(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-13
(45)【発行日】2024-02-21
(54)【発明の名称】グリース組成物および転がり軸受
(51)【国際特許分類】
C10M 169/06 20060101AFI20240214BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20240214BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240214BHJP
C10M 115/08 20060101ALN20240214BHJP
C10M 129/40 20060101ALN20240214BHJP
C10M 137/10 20060101ALN20240214BHJP
C10M 125/10 20060101ALN20240214BHJP
C10N 10/04 20060101ALN20240214BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20240214BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20240214BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20240214BHJP
【FI】
C10M169/06
F16C33/66 Z
F16C19/06
C10M115/08
C10M129/40
C10M137/10 A
C10M125/10
C10N10:04
C10N50:10
C10N40:02
C10N30:00 Z
(21)【出願番号】P 2020026438
(22)【出願日】2020-02-19
【審査請求日】2023-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】津田 武志
(72)【発明者】
【氏名】萩野 侑里恵
【審査官】川嶋 宏毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-209180(JP,A)
【文献】特開2012-012441(JP,A)
【文献】特開2019-189715(JP,A)
【文献】特開2017-036385(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 50/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と、
増ちょう剤としてのジウレアと、
ビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛と2-エチルヘキサン酸との混合物であって、ビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛と2-エチルヘキサン酸との合計質量に対するビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛の割合が75~90質量%である脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、
亜鉛ジチオホスフェートと、
炭酸カルシウムと、
を含み、
前記基油と、前記増ちょう剤と、前記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、前記亜鉛ジチオホスフェートと、前記炭酸カルシウムとの合計質量に対する前記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物の割合が0.5~10質量%であり、
前記基油と、前記増ちょう剤と、前記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、前記亜鉛ジチオホスフェートと、前記炭酸カルシウムとの合計質量に対する前記亜鉛ジチオホスフェートの割合が0.5~10質量%であり、
前記基油と、前記増ちょう剤と、前記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、前記亜鉛ジチオホスフェートと、前記炭酸カルシウムとの合計質量に対する前記炭酸カルシウムの割合が0.5~3.2質量%である、
グリース組成物。
【請求項2】
更に、防錆剤と酸化防止剤とを含む、請求項1に記載のグリース組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のグリース組成物が封入された、転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物および当該グリース組成物が封入された転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータなどの自動車電装部品や自動車用エンジンの補機などに用いられる軸受は、高温・高速・高荷重・高振動などの苛酷な環境で使用される。
このような過酷な環境で使用される転がり軸受では、使用中に固定輪や転動体に鋼の組織変化に伴う早期はく離が発生することがある。この鋼の組織変化に伴う早期はく離は、内部起点はく離とは異なり、白色組織が見られるのが特徴的で、白層はく離と呼ばれている。
近年、転がり軸受の使用条件がさらに過酷になり、転がり軸受において白層はく離が発生しやすくなっている。
【0003】
そこで、このような白層はく離の問題を解決することを目的とするグリースが提案されている。
