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特許7434147ディンプル付き被加工物及びディンプル加工方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-09
(45)【発行日】2024-02-20
(54)【発明の名称】ディンプル付き被加工物及びディンプル加工方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/10 20060101AFI20240213BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20240213BHJP
   F16C 33/14 20060101ALI20240213BHJP
   B23C 3/00 20060101ALI20240213BHJP
   B23C 5/10 20060101ALI20240213BHJP
【FI】
F16C33/10 Z
F16C33/12 Z
F16C33/14 Z
B23C3/00
B23C5/10 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020514028
(86)(22)【出願日】2019-03-22
(86)【国際出願番号】 JP2019012111
(87)【国際公開番号】W WO2019202911
(87)【国際公開日】2019-10-24
【審査請求日】2021-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2018079807
(32)【優先日】2018-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000165398
【氏名又は名称】兼房株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000394
【氏名又は名称】弁理士法人岡田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西尾 悟
(72)【発明者】
【氏名】新美 達也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 寿樹
(72)【発明者】
【氏名】神田 保之
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/119298(WO,A1)
【文献】韓国登録特許第10-1363246(KR,B1)
【文献】国際公開第2018/034197(WO,A1)
【文献】特開2003-013962(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/10-33/14
B23C 3/00-3/04
B23C 5/10-5/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油膜の圧力を増加させるための複数のディンプルが施されたディンプル付き被加工物であって、
前記複数の各ディンプルは、長手方向の縦長さと、前記長手方向に直交する横方向の横長さのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下であり、
前記複数のディンプルのそれぞれが紡錘形で、かつ前記複数のディンプルのそれぞれの長手軸線を中心に対称形状であり、
前記複数のディンプルを前記長手方向に間隔を空けて並べたディンプル列が、前記長手方向と直交する前記横方向に間隔を空けて複数列設けられるディンプル付き被加工物。
【請求項2】
請求項1に記載のディンプル付き被加工物であって、
前記複数のディンプルは、相互に平行である複数の第1ディンプルと、相互に平行である複数の第2ディンプルを有し、
前記複数の第1ディンプルの長手方向と前記複数の第2ディンプルの長手方向が角度を有して交わるように前記複数の第1ディンプルと前記複数の第2ディンプルが配列されているディンプル付き被加工物。
【請求項3】
請求項1または2に記載のディンプル付き被加工物であって、
前記複数の各ディンプルは、深さが10.0μm以下であり、
前記各ディンプルの長手方向の端縁部は、深さ方向に前記被加工物の表面に対して10.0°以下の傾斜角度を有するディンプル付き被加工物。
【請求項4】
回転切削工具を用いて被加工物に油膜の圧力を増加させるための複数のディンプルを形成するディンプル加工方法であって、
軸心回りに回転可能に支持される工具本体と前記工具本体の外周縁に前記軸心の延びる方向と交差する方向に張り出して設けられた切れ刃部とを具備する前記回転切削工具を前記軸心回りに回転させかつ前記被加工物の加工面に沿って相対的に送ることで前記切れ刃部によって前記加工面に前記ディンプルを形成し、
前記ディンプルは、長手方向の縦長さと、前記長手方向に直交する横方向の横長さのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下であり、
前記複数のディンプルのそれぞれが紡錘形で、かつ前記複数のディンプルのそれぞれの長手軸線を中心に対称形状であるディンプル加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に複数のディンプルが施された被加工物、及び被加工物の表面に複数のディンプルを施す加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミ、銅合金、それらの鋳造品、鉄鋼材料や樹脂などの被加工物の表面にいわゆるきさげ加工を施して多数の微小な凹みであるディンプルを形成する場合がある。例えば複数のディンプルによって梨地模様を被加工物の表面に形成する場合がある。被加工物にディンプルを形成することで、被加工物に接触する相手材と被加工物の間に生じる摩擦抵抗を小さくすることができるためである。その原理は、例えば被加工物と相手材が接触することで摩耗粉が生じ、摩耗粉が被加工物と相手材との間に挟まって摩擦抵抗を大きくする場合がある。この摩耗粉をディンプル内に収容させることで、摩耗粉によって摩擦抵抗が大きくなることを抑制できる。あるいは被加工物と相手材との間に油が注入され、油がディンプルに充填される場合がある。相手材がディンプルの近傍を通過すると、油がディンプルから高い圧力で相手材と被加工物の間に排出される(スクイーズ効果)。この圧力によって相手材が被加工物に対して接触し難くなり、これにより相手材と被加工物の間の摩擦抵抗が小さくなる。
