(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-09
(45)【発行日】2024-02-20
(54)【発明の名称】異常検出方法
(51)【国際特許分類】
G05B 23/02 20060101AFI20240213BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20240213BHJP
G01M 99/00 20110101ALI20240213BHJP
【FI】
G05B23/02 302Z
G01H17/00 Z
G01M99/00 Z
(21)【出願番号】P 2020139284
(22)【出願日】2020-08-20
【審査請求日】2023-04-25
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼2019年8月26日 刊行物「2019年秋季講演大会概要集 材料とプロセス」にて発表 ▲2▼2019年9月11日 「第178回秋季講演大会」にて発表 ▲3▼2020年2月1日 刊行物「鉄と鋼」にて発表
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】倉橋 節也
(72)【発明者】
【氏名】小野 功
【審査官】大古 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開平6-160172(JP,A)
【文献】特開2010-72782(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111207926(CN,A)
【文献】特開2005-251185(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 23/00 -23/02
G01H 17/00
G01M 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータを用いて異常を検出する異常検出方法であって、
前記コンピュータが、監視対象の振動を示す波形データを周波数解析により分解し、
前記コンピュータが、前記周波数解析により分解された分解データに隠れマルコフモデルを適用して、異常検出対象の状態遷移確率を演算し、
前記コンピュータが、異常検出としての適切性を評価する評価関数に基づいて、演算した前記異常検出対象の状態遷移確率を評価し、
前記コンピュータが、
評価した前記異常検出対象の状態遷移確率を、前記監視対象が正常時の振動を示す正常時の波形データから前記周波数解析及び前記隠れマルコフモデルに基づき演算された正常時の状態遷移確率と比較し、
前記コンピュータが、前記比較をした結果、前記異常検出対象の状態遷移確率と前記正常時の状態遷移確率との間に予め決められた値以上の差があれば、前記監視対象が異常であると判断すること
を含み、
前記評価関数は、ある状態から別の状態へ遷移する確率が、前記ある状態から同じ状態に遷移する確率よりも小さいほど、評価が高くなること
を特徴とする異常検出方法。
【請求項2】
前記隠れマルコフモデルは、前記異常検出対象の前記分解データに、前記正常時の波形データに基づく分解データが含められた合成データに適用されること
を特徴とする請求項1に記載の異常検出方法。
【請求項3】
前記周波数解析は、ウェーブレット変換を用いること
を特徴とする請求項1に記載の異常検出方法。
【請求項4】
前記波形データは、前記監視対象の振動を測定した振動データに基づいて、演算されたこと
を特徴とする請求項1に記載の異常検出方法。
【請求項5】
前記振動データは、動画であること
を特徴とする請求項4に記載の異常検出方法。
【請求項6】
前記
比較される前記異常検出対象の状態遷移確率は、前記評価関数に基づいて、前記隠れマルコフモデルを適用する
複数の種類の前記波形データ
に対する複数の状態遷移確率から選択されたこと
を特徴とする請求項
1に記載の異常検出方法。
【請求項7】
前記判断は、前記異常検出対象の状態遷移確率と前記正常時の状態遷移確率のそれぞれの平均自乗誤差の差が閾値以上の場合、前記監視対象が異常であると判断すること
を特徴とする請求項1に記載の異常検出方法。
【請求項8】
監視対象の振動を示す波形データを周波数解析により分解する周波数解析手段と、
前記周波数解析手段により分解された分解データに隠れマルコフモデルを適用して、異常検出対象の状態遷移確率を演算する状態遷移確率演算手段と、