例えば、特許文献1では、水素による白色組織変化をともなうはく離を防止するために、カーボンブラック等の導電性物質を0.1~10重量%の割合で含有するグリースを用いることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
白層はく離の発生は、すべり、高面圧、衝撃荷重などによる内部応力の増大が主原因であり、更に、内部応力の増大にともない内外輪と転動体との摩擦面に新生面が発生し、この新生面と大気中の水分やグリースとの化学反応によって水素が発生し、この水素が軸受鋼へ侵入することによって助長されると考えられている。
【0006】
そして、特許文献1で提案されたような所定量のカーボンブラックを含有するグリースでは、上記白層はく離を充分に抑制することが困難であった。
そのため、上記白層はく離を回避するのにより適したグリースが引き続き求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の要求に応えるべく鋭意検討を行い、増ちょう剤としてジウレアを含み、更に、特定の脂肪酸亜鉛塩と、亜鉛ジチオホスフェートと、炭酸カルシウムとを所定量含むグリース組成物が、転がり軸受における白層はく離の発生を抑制するのに好適であることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明のグリース組成物は、
基油と、
増ちょう剤としてのジウレアと、
ビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛と2-エチルヘキサン酸との混合物であって、ビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛と2-エチルヘキサン酸との合計質量に対するビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛の割合が75~90質量%である脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、
亜鉛ジチオホスフェートと、
炭酸カルシウムと、
を含み、
上記基油と、上記増ちょう剤と、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、上記亜鉛ジチオホスフェートと、上記炭酸カルシウムとの合計質量に対する上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物の割合が0.5~10質量%であり、
上記基油と、上記増ちょう剤と、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、上記亜鉛ジチオホスフェートと、上記炭酸カルシウムとの合計質量に対する上記亜鉛ジチオホスフェートの割合が0.5~10質量%であり、
上記基油と、上記増ちょう剤と、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、上記亜鉛ジチオホスフェートと、上記炭酸カルシウムとの合計質量に対する上記炭酸カルシウムの割合が0.5~3.2質量%である。
【0009】
本発明のグリース組成物は、上述した組成を有するため、転がり軸受に使用した際に、当該転がり軸受における白層はく離の発生を抑制することができる。
この理由は、以下のように考えている。
上述した組成のグリース組成物を転がり軸受に使用した場合、上記グリース組成物からなるグリースは、転動体と内外輪の転走面との間に介入し、転動体と内外輪の転走面との摩擦面に被膜を形成する。このとき、上記グリース組成物は、脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と亜鉛ジチオホスフェートとを含むため、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物が上記亜鉛ジチオホスフェートと結合することによって、上記摩擦面に強固な被膜を形成することができる。そのため、上記摩擦面が被膜で保護されることによって、内部応力の増大や上記摩擦面における新生面の発生が抑制され、また、水素の発生や水素の鋼材への侵入も抑制される。その結果、上記グリース組成物を用いた転がり軸受では、白層はく離が発生しにくくなる。
一方、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物が上記亜鉛ジチオホスフェートと結合することによって形成された被膜はトラクション係数が低く、転がり軸受の駆動時に、転動体にすべりが生じるおそれがある。そして、転動体のすべりが発生すると、この転動体のすべりが、内部応力の増加や摩擦面における新生面生成の要因になる場合がある。これに対して、本発明のグリース組成物は、炭酸カルシウムを含有しているためトラクション係数が大きく、転動体のすべりは発生しにくい。
従って、上記グリース組成物は、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と上記亜鉛ジチオホスフェートとが結合して強固な被膜が形成されつつ、転動体のすべりの発生を抑制することができる。その結果、内部応力の増大や新生面の生成を回避し、上述した通り白層はく離の発生を抑制することができる、と考えている。
【0010】
上記グリース組成物は、更に、防錆剤と酸化防止剤とを含む、ことが好ましい。
本発明の転がり軸受は、本発明のグリース組成物が封入された、転がり軸受である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のグリース組成物は、転がり軸受に使用した際に、当該転がり軸受における白層はく離の発生を抑制することができる。
