(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-08
(45)【発行日】2024-02-19
(54)【発明の名称】酵素的測定方法及び酵素的測定用試薬
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/48 20060101AFI20240209BHJP
C12Q 1/32 20060101ALI20240209BHJP
C12N 9/12 20060101ALI20240209BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240209BHJP
【FI】
C12Q1/48 Z ZNA
C12Q1/32
C12N9/12
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2020553130
(86)(22)【出願日】2019-10-10
(86)【国際出願番号】 JP2019040043
(87)【国際公開番号】W WO2020080249
(87)【国際公開日】2020-04-23
【審査請求日】2022-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2018197564
(32)【優先日】2018-10-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】303046299
【氏名又は名称】旭化成ファーマ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】酒瀬川 信一
(72)【発明者】
【氏名】小西 健司
(72)【発明者】
【氏名】白波瀬 泰史
(72)【発明者】
【氏名】吉田 敏之
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-285297(JP,A)
【文献】国際公開第2016/047580(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/085167(WO,A2)
【文献】落合邦康,他,口腔内短鎖脂肪酸の歯周病組織と全身疾患に及ぼす影響,腸内細菌学雑誌,2014年,Vol. 28,p. 111-120
【文献】落合邦康,落合(栗田)智子,口腔の短鎖脂肪酸研究で見えてきたこと 嫌気性菌代謝産物・酪酸の組織為害作用とエピジェネティクス,日薬理誌,2014年,Vol. 144,p. 81-87
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00
C12N 9/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸と、アデノシン三リン酸(ATP)と、酪酸キナーゼとを接触してアデノシン二リン酸(ADP)を生成し、生成したADPを測定する工程を含
み、
前記試料が、唾液、歯肉溝滲出液、血液、血漿、血清、乳汁、尿又は糞便であり、
前記酪酸キナーゼが、アセトアナエロビウム・スティックランディイ又はサーモセディミニバクター・オセアニに由来する、酵素的測定方法。
【請求項2】
前記炭素数3~6の短鎖脂肪酸が、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸及びカプロン酸からなる群より選択される少なくとも1種を含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
生成したADPの測定値が、前記試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸の総量、又は単位体積当たりの炭素数3~6の短鎖脂肪酸の総量を示す請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ADPを測定する工程が、生成したADPと、グルコースと、ADP依存性ヘキソキナーゼとを二価の金属イオンの存在下で接触して、グルコース-6-リン酸及びアデノシン一リン酸を生成する工程を含む請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
ADPを測定する工程が、
生成したグルコース-6-リン酸と、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド酸化型(NAD)又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸酸化型(NADP)と、グルコース-6-リン酸脱水素酵素とを接触して、6-ホスホグルコノ-δ-ラクトン、及びニコチンアミドアデニンジヌクレオチド還元型(NADH)又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸還元型(NADPH)を生成する工程と、
生成したNADH又はNADPHを測定する工程と
をさらに含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
NADH又はNADPHを測定する工程が、生成したNADH又はNADPHを含む反応混合液の吸光度又は蛍光強度を測定することにより行われる請求項5に記載の方法。
【請求項7】
NADH又はNADPHを測定する工程が、生成したNADH又はNADPHと、発色試薬と、電子キャリアとを接触させて色素を生成し、生成した色素を含む反応混合液の吸光度を測定することにより行われる請求項5に記載の方法。
【請求項8】
ADPを生成する工程が、試料と、ATPと、酪酸キナーゼとを二価の金属イオンの存在下で接触することにより行われる請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
二価の金属イオンが、マグネシウムイオン及び亜鉛イオンから選択される少なくとも1種である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記酪酸キナーゼが、酢酸を実質的に基質としない請求項1~
9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記酪酸キナーゼが、配列番号17又は19で表されるアミノ酸配列を含む請求項1~
10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
アセトアナエロビウム・スティックランディイ又はサーモセディミニバクター・オセアニに由来する酪酸キナーゼと、アデノシン三リン酸(ATP)とを含む、
請求項1~11のいずれか1項に記載の方法に用いられる酵素的測定用試薬。
【請求項13】
ATPを含む第1試薬と、
前記酪酸キナーゼを含む第2試薬とを含む請求項
12に記載の試薬。
【請求項14】
二価の金属イオンをさらに含む請求項
12又は
13記載の試薬。
【請求項15】
グルコース、ADP依存性ヘキソキナーゼ、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド酸化型(NAD)又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸酸化型(NADP)、及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素をさらに含む請求項
12~
14のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項16】
発色試薬及び電子キャリアをさらに含む請求項
15に記載の試薬。
【請求項17】
前記酪酸キナーゼが、炭素数3~6の短鎖脂肪酸を基質とする請求項
12~
16のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項18】
前記酪酸キナーゼが、酢酸を実質的に基質としない請求項
12~
17のいずれか1項に記載の試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素的測定方法及び酵素的測定用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
酪酸は、天然にはバターなどの乳脂中にグリセリンエステルの形態で存在する。また、酪酸菌による糖類の酪酸発酵によっても酪酸は生成される。近年、生体における酪酸の役割が着目されている。例えば、腸内細菌により生成された酪酸は、ムチン層で適当に希釈されてT細胞の制御性T細胞への分化を誘導する物質として注目されている。酪酸は、腸管粘膜上皮に吸収されてエネルギー源となり、粘膜上皮の増殖を促進するなど、適度な低い濃度では腸内環境に有益な作用を有する。酪酸の有益な作用は、生体内の細菌によって生成された酪酸だけでなく、酪酸の経口投与でも得られることから、食品中の酪酸も注目されている。酪酸は唾液中にも存在するが、口腔内にはムチン層がないために酪酸が高濃度になり細胞に障害を与える有害な事象が報告されている。一方、同じ短鎖脂肪酸でも細胞障害性に関しては酪酸>吉草酸>プロピオン酸の順であり、酢酸に関しては高濃度まで細胞障害性を示さないことが知られている(Xiaolan Yu, et al; Short-chain fatty acids from periodontal pathogens suppress histone deacetylases, EZH2, and SUV39H1 to promote Kaposi’s sarcoma associated herpesvirus replication. 2014, Vol.88, No.9, 4466-4479.)
【0003】
脂肪酸の酵素的測定法としては、アシルCoAシンテターゼ(ACS:EC6.2.1.)を用いる方法がよく知られている。アシルCoAシンテターゼ(EC6.2.1.3)と、アシルCoAオキシダーゼ及びペルオキシダーゼ(POD)とを組み合わせて、血清中の脂肪酸を可視部測定できる試薬が市販されている。しかし、EC6.2.1.3は中鎖脂肪酸以上の脂肪酸に反応し、酪酸、プロピオン酸及び酢酸には反応しないことが報告されている(Kohei Hosaka, et al., A New Colorimetric method for the determination of free fatty acids with acyl-CoA synthetase and acyl-CoA oxidase. J Biochem. 1981, 89, 1799-1803)。一方、EC6.2.1.2は短鎖脂肪酸にしか働かないが、酢酸及びプロピオン酸への反応性が高く、酪酸には反応しないことが報告されている(Catherine AR. et al. Regulation of volatile fattyacid uptake by mitochondrial Acyl CoA Synthetase of Bovine Heart. J Dairy Sci. 1981, 64:2336-2343.)。このように、生体試料及び食品に含まれる酪酸を測定する需要が高まっているが、現在、酪酸の測定は、ガスクロマトグラフィ-質量分析計(GC-MS)又は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により行われている。例えば、特許文献1には、糞便中の酪酸などの短鎖脂肪酸をHPLCで測定したことが開示されている。また、GC-MSの利点としては、機能の異なる酢酸と酪酸とを分別できることにある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、GC-MS及びHPLCによる測定には高価な装置が必要であり、また操作も煩雑である。よって、酢酸の影響を受けることなく、酪酸を含む短鎖脂肪酸を簡便に測定することを可能にする技術が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、酪酸キナーゼの作用により、試料中の酪酸及びアデノシン三リン酸(ATP)からアデノシン二リン酸(ADP)を生成し、生成したADPを測定することにより、試料中の酪酸を酢酸の影響を受けることなく測定できることを見出した。すなわち、本発明者らは、試料中の酪酸を測定可能な新規な酵素的測定法を確立して、本発明を完成した。
【0007】
よって、本発明は、試料中の酪酸と、ATPと、酪酸キナーゼとを接触してADPを生成し、生成したADPを測定する工程を含む、酵素的測定方法を提供する。また、本発明は、試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸と、ATPと、酪酸キナーゼとを接触してADPを生成し、生成したADPを測定する工程を含む、酵素的測定方法を提供する。さらに、本発明は、酪酸キナーゼと、ATPとを含む酵素的測定用試薬を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、試料中の酪酸を簡便に測定することを可能にする。また、本発明は、歯周病の診断の補助に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】酪酸キナーゼ、ADP依存性ヘキソキナーゼ(ADP-HK)及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PDH)のそれぞれが触媒する反応を同じ反応系で行った場合の経路を示す図である。