【0003】
そのためエンジンのシリンダやターボチャージャー等の筒状部材の内壁や人工関節の接合面等にディンプルを形成する場合がある。特開平10-052998号公報では、フライス、エンドミル等の回転切削工具を利用して被加工物の表面を加飾する方法が開示されている。この方法では、回転切削工具を回転させつつ被加工物の表面にわずかに回転切削工具の切れ刃部を当てる。これにより被加工物の表面に例えば円形や楕円形を有する複数のディンプルを水玉模様状に形成できる。そしてディンプルは、例えば回転切削工具の軸方向に並設するように形成され、かつ軸方向に直交する送り方向にも等間隔に形成される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
被加工物と相手材の間に油が充填され、被加工物と相手材が相対的に移動すると、これらの間で油の圧力やせん断力が生じて油に流れが生じる。油の流れは、例えばディンプルが円形の場合にディンプル内での渦状の乱れ(例えば、キャビテーション)を生じる。油の流れの渦状の乱れは油膜の圧力を小さくすることに寄与する場合がある。ディンプルを形成することによる油膜の圧力を増加させる効果を効率良く発揮させるためには、ディンプル内の油の流れに乱れが生じることを抑制することが望ましい。したがってディンプル内の油の流れの乱れを抑制可能な複数のディンプル付き被加工物が必要とされている。またはそのディンプルを被加工物に施す加工方法が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の1つの特徴は、油膜の圧力を増加させるための複数のディンプルが施されたディンプル付き被加工物に関する。複数の各ディンプルは、長手方向の縦長さと、前記長手方向に直交する横方向の横長さのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。
【0006】
したがってディンプルは、長手方向に細長い形状を有する。ディンプルは、例えば紡錘形や楕円形や矩形や菱形の形状を有する。アスペクト比が5.0以上の細長く延びるディンプル内では、油の流れに渦状の乱れが発生することが抑制される。また、ディンプル内の油の流れは、ディンプルの長手方向に沿った乱れの小さい流れとなる。そのためディンプル内の油の流れの乱れによる油膜の圧力の減少が抑制される。かくしてディンプルによって油膜の圧力を効果的に増加させることができる。
【0007】
本開示の他の特徴によると複数のディンプルは、相互に平行である複数の第1ディンプルと、相互に平行である複数の第2ディンプルを有する。複数の第1ディンプルの長手方向と複数の第2ディンプルの長手方向が角度を有して交わるように、複数の第1ディンプルと複数の第2ディンプルが配列される。
【0008】
したがって第1のディンプルの周りでは、第1のディンプルの長手方向に沿って油が流れやすい。第2のディンプルの周りでは、第2のディンプルの長手方向に沿って油が流れやすい。第1のディンプルの長手方向と第2のディンプルの長手方向は角度を有して交差している。そのため第1のディンプルの周りの油の流れと、第2のディンプルの周りの流れが収束する。油の流れが収束することで被加工物と相手材の間に収容された油がこれらの間から流出しにくくなり、これらの間に油を保持し得る。
【0009】
本開示の他の特徴によると、複数の各ディンプルは、深さが10.0μm以下である。各ディンプルの長手方向の端縁部は、深さ方向に被加工物の表面に対して10.0°以下の傾斜角度を有する。したがって複数のディンプルは、底が浅く形成され、かつ特に長手方向の端縁部が被加工物の表面と滑らかに連なって形成される。そのためディンプルの深さ方向についても、ディンプル内の油の流れで渦が発生することが抑制される。しかも油の流れは、ディンプルの長手方向に沿った乱れも小さい。そのためディンプル内の油の流れの乱れによる油膜の圧力の減少がより抑制される。かくしてディンプルによって油膜の圧力を効果的に増加させることができる。
【0010】
本開示の他の特徴は、回転切削工具を用いて被加工物にディンプルを形成するディンプル加工方法に関する。軸心回りに回転可能に支持される工具本体と、工具本体の外周縁に軸心の延びる方向と交差する方向に張り出して設けられた切れ刃部とを具備する回転切削工具を軸心回りに回転させる。回転切削工具を回転させつつ被加工物の加工面に沿って相対的に送り、切れ刃部によって加工面にディンプルを形成する。ディンプルは、長手方向の縦長さと、長手方向に直交する横方向の横長さのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。
【0011】
したがってアスペクト比が比較的大きい5.0以上の複数のディンプルを、被加工物の表面上に容易に形成することができる。例えば被加工物が相手材に対して相対的に移動する一方向に並列する複数のディンプルを比較的容易に形成することができる。あるいは当該一方向と交差する他方向に複数のディンプルを等間隔に配置させる複数のディンプルを比較的容易に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】紡錘形状のディンプルを形成する回転切削工具の一部側面と被加工物の一部断面の側面図である。
図2】紡錘形状のディンプルが形成された被加工物の拡大正面図である。
図3図2のIII-III線断面矢視図である。
図4】楕円形状のディンプルを形成する回転切削工具の一部側面と被加工物の一部断面の側面図である。
図5】楕円形状のディンプルが形成された被加工物の拡大正面図である。
図6図5のVI-VI線断面矢視図である。
図7】クランクシャフトの正面とクランクシャフトのクランクピンにディンプルを形成する回転切削工具の断面を示す図である。
図8】クランクシャフトのクランクピンの一部断面と回転切削工具の一部平面を示す平面図である。
図9】ディンプルが形成されたクランクピンの拡大正面図である。
図10図9のX-X線断面矢視図である。