異常検出としての適切性を評価する評価関数に基づいて、前記状態遷移確率演算手段により演算された前記異常検出対象の状態遷移確率を評価する評価手段と、
前記
評価手段により
評価された前記異常検出対象の状態遷移確率を、前記監視対象が正常時の振動を示す正常時の波形データから前記周波数解析及び前記隠れマルコフモデルに基づき演算された正常時の状態遷移確率と比較する比較手段と、
前記比較手段による比較をした結果、前記異常検出対象の状態遷移確率と前記正常時の状態遷移確率との間に予め決められた値以上の差があれば、前記監視対象が異常であると判断する異常判断手段と
を備え、
前記評価関数は、ある状態から別の状態へ遷移する確率が、前記ある状態から同じ状態に遷移する確率よりも小さいほど、評価が高くなること
を特徴とする異常検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、未知の異常を検出する異常検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、隠れマルコフモデルの混合を用いた検証及び異常検出のためのシステム及び方法が開示されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、監視対象の異常状態が未知の場合、その監視対象から計測したデータが正常か異常かを判断することは容易ではない。
【0005】
本発明の実施形態の目的は、監視対象の未知の異常を検出する異常検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の観点に従った異常検出方法は、コンピュータを用いて異常を検出する異常検出方法であって、前記コンピュータが、監視対象の振動を示す波形データを周波数解析により分解し、前記コンピュータが、前記周波数解析により分解された分解データに隠れマルコフモデルを適用して、異常検出対象の状態遷移確率を演算し、前記コンピュータが、異常検出としての適切性を評価する評価関数に基づいて、演算した前記異常検出対象の状態遷移確率を評価し、前記コンピュータが、評価した前記異常検出対象の状態遷移確率を、前記監視対象が正常時の振動を示す正常時の波形データから前記周波数解析及び前記隠れマルコフモデルに基づき演算された正常時の状態遷移確率と比較し、前記コンピュータが、前記比較をした結果、前記異常検出対象の状態遷移確率と前記正常時の状態遷移確率との間に予め決められた値以上の差があれば、前記監視対象が異常であると判断することを含み、前記評価関数は、ある状態から別の状態へ遷移する確率が、前記ある状態から同じ状態に遷移する確率よりも小さいほど、評価が高くなる。
【発明の効果】
【0007】
本発明の実施形態によれば、監視対象の未知の異常を検出する異常検出方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の実施形態に係る隠れマルコフモデルの一般的な構成を示す構成図。
【
図2】本実施形態に係る多重解像度解析を行なったコンベア振動データの解析結果を示す波形図。
【
図3】本実施形態に係る隠れマルコフモデルの潜在状態数が2のときの一例を示す状態遷移図。
【
図4】本実施形態に係る時系列モデルの比較による正常状態と異常状態との判断方法を示すイメージ図。
【
図5】本実施形態に係る異常検出装置の構成を示す構成図。
【
図6】本実施形態に係るモデルの順位付けを表したリストを示すイメージ図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(実施形態)
初めに、本実施形態に係る異常検出方法の理論について説明する。
時系列データの特徴パターンをモデル化する手法の一つに、隠れマルコフモデル(Hidden Markov Model)がある。隠れマルコフモデルは、状態は直接観測される必要はなく、確率事象だけが観測されることをモデル化している。この隠れた状態を表す確率過程を潜在変数と呼び、それぞれは独立ではなく、マルコフ過程を通じて連携する混合分布モデルとなっている。各潜在変数S={S1,...,SN}の発生過程に依存性を持たせることで、隠れマルコフモデルを表現できる(式(1))。
【0010】
【0011】
ここで、潜在変数Sはマルコフ過程の状態数Kの状態系列であり、状態遷移確率行列Aを持つ。πは、先頭の状態S1を決める初期確率パラメータである。時系列データを対象とした隠れマルコフモデル(HMM)の一般的な構成は、
図1のようになっている。この図は、left-to-right HMMと呼ばれるモデルで、初期状態確率p(S
