(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-09
(45)【発行日】2024-02-20
(54)【発明の名称】構造物の制振装置
(51)【国際特許分類】
E04H 9/02 20060101AFI20240213BHJP
F16F 15/02 20060101ALI20240213BHJP
【FI】
E04H9/02 301
E04H9/02 351
F16F15/02 C
(21)【出願番号】P 2020123224
(22)【出願日】2020-07-17
【審査請求日】2023-02-03
(31)【優先権主張番号】P 2019174481
(32)【優先日】2019-09-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504242342
【氏名又は名称】株式会社免制震ディバイス
(74)【代理人】
【識別番号】100095566
【氏名又は名称】高橋 友雄
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【氏名又は名称】小田 直
(72)【発明者】
【氏名】井上 範夫
(72)【発明者】
【氏名】木田 英範
【審査官】須永 聡
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-020083(JP,A)
【文献】特開2019-031827(JP,A)
【文献】特開2018-194136(JP,A)
【文献】特開2009-007895(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04H 9/00-9/16
F16F 15/00-15/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体に立設された構造物の振動を抑制するための構造物の制振装置であって、
上下方向に延び、上連結部及び下連結部を有し、前記上連結部を介して前記構造物に連結された支持部材と、
当該支持部材の前記下連結部と前記支持体に連結され、回転可能な回転マスを有し、前記構造物が振動したときに、前記支持部材を介して伝達される前記構造物の変位を前記回転マスの回転運動に変換し、回転慣性質量効果を発揮するマスダンパと、を備え、
前記支持部材は、
前記上連結部と前記下連結部に連結され、引張荷重を支持するための引張材と、
前記上連結部及び前記下連結部の一方に連結され、前記引張材と機械的に分離されるとともに、圧縮荷重の作用時、前記上連結部及び前記下連結部の他方が接した状態で、圧縮荷重を支持するための圧縮材と、を有し、
前記引張材の引張剛性及び前記回転マスの回転慣性質量は、前記構造物の1次固有振動数の応答を低下させるように設定されており、
前記構造物に設けられ、前記圧縮材に連結されることによって、前記支持部材の座屈を防止するための座屈防止材をさらに備えることを特徴とする構造物の制振装置。
【請求項2】
前記圧縮材は、前記引張材の引張剛性よりも大きい所定の圧縮剛性を有することを特徴とする、請求項1に記載の構造物の制振装置。
【請求項3】
前記引張材は、棒状又は線状の鋼材で構成され、前記圧縮材は、コンクリートと棒状及び線状以外の鋼材との少なくとも一方で構成されていることを特徴とする、請求項2に記載の構造物の制振装置
。
【請求項4】
前記マスダンパは、圧縮荷重の作用時に、引張荷重の作用時よりも小さなダンパ反力を発生させる非対称のマスダンパで構成されていることを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の構造物の制振装置。
【請求項5】
前記マスダンパはボールねじ式のマスダンパで構成されており、
前記構造物に設けられ、前記支持部材の前記マスダンパとの連結部に近い部分を回転不能に係止することによって、前記マスダンパの反力トルクによる前記支持部材のねじれを防止するためのねじれ防止材をさらに備えることを特徴とする、請求項1から4のいずれかに記載の構造物の制振装置。
【請求項6】
前記支持部材として圧縮側と引張側の剛性が等しい剛性対称の支持部材を用いた場合において、前記構造物の振動を最小にする前記支持部材の最適剛性が定点理論に基づいて算出されており、前記圧縮材の圧縮剛性及び前記引張材の引張剛性は、前記圧縮剛性によって定まる圧縮側の固有周期と、前記引張剛性によって定まる引張側の固有周期との加算平均値が、前記算出された支持部材の最適剛性によって定まる固有周期に等しくなるように設定されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の構造物の制振装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に高層の構造物の振動を抑制するための構造物の制振装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の制振装置として、例えば本出願人により特許文献1に開示されたものが知られている。この制振装置は、上下方向に延び、高層建物などの構造物の上端部と基礎の間に連結された複数の支持部材と、各支持部材の下端部に直列に連結されたマスダンパと、支持部材の座屈を防止するための座屈防止機構を備える。
【0003】
支持部材は、中空の角柱状の複数の柱材で構成されるとともに、皿ばねを介して連結されており、それにより、支持部材の引張剛性は、圧縮剛性よりも小さな値に設定されている。マスダンパは、例えば、内筒、ボールねじ及び回転マスなどを有するボールねじ式のものであり、内筒とボールねじのねじ軸が、支持部材の下端部と基礎にそれぞれ連結されている。また、回転マスの回転慣性質量及び支持部材の引張剛性は、それらによって定まる付加振動系の第1固有振動数が構造物の1次固有振動数に同調するように設定され、回転マスの回転慣性質量及び支持部材の圧縮剛性は、それらによって定まる付加振動系の第2固有振動数が構造物の2次固有振動数に同調するように設定されている。
【0004】
座屈防止機構は、上下方向に間隔を隔てて複数、配置されており、各々は、構造物に一体に設けられたスラブと、スラブに取り付けられた滑り板などで構成されている。スラブの所定位置には、複数の矩形の拘束孔が形成され、各拘束孔に支持部材が挿入されている。滑り板は、滑性を有する材料、例えばフッ素樹脂で構成されており、スラブの拘束孔の四方の壁面に貼り付けられている。また、支持部材の四方の外面には、拘束孔に対応する位置に、ステンレスなどで構成された当接板が貼り付けられており、これらの当接板は、拘束孔の滑り板に若干の隙間をもって対向している。
【0005】
以上の構成では、地震時などに構造物が振動すると、構造物が高層の場合には特に、曲げ変形がせん断変形に優るため、構造物の上部側が横方向に大きく往復動(揺動)する。この揺動による変位が、座屈防止機構の拘束孔を鉛直方向に摺動する支持部材を介してマスダンパに良好に伝達されることによって、回転マスが回転し、支持部材およびマスダンパから成る付加振動系が振動する。これにより、支持部材への引張荷重の作用時には、付加振動系の第1固有振動数が構造物の1次固有振動数に同調し、圧縮荷重の作用時には、付加振動系の第2固有振動数が構造物の2次固有振動数に同調することによって、構造物の振動エネルギが付加振動系で吸収され、構造物の振動が抑制される。