図11】長手方向が角度を有して交差する複数の第1のディンプルと複数の第2のディンプルが形成された被加工物の拡大正面図である。
図12図7のXII部分の拡大側面図である。
図13図12の切れ刃部に代えて紡錘形状のディンプルを形成する切れ刃部を有する回転切削工具の拡大側面図である。
図14】複数列のディンプルを同時に形成する回転切削工具と被加工物の斜視図である。
図15】円筒形状の被加工物の一部と被加工物の内周面にディンプルを形成する回転切削工具の断面図である。
図16】円筒形状の被加工物の一部断面と被加工物の内周面にディンプルを形成する回転切削工具の一部側面の側面図である。
図17】紡錘形状のディンプルが形成された被加工物の拡大正面図である。
図18】ディンプルを形成するバイトと被加工物の正面図である。
図19】ディンプル形状の違いによる荷重と摩擦係数の関係図である。
図20】ディンプルのアスペクト比と摩擦係数の関係図である。
図21】速度/荷重と摩擦係数の関係図である。
図22】円形状のディンプルが形成された被加工物の拡大正面図である。
図23】紡錘形状のディンプルが形成された被加工物の拡大正面図である。
図24】長手方向が角度を有して交差する複数の第1のディンプルと複数の第2のディンプルが形成された被加工物の拡大正面図である。
図25】ディンプルの形状及び大きさの違いによる荷重と摩擦係数の関係図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、本発明の1つの実施形態を図1~3に基づいて説明する。図1に示すように金属製の被加工物1は、相手材と接触する加工面2を有する。加工面2には、回転切削工具10を用いることで互いに離間した複数のディンプル3が形成される。被加工物1は、例えば炭素鋼、一般構造圧延鋼、クロムモリブデン鋼、ステンレス鋼、鋳鉄等の鉄鋼材料で構成される。あるいは被加工物1は、例えばアルミ及びアルミ合金、銅及び銅合金等の非鉄金属や樹脂材料で構成される。回転切削工具10は、軸心11a方向に延びる工具本体11と、工具本体11の周縁11bの一部から径方向に突出する切れ刃部12を有する。工具本体11は、軸心11aを中心とする円柱形状または円錐形状あるいはその他の回転体形状を有する。工具本体11は1個または複数個の切れ刃部12を有する。複数個の場合の切れ刃部12は、工具本体11の周縁11bの周方向にまたは軸方向に間隔をおいて、例えば周縁11bの周方向または軸方向等分位置に配置される。
【0014】
図1に示すように切れ刃部12は、第1底刃12aと第2底刃12bを有する。第1底刃12aは、工具本体11の径方向及び軸方向に対して所定の角度を有して傾斜した略平面を有する。第2底刃12bは、工具本体11の径方向及び軸方向に対して所定の角度を有して傾斜しかつ第1底刃12aと角度を有して交差する略平面を有する。第1底刃12aと第2底刃12bは、交差してV字状の先端12cを形成する。すなわち切れ刃部12は、略三角形のすくい面を有する。切れ刃部12のすくい面は、概ね工具本体11の周方向を向く。
【0015】
切れ刃部12は、回転切削工具10の工具本体11と同一の材質から形成、あるいは異なる材質から形成される。例えば、切れ刃部12と工具本体11が、工具鋼、高速度鋼(高速度工具鋼)、超硬合金から形成される。あるいは工具本体11が、炭素鋼、ステンレス鋼、工具鋼、高速度鋼、超硬合金から形成され、切れ刃部12が多結晶ダイヤ(PCD)、立方晶窒化ホウ素(CBN)、セラミックスから形成され、切れ刃部12が工具本体11に接合される。あるいは切れ刃部12が工具本体11と同一または異なる材料で形成され、切れ刃部12に対応する領域にコーティング等の表面処理が施される。表面処理は、例えば化学気相蒸着法(CVD)や物理蒸着法(PVD)等によって施され、TiAlN、TiAlCrN、TiAlCrSiNなどのTi系、CVDダイヤモンド、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)等のコーティング層が切れ刃部12として用いられる。
【0016】
図1,2を参照して回転切削工具10を用いたきさげ加工によるディンプル3の形成過程を示す。回転切削工具10は、工具本体11の径方向が加工面2と交差する姿勢で、軸心11aを中心として回転可能に支持される。加工面2からの回転切削工具10の距離はディンプル3の最大深さ3aを基に設定される。回転切削工具10は、最大深さ3aが3~7μm、例えば5μmとなるように加工面2から距離をとって配置される。軸心11aを中心に回転する回転切削工具10を、加工面2に対して切れ刃部12の切削方向に相対的に移動させる。これにより加工面2には、複数のディンプル3がその長手方向に直列してかつ互いに離間して形成される。
【0017】
図2,3に示すように加工面2に形成されるディンプル3は、いわゆる紡錘形状を有する。ディンプル3の最大深さ3aは、3~7μmであり、例えば5μmである。ディンプル3の長手方向の縦長さ3bは、0.10~1.00mmであり、例えば0.20mmである。ディンプル3の長手方向と直交する横長さ3cは、アスペクト比(縦長さ3bと横長さ3cの比)が5.0以上かつ50.0以下となるように、例えば0.010mmである。ディンプル3の長手方向の端縁部は、深さ方向に加工面2に対して10.0°以下の緩やかな傾斜角度を有する。ディンプル3の長手方向の端縁部は、平面上において60.0°以下の三角形状である。複数のディンプル3はその長手方向に所定間隔例えば0.30mmで離間している。長手方向の離間距離は、例えば縦長さ3bより長い。
【0018】
図2に示すように油膜の圧力を増加させるために被加工物1に複数のディンプル3が形成される。ディンプル3は、長手方向の縦長さ3bと長手方向に直交する横長さ3cとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。ディンプル3は、長手方向に細長い紡錘形状を有する。
【0019】