1)=1,p(S
j)=0(j≠1)となっており、全ての列は状態j=1から始まるように制限されている。
【0012】
一方で、1つ隣の状態にのみ依存する1次マルコフ連鎖の場合は、状態遷移確率AはK×Kの行列で表現され、状態iから状態jへの遷移確率をaijで表すことができる。本モ
デルでは、異常状態から正常状態へ戻るような逆方向の遷移も考えられる。
【0013】
ところで、コンベア設備の振動データなどの場合、モーターやベアリング、支柱などの振動の発生源や、固有振動数によって、観測される周波数が異なってくることが予想される。しかし、事前にどの周波数領域が怪しいのかを特定することは困難であり、また、どの時間帯で異常状態に遷移するのかも予測ができない。
【0014】
そこで、長時間継続する時系列データを連続的に周波数解析ができるウェーブレット(Wavelet)解析手法を採用する。この手法は、マザー・ウェーブレットと呼ばれる小さな波形ψ(x)を平行移動と伸縮をして原波形に掛け合わせることで時間周波数解析を行う。これを計算が容易になるように離散問題に適用した離散ウェーブレット変換の一つに、多重解像度解析(Multiresolution analysis)がある。これは、基底関数となるマザー・ウェーブレットを用いて、2倍毎の解像度波形を連続的に得る手法である。Haarのスケーリング関数φHを式(2)に定義する。
【0015】
【0016】
これを利用して、関数Fjは、式(5)のように分解できる。
【0017】
【0018】
ここで、fj(x)とgj(x)は式(6)、(7)で与えられる。
【0019】
【0020】
それぞれのkについて計算するこれらの式は、分解アルゴリズムと呼ばれる。
【0021】
図2は、ウェーブレット変換手法の一つである多重解像度解析(離散ウェーブレット変換とも呼ばれる)を行なったコンベア振動データの解析結果である。最下層が加速度センサーを使って測定されたコンベア振動データで、上位層に行くに従って、スケーリング関数を使って信号列を半分の解像度に分解した時系列波形となっている。生波形とは異なる波形の特徴が、分解された波形では現れている。そこで、ウェーブレット変換を行ったそれぞれの解像度波形に対して隠れマルコフモデルを適用することで、未知の異常データの検出を行う。これは、観測された周波数別時系列データの背後にある、時間経過と共にマルコフ過程で遷移する未知の定常状態の推定を行うことで、設備振動データからの異常状態を発見しようとするものである。
【0022】
次に、隠れマルコフモデル分析における異なるデータを対象としたモデル選択の手法について述べる。ここで、情報量基準のみを使ったモデル選択は、離散ウェーブレット変換を行なったデータに対して単純には使用できない。また、多重解像度解析の解像度レベルや隠れマルコフモデルに用いる分布の形状と分布の数など、多くのハイパーパラメータが存在し、その全組合せを試行錯誤する必要がある。この労力を削減し、かつ異常発見に適したモデルパラメータを選択することを目的に、変数選択及びハイパーパラメータ選択のための評価関数について説明する。
【0023】
異常診断の観点から、あまり頻繁な状態遷移は好ましくないと考えられる。そこで、ある状態iから別の状態jへ遷移する確率が、状態iから同じ状態iに遷移する確率よりも十分に小さい隠れマルコフモデルが望ましいと考え、以下の式(8)を評価関数として用いる。
【0024】
【0025】
ここで、Sは状態の集合、p(i,j)は状態iからjへの遷移確率であり、evalは値が小さいほど優れている。
【0026】
監視対象の計測データに対して、eval関数を用いて、最もeval値が小さいモデルを抽出する。
【0027】
モデルを形成する要素は、次の通りである。例えば、計測データが振動データの場合、変位、速度、及び、加速度等の種類の計測データがある。また、各種類の計測データについて、ウェーブレット分解レベル、及び、隠れマルコフモデルのハイパーパラメータ(推定分布種類、分布数、及び、分布の初期値等)の組合せがある。推定分布種類は、正規分布又は混合正規分布等の確率分布である。例えば、隠れマルコフモデルのハイパーパラメータは、次のような選択要素がある。分布数(潜在状態数)は、所定範囲(例えば、2~4)から選択する。確率分布が混合正規分布の場合の正規分布の最大数は、所定範囲(例えば、2~4)から選択する。確率分布が正規分布の場合の初期化方法は、ランダム又はk-means法等から選択する。
図3は、隠れマルコフモデルの状態遷移図の潜在状態数が2のときの一例である。
【0028】
