(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-09
(45)【発行日】2024-02-20
(54)【発明の名称】麹菌の液体組織培養物の製造および利用方法
(51)【国際特許分類】
A23J 3/00 20060101AFI20240213BHJP
A23L 31/00 20160101ALI20240213BHJP
C12N 1/14 20060101ALI20240213BHJP
【FI】
A23J3/00 502
A23L31/00
C12N1/14 101
(21)【出願番号】P 2019142481
(22)【出願日】2019-08-01
【審査請求日】2022-07-27
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】見村 晃紀
(72)【発明者】
【氏名】原 圭志
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-269959(JP,A)
【文献】SOUZA Filho et al,Vegan-mycoprotein concentrate from pea-processing industry byproduct using edible flamentous fungi,Fungal Biol Biotechnol,2018年,pp.1-10,https://doi.org/10.1186/s40694-018-0050-9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N、A23J、A23L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体培地で麹菌を培養開始後、増殖した菌体を回収および洗浄する工程を含む、食肉代替用麹菌体の製造方法。
【請求項2】
前記麹菌が、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ソーエ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・グラウカス(Aspergillus glaucus)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamari)、アスペルギルス・ルチュエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus nigar)から選ばれる1種又は2種以上の菌株である、請求項1に記載の食肉代替用麹菌体の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の食肉代替用麹菌体を含有してなる、食肉様食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体培養した麹菌体を主原料とし、肉様の食感を有する挽肉様食品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向が高まり、日々食する食品に対しても、低カロリー、低脂肪等が要求されている。食肉は、タンパク質などの栄養素を豊富に含んでいるため、必要な食品であるが、同時に脂肪分も含むため、過剰摂取によって、メタボリックシンドロームをはじめとする種々の慢性疾患の病因となりうる可能性がある。
また、世界的な人口増から、食肉資源だけでなく、魚類等の動物性たんぱく質資源の枯渇や価格の高騰などが想定される。
【0003】
このようななか、食肉以外から、たんぱく質資源となりうる肉代替素材が開発されている。
このような肉代替品として、植物タンパク質が用いられている。植物のうち大豆は、タンパク質が豊富であり、肉代替品として種々の提案がなされている(特許文献1、2)。
大豆以外の植物性素材として、キノコが用いられている(特許文献3、4)。キノコは、菌糸体を用いるものと子実体を用いることが検討されている。(特許文献5)
【0004】
また、麹菌、麹発酵物を用いた食品が多数知られている。例えば、麦芽エキスを含む培地で麹菌を培養し、菌体を含む発酵物を抽出した麹菌発酵エキスを食品などに直接用いる方法が記載されている(特許文献6)。麹、麹を原料とした飲食品及びその製造方法について記載されている(特許文献7)。紅麹菌を畜肉に作用させることで、味・香り及び食感が改善された畜肉加工食品およびその製造方法が記載されている(特許文献8)。麹菌を飲料類、麺類、菓子類、肉類又は畜肉加工食品、乳製品、油脂加工品、調味料等に添加する飲食品が記載されている。しかし、当特許では成人1日当たりの麹菌の摂取量について「1mg~1000mg」との記載もあり、食品の主原料としての言及はない(特許文献9)。紅麹から抽出したベニコウジ色素を肉代替品の着色に利用することが記載されている(特許文献10)。
このように、麹菌や麹発酵物を用いた食品は多々あるが、麹菌自体を主原料とした食肉代替として利用するなどの食品への使用はなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平10-179098号公報