【
図2】酪酸キナーゼ、ADP-HK、G6PDH及びジアホラーゼのそれぞれが触媒する反応を同じ反応系で行った場合の経路を示す図である。
【
図3】一試薬の形態にある試薬の一例を示す模式図である。
【
図4】二試薬の形態にある試薬の一例を示す模式図である。
【
図5】アセトアナエロビウム・スティックランディイ由来の組換え型酪酸キナーゼの溶液をSDS-PAGEで分析した結果を示す図である。
【
図6】サーモセディミニバクター・オセアニ由来の組換え型酪酸キナーゼの溶液をSDS-PAGEで分析した結果を示す図である。
【
図7】サーモセディミニバクター・オセアニ由来の組換え型酪酸キナーゼの溶液をSDS-PAGEで分析した結果を示す図である。
【
図8】アセトアナエロビウム・スティックランディイ由来の組換え型酪酸キナーゼの至適pHを示すグラフである。
【
図9】サーモセディミニバクター・オセアニ由来の組換え型酪酸キナーゼの至適pHを示すグラフである。
【
図10】アセトアナエロビウム・スティックランディイ由来の組換え型酪酸キナーゼのpH安定性を示すグラフである。
【
図11】サーモセディミニバクター・オセアニ由来の組換え型酪酸キナーゼのpH安定性を示すグラフである。
【
図12】アセトアナエロビウム・スティックランディイ由来の組換え型酪酸キナーゼの熱安定性を示すグラフである。
【
図13】サーモセディミニバクター・オセアニ由来の組換え型酪酸キナーゼの熱安定性を示すグラフである。
【
図14】本実施形態の酪酸を測定する方法による酪酸定量の直線性を示すグラフである。
【
図15A】自動分析装置による測定結果と用手法による測定結果との相関を示すグラフである。
【
図15B】GS-MS法による測定結果と自動分析装置による測定結果との相関を示すグラフである。
【
図15C】GS-MS法による測定結果と用手法による測定結果との相関を示すグラフである。
【
図16】メイオサーマス・シルバヌス由来の組換え型2-エノエート・レダクターゼの溶液をSDS-PAGEで分析した結果を示す図である。
【
図17】クリベロマイセス・ラクティス由来の組換え型2-エノエート・レダクターゼの溶液をSDS-PAGEで分析した結果を示す図である。
【
図18】GS-MS法による測定結果と自動分析装置による測定結果との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書において「測定する」とは、対象物質の量又は濃度の値を決定すること、及び、対象物質の量又は濃度を反映する測定結果を取得することを含む。測定結果は、定性的情報、定量的情報及び半定量的情報のいずれであってもよい。定性的情報は、対象物質の有無を示す情報をいう。定量的情報は、測定機器によって得られた測定値などの数値をいう。定量的情報に基づいて、対象物質の量又は濃度の値を決定できる。半定量的情報は、対象物質の量又は濃度を、語句、数字、色などにより段階的に示す情報をいう。例えば、半定量的情報として、「検出限界以下」、「少ない」、「中程度」、「多い」などの語句を用いてもよい。ここで、「対象物質の量又は濃度を反映する測定結果」とは、対象物質の量又は濃度に応じて変化する指標を意味する。この指標は、視認可能又は機械的に測定可能な光学的変化であることが好ましい。具体的には、反応液の吸光度、濁度、発色などが例示される。
【0011】
[1.酪酸の酵素的測定方法]
本実施形態の酵素的測定方法(以下、単に「方法」ともいう)では、まず、試料中の酪酸と、ATPと、酪酸キナーゼとを接触してADPを生成する。本明細書において、「酪酸」との用語には、酪酸だけでなく、酪酸の異性体であるイソ酪酸も含まれる。試料中の酪酸は、塩又はイオンの状態であってもよい。酪酸塩としては、例えばアルカリ金属塩、カルシウム塩などが挙げられる。具体的には、酪酸ナトリウム、酪酸リチウム、イソ酪酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0012】
試料は、酪酸、酪酸塩又は酪酸イオンを含む可能性がある限り、特に限定されない。試料は、例えば生体試料、飲食品などが挙げられる。生体試料としては、例えば唾液、歯肉溝滲出液、血液、血漿、血清、乳汁、尿、糞便などが挙げられる。飲食品としては、例えば牛乳などの乳製品が挙げられる。試料は、適切な溶媒で希釈してもよい。酪酸を生成する微生物の培養上清を試料として用いてもよい。
【0013】
酪酸キナーゼによる反応は通常、液体中で行われるので、試料は液状であることが好ましい。液状の試料は、溶液に限られず、細胞などの微細な固形物が懸濁した懸濁液、ゾルなども含む。例えば、試料が固形である場合、該試料を破砕して適切な溶媒中に溶解又は懸濁した後、遠心分離又はろ過により固形物を除いて、液状の試料を調製してもよい。唾液などの液状の試料が不溶性の不純物を含む場合、該試料を遠心分離又はろ過して、不溶性の不純物を除いてもよい。
【0014】
溶媒は、生化学分野において一般に用いられる水性溶媒から適宜選択できる。そのような溶媒としては、例えば水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。緩衝液のpHは、6以上10以下であることが好ましい。緩衝液としては、例えばMES、PIPES、BES、TES、HEPES、CHESなどのグッド緩衝液、トリス塩酸緩衝液(Tris-HCl)、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、イミダゾール塩酸緩衝液などが挙げられる。酪酸キナーゼは酢酸に対してほとんど反応しないが、大量の酢酸は経時的に試薬のブランク上昇を引き起こして試薬の安定性に影響を与える。よって、酢酸又は酢酸塩を含む緩衝液を用いないことが好ましい。
【0015】
酪酸キナーゼ(ATP:ブタノエート1-ホスホトランスフェラーゼ又はEC 2.7.2.7とも呼ばれる)は、下記の式(1)で表される反応を触媒する酵素である。酪酸キナーゼ自体は公知であり、例えばアセトン・ブタノール発酵に関与するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の代謝酵素の一つとして知られる。また、酪酸キナーゼのアミノ酸配列及び酪酸キナーゼをコードする遺伝子の塩基配列は、公知のデータベースから取得できる。
【0016】
【0017】
酪酸キナーゼは、天然由来であってもよいし、遺伝子組み換え技術などにより人工的に得られた酵素であってもよい。本実施形態では、酪酸キナーゼは、上記の反応を触媒する作用を有する限り、天然由来の酪酸キナーゼのアミノ酸配列に対して1又は複数個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加されてもよい。
【0018】
酪酸キナーゼの由来は特に限定されない。酪酸キナーゼをコードする遺伝子は、例えばアセトアナエロビウム・スティックランディイ(Acetoanaerobium sticklandii)(クロストリジウム・スティックランディイ(Clostridium sticklandii)とも呼ばれる)、サーモセディミニバクター・オセアニ(Thermosediminibacter oceani)、ナトラナエロビウス・サーモフィルス(Natranaerobius thermophilus)、シンビオバクテリウム・サーモフィラム(Symbiobacterium thermophilum)などの微生物からクローニングできる。これらの微生物及びその染色体DNAは一般に入手可能であり、例えばDeutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zellkulturen GmbH (DSMZ)社より購入できる。本実施形態では、アセトアナエロビウム・スティックランディイ又はサーモセディミニバクター・オセアニに由来する酪酸キナーゼを用いることが好ましい。より好ましくは好熱性細菌、例えばサーモセディミニバクター・オセアニに由来する酪酸キナーゼを用いる。アセトアナエロビウム・スティックランディイに由来する酪酸キナーゼは、例えば配列番号17で表されるアミノ酸配列を含む。また、サーモセディミニバクター・オセアニに由来する酪酸キナーゼは、例えば配列番号19で表されるアミノ酸配列を含む。
【0019】
試料と酪酸キナーゼとATPとの混合液(以下、「反応混合液」ともいう)における酪酸キナーゼの終濃度は、特に限定されない。反応混合液における酪酸キナーゼの終濃度の下限は、例えば0.01 U/mL以上、好ましくは0.1U/mL以上、更に好ましくは0.5 U/mL以上であり、該終濃度の上限は、例えば150 U/mL以下、好ましくは50 U/mL以下、更に好ましくは20 U/mL以下であればよい。なお、これらの値は、試薬組成、温度、測定波長、副波長などの測定条件で異なる場合がある。酪酸キナーゼの終濃度は、経済的な観点などからは低い方が好ましく、試薬の有効期間などの観点からは高い方が好ましい。「U/mL」は、酵素の活性値の単位である。1Uの酪酸キナーゼは、1分間に1μmolの酪酸をリン酸化する酵素量と定義される。酵素の活性値を測定する方法自体は公知であり、当業者であればルーチンの実験により容易に活性値を測定できる。
【0020】
上記の式(1)で表される酵素反応は可逆反応であるが、本実施形態では、十分量のATPを添加することにより、酵素反応は、ブチリルリン酸及びADPが生成される方へ進行する。ATPの添加量は、特に限定されない。本実施形態では、酵素反応の開始時の反応混合液におけるATPの終濃度の下限は、例えば0.1mM以上、好ましくは0.2 mM以上、更に好ましくは0.5mM以上であり、該終濃度の上限は、例えば50 mM以下、好ましくは10 mM以下、更に好ましくは5mM以下であればよい。
【0021】
本実施形態では、酪酸キナーゼによる酵素反応をより効率よく行う観点から、試料と、ATPと、酪酸キナーゼとを二価の金属イオンの存在下で接触することが好ましい。二価の金属イオンとしては、例えばマグネシウムイオン、亜鉛イオンなどが挙げられる。それらの中でも、マグネシウムイオンが特に好ましい。二価の金属イオンは、二価の金属イオンを形成する化合物又はその水溶液を、試料とATPと酪酸キナーゼとの混合液に添加することにより供給できる。二価の金属イオンの添加量は、特に限定されない。酵素反応の開始時の反応混合液における二価の金属イオンの終濃度の下限は、例えば0.1 mM以上、好ましくは0.5 mM以上、更に好ましくは1mM以上であり、該終濃度の上限は、例えば50 mM以下、好ましくは20 mM以下、更に好ましくは10mM以下であればよい。上記の条件下で使用する二価の金属イオンの量は、例えばマグネシウムイオンの場合、下限がATPの濃度に対して0.1当量以上、好ましくは0.5当量以上、更に好ましくは1当量以上であり、上限が10当量以下、好ましくは5当量以下、更に好ましくは3当量以下である。最も好ましい濃度はATPの1当量である。
【0022】
二価の金属イオンを形成する化合物は、適当な溶媒中で二価の金属イオンを生じ、かつ該化合物から生じるアニオンが酵素反応を阻害しない限り、特に限定されない。そのような化合物としては、二価の金属と無機酸との塩が好ましく、例えば塩酸、硫酸、硝酸などの酸と二価の金属との塩が挙げられる。より好ましい二価の金属塩としては、マグネシウム、亜鉛などから選択される少なくとも1つの金属の塩が挙げられる。二価の金属イオンを形成する化合物は、無水物であってもよいし、水和物であってもよい。
【0023】
必要に応じて、試料とATPと酪酸キナーゼとを界面活性剤の存在下で接触してもよい。界面活性剤は、非イオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤及び両性界面活性剤から適宜選択できる。それらの中でも、非イオン性界面活性剤が好ましく、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエ-テル系又はポチオキシエチレンアルキルエーテル系の非イオン性界面活性剤が特に好ましい。そのような非イオン性界面活性剤としては、例えばTriton(登録商標) X-100、TN-100 (株式会社ADEKA)、エマルゲン1150s-60 (花王株式会社)、ニューコール710 (日本乳化剤株式会社)などが挙げられる。
【0024】
