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特許7434909路面の状態の判定装置、判定方法及び判定プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-21
(54)【発明の名称】路面の状態の判定装置、判定方法及び判定プログラム
(51)【国際特許分類】
   B60W 40/064 20120101AFI20240214BHJP
   B60T 8/172 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
B60W40/064
B60T8/172 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020002498
(22)【出願日】2020-01-10
(65)【公開番号】P2021109541
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-11-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【弁理士】
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100179213
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 未知子
(72)【発明者】
【氏名】前田 悠輔
【審査官】平井 功
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-253334(JP,A)
【文献】特開昭62-257043(JP,A)
【文献】特開2006-35928(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 10/00-10/30
B60W 30/00-60/00
B60T 7/12- 8/1769
B60T 8/32- 8/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両が走行する路面の状態を判定する判定装置であって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する回転速度取得部と、
順次取得される前記回転速度に基づいて、前記タイヤのスリップ比を順次算出するスリップ比算出部と、
前記車両の駆動力を順次取得する駆動力取得部と、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出する傾き算出部と、
前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定する判定部と
を備え、
前記傾き算出部は、
前記路面の状態の判定時において前記駆動力のばらつきが一定値以上と判断される場合、前記路面の状態の判定時及びそれよりも前の前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記傾きを算出するとともに、前記線形関係を表す別の回帰係数として切片を算出し、
前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力のデータセットと、既出の前記切片とに基づいて、前記傾きを算出する、
判定装置。
【請求項2】
前記傾き算出部は、前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上と判断される場合、逐次的に又はバッチ処理により前記傾きを算出する、
請求項1に記載の判定装置。
【請求項3】
前記傾き算出部は、前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合であって、当該駆動力の絶対値が一定値以上と判断される場合に、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力と、既出の前記切片とに基づいて、前記傾きを算出する、
請求項1又は2に記載の判定装置。
【請求項4】
前記判定部は、前記路面の状態の判定時において前記駆動力の前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力のデータセットと既出の前記切片とに基づいて算出された前記傾きと、既出の前記傾きとを重みを付けて合成した傾きに応じて、前記路面の状態を判定する、
請求項1から3のいずれかに記載の判定装置。
【請求項5】
コンピュータにより実行される車両が走行する路面の状態を判定する判定方法であって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得することと、
順次取得される前記回転速度に基づいて、前記タイヤのスリップ比を順次算出することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定することと
を含み、
前記傾き算出することは、
前記路面の状態の判定時において前記駆動力のばらつきが一定値以上と判断される場合、前記路面の状態の判定時及びそれよりも前の前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記傾きを算出するとともに、前記線形関係を表す別の回帰係数として切片を算出することと、
前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力のデータセットと、既出の前記切片とに基づいて、前記傾きを算出することと
を含む、判定方法。
【請求項6】
車両が走行する路面の状態を判定する判定プログラムであって、
前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得することと、
順次取得される前記回転速度に基づいて、前記タイヤのスリップ比を順次算出することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出することと、
前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定することと
をコンピュータに実行させ、
前記傾き算出することは、