したがってディンプル3内では、油の流れに渦状の乱れが発生することが抑制される。また、ディンプル3内の油の流れは、ディンプル3の長手方向に沿った乱れの小さい流れとなる。そのためディンプル3内の油の流れの乱れによる油膜の圧力の低減が抑制される。さらに、複数のディンプル3は、それぞれの長手方向が平行となるようにかつ互いに離間して加工面2に形成される。ディンプル3内の油の流れは、主としてディンプル3の長手方向となる。そのため特に相手材に対する被加工物1の移動方向がディンプル3の長手方向に沿う場合において、被加工物1と相手材との間の油膜の圧力が効果的に増加される。かくしてディンプル3によって被加工物1と相手材との間の油膜の圧力を効果的に増加させることができる。
【0020】
図1,3に示すようにディンプル3は、最大深さ3aが10μm以下である。ディンプル3の長手方向の端縁部は、深さ方向に加工面2に対して10.0°以下の傾斜角度θを有する。したがってディンプル3は、底が浅く形成され、かつ特に長手方向の端縁部が加工面2と滑らかに連なっている。そのためディンプル3の深さ方向についても、ディンプル3内の油の流れで渦が発生することが抑制される。しかも油の流れは、ディンプル3の長手方向に沿った乱れも小さい。そのためディンプル3内の油の流れの乱れによる油膜の圧力の低減がより抑制される。かくしてディンプル3によって油膜の圧力を効果的に増加させることができる。
【0021】
図1,2を参照するようにディンプル3を加工面2に形成する時、軸心11a回りに回転可能に支持される工具本体11と、工具本体11の周縁11bに設けられた切れ刃部12とを具備する回転切削工具10を軸心11a回りに回転させる。回転切削工具10を回転させつつ加工面2に沿って相対的に送り、切れ刃部12によって加工面2にディンプル3を形成する。ディンプル3は、長手方向の縦長さ3bと、長手方向に直交する横方向の横長さ3cのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。したがってアスペクト比が比較的大きい5.0以上の複数のディンプル3を加工面2に容易に形成することができる。例えば被加工物1が相手材に対して相対的に移動する一方向に並列する複数のディンプル3を比較的容易に形成することができる。
【0022】
次に、他の実施形態を図4~6に基づいて説明する。この実施形態では、図1に示す回転切削工具10に代えて図4に示す回転切削工具20を用いてディンプル4を形成する。回転切削工具20は、図1に示す切れ刃部12に代えて図4に示す切れ刃部22を有する。切れ刃部22は、底刃22aを有する。
【0023】
図4に示すように底刃22aは、工具本体21の径方向に張り出した円弧形状に形成される。底刃22aが回転切削工具20の径方向に最も突出した位置が、切れ刃部22の先端22bとなる。底刃22aの曲率半径R2は、0.40mm以上であり、例えば0.50mmである。R2の最大は、例えば2mmである。軸心21aから先端22bまでの長さR3は10.0mm以上であり、例えば12.5mmである。R3の最大は、例えば30mmである。長さR3と曲率半径R2との比は、25.0倍以上に設定される。切れ刃部22のすくい面は、略半円状であって概ね工具本体21の周方向を向いている。
【0024】
図5,6に示すように回転切削工具20によって加工面2に形成されるディンプル4は、楕円形状を有する。ディンプル4の最大深さ4aは、3~7μmであり、例えば5μmである。ディンプル4の長手方向の縦長さ4bは、0.10~1.00mmの範囲であり、例えば0.20mmである。ディンプル4の長手方向と直交する横長さ4cは、アスペクト比(縦長さ4bと横長さ4cの比)が5.0以上かつ50.0以下となるように、例えば0.010mmである。ディンプル4の長手方向の端縁部は、深さ方向に加工面2に対して10.0°以下の緩やかな傾斜角度θを有する。複数のディンプル4は、長手方向に並びかつそれぞれ所定の間隔で配置される。複数のディンプル4の長手方向の間隔は、例えば0.30mmであり、縦長さ4bより長い。
【0025】
図5に示すように油膜の圧力を増加させるために被加工物1に複数のディンプル4が形成される。ディンプル4は、長手方向の縦長さ4bと長手方向に直交する横長さ4cとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。ディンプル4は、長手方向に細長い楕円形状を有する。したがってディンプル4は、ディンプル3と同様の効果を奏する。例えば、ディンプル4内では、油の流れに渦状の乱れが発生することが抑制される。
【0026】
次に、他の実施形態を図7~10,12に基づいて説明する。この実施形態では図1に示す回転切削工具10に代えて図7に示す回転切削工具30を用いる。この実施形態では、円柱形状部材の周面にディンプルを形成し、例えばクランクシャフト33のクランクピン34の周面34aに複数の楕円形状のディンプル5を形成する。
【0027】
図7,8,12に示すように回転切削工具30は、軸心31aを中心とする円盤形状の工具本体31と、工具本体31の周縁31bから径方向外方に突出する複数の切れ刃部32を有する。切れ刃部32は、工具本体31の外周の一部から径方向に張り出す円弧形状の底刃32aを有する。工具本体31は、例えば直径が320.0mm、厚さが4.0mmである。底刃32aの円弧形状は、例えば厚み方向に160°の角度範囲の扇状である。底刃32aの円弧形状の曲率半径R4は、例えば23.5mmである。
【0028】
図7,8に示すように工具本体31の半径R5と曲率半径R4との比は、25.0倍以上である。工具本体31は1個または複数個の切れ刃部32を有する。複数個の場合の切れ刃部32は、工具本体31の周縁31bに間隔をおいて、例えば周縁31bの周方向等分位置に配置される。切れ刃部32のすくい面32bは、概ね工具本体31の周方向を向く。
【0029】
図7,8を参照して回転切削工具30によるディンプル5の形成過程を示す。クランクシャフト33は、クランクジャーナル35とクランクピン34とクランクアーム36を有する。クランクピン34は、クランクジャーナル35の軸心35aと平行の軸中心とする円柱形状である。一対のクランクアーム36は、クランクジャーナル35から径方向に延出し、その先端にクランクピン34が位置する。これによりクランクピン34の軸心がクランクジャーナル35の軸心35aから径方向に離れる。クランクシャフト33は、軸心35aを中心に回転可能に支持される。クランクシャフト33の回転によって、クランクピン34の軸心が円形の軌道38上を移動する。