【0006】
一方、支持部材が座屈防止機構の拘束孔に挿入されていることで、支持部材の水平方向の移動が拘束される結果、圧縮荷重の作用時における支持部材の座屈が防止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した従来の制振装置では、座屈防止機構は、支持部材の水平方向の移動を拘束することで、支持部材の座屈を防止する一方、支持部材の鉛直方向の移動を許容することで、構造物の変位がマスダンパに良好に伝達されるように構成されている。しかし、座屈防止機構は、支持部材が挿入される拘束孔、フッ素樹脂などから成る滑り板、及びステンレスなどから成る当接板が、必要であるとともに、支持部材の長さ方向のある程度の間隔ごとに設置することが必要である。このため、構造物の高層化に伴って支持部材の長さが大きくなるほど、座屈防止機構の設置数が非常に多くなり、制振装置のコストが大きく増加してしまう。
【0009】
本発明は、以上のような課題を解決するためになされたものであり、特に構造物が高層の場合、制振効果をさほど低下させることなく、構造物の振動を抑制できるとともに、支持部材の座屈防止のためのコストを大幅に削減することができる構造物の制振装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、請求項1に係る発明は、支持体に立設された構造物の振動を抑制するための構造物の制振装置であって、上下方向に延び、上連結部及び下連結部を有し、上連結部を介して構造物に連結された支持部材と、支持部材の下連結部と支持体に連結され、回転可能な回転マスを有し、構造物が振動したときに、支持部材を介して伝達される構造物の変位を回転マスの回転運動に変換し、回転慣性質量効果を発揮するマスダンパと、を備え、支持部材は、上連結部と下連結部に連結され、引張荷重を支持するための引張材と、上連結部及び下連結部の一方に連結され、引張材と機械的に分離されるとともに、圧縮荷重の作用時、上連結部及び下連結部の他方が接した状態で、圧縮荷重を支持するための圧縮材と、を有し、引張材の引張剛性及び回転マスの回転慣性質量は、構造物の1次固有振動数の応答を低下させるように設定されており、構造物に設けられ、圧縮材に連結されることによって、支持部材の座屈を防止するための座屈防止材をさらに備えることを特徴とする。
【0011】
地震時などに構造物が振動すると、構造物が高層の場合には特に、構造物の曲げ変形がせん断変形に優るため、構造物は、その上部側が横方向に大きく往復動するような態様で振動(揺動)する。上述した本発明の構造物の制振装置の構成によれば、構造物が揺動すると、その変位が支持部材を介してマスダンパに伝達されることによって、支持部材及びマスダンパに引張荷重及び圧縮荷重が交互に作用するとともに、回転マスが回転し、その回転慣性質量効果が発揮された状態で、支持部材及びマスダンパから成る付加振動系が振動する。
【0012】
この振動中、引張荷重は、支持部材の上連結部と下連結部に連結された引張材によって支持される。また、引張材の引張剛性及び回転マスの回転慣性質量は上記のように設定されているため、引張荷重の作用時には、付加振動系の固有振動数と構造物の1次固有振動数との同調が行われる。
【0013】
一方、圧縮荷重の作用時には、支持部材の上連結部及び下連結部の一方に連結された、引張材と機械的に分離された圧縮材が、上連結部及び下連結部の他方が接した状態で、圧縮荷重を支持する。圧縮材の圧縮剛性は、構造物の固有振動数に対して特に関連づけられていないため、圧縮荷重の作用時には、構造物の固有振動数の同調は特に行われない。しかし、上述したように、引張荷重の作用時において、付加振動系の固有振動数と構造物の1次固有振動数との同調が繰り返し行われる結果、構造物の振動エネルギが付加振動系で良好に吸収されるので、その制振効果をさほど低下させることなく、構造物の振動を良好に抑制することができる
【0014】
また、圧縮荷重による支持部材の座屈を、座屈防止材によって有効に防止することができる。また、この座屈防止材は、構造物に設けられ、圧縮材に連結されただけのものであり、従来の座屈防止機構と比較して構成が非常に単純であるので、支持部材の座屈防止のためのコストを大幅に削減することができる。
【0015】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の構造物の制振装置において、圧縮材は、引張材の引張剛性よりも大きい所定の圧縮剛性を有することを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、圧縮材の圧縮剛性が引張材の引張剛性よりも大きい所定の圧縮剛性に設定されているので、圧縮荷重が作用したときの支持部材の変形量を抑制するとともに、引張材よりも圧縮材の方が断面形状が大きいので、支持部材の座屈をより発生しにくくすることができる。
【0017】
請求項3に係る発明は、請求項2に記載の構造物の制振装置において、引張材は、棒状又は線状の鋼材で構成され、圧縮材は、コンクリートと棒状及び線状以外の鋼材との少なくとも一方で構成されていることを特徴とする。
【0018】
この構成によれば、引張材及び圧縮材として、上記の構成材をそれぞれ採用することによって、引張材による引張荷重の支持機能及び圧縮材による圧縮荷重の支持機能と、圧縮材の圧縮剛性が引張材の引張剛性よりも大きいという請求項2における支持部材の剛性の要件を、実現することができる。
【0019】
請求項4に係る発明は、請求項1から3のいずれかに記載の構造物の制振装置において、マスダンパは、圧縮荷重の作用時に発生するダンパ反力が、引張荷重の作用時に発生するダンパ反力よりも小さくなるように構成された非対称のマスダンパであることを特徴とする。
【0020】
この構成によれば、圧縮荷重の作用時には、引張荷重の作用時と比較して、マスダンパのダンパ反力が小さくなり、それに伴い、支持部材の圧縮荷重も低減される。これにより、支持部材の座屈が発生しにくくなるので、座屈防止材の断面積及び/又は設置数を低減することが可能になり、支持部材の座屈防止のためのコストをさらに削減することができる。
【0021】
請求項5に係る発明は、請求項1から4のいずれかに記載の構造物の制振装置において、マスダンパはボールねじ式のマスダンパで構成されており、構造物に設けられ、支持部材のマスダンパとの連結部に近い部分を回転不能に係止することによって、マスダンパの反力トルクによる支持部材のねじれを防止するためのねじれ防止材をさらに備えることを特徴とする。
【0022】
この構成では、マスダンパがボールねじ式であるため、その作動時、マスダンパからの反力トルクが支持部材に作用することによって、支持部材にねじれが発生し、その動作に悪影響を及ぼすおそれがある。この構成によれば、構造物に設けられたねじれ防止材により、支持部材のマスダンパとの連結部に近い部分を回転不能に係止するので、マスダンパの反力トルクによる支持部材のねじれを防止し、支持部材の円滑な動作を確保することができる。
