(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-07
(45)【発行日】2024-02-16
(54)【発明の名称】熱化学水素製造法のISプロセスにおけるプロセス溶液濃度の調整方法及びその装置
(51)【国際特許分類】
C01B 3/02 20060101AFI20240208BHJP
【FI】
C01B3/02 D
(21)【出願番号】P 2020014742
(22)【出願日】2020-01-31
【審査請求日】2023-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】712003270
【氏名又は名称】大日機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001922
【氏名又は名称】弁理士法人日峯国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久保 真治
(72)【発明者】
【氏名】野口 弘喜
(72)【発明者】
【氏名】上地 優
(72)【発明者】
【氏名】今 肇
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-163180(JP,A)
【文献】特開2007-106628(JP,A)
【文献】特開2014-015344(JP,A)
【文献】特開2005-041735(JP,A)
【文献】特開2006-335602(JP,A)
【文献】特開2008-208005(JP,A)
【文献】国際公開第2013/132680(WO,A1)
【文献】特開2007-314408(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱化学水素製造法のIS(ヨウ素硫黄)プロセスにおけるプロセス溶液濃度を調整する方法であって、
ISプロセスにおいて使用される
ブンゼン反応器内のHI-I
2-H
2O溶液に
60wt%~80wt%の濃度の硫酸を添加し、さらに混合し、二液相分離現象を利用して、硫酸相とHIx相の二相を形成させた後、HI-I
2-H
2O溶液中の水分を前記硫酸相中へ移行させ、その後、前記硫酸相を抜き出すことを特徴とするプロセス溶液濃度の調整方法。
【請求項2】
熱化学水素製造法のIS(ヨウ素硫黄)プロセスにおけるプロセス溶液濃度を調整する装置であって、
ISプロセスにおいて使用される
ブンゼン反応器に
60wt%~80wt%の濃度の硫酸を注入するラインを設けると共に、その注入ラインに
前記濃度
の硫酸
を注入するポンプを取り付け、密度センサー若しくは流量センサー又はこれらの組み合せを用いて
前記ポンプの流量を制御することを特徴とするプロセス溶液濃度の調整装置。
【請求項3】
熱化学水素製造法のIS(ヨウ素硫黄)プロセスにおけるプロセス溶液濃度を調整する装置であって、
ISプロセスにおいて使用される
ブンゼン反応器の重液相側からHIx相溶液を抜き出し、当該
ブンゼン反応器へ循環させる溶液循環ラインを設け、該循環ラインの途中に静的混合器を取り付けて、
60wt%~80wt%の濃度の硫酸とHIx相溶液の混合を促進させることを特徴とするプロセス溶液濃度の調整装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、高温ガス炉等から得られる高温の熱エネルギーを利用し、水素を製造する熱化学水素製造法のIS(ヨウ素 (I)と硫黄 (S))プロセスにおいて、装置内に循環させて化学反応に使用されるプロセス溶液の濃度を調整する方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
熱化学水素製造法ISプロセスは、安全性に優れる高温ガス炉等を熱源とする水素製造システムにおいて、大規模・高効率・経済的な水素製造方法として期待されている。ISプロセスは、ブンゼン反応(硫酸とヨウ化水素の生成反応)、硫酸の熱分解反応、ヨウ化水素の熱分解反応の3つの化学反応を用いて水を分解することが可能で、再生可能エネルギーや原子力などを熱源にすることで、二酸化炭素を発生することなく水素を製造できる。
【0003】
ISプロセスの化学反応構成は
図1に模式的に示されるが、3つの主要反応のうちの一つであるブンゼン反応は、以下のように表される。
【0004】
SO2+I2+2H2O→2HI+H2SO4
【0005】