【文献】特開2012-75358号公報
【文献】特表2009-538128号公報
【文献】特開2018-50607号公報
【文献】特開昭64-23874号公報
【文献】特開2015-123013号公報
【文献】特開2016-086807号公報
【文献】特開2007―174916号公報
【文献】特開2019-030229号公報
【文献】特開2011-072264号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
簡便な方法により麹菌を液体培養後、集菌洗浄した麹菌体を主原料として用い、挽肉様食品を提供すること。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究の中で、適当な窒素源および糖源を有する液体培地において、麹菌を培養後、洗浄した麹菌体と各種調味料または小麦、パン粉等の食品素材を混合し加工することによって挽肉様食品を得た。この挽肉様食品は、これまで食肉代替分野で課題とされていた、穀物臭やキノコ臭といった好ましくない風味を抑えることができる事を見出した。
【0008】
(1)液体培地で麹菌を培養開始後、増殖した菌体を回収および洗浄する工程を含む、食肉代替用麹菌体の製造方法、
(2)前記麹菌が、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ソーエ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・グラウカス(Aspergillus glaucus)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamari)、アスペルギルス・ルチュエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus nigar)から選ばれる1種又は2種以上の菌株である、請求項1に記載の食肉代替用麹菌体の製造方法、
(3)前記(1)に記載の食肉代替用麹菌体を含有してなる、食肉様食品の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、肉代替素材として、利用でき、麹菌に由来する風味は少ないため、たんぱく質を含む素材としても好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、麹菌を培養し、肉代替素材として利用できる組成物及びその製造方法を提供する。
【0012】
本発明で使用する麹菌としては、清酒や焼酎、泡盛、味噌、醤油などの食品製造において用いられてきた麹菌を利用することができる。これらの麹菌は、発酵食品の製造に欠かすことができない微生物であり、人への安全性において優れたものと考える。具体的には、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ソーエ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・グラウカス(Aspergillus glaucus)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamari)、アスペルギルス・ルチュエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus nigar)などの菌株を用いることができる。これら麹菌は、例えば、株式会社樋口松之介商店などから入手可能である。
【0013】
本発明の麹菌は、麹の菌株を液体培養し得られた菌体自体のことである。一般的に、麹は、米、麦、大豆などの穀物に麹菌を付着させて繁殖させた固体培養法で得られたものを意味しており、固体培養法で得られた麹菌が各種食品に利用されている。この固体培養法で得られた麹菌と本発明の液体培養で得られる麹菌体とは異なるものである。
【0014】
本発明は、液体培地を用いるが、培地としては、食用として菌糸体培養に用いることができるものを使用することができる。例えば、YPD培地、PDA培地などと同等の成分とするものを使用することができる。炭素源としては、一般的に菌糸体培養に利用されているものを使用できる。例えば、単糖類や二糖類、三糖以上の多糖類、デンプン、さらに、ショ糖製造時に副産物として生じるモラセス(廃糖蜜)のような混合糖類などを利用でき、特に制限は無い。好ましくはグルコース、マルトース、ラミナリビオースである。また、通常の麹菌体を液体培養する際に添加されるものを使用することができる。例えば、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、ペプトン、酵母エキス、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、ふすま、肉エキス等の窒素源、カリウム塩、マグネシウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マンガン塩、鉄塩、亜鉛塩等の無機塩を添加することができる。さらに、ビタミン、アミノ酸などを添加してもよい。
【0015】