本実施形態の方法では、酪酸キナーゼが触媒する反応により生成したADPを測定する。式(1)から分かるように、ADPの生成量は、酪酸キナーゼの基質である酪酸の量に比例する。よって、生成したADPを測定することにより、試料中の酪酸を測定できる。すなわち、本実施形態の方法は、試料と、ATPと、酪酸キナーゼとを接触させることにより生成されるADPの測定結果に基づき、試料中の酪酸を測定する方法とも言える。本実施形態では、生成したADPの量又は濃度を反映する測定値(以下、「ADPの測定値」ともいう)に基づいて、試料中の酪酸の量又は濃度を決定できる。例えば、濃度既知の酪酸水溶液を、試料と同様に測定することにより、ADPの測定値と酪酸濃度との関係を示す検量線を作成する。得られた検量線を用いて、反応混合液のADPの測定値から、試料中の酪酸濃度の値を決定できる。濃度既知の酪酸水溶液はキャリブレーション試薬として使用でき、キャリブレーション試薬中の酪酸濃度、成分の種類や濃度等の条件等は、当業者であれば適宜決定できる。
【0025】
ADPを測定する方法は特に限定されないが、酵素的測定法が簡便で好ましい。ADPの酵素的測定法は種々知られており、ADP測定用試薬も市販されている。本実施形態では、いずれの酵素的測定法を用いてもよい。例えば、ピルビン酸キナーゼ(PyK)及び乳酸脱水素酵素(LDH)を用いる方法が挙げられる。この方法では、まず、以下の式(2)で表されるように、ADPとホスホエノールピルビン酸(PEP)とPyKとを接触して、ピルビン酸を生成する。次いで、以下の式(3)で表されるように、生成したピルビン酸とニコチンアミドアデニンジヌクレオチド還元型(NADH)とLDHとを接触して、乳酸及びニコチンアミドアデニンジヌクレオチド酸化型(NAD+)(NADとも表記する)を生成する。
【0026】
【0027】
ここで、NADHの吸収スペクトルは340 nm付近に吸収ピークを有するが、NADの吸収スペクトルには340 nm付近に吸収ピークはないことが知られている。式(2)及び(3)から分かるように、ADPの量に応じてNADHが減少する。よって、NADHの減少による340 nm付近の吸光度の変化は、反応混合液中のADPの量又は濃度を反映する。PYK及びLDHを用いるADPの測定方法では、340 nm付近の吸光度に基づいて、ADPを測定する。NADHは自家蛍光を有するので、NADHの減少による590~600 nmに生じる蛍光強度(励起波長530~570 nm)の変化に基づいて、ADPを測定してもよい。
【0028】
また、PyK及びピルビン酸オキシダーゼを用いる方法も知られている。この方法では、まず、式(2)で表されるように、ADPとPEPとPyKとを接触して、ピルビン酸を生成する。次いで、以下の式(4)で表されるように、生成したピルビン酸とピルビン酸オキシダーゼとを、リン酸(Pi)及び酸素の存在下で接触する。この酵素反応により、アセチルリン酸、二酸化炭素及び過酸化水素が生成する。式(2)及び(4)から分かるように、過酸化水素の生成量は、反応混合液中のADPの量に比例する。このADPの測定方法では、生成した過酸化水素を、ペルオキシダーゼを用いる呈色反応により測定することにより、ADPを測定する。
【0029】
【0030】
本実施形態では、ADPの酵素的測定法の中でも、ADP依存性ヘキソキナーゼ(ADP-HK)及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PDH)を用いる方法が好ましい。この方法では、まず、以下の式(5)で表されるように、ADPとグルコースとADP-HKとを接触して、グルコース-6-リン酸 (G6P)を生成する。この反応は、二価の金属イオンの存在下で行うことが好ましい。次いで、以下の式(6)で表されるように、生成したG6PとNAD+とG6PDHとを接触して、6-ホスホグルコノ-δ-ラクトン及びNADHを生成する。式(5)及び(6)から分かるように、NADHの生成量は、反応混合液中のADPの量に比例する。このADPの測定方法では、生成したNADHを測定することにより、ADPを測定する。式(6)で表される酵素反応では、NAD+に替えて、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸酸化型(NADP+)(NADPとも表記する)を用いてもよい。この場合、生成したニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸還元型(NADPH)を測定することにより、ADPを測定する。
【0031】
【0032】
NADH又はNADPHの測定は、生成したNADH又はNADPHを含む反応混合液の吸光度を測定することにより行うことができる。NADH又はNADPHの増加により、反応混合液の340 nm付近の吸光度が上昇する。この吸光度の変化に基づいて、ADPを測定できる。また、NADH及びNADPHは自家蛍光を有するので、励起波長530~570 nmで590~600 nmに生じる蛍光強度を測定することで更に高感度の測定が可能となる。あるいは、生成したNADH又はNADPHと、発色試薬と、電子キャリアとを接触させて色素を生成し、生成した色素を含む反応混合液の吸光度を測定することにより、NADH又はNADPHを測定してもよい。発色試薬及び電子キャリアは、NAD/NADH(又はNADP/NADPH)測定用試薬として市販されている。
【0033】
電子キャリアは、NADH又はNADPHから電子を受容して、発色試薬に電子を供与できる物質であれば、特に限定されない。そのような電子キャリアとしては、例えばジアホラーゼ、フェナジンメトサルフェート、メトキシフェナジンメトサルフェート、ジメチルアミノベンゾフェノキサジニウムクロライド(メルドラブルー)などが挙げられる。それらの中でもジアホラーゼが特に好ましい。
【0034】
発色試薬は、電子キャリアから電子を供与されることにより還元されて、色素を生成する物質であれば、特に限定されない。そのような物質としては、例えばテトラゾリウム化合物などが挙げられる。以下の式(7)に示されるように、電子キャリアの作用によりテトラゾリウム化合物が還元されると、種々の色を呈するホルマザン色素に変換される。式(7)で表される反応では、NADHに替えて、NADPHを用いてもよい。
【0035】
【0036】
テトラゾリウム化合物は、テトラゾール環を有する化合物又はその塩であれば、特に限定されない。テトラゾリウム化合物は、発色試薬として種々の化合物が市販されている。例えば、WST-1(2-(4-ヨードフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルホフェニル)-2H-テトラゾリウム一ナトリウム塩)、WST-8(2-(2-メトキシ-4-ニトロフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルホフェニル)-2H-テトラゾリウム)、NBT(ニトロブルーテトラゾリウム)、MTT(3-(4,5-ジメチル-2-チアゾリル)-2,5-ジフェニル-2H-テトラゾリウムブロミド)、XTT(2,3-ビス-(2-メトキシ-4-ニトロ-5-スルホフェニル)-2H-テトラゾリウム-5-カルボキシアニリド)、INT(2-(4-ヨードフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-フェニル-2H-テトラゾリウムクロリド)などが挙げられる。それらの中でも、水溶性ホルマザン色素を生成するWST-1などが好ましい。
【0037】
生体試料、特に赤血球を含む生体試料には、内因性のアデニレートキナーゼ(ミオキナーゼとも呼ばれる)が含まれる場合がある。アデニレートキナーゼは、式(8)で表される反応を触媒することにより、ADPを繰り返して反応させるので、本実施形態の方法は正の干渉を受ける。アデニレートキナーゼによる内因性干渉を避けるため、アデニレートキナーゼの阻害剤であるP1,P5-ジ(アデノシン-5'-)ペンタリン酸(Ap5A)を試料又は反応混合液に添加してもよい。Ap5Aの添加量は、酵素反応の開始時の反応混合液におけるAp5Aの終濃度で表して、例えば1μM以上200μM以下、さらに好ましくは5μM以上50μM以下である。
【0038】
【0039】
本実施形態では、上記の酪酸キナーゼによる反応と、ADPの酵素的測定法とを同じ反応系で行うことが好ましい。反応系とは、酵素反応に必要な成分が存在し、該反応が起こる限定された環境を意味する。例えば、試料と、ATPと、酪酸キナーゼと、ADPの酵素的測定法に用いられる成分とを接触させることにより、酪酸キナーゼによる反応と、ADPの酵素的測定法とを同じ反応系で行うことができる。このような反応系では、酪酸キナーゼによる酵素反応により生成したADPは、すぐにADPの酵素的測定法で消費される。よって、上記の式(1)で示される酵素反応は、ブチリルリン酸及びADPが生成される方へより促進される。
【0040】
図1を参照して、上記の式(1)、(5)及び(6)で表される反応を同じ反応系で行った場合の経路について説明する。この反応系は、試料、ATP、酪酸キナーゼ(BK)、グルコース、NAD又はNADP、ADP-HK及びG6PDHを含む。好ましい実施形態では、反応系は、二価の金属イオンをさらに含む。まず、試料とATPとBKとが接触することにより、ブチリルリン酸及びADPが生成される。次いで、生成したADPとグルコースとADP-HKとが接触することにより、G6P及びアデノシン一リン酸(AMP)が生成される。そして、生成したG6PとNAD(又はNADP)とG6PDHとが接触することにより、6-ホスホグルコノ-δ-ラクトン及びNADH(又はNADPH)が生成する。本実施形態では、NADH又はNADPHの増加による340 nm付近の吸光度の変化に基づいて、ADPを測定する。あるいは、NADH又はNADPHの増加による590~600 nmに生じる蛍光強度(励起波長530~570 nm)の変化に基づいて、ADPを測定する。また、
図2に、上記の式(1)及び(5)~(7)で表される反応を同じ反応系で行った場合の経路を示す。
図2では、G6PDHの作用により生成したNADH(又はNADPH)とテトラゾリウム化合物とジアホラーゼとを接触させることにより、ホルマザン色素及びNAD(又はNADP)が生成する。本実施形態では、ホルマザン色素の増加による吸光度の変化に基づいて、ADPを測定する。
【0041】
吸光度の変化に基づくADPの測定は、レートアッセイにより行ってもよいし、エンドポイントアッセイにより行ってもよい。レートアッセイでは、反応開始後の単位時間当たりの吸光度変化の量に基づいて、反応混合液中のADPを測定する。エンドポイントアッセイでは、反応開始前の吸光度と反応終了後の吸光度との差に基づいて、反応混合液中のADPを測定する。
【0042】
本実施形態において、反応温度は、用いる酵素が作用する室温や常温などの温度範囲であればよく、通常10℃以上60℃以下であり、好ましくは15℃以上50℃以下であり、より好ましくは20℃以上40℃以下である。汎用の自動分析機を使用する場合は、37℃が好ましい。反応時間は、試料中の酪酸を正確に測定することができれば特に限定されないが、30秒以上60分以下であり、好ましくは1分以上30分以下である。汎用の自動分析機を使用する場合は10分が特に好ましい。反応混合液におけるpHは、用いる酵素が作用するpH範囲であればよく、通常6以上10以下であり、好ましくは6.5以上9.5以下であり、より好ましくは7以上8.5以下である。テトラゾリウム塩を用いた発色系は、pH8以上では内因性還元物質の影響を受けるので、pH8以下で反応させた方が良い。酪酸キナーゼによる反応と、ADPの酵素的測定法とを同じ反応系で行う場合も、反応温度、反応時間及びpHは、上記の範囲から適宜選択できる。pHを調整するために、上記の緩衝液を試料又は反応混合液に添加してもよい。
【0043】
本実施形態では、反応停止液を添加することにより、酵素反応を停止してからADPの測定を行ってもよい。反応停止液は、変性剤を含む溶液であれば特に限定されない。変性剤としては、例えば塩酸、硫酸、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、ドデシル硫酸リチウムなどが挙げられる。
【0044】
[2.炭素数3~6の短鎖脂肪酸の酵素的測定方法]
さらなる実施形態では、試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸と、ATPと、酪酸キナーゼとを接触してADPを生成し、生成したADPを測定する工程を含む、酵素的測定方法が提供される。唾液や糞便などのように、微生物が存在する環境から得た生体試料には、該微生物により生成された種々の短鎖脂肪酸が含まれることが知られている。そのような生体試料中の短鎖脂肪酸としては、酢酸、プロピオン酸、酪酸などが挙げられるが、一般に、酢酸が他の脂肪酸よりも多く含まれる傾向にある。一方、歯周病やクローン病などの炎症性疾患では、口腔内及び腸内の細菌により産生された酪酸やプロピオン酸など、酢酸以外の短鎖脂肪酸の作用が注目されている。ここで、酪酸キナーゼは、後述の参考例7に示されるように、酪酸を含め、炭素数3~6の短鎖脂肪酸を基質として反応する。しかし、酪酸キナーゼは、酢酸を実質的に基質としない。すなわち、試料中に酢酸と炭素数3~6の短鎖脂肪酸とが混在する場合、酪酸キナーゼを用いる酵素的測定法は、酢酸を測定することなく、炭素数3~6の短鎖脂肪酸を測定することが可能となる。