【0023】
請求項6に係る発明は、請求項1又は2に記載の構造物の制振装置において、支持部材として圧縮側と引張側の剛性が等しい剛性対称の支持部材を用いた場合において、構造物の振動を最小にする支持部材の最適剛性が定点理論に基づいて算出されており、圧縮材の圧縮剛性及び引張材の引張剛性は、圧縮剛性によって定まる圧縮側の固有周期と、引張剛性によって定まる引張側の固有周期との加算平均値が、算出された支持部材の最適剛性によって定まる固有周期に等しくなるように設定されていることを特徴とする。
【0024】
請求項1と異なり、回転マスとともに付加振動系を構成する支持部材が、圧縮側と引張側の剛性が等しい剛性対称である場合には、構造物の振動を最小にする支持部材の最適剛性は、定点理論に基づいて算出することが可能である。一方、請求項1のように、支持部材が、圧縮材及び引張材を有し、圧縮側と引張側の剛性が異なる剛性非対称である場合には、支持部材の最適剛性の設定に定点理論を直接、用いることはできない。
【0025】
この点に関し、後述するように、剛性非対称の支持部材を用いる場合には、圧縮材の圧縮剛性及び引張材の引張剛性を、圧縮剛性によって定まる付加振動系の圧縮側の固有周期と、引張剛性によって定まる付加振動系の引張側の固有周期との加算平均値が、剛性対称の支持部材を用いた場合に算出される、定点理論に基づく支持部材の最適剛性によって定まる付加振動系の固有周期に等しい値に設定することによって、剛性対称の支持部材に対する定点理論に基づく算出解を用いた場合と同等の制振効果が得られることが確認された。したがって、請求項6の上述した構成によれば、剛性対称の支持部材の場合の定点理論に基づく算出解を利用しながら、圧縮材の圧縮剛性及び引張材の引張剛性を容易かつ適切に設定でき、構造物の良好な制振効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明による制振装置を、これを適用した構造物とともに概略的に示す図である。
【
図3】本発明の第1実施形態による制振装置を示す図である。
【
図4】支持部材の(a)引張状態における断面図、(b)圧縮状態における断面図、(c)c-c線に沿う断面図、及び(d)d-d線に沿う断面図である。
【
図6】
図3の歯車モータ式のマスダンパの断面図である。
【
図7】振動時に構造物が揺動する状況を概略的に示す図である。
【
図8】支持部材の他の2つの例を示す断面図である。
【
図9】支持部材のさらに別の例を(a)引張状態において示す断面図、及び(b)圧縮状態において示す断面図である。
【
図10】本発明の第2実施形態による制振装置を示す図である。
【
図12】構造物及び制振装置のシミュレーション解析のモデルを示す図である。
【
図13】シミュレーション解析によって得られた(a)最大応答加速度、及び(b)最大層間変形角を示す図である。
【
図14】シミュレーション解析によって得られた(a)対称モデルにおける鉛直変形量、及び(b)非対称モデルにおける鉛直変形量を示す図である。
【
図15】シミュレーション解析によって得られた(a)相対水平変形量、(b)付加振動系全体の鉛直変形量、(c)マスダンパの鉛直変形量、及び(d)支持部材の鉛直変形量を示す図である。
【
図17】
図16のマスダンパの逆止弁を(a)閉弁位置にある状態、及び(b)開弁位置にある状態で示す断面図である。
【
図18】シミュレーション解析に用いられる主系の諸元を示す表である。
【
図19】シミュレーション解析に用いられる付加振動系の諸元を示す表である。
【
図20】シミュレーション解析によって得られた、主系の水平方向の(a)相対変位応答倍率、及び(b)絶対加速度応答倍率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態を詳細に説明する。
図1に示す構造物Bは、例えば20階建ての高層の建物であり、地盤に設けられた基礎Fに立設されている。第1実施形態による制振装置1は、支持部材2及びマスダンパ3で構成された複数の付加振動系A1と、支持部材2の座屈を防止するための複数の座屈防止材4を備える。制振装置1は、付加振動系A1の固有振動数を、地震時などに振動する構造物Bの固有振動数に同調させることによって、構造物Bの振動エネルギを付加振動系A1で吸収し、抑制するものである。
【0028】
図1及び
図2に示すように、付加振動系A1は、構造物Bの中央よりも下側に配置され、構造物Bの四隅の外側に各2基、計8基、設けられている。
【0029】
各支持部材2は上下方向に延びており、その上端部が構造物Bの中央に設けられた梁などの剛性部材要素Sに連結され、下端部にはマスダンパ3が連結されている。
図3及び
図4に示すように、支持部材2は、引張材としてのPC鋼棒などから成る2本の鋼棒5、5と、圧縮材としてのコンクリート6及び鋼管7と、上下の端部に取り付けられた上下の連結部材8、9などで構成されている。
【0030】
コンクリート6は、鋼管7の内側に一体に設けられており、両者6、7は、上下の端部において互いに面一の状態で、上連結部材8と端板10の間に固定されている。コンクリート6には、上下方向に貫通する2つの挿通孔6a、6aが形成されており、各挿通孔6aに鋼棒5が通されている。鋼棒5は、上端部が上連結部材8にねじ及びナットで固定され、コンクリート6の挿通孔6a及び端板10の孔との間に遊びを有するとともに、下端部が下連結部材9にねじ及びナットで固定されている。
【0031】
以上の構成によれば、鋼棒5とコンクリート6が互いに分離しているため、支持部材2に引張荷重が作用したときには、
図4(a)に示すように、下連結部材9が端板10から離間した状態で、鋼棒5が引張荷重を支持(負担)する。このため、支持部材2の引張剛性K1は、鋼棒5の引張剛性に等しい。
【0032】
一方、支持部材2に圧縮荷重が作用したときには、
図4(b)に示すように、下連結部材9が端板10に接した状態で、コンクリート6及びそれと一体の鋼管7が、圧縮荷重を支持(負担)する。このため、支持部材2の圧縮剛性K2は、コンクリート6と鋼管7の剛性を合わせたものになり、引張剛性K1よりも大きい(
図5(a)参照)。
【0033】
支持部材2の引張剛性K1及び圧縮剛性K2はそれぞれ、鋼棒5の本数、断面積及び長さや、コンクリート6及び鋼管7の断面積及び長さなどを変更することによって、任意に設定することが可能であり、本実施形態では、後述するように設定されている。また、支持部材2の所望の圧縮剛性K2が得られる限り、コンクリート6及び鋼管7の一方を省略することが可能である。
【0034】
また、鋼棒5に導入軸力を与えることで、コンクリート6にプレストレスを与えるようにしてもよい。
図5(b)はその場合の支持部材2の剛性を示しており、引張荷重の作用時、導入軸力を超えるまでは、下連結部材9が端板10から離間しないため、支持部材2の剛性は圧縮剛性K2に等しくなる。
【0035】
