(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-09
(45)【発行日】2024-02-20
(54)【発明の名称】体内における薬物動態を制御する組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 47/34 20170101AFI20240213BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20240213BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20240213BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240213BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20240213BHJP
【FI】
A61K47/34
A61K47/42
A61K31/7088
A61K48/00
A61K35/76
(21)【出願番号】P 2020506543
(86)(22)【出願日】2019-03-12
(86)【国際出願番号】 JP2019009919
(87)【国際公開番号】W WO2019176916
(87)【国際公開日】2019-09-19
【審査請求日】2022-03-10
(31)【優先権主張番号】P 2018043880
(32)【優先日】2018-03-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム、COI拠点「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】514299594
【氏名又は名称】公益財団法人川崎市産業振興財団
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】片岡 一則
(72)【発明者】
【氏名】大澤 重仁
(72)【発明者】
【氏名】内田 智士
(72)【発明者】
【氏名】林 光太朗
(72)【発明者】
【氏名】ディリサラ アンジャネユル
(72)【発明者】
【氏名】藤 加珠子
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-105802(JP,A)
【文献】国際公開第2018/038155(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/178431(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/162041(WO,A1)
【文献】特許第6198201(JP,B2)
【文献】The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics,Vol.296,2001年,pp.1006-1012
【文献】Biomaterials,2012年,Vol.33,pp.6551-6558
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/00-47/69
A61K 31/00-31/80
A61K 48/00
A61K 35/00-35/768
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊離形態の多価カチオンと薬物とを含む組成物であって、
遊離形態の多価カチオンは、非電荷親水性ポリマーブロックとカチオン性ポリマーブロックを含む生体適合性のブロック共重合体であり、カチオン性ポリマーブロックは、カチオン性天然アミノ酸、またはカチオン性の側鎖を有する非天然アミノ酸を含み、
前記遊離形態の多価カチオンを含まない対照組成物中の薬物と比較して、薬物動態の制御を受けており、薬物動態の制御は、前記薬物の血中からのクリアランスの低減を含む、
組成物{但し、前記薬物が多価カチオンを含むキャリアに内包されている場合に、前記遊離形態の多価カチオンと前記キャリアに含まれる多価カチオンとが同一である場合を除く}。
【請求項2】
遊離形態の多価カチオンを有効成分として含む、体内における薬物の動態
の制御に用いるための組成物であって、
遊離形態の多価カチオンは、非電荷親水性ポリマーブロックとカチオン性ポリマーブロックを含む生体適合性のブロック共重合体であり、カチオン性ポリマーブロックは、カチオン性天然アミノ酸、またはカチオン性の側鎖を有する非天然アミノ酸を含み、
組成物は、前記薬物とは別々に投与され
る、
組成物。
【請求項3】
非電荷親水性ポリマーブロックが、ポリエチレングリコールまたはポリオキサゾリンである、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
カチオン性ポリマーブロックが、ポリリジン、ポリオルニチン、または-(NH-(CH
2
)
2
)
p
-NH
2
で表される基{ここで、pは1~5の整数である。}を側鎖として有するアミノ酸のポリマーを含む、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項5】
薬物動態の制御が、血中からのクリアランスの
低減を含む、
請求項2~4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
薬物動態の制御が、肝臓の類同内皮細胞による血中からの薬物の排泄能の低減
を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
薬物動態の制御が、腎臓による血中からの薬物の排泄能の低減
を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
薬物動態の制御が、標的臓器または組織への薬物の送達量の増加
を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
薬物動態の制御が、脾臓への薬物の送達量の増加
を含む、請求項1~6に記載の組成物。
【請求項10】
薬物動態の制御が、薬物の血中滞留性の増大
を含む、請求項2に記載の組成物。
【請求項11】
動態が制御される薬物よりも先に投与される、請求項2に記載の組成物。
【請求項12】
動態が制御される薬物と同時に投与される、請求項2に記載の組成物。
【請求項13】
動態が制御される薬物よりも後に投与される、請求項2に記載の組成物{但し、前記投与は、前記薬物が血中に滞留している間に行われることを条件とする}。
【請求項14】
動態が制御される薬物が、薬物送達用キャリアに内包された薬物である、請求項1~13のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項15】
動態が制御される薬物が、
核酸を内包したウイルスまたはウイルスベクターを含む、請求項1~13のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項16】
動態が制御される薬物が、
核酸を内包したアデノ随伴ウイルスベクターである、請求項1~13のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項17】
脾臓に薬物を送達することに用いるための、請求項16に記載の組成物。
【請求項18】
遊離形態の多価カチオンを有効成分として含む、体内における薬物の動態を制御することに用いるための組成物であって、
組成物は、前記薬物とは別々に投与されるか、または、
前記組成物は、前記薬物を含むが、前記遊離形態の多価カチオンは、前記組成物中で前記薬物と複合体を形成しておらず、
遊離形態の多価カチオンは、非電荷親水性ポリマーブロックとカチオン性ポリマーブロックを含む生体適合性のブロック共重合体であり、カチオン性ポリマーブロックは、カチオン性天然アミノ酸、またはカチオン性の側鎖を有する非天然アミノ酸を含み、
動態が制御される薬物が、核酸であり、当該核酸は、前記遊離形態の多価カチオンとは異なる種類の多価カチオンと複合体を形成している
、組成物。
【請求項19】
非電荷親水性ポリマーブロックが、ポリエチレングリコールまたはポリオキサゾリンである、請求項18に記載の組成物。
【請求項20】
カチオン性ポリマーブロックが、ポリリジン、ポリオルニチン、または-(NH-(CH
2
)
2
)
p
-NH
2
で表される基{ここで、pは1~5の整数である。}を側鎖として有するアミノ酸のポリマーを含む、請求項18または19に記載の組成物。
【請求項21】
ポリエチレングリコールが、分岐型
ポリエチレングリコールである、請求項1~18のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項22】
動態が制御される薬物が、薬物送達用キャリアに内包された薬物であり、薬物送達用キャリアが、脂質ベースの小胞である、請求項18~21のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体内における薬物動態を制御する組成物(例えば、薬物の分布を変更し、薬物の代謝を抑制し、または薬物の排泄を抑制するための組成物)、特に、肝臓の類同内皮細胞による薬剤(例えば、医薬活性成分や薬剤送達用のキャリア)の血中からのクリアランスの抑制剤に関する。本発明はまた、腎臓による薬物の血中からのクリアランスの抑制剤に関する。本発明はまた、脾臓へ薬物送達量を増加させるための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
体内での薬物動態は、医薬品開発において重要な意味を有する。例えば、血中薬物濃度が、医薬品の効果を発揮させるために重要であることは言うまでも無い。血中薬物濃度は、薬物の吸収、分布、代謝、排泄の4つの過程によって決定される。特に、薬物の代謝および薬物の排泄(クリアランス)は、血中薬物濃度の重要な決定因子である。
【0003】
ところで、プラスミドDNAの血中安定性を高める技術として、親水性ブロック-温度応答性ブロック-ポリカチオン性ブロックからなる三元共重合体が開発されている(非特許文献1)。この三元共重合体は、プラスミドDNAと低温で混合するとミセルを形成する。このミセルでは、プラスミドDNAは前記三元共重合体のポリカチオン性ブロックと複合体を形成する。その後、温度を上昇させると、温度応答性ブロックが親水性から疎水性に変化し、これによりプラスミドDNAを覆う疎水性の中間層を形成させ、これをDNAの保護層として用いる技術である。しかし、mRNAの血中安定性が大きく改善されたミセル製剤技術はいまだ知られていない。また、親水性セグメントとカチオン性セグメントとの共重合体と核酸を、電荷を中和するように複合体とする方法が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Osawa S. et al., Biomacromolecule, 17(1):354-361, 2016
【発明の概要】
【0006】
本発明は、薬物動態を制御するための組成物(例えば、薬物の分布を変更し、薬物の代謝を抑制し、または薬物の排泄を抑制するための組成物)、特に、肝臓の類同内皮細胞による薬剤(例えば、医薬活性成分や薬剤送達用のキャリア)の排泄能の抑制剤を提供する。本発明はまた、腎臓による薬物の血中からの排泄能の抑制剤を提供する。
【0007】
本発明者らは、多価カチオン(特に、生体適合性を高めるためにポリエチレングリコールによって修飾した多価カチオン)が、肝臓の類同内皮細胞の血管内面および腎臓の血管内皮の血管内面に局在すること、および、血中からの薬物の排泄能を低減させることを見出した。本発明者らはさらにまた、多価カチオンが脾臓を含む様々な臓器または組織への薬物送達量を増加させることを見出した。
