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特許7432390疎水化アニオン変性セルロースナノファイバー分散体及びその製造方法ならびに疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-07
(45)【発行日】2024-02-16
(54)【発明の名称】疎水化アニオン変性セルロースナノファイバー分散体及びその製造方法ならびに疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 3/02 20060101AFI20240208BHJP
   C08L 1/00 20060101ALI20240208BHJP
   C08K 5/17 20060101ALI20240208BHJP
   C08B 15/04 20060101ALI20240208BHJP
【FI】
C08J3/02 A CEP
C08L1/00
C08K5/17
C08B15/04
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020030402
(22)【出願日】2020-02-26
(65)【公開番号】P2021134263
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2023-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 充利
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(74)【代理人】
【識別番号】100129311
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 規之
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】森田 昌浩
【審査官】岩田 行剛
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-082202(JP,A)
【文献】特開2019-119869(JP,A)
【文献】特許第5944564(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 15/
C08B 11/
C08J 3/
D21H 11/
C08L 1/
C08K 5/
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する工程1、
前記疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去し、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造する工程2、及び
前記疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を有機溶媒と混合して、前記有機溶媒中で疎水化アニオン変性セルロースの解繊を行い、前記有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する工程3、
を含み、
前記疎水化剤ポリエーテルモノアミンであり、ポリエーテルモノアミンは、アミンとポリアルキレングリコール基とに加えて、炭素数が6以上の炭化水素基を有し、ポリアルキレングリコール基は、5~25個のプロピレンオキシド単位を有し、
前記疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、固形分濃度が90質量%より高い、
疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する方法。
【請求項2】
アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する工程1、及び
前記疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去し、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造する工程2、
を含み、
前記疎水化剤ポリエーテルモノアミンであり、ポリエーテルモノアミンは、アミンとポリアルキレングリコール基とに加えて、炭素数が6以上の炭化水素基を有し、ポリアルキレングリコール基は、5~25個のプロピレンオキシド単位を有し、
前記疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、固形分濃度が90質量%より高い、
疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造する方法。
【請求項3】
アニオン変性セルロースが、カルボキシル基を有するセルロースまたはカルボキシアルキル基を有するセルロースである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
疎水化剤が結合したアニオン変性セルロースを含み、固形分濃度が90質量%より高く、疎水化剤ポリエーテルモノアミンであり、ポリエーテルモノアミンは、アミンとポリアルキレングリコール基とに加えて、炭素数が6以上の炭化水素基を有し、ポリアルキレングリコール基は、5~25個のプロピレンオキシド単位を有する、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物。
【請求項5】
疎水化剤が結合したアニオン変性セルロースナノファイバーを含み、有機溶媒を分散媒とし、疎水化剤ポリエーテルモノアミンであり、ポリエーテルモノアミンは、アミンと、5~25個のプロピレンオキシド単位からなるポリアルキレングリコール基とに加えて、炭素数が6以上の炭化水素基を有する、疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水化されたアニオン変性セルロースナノファイバーの分散体とその製造方法、ならびに疎水化されたアニオン変性セルロースの乾燥固形物とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース分子鎖にカルボキシル基やカルボキシメチル基などのアニオン性基を導入し、機械的に処理(解繊)すると、ナノスケールの繊維径を有するセルロースナノファイバーへと変換することができることが知られている。セルロースナノファイバーは、軽くて強度が高く、生分解性であるため、様々な分野への応用が検討されている。
【0003】
通常、アニオン変性セルロースナノファイバーは、導入されたアニオン性基がナトリウム塩などの塩を形成し、親水性が高い状態となっているため、ポリエチレンテレフタレート(PET)やポリ乳酸(PLA)などの疎水性の高分子とは相溶性が低い。また、低極性の有機溶媒中での分散性が低い。この問題を解決する方法としては、金属塩型のアニオン性基(例えば、-COONa)を酸性にすることで、酸型(例えば、-COOH)に変換し、アニオン変性セルロースナノファイバーの親水性を下げる手法が考えられる。
【0004】
特許文献1には、セルロースナノファイバーを有機溶媒を含む媒体に分散させるに際し、「第2の製造方法」として、セルロースナノファイバー水分散液に酸を加え、セルロースナノファイバーのカルボン酸塩型の基の一部をカルボン酸型の基に置換する工程、一部の基がカルボン酸型に置換されたセルロースナノファイバーのゲルに有機溶媒を添加する工程、及び有機溶媒が添加されたセルロースナノファイバー水分散液から水系溶媒を除去する工程を含む方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、「第1の製造方法」として、カルボン酸型に置換されたセルロースナノファイバー水分散液にアミン処理する工程、及びアミン処理したセルロースナノファイバーを回収し、分散媒中で再分散させてセルロースナノファイバー分散液を調製する工程を含む方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2010/134357号
【文献】特開2012-21081号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の方法では、最終的な分散媒として用いることができる有機溶媒は、ジメチルスルホキシド、N,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N-ジメチルアセトアミドの3種類に限られており、これらは水と混和可能な水溶性の有機溶媒である。特許文献1に記載の方法では、セルロースナノファイバー分散液の分散媒として、例えばトルエンのような極性が低く水にほとんど溶けないような有機溶媒を用いることは記載されていない。また、特許文献2にも、低極性で水に難溶な有機溶媒を分散媒に用いることが記載されていない。
【0008】