また、本発明の転がり軸受は、上記グリース組成物が封入されているため、白層はく離が発生しにくい転がり軸受である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態に係る玉軸受を示す断面図である。
【
図2】実施例及び比較例で評価した(2)トラクション係数及び(3)摩耗痕面積の評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
本発明の実施形態に係る転がり軸受は、本発明の実施形態に係るグリース組成物からなるグリースが封入された玉軸受である。
図1は、本発明の一実施形態に係る玉軸受を示す断面図である。
玉軸受1は、内輪2と、この内輪2の径方向外側に設けられている外輪3と、これら内輪2と外輪3との間に設けられている複数の転動体としての玉4と、これらの玉4を保持している環状の保持器5とを備えている。また、この玉軸受1は、軸方向一方側及び他方側のそれぞれにシール6が設けられている。
さらに、内輪2と外輪3との間の環状の領域7は、本発明の実施形態に係るグリース組成物からなるグリースGが封入されている。
【0014】
内輪2は、その外周に玉4が転動する内軌道面21が形成されている。
外輪3は、その内周に玉4が転動する外軌道面31が形成されている。
玉4は、内軌道面21と外軌道面31との間に複数介在し、これら内軌道面21及び外軌道面31を転動する。
領域7に封入されたグリースGは、玉4と内輪2の内軌道面21との接触箇所、及び、玉4と外輪3の外軌道面31との接触箇所にも介在する。なお、グリースGは、内輪2と外輪3とシール6とで囲まれた空間から玉4と保持器5を除いた空間の容積に対して、20~40体積%を占めるように封入されている。
シール6は、環状の金属環6aと金属環6aに固定された弾性部材6bとを備えた環状の部材であり、径方向外側部が外輪3に固定され、径方向内側部のリップ先端が内輪2に摺接可能に取付けられている。シール6は、封入されたグリースGが外部へ漏れるのを防止している。
【0015】
このように構成された玉軸受1は、グリースGとして、後述する本発明の実施形態に係るグリース組成物からなるグリースが封入されている。そのため、グリースGが封入された玉軸受1は、高温・高速・高荷重・高振動などの苛酷な環境で使用されても白層はく離が発生しにくい。
【0016】
次に、グリースGを構成するグリース組成物について詳細に説明する。
グリースGを構成するグリース組成物は、本発明の実施形態に係るグリース組成物であり、基油、増ちょう剤、脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物、亜鉛ジチオホスフェート、及び炭酸カルシウムを含む。
上記グリース組成物は、脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物、亜鉛ジチオホスフェート、及び、炭酸カルシウムを必須成分としているため、転がり軸受に使用した際に、当該転がり軸受における白層はく離の発生を抑制するのに極めて適している。
【0017】
上記グリース組成物において、上記基油としては、ポリ-α-オレフィン(PAO)が好ましい。
上記基油としてポリ-α-オレフィンを選択したグリース組成物は、使用時に水素を発生しにくい。
【0018】
上記ポリ-α-オレフィンとしては、例えば、1-ヘキセン、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-テトラデセン等のα-オレフィンを、オリゴマー化又はポリマー化したもの、更にはこれらを水素化したものが挙げられる。
上記ポリ-α-オレフィンとしては、1-デセンをオリゴマー化したPAO4~PAO8(PAO4、PAO5、PAO6、PAO7、PAO8)が好ましい。
【0019】
上記基油において、40℃における基油動粘度は、20~60mm2/sが好ましい。この場合、耐熱性を確保しつつ、低トルク化を図るのに適している。
一方、上記基油動粘度(40℃)が20mm2/s未満では、グリースGが耐熱性に劣ることになる。また、上記基油動粘度(40℃)が60mm2/sを超えると、グリースGを封入した玉軸受のトルクが増大することがある。
上記基油動粘度(40℃)は、25~50mm2/sがより好ましい。
上記基油動粘度は、JIS K 2283に準拠した値である。
【0020】
上記グリース組成物において、上記増ちょう剤は、ジウレアである。
上記ジウレアとしては、耐摩耗性に優れ、長潤滑寿命性を有する点で、下記構造式(1)で表されるジウレアが好ましい。
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3・・・(1)
(式(1)中、R1及びR3は互いに独立して、-CnH2n+1(nは、6~10の整数)で表される官能基であり、R2は、-(CH2)6-、-C6H3(CH3)-、又は、-C6H4-CH2-C6H4-である。)
ここで、R2が-C6H3(CH3)-の場合、フェニレン基は、メチル基を1位として、2,4位又は2,6位で結合していることが好ましい。また、R2が-C6H4-CH2-C6H4-の場合、両フェニレン基は、どちらもパラ位で結合していることが好ましい。
R2としては、-C6H4-CH2-C6H4-が好ましい。
【0021】
上記構造式(1)で表されるジウレアは、R1及びR3が炭素数6~10のアルキル基であり、炭素鎖長が短いジウレアである。このようなジウレアを用いたグリース組成物は、使用時に水素を発生しにくい。また、上記ジウレアは、チャンネリング性の指標の1つである粘性低下エネルギーが高く、低トルク化に適している。