ブンゼン反応を生じさせるためのブンゼン反応工程においては、二酸化硫黄(SO2)ガスをヨウ素(I2)と水(H2O)の混合物中に導入することで、共に強酸性を示す、軽液相(硫酸(H2SO4)に富む)と重液相(ヨウ化水素(HI)に富む)から成る液-液の二相分離生成溶液が得られる。
【0006】
軽液相のH2SO4及び重液相のHIは、それぞれ硫酸分解工程とHI分解反応工程で処理され、次の反応により、それぞれ酸素及び水素を生成する。
【0007】
H2SO4 →H2O+SO2+0.5O2
2HI →H2+I2
【0008】
ISプロセスは、水以外のヨウ素、二酸化硫黄、硫酸、ヨウ化水素の反応物質をプロセス内で繰り返し使用する閉サイクルであるため、外部にこれら腐食性の化学物質が排出されることはなく、二酸化炭素を排出することなく水素を製造できる。環境に優しいプロセスとして注目されている。
【0009】
ISプロセスを用いた水素製造システムの一例を、
図2を参照してより具体的に説明する。まず、図の中央に示されたブンゼン反応器に水(H
2O)とヨウ素(I
2)を供給し、そこに二酸化硫黄(SO
2)ガスを導入して、ブンゼン反応を生じさせる。その結果得られる硫酸(H
2SO
4)とヨウ化水素(HI)は、二相分離器に送られ、ここでヨウ化水素(HI)に富む重液相と、硫酸(H
2SO
4)に富む軽液相に分離され、それぞれの溶液は重液精製塔と軽液精製塔に送られる。
【0010】
ヨウ化水素(HI)に富む重液相は精製・濃縮された後、ヨウ化水素(HI)蒸留塔で気体として分離される。その後、ヨウ化水素(HI)分解器において、水素(H2)、ヨウ素(I2)から成る混合気体に熱分解される。これらのガスは、水素分離塔を介して最終的に水素(H2)として取り出される。H2SO4を含む軽液相は精製・濃縮された後、H2SO4は硫酸分解器において、蒸発・ガス化され、さらに、SO2、H2O、O2から成る混合気体に熱分解される。これらのガスは、SO2ガス分離器を経てブンゼン反応器に導入され、ブンゼン反応によりSO2が吸収・除去されて、最終的に酸素ガス分離器を介してO2として取り出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【0012】
【文献】「工業材料で製作した熱化学法ISプロセス水素製造試験装置による水素製造に成功 -実験室段階から高温ガス炉による水素製造の研究開発が前進- |日本原子力研究開発機構:プレス発表」(https://www.jaea.go.jp/02/press2015/p16031801/03.html)
【文献】「高温ガス炉による水素製造が実用化へ大きく前進―実用工業材料で製作した水素製造試験装置を用いた熱化学法ISプロセスによる150時間の連続水素製造に成功|日本原子力研究開発機構:プレス発表」(https://www.jaea.go.jp/02/press2018/p19012502/)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
図2に示すように、ブンゼン反応器には、H
2SO
4分解反応工程やHI分解反応工程やブンゼン反応工程内の他の機器からの戻りストリームが集中する。これらストリームは、H
2Oを含有した混合物である。このため、水素製造運転中、ブンゼン反応器の溶液のH
2O濃度が増加した場合、I
2の溶解度が低下することで固体ヨウ素が溶液中に生じて配管の閉塞を引き起すので、安定的な水素製造を行うには、プロセス流体として装置内を流動させるヨウ素やヨウ化水素に起因する固体析出の防止が重要となる。しかし、熱化学水素製造法ISプロセスのプロセス循環溶液として用いるHI, I
2, H
2Oを混合した溶液 (HI-I
2-H
2O混合溶液)のH
2O濃度を、水素製造設備運転中に適切な任意の値に調整し、一定に維持しようとすると、H
2Oを溶液中から除去するか、高濃度HIを外部から注入する必要がある。しかし、以下の理由からその濃度調整が困難であった。
【0014】
H2O濃度を一定に維持するためには、H2Oを溶液中から除去する必要があるが、溶液への水の混合は容易なのに対し、選択的な分離は困難である。例えば、一つの方法として、HI-I2-H2O混合溶液を加熱沸騰させてH2O成分を蒸発除去することが考えられる。しかし、この方法では熱エネルギーを必要とする上、蒸発装置を別途新たに設ける必要があった。
【0015】