前記路面の状態の判定時において前記駆動力のばらつきが一定値以上と判断される場合、前記路面の状態の判定時及びそれよりも前の前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記傾きを算出するとともに、前記線形関係を表す別の回帰係数として切片を算出することと、
前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力のデータセットと、既出の前記切片とに基づいて、前記傾きを算出することと
を含む、判定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両が走行する路面の状態を判定する判定装置、方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
走行中の車両に装着されたタイヤのスリップ比を把握することは、車両の走行を制御する上で重要となる。スリップ比は、例えば(駆動輪の速度-車体速度)/車体速度と定義することができ、タイヤのスリップのし易さを表す。スリップ比は、路面の状態(タイヤの滑り易さ)に依存するため、走行中にスリップ比を判定することで、走行中の路面の状態を判定し、これが車両の走行の制御に用いられることがある。路面の状態の情報は、例えば、ドライバーへの警報や、ブレーキシステムの制御に用いることができる。スリップ比は、車両の駆動力(又は、車両の加速度)と線形関係にあり、例えば、この関係を表す回帰係数(傾き)に応じて路面の状態を判定することができる(例えば、特許文献1及び2等)。回帰係数は、走行中に時々刻々変化するスリップ比と、同じく走行中に時々刻々変化する駆動力(加速度)との多数のデータセットから算出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-274357号公報
【文献】特開2002-362345号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、スリップ比と駆動力との関係を表す以上の回帰係数は、例えば、下り坂において一定速で走行している期間のように、駆動力が余り変化していない期間のデータセットから算出される場合、妥当な値とはならない可能性が高い。よって、このような期間においては、路面の状態を正しく判定できなくなる虞がある。
【0005】
本発明は、車両の走行中に路面の状態を安定的に判定することが可能な判定装置、方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1観点に係る判定装置は、車両が走行する路面の状態を判定する判定装置であって、前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する回転速度取得部と、順次取得される前記回転速度に基づいて、前記タイヤのスリップ比を順次算出するスリップ比算出部と、前記車両の駆動力を順次取得する駆動力取得部と、前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出する傾き算出部と、前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定する判定部とを備える。前記傾き算出部は、前記路面の状態の判定時において前記駆動力のばらつきが一定値以上と判断される場合、前記路面の状態の判定時及びそれよりも前の前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記傾きを算出するとともに、前記線形関係を表す別の回帰係数として切片を算出する。前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力のデータセットと、既出の前記切片とに基づいて、前記傾きを算出する。
【0007】
本発明の第2観点に係る判定装置は、第1観点に係る判定装置であって、前記傾き算出部は、前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上と判断される場合、逐次的に又はバッチ処理により前記傾きを算出する。
【0008】
本発明の第3観点に係る判定装置は、第1観点又は第2観点に係る判定装置であって、前記傾き算出部は、前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合であって、当該駆動力の絶対値が一定値以上と判断される場合に、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力と、既出の前記切片とに基づいて、前記傾きを算出する。
【0009】
本発明の第4観点に係る判定装置は、第1観点から第3観点のいずれかに係る判定装置であって、前記判定部は、前記路面の状態の判定時において前記駆動力の前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力のデータセットと既出の前記切片とに基づいて算出された前記傾きと、既出の前記傾きとを重みを付けて合成した傾きに応じて、前記路面の状態を判定する。
【0010】
本発明の第5観点に係る判定方法は、車両が走行する路面の状態を判定する判定方法であって、以下のことを含む。また、本発明の第6観点に係る判定プログラムは、車両が走行する路面の状態を判定する判定プログラムであって、以下のことをコンピュータに実行させる。
・前記車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得すること
・順次取得される前記回転速度に基づいて、前記タイヤのスリップ比を順次算出することと、前記車両の駆動力を順次取得すること
・前記スリップ比と前記駆動力との線形関係を表す回帰係数として、前記駆動力に対する前記スリップ比の傾きを算出すること
・前記傾きに基づいて、前記路面の状態を判定すること
【0011】
また、前記傾き算出することは、以下のことを含む。
・前記路面の状態の判定時において前記駆動力のばらつきが一定値以上と判断される場合、前記路面の状態の判定時及びそれよりも前の前記スリップ比及び前記駆動力の多数のデータセットに基づいて、前記傾きを算出するとともに、前記線形関係を表す別の回帰係数として切片を算出すること