図6に示すように、マスダンパ3は、歯車モータ式のものであり、シリンダ12と、シリンダ12内に軸線方向に摺動自在に設けられたピストン13と、ピストン13と一体のピストンロッド14と、シリンダ12に接続された連通路15と、連通路15に設けられた歯車モータMと、歯車モータMに連結された回転マス31を備える。
【0036】
シリンダ12は、円筒状のものであり、周壁12aと第1及び第2端壁12b、12cによって画成された内部空間は、ピストン13によって第1流体室12dと第2流体室12eに区画されている。連通路15は、常時、ピストン13をバイパスし、第1及び第2流体室12d、12eに連通している。第1及び第2流体室12d、12eと連通路15には、作動流体HFが充填されている。
【0037】
また、シリンダ12の第1端壁12bには、凸部12fが一体に設けられており、この凸部12fに、自在継手(図示せず)を介して第1取付具FL1が設けられている。ピストンロッド14は、シリンダ12内を軸線方向に延び、第2端壁12cのロッド案内孔12gを介して外部に突出しており、その先端部に、自在継手(図示せず)を介して第2取付具FL2が設けられている。
【0038】
また、ピストン13には、軸線方向に貫通する第1及び第2連通孔13a、13bが形成されている。第1連通孔13aには第1リリーフ弁21が、第2連通孔13bには第2リリーフ弁22が、それぞれ設けられている。
【0039】
第1リリーフ弁21は、常閉弁として構成され、弁体と、弁体を閉弁方向に付勢するばねを有しており、第1流体室12d内の作動流体HFの圧力が所定の上限値に達したときに、第1連通孔13aを開放する。これにより、第1流体室12d内の作動流体HFの圧力が、第2流体室12e側に逃がされ、上限値以下に制限されることで、その過大化が防止される。
【0040】
第2リリーフ弁22は、第1リリーフ弁21と同様に構成されており、第2流体室12e内の作動流体HFの圧力が上記の上限値に達したときに、第2連通孔13bを開放することによって、第2流体室12e内の圧力が第1流体室12d側に逃がされ、その過大化が防止される。
【0041】
歯車モータMは、連通路15内の作動流体HFの流動を回転マス31の回転運動に変換するものである。歯車モータMは、例えば外接歯車型のものであり、ケーシング32と、ケーシング32に収容された第1ギヤ33及び第2ギヤ34を有する。
【0042】
ケーシング32は、連通路15に設けられており、互いに対向する2つの出入口を介して、連通路15に連通している。また、第1及び第2ギヤ33、34は、第1及び第2回転軸35、36にそれぞれ一体に設けられ、互いに噛み合っている。第1及び第2回転軸35、36は、連通路15に直交するとともに水平に延びている。また、第1回転軸35はケーシング32の外部に突出しており、その先端部に回転マス31が同軸状に一体に設けられている。回転マス31は、比重の比較的大きな材料、例えば鉄で構成され、円板状に形成されている。
【0043】
以上の構成では、シリンダ12とピストン13の間に相対変位が発生すると、ピストン13がシリンダ12内を摺動するのに伴い、作動流体HFが連通路15内を流動することによって、作動流体HFによる粘性減衰効果が得られる。また、この作動流体HFの流動が歯車モータMにより回転運動に変換され、回転マス31が回転することによって、回転マス31による回転慣性質量効果が発揮される。
【0044】
図3に示すように、以上の構成のマスダンパ3は、シリンダ12が、第1取付具FL1を介して基礎Fに連結され、ピストン13が、ピストンロッド14及び第2取付具FL2を介して、支持部材2の下連結部材9に連結されている。なお、このマスダンパ3の連結関係を上下逆にしてもよく、すなわち、ピストン13側を基礎Fに連結し、シリンダ12側を支持部材2に連結してもよい。
【0045】
また、上述した付加振動系A1の支持部材2の引張剛性K1及びマスダンパ3の諸元(回転マス31の回転慣性質量md1、作動流体HFの粘性係数cd1)は、引張剛性K1及び回転慣性質量md1によって定まる付加振動系A1の第1固有振動数fd1(=sqrt(K1/md1)/2π)が、構造物Bの振動モードが1次モードのときの固有振動数(以下「1次固有振動数」という)に同調するように設定されている。この設定は、例えば定点理論に基づいて行われる。
【0046】
一方、支持部材2の圧縮剛性K2は、構造物Bの固有振動数とは無関係に、引張剛性K1に対して非常に大きな値、例えば引張剛性K1の約3倍に設定されている。
【0047】
また、複数の座屈防止材4は、支持部材2の座屈を防止するためのものであり、
図1及び
図2に示すように、構造物Bに1層おきに設けられ、各支持部材2の付近に配置されている。
図3に示すように、座屈防止材4は、例えばアングル材で構成されており、一端部が構造物Bに固定され、外方に水平に突出している。一方、支持部材2の鋼管7には、ガセットプレート7aが一体に設けられ、径方向外方に延びている。座屈防止材4は、その先端部がガセットプレート7aにボルト止めされることによって、支持部材2に連結されている。
【0048】
次に、上述した構成の制振装置1の動作について説明する。地震時などに、
図7に示すように構造物Bが揺動すると、構造物Bの変位が、支持部材2を介してマスダンパ3に伝達される。それに伴い、ピストン13がシリンダ12に対して往復動し、作動流体HFが連通路15内を流動することで、作動流体HFによる粘性減衰効果が発揮されるとともに、作動流体HFの流動が歯車モータMにより回転運動に変換され、回転マス31が回転することで、回転マス31による回転慣性質量効果が発揮される。また、支持部材2に圧縮荷重及び引張荷重が交互に繰り返し作用した状態で、支持部材2及びマスダンパ3から成る付加振動系A1が振動する。
【0049】
前述したように、支持部材2の引張剛性K1及びマスダンパ3の回転慣性質量md1は、付加振動系A1の第1固有振動数fd1が構造物Bの1次固有振動数に同調するように設定されている。これにより、引張荷重の作用時に、付加振動系A1の固有振動数fd1が構造物Bの1次固有振動数に同調することによって、その振動エネルギが付加振動系A1で良好に吸収される。
【0050】
一方、前述したように、支持部材2の圧縮剛性K2は構造物Bの固有振動数とは無関係に設定されているため、付加振動系A1による同調は、圧縮荷重の作用時には行われないものの、引張荷重の作用時に上記のように繰り返し行われる。その結果、全体的な制振効果を大きく低下させることなく、構造物Bの振動を良好に抑制することができる。
【0051】
さらに、上下方向に配置された複数の座屈防止材4によって、支持部材2の水平方向の移動を拘束するので、圧縮荷重による支持部材2の座屈を有効に防止することができる。また、座屈防止材4は、構造物Bと支持部材2にボルトなどで連結されたアングル材で構成されていて、従来の座屈防止機構と比較して構成が非常に単純であるので、支持部材2の座屈防止のためのコストを大幅に削減することができる。
【0052】
図8及び
図9は、支持部材2の他の例を示す。
図8(a)の支持部材2は、
