(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-09
(45)【発行日】2024-02-20
(54)【発明の名称】光分解性ハイドロゲル
(51)【国際特許分類】
A61K 47/36 20060101AFI20240213BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20240213BHJP
A61K 47/34 20170101ALI20240213BHJP
A61K 47/22 20060101ALI20240213BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20240213BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240213BHJP
A61L 24/08 20060101ALI20240213BHJP
A61L 24/00 20060101ALI20240213BHJP
A61K 31/704 20060101ALN20240213BHJP
A61P 35/00 20060101ALN20240213BHJP
【FI】
A61K47/36
A61K9/06
A61K47/34
A61K47/22
A61K9/14
A61K45/00
A61L24/08
A61L24/00 260
A61K31/704
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2020531394
(86)(22)【出願日】2019-07-19
(86)【国際出願番号】 JP2019028531
(87)【国際公開番号】W WO2020017651
(87)【国際公開日】2020-01-23
【審査請求日】2022-06-29
(31)【優先権主張番号】P 2018137087
(32)【優先日】2018-07-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002332
【氏名又は名称】弁理士法人綾船国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100127133
【氏名又は名称】小板橋 浩之
(72)【発明者】
【氏名】松村 和明
(72)【発明者】
【氏名】ノンスワン パンニダ
【審査官】佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-039886(JP,A)
【文献】特開2015-048467(JP,A)
【文献】国際公開第2006/080523(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/066182(WO,A1)
【文献】WU, Y., et al.,An Injectable Supramolecular Polymer Nanocomposite Hydrogel for Prevention of Breast Cancer Recurrence with Theranostic and Mammoplastic Functions,Advanced Functional Materials,2018年04月14日,Vol.28, No.21,P.e1801000,DOI:10.1002/adfm.201801000
【文献】HAN, L., et al.,Polydopamine Nanoparticles Modulating Stimuli-Responsive PNIPAM Hydrogels with Cell/Tissue Adhesiveness,ACS Appl. Mater. Interfaces,2016年,Vol.8, No.42,pp.29088-29100,DOI: 10.1021/acsami.6b11043
【文献】HU, J., et al.,A thermo-degradable hydrogel with light-tunable degradation and drug release,Biomaterials,2017年,Vol.112,pp.133-140
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/00-47/69
A61K 9/00- 9/72
A61L 15/00-33/18
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量が2000~20万の範囲にあるα-グルカンと、次の式I:
【化1】
(式I)
(ただし、式I中、R1基は、C1~C3のアルキル基である)
で表される化合物を反応させて、次の式II:
【化2】
(式II)
(ただし、式II中、R1基は、C1~C3のアルキル基である)
で表される基を、α-グルカンへ導入する工程、