・前記路面の状態の判定時において前記ばらつきが前記一定値以上でないと判断される場合、前記路面の状態の判定時における前記スリップ比及び前記駆動力のデータセットと、既出の前記切片とに基づいて、前記傾きを算出すること
【発明の効果】
【0012】
以上の観点によれば、路面の状態の判定時において駆動力のばらつきが一定値以上と判断される場合には、路面の状態の判定時及びそれよりも前のスリップ比及び駆動力の多数のデータセットに基づいて、スリップ比と駆動力との関係を表す回帰係数(傾き及び切片)が算出される。このような場合には、駆動力が十分にばらついているため、スリップ比及び駆動力の多数のデータセットに基づき、両者の関係を表す回帰係数(傾き)として、路面の状態を判定するための妥当な値を算出することができる。一方で、路面の状態の判定時において駆動力のばらつきが一定値以上でないと判断される場合、言い換えると、駆動力が余り変化していない場合には、路面の状態の判定時におけるスリップ比及び駆動力のデータセットと、既出の切片とに基づいて、傾きが算出される。切片、すなわち、駆動力がゼロのときのスリップ比は、路面の状態にかかわらず概ね一定となる。よって、十分にばらつきのある駆動力についての多数のデータセットが得られない場合でも、このような切片に基づいて、路面の状態を判定するための妥当な回帰係数(傾き)の値を算出することができる。以上の結果、回帰係数(傾き)に基づいて、車両の走行中に路面の状態を安定的に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】第1実施形態に係る判定装置としての制御ユニットが車両に搭載された様子を示す模式図。
図2】第1実施形態に係る制御ユニットの電気的構成を示すブロック図。
図3】第1実施形態に係るスリップ比及びこれに基づく路面の状態の判定処理の流れを示すフローチャート。
図4】スリップ比と車両の旋回半径との関係を表すグラフ。
図5】駆動力に対するスリップ比の傾きと横方向加速度との関係を表すグラフ。
図6】スリップ比と駆動力との関係を表すグラフ。
図7】第2実施形態に係るスリップ比及びこれに基づく路面の状態の判定処理の流れを示すフローチャート。
図8A】スリップ比の別の定義による駆動力に対するスリップ比の傾きと横方向加速度との関係を表すグラフ。
図8B】スリップ比の別の定義による駆動力に対するスリップ比の傾きと横方向加速度との関係を表すグラフ。
図9】実施形態の効果の評価結果を示すグラフ。
図10】実施形態の効果の別の評価結果を示すグラフ。
図11】実施形態の効果のさらに別の評価結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ、本発明の幾つかの実施形態に係る判定装置、方法及びプログラムについて説明する。
【0015】
<1.第1実施形態>
<1-1.判定装置の構成>
図1は、本実施形態に係る判定装置としての制御ユニット2が車両1に搭載された様子を示す模式図である。車両1は、四輪車両であり、左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRを備えている。車輪FL,FR,RL,RRには、それぞれ、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRが装着されている。本実施形態に係る車両1は、フロントエンジン・フロントドライブ車(FF車)であり、前輪タイヤTFL,TFRが駆動輪タイヤであり、後輪タイヤTRL,TRRが従動輪タイヤである。制御ユニット2は、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度の情報に基づいて、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRのスリップのし易さを表すスリップ比Sを判定し、スリップ比Sに基づいて、車両1が走行する路面の状態を判定する。なお、ここでいう路面の状態とは、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRの滑り易さである。路面の状態の情報は、様々な用途に応用することができ、例えば、車両の走行を制御する各種制御や、路面の状態についての道路マップの作成等に用いることができる。車両の走行を制御する各種制御には、例えば、ハイドロプレーニング等についてのドライバーへの警報、ブレーキシステムの制御、車間距離の制御等が含まれる。
【0016】
車両1のタイヤTFL,TFR,TRL,TRR(より正確には、車輪FL,FR,RL,RR)には、各々、車輪速センサ6が取り付けられており、車輪速センサ6は、自身の取り付けられた車輪に装着されたタイヤの回転速度(すなわち、車輪速)V1~V4を検出する。V1~V4は、それぞれ、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度である。車輪速センサ6としては、走行中の車輪FL,FR,RL,RRの車輪速を検出できるものであれば、どのようなものでも用いることができる。例えば、電磁ピックアップの出力信号から車輪速を測定するタイプのセンサを用いることもできるし、ダイナモのように回転を利用して発電を行い、このときの電圧から車輪速を測定するタイプのセンサを用いることもできる。車輪速センサ6の取り付け位置も、特に限定されず、車輪速の検出が可能である限り、センサの種類に応じて、適宜、選択することができる。車輪速センサ6は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。車輪速センサ6で検出された回転速度V1~V4の情報は、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0017】
車両1には、車両1の加速度αを検出する加速度センサ7が取り付けられている。加速度センサ7としては、車両1の加速度αを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。加速度センサ7は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。加速度センサ7で検出された加速度αの情報は、回転速度V1~V4の情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0018】