図4の支持部材2から端板10を省略したものである。この構成では、支持部材2の機能を特に損なうことなく、部品点数を削減することができる。
図8(b)の支持部材2は、
図8(a)と比較し、鋼管7をコンクリート6よりも短くするとともに、両者6、7の間に隙間Gを設け、互いに分離したものである。この構成では、鋼管7は、圧縮荷重を支持する圧縮材としては機能せず、コンクリート6のシースとして機能し、コンクリート6の座屈防止に寄与する。
【0053】
図9の支持部材2は、
図8(a)の支持部材2に対し、鋼管7を省略したものであり、(a)は引張状態を、(b)は圧縮状態を示す。また、この支持部材2では、鋼棒5はコンクリート6に定着板41を用いて固定され、上連結部材8はコンクリート6にアンカーボルト42を用いて固定されている。鋼棒5は、挿通孔6aの部分では、コンクリート6と分離しており、鋼棒5の剛性に寄与する有効長さLEは、
図9(a)に示すように、挿通孔6aの内端から下連結部材9までの長さになる。
【0054】
次に、
図10及び
図11を参照しながら、本発明の第2実施形態による制振装置51について説明する。この制振装置51は、第1実施形態の制振装置1と比較し、マスダンパとして、歯車モータ式のマスダンパ3に代えて、ボールねじ式のマスダンパ53を用いた点が、主として異なる。以下、第1実施形態と同じ又は同等の構成要素に同一の参照符号を付し、第1実施形態と異なる部分を中心として説明する。
【0055】
図10に示すように、制振装置51は、支持部材2及びボールねじ式のマスダンパ53で構成された複数の付加振動系A2と、支持部材2の座屈を防止するための複数の座屈防止材4と、マスダンパ53からの反力トルクによる支持部材2のねじれを防止するためのねじれ防止材55を備える。支持部材2及び座屈防止材4の構成は、第1実施形態と同じである。
【0056】
図11に示すように、ボールねじ式のマスダンパ53は、内筒61、ボールねじ62、回転マス63、及び制限機構64を備える。内筒61は、円筒状の鋼材で構成されており、その一端部は開口し、他端部は、自在継手65aを介して第1フランジ65に取り付けられている。
【0057】
また、ボールねじ62は、ねじ軸62aと、ねじ軸62aに多数のボール62bを介して螺合するナット62cを有し、内筒61と同軸状かつ直列に配置されている。ねじ軸62aの一端部は、内筒61に収容されており、ねじ軸62aの他端部は、自在継手66aを介して第2フランジ66に取り付けられている。ナット62cの一端部は、クロスローラベアリング67を介して内筒61に嵌合しており、それにより、ナット62cは、内筒61に回転自在に支持されている。
【0058】
回転マス63は、比重の大きな材料、例えば鉄で構成され、円筒状に形成されている。回転マス63は、内筒61及びボールねじ62の外側に同軸状に配置されている。回転マス63の第1フランジ65側の端部は、ラジアルベアリング68を介して、内筒61に嵌合しており、それにより、回転マス63は内筒61に回転自在に支持されている。また、回転マス63と内筒61の間には、一対のリング状のシール材69、69が設けられている。これらのシール材69、69、回転マス63及び内筒61によって画成された空間には、シリコンオイルなどで構成された粘性体70が充填されている。
【0059】
以上の構成では、内筒61とねじ軸62aの間に相対変位が発生すると、この相対変位がボールねじ62でナット62cの回転運動に変換され、制限機構64を介して回転マス63に伝達されることで、回転マス63が回転する。これにより、内筒61と回転マス63との間に配置された粘性体70による粘性減衰効果が得られるとともに、回転マス63による回転慣性質量効果が発揮される。
【0060】
制限機構64は、マスダンパ53の回転変換動作を制限するものである。制限機構64は、回転マス63とナット62cの間に配置されたリング状の回転滑り材64aと、回転滑り材64aをナット62cに押し付けるとともに、その押付け力を調整するための複数のねじ64b及びばね64cで構成されている。この構成では、マスダンパ53の軸線方向に作用する荷重(軸荷重)が、ねじ64bの締付度合に応じて定まる制限荷重に達すると、回転滑り材64aとナット62cまたは回転マス63との間に滑りが発生することによって、マスダンパ53の回転変換動作が制限され、マスダンパ53の反力の過大化が防止される。
【0061】
図10に示すように、以上の構成のマスダンパ53は、内筒61が、第1フランジ65を介して基礎Fに連結され、ボールねじ62のねじ軸62aが、第2フランジ66を介して支持部材2の下連結部材9に連結されている。なお、このマスダンパ53の連結関係を上下逆にしてもよく、すなわち、ボールねじ62側を基礎Fに連結し、内筒61側を支持部材2に連結してもよい。
【0062】
第1実施形態の場合と同様、上述した付加振動系A2の支持部材2の引張剛性K1及びマスダンパ53の諸元(回転マス63の回転慣性質量md2、粘性流体70の粘性係数cd2)は、引張剛性K1及び回転慣性質量md2によって定まる付加振動系A2の第1固有振動数fd2(=sqrt(K1/md2)/2π)が、構造物Bの1次固有振動数に同調するように設定されている。一方、支持部材2の圧縮剛性K2は、構造物Bの固有振動数とは無関係に、引張剛性K1に対して非常に大きな値、例えば引張剛性K1の約3倍に設定されている。
【0063】
また、ねじれ防止材55は、マスダンパ53からの反力トルクによる支持部材2のねじれを防止するためのものであり、マスダンパ53の直上に配置されている。
図10に示すように、ねじれ防止材55は、例えば鋼製のロッドで構成されており、構造物Bに固定され、外方に水平に突出している。一方、支持部材2の下連結部材9の側面には、上下方向に延びる溝9aが形成されている。ねじれ防止材55は、その先端部が溝9aに係合しており、それにより、支持部材2を上下方向に移動自在にかつ回転不能に係止している。これにより、マスダンパ53の反力トルクによる支持部材2のねじれが防止される。
【0064】
次に、上述した構成の制振装置51の動作について説明する。地震時などに構造物Bが揺動すると、構造物Bの変位が、支持部材2を介してマスダンパ53に伝達される。それに伴い、内筒61とねじ軸62bの間の相対変位がボールねじ62で回転運動に変換され、回転マス63が回転することで、粘性体70による粘性減衰効果が発揮されるとともに、回転マス63による回転慣性質量効果が発揮される。
【0065】
また、支持部材2に圧縮荷重及び引張荷重が交互に繰り返し作用し、支持部材2及びマスダンパ53から成る付加振動系A2が振動する。上述したように、支持部材2の引張剛性K1及び回転マス63の回転慣性質量md2は、第1実施形態の制振装置1と同様に設定されている。したがって、引張荷重の作用時に、付加振動系A2の第1固有振動数fd2が構造物Bの1次固有振動数に同調することによって、構造物Bの振動エネルギを付加振動系A2で良好に吸収し、その結果、全体的な制振効果を大きく低下させることなく、構造物Bの振動を良好に抑制することができる。
【0066】