本発明は、このような知見に基づくものである。
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
【0009】
(1A)多価カチオンを有効成分として含む、体内の薬物動態を制御することに用いるための組成物{ここで、多価カチオンはカチオン性ポリマーであってもよい}。
(2A)多価カチオンが、親水性ポリマーブロックとの結合体の形態である、上記(1A)に記載の組成物。
(3A)多価カチオンが、2本以上の親水性ポリマー鎖を有するカチオン性ポリマーである、上記(1A)に記載の組成物。
(4A)多価カチオンが、カチオン性ポリマーブロックと分岐ポリエチレングリコールとのブロック共重合体である、上記(2A)に記載の組成物。
(5A)薬物動態の制御が、血中からのクリアランスの制御である、上記(1A)~(4A)のいずれかに記載の組成物。
(6A)薬物動態の制御が、肝臓の類同内皮細胞による血中からの薬物の排泄能の低減である、上記(1A)~(5A)のいずれかに記載の組成物。
(7A)薬物動態の制御が、腎臓による血中からの薬物の排泄能の低減である、上記(1A)~(5A)のいずれかに記載の組成物。
(8A)薬物動態の制御が、標的臓器または組織への送達量の増加である、上記(1A)~(6A)のいずれかに記載の組成物。
(9A)薬物動態の制御が、脾臓への送達量の増加である、上記(1A)~(6A)のいずれかに記載の組成物。
(10A)薬物動態の制御が、薬物の血中滞留性の増大である、上記(1A)~(4A)のいずれかに記載の組成物。
(11A)動態が制御される薬物よりも先に投与される、上記(1A)~(10A)のいずれかに記載の組成物。
(12A)動態が制御される薬物と同時に投与される、上記(1A)~(10A)のいずれかに記載の組成物。
(13A)動態が制御される薬物よりも後に投与される、上記(1A)~(10A)のいずれかに記載の組成物{但し、前記投与は、前記薬物が血中に滞留している間に行われることを条件とする}。
(14A)多価カチオンが、遊離形態である、または遊離形態で投与される、上記(1A)~(13A)のいずれかに記載の組成物。
(15A)動態が制御される薬物が、薬物送達用キャリアに内包された薬物である、上記(1A)~(14A)のいずれかに記載の組成物。
(16A)(1A)~(15A)のいずれかに記載の組成物を使用することを特徴とする薬物動態の制御方法。
【0010】
本発明によればまた、以下の発明が提供される。
(1B)カチオン性ポリマーを有効成分として含む、体内の薬物動態を制御することに用いるための組成物。
(2B)カチオン性ポリマーが、親水性ポリマーブロックとの結合体(例えば、共重合体)の形態である、上記(1B)に記載の組成物。
(3B)カチオン性ポリマーが、2本以上の親水性ポリマー鎖を有するカチオン性ポリマーである、上記(1B)に記載の組成物。
(4B)カチオン性ポリマーが、カチオン性ポリマーブロックと分岐ポリエチレングリコールとのブロック共重合体である、上記(2B)に記載の組成物。
(5B)薬物動態の制御が、血中からのクリアランスの制御である、上記(1B)~(4B)のいずれかに記載の組成物。
(6B)薬物動態の制御が、肝臓の類同内皮細胞による血中からの薬物の排泄能の低減である、上記(1B)~(5B)のいずれかに記載の組成物。
(7B)薬物動態の制御が、腎臓による血中からの薬物の排泄能の低減である、上記(1B)~(5B)のいずれかに記載の組成物。
(8B)薬物動態の制御が、標的臓器または組織への送達量の増加である、上記(1B)~(6B)のいずれかに記載の組成物。
(9B)薬物動態の制御が、脾臓への送達量の増加である、上記(1B)~(6B)のい
ずれかに記載の組成物。
(10B)薬物動態の制御が、薬物の血中滞留性の増大である、上記(1B)~(4B)のいずれかに記載の組成物。
(11B)動態が制御される薬物よりも先に投与される、上記(1B)~(10B)のいずれかに記載の組成物。
(12B)動態が制御される薬物と同時に投与される、上記(1B)~(10B)のいずれかに記載の組成物。
(13B)動態が制御される薬物よりも後に投与される、上記(1B)~(10B)のいずれかに記載の組成物{但し、前記投与は、前記薬物が血中に滞留している間に行われることを条件とする}。
(14B)カチオン性ポリマーが、遊離形態である、または遊離形態で投与される、上記(1B)~(13B)のいずれかに記載の組成物。
(15B)動態が制御される薬物が、薬物送達用キャリアに内包された薬物である、上記(1B)~(14B)のいずれかに記載の組成物。
(16B)(1B)~(15B)のいずれかに記載の組成物を使用することを特徴とする薬物動態の制御方法。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、肝臓および腎臓へのキャリア蓄積(イオンコンプレックス)に対するカチオン性ポリマーの効果を示す図である。
【
図2】
図2は、脳への薬物蓄積に対する多価カチオンの効果を示す図である。
【
図2A】
図2Aは、肝臓や腎臓以外の臓器では、mRNAの蓄積が増加することを示す図である。
【
図3】
図3は、肝臓(上パネル)および腎臓(下パネル)へのキャリア蓄積(リポプレックス)に対する多価カチオンの効果を示す図である。
【
図3A】
図3Aは、肝臓や腎臓以外の臓器では、mRNAの蓄積が増加することを示す図である。
【
図4】
図4は、肝臓の類同内皮細胞の血管内面への多価カチオンの蓄積を示す図である。特に類同内皮細胞の内面を多価カチオンが被覆していることが示される。
【
図5】
図5は、末梢(耳)の血管内皮細胞の血管内面への多価カチオンの蓄積を示す図である。末梢の血管内皮細胞では、実質的な多価カチオンの被覆や蓄積は観察されない。
【
図6】
図6は、核酸内包キャリアの血中滞留性に対する多価カチオンの効果を示す図である。
【
図7】
図7は、肝臓の類同内皮細胞の血管内面への核酸内包キャリアの蓄積に対する多価カチオンの効果を示す図である。
【
図8】
図8は、本発明の多価カチオンがアルブミンとは実質的には相互作用しないことを示す図である。
【
図9】
図9は、多価カチオンによるmRNAのリポプレックスの脾臓への集積に対する効果を示す図である。
【
図10】
図10は、bPEG-PLL、PEG-PLLおよびbPEGの血中滞留性を示す図である。
【
図11】
図11は、bPEG-PLLの肝臓類同内皮細胞の管腔側内壁における存在量の経時変化を示す図である。
【
図12】
図12は、多価カチオンによるウイルス粒子の各臓器への蓄積性への影響を、示す図である。
【
図13】
図13は、多価カチオンによるウイルス粒子の各臓器への蓄積性への影響を示す図である。
【発明の具体的な説明】
【0012】
本明細書では、「対象」とは、ヒトを含む哺乳動物である。対象は、健常の対象であってもよいし、何らかの疾患に罹患した対象であってもよい。対象は、哺乳動物、例えば、ヒトであり、特に、本発明のミセルの投与が有益である哺乳動物、例えば、ヒトであり得る。
【0013】
本明細書では、「薬剤送達用の」とは、生体適合性であること、および、薬剤をキャリアに内包できることを意味する。本明細書では、「薬剤送達用の」とは、薬剤の血中残存時間を、裸の薬剤の血中残存時間と比べて長期化する用途、または、所定の組織への薬剤の送達量を向上させる用途を意味することがある。
【0014】
本明細書では、「キャリア」は、物質を内包できる微粒子や中空微粒子を指す。キャリアは、好ましくは生体適合性の外殻または修飾を有する。キャリアとしては、特に限定されないが例えば、リポソームおよびミセルが挙げられ、特にリン脂質等によって構成されるリポソームが挙げられる。
【0015】
本明細書では、「ミセル」とは、高分子などの分子が集合して形成されるキャリアを意味する。ミセルとしては、界面活性剤などの両親媒性分子により形成されるミセル、および、ポリイオンコンプレックスにより形成されるミセル(PICミセル)が挙げられる。ミセルは、生物学的利用能の改善の観点では、その外表面を非電荷親水性鎖で修飾することが好ましい。
【0016】
本明細書では、「平均分子量」は、特に断りの無い限り、数平均分子量を意味する。
【0017】
本明細書では、「重合度」は、ポリマーにおける単量体単位の数を意味し、「平均重合度」は、特に断りのない限り数平均重合度を意味する。
【0018】
本明細書では、「カチオン性ブロック」および「カチオン性ポリマー」とはそれぞれ、カチオン性の単量体を含む単量体単位を重合させて得られ、全体としてカチオン性であるポリマーブロックおよびポリマーを意味する。カチオン性ポリマーには、ホモカチオン性ポリマー、ホモカチオン性ポリマーと非電荷親水性鎖とが連結したポリマー等が挙げられる。カチオン性ポリマーが他のポリマーとブロック共重合体を形成しているとき、カチオン性ポリマー部分は、カチオン性ブロックと呼ばれることがある。本明細書では、カチオン性ポリマーは、薬学的に許容されるカチオン性ポリマーである。本明細書では、「多価カチオン」とは、カチオン性である分子のうち、カチオンの性質を示す基を分子内に複数有する分子をいう。本明細書では、「多価カチオン」は、血液環境において分子全体としてカチオン性を有しうる。多価カチオンとしては、カチオン性ポリマー、カチオン性デンドリマーなどの、血液環境においてカチオン性である分子が挙げられる。多価カチオンは、生体適合性を有する多価カチオンである。本明細書では、「デンドリマー」とは、コアとなる1つの原子から複数段階の分岐を有する分子をいう。
【0019】
本明細書では、「親水性ブロック」とは、水性媒体に対して溶解性を示すポリマー鎖を意味し、親水性ポリマーブロックということがある。する。本発明では、非電荷親水性鎖は、薬学的に許容される非電荷親水性鎖である。このような親水性鎖としては、ポリエチレングリコール(PEG)やポリ(2-エチル-2-オキサゾリン)が挙げられる。非電荷親水性鎖は、局所的にも全体的にも電荷が中和されている限り、極性原子を有していてもよい。親水性ブロックは、分岐を含んでいても、含んでいなくてもよい。親水性ブロックが分岐点を有する場合には、分岐点の数は、1つまたはそれ以上であり得る。
【0020】
本明細書では、「温度応答性ブロック」および「温度応答性重合体」とはそれぞれ、温度に依存して親水性から疎水性に変化することができるポリマーブロックおよびポリマーを意味する。温度に依存して親水性から疎水性に変化する物質は様々知られており、例えば、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)やポリ(2-n-プロピル-2-オキサゾリン)、ポリ(2-イソプロピル-2-オキサゾリン)が挙げられる。温度応答性のポリマーは、下限臨界共溶温度(LCST)を有し、LCST未満では親水性であり、LCST以上では疎水性である。温度応答性重合体は、温度応答性ブロックを含んでなる。ある態様では、温度応答性重合体は、温度応答性ブロックと親水性ブロックとを含む。ある態様では、温度応答性重合体は、カチオン性ブロックを有しない。温度応答性重合体は、温度応答性ブロックから本質的になる重合体であっても、温度応答性ブロックからなる重合体であってもよい。下限臨界共溶温度(LCST)は、好ましくは、4℃以上40℃以下であり得、特にヒト等の対象の体温よりも低くすることができる。
【0021】
本明細書では、「三元共重合体」または「トリブロック共重合体」とは、異なるポリマーブロックを3つ含むブロック共重合体を意味する。各ブロックは、リンカーやスペーサーを介して連結していてよい。三元共重合体は、3つの異なるブロック、A、BおよびCをこの順番で含む場合には、「A-B-C」と表記することができる。記号「-」は、結合、またはリンカー若しくはスペーサーであり得る。三元共重合体は、3つの異なるポリマーブロックを含んでいる限り、他の異なるポリマーブロックを含んでいてもよい。三元共重合体は、3つの異なるポリマーブロック「A-B-C」から本質的になる、または「A-B-C」からなるものであってもよい。