また、車両1には、車両1に加わる横方向加速度γを検出する横方向加速度センサ4が取り付けられている。横方向加速度γとは、車両1の旋回時に、旋回外側に向かって車両1に作用する遠心加速度である。横方向加速度センサ4としては、横方向加速度γを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。横方向加速度センサ4は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。横方向加速度センサ4で検出された横方向加速度γの情報は、回転速度V1~V4及び加速度αの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0019】
また、車両1には、車両1のヨーレートωを検出するヨーレートセンサ8が取り付けられている。ヨーレートωとは、車両1の旋回時の鉛直軸周りの回転角速度である。ヨーレートセンサ8としては、例えば、コリオリ力を利用してヨーレートを検出するタイプのセンサを用いることができるが、ヨーレートωを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。ヨーレートセンサ8は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。ヨーレートセンサ8で検出されたヨーレートωの情報は、回転速度V1~V4、加速度α及び横方向加速度γの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0020】
図2は、制御ユニット2の電気的構成を示すブロック図である。制御ユニット2は、車両1に搭載されており、図2に示されるとおり、I/Oインターフェース11、CPU12、ROM13、RAM14、及び不揮発性で書き換え可能な記憶装置15を備えている。I/Oインターフェース11は、車輪速センサ6、加速度センサ7、横方向加速度センサ4、ヨーレートセンサ8及び表示器3等の外部装置との通信を行うための通信装置である。ROM13には、車両1の各部の動作を制御するためのプログラム9が格納されている。CPU12は、ROM13からプログラム9を読み出して実行することにより、仮想的に回転速度取得部21、駆動力取得部22、横方向加速度取得部23、旋回半径取得部24、スリップ比算出部25、関係特定部26、補正部27、傾き算出部28及び判定部29として動作する。各部21~29の動作の詳細は、後述する。記憶装置15は、ハードディスクやフラッシュメモリ等で構成される。なお、プログラム9の格納場所は、ROM13ではなく、記憶装置15であってもよい。RAM14及び記憶装置15は、CPU12の演算に適宜使用される。
【0021】
表示器3は、ユーザ(主として、ドライバー)に警報を含む各種情報を出力することができ、例えば、液晶表示素子、液晶モニター、プラズマディスプレイ、有機ELディスプレイ等、任意の態様で実現することができる。表示器3の取り付け位置は、適宜選択することができるが、例えば、インストルメントパネル上等、ドライバーに分かりやすい位置に設けることが好ましい。制御ユニット2がカーナビゲーションシステムに接続される場合には、カーナビゲーション用のモニターを表示器3として使用することも可能である。表示器3としてモニターが使用される場合、警報はモニター上に表示されるアイコンや文字情報とすることができる。
【0022】
<1-2.スリップ比及びこれに基づく路面の状態の判定処理>
以下、図3を参照しつつ、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRのスリップ比Sを判定し、これに基づき車両1が走行する路面の状態を判定する判定処理について説明する。この判定処理は、車両1の電気系統に電源が投入されている間、繰り返し実行される。
【0023】
ステップS1では、回転速度取得部21が、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度V1~V4を取得する。回転速度取得部21は、所定のサンプリング周期における車輪速センサ6からの出力信号を受信し、これを回転速度V1~V4に換算する。
【0024】
ステップS2では、駆動力取得部22が、車両1の加速度αを取得する。駆動力取得部22は、所定のサンプリング周期における加速度センサ7からの出力信号を受信し、これを加速度αに換算する。
【0025】
ステップS3では、横方向加速度取得部23が、車両1に加わる横方向加速度γを取得する。横方向加速度取得部23は、所定のサンプリング周期における横方向加速度センサ4からの出力信号を受信し、これを横方向加速度γに換算する。
【0026】
ステップS4では、旋回半径取得部24が、車両1のヨーレートωを取得する。旋回半径取得部24は、所定のサンプリング周期におけるヨーレートセンサ8からの出力信号を受信し、これをヨーレートωに換算する。旋回半径取得部24は、車体速度をヨーレートωで除することにより、車両1の旋回半径Rを取得する。車体速度は、従動輪の速度で近似することができるため、例えば、R=(V3+V4)/2ωとして算出することもできる。車体速度は、加速度αを積分することにより算出することもできる。
【0027】
次のステップS5では、スリップ比算出部25が、回転速度V1~V4に基づいて、スリップ比Sを算出する。本実施形態では、スリップ比Sは、(駆動輪の速度-車体速度)/車体速度として算出され、車体速度として、従動輪の速度が用いられる。より具体的には、本実施形態では、スリップ比Sは、左輪と右輪との間で回転速度を平均化し、以下のとおり算出される。
S={(V1+V2)-(V3+V4)}/(V3+V4)
【0028】
次のステップS6では、ステップS5で算出されたスリップ比Sと、ステップS2で取得された加速度αに基づく車両1の駆動力Fに対し、測定誤差を除去するためのフィルタリングが行われる。なお、車両1の駆動力Fは、ステップS2で取得された加速度αから適宜算出することができる。
【0029】