特許文献1、2に記載の方法を用いて水溶性の有機溶媒を分散媒とするセルロースナノファイバー分散液を製造した後、水溶性有機溶媒を、低極性の水難溶性有機溶媒に置換することにより水に難溶な有機溶媒を分散媒とするセルロースナノファイバー分散液を製造することは考えられるが、溶媒置換の際には、溶媒の添加と吸引濾過等による除去とを何度も繰り返す必要があり、コストと時間がかかり、また、溶媒置換の操作を繰り返す間にセルロースナノファイバーが失われ、収率が低下するという問題がある。また、特許文献1、2に記載の方法では、最初にセルロースナノファイバー水分散液を得る際に行う解繊と、有機溶媒を添加した後に行う解繊の少なくとも2回の解繊工程(ミキサーやホモジナイザー等による機械的処理)を必要としており、解繊の回数が増えるごとに、セルロース繊維がダメージを受けるという問題がある。
【0009】
上述の問題に対し、本出願人は、アニオン変性セルロースの分散体に特定量以上の疎水化剤を添加して疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造し、次いで疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去して疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造し、次いで疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を有機溶媒中で解繊することにより有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する方法を提案した(特願2019-003113)。この方法により、水に難溶な低極性有機溶媒を含む多様な有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を、高い収率で製造することができるようになった。
本発明は、上述の方法を応用し、粘度が向上した有機溶媒を分散媒とするアニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意検討を行った結果、アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造し、得られた疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去して疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物とし、この乾燥固形物を有機溶媒中で解繊して疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を得る方法において、特定の疎水化剤を用いた際に、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体の粘度が向上することを見出した。本発明は、これらに限定されないが、以下を含む。
[1]アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する工程1、
前記疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去し、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造する工程2、及び
前記疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を有機溶媒と混合して、前記有機溶媒中で疎水化アニオン変性セルロースの解繊を行い、前記有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する工程3、
を含み、
前記疎水化剤は、ポリアルキレングリコール基及び炭素数が2以上の炭化水素基を有するポリエーテルアミンであり、
前記疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、固形分濃度が90質量%より高い、疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する方法。
[2]アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する工程1、及び
前記疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去し、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造する工程2、
を含み、
前記疎水化剤は、ポリアルキレングリコール基及び炭素数が2以上の炭化水素基を有するポリエーテルアミンであり、
前記疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、固形分濃度が90質量%より高い、
疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造する方法。
[3]アニオン変性セルロースが、カルボキシル基を有するセルロースまたはカルボキシアルキル基を有するセルロースである、[1]または[2]に記載の方法。
[4]疎水化剤が結合したアニオン変性セルロースを含み、固形分濃度が90質量%より高く、疎水化剤がポリアルキレングリコール基及び炭素数が2以上の炭化水素基を有するポリエーテルアミンである、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物。
[5]疎水化剤が結合したアニオン変性セルロースナノファイバーを含み、有機溶媒を分散媒とし、疎水化剤がポリアルキレングリコール基及び炭素数が2以上の炭化水素基を有するポリエーテルアミンである、疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を効率よく製造する方法において、粘度が向上した疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を得ることができる。高い粘度を有する疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体は、疎水性と保形性とが要求されるような分野における添加剤として好適に用いることができると考えられる。また、本発明は、粘度が向上した疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造するのに好適に用いることができる疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物及びその製造方法も提供する。本発明の疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、低極性の有機溶媒を含む多様な有機溶媒になじませやすく、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造するための材料として好適に用いることができる。また、乾燥固形物は、保存や運搬がしやすいという利点を有する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、有機溶媒を分散媒とした疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体の製造方法に関する。以下、セルロースナノファイバーを「CNF」と記載することがある。本発明の方法は、具体的には、アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造し(工程1)、疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去して疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造し(工程2)、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を有機溶媒と混合して、有機溶媒中で疎水化アニオン変性セルロースの解繊を行い、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNFの分散体を製造する(工程3)ことを含む。この際、工程1において添加する疎水化剤が、ポリアルキレングリコール基及び炭素数が2以上の炭化水素基を有するポリエーテルアミンであり、また、工程2において、乾燥固形物の固形分濃度が90質量%より高くなるまで乾燥(分散媒の除去)を行う。工程2で製造される疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNFの分散体を製造するための材料として好適に用いることができる。
【0013】
(1)工程1
工程1では、アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加する。アニオン変性セルロースとは、以下でより詳細に説明する通り、セルロースの分子鎖にアニオン性基が導入されたものである。
【0014】
(1-1)セルロース原料
アニオン変性セルロースの原料となるセルロースの種類は、特に限定されない。セルロースは、一般に起源、製法等から、天然セルロース、再生セルロース、微細セルロース、非結晶領域を除いた微結晶セルロース等に分類される。本発明では、これらのセルロースのいずれも、原料として用いることができる。
【0015】