eval関数を用いると、ある状態iから別の状態jへ遷移する確率が、状態iから同じ状態iに遷移する確率よりも小さくなるモデルを選択することができる。このことにより、正常状態と異常状態を時系列のある時点で明確に分離することが可能となる。
【0029】
ここで、実際には、正常か異常かがわからない状態で日々の監視を行わなければならない。測定したデータの全てが正常状態であるかもしれないし、全てが異常状態かもしれない。あるいは、正常と異常の両方が含まれているデータなのかもしれない。そこで、これらの課題に対処するために次のような分析手法を用いる。
【0030】
隠れマルコフモデルの状態遷移確率(パラメータ)及び各状態からの系列データ出力確率をデータとして利用して、既知の正常なデータから作成した時系列モデルと、正常か異常かがわからないデータから作成した時系列モデルの比較を行い、正常状態と異常状態を判断する。
図4にその考え方を示す。
【0031】
正常であることがわかっている時系列データだけから作成したモデルをMki,i=1...mとする。このモデルは、データとして変位、速度、加速度と、ウェーブレットの各レベル、隠れマルコフモデルの分布などのハイパーパラメータの全組合せ(全m個)に対して分析を行い、それぞれの状態遷移確率を保存しておく。次に、正常か異常かが未知の時系列データからevalが最小となるモデルMuを作成する。そして、そのモデルと同じハイパーパラメータを持つMkiと比較する。もし、未知の時系列が正常ならば2つのモデルの状態遷移確率は近似し、異常ならば2つのモデルは異なることが予想される。そこで、以下の式(9)のように、状態遷移確率の平均自乗誤差MSEを定義する。
【0032】
【0033】
ここで、skij,suijは既知モデルと未知モデルの状態遷移確率、kは潜在状態数である。このMSEを使って、正常な状態から測定した二つの時系列データ間のMSEと、正常状態と未知状態から測定した二つの時系列間のMSEを比較する。
【0034】
比較した結果、有意な差が出ていれば、このモデルによって解析した状態遷移確率から、未知の正常ではない状態を発見したことになる。有意な差が出ているか否かは、t検定等の統計学的手法を用いて判断することができる。
【0035】
図5は、本実施形態に係る異常検出装置10の構成を示す構成図である。
異常検出装置10は、監視対象から取得した振動データD1に基づいて、異常を検出する装置である。ここで、異常とは、通常とは異なる状態のことを意味し、必ずしも故障等の欠陥があることは意味せず、装置としては何ら問題なく正常に動作する状態も含むことがある。
【0036】
異常検出装置10の監視対象は、振動を生じるものであれば、どのようなものでもよい。例えば、監視対象は、土木関係又はモーターを用いる機械類に多く、コンベア設備、橋梁、道路、高層ビル、又は、クレーン等である。また、監視対象は、物理的に振動するものに限らず、振動が波形で示せるものであれば、株式相場又は為替相場等の金融関係でもよい。
【0037】
異常検出装置10は、演算処理部1、及び、表示器2を備える。演算処理部1は、主にコンピュータで構成され、プログラム等のソフトウェアに応じて、異常検出装置10の全般の演算処理を行う。コンピュータは、1つに限らず、複数で構成されてもよいし、どのようなコンピュータシステムに構成されてもよい。表示器2は、異常検出結果等の各種情報を表示する。また、表示器2は、異常検出装置10を操作するための情報を表示してもよいし、異常検出装置10に情報を入力するための入力機能を有していてもよい。
【0038】
演算処理部1は、波形データ抽出部11、周波数解析部12、波形データ合成部13、隠れマルコフモデル適用部14、パラメータ評価部15、パラメータ比較部16、及び、異常判断部17を備える。演算処理部1は、振動データD1、正常時波形データD2、ハイパーパラメータデータD3、及び、正常時パラメータデータD4に、必要に応じてアクセスする。これらのデータD1~D4は、1つの記憶媒体に記憶されてもよいし、2つ以上の記憶媒体に分散して記憶されてもよい。
【0039】
振動データD1は、監視対象から取得し、振動を波形データとして抽出可能なデータである。例えば、振動データD1は、エリアセンシング技術により、高速度カメラで撮影された動画である。なお、振動データD1は、2次元の動画に限らず、複数のカメラにより、3次元的に振動が捉えられた動画でもよい。また、振動データD1は、複数の圧力センサーにより、振動が測定されたデータでもよいし、相場のように、離散的に表された数値データでもよい。以降では、振動データD1は、X軸、Y軸及びZ軸の3方向の物理的振動を波形データとして抽出可能なデータとして主に説明する。