式IIで表される基が導入されたα-グルカンを、過ヨウ素酸又は過ヨウ素酸塩で酸化して、アルデヒド基を、α-グルカンへ導入する工程、
式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤へ、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズを添加し、ポリチオール性還元剤によって架橋反応させて、ハイドロゲルを形成する工程、
を含む、光分解性ハイドロゲルの製造方法。
【請求項2】
ポリドーパミン粒子が分散して包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズが、
アミノ化カラギーナン水溶液へ、ポリドーパミン粒子が分散された、カリウム塩、ナトリウム塩又はカルシウム塩の水溶液を添加する工程、を含む方法によって調整されたゲルビーズである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤へ、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズを添加し、ポリチオール性還元剤によって架橋反応させて、ハイドロゲルを形成する工程、が、
式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤へ、薬剤を添加し、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズを添加し、ポリチオール性還元剤によって架橋反応させて、ハイドロゲルを形成する工程、である、請求項1~2のいずれかに記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかの製造方法によって製造された光分解性ハイドロゲルへ、光照射して、ハイドロゲルを光分解する方法
(ただし、人間の体内又は人間の皮膚表面においてハイドロゲルが光分解される場合を除く)。
【請求項5】
請求項3の製造方法によって製造された光分解性ハイドロゲルへ、光照射して、ハイドロゲルから薬剤を光放出する方法
(ただし、人間の体内又は人間の皮膚表面においてハイドロゲルから薬剤が光放出される場合を除く)。
【請求項6】
重量平均分子量が2000~20万の範囲にあるα-グルカンに対して、次の式II:
【化3】
(式II)
(ただし、式II中、R1基は、C1~C3のアルキル基である)
で表される基が、α-グルカン中のOH基のHに置換されて、α-グルカンのグルコース単位あたり10~50%の範囲の導入率で導入され、
過ヨウ素酸酸化によるアルデヒド基が、α-グルカンのグルコース単位あたり25~75%の範囲の導入率で導入されてなる、修飾α-グルカン化合物が、ジチオスレイトールによって架橋されてなる、ハイドロゲルであって、
ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズが、包埋されたハイドロゲル。
【請求項7】
薬剤が、包埋された、請求項6に記載のハイドロゲル。
【請求項8】
重量平均分子量が2000~20万の範囲にあるα-グルカンが、デキストランである、請求項6~7のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項9】
ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズからなる、光分解性ハイドロゲル用添加剤。
【請求項10】
アミノ化カラギーナン水溶液へ、ポリドーパミン粒子が分散された、カリウム塩、ナトリウム塩又はカルシウム塩の水溶液を添加する工程、を含む、光分解性ハイドロゲル用添加剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光分解性ハイドロゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
医療用、特に外科手術用の接着剤として、分解性のハイドロゲルあるいはゲル化剤が、開発されている(特許文献1、特許文献2)。このような医療用接着剤は、生体組織の接着、充填、癒着防止、止血などに用いられる。そして、これらの医療用接着剤用のハイドロゲルは、目的を果たした後に、生体内で適切に分解されることが求められている。
【0003】
さらに、このようなハイドロゲルは、ドラッグデリバリー用途の基材にも使用されており、例えば、ゼラチンなどのタンパク質性のゲル、ヒアルロン酸やアルギン酸などの多糖類性のゲルなどが知られている。これらのDDS基材用のハイドロゲルも、薬物放出のために、生体内で適切に分解されることが求められている。
【0004】
特許文献3は、生体内で分解可能なハイドロゲルが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2008/066182号
【文献】国際公開第2006/080523号