連続して実行されるステップS1~S6において取得される回転速度V1~V4、加速度α、横方向加速度γ、ヨーレートω、旋回半径R、並びにフィルタリングされたスリップ比S及び駆動力Fのデータは、同時刻又は概ね同時刻に取得されたデータセットとして取り扱われ、RAM14又は記憶装置15に保存される。図3に示すとおり、ステップS1~S6は、繰り返し実行されるため、以上のデータセットは、順次取得される。ステップS6の後、このようなデータセットがN1個(N1≧2)溜まると、ステップS7に移行する。ステップS7とこれに続くステップS8は、一度だけ実行される。ステップS7及びステップS8が一度実行された後は、ステップS1~S6の後、ステップS9に移行する。
【0030】
ステップS7では、関係特定部26が、ステップS4で算出された旋回半径Rと、ステップS6でフィルタリングされたスリップ比Sとの多数のデータセットに基づいて、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す関係情報を特定する。この関係情報は、以後のスリップ比Sの補正(ステップS9)に用いられる。詳しくは後述するが、本実施形態では、路面の状態は、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係に基づいて判定される。しかし、車両1の旋回中は、車両1が同じ状態の路面を走行している場合でも、直進時と比べてスリップ比Sと駆動力Fとの線形関係が変化するため、路面の状態を正しく判定できなくなり得る。旋回中は、左右のタイヤに軌道差(経路差)が生じ、この軌道差の影響により、スリップ比Sが直進時から変化するからである。よって、ここでは、スリップ比Sに基づく安定した各種制御を実現するべく、スリップ比Sから、旋回中の左右の軌道差により生じる影響がキャンセルされる。
【0031】
旋回中の左右の軌道差は、旋回半径Rに依存し、旋回半径Rとスリップ比Sとの間には、一定の関係が成立する。本発明者が行った実験によれば、スリップ比Sは、図4に示すように、概ね旋回半径Rの逆数の二次関数で表される。ステップS7では、関係特定部26が、このような旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す関係情報として、下式の係数a1、b1及びc1を特定する。
S=a1(1/R)2+b1(1/R)+c1
【0032】
係数a1、b1及びc1は、RAM14又は記憶装置15に保存されているスリップ比S及び旋回半径Rの多数のデータセットに基づいて算出され、例えば、最小二乗法等の方法で算出される。
【0033】
なお、旋回半径Rの逆数とスリップ比Sとの関係を表す放物線の頂点は、直進時に対応し、図4に示すとおり、概ねスリップ比Sを表す縦軸に重なる。言い換えると、b1は概ね0である。よって、ここでは、下式に従って、関係情報として、係数a1及びc1のみを特定することもできる。
S=a1(1/R)2+c1
【0034】
次のステップS8では、関係特定部26が、ステップS3で取得された横方向加速度γと、ステップS6でフィルタリングされたスリップ比S及び駆動力Fとの多数のデータセットに基づいて、横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係を表す関係情報を特定する。この関係情報も、以後のスリップ比Sの補正(ステップS10)に用いられる。上記のとおり、車両1の旋回中は、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係が変化するため、路面の状態を正しく判定できなくなり得る。そして、旋回中、この線形関係は、左右の軌道差のみならず、車体の左右方向の荷重移動の影響によっても、直進時から変化する。このような荷重移動の影響によっても、スリップ比Sが直進時から変化するからである。よって、ここでは、スリップ比Sに基づく安定した各種制御を実現するべく、スリップ比Sから、旋回中の左右方向の荷重移動により生じる影響がキャンセルされる。
【0035】
旋回中の左右方向の荷重移動は、横方向加速度γに依存し、横方向加速度γと、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1との間には、一定の関係が成立する。本発明者が行った実験によれば、傾きf1は、図5に示すように、概ね横方向加速度γの二次関数で表される。ステップS8では、関係特定部26が、このような横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係を表す関係情報として、下式の係数a2、b2、c2及びf2を特定する。なお、f2は、駆動力Fに対するスリップ比Sの切片であり、後述する通り、概ね一定値である。
S=f1F+f2=(a2γ2+b2γ+c2)F+f2
【0036】
係数a2、b2、c2及びf2は、スリップ比S、駆動力F及び横方向加速度γの多数のデータセットに基づいて算出され、例えば、最小二乗法等の方法で算出される。また、横方向加速度γの範囲を任意の範囲に区切り、各範囲でスリップ比Sと駆動力Fとの一次回帰を行い、回帰係数f1及びf2を算出した後、各範囲で横方向加速度γの平均値及び傾きf1の平均値を算出し、これらの平均値に基づき、ガウスの消去法により、係数a2、b2及びc2を特定することもできる。
【0037】
ステップS8が終了すると、ステップS1に戻り、再度ステップS1~S6が繰り返される。図3に示すとおり、ステップS7及びS8が一度実行され、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係情報a1、b1及びc1、並びに横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係情報a2、b2及びc2が特定された後は、ステップS1~S6が1回ずつ実行される度に、これに続いてステップS9~S17が繰り返し実行される。
【0038】
ステップS9では、補正部27が、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係を表す関係情報a1、b1及びc1と、最新のステップS4で取得された旋回半径Rとに基づいて、最新のステップS6で取得されたスリップ比Sを補正する。以上のとおり、スリップ比Sは、旋回半径Rの逆数の二次関数で表される。よって、補正部27は、下式に従って、スリップ比Sから、補正時の旋回半径Rの逆数を二乗した値に係数a1を乗じた値を減算することにより、スリップ比Sを補正する。
S=S-a1(1/R)2
なお、下式によって、スリップ比Sから、補正時の旋回半径Rの逆数に係数b1を乗じた値をさらに減算することにより、スリップ比Sを補正してもよい。