【0030】
図7,8を参照するように回転切削工具30は、クランクシャフト33の軸心35aと平行な軸心31aを中心として回転可能に支持される。回転切削工具30は、軸心35aが工具公転軸37を中心に円形の軌道39上を移動するように支持される。クランクシャフト33が軸心35aを中心に回転することで、クランクピン34が軸心35aを中心に公転する。クランクピン34の公転と同じ平行な円軌道で同期するように回転切削工具30が工具公転軸37を中心に公転する。
【0031】
図7,8を参照するように周面34aからの回転切削工具30の距離はディンプル5の最大深さ5a(図10参照)を基に設定される。回転切削工具30は、最大深さ5aが3~7μm、例えば5μmとなるように周面34aからの距離が設定される。切削時において回転切削工具30は、軸心31aを中心に回転し、かつ軌道38上を移動するクランクピン34にあわせて、軸心31aが軌道39上で移動する。さらに回転切削工具30は、周面34aに対して軸心31aの延びる方向に相対移動する。これにより複数のディンプル5が、周面34aの周方向に長手方向を有して並び、かつ周面34aの周方向と軸方向に互いに離間して形成される。
【0032】
図9,10に示すように周面34aに形成されるディンプル5は、楕円形状である。ディンプル5の最大深さ5aは、3~7μmで、例えば5μmである。ディンプル5の長手方向の縦長さ5bは、例えば0.970mmである。ディンプル5の長手方向と直交する横長さ5cは、アスペクト比(縦長さ5bと横長さ5cの比)が5.0以上かつ50.0以下となるように、例えば0.0569mmである。ディンプル5の長手方向の端縁部は、深さ方向に周面34aに対して10.0°以下の緩やかな傾斜角度θを有する。複数のディンプル5の長手方向の間隔は、例えば1.50mmであり、縦長さ5bより長い、あるいは略同じである。
【0033】
図9に示すように油膜の圧力を増加させるためにクランクピン34の周面34aに複数のディンプル5が形成される。ディンプル5は、長手方向の縦長さ5bと長手方向に直交する横長さ5cとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。ディンプル5は、長手方向に細長い楕円形状を有する。したがってディンプル5は、ディンプル3と同様の効果を奏する。例えば、ディンプル5内では、油の流れに渦状の乱れが発生することが抑制される。ディンプル5内の油の流れは、主としてディンプル5の長手方向となる。そのため特にディンプル5の長手方向が相手材(コネクティングロッド)に対するクランクピン34の相対移動方向(周面34aの周方向)に沿う場合、クランクピン34とコネクティングロッドとの間の油膜の圧力が効果的に増加される。
【0034】
次に、他の実施形態を図13に基づいて説明する。この実施形態では図12に示す切れ刃部32に代えて図13に示す切れ刃部42を工具本体31の周縁31bに設ける。図13に示すように切れ刃部42は、第1底刃42aと第2底刃42bを有する。第1底刃42aは、工具本体31の径方向及び軸方向に対して所定の角度を有して傾斜した略平面を有する。第2底刃42bは、工具本体31の径方向及び軸方向に対して所定の角度を有して傾斜しかつ第1底刃42aと角度を有して交差する略平面を有する。第1底刃42aと第2底刃42bは、交差してV字状の先端42cを形成する。すなわち切れ刃部42は、略三角形のすくい面を有する。切れ刃部42のすくい面は、概ね工具本体31の周方向を向く。切れ刃部42は、すくい面の反対側に逃げ面を有する。
【0035】
図13に示す切れ刃部42によって、図7に示すクランクシャフト33のクランクピン34の周面34aに図2,3に示すような紡錘形状のディンプルが形成される。図7に示す周面34aに形成されるディンプルの最大深さは、3~7μmで、例えば5μmである。ディンプルの長手方向の縦長さは、例えば0.970mmである。ディンプルの長手方向と直交する横長さは、アスペクト比(縦長さと横長さの比)が5.0以上かつ50.0以下となるように、例えば0.020mmである。ディンプルの長手方向の端縁部は、深さ方向に周面34aに対して10.0°以下の緩やかな傾斜角度を有する。複数のディンプルの長手方向の間隔は、例えば1.50mmであり、縦長さより長い、あるいは略同じである。
【0036】
図13に示す切れ刃部42によって図7に示すクランクシャフト33のクランクピン34の周面34aに紡錘形状のディンプルが形成される。ディンプルは、長手方向の縦長さと長手方向に直交する横長さとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。ディンプル4は、長手方向に細長い紡錘形状を有する。したがって切れ刃部42によって形成されるディンプルは、ディンプル5と同様の効果を奏する。例えば、特にディンプルの長手方向が相手材(コネクティングロッド)に対するクランクピン34の相対移動方向(周面34aの周方向)に沿う場合、クランクピン34とコネクティングロッドとの間の油膜の圧力が効果的に増加される。
【0037】
次に、他の実施形態を図11に基づいて説明する。この実施形態では図1に示すディンプル3に代えて図11に示すディンプル6を被加工物1の加工面2に形成する。ディンプル6は、例えば図1に示す回転切削工具10または図4に示す回転切削工具20で形成される。ディンプル6には、複数の第1のディンプル6aと、複数の第2のディンプル6bを有する。図11に示すように第1のディンプル6a及び第2のディンプル6bは紡錘形状である。あるいは、第1のディンプル6a及び第2のディンプル6bは楕円形状である。第1のディンプル6aが形成される領域と第2のディンプル6bが形成される領域は、互いにほぼ重ならない。
【0038】
図11に示すように第1のディンプル6a及び第2のディンプル6bの最大深さは、3~7μmであり、例えば5μmである。第1のディンプル6aの長手方向の縦長さ6c及び第2のディンプル6bの長手方向の縦長さ6eは、0.10~1.00mmであり、例えば0.20mmである。第1のディンプル6aの長手方向と直交する横長さ6d及び第2のディンプル6bの横長さ6fは、アスペクト比(縦長さ6c,6eと横長さ6d,6fとの比)が5.0以上かつ50.0以下となるように、例えば0.010mmである。第1のディンプル6a及び第2のディンプル6bの長手方向の端縁部は、深さ方向に加工面2に対して10.0°以下の緩やかな傾斜角度を有する。