【文献】特開2018-39886号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生体内で分解可能なハイドロゲルについて、さらに精密な分解制御が可能となれば、これによってさらに精密な薬物放出の制御が可能となる。
【0007】
したがって、本発明の目的は、さらに精密に分解制御されたハイドロゲルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意研究を行った結果、光照射を分解開始のトリガーとして、ハイドロゲルの分解制御を行う着想を得た。そして、後述する光分解性ハイドロゲルによって、上記目的を達成できることを見いだして、本発明に到達した。
【0009】
したがって、本発明は次の(1)以下を含む。
(1)
重量平均分子量が2000~20万の範囲にあるα-グルカンと、次の式I:
【化1】
(式I)
(ただし、式I中、R1基は、C1~C3のアルキル基である)
で表される化合物を反応させて、次の式II:
【化2】
(式II)
(ただし、式II中、R1基は、式I中のR1基と同一の基である)
で表される基を、α-グルカンへ導入する工程、
式IIで表される基が導入されたα-グルカンを、過ヨウ素酸又は過ヨウ素酸塩で酸化して、アルデヒド基を、α-グルカンへ導入する工程、
式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤へ、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズを添加し、ポリチオール性還元剤によって架橋反応させて、ハイドロゲルを形成する工程、
を含む、光分解性ハイドロゲルの製造方法。
(2)
ポリドーパミン粒子が分散して包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズが、
アミノ化カラギーナン水溶液へ、ポリドーパミン粒子が分散された、カリウム塩、ナトリウム塩又はカルシウム塩の水溶液を添加する工程、を含む方法によって調整されたゲルビーズである、(1)に記載の製造方法。
(3)
式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤へ、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズを添加し、ポリチオール性還元剤によって架橋反応させて、ハイドロゲルを形成する工程、が、
式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤へ、薬剤を添加し、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズを添加し、ポリチオール性還元剤によって架橋反応させて、ハイドロゲルを形成する工程、である、(1)~(2)のいずれかに記載の製造方法。
(4)
(1)~(3)のいずれかの製造方法によって製造された光分解性ハイドロゲルへ、光照射して、ハイドロゲルを光分解する方法。
(5)
(3)の製造方法によって製造された光分解性ハイドロゲルへ、光照射して、ハイドロゲルから薬剤を光放出する方法。
(6)
重量平均分子量が2000~20万の範囲にあるα-グルカンに対して、次の式II:
【化3】
(式II)
(ただし、式II中、R1基は、C1~C3のアルキル基である)
で表される基が、α-グルカン中のOH基のHに置換されて、α-グルカンのグルコース単位あたり10~50%の範囲の導入率で導入され、
過ヨウ素酸酸化によるアルデヒド基が、α-グルカンのグルコース単位あたり25~75%の範囲の導入率で導入されてなる、修飾α-グルカン化合物が、ジチオスレイトールによって架橋されてなる、ハイドロゲルであって、
ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズが、包埋されたハイドロゲル。
(7)
薬剤が、包埋された、(6)に記載のハイドロゲル。
(8)
重量平均分子量が2000~20万の範囲にあるα-グルカンが、デキストランである、(6)~(7)のいずれかに記載のハイドロゲル。
(9)
ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズからなる、光分解性ハイドロゲル用添加剤。
(10)
アミノ化カラギーナン水溶液へ、ポリドーパミン粒子が分散された、カリウム塩、ナトリウム塩又はカルシウム塩の水溶液を添加する工程、を含む、光分解性ハイドロゲル用添加剤の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明は光分解性ハイドロゲルを提供する。本発明によれば、光照射を分解開始のトリガーとして、ハイドロゲルの分解制御を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、Dex-GMA合成の反応の説明図である。
