゴム)、耐熱性、耐薬品性に優れたACM(ポリアクリルゴム)、FKM(フッ素ゴム)、あるいはシリコンゴム等の合成ゴムから構成されている。
【0034】
アウター側シール部材11は、芯金12が外輪2のアウター側開口部2bに嵌合されている。この際、アウター側シール部材11は、シールリップ13がハブ輪3のシール摺動面に接触するように配置されている。
【0035】
外輪2のインナー側開口部2aと内輪4との隙間がインナー側シール部材6で塞がれ、外輪2のアウター側開口部2bとハブ輪3との隙間がアウター側シール部材11で塞がれている。これにより、車輪用軸受装置1では、内部からの潤滑グリースの漏れおよび外部からの雨水や泥水等の入り込みが防止されている。
【0036】
次に、図4を用いて、インナー側シール部材6を構成するシールリップ9とスリンガ10とについて詳細に説明する。シールリップ9の中間リップ9bは、スリンガ10の内側立板部10bに接触し、シールリップ9のアキシアルリップ9cは、スリンガ10の外側立板部10dに接触している。
【0037】
外側立板部10dの外縁端面は、シール板7のシール板嵌合部8aの内周面と対向して僅かな隙間(網掛部分)を有している。これにより、外側立板部10dは、シール板嵌合部8aの内周面との間に入口ラビリンスシールLaを構成している。また、外側立板部10dは、内側立板部10bよりもアウター側(支持部8b側)にずれている。この際、外側立板部10dのインナー側の板面(支持部8b側でない板面)は、内側立板部10bのアウター側の板面(支持部8b側の板面)よりもアウター側に所定の軸方向の間隔を有するように配置されている。つまり、段部10cは、外側立板部10dと内側立板部10bとの所定の軸方向の間隔と、外側立板部10dの板厚とから定まる軸方向長さDaになるように屈曲されている。また、段部10cの内周面は、スリンガ嵌合部10aの外周面と平行になるように屈曲されている。つまり、段部10cは、軸方向断面視で外側立板部10dに対して略直角に屈曲されている。
【0038】
アキシアルリップ9cの先端部分は、中間リップ9bの先端部分よりもアウター側に段部10cの軸方向長さDaだけずれた位置で外側立板部10dに接触している。つまり、アキシアルリップ9cの先端部分は、径方向視で中間リップ9bの腹部分に重複する位置で外側立板部10dに接触している。中間リップ9bは、段部10cの内周面に近接する方向に延びていて、その先端部分はラビリンス隙間(入口ラビリンスシールLa)を介して、段部10c内周面と径方向に対向している。中間リップ9bの先端部分は、段部10cの内周面の近傍で内側立板部10bに接触している。また、中間リップ9bの先端部分は、段部10cの内周面と対向して僅かな幅の径方向隙間を有している。これにより、中間リップ9bは、段部10cの内周面との間に中間ラビリンスシールLbを構成している。
【0039】
内側立板部10bは、段部10cの軸方向長さDaだけ外側立板部10dよりもインナー側に突出している。インナー側シール部材6は、外輪2に嵌合された状態において、スリンガ10の外側立板部10dが外輪2のインナー側端面と略同一平面上に配置されている。内側立板部10bは、外輪2の軸方向端面よりも軸方向外側に膨出している。つまり、インナー側シール部材6は、内側立板部10bが外輪2のインナー側端面よりもインナー側に突出しているので、車輪用軸受装置1の形状に影響されることなく中間リップ9bの先端部分を覆う段部10cの軸方向長さDaを十分に確保することができる。中間リップ9bの先端部分は、内側立板部10bと段部10cとスリンガ嵌合部10aとで構成された膨出空間に設けられている。
【0040】
インナー側シール部材6は、泥水等が入口ラビリンスシールLaを通り抜けて内部に入り込むと、外側立板部10dを伝ってアキシアルリップ9cと外側立板部10dとの間に到達する。インナー側シール部材6は、内部に入り込んだ泥水等がアキシアルリップ9cと外側立板部10dとの間を通り抜けた場合、外側立板部10dによって泥水等を径方向内側に向かって案内する。インナー側シール部材6は、外側立板部10dの径方向内側端に到達した泥水等を、段部10cによって外側立板部10dの径方向内側端に滞留させる。外側立板部10dの径方向内側端に滞留した泥水等は、滞留量が増大すると中間リップ9bの腹部分に滴下される(矢印参照)。この際、中間リップ9bの先端部分は、段部10cの内周面の近傍に配置されているので、泥水等が中間リップ9bの先端部分に滴下され難い。また、インナー側シール部材6は、外側立板部10dの径方向内側端に滞留せずに段部10cの内周面を伝う泥水等を、中間リップ9bの先端部と段部10cの内周面との間の中間ラビリンスシールLbによってシールする。