天然セルロースとしては、晒パルプまたは未晒パルプ(晒木材パルプまたは未晒木材パルプ);リンター、精製リンター;酢酸菌等の微生物によって生産されるセルロース等が例示される。晒パルプ又は未晒パルプの原料は特に限定されず、例えば、木材、木綿、わら、竹、麻、ジュート、ケナフ等が挙げられる。また、晒パルプ又は未晒パルプの製造方法も特に限定されず、機械的方法、化学的方法、あるいはその中間で二つを組み合せた方法でもよい。製造方法により分類される晒パルプ又は未晒パルプとしては例えば、メカニカルパルプ(サーモメカニカルパルプ(TMP)、砕木パルプ)、及びケミカルパルプ(針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)等の亜硫酸パルプ;針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)等のクラフトパルプ)等が挙げられる。さらに、製紙用パルプの他に溶解パルプを用いてもよい。溶解パルプとは、化学的に精製されたパルプであり、主として薬品に溶解して使用され、人造繊維、セロハンなどの主原料となる。
【0016】
再生セルロースとしては、セルロースを銅アンモニア溶液、セルロースザンテート溶液、モルフォリン誘導体などの溶媒に溶解し、改めて紡糸されたものが例示される。微細セルロースとしては、上記天然セルロースや再生セルロースをはじめとする、セルロース系素材を、解重合処理(例えば、酸加水分解、アルカリ加水分解、酵素分解、爆砕処理、振動ボールミル処理等)して得られるものや、前記セルロース系素材を、機械的に処理して得られるものが例示される。
【0017】
(1-2)アニオン変性
「アニオン変性セルロース」におけるアニオン変性とは、セルロースにアニオン性基を導入することをいい、具体的には酸化または置換反応によってセルロースのピラノース環にアニオン性基を導入することをいう。本発明において前記酸化反応とはピラノース環の水酸基を直接カルボキシル基に酸化する反応をいう。また、本発明において置換反応とは、当該酸化以外の置換反応によってピラノース環にアニオン性基を導入する反応をいう。
【0018】
(1-2-1)カルボキシル化(酸化)
アニオン変性の一例として、カルボキシル化(カルボキシル基のセルロースへの導入、「酸化」とも呼ぶ。)を挙げることができる。セルロース原料のカルボキシル化により得られるアニオン変性セルロースを、カルボキシル化セルロース(または酸化セルロース)と呼ぶ。本明細書においてカルボキシル基とは、-COOH(酸型)および-COOM(金属塩型)をいう(式中、Mは金属イオンである)。セルロース原料のカルボキシル化(酸化)は、例えば、後述する方法により得ることができるがこれに限定されない。また、市販のカルボキシル化セルロースを工程1で用いてもよい。カルボキシル化セルロースにおけるカルボキシル基の量はカルボキシル化セルロースの絶乾質量に対して、0.6mmol/g~3.0mmol/gが好ましく、1.0mmol/g~2.0mmol/gがさらに好ましいが、これらに限定されない。
【0019】
カルボキシル化セルロースのカルボキシル基量は、以下の方法で測定することができる:
カルボキシル化セルロースの0.5質量%スラリー(水分散液)60mlを調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出する:
カルボキシル基量〔mmol/gカルボキシル化セルロース〕=a〔ml〕×0.05/カルボキシル化セルロース質量〔g〕。
【0020】
カルボキシル化(酸化)方法の一例として、セルロース原料を、N-オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物、およびこれらの混合物からなる群から選択される化合物との存在下で酸化剤を用いて水中で酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、セルロース表面のグルコピラノース環のC6位の一級水酸基が選択的に酸化され、表面にアルデヒド基と、カルボキシル基(-COOH)またはカルボキシレート基(-COO)とを有するセルロース繊維(カルボキシル化セルロース)を得ることができる。反応時のセルロースの濃度は特に限定されないが、5質量%以下が好ましい。
【0021】
N-オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいう。N-オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であればいずれの化合物も使用できる。例えば、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)およびその誘導体(例えば4-ヒドロキシTEMPO)が挙げられる。N-オキシル化合物の使用量は、原料となるセルロースを酸化できる触媒量であればよく、特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.01mmol~10mmolが好ましく、0.01mmol~1mmolがより好ましく、0.05mmol~0.5mmolがさらに好ましい。また、反応系に対し0.1mmol/L~4mmol/L程度がよい。
【0022】
臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.1mmol~100mmolが好ましく、0.1mmol~10mmolがより好ましく、0.5mmol~5mmolがさらに好ましい。当該変性は酸化反応による変性である。
【0023】
酸化剤としては、公知のものを使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などを使用できる。中でも、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムは好ましい。酸化剤の適切な使用量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.5mmol~500mmolが好ましく、0.5mmol~50mmolがより好ましく、1mmol~25mmolがさらに好ましく、3mmol~10mmolが最も好ましい。また、例えば、N-オキシル化合物1molに対して1mol~40molが好ましい。
【0024】
セルロースの酸化工程は、比較的温和な条件であっても反応を効率よく進行させられる。よって、反応温度は4℃~40℃が好ましく、また15℃~30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを8~12、好ましくは10~11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、通常は0.5時間~6時間、例えば、0.5時間~4時間程度である。
【0025】
また、酸化反応は、2段階に分けて実施してもよい。例えば、1段目の反応終了後に濾別して得られた酸化セルロースを、再度、同一または異なる反応条件で酸化させることにより、1段目の反応で副生する食塩による反応阻害を受けることなく、効率よく酸化させることができる。
【0026】
カルボキシル化(酸化)方法の別の例として、オゾンを含む気体とセルロース原料とを接触させることにより酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、グルコピラノース環の少なくとも2位および6位の水酸基が酸化されると共に、セルロース鎖の分解が起こる。オゾンを含む気体中のオゾン濃度は、50g/m~250g/mであることが好ましく、50g/m~220g/mであることがより好ましい。セルロース原料に対するオゾン添加量は、セルロース原料の固形分を100質量部とした際に、0.1質量部~30質量部であることが好ましく、5質量部~30質量部であることがより好ましい。オゾン処理温度は、0℃~50℃であることが好ましく、20℃~50℃であることがより好ましい。オゾン処理時間は、特に限定されないが、1分~360分程度であり、30分~360分程度が好ましい。オゾン処理の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度に酸化および分解されることを防ぐことができ、酸化セルロースの収率が良好となる。オゾン処理を施した後に、酸化剤を用いて、追酸化処理を行ってもよい。追酸化処理に用いる酸化剤は、特に限定されないが、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物や、酸素、過酸化水素、過硫酸、過酢酸などが挙げられる。例えば、これらの酸化剤を水またはアルコール等の極性有機溶剤中に溶解して酸化剤溶液を作製し、溶液中にセルロース原料を浸漬させることにより追酸化処理を行うことができる。
【0027】
カルボキシル化セルロースのカルボキシル基の量は、上記した酸化剤の添加量、反応時間等の反応条件をコントロールすることで調整することができる。カルボキシル化セルロースにおけるカルボキシル基量と同カルボキシル化セルロースをナノファイバーとしたときのカルボキシル基量は、通常、同じである。
【0028】
(1-2-2)カルボキシアルキル化
アニオン変性の一例として、カルボキシメチル基等のカルボキシアルキル基のセルロースへの導入を挙げることができる。セルロース原料のカルボキシアルキル化により得られるアニオン変性セルロースを、カルボキシアルキル化セルロースと呼ぶ。本明細書においてカルボキシアルキル基とは、-RCOOH(酸型)および-RCOOM(金属塩型)をいう。ここでRはメチレン基、エチレン基等のアルキレン基であり、Mは金属イオンである。