【
図2】
図2は、
1H-NMR測定の結果を示すチャートである。
【
図3】
図3は、Ox-Dex-GMA合成の反応の説明図である。
【
図4】
図4は、
1H-NMR測定の結果とFTIR測定の結果を示すチャートである。
【
図5】
図5は、Ox-Dex-GMAのゲル化の反応の説明図である。
【
図6】
図6は、アミノ化κカラギーナンの合成の反応の説明図である。
【
図7】
図7は、ドーパミンからポリドーパミンを合成するスキームの説明図である。
【
図8】
図8は、FTIR測定の結果を示すチャートである。
【
図9】
図9は、UV吸収の測定結果を示す説明図である。
【
図12】
図12は、PDA含有アミノ化カラギーナンの乾燥ゲルビーズを得る操作の手順の説明図である。
【
図13】
図13は、PDA含有アミノ化カラギーナンの乾燥ゲルビーズの電子顕微鏡写真である。
【
図14】
図14は、ドキソルビシン塩酸塩(DOX)を含有するハイドロゲル中に、PDA含有アミノ化カラギーナンコンポジットゲルビーズが包埋されたハイドロゲルの説明図である。
【
図15】
図15は、ドキソルビシン塩酸塩(DOX)を含有するハイドロゲル中に、PDA含有アミノ化カラギーナンコンポジットゲルビーズが包埋されたハイドロゲルに、NIR光が照射されて、PDA含有アミノ化カラギーナンコンポジットゲルビーズが溶解してアミノ基が露出し、これによってOx-Dex-GMAによるハイドロゲルが分解されて、ハイドロゲル中のドキソルビシン塩酸塩(DOX)が放出される様子の説明図である。
【
図16】
図16は、NIR光照射のON(照射する)とOFF(照射しない)による、ドキソルビシン塩酸塩(DOX)の放出量の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
具体的な実施の形態をあげて、以下に本発明を詳細に説明する。本発明は、以下にあげる具体的な実施の形態に限定されるものではない。
【0013】
[光分解性ハイドロゲルの製造]
本発明による光分解性ハイドロゲルは、重量平均分子量が2000~20万の範囲にあるα-グルカンと、次の式I:
【化4】
(式I)
(ただし、式I中、R1基は、C1~C3のアルキル基である)
で表される化合物を反応させて、次の式II:
【化5】
(式II)
(ただし、式II中、R1基は、式I中のR1基と同一の基である)
で表される基を、α-グルカンへ導入する工程、
式IIで表される基が導入されたα-グルカンを、過ヨウ素酸又は過ヨウ素酸塩で酸化して、アルデヒド基を、α-グルカンへ導入する工程、
式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤へ、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズを添加し、ポリチオール性還元剤によって架橋反応させて、ハイドロゲルを形成する工程、を含む方法によって製造することができる。
【0014】
[α-グルカン]
α-グルカンは、グルコースが脱水縮合してα結合により結合した糖鎖(多糖類)であり、例えば、デキストラン、デキストリン、プルランをあげることができる。好適な実施の態様において、重量平均分子量が、例えば、2000~20万の範囲、8000~15万の範囲、1万~10万の範囲にあるα-グルカンを使用できる。好適な実施の態様において、上記範囲の重量平均分子量であるデキストランを使用できる。重量平均分子量は、一般的な水系のGPC(ゲル濾過クロマトグラフィー)測定によって求めることができる。具体的には、実施例に開示の通りに、測定することができる。市販のデキストランとして、例えば、Pharmacosmos A/Sにより市販されている医療用グレードの製品、あるいは和光純薬により市販されている製品などを使用できる。
【0015】
[式Iの化合物]
式Iの化合物において、R1基は、例えばC1~C3のアルキル基、C1~C2のアルキル基とすることができ、例えばメチル基又はエチル基とすることができる。好適な実施の態様において、式Iの化合物は、グリシジルメタクリレート(GMA)、又はグリシジルアクリレートとすることができる。
【0016】
[式IIの基の導入]
式Iの化合物によってα-グルカンへ導入される式IIの基は、α-グルカンのグルコース単位のOH基のなかのHに置換されて、導入される。この導入率(DS%)は、1H-NMR測定によって、α-グルカンのグルコース単位あたりの式IIの基の導入率(%)として、求めることができる。グルコース単位あたりの式IIの基の導入率は、例えば、10~50%の範囲、20~40%の範囲とすることができる。なお、過ヨウ素酸酸化後の残存するグルコース単位あたりの導入率は、式IIの基が導入されたグルコース単位と導入されていないグルコース単位とが同じ割合で過ヨウ素酸酸化による開裂を受けると換算すれば上記と同じ範囲となる。
【0017】