【0040】
波形データ抽出部11は、異常検出装置10に入力された振動データD1から異常検出に用いる種類の波形データを抽出する。波形データ抽出部11は、抽出した波形データを周波数解析部12に出力する。なお、抽出する波形データは、1種類に限らず、2種類以上でもよい。また、振動データD1が既に異常検出に用いる種類の波形データである場合、波形データ抽出部11による処理は行わなくてもよい。
【0041】
振動データD1からは、X軸、Y軸及びZ軸の3方向の変位データを抽出することができる。変位データを微分することで、速度データが求まる。速度データを微分することで、加速度データが求まる。したがって、振動データD1からは、9種類の波形データを抽出することができる。この9種類の波形データから異常検出に用いる種類の波形データが選択されるが、全ての種類の波形データを選択してもよい。
【0042】
周波数解析部12は、波形データ抽出部11から入力された波形データを周波数解析し、複数の波形データに分解する。例えば、周波数解析は、多重解像度解析である。周波数解析部12は、分解した複数の波形データのうち、異常検出に用いる種類の波形データを波形データ合成部13に出力する。例えば、多重解像度解析の場合、波形データの種類は、ウェーブレットの分解レベルに対応し、分解レベルが1つ上がる毎に、解像度が2倍になる。周波数解析をする波形データの種類は、1種類に限らず、2種類以上でもよいし、全ての種類でもよい。
【0043】
なお、周波数解析部12で用いる周波数解析手法は、長時間継続する時系列データを連続的に周波数解析できるウェーブレット変換が望ましいが、高速フーリエ変換又は短時間フーリエ変換を採用してもよい。
【0044】
波形データ合成部13は、周波数解析部12から入力された波形データに、この波形データと同じ種類で、正常時波形データD2から取得した波形データを合成する。正常時波形データD2には、監視対象が正常時(通常時)に測定された様々な種類の波形データが含まれる。波形データ合成部13は、合成した波形データを隠れマルコフモデル適用部14に出力する。
【0045】
例えば、周波数解析部12から入力された波形データが、X軸の速度データを多重解像度解析のレベル2で分解された波形データである場合、合成する波形データは、正常時に測定された振動データから生成されたX軸の速度データを多重解像度解析のレベル2で分解された波形データである。
【0046】
なお、波形データ合成部13による波形データの合成は、周波数解析部12による周波数解析よりも前に行われてもよい。この場合、波形データ抽出部11により抽出された波形データと同じ種類の正常時の波形データを異常検出対象の波形データと合成し、合成した波形データを周波数解析部12により周波数解析を行えばよい。
【0047】
隠れマルコフモデル適用部14は、ハイパーパラメータデータD3に含まれるハイパーパラメータのセットに基づいて、波形データ合成部13から入力された波形データに、隠れマルコフモデルを適用する。隠れマルコフモデル適用部14は、隠れマルコフモデルの適用により演算されたパラメータ(状態遷移確率)のセットをパラメータ評価部15に出力する。例えば、隠れマルコフモデルの状態遷移図が
図3の構成の場合、演算されるパラメータの数は、8つになる。
【0048】
ハイパーパラメータデータD3は、異常検出用の隠れマルコフモデルを形成するためのハイパーパラメータのセットを含むデータである。例えば、ハイパーパラメータのセットには、潜在状態数は「3」、正常状態数は「1」、異常状態数は「2」、確率分布は「混合正規分布」、正規分布の最大数は「2」、正規分布の初期化方法は「ランダム」等のように、各ハイパーパラメータの情報が含まれる。なお、ハイパーパラメータデータD3には、2セット以上のハイパーパラメータが含まれてもよく、隠れマルコフモデル適用部14は、複数の隠れマルコフモデルを適用してもよい。
【0049】
パラメータ評価部15は、隠れマルコフモデル適用部14から入力されたパラメータのセットに基づいて、適用された隠れマルコフモデルと、この隠れマルコフモデルを適用した波形データの種類との組合せ(以下、「モデル」という)が異常検出として適切か否かを評価する。パラメータ評価部15は、式(8)に示す評価関数により、ある状態iから別の状態jへ遷移する確率が、状態iから同じ状態iに遷移する確率よりも小さいほど高くなるように、モデルの評価を高くする。パラメータ評価部15は、各モデルの評価結果に基づいて、各モデルの順位を決定する。パラメータ評価部15は、評価の高い順に予め決められた数(1以上)のモデルを選択する。即ち、パラメータ評価部15は、候補となる複数のモデルから異常検出に用いるモデルを選択する。パラメータ評価部15は、選択したモデル及びそのモデルのパラメータのセットをパラメータ比較部16に出力する。なお、評価関数は、モデルの異常検出としての適切性を評価できれば、式(8)に示すものに限らず、どのような評価方法を用いてもよい。