さらに、構造物Bに設けられたねじれ防止材55により、マスダンパ53に近い支持部材2の下連結材9の部分を回転不能に係止するので、マスダンパ53の反力トルクによる支持部材2のねじれを防止し、支持部材2の円滑な動作を確保することができる。
【0067】
次に、
図12~
図15を参照しながら、本実施形態の制振装置による制振効果を確認するために実施したシミュレーション解析とその結果について、説明する。このシミュレーション解析は、構造物Bの基礎Fに所定の地震波を入力した場合の構造物Bの応答について解析を行ったものである。
【0068】
シミュレーション解析の条件は、以下のとおりである。
図12に示すように、解析用のモデルMは、構造物MBと、支持部材MS及びマスダンパMDから成る複数の付加振動系MAと、複数の座屈防止材MPで構成されている。
【0069】
構造物MBは、
図1の構造物Bと同様に設定されたアスペクト比の大きい建物であり、具体的には、6m×6m×層(階)高4mの20階建て、全体高さは76mである。また、構造物MBの1次固有周期TMB1は、X方向及びY方向に共通で、約2.6sである。付加振動系MAは、構造物MBの高さ40mの位置から下側に計8本、配置されている。
【0070】
マスダンパMDについては、例えば
図6に示す第1実施形態の歯車モータ式のマスダンパ3が想定されており、その諸元は、回転マスの回転慣性質量md=6000ton、作動流体の粘性係数cd=6.3kNs/mm、制限軸力Fr=1200kNである。また、支持部材MSについては、本発明に相当する引張剛性K1よりも圧縮剛性K2が大きい場合(以下「非対称モデル」という)と、比較例として、従来技術に相当する引張剛性K1と圧縮剛性K2が等しい場合(以下「対称モデル」という)を設定した。
【0071】
非対称モデルでは、支持部材MSとして
図4の支持部材2が想定されている。具体的には、引張材は、例えば72φ、L=40mの2本の鋼棒(丸鋼)であり、引張剛性K1=41.7kN/mmである。この場合、付加振動系MAの第1固有周期TMA1は、TMA1=2π・sqrt(md/K1)=約2.4sになり、構造物MBの1次固有周期TMB1(約2.6s)にほぼ一致し、これに同調するように設定されている。
【0072】
一方、圧縮材として、鋼管及びコンクリートを用いるとともに、座屈防止材MPの剛性付与効果を加味し、圧縮剛性K2=125.4kN/mmとし、引張剛性K1の3倍として算定した。また、座屈防止材MPとして、構造物と支持部材を単純に連結する
図3の座屈防止材4を想定した。
【0073】
これに対し、対称モデルでは、支持部材MSは鋼材で構成されており、その引張剛性K1及び圧縮剛性K2は、互いに等しいとともに、非対称モデルの引張剛性K1(=41.7kN/mm)に等しくなるように設定した。また、座屈防止材MPとして、前述した従来の制振装置に設けられた、支持部材が挿入される拘束孔を有し、支持部材の鉛直方向の摺動を許容しつつ水平方向の移動を拘束するような座屈防止材を想定した。
【0074】
基礎Fに入力する地震動(地震波)は、2.6s周期のSin波である。また、解析方法として、平均加速度法を用いた時刻歴応答解析を行うとともに、減衰については瞬間剛性比例型とし、減衰定数を2%とした。なお、上記の非対称モデル及び対称モデルに加えて、さらなる比較例として、マスダンパを設けていない場合(以下「ダンパなしモデル」という)についても、シミュレーション解析を行った。以下、シミュレーション解析の結果について説明する。
【0075】
図13(a)は、構造物MBの各層における最大応答加速度AMAXを示し、
図13(b)は、構造物MBの各層における最大層間変形角θMAXを示す。ここで、最大応答加速度AMAXは、地震動の入力中に各層において得られた応答加速度の最大値を表し、最大層間変形角θMAXは、地震動の入力中に各層において得られた層間変形角の最大値を表す。
【0076】
最大応答加速度AMAXは、いずれのモデルにおいても、上層側ほど大きく、最上層(20層)において最大になる。また、最大応答加速度AMAXは、ダンパなしモデルでは非常に大きく、最上層において約3900mm/s2であるのに対し、非対称モデル及び対称モデルでは、最上層において1400~1600mm/s2であり、ダンパなしモデルの50%未満である。以上から、最大応答加速度AMAXに関し、支持部材とマスダンパで構成される付加振動系によって、制振効果が有効に得られることが分かる。
【0077】
また、最大応答加速度AMAXは、すべての層にわたり、非対称モデルと対称モデルの間でほとんど差がなく、非対称モデルの方がむしろ小さくなっている。すなわち、付加振動系による同調を、引張側のみで行った場合でも、引張側及び圧縮側の両方で行った場合と比較して、最大応答加速度AMAXに関し、遜色のない良好な制振効果が得られることが分かる。
【0078】
一方、最大層間変形角θMAXは、ダンパなしモデルでは6~9層付近において最大になり、その最大値は2/200rad程度で、非常に大きい。これに対し、非対称モデル及び対称モデルでは、最大層間変形角θMAXは、より低い4~7層付近で最大になり、その最大値は0.7/200rad程度であり、ダンパなしモデルの50%未満である。このように、最大層間変形角θMAXに関しても、支持部材とマスダンパで構成される付加振動系によって、制振効果が有効に得られることが分かる。
【0079】
また、最大層間変形角θMAXは、すべての層にわたり、非対称モデルと対称モデルの間でほとんど差がなく、細かく見ると、9層以下では非対称モデルの方が小さく、14層以上では対称モデルの方が小さくなっている。すなわち、付加振動系による同調を、引張側のみで行った場合でも、引張側及び圧縮側の両方で行った場合と比較して、最大層間変形角θMAXに関し、遜色のない良好な制振効果が得られることが分かる。
【0080】
図14(a)及び(b)はそれぞれ、対称モデル及び非対称モデルにおける、支持部材MS(点線)、マスダンパMD(細線)及び付加振動系MA(太線)の鉛直方向の変形量の時間的推移を、一括して示したものである。ここで、マスダンパMDの変形量は、
図12に示す下端位置(基礎Fとの連結位置)L0と上端位置(支持部材MSとの連結位置)L1との間の変形量、支持部材MSの変形量は、その下端位置(マスダンパMDとの連結位置)L1と上端位置L2との間の変形量、付加振動系MA全体の変形量は、その下端位置L0と上端位置L2との間の変形量を表す。
【0081】
また、
図15(a)は構造物MB(地上40m位置)の水平方向の相対変形量を、同図(b)は付加振動系MAの鉛直方向の変形量を、同図(c)はマスダンパMDの鉛直方向の変形量を、同図(d)は支持部材MSの鉛直方向の変形量を、対称モデル(点線)及び非対称モデル(実線)についてそれぞれ併記したものである。
【0082】
図15(a)に示される水平方向の相対変形量は、対称モデルと非対称モデルの間で大きな差異はなく、その最大値は±160mm程度である。なお、地震動の終期において、対称モデルに対する非対称モデルの位相の若干の遅れが認められる。
【0083】
また、付加振動系MAの鉛直方向の変形に関し、