【0022】
本明細書では、「外殻」とは、RNAを包む保護層を意味する。外殻は、必ずしも最外殻に存在することを意味するものではない。本明細書では、「保護層」は、それが無い場合と比較して、RNase等の分解酵素による分解からRNAを保護することができる。
【0023】
本明細書では、「を含んでなる」(comprise)とは、「からなる」(consist of)および「から本質的になる」(essentially consist of)を含む意味で用いられる。「を含んでなる」とは、対象となる構成要素以外の構成要素を含んでいてもよいことを意味し、「からなる」とは、対象となる構成要素以外の構成要素を含まないことを意味する。本明細書では、「から本質的になる」とは、対象となる構成要素以外の構成要素を特別な機能を発揮する態様(発明の効果を完全に喪失させる態様など)では含まないことを意味する。
【0024】
本明細書では、「AとBとを別々に投与する」またはその類似表現は、AとBとを時間的に別々に投与すること、および、AとBとを混合せずにそれぞれを同時に投与することを含む意味で用いられる。
【0025】
本明細書では、「クリアランス」とは、薬物の代謝および薬物の排泄をいう。例えば、クリアランスは、薬物が代謝により減少すること、または血中から薬物が排泄されて減少することであり得る。クリアランスにより薬物はその血中滞留性を低下させることが知られている。
【0026】
本明細書では、「標的臓器または組織」とは、投与する薬物を送達させたい臓器または組織をいう。投与する薬物の種類、投与対象の患者の種類によって、標的臓器または組織は異なるであろう。「標的臓器または組織」という用語は、当該臓器または組織だけに薬物を送達することを意味する用語ではなく、標的臓器または組織に薬物が送達される限り、当該臓器または組織以外の臓器または組織に薬物が送達されてもよいことを意味するものとする。「標的臓器または組織」への薬物の送達は、好ましくは、当該標的臓器または組織に選択的であることが好ましい。ここで「選択的である」とは、当該標的臓器または組織に対して、それ以外の臓器または組織に対するよりも多く薬物が集積することを意味する。
【0027】
後述される実施例に示されたように、多価カチオンを血中に投与すると、多価カチオンは肝臓の類同内皮細胞や腎臓の血管内皮細胞の管腔側内壁に集積し、血管内壁を被覆した。また、この結果として、多価カチオンは、肝臓の類同内皮細胞や腎臓の血管内皮細胞による薬物のクリアランスを低下させ、薬物の血中滞留性を向上させた。従って、本発明によれば、カチオン性ポリマーに代表される多価カチオンは、体内の薬物動態を制御することに用い得る。
本発明によればまた、カチオン性ポリマーは、体内の薬物動態を制御することに用いることができる。
ここで、薬物動態の制御とは、薬物動態の改善または変更である。薬物動態の制御としては、クリアランスの制御が挙げられる。薬物動態の制御は、より具体的には、肝臓の類同内皮細胞による血中からの薬物の排泄能の低減が挙げられる。薬物動態の制御としてはまた、腎臓による血中からの薬物の排泄能の低減が挙げられる。薬物動態の制御としてはさらに、標的臓器への送達量の増加が挙げられる。薬物動態の制御としてはさらにまた、脾臓への薬物の送達量の増加が挙げられる。薬物動態の制御としてはさらにまた、薬物の血中滞留性の増大が挙げられる。
このように、本発明では、カチオン性ポリマーなどの多価カチオンを用いることにより、血中の薬物の肝臓の類同内皮細胞による代謝またはそれを通しての排泄を抑制し、腎臓による代謝または排泄を抑制し、薬物の血中滞留性を高め、および/または、標的臓器若しくは組織(例えば、脳、肺、心臓、および脾臓など臓器または組織、並びに腫瘍など)への薬物の送達量を向上させることができる。すなわち、本発明によれば、カチオン性ポリマーなどの多価カチオンは、同時にまたは別々に投与される他の医薬有効成分(薬物)の体内の動態を制御するものである。従って、本発明によれば、カチオン性ポリマーなどの多価カチオンは医薬有効成分である必要がない。また、カチオン性ポリマーなどの多価カチオンは、医薬有効成分と複合体を形成している必要は無い(すなわち、遊離形態でよい)。
【0028】
多価カチオンは、当該カチオン自体の生物学的利用能を向上させる観点で、親水性ポリマーにより修飾を受けていてもよい。
カチオン性ポリマーは、当該ポリマー自体の生物学的利用能を向上させる観点で、例えば、カチオン性ブロックと親水性ポリマーブロックとの共重合体の形態であってもよい。
このようにすることで、カチオン性ポリマーの生物学的利用能が向上し、肝臓の類同内皮細胞による血中からの薬物の排泄能の低減効果、または腎臓による血中からの薬物の排泄能の低減効果が増大することが期待できる。
【0029】
親水性ポリマーブロックは、例えば、非電荷親水性ポリマーブロックを用いることができる。非電荷親水性ポリマーブロックは、薬学的に許容可能なポリマーである。このようなポリマーとしては、特に限定されないが、例えば、ポリアルキレングリコール、ポリ(2-オキサゾリン)、ポリサッカライド、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリ(2-メタクロイルオキシエチルホスホリルコリン)挙げられる。非電荷親水性ポリマーとしては、ポリアルキレングリコール、ポリ(2-オキサゾリン)が好ましく用いられ、ポリアルキレングリコールが特に好ましく用いられ得る。ポリアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール(PEG)が好ましく用いられ得る。
【0030】
上記カチオン性ポリマー部分とPEG部分とを含む共重合体においては、PEG部分の平均分子量は、例えば、10kD以上、15kD以上、20kD以上、30kD以上、または40kD以上とすることができ(例えば、80kD以下、70kD以下、60kD以下、または50kD以下であり得る)、好ましくは、20kD以上であり、より好ましくは30kD以上である。上記カチオン性ポリマー部分とPEG部分とを含む共重合体においては、カチオン性ポリマーは、平均重合度15以上、20以上、30以上、または40以上であり得る(例えば、80以下、70以下、60以下、または50以下であり得る)。PEG部分の嵩を増す観点では、PEG部分は、平均分子量の大きな、例えば、40kD以上、50kD以上、60kD以上、または70kD以上(例えば、80kD以下、70kD以下、60kD以下、または50kD以下であり得る)の一本鎖PEGとすることもできるし、10kD以上、15kD以上、20kD以上、30kD以上、または40kD以上(例えば、80kD以下、70kD以下、60kD以下、または50kD以下であり得る)のPEG鎖を複数本有する分岐PEGとすることもできる。PEG部分の嵩を増加させる観点では、分岐PEGは好ましく用いられ得る。
ある態様では、カチオン性ポリマー部分とPEG部分とを含む共重合体は、PEG部分が、10kD以上、15kD以上、20kD以上、30kD以上、または40kD以上のPEG鎖を複数本有する分岐PEGであり、カチオン性ポリマー部分が平均重合度15以上、20以上、30以上、または40以上であり得る。この特定の態様において、カチオン性ポリマーとPEGを含む共重合体は、PEG部分が、20kD以上、30kD以上、または40kD以上のPEG鎖を複数本有する分岐PEGであり、カチオン性ポリマー部分が平均重合度20以上、30以上、または40以上であり得る。
ある態様では、カチオン性ポリマー部分とPEG部分とを含む共重合体は、PEG部分が、40kD以上の一本鎖PEGであり、カチオン性ポリマー部分が平均重合度15以上、20以上、30以上、40以上、50以上、60以上または70以上であり得る(例えば、80以下、70以下、60以下、または50以下であり得る。特に一本鎖PEGの場合は、平均分子量が大きいほど血中滞留性の改善効果が大きい)。
ある特定の態様では、カチオン性ポリマーブロックの平均重合度が15~30であり、カチオン性ポリマーブロックが分岐PEGと連結しており、分岐PEGは、PEG部分の総平均分子量が、40kD~100kD、50kD~90kD、または60kD~80kDであり得る。また、例えば、分岐PEGは1箇所の分岐を有し、当該分岐から伸びるそれぞれのPEG鎖の平均分子量が独立して、例えば、20kD~60kD、25kD~50kD、または30kD~40kDであり得る。本発明によれば、このような分岐PEGとカチオン性ポリマーとの共重合体を本発明の多価カチオンとして投与することができる。
さらなる特定の態様では、カチオン性ポリマーブロックの平均重合度が15~30であり、カチオン性ポリマーブロックが分岐PEGと連結しており、分岐PEGは、1箇所の分岐を有し、当該分岐から伸びるそれぞれのPEG鎖の平均分子量が独立して、例えば、20kD~60kD、25kD~50kD、または30kD~40kDであり得、本発明によれば、このような分岐PEGとカチオン性ポリマーとの共重合体を本発明の多価カチオンとして投与することができる。
【0031】
本発明では、カチオン性ポリマーまたはカチオン性ポリマー部分としては、例えば、カチオン性天然アミノ酸およびカチオン性非天然アミノ酸、例えば、ヒスチジン、トリプトファン、オルニチン、アルギニンおよびリジンなどのカチオン性天然アミノ酸、および/または、-(NH-(CH2)2)p-NH2で表される基{ここで、pは1~5の整数である。}を側鎖として有するポリマーブロック、例えば、上記カチオン性の側鎖を有するカチオン性非天然アミノ酸のポリマーブロック、例えば、上記カチオン性の側鎖を有するアスパラギン酸またはグルタミン酸などのカチオン性非天然アミノ酸のポリマーブロックが挙げられる。本発明のある態様では、ポリカチオンブロックは、-(NH-(CH2)2)p-NH2で表される基{ここで、pは1~5の整数である。}を側鎖として有するポリマーブロックである。ここで、カチオン性天然アミノ酸としては、好ましくはヒスチジン、トリプトファン、オルニチン、アルギニンおよびリジンが挙げられ、より好ましくはアルギニン、オルニチンおよびリジンが挙げられ、さらに好ましくはオルニチンおよびリジンが挙げられ、さらにより好ましくはリジンが挙げられる。本発明のある態様では、カチオン性ポリマーまたはカチオン性ポリマー部分は、ポリリジンまたはポリオルニチンとすることができる。
【0032】
ポリカチオンブロックには、カチオン性アミノ酸およびカチオン性の側鎖を有するアミノ酸が混在していてもよい。すなわち、本発明のある態様では、ポリカチオンブロックは、カチオン性天然アミノ酸、カチオン性非天然アミノ酸、または、カチオン性天然アミノ酸およびカチオン性非天然アミノ酸を含むモノマー単位の重合体である。本発明のある態様では、ポリカチオンブロック中のモノマー単位間の結合はペプチド結合である。本発明の好ましい態様では、カチオン性非天然アミノ酸が、側鎖として-(NH-(CH2)2)p-NH2で表される基{ここで、pは1~5の整数である}を有するアミノ酸である。また、本発明のある態様では、ポリカチオンブロックは、カチオン性天然アミノ酸並びに-(NH-(CH2)2)p-NH2で表される基{ここで、pは1~5の整数である。}で修飾されたアスパラギン酸およびグルタミン酸が任意の順番で重合してなるポリカチオンブロックとすることができる。本発明のある態様では、ポリマー中のモノマー単位の40%、50%、60%、70%、80%、90%、95%、98%または100%が側鎖として-(NH-(CH2)2)p-NH2で表される基{ここで、pは1~5の整数である。}を有する。
【0033】