【0045】
酪酸キナーゼは、上記の式(1)で表される反応を触媒する酵素であるが、酪酸以外の炭素数3~6の短鎖脂肪酸に対しても同様のリン酸化反応を触媒する。すなわち、酪酸キナーゼの存在下で、炭素数3~6の短鎖脂肪酸とATPとが接触すると、ATPのリン酸基が該脂肪酸に転位して、リン酸化された脂肪酸とADPが生成する。酪酸キナーゼの詳細は上記のとおりである。
【0046】
本明細書において、「短鎖脂肪酸」とは、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸及びカプロン酸を含む。乳酸とコハク酸は、その性質がかなり異なるため、「短鎖脂肪酸」には含めない(坂田隆、市川宏文、「短鎖脂肪酸の生理活性」日本油化学会誌 Vol.46 (1997) No.10, PP.1205-1212)。炭素数3~6の短鎖脂肪酸は、直鎖状でもよいし、分岐鎖状でもよい。炭素数3~6の短鎖脂肪酸としては、例えばプロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、カプロン酸などが挙げられる。試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸は、塩又はイオンの状態であってもよい。脂肪酸の塩としては、例えばアルカリ金属塩、カルシウム塩などが挙げられる。脂肪酸のアルカリ金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩などが挙げられる。
【0047】
試料は、炭素数3~6の短鎖脂肪酸、それらの塩又はイオンを含む可能性がある限り、特に限定されない。試料に含まれる炭素数3~6の短鎖脂肪酸は1種でもよいし、2種以上でもよい。そのような試料としては、上記の生体試料、飲食品などが挙げられる。また、試料として、炭素数3~6の短鎖脂肪酸を生成する微生物の培養上清を用いてもよい。試料は、適切な溶媒で希釈してもよい。溶媒の詳細は上記のとおりである。本実施形態では、試料は液状であることが好ましい。液状の試料及びその調製の詳細は、上記のとおりである。
【0048】
試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸と、ATPと、酪酸キナーゼとを接触してADPを生成する工程は、上記の本実施形態の方法のADPを生成する工程と同様にして行うことができる。反応混合液における酪酸キナーゼ及びATPの終濃度は、上記のとおりである。また、本実施形態の酵素的測定方法では、二価の金属イオン及び/又は界面活性剤の存在下で、試料とATPと酪酸キナーゼとを接触してもよい。二価の金属イオン及びそれを形成する化合物、並びに界面活性剤の詳細は、上記のとおりである。
【0049】
本実施形態の酵素的測定方法では、酪酸キナーゼが触媒する反応により生成したADPを測定する。ADPの測定方法の詳細は、上記の本実施形態の方法について述べたことと同じである。ADPの生成量は、酪酸キナーゼの基質である炭素数3~6の短鎖脂肪酸の量に比例する。よって、生成したADPを測定することにより、試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸を測定できる。すなわち、生成したADPの測定値は、試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸の総量、又は単位体積当たりの炭素数3~6の短鎖脂肪酸の総量を示す。本実施形態の酵素的測定方法は、試料と、ATPと、酪酸キナーゼとを接触させることにより生成されるADPの測定結果に基づき、試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸を測定する方法とも言える。
【0050】
本実施形態では、検量線を用いて、ADPの測定値から、試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸の総量の値、又は単位体積当たりの炭素数3~6の短鎖脂肪酸の総量の値を決定してもよい。一方で、具体的にどの短鎖脂肪酸が試料中に含まれるかは不明である場合が多いので、検量線作成のための標準液を厳密に調製することは難しい。そこで、試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸が1種であると仮定して、検量線作成のための標準液を調製してもよい。例えば、炭素数3~6の短鎖脂肪酸から選択されるいずれか1種を所定の濃度で含む水溶液を調製する。炭素数3~6の短鎖脂肪酸のうち、いずれを選択するかは特に限定されないが、例えば、測定対象の試料中に最も多く含まれると考えられる短鎖脂肪酸を選択してもよい。好ましい実施形態では、濃度既知の酪酸水溶液を検量線作成のための標準液として用いる。標準液を試料と同様に測定することにより、ADPの測定値と短鎖脂肪酸の濃度との関係を示す検量線を作成できる。
【0051】
[3.酵素的測定用試薬]
本実施形態の酵素的測定用試薬(以下、単に「試薬」ともいう)は、酪酸キナーゼと、ATPとを含む。本実施形態の試薬は、上記の本実施形態の酵素的測定方法に用いられる。本実施形態の試薬は、酪酸キナーゼ及びATPの両方を1つの試薬中に含む一試薬の形態であってもよい。あるいは、本実施形態の試薬は、ATPを含む第1試薬と、酪酸キナーゼを含む第2試薬とを含む二試薬の形態であってもよい。
【0052】
本実施形態では、試薬を収容した容器を箱に梱包して、ユーザに提供してもよい。箱には、試薬の使用方法などを記載した添付文書を同梱していてもよい。
図3及び4に、本実施形態の試薬の例を示す。
図3を参照して、10は、一試薬の形態の試薬を示し、11は、試薬を収容した第1容器を示し、12は、梱包箱を示し、13は、添付文書を示す。
図4を参照して、20は、二試薬の形態の試薬を示し、21は、第1試薬を収容した第1容器を示し、22は、第2試薬を収容した第2容器を示し、23は、梱包箱を示し、24は、添付文書を示す。
【0053】
本実施形態の試薬は、酪酸キナーゼ及びATPを固体(粉末、結晶、凍結乾燥品など)の状態で含んでもよい。あるいは、本実施形態の試薬は、酪酸キナーゼ及びATPが適切な溶媒に溶解された溶液の状態で含んでもよい。試薬が二試薬の形態である場合は、第1試薬及び第2試薬のいずれか一方が固体の状態であり、残りの一方が溶液の状態であってもよい。好ましくは、第1試薬及び第2試薬の両方が溶液の状態である。溶媒としては、例えば水、生理食塩水、緩衝液などの水性溶媒が挙げられる。緩衝液の詳細は、上記のとおりである。
【0054】
試薬が溶液の状態である場合、試薬中の酪酸キナーゼの濃度は、試薬と試料とを混合したときの酪酸キナーゼの終濃度を上述の数値範囲にできる濃度であればよい。したがって、試薬における酪酸キナーゼの濃度は、試薬と試料との混合比から決定できる。本実施形態では、試薬における酪酸キナーゼの濃度の下限は、例えば0.02 U/mL以上、好ましくは0.2 U/mL以上、更に好ましくは1U/mL以上であり、該濃度の上限は、例えば750 U/mL以下、好ましくは250 U/mL以下、更に好ましくは100 U/mL以下である。
【0055】
試薬が溶液の状態である場合、試薬中のATPの濃度は、試薬と試料とを混合したときのATPの終濃度を上述の数値範囲にできる濃度であればよい。したがって、試薬におけるATPの濃度は、試薬と試料との混合比から決定できる。本実施形態では、試薬におけるATPの濃度の下限は、例えば0.2 mM以上、好ましくは0.4 mM以上、更に好ましくは1mM以上であり、該濃度の上限は、例えば250 mM以下、好ましくは50 mM以下、更に好ましくは25 mM以下である。
【0056】
試薬が溶液の状態である場合、試薬のpHは、通常6以上10以下であり、好ましくは6.5以上9.5以下であり、より好ましくは7以上8.5以下である。試薬が二試薬の形態である場合も、上記の範囲からpHを適宜決定できる。pHの調整のため、上記の緩衝液を試薬に添加してもよい。酪酸キナーゼの至適pHは8~9であるが、pH7~7.5でも十分に活性を示す。よって、酪酸キナーゼと共に試薬中に収容される他の成分が中性付近のpHで安定である場合は、試薬のpHを7~7.5に調整してもよい。他の成分としては、例えばADPの酵素的測定法に用いられる成分、発色試薬、電子キャリアなどが挙げられる。特に、試薬がテトラゾリウム化合物を含む場合、試薬のpHは7.5以下であることが望ましい。
【0057】
本実施形態の試薬は、二価の金属イオンをさらに含むことが好ましい。二価の金属イオンを形成する化合物を試薬に添加することにより、試薬は二価の金属イオンを含有できる。二価の金属イオンを形成する化合物の詳細は、上記のとおりである。二価の金属イオンとしては、マグネシウムイオン、亜鉛イオンなどが挙げられる。それらの中でも、マグネシウムイオンが特に好ましい。試薬中の二価の金属イオンの濃度は、試薬と試料とを混合したときの二価の金属イオンの終濃度を上述の数値範囲にできる濃度であればよい。したがって、試薬における二価の金属イオンの濃度は、試薬と試料との混合比から決定できる。本実施形態では、試薬における二価の金属イオンの濃度の下限は、例えば0.2 mM以上、好ましくは1mM以上、更に好ましくは2mM以上であり、該濃度の上限は、例えば250 mM以下、好ましくは100 mM以下、更に好ましくは50 mM以下である。
【0058】
本実施形態の試薬は、ADPの酵素的測定法に用いられる成分をさらに含んでもよい。ADPの酵素的測定法に用いられる成分としては、酵素、基質、補酵素などが挙げられる。好ましい実施形態では、試薬は、グルコース、ADP-HK、NAD又はNADP、及びG6PDHをさらに含む。試薬が二試薬の形態である場合、上記の成分はそれぞれ、第1試薬及び第2試薬のいずれに含まれてもよい。試薬中の各成分の濃度は、反応混合液中のADPを正確に測定できれば特に限定されない。そのような濃度は、例えば市販のADP測定用試薬を参照するなどして当業者が適宜決定できる。試薬中の各成分の濃度の一例として、グルコースの濃度は0.1 mM以上100mM以下であり、ADP-HKの濃度は0.2 U/mL以上20 U/mL以下であり、NAD又はNADPの濃度は0.1 mM以上5mM以下であり、G6PDHの濃度は0.2 U/mL以上20 U/mL以下である。
【0059】
試薬が、グルコース、ADP-HK、NAD又はNADP、及びG6PDHを含む場合、試薬は、発色試薬及び電子キャリアをさらに含んでもよい。試薬が二試薬の形態である場合、発色試薬及び電子キャリアはそれぞれ、第1試薬及び第2試薬のいずれに含まれてもよい。発色試薬及び電子キャリアの詳細は、上記のとおりである。試薬中の発色試薬及び電子キャリアのそれぞれの濃度は、反応混合液中のADPを正確に測定できれば特に限定されない。そのような濃度は、例えば市販のNAD/NADH(又はNADP/NADPH)測定用試薬を参照するなどして当業者が適宜決定できる。発色試薬としてテトラゾリウム化合物を含む場合、試薬中の濃度は、例えば0.05 mM以上5mM以下である。電子キャリアとしてジアホラーゼを含む場合、試薬中の濃度は、例えば0.1 U/mL以上10 U/mL以下である。
【0060】
必要に応じて、試薬は、界面活性剤をさらに含んでもよい。また、試薬は、無機塩類をさらに含んでもよい。試薬が二試薬の形態である場合、界面活性剤及び無機塩類はそれぞれ、第1試薬及び第2試薬のいずれに含まれてもよい。界面活性剤及び無機塩類の詳細は、上記のとおりである。試薬が非イオン性界面活性剤を含む場合、試薬中の濃度は、例えば0.01%(W/V)以上2%(W/V)以下である。試薬がカリウム塩を含む場合、試薬中の濃度は、例えば1mM以上200mM以下である。
【0061】
本実施形態の試薬は、容器に収容された反応停止液と共に、試薬キットとして提供されてもよい。反応停止液の詳細は、上記のとおりである。反応停止液中の変性剤の濃度は、変性剤の種類に応じて適宜決定できる。変性剤としてSDS又はドデシル硫酸リチウムを含む場合、反応停止液中の濃度は、例えば0.1%(W/V)以上10%(W/V)以下である。
【0062】
本実施形態の試薬は、歯周病診断用試薬であってもよい。また、本実施形態は、前記試薬を用いて、被検体由来の試料中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸を測定する工程を含む、歯周病の診断を補助する方法に関する。別の実施形態は、酵素的測定用試薬の製造のための酪酸キナーゼ及びATPの使用に関する。さらなる実施形態は、歯周病診断用試薬の製造のための酪酸キナーゼ及びATPの使用に関する。
【0063】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0064】
参考例1~6では、種々の微生物の染色体DNAから酪酸キナーゼをコードする遺伝子をクローニングし、大腸菌発現系を用いて組換え型酪酸キナーゼを取得した。
【0065】
参考例1:アセトアナエロビウム・スティックランディイ由来酪酸キナーゼの調製