【0029】
工程1で用いるカルボキシアルキル化セルロースは公知の方法で得てもよく、また市販品を用いてもよい。セルロースの無水グルコース単位当たりのカルボキシアルキル置換度は0.40未満であることが好ましい。さらにカルボキシアルキル基がカルボキシメチル基である場合、カルボキシメチル置換度は0.40未満であることが好ましい。当該置換度が0.40未満であるとCNFとしたときの分散性を一定程度保持することができるようになる。またカルボキシアルキル置換度の下限値は0.01以上が好ましい。操業性を考慮すると当該置換度は0.02~0.35であることが特に好ましく、0.10~0.30であることが更に好ましい。なお、無水グルコース単位とは、セルロースを構成する個々の無水グルコース(グルコース残基)を意味し、カルボキシアルキル置換度とは、セルロースを構成するグルコース残基中の水酸基(-OH)のうちカルボキシアルキルエーテル基(-ORCOOHまたは-ORCOOM)で置換されているものの割合(1つのグルコース残基当たりのカルボキシアルキルエーテル基の数)を示す。
【0030】
カルボキシアルキル化セルロースを製造する方法の一例として、以下の工程を含む方法が挙げられる。当該変性は置換反応による変性である。カルボキシメチル化セルロースを例にして説明する。
【0031】
i)セルロース原料と溶媒、マーセル化剤を混合し、反応温度0~70℃、好ましくは10~60℃、かつ反応時間15分~8時間、好ましくは30分~7時間、マーセル化処理する工程、
ii)次いで、カルボキシメチル化剤をグルコース残基当たり0.05~10.0倍モル添加し、反応温度30~90℃、好ましくは40~80℃、かつ反応時間30分~10時間、好ましくは1時間~4時間、エーテル化反応を行う工程。
【0032】
原料としては前述のセルロース原料を使用できる。溶媒としては、3~20質量倍の水または低級アルコール、具体的には水、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブタノール、イソブタノール、第3級ブタノール等の単独、または2種以上の混合媒体を使用できる。低級アルコールを混合する場合、その混合割合は60~95質量%が好ましい。マーセル化剤としては、発底原料の無水グルコース残基当たり0.5~20倍モルの水酸化アルカリ金属、具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを使用することが好ましい。
【0033】
前述のとおり、セルロースのグルコース単位当たりのカルボキシメチル置換度は0.40未満であり、0.01以上0.40未満であることが好ましい。セルロースにカルボキシメチル置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、カルボキシメチル置換基を導入したセルロースはナノ解繊することができるようになる。なお、グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換基が0.01より小さいと、ナノ解繊が十分にできない場合がある。カルボキシアルキル化セルロースにおけるカルボキシアルキル置換度と、同カルボキシアルキル化セルロースをナノファイバーとしたときのカルボキシアルキル置換度とは通常、同じである。
【0034】
グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換度は、以下の方法で測定することができる:
カルボキシメチル化セルロース(絶乾)約2.0gを精秤して、300mL容共栓付き三角フラスコに入れる。メタノール900mLに特級濃硝酸100mLを加えた液100mLを加え、3時間振とうして、カルボキシメチル化セルロース塩(CM化セルロース)を水素型CM化セルロースに変換する。水素型CM化セルロース(絶乾)を1.5g~2.0g精秤し、300mL容共栓付き三角フラスコに入れる。80質量%メタノール15mLで水素型CM化セルロースを湿潤し、0.1NのNaOHを100mL加え、室温で3時間振とうする。指示薬として、フェノールフタレインを用いて、0.1NのHSOで過剰のNaOHを逆滴定する。カルボキシメチル置換度(DS)を、次式によって算出する:
A=[(100×F’-(0.1NのHSO)(mL)×F)×0.1]/(水素型CM化セルロースの絶乾質量(g))
DS=0.162×A/(1-0.058×A)
A:水素型CM化セルロースの1gの中和に要する1NのNaOH量(mL)
F:0.1NのHSOのファクター
F’:0.1NのNaOHのファクター。
【0035】
また、次式を用いて、カルボキシメチル置換度(DS)から、カルボキシメチル基(アニオン性基)の量(mmol/g)を算出することができる:
カルボキシメチル基の量(mmol/g)=(DS/(DS×58+162))×1000。
カルボキシメチル基以外のカルボキシアルキル基置換度も、上記と同様の方法で得ることができ、また、カルボキシアルキル基の量は、カルボキシアルキル置換度(DS)を用いて、次式から算出することができる:
カルボキシアルキル基の量(mmol/g)=[DS/{DS×(カルボキシアルキル基の分子量-1)+162}]×1000。
(1-2-3)エステル化
アニオン変性の一例としてエステル化を挙げることができる。セルロース原料のエステル化により得られるアニオン変性セルロースを、エステル化セルロースと呼び、特に後述するリン酸系化合物を用いて得たエステル化セルロースをリン酸エステル化セルロースと呼ぶ。工程1では、例えば後述する方法で製造されたエステル化セルロースを用いてもよいがこれに限定されない。また、市販のエステル化セルロースを工程1で用いてもよい。
セルロース原料のエステル化の方法としては、セルロース原料にリン酸系化合物の粉末や水溶液を混合する方法、セルロース原料のスラリーにリン酸系化合物の水溶液を添加する方法等が挙げられる。リン酸系化合物はリン酸、ポリリン酸、亜リン酸、次亜リン酸、ホスホン酸、ポリホスホン酸あるいはこれらのエステルが挙げられる。これらは塩の形態であってもよい。上記の中でも、低コストであり、扱いやすく、また解繊効率の向上が図れるなどの理由から、リン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、亜リン酸ナトリウム、亜リン酸カリウム、次亜リン酸ナトリウム、次亜リン酸カリウム、ピロリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、メタリン酸カリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、メタリン酸アンモニウム等が好ましい。これらは、1種またはは2種以上を組み合わせて用いることができる。これらのうち、リン酸基導入の効率が高く、下記解繊工程で解繊しやすく、かつ工業的に適用しやすい観点から、リン酸、リン酸のナトリウム塩、リン酸のカリウム塩、リン酸のアンモニウム塩がさらに好ましい。特にリン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムが好ましい。また、反応を均一に進行できかつリン酸基導入の効率が高くなることから前記リン酸系化合物は水溶液として用いることが望ましい。リン酸系化合物の水溶液のpHは、リン酸基導入の効率が高くなることから7以下であることが好ましいが、パルプ繊維の加水分解を抑える観点からpH3~7が好ましい。
【0036】
リン酸エステル化セルロースの製造方法の例として、以下の方法を挙げることができる。固形分濃度0.1~10質量%のセルロース原料の懸濁液に、リン酸系化合物を撹拌しながら添加してセルロースにリン酸基を導入する。セルロース系原料を100質量部とした際に、リン酸系化合物の添加量はリン元素量として、0.2~500質量部であることが好ましく、1~400質量部であることがより好ましい。リン酸系化合物の割合が前記下限値以上であれば、微細繊維状セルロースの収率をより向上させることができる。前記上限値付近で収率向上の効果は頭打ちとなる。
【0037】
リン酸系化合物に加えて、他の化合物の粉末や水溶液を混合してもよい。リン酸系化合物に加えて混合し得る他の化合物としては、特に限定されないが、塩基性を示す窒素含有化合物が好ましい。ここでの「塩基性」は、フェノールフタレイン指示薬の存在下で水溶液が桃色から赤色を呈すること、または水溶液のpHが7より大きいことと定義される。本発明で用いる塩基性を示す窒素含有化合物は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、アミノ基を有する化合物が好ましい。例えば、尿素、メチルアミン、エチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ピリジン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。中でも低コストで扱いやすい尿素が好ましい。他の化合物の添加量はセルロース原料の固形分100質量部に対して、2~1000質量部が好ましく、100~700質量部がより好ましい。反応温度は0~95℃が好ましく、30~90℃がより好ましい。反応時間は特に限定されないが、1分~600分程度であり、30分~480分がより好ましい。エステル化反応の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度にエステル化されて溶解しやすくなることを防ぐことができ、リン酸エステル化セルロースの収率が良好となる。得られたリン酸エステル化セルロース懸濁液を脱水した後、セルロースの加水分解を抑える観点から、100~170℃で加熱処理することが好ましい。さらに、加熱処理の際に水が含まれている間は130℃以下、好ましくは110℃以下で加熱し、水を除いた後、100℃~170℃で加熱処理することが好ましい。