例えば、本発明のカチオン性ポリマーの一態様として、分岐PEGを有するポリリジンまたはポリオルニチンであって、PEG部分は、20~50kDの平均分子量を有するPEGを二本有する分岐PEGであり、ポリリジンまたはポリオルニチンは、平均重合度が20~70、または30~60である、分岐PEGを有するポリリジンまたはポリオルニチンが挙げられる。好ましいある態様では、PEGまたは分岐PEGは、カチオン性ポリマーの末端に連結し得る。他の一態様として、リジンおよびオルニチンなどのカチオン性モノマーを主骨格とするポリマーであり、そのモノマーユニットの側鎖の5%~80%、または20%~50%がPEGまたは分岐PEG等の親水性ポリマーにより修飾されたもの(すなわち、グラフト共重合体)であり得る。
【0034】
本発明の多価カチオンは、肝臓の類同内皮細胞の血管内面や腎臓の血管内皮細胞の血管内面を被覆することにより、内皮細胞自体のクリアランス機能を低下させ得る。従って、本発明の多価カチオンは、様々な薬物の投与の前に、同時に、または、後に投与することができる。いずれの場合であっても、多価カチオンと薬物とを別々に投与する場合には、双方が同時に血中に存在するときに薬物動態の制御が可能である{薬物投与の前に多価カチオンを投与する場合は、カチオン性ポリマーが血中に滞留している間または肝臓の類同内皮細胞の血管内面に残存している間若しくは腎臓の内皮細胞の血管内面に残存している間に前記薬物を投与し、薬物の投与後に多価カチオンを投与する場合は、前記薬物が血中に滞留している間に多価カチオンを投与する}。ある態様では、多価カチオンは、例えば、薬物投与の直前に投与することができ、例えば、30秒以上前に投与することができ、1分以上、2分以上、3分以上、4分以上、または5分以上前に投与することができる。ある態様では、多価カチオンは、例えば、薬物投与前60分以内、50分以内、40分以内、30分以内、20分以内、または10分以内に投与することができる。ある態様では、薬物は、多価カチオンの投与10分前、5分前、4分前、3分前、2分前、1分前、30秒前、または直前に投与することができ、薬物投与から多価カチオン投与までは短いと好ましい。同時に投与する場合には、例えば、輸液バックに薬物と多価カチオンを混入させて投与することができる。
本発明のカチオン性ポリマーは、肝臓の類同内皮細胞の血管内面や腎臓の血管内皮細胞の血管内面を被覆することにより、内皮細胞自体のクリアランス機能を低下させ得る。従って、本発明のカチオン性ポリマーは、様々な薬物の投与の前に、同時に、または、後に投与することができる。いずれの場合であっても、カチオン性ポリマーと薬物とを別々に投与する場合には、双方が同時に血中に存在するときに薬物動態の制御が可能である{薬物投与の前にカチオン性ポリマーを投与する場合は、カチオン性ポリマーが血中に滞留している間または肝臓の類同内皮細胞の血管内面に残存している間若しくは腎臓の内皮細胞の血管内面に残存している間に前記薬物を投与し、薬物の投与後にカチオン性ポリマーを投与する場合は、前記薬物が血中に滞留している間にカチオン性ポリマーを投与する}。ある態様では、カチオン性ポリマーは、例えば、薬物投与の直前に投与することができ、例えば、30秒以上前に投与することができ、1分以上、2分以上、3分以上、4分以上、または5分以上前に投与することができる。ある態様では、カチオン性ポリマーは、例えば、薬物投与前60分以内、50分以内、40分以内、30分以内、20分以内、または10分以内に投与することができる。ある態様では、薬物は、カチオン性ポリマーの投与10分前、5分前、4分前、3分前、2分前、1分前、30秒前、または直前に投与することができ、薬物投与からカチオン性ポリマーの投与までは短い方がよい。同時に投与する場合には、例えば、輸液バックに薬物とカチオン性ポリマーを混入させて投与することができる。
【0035】
本発明のある態様では、本発明の多価カチオンは、薬物の投与時間と合わせて(またはその前後に合わせて)投与薬物のクリアランスを必要な時間だけ低下させるように、投与量および投与回数を決定することができる。本発明のある態様では、本発明の多価カチオンは、薬物の投与時間と合わせて(またはその前後に合わせて)投与薬物のクリアランスを必要な時間だけ低下させるように、単回投与または複数回投与され得る。本発明のある態様では、目的に応じて、投与は、ボーラス投与または輸液投与とすることができる。
【0036】
本発明によれば、核酸を内包した薬物送達用キャリア(ミセルやリポソーム)が、多価カチオンによって肝臓の類同内皮細胞への蓄積や腎臓の内皮細胞への蓄積が低減された。従って、本発明の多価カチオンは、特に核酸を内包した薬物送達用キャリアの薬物動態の制御に用いることができる。
本発明によれば、核酸を内包した薬物送達用キャリア(ミセルやリポソーム)が、カチオン性ポリマーによって肝臓の類同内皮細胞への蓄積や腎臓の内皮細胞への蓄積が低減された。従って、本発明のカチオン性ポリマーは、特に核酸を内包した薬物送達用キャリアの薬物動態の制御に用いることができる。
核酸としては、例えば、デオキシリボ核酸(DNA)およびリボ核酸(RNA)、並びにLocked核酸(LNA)および架橋核酸(BNA)などの修飾核酸、またはこれらのハイブリッドが挙げられる。DNAとしては、特に限定されないが、直鎖状二本鎖DNA、直鎖状一本鎖DNA、環状二本鎖DNAおよび環状一本鎖DNAが挙げられる。RNAとしては、特に限定されないが、例えば、siRNA、shRNA、マイクロRNA、メッセンジャーRNA(mRNA)、トランスファーRNA(tRNA)、リボソームRNA(rRNA)、ノンコーディングRNA(ncRNA)、および二本鎖RNA、並びにこれらのRNAの誘導体が挙げられる。
【0037】
多価カチオンは、核酸を内包した薬物送達用キャリア(ミセルやリポソーム)と一緒に投与する場合には、遊離形態で存在させ得る。すなわち、多価カチオンは、核酸と直接複合体を形成し得ることが知られているが、本発明では、多価カチオンは肝臓や腎臓の血管内皮細胞を被覆するものであるから、多価カチオンは、遊離形態(すなわち、核酸と複合体を形成していない状態)で存在させることが好ましい。核酸を内包した薬物送達用キャリアは、イオンコンプレックスではなく、リポプレックスなどの脂質複合体としてもよい。
カチオン性ポリマーは、核酸を内包した薬物送達用キャリア(ミセルやリポソーム)と一緒に投与する場合には、遊離形態で存在させ得る。すなわち、カチオン性ポリマーは、核酸と直接複合体を形成し得ることが知られているが、本発明では、カチオン性ポリマーは肝臓や腎臓の血管内皮細胞を被覆するものであると考えられることから、カチオン性ポリマーは、遊離形態(すなわち、核酸と複合体を形成していない状態)で存在させることができる。カチオン性ポリマーとしては、核酸を内包した薬物送達用キャリアを製造するときに用いるカチオン性ポリマーとは異なるカチオン性ポリマーを用いることができる。核酸を内包した薬物送達用キャリアは、イオンコンプレックスではなく、リポプレックスなどの脂質複合体としてもよい。
本発明のある態様では、細胞への核酸導入効率を高めるためにキャリアとしてウイルスを用いてもよい。細胞への核酸導入効率を高めるためにキャリアとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、およびAAV10など)、センダイウイルスベクター、麻疹ウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等のウイルスベクターを用い得る。これらのベクターは、例えば、送達する核酸を細胞内で発現させる発現ユニット(例えば、プロモーターまたはエンハンサーに核酸が作動可能に連結されたもの)を有してもよい。
【0038】
本発明のある側面では、対象に薬物を投与する方法であって、対象に多価カチオンを投与することと、対象に薬物を投与することとを含む、方法が提供される。本発明のある態様では、多価カチオンとRNAとは別々に投与される。本発明のある態様では、多価カチオンは、薬物と同時に、または薬物よりも先に若しくは後に対象に投与され得る。多価カチオンは、生体適合性を有するが、用量制限毒性(DLT)を奏さないような用量で投与され得る。
本発明のある側面では、対象に薬物を投与する方法であって、対象にカチオン性ポリマーを投与することと、対象に薬物を投与することとを含む、方法が提供される。本発明のある態様では、カチオン性ポリマーとRNAとは別々に投与される。本発明のある態様では、カチオン性ポリマーは、薬物と同時に、または薬物よりも先に若しくは後に対象に投与され得る。カチオン性ポリマーは、生体適合性を有するが、用量制限毒性(DLT)を奏さないような用量で投与され得る。
【0039】
本発明のある側面では、対象に核酸を内包した薬物送達用キャリアを投与する方法であって、対象に多価カチオンを投与することと、対象に核酸を内包した薬物送達用キャリアを投与することとを含む、方法が提供される。本発明のある側面では、対象の組織に核酸を送達する方法であって、対象に多価カチオンを投与することと、対象に核酸を内包した薬物送達用キャリアを投与することとを含む、方法が提供される。本発明のある態様では、多価カチオンは、核酸を内包した薬物送達用キャリアと同時に、または薬物よりも先に若しくは後に対象に投与され得る。
本発明のある側面では、対象に核酸を内包した薬物送達用キャリアを投与する方法であって、対象にカチオン性ポリマーを投与することと、対象に核酸を内包した薬物送達用キャリアを投与することとを含む、方法が提供される。本発明のある側面では、対象の組織に核酸を送達する方法であって、対象にカチオン性ポリマーを投与することと、対象に核酸を内包した薬物送達用キャリアを投与することとを含む、方法が提供される。本発明のある態様では、カチオン性ポリマーは、核酸を内包した薬物送達用キャリアと同時に、または薬物よりも先に若しくは後に対象に投与され得る。
【0040】
本発明者らはまた、親水性ブロックと温度応答性ブロックとカチオン性ブロックを含む三元共重合体により形成されるミセルが、核酸の血中安定性を劇的に向上させ、例えば、脳組織に核酸を大量に送達できることを見出した。したがって、本発明によれば、例えば、核酸と、親水性ブロックと温度応答性ブロックとカチオン性ブロックを含む三元共重合体とを含み、表面がグルコースで修飾されたミセルを含む、臓器または組織(特に脳)に核酸を送達することに用いる組成物が提供される。
このようなミセルは、以下の手順で調製することができる。すなわち、親水性ブロックと温度応答性ブロックとカチオン性ブロックを含む三元共重合体と、RNAとをミセルを形成できるようにLCST未満の温度の水溶液中で混合する。ミセルが得られたら、水溶液の温度をLCST以上に上昇させ、温度応答性ブロックを親水性から疎水性に変化させる。このようにして得られるミセルは、核酸を内部に内包してその外殻として疎水性の保護層を有する状態となっていると考えられ、内包した核酸を血中で安定的に維持することができる。すなわち、このミセルでは、核酸は、疎水性に変化した温度応答性ブロックで形成される外殻によって覆われている。
【0041】
血液の温度がヒトの場合、36℃~37℃程度であることを考慮すると、三元共重合体のLCSTは、35℃以下であることが好ましい。このようにすることで投与後に血中でミセルの状態が維持される。また、mRNAの調製を0℃~4℃程度で行うことを考慮すると、LCSTは、5℃以上であることが好ましい。なお、LCSTは、その他の様々な状況を考慮して適切なLCSTを設定することが好ましい。例えば、LCSTは、5℃~35℃とすることができ、10℃~32℃とすることができ、または25℃~32℃とすることができる。一般に水溶性ポリマーは、LCSTを有する。本発明では、上記の温度範囲内にLCSTを有するポリマーであれば適宜温度応答性ブロックとして用いることができる。
【0042】