また、別の方法として、高濃度のHI-H2O水溶液を外部より注入し、相対的にH2O濃度を減少させる方法も考えられる。しかし、この方法では、HI-H2O水溶液の濃度に物性上の上限 (共沸濃度 56wt%) があるため、多量の注入が必要となり、設備内の溶液量を増大させてしまう。増加分の溶液を抜き出し再利用するためにはHI濃度を高めるためには、新たに蒸発装置と熱エネルギーが必要であり、現実的ではない。
【0016】
従って、本発明の目的は、熱化学水素製造法のIS(ヨウ素硫黄)プロセスのブンゼン反応器において、新たに複雑で高価な設備を追加することなく、極めて簡潔かつ安価な設備によって、水素製造運転中においても連続的にH2Oを選択的に除去することでプロセス溶液濃度を調整する方法及びそのための装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の一つの観点に係るプロセス溶液濃度の調整方法は、HI-I2-H2O混合溶液に中濃度硫酸を添加し、混合することによって脱水する方法である。この調整方法は、HI-I2-H2O溶液に中濃度硫酸を添加し、さらに混合し、二液相分離現象を利用して、硫酸相とHIx相を形成させ、硫酸の有する脱水能力を利用してHI-I2-H2O溶液中の水分を硫酸中へ移行させ、硫酸相を抜き出すステップから成る。
【0018】
本発明の一つの観点に係るプロセス溶液濃度の調整装置では、ブンゼン反応器に中濃度硫酸を注入するラインが設けられている。その注入ラインには中濃度硫酸注入ポンプが取り付けられ、密度センサー若しくは流量センサー又はこれらの組み合せたセンサー群を用いて、中濃度硫酸注入ポンプの流量を制御するようになっている。
【0019】
本発明の他の観点に係るプロセス溶液濃度の調整装置は、中濃度硫酸とHIx相溶液の混合を促進させる手段を備える。ブンゼン反応器の重液相側からHIx相溶液を抜き出し、当該容器へ循環させる溶液循環ラインを設け、その循環ラインの途中に静的混合器を取り付けて、中濃度硫酸とHIx相溶液の混合を促進させる。これによって、重液相溶液の脱水が促進される。この際、HIx抜き出しノズルと、硫酸相抜き出しノズルを統合し、硫酸相抜き出しノズルから、硫酸相溶液とHIx相溶液の両方を抜き出しても良い。また、中濃度硫酸の注入流量は、濃度分析器による測定値を用いるか、濃度分析器に代りサンプリングノズルを設け、ここから取り出した溶液の濃度を別途分析して求めた測定値を用いて調整することもできる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、熱化学水素製造法のIS(ヨウ素硫黄)プロセスにおいて、新たに複雑で高価な設備を追加することなく、システム稼働中でもプロセス溶液濃度が最適な一定濃度に、連続的も調整できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図2】ISプロセスを用いた水素製造システムの概略説明図。
【
図3】本発明に係るプロセス溶液濃度調整方法の概略説明図。
【
図4】本発明の一実施例に係るプロセス溶液濃度調整装置の概略説明図。
【
図5】HIx相中含まれるH
2Oを取り除いた際のデータを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の理解を助けるために、ここで改めて
図2を参照して、ISプロセスを行うためのシステム構成について説明する。
【0023】
図2の中央に示されたブンゼン反応器10に水(H
2O)とヨウ素(I
2)を供給し、そこに二酸化硫黄(SO
2)ガスを導入して、ブンゼン反応を起こさせる。その結果得られる硫酸(H
2SO
4)とヨウ化水素(HI)は、二相分離器20に送られ、ここでヨウ化水素(HI)に富む重液相と、硫酸(H
2SO
4)に富む軽液相に分離され、それぞれ別の系統である重液精製塔30と軽液精製塔40に送られる。
【0024】
ヨウ化水素(HI)に富む重液相は精製・濃縮された後、ヨウ化水素(HI)蒸留塔で気体として分離される。その後、ヨウ化水素(HI)分解器において、水素(H2)、ヨウ素(I2)から成る混合気体に熱分解される。これらのガスは、水素分離塔を介して最終的に水素(H2)として取り出される。H2SO4に富む軽液相は精製・濃縮された後、H2SO4は硫酸分解器において、蒸発・ガス化され、さらに、SO2、H2O、O2から成る混合気体に熱分解される。これらのガスは、SO2ガス分離器を経てブンゼン反応器に導入され、ブンゼン反応によりSO2が吸収・除去されて、最終的に酸素ガス分離器を介してO2として取り出される。