【0039】
図11に示すように複数の第1のディンプル6aは、長手方向が相互に平行である。複数の第2のディンプル6bは、長手方向が相互に平行である。第1のディンプル6a及び第2のディンプル6bは、互いの長手方向が角度A1を有して交わるように配列される。角度A1は例えば90°である。第1のディンプル6aは、隣り合う第1のディンプル6aに対して離間している。第2のディンプル6bは、隣り合う第2のディンプル6bに対して離間している。
【0040】
図11に示すように油膜の圧力を増加させるために被加工物1に複数のディンプル6が形成される。複数のディンプル6は、複数の第1のディンプル6aと複数の第2のディンプル6bを有する。第1のディンプル6aは、長手方向の縦長さ6cと長手方向に直交する横長さ6dとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。第2のディンプル6bは、長手方向の縦長さ6eと長手方向に直交する横長さ6fとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。ディンプル6は、長手方向に細長い紡錘形状あるいは楕円形状である。したがってディンプル6内では、油の流れに渦状の乱れが発生することが抑制される。また、ディンプル6内の油の流れは、ディンプル6の長手方向に沿った乱れの小さい流れとなる。そのためディンプル6内の油の流れの乱れによる油膜の圧力の減少が抑制される。
【0041】
図11に示すようにディンプル6は、相互に平行である複数の第1のディンプル6aと、相互に平行である複数の第2のディンプル6bを有する。複数の第1のディンプル6aの長手方向と複数の第2のディンプル6bの長手方向が角度を有して交わるように、複数の第1のディンプル6aと複数の第2のディンプル6bが配列される。したがって第1のディンプル6aの周りでは、第1のディンプル6aの長手方向に沿って油が流れやすい。第2のディンプル6bの周りでは、第2のディンプル6bの長手方向に沿って油が流れやすい。そのため第1のディンプル6aの周りの油の流れと、第2のディンプル6bの周りの流れが収束する。油の流れが収束することで被加工物1と相手材の間に収容された油がこれらの間から流出しにくくなり、これらの間に油を保持し得る。収束部の圧力は1つのディンプルの場合より一段と増加する。
【0042】
次に、他の実施形態を図14に基づいて説明する。この実施形態では図7に示す回転切削工具30に代えて図14に示す回転切削工具50を用いる。回転切削工具50によって被加工物1の加工面2にディンプル7が形成される。回転切削工具50は、軸心51aを中心とする円柱形状の工具本体51と、工具本体51の周縁51bの一部から径方向に突出する複数個の切れ刃部52を有する。複数個の切れ刃部52は、工具本体51の軸心51a方向に間隔を置き、かつ周縁51bの周方向に間隔をおいて配置される。例えば複数個の切れ刃部52は、切れ刃部52の軸心51a方向の長さと略同じ長さだけ軸心51a方向に間隔を置いて配置される。さらに複数の切れ刃部52は、例えば周方向に180°互いに離間して配置される。
【0043】
図14に示す切れ刃部52は、例えば図12に示す切れ刃部32の形状または図13に示す切れ刃部42の形状である。回転切削工具50は、ディンプル7の最大深さが3~7μm、例えば5μmとなるように加工面2から距離をとって配置される。軸心51aを中心に回転する回転切削工具50を、加工面2に対して切れ刃部52の切削方向に相対的に移動させる。これにより加工面2には、複数のディンプル7がその長手方向に平行に並びかつ互いに離間して形成される。切れ刃部52によって形成されるディンプル7は、例えば楕円形状あるいは紡錘形状である。
【0044】
図14に示すようにディンプル7の最大深さは、8~12μmであり、例えば10μmである。ディンプル7の長手方向の縦長さは、例えば4.0mmである。ディンプル7の長手方向と直交する横長さは、アスペクト比(縦長さと横長さとの比)が5.0以上かつ50.0以下となるように、例えば0.50mmである。ディンプル7の長手方向の端縁部は、深さ方向に加工面2に対して10.0°以下の緩やかな傾斜角度を有する。
【0045】
図14に示すように油膜の圧力を増加させるために被加工物1に複数のディンプル7が形成される。ディンプル7は、長手方向の縦長さと長手方向に直交する横長さとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。ディンプル7は、長手方向に細長い楕円形状または紡錘形状であり、長手方向に平行に配置される。したがってディンプル7は、ディンプル3と同様の効果を奏する。例えば、ディンプル7内では、油の流れに渦状の乱れが発生することが抑制される。回転切削工具50によって、軸心51a方向に離間した複数列のディンプル7を同時に形成することができる。
【0046】
次に、他の実施形態を図15~17に基づいて説明する。この実施形態では図1に示す回転切削工具10に代えて図15,16に示す回転切削工具60を用いる。回転切削工具60によって円筒形状の被加工物63の内周面63aにディンプル8が形成される。回転切削工具60は、軸心61aを中心とする工具本体61と、工具本体61の周縁61bの一部から径方向に突出する1個または複数個の切れ刃部62を有する。複数個の場合の切れ刃部62は、工具本体61の周縁61bの周方向に間隔をおいて、例えば周縁61bの周方向等分位置に配置される。およびまたは軸方向に所定間隔で配置される。
【0047】
図16に示すように切れ刃部62は、第1底刃62aと第2底刃62bを有する。第1底刃62aは、工具本体61の径方向及び軸方向に対して所定の角度を有して傾斜した略平面の端のエッジである。第2底刃62bは、工具本体61の径方向及び軸方向に対して所定の角度を有して傾斜しかつ第1底刃62aと角度を有して交差するエッジである。第1底刃62aと第2底刃62bは、交差してV字状の先端62cを形成する。すなわち切れ刃部62は、略三角形のすくい面を有する。切れ刃部62のすくい面は、概ね工具本体61の周方向を向く。