(1) 形質転換体の作製
DSMZ社から購入したアセトアナエロビウム・スティックランディイ(DSM No.519)の染色体DNAを鋳型として、センスプライマー(配列番号1)及びアンチセンスプライマー(配列番号2)並びにKOD FX (品番:KFX-101、東洋紡株式会社)を用いてPCRを行い、酪酸キナーゼ遺伝子を増幅して約1100 bpのPCR産物を得た。得られたPCR産物の塩基配列をシーケンシングにより確認した。アセトアナエロビウム・スティックランディイ由来の酪酸キナーゼの塩基配列及びその塩基配列から推定されるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号16及び17に示した。得られたPCR産物をEcoRI(タカラバイオ株式会社)及びHindIII(タカラバイオ株式会社)で消化し、発現ベクターであるpET-21a(+)ベクター(Novagen社)のEcoRI-HindIII部位に挿入して、astBK/pET21a(+)発現用プラスミドを得た。この発現用プラスミドでは、酪酸キナーゼ遺伝子の5’末端にベクター由来のT7タグ及びリンカーをコードする塩基配列が付加された。また、酪酸キナーゼ遺伝子の3’末端に、ベクター由来のリンカー及びHisタグをコードする塩基配列が付加された。すなわち、astBK/pET21a(+)発現用プラスミドは、T7タグ-リンカー-酪酸キナーゼ-リンカー-Hisタグをコードするポリヌクレオチドを含んでいた。この発現用プラスミドをOne shot BL21(DE3) Chemically Competent E.coli (Invitrogen社)に導入して、アセトアナエロビウム・スティックランディイ由来酪酸キナーゼをコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターを有する形質転換体astBK/pET-21a(+)/BL21(DE3)を得た。
【0066】
(2) 組換え型酪酸キナーゼの調製
(2.1) 形質転換体における酪酸キナーゼの誘導及び粗酵素液の調製
上記の形質転換体を1コロニー取り、これを50μg/mLアンピシリン含有LB液体培地(5mL)に植菌して、試験管にて約25℃で約16時間培養した。培養物(1.6 mL)を、50μg/mLアンピシリン含有液体培地(1%グリセロール含有Overnight Express(商標) Instant TB Medium(メルク社)、0.1%アデカノールLG-109(ADEKA社製))(1.6 L)に添加して、ジャーファーメンターにて30℃、pH 6.8、650 rpmの条件で約25時間培養した。培養物を遠心分離して集菌し、得られた菌体を溶液A(10 mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.5)、0.3 M NaCl)で懸濁した。懸濁液中の菌体を超音波で破砕して可溶化した後、遠心分離して上清を得た。この上清を粗酵素液として用いた。
【0067】
(2.2) 組換え型酪酸キナーゼの精製
Chelating Sepharose Fast Flow (GEヘルスケア社)をカラムに充填してNi
2+を固定化した後、溶液Aで平衡化した。得られたカラムに上記の粗酵素液を添加して、組換え型酪酸キナーゼを吸着させた。カラムを溶液Aで洗浄した後、溶液A及び0.4 Mイミダゾール含有溶液Aを用いた10 CV(カラムボリューム)のリニアグラジエントにより、組換え型酪酸キナーゼを溶出した。得られた組換え型酪酸キナーゼの活性画分を、ペンシル型モジュール(UF)(旭化成ケミカルズ株式会社)で1/10量となるまで濃縮し、10 mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.5)で平衡化したPD-10カラム(GEヘルスケア社)で脱塩して、組換え型酪酸キナーゼの溶液を得た。得られた酪酸キナーゼの溶液を一部取り、SDS-PAGEで分析した。結果を
図5に示す。図中、レーン1は酵素溶液を示し、レーン2は分子量マーカーを示し、矢印は酪酸キナーゼに相当するバンドを示す。以下、参考例1で得られたアセトアナエロビウム・スティックランディイ由来組換え型酪酸キナーゼを「BKII」とも呼ぶ。
【0068】
参考例2:サーモセディミニバクター・オセアニ由来酪酸キナーゼの調製(1)
DSMZ社から購入したサーモセディミニバクター・オセアニ(DSM No.16646)の染色体DNAを鋳型として、センスプライマー(配列番号3)及びアンチセンスプライマー(配列番号4)並びにKOD FX (品番:KFX-101)を用いてPCRを行い、酪酸キナーゼ遺伝子を増幅して約1100 bpのPCR産物を得た。得られたPCR産物の塩基配列をシーケンシングにより確認した。参考例2のサーモセディミニバクター・オセアニ由来の酪酸キナーゼの塩基配列及びその塩基配列から推定されるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号18及び19に示した。得られたPCR産物をNdeI(タカラバイオ株式会社)及びHindIIIで消化し、pET-21a(+)ベクターのNdeI-HindIII部位に挿入して、ToBK/pET21a(+)発現用プラスミドを得た。この発現用プラスミドでは、酪酸キナーゼ遺伝子の3’末端に、ベクター由来のリンカー及びHisタグをコードする塩基配列が付加された。すなわち、ToBK/pET21a(+)発現用プラスミドは、酪酸キナーゼ-リンカー-Hisタグをコードするポリヌクレオチドを含んでいた。この発現用プラスミドをOne shot BL21(DE3) Chemically Competent E.coliに導入して、サーモセディミニバクター・オセアニ由来酪酸キナーゼをコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターを有する形質転換体ToBK/pET-21a(+)/BL21(DE3)を得た。得られた形質転換体を参考例1と同様にして培養し、菌体から粗酵素液を調製した。得られた粗酵素液を参考例1と同様にして精製し、組換え型酪酸キナーゼの溶液を得た。得られた酪酸キナーゼの溶液を一部取り、SDS-PAGEで分析した。結果を
図6に示す。図中、レーン1は酵素溶液を示し、レーン2は分子量マーカーを示し、矢印は酪酸キナーゼに相当するバンドを示す。
【0069】
参考例3:サーモセディミニバクター・オセアニ由来酪酸キナーゼの調製(2)
DSMZ社から購入したサーモセディミニバクター・オセアニ(DSM No.16646)の染色体DNAを鋳型として、センスプライマー(配列番号3)及びアンチセンスプライマー(配列番号5)並びにKOD FX (品番:KFX-101)を用いてPCRを行い、酪酸キナーゼ遺伝子を増幅して約1100 bpのPCR産物を得た。得られたPCR産物の塩基配列をシーケンシングにより確認した。この酪酸キナーゼの塩基配列及びその塩基配列から推定されるアミノ酸配列はそれぞれ配列番号18及び19で表される配列と同じであった。得られたPCR産物をNdeI及びHindIIIで消化し、pET-21a(+)ベクターのNdeI-HindIII部位に挿入して、ToBKIII/pET21a(+)発現用プラスミドを得た。この発現用プラスミドでは、酪酸キナーゼ遺伝子にタグは付加されなかった。この発現用プラスミドをOne shot BL21(DE3) Chemically Competent E.coliに導入して、サーモセディミニバクター・オセアニ由来酪酸キナーゼをコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターを有する形質転換体ToBKIII/pET-21a(+)/BL21(DE3)を得た。得られた形質転換体を参考例1と同様にして培養した。培養物を遠心分離して集菌し、得られた菌体を20 mM Tris-HCl(pH 7.5)で懸濁した。懸濁液中の菌体を超音波で破砕して可溶化した後、遠心分離して上清を得た。この上清を粗酵素液として用いた。
【0070】
Q Sepharose Fast Flow (GEヘルスケア社)をカラムに充填し、10 mM Tris-HCl(pH 8.0)溶液で平衡化した。得られたカラムに上記の粗酵素液を添加して組換え型酪酸キナーゼを吸着させた。その後、10 mM Tris-HCl(pH 8.0)溶液及び0.5 M KCl含有10 mM Tris-HCl(pH8.0)溶液を用いた10 CV(カラムボリューム)のリニアグラジエントにより、組換え型酪酸キナーゼを溶出した。組換え型酪酸キナーゼの活性画分を確認し、18%になるように硫酸アンモニウムを添加した。Phenyl Sepharose 6 Fast Flow(high sub)(GEヘルスケア社)をカラムに充填し、18%硫酸アンモニウム含有10 mM Tris-HCl(pH 8.0)溶液で平衡化して、上記の18%硫酸アンモニウムを含む活性画分を吸着させた。その後、18%硫酸アンモニウム含有10 mM Tris-HCl(pH 8.0)溶液及び10 mM Tris-HCl(pH 8.0)溶液を用いた10 CVのリニアグラジエントにより、組換え型酪酸キナーゼを溶出した。組換え型酪酸キナーゼの活性画分を確認して回収した。得られた組換え型酪酸キナーゼの活性画分を、Amicon Ultra-15遠心式フィルターユニット(ミリポア社)で濃縮し、PD-10カラム(GEヘルスケア社)で10 mM Tris-HCl(pH 8.0)溶液にBuffer交換して、組換え型酪酸キナーゼの溶液を得た。得られた酪酸キナーゼの一部をSDS-PAGEで分析した。結果を
図7に示す。図中、レーン1は酵素溶液を示し、レーン2は分子量マーカーを示し、矢印は酪酸キナーゼに相当するバンドを示す。以下、参考例3で得られたサーモセディミニバクター・オセアニ由来組換え型酪酸キナーゼを「BKIII」とも呼ぶ。
【0071】
参考例4:サーモセディミニバクター・オセアニ由来酪酸キナーゼの調製(3)
DSMZ社から購入したサーモセディミニバクター・オセアニ(DSM No.16646)の染色体DNAを鋳型として、センスプライマー(配列番号6)及びアンチセンスプライマー(配列番号7)並びにKOD FX (品番:KFX-101)を用いてPCRを行い、酪酸キナーゼ遺伝子を増幅して約1100 bpのPCR産物を得た。得られたPCR産物の塩基配列をシーケンシングにより確認した。参考例4で得たサーモセディミニバクター・オセアニ由来の酪酸キナーゼの塩基配列及びその塩基配列から推定されるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号20及び21に示した。得られたPCR産物をNdeI及びHindIIIで消化し、pET-21a(+)ベクターのNdeI-HindIII部位に挿入して、ToBK2/pET21a(+)発現用プラスミドを得た。この発現用プラスミドでは、酪酸キナーゼ遺伝子の3’末端に、ベクター由来のリンカー及びHisタグをコードする塩基配列が付加された。すなわち、ToBK2/pET21a(+)発現用プラスミドは、酪酸キナーゼ-リンカー-Hisタグをコードするポリヌクレオチドを含んでいた。ToBK2/pET21a(+)発現用プラスミドを用いて、参考例2と同様にしてサーモセディミニバクター・オセアニ由来組換え型酪酸キナーゼの溶液を得た。
【0072】
参考例5:ナトラナエロビウス・サーモフィルス由来酪酸キナーゼの調製
DSMZ社から購入したナトラナエロビウス・サーモフィルス(DSM No.18059)の染色体DNAを鋳型として、センスプライマー(配列番号8)及びアンチセンスプライマー(配列番号9)並びにKOD FX (品番:KFX-101)を用いてPCRを行い、酪酸キナーゼ遺伝子を増幅して約1100 bpのPCR産物を得た。得られたPCR産物の塩基配列をシーケンシングにより確認した。ナトラナエロビウス・サーモフィルス由来の酪酸キナーゼの塩基配列及びその塩基配列から推定されるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号22及び23に示した。得られたPCR産物をNdeI及びHindIIIで消化し、pET-21a(+)ベクターのNdeI-HindIII部位に挿入して、NtBK/pET21a(+)発現用プラスミドを得た。この発現用プラスミドでは、酪酸キナーゼ遺伝子の3’末端に、ベクター由来のリンカー及びHisタグをコードする塩基配列が付加された。すなわち、NtBK/pET21a(+)発現用プラスミドは、酪酸キナーゼ-リンカー-Hisタグをコードするポリヌクレオチドを含んでいた。NtBK/pET21a(+)発現用プラスミドを用いて、参考例2と同様にしてナトラナエロビウス・サーモフィルス由来組換え型酪酸キナーゼの溶液を得た。
【0073】
参考例6:シンビオバクテリウム・サーモフィラム由来酪酸キナーゼの調製