【0038】
リン酸エステル化セルロースのグルコース単位当たりのリン酸基置換度は0.001以上0.40未満であることが好ましい。セルロースにリン酸基置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、リン酸基を導入したセルロースは容易にナノ解繊することができる。グルコース単位当たりのリン酸基置換度が0.001より小さいと、十分にナノ解繊することができない。一方、グルコース単位当たりのリン酸基置換度が0.40より大きいと、膨潤あるいは溶解するため、ナノファイバーとして得られなくなる場合がある。解繊を効率よく行なうために、上記の方法によりリン酸エステル化セルロースを得た後、煮沸し、冷水を用いて洗浄することが好ましい。これらのエステル化による変性は置換反応による変性である。エステル化セルロースにおける置換度と、同エステル化セルロースをナノファイバーとしたときの置換度は、通常、同じである。尚、次式を用いて、リン酸基置換度(DS)から、リン酸基(アニオン性基)の量(mmol/g)を算出することができる:
リン酸基の量(mmol/g)=(DS/(DS×64+162))×1000。
(1-2-4)ザンテート化
アニオン変性の一例としてザンテート化を挙げることができる。ザンテート化とは、セルロース原料を水酸化アルカリ金属水溶液で処理してアルカリセルロースとし、次いでアルカリセルロースに二硫化炭素(CS)を反応させて、アルカリセルロースの金属アルコキシド(-O)(Mはアルカリ金属)をキサントゲン酸塩(-OCSS)に変換してセルロースザンテートとするものである。本明細書において、セルロース原料のザンテート化により得られるアニオン変性セルロースを、ザンテート化セルロースと呼ぶ。
工程1で用いるザンテート化セルロースは、公知の方法で得てもよく、また市販品を用いてもよい。ザンテート化セルロースの無水グルコース単位当たりのザンテート置換度は、0.33以上1.20以下であることが好ましい。0.33以上であると後の工程3における解繊の促進につながり、また、1.20以下であるとザンテート化セルロースの収率の低下を抑えることができる。ザンテート置換度は、二硫化炭素の供給量や二硫化炭素とアルカリセルロースとの接触時間を調整することにより、調整することができる。
ザンテート化セルロースを製造する方法の一例として、以下の方法を挙げることができる。当該変性は置換反応による変性である。
まず、セルロース原料を、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの水酸化アルカリ金属水溶液で処理してアルカリセルロースを得る。この際、水酸化アルカリ金属水溶液の濃度4~9質量%とすることが好ましい。4質量%以上であるとセルロースのマーセル化を進行させることができ、また、9質量%以下であると得られるアルカリセルロースにおけるセルロースI型の結晶構造を一定程度維持することができる。上記の処理時間は、30分以上6時間以下が好ましく、1時間以上5時間以下がさらに好ましい。処理温度は、常温前後が好ましい。なお、処理温度が冷蔵条件下のように低温であると水酸化アルカリ金属水溶液がセルロースの結晶領域に浸透しやすくなるので、処理温度が凍結温度以上10℃未満の場合は、水酸化アルカリ金属水溶液濃度は4質量%以上7質量%以下が好ましく、10℃以上である場合には、水酸化アルカリ金属水溶液濃度は4質量%以上9質量%以下が好ましい。
上記の処理で得られたアルカリセルロースを固液分離し、水分をできるだけ除去することが好ましい。これにより、次のザンテート化処理における反応を促進することができる。固液分離の方法としては、例えば、遠心分離や濾別などの一般的な脱水方法を用いることができる。固液分離後のアルカリセルロースに含まれる水酸化アルカリ金属の濃度は、、3~8質量%程度とすることが好ましい。
次いで、上記のアルカリセルロースに二硫化炭素を反応させて、アルカリセルロースにおけるアルカリ金属アルコキシドを、キサントゲン酸のアルカリ金属塩に変換するザンテート化処理を行う。二硫化炭素は、セルロースの質量に対して10質量%以上の量で供給することが好ましい。また、二硫化炭素とアルカリセルロースとの接触時間は30分以上とすることが好ましく、1時間以上がさらに好ましい。接触時間の上限は特に限定されないが、6時間程度で反応は十分に完了すると思われるため、6時間以下が好ましい。
このザンテート化処理にあたっては、46℃以下の温度で、脱水したアルカリセルロースに気体状の二硫化炭素を接触させることが好ましい。46℃以下であるとアルカリセルロースの分解による重合度の低下を抑えることができる。
得られたザンテート化セルロースを洗浄して不純物、アルカリ、二硫化炭素等を除去すると、後の工程3における解繊時の負荷を軽減することができるため好ましい。洗浄には水を用いると、アルカリによるpHを低減させることができる一方で、繊維を傷めるおそれがほとんどないため、好ましい。洗浄後のザンテート化セルロースのスラリーのpHは、10.5以下であることが好ましく、9.5以下であることがさらに好ましい。
【0039】
(1-3)アニオン変性セルロース
原料であるセルロースに対し、上記で例示したようなアニオン変性を行うことにより、工程1で用いるアニオン変性セルロースを得ることができる。また、市販のアニオン変性セルロースを工程1で用いてもよい。アニオン変性セルロースの種類としては、カルボキシル基を有するセルロースまたはカルボキシアルキル基を有するセルロースが好ましい。特に、N-オキシル化合物と酸化剤とを用いてセルロースを酸化することにより得られたカルボキシル化セルロースは、アニオン性基が均一に導入されており、均一に解繊しやすい点で好ましい。
【0040】
アニオン変性セルロースとしては、水や水溶性有機溶媒に分散した際にも繊維状の形状の少なくとも一部が維持されるものを用いる。繊維状の形状が維持されないもの(すなわち、溶解するもの)を用いると、ナノファイバーを得ることができない。分散した際に繊維状の形状の少なくとも一部が維持されるとは、アニオン変性セルロースの分散体を電子顕微鏡で観察すると、繊維状の物質を観察することができるものである。また、X線回折で測定した際にセルロースI型結晶のピークを観測することができるアニオン変性セルロースは好ましい。
【0041】
アニオン変性セルロースにおけるセルロースの結晶化度は、結晶I型が50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましい。結晶性を上記範囲に調整することにより、解繊により繊維を微細化した後も溶解することのない結晶性セルロース繊維を充分に得ることができる。セルロースの結晶性は、原料であるセルロースの結晶化度、及びアニオン変性の度合によって制御できる。アニオン変性セルロースの結晶化度の測定方法は、以下の通りである:
試料をガラスセルに乗せ、X線回折測定装置(LabX XRD-6000、株式会社島津製作所製)を用いて測定する。結晶化度の算出はSegal等の手法を用いて行い、X線回折図の2θ=10゜~30゜の回折強度をベースラインとして、2θ=22.6゜の002面の回折強度と2θ=18.5゜のアモルファス部分の回折強度から次式により算出する。
Xc=(I002c-Ia)/I002c×100
Xc:セルロースのI型の結晶化度(%)
I002c:2θ=22.6゜、002面の回折強度
Ia:2θ=18.5゜、アモルファス部分の回折強度。
【0042】
アニオン変性セルロースのセルロースI型結晶の割合と、同アニオン変性セルロースをナノファイバーとしたときのセルロースI型結晶の割合は、通常同じである。
上記の方法で得られたアニオン変性セルロースは、通常、導入されたアニオン性基が、金属塩型(例えば、-COO、または-RCOO(Mはナトリウム、カリウム等の金属であり、Rはメチレン基、エチレン基等のアルキレン基である))の形態となっている。後の疎水化剤との反応を促進するために、アニオン変性セルロースにおける金属塩型のアニオン性基を、酸型(例えば、-COOH、-RCOOHなど)に変換することは好ましい。
【0043】
酸型に変換する方法は特に限定されず、例えば、アニオン変性セルロースに酸を添加する方法、アニオン変性セルロースを陽イオン交換樹脂と接触させる方法などを挙げることができる。酸を添加する場合、用いる酸の種類は特に限定されず、例えば、硫酸、塩酸、硝酸、亜硫酸、亜硝酸、リン酸などの無機酸や、酢酸、乳酸、蓚酸、クエン酸、蟻酸、アジピン酸、セバシン酸、ステアリン酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、フマル酸、グルコン酸などの有機酸を挙げることができる。汎用的で入手しやすい塩酸または硫酸は好ましい。酸を添加する際のpHは、1~6の範囲が好ましく、2~5がより好ましい。酸の添加量は、金属塩型のアニオン変性セルロースを酸型に変換できる量であればよく、特に限定されないが、例えば、強酸であれば、アニオン性基に対して1当量以上が好ましく、弱酸であれば10当量以上が好ましい。酸性イオン交換樹脂と接触させる場合、酸性イオン交換樹脂としては、強酸性陽イオン交換樹脂や弱酸性陽イオン交換樹脂を挙げることができる。