【0048】
図15,16に示すように回転切削工具60を、内周面63aに沿うように移動させつつ軸心61aを中心に回転させる。これにより切れ刃部62が内周面63aを切削して複数の紡錘形状のディンプル8が形成される。ディンプル8は、内周面63aの周方向に沿って互いに離間して配置される。ディンプル8の長手方向は内周面63aの周方向と同じ方向になる。さらに回転切削工具60を軸心61a方向に移動させることにより、ディンプル8は、被加工物63の軸方向に離間しかつ平行に並んで配置される。
【0049】
図16,17に示すようにディンプル8の最大深さ8aは、3~7μmであり、例えば5μmである。ディンプル8の長手方向の縦長さ8bは、例えば0.557mmである。ディンプル8の長手方向と直交する横長さ8cは、アスペクト比(縦長さ8bと横長さ8cとの比)が5.0以上かつ50.0以下となるように、例えば0.020mmである。ディンプル8の長手方向の端縁部は、深さ方向に内周面63aに対して10.0°以下の緩やかな傾斜角度を有する。回転切削工具60は、切れ刃部62に代えて例えば図4に示すような円弧形状の切れ刃部を有することにより、楕円形状のディンプルをディンプル8と同様に内周面63aに形成することができる。
【0050】
図15~17に示すように油膜の圧力を増加させるために被加工物1に複数のディンプル8が形成される。ディンプル8は、長手方向の縦長さ8bと長手方向に直交する横長さ8cとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。ディンプル8は、長手方向に細長い楕円形状または紡錘形状であり、長手方向に平行に配置される。したがってディンプル8は、ディンプル3と同様の効果を奏する。例えば、ディンプル8内では、油の流れに渦状の乱れが発生することが抑制される。
【0051】
次に、他の実施形態を図18に基づいて説明する。この実施形態では図1に示す回転切削工具10に代えて図18に示すバイト70を用いて、略円柱形状または略円錐形状あるいはその他の回転体形状を有する被加工物73の加工面73bにディンプルを形成する。バイト70は、棒形状の工具本体71と、工具本体71の先端に設けられた切れ刃部72を有する。切れ刃部72は、すくい面72aと逃げ面72bを有する。
【0052】
図18に示すように被加工物73は、軸心73aを中心に回転可能に支持される。軸心73a回りに回転する被加工物73の加工面73bに切れ刃部72の先端72cを当てることで加工面73bが切削される。バイト70を被加工物73の径方向に往復動させることで、切れ刃部72の先端72cは加工面73bに対する当接と離間を繰り返す。かくして切れ刃部72により加工面73bに複数のディンプルを形成することができる。複数のディンプルは、長手方向が加工面73bの周方向に沿ってかつ互いに離間して配置される。バイト70を被加工物73に対して軸心73a方向に相対移動させる。これにより複数のディンプルは、軸心73a方向について平行に並びかつ互いに離間して配置される。
【0053】
図18に示す加工面73bに形成されるディンプルの最大深さは、3~7μmであり、例えば5μmである。ディンプルの長手方向の縦長さは、0.10~1.00mmであり、例えば0.20mmである。ディンプルの長手方向と直交する横長さは、アスペクト比(縦長さと横長さとの比)が5.0以上かつ50.0以下となるように、例えば0.010mmである。ディンプルの長手方向の端縁部は、深さ方向に加工面2に対して10.0°以下の緩やかな傾斜角度を有する。
【0054】
図18に示すように油膜の圧力を増加させるために被加工物73の加工面73bに複数のディンプルが形成される。ディンプルは、長手方向の縦長さと長手方向に直交する横長さとのアスペクト比が5.0以上でかつ50.0以下である。ディンプルは、長手方向に互いに離間してかつ平行に配置される。したがって加工面73bに形成されるディンプルは、ディンプル3と同様の効果を奏する。例えば、ディンプル内では、油の流れに渦状の乱れが発生することが抑制される。
【0055】
次に、ディンプル形状を規定する根拠となる実験とその結果を示す。実験の一つとして、3ボールオンディスク式の摩擦試験装置によって被加工物の加工面における摩擦特性を評価した。被加工物は、外径44mm×内径20mm×厚さ8mmのディスク形状の鋳造用アルミニウム合金(AC8A-T6)を用いた。摩擦の相手材は直径6.35mmのクロム軸受鋼(SUJ2)球を用いた。相手材は、被加工物との接触面が直径2.5mmになるように研磨し、接触面の表面粗さ(算術平均粗さ)が0.01μm以下となるように鏡面仕上げを施した。
【0056】
3つの相手材は、被加工物の中心から17mmの位置で、周方向三等分の各位置に配置された。被加工物と相手材の接触面には、40℃で10cstとなるポリ-α-オレフィン系合成潤滑油(PAO)を塗布した。3つの相手材には、接触面の反対側から荷重を加えた。3つの相手材に加える合計荷重は、50Nから25N刻みで450Nまで増加させた。相手材に荷重を加えた状態で、被加工物を摺動速度2.0m毎秒となるように軸中心回りに回転させた。相手材に加える荷重と被加工物を回転させるのに必要なトルクから被加工物と相手材との摩擦係数を計算して得た。
【0057】
以下の試験片を準備した。試験片100は、ディンプルが形成されていない被加工物である。図22に示す試験片110は、加工面111に円形のディンプル112が形成された被加工物である。図23に示す試験片120は、加工面121に紡錘形のディンプル122が形成された被加工物である。図24に示す試験片130は、加工面131に紡錘形のディンプル132が形成された被加工物である。ディンプル132は、平行に並ぶ複数の第1のディンプル132aと、平行に並ぶ複数の第2のディンプル132bを有する。第1のディンプル132aと第2のディンプル132bは、互いの長手方向が約25°で交差するように配置される。ディンプル132は、試験片130に対する相手材の移動方向が、第1のディンプル132aと第2のディンプル132bが交差して収束する方向となるように配置される。例えば図24では、上から下に向かう方向が試験片130に対する相手材の移動方向である。各試験片110,120,130は、摺動面でディンプルの占める面積比率が15%と同じになるようにディンプルの個数、間隔が設定されている。