DSMZ社から購入したシンビオバクテリウム・サーモフィラム(DSM No.24528)の染色体DNAを鋳型として、センスプライマー(配列番号10)及びアンチセンスプライマー(配列番号11)並びにKOD FX (品番:KFX-101)を用いてPCRを行い、酪酸キナーゼ遺伝子を増幅して約1100 bpのPCR産物を得た。得られたPCR産物の塩基配列をシーケンシングにより確認した。シンビオバクテリウム・サーモフィラム由来の酪酸キナーゼの塩基配列及びその塩基配列から推定されるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号24及び25に示した。得られたPCR産物をNdeI及びHindIIIで消化し、pET-21a(+)ベクターのNdeI-HindIII部位に挿入して、StBK/pET21a(+)発現用プラスミドを得た。この発現用プラスミドでは、酪酸キナーゼ遺伝子の3’末端に、ベクター由来のリンカー及びHisタグをコードする塩基配列が付加された。すなわち、StBK/pET21a(+)発現用プラスミドは、酪酸キナーゼ-リンカー-Hisタグをコードするポリヌクレオチドを含んでいた。StBK/pET21a(+)発現用プラスミドを用いて、参考例2と同様にしてシンビオバクテリウム・サーモフィラム由来組換え型酪酸キナーゼの溶液を得た。
【0074】
実施例1:組換え型酪酸キナーゼの活性測定
BKII及びBKIIIの酪酸に対する酵素活性を、ADPの生成量に基づいて測定した。この実施例1では、酪酸キナーゼの作用により生成したADPを利用して、ADP依存性ヘキソキナーゼ及びグルコース-6-リン酸脱水素酵素の作用によりNADPHを生成し(
図1参照)、NADPHの増加による340 nmにおける吸光度の変化に基づいて、ADPの生成量を測定した。測定は、7080形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。
【0075】
(1) 試薬及び装置
[第1試薬の組成]
50 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
2 mM ATP(pH 7.5) (オリエンタル酵母株式会社)
2 mM MgCl2 (富士フイルム和光純薬株式会社)
20 mM グルコース (富士フイルム和光純薬株式会社)
100 mM 酪酸ナトリウム (富士フイルム和光純薬株式会社)
1 mM NADP (富士フイルム和光純薬株式会社)
5 U/mL G6PDH II (グルコース-6-リン酸脱水素酵素:T-51、旭化成ファーマ株式会社)
5 U/mL ADP-HK II (ADP依存性ヘキソキナーゼ:T-92、旭化成ファーマ株式会社)
0.1% TN-100 (株式会社ADEKA)
【0076】
[BKII希釈液の組成]
50 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
10 mM KCl (富士フイルム和光純薬株式会社)
【0077】
[BKIII希釈液の組成]
50 mM リン酸カリウム緩衝液(pH 7.0) (シグマ社)
0.1% TN-100 (株式会社ADEKA)
【0078】
[自動分析装置の測定パラメータ]
分析方法 Rate-A
測定波長(副/主) 700 nm/340 nm
反応時間 5分
測光ポイント 11-16
試料量 3μL
第1試薬量 150μL
【0079】
(2) 試料の調製
参考例1で得たBKII溶液をBKII希釈液で200倍希釈して、BKIIを含む試料を調製した。参考例3で得たBKIII溶液をBKIII希釈液で40000倍希釈して、BKIIIを含む試料を調製した。
【0080】
(3) 酵素活性の測定
キュベットに試料を分注し、次いで第1試薬を添加して撹拌した。試料と第1試薬との混合液を37℃で5分間インキュベートした。キュベットに光を照射して、第1試薬の添加後約200秒から約296秒の間の340 nmにおける吸光変化を測定した。これらの操作は自動分析装置により行われた。酪酸キナーゼの活性値(U/mL)は、1分間に1μmolの酪酸をリン酸化する酵素量を1Uと定義して、測光ポイントにおける吸光度より算出された1分間当たりの吸光度変化の値(ΔmAbs/min)及びNADHの340 nmにおけるミリモル吸光係数(ε=6.3)を用いて、下記の式から算出した。その結果、BKIIの活性値は約340 U/mLであり、BKIIIの活性値は約1800 U/mLであった。
【0081】
酪酸キナーゼ活性値(U/mL)
=[(ΔmAbs/min)/(NADHの340 nmにおけるミリモル分子吸光係数)]×[(試料量+第1試薬量)/(試料量)]×(酵素の希釈倍数)
=[(ΔmAbs/min)/6.3]×[(3+150)/3]×(酵素の希釈倍数)
【0082】
参考例7:組換え型酪酸キナーゼの各種パラメータの測定
(1) 比活性
比活性(U/mg)は、酵素1mgあたりの活性値である。参考例1で得たBKII溶液及び参考例3で得たBKIII溶液のタンパク質(酵素)濃度をBradford法により定量して、実施例1の測定条件下における酪酸に対するBKII及びBKIIIの比活性を算出した。その結果、BKIIの比活性は約337 U/mgであり、BKIIIの比活性は約513 U/mgであった。
【0083】
(2) ミカエリス・メンテン定数及び最大速度
実施例1の測定条件下における酪酸に対するBKII及びBKIIIのKm及びVmaxを、ラインウィーバー・バークプロットにより求めた。その結果、BKIIのKmは4.2 mMであり、BKIIIのKmは1.9 mMであった。また、BKIIのVmaxは1100 U/mgであり、BKIIIのVmaxは450 U/mgであった。
【0084】
(3) 基質特異性
下記の第1試薬及び第2試薬を用いて、BKII及びBKIIIの基質特異性を調べた。基質として、表1に示す各種脂肪酸を用いた。測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。
【0085】
(3.1) 試薬、試料及び装置
[第1試薬の組成]
100 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
2 mM ATP(pH 7.5) (オリエンタル酵母株式会社)
2 mM MgCl2 (富士フイルム和光純薬株式会社)
20 mM グルコース (富士フイルム和光純薬株式会社)
1 mM NADP (富士フイルム和光純薬株式会社)
5 U/mL G6PDH II (グルコース-6-リン酸脱水素酵素:T-51、旭化成ファーマ株式会社)
5 U/mL ADP-HK II (ADP依存性ヘキソキナーゼ:T-92、旭化成ファーマ株式会社)
【0086】
[第2試薬の組成]
基質
100 mM Tris-HCl(pH7.5)
100 mM 各種脂肪酸ナトリウム塩
【0087】
第2試薬の組成中、「各種脂肪酸ナトリウム塩」とは、オクタン酸ナトリウム、カプロン酸ナトリウム、吉草酸ナトリウム、イソ吉草酸ナトリウム、酪酸ナトリウム、イソ酪酸ナトリウム、プロピオン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、乳酸ナトリウム及びコハク酸ナトリウムのいずれか1種をいう。市販脂肪酸でナトリウム塩として販売されていないイソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、カプロン酸、オクタン酸については水酸化ナトリウムでpH7.5に調製した。
【0088】
[試料の組成]
1U/mL BKII(BKII希釈液に溶解)またはBKIII(BKIII希釈液に溶解)
【0089】
[自動分析装置の測定パラメータ]
分析方法 Rate-A
測定波長(副/主) 700 nm/340 nm
反応時間 10分
測光ポイント 20-23
試料量 3.5μL
第1試薬量 140μL
第2試薬量 35μL
【0090】
(3.2) 結果
結果を表1に示す。表中、基質特異性は、酪酸に対する活性値を100とした場合の相対値(%)で示した。表1に示されるとおり、酪酸キナーゼは、オクタン酸、酢酸、乳酸及びコハク酸とほとんど反応せず、カプロン酸、吉草酸、イソ吉草酸、酪酸、イソ酪酸及びプロピオン酸と反応した。酪酸キナーゼは、炭素数3~6の短鎖脂肪酸を基質とすることが分かった。
【0091】
【0092】
(4) 等電点
BKII及びBKIIIの等電点をGENETYX Ver.10 (GENETYX CORPORATION)を使用して算出した結果、BKIIの等電点は6.31であり、BKIIIの等電点は4.99であった。
【0093】
(5) 至適pH
実施例1で用いた第1試薬中のTris-HCl(pH 7.5)緩衝液を下記の緩衝液に替えたこと以外は同様にして、BKII及びBKIIIの活性値を測定した。用いた緩衝液は、Acetate-NaOH(pH5-6)、MES-NaOH(pH6-7)、PIPES-NaOH(pH7-7.5)、Tris-HCl(pH7-9)及びCHES-NaOH(pH9-10)、CAPS-NaOH(pH10-11)であった。測定結果を
図8及び9に示す。図中、活性値を相対値で示した。
図8及び9より、BKIIの至適pHは8~9であり、BKIIIの至適pHは8~9.3であった。
【0094】
(6) 分子量
BKII及びBKIIIの分子量をSDS-PAGE法により求めた。その結果、BKIIの分子量は約41,000であり、BKIIIの分子量は約39,000であった。また、BKII及びBKIIIの分子量をそれぞれのアミノ酸配列から算出すると、BKIIの分子量は約42,339であり、BKIIIの分子量は約39,088であった。
【0095】
(7) pH安定性
BKIIのpH安定性を、100 mM KClを含有する10 mMの下記の緩衝液中で約2.4μg/mL BKIIを37℃で30分間インキュベートした後の残存活性に基づいて調べた。また、BKIIIのpH安定性を、0.1% TN-100を含有する50 mMの下記の緩衝液中で約1U/mL BKIIIを37℃で5時間インキュベートした後の残存活性に基づいて調べた。残存活性は、実施例1と同様にして測定した。用いた緩衝液は、Acetate-NaOH(pH5-6)、MES-NaOH(pH6-7)、PIPES-NaOH(pH7-7.5)、Tris-HCl(pH7-9)、CHES-NaOH(pH9-10)及びCAPS-NaOH(pH10-11)であった。測定結果を
図10及び11に示す。
図10及び11より、BKIIのpH安定性はpH8~11(37℃で30分間)の範囲であり、BKIIIのpH安定性はpH5~11(37℃で5時間)の範囲であった。
【0096】
(8) 熱安定性
BKIIの熱安定性を、100 mM KCl含有10 mM Tris-HCl緩衝液(pH7.5)中で約0.3 mg/mL BKIIを4~50℃の各温度で30分間インキュベートした後の残存活性に基づいて調べた。また、BKIIIの熱安定性を、0.1% TN-100(株式会社ADEKA)含有50 mMリン酸カリウム緩衝液(pH7)中で約1mg/mL BKIIIを4~80℃の各温度で30分間インキュベートした後の残存活性に基づいて調べた。残存活性は、実施例1と同様にして測定した。測定結果を
図12及び13に示す。
図12及び13より、BKIIの熱安定性(残存活性)は、37℃で30分間の処理で50%以上であり、BKIIIの熱安定性(残存活性)は、70℃で30分間の処理で85%以上であった。
【0097】
BKIII、参考例4で調製したサーモセディミニバクター・オセアニ由来酪酸キナーゼ(ToBK2)、参考例5で調製したナトラナエロビウス・サーモフィルス由来酪酸キナーゼ(NtBK)及び参考例6で調製したシンビオバクテリウム・サーモフィラム由来酪酸キナーゼ(StBK)の熱安定性を比較した。具体的には、0.1% TN-100含有50 mMリン酸カリウム緩衝液(pH7)に各酪酸キナーゼを約1mg/mLの濃度となるよう添加し、65℃で30分間インキュベートした後の残存活性を測定した。残存活性は、実施例1と同様にして測定した。BKIII、ToBK2、NtBK及びStBKの残存活性は、それぞれ81.6%、60.5%、14.7%及び48.7%であった。
【0098】
実施例2:直線性試験
酪酸キナーゼを用いる酪酸測定の定量の正確さを確認するため、検量線の直線性を確認した。測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。
【0099】
(1) 試料、試薬及び装置
[試料]
酪酸ナトリウム(富士フイルム和光純薬株式会社)を生理食塩水に溶解して、10 mM 酪酸ナトリウム水溶液を調製した。これを生理食塩水で順次希釈して、酪酸ナトリウムを0.156、0.313、0.625、1.25、2.5及び5.0 mMの濃度で含む希釈系列を調製した。酪酸を含まない対照試料として、生理食塩水を用いた。
【0100】
[第1試薬の組成]
100 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
2 mM ATP(pH 7.5) (オリエンタル酵母株式会社)
2 mM MgCl2 (富士フイルム和光純薬株式会社)
20 mM グルコース (和光純薬工業株式会社)