【0041】
このように構成することで、インナー側シール部材6は、入口ラビリンスシールLaによって内部への泥水等の入り込みを抑制するだけでなく、内部に入り込んだ泥水等を外側立板部10dと段部10cとによって中間リップ9bの腹部分に滴下させるように構成されている。さらに、インナー側シール部材6の段部10cは、中間リップ9bの先端部分を覆うために必要な軸方向長さDaを有している。従って、インナー側シール部材6は、段部10cの内周面の近傍に配置されている中間リップ9bの先端部分が段部10cによって覆われ、かつ中間ラビリンスシールLbが構成されるので、泥水等が段部10cを伝って内側立板部10bとシールリップ9の先端との間に入り込まない。これにより、インナー側シール部材6は、内部に泥水等が入り込んでも中間リップ9bの先端部分への泥水等の入り込みが抑制されるので中間リップ9bとラジアルリップ9aとのシール性を保つことができる。
【0042】
次に、図5図6とを用いて、本発明に係るシール部材の第二実施形態であるインナー側シール部材14について説明する。なお、以下の実施形態に係るインナー側シール部材14・16・18は、図1から図4に示すインナー側シール部材6において、インナー側シール部材6に替えて適用されるものとして、その説明で用いた名称、図番、符号を用いることで、同じものを指すこととし、以下の各実施形態において、既に説明した実施形態と同様の点に関してはその具体的説明を省略し、相違する部分を中心に説明する。
【0043】
図5に示すように、インナー側シール部材14は、シール板7とスリンガ15とを有する。
【0044】
スリンガ15は、内輪4に嵌合される円筒状のスリンガ嵌合部15aと、スリンガ嵌合部15aのインナー側端から径方向外側に延びる円環状の内側立板部15bと、内側立板部15bの外周縁から軸方向アウター側に延びる円筒状の段部15cと、段部15cのアウター側端から径方向外側に延びる円環状の外側立板部15dと、外側立板部15dの外周縁から軸方向アウター側に延びる円筒状の壁部15eから構成されている。内側立板部15bと外側立板部15dとは、シール板7の支持部8bに対向した状態でシール板7のインナー側に配置されている。壁部15eの内周面は、スリンガ嵌合部15aの外周面と平行になるように屈曲されている。つまり、壁部15eは、軸方向断面視で外側立板部15dに対して略直角に屈曲されている。
【0045】
図6に示すように、スリンガ15の壁部15eは、所定の軸方向長さDbの円筒状に形成されている、壁部15eの外周面は、シール板7のシール板嵌合部8aの内周面と対向して僅かな径方向隙間(網掛部分)を構成している。さらに、壁部15eのアウター側端は、シール板7の支持部8bと対向して僅かな径方向隙間(網掛部分)を構成している。これにより、壁部15eは、シール板嵌合部8aの内周面との間、および支持部8bとの間に入口ラビリンスシールLcを構成している。また、壁部15eは、アキシアルリップ9cの先端部分を覆っている。壁部15eのアウター側端は、径方向視でアキシアルリップ9cの腹部分に重複している。
【0046】
インナー側シール部材14は、泥水等が入口ラビリンスシールLcを通り抜けて内部に入り込むと、壁部15eの内周面に到達する。インナー側シール部材14は、壁部15eのアウター側端に到達した泥水等を滞留させる。壁部15eのアウター側端に留まった泥水等は、アキシアルリップ9cの腹部分に滴下される。この際、アキシアルリップ9cの先端部分は、壁部15eに覆われているので、泥水等がアキシアルリップ9cの先端部分に滴下され難い。
【0047】
このように構成することで、インナー側シール部材14は、入口ラビリンスシールLcシールによって内部への泥水等の入り込みを抑制するだけでなく、内部に入り込んだ泥水等を壁部15eによってアキシアルリップ9cの腹部分に滴下させるように構成されている。さらに、インナー側シール部材14は、アキシアルリップ9cの先端部分が段部15cによって覆われ、かつアキシアルリップ9cの先端部分から離間した位置に泥水等を滴下させているので、泥水等が外側立板部15dとアキシアルリップ9cの先端との間に入り込まない。これにより、シール部材は、内部に泥水等が入り込んでも中間リップ9bの先端部分への泥水等の入り込みが抑制されるのでアキシアルリップ9cと中間リップ9bとラジアルリップ9aとのシール性を保つことができる。