本発明のある態様では、三元共重合体の親水性ブロックは、ポリエチレングリコールまたはポリ(2-エチル-2-オキサゾリン)であり得る。親水性ブロックの平均分子量は、例えば、10kD以上、15kD以上、20kD以上、30kD以上、または40kD以上とすることができる。親水性ブロックはまた、例えば、20kD以下、30kD以下、40kD以下、または50kD以下の平均分子量とすることができる。
【0043】
本発明のある態様では、三元共重合体の温度応答性ブロックは、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)やポリ(2-n-プロピル-2-オキサゾリン)、またはポリ(2-イソプロピル-2オキサゾリン)であり得る。温度応答性ブロックの平均分子量は、例えば、3kD以上、5kD以上、7kD以上、または10kD以上であり得る。温度応答性ブロックの平均分子量はまた、例えば、10kD以下、15kD以下、または20kD以下であり得る。
【0044】
本発明のある態様では、三元共重合体のポリカチオン性ブロックは、天然または非天然のカチオン性アミノ酸を単量体単位として含むペプチドであり得る。三元共重合体のポリカチオン性ブロックは、例えば、リジンおよびオルニチンなどの天然のカチオン性アミノ酸を単量体単位として含むペプチド、例えば、ポリリジンまたはポリオルニチンであり得る。本発明のある態様では、三元共重合体のポリカチオン性ブロックは、例えば、ジエチレントリアミンまたはトリエチレンテトラアミンでカルボキシル基を修飾したアスパラギン酸やグルタミン酸を単量体単位として含むペプチド、例えば、ホモポリマーであり得る。ポリカチオン性ブロックの平均重合度は、例えば、30以上、40以上、50以上、60以上、または70以上であり得る。ポリカチオン性ブロックの平均重合度はまた、70以下、80以下、90以下、または100以下であり得る。
【0045】
本発明のある態様では、三元共重合体は、親水性ブロックがポリエチレングリコールまたはポリ(2-エチル-2-オキサゾリン)であり、温度応答性ブロックは、ポリ(2-n-プロピル-2-オキサゾリン)であり、ポリカチオン性ブロックは、ポリリジンまたはポリオルニチンである。本発明のある態様では、三元共重合体は、親水性ブロックがポリエチレングリコールであり、温度応答性ブロックは、ポリ(2-n-プロピル-2-オキサゾリン)であり、ポリカチオン性ブロックは、ポリリジンである。
【0046】
本発明において、核酸を内包する薬物送達用キャリアとしては、上記、三元共重合体等による、疎水性保護層により内包された核酸が安定化されたミセルを用いることができる。本発明においてはまた、核酸を内包する薬物送達用キャリアとしては、小胞、例えば、脂質ベースの小胞、例えば、リポソーム、例えば、Invivofectamine(商標)などの脂質ベースの小胞(例えば、リポプレックス)を用いることができる。これらの小胞は、その表面に親水性ポリマーの被覆を有することが好ましい。
【0047】
本発明において、核酸を脳に送達する際に用いる薬物送達用キャリアとしては、外表面をグルコースなどのGLUT1リガンドにより被覆したキャリアを用いることができる(詳細の原理は、WO2015/075942A1参照)。このキャリアは、以下の投与計画に従って投与すると脳への蓄積が向上する。すなわち、投与計画は、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させることを含むものである。
【0048】
本発明において、脾臓に送達する核酸としては、特に限定されないが例えば、脾臓の機能(例えば、免疫機能)を高める因子をコードする核酸が挙げられる。免疫機能を高める因子をコードする核酸としては、免疫細胞の抗原となるペプチドやタンパク質をコードする核酸が挙げられる。このようにすることで、特定の抗原に対する免疫機能が高まり、感染や、がんなどに対する予防効果または治療効果が得られ得る。免疫細胞の抗原となるペプチドやタンパク質をコードする核酸としては、例えば、ペプチドワクチン、特に腫瘍特異的なペプチドワクチンとして用いられるペプチド(例えば、HLA拘束性のペプチド、例えば、HLA-A24やHLA-A2拘束性のペプチド、例えば、HLA-A2:01やHLA-A24:01拘束性のペプチド)をコードする核酸が挙げられる。このようなペプチドは、既に多数開発されており、臨床研究がなされているものも多く、当業者であれば適宜選択して本発明で用いることができるであろう。脾臓には、樹状細胞が存在し、これらの樹状細胞にペプチドが発現することにより当該ペプチドが免疫細胞に提示される。免疫細胞は脾臓において当該ペプチドに応答性になり、当該ペプチドに対する免疫機能が高まって、当該ペプチドを細胞表面に発現するがん細胞を攻撃できるようになる。これにより、最終的には、抗腫瘍効果が高まると期待される。本発明によれば、脾臓への核酸の送達のためのAAV8の使用が提供される。本発明によれば、脾臓へ核酸を送達することに用いるための医薬の製造におけるAAV8の使用が提供される。本発明によれば、脾臓への核酸の送達のためのAAV8と多価カチオンの組合せの使用が提供される。本発明によれば、脾臓へ核酸を送達することに用いるための医薬の製造におけるAAV8と多価カチオンとの組合せの使用が提供される。本発明によれば、AAV8を脾臓へ送達することに用いるための多価カチオンの使用が提供される。本発明によれば、AAV8を脾臓に送達することに用いるための医薬の製造における多価カチオンの使用が提供される。本発明によれば、多価カチオンを含む、AAV8を脾臓に送達することに用いるための医薬が提供される。
【0049】
本発明において、治療対象となる心疾患または障害は、例えば、心筋梗塞が挙げられるが、これらに限定されない。本発明によれば、これらの心疾患または障害をそれを必要とする対象において処置する方法であって、本発明の多価カチオンと組み合わせて用いられるAAVを投与することを含む方法が提供される。ここでAAVとしては、例えば、AAV9を用いることができる。AAV9は例えば、血管内皮増殖因子(VEGF)などの心再生作用を有する因子をコードする遺伝子を有し得る。本発明によれば、心臓への核酸の送達のためのAAV9の使用が提供される。本発明によれば、心臓へ核酸を送達することに用いるための医薬の製造におけるAAV9と多価カチオンの組合せの使用が提供される。本発明によれば、心臓への核酸の送達のためのAAV9の使用が提供される。本発明によれば、心臓へ核酸を送達することに用いるための医薬の製造におけるAAV9と多価カチオンの組合せの使用が提供される。本発明によれば、AAV9を心臓へ送達することに用いるための多価カチオンの使用が提供される。本発明によれば、AAV9を心臓に送達することに用いるための医薬の製造における多価カチオンの使用が提供される。本発明によれば、多価カチオンを含む、AAV9を心臓に送達することに用いるための医薬が提供される。
【0050】
本明細書では、「GLUT1リガンド」とは、GLUT1と特異的に結合する物質を意味する。GLUT1リガンドとしては、様々なリガンドが知られ、特に限定されないが例えば、グルコースおよびヘキソースなどの分子が挙げられ、GLUT1リガンドは、いずれも本発明でグルコースの代わりにキャリアまたはコンジュゲートの調製に使用することができる。GLUT1リガンドは、好ましくはGLUT1に対してグルコースと同等またはそれ以上の親和性を有する。2-N-4-(1-アジ-2,2,2-トリフルオロエチル)ベンゾイル-1,3-ビス(D-マンノース-4-イルオキシ)-2-プロピルアミン(ATB-BMPA)、6-(N-(7-ニトロベンズ-2-オキサ-1,3-ジアゾール-4-イル)アミノ)-2-デオキシグルコース(6-NBDG)、4,6-O-エチリデン-α-D-グルコース、2-デオキシ-D-グルコースおよび3-O-メチルグルコースもGLUT1と結合することが知られ、これらの分子もGLUT1リガンドとして本発明に用いることができる。
【0051】
本明細書では、「低血糖を誘発させる」とは、対象において、その処置がされなければ示したはずの血糖よりも血糖値を低下させることをいう。低血糖を誘発させる方法としては、糖尿病薬の投与などが挙げられる。例えば、低血糖を誘発させる際に、低血糖を誘発させるという目的を達する限りにおいて、例えば、他の薬剤を摂取し、または水などの飲料を飲むことは許容される。低血糖を誘発させることは、血糖に実質的に影響しない他の処置を伴ってもよい。
【0052】
本明細書では、「絶食させる」とは、対象に絶食、例えば、3時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、7時間以上、8時間以上、9時間以上、10時間以上、11時間以上、12時間以上、13時間以上、14時間以上、15時間以上、16時間以上、17時間以上、18時間以上、19時間以上、20時間以上、21時間以上、22時間以上、23時間以上、24時間以上、25時間以上、26時間以上、27時間以上、28時間以上、29時間以上、30時間以上、31時間以上、32時間以上、33時間以上、34時間以上、35時間以上、36時間以上、37時間以上、38時間以上、39時間以上、40時間以上、41時間以上、42時間以上、43時間以上、44時間以上、45時間以上、46時間以上、47時間以上または48時間以上の絶食をさせることを意味する。絶食により対象は低血糖を引き起こす。絶食期間は、対象の健康状態に鑑みて医師等により決定され、例えば、対象が空腹時血糖に達する時間以上の期間とすることが好ましい。絶食期間は、例えば、脳血管内皮細胞の血管内表面でのGLUT1の発現が増大する、またはプラトーに達する以上の時間としてもよい。絶食期間は、例えば、12時間以上、24時間以上または36時間以上である上記期間とすることができる。また、絶食は、血糖値やGLUT1の血管内表面での発現に実質的に影響しない他の処置を伴ってもよい。
【0053】
本明細書では、「血糖値の上昇を誘発させる」とは、低血糖を誘発させた対象、または、低血糖状態を維持させた対象において血糖値を上昇させることをいう。血糖値は、当業者に周知の様々な方法により上昇させることができるが、例えば、血糖値の上昇を誘発するものの投与、例えば、グルコース、フルクトース(果糖)、ガラクトースなどの血糖値の上昇を誘発する単糖の投与、マルトースなどの血糖値の上昇を誘発する多糖の投与、若しくは、デンプンなどの血糖値の上昇を誘発する炭水化物の摂取、または、食事により上昇させることができる。
【0054】
本明細書では、「血糖操作」とは、対象に対して、低血糖を誘発させ、その後、血糖値を上昇させることをいう。対象に対して低血糖を誘発させた後は、対象の血糖値を低血糖に維持することができる。対象の血糖値を低血糖に維持する時間は、例えば、0時間以上、1時間以上、2時間以上、3時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、7時間以上、8時間以上、9時間以上、10時間以上、11時間以上、12時間以上、13時間以上、14時間以上、15時間以上、16時間以上、17時間以上、18時間以上、19時間以上、20時間以上、21時間以上、22時間以上、23時間以上、24時間以上、25時間以上、26時間以上、27時間以上、28時間以上、29時間以上、30時間以上、31時間以上、32時間以上、33時間以上、34時間以上、35時間以上、36時間以上、37時間以上、38時間以上、39時間以上、40時間以上、41時間以上、42時間以上、43時間以上、44時間以上、45時間以上、46時間以上、47時間以上、48時間以上とすることができる。その後、血糖値を上昇させることができる。本明細書では、「血糖を維持する」とは、対象において低血糖を維持するという目的を達する限りにおいて、例えば、他の薬剤を摂取し、または水などの飲料を飲むことは許される。低血糖を誘発させることは、血糖に実質的に影響しない他の処置を伴ってもよい。
【0055】