α-グルカンと式Iの化合物との反応による式IIの基の導入の反応は、例えばグリシジルメタクリレート(GMA)と水酸基の一般的な反応条件で行うことができ、例えば窒素雰囲気中でジメチルスルホキシド(DMSO)とジメチルアミノピリジン(DMAP)の存在下で加熱して行うことができる。
【0018】
[過ヨウ素酸酸化]
式IIで表される基が導入されたα-グルカンを、過ヨウ素酸又は過ヨウ素酸塩で酸化して、アルデヒド基を、α-グルカンへ導入する。過ヨウ素酸酸化は、一般的な過ヨウ素酸酸化法の条件によって、実施できる。
【0019】
[アルデヒド基の導入]
アルデヒド基は、α-グルカンのグルコース単位を過ヨウ素酸酸化によって開裂させて、導入される。この導入率(DS%)は、1H-NMR測定によって、α-グルカンのグルコース単位あたりのアルデヒド基の導入率(%)として、求めることができる。α-グルカンのグルコース単位あたりのアルデヒド基の導入率(%)は、例えば、20~80%の範囲、25~75%の範囲、40~60%の範囲とすることができる。あるいは、過ヨウ素酸酸化を受けた後に残存するグルコース単位あたりのアルデヒド基の導入率として、この値を換算することもできる。この場合には残存するグルコース単位あたりのアルデヒド基の導入率として、例えば、22(22.2)~133%の範囲、29(28.6)~120%の範囲、50~85.7(86)%の範囲とすることができる。
【0020】
[架橋反応]
式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入された修飾α-グルカン化合物(ゲル化剤)は、ポリチオール性還元剤によって架橋反応させて、ハイドロゲルを形成できる。ポリチオール性還元剤としては、例えば、ポリチオール性アルコール、ポリチオールをあげることができ、例えば、ジチオール性アルコール、ジチオールをあげることができる。具体的には、例えば、DTT(ジチオスレイトール)、1,4-ブタンジチオール、エタンチオール、1,1プロパンジチオールをあげることができる。ポリチオール性還元剤のSH基は、式IIの基と触媒なしにマイケル付加反応できる。これによって修飾α-グルカン化合物の分子が架橋されて、ハイドロゲルが形成される。この反応は不可逆反応であり、そのままでは分解は生じない。
【0021】
[ハイドロゲルの安定性]
α-グルカン化合物が架橋されたハイドロゲルは、形成された架橋がそのままでは分解しないという点で安定である。例えば、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)に37℃で8日間保温しても約80パーセントのゲルが維持されている。
【0022】
[ハイドロゲルの分解性]
α-グルカン化合物が架橋されたハイドロゲルには、導入されたアルデヒド基が、架橋反応に使用されることなく、保持されている。そして、このアルデヒド基に対して、アミノ基を反応させると、α-グルカン構造の主鎖が切断されて、分子量の低下を伴う断片化が生じて、結果として、ハイドロゲルが分解される。すなわち、導入されたアルデヒド基に対して、アミノ基を反応させることによって、その分解を制御することができる。
【0023】
[ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズ]
ハイドロゲルを形成する工程において、架橋反応に先立って、式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤へ、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズが添加される。
【0024】
好適な実施の態様において、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズの添加量は、式IIで表される基及びアルデヒド基がα-グルカンへ導入されてなるゲル化剤の乾燥質量に対して添加されるアミノ化カラギーナンの乾燥質量として、例えば10~60%の範囲、好ましくは20~50%の範囲とすることができる。好適な実施の態様において、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズの含有量は、添加されるアミノ化カラギーナンの乾燥質量として、光分解性ハイドロゲル全体の湿質量に対して、例えば0.1%~10%の範囲、好ましくは0.5%~2.0%の範囲とすることができる。
【0025】
このゲルビーズは、例えば、アミノ化カラギーナン水溶液へ、ポリドーパミン粒子が分散された、カリウム塩、ナトリウム塩又はカルシウム塩の水溶液を添加することによって製造することができる。添加は、例えば滴下によって行うことができる。これによって、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルが、ゲルビーズの形態で得ることができる。ゲルビーズは、所望により、凍結乾燥等の手段によって乾燥して、その後の添加に使用することができる。好適な実施の態様において、ゲルビーズは、例えば粒径500~2000μm、好ましくは800~1500μmの粒子として、得ることができる。