図15(c)に示すように、マスダンパMDの変形量は、対称モデルと非対称モデルの間でほぼ等しい。また、マスダンパMDの変形量は、対称モデルでは、圧縮側(正値側)と引張側(負値側)で互いに対称であり、その最大値が±11mm程度であるのに対し、非対称モデルでは、圧縮側よりも引張側が若干大きい非対称になっており、その最大値は圧縮側で約+12mm、引張側で約-8mmである。
【0084】
また、
図15(d)に示すように、支持部材MSの変形量は、対称モデルでは大きく、圧縮側と引張側で互いに対称であり、その最大値は±10mm程度であるのに対し、非対称モデルでは、対称モデルと比較して全体的に小さいとともに、引張側よりも圧縮側が小さい非対称になっており、その最大値は圧縮側で約+3mm、引張側で約-8mmである。
【0085】
以上の結果、マスダンパMDの変形量と支持部材MSの変形量との和に相当する付加振動系MA全体の変形量は、
図15(b)に示すように、対称モデルでは、圧縮側と引張側で互いに対称で、最大値は±4mm程度であるのに対し、非対称モデルでは、圧縮側と引張側で互いに対称である一方、最大値は±5.5mm程度であり、対称モデルよりも若干大きい(
図14参照)。
【0086】
以上のように、非対称モデルでは、対称モデルと比較して、付加振動系MA全体の変形量が若干大きいものの、位相のずれ効果によって、
図15(a)に示される水平方向の相対変形量は同等であった。すなわち、本実施形態の制振装置によれば、従来の制振装置と比較して、制振効果をさほど低下させることなく、構造物の振動を良好に抑制できることが確認された。
【0087】
次に、非対称モデルにおける支持部材MSの引張剛性K1及び圧縮剛性K2のより詳細な設定方法について説明する。この設定方法は、以下のように、構造物(主系)に対称モデルの支持部材を含む付加振動系を取り付けた場合の支持部材の最適な剛性Kd及び固有周期Tdを定点理論に基づいて算出するとともに、この固有周期Tdに基づき、非対称モデルの引張剛性K1及び圧縮剛性K2を設定するものである。
【0088】
まず、
図18に示すように、主系の諸元は、例えば、質量m=26081ton、固有周期T=5.2sec、塔状比α=6.8である。
【0089】
この主系に、質量比μ(=等価質量(回転慣性質量)md/主系質量m)が6.6である、対称モデルの支持部材を含む付加振動系を取り付けた場合を想定し、主系の相対変位応答倍率を最小化する最適パラメータ(付加系振動数比β、減衰定数hd)を、定点理論に基づく下記の式(1)及び(2)によって算出する。また、算出した最適パラメータに基づき、付加振動系の固有周期Td、剛性Kd(=K1、K2)及び減衰係数cdを、それぞれ下記の関係式(3)~(5)により、付加振動系の諸元として算出する。以上の結果は、
図19のcase1に示されている。
【0090】
【0091】
【0092】
次に、上記の主系に、質量比μ及び減衰定数hdがcase1と同じである、非対称モデルの支持部材MSを含む付加振動系を取り付けた場合の支持部材MSの引張剛性K1及び圧縮剛性K2を、下記の関係式(6)~(8)を用いて算出する。すなわち、圧縮剛性K2と引張剛性K1との剛性比RKを所定値(例えば5)とするとともに、圧縮剛性K2によって定まる固有周期Tdcと引張剛性K1によって定まる固有周期Tdtの加算平均値が、case1の固有周期Tdに等しくなるように、引張剛性K1及び圧縮剛性K2を算出する。以上の結果は、
図19のcase2に示されている。
【0093】
【0094】
また、
図19のcase3は、case2に対して剛性比RKを5から10に変更するとともに、関係式(6)~(8)を用いて、引張剛性K1及び圧縮剛性K2を同様に算出したものである。さらに、case4は、対称モデルの付加振動系に関し、case1に対して質量比μを6.6から3.3に変更したものであり、case5は、非対称モデルの付加振動系に関し、case4に対して、引張剛性K1及び圧縮剛性K2を同様に算出したものである。
【0095】
以上のように諸元が設定されたcase1~case5の付加振動系による制振効果を確認するために、シミュレーション解析を実施した。このシミュレーション解析は、各付加振動系を主系に取り付けた簡略1質点系解析モデルを対象とし、調和地動を入力した場合の主系の応答について、解析を行ったものである。
【0096】
図20は、case1とcase2における、地動に対する主系の水平方向の(a)相対変位応答倍率、及び(b)絶対加速度応答倍率を示す。また、
図20には、case2の引張剛性K1及び圧縮剛性K2の両方を、0.9倍と1.1倍にした場合を併せて示している。この結果から、まず、対称モデルのcase1と非対称モデルのcase2を比較すると、いずれも主系の固有周期T(=5.2sec)の付近で共振するとともに、応答倍率曲線がほぼ重なり合っており、同等の大きな制振効果が得られることが確認された。
【0097】
これに対し、case2の引張剛性K1及び圧縮剛性K2の両方を、0.9倍、1.1倍にした場合には、case2と比較して、主系の固有周期T付近で応答倍率が高くなり、制振効果が低下することが分かる。例えば、相対変位応答倍率の最大値は、case2と比較し、剛性K1、K2が0.9倍のときに1.35倍に、1.1倍のときに1.19倍に、それぞれ増加している。
【0098】
また、図示しないが、case2とcase3を比較すると、剛性比RKの相違にかかわらず、いずれの場合にも主系の固有周期Tの付近で共振するとともに、応答倍率曲線がほぼ重なり合い、同等の大きな制振効果が得られることが確認された。
【0099】
さらに、図示しないが、case4及びcase5については、case1及びcase2と比較して、質量比μが小さい分、制振効果が低下するものの、case4及びcase5のいずれの場合にも主系の固有周期Tの付近で共振するとともに、応答倍率曲線がほぼ重なり合い、同等の制振効果が得られることが確認された。
【0100】
以上のように、主系に対称モデルの支持部材を含む付加振動系を取り付けた場合において、構造物の振動を最小にする支持部材の最適な剛性Kd及び固有周期Tdを定点理論に基づいて算出する。また、この固有周期Tdに基づき、式(6)~(8)を用い、非対称モデルの引張剛性K1及び圧縮剛性K2を、引張側の固有周期Tdtと圧縮側の固有周期Tdcとの加算平均値が定点理論に基づく対称モデルの固有周期Tdに等しくなるように設定する。これにより、対称モデルの支持部材に対する定点理論に基づく算出解を用いた場合と同等の良好な制振効果を得ることができる。また、そのような効果を、等価質量mdと主系質量mとの質量比μや、圧縮剛性K2と引張剛性K1との剛性比RKにかかわらず、得ることができる。
【0101】
次に、
図16及び
図17を参照しながら、マスダンパの変形例について説明する。
図16に示すように、このマスダンパ73は、歯車モータ式であり、
図6のマスダンパ3に代えて用いられるものである。また、マスダンパ73は、マスダンパ3と比較し、逆止弁74を付加することで、圧縮時のダンパ反力が引張時よりも極端に小さい、いわゆる片効きダンパとして構成した点が異なる。以下、マスダンパ3と同じ又は同等の構成要素に同一の参照符号を付するとともに、付加された逆止弁74を中心として説明する。