1 mM NADP (富士フイルム和光純薬株式会社)
5 U/mL G6PDH II (T-51、旭化成ファーマ株式会社)
5 U/mL ADP-HK II (T-92、旭化成ファーマ株式会社)
0.1% Triton(登録商標) X-100 (ナカライテスク株式会社)
【0101】
[第2試薬の組成]
100 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
10 mM KCl (富士フイルム和光純薬株式会社)
40 U/mL BKII
【0102】
[自動分析装置の測定パラメータ]
分析方法 2ポイント
測定波長(副/主) 700 nm/340 nm
反応時間 5分
測光ポイント 16-34
試料量 3.5μL
第1試薬量 140μL
第2試薬量 35μL
【0103】
(3) 酪酸の測定
キュベットに第1試薬を分注し、次いで試料を添加して撹拌した。そして、キュベットに第2試薬を添加して撹拌した。試料と第1試薬と第2試薬との混合液を37℃で5分間インキュベートした。第2試薬の添加後、キュベットに光を照射して、340 nmにおける5分間の吸光度変化を測定した。これらの操作は自動分析装置により行われた。結果を表2及び
図14に示す。
【0104】
【0105】
図14から分かるように、酪酸濃度10 mMまでの直線性を確認できた。よって、本実施形態の酵素的測定方法は、酪酸の定量分析が可能であることが示された。なお、参考例7よりBKIIの至適pHは8~9であるが、BKIIを含む第2試薬のpHを7.5に調整しても、測定に問題はなかった。
【0106】
実施例3:ヒト唾液中の酪酸の測定
ポルフィロモナス・ジンジバリスなどの歯周病の原因となる細菌は、口腔内で炭素数3~6の短鎖脂肪酸、特に酪酸を放出することが知られている。また、健常者の歯肉溝滲出液からも約3~4mMの酪酸が検出されることが知られている。そこで、本実施形態の酵素的測定方法により、ヒト唾液中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸を測定できるかを検討した。測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)又は96穴マイクロプレートを用いる用手法で行った。比較のため、GC-MSによる短鎖脂肪酸の測定も行った。
【0107】
GC-MSによる短鎖脂肪酸の測定では、富士フイルム和光純薬株式会社の酢酸ナトリウム、プロピオン酸ナトリウム、酪酸ナトリウム、吉草酸及びイソ吉草酸ナトリウム、ナカライテスク株式会社のイソ酪酸ナトリウム、並びにシグマ社のカプロン酸ナトリウムを標準液に使用した。アイソト-プ内部標準物質混合溶液として、Cambridge Isotope Lab.のC13同位体酢酸ナトリウムを使用し、シグマ社のプロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、カプロン酸、吉草酸は重水素置換を使用した。測定前に、各脂肪酸に内部標準液を添加して、塩酸酸性下にジエチルエ-テルを加えて攪拌した後、遠心分離した。上清のエ-テル層を採取し、tert-ブチルジメチルクロロシラン(東京化成工業株式会社)を加え、60℃で30分間加温してGC-MS測定試料を調製した。分析にはGCMS-QP2010 Ultra(島津製作所)を用いた。
【0108】
(1) 試料
7名の健常者から、歯周病唾液検査用唾液採取セット(製品コードTZ1000、栄研化学株式会社)を用いて唾液を採取した。採取した唾液を10,000 rpmで10分間遠心分離して、上清を試料として用いた。唾液中には種々の短鎖脂肪酸が含まれるが、具体的にどの短鎖脂肪酸が含まれるかは不明である。そこで、検量線作成のための標準液には、炭素数3~6の短鎖脂肪酸の代表として酪酸を含む溶液(酪酸標準液と呼ぶ)を用いた。酪酸標準液として、5.0 mMの酪酸ナトリウム水溶液を調製した。炭素数3~6の短鎖脂肪酸を含まない対照試料として、生理食塩水を用いた。
【0109】
(2) 自動分析装置による紫外部測定
(2.1) 試薬及び装置
第1試薬の組成は、参考例7の基質特異性の検討に用いた第1試薬と同じであった。
【0110】
[第2試薬の組成]
100 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
40 U/mL BKIII
【0111】
[自動分析装置の測定パラメータ]
分析方法 2ポイント
測定波長(副/主) 700 nm/340nm
反応時間 5分
測光ポイント 16-34
試料量 3.5μL
第1試薬量 140μL
第2試薬量 35μL
【0112】
(2.2) 炭素数3~6の短鎖脂肪酸の測定
キュベットに第1試薬を分注し、次いで試料を添加して37℃で5分間インキュベートして吸光度を測定した。第2試薬の添加後、5分間インキュベートして吸光度を測定し、2つの吸光度差を求めた。これらの操作は自動分析装置により行われた。5 mM酪酸標準液の測定結果から、唾液における、単位体積当たりの炭素数3~6の短鎖脂肪酸の総量を決定した。得られた値を、唾液中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸の濃度とした。
【0113】
(3) 96穴マイクロプレートを用いた用手法による可視部測定
(3.1) 試薬
[第1試薬の組成]
100 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
2 mM KCl (富士フイルム和光純薬株式会社)
2 mM ATP(pH 7.5) (オリエンタル酵母株式会社)
2 mM MgCl2 (富士フイルム和光純薬株式会社)
20 mM グルコース (富士フイルム和光純薬株式会社)
1 mM NADP (オリエンタル酵母株式会社)
5 U/mL G6PDH II (T-51、旭化成ファーマ株式会社)
5 U/mL ADP-HK II (T-92、旭化成ファーマ株式会社)
8 U/mL BKIII
0.4 mM WST-1 (同仁化学株式会社)
1.6 U/mL ジアホラーゼ (T-06又はT-10、旭化成ファーマ株式会社)
【0114】
[第2試薬の組成]
1% ドデシル硫酸リチウム (富士フイルム和光純薬株式会社)
1% Triton(登録商標) X-100 (ナカライテスク株式会社)
【0115】
(3.2) 炭素数3~6の短鎖脂肪酸の測定
ELISA用96穴マイクロプレ-ト(Nunk社)の各ウェルに試料(5μL)を添加し、次いで第1試薬(170μL)を添加して、室温(約20℃)で5分間反応させた。そして、各ウェルに第2試薬(20μL)を添加して反応を停止した。マイクロプレートをプレートリーダーInfinite 200(テカン社)にセットし、各ウェル中の反応混合液の450 nmにおける吸光度を測定した。酪酸ナトリウム水溶液の測定結果から検量線を作成して、唾液中の炭素数3~6の短鎖脂肪酸の濃度を決定した。また、同じ試料をGC-MSにて測定し、酢酸以外の短鎖脂肪酸、すなわちプロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸及びカプロン酸について各々検量線を作成して個別の濃度(mM)を測定し、その総和を、炭素数3~6の短鎖脂肪酸の濃度とした。
【0116】
(4) 結果
自動分析装置、用手法及びGC-MSでの測定結果を表3に示す。表中の数値は、検量線から求めた短鎖脂肪酸の濃度(mM)である。また、これらの測定結果をプロットして、自動分析装置による測定、用手法及びGC-MSによる測定との相関性を確認した。結果を
図15A~Cに示す。
【0117】
【0118】
酵素法による自動分析法と用手法との相関係数Rは0.990、回帰式はy=1.0959x+108.88であった(
図15A参照)。よって、自動分析装置による測定と用手法による測定との相関は良好であった。このように、本実施形態の酵素的測定方法は、自動分析装置及び用手法のいずれで行っても、ほぼ同じ測定値が得られることが示された。次に、GC-MS法と自動分析装置との相関係数Rは0.928、回帰式はy=0.5412x+0.161であった(
図15B参照)。GC-MS法と用手法との相関係数Rは0.947、回帰式はy=0.5084x+0.0584であった(
図15C参照)。GC-MSと酵素法との相関は良好であった。
【0119】
比較例1:酢酸キナーゼ及びプロピオン酸キナーゼを用いた測定
酪酸キナーゼに替えて、酢酸キナーゼ(AK)又はプロピオン酸キナーゼ(PK)を用いて酪酸の測定が可能であるかを検討した。比較のため、BKIIIを用いた測定も行った。
【0120】
(1) 試料、試薬及び装置
[試料]
中和した100 mM酢酸、酪酸及びイソ酪酸をそれぞれ生理食塩水にて5 mM 酢酸、5 mM酪酸及び5 mMイソ酪酸水溶液を調製した。
【0121】
第1試薬の組成は、参考例7の基質特異性の検討に用いた第1試薬と同じであった。
【0122】
[第2試薬]
AK(Sigma-Aldrich社、E.coli由来)、PK(MyBioSource社、リコンビナント蛋白)及びBKIIIをそれぞれ100 mM Tris-HCl(pH 7.5)(シグマ社)に添加して、各酵素を1.25~40 U/mLの濃度で含む酵素溶液を調製した。
【0123】
[自動分析装置]
測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。自動分析装置の測定パラメータは、実施例2と同じであった。
【0124】
(2) 測定
実施例2と同様に、自動分析装置により試料中の酪酸及びイソ酪酸を測定した。測定値を理論吸光度の値で割ることにより、反応回収率(%)を算出した。理論吸光度は、試料中の全ての基質(酪酸又はイソ酪酸)がNADPHに変換された場合の吸光度であり、下記の式により算出される。各測定値より算出した反応回収率(%)を表4に示す。
【0125】
(理論吸光度)
= (試料中の基質濃度)×[(試料量)/(試料量+第1試薬量+第2試薬量)]×(NADPHの340 nmにおけるミリモル分子吸光係数)
= 5×[3.5/(3.5+140+35)]×6.3
= 0.617
【0126】
【0127】
表4に示されるように、酢酸キナーゼは、酢酸に反応するが、酪酸及びイソ酪酸に対して反応しないことが示された。また、プロピオン酸キナーゼは、酢酸に反応して酪酸に対してほとんど反応せず、イソ酪酸に対して反応しないことが示された。よって、酢酸キナーゼ及びプロピオン酸キナーゼを用いて、酪酸及びイソ酪酸を測定することはできないことが示された。一方、酪酸キナーゼを用いた測定では、酢酸に反応せず、酪酸キナーゼの濃度に依存して、酪酸とイソ酪酸の反応回収率が増大した。
【0128】
比較例2:アセテート-CoAトランスフェラーゼを用いた測定
アセテート-CoAトランスフェラーゼ(EC 2.8.3.8)は、下記の式(9)で表される反応を触媒することが報告されている(ExPASy-SIB Bioinformatics Resource PortalにあるEnzyme nomenclature databaseのEC2.8.3.8)。酪酸キナーゼに替えてアセテート-CoAトランスフェラーゼを用いて、式(9)の逆反応である式(10)の反応による酪酸の測定が可能であるかを検討した。アセテート-CoAトランスフェラーゼにより式(10)で生成した酢酸を、比較例1のAKによる反応で確認した。測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。
【0129】
【0130】
(1) 試料、試薬及び装置
[試料]
比較例1で使用した5 mM酪酸及び5 mMイソ酪酸水溶液を使用した。
【0131】
[第1試薬の組成]
100 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
2 mM MgCl2 (富士フイルム和光純薬株式会社)
2 mM ATP(pH 7.5) (オリエンタル酵母株式会社)
20 mM グルコース (富士フイルム和光純薬株式会社)
1 mM NADP (富士フイルム和光純薬株式会社)
5 U/mL G6PDH II (グルコース-6-リン酸脱水素酵素:T-51、旭化成ファーマ株式会社)
5 U/mL ADP-HK II (ADP依存性ヘキソキナーゼ:T-92、旭化成ファーマ株式会社)
1.25 mM Acetyl-CoA(シグマ-アルドリッチ)
20 U/mL AK(シグマ-アルドリッチ)
【0132】
[第2試薬]
30μg/mLアセテート-CoAトランスフェラーゼ(MyBioSource社、E.coli由来)100 mM Tris-HCl(pH 7.5)(シグマ社)
【0133】
[自動分析装置]
測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。自動分析装置の測定パラメータは、実施例2と同じであった。
【0134】
(2) 測定
実施例2と同様に、自動分析装置により試料中の酪酸及びイソ酪酸を測定した。測定値を比較例1の理論吸光度の値で割ることにより、反応回収率(%)を算出した。