【0026】
アミノ化カラギーナン水溶液において、アミノ化カラギーナンの濃度は、例えば、0.5~10質量パーセント、好ましくは1~8質量%、さらに好ましくは2~6質量%、さらに好ましくは3~5質量%の範囲とすることができる。アミノ化カラギーナンとして、例えば、アミノ化κカラギーナンを使用することができる。
【0027】
カラギーナンへのアミノ基の導入は公知の手段によって行うことができる。好適な実施の態様において、実施例に記載の手段によって、カラギーナンへアミノ基を導入することができる。アミノ化カラギーナンにおいて、カラギーナンへのアミノ基の導入率は、繰り返し単位あたり、例えば0.1~5.0%の範囲、好ましくは0.5~2.0%の範囲とすることができる。この導入率は、実施例において述べるTNBS法に基づいて、決定することができる。
【0028】
カリウム塩、ナトリウム塩又はカルシウム塩の水溶液における塩濃度は、例えば、1~20質量パーセント、好ましくは2~12質量%、さらに好ましくは2~10質量%、さらに好ましくは3~8質量%の範囲とすることができる。カリウム塩として、例えば、塩化カリウム、臭化カリウムを使用することができる。
【0029】
[ポリドーパミン粒子]
ポリドーパミンは、ドーパミンから調整される多量体であって、公知の手段によって調整することができる。好適な実施の態様において、実施例に記載のスキームによって合成することができる。好適な実施の態様において、ポリドーパミンは、黒色の球状の粒子として得ることができ、粒子の粒径は、例えば、50~500μm、好ましくは100~300μmの範囲とすることができる。
【0030】
好適な実施の態様において、ポリドーパミン粒子は、アミノ化カラギーナンゲルビーズ中へ、分散されて包埋されている。アミノ化カラギーナンゲルビーズ中のポリドーパミン粒子の含有量は、ゲルビーズの乾燥質量に対して、例えば1.0~20%の範囲、好ましくは5.0~10%の範囲とすることができる。
【0031】
[光分解性ハイドロゲルの光分解]
光分解性ハイドロゲルは、光照射をトリガーとして、ハイドロゲルの分解が開始される。照射された光がポリドーパミンに届くとこれによってアミノ化カラギーナンのゲルが局所的に熱による構造変化を開始して、これによってアミノ化カラギーナンのゲル中に埋もれていたアミノ基が露出することによって、ハイドロゲルに導入されたアルデヒド基と反応して、α-グルカン構造の主鎖が切断されて、分子量の低下を伴う断片化が生じて、結果として、ハイドロゲルが分解されるというメカニズムとなっていると、本発明者は考えている。
【0032】
[光照射]
好適な実施の態様において、光分解のために照射する光の波長は、例えば600~2000nm、好ましくは750~1200nmの範囲を使用することができる。照射する光として、近赤外光(NIR)の光を使用することができ、この波長は、人体への悪影響がないとされると同時に、人体に対して一定の透過性があり、光分解性ハイドロゲルを組織内に埋め込んだ後に、近赤外光の光照射によって、光照射をトリガーとして、ハイドロゲルの分解を開始させて、ハイドロゲルに含有される薬剤を放出する態様において、好適に使用することができる。
【0033】
[薬剤]
好適な実施の態様において、光分解性ハイドロゲルは、この中に薬剤を含有させて、光照射をトリガーとして開始する分解によって、薬剤を放出するために、使用することができる。薬剤は、例えば、光分解性ハイドロゲルのゲル形成にあたって、ポリドーパミン粒子が包埋されたアミノ化カラギーナンゲルビーズと同時又は前後して、薬剤を添加して、その後に架橋反応させることによって、光分解性ハイドロゲル中に包埋させることができる。光分解性ハイドロゲルに含有させる薬剤としては、特に制限はないが、例えば疎水性薬剤を好適に使用することができる。薬剤としては、例えば、アンホテリシンBのような抗菌剤、イブプロフェンなどのような非ステロイド性抗炎症薬、塩基性線維芽細胞増殖因子のようなペプチド、タキソール、ドキソルビシン、及びこれらの塩及び水和物をあげることができる。
【0034】
[光分解性ハイドロゲル]
本発明の光分解性ハイドロゲルは、α-グルカンに基づいているために生体親和性が高く、優れた光分解性を備えるために、医療用接着剤、DDS基材として好適に使用できる。本発明は、光分解性ハイドロゲルへ光照射して光分解する方法、薬剤が包埋された光分解性ハイドロゲルへ光照射して薬剤を光放出する方法にもあり、光照射をトリガーとして薬剤を光放出可能なドラッグデリバリーシステム(DDS)にもある。
【実施例】
【0035】
以下に実施例をあげて、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下に例示する実施例に限定されるものではない。なお、実施例中、特にことわりのない限り「%」及び「部」はそれぞれ重量%及び重量部を示す。