【0048】
次に、図7を用いて、本発明に係るシール部材の第三実施形態であるインナー側シール部材16について説明する。
【0049】
図7に示すように、インナー側シール部材16は、シール板7とスリンガ10とを有する。芯金8の支持部8bには、シールリップ17を構成するラジアルリップ17a、中間リップ17bおよびアキシアルリップ17cが径方向内側からこの順で一体に、例えば加硫接着されている。中間リップ17bの先端部分は、スリンガ10の内側立板部10bのアウター側(シール板7の支持部8b側)の板面と対向して僅かな軸方向隙間(網掛部分)を構成している。さらに、また、中間リップ17bの先端部分は、段部10cの内周面と対向して、僅かな径方向隙間(網掛部分)を構成している。つまり、中間リップ17bは、内側立板部10bのアウター側の板面との間、および段部10cの内周面との間に中間ラビリンスシールLdを構成している。
【0050】
このように構成することで、内部に入り込んだ泥水等を外側立板部10dと段部10cとによって中間リップ17bの腹部分に滴下させるように構成されている(矢印参照)。さらに、インナー側シール部材16は、中間リップ17bの先端部分が段部10cによって覆われるので、ラビリンスシールを構成している中間リップ17bの先端部分と内側立板部10bとの軸方向隙間に泥水等が到達し難い。これにより、インナー側シール部材16は、内部に泥水等が入り込んでも中間リップ17bの先端部分への泥水等の入り込みが抑制されるので、中間リップ17bを非接触のラビリンスシールとして回転トルクを低減させつつ中間リップ17bとラジアルリップ17aとのシール性を保つことができる。
【0051】
同様にして、第三実施形態に係るインナー側シール部材16において、中間リップ9bの先端部と内側立板部15bのアウター側の板面との間に僅かな軸方向隙間を設け、段部15cの内周面との間に僅かな径方向隙間を設けて中間ラビリンスシールを構成してもよい。
【0052】
次に、図8を用いて、本発明に係るシール部材の第四実施形態であるインナー側シール部材18について説明する。
【0053】
芯金8の支持部8bには、シールリップ19を構成するラジアルリップ19a、中間リップ19bおよびアキシアルリップ19cが径方向内側からこの順で一体に、例えば加硫接着されている。シール板7の中間リップ19bの先端部分は、段部10cの内周面において油膜を介して接触し、主に車輪用軸受装置1の外部から泥水等の内部への入り込みを防止している。
【0054】
このように構成することで、内部に入り込んだ泥水等を外側立板部10dと段部10cとによって滞留させて中間リップ19bの腹部分に滴下させるように構成されている。これにより、インナー側シール部材18は、内部に泥水等が入り込んでも中間リップ19bの先端部分への泥水等の入り込みが抑制されるので、中間リップ19bとラジアルリップ19aとのシール性を保つことができる。
【0055】
同様にして、第四実施形態に係るインナー側シール部材18において、中間リップ9bの先端部分は、段部15cの内周面において油膜を介して接触させる構成でもよい。
【0056】
また、車輪用軸受装置の一実施形態である車輪用軸受装置1は、複列アンギュラ玉軸受から構成されているが、複列円錐ころ軸受構成してもよい。
【0057】
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、更に種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、更に特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。また、本実施形態において、車輪用軸受装置1は、ハブ輪3の外周に内側軌道面3cが直接形成されている第3世代構造の車輪用軸受装置1として構成されているがこれに限定するものではなく、ハブ輪3に一対の内輪4が圧入固定された第2世代構造、または第1世代構造であってもよい。
【符号の説明】
【0058】
1 車輪用軸受装置
2 外輪
2a インナー側開口部
3 ハブ輪
4 内輪
6・14・16・18 インナー側シール部材
7 シール板
8a シール板嵌合部
8b 支持部
10 スリンガ
10a スリンガ嵌合部
10b 内側立板部
10d 外側立板部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8