【0058】
図19に示すようにディンプルを施していない試験片100の場合、摩擦係数が0.01から0.13程度まで変化し、荷重が125Nの時に焼付きが生じた。試験片110の場合、200N以下の低荷重においては試験片100より摩擦係数が大きい。しかしながら、摩擦係数は0.03から0.05程度と、荷重の増加に伴う変化が緩やかであり、耐荷重が375Nであった。試験片110で摩擦係数が安定したのは、ディンプル112が摩耗粉や油の溜まる箇所として機能したためであると考えられる。低荷重において摩擦係数が大きくなったのは、ディンプル112内の油の流れに乱れが生じて油膜の圧力が減少したためであると考えられる。
【0059】
図19に示すように試験片120の場合、耐荷重は450Nまで増加し、同じ荷重下での摩擦係数が試験片110の場合よりも概ね0.01から0.04程度小さくなった。試験片130の場合、特に100~300Nの低荷重において、試験片120より摩擦係数が0.02程度小さくなった。これは、ディンプル132aとディンプル132bがそれぞれ長手方向が交差するように配置されているために、油が収束して油膜の厚さが大きくなった。そのため試験片130とボールとの接触頻度が減少したためと考えられる。試験片130に対する相手材の移動方向を反対にした場合は、すなわち図24において試験片130に対する相手材の移動方向を下から上に向かう場合には、試験片100よりも摩擦係数が大きくなった。
【0060】
図20は実験結果を基に、一定荷重下におけるディンプルのアスペクト比Arと摩擦係数の関係を示す。アスペクト比Arは、長手方向の縦長さと、長手方向と直交する方向の横長さとの比で規定する。図20に示すようにアスペクト比Arが1~3の場合、高荷重において摩擦係数が大きくなった。アスペクト比Arが5.0以上の場合、高荷重と低荷重の両方において摩擦係数が小さくなった。
【0061】
相対的に摺動する2物品、例えば円筒状の軸受と、軸受の孔内の円柱状の軸は、摺動する際にガタついて荷重が変化する。2物品の一方または両方にディンプルを形成することで、摩擦係数が小さくなる。図20に示すようにディンプルのアスペクト比Arを5.0以上にすることで、荷重の変化に関わらず、摩擦係数を小さい状態に保持できる。かくして2物品の相対移動が安定になる。
【0062】
ディンプルの長手方向の縦長さを略一定とした状態でアスペクト比Arを大きくすると、1つのディンプルの面積が小さくなる。加工面全体におけるディンプルの面積率を一定率以上、例えば15%以上を維持するためには、アスペクト比Arを大きくするほど多数のディンプルを形成する必要がある。そのため、アスペクト比Arは50.0を上限とすることが好ましい。
【0063】
図25は、円形状のディンプルが施された被加工物と、紡錘形状のディンプルが施された2つの被加工物について、荷重と摩擦係数の関係を示す。2つの被加工物に施された紡錘形状のディンプルは、アスペクト比が5.0以上かつ長手方向の縦長さが互いに異なる。まず紡錘形状のディンプルと円形状のディンプルで摩擦係数を比較した。荷重の大きさにかかわらず、紡錘形状のディンプルの方が円形状のディンプルよりも摩擦係数が小さく0.01~0.02程度であった。次に紡錘形状のディンプルが施された2つの被加工物で比較した。50~200Nの低中荷重では、ディンプルの長手方向の縦長さの違いによる摩擦係数の差はほとんどなかった。長手方向の縦長さが0.216mmと短いディンプルが施された被加工物では、400Nの高荷重の場合と低中荷重の場合で摩擦係数がほぼ同じであった。長手方向の縦長さが0.538mmと長いディンプルが施された被加工物では、400Nの高荷重の場合は低中荷重の場合よりも摩擦係数が大きくなった。
【0064】
図21は、横軸に摺動速度/荷重(m/(N・s))をとり縦軸に摩擦係数をとった実験結果のプロットである。摺動速度/荷重は、被加工物と相手材との油膜の厚さの指標となる。実験結果のプロットは、混合潤滑域内に収まっている。アスペクト比Arが5.0の場合、アスペクト比Arが1.0の場合よりも速度変化に対する摩擦係数の変動は小さくなった。例えば略一定速度で被加工物が相手材に対して摺動する場合、被加工物は概ね混合潤滑域内で使用される。例えば速度変化の大きいピストンのシリンダを被加工物とする場合、被加工物は混合潤滑域から境界潤滑域までの広い領域で使用される。これらの場合においても、アスペクト比Arが5.0のディンプルを施した被加工物は、摩擦係数の変化が小さく挙動が安定すると考えられる。
【0065】
以上説明した各実施形態の被加工物には様々な変更を加えることができる。例えばアスペクト比Arが5.0以上かつ50.0以下であれば、矩形状や菱形形状等のディンプルを被加工物の加工面に形成しても良い。切れ刃部を設ける回転切削工具について、例えば図1に示す回転切削工具10の先端部のように先細り形状であっても良いし、図16に示す回転切削工具60の先端部のように略円柱形状であっても良い。回転切削工具の回転方向と被加工物の移動方向について適宜選択することができる。換言するとディンプルの加工は、アップカットであって良いしダウンカットであっても良い。例えば長手方向及び短手方向に平行に並んだ複数のディンプルと、被加工物の相手材に対する摺動方向について、摺動方向がディンプルの長手方向が摺動方向と直交するようにディンプルを形成しても良い。金属製の被加工物に限らず、非金属製の被加工物にディンプル加工方法を適用しても良い。
【0066】
添付の図面を参照して詳細に上述した種々の実施例は、本発明の代表例であって本発明を限定するものではありません。詳細な説明は、本教示の様々な態様を作成、使用および/または実施するために、当業者に教示するものであって、本発明の範囲を限定するものではありません。更に、上述した各付加的な特徴および教示は、改良されたディンプル付き被加工物および/またはその製造方法と使用方法を提供するため、別々にまたは他の特徴および教示と一緒に適用および/または使用され得るものです。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
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