粘性低下エネルギーは、チキソトロピー性の1つの指標であり、回転式レオメータを用いて取得することができる。
【0022】
上記構造式(1)で表されるジウレアは、脂肪族アミンと、ジイソシアネート化合物とが反応して生成した生成物である。
上記脂肪族アミンは炭素数6~10の脂肪族アミンであり、具体例としては、1-アミノヘキサン、1-アミノヘプタン、1-アミノオクタン(オクチルアミン)、1-アミノノナン、1-アミノデカンなどが挙げられる。
これらのなかでは、1-アミノオクタンが好ましい。
【0023】
上記ジイソシアネート化合物としては、例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、2,4-トルエンジイソシアネート(2,4-TDI)、2,6-トルエンジイソシアネート(2,6-TDI)、2,4-TDIと2,6-TDIとの混合物、4,4′-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)などが挙げられる。
【0024】
上記構造式(1)で表されるジウレアを得るために、上記脂肪族アミンと上記ジイソシアネート化合物とは種々の条件下で反応させることができるが、増ちょう剤としての均一分散性が高いジウレア化合物が得られることから、基油中で反応させることが好ましい。
また、上記脂肪族アミンと上記ジイソシアネート化合物との反応は、脂肪族アミンを溶解した基油中に、ジイソシアネート化合物を溶解した基油を添加して行っても良いし、ジイソシアネート化合物を溶解した基油中に、脂肪族アミンを溶解した基油を添加して行っても良い。
【0025】
上記の脂肪族アミンとジイソシアネート化合物との反応における温度及び時間は特に制限されず、通常この種の反応で採用される条件と同様の条件を採用すれば良い。
反応温度は、脂肪族アミン及びジイソシアネート化合物の溶解性、揮発性の点から、150℃~170℃が好ましい。
反応時間は、脂肪族アミンとジイソシアネート化合物との反応を完結させるという点や、製造時間を短縮してグリースの製造を効率良く行うという点から、0.5~2.0時間が好ましい。
【0026】
上記増ちょう剤の含有量は、基油及び増ちょう剤の合計量に対して、10~30質量%が好ましい。
上記増ちょう剤の含有量が10質量%未満では、グリースが基油を保持する能力が低下して、転がり軸受の回転中にグリースから基油が離油する量が多くなる可能性が大きくなる。一方、上記増ちょう剤の含有量が30質量%を超えると、グリース組成物が硬質となり、転がり軸受に封入して使用した際に、当該転がり軸受のトルクが増大することがある。
上記増ちょう剤のより好ましい含有量は、基油及び増ちょう剤の合計量に対して、15~25質量%である。
【0027】
上記グリース組成物は、白層はく離の発生を抑制するための添加剤として、脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、亜鉛ジチオホスフェート(「ジアルキルジチオりん酸亜鉛」とも称される化合物である)と、炭酸カルシウムとを含む。
上記グリース組成物は、転がり軸受に使用した際に、内輪と転動体との間や外輪と転動体との間などの摩擦面に脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物が亜鉛ジチオホスフェートと結合してなる被膜を形成することができる。そのため、上記グリース組成物が使用された転がり軸受は、摩擦面が被膜で保護されることによって、内部応力の増大や当該摩擦面における新生面の生成が抑制され、その結果、白層はく離の発生が抑制される。従って、上記摩擦面は摩耗しにくくなる。
【0028】
上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物は、ビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛と2-エチルヘキサン酸との混合物であって、ビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛と2-エチルヘキサン酸との合計質量に対するビス(2-エチルヘキサノイルオキシ)亜鉛の割合が75~90質量%である。
上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物としては市販品を使用することもできる。上記市販品の具体例としては、例えば、ランクセス社製、ADDITIN RC4580等が挙げられる。
【0029】
上記亜鉛ジチオホスフェートは、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と結合しやすい化合物である。
そのため、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物とともに、上記亜鉛ジチオホスフェートを含有するグリース組成物は、亜鉛ジチオホスフェートが脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と結合することによって、上記摩擦面により強固な被膜を生成する。そのため、脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物を含有し、亜鉛ジチオホスフェートを含有しない場合に比べて、上記摩擦面において新生面がより生成しにくく、かつ当該摩擦面はより摩耗しにくくなる。また、上記摩擦面に新生面が生成しても、当該摩擦面には早期にトライボ被膜が形成され、新生面は不活性化される。
【0030】
上記亜鉛ジチオホスフェートは、下記構造式(2)で表される化合物である。
【0031】
【0032】