【0050】
例えば、パラメータ評価部15は、
図6に示すリストのようにモデルの順位付けを行う。なお、
図6のリストは、イメージ図であり、どのような順位付けが行われてもよい。また、上部に記載された項目(要素)は一例であり、一部の項目は無くてもよいし、これ以外の項目が追加されてもよい。
【0051】
なお、パラメータ評価部15によるモデルの評価は、異常検出装置10の運用開始前に初期設定として行えば、異常検出装置10の運用開始後は、行わなくてもよい。また、隠れマルコフモデル適用部14から入力されたパラメータのセットが1つの場合、パラメータ評価部15は、モデルの評価を行わなくてもよい。
【0052】
パラメータ比較部16は、パラメータ評価部15から入力されたモデルと同じモデルで、監視対象が正常時に測定された波形データによるパラメータのセットを正常時パラメータデータD4から取り出す。パラメータ比較部16は、モデル毎に、パラメータ評価部15から入力されたパラメータのセットと、正常時パラメータデータD4から取り出された正常時のパラメータのセットを比較し、比較結果を数値として算出する。パラメータ比較部16は、数値化された比較結果を異常判断部17に出力する。
【0053】
例えば、パラメータ比較部16は、各パラメータのセットについて、式(9)に示す(MSE)平均自乗誤差を演算する。演算した2つのMSEについて、t検定を行うことで、比較結果としてp値を求める。なお、パラメータのセットの比較は、どのように行われてもよいし、比較結果をどのように数値化してもよい。また、統計学上のどのような手法を用いてもよいし、経験則等により導き出された演算式を用いてもよい。
【0054】
異常判断部17は、パラメータ比較部16から入力された比較結果に基づいて、監視対象が異常状態か否かを判断する。例えば、評価結果がt検定によるp値である場合、p値が0.05よりも小さければ、異常判断部17は、監視対象が異常状態と判断する。異常判断部17は、パラメータ比較部16から複数の評価結果が入力された場合、いずれか1つの評価結果により異常状態と判断されれば、監視対象が異常状態と判断する。異常判断部17は、判断結果を表示器2に出力する。判断結果が異常状態の場合、異常判断部17は、異常状態と判断された比較結果に対応するモデルの情報を、判断結果とともに表示器2に出力する。
【0055】
なお、異常判断部17による異常状態の判断方法は、どのように行ってもよい。例えば、t検定によるp値で判断する場合、p値と比較する閾値は、0.05に限らず、どのような数値にしてもよい。また、複数の評価結果により異常と判断されなければ、監視対象は異常状態ではないと判断されてもよい。さらに、異常判断部17は、2つのパラメータのセットから予め設定された所定の演算式によりそれぞれ求められた2つの数値の差が閾値以上であれば、異常状態と判断するようにしてもよい。
【0056】
表示器2は、異常判断部17から入力された判断結果に基づいて、監視装置の診断結果を表示する。診断結果が異常状態の場合、表示器2は、異常状態と判断される基になったモデルの情報を表示する。これにより、異常状態と判断された場合、操作者は、表示器2に表示されたモデルの情報に基づいて、監視対象が故障しているか否か、又は、故障の原因を追究することができる。
【0057】
なお、表示器2には、モデルに関する全ての情報が表示されなくてもよい。例えば、波形データの種類を表示し、適用された隠れマルコフモデルに関する情報(例えば、ハイパーパラメータ)は表示されなくてもよい。
【0058】
次に、正常時波形データD2、ハイパーパラメータデータD3、及び、正常時パラメータデータD4の生成方法について説明する。これらのデータD2~D4の生成は、異常検出装置10の初期設定時、又は、監視対象の定期点検時などに行われる。
【0059】
監視対象が正常時に測定された振動データD1を波形データ抽出部11に入力する。正常時の振動データD1は、試験対象が正常状態のときに測定された振動データであれば、いつ測定されたものでもよい。例えば、試験対象が装置である場合、正常時の振動データD1は、装置の工場出荷時、又は、装置の定期点検時に測定されたものである。