【0102】
図16に示すように、シリンダ12には、連通路15と並列に第2連通路75が接続されており、第2連通路75に逆止弁74が設けられている。第2連通路75は、常時、ピストン13をバイパスし、第1及び第2流体室12d、12eに連通している。
【0103】
図17に示すように、逆止弁74は、第2連通路75に設けられた弁箱74aと、弁箱74a内に設けられた回動自在の弁体74dを有する。弁箱74aには、第1連通口74b及び第2連通口74cが設けられており、弁箱74aは、これらの連通口74b、74cを介して、第2連通路75に連通している。
【0104】
弁体74dは、弁箱74a内に配置され、軸74eに回動自在に支持されており、
図17(a)に示す閉鎖位置と、
図17(b)に示す開放位置との間で回動する。弁体74dは、閉鎖位置にあるときには第1連通口74bを閉鎖し、開放位置にあるときには第1連通口74bを開放する。
【0105】
以上の構成では、地震時などに構造物Bが揺動するのに伴い、マスダンパ73に引張荷重が作用したときには、ピストン13が第2流体室12e側(
図16の右側)に摺動することで、第2流体室12e内の作動流体HFが第2連通路75に流入し、弁体74dを
図17(a)の閉鎖位置に駆動する。これにより、第2連通路75内の作動流体HFの流れが阻止され、作動流体HFが連通路15だけに流れることによって、回転マス31による大きな回転慣性質量効果が得られ、それに応じてダンパ反力も大きくなる。
【0106】
一方、マスダンパ73に圧縮荷重が作用したときには、ピストン13が第1流体室12d側(
図16の左側)に摺動することで、第1流体室12d内の作動流体HFが第2連通路75に流入し、弁体74dを
図17(b)の開放位置に駆動する。これにより、第2連通路75内の作動流体HFの流れが許容され(
図16及び
図17(b)の白矢印)、その流量の分だけ、連通路15内の流量が減少することによって、回転マス31の回転慣性質量効果が大きく減少し、それに応じてダンパ反力が大きく減少する。
【0107】
以上のように、マスダンパ73は片効きダンパとして構成され、圧縮荷重の作用時には、引張荷重の作用時と比較して、ダンパ反力が非常に小さくなり、それに伴い、支持部材2の圧縮荷重が大幅に低減される。これにより、支持部材2の座屈が発生しにくくなるので、座屈防止材4の断面積及び/又は設置数を低減することが可能になり、支持部材2の座屈防止のためのコストをさらに削減することができる。
【0108】
なお、上記の変形例は、歯車モータ式のマスダンパを片効きダンパで構成した例であるが、
図10に示されるようなボールねじ式のマスダンパを片効きダンパで構成してもよい。そのようなボールねじ式の片効きのマスダンパは、例えば出願人が特開2011-220504号において、ボールねじのナットと回転マスとの間にワンウェイクラッチを配置したマスダンパとして開示されており、このマスダンパを利用することができる。
【0109】
なお、本発明は、説明した実施形態に限定されることなく、種々の態様で実施することができる。例えば、実施形態では、支持部材2の引張材として、PC鋼棒を用いているが、支持部材2の所望の引張剛性K1が得られる限り、PC鋼線やPC鋼より線などの他のPC鋼材や鉄筋の丸鋼などを用いることが可能である。この中で、PC鋼線は、支持部材を現場で施工する際、巻いた状態から繰り出し、下側に垂らしながら容易に取り扱えるという点で、特に有利である。
【0110】
また、支持部材2の圧縮材として、コンクリート及び鋼管あるいはコンクリートのみを用いているが、前述したように、支持部材2の所望の圧縮剛性K2が得られる限り、任意の1種類又は複数種類の構成材を用いることが可能である。例えば、コンクリートを用いずに、鋼管又は他の鋼材例えばH鋼や平鋼を用いてもよく、あるいはH鋼などの鋼材をコンクリートと組み合わせて用いてもよい。
【0111】
また、実施形態では、支持部材2を構造物Bの中央から下側に配置しているが、これに限らず、例えば構造物Bの上下方向の全体にわたって配置してもよい。また、各付加振動系の支持部材2を、全体として1本の支持部材で構成するものとして説明したが、これに限らず、例えば支持部材2が非常に長い場合などには、上下方向に順に連結された複数の支持部材で構成することが可能である。さらに、支持部材2及びマスダンパを含む付加振動系の本数や平面的な配置についても、実施形態で示したものに限らず適宜、変更することが可能である。
【0112】
さらに、実施形態では、座屈防止材4は、アングル材で構成され、構造物Bに固定されているが、これに限らず、座屈防止材4を構造物Bのスラブと一体に形成してもよい。また、実施形態では、座屈防止材4を構造物Bに1層おきに配置しているが、この設置間隔を、支持部材2の断面寸法や圧縮剛性K2などに応じて適宜、変更することが可能である。
【0113】
また、実施形態では、支持部材2の圧縮剛性K2を引張剛性K1の約3倍に設定しているが、これに限らず、良好な制振効果が得られる限り、圧縮剛性K2を増減してもよいことはもちろんである。
【0114】
さらに、実施形態では、引張材の引張剛性及び回転マスの回転慣性質量によって定まる付加振動系の固有振動数を構造物Bの1次固有振動数にほぼ一致させ、同調するように設定している。このような明確な同調に限らず、引張材の引張剛性及び回転マスの回転慣性質量の設定は、構造物Bの1次固有振動数の応答を低下させるものであればよい。例えば、これらの引張剛性及び回転慣性質量によって定まる付加振動系の固有振動数が構造物Bの1次固有振動数に対して比較的、離間している場合でも、構造物Bの1次固有振動数の応答を有効に低下させる限り、任意に採用することが可能である。
【0115】
また、構造物Bの構造については特に限定されず、鉄骨造(S造)や、鉄筋コンクリート造(RC造)、鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)、コンクリート充填鋼管造(CFT造)などのいずれをも制振対象とすることが可能である。本発明は、鉄塔やアスペクト比の大きい構造物に特に有効に適用できる。その他、本発明の趣旨の範囲内で、細部の構成を適宜、変更することが可能である。
【符号の説明】
【0116】
1 制振装置
2 支持部材
3 マスダンパ
4 座屈防止材
5 鋼棒(引張材)
6 コンクリート(圧縮材)
7 鋼管(圧縮材)
8 上連結部材(上連結部)
9 下連結部材(下連結部)
31 回転マス
51 制振装置
53 マスダンパ(ボールねじ式のマスダンパ)
55 ねじれ防止材
63 回転マス
73 マスダンパ(非対称のマスダンパ)
B 構造物
F 基礎(支持体)
A1 付加振動系
A2 付加振動系
K1 支持部材の引張剛性
K2 支持部材の圧縮剛性
md1 回転マス31の回転慣性質量
md2 回転マス63の回転慣性質量
fd1 付加振動系A1の第1固有振動数(固有振動数)
fd2 付加振動系A2の第1固有振動数(固有振動数)