(式(2)中、R4~R7は、それぞれ独立して、1級アルキル基、2級アルキル基及びアリール基のいずれかである。)
上記亜鉛ジチオホスフェートとしては、上記構造式(2)において、R4~R7がそれぞれ独立して炭素数8~18の1級アルキル基である亜鉛ジチオホスフェートが好ましく、R4~R7が全てドデシル基(炭素数12)である亜鉛ジチオホスフェートがより好ましい。
上記亜鉛ジチオホスフェートとしては市販品を使用することもできる。上記市販品の具体例としては、例えば、ADEKA社製、アデカキクルーブZ-112等が挙げられる。
【0033】
上記グリース組成物は、更に炭酸カルシウムを含む。
炭酸カルシウムを含むことにより、上記グリース組成物のトラクション係数を高めることができる。そのため、上記グリース組成物が使用された転がり軸受では、転動体のすべりの発生を抑制し、その結果、転動体のすべりを原因とする内部応力の増大や新生面の生成を抑制することができる。
上記炭酸カルシウムとしては特に限定されず、石灰石を粉砕・分級して得た炭酸カルシウム(重質炭酸カルシウムともいう)であっても良いし、化学反応で合成して得た炭酸カルシウム(軽質炭酸カルシウムともいう)であっても良い。これらのなかでは、軽質炭酸カルシウムが好ましい。
上記炭酸カルシウムは、レーザー回折式粒度分布計で測定した平均粒子径が0.2~1.0μmであることが好ましい。
【0034】
次に、脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物、亜鉛ジチオホスフェート及び炭酸カルシウムの配合量について説明する。
上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物の配合割合は、上記基油と、上記増ちょう剤と、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物と、上記亜鉛ジチオホスフェートと、上記炭酸カルシウムとの合計質量(本明細書では、基準質量ともいう)に対して、0.5~10質量%である。
上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物の配合割合が0.5質量%未満では、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物を配合することによる効果を十分に得られないことがある。一方、上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物の配合割合が10質量%を超えると、グリース組成物が軟化してしまい、転がり軸受に使用した際に漏洩するおそれがある。
基準質量に対する上記脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物の好ましい配合割合は、3~7質量%である。
【0035】
上記亜鉛ジチオホスフェートの配合割合は、上記基準質量に対して、0.5~10質量%である。
上記亜鉛ジチオホスフェートの配合割合が0.5質量%未満では、上記亜鉛ジチオホスフェートを配合することによる効果を十分に得られないことがある。一方、上記亜鉛ジチオホスフェートの配合割合が10質量%を超えると、摩擦面の耐摩耗性が劣ることになる。
基準質量に対する上記亜鉛ジチオホスフェートの好ましい配合割合は、1~5質量%である。
【0036】
上記炭酸カルシウムの配合割合は、上記基準質量に対して、0.5~3.2質量%である。
上記炭酸カルシウムの配合割合が0.5質量%未満では、トラクション係数を大きくしにくく、十分な効果が得られないことがある。一方、上記炭酸カルシウムの配合割合が3.2質量%を超えると、摩擦面の耐摩耗性が劣ることになる。
基準質量に対する上記炭酸カルシウムの好ましい配合割合は、1.0~3.2質量%である。
【0037】
上記グリース組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で酸化防止剤や防錆剤を添加剤として含有しても良く、両者を含有することが好ましい。更には、本発明の効果を損なわない範囲で、極圧添加剤、耐摩耗剤、染料、色相安定剤、増粘剤、構造安定剤、金属不活性剤、粘度指数向上剤などの添加剤を適量含有しても良い。
これらの各種添加剤を含有する場合、グリース組成物における各種添加剤の総含有量は、基油と増ちょう剤の合計質量に対して10質量%以下とすることが好ましい。
【0038】
本発明のグリース組成物は、グリース潤滑が求められる箇所に用いることができ、転がり軸受用のグリースとして好ましく用いられる。特に、本発明のグリース組成物は、耐白層はく離性が要求される転がり軸受用のグリースとして好適である。
そのため、上記グリース組成物からなるグリースは、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータなどの自動車電装部品や自動車用エンジンの補機、CVTの軸受などの苛酷な環境で用いられる転がり軸受に封入するグリースとして好ましく用いられる。
【0039】
次に、上記グリース組成物の製造方法について説明する。
上記グリース組成物の製造は、例えば、最初に、基油及び増ちょう剤の混合物(ベースグリース)を調製し、その後、得られたベースグリースに、脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物、亜鉛ジチオホスフェート、及び炭酸カルシウム、更には必要に応じて含有させる各種添加剤を投入し、自転・公転ミキサー等で撹拌して各成分を混合することによって行うことができる。
【0040】
本発明は、上記の実施形態に制限されることなく、他の実施形態で実施することもできる。