S=S-a1(1/R)2-b1(1/R)
【0039】
以上の補正式によれば、図4に示すとおり、実質的に(1/R)=0のときに、すなわち、直進時に換算したスリップ比Sを算出することができ、スリップ比Sから左旋回及び右旋回による軌道差の影響がキャンセルされる。
【0040】
次のステップS10では、補正部27が、横方向加速度γとスリップ比Sとの関係を表す関係情報a2、b2及びc2と、最新のステップS3で取得された横方向加速度γと、最新のステップS6で取得された駆動力Fとに基づいて、ステップS9で取得されたスリップ比Sをさらに補正する。以上のとおり、スリップ比Sは、傾きをf1とする駆動力Fの一次関数で表され、傾きf1は、横方向加速度γの二次関数で表される。よって、補正部27は、下式に従って、補正時の横方向加速度γを二乗した値に係数a2を乗じた値と、補正時の横方向加速度γに係数b2を乗じた値と、c2との和を算出し、当該和と補正時の駆動力Fとの積を算出し、当該積をステップS9で取得されたスリップ比Sから減算することにより、スリップ比Sをさらに補正する。
S=S-f1F=S-(a2γ2+b2γ+c2)F
【0041】
なお、b2も概ね0となるため、下式に従ってスリップ比Sを補正してもよい。
S=S-(a2γ2+c2)F
【0042】
以上の補正式によれば、直進時に換算したスリップ比Sを算出することができ、スリップ比Sから左旋回及び右旋回による左右方向の荷重移動の影響がキャンセルされる。
【0043】
以後のステップS11~S17では、以上のとおりに補正されたスリップ比Sに基づいて、路面の状態(タイヤの滑り易さ)が判定される。本実施形態では、路面の状態は、スリップ比Sと駆動力Fとの関係に基づき、判定される。スリップ比Sと駆動力Fとの間には、図6に示すような線形関係が成り立ち、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1は、路面の状態に応じて変化する。従って、ここでは、これまでに取得されたスリップ比S及び駆動力Fのデータセットに基づいて、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係を表す回帰係数(傾きf1)を算出し、これに応じて路面の状態が判定される。
【0044】
回帰係数は、スリップ比S及び駆動力Fの多数のデータセットに基づき算出することができる。ただし、多数のデータセットに基づいて回帰係数を正しく算出するためには、データセットのばらつきが一定値以上であることが望ましい。しかし、例えば、下り坂において一定速で走行している期間のように、駆動力Fが余り変化していない期間においては、データセットにばらつきが余り見られない。よって、本実施形態では、路面の状態の判定時における駆動力Fのばらつきの程度に応じて、異なる方法で回帰係数(傾きf1)が判定される。
【0045】
ステップS11では、傾き算出部28は、路面の状態の判定時である現在において、駆動力Fのばらつきが一定値以上であるか否かを判断する。本実施形態では、直近の所定の期間に取得された多数の駆動力Fの値の幅及び分散が算出され、これらがそれぞれ所定の閾値以上である場合には、ばらつきが一定値以上であると判断され、ステップS12に進む。一方、多数の駆動力Fの値の幅及び分散の少なくとも一方がそれぞれ所定の閾値よりも小さい場合には、ばらつきが一定値以上でないと判断され、ステップS13に進む。
【0046】
ステップS12では、傾き算出部28は、路面の状態の判定時である現在及びそれよりも前の所定の期間におけるスリップ比S及び駆動力Fの多数のデータセットに基づいて、下式に示されるスリップ比Sと駆動力Fとの線形関係を表す回帰係数f1及びf2を算出する。
S=f1F+f2
【0047】
回帰係数f1及びf2は、例えば、最小二乗法等の方法で算出することができる。このとき、回帰係数f1及びf2は、スリップ比S及び駆動力Fの多数のデータセットに基づいて、逐次的に算出されてもよいし、バッチ処理により算出されてもよい。本実施形態では、好ましい例として、逐次最小二乗法が用いられる。ステップS12では、多数のデータセットに含まれる駆動力Fが十分にばらついているため、このような多数のデータセットに基づき、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係を表す回帰係数f1及びf2を正しく算出することができる。
【0048】
一方、ステップS13及びそれに続くステップS14~S16は、直近の所定の期間において駆動力Fのばらつきが一定値以上でないと判断される場合、言い換えると、駆動力Fが余り変化していない場合に実行される。このような場合には、直近の期間の多数のデータセットから回帰係数f1及びf2を算出したとしても、それらの回帰係数f1及びf2は、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係を表す妥当な値とはならない可能性がある。しかし、このような場合であっても、切片f2が既出である場合には、妥当な線形関係を表す回帰係数f1を算出することが可能である。
【0049】
具体的に説明すると、図6に示すように、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係は、路面の状態によって変化するものの、変化するのは傾きf1のみである。つまり、切片f2、すなわち、駆動力F=0のときのスリップ比Sは、路面の状態にかかわらず概ね一定となる。よって、十分にばらつきのある駆動力Fについての多数のデータセットが得られない場合でも、このような切片f2が既出であれば、路面の状態の判定時における少なくとも1つのデータセット(F,S)に基づき、妥当な傾きf1を算出することができる。そのため、ステップS13では、傾き算出部28は、切片f2が既出であるか否かを判断し、切片f2が既出である場合には、ステップS14に進む。一方、切片f2が既出でない場合には、現在時刻における路面の状態の判定(ステップS17)を省略し、ステップS1に戻る。
【0050】