【0036】
[実験例1]
[メタクリル酸グリシジル導入デキストラン(Dex-GMA)の合成]
5gのデキストラン(名糖産業、分子量70000)を20mLのジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、窒素ガスを30分吹き込んだ。4.8gのジメチルアミノピリジン(DMAP)と2.3gのグリシジルメタクリレート(GMA)を添加し、30分チッソ雰囲気下で反応させた。溶液を50℃に熱し、12時間さらに反応させた後、HClを添加してDMAPを中和し反応を停止させた。溶液はMWCO=3500の透析膜(Spectra/Por)で蒸留水に対して一週間透析を行い、続けて凍結乾燥により反応したデキストラン(Dex-GMA)を精製回収した。得られたDex-GMAに対して、FTIRと1H-NMRでキャラクタリゼーションを行った。
【0037】
FTIRチャートにおいて、1707cm-1付近に新たに出現したC=OバンドからGMAの導入を定性的に確認し、導入率(Degree of substitution, DS)は1H-NMRスペクトルで、アノメリックプロトンのピーク(5.08ppm)に対するビニルプロトンのピーク(6.32-6.34ppm)の割合から算出した。その結果は、29%(グルコースユニット当たり)であった。
【0038】
上記のDex-GMA合成の反応を、
図1に示す。上記の
1H-NMR測定の結果を、
図2に示す。上記GMAの導入率(DS)は
1H-NMRスペクトルのピークから、DS(%)=([Hb]/[Ha])×100(%)の式によって算出した。
【0039】
[実験例2]
[Ox-Dex-GMAの合成]
酸化Dex-GMA(Ox-Dex-GMA)の合成は以下の手法で行った。
実験例1で作成したDex-GMA2.5gを20mLの蒸留水に溶解し、0.75gの過ヨウ素酸ナトリウムを溶解した20mLの蒸留水と混合し、50度で1時間反応させた。反応後はMWCO3500の透析膜で蒸留水に対し1日間透析を行い、凍結乾燥でOx-Dex-GMAを回収した。キャラクタリゼーションは1H-NMRで行った。1H-NMRで9.64ppmのアルデヒドピークでアルデヒドの導入を確認した。アルデヒド基の導入量の定量化は、アンモニア存在化でのアセトアセトアニリド(AAA)とアルデヒドの反応による蛍光の検出により算出した(Li et al., Analytical Sciences, 2007, 23, 1810-1860)ところ、DS(導入率)は51%であった。
【0040】
上記のOx-Dex-GMA合成の反応を、
図3に示す。上記の
1H-NMR測定の結果と、上記のFTIR測定の結果をまとめて、
図4に示す。上記アルデヒド基の導入率(DS)は、
図4に示す
1H-NMRにおいて、DS(%)=([Hd]/[Ha])×100(%)の式によって求めた。
【0041】
[実験例3]
[Ox-Dex-GMAとDTTの反応によるゲル化]
10wt%のOx-Dex-GMA水溶液と1.36wt%のDTT水溶液を0.1mLずつ混合することで、37度において45分でゲル化を確認した。また、Ox-Dex-GMAを0.2mLとしたときのゲル化時間は10時間40分、一方DTTを0.2mLとしたときのゲル化時間は20分であった。これらのゲルはPBS中で分解せず安定であった。
【0042】
上記のOx-Dex-GMAのゲル化の反応を
図5に示す。
【0043】
[実験例4]
[アミノ化κカラギーナンの合成]
アミノ化κカラギーナン(amino-CG)はカラギーナン(CG)から以下のように合成した。κ(カッパ)カラギーナン(東京化成)1gを100mLのナス型フラスコ中10mLの2-プロパノールに分散させ、40度で40%NaOH溶液を1.2mLゆっくりと滴下したのち1時間リフラックスさせ反応させた。その後、3-ブロモプロピルアミンを0.547g添加し、50度で24時間反応させた。反応終了後、1Mの塩酸で中和し、得られた沈殿物をフィルターで集め、2-プロパノールで洗浄し、凍結乾燥によりアミノ化カラギーナンを回収した。キャラクタリゼーションは1H-NMRとFTIRにより行った。1H-NMRでは1.5-2.25ppm付近にアミノ基に隣接したメチレンプロトンによるピークが確認できた。FTIRスペクトルでは、1563cm-1付近に一級アミンによる新しいバンドが確認できた。DSはアミノ基の定量法であるTNBS法(Means GR et al., Amino groups. In Chemical Modification of Proteins, Holden-Day, Inc.: San Francisco, 1971, pp214-217)により求めたところ、繰り返し単位換算で0.87%であった。
【0044】
上記のアミノ化κカラギーナンの合成の反応を、