本発明による投与計画では、該組成物は、該対象における血糖値の上昇の誘発と、同時に、連続してまたは逐次的に該対象に投与され得る。投与計画は、該対象への組成物の投与と該対象における血糖値の上昇の誘発との間にインターバルを有してもよいし、有さなくてもよい。該組成物が該対象における血糖値の上昇の誘発と同時に投与される場合には、該組成物は、血糖値の上昇の誘発を引き起こす薬剤と混合した形態で該対象に投与してもよいし、該対象における血糖値の上昇の誘発を引き起こす薬剤とは別の形態で投与してもよい。また、該組成物は、該対象における血糖値の上昇の誘発と、連続してまたは逐次的に該対象に投与される場合には、該組成物は該対象における血糖値の上昇の誘発より前に該対象に投与してもよいし、後に投与してもよいが、好ましくは、該組成物は該対象における血糖値の上昇の誘発より前に該対象に投与することができる。該対象への該組成物の投与よりも先に該対象において血糖値の上昇を誘発させる場合には、該対象において血糖値の上昇を誘発させてから、1時間以内、45分以内、30分以内、15分以内または10分以内に該対象に該組成物を投与することが好ましい。また、該対象への該組成物の投与よりも後に該対象において血糖値の上昇を誘発させる場合には、該対象に該組成物を投与してから、6時間以内、4時間以内、2時間以内、1時間以内、45分以内、30分以内、15分以内または10分以内に該対象において血糖値の上昇を誘発させることが好ましい。上記の投与計画のサイクルは、2回以上行なってもよい。グルコース投与とサンプル投与の前後関係は、血液脳関門を通過させるタイミングにより決定することができる。
【0056】
本発明の上記三元共重合体等による、疎水性保護層により内包された核酸が安定化されたミセルは、脳血管内皮細胞に送達することに用いることができる。また、本発明におけるグルコースの役割は、血液神経関門、血液網膜関門および血液髄液関門においても、同様である。特に、血液神経関門、血液網膜関門および血液髄液関門においても、低血糖時の血管内皮細胞にはGLUT1が発現する。従って、本発明の上記、三元共重合体等による、疎水性保護層により内包された核酸が安定化されたミセルは、血液神経関門、血液網膜関門および血液髄液関門を通過させるために用いることができる。本発明の上記三元共重合体等による、疎水性保護層により内包された核酸が安定化されたミセルはまた、血液神経関門、血液網膜関門および血液髄液関門に存在する血管内皮細胞に送達することに用いることもできる。
【実施例】
【0057】
実施例1:薬剤送達用ミセルの肝臓への蓄積に対する多価カチオン投与の効果
【0058】
[材料]
薬剤送達用ミセルとしては、PEG(分子量11k)-b-PnPrOx(分子量8k)-b-PLys(重合度43)のトリブロック重合体ミセルの表面にグルコース修飾を有するミセルを用いた。表面のグルコース修飾は、ミセルを脳へ送達し易くするための修飾であり、WO2015075942A1の開示によれば、絶食状態の対象にグルコース修飾をしたミセルを投与し、これに前後して対象の血糖値を上昇させると、血糖値の上昇に伴って当該ミセルが顕著に脳に取り込まれる。
グルコース誘導体DIGをPEG側末端に有するポリマー(DIG-PEG)の合成は、WO2015075942A1に記載の通りに行った。また、DIG-PEGとPnPrOx、PLysの共重合体は、European Polymer Journal, 2017, 88, 553-561の記載に従って合成したPnPrOx-b-PLysと、Glc-PEGとを
連結させて得た。トリブロック共重合体の合成スキームは以下スキーム1~4に示される通りであった。
【0059】
【0060】
具体的には、温度応答性鎖であるPoly(2-n-propyl-2-oxazoline) (PnPrOx)とカチオン性鎖Poly(L-Lysine) (PLys)からなりかつalkyne末端を有するブロック共重合体alkyne-PnPrOx-b-PLysは以下のように合成した。
まず重合開始剤p-トルエンスルホン酸プロパルギル(61 mg, 0.29 mmol)をアセトニトリル 7 mLに溶解させ、2-n-プロピル-2-オキサゾリン(2.5 g, 22 mmol)を加えた。反応溶液を42℃で6日間反応させた後、アジ化ナトリウム(380 mg, 5.8 mmol)を加えて70℃で一時間撹拌して、重合反応を停止させた。上記のプロセスは全てAr雰囲気化で行った。ここで用いたp-トルエンスルホン酸プロパルギルは東京化成より購入し、Wako社より購入した五酸化ニリンを脱水剤として用いて蒸留精製して使用した。2-n-プロピル-2-オキサゾリンは東京化成より購入し、シグマアルドリッチ社より購入したカルシウムハイドライドを脱水剤として用いて蒸留精製して使用した。反応溶媒のアセトニトリルはwako社より購入し、カルシウムハイドライドを脱水剤として用いて蒸留精製して使用した。アジ化ナトリウムはWako社より購入し、そのまま用いた。重合反応後、反応溶液を水に対して5回透析し、凍結乾燥することでアジド末端を持つalkyne-PnPrOx-N3を得た。得られたPnPrOxは、MALDI-TOF MS(UltraFlextreme, Bruker社)と1H-NMR(ESC400, JEOL)による解析から、分子量が8.3kであることが分かった。
続いてalkyne-PnPrOx-N3のアジド末端をスタウディンガー反応により、アミン末端に変換した。alkyne-PnPrOx-N3(830 mg, 0.10 mmol)をメタノール20 mLに溶解し、トリフェニルホスフィン(530 mg, 2.0 mmol)加えて40℃で三時間撹拌した。続いて純水20 mLを加えて氷冷し、未反応のトリフェニルホスフィン等を濾過で取り除いた。得られた溶液は純水に対して3回透析した後、凍結乾燥により回収した。得られたalkyne-PnPrOx-NH2はGE-health care社より購入したCM-Sephadex C50をカラム充填剤としたオープンカラムを用いて更に精製した。ここで用いたメタノール、トリフェニルホスフィンは、それぞれシグマアルドリッチ社、東京化成より購入した。
上述で精製・回収したalkyne-PnPrOx-NH2よりLys(TFA)-NCAを重合し、その後塩基によるTFA基の脱保護により、alkyne-PnPrOx-b-PLysを得た。alkyne-PnPrOx-NH2 (330 mg, 0.040 mmol )を、ジオキサンを用いて凍結乾燥した。これを1Mの濃度でチオウレアを溶かしたDMF (DMF (1M TU)) 2 mLに溶解させて、開始剤溶液とした。別途Arバック中でLys(TFA)-NCA(480 mg, 1.8 mmol)をフラスコに測りとり、6 mLのDMF(1M TU)に溶解させた。調製したLys(TFA)-NCA溶液を、Ar雰囲気下で開始剤溶液に加え、25℃で3日間撹拌して重合反応を行った。反応溶液を水に対して5回透析したのち、凍結乾燥することでPnPrOx-b-Poly(L-Lysine)(TFA) (PLys(TFA))を得た。続いて得られたalkyne-PnPrOx-b-PLys(TFA)を500 mg測りとり、25 mLのメタノールに溶解させた。これに対して、7.5 mLの1M NaOH溶液を加え、35℃で12時間反応させた。反応後は、0.01 M HClに対して3回透析を行った後、水に対して3回透析を行い、凍結乾燥によりPnPrOx-b-PLysを回収した。回収物はGEヘルスケア社のカラムSuperdex 200を用いたSEC(AKTAexplorer, GE Helthcere)によって単峰性の分子量分布を持つことが確認された。また得られたポリマーは、1H-NMR(ESC400, JEOL)による解析から、Lysが43であることが分かった。ここでLys(TFA)-NCAは非特許文献(J. Polym. Sci. Part A Polym. Chem. 2003, 41 1167-1187)に則りFuchs-Farthing法により合成した。ジオキサンはWako社より購入したものを用いた。DMF(1M TU)は関東化学より購入した脱水溶媒にシグマアルドリッチ社より購入したチオウレアを溶解させて調整した。1M NaOH溶液はナカライ社より購入した5M NaOH溶液を純水で薄めて用意した。0.01 M HClは犬印社より購入した濃塩酸を純水で薄めて用意した。
また文献Bioconjugate, 2007, 18, 2191-2196にある通り、DIG-PEG-OHのOH末端をアジド基に変換した。まず、DIG-PEG-OH(550 mg, 0.050 mmol)をベンゼン凍結乾燥した。これを20 mLのTHFに溶かし、トリエチルアミン(25 μL, 0.20 mmol)加えてPEG溶液とした。別のフラスコに、メタンスルホニルクロリド(16 μL, 0.20 mmol)を測りとり、THF 5 mLで希釈した。水冷下で、このメタンスルホニルクロリド希釈液に上述で調整したPEG溶液を加え、一晩反応させた。反応はAr雰囲気下で行った。反応物は、ジエチルエーテル 500 mLにより再沈殿することで回収した。1H-NMR(ESC400, JEOL)による解析から、回収したサンプルは末端がメシル化されたDIG-PEG-Msであることが分かった。得られたDIG-PEG-Ms(440 mg, 0.044 mmol)をDMFに20 mLに溶かし、アジ化ナトリウム(286 mg, 4.4 mmol)を加え、50℃で三日間撹拌した。THFおよびDMFは関東化学より購入した超脱水溶媒を用いた。トリエチルアミンはWako社より購入し、カルシウムハイドライドを脱水剤として用いて蒸留精製して使用した。メシルクロライドはナカライ社より購入し、五酸化二リンを脱水剤として蒸留したものを用いた。アジ化ナトリウムはWako社より購入したものをそのまま用いた。
続いて、Alkyne-PnPrOx-PLysとDIG-PEG-N3をClick Chemistryによりカップリングした。Alkyne-PnPrOx-PLys (31 mg, 0.0020 mmol)を水2 mLに溶解し、1M のCuSO4溶液と1Mのアスコルビン酸ナトリウム溶液を20 μLずつ加え、撹拌した。別途、DIG-PEG- N3(110 mg, 0.01 mmol)を水2 mLに溶解し、Alkyne-PnPrOx-PLys溶液に加えた。これを-20℃で一晩静置し、4℃で2時間かけて融解させた。生成物は、反応溶液を水に対して5回透析し、凍結乾燥することで回収した。ここでの回収物はトリブロック共重合体の他に、Alkyne-PnPrOx-PLysを全て反応させるために過剰に加えたGlc-PEG-N3および未反応のAlkyne-PnPrOx-PLysも含まれている。これら未反応物と生成物のトリブロック共重合体の分子量の違いに着目し、SECにより精製作業を行った。最後にWO2015075942A1に記載の通りにTFAを用いてDIGをグルコースに変換し、Glc-PEG-b-PnPrOx-b-PLysとした。
カップリングの進行の確認や、SECによる精製作業はGEヘルスケア社のカラムSuperdex 200を用いたSEC(AKTAexplorer, GE Helthcere)を用いた。
本トリブロック共重合体の下限臨界共溶温度(LCST)は約30℃であった。
【0061】
次に、多価カチオンとして、親水性ブロックを連結させて生体適合性を高めたカチオン性ポリマーを合成した。具体的には、分岐PEG(分子量37000×2)を有するブロックカチオマーである、分岐ポリ(エチレングリコール)-b-ポリ(L-リジン) (重合度20) (以下、「bPEG-b-PLL」、「PEGasus-PLL」、または「PEGasus-PLL(37×2-20)」とも称する)を合成した。
日油より購入した末端に一級アミンの構造を持つ分岐ポリエチレングリコール(bPEG)(分子量37000×2)を開始剤として、非特許文献(J. Polym. Sci. Part A Polym. Chem. 2003, 41 1167-1187)に則りFuchs-Farthing法により合成したLysine(TFA)-NCAを重合した後、塩基で処理することで得られる。