ステップS14では、傾き算出部28は、路面の状態の判定時である現在の駆動力Fの絶対値が一定値以上であるか否かを判断し、一定値以上と判断される場合には、ステップS15に進む。ステップS15では、傾き算出部28は、路面の状態の判定時である現在のスリップ比S及び駆動力Fのデータセットと、既出の切片f2とに基づいて、傾きf1を算出し、ステップS16に進む。傾きf1は、下式に従って、算出される。なお、ここで算出される傾きf1は、ステップS12又は後述する次のステップS16で算出される傾きf1と区別し、f1’と表す。
1’=(S-f2)/F
【0051】
ところで、路面の状態の判定時である現在の駆動力Fの絶対値が一定値以上でない場合には、現在のデータセット(F,S)と、切片f2により表される点(0,f2)との距離とが近いため、妥当な傾きf1’を算出できない虞がある。よって、本実施形態では、ステップS14において、駆動力Fの絶対値が一定値以上でないと判断される場合には、現在時刻における路面の状態の判定(ステップS17)が省略され、ステップS1に戻る。
【0052】
ステップS16では、傾き算出部28は、下式に従って、傾きf1’と、直近の傾きf1とを重みを付けて合成することにより、路面の状態の判定に用いられる傾きf1を算出する。ここで、rは、過去に算出された傾きf1と現在の傾きf1’とを合成するための重み係数である。
1=(1-r)f1+rf1
【0053】
次のステップS17では、判定部29は、ステップS12又はステップS16で算出された傾きf1に基づいて、路面の状態を判定する。判定部29は、傾きf1を所定の閾値と比較し、閾値以上であれば、ハイドロプレーニング等が起こり易くなっており、路面が滑り易い状態であると判断する。このとき、例えば、判定部29は、ドライバーに向けて、路面が滑り易い状態である旨の警報を表示器3上に表示させる。また、判定部29は、傾きf1に応じて滑り易さを示す指標を算出し、これを制御ユニット2上で実行されている各種制御のプロセスに受け渡す。ここでいう制御の例としては、車両の走行時のブレーキ制御や車間距離の制御等が挙げられる。
【0054】
ステップS17が終了すると、ステップS1に戻る。以上の方法によれば、各種制御を実行する上で妥当なスリップ比Sを算出することができ、ひいては、妥当な回帰係数(傾きf1)を算出することができ、車両1の走行中に路面の状態を安定的に判定することができる。
【0055】
<2.第2実施形態>
次に、第2実施形態に係る判定装置について説明する。ただし、第2実施形態に係る判定装置は、ハードウェア構成としては第1実施形態と同様に構成することができるため、以下では、第2実施形態に係る判定処理についてのみ説明する。
【0056】
第2実施形態に係る判定処理は、図7に示すフローチャートに従って実行される。以下では、第1実施形態に係る判定処理と共通する部分についての説明は省略する。第1実施形態と第2実施形態における判定処理の違いは、以下のとおりである。すなわち、第1実施形態では、横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係に基づきスリップ比Sが補正され(ステップS10)、補正されたスリップ比Sに基づき傾きf1が算出されたのに対し、第2実施形態では、図5に示される傾きf1と横方向加速度γとの関係に基づいて、傾きf1が補正される。
【0057】
具体的には、ステップS8に代えて、ステップS21が実行され、ステップS10が省略される。本発明者が行った実験によれば、上記のとおり、横方向加速度γと傾きf1との間には、一定の関係が成立する。より具体的には、傾きf1は、図5に示すとおり、概ね横方向加速度γの二次関数で表される。ステップS21では、関係特定部26は、ステップS6でフィルタリングされたスリップ比S及び駆動力Fの多数のデータセットに基づいて、駆動力Fとスリップ比Sとの線形関係を表す関係情報として、回帰係数(傾きf1)を算出する。このとき、関係特定部26は、多数の傾きf1を算出し、各傾きf1に対し、これを与えた横方向加速度γを特定する。これにより、傾きf1と横方向加速度γとの多数のデータセットが取得される。なお、このとき、回帰係数f1は、スリップ比S及び駆動力Fの多数のデータセットに基づいて、逐次的に算出されてもよりし、バッチ処理により算出されてもよい。
【0058】
続いて、関係特定部26は、これらの多数のデータセット(γ,f1)に基づいて、横方向加速度γと傾きf1との関係を表す関係情報として、下式の係数a2、b2及びc2を特定する。
1=a2γ2+b2γ+c2
【0059】
係数a2、b2及びc2は、横方向加速度γ及び傾きf1の多数のデータセットに基づいて、例えば、最小二乗法等の方法で算出される。また、横方向加速度γの範囲を任意の範囲に区切り、各範囲で横方向加速度γの平均値及び傾きf1の平均値を算出し、これらの平均値に基づき、ガウスの消去法により、係数a2、b2及びc2を特定することもできる。
【0060】
以上により、横方向加速度γと傾きf1との関係を表す関係情報として、係数a2、b2及びc2が特定される。この関係情報は、以後の傾きf1の補正を行うステップS22に用いられる。ステップS22は、ステップS12及びステップS16において傾きf1を算出した後に、これを補正するために実行される。
【0061】
ステップS22では、補正部27は、横方向加速度γと傾きf1との関係を表す係数a2、b2及びc2と、補正時の横方向加速度γとに基づいて、下式に従って、傾きf1を補正する。
1=f1-a2γ2-b2γ
【0062】
なお、b2も概ね0となるため、下式に従って傾きf1を補正してもよい。
1=f1-a2γ2
【0063】
その後、ステップS17に進み、判定部29は、ステップS22で補正された傾きf1に基づいて、第1実施形態と同様に、路面の状態を判定する。この方法によっても、第1実施形態と同様に、実質的にスリップ比Sから、旋回中の左右方向の荷重移動により生じる影響をキャンセルすることができ、スリップ比Sに基づく安定した各種制御を実現することができる。
【0064】
<3.変形例>
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。例えば、以下の変更が可能である。また、以下の変形例の要旨は、適宜組み合わせることができる。
【0065】
<3-1>
上記実施形態に係るスリップ比S及びこれに基づく路面の状態を判定する機能は、後輪駆動車にも適用することができるし、四輪駆動車にも適用することもできる。さらに、同機能は、四輪車両に限られず、三輪車両または六輪車両などにも適宜、適用することができる。