【0060】
波形データ抽出部11は、抽出可能な全ての種類の波形データを抽出する。例えば、波形データ抽出部11は、X軸、Y軸及びZ軸のそれぞれの方向について、変位データ、速度データ、及び、加速度データを抽出する。波形データ抽出部11は、抽出した全ての種類の波形データを周波数解析部12に出力する。
【0061】
周波数解析部12は、波形データ抽出部11から入力された全ての波形データについて、分解可能な最大レベルで周波数解析をする。例えば、周波数解析部12による多重解像度解析の最大の分解レベルが5の場合、周波数解析部12は、分解レベルが1から5までの波形データを生成する。周波数解析部12は、分解した全ての種類の波形データを隠れマルコフモデル適用部14に出力する。このとき、波形データ合成部13による波形データの合成は行わなくてよい。
【0062】
なお、波形データ抽出部11及び周波数解析部12において、一部の種類の波形データは、処理(抽出又は周波数解析)しないように予め決められていてもよい。例えば、監視対象の異常状態の検出ができない又は検出が困難であると予め分かっている種類の波形データは、処理しなくてもよい。
【0063】
隠れマルコフモデル適用部14は、周波数解析部12から入力された全ての種類の波形データについて、ハイパーパラメータデータD3に含まれる全てのハイパーパラメータのセットによる隠れマルコフモデルを適用する。ここで、ハイパーパラメータデータD3は、初期設定として、監視対象の異常検出に有効と考えられる全てのハイパーパラメータのセットが候補として含まれるように設定される。隠れマルコフモデル適用部14は、隠れマルコフモデルの適用により演算された全てのパラメータのセットをパラメータ評価部15に出力する。
【0064】
パラメータ評価部15は、隠れマルコフモデル適用部14から入力されたパラメータのセットに基づいて、各モデルを評価関数により評価する。これにより、評価の高い順に予め決められた数(1以上)のモデルが決定される。
【0065】
正常時波形データD2は、決定されたモデルに使用された波形データ(周波数解析部12による分解後の波形データ、又は、波形データ抽出部11により抽出された波形データ)を保存するように更新される。ハイパーパラメータデータD3は、決定されたモデルに使用された隠れマルコフモデルのハイパーパラメータのセットを保存するように更新される。正常時パラメータデータD4は、決定されたモデルのパラメータのセットを保存するように更新される。なお、ハイパーパラメータデータD3は、初期設定から更新されなくてもよい。
【0066】
本実施形態によれば、監視対象の振動を示す波形データを周波数解析し、隠れマルコフモデルを適用して異常検出をするために、波形データの種類と隠れマルコフモデルとの組合せによるモデルについて、評価関数により適切なものを選択する。選択したモデルにより未知の振動データから得られた隠れマルコフモデルのパラメータを、正常時の振動データから得られた隠れマルコフモデルのパラメータと比較することで、未知の異常を検出することができる。
【0067】
また、正常時の各種データD2,D4を監視対象の定期点検時などにより更新すれば、監視対象の経年劣化による変化を抑制して、未知の異常を検出することができる。
【0068】
さらに、異常が検出された波形データの種類は、検出した異常を発生させている要因を追究する手掛かりにすることができる。例えば、特定の周波数の波形データから異常が検出された場合、この特定の周波数を固有の振動周波数とする構成部品を異常の発生要因と推測することができる。
【0069】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されず、構成要素を削除、付加又は変更等をしてもよい。また、複数の実施形態について構成要素を組合せ又は交換等をすることで、新たな実施形態としてもよい。このような実施形態が上述した実施形態と直接的に異なるものであっても、本発明と同様の趣旨のものは、本発明の実施形態として説明したものとして、その説明を省略している。
【符号の説明】
【0070】
1…演算処理部、2…表示器、11…波形データ抽出部、12…周波数解析部、13…波形データ合成部、14…隠れマルコフモデル適用部、15…パラメータ評価部、16…パラメータ比較部、17…異常判断部、D1…振動データ、D2…正常時波形データ、D3…ハイパーパラメータデータ、D4…正常時パラメータデータ。