本発明の液体培養は、流動性を有すればよく、固形物を含んでいても良い。例えば、母エキス等の製造により副生される酵母菌体残渣、醸造調味料又は日本酒や焼酎の製造により副生される麹粕などのような液体中に分散する固形物を培地中に添加しても良い。一方で、麹菌の液体培養による酵素生産後に副生される麹菌体残渣を、そのまま素材として用いても良い。
【0016】
培養中の温度は、麹などの菌糸体で一般に採用される温度で培養でき、特に制限はない。培地のpHは、特に一般的な条件を採用でき、例えば約3~8程度に調整し、培養温度も通常採用される条件で良く、約20~40℃、好ましくは約25~35℃程度、培養期間1~10日間、好ましくは3~6日間程度好気的条件下で培養する。
【0017】
本発明は、前記までの培養条件で、培養法としても、一般的な液体培養法で用いられる方法が採用でき、例えば振盪培養法、ジャー・ファーメンターによる好気的培養法が利用できる。バッチ培養、または連続培養や通電による電気培養法も利用できる。一般的には、通気撹拌培養による振とう培養が採用され、溶存酸素は高いほうがよく、1ppm以上が好ましい。
【0018】
麹菌を液体培養すると、培養により、麹菌が凝集し、球体、略球体、錠剤のような形態となるペレット状、又は線状、線維状のようなファイバー状(フィラメント状)となる場合がある。
本発明は、培養後の菌糸形態は、特に制限はなく、前述のような、ペレット状、ファイバー状でもよく、また、凝集しない形態であっても良いく、ペレット状、ファイバー状の混合物、ペレット状と凝集していない菌糸体との混合、ファイバー状と凝集していない菌糸体との混合でもよい。菌糸形状の調整は、当業者であれば、培養条件により適宜調整できる。また凝集しない麹菌糸体としては、例えばWO2018/203566の記載の方法などで得ることができる。
本願のファイバー状とは、ヌッチェ等で脱水した菌糸体が、完全にシート状になるものをさす。対して、ペレット状とは、ヌッチェ等で脱水した後も菌糸塊を一部もしくは完全に保持している形態をさす。
【0019】
培養液から麹菌を回収する工程としては特に限定されず、回収方法としては、特に限定されず、公知の分離方法、例えば、遠心分離、ろ過分離、圧搾分離、スライドカルチャー分離等を適宜用いることができる。
【0020】
培養液から回収した麹菌は、そのまま、肉代替食品として用いることができる。また、培養液から回収した麹菌は、乾燥してから、使用することもできる。乾燥方法は、公知の方法を採用することができ、特に制限はない。
【0021】
本発明の麹菌は、食肉代替素材として単独で使用することができるが、大豆やおからなどの根菜類、パン粉などの穀物類、植物性たんぱく質の加水分解物(HVP)などの植物性たんぱく質素材、卵、卵白などを1種以上混合しても良い。さらに、肉代替素材として、食肉を使用しない食品だけでなく、食肉と本願発明の菌糸体を混合しても良い。
【0022】
本発明の麹菌単独又は、前段に例示した成分と混合したものを、例えば、ハンバーグ、ミートボールなどの食肉主体の食品、ギョーザ、シューマイ、肉まんなどの中具、ソーセージ、ハム、ベーコンなどの食肉加工品に使用される畜肉の代替として用いることで、食肉様食品とすることができる。
さらに、例えば、ハンバーグ中の畜肉の一部本発明の麹菌に置き換えるなど、畜肉の挽肉の一部を本発明品に置き換えて、本発明品を挽肉様として使用することもできる。
【実施例】
【0023】
以下に、本願発明を具体的に示すが、本願発明は、これに限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
(1)麹菌の調製
麹菌は、A. oryzaeの麹菌粉末を液体培養に供試した。
(2)液体培地の調製
培養は全て液体培地で実施した。グルコース4%、酵母エキス0.6%、ペプトン1.0% 、pH6.5とした。
(3)麹菌の培養および集菌洗浄後の麹菌体の取得
麹菌の培養は300ml三角フラスコを用いて実施した。300ml三角フラスコに前述の基本液体培地を100ml張り込んだ後、121℃20分滅菌処理後、麹菌粉末を植菌した。30℃インキュベーター内、回転数130rpmで96時間振とう培養を行った。培養終了後、培養液をろ紙(ADVANTEC社製7C)でろ過して麹菌体を集菌した。回収した麹菌体は純粋で3回洗浄して培地由来の成分を取り除き、最終的に圧搾と吸引により水分を可能な限り取り除くことで、麹菌体を取得した。得られた麹菌体を試料とした。
【0025】
実施例1で得られた菌糸体中のタンパク質含量を測定した。測定結果は、表1に示す。
なお、タンパク質の測定方法は、ケルダール法(「五訂日本食品標準成分表分析マニュアル」における窒素-タンパク質換算係数に従い、全窒素量に6.25を掛けてタンパク質量を算出)で測定した。
【0026】
【実施例2】
【0027】
(ハンバーグの製造)
実施例1で得られた麹菌体を用いて、ハンバーグを作成した。麹菌糸体20g、パーム油(ユニショート MJ 不二製油社製)2g、強力粉(強力小麦粉 日清製粉社製)1gを混合し、常法によりハンバーグを製造した。焼成前後の写真を
図1に示す。
【0028】
(電子顕微鏡)
実施例1で得られた麹菌体を電子顕微鏡により観察した(
図2)。