具体的には、bPEG-PLLの合成では、まず一級アミンを持つbPEG(740 mg, 0.010mmol)をナカライ社より購入したベンゼンにより凍結乾燥した。続いて反応溶媒として、シグマアルドリッチ社より購入したチオウレア(TU)を関東化学社より購入した脱水N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に溶解させて1Mの濃度に調製したDMF(1M TU)を用意した。凍結乾燥させたbPEGは10 mLのDMF (1M TU)に溶解させた。続いて、Lys(TFA)-NCAをArバック中で59 mg (0.22 mmol)フラスコに測り、DMF 2 mLに溶解させた。調製したLys(TFA)-NCA溶液をAr雰囲気下でbPEG溶液に加え、25℃で3日間撹拌した。反応溶液は、メタノール(シグマアルドリッチ社)とジエチルエーテル(昭和エーテル社)の1:9混合溶液300 mLに対して滴定し、共重合体bPEG-PLL(TFA)を再沈殿させた。 得られたbPEG-PLL(TFA)を濾過によって回収し、真空乾燥した。得られたbPEG-PLL(TFA)を500 mg測りとり、25 mLのメタノールに溶解させた。続いてこのbPEG-PLL(TFA)溶液に1M NaOH を7.5 mL加えて35℃で12時間撹拌し、TFA基の脱保護を行った。反応後は、0.01 M HClに対して3回透析を行った後、水に対して3回透析を行い、凍結乾燥によりbPEG-PLLを回収した。得られたbPEG-PLLはGEヘルスケア社のカラムsuperdex 200を用いた SEC(LC2000 system, 日本分光社)、1H-NMR(ESC400, JEOL)により解析した。
【0062】
得られたトリブロック重合体とmRNAとからポリプレックスミセルを形成させた。具体的には、4℃においてmRNAと電荷比2となるよう混合し、その後、37℃で静置することによりトリブロック重合体にmRNAを包み込むように疎水性層を形成させ、疎水性層をmRNAの保護層として持つポリプレックスミセルを得た。
【0063】
mRNAは、テンプレートのDNAをmMESSAGE mMACHINE T7 Ultra Kit (Ambion社) を用いてin vitroトランスクリプションする、またpoly(A) tail kit(Ambion社)を用いてpoly(A)修飾を施すことで調製した。またテンプレートのDNAとしては、New England Biolabs社より購入したpCMV-Gluc control plasmidを用いた。
pDNAは理研バイオリソースセンターより提供されたルシフェラーゼがコードされCAGプロモーターを持つpCAG-Luc2を用いた。
【0064】
(1)多価カチオンによるポリプレックスミセルの体内動態の変化
[実験]
実験では、絶食マウスに対して、上記グルコース修飾ポリプレックスミセルを単独で投与した場合(ミセル単独投与群)と、同量の上記グルコース修飾ポリプレックスミセルに加えてカチオン性ポリマー(PEGasus-PLL)と投与した場合(多価カチオン投与群)とで、mRNAの体内動態を比較した。この実験で用いるmRNAはあらかじめLabel IT Tracker Cy5 Kit(Mirus Bio社)で蛍光ラベル化した。
具体的には、一晩マウスを絶食し、飢餓状態にした。このマウスに対して、20%グルコース溶液をi.p.投与した。30分後、ミセル単独投与群には、200 ng/μLのmRNA濃度に調整したポリプレックスミセル溶液200 μLに100 μLのHEPES bufferを加えた300 μLを投与し、多価カチオン投与群には、200 ng/μLのmRNA濃度に調整したポリプレックスミセル溶液200 μLに加えて、投与するmRNAに対して電荷比3となるよう濃度を調整したPEGasus-PLL溶液を100 μL(計300 μL)を投与した。投与30分後に全血を回収してPBSにより灌流した後、マウスを解剖して、臓器(肝臓、腎臓および脳)を摘出した。回収した臓器の全体はLysis buffer (promega社)とマルチビーズショッカー(安井器械社)を用いてすりつぶし、この懸濁液のCy5蛍光量をプレートリーダー (Infinite M100 Pro, TECAN社) で測定し、ミセルの臓器分布を評価した。全投与量を100%とし、臓器に蓄積した量(%)を求めた。結果は、
図1および2に示される通りであった。
【0065】
図1に示されるように、肝臓へのmRNAの蓄積量は、ミセル単独投与群では、30%弱であったのに対して、多価カチオン投与群では、蓄積量は10%強程度であり、肝臓への蓄積量が半分以下に低下していることが示された。また、
図1に示されるように腎臓へのmRNAの蓄積量は、ミセル単独投与群では、約7%であったのに対して、多価カチオン投与群では、約5%程度であり、腎臓への蓄積量が7割程度に低下していることが示された。
【0066】
次に、脳へのmRNAの送達量を、脳組織へのmRNAの蓄積量で評価したところ、
図2に示されるように、ミセル単独投与の場合であっても0.05%もの大量のmRNAの脳組織への蓄積が確認された。これは、ポリプレックスミセル自体がmRNAを極めて顕著に安定化したことを意味する(なお、mRNAは血中では不安定であり、数秒で検出限界以下になる)。また、これに対して、多価カチオン投与群では、脳へのmRNAの送達量がさらに5倍以上も向上していた。
【0067】
さらに、脾臓、心臓など他の臓器へのmRNAの蓄積量を評価したところ、
図2Aに示されるように、多価カチオン投与群では、脾臓へのmRNAの蓄積量も、心臓へのmRNAの蓄積量も有意に増加した。
【0068】
また、肝臓や腎臓へのmRNAの蓄積量の低下は、肝臓や腎臓での血中からのmRNAの排泄能と関連すると考えられた。従って、多価カチオンは、肝臓や腎臓での血中からのmRNAの排泄能を低下させ、これにより肝臓や腎臓以外の臓器へのmRNA、すなわち薬物の分布を増加させる作用を有していることが明らかとなった。上記実施例では、脳への送達実験では、脳への選択的な蓄積を促すために血糖操作(絶食およびグルコース投与)およびグルコースによるミセルの被覆を行った。従って、このような選択的なmRNAの送達を狙った系において、mRNAの排泄能の低下と血中滞留性の増加が、脳への選択的なmRNAの蓄積を増強させた。一方で、上記実施例では、脾臓や心臓に対しては、これらの臓器への選択的な蓄積のための特別な操作は行っていない。しかし、それでも脾臓や心臓などの臓器に対してmRNAの蓄積量が向上していることから、カチオン性ポリマーは、mRNAの血中滞留性を向上させる効果を通じて、肝臓や腎臓以外の臓器への薬物の蓄積を促進する効果を有していると考えられた。
【0069】
(2)多価カチオンによる脂質ベースmRNA複合体の体内動態の変化
肝臓にRNAを送達する試薬としてInvivofectamine(商標)がインビトロジェン社より市販されている。Invivofectamine(商標)は脂質ベースのmRNAを全身投与するための試薬であり、特に肝臓へのmRNAの送達に適している。
ここでは、Invivofectamine(商標)とmRNAを製造者プロトコルに従って混合し、脂質ベースのmRNA複合体を形成させた。この実験で用いるmRNAはあらかじめLabel IT Tracker Cy5 Kit(Mirus Bio社)で蛍光ラベル化した。
マウスに対して、12.5 mg/mLの濃度に調整したPEGasus-PLL溶液100 μLを静脈投与した。5分後に、上述で調整したinvivofectamine溶液200 μLをi.v.投与した。30分後に全血を回収してPBSにより灌流した後、マウスを解剖して臓器(肝臓および腎臓)を摘出した。ポリマー添加の効果を見る陰性対照の群として、マウスに対してポリマー添加剤の先行投与を行わずに上述で調整した溶液200 μLを静脈投与した群と比較した。回収した臓器はLysis buffer (promega社)とマルチビーズショッカー(安井器械社)を用いてすりつぶし、この懸濁液のCy5蛍光量をプレートリーダー (Infinite M100 Pro, TECAN社) で測定し、ミセルの臓器分布を評価した。
【0070】
結果は、
図3に示される通りであった。
図3上パネルに示されるように、肝臓へのmRNAの蓄積量は、複合体単独投与の場合、7%強であったのに対して、多価カチオンを事前に投与した場合、蓄積量は0.5%以下であった。このことから、多価カチオンの事前投与により、mRNA複合体の肝臓への蓄積を劇的に減少させることが明らかとなった。
また、
図3下パネルに示されるように、腎臓へのmRNAの蓄積量は、単独投与の場合8%弱であったのに対して、多価カチオンを事前に投与した場合には蓄積量は4%弱であった。このことから、多価カチオンは、mRNA複合体の腎臓への蓄積も減少させることが明らかとなった。
【0071】
また、リポプレックスについても、脾臓、心臓など他の臓器へのmRNAの蓄積量を評価したところ、
図3Aに示されるように、多価カチオン投与群では、脾臓へのmRNAの蓄積量も、肺へのmRNAの蓄積量も、心臓へのmRNAの蓄積量も有意に増加した。このことから、血中からのmRNAの排泄能の低下により、各種臓器へのmRNA、すなわち薬物の送達が促進されたことが示唆された。
【0072】
実施例2:多価カチオンの体内動態
本実施例では、上記機能が発揮される原因を追及するため、多価カチオンの体内動態を解明した。
【0073】
マウスに対して、Thermo Fisher scientific社より購入したAlexa Fluor 594 NHS Esterを用いて蛍光標識した12.5 mg/mLの濃度のPEGasus-PLL(37×2-20)を100 μL静注した。その後、肝臓の血管をin vivo共焦点顕微鏡で観察した。血管内のポリマー蓄積は、蛍光により評価できる。
【0074】
結果は
図4に示される通りであった。
図4に示されるように、多価カチオンは、投与1分後から類同内皮細胞の血管内面に吸着し、蓄積するようすが観察された。
【0075】
次に、末梢血管の一例として、耳の血管を観察した。結果は
図5に示されるように、多価カチオンが血管内を流れることが確認できたが、耳の血管内皮細胞の血管内面への蓄積は観察されなかった。
【0076】
このように、多価カチオンは、肝臓の類同内皮細胞の血管内面には蓄積する一方で、末梢血管の血管内面への蓄積は認められなかった。
【0077】
肝臓や腎臓は、薬物動態学において、血中からの薬物の排泄能に大きな影響を与える臓器であることが知られている。多価カチオンは、類同内皮細胞の表面に吸着し、血管内面を物理的に被覆することによって、肝臓の類同内皮細胞や腎臓による血中からの排泄能を低減させ、血中からの薬物の排泄能の低下作用を有していることが分かった。また、この被覆は、肝臓の類同内皮細胞や腎臓の血管内皮細胞に対して特異的であった。
【0078】
実施例3:多価カチオンによる、ミセルの血中滞留性の向上効果
上記実施例では、多価カチオンが、肝臓の類同内皮細胞や腎臓による血中からの薬物の排泄能の低下作用を有することを明らかにしてきた。
本実施例では、これら排泄能の低下が、薬剤の血中滞留性の向上に寄与しているかを確認した。
【0079】
マウスに対して、多価カチオンとして12.5 mg/mLの濃度に調整したPEGasus-PLL溶液100μLを静脈投与した。5分後に、Biomaterial, 2017, 126, 31-38の方法で作成したプラスミドDNA(pDNA)内包高分子ミセル溶液200 μLを投与した。この実験で用いるpDNAはあらかじめLabel IT Tracker Cy5 Kit(Mirus Bio社)で蛍光ラベル化した。その後、pDNAの血中滞留性を確認した。蛍光強度の最大値を100%とし、時間経過に伴う蛍光強度の変化により、pDNAの血中滞留性を評価した。対照の群として、マウスに対して多価カチオンの先行投与を行わずに、上述で調整した溶液200 μLを静脈投与した群についても観察した。