【0044】
(1-4)アニオン変性セルロースの分散体
工程1で用いるアニオン変性セルロースの分散体は、上述したアニオン変性セルロースを分散媒に分散または懸濁させたものである。分散体における分散媒は、水または有機溶媒、あるいはこれらの混合物を適宜選択できる。有機溶媒の種類は問わないが、例えばセルロース中の水酸基との親和性が高い極性溶媒、また、水と一定の割合で混合可能な水溶性有機溶媒が好ましく、メタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、エチレングリコール、グリセリン、エチレングリコールジメチルエーテル、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフラン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルプロピルケトン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド等を挙げることができる。上記分散媒は単独で用いても良いし、2種類以上を混合して用いてもよい。例えば、有機溶媒を2種類以上混合する形態、水と有機溶媒を含む形態、水のみの形態などを適宜選択することができる。水のみを分散媒として用いること(すなわち、水100%)は、取扱いの容易性から好ましい。水と有機溶媒とを混合する場合の混合割合は特に限定されず、使用する有機溶媒の種類に応じて適宜混合割合を調整すればよい。
【0045】
分散体におけるアニオン変性セルロース濃度は、0.01~15質量%であることが好ましく、後の疎水化剤と混合する際の効率を考慮すると、1~10質量%が好ましく、2~6質量%がさらに好ましい。
【0046】
(1-5)疎水化剤
工程1では、アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、アニオン変性セルロースを疎水化し、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する。疎水化とは、アニオン変性セルロースに疎水化剤を結合させてアニオン変性セルロースの疎水性を向上させる処理をいう。
【0047】
本発明では、疎水化剤として、ポリアルキレングリコール基及び炭素数が2以上の炭化水素基を有するポリエーテルアミンを用いる。ポリエーテルアミンにおけるアミンがアニオン変性セルロースのアニオン性基と結合することにより、疎水化アニオン変性セルロースが形成される。ポリエーテルアミンにおけるアミンは、第一級アミン、第二級アミン、第三級アミン、第四級アンモニウム、芳香族アミン、ジアミンのいずれでもよい。
本発明に用いる疎水化剤(ポリエーテルアミン)は、アミンに加えて、ポリアルキレングリコール基を有する。ポリアルキレングリコール基は、ポリエーテルアミンにおけるポリエーテル部分を形成するものであり、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、テトラヒドロフランなどのアルキレンオキシドの重合あるいは共重合によって得られる基である。中でも、プロピレンオキシドの重合により得られるポリアルキレングリコール基は、適度な疎水性を有するため好ましい。ポリアルキレングリコール基におけるエチレンオキシド単位及びプロピレンオキシド単位の繰り返しの数は特に制限されず、有機溶媒への溶解性やアニオン変性セルロースに与える疎水性の程度に応じて適宜選択すればよい。一般にはエチレンオキシド単位は親水性の向上に寄与し、プロピレンオキシド単位は疎水性の向上に寄与する。例えば、これに限定されないが、プロピレンオキシド単位を5~25程度有するポリエーテルアミンは、適度な疎水性を有しており好ましい。
本発明に用いる疎水化剤は、アミンとポリアルキレングリコール基に加えて、炭素数が2以上の炭化水素基を有する。炭化水素基の種類は、特に限定されず、直鎖又は分岐鎖のアルキル基、アリール基、ビニル基、アルキルアリール基などを挙げることができる。中でも、直鎖のアルキル基を含む炭化水素基はアニオン変性セルロースに高い疎水性を付与することができるため、好ましい。炭化水素基における炭素数は、2以上であり、より好ましくは3以上20以下であり、さらに好ましくは6以上17以下である。通常、疎水化剤における炭化水素基の炭素数が増えると、疎水化剤の疎水性が向上する。
【0048】
上記のような構造を有する疎水化剤としては、例えば、これに限定されないが、アルキルフェノールのポリプロピレングリコールモノアミン付加物などが挙げられる。例えば、ノニルアルキルフェノールのポリプロピレングリコールモノアミン付加物は、JEFFAMINE(登録商標)XJT-436(別名:SURFONAINE(登録商標)B100)(HUNTSMAN社製)(化学名:α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(ノニルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)](分岐型))として市販されている。また、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(メチルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(エチルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(プロピルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(ブチルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(ペンチルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(ヘキシルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(へプチルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(オクチルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]、α-[2-アミノ(メチル)エチル]-ω-(デシルフェノキシ)ポリ[オキシ(メチルエチレン)]なども用いることができるが、これに限定されない。
【0049】
疎水化剤は、アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量が0.40g以上となるように添加することが好ましい。より好ましくは、疎水化剤の結合量が0.50g以上であり、さらに好ましくは1.00g以上である。疎水化剤の結合量の計算方法は、後述する。疎水化剤はアニオン変性セルロースのアニオン性基に結合する。アニオン変性セルロースのアニオン性基の量に応じて十分な量の疎水化剤が添加されると、後の乾燥固形物を製造する工程2における乾燥時のセルロース繊維同士の水素結合による凝集が阻害され、後の工程3における解繊及びナノファイバー化が促進される。アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量の上限は特に限定されないが、疎水化剤の結合量が過度に高すぎると、疎水化アニオン変性セルロースにおけるアニオン変性セルロースの割合が少なくなるから、アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量は10.00g以下が好ましく、5.00g以下さらに好ましい。
【0050】
疎水化剤は、アニオン変性セルロースのアニオン性基に結合する。反応の様式から、添加した疎水化剤は、アニオン性基とすべて反応する。本発明者らは、1モル当量以上の疎水化剤を添加した際に、酸型(-COOH)であったアニオン変性セルロースが、すべて-COOに変化したことを赤外分光法を用いて確認している。これは、疎水化剤のアミンがアニオン変性セルロースのアニオン性基のすべてにイオン結合したことを示している。したがって、アニオン変性セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は、疎水化剤の添加量に応じて、以下の式により算出することができる:
i)疎水化剤がアニオン性基の量(モル数)に対して等量(モル数)以上添加された場合
アニオン変性セルロース1gに対する疎水化剤の結合量〔g〕=アニオン変性セルロースのアニオン性基の量〔mmol/g〕×疎水化剤の分子量×0.001×アニオン性基の価数
ii)疎水化剤の添加量(モル数)がアニオン性基の量(モル数)未満である場合
アニオン変性セルロース1gに対する疎水化剤の結合量〔g〕=アニオン変性セルロースのアニオン性基の量〔mmol/g〕×疎水化剤の分子量×0.001×添加した疎水化剤のモル数[mmol]/アニオン性基のモル数[mmol]
i)において、アニオン性基の価数は、アニオン性基がカルボキシル基またはカルボキシアルキル基である場合は1であり、アニオン性基がリン酸基(例えば、HPO-)である場合は2である。ii)において、アニオン性基のモル数(mmol)は、アニオン性基の量(mmol/g)とアニオン変性セルロースの絶乾質量(g)とから求めることができる。