【0066】
<3-2>
車両1の横方向加速度γの取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限定されない。例えば、ヨーレートセンサ8からのヨーレートω及び回転速度V1~V4の情報からも、横方向加速度γを取得することができる。
【0067】
<3-3>
上記実施形態では、関係情報は、車両の走行の度に特定されたが、関係情報を予め導出しておき、スリップ比S又は傾きf1の補正時にこれを参照するようにしてもよい。
【0068】
<3-4>
スリップ比Sの算出方法は、上記実施形態で説明されたものに限定されない。例えば、スリップ比S=(駆動輪の速度-車体速度)/車体速度と定義したときに、車体速度を加速度センサ7により取得される加速度αを積分した値として、スリップ比Sを算出してもよい。
【0069】
また、スリップ比Sは、上記実施形態のように、左輪と右輪との間で回転速度を平均化するのではなく、以下のように、左輪の回転速度V1及びV3のみ、又は右輪の回転速度V2及びV4のみに基づき、算出することもできる。なお、下式は、第1実施形態と同様に、前輪駆動車であることを前提としている。
S=(V1-V3)/V3
S=(V2-V4)/V4
【0070】
ただし、上式のように定義した場合、傾きf1と横方向加速度γとの関係は、図8A及び図8Bに示すように変化する。本発明者の行った実験によると、図8A及び図8Bに示すグラフは、概ね三次関数に近似される。このような場合にも、このような関係を特定することにより、第1及び第2実施形態と同様に、スリップ比S又は傾きf1を補正することができる。
【0071】
<3-5>
駆動力Fの取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限られない。例えば、駆動力Fは、車両1に取り付けられているホイールトルクセンサの出力値から導出することもできるし、車両1のエンジンの制御装置から取得されるエンジントルク及びエンジンの回転数から導出することもできるし、タイヤの回転速度V1~V4から導出することもできる。
【0072】
<3-6>
車体速度の取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限られない。例えば、駆動輪の回転速度でなく、車両1に通信接続されているGPS等の衛星測位システムから取得してもよい。
【0073】
<3-7>
上記実施形態では、横方向加速度γや旋回半径Rに基づき補正されたスリップ比Sは、路面の状態の判定に用いられたが、これに限らず、スリップ比Sに基づく様々な制御に用いることができる。
【0074】
<4.評価>
<4-1.評価1>
実際に車両を走行させて計測データを収集し、車体速度を取得するとともに、シミュレーション例1として、第1実施形態と同様の方法で傾きf1を算出した。また、参考シミュレーション例1として、シミュレーション例1の方法から、駆動力Fのばらつきが一定値以上でない場合には傾きf1の算出を省略した方法により、シミュレーション例1と同様の計測データから、傾きf1を算出した。このときの結果を、図9に示す。図9の横軸は、時間である。図9によれば、下り坂において車体速度が概ね一定となり、駆動力が概ねゼロになっている期間において、参考シミュレーション例1による方法では算出できなかった傾きf1を、シミュレーション例1の方法によれば算出できている。なお、シミュレーション例1による傾きf1の有効データ数は、10524個であったが、参考シミュレーション例1による傾きf1の有効データ数は、6331個であった。よって、シミュレーション例1によれば、下り坂等においても、安定して路面の状態を判定可能であることが確認された。
【0075】
<4-2.評価2>
実際に車両を走行させて計測データを収集し、シミュレーション例2として、第1実施形態と同様の方法で旋回半径Rに基づく補正を行い、多数のスリップ比Sのデータを取得した。また、参考シミュレーション例2として、シミュレーション例2の方法から旋回半径Rに基づく補正を省略した方法で、シミュレーション例2と同様の計測データから、多数のスリップ比Sのデータを取得した。そして、それぞれの場合について、横方向加速度γの所定の範囲ごとに、駆動力F及びスリップ比Sの値をプロットした。図10に、その結果を示す。図10の各グラフは、横軸が駆動力、縦軸がスリップ比を表す。図10からは、旋回半径Rに基づく補正をしない場合には、図中に丸印で囲む箇所のように、駆動力Fとスリップ比Sとの線形性が崩れている箇所が散見される。これに対し、旋回半径Rに基づく補正を行った場合には、このような線形性の崩れが抑制されている。よって、旋回半径Rに基づくスリップ比Sの補正により、路面の状態の判定等に用いるためのより妥当なスリップ比Sを算出できることが確認された。
【0076】
<4-3.評価3>
路面の状態が概ね安定した道路上で実際に車両を走行させて計測データを収集し、車体速度及び横方向加速度γを取得するとともに、シミュレーション例3として、第1実施形態と同様の方法で傾きf1を算出した。また、参考シミュレーション例3として、シミュレーション例3の方法から横方向加速度γに基づく補正を省略した方法で、シミュレーション例3と同様の計測データから、多数の傾きf1のデータを取得した。このときの結果を、図1に示す。図1の各グラフの横軸は、時間である。図11によれば、横方向加速度γが大きく加わるとき、参考シミュレーション例3では、傾きf1が大きく変動するのに対し、シミュレーション例3では、傾きf1の変動が抑制されている。よって、横方向加速度γに基づくスリップ比Sの補正により、路面の状態の判定等に用いるためのより妥当なスリップ比Sを算出できることが確認された。
【符号の説明】
【0077】
1 車両
2 制御ユニット(判定装置)
3 表示器
4 横方向加速度センサ
6 車輪速センサ
7 加速度センサ
8 ヨーレートセンサ
9 プログラム
21 回転速度取得部
22 駆動力取得部
23 横方向加速度取得部
24 旋回半径取得部
25 スリップ比算出部
26 関係特定部
27 補正部
28 傾き算出部
29 判定部
FL 左前輪
FR 右前輪
RL 左後輪
RR 右後輪
V1~V4 タイヤの回転速度
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9
図10
図11