【0080】
結果は、
図6に示される通りであった。
図6に示されるように、多価カチオンを先行投与しなかった群では、急速にpDNAの血中残存量が低下していくのに対して、多価カチオンを先行投与した群では、その血中滞留性が顕著に増大することが明らかとなった。
また、一本鎖PEGを用いた実験では、PEG部分の平均分子量は大きい方が血中滞留性は向上した(例えば、50kDより60kD、70kDのほうが血中滞留性が向上)。
【0081】
次に、肝臓へのミセルの蓄積をin vivo共焦点顕微鏡で観察した。
図7上パネルに示されるように、多価カチオンの先行投与をしない群では、pDNAが肝臓の類同内皮細胞の血管内面に蓄積するようすが確認できる。これに対して、
図7下パネルに示されるように、多価カチオンの先行投与をした群では、pDNAの肝臓の類同内皮細胞の血管内面への蓄積が顕著に低下した。
【0082】
これらの結果から、実施例1や2において観察された血中からの薬物の排泄能の低下の原因は、肝臓の類同内皮細胞の血管内面を多価カチオンが被覆することにより、類同内皮細胞への薬物の集積が阻害されること、および腎臓の血管内皮細胞の血管内面をカチオン性ポリマーが被覆することにより、糸球体を介した薬物の排泄が阻害されることによると考えられた。このようにして、多価カチオンは、単独で(すなわち、遊離形態で)投与しても、血中からの薬剤の排泄能を低下させ、その血中滞留性を向上させる効果を有し、これにより、標的臓器への薬物送達量を改善することができると考えられた。
【0083】
次に、多価カチオンとアルブミンとの相互作用を確認した。具体的には、マルバーンの等温滴定型カロリメーター、Microcal PEAQ-ITCを用いて、アルブミンとPEGasus-PLLを混合した際に発生する熱量を測定した。セル側サンプルとしてPBSに33.3 μMの濃度でアルブミンを溶解したアルブミン溶液を200 μL、シリンジ側サンプルとしてPBSに313 μMの濃度でPEGasus-PLLを溶解したPEGasus-PLL溶液を用意した。撹拌スピード750 rpmのもと、アルブミン溶液に37 μLのPEGasus-PLL溶液を滴下し、熱変化を観察した。コントロール実験として、PBSにPEGasus-PLLを滴下したときの熱変化を観察した。装置条件は、Filter periodを5秒間、Feedback modeをhighとして行った。結果は
図8に示される通りであった。
【0084】
図8に示されるように、熱変化はアルブミン存在下および非存在下でほとんど同等であり、有意な相違は認められなかった。この結果は、PEGasus-PLLとアルブミンの間に相互作用がない、すなわち、PEGasus-PLLとアルブミンは結合しないことを示している。PEGasus-PLLは、アルブミンによる薬物の排除効果ではなく、肝臓の類同内皮細胞を被覆することによるクリアランス低下作用により、薬物の血中滞留性を向上させていると考えられる。
【0085】
実施例4:多価カチオンによる、lipoplexの脾臓での遺伝子発現性向上
【0086】
肝臓にRNAを送達する試薬としてInvivofectamine(商標)がインビトロジェン社より市販されている。Invivofectamine(商標)は脂質ベースのmRNAを全身投与するための試薬であり、特に肝臓へのmRNAの送達に適していると言われている。
ここでは、Invivofectamine(商標)とmRNAを製造者プロトコルに従って混合し、脂質ベースのmRNA複合体(lipoplex)を形成させた。
マウスに対して、多価カチオンとして12.5 mg/mLの濃度に調整したPEGasus-PLL溶液100μLを静脈投与した。5分後に、上述で調整したinvivofectamine溶液200 μLをi.v.投与した。24時間後に臓器(肝臓および脾臓)を摘出した。ポリマー添加の効果を見る陰性対照の群として、マウスに対して多価カチオンの先行投与を行わずに上述で調製した溶液200 μLを静脈投与した群と比較した。回収した臓器はLysis buffer (promega社)とマルチビーズショッカー(安井器械社)を用いてすりつぶした。この懸濁液より、promega社より購入したLuciferase assay kitを製造者プロトコルに従って用いて、luciferaseの発光量をルミノメーター (Lumat LB9507, ベルトールド社) で測定し、肝臓と脾臓での遺伝子発現量を評価した。結果は、
図9に示される通りであった。
【0087】
図9に示されるように、多価カチオン添加により、Lipoplexの脾臓での遺伝子発現を100倍以上高めることが出来た。このように、多価カチオンの添加は、肝臓の類同内皮細胞や腎臓の内皮細胞による薬剤の取込みを抑制し、薬剤の血中滞留性を高めることにより、肝臓や腎臓以外の臓器への薬物の蓄積を高めることが実証された。
図9と
図3Aとの相違は、
図3AではCy5の蛍光量を評価しているのに対して、
図9は投与したmRNAの発現量が評価されているという点である。これらの実施例により、脾臓でのmRNAの発現量を向上させるためには多価カチオンの投与が有効であることが明らかとなった。
【0088】
ところで、本実施例によれば、脾臓にmRNAを効果的に送達することができる。脾臓は、免疫細胞が産生される臓器であり、脾臓へのmRNAの送達および発現の達成は、RNAワクチンやペプチドワクチンなどのワクチンの開発につながる大きな成果である。
【0089】
また、多価カチオン添加を行った場合、上記実施例で示されたのと同様に、肝臓での遺伝子発現は若干の減少が見られた。これは、先打ちしたPEGasus-b-PLLがlipoplexの肝臓の類洞内皮への集積を抑えたためであると考えられる。特に肝臓での遺伝子発現は、PEGasus-b-PLLでその大部分が抑制されたことから、Lipoplexは主に肝臓の類同内皮細胞に蓄積していたことが分かる。一方で、両者の肝臓での遺伝子発現量およびその差は劇的に大きなものではないことから、肝臓の類洞内皮にLipoplexを集積させたとしてもそれだけでは肝臓での高い遺伝子発現は得られないことを示している。また、これらの結果から、核酸の肝臓類洞内皮への集積は、血中からの核酸キャリアの除去に寄与すると共に、核酸の失活にも繋がっていると考えられる。
【0090】
実施例5:bPEG-PLLの体内からの排出特性
本実施例では、多価カチオンの体内からの排出を調べた。
【0091】
具体的には、Thermofisher社より購入したAlexa Fluor 594 NHS esterを用いて、bPEG及び前述のようにLys(TFA)-NCAを重合することで合成したbPEG(分子量40k×2)-PLL(TFA)(重合度20)とPEG(分子量80k)-PLL(TFA)(重合度20)を蛍光ラベル化した。bPEG-PLL(TFA)とPEG-PLL(TFA)を前述のように塩基によってTFA保護基を脱保護して蛍光ラベル化されたbPEG-PLL、PEG-PLLとした。12.5 mg/mLの濃度に調節したこれらの溶液を100 μLマウスに対して尾静脈投与し、その血中滞留性をin vivo共焦点顕微鏡で観察した。結果は、
図10に示される通りであった。
また、bPEG-PLL についてはin vivo共焦点顕微鏡で肝臓の類同内皮細胞の管腔側内壁を観察した。結果は、
図11に示される通りであった。
【0092】
図10に示されるように、多価カチオンである重合度20のリシンが結合したものであるbPEG-PLLとPEG-PLLは、カチオン性ブロックを有しないbPEGと比較して血中滞留性がより低く、特にbPEG-PLLにおいては10時間後にはほとんど血中から排出された(
図10)。このことから、カチオン性ブロックは、bPEGの血中滞留性を低下させる作用を有していることが示唆された。
【0093】
また、
図11に示されるように、類同内皮細胞の管腔側内壁を被覆したbPEG-PLLの存在量を経時的に観察したところ、投与後少なくとも1時間以上にわたって内壁を被覆し続けることができるが、投与6時間後には内壁からほとんどが消失した(
図11)。
【0094】
このことから、bPEG-PLLは、遊離形態における単独投与によって、薬物が送達されるに十分な時間は内皮細胞の管腔側内壁を被覆して薬物のクリアランスを低下させる一方で、薬物が送達された後には消失し得るものであると考えられた。また、bPEG-PLLを用いた実験から、本発明の多価カチオンは、薬物の投与時間と合わせて(またはその前後に合わせて)投与薬物のクリアランスを必要な時間だけ低下させるように、単回投与または複数回投与することが可能であることが示唆された。さらに、bPEG-PLLを用いた実験から、本発明の多価カチオンは、薬物が送達された後には体内から排出されるように投与する投与方式(投与頻度および投与量等)が可能であり得ることが示唆された。
【0095】
実施例6:ウイルス粒子を用いた送達実験
本実施例では、多価カチオンの投与が、ウイルス粒子による遺伝子の送達に及ぼす影響を調べた。
【0096】
多価カチオンとしては、PEGasus-b-PLLを用いた。また、ウイルス粒子としては、アデノ随伴ウイルス(AAV8)を用いた。AAV8には、CMVプロモーター下にホタルルシフェラーゼをコードする遺伝子を組込んだものをVector Biolabs社より購入した(Catalog #: VB1473)。マウス(Balb/c、雌、6週齢)の尾静脈からAAV8(1×10
10ウイルスゲノム/マウス)を投与した。投与21日後にマウスを犠牲にして、臓器(肝臓、膵臓、四頭筋、大腿)の組織を採取し、パッシブ溶解緩衝液1mL中で組織100mgをホモジェナイズした。ホモジェネートを18,000gで10分間4℃にて遠心し、上清20μLについてルシフェラーゼよる発光を検出した。タンパク質濃度を決定するためにBCAアッセイを行った。ルシフェラーゼ活性は、プロテイン含量に対して正規化した相対的光学単位(RLU)で示された。結果は、
図12に示される通りであった。
【0097】
図12に示されるように、多価カチオンは、AAV8による、肝臓へのルシフェラーゼ導入効率を低下させ、膵臓、四頭筋、大腿の組織におけるルシフェラーゼ発現を増強させた。肝臓への蓄積性を減少させ、多臓器への集積性を増大させたことが想定される。このことから、本願発明のポリカチオンによって、投与する薬物の動態を変化させ、クリアランスを減少させる効果は、ウイルス粒子に対しても発揮されることが確認された。
【0098】
次に、AAV8の代わりに心筋に遺伝子を運ぶことができるAAV9を用いる以外は同様に上記実験を行った。AAV9には、CMVプロモーター下にホタルルシフェラーゼをコードする遺伝子を組込んだものをSignaGen Laboratories社より購入した(Catalog #: SL101494)。但し、用量は、5×10
10ウイルスゲノム/マウスとし、投与2日後にマウスを犠牲にした。その結果、
図13に示されるように、多価カチオンは、AAV9の肝臓に対しては蓄積性を減少させ、肝臓への遺伝子導入効率を低下させた一方で、心臓に対する集積性を増強させ、心臓に対する遺伝子導入効率を高めた。
【0099】
このように、ウイルスの種類や血清型によってウイルスの組織特異性には相違が存在するが、本発明によれば、カチオン性ポリマー(ポリカチオン)は、肝臓の類同内皮細胞の表面をブロックすることによって、ミセルに限られず、ウイルス粒子などの粒子状物の肝臓でのクリアランスを低下させるであろうこと、および、結果として、または同時に、ウイルス自身が有している臓器もしくは組織特異性を増強することが明らかとなった。