【0051】
疎水化剤は、アニオン変性セルロースのアニオン性基の量(モル数)に対して、50~150%の量で添加してもよく、好ましくは70~130%、より好ましくは80~120%、さらに好ましくは100~120%の量で添加してもよい。
【0052】
疎水化剤は、そのまま、あるいは水または水溶性有機溶媒と混合するなどして、アニオン変性セルロースの分散体に添加すればよい。疎水化剤を添加する際のアニオン変性セルロース分散体のアニオン変性セルロースの濃度は、0.01~50質量%であることが好ましく、1~45質量%が好ましく、2~40質量%がさらに好ましい。疎水化剤とアニオン変性セルロースとを一定時間、撹拌しながら混合することにより、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造することができる。
【0053】
(2)工程2
工程2では、工程1で得られた疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去して疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を製造する。この際、乾燥固形物における固形分濃度が、90質量%より高くなるように、分散媒を十分に除去することが必要である。乾燥固形物における固形分濃度は、好ましくは95質量%より高く、より好ましくは97質量%以上であり、さらに好ましくは98質量%以上である。セルロースは、水または水溶性有機溶媒を吸収して膨潤しやすいが、工程2においては、セルロースに吸収された水または水溶性有機溶媒も、上述の固形分濃度を満たすように、十分に除去することが必要である。工程2において、水または水溶性有機溶媒である分散媒を十分に除去することにより、溶媒置換工程を省略して、後の工程3で低極性の有機溶媒中で分散させることができるようになる。一方、乾燥後の固形物が10質量%以上の分散媒(水及び/または水溶性有機溶媒)を含んでいる場合、工程3においてトルエン等の低極性の有機溶媒中で解繊、分散させようとした場合に、低極性の溶媒と十分に混合させることができなくなり、沈殿が生じるなどの問題が生じ得る。
【0054】
乾燥固形物における固形分濃度は、以下の手順により計測できる:
乾燥固形物を105℃のオーブンで12時間乾燥させ、乾燥前後の質量から乾燥固形物の固形分濃度を算出する。
乾燥固形物の固形分濃度(質量%)=乾燥後の質量/乾燥前の質量×100。
【0055】
分散媒を除去する手段は特に限定されず、例えば、60~130℃の温度下に3~24時間置くことにより、分散媒を除去すればよい。
得られた疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、後述する工程3のように有機溶媒中で解繊することにより、疎水化アニオン変性CNFへと容易に変換することができる。疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、疎水化アニオン変性CNFを製造するための原料として好適に用いることができる。
(3)工程3
工程3では、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物を有機溶媒と混合し、有機溶媒中で疎水化アニオン変性セルロースの解繊を行い、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNFの分散体を製造する。
【0056】
用いる有機溶媒の種類は特に限定されず、上述したような水溶性有機溶媒であってもよいが、本発明では水溶性有機溶媒よりも低極性である(水と混合した際に分離するような)有機溶媒もCNF分散体の分散媒として用いることができる。CNF分散体の用途に応じて、有機溶媒の種類を選択すればよい。
【0057】
低極性の有機溶媒としては、これに限定されないが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、n-ヘキサン、n-オクタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、塩化メチレン、四塩化炭素、フルオロトリクロロメタン、トリクロロトリフルオロメタン、ヘキサフルオロベンゼン、エチルベンゼン、キシレン、シクロペンチルメチルエーテル、メチルターシャリーブチルエーテルなどが挙げられる。これらの1種または2種以上を、最終的なアニオン変性CNFの用途に応じて、適宜選択して使用することができる。
有機溶媒の中でも、トルエン、メチルプロピルケトン、エチルベンゼン、キシレン、酢酸エチル、テトラヒドロフランは、本発明で用いる疎水化剤との相溶性が高く、疎水化アニオン変性CNF分散体の分散性が高くなるため好ましい。
【0058】
疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物に対する有機溶媒の混合の割合は、特に限定されないが、解繊の効率を考えると、アニオン変性セルロースの固形分濃度(疎水化剤部分を含まない)が0.01~5質量%となるように有機溶媒を添加することが好ましく、0.5~3.0質量%がさらに好ましい。
【0059】
疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物に有機溶媒を混合した後、有機溶媒中でセルロースを解繊することにより、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNFの分散体を形成する。
【0060】
解繊に用いる装置は限定されないが、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの分散体に強力なせん断力を印加できる装置を用いることが好ましい。効率よく解繊するには、分散体に50MPa以上の圧力を印加し、かつ強力なせん断力を印加できる湿式の高圧または超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。前記圧力は、より好ましくは100MPa以上であり、さらに好ましくは140MPa以上である。高圧または超高圧ホモジナイザーとは、ポンプにより流体を加圧して高圧にし、流路に設けた非常に繊細な間隙より噴出させることにより、粒子間の衝突、圧力差による剪断力等の総合エネルギーによって乳化、分散、解細、粉砕、及び超微細化を行う装置である。高圧ホモジナイザーでの解繊および分散処理の前に、必要に応じて高速せん断ミキサーなどの公知の混合、攪拌、乳化、分散装置を用いて予備処理を施すこともできる。
【0061】
上記の解繊により、疎水化アニオン変性セルロースのナノファイバーを得ることができる。CNF(セルロースナノファイバー)は、平均繊維径が2~500nm程度、好ましくは2~150nm程度、更に好ましくは2~20nm程度の繊維である。アスペクト比は30以上、好ましくは50以上、さらに好ましくは100以上である。アスペクト比の上限は限定されないが、500以下程度となる。
【0062】
疎水化アニオン変性CNFの平均繊維径および平均繊維長は、径が20nm未満の場合は原子間力顕微鏡(AFM)、20nm以上の場合は電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて、ランダムに選んだ200本の繊維について解析し、平均を算出することにより、測定することができる。また、アスペクト比は下記の式により算出することができる:
アスペクト比=平均繊維長/平均繊維径。
【0063】
本発明により、比較的高い粘度を有する有機溶媒を分散媒とするCNF分散体を製造することができる。本発明の方法では、従来の解繊を2回以上行う方法に比べて解繊の回数が少ないことにより、セルロース繊維への損傷が低減され高い粘度を有するCNF分散体を製造することができる。また、本発明に用いる特定の疎水化剤により、疎水化アニオン変性CNF分散体の粘度を向上させることができる。CNF分散体の粘度は、例えば、以下の方法で測定される:
所定の濃度のCNF分散体を調製し、JIS-Z-8803の方法に準じて、B型粘度計(東機産業社製)を用いて、25℃で、回転数60rpmまたは6rpmで、3分後の値を測定する。
【0064】
本発明では、例えば、分散媒をトルエンとし、固形分濃度(CNF換算(疎水化剤を含まない))を1.0質量%とした疎水化アニオン変性CNF分散体について、上記の方法で測定した60rpmにおけるB型粘度が、1000mPa・s以上、好ましくは1500mPa・s以上、更に好ましくは1800mPa・s以上となる分散体を形成することができる。
【0065】
また、本発明において、例えばトルエンのような低極性の有機溶媒を分散媒に用いた場合、分散性のよい分散体を得ることができる。疎水化アニオン変性CNFの分散性は透明度を測定することにより評価することができる。透明度は、例えば、以下の方法で測定される:
所定の濃度のCNF分散体を調製し、UV-VIS分光光度計 UV-1800(株式会社島津製作所製)を用い、光路長10mmの角型セルを用いて、660nm 光の透過率を測定し、透明度とする。
【0066】