本発明の実施形態に係る転がり軸受は、本発明の実施形態に係るグリース組成物が封入された玉軸受に限定されず、上記転がり軸受は、本発明の実施形態に係るグリース組成物が封入されたものであれば、転動体として玉以外のものが使用された針軸受、ころ軸受等、他の転がり軸受であっても良い。
【実施例】
【0041】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例のみに限定されるものではない。
ここでは、複数のグリース組成物を調製し、各グリース組成物の特性を評価した。各グリース組成物の組成及び評価結果は、表1に示した。
【0042】
実施例/比較例では、以下の原料を使用した。
・ジイソシアネート化合物:4,4′-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)
・アミン化合物:オクチルアミン
・基油:PAO6(40℃における基油動粘度が30.5mm2/s)
【0043】
・脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物:ADDITIN RC4580(ランクセス社製)
・亜鉛ジチオホスフェート:アデカキクルーブZ-112(ADEKA社製)
・炭酸カルシウム:シルバーW(白石カルシウム社製)
【0044】
(比較例1)
(1)表1に示す基油含有量となるように用意したPAO6の半量のPAO6に、増ちょう剤原料のアミン化合物(オクチルアミン)を表1に示す含有量となるように混合し、100℃に加熱して溶解させ溶液Aを調製した。
(2)溶液Aの調製とは別に、表1に示す基油含有量となるように用意したPAO6の半量のPAO6に、増ちょう剤原料のジイソシアネート化合物(MDI)を表1に示す含有量となるように混合し、100℃に加熱して溶解させ溶液Bを調製した。
(3)上記溶液Bを撹拌しつつ、これに上記溶液Aを徐々に添加した。添加後150℃で30分間保持した。その後、攪拌を継続しながら放冷により室温まで冷却させた。
(4)得られた基油と増ちょう剤との混合物に、表1に示した含有量(脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物が5.0質量%、亜鉛ジチオホスフェートが2.0質量%)となるように「脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物」及び「亜鉛ジチオホスフェート」を添加し、ミキサーを用いて、2000rpm、3分間の条件で混合した。
(5)最後に、3本ロールミルにより均質化処理することで、グリース組成物を得た。
【0045】
このようにして生成したグリース組成物の増ちょう剤は、下記構造式(3)で表されるジウレアである。
【0046】
【0047】
(実施例1)
比較例1の(4)の工程において、脂肪族モノカルボン酸亜鉛含有物及び亜鉛ジチオホスフェートとともに、表1に示した含有量(2.0質量%)となるように「炭酸カルシウム」を添加した以外は、比較例1と同様にして、グリース組成物を得た。
【0048】
(実施例2)
表1に示した含有量(3.0質量%)となるように「炭酸カルシウム」の添加量を変更した以外は実施例1と同様にして、グリース組成物を得た。
【0049】
(比較例2)
表1に示した含有量(5.0質量%)となるように「炭酸カルシウム」の添加量を変更した以外は実施例1と同様にして、グリース組成物を得た。
【0050】
(比較例3)
表1に示した含有量(10.0質量%)となるように「炭酸カルシウム」の添加量を変更した以外は実施例1と同様にして、グリース組成物を得た。
【0051】
(グリース組成物の評価)
実施例1、2及び比較例1~3で調製したグリース組成物を評価した。結果を表1に示した。
【0052】
【0053】
表1に示した各評価の評価方法は、下記の通りである。
(1)油膜厚さ
実施例及び比較例で調製したグリース組成物の油膜厚さについて、EHL極薄膜厚計測システム(PCS Instruments EHD2)を用いて下記表2の条件に従って測定した。結果は表1に示した。
【0054】
【0055】
(2)トラクション係数
実施例及び比較例で調製したグリース組成物のトラクション係数について、EHL極薄膜厚計測システム(PCS Instruments EHD2)を用いて下記表3の条件に従って測定した。結果は表1、
図2に示した。
【0056】
【0057】
(3)摩擦痕面積
摩擦摩耗試験機(レスカ社製、フリクションプレーヤ FPR2100)を用いて、実施例及び比較例で調製したグリース組成物のボールオンディスク摩擦摩耗試験を行い、摩耗量(摩耗痕面積)を評価した。結果は表1、
図2に示した。
ここでは、SUJ2製の円板上にグリース組成物を塗布し、その上に接触面圧が2.4GPaになるように荷重を掛けてSUJ2製の鋼球を接触させた。
この状態で円板を1800秒間回転させ、その後、鋼球の摩耗痕面積(mm
2)を摩耗量として測定した。試験条件の詳細は表4に示した通りである。
【0058】
【0059】
実施例及び比較例の結果から明らかな通り、本発明の実施形態に係るグリース組成物では、炭酸カルシウムを含有しない比較例1のグリース組成物と同程度の耐摩耗性を有しつつ、トラクション係数が大きくなっている。また、本発明の実施形態に係るグリース組成物によれば、充分な油膜厚さを確保できる。
従って、上記グリース組成物は、転がり軸受に封入して使用した際に、当該転がり軸受における白層はく離の発生を抑制することができると考えられる。
【符号の説明】
【0060】
1:玉軸受、2:内輪、3:外輪、4:玉、5:保持器、6:シール、7:領域、G:グリース