【0025】
上述のようにブンゼン反応工程においては、二酸化硫黄(SO2)ガスをヨウ素(I2)と水(H2O)の混合物中に導入することで、共に強酸性を示す、軽液相(硫酸(H2SO4)とH2Oの混合物)と重液相(ポリヨウ化水素酸(HI、I2、H2Oの混合物HIx))から成る液-液の二相分離生成溶液が得られる。
【0026】
図2に示されたブンゼン反応器10には、H
2SO
4分解反応工程やHI分解反応工程やブンゼン反応工程内の他の機器からの戻りストリームが集中する。これらストリームは、H
2Oを含有した混合物である。この接続関係からわかるように、数多くのH
2Oを含むストリームが集中するため、水素製造運転中、ブンゼン反応器10の溶液のH
2O濃度が増加し易い。H
2O濃度の増加により相対的にI
2の溶解度が低下することで固体ヨウ素が溶液中に生じて配管の閉塞を引き起すので、安定的な水素製造を行うには、プロセス流体として装置内を流動させるヨウ素やヨウ化水素に起因する固体析出に伴う配管閉塞の防止のための、H
2O濃度を適切な任意の値に調整し、一定に維持する必要がある。
【0027】
しかし、H
2Oの選択的な分離は困難で、また、高濃度HIを外部から注入することも現実的ではない。そこで、H
2O濃度を低下させるため、本発明では中濃度硫酸を溶液中に注入するようにした。中濃度硫酸を溶液中に注入する方法の一例を
図3によって説明する。中濃度硫酸は、中濃度硫酸タンク(図示せず)から中濃度硫酸注入ポンプ110によって汲み上げられ、注入ライン100を介してブンゼン反応器10に注入される。その際、中濃度硫酸の注入量は、硫酸相溶液の密度を測定する密度センサー111及びHIx相溶液の密度を測定する密度センサー112によって求められる測定値を考慮しながら、中濃度硫酸注入ポンプ110の吐出量を制御して決めるようにしている。注入ポンプ110の吐出量は注入ラインの途中に設けられた流量センサ―103で測定され、注入ポンプ110の制御にフィードバックされるようになっている。
【0028】
ここで中濃度硫酸とは、濃度が60wt%~80wt%程度、好ましくは70wt%の硫酸であり、水濃度が低いHI-I2-H2O混合溶液に対して、中濃度硫酸を添加することで、HIx溶液相から水を硫酸相内に引き抜きながら二相分離を形成させることで、HI-I2-H2Oの混合溶液中のH2Oを選択除去してH2O濃度を調整する。
【0029】
次に、
図4を参照し、本発明に係るプロセス溶液濃度の調整装置の他の実施例について説明する。本実施例に係るプロセス溶液濃度の調整装置は、中濃度硫酸とHIx相溶液の混合を促進させる手段を備えている。この実施例では、混合促進手段として、ブンゼン反応器10の下側からHIx相溶液を抜き出し、中濃度硫酸を外部の中濃度硫酸タンク(図示せず)から注入ライン122を介して注入した後、再度ブンゼン反応器10の液中に戻すような溶液循環パイプ120の途中に静的混合器123を取り付けている。この静的混合器123によって、中濃度硫酸とHIx相溶液の混合を促進させることで、HIx相溶液の脱水が一層効率的に促進されるようにしている。
【0030】
図5にH
2Oを除去する機能の有効性を確認したデータを示す。
図5は、中濃度硫酸の注入によって、HIx相中含まれるH
2Oを取り除いた際のデータである。HI濃度の増加は、相対的に水の濃度の低下を意味する。中濃度硫酸の供給速度は50 mL/min、ブンゼン反応器内の溶液量は70Lであり、1時間毎にHIx相溶液をサンプリングし、滴定分析により組成を定量したところ、中濃度硫酸の注入量に応じてHIモラリティーが上昇していた。これは、HIx相溶液中のH
2Oが硫酸相溶液へ引き抜かれ、H
2O濃度が低下 (すなわちHI濃度の増加) したことを示している。このように、硫酸添加によるH
2O除去方法が有効に機能し、一旦、HIx相溶液中のH
2O濃度が高まっても、運転時に想定されるHI組成まで濃度を高めることができる。
【符号の説明】
【0031】
10…ブンゼン反応器
20…二相分離器
30…重液精製塔
40…軽液精製塔
50…HI蒸留塔
60…HI分解器
70…水素分離器
100…注入ライン
101…硫酸相抜き出しノズル
102…HIx抜き出しノズル
103…流量センサー
110…中濃度硫酸注入ポンプ
111、112…密度センサー
120…溶液循環パイプ
121…輸液ポンプ
122…中濃度硫酸注入ノズル
123…静的混合器
124…濃度分析器あるいはサンプリングノズル