本発明では、例えば、分散媒をトルエンとし、固形分濃度(CNF換算(疎水化剤を含まない))を1.0質量%とした疎水化アニオン変性CNF分散体について、上記の方法で測定した透明度が75%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは85%以上、更に好ましくは90%以上となる分散体を製造することができる。
【0067】
(4)疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物
工程2で得られる疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、疎水化処理によりアニオン変性セルロースの親水性が下げられており、また、水や水溶性有機溶媒のような水系の分散媒をほとんど含まないため、種々の有機溶媒や疎水性の高分子に良好に混合して用いることができる。疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、疎水化剤が結合したアニオン変性セルロースを含んでいる。疎水化剤は、上述した通りのものであり、上述したアニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量が0.40g以上であることが好ましい。乾燥固形物は、固形分濃度が90質量%より高くなるように、分散媒が十分に除去されており、より好ましくは固形分濃度が95質量%より高く、より好ましくは97質量%以上であり、さらに好ましくは98質量%以上である。
【0068】
本発明では、疎水化アニオン変性セルロース分散体の乾燥時のセルロース繊維同士の凝集が抑制され、かさの高い乾燥固形物が得られる。したがって、本発明の乾燥固形物は、有機溶媒に分散させやすくハンドリング性能の良いセルロース繊維材料となる。
【0069】
疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、主として疎水化アニオン変性セルロースからなるが、疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去する前などに用途に応じて任意に公知の添加物(抗菌剤、着色剤、樹脂母材、樹脂帯電防止剤、防曇剤、光安定剤、紫外線吸収剤、顔料、無機充填剤、防カビ剤、防腐剤、発泡剤、難燃剤など)を混合してから乾燥させることにより、上記の添加物を含んでいてもよい。疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物が、疎水化アニオン変性セルロース以外の添加物を含む場合、乾燥固形物における疎水化アニオン変性セルロースの割合は、80質量%以上が好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、95質量%以上がさらに好ましい。乾燥固形物は、添加物を含まず、疎水化アニオン変性セルロースのみ(少量の残存する分散媒を含む)からなっていてもよい。
【0070】
疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物の形態は特に限定されず、分散媒を除去した後のバルク(塊)の形態であってもよいし、適宜粉砕して粉末状としてもよく、用途に応じて選択すればよい。
【実施例
【0071】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
<実施例1>
針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(白色度85%)500g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)780mgと臭化ナトリウム75.5gを溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を6.0mmol/gになるように添加し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHが低下するが、3M水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。次亜塩素酸ナトリウムを消費し、系内のpHが変化しなくなった時点で反応を終了した。反応後の混合物をガラスフィルターで濾過してパルプを分離し、パルプを十分に水洗することでカルボキシル基を導入したパルプ(カルボキシル化セルロース)を得た。このカルボキシル化セルロースのカルボキシル基量は、1.42mmol/gであった。
【0072】
カルボキシル化セルロースの固形分濃度を水で5質量%に調整し、濃度10%の塩酸を添加し、カルボキシル化セルロースにおけるナトリウム塩型のカルボキシル基(-COONa)を、酸型に変換した(-COOH)。その後、ガラスフィルターを用いて、吸引濾過を行い脱水した。再度、カルボキシル化セルロースの固形分濃度を水で5質量%に調整してから脱水した。この工程を3回繰り返し、固形分濃度25質量%の酸型のカルボキシル化セルロースを得た。
【0073】
得られた酸型のカルボキシル化セルロースの分散体を、固形分濃度4質量%となるように水で希釈し、疎水化剤としてJEFFAMINE(登録商標)XJT-436(HUNTSMAN社製、分子量1004)をカルボキシル基量に対して1当量添加した。疎水化剤の結合量を上述の式にしたがって計算すると、1.43gとなる。ホモジナイザー(1500rpm、10分)で混合し、疎水化剤を結合させたカルボキシル化セルロース(疎水化カルボキシル化セルロース)の分散体を製造した。疎水化カルボキシル化セルロースの分散体を、70℃の温度下に15時間静置して、疎水化カルボキシル化セルロースの乾燥固形物(固形分濃度98質量%)を製造した。
得られた乾燥固形物に対し、固形分量がカルボキシル化セルロース換算(疎水化剤を含まない)で1質量%となるようにトルエンを添加し、8000rpmで10分間撹拌した。続いて、超高圧ホモジナイザーを用いて20℃で80MPaで1回、さらに150MPaで2回処理(解繊)することにより、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。収率(すなわち、用いたカルボキシル化セルロースの質量に対する最終的に得られた疎水化カルボキシル化CNFにおけるカルボキシル化CNFの質量の割合)は100%であった。
【0074】
得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分濃度(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を上述の方法で測定した。結果を表1に示す。
【0075】
<実施例2>
トルエンの代わりにメタノールを用いた以外は、実施例1と同様にして、メタノールを分散体とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:メタノール、固形分濃度(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
<比較例1>
疎水化剤としてJEFFAMINE(登録商標)M-1000(HUNTSMAN社製、分子量1000)を用いた以外は実施例1と同様にして、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を製造した。疎水化剤の結合量は1.42gである。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分濃度(カルボキシル化CNF換算):1質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
<比較例2>
トルエンの代わりにメタノールを用いた以外は、比較例1と同様にして、メタノールを分散体とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:メタノール、固形分濃度(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0076】
実施例に用いたJEFFAMINE(登録商標)XJT-436の化学式は、以下の通りである:
【化1】
また、比較例に用いたJEFFAMINE(登録商標)M-1000の化学式は、以下の通りである:
【化2】
【0077】
【表1】
【0078】
表1の結果より、ポリアルキレングリコール基及び炭素数が2以上の炭化水素基を有するポリエーテルアミンを疎水化剤として用いることにより(実施例1及び2)、比較例1及び2の分散体に比べて、粘度が向上した分散体を得ることができることがわかる。特に、トルエンを分散媒とした場合は、透明度が高く、分散性が良好であることがわかる。この理由として、本発明者らは、用いたポリアルキレングリコール基及び炭素数が2以上の炭化水素基を有する疎水化剤と、トルエンとは、相溶性が高いため、分散性が向上したと推測している。しかし、この理論に限定されるものではない。参考のために、実施例と比較例で用いた各疎水化剤、各有機溶媒、及びセルロースのSP値を表2に示す。SP値が近いほど相溶性が高いといえる。なお、表2のSP値は、Fedors法により算出した値であり、表2の実施例1のポリアルキレングリコール基の欄は、-(OCHCHCH13.5NHのSP値を算出したものであり、アルキル基の欄は、ノニルベンゼンのSP値を算出したものであり、比較例1のポリアルキレングリコール基の欄は、CH(OCHCH(OCHCHCH19NHのSP値を算出したものである。
【表2】