図6に示す。
【0045】
[実験例5]
[PDA粒子作成]
0.3gのドーパミン塩酸塩を5mLの蒸留水に溶かし、1mLの29%アンモニア水、20mLのエタノール、45mLの蒸留水の混合溶液と混ぜ、12時間撹拌しながら反応させることでポリドーパミン(PDA)粒子を作成した。作成後は濾過し、蒸留水で洗浄後に乾燥した。UV吸収を測定したところ、200-800nm以上の幅広い領域で吸収が確認された。
【0046】
図7に、ドーパミンからポリドーパミンを合成するスキームを示す。
図8にFTIR測定の結果を示す。
図9にUV吸収の測定結果を示す。
図9のグラフ内に示す写真のように、ドーパミン溶液は無色透明であり、PDAの分散液は黒色の懸濁液であった。
図10及び
図11にPDA粒子の電子顕微鏡写真を示す。電子顕微鏡写真に示されるように、PDA粒子は、非常に整った球状を示しており、その粒径は約100~約300μmのものが多数観察された。
【0047】
[実験例6]
[PDA含有アミノ化カラギーナンコンポジットゲルビーズの作成]
4%のアミノ化カラギーナン水溶液を、0.02%PDA含有5%KCl水溶液に滴下し、撹拌させながら室温で30分間反応させ、ゲルビーズを得た。得られたゲルビーズは蒸留水で洗浄後、凍結乾燥して、乾燥ゲルビーズとして後の操作に供した。
【0048】
図12に乾燥ゲルビーズを得る操作の手順の説明図を示す。
図13に、得られたPDA含有アミノ化カラギーナンの乾燥ゲルビーズの電子顕微鏡写真を示す(
図13の下段の3枚の写真、「amino-CG@PDA」)。比較のために、4%アミノ化カラギーナン水溶液と、PDAを含有させない5%KCl水溶液を用いて調整した乾燥ゲルビーズの電子顕微鏡写真を示す(
図13の上段の3枚の写真、「Pure amino-CG」)。
【0049】
[実験例7]
[NIR応答性溶解]
PDA含有アミノ化カラギーナンの乾燥ゲルビーズを0.01g取り、5mLのPBSに添加し、室温にてNIR(808nm、1W/cm2)レーザーを照射することで、ゲルの溶解を確認した。ゲルの溶解性は、上澄み中のアミノ基量をTNBS法で測定することで求めた。NIR照射をしなければ、5時間後でも5%以下の溶解であったが、NIRレーザーを30分on/offを繰り返すことにより、5時間後にはほぼすべてのゲルが溶解することを確認した。
【0050】
[実験例8]
[NIR照射によるデキストランゲルからの薬物放出制御]
ドキソルビシン塩酸塩を0.05mg/mLとなるように10%酸化デキストランGMA(Ox-Dex-GMA)のPBS溶液に溶解させた。さらに0.01gのPDA含有アミノ化カラギーナンの乾燥ゲルビーズを添加し、30分後に1.36%のDTT/PBS溶液を混合し、37℃にて30分放置し、ゲル化させた。このようにして、ドキソルビシン塩酸塩(DOX)を含有するハイドロゲル中に、PDA含有アミノ化カラギーナンコンポジットゲルビーズが包埋されたハイドロゲルを得た。
そのゲルに5mLのPBSを添加し、808nmのNIRレーザー(1W/cm-2)を照射した。照射は30分連続して行い、続く30分は照射をしなかった。このセットを5セット行い、定期的に上清のドキソルビシン濃度を蛍光強度から測定した。
その結果、最初の30分照射により3%のドキソルビシンが溶出した。一方、照射しなかった系では放出量は0.1%程度であった。これは、NIR照射により、アミノ化カラギーナンが溶出し、ゲル中のアルデヒドと反応することでゲルの分解が起こることで担持薬物であるドキソルビシンが溶出されたと考えられる。5時間後には、照射系で5.5%、非照射系で0.9%の放出率に到達した。
【0051】
図14に、ドキソルビシン塩酸塩(DOX)を含有するハイドロゲル中に、PDA含有アミノ化カラギーナンコンポジットゲルビーズが包埋されたハイドロゲルの説明図を示す。
【0052】
図15に、ドキソルビシン塩酸塩(DOX)を含有するハイドロゲル中に、PDA含有アミノ化カラギーナンコンポジットゲルビーズが包埋されたハイドロゲルに、NIR光が照射されて、PDA含有アミノ化カラギーナンコンポジットゲルビーズが溶解してアミノ基が露出し、これによってOx-Dex-GMAによるハイドロゲルが分解されて、ハイドロゲル中のドキソルビシン塩酸塩(DOX)が放出される様子の説明図を示す。
【0053】
図16は、NIR光照射のON(照射する)とOFF(照射しない)による、ドキソルビシン塩酸塩(DOX)の放出量の変化を示すグラフである。0.5時間後のONによりDOX放出量は急増し、1.0時間後のオフによりDOX放出量の急増は停止した。また、さらに1.5時間以降もONとOFFを繰り返すことによって、平均的なDOX放出量を適切な範囲に維持することができた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、光分解性ハイドロゲルを得ることができる。本発明は産業上有用な発明である。