【0135】
【0136】
表5に示されるように、アセテート-CoAトランスフェラーゼは酪酸及びイソ酪酸に対してほとんど反応しないことが示された。正反応に対して逆反応は反応性が低いと考えられた。
【0137】
比較例3:ブチレート-アセトアセテート-CoAトランスフェラーゼを用いた測定
ブチレート-アセトアセテート-CoAトランスフェラーゼ (EC 2.8.3.9)は、下記の式(11)で表される反応を触媒する(ExPASy-SIB Bioinformatics Resource PortalにあるEnzyme nomenclature databaseのEC2.8.3.9)。酪酸キナーゼに替えてブチレート-アセトアセテート-CoAトランスフェラーゼを用いて、式(11)の逆反応である式(12)の反応による酢酸及び酪酸の測定が可能であるかを検討した。式(12)に表されるように、ブチレート-アセトアセテート-CoAトランスフェラーゼによりアセト酢酸が生成する。生成したアセト酢酸を、式(13)で表される3-ヒドロキシ酪酸脱水素酵素によるβ-NADHの減少反応により確認した。測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。
【0138】
【0139】
(1) 試料、試薬及び装置
[試料]
比較例1で使用した5 mM 酢酸、5 mM酪酸及び5 mMイソ酪酸水溶液を使用した。
【0140】
[第1試薬の組成]
100 mM Tris-HCl(pH 7.5) (シグマ社)
0.35mM Acetoacetyl-CoA(シグマ-アルドリッチ)
2 mM MgCl2 (富士フイルム和光純薬株式会社)
0.25 mM β-NADH (オリエンタル酵母工業)
5 U/mL 3-ヒドロキシ酪酸脱水素酵素(富士フイルム和光純薬株式会社)
【0141】
[第2試薬]
60μg/mL ブチレート-アセトアセテート-CoAトランスフェラーゼ(MyBioSource社、E.Coli由来)
100 mM Tris-HCl(pH 7.5)(シグマ社)
【0142】
[自動分析装置]
測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。自動分析装置の測定パラメータは、実施例2と同じであった。
【0143】
(2) 測定
実施例2と同様に、自動分析装置により試料中の酢酸、酪酸及びイソ酪酸を測定した。測定値を比較例1の理論吸光度の値で割ることにより、反応回収率(%)を算出した。但し、比較例3の反応では生成物が2倍産生されることから、2で除算した。
【0144】
【0145】
表6に示されるように、ブチレート-アセトアセテート-CoAトランスフェラーゼは酪酸及びイソ酪酸に対してほとんど反応しないことが示された。正反応に対して逆反応は反応性が低いことが考えられる。ExPASy-SIB Bioinformatics Resource PortalにあるEnzyme nomenclature databaseのEC2.8.3.9においても、炭素数2~6(C2-C6)の短鎖脂肪酸に対してゆっくり反応することを報告している。
【0146】
比較例4:2-エノエート・レダクターゼを用いた測定
2-エノエート・レダクターゼ(EC 1.3.1.31)は、下記の式(14)で表される反応を触媒する(ExPASy-SIB Bioinformatics Resource PortalにあるEnzyme nomenclature databaseのEC1.3.1.31)。酪酸キナーゼに替えて2-エノエート・レダクターゼを用いて、酪酸の測定が可能であるかを検討するため、2-エノエート・レダクターゼにより式(15)で表される反応が生じるかを確認した。測定は、7080形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて行った。
【0147】
【0148】
(1) メイオサーマス・シルバヌス由来2-エノエート・レダクターゼの調製
メイオサーマス・シルバヌス(DSM No.9946、DSMZ社)から、常法により染色体DNAを調製した。得られた染色体DNAを鋳型として、センスプライマー(配列番号12)及びアンチセンスプライマー(配列番号13)並びにKOD FX (品番:KFX-101、東洋紡株式会社)を用いてPCRを行い、2-エノエート・レダクターゼ遺伝子を増幅して約1100 bpのPCR産物を得た。得られたPCR産物をNdeI(タカラバイオ株式会社)及びHindIII(タカラバイオ株式会社)で消化し、pET-21a(+)ベクター(Novagen社)のNdeI-HindIII部位に挿入して、MsER/pET21a(+)発現用プラスミドを得た。この発現用プラスミドでは、2-エノエート・レダクターゼ遺伝子の3’末端に、ベクター由来のリンカー及びHisタグをコードする塩基配列が付加された。すなわち、MsER /pET21a(+)発現用プラスミドは、2-エノエート・レダクターゼ-リンカー-Hisタグをコードするポリヌクレオチドを含んでいた。この発現用プラスミドをOne shot BL21(DE3) Chemically Competent E.coli (Invitrogen社)を導入して、メイオサーマス・シルバヌス由来2-エノエート・レダクターゼをコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターを有する形質転換体MsER /pET-21a(+)/BL21(DE3)を得た。得られた形質転換体を参考例1と同様にして培養し、菌体から粗酵素液を調製した。得られた粗酵素液を参考例1と同様にして精製し、組換え型2-エノエート・レダクターゼの溶液を得た。得られた酪酸キナーゼの溶液を一部取り、SDS-PAGEで分析した。結果を
図16に示す。図中、レーン1は酵素溶液を示し、レーン2は分子量マーカーを示し、矢印は2-エノエート・レダクターゼに相当するバンドを示す。
【0149】
(2) クリベロマイセス・ラクティス由来2-エノエート・レダクターゼの調製
クリベロマイセス・ラクティス(DSM No.70799、DSMZ社)から、常法により染色体DNAを調製した。得られた染色体DNAを鋳型として、センスプライマー(配列番号14)及びアンチセンスプライマー(配列番号15)並びにKOD FX (品番:KFX-101、東洋紡株式会社)を用いてPCRを行い、2-エノエート・レダクターゼ遺伝子を増幅して約1200 bpのPCR産物を得た。得られたPCR産物をNdeI(タカラバイオ株式会社)及びXhoI(タカラバイオ株式会社)で消化し、pET-21a(+)ベクター(Novagen社)のNdeI-XhoI部位に挿入して、KlER/pET21a(+)発現用プラスミドを得た。この発現用プラスミドでは、2-エノエート・レダクターゼ遺伝子の3’末端に、ベクター由来のリンカー及びHisタグをコードする塩基配列が付加された。すなわち、KlER /pET21a(+)発現用プラスミドは、2-エノエート・レダクターゼ-リンカー-Hisタグをコードするポリヌクレオチドを含んでいた。この発現用プラスミドをOne shot BL21(DE3) Chemically Competent E.coli (Invitrogen社)を導入して、クリベロマイセス・ラクティス由来2-エノエート・レダクターゼをコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターを有する形質転換体KlER /pET-21a(+)/BL21(DE3)を得た。得られた形質転換体を参考例1と同様にして培養し、菌体から粗酵素液を調製した。得られた粗酵素液を参考例1と同様にして精製し、組換え型2-エノエート・レダクターゼの溶液を得た。得られた酪酸キナーゼの溶液を一部取り、SDS-PAGEで分析した。結果を
図17に示す。図中、レーン1は酵素溶液を示し、レーン2は分子量マーカーを示し、矢印は2-エノエート・レダクターゼに相当するバンドを示す。
【0150】
(3) NADH又はNADPHによる吸光度変化に基づく測定
(3.1) 試薬及び装置
[第1試薬の組成]
100 mM Tris-HCl (シグマ社)
3 mM NAD又はNADP (富士フイルム和光純薬株式会社)
150 mM 酪酸 (富士フイルム和光純薬株式会社)
第1試薬のpHは、5N塩酸を用いて7.5、8、8.5又は9に調整した。
【0151】
[自動分析装置の測定パラメータ]
分析方法 Rate-A
測定波長(副/主) なし/340 nm
反応時間 5分
測光ポイント 10-15
試料量 3μL
第1試薬量 150μL
【0152】
(3.2) 酵素活性の測定
メイオサーマス・シルバヌス及びクリベロマイセス・ラクティス由来の組換え型2-エノエート・レダクターゼの溶液を、試料として用いた。キュベットに第1試薬を分注し、次いで試料を添加して撹拌した。試料と第1試薬との混合液を37℃で5分間インキュベートした。試料の添加後、キュベットに光を照射して、340 nmにおける吸光度を測定した。これらの操作は自動分析装置により行われた。測定の結果、340 nm における吸光度は増加しなかった。これは、NADH又はNADPHが生成されなかったことを示す。よって、式(15)で表される反応は確認できなかった。
【0153】
(4) ホルマザン色素の生成に基づく測定
(4.1) 試薬及び装置
[第1試薬の組成]
100 mM Tris-HCl (シグマ社)
0.1% ウシ血清アルブミン (品番:10416-59-8、東京化成工業株式会社)
0.03% ニトロブルーテトラゾリウム (品番298-83-9:東京化成工業株式会社)
3 mM NAD又はNADP (富士フイルム和光純薬株式会社)
50 mM 酪酸 (富士フイルム和光純薬株式会社)
10 U/mL ジアホラーゼ (T-06又はT-10、旭化成ファーマ株式会社)
第1試薬のpHは、5N塩酸を用いて7.5、8、8.5又は9に調整した。
【0154】
[自動分析装置の測定パラメータ]
分析方法 Rate-A
測定波長(副/主) なし/546 nm
反応時間 5分
測光ポイント 10-15
試料量 3μL
第1試薬量 150μL
【0155】
(4.2) 酵素活性の測定
メイオサーマス・シルバヌス及びクリベロマイセス・ラクティス由来の組換え型2-エノエート・レダクターゼの溶液を、試料として用いた。キュベットに第1試薬を分注し、次いで試料を添加して撹拌した。試料と第1試薬との混合液を37℃で5分間インキュベートした。試料の添加後、キュベットに光を照射して、546 nmにおける吸光度を測定した。これらの操作は自動分析装置により行われた。測定の結果、546 nmにおける吸光度は増加しなかった。これは、ニトロブルーテトラゾリウムがホルマザン色素に変換されなかったことを示す。よって、式(15)で表される反応は確認できなかった。
【0156】
上記の測定結果より、メイオサーマス・シルバヌス及びクリベロマイセス・ラクティス由来の組換え型2-エノエート・レダクターゼは、式(15)で表される反応を触媒しないことが示された。よって、2-エノエート・レダクターゼを用いて酪酸を測定することはできないことが示された。
【0157】
実施例4:ブタ便中の酪酸の測定
主としてクロストリジウム目に属する腸内細菌が作り出す酪酸が、免疫寛容をつかさどる制御性T細胞(Treg)への分化を促すことが知られている。そこで、本実施形態の酵素的測定方法により、ブタ便中の酪酸を測定できるかを検討した。測定は、7180形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ)で行った。比較のため、GC-MSによる短鎖脂肪酸の測定を実施例3と同様の条件で実施した。
【0158】
(1) 試料
6個体のブタの便(各1 g)にPBS緩衝液を4 mLずつ加え、ミキサ-で分散攪拌した。便の分散液を5,000 Gで20分間遠心して上清3 mLを採取した。得られた上清を0.8μmフィルターでろ過して、試料を調製した。また、酪酸標準液として、5.0 mMの酪酸ナトリウム水溶液を調製した。酪酸を含まない対照試料として、生理食塩水を用いた。
【0159】
(2) 自動分析装置による紫外部測定
便中はミオキナ-ゼ活性が高く、また試料に濁りがあることから、参考例7の基質特異性の検討に用いた第1試薬に、ミオキナーゼ阻害剤のAp5Aを50μMとなるように添加し、濁り除去のためトリトン(商標)X-100を0.1%の濃度となるように添加した。得られた試薬を実施例4の第1試薬として用いた。第2試薬として、実施例3の第2試薬を用いた。7180形日立自動分析装置による測定は、測定パラメータを実施例3と同じにして、実施例3と同様に行った。
【0160】
(3) 結果
図18に、7180形日立自動分析装置による酵素的測定及びGC-MS測定の結果を示す。回帰式はy=0.8634x+0.1553であり、相関係数は0.924であったことから、GC-MSと酵素的測定との良好な相関が得られた。
【符号の説明】
【0161】
10、20: 試薬
11、21: 第1容器
12、23: 梱包箱
13、24: 添付文書
22: 第2容器
【配列表】